説明

駆動軸損傷診断装置

【課題】 圧延設備等の駆動軸の損傷を診断するに際して、変位センサから出力された生波形から駆動軸のクロスの剥離および摩耗の両方ともの判別を可能とした駆動軸損傷診断装置を提供する。
【解決手段】 変位センサの出力から駆動軸の損傷状態を検出する処理手段は、変位センサの出力波形に対して移動平均によるスムージングを行うスムージング手段と、スムージングされた変位センサの出力波形をFFT変換するFFT変換手段と、FFT変換で得られたスペクトルから回転同期成分を除去して逆FFTにより時間軸波形に変換する逆FFT変換手段と、逆FFT変換で得られた波形の平均値から摩耗状態を判定する摩耗判定手段と、逆FFT変換で得られた波形の振幅から剥離状態を判定する剥離判定手段とを含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、圧延設備等の駆動軸の損傷を診断するための駆動軸損傷診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼の圧延設備では、駆動軸に大きな負荷が掛かるため、駆動軸が損傷しやすく、損傷を早く検知して故障を防止することが重要となっている。そのため、定期的に分解検査が行われているが、この検査に手間および時間が掛かるため、分解検査に代わる稼働中での検査が望まれており、駆動軸の損傷を監視するニーズが高いものとなっている。圧延設備の駆動軸は、それ自体が回転するため、これを監視するにはワイヤレス化が不可欠となる。
【0003】
そこで、特許文献1には、圧延設備に用いられるとともに、十字軸継手を備えた駆動軸を監視するシステムであって、前記十字軸継手の十字軸(クロス)の損傷を検出するための変位センサを設けるとともに、前記変位センサに接続されてその変位センサからの検出データを発信する無線方式のデータ送信部を備えたデータ送信ユニットを、前記十字軸継手のベアリングカップに取り付けたものが提案されている。
【特許文献1】特開2005−233340号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の駆動軸の監視システムによると、圧延設備の駆動軸などにおいても、変位センサの検出データを基に損傷の進行度合いを監視することができるものとなったが、変位センサから出力された生波形からは、駆動軸が損傷しているかどうか、また、その損傷状態が剥離であるのか摩耗であるのかを判別することは難しいものであった。
【0005】
この発明の目的は、圧延設備等の駆動軸の損傷を診断するに際して、変位センサから出力された生波形から駆動軸のクロスの剥離および摩耗の両方ともの判別を可能とした駆動軸損傷診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明による駆動軸損傷診断装置は、駆動軸を構成する十字軸継手のベアリングカップに設けられてクロスの相対変位を検出する変位センサと、変位センサの出力から駆動軸の損傷状態を検出する処理手段とを備え、処理手段は、変位センサの出力波形から回転同期成分を除去する回転同期成分除去手段と、回転同期成分が除去された波形の平均値から摩耗状態を判定する摩耗判定手段と、回転同期成分が除去された波形の振幅から剥離状態を判定する剥離判定手段とを有していることを特徴とするものである。
【0007】
この駆動軸損傷診断装置は、十字軸継手のクロスの各軸部にそれぞれ設けられた変位センサ内蔵子機と、子機と送受信して変位センサ出力を取得するとともに必要な指示を子機に与える親機と、変位センサ出力を処理して損傷の程度について判別する監視パソコンなどとから構成され、各子機は、例えば、ベアリングカップに設けられたケース挿入孔に挿入される有底円筒状ケースと、ケースに設けられて十字軸継手のクロスの状態を検出する変位センサと、ケース内に配されたワイヤレス通信機および電池とを備えているものとされる。そして、ベアリングカップに設けた変位センサにより駆動軸回転に伴うカップとクロスとの相対変位を求め、この相対変位の波形を処理して剥離および摩耗の両方が求められる。変位センサとしては、例えば、渦電流式のものが使用でき、磁気センサなどその他の形式の変位センサも使用することができる。
【0008】
十字軸継手は、2つの回転軸の端部にそれぞれ設けられたフランジヨーク間に配されるクロス(十字軸)および4つのクロスベアリングからなる。クロスベアリングは、ベアリングカップおよび複数のころからなり、ベアリングカップとフランジヨークとがボルトで結合されることにより、2つの回転軸は、相対的な揺動が可能とされかつ回転が確実に伝達するように結合される。クロスとベアリングカップとの相対的揺動は、一方の回転軸から他方の回転軸に回転運動を伝達する際の衝撃を緩和するバッファー機能を果たす。
【0009】
回転同期成分除去処理の前に、通常、変位センサからの出力波形に対し、移動平均処理によるスムージングが施される。回転同期成分は、ころが公転することによって生じるものであり、駆動軸の損傷状態を検出する上では、ノイズ成分となるので、剥離および摩耗判定用の波形から除去される。除去される周波数は、例えば、5〜15Hzまたは5〜25Hz程度となる。駆動軸の損傷が全くない場合、変位センサからの出力波形は、ころの公転周波数の正弦波に近いものとなり、この場合の回転同期成分除去波形は直線(変動無し)となる。駆動軸の損傷(摩耗を含む)が進行すると、変位センサからの出力波形は、正弦波から外れていき、その回転同期成分除去波形については、AC成分のP−P値(振幅)およびDC成分(平均値)がともに変化する。P−P値は、損傷面の深さを示し、剥離に対応しており、DC成分の経時変化量は、測定面の平均半径の初期半径からの減少量を示し、摩耗に対応している。したがって、回転同期成分除去波形の振幅と剥離判定用の閾値とを比較することにより剥離状態を判定することができ、回転同期成分除去波形の平均値と摩耗判定用の閾値とを比較することにより摩耗状態を判定することができる。なお、剥離判定用の振幅としては、回転同期成分除去波形のP−P値を使用するほか、回転同期成分除去波形をパワースペクトルに変換した後のパワースペクトルピーク値またはパワースペクトル中央値のように、AC成分のP−P値に比例するものを使用することができ、剥離判定用の平均値としては、通常、上下に分けられた波形の面積が等しくなる位置が剥離判定用の平均値とされるが、上のピーク値と下のピーク値との平均を剥離判定用の平均値としてもよい。
【0010】
回転同期成分除去手段は、変位センサの出力波形をFFT変換して回転同期成分を求めるFFT変換部と、FFT変換で得られたスペクトルから回転同期成分を除去して逆FFT変換する逆FFT変換部とからなることが好ましい。
【0011】
このようにすると、スムージング、FFT変換、逆FFT変換、剥離判定、摩耗判定などの一連の処理をプログラムによって行うことができ、判定結果を容易に可視化することができる。
【0012】
剥離判定および摩耗判定を可能とするデータ(グラフ)、すなわち、逆FFT変換で得られた波形(剥離診断画面)および逆FFT波形の振幅の経時変化(摩耗診断画面)は、表示手段(例えばパソコン画面)を介して可視化されることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
この発明の駆動軸損傷診断装置によると、変動が大きい環境下にある駆動軸の損傷(摩耗および剥離)の判定が稼働中にできるので、駆動軸の予防保全工数が大幅に削減され、駆動軸損傷によるトラブルを大幅に削減することができる。また、駆動軸の分解保全が不要となるので、設備を停止しての保全が不要となり、駆動軸の稼働率を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
この発明の実施の形態を、以下図面を参照して説明する。
【0015】
図1は、この発明による駆動軸損傷診断装置が使用される圧延設備の駆動軸(1)の一部を示している。駆動軸(1)は、図示省略した圧延ローラと駆動モータとを接続して、駆動モータの回転を圧延ローラに伝達するもので、圧延ローラに一端部が結合されたローラ回転軸(2)と、ローラ回転軸(2)の他端部に十字軸継手(4)を介して一端部が結合された中間回転軸(3)と、中間回転軸(3)の他端部に十字軸継手を介して一端部が結合され、他端部が駆動モータに結合されたモータ回転軸とからなる。十字軸継手(4)による結合部分の構成は、モータ回転軸側とローラ回転軸(2)側とで同じであり、1対の回転軸(2)(3)がこれらの結合端部に介在された十字軸継手(4)により相対的に揺動可能に結合されている。
【0016】
一方の回転軸(2)の結合端部には、角度にして90°の大きさのフランジヨーク(5)が180°離れて対向するように設けられており、他方の回転軸(3)の結合端部には、角度にして90°の大きさのフランジヨーク(6)が一方の回転軸(2)と90°ずれた位置に180°離れて対向するように設けられている。十字軸継手(4)は、4つの軸部(トラニオン)(7a)を有しているクロス(十字軸)(7)と、クロス(7)と各ヨーク(5)(6)との結合部位に設けられる4つのクロスベアリング(8)とからなる。各クロスベアリング(8)は、図3に示すように、ベアリングカップ(9)およびこれに支持された複数のころ(10)からなる。各フランジヨーク(5)(6)には、めねじ部(5a)(6a)が設けられ、各ベアリングカップ(9)には、ボルト挿通孔(9a)が設けられており、一方の回転軸(2)の突き合わせ端部において、1対のフランジヨーク(5)とこれらに対応する1対のベアリングカップ(9)とがボルトで結合されるとともに、他方の回転軸(3)の突き合わせ端部において、1対のフランジヨーク(6)とこれらに対応する1対のベアリングカップ(9)とがボルトで結合されることにより、回転軸(2)(3)同士が互いに回転を伝達するように結合されている。クロス(7)とベアリングカップ(9)とは、ころ(10)を介して接触することにより、相対的に揺動可能であり、一方の回転軸(2)から他方の回転軸(3)に回転運動を伝達する際の衝撃を緩和するバッファー機能を果たしている。こうして、圧延ローラの移動が許容されることにより、駆動軸(1)への衝撃が緩和されている。しかしながら、十字軸継手(4)には、衝撃等による大きな負荷が掛かるため、長期間の使用により損傷が進行していくことになる。そこで、この損傷の進行を監視するため、駆動軸損傷診断装置が使用されている。
【0017】
図2に示すように、駆動軸損傷診断装置は、各ベアリングカップ(9)に内蔵されてクロス(7)の損傷を検知する駆動軸損傷診断用子機(11)と、各子機(11)に設けられた変位センサユニット(14)からの出力をワイヤレス通信機(15)を介して受信する親機(19)と、親機(19)に接続された監視パソコン(20)とを備えている。監視パソコン(20)は、圧延設備から離れた監視室内などに設置され、各駆動軸損傷診断用子機(11)から送られてくるデータを処理して、クロス(7)の損傷の程度について判別し、その結果を監視パソコン(20)のディスプレイ(表示手段)(20a)に表示する。また、監視パソコン(20)は、インターネットを介して、十字継手のメーカーや保全会社と接続される。子機(11)からの送信データには、変位センサユニット(14)からのデータの他にIDデータが含まれており、どのベアリングカップ(9)からのデータかを特定することができる。
【0018】
監視パソコン(20)におけるデータ処理は、ソフトウェアによって行われており、処理を行う手段として、変位センサの出力波形に対して移動平均によるスムージングを行うスムージング手段、スムージングされた変位センサの出力波形をFFT変換するFFT変換手段、FFT変換で得られたスペクトルから回転同期成分を除去して逆FFTにより時間軸波形に変換する逆FFT変換手段、逆FFT変換で得られた波形の平均値から摩耗状態を判定する摩耗判定手段、および逆FFT変換で得られた波形の振幅から剥離状態を判定する剥離判定手段が設けられている。
【0019】
図3に示すように、ベアリングカップ(9)には、クロス(7)の軸部(7a)を収納するクロス軸部収納空間(9b)が内周側から設けられており、複数のころ(10)は、クロス(7)の軸部(7a)の外周に接触して転がるように同空間(9b)内に配置されている。ベアリングカップ(9)には、さらに、クロス軸部収納空間(9b)に通じるケース挿入孔(12)がその外周側から設けられている。
【0020】
駆動軸損傷診断用子機(11)は、ベアリングカップ(9)に設けられたケース挿入孔(12)に挿入された有底円筒状ケース(13)と、ケース(13)に支持されて十字軸継手(4)のクロス(7)の状態を検出する変位センサユニット(14)と、変位センサユニット(14)からの出力を外部に取り出すためのワイヤレス通信機(15)と、変位センサユニット(14)およびワイヤレス通信機(15)に電力を供給する電池(16)と、ケース開口に着脱可能に取り付けられた孔あき円盤状の鋼製蓋(17)と、蓋(17)の孔内に嵌め合わせられてケース開口を閉鎖する樹脂製シール部材(18)とを有している。
【0021】
ケース挿入孔(12)は、開口部(12a)と、開口部(12a)より小径の小径部(12b)、および小径部(12b)より大径の大径部(12c)からなり、これにより、開口部(12a)と小径部(12b)との境界部分に、第1の環状段部(12d)が形成され、小径部(12b)と大径部(12c)との境界部分に、第2の環状段部(12e)が形成されている。
【0022】
図4に示すように、ケース(13)は、ケース挿入孔(12)の小径部(12b)とほぼ同じ外径の小径部(13a)と、ケース挿入孔(12)の大径部(12c)とほぼ同じ外径の大径部(13b)とからなる。ケース(13)内周は、小径部(13a)の内径の方が大きい段付き状に形成されている。ケース(13)がケース挿入孔(12)に挿入された状態(図2参照)では、大径部(13b)の外周縁部が同孔(12)の第2の環状段部(12e)に当接し、小径部(13a)は、同孔(12)の小径部(12b)から突出して同孔(12)の開口部(12a)内に位置し、大径部(13b)は、同孔(12)の大径部(12c)から突出してクロス軸部収納空間(9b)内に位置している。ケース(13)の小径部(13a)の端部には、内周にめねじ部(13c)が、外周におねじ部(13d)がそれぞれ設けられている。ケース(13)は、ケース挿入孔(12)に径方向内方から嵌め入れられ、小径部(13a)のおねじ部(13d)にねじ合わされたナット(21)が同孔(12)の第1の環状段部(12d)に当接することでベアリングカップ(9)に固定されている。ナット(21)の外側の端面には、Oリング配置用の環状凹部(21a)が形成され、この凹部(21a)に、Oリング(22)が配置されている。また、ケース(13)の小径部(13a)の大径部寄りの部分には、大径部(13b)との間にOリング収納環状空間を形成するフランジ部(13e)が設けられており、同空間に、ケース挿入孔(12)に密接するOリング(23)が配置されている。
【0023】
変位センサユニット(14)は、プリアンプおよび電源回路を有しケース(13)内周の径方向内側部分に配置された変位センサ基板(14a)と、クロス(7)の軸部(7a)の外周を臨むようにケース(13)の大径部(13b)の外周に設けられた変位センサ(14b)と、変位センサ基板(14a)と変位センサ(14b)とをつなぐ接続線(14c)とからなる。
【0024】
ワイヤレス通信機(15)は、ケース(13)内周の変位センサ基板(14a)上方に配置されたワイヤレス基板(15a)と、ワイヤレス基板(15a)に接続され先端が蓋(17)の孔に臨まされているアンテナ(15b)とからなる。
【0025】
孔あき円盤状の蓋(17)は、短円筒部(17a)の径方向外側端部外周にフランジ部(17b)が設けられた形状とされている。短円筒部(17a)の内周すなわち蓋(17)の孔(24)は、径方向外側が小径の段付き状に形成されている。短円筒部(17a)の径方向内側端部外周には、ケース(13)の小径部(13a)のめねじ部(13c)にねじ合わされるおねじ部(17c)が形成されている。蓋(17)がケース(13)にねじ合わされた際には、蓋(17)のフランジ部(17b)がナット(21)の凹部(21a)に配置されたOリング(22)に密着するようになされている。蓋(17)がケース(13)にねじ合わされていることにより、大きな衝撃が加わった場合でも、蓋(17)が外れることが防止されている。
【0026】
樹脂製シール部材(18)は、蓋(17)の段付きの孔(24)に対応して、同孔(24)の大径部(24a)に嵌まり合っている大径部(18a)と、同孔(24)の小径部(24b)に嵌まり合っている小径部(18b)とからなる。
【0027】
駆動軸(1)が回転すると、クロス(7)とベアリングカップ(9)とは、ころ(10)を介して力を及ぼし合い、この力によって生じるクロス(7)とベアリングカップ(9)との相対変位が変位センサユニット(14)によって検知され、ワイヤレス通信機(15)によって親機(19)に送信される。ワイヤレス通信機(15)は、ベアリングカップ(9)に内蔵されているので、圧延設備用駆動軸のように2つの駆動軸(1)が密着していて、十字軸継手(4)の外部に隙間が無い場合でも、変位センサユニット(14)からの出力を容易に取り出すことができる。クロス(7)表面に損傷が生じていると、変位センサユニット(14)からの出力が正常時と相違することになり、この相違量が許容範囲かどうかを判定することにより、駆動軸(1)の損傷診断を行うことができる。クロス(7)の各軸部(7a)は、損傷の進行の程度が通常異なっているので、損傷診断は、各軸部(7a)毎に行われる。こうして、駆動軸(1)を稼働させた状態で損傷の診断を行うことが可能となり、稼働を停止しての分解検査をなくすことができる。
【0028】
駆動軸(1)には大きな負荷が繰り返し加えられるため、クロス(7)の各軸部(7a)表面は、ころ(10)を介してこの負荷を受け、徐々に摩耗していくとともに、長時間経過後には剥離が発生し、一旦発生した剥離はさらに成長していく。この結果、図5に模式的に示すように、クロス(7)の各軸部(7a)表面には、正常面である円周面(破線で示す)(7b)に凹所(C)が形成され、これが時間とともに大きくなっていくと考えられる。したがって、同図に矢印で示すクロス(7)とベアリングカップ(9)との相対変位相当量を変位センサ(14b)で検出することにより、剥離の成長度合いを監視することができる。
【0029】
図6は、圧延設備を模した実験用駆動軸における変位センサユニット(14)からの出力(生波形を5点移動平均処理したもの)の経時変化を示すもので、(a)が初期状態を、(b)がT1時間経過後を、(c)がT2(>T1)時間経過後をそれぞれ示している。図6(a)に示す初期状態では、平均変位が770μm、振幅が68μmの正弦波であったものが、時間が経過するにしたがって、平均変位が増加するとともに、特にその最大変位付近における正弦波からのずれが大きくなり、図6(c)に示すT2時間経過後には、平均変位が855μm、振幅が62μmとなり、かつ、波形が正弦波の山の部分に凹が形成された形状となっている。このことから、ベアリングカップ(9)からクロス(7)表面までの相対変位を測定することにより、時間経過に伴う駆動軸(1)のクロス(7)の損傷状態を監視することが可能であることが分かるが、この波形だけでは、クロス(7)が損傷しているかどうか、また、損傷状態が剥離であるのか摩耗であるのかを特定することが難しい。
【0030】
そこで、本願発明の駆動軸損傷診断装置では、図7に示す処理手順にしたがって処理することにより、クロス(7)の損傷状態が剥離であるか摩耗であるかを判定しかつその判定内容の可視化が図られている。
【0031】
図7において、変位センサユニット(14)から送られてきた生波形は、まず、処理手段のスムージング部において、5点移動平均処理によりスムージングされる(S1)。これにより、図6に示した波形が得られる。次いで、FFT変換手段において、スムージングされた波形のスペクトルが求められる(S2)。これにより、図8に示すスペクトルが得られる。このスペクトルは、ころ(10)の公転に伴う回転同期成分と駆動軸(1)の損傷に伴う成分とを含んでおり、図8(a)に示す初期状態では、回転同期成分の1次および2次だけであり、時間が経過すると、図8(b)(c)に示すように、回転同期成分の1次および2次(初期状態に比べて、1次は減少、2次は増加)だけでなく、回転に同期していないスペクトルが現れる。この後の処理は、これらのスペクトルのうちの回転同期成分の1次および2次がカットされたものに対して行われる。次いで、逆FFT変換部において、回転同期成分カット後のパワースペクトルが逆FFT変換される(S3)。これにより、図9に示す時間軸波形が得られる。逆FFT波形は、図9(a)に示す初期状態では、振幅(AC成分のP−P値)がほぼ0であり、時間が経過すると、図9(b)(c)に示すように、振動波形として現れる。この逆FFT変換後の波形のスペクトルは図10に示すようなものとなり、図10(a)に示す初期状態では、振幅0ゆえスペクトルも0となり、時間が経過すると、図10(b)(c)に示すように、ピークが現れる。剥離判定手段においては、逆FFT変換後の波形からAC成分のP−P値(振幅)が抽出され、予め設定された剥離用閾値と比較され、剥離状態が判定される(S4)。また、摩耗判定手段においては、逆FFT変換後の波形からそのDC成分(平均値)が抽出され、予め設定された摩耗用閾値と比較され、摩耗状態が判定される(S5)。摩耗状態に関しては、そのDC成分が測定毎にプロットされ、摩耗の進行状況がグラフ化される。
【0032】
上記のようにして処理手段で得られた波形やグラフは、監視パソコン(20)のディスプレイ(20a)に表示される。剥離判定用の表示画面には、図11に示すように、生波形(図6参照)、FFT(図8参照)、逆FFT波形(図9参照)および逆FFT波形のパワースペクトル(図10参照)が表示され、摩耗判定用の表示画面には、図12に示すように、DC成分の経時変化が表示される。また、図示省略しているが、剥離判定用画面には、パワースペクトルの閾値(現在のパワースペクトルが問題ないレベルなのか、要注意レベルなのか、交換必要レベルなのかなど)が合わせて表示され、摩耗判定用画面には、DC成分の閾値、現時点までのデータを使用して求めた将来の摩耗予測値などが合わせて表示される。こうして、剥離および摩耗の状態が信号処理のプラグラムで検知され、ディスプレイ(20a)上で容易にその判定結果を確認することができる。
【0033】
なお、上記において、FFT変換手段および逆FFT変換手段は、変位センサの出力波形から回転同期成分を除去するための手段であるが、回転同期成分を除去する手段は、これらに限られるものでない。
【0034】
また、駆動軸損傷診断用子機(11)は、損傷診断ユニットを有していない駆動軸に対して、ケース(13)の形状をベアリングカップ(9)のケース挿入孔(12)に合わせて形成することにより、着脱自在に取り付けることができる。これにより、既存の駆動軸の損傷診断を容易に行うことができる。駆動軸損傷診断用子機(11)は、これをベアリングカップ(9)に内蔵しておいて、ベアリングカップ(9)ごと取り替えることも可能であり、このようにしても、既存の駆動軸の損傷診断を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は、この発明による駆動軸損傷診断装置が好適に使用される圧延設備の駆動軸を示す斜視図である。
【図2】図2は、この発明による駆動軸損傷診断装置を示す図である。
【図3】図3は、この発明による駆動軸損傷診断装置で使用されている子機およびこれを内蔵したベアリングカップを示す断面図である。
【図4】図4は、駆動軸損傷診断用子機の縦断面図である。
【図5】図5は、クロスの各軸部表面に生じる損傷状態を模式的に示す図である。
【図6】図6は、変位センサの出力波形の経時変化を示す図である。
【図7】図7は、この発明による駆動軸損傷診断装置の処理手順を示すフローチャートである。
【図8】図8は、FFT変換で得られるスペクトルの経時変化を示す図である。
【図9】図9は、逆FFT変換で得られる時間軸波形の経時変化を示す図である。
【図10】図10は、逆FFT変換で得られた波形のスペクトルの経時変化を示す図である。
【図11】図11は、剥離判定用画面の1例を示す図である。
【図12】図12は、摩耗判定用画面の1例を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
(1) 駆動軸
(4) 十字軸継手
(7) クロス
(9) ベアリングカップ
(11) 駆動軸損傷診断用子機
(14) 変位センサユニット
(14b) 変位センサ
(15) ワイヤレス通信機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動軸を構成する十字軸継手のベアリングカップに設けられてクロスの相対変位を検出する変位センサと、変位センサの出力から駆動軸の損傷状態を検出する処理手段とを備え、処理手段は、変位センサの出力波形から回転同期成分を除去する回転同期成分除去手段と、回転同期成分が除去された波形の平均値から摩耗状態を判定する摩耗判定手段と、回転同期成分が除去された波形の振幅から剥離状態を判定する剥離判定手段とを有していることを特徴とする駆動軸損傷診断装置。
【請求項2】
回転同期成分除去手段は、変位センサの出力波形をFFT変換して回転同期成分を求めるFFT変換部と、FFT変換で得られたスペクトルから回転同期成分を除去して逆FFT変換する逆FFT変換部とからなる請求項1の駆動軸損傷診断装置。
【請求項3】
逆FFT変換で得られた波形および逆FFT波形の振幅の経時変化が表示手段を介して可視化されている請求項2の駆動軸損傷診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−132767(P2007−132767A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−325530(P2005−325530)
【出願日】平成17年11月10日(2005.11.10)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】