説明

超電導酸化物材料の製造方法

【課題】金属有機化合物の熱分解および超電導物質の熱処理形成を行うに際して、効率よく、性能が改善された大面積の超電導材料の製造方法を提供する。
【解決手段】
酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間でレーザ光をさせて照射する際に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力輸送、電力機器、情報機器分野で用いる超電導物質の製造方法、より詳しくは超電導物質をコーティングした超電導材料膜(限流器、マイクロ波フィルタ、テープ材料、線材)の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超電導物質を構成する金属元素を含む有機化合物溶液を基板に塗って乾燥(1)後、有機成分の分解工程(2)(仮焼成)、超電導物質の形成工程(3)(本焼成)は全て熱エネルギーにより行われていた(特許文献1参照)。
【0003】
また、金属酸化物(超電導を示さない)を作製するにあたり、金属有機酸塩ないし有機金属化合物MmRn(ただしM=Si、Ge、Sn、Pbの4b族元素、Cr、Mo、Wの6a族元素、Mn、Tc、Reの7a族元素:R=CH、CH、CH、CHなどのアルキル基、あるいはCHCOO、CHCOO、CHCOO、CHCOOなどのカルボキシル基、あるいはCOのカルボニル基:m、nは整数)を可溶性溶媒に溶かし、あるいは液体のものはそのまま、当該溶液を基板上に分散塗布した後、酸素雰囲気下でエキシマレーザを照射することを特徴とする、エキシマレーザによる金属酸化物および金属酸化物薄膜の製造方法は知られている(特許文献2)。
【0004】
さらに、従来塗布熱分解法として知られているような高温下で熱処理することなく、基板上に金属酸化物(超電導を示さない)を製造する方法であり、金属有機化合物(金属有機酸塩、金属アセチルアセトナト、炭素数6以上の有機基を有する金属アルコキシド)を溶媒に溶解させて溶液状とし、これを基板に塗布した後に、乾燥させ、波長400nm以下のレーザ光を照射することにより基板上に金属酸化物を形成することを特徴とする金属酸化物の製造方法が知られている(特許文献3)。
ここでは、金属有機化合物を溶媒に溶解させて溶液状とし、これを基板に塗布した後に、乾燥させ、波長400nm以下のレーザ光、例えば、ArF、KrF、XeCl、XeF、F2から選ばれるエキシマレーザを用いて照射することにより基板上に金属酸化物を形成することを特徴とする金属酸化物の製造方法が記載され、波長400nm以下のレーザ光の照射を、複数段階で行い、最初の段階の照射は金属有機化合物を完全に分解させるに至らない程度の弱い照射で行い、次に酸化物にまで変化させることができる強い照射を行うことも記載されている。また、金属有機化合物が異なる金属からなる2種以上の化合物であり、得られる金属酸化物が異なる金属からなる複合金属酸化物であって、金属有機酸塩の金属が、鉄、インジウム、錫、ジルコニウム、コバルト、ニッケル、鉛から成る群から選ばれるものであることも知られている。
【0005】
またさらに、La、MnおよびCa、SrもしくはBaの各酸化物の原料成分を含む前駆体塗布液を被塗布物の表面に塗布して成膜した後、被塗布物表面に形成された薄膜を結晶化させて、組成式(La1−xM)MnO3−δ(M:Ca、Sr、Ba、0.09≦x≦0.50)で表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物膜(超電導を示さない)を形成する複合酸化物膜の製造方法において、前記前駆体塗布液を被塗布物の表面に塗布して成膜した後、被酸化物表面に形成された薄膜に対し波長が360nm以下である光を照射して薄膜を結晶化させることを特徴とする複合酸化物膜の製造方法が知られている(特許文献4参照)。
ここでは、被塗布物の表面に形成された薄膜に対して光を照射する光源として、ArFエキシマレーザ、KrFエキシマレーザ、XeClエキシマレーザ、XeFエキシマレーザ、YAGレーザの3倍波光またはYAGレーザの4倍波光を用い、被塗布物の表面に塗布される前駆体塗布液を、Laのアルカノールアミン配位化合物と、Mnのカルボン酸塩と、Mの金属またはアルコキシドとを、炭素数が1〜4である一級アルコール中で混合させ反応させて調製することが記載されている。
【0006】
本発明者は、従来の超電導性材料の製造方法においては、金属有機化合物の熱分解および超電導物質の熱処理形成を行う場合、多くの時間を要し、配向性の制御が困難であり、しかも、実用支持体との反応が起こるため均一性が低下する事実に直面し、これを打開すべく、金属有機化合物の熱分解および超電導物質の熱処理形成を行うに際して、効率よく、性能が高い超電導性材料の製造方法を見出し、既に特許出願している(特許文献5参照)。
すなわち、酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)と金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)の間に、レーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
しかし、この発明による製造方法により、得られる超電導材料は、製造効率が良く、大量生産に適し、超電導特性についても優れたものではあるが、膜厚約100nmのYBa2Cu3O7(YBCO)膜について言えば、せいぜい臨界電流密度の上限は、Jc=2.0MA/cm2程度のものであった。また、この発明においては、もっぱら、基板に超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面のみをレーザ光で単に照射していた。
【0007】
【特許文献1】特公平07−106905号公報
【特許文献2】特許2759125号明細書
【特許文献3】特開2001−31417号公報
【特許文献4】特開2000−256862号公報
【特許文献5】特願2006−185934号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の超電導材料の製造方法においては、金属有機化合物の熱分解および超電導物質の熱処理形成を行う場合、多くの時間を要し、配向性の制御が困難であり、実用支持体との反応が起こるため均一性が低下していた。本発明は、金属有機化合物の熱分解および超電導物質の熱処理形成を行うに際して、効率よく、特性のより優れた大面積の超電導材料の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために本発明は超電導材料の製造において、塗布熱分解法における熱処理過程の一部をレーザ光照射で置き換える。すなわち、本発明は、図1に示すように、金属有機化合物の溶液を支持体上に塗布する工程及び乾燥工程(1)、有機成分の熱分解仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)をへて超電導膜コーティング材料を製造する際に、工程(1)と工程(2)の間でレーザ光を照射する際に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
また本発明は、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射する前あるいは後に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
更に本発明は、レーザ光の照射において、表面に色の変化が現れる条件から表面にクラックが発生する条件までのトータルエネルギー量を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
また、本発明においては、レーザ光を照射するに際し、レーザビームの強度を、10〜100mJ/cm2の強度とし、スキャンして照射することができる。
さらに、本発明は、酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間で、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射するに際し、レーザ光の強度を、0.5〜20mJ/cm2の強度とし、弱から照射し始め、その後、強で照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
また、本発明では、酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間で、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射するに際し、レーザ光の強度を、10〜20mJ/cm2の強度とし、スキャンして照射することができる。ここでは、パルス数30000以上レーザ光を用いることができる。
本発明は、このような発明の構成要件を具備することにより、特性の良い大面積の超電導材料の高速製膜(熱処理時間の大幅な短縮)が可能になるとともに、マスクの使用やレーザ光の照射位置を精密に制御することにより、マイクロ波フィルタや限流器等の素子に必要なパターニングを製膜と同時に行うことができる。
【0010】
また本発明では、酸化物が超電導物質を形成する金属として、RE(REはYおよび希土類元素)、AE(AEはアルカリ土類金属)それぞれから選ばれる1種以上およびCuを選択することが出来る。
さらに本発明は、支持体として、ランタンアルミネート、チタン酸ストロンチウム、酸化ランタンストロンチウムタンタルアルミニウム、ネオジムガレートあるいはイットリウムアルミネートから選ばれる1種の単結晶基板を選ぶことが出来る。
またさらに本発明は、酸化アルミニウム、イットリア安定化ジルコニア、酸化マグネシウム、ランタンアルミネート、チタン酸ストロンチウム、酸化ランタンストロンチウムタンタルアルミニウム、ネオジムガレートあるいはイットリウムアルミネートから選ばれる1種の単結晶基板に、酸化セリウム中間層を形成(蒸着、スパッタ、パルスレーザ蒸着、塗布熱分解法、塗布光分解法、ゾルゲル法などの手段)した基板から選ぶことができる。
また本発明では、金属の有機化合物としてβ−ジケトナト、アルコキシド、ハロゲンを含んでも良い有機酸塩から選ばれる1種以上を用いることができる。

【発明の効果】
【0011】
本発明の超電導材料の製造方法は、製造効率が良く、大量生産に適し、しかも超電導特性が大幅に改善された大面積の超電導材料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の典型的な例を図1に示す。超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥工程と仮焼成工程の間で、レーザ光を照射する際に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法である。
本発明においては、レーザ光は、ビームホモジナイザー等で加工したビームとし、スキャンして用いることが望ましい。この加工されたビームのフルエンスのラインプロファイルは、図2に示すように傾斜している両端部とエネルギーが均一で強い中央部に分けられる。このようなフルエンスプロファイル有するレーザ光を用い、スキャンしながら溶液塗布面に、フルエンスが低い値から高い値へ連続的に照射させることで有機物の分解が適切に進行し、高品質の超電導体が得られることを見出した。このスキャン照射は、製造効率が良く、大量生産に適し、しかも超電導特性が優れた大面積の超電導材料を得るために有効である。
本発明では、有機化合物をレーザ光により照射することにより、有機化合物の分子結合を切断する効果が確認されており、本発明で用いるレーザビームは、ビーム中の低エネルギーの領域によりまず有機化合物に取り込まれている溶剤等の付着物を蒸発させ、次いで高エネルギービームにより、有機化合物の分子結合を切断すると考えられる。本発明者は、このような現象が、有機化合物の分解を利用した、高い超電導特性を有する超電導材料の製造に極めて有効であることを初めて見出したものである。
したがって、本件発明においては、まず、強さ1mJ/cm2程度、好ましくは0.5〜2mJ/cm2のレーザ光でまず基板上の有機化合物膜を照射し、次いで強さ20mJ/cm2程度、好ましくは13〜18mJ/cm2のレーザ光で基板上の有機化合物膜を照射することが望ましい。
一方、本発明で用いるスキャン用のレーザビームは、レンズ等により絞って高エネルギービームとして用いるが、ビームの周囲は低エネルギーの領域がある。
したがって、本発明では、レンズ等により絞って高エネルギービームのレーザ光をスキャンさせることにより、比較的弱いエネルギーのレーザ光と高エネルギーのレーザ光を交互に利用することが出来、結果的にはレンズ等により絞って高エネルギーのレーザビームを基板上の有機化合物膜に照射するだけで、表面に色の変化が現れる条件から表面にクラックが発生する条件までのトータルエネルギーを与えることが出来る。
例えば金属の有機化合物溶液を基板にスピンコートし、溶媒除去のため恒温槽中130℃で乾燥後、レーザチャンバー内の試料ホルダーに試料を装着し、大気中で室温または雰囲気および温度を制御しながら塗布面の反対側の面からレーザ光をスキャンさせて照射する。
また本発明では、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射する前あるいは後に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射することもできる。
さらに本発明では、レーザ光の照射において、表面に色の変化が現れる条件から表面にクラックが発生する条件までのエネルギーを照射することを特徴とする。
本発明の焼成プロセスは、乾燥工程、仮焼成工程、本焼成初期工程の各段階に大別され、場合により種々各工程の条件は異なるが、典型的な一例としての温度プロファイルを図3に示す。
【0013】
金属有機化合物を塗布し乾燥させた膜に対してレーザ光をスキャンさせて照射し、さらにレーザ光照射膜に対して適切な熱処理を施すことにより例えばYBCO膜を作製した場合について述べると次の効果が確認された。
すなわちYBCOを生成する金属有機化合物の溶液を支持体上に塗布乾燥させる工程(1)後、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)の前段階においてレーザ光を一方向にスキャンさせて照射することにより、低温で有機成分の分解が促進されることが判明した。
【0014】
従来の塗布熱分解法では、YBCO原料金属有機化合物の熱分解反応に要する時間が長いことが知られているが、本発明の超電導材料の製造方法は、熱分解反応プロセス時間の短縮化ができることを確認した。
エキシマレーザによるYBCO原料溶液塗布膜の分解反応の経時変化をフーリエ変換赤外分光法により測定した。
その結果を図4に示す。照射前に顕著に見られた3000cm-1付近のC-H振動の吸収ピークがKrFエキシマレーザによる17mJ/cm2、100Hz、オーバーラップ率99%、30000パルスの一方向スキャン照射により消失しており、レーザ光のスキャン照射が金属有機化合物の分解に有効であることがわかった。
【0015】
本発明の具体例を示し、さらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
本発明の実施例で使用した基板、原料溶液は下記の様である。スキャン照射に用いたレーザ光は下記の様である。

(1)基板
(K1)市販のランタンアルミネート(LaAlO3)(100)基板
(K2)市販のチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)(100)基板
(K3)市販の酸化ランタンストロンチウムタンタルアルミニウム
((LaxSr1-x)(AlxTa1-x)O3)(100)基板
(K4)市販のネオジムガレート(NdGaO3)(110) 基板
(K5)市販のイットリウムアルミネート(YAlO3)(110) 基板
(KC1)市販の酸化アルミニウム(Al2O3)単結晶(サファイア)R面基板に酸化セリウム(CeO2)中間層を形成した基板
(KC2)市販のイットリア安定化ジルコニア((Zr,Y)O2, YSZ)(100)にCeO2中間層を形成した基板
(KC3)市販の酸化マグネシウム(MgO)(100) 基板にCeO2中間層を形成した基板
(KC4)市販のLaAlO3(100)基板にCeO2中間層を形成した基板
(KC5)市販のSrTiO3(100)基板にCeO2中間層を形成した基板
(KC6)市販の((LaxSr1-x)(AlxTa1-x)O3(100)基板にCeO2中間層を形成した基板
(KC7)市販のNdGaO3(110) 基板にCeO2中間層を形成した基板
(KC8)市販のYAlO3(110) 基板にCeO2中間層を形成した基板
なお、中間層は、周知の層形成手段例えば蒸着、スパッタ、パルスレーザ蒸着、塗布熱分解法、塗布光分解法、ゾルゲル法等を利用して形成させることができる。
(2)原料溶液
(Y1)モル比1:2:3のY,Ba,Cuのアセチルアセトナトをピリジンとプロピオン酸の混合液に溶解し、真空エバポレータを用いて約80℃で溶媒の大部分を除去した後メタノールに再溶解した溶液
(YC1)Y1でモル比1:2:3のY,Ba,Cuのアセチルアセトナトの代わりにモル比0.95:0.05:2:3のY,Ca,Ba,Cuのアセチルアセトナトとして調製した溶液
(Y2)Y,Ba,Cuのナフテン酸塩のトルエン溶液をモル比1:2:3で混合した溶液
(Y3)Y,Ba,Cuの2−エチルヘキサン酸塩のトルエン溶液をモル比1:2:3で混合した溶液
(Y4)Y1でプロピオン酸の代わりにトリフルオロ酢酸として調製した溶液
(Y5)Y,Ba,Cuのトリフルオロ酢酸塩のメタノール溶液をモル比1:2:3で混合した溶液
(D1)Y1でY−アセチルアセトナトの代わりにDy−アセチルアセトナトとして調製した溶液
(E1)Y1でY−アセチルアセトナトの代わりにEr−アセチルアセトナトとして調製した溶液

(3)レーザ光
(H1)KrFエキシマレーザ
(H2)XeClエキシマレーザ
(H3)ArFエキシマレーザ

【実施例1】
【0016】
塗布溶液Y1を基板KC1に4000rpm、10秒間でスピンコートし、溶媒除去のため恒温槽中130℃で乾燥後、室温でレーザ光H1を縦方向にスキャンさせて照射した。ただし、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光H1を照射した。照射条件は下記のとおりであった。
室温、大気中
塗布面の反対側の面からレーザ光H1を照射
フルエンス :74mJ/cm2
周波数 :100Hz
オーバーラップ率:99%
パルス数 :30000
次に、このレーザ照射した試料を、あらかじめ500℃に保ったマッフル炉中に挿入し、30分間この温度に保って取り出す。ついで石英製管状炉中で以下の条件で本焼成を行う。まず、酸素分圧を100ppmに調整したアルゴンと酸素の混合ガス流中で昇温速度毎分約16℃で770℃まで昇温し、この温度に45分間保ち、ガスを純酸素に切り替えてさらに30分間保った後、徐冷する。これらの工程における温度プロファイルを図5に示す。このようにして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について誘導法による臨界電流密度Jc=7.6MA/cm2が得られた。これは実用レベルとされる2.0〜3.0MA/cm2を大幅に上回る良好な値であった。
レーザ照射後の塗布膜表面を光学顕微鏡で観察した結果、10μm程度の菱状クラックが見られた。菱状クラックの生成要因としては、紫外線レーザの照射により塗布膜を構成する有機化合物(YBCO構成金属元素のアセチルアセトナト塩、残存溶媒であるピリジン、メタノール、プロピオン酸)の分子内結合が開裂し、大気中の酸素との反応により生成する低分子化合物(H2O、CO、CO等)がレーザ加熱により膨張・噴出したことによるものと考えられた。
【0017】
(比較例1)
実施例1においてレーザ照射を行わない他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJcは測定限界(0.1MA/cm2)以下であった。
【実施例2】
【0018】
実施例1において基板をK1にし、レーザ光をスキャンさせずに、他は同様に作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=1.2MA/cm2が得られた。
【実施例3】
【0019】
実施例1において基板をK5にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、面内配向したa軸配向膜が得られた。
【実施例4】
【0020】
実施例2において基板をKC3にし他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.6MA/cm2が得られた。
【実施例5】
【0021】
実施例1において塗布溶液をYC1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのY0.95Ca0.05Ba2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=1.2MA/cm2が得られた。
【実施例6】
【0022】
実施例1において塗布溶液をY2にし、本焼成を740℃で行った他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法による臨界温度Tc=80Kが得られた。
【実施例7】
【0023】
実施例6において塗布溶液をY3にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるTc=80K
が得られた。
【実施例8】
【0024】
実施例7において塗布溶液をY4にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.6MA/cm2が得られた。
【実施例9】
【0025】
実施例7において塗布溶液をY5にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.6MA/cm2が得られた。
【実施例10】
【0026】
実施例7において塗布溶液をD1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのDyBa2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=1.2MA/cm2が得られた。
【実施例11】
【0027】
実施例6において塗布溶液をE1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのErBa2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=1.0MA/cm2が得られた。
【実施例12】
【0028】
塗布溶液Y1を基板KC1に4000rpm、10秒間でスピンコートし、溶媒除去のため恒温槽中130℃で乾燥後、室温でレーザ光H1を表1のようにフルエンスを低い値1mJ/cm2から高い値15 mJ/cm2へ5段階に変化させ、各パルス数の合計が30000となるように照射した。他の照射条件は下記のとおりであった。
室温、大気中
周波数 :100Hz
オーバーラップ率:99%

【表1】

次に、このレーザ照射した試料を、あらかじめ500℃に保ったマッフル炉中に挿入し、30分間この温度に保って取り出す。ついで石英製管状炉中で以下の条件で本焼成を行う。まず、酸素分圧を100ppmに調整したアルゴンと酸素の混合ガス流中で昇温速度毎分約16℃で770℃まで昇温し、この温度に45分間保ち、ガスを純酸素に切り替えてさらに30分間保った後、徐冷する。これらの工程における温度プロファイルを図5に示す。このようにして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について誘導法によるJc=3MA/cm2が得られた。これは実用レベルとされる2.0〜3.0MA/cm2と同等の値であった。
また、レーザ照射後の塗布膜表面を光学顕微鏡で観察した結果、10μm程度の菱状クラックが見られた。
【実施例13】
【0029】
実施例12において、フルエンスが16.4mJ/cm2のレーザ光を一方向にスキャンさせながらそれぞれ10000、20000、30000、40000パルス照射した他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について表2に示すJcが得られた。
【表2】

特にパルス数30000の場合、誘導法によるJc=6.4MA/cm2と良好な特性を示した。これは実用レベルとされる2.0〜3.0MA/cm2を大幅に上回る値であった。これは、レーザビームスキャンの進行に伴い(図6中点線のように)塗布膜の任意の微小部分において、フルエンスか低い値から高い値へ連続的に照射させたことに起因すると考えられる。 パルス数増加と共にJcが増加する傾向が見られた。
レーザ照射後の塗布膜表面を光学顕微鏡で観察した結果、10μm程度の菱状クラックが見られた。
【0030】
(比較例2)
実施例13においてレーザ照射を行わない他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJcは測定限界(0.1MA/cm2)以下であった。
【実施例14】
【0031】
実施例12において基板をK1に、パルス数が30000のレーザ光(フルエンス16.4mJ/cm2)にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=1MA/cm2が得られた。
【実施例15】
【0032】
実施例14において基板をK2にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=1.5MA/cm2が得られた。
【実施例16】
【0033】
実施例14において基板をK3にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=1.5MA/cm2が得られた。
【実施例17】
【0034】
実施例14において基板をK4にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、面内配向したa軸配向膜が得られた。
【実施例18】
【0035】
実施例14において基板をK5にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、面内配向したa軸配向膜が得られた。
【実施例19】
【0036】
実施例14において基板をK7にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=2MA/cm2が得られた。
【実施例20】
【0037】
実施例14において基板をK8にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.5MA/cm2が得られた。
【実施例21】
【0038】
実施例14において塗布溶液をYC1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのY0.95Ca0.05Ba2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=1MA/cm2が得られた。
【実施例22】
【0039】
実施例14において塗布溶液をY2にし、本焼成を740℃で行った他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるTc=80Kが得られた。
【実施例23】
【0040】
実施例22において塗布溶液をY3にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるTc=80K
が得られた。
【実施例24】
【0041】
実施例22において塗布溶液をY4にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.5MA/cm2が得られた。
【実施例25】
【0042】
実施例22において塗布溶液をY5にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのYBCO膜について、誘導法によるJc=0.5MA/cm2が得られた。
【実施例26】
【0043】
実施例22において塗布溶液をD1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのDyBa2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=1MA/cm2が得られた。
【実施例27】
【0044】
実施例14において塗布溶液をE1にした他は同様にして作製した膜厚約100nmのErBa2Cu3O7膜について、誘導法によるJc=0.8MA/cm2が得られた。

【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の超電導材料の製造方法は、製造効率が良く、大量生産に適し、しかも超電導特性が優れた大面積の超電導性材料を得ることができるので、超電導材料の実用化にとって重要な技術的意味を有するものであり、産業上の利用可能性が高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明による超電導膜の製造プロセス概略図
【図2】レーザビームフルエンスのラインプロファイル
【図3】本発明の塗布乾燥工程後における焼成プロセス温度のプロファイル例
【図4】塗布乾燥工程後におけるレーザ照射膜の赤外分光分析結果図
【図5】塗布乾燥工程後におけるレーザ照射工程および焼成プロセス温度のプロファイル図
【図6】レーザビームフルエンスを段階的に変化させる様子を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間でレーザ光を照射する際に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射することを特徴とする超電導材料の製造方法。
【請求項2】
超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面の反対側の面からレーザ光を照射する前あるいは後に、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射することを特徴とする請求項1に記載した超電導材料の製造方法。
【請求項3】
レーザ光の照射において、表面に色の変化が現れる条件から表面にクラックが発生する条件までのトータルエネルギー量を照射することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した超電導材料の製造方法。
【請求項4】
レーザ光を照射するに際し、レーザビームの強度を、10〜100mJ/cm2の強度とし、スキャンして照射することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかひとつに記載した超電導材料の製造方法。
【請求項5】
酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間で、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射するに際し、レーザ光の強度を、0.5〜20mJ/cm2の強度とし、弱から照射し始め、その後、強で照射することを特徴とする超電導材料の製造方法。
【請求項6】
酸化物が超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を支持体上に塗布し、乾燥させる工程(1)、金属の有機化合物中の有機成分を熱分解させる仮焼成工程(2)、超電導物質への変換を行う本焼成工程(3)を経てエピタキシャル成長させた超電導コーティング材料を製造するに際し、工程(1)と工程(2)の間で、超電導物質を形成する金属の有機化合物溶液を塗布した面にレーザ光を照射するに際し、レーザ光の強度を、10〜20mJ/cm2の強度とし、スキャンして照射することを特徴とする超電導材料の製造方法。
【請求項7】
パルス数30000以上レーザ光を用いることを特徴とする請求項6に記載した超電導材料の製造方法。
【請求項8】
支持体が、ランタンアルミネート(LaAlO3)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、酸化ランタンストロンチウムタンタルアルミニウム((LaxSr1-x)(AlxTa1-x)O3)、ネオジムガレート(NdGaO3)あるいはイットリウムアルミネート(YAlO3)から選ばれる1種の単結晶基板である請求項1ないし請求項7のいずれかひとつに記載した超電導性材料の製造方法。
【請求項9】
支持体が、酸化アルミニウム(Al2O3)、イットリア安定化ジルコニア((Zr,Y)O2, YSZ)、酸化マグネシウム(MgO)、ランタンアルミネート(LaAlO3)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、酸化ランタンストロンチウムタンタルアルミニウム((LaxSr1-x)(AlxTa1-x)O3)、ネオジムガレート(NdGaO3)あるいはイットリウムアルミネート(YAlO3)から選ばれる1種の単結晶基板上に、酸化セリウム(CeO2)中間層を形成した基板である請求項1ないし請求項7のいずれかひとつに記載した超電導性材料の製造方法。
【請求項10】
酸化物が超電導物質を形成する金属が、RE(REはYおよび希土類元素)、およびAE(AEはアルカリ土類金属)それぞれから選ばれる1種以上およびCuである請求項1ないし請求項9のいずれかひとつに記載した超電導材料の製造方法。
【請求項11】
金属の有機化合物がβ−ジケトナト、アルコキシド、ハロゲンを含んでも良い有機酸塩から選ばれる1種以上である請求項1ないし請求項10のいずれかひとつに記載した超電導材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−37726(P2008−37726A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−217678(P2006−217678)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】