車両用サスペンション装置およびそのジオメトリ調整方法
【課題】車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させること。
【解決手段】車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含み、前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルがゼロ、かつポジティブスクラブに設定されている車両用サスペンション装置とした。
【解決手段】車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含み、前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルがゼロ、かつポジティブスクラブに設定されている車両用サスペンション装置とした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体を懸架する車両用サスペンション装置およびそのジオメトリ調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用のサスペンション装置では、キングピン軸の設定によって、目的とするサスペンション性能の実現を図っている。
例えば、特許文献1に記載の技術では、キングピンを構成する上下ピボット点の転舵時における車両前後方向の動きを抑制するリンク配置とすることにより、操縦性・安定性を向上させることとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−126014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、車両の走行中に転舵を行った場合、走行速度に応じた横力がタイヤ接地点に入力するところ、特許文献1に記載の技術では、この横力による影響を考慮していない。そのため、転舵時にキングピン軸周りに発生するモーメントの低減において改善の余地がある。即ち、従来の車両用サスペンション装置においては、操縦性・安定性の向上を図る上で改善の余地があった。
本発明の課題は、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するため、本発明に係る車両用サスペンション装置は、懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定した。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】第1実施形態に係る自動車1の構成を示す概略図である。
【図2】第1実施形態に係るサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す斜視図である。
【図3】サスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分平面図である。
【図4】サスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分正面図および部分側面図である。
【図5】本発明と比較例とにおける車輪から車体1Aへの荷重伝達力を示す図である。
【図6】本発明と比較例とにおけるステアリング剛性の相違を示す図である。
【図7】本発明と比較例とにおける旋回制動時のトー角変化を示す図である。
【図8】バウンド時におけるホイールセンタ軌跡角を示す図である。
【図9】本発明と比較例とにおける突起乗り越し時の運転席の上下加速度を示す図である。
【図10】バウンド時におけるホイールセンタの変位を示す図である。
【図11】転舵時におけるラックストロークとラック軸力との関係を示す図である。
【図12】転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡を示す図である。
【図13】キングピン傾角とスクラブ半径とを軸とする座標において、ラック軸力の分布の一例を示す等値線図である。
【図14】サスペンション装置1Bにおけるラック軸力の解析結果を示す図である。
【図15】ポジティブスクラブとした場合のセルフアライニングトルクを説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図を参照して本発明を適用した自動車の実施の形態を説明する。
(第1実施形態)
(構成)
図1は、本発明の第1実施形態に係る自動車1の構成を示す概略図である。
図1において、自動車1は、車体1Aと、ステアリングホイール2と、入力側ステアリング軸3と、ハンドル角度センサ4と、操舵トルクセンサ5と、操舵反力アクチュエータ6と、操舵反力アクチュエータ角度センサ7と、転舵アクチュエータ8と、転舵アクチュエータ角度センサ9と、出力側ステアリング軸10と、転舵トルクセンサ11と、ピニオンギア12と、ピニオン角度センサ13と、ステアリングラック部材14と、タイロッド15と、タイロッド軸力センサ16と、車輪17FR,17FL,17RR,17RLと、ブレーキディスク18と、ホイールシリンダ19と、圧力制御ユニット20と、車両状態パラメータ取得部21と、車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLと、コントロール/駆動回路ユニット26と、メカニカルバックアップ27とを備えている。
【0009】
これらのうち、ステアリングホイール2、入力側ステアリング軸3、ハンドル角度センサ4、操舵トルクセンサ5、操舵反力アクチュエータ6、操舵反力アクチュエータ角度センサ7、転舵アクチュエータ8、転舵アクチュエータ角度センサ9、出力側ステアリング軸10、転舵トルクセンサ11、ピニオンギア12、ピニオン角度センサ13、ステアリングラック部材14、タイロッド15、および、タイロッド軸力センサ16が、ステアバイワイヤシステム(以下、適宜「SBW」と称する。)を構成している。
【0010】
ステアリングホイール2は、入力側ステアリング軸3と一体に回転するよう構成され、運転者による操舵入力を入力側ステアリング軸3に伝達する。
入力側ステアリング軸3は、操舵反力アクチュエータ6を備えており、ステアリングホイール2から入力した操舵入力に対し、操舵反力アクチュエータ6による操舵反力を加える。
【0011】
ハンドル角度センサ4は、入力側ステアリング軸3に備えられ、入力側ステアリング軸3の回転角度(即ち、運転者によるステアリングホイール2への操舵入力角度)を検出する。そして、ハンドル角度センサ4は、検出した入力側ステアリング軸3の回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
操舵トルクセンサ5は、入力側ステアリング軸3に設置してあり、入力側ステアリング軸3の回転トルク(即ち、ステアリングホイール2への操舵入力トルク)を検出する。そして、操舵トルクセンサ5は、検出した入力側ステアリング軸3の回転トルクをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0012】
操舵反力アクチュエータ6は、モータ軸と一体に回転するギアが入力側ステアリング軸3の一部に形成されたギアに噛合しており、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、ステアリングホイール2による入力側ステアリング軸3の回転に対して反力を付与する。
操舵反力アクチュエータ角度センサ7は、操舵反力アクチュエータ6の回転角度(即ち、操舵反力アクチュエータ6に伝達した操舵入力による回転角度)を検出し、検出した回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0013】
転舵アクチュエータ8は、モータ軸と一体に回転するギアが出力側ステアリング軸10の一部に形成されたギアに噛合しており、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、出力側ステアリング軸10を回転させる。
転舵アクチュエータ角度センサ9は、転舵アクチュエータ8の回転角度(即ち、転舵アクチュエータ8が出力した転舵のための回転角度)を検出し、検出した回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0014】
出力側ステアリング軸10は、転舵アクチュエータ8を備えており、転舵アクチュエータ8が入力した回転をピニオンギア12に伝達する。
転舵トルクセンサ11は、出力側ステアリング軸10に設置してあり、出力側ステアリング軸10の回転トルク(即ち、ステアリングラック部材14を介した車輪17FR,17FLの転舵トルク)を検出する。そして、転舵トルクセンサ11は、検出した出力側ステアリング軸10の回転トルクをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0015】
ピニオンギア12は、ステアリングラック部材14に形成した平歯と噛合しており、出力側ステアリング軸10から入力した回転をステアリングラック部材14に伝達する。
ピニオン角度センサ13は、ピニオンギア12の回転角度(即ち、ステアリングラック部材14を介して出力される車輪17FR,17FLの転舵角度)を検出し、検出したピニオンギア12の回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0016】
ステアリングラック部材14は、ピニオンギア12と噛合する平歯を有し、ピニオンギア12の回転を車幅方向の直線運動に変換する。本実施形態において、ステアリングラック部材14は、前輪の車軸よりも車両前方側に位置している。
タイロッド15は、ステアリングラック部材14の両端部と車輪17FR,17FLのナックルアームとを、ボールジョイントを介してそれぞれ連結している。
【0017】
タイロッド軸力センサ16は、ステアリングラック部材14の両端部に設置されたタイロッド15それぞれに設置してあり、タイロッド15に作用している軸力を検出する。そして、タイロッド軸力センサ16は、検出したタイロッド15の軸力をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
車輪17FR,17FL,17RR,17RLは、タイヤホイールにタイヤを取り付けて構成したものであり、サスペンション装置1Bを介して車体1Aに設置してある。これらのうち、前輪(車輪17FR,17FL)は、タイロッド15によってナックルアームが揺動することにより、車体1Aに対する車輪17FR,17FLの向きが変化する。
【0018】
ブレーキディスク18は、車輪17FR,17FL,17RR,17RLと一体に回転し、ホイールシリンダ19の押圧力がブレーキパッドを押し当てると、その摩擦力によって制動力を発生する。
ホイールシリンダ19は、各車輪に設置されたブレーキパッドを、ブレーキディスク18に押し当てる押圧力を発生する。
【0019】
圧力制御ユニット20は、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、各車輪に設置したホイールシリンダ19の圧力を制御する。
車両状態パラメータ取得部21は、車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLから出力される車輪の回転速度を示すパルス信号を基に車速を取得する。また、車両状態パラメータ取得部21は、車速と各車輪の回転速度とを基に、各車輪のスリップ率を取得する。そして、車両状態パラメータ取得部21は、取得した各パラメータをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0020】
車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLは、各車輪の回転速度を示すパルス信号を、車両状態パラメータ取得部21およびコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
コントロール/駆動回路ユニット26は、自動車1全体を制御するものであり、各部に設置したセンサから入力する信号を基に、入力側ステアリング軸3の操舵反力、前輪の転舵角、あるいはメカニカルバックアップ27の連結について、各種制御信号を、操舵反力アクチュエータ6、転舵アクチュエータ8、あるいはメカニカルバックアップ27等に出力する。
【0021】
また、コントロール/駆動回路ユニット26は、各センサによる検出値を使用目的に応じた値に換算する。例えば、コントロール/駆動回路ユニット26は、操舵反力アクチュエータ角度センサ7によって検出された回転角度を操舵入力角度に換算したり、転舵アクチュエータ角度センサ9によって検出された回転角度を車輪の転舵角に換算したり、ピニオン角度センサ13によって検出されたピニオンギア12の回転角度を車輪の転舵角に換算したりする。
【0022】
なお、コントロール/駆動回路ユニット26は、ハンドル角度センサ4によって検出された入力側ステアリング軸3の回転角度、操舵反力アクチュエータ角度センサ7によって検出された操舵反力アクチュエータ6の回転角度、転舵アクチュエータ角度センサ9によって検出された転舵アクチュエータ8の回転角度、および、ピニオン角度センサ13によって検出されたピニオンギア12の回転角度を監視し、これらの関係を基に、操舵系統におけるフェールの発生を検出することができる。そして、操舵系統におけるフェールを検出すると、コントロール/駆動回路ユニット26は、メカニカルバックアップ27に対し、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結させる指示信号を出力する。
【0023】
メカニカルバックアップ27は、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結し、入力側ステアリング軸3から出力側ステアリング軸10への力の伝達を確保するクラッチ機構を有している。ここで、メカニカルバックアップ27に対しては、通常時には、コントロール/駆動回路ユニット26から、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結しない状態を指示している。そして、操舵系統におけるフェールの発生により、ハンドル角度センサ4、操舵トルクセンサ5および転舵アクチュエータ8等を介することなく操舵操作を行う必要が生じた場合に、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結させる指示が入力する。
なお、メカニカルバックアップ27は、例えばケーブル式ステアリング機構等によって構成することができる。
【0024】
(サスペンション装置の構成)
図2は、第1実施形態に係るサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す斜視図である。図3は、(a)図2のサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分平面図(左前輪部分)および(b)タイヤ接地面(右前輪)を示す図である。図4は、図2のサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す(a)部分正面図および(b)部分側面図である。
【0025】
図2から図4に示すように、サスペンション装置1Bは、ホイールハブに取り付けられた車輪17FR,17FLを懸架しており、車輪17FR,17FLを回転自在に支持する車軸(アクスル)32を有するアクスルキャリア33、車体側の支持部から車体幅方向に配置されてアクスルキャリア33に連結する複数のリンク部材、及びコイルスプリング等のバネ部材34を備えている。
【0026】
複数のリンク部材は、ロアリンク部材である前側リンク(前側リンク部材)37と後側リンク(後側リンク部材)38、ロアリンク部材に並行して配置したタイロッド(タイロッド部材)15、および、ストラット(バネ部材34およびショックアブソーバ40)から構成されている。本実施形態において、サスペンション装置1Bはストラット式のサスペンションであり、バネ部材34およびショックアブソーバ40が一体となったストラットの上端が、車軸32より上方に位置する車体側の支持部に連結する(以下、ストラットの上端を適宜「アッパーピボット点」と称する。)。なお、ストラットはアッパーアームの機能を兼ねている。ロアアームを構成する前側リンク37と後側リンク38は、車軸32より下方に位置する車体側の支持部とアクスルキャリア33の下端を連結する。このロアアームは、車体側と2箇所で支持され、車軸32側と1箇所で連結されるAアーム形状を有している(以下、ロアアームとアクスルキャリア33との連結部を適宜「ロアピボット点」と称する。)。
【0027】
タイロッド15は、車軸32の下側に位置して、ステアリングラック部材14とアクスルキャリア33とを連結し、ステアリングラック部材14は、ステアリングホイール2からの回転力(操舵力)が伝達されて転舵用の軸力を発生させる。従って、タイロッド15によって、ステアリングホイール2の回転に応じてアクスルキャリア33に車幅方向の軸力が加わり、アクスルキャリア33を介して車輪17FR,17FLを転舵する。
【0028】
(ラック軸力低減のための条件)
ここで、SBWシステムにおいて、タイヤ捻りトルク入力に対しては、スクラブ半径とキングピン傾角とが関係する(図13参照)。ステアリングラック部材14のラック軸力を低減するためには、スクラブ半径をポジディブスクラブ方向に大きくしながら、キングピン傾角を小さくする(0度に近づける)必要がある。
スクラブ半径が大きくなるほど、キングピン軸周りの回転モーメントが大きくなり、ラック軸力は大きくなる。また、キャスタトレイルもゼロに近いほど、ラック軸力は低減できる。
【0029】
本願発明においては、図3(b)に示すように、上記サスペンション装置1Bのキングピン軸を、キャスタトレイルεeがタイヤ接地面内(図3(b)中の破線内の領域)に位置するよう設定している。より具体的には、本実施形態におけるサスペンション装置1Bでは、キャスタ角をゼロに近い値とし、キャスタトレイルがゼロに近づくようにキングピン軸を設定している。これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、スクラブ半径はゼロ以上のポジティブスクラブとしている。これにより、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
【0030】
具体的には、本願発明において、上記特性を実現するために、複数のリンク部材は以下の2つの条件を充足するように配置を設定する。
(A1)車両正面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心よりも車幅方向内側、かつアッパーピボット点をロアピボット点よりも車幅方向内側に設置する。
(A2)車両側面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心と車両前後方向同位置もしくはタイヤ接地面中心よりも車両前後方向後方、かつアッパーピボット点をロアピボット点と同位置かロアピボット点よりも車両前後方向後方に設置する。
【0031】
(ロアリンク部材から車体への入力低減条件)
車両上面視において、車幅方向に対して車両前後方向に傾斜して配置した後側リンク38と車幅方向に沿って配置した前側リンク37とのうち、車体1Aの振動騒音を増大させる主な入力源は前側リンク37(具体的には、前側リンク37の車体側連結点)である。そのため、振動騒音の抑制方法として、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることが有効である。
これは、前側リンク37と車体1Aを連結するブッシュ37aの剛性を低下させることで実現できるが、この場合、車両の応答性を実現するサスペンション横剛性の低下につながる。
【0032】
そこで、本実施形態では前側リンク37と車体1Aとを連結するブッシュ37aの位置を以下の条件とすることで、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させる。
(B1)車両側面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側(図4(b)のオフセット参照)、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側に設定する。
【0033】
図5は、前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側に設定した場合(実線で示す本発明)と車両前後方向後側に設定した場合(破線で示す比較例)とにおける車輪から車体1Aへの荷重伝達力を示す図である。なお、図5においては、入力する荷重の周波数と荷重伝達力との関係を示しており、図5中の一点鎖線で囲んだ領域は、運転席において、車内から伝わるロードノイズの主要領域を示している。
【0034】
図5に示すように、前側リンク37の車体側連結点をロアピボット点よりも車両前後方向前側に設定することで、車輪からの入力のうち、前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることができる。
このように荷重伝達力が減少することにより、運転席に伝わるロードノイズが低減することとなる。
したがって、ブッシュ37aの剛性を低下させることなく、振動騒音を抑制することが可能となる。
【0035】
なお、車両正面視において、前側リンク37の車体側連結点をロアピボット点と後側リンク38の車体側連結点との間の高さ、かつ、ホイールセンタより車両上下方向下側に設定することができる。これにより、タイヤ接地点への左右方向の入力に対して発生するキャンバモードの振動において、節となるタイヤ接地点に前側リンク37の車体側連結点を近づけることができ、車体1Aへの振動の入力を低減することができる。
【0036】
また、車両上面視において、前側リンク37の車輪側連結点を車両前後方向において略ホイールセンタと同一の位置とすることができる。そして、タイヤ接地点への左右方向の入力に対して、前側リンク37の車輪側連結点がトーモードの振動の節となるように前側リンク37および後側リンク38の車体側連結点のブッシュ剛性を調整すると、車体1Aへの振動の入力を低減することができる。
【0037】
(ステアリング剛性向上のための条件)
操舵周波数2Hz付近の車両応答性の向上は、操舵初期0.1[sec]程度までのヨーレートが十分に確保できていることが条件となる。
ヨーレートに対するサスペンション特性の影響は、操舵初期ではステアリング剛性、操舵初期に続く操舵中期では横剛性、操舵中期に続く操舵後期では横力コンプライアンスステアが支配的となる。
ステアリング剛性は、タイヤアライニングトルクに対して発生する力を意味するため、ナックルアームの回転半径が大きいほど高い剛性を示すこととなる。
【0038】
したがって、ステアリング剛性向上のために、複数のリンク部材は以下の条件を充足するように配置を設定する。
(C1)車両側面視において、タイロッド15のナックルアーム側連結点(以下、適宜「ナックル連結点」と称する。)の車両上下方向の位置は、ロアピボット点よりも車両上下方向上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向下側とし(図4(a)のオフセット参照)、前側リンク37の車体側連結点よりも車両前後方向前側に設定する。なお、ナックル側連結点は、特許請求の範囲におけるアクスルキャリア側連結点に対応している。
【0039】
図6は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおけるステアリング剛性の相違を示す図である。なお、図6においては、トー角に対するステアリング剛性の変化を示している。
図6に示すように、トー角が左右方向に変化したとき、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、ほぼ全ての角度範囲においてステアリング剛性が高くなっている。
【0040】
(旋回制動時の安定性のための条件)
旋回制動時には、制動によって車輪に前後力が入力するが、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性となっている場合、車両の安定性を向上させることができる。
このような特性を実現するために、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアリンク部材が規定する仮想ロアピボット点が描く回転半径よりも、タイロッド15のナックル連結点が描く回転半径の方が大きくなるように複数のリンクのリンク配置を設定する。
【0041】
具体的には、以下の条件を充足するようにリンク配置を設定する。
(D1)車両上面視において、タイロッド15の車体側連結点は、第1ロアリンク37の車体側連結点よりも車幅方向の内側、かつタイロッド15のナックル連結点は、ロアピボット点よりも車幅方向の外側に設定する。
図7は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおける旋回制動時のトー角変化を示す図である。なお、図7においては、車輪に入力する前後力の大きさ(縦軸)とトー角変化(横軸)との関係を示している。
図7に示すように、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、旋回外輪となったとき、車輪に後方向きの力が入力した際のトーアウト方向への変化が大きくなっている。即ち、旋回制動時における車両の安定性を向上させることができる。
【0042】
(乗心地性能向上のための条件)
突起乗り越し時の運転席の上下加速度を小さくすることで、乗心地性能を向上させることができる。
これを実現させるためには、車輪が突起を乗り越したとき、バウンド時のホイールセンタの軌跡を鉛直上方から車両後方に傾ける(ホイールセンタ軌跡角を増大する)、サスペンション前後剛性を低下させるといった方法がある。
ここで、サスペンション前後剛性は、各リンクのブッシュの軸方向剛性を低下させることにより実現できる。一方、ホイールセンタ軌跡角は、複数のリンクのリンク配置に条件を与えて実現する。
【0043】
図8は、バウンド時におけるホイールセンタ軌跡角を示す図である。
図8において、ホイールセンタ軌跡角は、ホイールセンタを通る鉛直線の上方とホイールセンタの軌跡の方向(車両後上方)とがなす角として定義される。
ホイールセンタ軌跡角を増大させるために、サスペンションのバウンド時におけるロアリンク部材の車輪側連結点の軌跡が車両後方に移動するリンク配置とする。
具体的には、以下の条件を充足するようにリンク配置を設定する。
(E1)車両上面視において、第1ロアリンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)を第2ロアリンク38の車体側連結点よりも車幅方向の内側に設定する(図3の車体側連結点のオフセット参照)。
【0044】
図9は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおける突起乗り越し時の運転席の上下加速度を示す図である。なお、図9においては、時間経過に対する運転席フロアの上下加速度を示している。
図9に示すように、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、突起乗り越し時における運転席の上下加速度の大きさが20%程度減少している。
【0045】
また、図10は、バウンド時におけるホイールセンタの変位を示す図である。なお、図10においては、車輪のストローク量(縦軸)に対するホイールセンタの前後方向の変位(横軸)を示しており、横軸の右側が前方への変位となっている。
図10に示すように、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)は、上記条件を充足しない場合(破線で示す比較例)に比べ、車輪のストローク量が大きいほど、ホイールセンタの前後方向における変位が後方により大きくなっている。即ち、突起乗り越し時における乗心地性能を向上させることができる。
【0046】
(ラック軸力成分の分析)
図11は、転舵時におけるラックストロークとラック軸力との関係を示す図である。
図11に示すように、ラック軸力成分には、主にタイヤの捻りトルクと、車輪の持ち上げトルクとが含まれ、これらのうち、タイヤの捻りトルクが支配的である。
したがって、タイヤの捻りトルクを小さくすることで、ラック軸力を低減することができることとなる。
【0047】
(タイヤの捻りトルク最小化)
図12は、転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡を示す図である。
図12においては、転舵時におけるタイヤ接地面中心の移動量が大きい場合と小さい場合とを併せて示している。
上記ラック軸力成分の分析結果より、ラック軸力を低減するためには、転舵時のタイヤ捻りトルクを最小化することが有効である。
転舵時のタイヤ捻りトルクを最小化するためには、図9に示すように、タイヤ接地面中心の軌跡をより小さくすれば良い。
即ち、タイヤ接地面中心とキングピン接地点を一致させることで、タイヤ捩りトルクを最小化できる。
具体的には、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径0mm以上とすることが有効である。
【0048】
(キングピン傾角の影響)
図13は、キングピン傾角とスクラブ半径とを軸とする座標において、ラック軸力の分布の一例を示す等値線図である。
図13においては、ラック軸力が小、中および大の3つの場合における等値線を例として示している。
タイヤ捻りトルク入力に対し、キングピン傾角が大きくなるほど、その回転モーメントが大きくなり、ラック軸力は大きくなる。したがって、キングピン傾角としては、一定の値より小さく設定することが望まれるが、スクラブ半径との関係から、例えばキングピン傾角15度以下とすると、ラック軸力を望ましいレベルまで小さくすることができる。
【0049】
なお、図13における一点鎖線(境界線)で囲んだ領域は、旋回の限界領域において、横力が摩擦の限界を超える値と推定できるキングピン傾角15度より小さく、かつ、上記タイヤ捻りトルクの観点から、スクラブ半径が0mm以上の領域を示している。本実施形態では、この領域(横軸においてキングピン傾角が15度より減少する方向で、縦軸においてスクラブ半径がゼロより増加する方向)を、より設定に適した領域としている。ただし、スクラブ半径が負の領域であっても、他の条件を本実施形態で示すものとすることで、一定の効果を得るものとなる。
具体的にスクラブ半径とキングピン傾角とを決定する場合には、例えば、図13に示すラック軸力の分布を示す等値線をn次曲線(nは2以上の整数)として近似し、上記一点鎖線で囲んだ領域の中から、n次曲線の変曲点(またはピーク値)の位置によって定めた値を採用することができる。
【0050】
(ラック軸力の最小化例)
図14は、本実施形態に係るサスペンション装置1Bにおけるラック軸力の解析結果を示す図である。
図14に示す実線は、図2〜4に示すサスペンション構造において、キャスタ角0度、キャスタトレール0mm、スクラブ半径−10mmに設定した場合のラック軸力特性を示している。
なお、図14においては、サスペンション装置1Bと同方式の懸架構造で、キングピン軸に関する設定をステアバイワイヤ方式の操舵装置を備えていない構造に合わせて設定したときの比較例(破線)を併せて示している。
【0051】
図14に示すように、上記検討結果に従って設定すると、ラック軸力は比較例に対し約30%低減することができる。
これにより、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる結果、ステアリングラック部材14およびタイロッド15に加わる負荷を低減でき、部材を簡素化することができる。
また、ステアバイワイヤを実現するための転舵アクチュエータ8として、駆動能力のより低いものを用いることができ、車両の低コスト化および軽量化を図ることができる。
【0052】
(ポジティブスクラブによる直進性確保)
図15は、ポジティブスクラブとした場合のセルフアライニングトルクを説明する概念図である。
図15に示すように、タイヤに働く復元力(セルフアライニングトルク)は、キャスタトレイル、ニューマチックトレイルの和に比例して大きくなる。
ここで、ポジティブスクラブの場合、キングピン軸の接地点から、タイヤ接地中心を通るタイヤの横すべり角β方向の直線に下ろした垂線の足の位置によって定まるホイールセンタからの距離εc(図15参照)をキャスタトレイルとみなすことができる。
【0053】
そのため、ポジティブスクラブのスクラブ半径が大きければ大きいほど、転舵時にタイヤに働く復元力は大きくなる。
本実施形態においては、キャスタ角を0に近づけることによる直進性への影響を、ポジティブスクラブとすることで低減するものである。また、ステアバイワイヤ方式を採用していることから、転舵アクチュエータ8によって最終的に目的とする直進性を確保することができる。
【0054】
(サスペンション設計例)
図2〜4に示すサスペンション装置1Bの構成において、上記検討結果に従い、キングピン傾角13.8度、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径5.4mm(ポジティブスクラブ)、キャスタ角5.2度、ホイールセンタの高さにおけるキングピンオフセット86mmとした場合、ラック軸力を約30%低減できる。
【0055】
上記設計値については、制動時に、サスペンションロアリンクが車両後方へ移動し、このときキングピン下端も同様に車両後方へ移動するため、キャスタ角は一定の後傾をとることとしたものである。ちなみに、キャスタ角0度以下の場合(キングピン軸が前傾している場合)、転舵制動時ラックモーメントが大きくなるため、ラック軸力が増大する。したがって、キングピンの位置を上記のように規定する。
即ち、キングピンロアピボット点(仮想ピボットも含む)はホイールセンタ後方、キングピンアッパーピボット点(仮想ピボットも含む)はロアピボット点後方に位置する構成とする。
【0056】
(作用)
次に、本実施形態に係るサスペンション装置1Bの作用について説明する。
本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、キャスタトレイルがタイヤ接地面内に位置する設定としている。
具体的には、車両正面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心よりも車幅方向内側、かつアッパーピボット点をロアピボット点よりも車幅方向内側に設置している(条件A1)。また、車両側面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心と車両前後方向同位置もしくはタイヤ接地面中心よりも車両前後方向後方、かつアッパーピボット点をロアピボット点と同位置かロアピボット点よりも車両前後方向後方に設置している(条件A2)。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
【0057】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両側面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側に設定している(条件B1)。
これにより、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることができる。
【0058】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両側面視において、タイロッド15のナックル連結点の車両上下方向の位置は、ロアピボット点よりも車両上下方向上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向下側とし、前側リンク37の車体側連結点よりも車両前後方向前側に設定している(条件C1)。
これにより、ステアリング剛性を高めることが可能となる。
【0059】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両上面視において、タイロッド15の車体側連結点は、前側リンク37の車体側連結点よりも車幅方向の内側、かつタイロッド15のナックル連結点は、ロアピボット点よりも車幅方向の外側に設定している(条件D1)。
これにより、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアリンク部材が規定する仮想ロアピボット点が描く回転半径よりも、タイロッド15のナックル連結点が描く回転半径の方が大きくなる。そのため、旋回制動時に、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性となり、車両の安定性を向上させることができる。
【0060】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両上面視において、第1ロアリンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)を第2ロアリンク38の車体側連結点よりも車幅方向の内側に設定している(条件E1)。
これにより、突起乗り越し時の運転席の上下加速度が小さくなり、乗心地性能を向上させることができる。
【0061】
なお、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、例えば、キングピン軸の設定を、キャスタ角0度、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径0mm以上のポジティブスクラブとしている。また、キングピン傾角については、スクラブ半径をポジティブスクラブとできる範囲で、より小さい角度となる範囲(例えば15度以下)で設定する。
このようなサスペンションジオメトリとすることにより、転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡がより小さいものとなり、タイヤ捻りトルクを低減できる。
そのため、ラック軸力をより小さいものとできることから、キングピン軸周りのモーメントをより小さくでき、転舵アクチュエータ8の出力を低減することができる。また、より小さい力で車輪の向きを制御できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0062】
また、キャスタ角を0度、キャスタトレイルを0mmとしたことに伴い、サスペンション構造上の直進性に影響が生じる可能性があるところ、ポジティブスクラブに設定することにより、その影響を軽減している。さらに、転舵アクチュエータ8による制御と併せて、直進性を確保している。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
また、キングピン傾角を一定の範囲に制限したことに対しては、転舵アクチュエータ8での転舵を行うところ、運転者が操舵操作に重さを感じることを回避できる。また、路面からの外力によるキックバックについても、転舵アクチュエータ8によって外力に対抗できるため、運転者への影響を回避できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0063】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bは、ストラット式としたため、部品点数をより少ないものとでき、本実施形態におけるキングピン軸の設定を容易に行うことができる。
以上のように、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、キングピン軸をキャスタトレイルがタイヤ接地面内に位置するよう設定している。より具体的には、本実施形態におけるサスペンション装置1Bでは、キャスタ角をゼロに近い値とし、キャスタトレイルがゼロに近づくようにキングピン軸を設定している。
【0064】
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、スクラブ半径はゼロ以上のポジティブスクラブとしている。これにより、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0065】
なお、本実施形態において、アクスルキャリア33がアクスルキャリアに対応し、バネ部材34およびショックアブソーバ40からなるストラットが懸架用上側リンク部材に対応する。また、前側リンク37および後側リンク38が懸架用下側リンク部材に対応し、タイロッド15が転舵用リンク部材に対応する。また、前側リンク37が前側リンク部材に対応し、後側リンク38が後側リンク部材に対応する。
【0066】
(第1実施形態の効果)
(1)懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定した。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0067】
(2)車両側面視において、前側リンク部材の車体側連結点の車両前後方向位置を、ロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側とした。
これにより、ホイールセンタ位置において車幅方向に沿って前側リンク部材を設置する場合に比べ、車輪から前側リンク部材に伝達する荷重の割合を低減することができる。
(3)車両側面視において、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点の車両上下方向位置を、ロアピボット点よりも車両上下方向の上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向の下側に位置させ、前側リンク部材の車体側連結点よりも車両前後方向前側とした。
これにより、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点とキングピン軸との距離を確保でき、ステアリング剛性を高めることができる。
【0068】
(4)車両上面視において、転舵用リンク部材の車体側連結点を、前側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側、かつ転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点を、ロアピボット点よりも車幅方向外側にした。
これにより、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアピボット点が描く回転半径よりも、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点が描く回転半径の方が大きくなる。
したがって、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性を示すこととなり、旋回制動時の安定性を向上させることができる。
【0069】
(5)車両上面視において、前側リンク部材の車体側連結点を後側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側に設定した。
これにより、バウンド時におけるホイールセンタの軌跡を鉛直上方から車両後方に傾けることができ、突起乗り越し時の運転席の上下加速度が小さくなるため、乗心地性能を向上させることができる。
【0070】
(6)懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定するサスペンションジオメトリとした。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0071】
(応用例1)
第1実施形態では、ストラットがアッパーアームの機能を兼ねる場合を例に挙げて説明した。
これに対し、アッパーアームを独立して備え、アクスルキャリア33の上端をアッパーアームが回転自在に支持する形式のサスペンション装置に本発明を適用することが可能である。
この場合にも、サスペンションジオメトリを第1実施形態と同様に設定することができ、本発明の効果を奏するものとなる。
【0072】
(応用例2)
第1実施形態では、タイヤ接地面内にキャスタトレイルを設定するものとし、その一例として、キャスタトレイルをゼロに近い値とする場合について説明した。
これに対し、本応用例では、キャスタトレイルの設定条件をタイヤ接地面中心からタイヤ接地面の前端までの範囲に限定するものとする。
(効果)
キャスタトレイルをタイヤ接地面中心からタイヤ接地面の前端までに設定すると、直進性の確保と操舵操作の重さの低減を両立できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0073】
(応用例3)
第1実施形態においては、図10に示す座標平面において、一点鎖線で囲んだ領域を設定に適する領域として例に挙げた。これに対し、注目するラック軸力の等値線を境界線とし、その境界線が示す範囲より内側の領域(キングピン傾角の減少方向でスクラブ半径の増加方向)を設定に適する領域とすることができる。
(効果)
ラック軸力の最大値を想定して、その最大値以下の範囲にサスペンションジオメトリを設定することができる。
【0074】
(応用例4)
第1実施形態および応用例1では、ステアバイワイヤ方式の操舵装置を備える車両にサスペンション装置1Bを適用する場合を例に挙げて説明したが、ステアバイワイヤ方式ではなく、機械的な操舵機構の操舵装置を備える車両にサスペンション装置1Bを適用することが可能である。
この場合、キングピン軸を上記検討結果に基づく条件に従って決定し、キャスタトレイルをタイヤ接地面内に設定した上で、機械的な操舵機構のリンク配置をそれに合わせて構成する。
(効果)
機械的な構造を有する操舵機構においても、キングピン周りのモーメントを低減して運転者に要する操舵力をより小さいものとでき、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【符号の説明】
【0075】
1、自動車、1A 車体、1B サスペンション装置、2 ステアリングホイール、3 入力側ステアリング軸、4 ハンドル角度センサ、5 操舵トルクセンサ、6 操舵反力アクチュエータ、7 操舵反力アクチュエータ角度センサ、8 転舵アクチュエータ、9 転舵アクチュエータ角度センサ、10 出力側ステアリング軸、11 転舵トルクセンサ、12 ピニオンギア、13 ピニオン角度センサ、14 ステアリングラック部材、15 タイロッド(転舵用リンク部材)、16 タイロッド軸力センサ、17FR,17FL,17RR,17RL 車輪、18 ブレーキディスク、19 ホイールシリンダ、20 圧力制御ユニット、21 車両状態パラメータ取得部、24FR,24FL,24RR,24RL 車輪速センサ、26 駆動回路ユニット、27 メカニカルバックアップ、32 車軸、33 アクスルキャリア、34 バネ部材(懸架用上側リンク部材)、37 前側リンク(前側リンク部材)、37a ブッシュ、38 後側リンク(後側リンク部材)、40 ショックアブソーバ(懸架用上側リンク部材)
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体を懸架する車両用サスペンション装置およびそのジオメトリ調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用のサスペンション装置では、キングピン軸の設定によって、目的とするサスペンション性能の実現を図っている。
例えば、特許文献1に記載の技術では、キングピンを構成する上下ピボット点の転舵時における車両前後方向の動きを抑制するリンク配置とすることにより、操縦性・安定性を向上させることとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−126014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、車両の走行中に転舵を行った場合、走行速度に応じた横力がタイヤ接地点に入力するところ、特許文献1に記載の技術では、この横力による影響を考慮していない。そのため、転舵時にキングピン軸周りに発生するモーメントの低減において改善の余地がある。即ち、従来の車両用サスペンション装置においては、操縦性・安定性の向上を図る上で改善の余地があった。
本発明の課題は、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するため、本発明に係る車両用サスペンション装置は、懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定した。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】第1実施形態に係る自動車1の構成を示す概略図である。
【図2】第1実施形態に係るサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す斜視図である。
【図3】サスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分平面図である。
【図4】サスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分正面図および部分側面図である。
【図5】本発明と比較例とにおける車輪から車体1Aへの荷重伝達力を示す図である。
【図6】本発明と比較例とにおけるステアリング剛性の相違を示す図である。
【図7】本発明と比較例とにおける旋回制動時のトー角変化を示す図である。
【図8】バウンド時におけるホイールセンタ軌跡角を示す図である。
【図9】本発明と比較例とにおける突起乗り越し時の運転席の上下加速度を示す図である。
【図10】バウンド時におけるホイールセンタの変位を示す図である。
【図11】転舵時におけるラックストロークとラック軸力との関係を示す図である。
【図12】転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡を示す図である。
【図13】キングピン傾角とスクラブ半径とを軸とする座標において、ラック軸力の分布の一例を示す等値線図である。
【図14】サスペンション装置1Bにおけるラック軸力の解析結果を示す図である。
【図15】ポジティブスクラブとした場合のセルフアライニングトルクを説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図を参照して本発明を適用した自動車の実施の形態を説明する。
(第1実施形態)
(構成)
図1は、本発明の第1実施形態に係る自動車1の構成を示す概略図である。
図1において、自動車1は、車体1Aと、ステアリングホイール2と、入力側ステアリング軸3と、ハンドル角度センサ4と、操舵トルクセンサ5と、操舵反力アクチュエータ6と、操舵反力アクチュエータ角度センサ7と、転舵アクチュエータ8と、転舵アクチュエータ角度センサ9と、出力側ステアリング軸10と、転舵トルクセンサ11と、ピニオンギア12と、ピニオン角度センサ13と、ステアリングラック部材14と、タイロッド15と、タイロッド軸力センサ16と、車輪17FR,17FL,17RR,17RLと、ブレーキディスク18と、ホイールシリンダ19と、圧力制御ユニット20と、車両状態パラメータ取得部21と、車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLと、コントロール/駆動回路ユニット26と、メカニカルバックアップ27とを備えている。
【0009】
これらのうち、ステアリングホイール2、入力側ステアリング軸3、ハンドル角度センサ4、操舵トルクセンサ5、操舵反力アクチュエータ6、操舵反力アクチュエータ角度センサ7、転舵アクチュエータ8、転舵アクチュエータ角度センサ9、出力側ステアリング軸10、転舵トルクセンサ11、ピニオンギア12、ピニオン角度センサ13、ステアリングラック部材14、タイロッド15、および、タイロッド軸力センサ16が、ステアバイワイヤシステム(以下、適宜「SBW」と称する。)を構成している。
【0010】
ステアリングホイール2は、入力側ステアリング軸3と一体に回転するよう構成され、運転者による操舵入力を入力側ステアリング軸3に伝達する。
入力側ステアリング軸3は、操舵反力アクチュエータ6を備えており、ステアリングホイール2から入力した操舵入力に対し、操舵反力アクチュエータ6による操舵反力を加える。
【0011】
ハンドル角度センサ4は、入力側ステアリング軸3に備えられ、入力側ステアリング軸3の回転角度(即ち、運転者によるステアリングホイール2への操舵入力角度)を検出する。そして、ハンドル角度センサ4は、検出した入力側ステアリング軸3の回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
操舵トルクセンサ5は、入力側ステアリング軸3に設置してあり、入力側ステアリング軸3の回転トルク(即ち、ステアリングホイール2への操舵入力トルク)を検出する。そして、操舵トルクセンサ5は、検出した入力側ステアリング軸3の回転トルクをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0012】
操舵反力アクチュエータ6は、モータ軸と一体に回転するギアが入力側ステアリング軸3の一部に形成されたギアに噛合しており、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、ステアリングホイール2による入力側ステアリング軸3の回転に対して反力を付与する。
操舵反力アクチュエータ角度センサ7は、操舵反力アクチュエータ6の回転角度(即ち、操舵反力アクチュエータ6に伝達した操舵入力による回転角度)を検出し、検出した回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0013】
転舵アクチュエータ8は、モータ軸と一体に回転するギアが出力側ステアリング軸10の一部に形成されたギアに噛合しており、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、出力側ステアリング軸10を回転させる。
転舵アクチュエータ角度センサ9は、転舵アクチュエータ8の回転角度(即ち、転舵アクチュエータ8が出力した転舵のための回転角度)を検出し、検出した回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0014】
出力側ステアリング軸10は、転舵アクチュエータ8を備えており、転舵アクチュエータ8が入力した回転をピニオンギア12に伝達する。
転舵トルクセンサ11は、出力側ステアリング軸10に設置してあり、出力側ステアリング軸10の回転トルク(即ち、ステアリングラック部材14を介した車輪17FR,17FLの転舵トルク)を検出する。そして、転舵トルクセンサ11は、検出した出力側ステアリング軸10の回転トルクをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0015】
ピニオンギア12は、ステアリングラック部材14に形成した平歯と噛合しており、出力側ステアリング軸10から入力した回転をステアリングラック部材14に伝達する。
ピニオン角度センサ13は、ピニオンギア12の回転角度(即ち、ステアリングラック部材14を介して出力される車輪17FR,17FLの転舵角度)を検出し、検出したピニオンギア12の回転角度をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0016】
ステアリングラック部材14は、ピニオンギア12と噛合する平歯を有し、ピニオンギア12の回転を車幅方向の直線運動に変換する。本実施形態において、ステアリングラック部材14は、前輪の車軸よりも車両前方側に位置している。
タイロッド15は、ステアリングラック部材14の両端部と車輪17FR,17FLのナックルアームとを、ボールジョイントを介してそれぞれ連結している。
【0017】
タイロッド軸力センサ16は、ステアリングラック部材14の両端部に設置されたタイロッド15それぞれに設置してあり、タイロッド15に作用している軸力を検出する。そして、タイロッド軸力センサ16は、検出したタイロッド15の軸力をコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
車輪17FR,17FL,17RR,17RLは、タイヤホイールにタイヤを取り付けて構成したものであり、サスペンション装置1Bを介して車体1Aに設置してある。これらのうち、前輪(車輪17FR,17FL)は、タイロッド15によってナックルアームが揺動することにより、車体1Aに対する車輪17FR,17FLの向きが変化する。
【0018】
ブレーキディスク18は、車輪17FR,17FL,17RR,17RLと一体に回転し、ホイールシリンダ19の押圧力がブレーキパッドを押し当てると、その摩擦力によって制動力を発生する。
ホイールシリンダ19は、各車輪に設置されたブレーキパッドを、ブレーキディスク18に押し当てる押圧力を発生する。
【0019】
圧力制御ユニット20は、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、各車輪に設置したホイールシリンダ19の圧力を制御する。
車両状態パラメータ取得部21は、車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLから出力される車輪の回転速度を示すパルス信号を基に車速を取得する。また、車両状態パラメータ取得部21は、車速と各車輪の回転速度とを基に、各車輪のスリップ率を取得する。そして、車両状態パラメータ取得部21は、取得した各パラメータをコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
【0020】
車輪速センサ24FR,24FL,24RR,24RLは、各車輪の回転速度を示すパルス信号を、車両状態パラメータ取得部21およびコントロール/駆動回路ユニット26に出力する。
コントロール/駆動回路ユニット26は、自動車1全体を制御するものであり、各部に設置したセンサから入力する信号を基に、入力側ステアリング軸3の操舵反力、前輪の転舵角、あるいはメカニカルバックアップ27の連結について、各種制御信号を、操舵反力アクチュエータ6、転舵アクチュエータ8、あるいはメカニカルバックアップ27等に出力する。
【0021】
また、コントロール/駆動回路ユニット26は、各センサによる検出値を使用目的に応じた値に換算する。例えば、コントロール/駆動回路ユニット26は、操舵反力アクチュエータ角度センサ7によって検出された回転角度を操舵入力角度に換算したり、転舵アクチュエータ角度センサ9によって検出された回転角度を車輪の転舵角に換算したり、ピニオン角度センサ13によって検出されたピニオンギア12の回転角度を車輪の転舵角に換算したりする。
【0022】
なお、コントロール/駆動回路ユニット26は、ハンドル角度センサ4によって検出された入力側ステアリング軸3の回転角度、操舵反力アクチュエータ角度センサ7によって検出された操舵反力アクチュエータ6の回転角度、転舵アクチュエータ角度センサ9によって検出された転舵アクチュエータ8の回転角度、および、ピニオン角度センサ13によって検出されたピニオンギア12の回転角度を監視し、これらの関係を基に、操舵系統におけるフェールの発生を検出することができる。そして、操舵系統におけるフェールを検出すると、コントロール/駆動回路ユニット26は、メカニカルバックアップ27に対し、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結させる指示信号を出力する。
【0023】
メカニカルバックアップ27は、コントロール/駆動回路ユニット26の指示に従って、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結し、入力側ステアリング軸3から出力側ステアリング軸10への力の伝達を確保するクラッチ機構を有している。ここで、メカニカルバックアップ27に対しては、通常時には、コントロール/駆動回路ユニット26から、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結しない状態を指示している。そして、操舵系統におけるフェールの発生により、ハンドル角度センサ4、操舵トルクセンサ5および転舵アクチュエータ8等を介することなく操舵操作を行う必要が生じた場合に、入力側ステアリング軸3と出力側ステアリング軸10とを連結させる指示が入力する。
なお、メカニカルバックアップ27は、例えばケーブル式ステアリング機構等によって構成することができる。
【0024】
(サスペンション装置の構成)
図2は、第1実施形態に係るサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す斜視図である。図3は、(a)図2のサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す部分平面図(左前輪部分)および(b)タイヤ接地面(右前輪)を示す図である。図4は、図2のサスペンション装置1Bの構成を模式的に示す(a)部分正面図および(b)部分側面図である。
【0025】
図2から図4に示すように、サスペンション装置1Bは、ホイールハブに取り付けられた車輪17FR,17FLを懸架しており、車輪17FR,17FLを回転自在に支持する車軸(アクスル)32を有するアクスルキャリア33、車体側の支持部から車体幅方向に配置されてアクスルキャリア33に連結する複数のリンク部材、及びコイルスプリング等のバネ部材34を備えている。
【0026】
複数のリンク部材は、ロアリンク部材である前側リンク(前側リンク部材)37と後側リンク(後側リンク部材)38、ロアリンク部材に並行して配置したタイロッド(タイロッド部材)15、および、ストラット(バネ部材34およびショックアブソーバ40)から構成されている。本実施形態において、サスペンション装置1Bはストラット式のサスペンションであり、バネ部材34およびショックアブソーバ40が一体となったストラットの上端が、車軸32より上方に位置する車体側の支持部に連結する(以下、ストラットの上端を適宜「アッパーピボット点」と称する。)。なお、ストラットはアッパーアームの機能を兼ねている。ロアアームを構成する前側リンク37と後側リンク38は、車軸32より下方に位置する車体側の支持部とアクスルキャリア33の下端を連結する。このロアアームは、車体側と2箇所で支持され、車軸32側と1箇所で連結されるAアーム形状を有している(以下、ロアアームとアクスルキャリア33との連結部を適宜「ロアピボット点」と称する。)。
【0027】
タイロッド15は、車軸32の下側に位置して、ステアリングラック部材14とアクスルキャリア33とを連結し、ステアリングラック部材14は、ステアリングホイール2からの回転力(操舵力)が伝達されて転舵用の軸力を発生させる。従って、タイロッド15によって、ステアリングホイール2の回転に応じてアクスルキャリア33に車幅方向の軸力が加わり、アクスルキャリア33を介して車輪17FR,17FLを転舵する。
【0028】
(ラック軸力低減のための条件)
ここで、SBWシステムにおいて、タイヤ捻りトルク入力に対しては、スクラブ半径とキングピン傾角とが関係する(図13参照)。ステアリングラック部材14のラック軸力を低減するためには、スクラブ半径をポジディブスクラブ方向に大きくしながら、キングピン傾角を小さくする(0度に近づける)必要がある。
スクラブ半径が大きくなるほど、キングピン軸周りの回転モーメントが大きくなり、ラック軸力は大きくなる。また、キャスタトレイルもゼロに近いほど、ラック軸力は低減できる。
【0029】
本願発明においては、図3(b)に示すように、上記サスペンション装置1Bのキングピン軸を、キャスタトレイルεeがタイヤ接地面内(図3(b)中の破線内の領域)に位置するよう設定している。より具体的には、本実施形態におけるサスペンション装置1Bでは、キャスタ角をゼロに近い値とし、キャスタトレイルがゼロに近づくようにキングピン軸を設定している。これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、スクラブ半径はゼロ以上のポジティブスクラブとしている。これにより、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
【0030】
具体的には、本願発明において、上記特性を実現するために、複数のリンク部材は以下の2つの条件を充足するように配置を設定する。
(A1)車両正面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心よりも車幅方向内側、かつアッパーピボット点をロアピボット点よりも車幅方向内側に設置する。
(A2)車両側面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心と車両前後方向同位置もしくはタイヤ接地面中心よりも車両前後方向後方、かつアッパーピボット点をロアピボット点と同位置かロアピボット点よりも車両前後方向後方に設置する。
【0031】
(ロアリンク部材から車体への入力低減条件)
車両上面視において、車幅方向に対して車両前後方向に傾斜して配置した後側リンク38と車幅方向に沿って配置した前側リンク37とのうち、車体1Aの振動騒音を増大させる主な入力源は前側リンク37(具体的には、前側リンク37の車体側連結点)である。そのため、振動騒音の抑制方法として、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることが有効である。
これは、前側リンク37と車体1Aを連結するブッシュ37aの剛性を低下させることで実現できるが、この場合、車両の応答性を実現するサスペンション横剛性の低下につながる。
【0032】
そこで、本実施形態では前側リンク37と車体1Aとを連結するブッシュ37aの位置を以下の条件とすることで、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させる。
(B1)車両側面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側(図4(b)のオフセット参照)、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側に設定する。
【0033】
図5は、前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側に設定した場合(実線で示す本発明)と車両前後方向後側に設定した場合(破線で示す比較例)とにおける車輪から車体1Aへの荷重伝達力を示す図である。なお、図5においては、入力する荷重の周波数と荷重伝達力との関係を示しており、図5中の一点鎖線で囲んだ領域は、運転席において、車内から伝わるロードノイズの主要領域を示している。
【0034】
図5に示すように、前側リンク37の車体側連結点をロアピボット点よりも車両前後方向前側に設定することで、車輪からの入力のうち、前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることができる。
このように荷重伝達力が減少することにより、運転席に伝わるロードノイズが低減することとなる。
したがって、ブッシュ37aの剛性を低下させることなく、振動騒音を抑制することが可能となる。
【0035】
なお、車両正面視において、前側リンク37の車体側連結点をロアピボット点と後側リンク38の車体側連結点との間の高さ、かつ、ホイールセンタより車両上下方向下側に設定することができる。これにより、タイヤ接地点への左右方向の入力に対して発生するキャンバモードの振動において、節となるタイヤ接地点に前側リンク37の車体側連結点を近づけることができ、車体1Aへの振動の入力を低減することができる。
【0036】
また、車両上面視において、前側リンク37の車輪側連結点を車両前後方向において略ホイールセンタと同一の位置とすることができる。そして、タイヤ接地点への左右方向の入力に対して、前側リンク37の車輪側連結点がトーモードの振動の節となるように前側リンク37および後側リンク38の車体側連結点のブッシュ剛性を調整すると、車体1Aへの振動の入力を低減することができる。
【0037】
(ステアリング剛性向上のための条件)
操舵周波数2Hz付近の車両応答性の向上は、操舵初期0.1[sec]程度までのヨーレートが十分に確保できていることが条件となる。
ヨーレートに対するサスペンション特性の影響は、操舵初期ではステアリング剛性、操舵初期に続く操舵中期では横剛性、操舵中期に続く操舵後期では横力コンプライアンスステアが支配的となる。
ステアリング剛性は、タイヤアライニングトルクに対して発生する力を意味するため、ナックルアームの回転半径が大きいほど高い剛性を示すこととなる。
【0038】
したがって、ステアリング剛性向上のために、複数のリンク部材は以下の条件を充足するように配置を設定する。
(C1)車両側面視において、タイロッド15のナックルアーム側連結点(以下、適宜「ナックル連結点」と称する。)の車両上下方向の位置は、ロアピボット点よりも車両上下方向上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向下側とし(図4(a)のオフセット参照)、前側リンク37の車体側連結点よりも車両前後方向前側に設定する。なお、ナックル側連結点は、特許請求の範囲におけるアクスルキャリア側連結点に対応している。
【0039】
図6は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおけるステアリング剛性の相違を示す図である。なお、図6においては、トー角に対するステアリング剛性の変化を示している。
図6に示すように、トー角が左右方向に変化したとき、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、ほぼ全ての角度範囲においてステアリング剛性が高くなっている。
【0040】
(旋回制動時の安定性のための条件)
旋回制動時には、制動によって車輪に前後力が入力するが、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性となっている場合、車両の安定性を向上させることができる。
このような特性を実現するために、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアリンク部材が規定する仮想ロアピボット点が描く回転半径よりも、タイロッド15のナックル連結点が描く回転半径の方が大きくなるように複数のリンクのリンク配置を設定する。
【0041】
具体的には、以下の条件を充足するようにリンク配置を設定する。
(D1)車両上面視において、タイロッド15の車体側連結点は、第1ロアリンク37の車体側連結点よりも車幅方向の内側、かつタイロッド15のナックル連結点は、ロアピボット点よりも車幅方向の外側に設定する。
図7は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおける旋回制動時のトー角変化を示す図である。なお、図7においては、車輪に入力する前後力の大きさ(縦軸)とトー角変化(横軸)との関係を示している。
図7に示すように、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、旋回外輪となったとき、車輪に後方向きの力が入力した際のトーアウト方向への変化が大きくなっている。即ち、旋回制動時における車両の安定性を向上させることができる。
【0042】
(乗心地性能向上のための条件)
突起乗り越し時の運転席の上下加速度を小さくすることで、乗心地性能を向上させることができる。
これを実現させるためには、車輪が突起を乗り越したとき、バウンド時のホイールセンタの軌跡を鉛直上方から車両後方に傾ける(ホイールセンタ軌跡角を増大する)、サスペンション前後剛性を低下させるといった方法がある。
ここで、サスペンション前後剛性は、各リンクのブッシュの軸方向剛性を低下させることにより実現できる。一方、ホイールセンタ軌跡角は、複数のリンクのリンク配置に条件を与えて実現する。
【0043】
図8は、バウンド時におけるホイールセンタ軌跡角を示す図である。
図8において、ホイールセンタ軌跡角は、ホイールセンタを通る鉛直線の上方とホイールセンタの軌跡の方向(車両後上方)とがなす角として定義される。
ホイールセンタ軌跡角を増大させるために、サスペンションのバウンド時におけるロアリンク部材の車輪側連結点の軌跡が車両後方に移動するリンク配置とする。
具体的には、以下の条件を充足するようにリンク配置を設定する。
(E1)車両上面視において、第1ロアリンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)を第2ロアリンク38の車体側連結点よりも車幅方向の内側に設定する(図3の車体側連結点のオフセット参照)。
【0044】
図9は、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)と充足しない場合(破線で示す比較例)とにおける突起乗り越し時の運転席の上下加速度を示す図である。なお、図9においては、時間経過に対する運転席フロアの上下加速度を示している。
図9に示すように、上記条件を充足する場合は、上記条件を充足しない場合に比べ、突起乗り越し時における運転席の上下加速度の大きさが20%程度減少している。
【0045】
また、図10は、バウンド時におけるホイールセンタの変位を示す図である。なお、図10においては、車輪のストローク量(縦軸)に対するホイールセンタの前後方向の変位(横軸)を示しており、横軸の右側が前方への変位となっている。
図10に示すように、上記条件を充足する場合(実線で示す本発明)は、上記条件を充足しない場合(破線で示す比較例)に比べ、車輪のストローク量が大きいほど、ホイールセンタの前後方向における変位が後方により大きくなっている。即ち、突起乗り越し時における乗心地性能を向上させることができる。
【0046】
(ラック軸力成分の分析)
図11は、転舵時におけるラックストロークとラック軸力との関係を示す図である。
図11に示すように、ラック軸力成分には、主にタイヤの捻りトルクと、車輪の持ち上げトルクとが含まれ、これらのうち、タイヤの捻りトルクが支配的である。
したがって、タイヤの捻りトルクを小さくすることで、ラック軸力を低減することができることとなる。
【0047】
(タイヤの捻りトルク最小化)
図12は、転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡を示す図である。
図12においては、転舵時におけるタイヤ接地面中心の移動量が大きい場合と小さい場合とを併せて示している。
上記ラック軸力成分の分析結果より、ラック軸力を低減するためには、転舵時のタイヤ捻りトルクを最小化することが有効である。
転舵時のタイヤ捻りトルクを最小化するためには、図9に示すように、タイヤ接地面中心の軌跡をより小さくすれば良い。
即ち、タイヤ接地面中心とキングピン接地点を一致させることで、タイヤ捩りトルクを最小化できる。
具体的には、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径0mm以上とすることが有効である。
【0048】
(キングピン傾角の影響)
図13は、キングピン傾角とスクラブ半径とを軸とする座標において、ラック軸力の分布の一例を示す等値線図である。
図13においては、ラック軸力が小、中および大の3つの場合における等値線を例として示している。
タイヤ捻りトルク入力に対し、キングピン傾角が大きくなるほど、その回転モーメントが大きくなり、ラック軸力は大きくなる。したがって、キングピン傾角としては、一定の値より小さく設定することが望まれるが、スクラブ半径との関係から、例えばキングピン傾角15度以下とすると、ラック軸力を望ましいレベルまで小さくすることができる。
【0049】
なお、図13における一点鎖線(境界線)で囲んだ領域は、旋回の限界領域において、横力が摩擦の限界を超える値と推定できるキングピン傾角15度より小さく、かつ、上記タイヤ捻りトルクの観点から、スクラブ半径が0mm以上の領域を示している。本実施形態では、この領域(横軸においてキングピン傾角が15度より減少する方向で、縦軸においてスクラブ半径がゼロより増加する方向)を、より設定に適した領域としている。ただし、スクラブ半径が負の領域であっても、他の条件を本実施形態で示すものとすることで、一定の効果を得るものとなる。
具体的にスクラブ半径とキングピン傾角とを決定する場合には、例えば、図13に示すラック軸力の分布を示す等値線をn次曲線(nは2以上の整数)として近似し、上記一点鎖線で囲んだ領域の中から、n次曲線の変曲点(またはピーク値)の位置によって定めた値を採用することができる。
【0050】
(ラック軸力の最小化例)
図14は、本実施形態に係るサスペンション装置1Bにおけるラック軸力の解析結果を示す図である。
図14に示す実線は、図2〜4に示すサスペンション構造において、キャスタ角0度、キャスタトレール0mm、スクラブ半径−10mmに設定した場合のラック軸力特性を示している。
なお、図14においては、サスペンション装置1Bと同方式の懸架構造で、キングピン軸に関する設定をステアバイワイヤ方式の操舵装置を備えていない構造に合わせて設定したときの比較例(破線)を併せて示している。
【0051】
図14に示すように、上記検討結果に従って設定すると、ラック軸力は比較例に対し約30%低減することができる。
これにより、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる結果、ステアリングラック部材14およびタイロッド15に加わる負荷を低減でき、部材を簡素化することができる。
また、ステアバイワイヤを実現するための転舵アクチュエータ8として、駆動能力のより低いものを用いることができ、車両の低コスト化および軽量化を図ることができる。
【0052】
(ポジティブスクラブによる直進性確保)
図15は、ポジティブスクラブとした場合のセルフアライニングトルクを説明する概念図である。
図15に示すように、タイヤに働く復元力(セルフアライニングトルク)は、キャスタトレイル、ニューマチックトレイルの和に比例して大きくなる。
ここで、ポジティブスクラブの場合、キングピン軸の接地点から、タイヤ接地中心を通るタイヤの横すべり角β方向の直線に下ろした垂線の足の位置によって定まるホイールセンタからの距離εc(図15参照)をキャスタトレイルとみなすことができる。
【0053】
そのため、ポジティブスクラブのスクラブ半径が大きければ大きいほど、転舵時にタイヤに働く復元力は大きくなる。
本実施形態においては、キャスタ角を0に近づけることによる直進性への影響を、ポジティブスクラブとすることで低減するものである。また、ステアバイワイヤ方式を採用していることから、転舵アクチュエータ8によって最終的に目的とする直進性を確保することができる。
【0054】
(サスペンション設計例)
図2〜4に示すサスペンション装置1Bの構成において、上記検討結果に従い、キングピン傾角13.8度、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径5.4mm(ポジティブスクラブ)、キャスタ角5.2度、ホイールセンタの高さにおけるキングピンオフセット86mmとした場合、ラック軸力を約30%低減できる。
【0055】
上記設計値については、制動時に、サスペンションロアリンクが車両後方へ移動し、このときキングピン下端も同様に車両後方へ移動するため、キャスタ角は一定の後傾をとることとしたものである。ちなみに、キャスタ角0度以下の場合(キングピン軸が前傾している場合)、転舵制動時ラックモーメントが大きくなるため、ラック軸力が増大する。したがって、キングピンの位置を上記のように規定する。
即ち、キングピンロアピボット点(仮想ピボットも含む)はホイールセンタ後方、キングピンアッパーピボット点(仮想ピボットも含む)はロアピボット点後方に位置する構成とする。
【0056】
(作用)
次に、本実施形態に係るサスペンション装置1Bの作用について説明する。
本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、キャスタトレイルがタイヤ接地面内に位置する設定としている。
具体的には、車両正面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心よりも車幅方向内側、かつアッパーピボット点をロアピボット点よりも車幅方向内側に設置している(条件A1)。また、車両側面視において、ロアピボット点をタイヤ接地面中心と車両前後方向同位置もしくはタイヤ接地面中心よりも車両前後方向後方、かつアッパーピボット点をロアピボット点と同位置かロアピボット点よりも車両前後方向後方に設置している(条件A2)。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
【0057】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両側面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)をロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側に設定している(条件B1)。
これにより、車輪からの入力が前側リンク37に荷重伝達する割合を減少させることができる。
【0058】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両側面視において、タイロッド15のナックル連結点の車両上下方向の位置は、ロアピボット点よりも車両上下方向上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向下側とし、前側リンク37の車体側連結点よりも車両前後方向前側に設定している(条件C1)。
これにより、ステアリング剛性を高めることが可能となる。
【0059】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両上面視において、タイロッド15の車体側連結点は、前側リンク37の車体側連結点よりも車幅方向の内側、かつタイロッド15のナックル連結点は、ロアピボット点よりも車幅方向の外側に設定している(条件D1)。
これにより、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアリンク部材が規定する仮想ロアピボット点が描く回転半径よりも、タイロッド15のナックル連結点が描く回転半径の方が大きくなる。そのため、旋回制動時に、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性となり、車両の安定性を向上させることができる。
【0060】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、車両上面視において、第1ロアリンク37の車体側連結点(ブッシュ37a)を第2ロアリンク38の車体側連結点よりも車幅方向の内側に設定している(条件E1)。
これにより、突起乗り越し時の運転席の上下加速度が小さくなり、乗心地性能を向上させることができる。
【0061】
なお、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、例えば、キングピン軸の設定を、キャスタ角0度、キャスタトレイル0mm、スクラブ半径0mm以上のポジティブスクラブとしている。また、キングピン傾角については、スクラブ半径をポジティブスクラブとできる範囲で、より小さい角度となる範囲(例えば15度以下)で設定する。
このようなサスペンションジオメトリとすることにより、転舵時におけるタイヤ接地面中心の軌跡がより小さいものとなり、タイヤ捻りトルクを低減できる。
そのため、ラック軸力をより小さいものとできることから、キングピン軸周りのモーメントをより小さくでき、転舵アクチュエータ8の出力を低減することができる。また、より小さい力で車輪の向きを制御できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0062】
また、キャスタ角を0度、キャスタトレイルを0mmとしたことに伴い、サスペンション構造上の直進性に影響が生じる可能性があるところ、ポジティブスクラブに設定することにより、その影響を軽減している。さらに、転舵アクチュエータ8による制御と併せて、直進性を確保している。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
また、キングピン傾角を一定の範囲に制限したことに対しては、転舵アクチュエータ8での転舵を行うところ、運転者が操舵操作に重さを感じることを回避できる。また、路面からの外力によるキックバックについても、転舵アクチュエータ8によって外力に対抗できるため、運転者への影響を回避できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0063】
また、本実施形態に係るサスペンション装置1Bは、ストラット式としたため、部品点数をより少ないものとでき、本実施形態におけるキングピン軸の設定を容易に行うことができる。
以上のように、本実施形態に係るサスペンション装置1Bでは、キングピン軸をキャスタトレイルがタイヤ接地面内に位置するよう設定している。より具体的には、本実施形態におけるサスペンション装置1Bでは、キャスタ角をゼロに近い値とし、キャスタトレイルがゼロに近づくようにキングピン軸を設定している。
【0064】
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、スクラブ半径はゼロ以上のポジティブスクラブとしている。これにより、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0065】
なお、本実施形態において、アクスルキャリア33がアクスルキャリアに対応し、バネ部材34およびショックアブソーバ40からなるストラットが懸架用上側リンク部材に対応する。また、前側リンク37および後側リンク38が懸架用下側リンク部材に対応し、タイロッド15が転舵用リンク部材に対応する。また、前側リンク37が前側リンク部材に対応し、後側リンク38が後側リンク部材に対応する。
【0066】
(第1実施形態の効果)
(1)懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定した。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0067】
(2)車両側面視において、前側リンク部材の車体側連結点の車両前後方向位置を、ロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側とした。
これにより、ホイールセンタ位置において車幅方向に沿って前側リンク部材を設置する場合に比べ、車輪から前側リンク部材に伝達する荷重の割合を低減することができる。
(3)車両側面視において、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点の車両上下方向位置を、ロアピボット点よりも車両上下方向の上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向の下側に位置させ、前側リンク部材の車体側連結点よりも車両前後方向前側とした。
これにより、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点とキングピン軸との距離を確保でき、ステアリング剛性を高めることができる。
【0068】
(4)車両上面視において、転舵用リンク部材の車体側連結点を、前側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側、かつ転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点を、ロアピボット点よりも車幅方向外側にした。
これにより、車輪に前後力(後方向きの力)が入力したときに、ロアピボット点が描く回転半径よりも、転舵用リンク部材のアクスルキャリア側連結点が描く回転半径の方が大きくなる。
したがって、転舵輪となる前輪の外輪がトーアウト特性を示すこととなり、旋回制動時の安定性を向上させることができる。
【0069】
(5)車両上面視において、前側リンク部材の車体側連結点を後側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側に設定した。
これにより、バウンド時におけるホイールセンタの軌跡を鉛直上方から車両後方に傾けることができ、突起乗り越し時の運転席の上下加速度が小さくなるため、乗心地性能を向上させることができる。
【0070】
(6)懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定するサスペンションジオメトリとした。
これにより、転舵時のタイヤ捻りトルクを低減でき、キングピン軸周りのモーメントをより小さくすることができる。また、転舵時のタイヤ横滑り角に対し、スクラブ半径分のキャスタトレイルが生じることから、直進性を確保することができる。
したがって、車両用サスペンション装置の操縦性・安定性を向上させることができる。
【0071】
(応用例1)
第1実施形態では、ストラットがアッパーアームの機能を兼ねる場合を例に挙げて説明した。
これに対し、アッパーアームを独立して備え、アクスルキャリア33の上端をアッパーアームが回転自在に支持する形式のサスペンション装置に本発明を適用することが可能である。
この場合にも、サスペンションジオメトリを第1実施形態と同様に設定することができ、本発明の効果を奏するものとなる。
【0072】
(応用例2)
第1実施形態では、タイヤ接地面内にキャスタトレイルを設定するものとし、その一例として、キャスタトレイルをゼロに近い値とする場合について説明した。
これに対し、本応用例では、キャスタトレイルの設定条件をタイヤ接地面中心からタイヤ接地面の前端までの範囲に限定するものとする。
(効果)
キャスタトレイルをタイヤ接地面中心からタイヤ接地面の前端までに設定すると、直進性の確保と操舵操作の重さの低減を両立できる。即ち、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【0073】
(応用例3)
第1実施形態においては、図10に示す座標平面において、一点鎖線で囲んだ領域を設定に適する領域として例に挙げた。これに対し、注目するラック軸力の等値線を境界線とし、その境界線が示す範囲より内側の領域(キングピン傾角の減少方向でスクラブ半径の増加方向)を設定に適する領域とすることができる。
(効果)
ラック軸力の最大値を想定して、その最大値以下の範囲にサスペンションジオメトリを設定することができる。
【0074】
(応用例4)
第1実施形態および応用例1では、ステアバイワイヤ方式の操舵装置を備える車両にサスペンション装置1Bを適用する場合を例に挙げて説明したが、ステアバイワイヤ方式ではなく、機械的な操舵機構の操舵装置を備える車両にサスペンション装置1Bを適用することが可能である。
この場合、キングピン軸を上記検討結果に基づく条件に従って決定し、キャスタトレイルをタイヤ接地面内に設定した上で、機械的な操舵機構のリンク配置をそれに合わせて構成する。
(効果)
機械的な構造を有する操舵機構においても、キングピン周りのモーメントを低減して運転者に要する操舵力をより小さいものとでき、操縦性・安定性の向上を図ることができる。
【符号の説明】
【0075】
1、自動車、1A 車体、1B サスペンション装置、2 ステアリングホイール、3 入力側ステアリング軸、4 ハンドル角度センサ、5 操舵トルクセンサ、6 操舵反力アクチュエータ、7 操舵反力アクチュエータ角度センサ、8 転舵アクチュエータ、9 転舵アクチュエータ角度センサ、10 出力側ステアリング軸、11 転舵トルクセンサ、12 ピニオンギア、13 ピニオン角度センサ、14 ステアリングラック部材、15 タイロッド(転舵用リンク部材)、16 タイロッド軸力センサ、17FR,17FL,17RR,17RL 車輪、18 ブレーキディスク、19 ホイールシリンダ、20 圧力制御ユニット、21 車両状態パラメータ取得部、24FR,24FL,24RR,24RL 車輪速センサ、26 駆動回路ユニット、27 メカニカルバックアップ、32 車軸、33 アクスルキャリア、34 バネ部材(懸架用上側リンク部材)、37 前側リンク(前側リンク部材)、37a ブッシュ、38 後側リンク(後側リンク部材)、40 ショックアブソーバ(懸架用上側リンク部材)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、
前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、
前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、
前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含み、
前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルがゼロ、かつポジティブスクラブに設定されていることを特徴とする車両用サスペンション装置。
【請求項2】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両側面視において、前記前側リンク部材の車体側連結点の車両前後方向位置は、前記ロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側であることを特徴とする請求項1記載の車両用サスペンション装置。
【請求項3】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両側面視において、前記転舵用リンク部材の前記アクスルキャリア側連結点の車両上下方向位置は、前記ロアピボット点よりも車両上下方向の上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向の下側に位置し、前記前側リンク部材の車体側連結点よりも車両前後方向前側であることを特徴とする請求項1または2記載の車両用サスペンション装置。
【請求項4】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両上面視において、前記転舵用リンク部材の車体側連結点は、前記前側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側、かつ前記転舵用リンク部材の前記アクスルキャリア側連結点は、前記ロアピボット点よりも車幅方向外側にあることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の車両用サスペンション装置。
【請求項5】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両上面視において、前記前側リンク部材の車体側連結点は前記後側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側にあることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の車両用サスペンション装置。
【請求項6】
車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含む車両用サスペンション装置のサスペンションジオメトリを、前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定することを特徴とする車両用サスペンション装置のジオメトリ調整方法。
【請求項1】
車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、
前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、
前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、
前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含み、
前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルがゼロ、かつポジティブスクラブに設定されていることを特徴とする車両用サスペンション装置。
【請求項2】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両側面視において、前記前側リンク部材の車体側連結点の車両前後方向位置は、前記ロアピボット点よりも車両前後方向前側、かつホイールセンタよりも車両前後方向前側であることを特徴とする請求項1記載の車両用サスペンション装置。
【請求項3】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両側面視において、前記転舵用リンク部材の前記アクスルキャリア側連結点の車両上下方向位置は、前記ロアピボット点よりも車両上下方向の上側、かつホイールセンタよりも車両上下方向の下側に位置し、前記前側リンク部材の車体側連結点よりも車両前後方向前側であることを特徴とする請求項1または2記載の車両用サスペンション装置。
【請求項4】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両上面視において、前記転舵用リンク部材の車体側連結点は、前記前側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側、かつ前記転舵用リンク部材の前記アクスルキャリア側連結点は、前記ロアピボット点よりも車幅方向外側にあることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の車両用サスペンション装置。
【請求項5】
前記懸架用下側リンク部材は、車両上面視において、車幅方向に沿って配置した前側リンク部材と、前記アクスルキャリアとの連結点から車両前後方向の後方に傾斜して配置した後側リンク部材とを含み、
車両上面視において、前記前側リンク部材の車体側連結点は前記後側リンク部材の車体側連結点よりも車幅方向内側にあることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の車両用サスペンション装置。
【請求項6】
車輪を回転自在に支持する車軸を有するアクスルキャリアと、前記車軸より車両上下方向の上側で車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用上側リンク部材と、前記車軸より車両上下方向の下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する懸架用下側リンク部材と、前記車軸より下側で前記車体と前記アクスルキャリアとを連結する転舵用リンク部材と、を含む車両用サスペンション装置のサスペンションジオメトリを、前記懸架用上側リンク部材のアッパーピボット点と前記懸架用下側リンク部材のロアピボット点とを通るキングピン軸のキャスタトレイルをゼロ、かつポジティブスクラブに設定することを特徴とする車両用サスペンション装置のジオメトリ調整方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2012−245902(P2012−245902A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−119613(P2011−119613)
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月27日(2011.5.27)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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