説明

誘電体多層膜フィルタの製造方法、及び、誘電体多層膜フィルタの製造装置

【課題】波長の選択性を向上させた誘電体多層膜フィルタの製造方法および誘電多層膜フィルタの製造装置を提供する。
【解決手段】第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ対応する屈折率を有する誘電体、あるいは、その誘電体に含まれる導体元素を主成分とするターゲット18を搭載し、該ターゲット18をスパッタして低屈折率層と高屈折率層を形成する。そして、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれターゲット18をスパッタするときに、対応するバイアス電源G1を駆動して基板2に負のバイアス電位を印加し、かつ、対応する熱交換器HXを駆動して基板2の温度を室温にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体多層膜フィルタの製造方法、及び、誘電体多層膜フィルタの製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光通信技術には、特定の波長の光を合波または分波する誘電体多層膜フィルタが用いられる。誘電体多層膜フィルタは、シリコン酸化物(SiO)などからなる低屈折率の誘電体層と、チタン酸化物(TiO)などからなる高屈折率の誘電体層とを有し、これら低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層した積層構造を有する。
【0003】
誘電体多層膜フィルタは、各誘電体層の屈折率と各誘電体層の膜厚によって、合波あるいは分波する光の波長を選択する。誘電体多層膜フィルタの製造工程においては、この波長選択性を得るために、各誘電体層の屈折率と膜厚に対し極めて高い精度が要求される。
【0004】
誘電体多層膜フィルタの製造方法には、従来から、イオンビームスパッタ法が用いられている(例えば、特許文献1)。イオンビームスパッタ法は、イオン源から照射するArイオンなどの運動エネルギーを成膜材料に与え、飛散する成膜材料を基板の上に堆積させる。これによれば、各誘電体層の成膜状態が、イオン源の照射条件によって直接的に制御されるため、各誘電体層の膜厚が高い精度の下で再現される。
【0005】
一方、イオンビームスパッタ法においては、誘電体層の成膜速度が遅く、また、複雑な装置構成を有する欠点がある。そこで、近年では、誘電体多層膜フィルタの製造方法として、半導体装置の製造プロセスに利用されるマグネトロンスパッタ法が注目されている(例えば、特許文献2)。
【特許文献1】特開平10−170717号公報
【特許文献2】特開平9−272973号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
SiOやTiOなどの誘電体は、その結晶化温度が低いため、対応するスパッタ粒子が基板上に堆積するときに、その結晶化を容易に進行させて微結晶膜を形成させる。本発明者らは、誘電体多層膜フィルタの製造方法を検討するなかで、誘電体層の微結晶状態が透過光の波長分散や透過率の変動を招き、誘電体多層膜フィルタの波長選択性を大きく低下させていることを見出した。
【0007】
そこで、上記スパッタ法において、各誘電体層を非晶質(アモルファス)にさせることができれば、誘電体多層膜フィルタの波長選択性を大幅に向上できると考えられる。マグネトロンスパッタ法において非晶質の膜質を得るためには、スパッタ時の圧力を10−2Pa以下の低圧にする方法が想起されるが、本発明者らの試験研究において、波長選択性の向上に繋がる十分な非晶質を得難いものであった。
【0008】
本願発明は、上記問題を解決するためになされたものであって、波長の選択性を向上させた誘電体多層膜フィルタの製造方法および誘電多層膜フィルタの製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法では、導体または誘電体からなる複数の異なるターゲットの各々をスパッタして基板に複数の誘電体層を積層する誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、前記複数のターゲットの各々をスパッタするときに、前記基板に負のバイアス電位を印加し、かつ、前記基板を冷却して前記基板に前記複数の誘電体層を積層することを要旨とする。
【0010】
請求項1に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法において、負のバイアス電位は、成膜空間のイオンを誘電体に衝突させて結晶粒の成長を抑制させることができる。基板に施す冷却は、イオンの衝突によって誘電体に与えられる熱エネルギーを消費し、各誘電体層に対して結晶化温度に相当するエネルギーの付与を回避させることができる。したがって、各誘電体層の非晶質化を図ることができ、ひいては、誘電体多層膜フィルタの波長選択性を向上させることができる。
【0011】
請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、前記負のバイアス電位を印加しないときの誘電体層の成膜速度をDR0とし、前記負のバイアス電位を印加するときの誘電体層の成膜速度をDR1とするとき、前記負のバイアス電位は、前記複数の誘電体層の各々に対してDR1<0.6×DR0を満たすことを要旨とする。
【0012】
請求項2に記載の発明によれば、負のバイアス電位が、誘電体層の成膜速度に基づいて規定されてDR1<0.6×DR0を満たすため、各誘電体層の非晶質化を、より確実に図ることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、前記複数のターゲットの各々をスパッタするときに、基板温度を−50℃から200℃にして前記基板に前記複数の誘電体層を積層することを要旨とする。
【0014】
請求項3に記載の発明によれば、各誘電体層の非晶質化を、より確実に図ることができる。
請求項4に記載の発明では、請求項1〜3のいずれか1つに記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、前記複数のターゲットの各々は、シリコン、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、亜鉛、ハフニウム、マグネシウムからなる群から選択されるいずれか一つの元素を主成分とする導体であること、前記複数のターゲットの各々をスパッタするスパッタガスは、酸素、オゾン、亜酸化窒素からなる群から選択される少なくともいずれか一つのガスと、アルゴンとからなることを要旨とする。
【0015】
請求項4に記載の発明によれば、酸化物誘電体層の非晶質化を図ることができ、酸化物誘電体からなる誘電体多層膜フィルタの波長選択性を向上させることができる。
上記目的を達成するために、請求項5に記載の誘電体多層膜フィルタの製造装置では、導体または誘電体からなる複数の異なるターゲットと、前記複数のターゲットの各々と対向する位置に基板を載置するステージと、前記複数のターゲットの各々にカソード電位を印加してスパッタするカソード電源と、前記ステージに載置される前記基板に負のバイアス電位を印加するバイアス電源と、前記ステージに載置される前記基板を冷却する冷却機構と、前記カソード電源を駆動制御して前記ターゲットをスパッタさせるとともに、前記バイアス電源を駆動制御して前記基板に前記負のバイアス電位を印加させ、かつ、前記冷却機構を駆動制御して前記基板を冷却させて前記基板に複数の誘電体層を積層させる制御部と、を備えたことを要旨とする。
【0016】
請求項5に記載の誘電体多層膜フィルタの製造装置によれば、制御部は、複数の異なるターゲットをスパッタさせるとき、成膜空間のイオンを対応する誘電体に衝突させて各誘
電体層の結晶粒の成長を抑制させる。また、制御部は、複数の異なるターゲットをスパッタさせるとき、イオンの衝突によって対応する誘電体に与える熱エネルギーを冷却機構に消費させ、各誘電体層の成膜温度をそれぞれ結晶粒の成長温度より低くさせる。したがって、各誘電体層の非晶質化を図ることができ、ひいては、誘電体多層膜フィルタの波長選択性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0017】
上記したように、本発明によれば、波長の選択性を向上させた誘電体多層膜フィルタの製造方法および誘電多層膜フィルタの製造装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
(誘電体多層膜フィルタ)
まず、本発明を利用して製造する誘電体多層膜フィルタについて説明する。図1は、誘電体多層膜フィルタを示す概略断面図である。
【0019】
図1において、誘電体多層膜フィルタ1の基板2には、低屈折率層3Lと高屈折率層3Hとが周期的に交互に積層されている。各低屈折率層3Lは、それぞれ非晶質の誘電体からなる薄膜であって、相対的に低い屈折率の誘電体によって形成されている。各高屈折率層3Hは、それぞれ非晶質の誘電体からなる薄膜であって、相対的に高い屈折率の誘電体によって形成されている。各低屈折率層3Lと各高屈折率層3Hは、それぞれ非晶質を呈することによって、透過する光の波長分散を抑制させて、予め規定される所定波長の光のみを所定の透過率で透過させる。
【0020】
相対的に低い屈折率の誘電体としては、例えば、シリコン酸化物(SiO)、マグネシウム酸化物(MgO)、アルミニウム酸化物(Al)を用いることができる。また、相対的に高い屈折率の誘電体としては、例えば、チタン酸化物(TiO)、ジルコニウム酸化物(ZrO)、タンタル酸化物(Ta)、ニオブ酸化物(Nb)、ハフニウム酸化物(HfO)、亜鉛酸化物(ZnO)を用いることができる。
【0021】
低屈折率層3Lは、誘電体多層膜フィルタ1の中心波長をλ、低屈折率層3Lの屈折率をn、低屈折率層3Lの膜厚をLとすると、L=λ/(4・n)を満たす膜厚を有する。高屈折率層3Hは、誘電体多層膜フィルタ1の中心波長をλ、高屈折率層3Hの屈折率をn、高屈折率層3Hの膜厚をHとすると、H=λ/(4・n)を満たす膜厚を有する。そして、低屈折率層3Lと高屈折率層3Hが交互に積層されるフィルタ要素は、λ/2のスペーサ、すなわち、膜厚が2Hからなる高屈折率層3H(スペーサ層3HS)を挟んで、複数段に積み重ねられている。
【0022】
これによって、誘電体多層膜フィルタ1は、各フィルタ要素の透過バンドの積に略等しい透過バンドを高い選択性の下で得ることができ、立ち上がりおよび立下り鋭いバンドパスピークを得ることができる。
【0023】
(誘電体多層膜フィルタの製造装置)
次に、誘電体多層膜フィルタの製造装置について説明する。図2は、誘電体多層膜フィルタの製造装置10を模式的に示す平面図である。
【0024】
図2において、誘電体多層膜の製造装置10は、ロードロックチャンバF0(以下単に、LLチャンバF0という。)と、LLチャンバF0に連結される搬送チャンバFTと、搬送チャンバFTに連結される第一チャンバFLおよび第二チャンバFHを有する。
【0025】
LLチャンバF0は、減圧可能な内部空間(以下単に、収容室F0aという。)を有し、複数の基板2を搬入および搬出する。LLチャンバF0は、基板2の成膜処理を開始するとき、収容室F0aを減圧して基板2を搬送チャンバFTに搬入し、また、基板2の成膜処理を終了するとき、収容室F0aを大気開放して基板2を製造装置10の外部へ搬出する。
【0026】
搬送チャンバFTは、減圧可能な内部空間(以下単に、搬送室FTaという。)を有し、LLチャンバF0、第一チャンバFL、第二チャンバFHと解除可能に連通して共通する真空系を形成可能にする。搬送室FTaは、基板2を搬送するための搬送ロボットRBを搭載し、基板2の成膜処理を開始するとき、LLチャンバF0の基板2を搬送チャンバFTに搬入する。搬送ロボットRBは、搬送経路に関するデータに基づいて、低屈折率層3Lを形成するために基板2を第一チャンバFLに搬送し、また、高屈折率層3Hを形成するために基板2を第二チャンバFHに搬送する。そして、搬送ロボットRBは、第一チャンバFLと第二チャンバFHにそれぞれ所定の回数だけ基板2を搬送すると、搬送チャンバFTの基板2をLLチャンバF0に搬出して成膜処理を終了する。
【0027】
次に、第一チャンバFLおよび第二チャンバFHについて以下に説明する。図3は、第一チャンバFLを模式的に示す図である。なお、第二チャンバFHは、第一チャンバFLのターゲット18を変更したものであり、その他の点では第一チャンバFLと同じ構成であるため、以下では、その変更点についてのみ説明する。
【0028】
図3において、第一チャンバFLは、マグネトロンスパッタ法を用いて基板2に低屈折率層3Lを成膜するチャンバである。第一チャンバFLは、チャンバ本体11を有し、そのチャンバ本体11には、基板2を搬入して成膜処理を施すための成膜空間Faが設けられている。
【0029】
チャンバ本体11には、供給ライン12を介してスパッタガス(例えば、アルゴン(Ar)と酸素(O))のマスフローコントローラMFCが連結されて、所定の流量範囲でArとOが供給される。なお、スパッタガスとしては、ArとOに限らず、O、オゾン、亜酸化窒素からなる群から選択される少なくともいずれか一つのガスと、Arとの混合ガスを用いることができる。
【0030】
チャンバ本体11には、排気ライン13を介してターボ分子ポンプやドライポンプなどからなる排気ユニットPUが連結されて、成膜空間Faの圧力を所定圧力範囲(例えば、10−1Pa〜10−2Pa)に調整する。
【0031】
チャンバ本体11の成膜空間Faには、基板2を載置して位置決めするステージ14が配設されている。ステージ14の内部には、熱交換器HXに連結される冷却ライン15が設けられ、冷却ライン15に循環する冷却水が熱交換器HXによって室温に維持される。ステージ14は、基板2を載置するとき、熱交換器HXが循環する冷却水の熱交換によって基板2の温度を室温に維持する。これら熱交換器HXと冷却ライン15によって冷却機構が構成されている。
【0032】
なお、本実施形態のステージ14は、基板2を室温に維持するように構成されているが、これに限らず、ステージ14の温調機構は、成膜する誘電体膜に応じて適宜変更する構成であってもよい。例えば、誘電体として酸化チタン(TiO)を成膜する場合には、上記冷却水を所定の冷却媒体に変更して基板2を所定の温度(例えば、−50℃〜室温の間、好ましくは、−20℃〜室温の間)に冷却する構成であってもよい。また、誘電体として酸化シリコン(SiO)を成膜する場合には、上記冷却ライン15と熱交換器HXをヒータに変更して基板2を所定の温度(例えば、室温〜50℃の間)に加熱する構成で
あってもよい。また、誘電体として酸化タンタル(Ta)や酸化ニオブ(Nb)を成膜する場合には、冷却ライン15と熱交換器HXをヒータに変更して基板2を所定の温度(例えば、室温〜200℃の間、好ましくは、室温〜100℃の間)に加熱する構成であってもよい。
【0033】
ステージ14の内部には、バイアス電源G1に接続される基板電極16が設けられ、その基板電極16とバイアス電源G1との間には、マッチングボックスMBが接続されている。バイアス電源G1は、マッチングボックスMBを介して基板電極16に所定の高周波電力を出力し、マッチングボックスMBのインピーダンス整合によって、その出力値を安定させる。ステージ14は、基板電極16がバイアス電源G1からの高周波電力を受けるとき、基板に対して安定した負の電位(以下単に、バイアス電位という。)を印加する。
【0034】
ステージ14の上方には、基板2の周方向略全体にわたり円筒状の防着板17が配設されている。防着板17は、成膜空間Faにプラズマが生成されるとき、チャンバ本体11の内壁に対してスパッタ粒子の付着を防止する。
【0035】
ステージ14の直上には、円盤状を呈するターゲット18が配設されている。ターゲット18は、低屈折率層3Lを形成するための材料を主成分とするターゲットであって、上記相対的に低い屈折率の誘電体、あるいは、低い屈折率の誘電体に含まれる導体元素を主成分とするターゲットである。低い屈折率の誘電体としては、例えば、酸化シリコン(SiO)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化アルミニウム(Al)からなる群から選択されるいずれか一つの誘電体を用いることができる。低い屈折率の誘電体に含まれる導体元素としては、シリコン、マグネシウム、アルミニウムからなる群から選択されるいずれか一つの元素を用いることができる。
【0036】
なお、第二チャンバFHにおいては、ターゲット18が、高屈折率層3Hを形成するための材料を主成分とするターゲットであって、上記相対的に高い屈折率の誘電体、あるいは、高い屈折率の誘電体に含まれる導体元素を主成分とするターゲットである。高い屈折率の誘電体としては、例えば、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化ニオブ(Nb)、酸化ハフニウム(HfO)、酸化亜鉛(ZnO)からなる群から選択されるいずれか一つの誘電体を用いることができる。高い屈折率の誘電体に含まれる導体元素としては、チタン、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、亜鉛、ハフニウムからなる群から選択されるいずれか一つの元素を用いることができる。
【0037】
ターゲット18の上側には、カソード電源を構成する直流パルス電源G2に接続されるバッキングプレート19が配設されている。バッキングプレート19は、搭載するターゲット18を基板2に対向させて、ターゲット18と基板2との間の距離を所定の距離に規定する。バッキングプレート19は、直流パルス電源G2が所定の直流電力を出力するとき、成膜空間Faにプラズマを生成してカソードとして機能する。
【0038】
バッキングプレート19の上方には、磁気回路21が配設されている。磁気回路21は、ターゲット18の内表面に沿ってマグネトロン磁場を形成し、直流パルス電源G2が所定の直流電力を出力するとき、ターゲット18の内表面においてプラズマ密度を高くして、低圧下におけるプラズマ状態を安定させる。
【0039】
第一チャンバFLは、基板2が成膜空間Faに搬入されるとき、冷却ライン15を介する温度調整によって基板2を室温に維持する。また、第一チャンバFLは、基板2が成膜空間Faに搬入されるとき、成膜空間FaにArとOを供給して成膜空間Faの圧力を所定圧力に調整し、成膜空間Faにスパッタ雰囲気を形成する。第一チャンバFLは、成
膜空間Faにスパッタ雰囲気が形成されるとき、直流パルス電源G2に所定の直流電力を出力させて成膜空間Faに高密度のプラズマを生成させてターゲット18をスパッタさせる。ターゲット18からスパッタされるスパッタ粒子は、プラズマ中の酸素によって酸素を補填されながら基板2に向かって飛行し、対応する屈折率の誘電体として基板2の表面に堆積する。
【0040】
この際、第一チャンバFLは、成膜空間Faにプラズマが生成されるとき、バイアス電源G1に所定の高周波電力を出力させて基板2にバイアス電位を印加する。基板2に堆積される誘電体は、バイアス電位に応じたイオン種の衝突を受けて結晶性を消失させる。また、基板2に堆積される誘電体は、冷却ライン15を介する冷却によって、結晶化温度に相当するエネルギーを受けることなく基板2に堆積される。これによって、第一チャンバFLは、基板2の上に非晶質の誘電体層、すなわち、低屈折率層3Lを形成する。
【0041】
また、第二チャンバFHは、第一チャンバFLと同じく、基板2が成膜空間Faに搬入されるとき、成膜空間Faに高密度のプラズマを生成させて対応するターゲット18をスパッタさせる。そして、第二チャンバFHは、成膜空間Faにプラズマが生成されるとき、対応するバイアス電源G1に所定の高周波電力を出力させて基板2にバイアス電位を印加し、かつ、冷却ライン15を介する冷却によって基板温度を−50℃から200℃に設定する。これによって、第二チャンバFHは、基板2の上に非晶質の誘電体層、すなわち、高屈折率層3Hを形成する。
【0042】
次に、上記誘電体多層膜フィルタの製造装置10の電気的構成について説明する。図4、誘電体多層膜フィルタの製造装置10の電気的構成を示す電気ブロック回路図である。
図4において、制御部を構成する制御装置30は、上記誘電体多層膜フィルタの製造装置10に各種の処理動作、例えば、基板2の搬送処理、低屈折率層3Lの成膜処理、高屈折率層3Hの成膜処理などを実行させるものである。制御装置30は、各種の信号を入力するための入力I/F30Aと、各種の演算処理を実行するための演算部30Bと、各種データや各種制御プログラムを格納するための記憶部30Cと、各種の信号を出力するための出力I/F30Dを有する。
【0043】
制御装置30には、入力I/F30Aを介して、入力部31A、LLチャンバ検出部32A、搬送チャンバ検出部33A、第一チャンバ検出部34A、第二チャンバ検出部35Aが接続されている。
【0044】
入力部31Aは、起動スイッチや停止スイッチなどの各種の操作スイッチを有し、製造装置10が各種の処理動作に利用するためのデータを制御装置30に入力する。例えば、入力部31Aは、基板2の搬送処理、低屈折率層3Lの成膜処理、高屈折率層3Hの成膜処理に関するデータを制御装置30に入力する。
【0045】
すなわち、入力部31Aは、基板2の搬送経路(各種処理の処理順序)に関するデータを制御装置30に入力する。また、入力部31Aは、低屈折率層3Lの成膜処理を実行するための成膜条件(例えば、スパッタガスの流量、成膜圧力、成膜時間、ターゲット電力、バイアス電力など)に関するデータを制御装置30に入力する。また、入力部31Aは、高屈折率層3Hの成膜処理を実行するための成膜条件(例えば、スパッタガスの流量、成膜圧力、成膜時間、ターゲット電力、バイアス電力など)に関するデータを制御装置30に入力する。
【0046】
制御装置30は、入力部31Aから入力される各種のデータを受信して記憶部30Cに格納し、各種のデータに対応する条件の下で各種の処理動作を実行させる。
LLチャンバ検出部32Aは、LLチャンバF0の状態、例えば、収容室F0aの実圧
力、収容する基板2の枚数などを検出し、その検出結果を制御装置30に入力する。搬送チャンバ検出部33Aは、搬送チャンバFTの状態、例えば、搬送ロボットRBのアーム位置などを検出し、その検出結果を制御装置30に入力する。
【0047】
第一チャンバ検出部34Aは、第一チャンバFLの状態、例えば、スパッタガスの実流量、成膜空間Faの実圧力、実成膜時間、ターゲットに供給する実電力、基板電極16に供給する実電力などを検出し、その検出結果を制御装置30に入力する。第二チャンバ検出部35Aは、第二チャンバFHの状態、例えば、スパッタガスの実流量、成膜空間Faの実圧力、実成膜時間、ターゲットに供給する実電力、基板電極16に供給する実電力などを検出し、その検出結果を制御装置30に入力する。
【0048】
制御装置30には、出力I/F30Dを介して、出力部31B、LLチャンバ駆動部32B、搬送チャンバ駆動部33B、第一チャンバ駆動部34B、第二チャンバ駆動部35Bが接続されている。
【0049】
出力部31Bは、液晶ディスプレイなどの各種表示装置を有して製造装置10の処理状況に関する各種のデータを出力する。
制御装置30は、LLチャンバ検出部32Aから入力される検出信号を利用して、LLチャンバ駆動部32Bに対応する駆動制御信号をLLチャンバ駆動部32Bに出力する。LLチャンバ駆動部32Bは、制御装置30からの駆動制御信号に応答し、収容室F0aを減圧あるいは大気開放して基板2の搬入あるいは搬出を可能にする。
【0050】
制御装置30は、搬送チャンバ検出部33Aから入力される検出信号を利用し、入力部31Aから入力される処理順序に関するデータに基づいて、搬送チャンバ検出部33Aに対応する駆動制御信号を搬送チャンバ駆動部33Bに出力する。搬送チャンバ駆動部33Bは、制御装置30からの駆動制御信号に応答し、処理順序に従って、LLチャンバF0、搬送チャンバFT、第一チャンバFL、第二チャンバFHの間で基板2を搬送する。
【0051】
制御装置30は、第一チャンバ検出部34Aから入力される検出信号を利用し、入力部31Aから入力される低屈折率層3Lの成膜条件に基づいて、第一チャンバ駆動部34Bに対応する駆動制御信号を第一チャンバ駆動部34Bに出力する。第一チャンバ駆動部34Bは、制御装置30からの駆動制御信号に応答して入力部31Aから入力される低屈折率層3Lの成膜条件の下で成膜処理を実行する。
【0052】
制御装置30は、第二チャンバ検出部35Aから入力される検出信号を利用し、入力部31Aから入力される高屈折率層3Hの成膜条件に基づいて、第二チャンバ駆動部35Bに対応する駆動制御信号を第二チャンバ駆動部35Bに出力する。第二チャンバ駆動部35Bは、制御装置30からの駆動制御信号に応答して入力部31Aから入力される高屈折率層3Hの成膜条件の下で成膜処理を実行する。
【0053】
(誘電体多層膜フィルタの製造方法)
まず、制御装置30は、LLチャンバF0に基板2がセットされて、入力部31Aから各種のデータを受信する。次いで、制御装置30は、LLチャンバF0の状態と搬送チャンバFTの状態を検出し、入力部31Aから入力される処理順序に従って基板2の搬送処理を開始させる。
【0054】
制御装置30は、LLチャンバF0から搬送チャンバFTに搬入される基板2を第一チャンバFLに搬送させて、入力部31Aから入力される低屈折率層3Lの成膜条件に基づいて、対応する成膜空間Faにスパッタ雰囲気を形成させる。そして、制御装置30は、バイアス電源G1と直流パルス電源G2を駆動させて、低屈折率層3Lの成膜処理を実行
させる。
【0055】
制御装置30は、第一チャンバFLの状態を検出して低屈折率層3Lの成膜処理が終了したか否かを判断し、低屈折率層3Lの成膜処理が終了すると、第一チャンバFLの基板2を第二チャンバFHに搬送させる。そして、制御装置30は、入力部31Aから入力される高屈折率層3Hの成膜条件に基づいて、対応する成膜空間Faにスパッタ雰囲気を形成させてバイアス電源G1と直流パルス電源G2を駆動させ、高屈折率層3Hの成膜処理を実行させる。
【0056】
制御装置30は、第二チャンバFHの状態を検出して高屈折率層3Hの成膜処理が終了したか否かを判断し、高屈折率層3Hの成膜処理が終了すると、入力部31Aから入力される処理順序に従って低屈折率層3Lと高屈折率層3Hの成膜処理を繰り返し、基板2をLLチャンバF0に搬出する。
【0057】
以後同様に、制御装置30は、全ての基板2の各々に対して、低屈折率層3Lの成膜処理と高屈折率層3Hの成膜処理を実行させる。そして、制御装置30は、LLチャンバF0の状態を検出し、全ての基板2に所定の低屈折率層3Lと所定の高屈折率層3Hを形成させると、LLチャンバF0を大気開放させて全ての基板2を外部に搬出させる。
【0058】
(実施例)
次に、上記誘電体多層膜フィルタの製造方法におけるバイアス電力の設定方法について実施例を挙げて以下に説明する。図5は、熱酸化膜のウェットエッチレートを基準とする低屈折率層3Lのウェットエッチレート、すなわち、ウェットエッチレート比(以下単に、WERRという。)とバイアス電力密度の関係を示す。図6は、低屈折率層3Lの成膜速度DRとバイアス電力密度の関係を示す。
【0059】
まず、ターゲット18として、Siを主成分とする直径300mmのSiターゲットを用い、スパッタガスとして、ArとOの混合ガスを用いた。そして、成膜圧力を0.05Paに調整し、6kWの直流パルス電源をターゲット18に供給してSiターゲットをスパッタし、基板温度を室温に設定した直径200mmの複数のシリコン基板に、それぞれ低屈折率層3LとしてのSiOを成膜した。この際、複数の基板2の各々に対し、それぞれバイアス電力の密度を0〜1.3W/cmの範囲で変更し、バイアス電力密度の異なる低屈折率層3Lを得た。そして、各低屈折率層3Lをバッファードフッ酸に浸漬させてエッチング前後の膜厚を計測し、低屈折率層3Lの各々に関して、WERRと成膜速度DRを演算した。各低屈折率層3Lを用いて計測したWERRと成膜速度DRを図5と図6に示す。
【0060】
図5において、低屈折率層3LのWERRは、バイアス電力の供給とともに急激に低下し、バイアス電力密度の増加にともないその変化率を減少させて、バイアス電力密度が所定の値を超えると略一定値(図5において、WERR=1.5)を示す。ここで、低屈折率層3LのWERRが略一定値を示すバイアス電力密度を下限電力密度Bp(図5において、0.64W/cm)という。
【0061】
すなわち、低屈折率層3Lは、バイアス電力の供給とともに結晶性を低くして、バイアス電力密度が下限電力密度になるとき、その結晶性を消失させて熱酸化膜と略等しい非晶質状態になることがわかる。これは、各低屈折率層3LのSEM(Scanning Electron Microscope )断面像を観測し、バイアス電力の供給とともにSiOの柱状結晶が減少し
、バイアス電力密度が下限電力密度Bpになるときに、SiOの柱状結晶が消失することからも確認できる。
【0062】
上記誘電体多層膜フィルタの製造方法においては、この下限電力密度Bpに相当するバイアス電力が成膜条件として設定される。したがって、上記誘電体多層膜フィルタの製造方法によって得られる低屈折率層3Lによれば、その膜質を非晶質にさせることができ、透過光の波長分散や透過率の変動を回避させることができる。
【0063】
図6において、低屈折率層3Lの成膜速度DRは、バイアス電力が増加するに連れて略直線的に低下することが分かる。また、低屈折率層3Lの成膜速度DRは、バイアス電力密度が下限電力密度Bp(0.64W/cm)になるとき、バイアス電力を供給しないときの成膜速度DRの約70%に相当することが分かる。これは、バイアス電力にともなう逆スパッタ分だけ成膜速度DRが減少するためであり、低屈折率層3Lおよび高屈折率層3Hの双方において共通するものである。
【0064】
上記誘電体多層膜フィルタの製造方法においては、バイアス電力を供給しないときの成膜速度DRを「DR0」とし、バイアス電力を供給するときの成膜速度DRを「DR1」とし、DR1<0.6×DR0を満たすバイアス電力が成膜条件として設定される。したがって、上記誘電体多層膜フィルタの製造方法によって得られる低屈折率層3Lおよび高屈折率層3Hによれば、各膜質を非晶質にさせることができ、透過光の波長分散や透過率の変動を、より確実に回避させることができる。
【0065】
上記実施形態によれば、以下の効果を奏する。
(1)上記実施形態において、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ対応する屈折率を有する誘電体、あるいは、その誘電体に含まれる導体元素を主成分とするターゲット18を搭載し、該ターゲット18をスパッタして低屈折率層3Lと高屈折率層3Hを形成する。そして、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれターゲット18をスパッタするときに、対応するバイアス電源G1を駆動して基板2に負のバイアス電位を印加し、かつ、対応する熱交換器HXを駆動して基板2の温度を室温にする。
【0066】
したがって、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、基板2に印加する負のバイアス電位によって、成膜空間Faのイオンを基板2上の誘電体に衝突させて結晶粒の成長を抑制させることができる。また、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ冷却ライン15を介する冷却によって、各誘電体層に対し結晶化温度に相当するエネルギーの付与を回避させることができる。よって、各誘電体層の非晶質化を図ることができ、ひいては、誘電体多層膜フィルタの波長選択性を向上させることができる。
【0067】
(2)上記実施形態において、バイアス電力を供給しないときの誘電体層の成膜速度DRを「DR0」とし、バイアス電力を供給するときの誘電体層の成膜速度DRを「DR1」とするとき、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれDR1<0.6×DR0を満たすバイアス電力を基板2に供給する。したがって、低屈折率層3Lと高屈折率層3Hの構成材料に応じ、バイアス電力を規格化させることができ、各誘電体層の非晶質化を、より確実に図ることができる。
【0068】
(3)上記実施形態において、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれバイアス電力の供給によって低屈折率層3Lと高屈折率層3Hを逆スパッタさせることができ、その段差被覆性を向上させることができる。この結果、誘電体多層膜の加工性を向上させることができ、例えば、下地に凹凸形状を形成してレンズ効果を利用する際に、誘電体多層膜の全体から見た膜厚均一性を向上させることができる。
【0069】
尚、上記実施形態は、以下の態様で実施してもよい。
・上記実施形態において、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ対応する直流パルス電源G2を有し、対応するターゲット18に直流電力を供給する。これに限ら
ず、例えば、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ対応する高周波電源を有して、対応するターゲット18に高周波電力を供給する構成であってもよい。
【0070】
・上記実施形態において、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ熱交換器HXを有して基板2の温度を室温にする。これに限らず、例えば、第一チャンバFLと第二チャンバFHは、それぞれ熱交換器HXを利用して基板2の温度を室温以上に保持する構成であってもよく、基板2の温度は、対応する誘電体層に対して結晶化温度に相当するエネルギーの与えない温度であればよい。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の誘電体多層膜フィルタを示す要部断面図。
【図2】同じく、誘電体多層膜フィルタの製造装置を模式的に示す平面図。
【図3】同じく、製造装置の第一チャンバを示す側断面図。
【図4】同じく、製造装置の電気的構成を示す電気ブロック回路図。
【図5】同じく、バイアス電力密度とウェットエッチレート比との関係を示す図。
【図6】同じく、バイアス電力密度と成膜速度との関係を示す図。
【符号の説明】
【0072】
G1…バイアス電源、G2…カソード電源を構成する直流パルス電源、HX…冷却機構を構成する熱交換器、15…冷却機構を構成する冷却ライン、1…誘電体多層膜フィルタ、2…基板、3L…低屈折率層、3H…高屈折率層、10…誘電体多層膜フィルタの製造装置、14…ステージ、18…ターゲット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体または誘電体からなる複数の異なるターゲットの各々をスパッタして基板に複数の誘電体層を積層する誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、
前記複数のターゲットの各々をスパッタするときに、前記基板に負のバイアス電位を印加し、かつ、前記基板を冷却して前記基板に前記複数の誘電体層を積層すること、
を特徴とする誘電体多層膜フィルタの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、
前記負のバイアス電位を印加しないときの誘電体層の成膜速度をDR0とし、
前記負のバイアス電位を印加するときの誘電体層の成膜速度をDR1とするとき、
前記負のバイアス電位は、前記複数の誘電体層の各々に対してDR1<0.6×DR0を満たすこと、
を特徴とする誘電体多層膜フィルタの製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、
前記複数のターゲットの各々をスパッタするときに、基板温度を−50℃から200℃にして前記基板に前記複数の誘電体層を積層すること、
を特徴とする誘電体多層膜フィルタの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の誘電体多層膜フィルタの製造方法であって、
前記複数のターゲットの各々は、シリコン、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、タンタル、ニオブ、亜鉛、ハフニウム、マグネシウムからなる群から選択されるいずれか一つの元素を主成分とする導体であること、
前記複数のターゲットの各々をスパッタするスパッタガスは、酸素、オゾン、亜酸化窒素からなる群から選択される少なくともいずれか一つのガスと、アルゴンとからなること、
を特徴とする誘電体多層膜フィルタの製造方法。
【請求項5】
導体または誘電体からなる複数の異なるターゲットと、
前記複数のターゲットの各々と対向する位置に基板を載置するステージと、
前記複数のターゲットの各々にカソード電位を印加してスパッタするカソード電源と、
前記ステージに載置される前記基板に負のバイアス電位を印加するバイアス電源と、
前記ステージに載置される前記基板を冷却する冷却機構と、
前記カソード電源を駆動制御して前記ターゲットをスパッタさせるとともに、前記バイアス電源を駆動制御して前記基板に前記負のバイアス電位を印加させ、かつ、前記冷却機構を駆動制御して前記基板を冷却させて前記基板に複数の誘電体層を積層させる制御部と、を備えたこと、
を特徴とする誘電体多層膜フィルタの製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−281958(P2008−281958A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−128516(P2007−128516)
【出願日】平成19年5月14日(2007.5.14)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】