説明

運動体の異常診断装置

【課題】 安全に運動体表面の任意の点からの情報を得ることができ、周りの雑音に影響されることなく、正確に電気信号に変換して再生可能な情報を確保するとともに、該情報を基に、運動体の客観的な異常診断を行うこと。
【解決手段】 運動体Mの表面の任意の点に接触可能な接触部1と、接触部1からの音響を伝達可能な接触材2と、接触材2の一部に配設された音響センサ3と、音響センサ3の接触材2への固定と外乱の遮蔽を担う電気絶縁性の樹脂製のシールド部4と、音響センサ3の出力を電気信号に変換する変換器6と、変換器6の出力をメモリ・演算するとともに、該出力を基に運動体Mの異常を判断する演算処理部7と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運動体の異常診断装置に関するもので、例えば、各種気体や液化ガス等の供給システムに用いられる移送ポンプや切換弁等の運動体の異常診断装置に関するものである。ここでいう「運動体」とは、ガス圧縮機やブロワー等の機器本体あるいは軸受やバルブ等の駆動部材のように、対象物自体が作動(運動)するものだけではなく、空気式制御弁の弁体保持部のように、静止状態で使用されるが、空気等の移動時の弁体の振動(運動)に伴う変形や磨耗等により異常が生じる可能性のある部材や部材の一部をも含むものを対象とする。
【背景技術】
【0002】
半導体製造プロセスをはじめ各種製造プロセスにおいては、物質の移送機器や開閉機器等が多く備えられ、こうした機器には、軸受,摺動部品やバルブ等種々の運動体が用いられる。こうした運動体においては、連続使用や長期使用によって、ひずみの蓄積や部分的な損傷の発生等の異常が生じることは避けられない。一方、こうした異常現象は、将来的な運動体の破損に繋がることから、運動体の異常な状態を正確にかつ確実に把握することが必要となるとともに、安全性の面においても、稼働中の状態において運動体の異常の有無が診断されることが好ましい。例えば、従来からよく行なわれた手動式の異常判断方法として、一端を運動体に接触させた金属棒(聴診棒)の反対の端部に金属球を取り付け、該金属球に耳を密着させ、回転機器の軸受や、摺動部品、バルブ等々多くの設備、機器の異音を検知して異常を診断する方法がある。また、自動的にこうした異常を検知・診断する方法もいくつか提案されている。
【0003】
具体的には、図6に示すような、鉄道車両の車軸用軸受装置の異常の有無を診断する鉄道車両の車軸用軸受装置の異常診断装置101を挙げることができる(例えば特許文献1参照)。前記軸受装置に組み込まれ、前記軸受装置から発生する信号を電気信号として出力する検出処理部120と、前記検出処理部120の出力を基に前記機械設備の異常の有無を判定する演算処理を行う演算処理部130と、前記演算処理部130による判定結果を出力する結果出力部142と、を備えている。前記検出処理部120は、少なくとも2以上の方向に関し前記軸受装置の振動を検出する振動検出器122を有する。ここで、120a,120bは検出部、121は転がり軸受,122aはユニットケース、123は外輪,124は内輪,125は転動体,140は制御処理部を示す。
【0004】
また、図7に示すような、回転機の軸受診断システムを挙げることができる(例えば特許文献2参照)。診断対象となる電動機(回転機)201や軸受202について必要な情報をQRコード252に記録して、電動機201のハウジング214に配置されているスタッド250に貼付する。そして、PDA217は、QRコード252に記録されている情報をCCDカメラ255により読取って取得し、軸受202の振動測定及び診断を行う。ここで、207は回転軸、209は負荷装置、210は回転軸、211,212は接合板、213は電動機フレーム、215は加速度センサ(振動センサ)、218はPCカード(信号変換手段)を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−212225号公報
【特許文献2】特開2004−301671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記のような従前の運動体の異常診断装置や診断システムでは、以下の課題が生じることがあった。
(i)手動式の多くは、従来からの診断経験を基に、経験者が聞いた音により異常を診断する。このときのノウハウは、現場で経験者が未経験者に繰り返し音を聞かせ伝達していることから、聴診音をそのままに録音する技術等、客観的なデータに基づく汎用的な技術の確立に対する強い要請があった。また、聴診棒を用い直接耳に当て音を聞く場合、作業者と診断する設備が金属で直接接続されることになることから、対象設備からの漏電や、回転機器の回転部や振動部等との接触等の危険性があった。
(ii)自動式の車軸用軸受装置の異常診断装置においては、従前は運動体を代表する特定部位に検出器(センサ)が取付けられ、その部位での情報を固定的に得るものあり、他の部位で異常があった場合に、そのセンサで検知できないことがあった(特許文献1段落0012〜0013,特許文献2段落0022)。複数の部位にセンサを配設し、他面的に検知しようとする場合には、センサが運動体の作動に影響しない部位に設ける必要があり、実質的に運動体の異常状態を代表して検知することは難しい。また、運動体の作動に伴い異常が生じる部位が移動する可能性があるが、センサ配設時と異なる部位に取付け位置を変更することは、実際的には難しい。
(iii)音指向性の高いマイクロフォンを使用して局部的な音を録音する方法や、医療用の聴診噐に近似した聴診器を検討した結果、小型のマイクロフォンを連結して録音使用とした場合、空気を介した音響は市販のマイクロフォンでは、従来の耳で直接聞く音と比べ、正確に聴診音が再現できなかった。とりわけ機械設備においては、周辺音響は非常に大きく、機械内部の局所的な聴診音を取り出すことは困難であった。
【0007】
本発明の目的は、手動式、移動可能な固定手段を用いた自動式を問わず、安全に運動体表面の任意の点からの情報を得ることができ、周りの雑音に影響されることなく、正確に電気信号に変換して再生可能な情報を確保するとともに、該情報を基に、運動体の客観的な異常診断を行うことができる運動体の異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、以下に示す運動体の異常診断装置によって上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
本発明に係る運動体の異常診断装置は、運動体表面の任意の点に接触可能な接触部と、該接触部からの音響を伝達可能な接触材と、該接触材の一部に配設された音響センサと、該音響センサの前記接触材への固定と外乱の遮蔽を担う電気絶縁性の樹脂製のシールド部と、前記音響センサの出力を電気信号に変換する変換器と、該変換器の出力をメモリ・演算するとともに、該出力を基に前記運動体の異常を判断する演算処理部と、を備え、予め前記運動体の正常動作時と作為的に作り出した異常動作時における前記変換器の出力を取得し、各出力の周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルを作成し、実測時の変換器の出力を基に前記運動体の異常を判断する。
【0010】
運動体の異常は、可動部の磨耗や異物の発生あるいは不純物の混入等運動体内部での異常現象が原因となることが多く、間接的な方法では検知することが難しい。本発明は、手動式、自動式を問わず、直接運動体表面から内部情報を取り出し、情報解析を行なうことによって、運動体の客観的な異常診断を行うことを可能にした。具体的には、運動体表面の任意の点に接触可能な接触部からの音響を、周りの雑音に影響されることなく、正確に電気信号に変換して再生可能な情報として確保するとともに、かかる音響情報の周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルを作成することによって、運動体の客観的な異常診断を行うことが可能となった。
【0011】
本発明は、上記運動体の異常診断装置であって、前記音響センサが、ピエゾ素子によって構成され、前記シールド部が、ポリ塩化ビニル等ポリハロゲン化ビニルによって構成されることを特徴とする。
運動体の異常診断装置であっては、診断の判断に最適な特定の周波数帯域に優れた検出感度と選択性を有する音響センサが好ましい。また、異常現象にあっては振動要素の異常を含むことから、こうした振動要素を合せて検出できる音響センサが好ましいことを見出した。種々のセンサを検証した結果、後述するように比較的広帯域の高感度センサとして、ピエゾ素子によって構成された音響センサが好ましく、振動要素を含む外乱の排除には、電気絶縁性の樹脂製のシールド部として、ポリ塩化ビニル等ポリハロゲン化ビニルによって構成されることを見出した。こうした構成によって、運動体表面から伝達された音響を正確に精度よく検知することが可能となった。
【0012】
本発明は、上記運動体の異常診断装置であって、前記接触材の少なくとも前記接触部から前記音響センサが配設された部位までが、所定の外径を有する棒体であり、前記接触部が、該棒体の一端に設けられた広角約60〜90°の尖端を有することを特徴とする。
運動体の異常の有無を検知できるように、運動体表面からの音響を取り出すには、接触部が運動体表面と円滑にかつ常に接点を有するように接触することが好ましい。接触部は、こうした接触が可能な形状が好ましく、特に種々の外観形状を有する運動体の表面に対して、任意の方向から任意の点に接触することが好ましい。また、運動体表面との接点からの音響を障害なく、円滑に伝達手段(接触材)に伝達できる形状が好ましい。種々の検証の結果、広角約60〜90°の尖端を有する接触部によって、こうした運動体表面からの音響を正確に精度よく取り出し、伝達できることを見出した。接触材は、接触部からの音響を障害なく、円滑に音響センサに伝達できる構成が好ましい。種々の検証の結果、少なくとも接触部から音響センサが取付けられた部位までを所定の外径を有する棒体とすることによって、外乱影響の受けにくく、音響を正確に伝達できることを見出した。こうした構成の組合せによって、より正確に精度よく運動体M表面からの音響を取り出し、音響センサに伝達できることが可能となった。
【0013】
本発明は、上記運動体の異常診断装置であって、前記変換器の出力,周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルに対して、フーリエ変換またはウェーブレット変換を行い、変換後のデータを基に前記運動体の異常を判断することを特徴とする。
運動体からの音響信号は、振動要素を含め周波数解析により、定性化することができるとともに、基準となる条件が特定できる場合には、定量化を図ることが可能である。一方、運動体からの音響信号には、異常判断に必要な信号以外の信号(雑音)が非常に多く、音響信号に基づく異常の判断には、こうした雑音を除去した信号処理が不可欠である。種々の検証の結果、音響信号の周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルに対してフーリエ変換またはウェーブレット変換を行うことによって、正常時と異常時の音響信号の差異を明確にすることができることを見出した。従って、こうした変換処理を行った音響信号を基に、正確かつ客観的な異常診断を行うことが可能となった。
【0014】
本発明は、上記運動体の異常診断装置であって、以下のいずれかに該当する場合を、前記運動体の異常の判断基準と設定することを特徴とする。
(1)前記周波数/時間スペクトルについて、中心周波数が正常時の±50%を超える場合または複数の中心周波数領域を有する場合、
(2)前記周波数/時間スペクトルについて、最大周波数が正常時の50%を超える場合または最小周波数が正常時の−50%を超える場合
(3)前記強度(振幅)/時間スペクトルについて、単位時間あたりのスペクトル密度が正常時の±50%を超える場合、
(4)前記強度(振幅)/時間スペクトルについて、最大振幅が正常時の50%を超える場合または最小振幅が正常時の−50%を超える場合
運動体からの音響信号には、異常判断に必要な信号以外の信号(雑音)が非常に多く、音響信号に基づく異常の判断には、基準となる正常時の音響信号が不可欠であると同時に、定量的にその差異を明確にし、判断基準となる閾値を設定する必要がある。種々の検証の結果、本発明においては、運動体からの音響信号、あるいはこれらのフーリエ変換またはウェーブレット変換後のデータを基に、所定時間における周波数あるいは振幅の閾値を設定することが可能であることを見出した。その閾値を基準に、実測の音響信号から運動体の異常判断を行うことによって、正確かつ客観的な異常診断を行うことが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る運動体の異常診断装置の第1構成例を示す概略図
【図2】本発明に係る運動体の異常診断装置本装置を構成する異常検出部の概要を例示する説明図
【図3】本発明に係る運動体の異常診断装置の第2構成例を示す概略図
【図4】本発明に係る運動体の異常診断装置における1の検証結果を例示する説明図
【図5】本発明に係る運動体の異常診断装置における2の検証結果を例示する説明図
【図6】従来技術に係る鉄道車両の車軸用軸受装置の異常診断装置を例示する概略図
【図7】従来技術に係る回転機の軸受診断システムを例示する概略図
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る運動体の異常診断装置(以下「本装置」という)は、運動体表面の任意の点に接触可能な接触部と、該接触部からの音響を伝達可能な接触材と、該接触材の一部に配設された音響センサと、該音響センサの前記接触材への固定と外乱の遮蔽を担う電気絶縁性の樹脂製のシールド部と、前記音響センサの出力を電気信号に変換する変換器と、該変換器の出力をメモリ・演算するとともに、該出力を基に前記運動体の異常を判断する演算処理部と、を備え、予め前記運動体の正常動作時と作為的に作り出した異常動作時における前記変換器の出力を取得し、各出力の周波数/時間スペクトル(以下「周波数スペクトル」という)および強度(振幅)/時間スペクトル(以下「振幅スペクトル」という)を作成し、実測時の変換器の出力を基に前記運動体の異常を判断する。運動体表面の任意の点に接触可能な接触部からの音響を、周りの雑音に影響されることなく、正確に電気信号に変換して再生可能な情報として確保するとともに、かかる音響情報の周波数スペクトルおよび振幅スペクトルを作成することによって、運動体の客観的な異常診断を行うことができる。以下、本装置の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0017】
<本発明に係る運動体の異常診断装置の基本構成例>
本装置の基本的な構成を、図1に例示する(第1構成例)。本装置は、接触部1,接触材2,音響センサ3,シールド部4および信号伝達部5から構成され、運動体Mからの音響を検知する異常検出部Sと、異常検出部Sの出力を電気信号に変換する変換器6と、変換器6の出力を基に運動体Mの異常を判断する演算処理部7と、これらを保持・固定する固定手段Fから構成される。固定手段Fによって、異常検出部Sが固定され、予め運動体M表面の任意の特定部位に、あるいは移動可能に複数の任意の部位に、接触部1を設定することによって、運動体Mの表面からの音響出力を取り出し、変換器6を介して入力された演算処理部7において、音響出力を演算し、予めメモリされた運動体Mの正常動作時と異常動作時の情報を基に、実測の運動体Mの異常診断を行う自動式の異常診断装置が構成される。ここで、「音響」とは、音波のみならず、振動成分を含む特定の周波数領域の波動をいう。運動体Mの異常診断においては、0〜数1000Hzの広周波数帯域の波動を用いることが好ましいことを見出した。
【0018】
運動体Mの表面からの音響を、異常検出部Sにおいて検知し、運動体Mの異常の有無を判断する。具体的には、接触部1によって音響をピックアップし、接触材2を介して音響センサ3によって検出する。検知された検出信号は、変換器6で電気信号に変換され、演算処理部7において演算処理され、運動体Mの正常な状態の音響と対比され、異常の有無が判断される。こうした構成によって、手動式、移動可能な固定手段を用いた自動式を問わず、安全に運動体Mの表面の任意の点からの情報を得ることができ、周りの雑音に影響されることなく、正確に電気信号に変換して再生可能な情報を確保するとともに、該情報を基に、運動体の客観的な異常診断を行うことができる。
【0019】
〔異常検出部〕
本装置を構成する異常検出部Sについて詳述する。図2(A)は、異常検出部S全体を例示する概略図である。図2(B)は、接触材2の、音響センサ3が配設された部位の近傍のAA断面を例示する概略図である。異常検出部Sは、一端に運動体Mの表面の任意の点に接触可能な接触部1を有し、他端側に音響センサ3が配設された、接触部1からの音響を伝達可能な棒体の接触材2を有する。
【0020】
(a)接触部1
接触部1は、棒体の接触材2の一端に設けられ、広角(2α)が約60〜90°の尖端を有することが好ましい。こうした形状によって、種々の外観形状を有する運動体Mの表面に対して、任意の方向から任意の点に接触することが可能となるとともに、運動体Mに対して滑りが生じることなく、負荷あるいは運動状態に障害とならないようにすることが可能となる。また、接触部1から棒体の接触材2への音響の伝達において、外乱となる障害を受けることなく円滑に伝達できる。その結果、運動体M表面からの音響を正確に精度よく取り出し、伝達できることが可能となった。具体的には、例えば、図2(A)において、曲率を有する約1〜1.5mmの尖端を有し、広角2αを約60°〜90°とする接触部1によって、運動体Mに接触させた際に滑りがなく安定度が良いとの結果を得た。
【0021】
(b)接触材2
接触材2は、少なくとも接触部1から音響センサ3が取付けられた部位までを所定の外径を有する金属製あるいは高密度の樹脂製の棒体により構成することが好ましく、特に金属製の棒体が好ましい。耐熱性が要求される場合には、セラミックス製の棒体により構成することも可能である。接触部1からの音響を、途中の障害もなく、外乱影響の受けず、円滑にかつ正確に音響センサ3に伝達することができる。ここで、接触材2の長さ(L)及び直径(D)は、作業環境に合わせて、調整することが可能である。具体的には、例えば、図2(A)において、以下の範囲の寸法を有する接触材2は、その性能に差異はなかった。
直径(D)=3mm〜8mm
長さ(L)=150mm〜1000mm
【0022】
(c)音響センサ3
音響センサ3は、運動体Mからの振動要素を含む比較的広周波数帯域の音響を、高感度に検知で切ることが好ましいことから、ピエゾ素子によって構成される。つまり、ピエゾ素子は、0〜数1000Hzの広周波数帯域の音響を検知することができるとともに、選択的にこの領域の検出感度が高いことから、後述するフーリエ変換等によって広範囲にほぼ均等に発生する雑音成分を排除することによって、より選択性の高い検知を行うことができる。さらに、音響センサ3は、接触材2(図2(A),(B)においては、接触材2に接続されたセンサ台3a)に配設され、周囲からの雑音影響を受けないように、電気絶縁性の樹脂製のシールド部4によってシールドされる。音響センサ3の出力は、信号伝達部5を介して変換器6に送信され、電気信号に変換された後、演算処理部7に送信される。なお、図2(A),(B)において、センサ台3aは、接触材2と一体に形成されることが好ましい。運動体Mからの音響を減衰させることなく、音響センサ3によって検知することができる。
【0023】
(d)シールド部4
シールド部4は、音響センサ3を周囲からの雑音影響から遮蔽するために設けられ、電気絶縁性の樹脂製のシールド材が用いられる。図2(A),(B)において、シールド部4は、音響センサ3が配設されたセンサ台3a全体を覆うように設けられるとともに、さらにシールド部4を覆うように、同じ素材のシールドカバー4aが設けられ、シールド部4の破損の防止が図られる。シールド部4は、音響センサ3の検出特性を確保するために重要な役割を果たすとともに、手動式あるいは自動式を問わず、異常検出部Sの保持・固定を担う部位であることから、その破損の可能性を低減することが好ましいからである。電気絶縁性の樹脂製のシールド材としては、例えば、ビニールテープのようにポリ塩化ビニル(PVC)等ポリハロゲン化ビニルが好ましい。固定の確実を図ることができるとともに、外乱影響の排除に効果的であることを見出した。ビニールテープを用いた場合、これを1〜2kgf程度の力で引っ張りながら丁寧に何重にも巻き付けることによって、センサ台3aへの音響センサ3の固定を確実にして安定な検知機能を確保することができるとともに、雑音影響からの遮蔽を確実に行うことができる。センサ台3aの長幅の1/2〜1/3(例えば約20mm程度)の幅長のビニールテープを用いて積層していくことが好ましい。同じ厚みのビニールテープ以外の材質では、外部の遮蔽効果、密着性等から雑音を生じる。具体的な実験結果を、下表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
〔演算処理部〕
本装置は、異常検出部Sの機能とともに演算処理部7の機能も重要である。図1において、異常検出部Sの出力が変換器6に入力されて電気信号に変換され、演算処理部7に入力された変換器6の出力を基に、以下の操作によって、運動体Mの異常の有無が判断される。なお、異常検出部Sからの音響出力が送信される信号伝達部5および変換器6においても、外部からの雑音等の外乱影響を受けないように処理される。また、演算処理部7には、表示部7aが設けられることが好ましい。接触部1を運動体Mの表面の任意の点に接触させた特の結果から、即時測定点の移動を行い、他の測定点での検知を行い、異常の判断を行うことができる。
【0026】
(a)予め運動体の正常動作時と異常動作時における変換器の出力を取得
予め運動体Mの正常動作時と作為的に作り出した異常動作時における変換器6の出力を取得し、メモリする。異常動作は、いくつかのパターンの異常状態を設定し、変換器6の出力データを類型的にメモリすることによって、実測時の異常状態を類型的に把握し、異常の有無の判断を正確に行うことができる。また、接触部1を運動体Mの表面の任意の点に接触させ、その時の変換器6の出力を取得し、メモリすることによって、異常判断に最適な運動体Mの表面の測定点を設定することができる。
【0027】
(b)周波数スペクトルおよび振幅スペクトルの作成
変換器6の出力/時間情報から、正常動作時と異常動作時における運動体Mからの音響信号の周波数スペクトルおよび振幅スペクトルを作成する。後述するように、正常動作時と異常動作時で、そのスペクトルのいずれかあるいは両方に明確な相違を見出すことができた。いくつかのパターンの異常状態、および運動体Mの表面の任意の測定点における周波数スペクトルおよび振幅スペクトルを作成することによって、異常の有無の判断を正確に行うとともに、異常判断に最適な運動体Mの表面の測定点を設定することができる。
【0028】
(c)フーリエ変換またはウェーブレット変換
運動体Mからの音響信号は、強度や応答速度の異なる種々の信号の集合体であることから周波数スペクトルおよび振幅スペクトルのみでは、正常動作時と異常動作時での顕著な差異を認識できない場合があった。一方、後述するように、回転機器における回転軸受部の磨耗状態と切粉発生状態では、それぞれの周波数スペクトルおよび振幅スペクトルに対してフーリエ変換またはウェーブレット変換を行うことによって、顕著に相違した周波数スペクトルおよび振幅スペクトルを得ることができた。つまり、こうした変換処理を行った音響信号を基に、正確かつ客観的な異常診断を行うことができる。
【0029】
(d)実測の異常検出部の出力との対比
予めメモリされた正常動作時と異常動作時における上記(a)〜(c)の情報と、実測の異常検出部Sの出力,その周波数スペクトルおよび振幅スペクトル,およびそれらに対してフーリエ変換またはウェーブレット変換を行ったデータを対比する。各スペクトルを対比することによって、正常な状態と異常な状態との差異を検出することができるとともに、異常な状態であっても、その原因の相違に応じた異常な状態との差異を検出することができた。詳細は、<本装置による運動体の異常判断の実証実験>において後述する。
【0030】
(e)実測値の異常の判断
運動体Mの異常の判断基準として、基準値の±50%を目安として、以下のいずれかに該当する場合を設定することができる。正確かつ客観的な異常診断を行うことができる。なお、各スペクトルは、フーリエ変換またはウェーブレット変換後のスペクトルを含む。
(1)周波数スペクトルについて、中心周波数が正常時の±50%を超える場合または複数の中心周波数領域を有する場合、
(2)周波数スペクトルについて、最大周波数が正常時の50%を超える場合または最小周波数が正常時の−50%を超える場合
(3)振幅スペクトルについて、単位時間あたりのスペクトル密度が正常時の±50%を超える場合、
(4)振幅スペクトルについて、最大振幅が正常時の50%を超える場合または最小振幅が正常時の−50%を超える場合
【0031】
〔固定手段〕
固定手段Fは、図1に例示するように、検出器固定部Fa,固定可動部Fbおよび固定部Fcから構成される。予め運動体M表面の任意の特定部位に、あるいは移動可能に複数の任意の部位に、接触部1が設定されとともに、検出器固定部Faによって、異常検出部Sが強固に保持・固定される。このとき、検出器固定部Faは、シールド部4と同様、電気絶縁性の樹脂製が好ましい。検出器固定部Faによりシールド部4を包むように保持することによって、シールド部4とともに、周囲からの振動影響や雑音影響を受けないようにシールドすることができる。また、シールド部4と同素材とすることによって、シールド部4やシールドカバー4a(図示せず)の破損を防止することができる。
【0032】
固定可動部Fbは、異常検出部Sの方向や位置を手動によって、あるいは自動的に変更することができる。接触部1を運動体Mの表面の任意の点に接触できるとともに、運動体Mに接触させた際に滑りがなく安定的な接触を確実に行うことができる。1の測定点の測定結果から随時任意に測定点あるいは接触部1の運動体Mに対する接触角度を変更することができることから、迅速に異常の判断をすることができる。特に、演算処理部7に表示部7aが設けられた場合には、接触部1を運動体Mの表面の任意の点に接触させた特の結果から、即時測定点の移動を行い、他の測定点での検知を行い、異常の判断を行うことができる。
【0033】
固定部Fcは、運動体Mの振動等が直接伝わらない場所に設置されることが好ましい。また、操作性からは、変換器6および演算処理部7が固定された固定部Fcが、接触部1に近接することが好ましい。なお、検出器固定部Fa,固定可動部Fbおよび固定部Fcの配置・構成は、これに限定されるものではなく、運動体Mの形状や構成によって随時設定される。
【0034】
<本装置の他の構成例>
図3は、本装置の他の構成例(第2構成例)を示す概略図である。第2構成例は、異常検出部Sは、第1構成例と同様の構成であるが、固定手段Fに代えて、作業者Hの手動による操作によって、測定点あるいは接触部1の運動体Mに対する接触角度を変更することができる。検出器固定部Faに代えて、作業者Hの手によりシールド部4を包むように保持することによって、シールド部4とともに、周囲からの振動影響や雑音影響を受けないようにシールドすることができる。なお、作業者Hの手による保持は、安定性に欠ける一方、1の測定点の測定結果から随時任意に測定点あるいは接触部1の運動体Mに対する接触角度を変更することができることから、迅速に異常の判断をすることができる点において優れている。また、作業者Hと異常検出部Sとが近接することによって、異常検出部Sの周囲からの外乱の影響を軽減することができる。
【0035】
<本装置による運動体の異常判断の実証実験>
本装置を用い、運動体Mの異常判断の実証試験を行った。
(a)実験条件
運動体Mとして、
(a−1)所定時間使用し異常のあったボールベアリングと未使用の正常なボールベアリング、および
(a−2)所定時間使用し異常のあった自動弁の内弁体と修理後の正常な内弁体、
について、各部材の外周部に接触部を当て、その音響信号から異常の診断を行った。音響信号の周波数スペクトルSfおよび振幅スペクトルSwに対してウェーブレット変換を行った(山武製「ウェーブドクター」)。
(b)実験結果
実験結果として、
(b−1)上記(a−1)について、図4(A),(B)に例示するウェーブレット変換された周波数スペクトルSfおよび振幅スペクトルSw、および図4(C)矢印に例示するように軸受部に切粉が発生した異常な状態のボールベアリングの実態写真を得た。また、
(b−2)上記(a−2)について、図5(A),(B)に例示するウェーブレット変換された周波数スペクトルSfおよび振幅スペクトルSw、および図5(C)に例示する異常な状態の内弁体の実態写真を得た。
いずれも既述の「異常の判断基準」を超える結果となり、正常な状態と異常な状態との差異を検出することができるとともに、異常な状態であっても、その原因の相違に応じた異常な状態との差異を検出することができた。このように、本装置を用い、適切に運動体Mの異常判断を行うことができることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
上記においては、主として物質の移送機器や開閉機器等に用いられるベアリングやその軸受部等の運動体について述べたが、本発明は、これらに限らず、種々の運動体にも適用することができる。例えば、物質の移送機器や開閉機器等本体、具体的にはガス圧縮機やブロワーや真空ポンプ等大音響を伴って運転する機器、あるいはこれらの機器の軸受け部分や吸吐弁、さらには外部への音漏れの少ない深冷分離装置にて使用される保冷箱内の自動弁等を挙げることができる。とりわけ、以下のような局所的な部品の故障診断に効果が高いことが検証された。
(i)往復動圧縮機の吸吐弁の異常診断
(ii)自動弁、手動弁、逆止弁の異常診断
(iii)自動弁、手動弁、逆止弁の内部漏れ(シートリーク)
【符号の説明】
【0037】
1 接触部
2 接触材
3 音響センサ
3a センサ台
4 シールド部
4a シールドカバー
5 信号伝達部
6 変換器
7 演算処理部
7a 表示部
F 固定手段
Fa 検出器固定部
Fb 固定可動部
Fc 固定部
H 作業者
M 運動体
S 異常検出部
Sf 周波数スペクトル
Sw 振幅スペクトル
2α 広角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運動体表面の任意の点に接触可能な接触部と、該接触部からの音響を伝達可能な接触材と、該接触材の一部に配設された音響センサと、該音響センサの前記接触材への固定と外乱の遮蔽を担う電気絶縁性の樹脂製のシールド部と、前記音響センサの出力を電気信号に変換する変換器と、該変換器の出力をメモリ・演算するとともに、該出力を基に前記運動体の異常を判断する演算処理部と、を備え、予め前記運動体の正常動作時と作為的に作り出した異常動作時における前記変換器の出力を取得し、各出力の周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルを作成し、実測時の変換器の出力を基に前記運動体の異常を判断することを特徴とする運動体の異常診断装置。
【請求項2】
前記音響センサが、ピエゾ素子によって構成され、前記シールド部が、ポリ塩化ビニル等ポリハロゲン化ビニルによって構成されることを特徴とする請求項1記載の運動体の異常診断装置。
【請求項3】
前記接触材の少なくとも前記接触部から前記音響センサが配設された部位までが、所定の外径を有する棒体であり、前記接触部が、該棒体の一端に設けられた広角約60〜90°の尖端を有することを特徴とする請求項1または2記載の運動体の異常診断装置。
【請求項4】
前記変換器の出力,周波数/時間スペクトルおよび強度(振幅)/時間スペクトルに対して、フーリエ変換またはウェーブレット変換を行い、変換後のデータを基に前記運動体の異常を判断することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の運動体の異常診断装置。
【請求項5】
以下のいずれかに該当する場合を、前記運動体の異常の判断基準と設定することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の運動体の異常診断装置。
(1)前記周波数/時間スペクトルについて、中心周波数が正常時の±50%を超える場合または複数の中心周波数領域を有する場合、
(2)前記周波数/時間スペクトルについて、最大周波数が正常時の50%を超える場合または最小周波数が正常時の−50%を超える場合
(3)前記強度(振幅)/時間スペクトルについて、単位時間あたりのスペクトル密度が正常時の±50%を超える場合、
(4)前記強度(振幅)/時間スペクトルについて、最大振幅が正常時の50%を超える場合または最小振幅が正常時の−50%を超える場合

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−29422(P2013−29422A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−165710(P2011−165710)
【出願日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.QRコード
【出願人】(000109428)日本エア・リキード株式会社 (53)
【Fターム(参考)】