説明

針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法、ダイヤモンド材料、電極、及び電子デバイス

【課題】製造工程を簡素化しつつ、かつ種々の形状の材料に適用できる、高細密な針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法等を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド基材の少なくとも表面近傍領域に、ホウ素(B)、窒素(N)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、リン(P)、硫黄(S)、銅(Cu)、ヒ素(As)、モリブデン(Mo)、白金(Pt)、及び金(Au)のうちの1種類以上のドーパントが1×1019個/cm3以上の濃度でドープされたダイヤモンド基材2aに対し、酸素ガスによるドライエッチングによってダイヤモンド基材の表面を処理することによりダイヤモンド基材の表面に針状突起配列構造3を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の電極材料等として好適である高細密の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は、リチウム二次電池の負極、燃料電池用電極、電子放出用電極、工業電解用電極、化学センサ用電極、電子デバイス用電極、電子放出素子等への応用が期待されている。これらの用途に用いる炭素材料としては、針状の突起が多数配列した構造を有する表面積が大きい構造体が好適である。
【0003】
炭素は、平面三方位構造(SP)と正四面体構造(SP)の2つの構造を中心とした規則・不規則構造が混在しており、これらの構造に由来する非結晶質炭素(アモルファス)、黒鉛(グラファイト)、フラーレン、ダイヤモンドの4種類の同素体が知られている。これらの同素体からなる炭素材料の中でも、ダイヤモンドはその高い硬度と熱伝導性のため、最も実用性が高い工業材料として広い分野で利用されている。
【0004】
また、不純物を添加することによってダイヤモンドに導電性を持たせる試みが近年盛んに行われている。例えば、ホウ素やリンをドープしたダイヤモンドは、そのドープ量に応じて抵抗率を変化させることができ、半導体から導体様の導電性を示す。このような導電性ダイヤモンドからなるダイヤモンド材料の主な特性としては、機械的強度に優れる、化学的に安定である、溶媒の酸化分解及び還元分解が起こり難い非常に広い電位窓を持つ、優れた耐食性を持つ等、他の材料には見られない特異的なものが挙げられる。
【0005】
このため、導電性ダイヤモンドを化学センサ用電極や工業電解用電極への応用が盛んに行われている。そして、このような用途に供される導電性ダイヤモンドは、表面が平坦なダイヤモンド膜であるよりも、表面に針状突起が多数配列した構造である方が大きな反応場が得られるので電極材料として好適であることが知られている。
【0006】
また、ダイヤモンドは負の電子親和性を持つ数少ない物質の一つである。近年、ダイヤモンドの持つ負の電子親和性に着目し、電子放出素子へのダイヤモンド材料の応用について盛んに研究されている。このような電子放出素子においても、表面に針状突起が多数配列した構造を有するダイヤモンドからなる素子は、針状突起部分にエネルギが集約され易いため、平坦な表面より高い電子放出効率を得ることができる。
【0007】
その他、燃料電池、二次電池、及び電気二重層キャパシタ(スーパーキャパシタ)用の電極として、従来、活性炭等の導電性を有する炭素多孔体やそれを担体として触媒層を設けた電極が用いられていた。このような従来の電極では、導電性があり表面積が大きいといった面で好適であるものの、炭素多孔体の機械的強度が低く、成型時の機械的圧力に負けて多孔体の気孔率が低下する傾向があった。炭素多孔体の気孔率が低下することは反応面積が小さくなることを意味しており、電極としての性能が低下する。このような観点からも、機械的強度に優れ、反応面積が大きい(針状突起が多数配列した)導電性ダイヤモンドの実現が切望されている。
【0008】
上述のように、ダイヤモンド表面の構造制御はダイヤモンドの工業利用にとって非常に重要な課題であり、従来、種々の技術が案出されている。例えば、特許文献1では、水素ガスを用いたマイクロ波プラズマ処理によりダイヤモンド膜の表面に針状突起を形成する技術が開示されている。また、特許文献2では、形成する突起の形状や配列を制御するために、ダイヤモンドの基板表面に酸素プラズマに対して耐性があるマスクをフォトリソグラフィ技術によって形成し、これに酸素ガスによる反応性イオンエッチングを施すことで、マスクの位置に対応する突起を形成する技術が開示されている。
【特許文献1】特開2001−348296号公報
【特許文献2】特開2002−75171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ダイヤモンド膜の合成方法としては、例えばマイクロ波プラズマ化学気相蒸着(CVD)法が知られている。このマイクロ波プラズマCVD法等で生成されたダイヤモンド膜は、ダイヤモンド粒子が凝集した多結晶膜である。また、合成条件を調整することにより、ダイヤモンドやダイヤモンドライクカーボン、アモルファスカーボンが混在したダイヤモンド膜を合成することができる。
【0010】
このダイヤモンドやダイヤモンドライクカーボン、アモルファスカーボンが混在したダイヤモンド膜の表面を水素プラズマで処理する手法(特許文献1参照)は、結晶面方位や結晶グレイン、結晶粒界、欠陥部分等におけるエッチングレートの差によって針状突起構造を形成するものである。このため、針状突起の分布はダイヤモンド膜の構造に依存し、針状突起を均一に分布させたり高密度で配列するといった構造制御が困難である。また、針状突起のアスペクト比を高めることも難しい。
【0011】
針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドを電子放出素子に応用した場合、針状突起の分布が不均一であったり配列密度が低いと、エミッションポイントが少なくなるため電流密度を高めることに限界が生じる。また、配列密度が低かったりアスペクト比が低いということは表面積を稼ぐという面で不利であり、このような材料は広い反応場を必要とする燃料電池用電極や工業電解用電極には不適である。
【0012】
一方、ダイヤモンドの基板表面に酸素プラズマに対して耐性があるマスクを形成してから反応性イオンエッチングを施す手法(特許文献2参照)では、形成する突起の形状や配列を制御できるものの、マスクを形成するためのフォトリソグラフィ工程や突起を形成した後にマスクを除去するための工程等、多くの工程が必要である。
【0013】
また、フォトリソグラフィ技術によって形成したマスクを用いたエッチングでは、形成される突起が、先端の曲率半径が大きい柱状構造となるため、電子放出源には不向きである。さらに、形成される突起の大きさや配列密度は、使用するフォトマスクの分解能に依存するため、突起の微細化や高密度化に限界がある。
【0014】
また、フォトリソグラフィ技術は、平面状の二次元材料に適用することができるが、球状等の三次元材料には適用することができない。
本発明は上述のような問題に鑑みなされており、その目的とするところは、製造工程を簡素化しつつ、かつ種々の形状の材料に適用できる、高細密な針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するためになされた請求項1に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法は、ダイヤモンド基材の少なくとも表面近傍領域に、ホウ素(B)、窒素(N)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、リン(P)、硫黄(S)、銅(Cu)、ヒ素(As)、モリブデン(Mo)、白金(Pt)、及び金(Au)のうちの1種類以上のドーパントが1×1019個/cm3以上の濃度でドープ(添加)されたダイヤモンド基材に対し、酸素ガスによるドライエッチング(例えば、プラズマエッチング、反応性イオンエッチング等のプラズマを利用したエッチング)によってダイヤモンド基材の表面を処理することによりダイヤモンド基材の表面に針状突起配列構造を形成する工程を有することを特徴とする。
【0016】
なお、ここで「ダイヤモンド基材の少なくとも表面近傍領域に…ドープされた」とあるが、ドーパントが添加される領域は、ダイヤモンド基材の表面から任意の深度(例えば、0.1〜0.5μm程度)までの表面近傍領域のみであってもよいし、ダイヤモンド基材全体であってもよい。
【0017】
従来、酸素ガスを利用したドライエッチングは、酸素プラズマ中のイオン及びラジカルの作用によってダイヤモンド等の炭素材料に対して高いエッチング効果を有することが知られている。しかし、炭素材料に対して酸素プラズマによるエッチングを実施すると、炭素材料の表面が一様にエッチングされるか、又は多少の凹凸が生じるだけである(特許文献1の段落「0008」参照)。このため、酸素プラズマによるエッチングによって針状突起配列構造を形成するためには、図7に示すようにフォトリソグラフィ処理等の前処理工程が必要であった。
【0018】
本願発明者らは、ホウ素等の上記各種ドーパントを1×1019個/cm3以上の濃度で添加したダイヤモンドに対して酸素ガスによるドライエッチングを施すことで、ナノオーダの針状突起が規則的に配列した構造が表面に形成されることを見出した。ここで、良好な針状突起配列構造を形成するためにダイヤモンドに添加するドーパントの濃度の上限については特に限定してないが、ダイヤモンドに対してドーパントを添加できる限界の濃度が、1×1023個/cm3程度であることから、この限界濃度以下のドーズ量においてダイヤモンドの表面に針状突起配列構造を形成できるものとする。また、より良好な形状の針状突起配列構造を得るのに好適なドーパントの濃度は、3×1020個/cm3〜8×1021個/cm3程度であることが、本願発明者らによる鋭意研究の結果明らかになった。
【0019】
ホウ素等の上記各種ドーパントが添加されたダイヤモンド基材に対して酸素プラズマによるエッチングを施した場合、ダイヤモンド基材表面近傍のドーパントがプラズマ中の酸素と化合して生成する酸化物やドーパント原子そのものが、酸素プラズマに対して耐性を有するマスクとして作用する。このマスクによる影響で酸素プラズマによるエッチングが選択的に進行し、その結果、ダイヤモンド基材の表面に針状突起配列構造が形成される。
【0020】
なお、ダイヤモンドに添加するドーパントの種類については、製造するダイヤモンドの用途に適した特性が得られるドーパントを用いることができる。例えば、p型半導体の特性を有するダイヤモンド材料を製造する場合は、ホウ素等のp型ドーパントを用いればよい。また、n型半導体の特性を有するダイヤモンド材料を製造する場合は、リン等のn型ドーパントを用いればよい。
【0021】
本発明の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法によれば、酸素プラズマによるエッチングに際し、フォトリソグラフィ処理等の工程が不要であるので、生産性の大幅な向上を実現できる。また、ダイヤモンド基材の表面近傍に存在するドーパントが、原子レベルの非常に微細なマスクとして作用するため、リソグラフィ処理を経て形成した針状突起よりも格段に高細密・高アスペクト比である針状突起配列構造を形成可能である。よって、広い表面積により優れた電極特性を有し、さらに高細密・高アスペクト比の針状突起により優れた電子放出性を有するダイヤモンドを提供することができる。
【0022】
さらに、ドーパントの濃度を変化させることで、ダイヤモンドの表面に存在するドーパントによるマスクの配列密度が変化する。つまり、ダイヤモンドに添加するドーパントの濃度を制御することで、ダイヤモンド表面に形成される針状突起の配列密度を制御できるので、用途に応じて好適な表面形状を有するダイヤモンド材料を提供可能である。また、本発明に係るダイヤモンドの製造方法は、フォトリソグラフィ処理等の工程を必要としないため、平面状の二次元材料だけでなく、球状等の三次元材料に適用できる。
【0023】
なお、酸素プラズマによってダイヤモンド基材をエッチングする処理は、高周波をプラズマ発生源とする反応性イオンエッチングや、反応性ビームエッチング、マイクロ波をプラズマ発生源とする反応性イオンエッチング等、何れのエッチング方法を用いてもよい。例えば、高周波をプラズマ発生源とする反応性イオンエッチングによってダイヤモンド基材のエッチングを行う場合、圧力が5〜100Paの酸素ガス雰囲気下で行うことでダイヤモンド基材の表面に針状突起配列構造を形成することができる。また、更なる研究の結果、より良好な形状の針状突起配列構造を得るのに好適な酸素ガスの圧力は20Pa程度であることが明らかになった。
【0024】
ところで、基材となるダイヤモンドの生成方法は、マイクロ波プラズマCVDやホットフィラメントCVD等の化学気相蒸着法に限らず、高温高圧法であってもよい。また、ダイヤモンドにドーパントを添加するタイミングは、基材となるダイヤモンドの生成過程において添加してもよいし、ダイヤモンド生成後にイオン注入によって添加してもよい。
【0025】
一方、ダイヤモンドに対して酸素プラズマによるエッチング処理を行った場合、ダイヤモンドの表面が酸素により終端された構造となる。この酸素終端化されたダイヤモンドの表面に対して水素ガス、窒素ガス、塩素ガス、希ガス、パーフルオロカーボンガス等のガスを作用させることによりダイヤモンドの表面終端をこれらのガス元素で改質することができる。なお、ここでいう「改質」とは、酸素終端化されたダイヤモンド表面の酸素を作用させるガスの元素に置換することを指す。
【0026】
そこで、酸素プラズマによるエッチングによって針状突起配列構造を形成する工程の後に、この針状突起の表面終端を、水素ガス、窒素ガス、塩素ガス、希ガス、パーフルオロカーボンガス等のガスによって改質する工程を経ることで、作用させたガス種に応じて種々の特性を持ったダイヤモンド材料を提供することができる。
【0027】
例えば、酸素終端化されたダイヤモンドの表面に対して水素プラズマを作用させたり水素アニール処理を行うことで、ダイヤモンドの表面を水素終端化することが可能である。水素終端化されたダイヤモンドは、酸素終端化されたダイヤモンドより高い負の電子親和性を有しており、電子放出性が高い。つまり、酸素プラズマによるエッチングによって針状突起配列構造を形成する工程の後に、この針状突起の表面を水素終端化させる工程を経ることで、より高い電子放出性を有するダイヤモンドを提供することができる。
【0028】
本発明に係るダイヤモンドの製造方法によって製造されたダイヤモンド材料からなる電極は、高細密・高アスペクト比の針状突起配列構造による広い表面積により優れた電極特性を有している。したがって、この電極はリチウム二次電池用負極、燃料電池用電極、オゾン発生用電極、工業電解用電極、化学センサ用電極、又は電子放出用電極として好適に用いることができる。
【0029】
また、本発明に係るダイヤモンドの製造方法によって製造されたダイヤモンド材料を構成要素とする電子デバイス(装置・電子回路などの構成要素となる個々の部品で、独立した固有の機能を有するものをいう。)は、当該ダイヤモンド材料が持つ広い表面積や優れた電子放出性により、その性能が従来のものより飛躍的に向上する。具体的には、リチウム二次電池、燃料電池、電気二重層キャパシタ、電解セル、化学センサ、又は電子放出素子の構成要素としてこのダイヤモンド材料を好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
[第1実施形態]
図1(a)は、針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造過程(第1実施形態)を示す模式図である。
【0031】
まず、図1(a)の(1)に示すように、基板1上に、ホウ素が添加されたホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aを生成する。このホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aの生成方法の一例として、マイクロ波プラズマCVD法が挙げられる。まず基板1(本実施形態では、n−Si(111)基板)に機械研磨によってダイヤモンドの種結晶を核付けする。そして、アセトンとメタノールの混合溶媒に酸化ホウ素を溶解させた溶液(ホウ素溶液)を水素ガスでバブリングすることにより発生したガスを炭素源及びホウ素源として、マイクロ波プラズマCVD法によってホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aを基板1上に生成する。
【0032】
なお、本願発明者らが行った実験では、上記ホウ素溶液におけるB/C比が104ppm、マイクロ波の周波数が2.45GHzという条件下において、7時間の生成処理で厚さが約18μmのホウ素ドープダイヤモンド薄膜が得られた。すなわち、成膜速度は2.6μm/hであった。また、生成したホウ素ドープダイヤモンド薄膜内におけるホウ素原子は、薄膜内に一様に分布しており、その濃度は二次イオン質量分析(Secondary Ion-microprobe Mass Spectrometry:SIMS)の結果から、およそ2×1021個/cm3であることが判明した。
【0033】
つぎに、図1(a)の(2)に示すように、上記(1)で得られたホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aの表面に対して酸素プラズマによるエッチングを行うことで、ホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aの表面に針状突起3を多数形成する。酸素プラズマによるエッチング方法の一例として、高周波をプラズマ発生源とする反応性イオンエッチングが挙げられる。まず、平行平板型反応性イオンエッチング装置の電極上にホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aが堆積した基板1を置き、100%酸素ガスをエッチングガスとして、ガス圧およそ20Paの雰囲気下で、高周波周波数13.56MHz、高周波出力300Wでエッチングを行う。このエッチング処理により、図1(a)の(2)及び図1(b)に示すように、ホウ素ドープダイヤモンド薄膜2aの表面に針状突起3が高密度で規則的に配列した構造が形成される。
【0034】
なお、本願発明者らは、上記実験において得られたホウ素ドープダイヤモンド薄膜(ホウ素の濃度:およそ2×1021個/cm3)に対して、酸素ガスの圧力が20Pa、高周波周波数13.56MHz、高周波出力300Wの条件下で反応性イオンエッチングによる処理を15分間行った。エッチング処理後、ホウ素ドープダイヤモンド薄膜の表面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、平均直径がおよそ25nmのダイヤモンド針状突起が、3.8×1010本/cm2といった高い密度で形成されていることが観測された。なお、形成されるダイヤモンド針状突起の高さはエッチング時間によっても異なるが、およそ0.2μm〜3μm程度であり、アスペクト比がおよそ10〜100程度と、高いアスペクト比を実現可能である。また、ラマン分光法による測定の結果、エッチング前後でスペクトルに変化が見られないことから、エッチングによってダイヤモンドの表面に針状突起配列構造が形成されても、針状突起及び薄膜自体はダイヤモンド構造を維持していることが確認された。図2に、エッチング処理後のホウ素ドープダイヤモンド薄膜表面の電子顕微鏡写真を示す。
【0035】
一方、比較検証のため、ダイヤモンド薄膜生成時の炭素及びホウ素源となるホウ素溶液のB/C比を変化させることでダイヤモンドにドーピングされるホウ素の濃度を変化させ、上記実験と同じ条件下でエッチング処理を行った。その結果、ドーピングされるホウ素の濃度がおよそ1×1019個/cm3未満である場合、図3の電子顕微鏡写真に示すように、ダイヤモンド薄膜表面に針状突起が不均一かつ疎らにしか形成されなかった。ドーピングされたホウ素の濃度が小さい場合、エッチングの結果、ダイヤモンド薄膜の結晶粒界等の偏った箇所にのみ突起物が形成されており、その大きさや配置が均一ではなく配列密度も小さい。これにより、ダイヤモンドにドーピングされるホウ素の濃度がおよそ1×1019個/cm3未満である場合では、エッチングによって高細密な針状突起配列構造が形成されないことが判明した。
【0036】
以上のようにして、本願発明者らは、ダイヤモンドに対するホウ素等のドーパントの量を制御することで、酸素プラズマによるエッチングによりダイヤモンド表面に針状突起が規則的に配列した構造を形成できることを見出した。なお、より良好な形状の針状突起配列構造を得るのに好適なドーパントの濃度は、3×1020個/cm3〜8×1021個/cm3程度である。
【0037】
第1実施形態に係るダイヤモンドの製造方法によれば、針状突起配列構造を形成するに際し、フォトリソグラフィ処理等の工程が不要であるので、生産性の大幅な向上を実現できる。また、ダイヤモンド基材の表面近傍に存在するホウ素が、原子レベルの非常に微細なマスクとして作用するため、リソグラフィ処理を経て形成した針状突起よりも格段に高細密・高アスペクト比である針状突起配列構造を形成可能である。
【0038】
さらに、ドープするホウ素の濃度を変化させることで、ダイヤモンドの表面に存在するホウ素によるマスクの配列密度が変化する。つまり、ダイヤモンドに添加するホウ素の密度を制御することで、ダイヤモンド表面に形成される針状突起の配列密度を制御できるので、用途に応じて好適な表面形状を有するダイヤモンド材料を提供可能である。また、第1実施形態に係るダイヤモンドの製造方法は、フォトリソグラフィ処理等の工程を必要としないため、平面状の二次元材料だけでなく、球状等の三次元材料に適用できる。
【0039】
[第2実施形態]
図4は、電子放出素子や化学センサ等の電子デバイスとして応用可能なダイヤモンド素子の製造過程(第2実施形態)を示す模式図である。
【0040】
まず、図4(1)に示すように、ダイヤモンド薄膜を生成する過程においてホウ素、窒素、リン等、製造するダイヤモンド材料の用途に応じて適宜なドーパントを添加したドープダイヤモンド薄膜2bを基板1上に生成する。つぎに、図4(2)に示すように、生成したドープダイヤモンド薄膜2b表面に、汎用フォトリソグラフィ及びエッチング処理によって絶縁層4によるパターンを形成する。また、絶縁層4の上に更にゲート電極等を積層させてからパターン化を行ってもよい。そして、図4(3)に示すように、酸素ガスによる高周波反応イオンエッチングによって、形成した絶縁層4のパターンにおけるドープダイヤモンド薄膜2bの露出部分に針状突起3を多数形成させる。
【0041】
このように、本発明における高細密な針状配列構造をダイヤモンドの表面に形成する技術と既存のフォトリソグラフィ技術を組み合わせることで、製造しようとするダイヤモンド素子の用途に応じて、針状突起配列構造を形成する部位を所望の形状にパターニング可能である。
【0042】
例えば、絶縁層4によるパターンによって微小部分に選択的に高細密の針状突起配列構造を形成することが可能である。このように製造されたダイヤモンド素子は、電子を放出する際のエネルギの集約効果が高く、電子放出効率が向上する。また、このダイヤモンド素子を化学反応を伴う化学センサとして応用する場合においても、針状突起配列構造が形成された微小部分に反応物が放射状に誘引され、かつダイヤモンド表面における反応面積が非常に大きいため、反応効率が格段に向上する。よって、このようなダイヤモンド素子は、化学センサとして好適に機能する。
【0043】
なお、上述の第1実施形態のように、酸素プラズマによるエッチングによってドーパントを添加したダイヤモンド薄膜表面に一様に針状突起配列構造を形成してから、フォトリソグラフィ及びエッチング処理によって絶縁層4によるパターンやゲート電極を形成する工程を行ってもよい。
【0044】
上記第2実施形態に示すダイヤモンド素子の製造方法のように、本発明の高細密な針状配列構造を形成する技術とフォトリソグラフィ技術を適宜組み合わせたり、更に他の周知技術によって加工を施すことによって、優れた性能を有する電極や電子デバイスを製造できる。例えば、高細密の針状突起配列構造を有する電極は、高細密・高アスペクト比の針状突起配列構造による広い表面積により優れた電極特性を有している。したがって、この電極はリチウム二次電池用負極、燃料電池用電極、オゾン発生用電極、工業電解用電極、化学センサ用電極、又は電子放出用電極として好適に用いることができる。
【0045】
また、高細密の針状突起構造を有するダイヤモンド材料を構成要素とする電子デバイスは、当該ダイヤモンド材料が持つ広い表面積や優れた電子放出性により、その性能が従来のものより飛躍的に向上する。具体的には、リチウム二次電池、燃料電池、電気二重層キャパシタ、電解セル、化学センサ、の構成要素としてこのダイヤモンド材料を好適に用いることができる。
【0046】
[第3実施形態]
上述の第1実施形態及び第2実施形態では、ダイヤモンド薄膜の生成過程でホウ素等のドーパントを添加するが、化学気相蒸着法や高温高圧合成法でダイヤモンドを生成する過程においてドーパントを添加せず、ダイヤモンドを生成した後にイオン注入等によってドーズ量を制御しながら特定の部位にドーパントを注入することもできる。
【0047】
図5は、ダイヤモンド薄膜生成後にイオン注入によってドーパントを添加して針状突起を形成する場合におけるダイヤモンド素子の製造過程(第3実施形態)を示す模式図である。
【0048】
まず、図5(1)に示すように、マイクロプラズマCVD法により基板1上に(ドープなし)ダイヤモンド薄膜2を生成する。このときの生成条件の一例は、炭素源ガスとしてメタンを水素で1%の濃度に希釈して供給し、基板温度850℃、圧力10kPa、マイクロ波の周波数2.45GHz、マイクロ波出力8kWである。このようにして生成されるダイヤモンド薄膜2は絶縁体である。
【0049】
つぎに、図5(2)に示すように、汎用フォトリソグラフィ及びエッチング処理によって絶縁・保護層5によるパターンを形成する。
そして、図5(3)に示すように、形成した絶縁・保護層5のパターンにおけるダイヤモンド薄膜2の露出部分に対して、イオン注入によってドーパントを添加する。図中符号2cで示される領域が、ドーパントが注入されたダイヤモンド領域である。ドーパントとして、ホウ素、窒素、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、銅、ヒ素、モリブデン、白金、及び金などが注入可能である。ドーパントを注入する領域は、ダイヤモンド薄膜2の表面から深さ0.1〜0.5μm程度の表面近傍領域である。また、ドーパントを注入する領域におけるドーパントの濃度は、1×1021個/cm3程度にすると好適である。
【0050】
そして、図5(4)に示すように、ドーパントが注入されたダイヤモンド領域2cに対して酸素ガスによる高周波反応イオンエッチングを行い、ダイヤモンド薄膜2の露出部分に針状突起3を多数形成させる。また、この後、酸性やアルカリ性溶液によって絶縁・保護層5を除去することもできる。
【0051】
このように、フォトリソグラフィ処理によってパターンを形成し、そのパターンにおけるダイヤモンド表面領域に対してイオン注入によりドーパントを添加することで、製造しようとするダイヤモンド素子の用途に応じた所望のパターンで選択的に針状突起配列構造を形成可能である。
【0052】
[第4実施形態]
上述の第1〜3実施形態のように、酸素プラズマによるエッチング処理により形成したダイヤモンドの針状突起は、その表面が酸素終端化されている。そこで、この形成された針状突起に対して水素プラズマを照射する処理を行うことで、針状突起の表面を酸素終端から水素終端へ変化させることが可能である。
【0053】
本願発明者らが行った実験では、上述の第1実施形態において製作した針状突起配列構造を有するダイヤモンド薄膜に対して、水素ガスの圧力を6.6kPa、基板温度を800℃に維持した状態で、周波数2.45GHzのマイクロ波で励起した水素プラズマでおよそ1時間、針状突起の表面を処理した。水素プラズマによる処理後、針状突起の表面を走査型電子顕微鏡で観察したところ、水素プラズマによる処理の前後で形状の変化は観測されなかった。
【0054】
また、水素プラズマによる処理の前後で、針状突起の表面における水の接触角を比較した。図6のAは、水素プラズマ処理前のダイヤモンド針状突起の表面に針によって水滴を滴下した様子を示す写真である。一方、図6のBは、水素プラズマ処理後ダイヤモンドの針状突起の表面に針によって水滴を滴下した様子を示す写真である。図6のAに示すように、水素プラズマ処理前のダイヤモンド針状突起の表面では、滴下された水が接触角0°の水膜を形成している。これは、水素プラズマ処理前のダイヤモンド針状突起の表面が親水性を有していることを示す。一方、図6のBに示すように、水素プラズマ処理後のダイヤモンド針状突起の表面では、滴下された水が接触角101°の水滴を形成している。これは、水素プラズマ処理後のダイヤモンド針状突起の表面が疎水性を有していることを示す。このような水の接触角の変化は、酸素プラズマによるエッチングによって形成されたダイヤモンド針状突起の表面が酸素終端化されることで親水性を呈していたものが、水素プラズマ処理によってその表面が水素終端化され、その結果疎水性を呈しているという事実を如実に表しているものである。この事実は、プラズマ処理に用いるガス種を変えることで容易にダイヤモンド針状突起の表面終端を制御できることを示している。そして、表面終端を制御できるということは、例えば上記水の接触角の例のように、その材料が持つ物性を劇的に変化させることができることを示している。すなわち、製造するダイヤモンド素子の用途に応じて、所望の物性を有するダイヤモンド素子を製造することができる。
【0055】
特に、水素終端化されたダイヤモンドは、酸素終端化されたダイヤモンドより高い負の電子親和性を有しており、電子放出性が高い。つまり、この水素終端化ダイヤモンド素子によれば、より高い電子放出性を有する電子放出素子等を提供することができる。
【0056】
なお、針状突起の表面終端を改質するためのガス種として、水素ガス以外に、窒素ガス、塩素ガス、希ガス、パーフルオロカーボンガス等が挙げられる。これらのガスは単独で用いてもよいし、複数のガスを混合して用いてもよい。
【0057】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明の実施形態は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の技術的範囲に属する限り様々な態様にて実施することが可能である。
【0058】
例えば、ダイヤモンド薄膜を生成するための下地基板(上述の実施形態の基板1)の素材は、シリコンに限らずモリブデン、タングステン、白金、チタン、あるいはダイヤモンドの単結晶であってもよい。下地基板の形状は、板状やメッシュ状等、ダイヤモンドが生成できれば種々の形状で実施可能である。あるいは、針状突起配列構造を形成するためのダイヤモンド基材は、下地基板のないフリースタンディングであってもよく、粉体や球状のダイヤモンド微粒子そのものであってもよい。
【0059】
また、ダイヤモンド基材の性状については、単結晶であっても多結晶であってもよく、単結晶の面方位についても指定しない。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】(a)は針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造過程(第1実施形態)を示す模式図であり、(b)はダイヤモンド薄膜に形成された針状突起配列構造を示す上面模式図である。
【図2】酸素プラズマによるエッチング処理後のホウ素ドープダイヤモンド薄膜表面の電子顕微鏡写真である。
【図3】ドープされたホウ素の密度が小さい場合における、酸素プラズマによるエッチング処理後のホウ素ドープダイヤモンド薄膜表面の電子顕微鏡写真である。
【図4】電子放出素子や化学センサ等の電子デバイスとして応用可能なダイヤモンド素子の製造過程(第2実施形態)を示す模式図である。
【図5】ダイヤモンド薄膜生成後にイオン注入によってドーパントを添加して針状突起を形成する場合におけるダイヤモンド素子の製造過程(第3実施形態)を示す模式図である。
【図6】Aは水素プラズマ処理前のダイヤモンド針状突起の表面に針によって水滴を滴下した様子を示す写真であり、Bは水素プラズマ処理後ダイヤモンドの針状突起の表面に針によって水滴を滴下した様子を示す写真である。
【図7】(a)は酸素プラズマによるエッチングによって針状突起配列構造を形成するために、フォトリソグラフィ処理等の前処理工程行う従来の製造過程を示す模式図であり、(b)は従来の製造方法によってダイヤモンド薄膜に形成された針状突起配列構造を示す上面模式図である。
【符号の説明】
【0061】
1…基板、2…ダイヤモンド薄膜、2a…ホウ素ドープダイヤモンド薄膜、2b…ドープダイヤモンド薄膜、2c…ドーパントが注入されたダイヤモンド領域、3…針状突起、4…絶縁層、5…絶縁・保護層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド基材の少なくとも表面近傍領域に、ホウ素(B)、窒素(N)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、リン(P)、硫黄(S)、銅(Cu)、ヒ素(As)、モリブデン(Mo)、白金(Pt)、及び金(Au)のうちの1種類以上のドーパントが1×1019個/cm3以上の濃度でドープされたダイヤモンド基材に対し、酸素ガスによるドライエッチングによって前記ダイヤモンド基材の表面を処理することにより前記ダイヤモンド基材の表面に針状突起配列構造を形成する工程を有すること
を特徴とする針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法において、
前記ドライエッチングによる前記ダイヤモンド基材の表面の処理は、圧力が5〜100Paの酸素ガス雰囲気下で高周波をプラズマ発生源とする反応性イオンエッチングによって行われること
を特徴とする針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法において、
前記ドープされたダイヤモンド基材は、ダイヤモンド生成過程において前記ドーパントが添加されたダイヤモンドであること
を特徴とする針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法において、
前記ドープされたダイヤモンド基材は、ダイヤモンド生成後にイオン注入によって前記ドーパントが添加されたダイヤモンドであること
を特徴とする針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4の何れか1項に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法において、
さらに、前記形成した針状突起の表面に対して水素ガス、窒素ガス、塩素ガス、希ガス、及びパーフルオロカーボンガスのうち1種以上のガスを作用させることにより前記針状突起の表面終端を前記ガス元素で改質する工程を有すること
を特徴とする針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5の何れか1項に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法によって製造されたダイヤモンド材料。
【請求項7】
請求項1ないし請求項5の何れか1項に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法によって製造されたダイヤモンド材料からなることを特徴とする電極。
【請求項8】
リチウム二次電池用負極、燃料電池用電極、オゾン発生用電極、工業電解用電極、化学センサ用電極、又は電子放出用電極として用いられることを特徴とする請求項7に記載の電極。
【請求項9】
請求項1ないし請求項5の何れか1項に記載の針状突起配列構造を表面に有するダイヤモンドの製造方法によって製造されたダイヤモンド材料を構成要素とする電子デバイス。
【請求項10】
リチウム二次電池、燃料電池、電気二重層キャパシタ、電解セル、化学センサ、又は電子放出素子として用いられることを特徴とする請求項9に記載の電子デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−112653(P2007−112653A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−304526(P2005−304526)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】