説明

誘電体磁器組成物及び電子部品

【課題】 高い誘電率と良好な温度特性を確保し、しかもIR温度依存性が改善された積層セラミックコンデンサを提供すること。
【解決手段】 誘電体磁器組成物で構成してある誘電体層2と、内部電極層3とが交互に積層してあるコンデンサ素子本体10を有する積層セラミックコンデンサ1であって、前記誘電体磁器組成物が、複数の結晶粒2aを含んで構成され、前記結晶粒2aには、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域25aが形成してあり、平均粒径D50の値を示す結晶粒2aを対象とした場合に、前記Ca拡散領域25aの平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されている誘電体磁器組成物で構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐還元性を有する誘電体磁器組成物と、該誘電体磁器組成物を用いた積層セラミックコンデンサなどの電子部品とに関する。
【背景技術】
【0002】
電子部品としての積層セラミックコンデンサには、比誘電率が高い、絶縁抵抗IRの寿命が長い、DCバイアス特性が良好(比誘電率の経時変化が少ない)の他に、温度特性が良好であることも要求され、特に、用途によっては、厳しい条件下で温度特性が平坦であることが求められる。近年、自動車のエンジンルーム内に搭載するエンジン電子制御ユニット(ECU)、クランク角センサ、アンチロックブレーキシステム(ABS)モジュールなどの各種電子装置に積層セラミックコンデンサが使用されるようになってきている。これらの電子装置は、エンジン制御、駆動制御及びブレーキ制御を安定して行うためのものなので、回路の温度安定性が良好であることが要求される。
【0003】
これらの電子装置が使用される環境は、寒冷地の冬季には−20℃程度以下まで温度が下がり、また、エンジン始動後には、夏季では+130℃程度以上まで温度が上がることが予想される。最近では電子装置とその制御対象機器とをつなぐワイヤハーネスを削減する傾向にあり、電子装置が車外に設置されることもあるので、電子装置にとっての環境はますます厳しくなっている。したがって、これらの電子装置に用いられるコンデンサは、広い温度範囲において温度特性が平坦である必要がある。具体的には、容量温度特性が、EIA規格のX7R特性(−55〜125℃、ΔC/C=±15%以内)を満足するだけでは足りず、EIA規格のX8R特性(−55〜150℃、ΔC/C=±15%以内)を満足する誘電体磁器組成物が必要とされる。
【0004】
X8R特性を満足する誘電体磁器組成物として、いくつかの提案がある。
【0005】
特許文献1,2では、BaTiOを主成分とする誘電体磁器組成物においてX8R特性を満足させるために、BaTiO中のBaをBi,Pbなどで置換することにより、キュリー温度を高温側にシフトさせることが提案されている。また、BaTiO+CaZrO+ZnO+Nb系の組成を選択することによりX8R特性を満足させることも提案されている(特許文献3〜7)。
【0006】
しかしながら、これらのいずれの組成系においても、蒸発飛散しやすいPb,Bi,Znを使用するため、空気中等の酸化性雰囲気での焼成が前提となる。このため、コンデンサの内部電極に安価なNi等の卑金属を使用することができず、Pd,Au,Ag等の高価な貴金属を使用しなければならないという問題がある。
【0007】
これに対し、誘電率が高く、X8R特性を満足し、還元性雰囲気中での焼成を可能にすることを目的として、本出願人は、既に以下に示す誘電体磁器組成物を提案している(特許文献8)。
【0008】
特許文献8に記載の誘電体磁器組成物は、主成分であるBaTiOと、MgO,CaO,BaO,SrO及びCrから選択される少なくとも1種を含む第1副成分と、(Ba,Ca)SiO2+x (但し、x=0.8〜1.2)で表される第2副成分と、V,MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第3副成分と、R1の酸化物(但し、R1はSc,Er,Tm,Yb及びLuから選択される少なくとも1種)を含む第4副成分と少なくとも有し、主成分100モルに対する各副成分の比率が、第1副成分:0.1〜3モル、第2副成分:2〜10モル、第3副成分:0.01〜0.5モル、第4副成分:0.5〜7モル(但し、第4副成分のモル数は、R1単独での比率である)である。
【0009】
また、本出願人は、既に以下に示す誘電体磁器組成物を提案している(特許文献9)。
【0010】
特許文献9に記載の誘電体磁器組成物は、チタン酸バリウムを含む主成分と、MgO,CaO,BaO,SrO及びCrから選択される少なくとも1種を含む第1副成分と、酸化シリコンを主成分として含有する第2副成分と、V,MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第3副成分と、R1の酸化物(但し、R1はSc,Er,Tm,Yb及びLuから選択される少なくとも1種)を含む第4副成分と、CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第5副成分とを少なくとも有し、主成分100モルに対する各成分の比率が、第1副成分:0.1〜3モル、第2副成分:2〜10モル、第3副成分:0.01〜0.5モル、第4副成分:0.5〜7モル(但し、第4副成分のモル数は、R1単独での比率)、第5副成分:0<第5副成分≦5モルである。
【0011】
しかしながら、上記出願の誘電体磁器組成物では、誘電体層をさらに薄層化した場合に、容量温度特性がX8R特性を満足することが困難であること、及び絶縁抵抗の寿命が低下する傾向にあることが本発明者らにより明らかにされた。容量温度特性に関しては、特に高温側の容量変化率が増大する傾向にあり、これを改善することが望まれている。また、希土類酸化物のうちランタノイド系列元素を含むものは高価であり、同特性を得られる安価な置換元素の探索が進められてきた。さらに、回路の集積化・高密度化の傾向は、近年ますます強まり、小型で大容量のコンデンサの需要が増加していることを受け、内部の誘電体層をより一層薄層化することが求められている。
【0012】
そこで本出願人は、これらの要求を満足させるために、既に以下に示す誘電体磁器組成物を提案している(特許文献10)。この特許文献10に記載の誘電体磁器組成物は、チタン酸バリウムを含む主成分と、AEの酸化物(ただし、AEはMg、Ca、BaおよびSrから選択される少なくとも1種)を含む第1副成分と、Rの酸化物(ただし、RはY、Dy、HoおよびErから選択される少なくとも1種)を含む第2副成分とを有し、前記主成分100モルに対する各副成分の比率が、第1副成分:0モル<第1副成分<0.1モル、第2副成分:1モル<第2副成分<7モルである。
【0013】
特許文献10の技術では、X8R特性を満足できるものの、室温から高温部までのIR温度依存性が悪く、製品としての実際の使用が困難になることがあった。
【0014】
ところで、従来から、チタン酸バリウムを主成分とする誘電体磁器組成物において、高い誘電率と良好な温度特性を確保するために、結晶粒内に強誘電体相部分(コア)とこれを囲む常誘電体相部分(シェル)とを共存させたコアシェル構造とすることが有効であると考えられている。結晶粒にコアシェル構造を持たせる技術については、従来から様々な提案がある。
【0015】
たとえば、特許文献11では、主成分であるチタン酸バリウムに副成分としてMgを加え、焼成温度や焼成時間などを調整することによって、Mgが結晶粒表面から内部に向けて拡散する深さを所定範囲に制御する技術が提案されている。こうすることで、充分に誘電率が高く、良好な温度特性を有する誘電体磁器組成物を得ることができ、ひいては積層セラミックコンデンサの品質レベルを向上させることができるというものである。
【0016】
しかしながら、特許文献11の技術では、誘電率が高く、125℃までは良好な温度特性を有するものの、150℃までの温度特性が悪く、室温から高温部までのIR温度依存性が悪く、製品としての実際の使用が困難になることがあった。
【0017】
なお、主成分であるチタン酸バリウムに対して副成分としてCaを加え、これを全固溶させたチタン酸バリウムカルシウムを主成分とする誘電体磁器組成物も知られている(特許文献12参照)。しかしながら、特許文献12の技術では、チタン酸バリウムに対してCaを全固溶させているため、誘電率は高いものの、良好な温度特性を示すことができなかった。
【特許文献1】特開平10−25157号公報
【特許文献2】特開平9−40465号公報
【特許文献3】特開平4−295048号公報
【特許文献4】特開平4−292458号公報
【特許文献5】特開平4−292459号公報
【特許文献6】特開平5−109319公報
【特許文献7】特開平6−243721号公報
【特許文献8】特開2000−154057号公報
【特許文献9】特開2001−192264号公報
【特許文献10】特開2002−255639号公報
【特許文献11】特開平10−308321号公報
【特許文献12】特開2003−48774号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、比誘電率が高く、絶縁抵抗の寿命を維持でき、目的とする温度特性(例えばEIA規格のX8R特性(−55〜150℃、ΔC/C=±15%以内))を満足し、還元性雰囲気中での焼成が可能であるとともに、IR温度依存性が改善された誘電体磁器組成物を提供することである。また本発明は、このような誘電体磁器組成物を用い、小型・大容量化を実現でき、特に薄層小型化対応の積層セラミックコンデンサなどの電子部品を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明によれば、
チタン酸バリウムを含む主成分と、少なくともMg及びCaを含む副成分とを有し、複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物が提供される。
本発明によれば、
チタン酸バリウムを含む主成分と、
MgO,CaO,BaO及びSrOから選択される少なくとも1種を含む第1副成分と、
酸化シリコンを主成分として含有する第2副成分と、
,MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第3副成分と、
R1の酸化物(但し、R1はSc,Er,Tm,Yb及びLuから選択される少なくとも1種)を含む第4副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第5副成分と、
R2の酸化物(但し、R2はY、Dy、Ho、Tb、Gd及びEuから選択される少なくとも一種)を含む第6副成分と、
MnOを含む第7副成分とを有し、
前記主成分100モルに対する各副成分の比率が、
第1副成分:0.1〜3モル、
第2副成分:2〜10モル、
第3副成分:0.01〜0.5モル、
第4副成分:0.5〜7モル(但し、第4副成分のモル数は、R1単独での比率である)、
第5副成分:0<第5副成分≦5モル、
第6副成分:9モル以下(但し、第6副成分のモル数は、R2単独での比率である)、
第7副成分:0.5モル以下、であり、かつ
複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物が提供される。
【0020】
本発明によれば、
チタン酸バリウムを含む主成分と、
AEの酸化物(但し、AEはMg、Ca、Ba及びSrから選択される少なくとも1種)を含む第1副成分と、
Rの酸化物(但し、RはY、Dy、Tm、Ho及びErから選択される少なくとも1種)を含む第2副成分と、
MxSiO(但し、Mは、Ba、Ca、Sr、Li、Bから選択される少なくとも1種であり、M=Baの場合にはx=1、M=Caの場合にはx=1、M=Srの場合にはx=1、M=Liの場合にはx=2、M=Bの場合にはx=2/3である)を含む第3副成分と、
MnOを含む第4副成分と、
、MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第5副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第6副成分とを有し、
前記主成分100モルに対する各副成分の比率が、
第1副成分:0〜0.1モル(但し、0モルと0.1モルを除く)、
第2副成分:1〜7モル(但し、1モルと7モルを除く)、
第3副成分:2〜10モル、
第4副成分:0〜0.5モル(但し、0モルを除く)、
第5副成分:0.01〜0.5モル、
第6副成分:0〜5モル(但し、0モルと5モルを除く)、であり、かつ
複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物が提供される。
【0021】
本発明に係る電子部品は、誘電体層を有する電子部品であれば、特に限定されず、たとえば誘電体層と共に内部電極層とが交互に積層してあるコンデンサ素子本体を有する積層セラミックコンデンサ素子である。本発明では、前記誘電体層が、上記いずれかの誘電体磁器組成物で構成してある。内部電極層に含まれる導電材としては、特に限定されないが、たとえばNiまたはNi合金である。
【発明の効果】
【0022】
本発明者らは、目的とする温度特性(例えばX8R特性)に影響を与えることなくIR温度依存性を改善できる特定のコアシェル構造に関して研究を進めた結果、目的とする温度特性を満足する特定の誘電体組成に対して、コアシェル構造を持たせ、しかもシェル部分にCaを含ませ(Ca拡散領域)、さらにこのシェルの平均厚み(=Ca拡散領域の平均深さT)を結晶粒の平均粒径D50に対して所定範囲に制御することが有効であることを突き止め、この知見に基づき本発明に到達した。なお、本発明では、Mgがシェル中に含まれていても良いが(Mg拡散領域)、Mgの拡散領域如何により、IR温度依存性が改善されることはないことも突き止めた。
【0023】
”IR温度依存性”は、絶縁抵抗IRが温度変化に対してどのように変動するのかを見極める指標である。このIR温度依存性は、所定温度(たとえば150℃)でのIRが、基準温度(たとえば室温25℃)でのIRに対して変化する割合(変化率)を算出することで評価できる。複数の温度間でのIRの変化率が小さいほどIR温度依存性が良く、大きいほどIR温度依存性が悪いと判断できる。静電容量の温度特性がEIA規格のX8Rを満足していたとしても、X8Rの温度範囲内(特に室温から高温部まで)でのIR温度依存性が悪いと、製品としての実際の使用が困難になる。
【0024】
本発明では、複数の温度として室温(25℃)と高温部(150℃)を例示し、それぞれの温度での絶縁抵抗をIR25、IR150 としたときに、下記式1で示される”IR桁落ち”の大小を算出することで、IR温度依存性の善し悪しを評価している。log(IR150 /IR25) …式1
【0025】
本発明では、比誘電率が高く、目的とする温度特性(例えばX8R特性)を満足できる誘電体組成に対して、特定のコアシェル構造を持たせるようにしてある。このため、本発明に係る誘電体磁器組成物は、目的とする温度特性を満足すると共に、室温(25℃)から高温部(150℃)のIR温度依存性が小さい。具体的には、上記式1で示されるIR桁落ちを−2.00以上とすることができる。
【0026】
本発明に係る誘電体磁器組成物は、比誘電率が高く、容量温度特性がEIA規格のX8R特性を満足することができるため、本発明の誘電体磁器組成物を用いたセラミックチップコンデンサなどの電子部品は、自動車のエンジンルームのような高温下に晒される様な環境でも好適に使用できる。
【0027】
また、本発明に係る誘電体磁器組成物は、蒸発飛散するようなPb、Bi、Znのような元素を含有しない。このため、還元雰囲気中での焼成が可能である。
【0028】
すなわち、本発明によれば、比誘電率が高く、絶縁抵抗の寿命を維持でき、目的とする温度特性(例えばEIA規格のX8R特性(−55〜150℃、ΔC/C=±15%以内))を満足し、還元性雰囲気中での焼成が可能であるとともに、IR温度依存性が改善された誘電体磁器組成物を提供できる。
【0029】
本発明の誘電体磁器組成物を用いてセラミックチップコンデンサなどの電子部品を製造するに際し、内部電極としてNi及びNi合金などの卑金属を使用することが可能となり、電子部品の低コスト化が実現する。しかも、誘電体磁器組成物を還元雰囲気中で焼成しても、得られる電子部品は、目的とする温度特性(例えばX8R特性)を満足し、直流電界印加による容量エージング特性が良好(=容量の経時変化が小さい)であり、絶縁抵抗の劣化が小さく、信頼性にも優れる。
【0030】
すなわち、本発明の誘電体磁器組成物で構成された誘電体層を有する積層セラミックコンデンサなどの電子部品は、自動車の電子装置のように厳しい環境下で使用される各種機器内において安定した動作が可能であるため、適用される機器の信頼性を著しく向上させることができる。
【0031】
以上より、本発明は、誘電体層の薄層化に伴う高温領域の温度変化率の悪化を抑制する手法としても効果が期待できる。
【0032】
さらに、本発明に係る誘電体磁器組成物は、絶縁抵抗の寿命が長く、さらにDCバイアス特性(誘電率の直流電圧印加依存性)及びTCバイアス特性(直流電圧印加時の容量温度特性)が安定している。
【0033】
さらにまた、本発明に係る誘電体磁器組成物は、Pb,Biなどの有害物質を含有しないため、使用後の廃棄、処分などによる環境への悪影響が小さい。
【0034】
したがって、本発明の誘電体磁器組成物を用いることで、優れた特性を有する積層セラミックコンデンサなどの電子部品を提供することが容易になる。また、本発明に係る誘電体磁器組成物を用いれば、誘電体層を薄層化しても、目的とする温度特性(例えばX8R特性)を満足することができ、しかも絶縁抵抗の寿命の低下を効果的に防止できる。したがって、積層セラミックコンデンサなどの電子部品では、小型・大容量化を実現でき、特にさらなる薄層小型化に対応させることが容易である。このため、高集積回路への実装がより容易となる。
【0035】
従来の誘電体磁器組成物では、一層あたりの誘電体層の薄層化に伴い、特に高温側の容量温度特性が悪化する傾向があった。すなわち高温側の容量温度変化率カーブが時計回りの方向に向かう傾向があった。これに対し、本発明によれば、高温側の容量温度変化率カーブを反時計回りの方向に向かわせることができる。この現象を、X7R特性を満たす電子部品において応用すれば、従来よりも、一層あたりの誘電体層のさらなる薄層化を実現することができる。
【0036】
本発明に係る電子部品としては、特に限定されないが、積層セラミックコンデンサ、圧電素子、チップインダクタ、チップバリスタ、チップサーミスタ、チップ抵抗、その他の表面実装(SMD)チップ型電子部品などが例示される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
図1は本発明の一実施形態に係る積層セラミックコンデンサの概略断面図、
図2は図1に示す誘電体層2の要部拡大断面図、
図3はCa拡散領域の平均深さが均一な本発明の実施例(試料4)に相当する結晶粒の微細構造をTEMにより観察した写真、
図4はCa拡散領域を持たない本発明の比較例(試料1)に相当する結晶粒の微細構造をTEMにより観察した写真、
図5は図3のTEM写真を模式的に表した図、
図6は図4のTEM写真を模式的に表した図、
図7は実施例においてCa拡散領域の平均深さTの算出方法を説明する概念図、である。
【0038】
本実施形態では、電子部品として図1に示される積層セラミックコンデンサ1を例示して説明する。
【0039】
積層セラミックコンデンサ
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る電子部品としての積層セラミックコンデンサ1は、誘電体層2と内部電極層3とが交互に積層されたコンデンサ素子本体10を有する。コンデンサ素子本体10の両端部には、素子本体10の内部で交互に配置された内部電極層3と各々導通する一対の外部電極4が形成してある。内部電極層3は、各端面がコンデンサ素子本体10の対向する2端部の表面に交互に露出するように積層してある。一対の外部電極4は、コンデンサ素子本体10の両端部に形成され、交互に配置された内部電極層3の露出端面に接続されて、コンデンサ回路を構成する。
【0040】
コンデンサ素子本体10の外形や寸法には特に制限はなく、用途に応じて適宜設定することができ、通常、外形はほぼ直方体形状とし、寸法は通常、縦(0.4〜5.6mm)×横(0.2〜5.0mm)×高さ(0.2〜1.9mm)程度とすることができる。
【0041】
誘電体層
誘電体層2は、本発明に係る誘電体磁器組成物を含有する。本実施形態では、目的とする温度特性として、EIA規格のX8R特性(−55〜150℃、ΔC/C=±15%以内))を例示する。
【0042】
第1の観点
第1の観点に係る誘電体磁器組成物は、チタン酸バリウム(好ましくは、組成式BaTiO2+m で表され、mが0.995≦m≦1.010であり、BaとTiとの比が0.995≦Ba/Ti≦1.010である)を含む主成分と、
MgO,CaO,BaO及びSrOから選択される少なくとも1種を含む第1副成分と、
酸化シリコンを主成分として含有する第2副成分と、
,MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第3副成分と、
R1の酸化物(但し、R1はSc,Er,Tm,Yb及びLuから選択される少なくとも1種)を含む第4副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第5副成分と、
R2酸化物(但し、R2はY、Dy、Ho、Tb、Gd及びEuから選択される少なくとも一種)を含む第6副成分と、
MnOを含む第7副成分とを有する。
主成分であるBaTiOに対する上記各副成分の比率は、BaTiO100モルに対し、
第1副成分:0.1〜3モル、
第2副成分:2〜10モル、
第3副成分:0.01〜0.5モル、
第4副成分:0.5〜7モル、
第5副成分:0<第5副成分≦5モル、
第6副成分:9モル以下、
第7副成分:0.5モル以下であり、
好ましくは、
第1副成分:0.5〜2.5モル、
第2副成分:2.0〜5.0モル、
第3副成分:0.1〜0.4モル、
第4副成分:0.5〜5.0モル、
第5副成分:0.5〜3モル、
第6副成分:0.5〜9モル、
第7副成分:0.01〜0.5モルである。
【0043】
なお、第4副成分の上記比率は、R1酸化物のモル比ではなく、R1単独のモル比である。すなわち、例えば第4副成分としてYbの酸化物を用いた場合、第4副成分の比率が1モルであることは、Ybの比率が1モルなのではなく、Ybの比率が1モルであることを意味する。
【0044】
本明細書では、主成分及び各副成分を構成する各酸化物を化学量論組成で表しているが、各酸化物の酸化状態は、化学量論組成から外れるものであってもよい。但し、各副成分の上記比率は、各副成分を構成する酸化物に含有される金属量から上記化学量論組成の酸化物に換算して求める。
【0045】
上記第1〜7副成分を含有させることで、高い誘電率を維持しながら、X8R特性を満足させることができる。第1〜7副成分の好ましい含有量及び理由は以下の通りである。
【0046】
第1副成分(MgO,CaO,BaO及びSrO)は、容量温度特性を平坦化させる効果を示す。第1副成分の含有量が少なすぎると、容量温度変化率が大きくなってしまう。一方、含有量が多すぎると、焼結性が悪化する。なお、第1副成分中における各酸化物の構成比率は任意である。
【0047】
第2副成分(酸化シリコンを主成分として含有する)は、主として焼結助剤として作用するが、薄層化した際の初期絶縁抵抗の不良率を改善する効果を有する。第2副成分の含有量が少なすぎると、容量温度特性が悪くなり、また、IR(絶縁抵抗)が低下する。一方、含有量が多すぎると、IR寿命が不十分となるほか、誘電率の急激な低下が生じてしまう。
【0048】
第3副成分(V,MoO及びWO)は、キュリー温度以上での容量温度特性を平坦化する効果と、IR寿命を向上させる効果とを示す。第3副成分の含有量が少なすぎると、このような効果が不十分となる。一方、含有量が多すぎると、IRが著しく低下する。なお、第3副成分中における各酸化物の構成比率は任意である。
【0049】
第4副成分(R1酸化物)は、キュリー温度を高温側へシフトさせる効果と、容量温度特性を平坦化する効果とを示す。第4副成分の含有量が少なすぎると、このような効果が不十分となり、容量温度特性が悪くなってしまう。一方、含有量が多すぎると、焼結性が悪化する傾向にある。第4副成分のうちでは、特性改善効果が高く、しかも安価であることから、Yb酸化物が好ましい。
【0050】
第5副成分(CaZrO)は、キュリー温度を高温側へシフトさせる効果と、容量温度特性を平坦化する効果とを示す。また、CR積、直流絶縁破壊強度を改善する効果がある。但し、第5副成分の含有量が多すぎると、IR加速寿命が著しく悪化し、容量温度特性(X8R特性)が悪くなってしまう。
【0051】
第4副成分(R1酸化物)及び第5副成分(CaZrO)の含有量を調整することで、容量温度特性(X8R特性)を平坦化し、高温加速寿命、CR積を改善することができる。特に、上述した数値範囲内では、異相の析出が抑制され、組織の均一化を図ることができる。第4副成分の含有量が多すぎると、巨大な針状結晶であるパイロクロア相が析出しやすく、積層セラミックコンデンサの誘電体層間の厚みを薄くしたときに著しい特性の劣化(CR積の減少)が認められる。一方、第4副成分の含有量が少なすぎると、容量温度特性を満足することができなくなる。第5副成分の含有量が多すぎると、CR積、直流破壊電圧VBは改善されるが、容量温度特性が悪化し、IR加速寿命も劣化してくる。
【0052】
第6副成分(R2酸化物)は、IR及びIR寿命を改善する効果を示し、容量温度特性への悪影響も少ない。但し、R2酸化物の含有量が多すぎると、焼結性が悪化する傾向にある。第6副成分のうちでは、特性改善効果が高く、しかも安価であることから、Y酸化物が好ましい。
【0053】
第7副成分(MnO)は、焼結を促進する効果と、IRを高くする効果と、IR寿命を向上させる効果とを示す。このような効果を十分に得るためには、BaTiO100モルに対する第7副成分の比率を0.01モル以上とする。但し、第7副成分の含有量が多すぎると容量温度特性に悪影響を与えるので、好ましくは0.5モル以下とする。
【0054】
好ましくは、第2副成分が、SiO、MO(但し、Mは、Ba、Ca、Sr及びMgから選ばれる少なくとも1種の元素)、LiO及びBから選ばれる少なくとも1種で表される。
【0055】
より好ましくは、前記第2副成分が、(Ba,Ca)SiO2+x (但し、x=0.7〜1.2)で表される。第2副成分のより好ましい態様としての[(Ba,Ca)SiO2+x ]中のBaO及びCaOは第1副成分にも含まれるが、複合酸化物である(Ba,Ca)SiO2+x は融点が低いため主成分に対する反応性が良好なので、本発明ではBaO及び/またはCaOを上記複合酸化物としても添加することが好ましい。第2副成分のより好ましい態様としての(Ba,Ca)SiO2+x におけるxは、好ましくは0.7〜1.2であり、より好ましくは0.8〜1.1である。xが小さすぎると、すなわちSiOが多すぎると、主成分のBaTiOと反応して誘電体特性を悪化させてしまう。一方、xが大きすぎると、融点が高くなって焼結性を悪化させるため、好ましくない。なお、BaとCaとの比率は任意であり、一方だけを含有するものであってもよい。
【0056】
第4副成分及び第6副成分の合計の含有量は、主成分であるBaTiO100モルに対し、好ましくは13モル以下、さらに好ましくは10モル以下(但し、第4副成分及び第6副成分のモル数は、R1及びR2単独での比率である)である。焼結性を良好に保つためである。
【0057】
第2の観点
第2の観点に係る誘電体組成物は、チタン酸バリウム(好ましくは、組成式BaTiO2+m で表され、mが0.995≦m≦1.010であり、BaとTiとの比が0.995≦Ba/Ti≦1.010である)を含む主成分と、
AEの酸化物(但し、AEはMg、Ca、Ba及びSrから選択される少なくとも1種)を含む第1副成分と、
Rの酸化物(但し、RはY、Dy、Tm、Ho及びErから選択される少なくとも1種)を含む第2副成分と、
MxSiO(但し、Mは、Ba、Ca、Sr、Li、Bから選択される少なくとも1種であり、M=Baの場合にはx=1、M=Caの場合にはx=1、M=Srの場合にはx=1、M=Liの場合にはx=2、M=Bの場合にはx=2/3である)を含む第3副成分と、
MnOを含む第4副成分と、
、MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第5副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第6副成分とを有する。
【0058】
第1副成分は、容量温度特性を平坦化させる効果を示す。
第2副成分は、キュリー温度を高温側へシフトさせる効果と、容量温度特性を平坦化させる効果とを示す。
第3副成分は、主として焼結助剤として作用するが、薄層化した際の初期の絶縁抵抗IRの不良率を改善する効果を有する。
第4副成分は、焼結を促進する効果と、IRを高くする効果と、IR寿命を向上させる効果とを示す。
第5副成分は、キュリー温度以上での容量温度特性を平坦化する効果と、IR寿命を向上させる効果とを示す。
第6副成分は、キュリー温度を高温側にシフトさせるほか、容量温度特性の平坦化、絶縁抵抗(IR)の向上、破壊電圧の向上、焼成温度を低下させる、などの効果を有する。
【0059】
上記第1〜6副成分を含有させることで、高い誘電率を維持しながら、X8R特性を満足させることができる。第1〜6副成分の好ましい含有量及び理由は以下の通りである。
【0060】
前記主成分100モルに対する第1副成分の比率は、0〜0.1モル(但し、0モルと0.1モルを除く)、好ましくは0.01〜0.1モル(但し、0.1モルを除く)、より好ましくは0.04〜0.08モルである。
【0061】
前記主成分100モルに対する第2副成分の比率は、1〜7モル(但し、1モルと7モルを除く)、好ましくは1〜6モル(但し、1モルを除く)、より好ましくは3〜5モルである。
【0062】
前記第1副成分のモル数に対する前記第2副成分のモル数の比(第2副成分/第1副成分)は、好ましくは10〜500(但し、10と500を除く)、より好ましくは37.5〜250、さらに好ましくは37.5〜125である。
【0063】
前記主成分100モルに対する前記第3副成分の比率は、2〜10モルが好ましく、より好ましくは2〜6モルである。
【0064】
前記主成分100モルに対する前記第4副成分の比率が、0〜0.5モル(但し、0モルを除く)が好ましく、より好ましくは0.1〜0.5モルである。
【0065】
前記主成分100モルに対する前記第5副成分の比率が、0.01〜0.5モルが好ましく、より好ましくは0.01〜0.2モルである。
【0066】
前記主成分100モルに対する前記第6副成分の比率は、0〜5モル(但し、0モルと5モルを除く)が好ましく、より好ましくは0〜3モル(但し、0モルを除く)である。
【0067】
本明細書では、主成分及び各副成分を構成する各酸化物を化学量論組成で表しているが、各酸化物の酸化状態は、化学量論組成から外れるものであってもよい。但し、各副成分の上記比率は、各副成分を構成する酸化物に含有される金属量から上記化学量論組成の酸化物に換算して求める。
【0068】
上記各副成分の含有量の限定理由は以下のとおりである。
【0069】
第1副成分の含有量が少なすぎると、この効果が不十分となり、容量温度特性は全般的に悪化する。一方、第1副成分の含有量が本発明の範囲を超えて多くなると、高温側の容量温度特性が再び悪化する傾向がある。
【0070】
第2副成分の含有量が少なすぎると、このような効果が不十分となり、容量温度特性が悪くなってしまう。一方、含有量が多すぎると、焼結性が急激に悪化する傾向にある。特に、第1副成分の含有量を可能な限り少なくしつつ、第2副成分の含有量を多くすることにより、容量温度特性を一層平坦化できるメリットがある。
【0071】
第1副成分のモル数に対する第2副成分のモル数の比(第2副成分/第1副成分)が小さすぎると、容量温度特性が悪くなってしまい、X8R特性を満足できない。一方、これらの比が大きすぎると、焼結性が悪化する傾向にある。
【0072】
なお、第2副成分の上記比率は、R単独のモル比ではなく、Rの酸化物のモル比である。すなわち、たとえば第2副成分としてYの酸化物を用いた場合、第2副成分の比率が1モルであることは、Yの比率が1モルなのではなく、Yの比率が1モルであることを意味する。
【0073】
第3副成分の含有量が少なすぎると、容量温度特性を満足できない傾向があり、また絶縁抵抗が悪化する傾向があり、特に焼結性が著しく悪くなる傾向にある。一方、含有量が多すぎると、絶縁抵抗の寿命特性が不十分となり、誘電率の急激な低下が起こる傾向がある。なお、第3副成分中における各酸化物の構成比率は任意である。
【0074】
第4副成分の含有量が多すぎると、容量温度特性に悪影響を与え、IR寿命を悪化させるおそれがある。
【0075】
第5副成分の含有量が少なすぎると、上述した効果が不十分となる傾向がある。一方、含有量が多すぎると、IRが著しく低下する。なお、第5副成分中における各酸化物の構成比率は任意である。
【0076】
第6副成分の添加量が多すぎると、IR寿命が著しく低下し、容量温度特性が悪化する傾向がある。
【0077】
第1の観点及び第2の観点ともに、CaZrOの添加形態は特に限定されず、CaOなどのCaから構成される酸化物、CaCOなどの炭酸塩、有機化合物、CaZrOなどを挙げることができる。CaとZrの比率は特に限定されず、主成分であるBaTiOに固溶させない程度に決定すればよいが、Zrに対するCaのモル比(Ca/Zr)が、好ましくは0.5〜1.5、より好ましくは0.8〜1.5、さらに好ましくは0.9〜1.1である。
【0078】
なお、Sr,Zr及びSnの少なくとも1種が、ペロブスカイト構造を構成する主成分中のBaまたはTiを置換している場合、キュリー温度が低温側にシフトするため、125℃以上での容量温度特性が悪くなる。このため、これらの元素を含むBaTiO[例えば(Ba,Sr)TiO]を主成分として用いないことが好ましい。但し、不純物として含有されるレベル(誘電体磁器組成物全体の0.1モル%程度以下)であれば、特に問題はない。
【0079】
本発明の誘電体磁器組成物のキュリー温度(強誘電体から常誘電体への相転移温度)は、組成を選択することにより変更することができるが、X8R特性を満足するためには、好ましくは120℃以上、より好ましくは123℃以上とする。なお、キュリー温度は、DSC(示差走査熱量測定)などによって測定することができる。
【0080】
本発明の誘電体磁器組成物を用いた積層セラミックコンデンサは、80℃以上、特に125〜150℃の環境下で使用される機器用電子部品として用いて好適である。そして、このような温度範囲において、容量の温度特性がEIA規格のR特性を満足し、さらに、X8R特性も満足する。また、EIAJ規格のB特性[−25〜85℃で容量変化率±10%以内(基準温度20℃)]、EIA規格のX7R特性(−55〜125℃、ΔC=±15%以内)も同時に満足することが可能である。
【0081】
しかも、たとえば、室温(25℃)と高温部(150℃)のそれぞれの温度での絶縁抵抗をIR25、IR150 としたときに、下記式1で示される”IR桁落ち”を−2.00以上とすることができる。すなわち、IR温度依存性が小さい。
【0082】
log(IR150 /IR25) …式1
【0083】
積層セラミックコンデンサでは、誘電体層に、通常、0.02V/μm以上、特に0.2V/μm以上、さらには0.5V/μm以上、一般に5V/μm程度以下の交流電界と、これに重畳して5V/μm以下の直流電界とが加えられるが、このような電界が加わっても、容量の温度特性は安定している。
【0084】
誘電体層2の積層数や厚み等の諸条件は、目的や用途に応じ適宜決定すればよいが、本実施形態では、誘電体層2の厚みは、好ましくは7.5μm以下、より好ましくは4μm以下と薄層化されている。本実施形態では、このように誘電体層2の厚みを薄層化したときでも、コンデンサ1の各種電気特性、特に十分な誘電率を有しつつもIR温度依存性が改善される。
【0085】
誘電体層の微細構造
図2に示すように、誘電体層2は、結晶粒(誘電体粒子)2aと、隣接する複数の結晶粒2a間に形成された粒界相2bとを含んで構成される。
【0086】
結晶粒2aは、強誘電体相部分としてのコア(実質的にチタン酸バリウムで構成される)22aの周囲に、常誘電体相部分としてのシェル(副成分拡散層)24aを持つコアシェル構造を有する。
【0087】
結晶粒2aのコアシェル構造とは、結晶粒の中心部であるコア(核)22aと、該コア22aの表面を被覆するシェル(殻)24aとが、物理的・化学的に異なる相を形成している構造をいう。実際には、副成分元素が、結晶粒2aの中心に比して粒子表面側に多く拡散して、シェル24aを形成していると考えられる。
【0088】
本実施形態では、シェル24aには、CaOが含まれており、それ以外にもMgO、R(Rは希土類元素)、ZrO、MnOなどが含まれていると考えられる。シェル24aには、結晶粒2aの表面から内部に向けてCaが拡散したCa拡散領域25aが形成してある。本実施形態では、Ca拡散領域25a自体がシェル24aを構成している場合を例示する。
【0089】
本実施形態では、平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、Ca拡散領域25aの平均深さT(本実施形態ではシェル24aの厚みに等しい。但し、Ca拡散領域25aの平均深さT<シェル24aの厚み、となることもある)が、前記平均粒径D50の値を示す結晶粒2aの表面から中心に向けて、前記D50の10〜30%、好ましくは15〜20%の範囲に制御されている。このような範囲でCa拡散領域25aが形成されていることにより、高い誘電率とX8R特性を確保しながらIR温度依存性を改善することができる。Ca拡散領域25aの平均深さTが、D50の10%未満の場合、常誘電体相部分が充分形成されず温度特性が悪くなるとともにIR温度依存性も悪化する。他方、Ca拡散領域25aの平均深さTが、D50の30%超の場合には、高温での温度特性が悪くなるとともにIR温度依存性も悪化し、粒界部のCa存在量が少なくなり粒成長が進みやすく、コアシェル構造が不安定となる。
【0090】
なお、本発明では、シェル24aにはMgが含まれていても良いが(Mg拡散領域)、Mgの拡散領域の平均深さ如何により、IR温度依存性が改善されることはない。
【0091】
D50は、本実施形態では特に限定されず、誘電体層2の厚さなどに応じて例えば0.1〜3μmの範囲から適宜決定すればよい。容量温度特性は、誘電体層2が薄いほど悪化し、また、平均結晶粒径(D50)を小さくするほど悪化する傾向にある。このため、本発明の誘電体磁器組成物は、平均結晶粒径を小さくする必要がある場合に、具体的には、平均結晶粒径が0.1〜0.5μmである場合に特に有効である。また、平均結晶粒径を小さくすれば、IR寿命が長くなり、また、直流電界下での容量の経時変化が少なくなるため、この点からも平均結晶粒径は上記のように小さいことが好ましい。
【0092】
Ca拡散領域25aの平均深さTは、たとえば、Ca拡散領域25aの最大深さt1と最小深さt2を算出し、これらの平均値を算出することで求めることができる。なお、この場合のCa拡散領域25aの最大深さt1は、通常0.01〜0.1μm、好ましくは0.03〜0.05μmであり、最小深さt2は、通常0.001〜0.009μm、好ましくは0.003〜0.007μmである。
【0093】
結晶粒2a全体の平均粒径D50(単位:μm)は、コンデンサ素子本体10を誘電体層2及び内部電極層3の積層方向に切断し、図2に示す断面において誘電体粒子2aの200個以上の平均面積を測定し、円相当径として直径を算出し1.5倍した値である。本実施形態では、結晶粒2a全体の平均粒径D50は、誘電体層2の厚みを上限とし、好ましくは誘電体層2の厚みの25%以下、より好ましくは15%以下であることが望ましい。
【0094】
前記Ca拡散領域25aの平均深さTの値を所定範囲に制御する方法は、特に限定されないが、後述するように、たとえば焼成時間の調整、Ca原料の種類、チタン酸バリウム原料とCa原料の仮焼時間などの調整、Ca原料の添加法(固相添加または液相添加)を変えることで行うことが可能である。
【0095】
粒界相2bは、通常、誘電体材料あるいは内部電極材料を構成する材質の酸化物や、別途添加された材質の酸化物、さらには工程中に不純物として混入する材質の酸化物を成分としている。
【0096】
内部電極層
図1に示す内部電極層3は、実質的に電極として作用する卑金属の導電材で構成される。導電材として用いる卑金属としては、NiまたはNi合金が好ましい。Ni合金としては、Mn、Cr、Co、Al、Ru、Rh、Ta、Re、Os、Ir、Pt及びWなどから選ばれる1種以上とNiとの合金が好ましく、合金中のNi含有量は95重量%以上であることが好ましい。なお、NiまたはNi合金中には、P、C、Nb、Fe、Cl、B、Li、Na、K、F、S等の各種微量成分が0.1重量%以下程度含まれていてもよい。本実施形態では、内部電極層3の厚さは、好ましくは2μm未満、より好ましくは1.5μm以下と薄層化されている。
【0097】
外部電極
図1に示す外部電極4としては、通常Ni,Pd,Ag,Au,Cu,Pt,Rh,Ru,Ir等の少なくとも1種又はそれらの合金を用いることができる。通常は、Cu,Cu合金、Ni又はNi合金等や、Ag,Ag−Pd合金、In−Ga合金等が使用される。外部電極4の厚さは用途に応じて適時決定されればよいが、通常10〜200μm程度であることが好ましい。
【0098】
積層セラミックコンデンサの製造方法
次に、本実施形態に係る積層セラミックコンデンサ1を製造する方法の一例を説明する。
【0099】
(1)本実施形態では、焼成後に図1に示す誘電体層2を形成するための焼成前誘電体層を構成することとなる誘電体層用ペーストと、焼成後に図1に示す内部電極層3を形成するための焼成前内部電極層を構成することとなる内部電極層用ペーストを準備する。また、外部電極用ペーストも準備する。
【0100】
誘電体層用ペースト
誘電体層用ペーストは、誘電体原料と有機ビヒクルとを混練して調製する。
【0101】
(1−1)本実施形態で用いる誘電体原料は、上述した誘電体磁器組成物を構成する各原料を所定の組成比で含有する。このため、まずは、主成分原料としてのチタン酸バリウム原料と、各種副成分原料を準備する。
【0102】
各種副成分原料としては、Ca原料と、それ以外の原料とに分類して準備する。
【0103】
Ca原料としては、単一酸化物(CaO)、複合酸化物(CaZrO、Ca−Y−Si−O)、混合物(CaO+ZrO)、炭酸塩(CaCO)が好ましく、より好ましくは複合酸化物(CaZrO、Ca−Y−Si−O)、混合物(CaO+ZrO)、最も好ましくはCaZrOの形で添加する。用いるCa原料の種類により、Ca拡散領域25aの平均深さTが変化する。
【0104】
Ca原料以外の原料としては、各種元素の酸化物や焼成により酸化物になる化合物が用いられる。焼成により酸化物になる化合物としては、例えば炭酸塩、硝酸塩、シュウ酸塩、有機金属化合物等が例示される。もちろん、酸化物と、焼成により酸化物になる化合物とを併用してもよい。
【0105】
各原料の添加量は、焼成後に上記した誘電体磁器組成物の組成となるように決定すればよい。これらの原料粉末は、通常、平均粒子径0.05〜5μm程度のものが用いられる。
【0106】
(1−2)誘電体原料の製造は、主成分の仮焼き前に各副成分の少なくとも一部を含めておき、これを仮焼きした後、残りの副成分と混合することによって、誘電体原料を得る前添加法と、仮焼き前には主成分中には一切、各副成分を入れず、主成分を製造した後、残りの各副成分と混合することによって、誘電体原料を得る後添加法とがあるが、前添加法により誘電体原料を製造することが好ましい。こうすることで、Ca拡散領域25aの平均深さTを適切に制御できる。
【0107】
(1−3)第1の観点では、まず、BaCO、CaCO、TiO(以上、主成分原料の出発原料)、Ca原料を所定量秤量して混合、乾燥することにより、仮焼前粉体を準備する。
【0108】
次に、準備された仮焼前粉体を仮焼きする。仮焼条件は、特に限定されないが、次に示す条件で行うことが好ましい。特に本実施形態では、仮焼の保持温度と保持時間(仮焼時間)が、上述したCa拡散領域25aの平均深さTを制御する一要因となる。
【0109】
仮焼の保持温度は、好ましくは600℃以上、より好ましくは600〜900℃、さらに好ましくは650〜750℃である。ここでの仮焼温度が低すぎると、Caが粒内へ拡散しないため、温度特性が悪く、高すぎると、Caが粒の中心付近まで拡散してしまい、IR温度依存性が悪化する傾向がある。
【0110】
仮焼の上記保持温度の保持時間は、好ましくは2〜8時間、より好ましくは3.5〜7.5時間である。ここでの仮焼時間が短すぎるとCa拡散領域25aの平均深さTが浅くなる傾向にあり、長すぎるとCa拡散領域25aの平均深さTが深くなり過ぎ、やがてはシェル24aが確認できなくなる。いずれのケースでも、IR温度依存性を改善できない。
【0111】
その他の仮焼条件は、昇温速度:50〜400℃/時間、特に100〜300℃/時間であり、処理雰囲気は、空気中、窒素中および還元雰囲気中の何れでも構わない。
【0112】
(1−4)第2の観点では、前記第1の観点で行った主成分の仮焼き時にCa原料を含めず、主成分の出発原料を反応させて得られたチタン酸バリウム原料に対してCa原料をコーティングすることにより、チタン酸バリウム原料粒子の表面に薄いシェルを形成し、その後、第1の観点の仮焼を行い、仮焼済み粉体を形成する。すなわち、第2の観点では、上述したCa原料を、液相添加しても良い。この液相添加によっても、Ca拡散領域25aの平均深さTを制御することが可能である。
【0113】
Ca原料をコーティングするには、Ca原料を有機金属などを用いて液相にし、主成分であるチタン酸バリウムと混合した後、仮焼きする方法が採用される。
【0114】
(1−5)次に、仮焼きされた仮焼済粉末をアルミナロールなどにより粗粉砕した後、Ca原料以外の副成分原料を所定量秤量して添加し、さらに必要であればその他の副成分原料をも添加して、最終組成にする。その後、この混合粉末を、必要に応じて、ボールミルなどによって混合し、乾燥することによって、誘電体原料(粉末)を得る。
【0115】
誘電体原料中の各化合物の含有量は、焼成後に上記した誘電体磁器組成物の組成となるように決定すればよい。
【0116】
塗料化する前の状態で、誘電体原料の平均粒径は、好ましくは5μm以下、より好ましくは0.1〜1μm程度とされる。
【0117】
(1−6)本実施形態で用いる有機ビヒクルは、バインダおよび溶剤を含有するものである。バインダとしては、例えばエチルセルロース、ポリビニルブチラール、アクリル樹脂などの通常の各種バインダを用いることができる。溶剤も、特に限定されるものではなく、テルピネオール、ブチルカルビトール、アセトン、トルエン、キシレン、エタノールなどの有機溶剤が用いられる。
【0118】
誘電体層用ペーストは、誘電体原料と、水中に水溶性バインダを溶解させたビヒクルを混練して、形成することもできる。水溶性バインダは、特に限定されるものではなく、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、水溶性アクリル樹脂、エマルジョンなどが用いられる。
【0119】
内部電極層用ペースト及び外部電極用ペースト
内部電極層用ペーストは、上述した各種導電性金属や合金からなる導電材料あるいは焼成後に上述した導電材料となる各種酸化物、有機金属化合物、レジネート等と、上述した有機ビヒクルとを混練して調製される。
【0120】
外部電極用ペーストも、この内部電極層用ペーストと同様にして調製される。
【0121】
各ペーストの有機ビヒクルの含有量は、特に限定されず、通常の含有量、たとえば、バインダは1〜5重量%程度、溶剤は10〜50重量%程度とすればよい。また、各ペースト中には必要に応じて各種分散剤、可塑剤、誘電体、絶縁体等から選択される添加物が含有されても良い。
【0122】
(2)次に、上記誘電体原料を含有する誘電体層用ペーストと、内部電極層用ペーストとを用いて、焼成前誘電体層と焼成前内部電極層とが積層されたグリーンチップを作製し、脱バインダ工程、焼成工程、必要に応じて行われるアニール工程を経て形成された、焼結体で構成されるコンデンサ素子本体10に、外部電極用ペーストを印刷または転写して焼成し、外部電極4を形成して、積層セラミックコンデンサ1が製造される。
【0123】
特に、グリーンチップの焼成時間については、上述したCa拡散領域25aの平均深さTを制御する一要因となるので、適正に制御することが好ましい。
【0124】
本実施形態では、好ましくは1000〜1350℃、より好ましくは1200〜1300℃の焼成保持温度で、好ましくは2〜10時間、より好ましくは2〜5時間、保持することにより、上述したTの値を適正範囲に制御することが可能である。焼成保持時間が短いとT値は小さくなる傾向があり、長いとT値は大きくなる傾向がある。
【0125】
他の焼成条件としては、昇温速度が、好ましくは50〜500℃/時間、より好ましくは100〜300℃/時間である。降温速度は、好ましくは50〜500℃/時間、より好ましくは200〜300℃/時間である。焼成雰囲気は、還元雰囲気であることが好ましい。還元雰囲気における雰囲気ガスとしては、たとえばNとHとの混合ガスを加湿して用いることが好ましい。焼成雰囲気中の酸素分圧は、好ましくは6×10−8〜10−4Paである。
【0126】
本実施形態で得られる積層セラミックコンデンサ1は、上述したように、X8R特性を満足する誘電体組成を有し、強誘電体相部分としてのコア(実質的にチタン酸バリウムで構成される)22aの周囲に常誘電体相部分としてのシェル(副成分拡散層)24aを持ち、該シェル24aには、結晶粒2aの表面から内部に向けてCaが平均深さTで拡散したCa拡散領域25aが形成してあるコアシェル構造を有する結晶粒2aを含む誘電体層2を有しているので、高い誘電率と良好な温度特性(X8R)を確保しながらIR温度依存性が改善されるとともに、信頼性も改善されている。
【0127】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
【0128】
たとえば、上述した実施形態では、本発明に係る電子部品として積層セラミックコンデンサを例示したが、本発明に係る電子部品としては、積層セラミックコンデンサに限定されず、上記組成の誘電体磁器組成物で構成してある誘電体層を有するものであれば何でも良い。
【実施例】
【0129】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0130】
実施例1
誘電体原料の作製
まず、チタン酸バリウム原料及び副成分原料を用意した。チタン酸バリウム原料としては、平均粒径0.25μmのBaTiO(以下、BTともいう)を用いた。副成分原料としては、平均粒径が0.01〜0.1μmの、MgOと、MnOと、Vと、(Ba0.6 Ca0.4 )SiO(以下、BCGともいう)と、Yと、Ybと、Ca原料としてのCaZrOとを用いた。BCGは、BaCO,CaCO及びSiOをボールミルにより16時間湿式混合し、乾燥後、1150℃で空気中で焼成し、さらに、ボールミルにより100時間湿式粉砕することにより製造した。CaZrOは、CaCO及びZrOをボールミルにより16時間湿式混合し、乾燥後、1150℃で空気中で焼成し、さらに、ボールミルにより24時間湿式粉砕することにより製造した。
【0131】
次に、これらの原料を、焼成後の組成が、主成分であるBT100モルに対して、0.9モルのMgOと、0.37モルのMnOと、0.1モルのVと、4.5モルのBCGと、3モルのYと、1.75モルのYbと、1.5モルのCaZrOとなるように秤量した。各副成分原料については、ここで秤量した量が最終的な添加量となる。
【0132】
次に、BTに対してCaZrOを添加し、水を溶媒としてボールミルで16時間湿式混合して、仮焼前粉体を準備した。
【0133】
次に、得られた仮焼前粉体を、保持温度:700℃、温度保持時間:表1に示す時間(0〜10時間)、雰囲気:空気中で仮焼し、仮焼済粉体を得た。
【0134】
次に、仮焼済粉体に対して、残りの副成分原料を添加し、水を溶媒としてボールミルで16時間湿式混合し、アルミナロールで粉砕して、最終組成の誘電体原料を得た。
【0135】
各種ペーストの作製
次に、得られた誘電体原料にポリビニルブチラール樹脂およびエタノール系の有機溶媒を添加し、再度ボールミルで混合し、ペースト化して誘電体層用ペーストを得た。
【0136】
次に、Ni粒子44.6重量部と、テルピネオール52重量部と、エチルセルロース3重量部と、ベンゾトリアゾール0.4重量部とを、3本ロールにより混練し、スラリー化して内部電極用ペーストを得た。
【0137】
焼結体の作製
得られた誘電体層用ペーストを用いてドクターブレード法により、PETフィルム上にグリーンシートを形成した。この上に内部電極用ペーストをスクリーン印刷法により印刷した。その後、ふたとなるグリーンシートをPETフィルムから剥離し、厚さが約300μmとなるように複数枚積層し、その上に内部電極用ペーストを印刷したシートをPETフィルムから剥離しつつ所望の枚数(この場合は5枚)積層し、更に再びふたとなるグリーンシートを積層し、圧着して、グリーンチップを得た。なお、このとき、グリーン状態の誘電体層の厚みは3.5μmとした。
【0138】
次に、グリーンチップを所定サイズに切断し、脱バインダ処理、焼成およびアニールを下記条件にて行って、チップ焼結体を得た。脱バインダ処理条件は、昇温速度:60℃/時間、保持温度:260℃、温度保持時間:8時間、雰囲気:空気中とした。焼成条件は、昇温速度:200℃/時間、保持温度:1240℃、温度保持時間:6時間、冷却速度:200℃/時間、雰囲気ガス:加湿したN+H混合ガスとした。アニール条件は、昇温速度:200℃/時間、保持温度:1000℃、温度保持時間:2時間、冷却速度:200℃/時間、雰囲気ガス:加湿したNガスとした。なお、焼成およびアニールの際の雰囲気ガスの加湿には、水温を20℃としたウェッターを用いた。
【0139】
得られた焼結体のサイズは、縦3.2mm×横1.6mm×高さ0.6mmであり、内部電極層に挟まれた誘電体層の数は5であった。
【0140】
焼結体(誘電体磁器組成物)の構造
得られた焼結体を厚み10μmまで加工した後、イオンミリングにより試料をさらに薄片化した。その後、走査型透過電子顕微鏡(TEM)にて観察を行い、結晶粒2aと粒界相2bにより構成されていることを確認した。
【0141】
焼結体中の結晶粒の平均粒径D50
得られた焼結体を研磨し、エッチングを施した後、走査型電子顕微鏡(SEM)にて研磨面の観察を行い、コード法によって、結晶粒2aの形状を球と仮定して、該結晶粒の平均粒径D50を測定した。平均粒径D50は、測定点数250点の平均値とした。その結果、0.30μmであった。
【0142】
平均粒径の結晶粒の微細構造
上記平均粒径が0.30μmの結晶粒の微細構造を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した写真を図3,4に、これらを模式的に表したものを図5,6に示す。
【0143】
図3,5を見ると、誘電体粒子(結晶粒)は、実質的にチタン酸バリウムを主成分とするコアの周囲に、副成分がチタン酸バリウムに拡散された厚みが略均一なシェル(副成分拡散層)を持つコアシェル構造を有することが確認できるが、図4,6では、コアシェル構造が確認できない。
【0144】
そして、平均粒径D50の値を示す結晶粒2aを対象とした場合に、該結晶粒2aの表面から中心に向けての、前記平均粒径D50に対する前記Ca拡散領域25aの平均深さTを算出した。結果を表1に示す。
【0145】
なお、本実施例では、Ca拡散領域25aの平均深さTを次のようにして算出した。図7に示すように、上記平均粒径D50を持つ結晶粒に対して、該結晶粒の略中心を通るように粒の端から端まで一直線になるようにTEMで線分析を行い、その後45度ずらして同一粒径において線分析を行い、拡散の深さを求め、これをn=10の粒で行い、平均値を算出し、これをCa拡散領域25aの平均深さTとした。
【0146】
シェル24a中のCaの濃度分布は、シェルの平均厚みと同じ厚さまで分布していることを確認した。なお、表1中には、Ca拡散領域の平均深さとともに、Mg拡散領域の平均深さについても併せて示した。Mg拡散領域の平均深さは、結晶粒の表面から中心に向けて、Mgが拡散している領域の平均深さをD50に対する割合で示した。
【0147】
コンデンサ試料の作製
得られたチップ焼結体の端面をサンドブラストにて研磨した後、外部電極としてIn−Gaを塗布し、図1に示す積層セラミックコンデンサの試料を得た。
【0148】
コンデンサ試料の特性評価
得られた各コンデンサ試料について、比誘電率ε、容量温度特性(Tc)及びIR温度依存性(桁落ち)を評価した。結果を表1に示す。
【0149】
比誘電率εは、得られたコンデンササンプルに対し、基準温度25℃において、デジタルLCRメータ(YHP社製4274A)にて、周波数1kHz,入力信号レベル(測定電圧)1.0Vrmsの条件下で測定された静電容量から算出した(単位なし)。評価基準は、1300以上を良好とした。
【0150】
容量温度特性(Tc)は、得られたサンプルに対し、−55℃〜150℃の温度範囲で静電容量を測定した。静電容量の測定にはデジタルLCRメータ(YHP製4274A)を用い、周波数1kHz、入力信号レベル1Vrmsの条件下で測定した。そして、これらの温度範囲で最も容量温度特性が悪くなる150℃の温度環境下での静電容量の変化率(△C/C。単位は%)を算出し、X8R特性(−55〜150℃、ΔC/C=±15%以内)を満足するかどうかを調べた。評価基準は、−15%以上を良好とした。
【0151】
IR温度依存性(桁落ち)は、得られたサンプルの150℃における絶縁抵抗IR150 と、25℃における絶縁抵抗IR25とを測定し、下記式1で示される桁落ちを算出して評価した。評価基準は、−2.00以上を良好とした。
log(IR150 /IR25) …式1
なお、各温度での絶縁抵抗の測定には、温度可変IR測定器を用い、測定電圧7.0V/μm、電圧印加時間60sで測定した。
【0152】
【表1】

【0153】
表1に示すように、Ca拡散領域の平均深さが30%を超えると、誘電率は十分であるが、温度特性がX8Rを満足せず、しかもIRの桁落ち改善の効果が見られない(IRの桁落ちが−2.00超)。Ca拡散領域の平均深さが10%未満だと、誘電率は十分であり、温度特性はX8Rを満足するが、εが1300以下となり、しかもIRの桁落ち改善の効果が見られない(IRの桁落ちが−2.00超)。
これに対し、Ca拡散領域の平均深さが本発明の範囲内(10〜30%)である場合には、誘電率が高く、温度特性がX8Rを満足し、しかもIRの桁落ち改善の効果が見られた(IRの桁落ちが−2.00以上)。
【0154】
なお、Mg拡散領域の平均深さについては、いずれもほぼ同等の値が得られており、このことから、Mg拡散領域の平均深さ如何により、IR温度依存性が改善されるものではないことが分かる。
【0155】
実施例2
Ca原料として、CaCO、Ca−Y−Si−Oを用いた以外は、実施例1の試料4(CaZrO)と同様にして、実施例1と同様の評価を行った。結果を表2に示す。
【0156】
【表2】

【0157】
表2に示すように、いずれの試料も、Ca拡散領域の平均深さが本発明の範囲内(10〜30%)に収まり、同様の結果が得られることが確認できた。
【0158】
実施例3
焼成時間を、0.5時間、2時間、15時間、30時間と変化させた以外は、実施例1の試料4(6時間)と同様にして、実施例1と同様の評価を行った。結果を表3に示す。
【0159】
【表3】

【0160】
表3に示すように、焼成時間が長くなるにつれてCa拡散領域の平均深さは増加するが、Mg拡散領域の平均深さは変化しない傾向があることが確認できた。そして、焼成時間が15時間を超えるとCa拡散領域の平均深さが30%超となり、2時間未満だと拡散領域が5%未満となり、いずれもIR桁落ちの改善効果が見られない。これに対し、焼成時間が2〜15時間である場合は、Ca拡散領域の平均深さが本発明の範囲内(10〜30%)に収まり、IR桁落ちの改善効果が見られることが確認できた。
【0161】
実施例4
Ca原料を液相添加した以外は、実施例1の試料4(固相添加)と同様にして、実施例1と同様の評価を行った。
【0162】
Ca原料を液相添加は、Caの有機金属塩を用意し、これを酢酸エチル溶液に溶解させて、ペースト中に添加することにより行った。結果を表4に示す。
【0163】
【表4】

【0164】
表4に示すように、Ca原料を液相添加した試料も、Ca拡散領域の平均深さが本発明の範囲内(10〜30%)に収まり、同様の結果が得られることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0165】
【図1】図1は本発明の一実施形態に係る積層セラミックコンデンサの概略断面図である。
【図2】図2は図1に示す誘電体層2の要部拡大断面図である。
【図3】図3はCa拡散領域の平均深さが均一な本発明の実施例(試料4)に相当する結晶粒の微細構造をTEMにより観察した写真である。
【図4】図4はCa拡散領域を持たない本発明の比較例(試料1)に相当する結晶粒の微細構造をTEMにより観察した写真である。
【図5】図5は図3のTEM写真を模式的に表した図である。
【図6】図6は図4のTEM写真を模式的に表した図である。
【図7】図7は実施例においてCa拡散領域の平均深さTの算出方法を説明する概念図である。
【符号の説明】
【0166】
1… 積層セラミックコンデンサ
10… コンデンサ素子本体
2… 誘電体層
2a… 結晶粒
22a… コア
24a… シェル
25a… Ca拡散領域
2b… 粒界相
3… 内部電極層
4… 外部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン酸バリウムを含む主成分と、少なくともMg及びCaを含む副成分とを有し、複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物。
【請求項2】
チタン酸バリウムを含む主成分と、
MgO,CaO,BaO及びSrOから選択される少なくとも1種を含む第1副成分と、
酸化シリコンを主成分として含有する第2副成分と、
,MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第3副成分と、
R1の酸化物(但し、R1はSc,Er,Tm,Yb及びLuから選択される少なくとも1種)を含む第4副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第5副成分と、
R2の酸化物(但し、R2はY、Dy、Ho、Tb、Gd及びEuから選択される少なくとも一種)を含む第6副成分と、
MnOを含む第7副成分とを有し、
前記主成分100モルに対する各副成分の比率が、
第1副成分:0.1〜3モル、
第2副成分:2〜10モル、
第3副成分:0.01〜0.5モル、
第4副成分:0.5〜7モル(但し、第4副成分のモル数は、R1単独での比率である)、
第5副成分:0<第5副成分≦5モル、
第6副成分:9モル以下(但し、第6副成分のモル数は、R2単独での比率である)、
第7副成分:0.5モル以下、であり、かつ
複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物。
【請求項3】
チタン酸バリウムを含む主成分と、
AEの酸化物(但し、AEはMg、Ca、Ba及びSrから選択される少なくとも1種)を含む第1副成分と、
Rの酸化物(但し、RはY、Dy、Tm、Ho及びErから選択される少なくとも1種)を含む第2副成分と、
MxSiO(但し、Mは、Ba、Ca、Sr、Li、Bから選択される少なくとも1種であり、M=Baの場合にはx=1、M=Caの場合にはx=1、M=Srの場合にはx=1、M=Liの場合にはx=2、M=Bの場合にはx=2/3である)を含む第3副成分と、
MnOを含む第4副成分と、
、MoO及びWOから選択される少なくとも1種を含む第5副成分と、
CaZrOまたはCaO+ZrOを含む第6副成分とを有し、
前記主成分100モルに対する各副成分の比率が、
第1副成分:0〜0.1モル(但し、0モルと0.1モルを除く)、
第2副成分:1〜7モル(但し、1モルと7モルを除く)、
第3副成分:2〜10モル、
第4副成分:0〜0.5モル(但し、0モルを除く)、
第5副成分:0.01〜0.5モル、
第6副成分:0〜5モル(但し、0モルと5モルを除く)、であり、かつ
複数の結晶粒を含んで構成される誘電体磁器組成物であって、
前記結晶粒には、少なくとも前記Caが該結晶粒の表面から内部に向けて拡散したCa拡散領域が形成してあり、
平均粒径D50の値を示す結晶粒を対象とした場合に、前記Ca拡散領域の平均深さTが、前記D50の10〜30%の範囲に制御されていることを特徴とする誘電体磁器組成物。
【請求項4】
誘電体磁器組成物で構成してある誘電体層を有する電子部品であって、
前記誘電体磁器組成物が、請求項1〜3のいずれかに記載の誘電体磁器組成物で構成されていることを特徴とする電子部品。
【請求項5】
誘電体磁器組成物で構成してある誘電体層と、内部電極層とが交互に積層してあるコンデンサ素子本体を有する積層セラミックコンデンサであって、
前記誘電体磁器組成物が、請求項1〜3のいずれかに記載の誘電体磁器組成物で構成されていることを特徴とする積層セラミックコンデンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−151766(P2006−151766A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−346846(P2004−346846)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】