説明

車両制御装置および車両制御方法

【課題】回避すべき対象物を発見した場合等の緊急回避が要請される場合に、精度を担保しつつ限られた時間内に演算を完了させることができる車両制御装置および車両制御方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、対象物までの距離を計測し、計測された距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択し、制動回避が選択された場合には条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、操舵回避が選択された場合には条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定し、設定された条件式に基づいて車両の将来の走行軌跡を演算することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両制御装置および車両制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コーナーを最短時間で通過するため、通過時間を評価関数として設定し、最適化手法を用いて理想軌跡の演算を行う方法が開発されている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、人工衛星やシャトルなどの最適軌跡演算に使用されているSCGRA(Sequential Conjugate Gradient−Restoration Algorithm)を自動車の運動計算に応用することにより、自動車の運動性状や運転制御方法について考察して、前後輪ともに独立に制御できる自動車が、ヘアピンカーブのコーナリングを最短時間で行うと想定した場合の計算を行っており、パラメータを変化させた場合における運動性状の変化を論じている。
【0004】
また、特許文献1には、無人搬送システム等の移動体の経路構成の設計にあたり、常に最適値に近い設計を誰にでも容易に行えることを可能とするために、予め複数の経路構成候補を記憶するデータベースから、要求仕様に近い1または複数の経路構成候補を選択し、ここで選択された経路構成候補を用いて、遺伝的アルゴリズムなどの最適化手法により新たな経路構成候補を生成し、新たに生成された経路構成候補を含む全候補の中から、評価関数などを用いて最も望ましい経路構成候補を選択し、経路構成候補の構成部品の幾つかを所定のルールに基づいて他の構成部品に交換することによって要求仕様に近い構成を求めて最適解を出力することが開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2000−066723号公報
【非特許文献1】藤岡健彦,江守大昌,「最適時間コーナリング法に関する理論的研究−第4報 状態量不等式拘束を用いた道路条件の導入−」,自動車技術会論文集,Vol.24,No.3,July 1993,p.106−111.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、最適化手法を用いて自動車の走行軌跡を算出する場合、従来手法では精度を重視して計算を行っているため、計算にかかる時間に関しては考慮されておらず、計算時間が制限されている場合、与えられた時間内で演算が終了せずに無理な形で走行軌跡が生成されてしまうおそれがあり、その結果、車両の性能や道路の形状に適した理想的な走行軌跡を出力することができないという問題があった。特に、特許文献1や非特許文献1に記載の方法では、机上で計算する場合が想定されているため、車両上のオンラインで計算する構成とした場合に、与えられた時間内に精度よく走行軌跡を生成することができないという問題があった。
【0007】
また、走行中に最適化手法を用いて軌跡を算出するためには、精度を担保しつつ限られた時間内で演算を完了させることが必要とされるにも拘わらず、従来手法においては、特に、回避すべき対象物を発見した場合等の緊急回避時には、精度を担保することと、限られた時間内に演算を完了することとを両立させることが極めて困難であるという問題があった。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、回避すべき対象物を発見した場合等の緊急回避が要請される場合に、精度を担保しつつ限られた時間内に演算を完了させることができる車両制御装置および車両制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明にかかる車両制御装置は、評価関数を用いて車両の将来の走行軌跡を演算する、検出部と制御部を少なくとも備えた車両制御装置であって、前記制御部は、前記検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、前記対象物までの距離を計測する対象物距離計測手段と、前記対象物距離計測手段によって計測された前記距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択する回避方法選択手段と、前記回避方法選択手段により前記制動回避が選択された場合には前記評価関数を用いた前記演算のための条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、前記操舵回避が選択された場合には前記条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する条件式設定手段と、を備えたことを特徴とする。
【0010】
また、本発明にかかる車両制御装置は、前記に記載の車両制御装置において、前記制御部は、前記制動回避が選択され前記前後方向のみの変数をもつ前記条件式に基づいて前記評価関数を用いた前記演算が行われた場合に、当該演算の結果である前記将来の走行軌跡における前記制動回避完了時の前記車両と前記対象物との間の余裕距離に基づいて、前記条件式に拘束条件を設定する余裕距離設定手段を、更に備えたことを特徴とする。
【0011】
また、本発明にかかる車両制御方法は、評価関数を用いて車両の将来の走行軌跡を演算する、検出部と制御部を少なくとも備えた車両制御装置において実行される車両制御方法であって、前記制御部において実行される、前記検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、前記対象物までの距離を計測する対象物距離計測ステップと、前記対象物距離計測ステップにて計測された前記距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択する回避方法選択ステップと、前記回避方法選択ステップにおいて前記制動回避が選択された場合には前記評価関数を用いた前記演算のための条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、前記操舵回避が選択された場合には前記条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する条件式設定ステップと、を含むことを特徴とする。
【0012】
また、本発明にかかる車両制御方法は、前記に記載の車両制御方法において、前記制御部において実行される、前記制動回避が選択され前記前後方向のみの変数をもつ前記条件式に基づいて前記評価関数を用いた前記演算が行われた場合に、当該演算の結果である前記将来の走行軌跡における前記制動回避完了時の前記車両と前記対象物との間の余裕距離に基づいて、前記条件式に拘束条件を設定する余裕距離設定ステップを、更に含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、(1)検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、対象物までの距離を計測し、(2)計測された距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択し、(3)制動回避が選択された場合には評価関数を用いた演算のための条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、操舵回避が選択された場合には条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する。これにより、本発明は、回避時に必要な計算だけを確実に行いつつ、演算時間を簡略化できるので、精度を担保しつつ限られた時間内で演算を完了させることができるという効果を奏する。すなわち、制動時においては左右方向の動きを考慮する必要性が低く、左右方向に関する計算を省略しても精度を十分担保することができ、他方、操舵時においては前後方向の動きを考慮する必要性が低く、前後方向に関する計算を省略しても精度を十分担保することができる。したがって、制動回避を行う場合であっても操舵回避を行う場合であっても必要な計算だけを確実に行いつつ必要性の低い変数の計算を不要とするため、精度を担保しつつ演算時間を短縮することができる。
【0014】
また、本発明によれば、制動回避が選択され前後方向のみの変数をもつ条件式に基づいて評価関数を用いた演算が行われた場合に、更に、当該演算の結果である将来の走行軌跡における制動回避完了時の車両と対象物との間の余裕距離に基づいて、条件式に拘束条件を設定する。これにより、車両安定性を確保しつつ回避動作のための最適な軌跡を演算することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明にかかる車両制御装置および車両制御方法の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
【0016】
[1.構成]
まず、本発明にかかる車両制御方法を実施するための電子制御装置および本発明にかかる車両制御装置を包含する本実施の形態のシステム(以下では本システムと記載する場合がある。)の構成について図1を参照して説明する。図1は、本システムの構成の一例を示すブロック図である。
【0017】
本システムは、道路を走行する際の車両の目標走行軌跡を走行時間や車両安定性や燃費等を指標として最適化手法に基づいて演算し、演算した目標走行軌跡に基づいて車両の走行を制御するためのシステムである。なお、本実施の形態における「走行軌跡」とは、車両が通過するラインと、通過するラインにおける速度との両者を含む概念である。本システムは、図1に示すように、概略的に車両ECU100と対象物検出装置200とを通信可能に接続して構成されている。
【0018】
対象物検出装置200は、自車両の進行方向に存在する物体(対象物)を検出するための検出装置であり、対象物の位置を検出するものである。この対象物検出装置200としては、一例としてミリ波レーダを用いてもよい。ミリ波レーダは、ミリ波を用いた検出方法により物体の位置を検出するものであり、検出された物体の位置データが制御部102の対象物距離計測部102aに出力される。対象物検出装置200は、例えば、自車両の前面部の中央部、例えば、フロントグリル内に取り付けられている。ここで、ミリ波レーダは、一例として、自車両の前面から進行方向の所定の範囲でミリ波を出射し、自車両の進行方向に存在する対象物により反射したミリ波を受信するものである。なお、対象物検出装置200は、ミリ波レーダに限られるものではなく、例えば、レーザや赤外線などを用いたレーダ、ステレオカメラなどにより自車両の進行方向を撮像した画像データを用いた画像認識装置などであっても良い。
【0019】
車両ECU100は電子制御装置であり、概略的に制御部102と記憶部106とを備えている。制御部102および記憶部106は任意の通信路を介して通信可能に接続されている。
【0020】
記憶部106はストレージ手段であり、例えば、RAM・ROM等のメモリ装置や、ハードディスクのような固定ディスク装置、フレキシブルディスク、光ディスク等を用いることができる。記憶部106には、OS(Operating System)と協働してCPUに命令を与え各種処理を行うためのコンピュータプログラムが記録されている。記憶部106は、概略的に道路情報ファイル106aを備えている。
【0021】
道路情報ファイル106aは、道路情報を記憶する道路情報記憶手段である。道路情報ファイル106aには、最適化手法に基づく演算に使用される道路の形状(直線、曲線等)や道路の区間距離(区間の長さ)等に関する道路情報を記憶している。
【0022】
制御部102は車両ECU100の全体を統括的に制御するCPU等である。制御部102は、OS(Operating System)等の制御プログラムや各種の処理手順等を規定したプログラム、所要データなどを格納するための内部メモリを有し、これらのプログラムに基づいて種々の情報処理を実行する。制御部102は、機能概念的に対象物距離計測部102aと回避方法選択部102bと条件式設定部102cと余裕距離設定部102dと目標走行軌跡演算部102eと車両走行制御部102fを備えている。
【0023】
対象物距離計測部102aは、対象物検出装置200を制御して回避すべき対象物を検出し、対象物までの距離を計測する対象物距離計測手段である。例えば、対象物検出装置200としてミリ波レーダが用いられる場合、対象物距離計測部102aは、対象物検出装置200を制御してミリ波の反射を検出することにより対象物を検出し、ミリ波の出射から受信までの時間に基づいて、自車両から対象物までの距離を算出する。ここで、対象物距離計測部102aは、ミリ波レーダを制御して、ドップラー効果に基づいて物体との相対速度を算出してもよい。また、対象物距離計測部102aは、ミリ波レーダを制御して、受信したミリ波のうち最も強く反射して受信されたミリ波の方向を検出し、その方向から自車両の進行方向と対象物の方向とのなす角度を算出してもよい。
【0024】
回避方法選択部102bは、対象物距離計測部102aによって計測された対象物までの距離に基づいて、回避方法として制動回避または操舵回避を選択する回避方法選択手段である。例えば、回避方法選択部102bは、対象物までの距離が所定値未満の場合に、制動回避による回避方法を選択し、対象物までの距離が所定値以上の場合に、操舵回避による回避方法を選択してもよい。ここで、回避方法選択部102bは、対象物までの距離の他、図示しない速度センサにより入力された自車両の速度(または対象物との相対速度)に基づいて、回避方法を選択してもよい。
【0025】
条件式設定部102cは、回避方法選択部102bにより制動回避が選択された場合には条件式として前後方向(縦軸方向)のみの変数をもつ式を設定し、回避方法選択部102bにより操舵回避が選択された場合には条件式として左右方向(横軸方向)のみの変数をもつ式を設定する条件式設定手段である。ここで、「条件式」は、車両の状態方程式や制御式、拘束条件等を概念的に含む意味であり、一または複数の条件式により評価関数が構成される。また、条件式は、通常時には、2次元(X,Y)のロジックで表現される。一例として、条件式設定部102cは、制動回避が選択された場合には、二次元(X,Y)から一次元(X)のロジックに切り替えて条件式を設定する。一方、条件式設定部102cは、操舵回避が選択された場合には、一例として、二次元(X,Y)から一次元(Y)のロジックに切り替えて条件式を設定する。ここで、条件式設定部102cは、道路情報ファイル106aに格納された道路情報に基づいて、設定条件を設定してもよい。
【0026】
余裕距離設定部102dは、回避方法選択部102bにより制動回避が選択され条件式設定部102cにより設定された前後方向のみの変数をもつ条件式に基づいて目標走行軌跡演算部102eにより最適化演算が行われた場合に、当該最適化演算の結果である将来の走行軌跡における制動回避完了時の車両と対象物との間の余裕距離に基づいて、条件式に拘束条件を設定する余裕距離設定手段である。
【0027】
目標走行軌跡演算部102eは、条件式設定部102cまたは余裕距離設定部102dにより設定された条件式にて、目標走行軌跡を最適化手法に基づいて演算する目標走行軌跡演算手段である。具体的には、目標走行軌跡演算部102eは、最適化手法に基づく演算の対象となる道路区間の形状(直線、曲線等)や道路区間の区間距離(区間の長さ)等に関する道路情報を道路情報ファイル106aから取得して設定された条件式にて初期解を求め、時間や燃費や乗り心地や安定性等を考慮した評価関数について最急降下法等の最適化手法に基づく収束演算を行うことにより、最適解を演算してもよい。また、目標走行軌跡演算部102eは、対象物距離計測部102aにより対象物が検出された場合等の緊急時には、時間のみを考慮した評価関数に簡略化して最適化演算処理を実行してもよい。
【0028】
車両走行制御部102fは、目標走行軌跡演算部102eにより演算された目標走行軌跡に基づいて車両の走行を制御する。
【0029】
[2.処理]
次に、上述のように構成された本システムが行う目標走行軌跡演算処理の一例について、以下に図2〜図5を参照して詳細に説明する。
【0030】
[2−1.処理手順1]
まず、対象物までの距離に基づく回避方法の選択処理を中心とした処理手順1の詳細について図2および図3を参照して説明する。図2は、本システムが行う対象物までの距離に基づく回避方法の選択処理を中心とした処理手順1の一例を示すフローチャートである。また、図3は、現在の速度と回避対象との距離において、制動回避と操舵回避の限界を一例として表した図である。
【0031】
図2に示すように、まず、対象物距離計測部102aは、対象物検出装置200を介して対象物までの距離を計測し、回避方法選択部102bは、対象物距離計測部102aによって計測された対象物までの距離に基づいて、回避方法として制動回避または操舵回避を選択する(ステップSA−1)。
【0032】
ここで、回避方法を選択する原理として、図3に示すように、自車速度と対象物までの距離との関係で、制動回避と操舵回避のどちらで対象物を回避した方が有利であるかを判断することができる。すなわち、回避方法選択部102bは、一例として、図3に示したマップを用いて、対象物までの距離が所定値Lc未満の場合に、制動回避による回避方法を選択し、対象物までの距離が所定値Lc以上の場合に、操舵回避による回避方法を選択する。ここで、回避方法選択部102bは、速度センサ等により入力された現在の自車速度に基づいて、自車速度が所定値Vc未満の場合に、制動回避による回避方法を選択し、自車速度が所定値Vc以上の場合に、操舵回避による回避方法を選択するよう構成してもよく、自車速度と対象物までの距離の両方に基づいて、回避方法を判断してもよい。
【0033】
そして、条件式設定部102cは、回避方法選択部102bにより制動回避が選択された場合(ステップSA−1、Yes)、条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定する(ステップSA−2)。すなわち、制動回避が選択された場合には、ステアリング操作は行わず、ブレーキ操作のみの回避となるので、計算条件を簡略化するために、車両左右方向(横軸方向)の変数に基づく計算を省略して、車両前後方向(縦軸方向)の動きのみを考慮した計算を行うよう条件式を設定する。例えば、条件式設定部102cは、車両の状態方程式や制御式や拘束条件などの条件式を、以下に示すように、通常時の2次元(X,Y)から1次元(X)のロジックに切り替える。
【数1】

(ここで、xは状態変数、uは制御変数である。)
【0034】
一方、条件式設定部102cは、回避方法選択部102bにより操舵回避が選択された場合(ステップSA−1、No)、条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する(ステップSA−3)。すなわち、操舵回避が選択された場合には、ブレーキ操作は行わず、ステアリング操作のみでの回避となるので、計算条件を簡略化するために、車両前後方向(縦軸方向)の変化は考慮せず車両速度を一定とみなし、車両左右方向(横軸方向)の動きのみを考慮した計算を行うよう条件式を設定する。例えば、条件式設定部102cは、車両の状態方程式や制御式や拘束条件などの条件式を、以下に示すように、通常時の2次元(X,Y)から1次元(Y)のロジックに切り替える。
【数2】

(ここで、xは状態変数、uは制御変数である。)
【0035】
そして、目標走行軌跡演算部102eは、設定された条件式に基づいて、最適化演算処理を行って(ステップSA−4)、条件を達成するまで繰り返し処理を行い(ステップSA−5、No)、収束条件などの条件を達成した場合(ステップSA−5、Yes)、最適化演算を終了する。
【0036】
以上が、対象物までの距離に基づく回避方法の選択処理を中心とした処理手順1の説明である。これにより、周辺の交通環境情報によっては、より早急に走行計画を生成しなければならない場合など、例えば、他車や人などが飛び出してきた緊急時の場合に、計算時間を短く、より早期に走行計画を生成しなければならない要請に応えることができ、自車のもつ制動回避限界時間や操舵回避限界時間を考慮に入れて、その時々に応じて、計算ロジックを簡略化して、計算時間を短縮し、確実に回避できる走行計画を生成することができる。
[2−2.処理手順2]
次に、余裕距離の設定処理を中心とした処理手順2の詳細について図4および図5を参照して説明する。図4は、余裕距離の設定処理を中心とした処理手順2の一例を示すフローチャートである。
【0037】
図4に示すように、回避方法選択部102bにより制動回避が選択された場合、条件式設定部102cは、上述のように、条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定して、計算ロジックを簡略化する(ステップSB−1)。
【0038】
そして、目標走行軌跡演算部102eは、設定された条件式に基づいて、走行時間を重視した評価関数の最適化演算処理を行う(ステップSB−2、3)。すなわち、通常であれば、最適化演算処理の評価関数は、時間、燃費、乗り心地、安定性などが考慮されているが、本実施の形態における処理手順2においては、目標走行軌跡演算部102eは、計算可能時間に応じて評価関数の各関数の重みを変化させる。ここで、以下に、通常時における時間と車両安定性を考慮した評価関数Jの一例を示す。
J=Σ(Ki_t*T_a+Ki_s*G_s)
(ここで、Ki_tは時間係数であり、T_aは回避時間であり、Ki_sは車両安定性係数であり、G_sは車両安定性評価関数である。)
【0039】
すなわち、本実施の形態における処理手順2においては、緊急回避を想定して回避時間を最短にすることのみを考え、目標走行軌跡演算部102eは、一例として、上記に示した評価関数Jにおいて、Ki_s=0,Ki_t=1に設定して、最適化演算を行う。これにより、評価関数を簡略化して計算時間を短縮することができる。
【0040】
そして、収束条件などの条件が達成された場合(ステップSB−3、Yes)、目標走行軌跡演算部102eは、最適化演算を終了して、演算結果を記憶部106に保存する(ステップSB−4)。これは、車両走行制御部102fによる制御開始時点までに、以下の車両安定性を重視した最適化演算処理が終了しなかった場合に、ここで保存された走行時間を重視した最適化演算結果が車両走行制御部102fにより利用できるようにするためである。
【0041】
つづいて、余裕距離設定部102dは、目標走行軌跡演算部102eにより記憶部106に保存された走行時間を重視した最適化演算結果である将来の走行軌跡における制動回避完了時の車両と対象物との間の距離、すなわち余裕距離を取得し、当該余裕距離に基づいて車両の安定性を重視した最適化演算が行われるよう拘束条件として終端条件を設定する(ステップSB−5)。ここで、図5は、余裕距離の設定処理を説明するために自車両の停止位置と回避対象物との位置関係を一例として示した図である。なお、図5のうち、実線矩形は、ステップSB−4にて保存された走行時間を重視した最適化演算結果による制動回避完了時の自車両の停車位置を示しており、破線矩形は、現在の自車両と対象物間の距離Lと、余裕距離Lrとの割合に応じて設定される、車両安定性を考慮に入れ余裕を持たせた自車両の停止位置を表しており、対角線付きの矩形は、対象物の位置を表している。
【0042】
すなわち、余裕距離Lrは、最短回避時間を重視して計算された回避完了時の停車位置が、どの程度の余裕をもって対象物を回避できているかを示しており、余裕距離設定部102dは、一例として、余裕距離Lrと対象物までの距離Lの割合に応じて、次式に基づいて停止距離X_fを算出する。
X_f=(L−L_r)+L_r*(L_r/L)
そして、余裕距離設定部102dは、以下のように、算出した停止距離X_fを終端条件ωに加えることにより拘束条件の設定を行う。
【数3】

(ここで、Vxは縦軸方向の速度を示している。)
【0043】
このように、余裕距離に基づいて拘束条件を設定することにより、回避可能範囲内で安全マージンを残しつつ、車両安定性を確保する分の距離を加えることができる。また、終端条件ωに距離を指定することで、収束演算の高速化を見込むことができる。
【0044】
再び図4に戻り、目標走行軌跡演算部102eは、上述の評価関数Jにおいて、Ki_s=1、Ki_t=0を設定することにより、走行時間重視から車両安定性重視に変更した上で、最適化演算処理を行う(ステップSB−6、7)。
【0045】
そして、目標走行軌跡演算部102eは、収束条件等の条件が満たされたと判断した場合(ステップSB−6、Yes)、最適化演算処理を終了する。
【0046】
ここで、車両走行制御部102fは、上述の最適化演算処理(ステップSB−6、7)が終了するか否かにかかわらず、制御開始時点に達した場合、目標走行軌跡演算部102eにより出力された最適化演算結果である目標走行軌跡に基づいて車両の走行を制御する。すなわち、車両走行制御部102fは、制御開始時点で、ステップSB−6の車両安定性を重視した最適化演算処理が終了しなかった場合は、ステップSB−4において記憶部106に保存された、走行時間を重視した最適化演算結果に基づいて、車両走行制御を行う。一方、車両走行制御部102fは、制御開始時点に、ステップSB−6の車両安定性を重視した最適化演算処理が終了している場合は、当該最適化演算結果に基づいて車両走行制御を行う。
【0047】
以上が、余裕距離の設定処理を中心とした処理手順2の説明である。これにより、最適化演算を用いて最短時間で回避できるようなパラメータを生成した場合には車両安定性が考慮されていないという問題を解決することができ、緊急回避時において車両安定性もある程度確保しながら車両運動として無理なく回避することができる走行制御を行えるようになる。すなわち、制動回避選択時の最短時間演算結果から取得した、対象物を回避完了したときの余裕距離に基づいて、車両安定性を重視した最適化演算のための条件を追加することにより、車両安定性を確保することができる。
【0048】
[3.本実施の形態のまとめ、および他の実施の形態]
本実施の形態によれば、回避すべき対象物を検出して対象物までの距離Lを計測し、計測された距離Lに基づいて、回避方法として制動回避または操舵回避を選択し、制動回避が選択された場合には条件式として車両前後方向、すなわち縦軸(X軸)方向のみの変数をもつ式を設定し、操舵回避が選択された場合には条件式として車両左右方向、すなわち横軸(Y軸)方向のみの変数をもつ式を設定する。これにより、従来手法では、関数P,Qが一定の閾値ε1,ε2を下回った場合、評価関数Iが十分小さくなり、収束したと判断して演算を終了していたが、ここには、走行計画の精度に関する項目しか含まれておらず、演算時間自体は全く考慮されていなかったため、従来手法では与えられた演算時間内に全ての計算を終了することができない可能性があったが、本実施の形態では、精度を担保しつつ条件式を簡略化して限られた時間内に演算を完了させることができる。
【0049】
また、本実施の形態によれば、制動回避が選択され車両前後方向、すなわち縦軸(X軸)方向のみの変数をもつ条件式に基づいて走行時間を重視した最適化演算が行われた場合に、当該最適化演算の結果である将来の走行軌跡における制動回避完了時の車両と対象物との間の余裕距離L_rに基づいて、車両の安定性を重視した最適化演算が行われるよう停止距離X_fを加えた終端条件ωを設定する。これにより、車両安定性を確保しつつ回避動作のための最適な軌跡を演算することができる。
【0050】
最後に、本発明にかかる車両制御装置および車両制御方法は、上述した実施の形態以外にも、特許請求の範囲に記載した技術的思想の範囲内において種々の異なる実施の形態にて実施されてよいものである。例えば、実施の形態において説明した各処理のうち、自動的に行われるものとして説明した処理の全部または一部を手動的に行うこともでき、あるいは、手動的に行われるものとして説明した処理の全部または一部を公知の方法で自動的に行うこともできる。また、本明細書中や図面中で示した処理手順、制御手順、具体的名称、各処理の登録データやパラメータを含む情報については、特記する場合を除いて任意に変更することができる。また、車両ECU100に関して、図示の各構成要素は機能概念的なものであり、必ずしも物理的に図示の如く構成されていることを要しない。また、装置の分散・統合の具体的形態は図示するものに限られず、その全部または一部を、各種の付加等に応じて又は機能負荷に応じて、任意の単位で機能的または物理的に分散・統合して構成することができる。また、上述した実施の形態では車両ECU100がスタンドアローンの形態で処理を行う場合を一例に説明したが、車両ECU100が、当該車両ECU100とは別筐体で構成されるECUからの要求に応じて情報処理を行い、その処理結果を当該ECUに返却するように構成してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上説明したように、本発明にかかる車両制御装置および車両制御方法は、特に自動車製造産業で好適に実施することができ、極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本システムの構成の一例を示すブロック図である。
【図2】本システムが行う対象物までの距離に基づく回避方法の選択処理を中心とした処理手順1の一例を示すフローチャートである。
【図3】現在の速度と回避対象との距離において、制動回避と操舵回避の限界を一例として表した図である。
【図4】余裕距離の設定処理を中心とした処理手順2の一例を示すフローチャートである。
【図5】余裕距離の設定処理を説明するために自車両の停止位置と回避対象物との位置関係を一例として示した図である。
【符号の説明】
【0053】
100 車両ECU
102 制御部
102a 対象物距離計測部
102b 回避方法選択部
102c 条件式設定部
102d 余裕距離設定部
102e 目標走行軌跡演算部
102f 車両走行制御部
106 記憶部
106a 道路情報ファイル
200 対象物検出装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価関数を用いて車両の将来の走行軌跡を演算する、検出部と制御部を少なくとも備えた車両制御装置であって、
前記制御部は、
前記検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、前記対象物までの距離を計測する対象物距離計測手段と、
前記対象物距離計測手段によって計測された前記距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択する回避方法選択手段と、
前記回避方法選択手段により前記制動回避が選択された場合には前記評価関数を用いた前記演算のための条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、前記操舵回避が選択された場合には前記条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する条件式設定手段と、
を備えたことを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両制御装置において、
前記制御部は、
前記制動回避が選択され前記前後方向のみの変数をもつ前記条件式に基づいて前記評価関数を用いた前記演算が行われた場合に、当該演算の結果である前記将来の走行軌跡における前記制動回避完了時の前記車両と前記対象物との間の余裕距離に基づいて、前記条件式に拘束条件を設定する余裕距離設定手段を、
更に備えたことを特徴とする車両制御装置。
【請求項3】
評価関数を用いて車両の将来の走行軌跡を演算する、検出部と制御部を少なくとも備えた車両制御装置において実行される車両制御方法であって、
前記制御部において実行される、
前記検出部を制御して回避すべき対象物を検出し、前記対象物までの距離を計測する対象物距離計測ステップと、
前記対象物距離計測ステップにて計測された前記距離に基づいて、制動回避または操舵回避を選択する回避方法選択ステップと、
前記回避方法選択ステップにおいて前記制動回避が選択された場合には前記評価関数を用いた前記演算のための条件式として前後方向のみの変数をもつ式を設定し、前記操舵回避が選択された場合には前記条件式として左右方向のみの変数をもつ式を設定する条件式設定ステップと、
を含むことを特徴とする車両制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載の車両制御方法において、
前記制御部において実行される、
前記制動回避が選択され前記前後方向のみの変数をもつ前記条件式に基づいて前記評価関数を用いた前記演算が行われた場合に、当該演算の結果である前記将来の走行軌跡における前記制動回避完了時の前記車両と前記対象物との間の余裕距離に基づいて、前記条件式に拘束条件を設定する余裕距離設定ステップを、
更に含むことを特徴とする車両制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−155545(P2010−155545A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−335132(P2008−335132)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】