説明

高分子結晶の加工方法、高分子結晶の加工装置、及び高分子結晶の観察装置

紫外短パルスレーザ光源1から放出された紫外短パルスレーザ光は、シャッタ2、強度調整素子3、照射位置制御機構4、集光光学系5を介して、試料容器6中に入れられた高分子結晶8に集光照射される。試料容器6は、ステージ7に搭載され、光軸方向をz軸として、x−y−z直交座標系でx軸、y軸、z軸の3次元方向の移動が可能とされていると共に、z軸の周りに回転可能となっている。高分子結晶8の表面に集光照射された紫外短パルスレーザ光により、高分子結晶の加工が行われる。このようにして、高分子結晶に対して、種々の加工を、低損傷、かつ容易な操作で確実に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、高分子結晶の加工方法に関するものであり、さらに詳しくは、集光された紫外短パルスレーザ光を高分子結晶に照射することにより、高分子結晶を所望の形状に加工する方法及び装置、さらには、このような高分子結晶の加工装置を組み込んだ高分子結晶の観測装置に関するものである。
【背景技術】
近年、プロテオームと呼ばれるポストゲノム研究が盛んになってきている。その中で、特に注目されるのが、タンパク質の3次元構造を解き明かそうとする研究であり、構造ゲノム科学と呼ばれている。タンパク質の構造や機能解析は、生命科学における重要な研究分野であり、病気の治療や創薬に直結するため、詳細な立体構造の解析が不可欠である。その主要な手段の一つとしてX線結晶構造解析が挙げられるが、X線結晶構造解析を適用するためには、解析対象とされる高分子物質を結晶化する必要がある。
高分子結晶の育成においては、無機結晶や有機低分子結晶の育成と同様に、分子構造と育成条件を反映した形状の結晶が育成される。また、多くの高分子物質は、良質な単結晶を得るための結晶化条件および育成条件が確立していないため、結晶の析出制御や、その後の成長制御が非常に困難である。そのため、結晶品質に問題が生じたり、近接して析出した結晶同士が付着して多結晶化したりする等の問題が生じることが多い。
例えば、X線結晶構造解析を行う場合、所望の形状を有し、かつ良質な単結晶が必要である。そのため、結晶化および育成条件を最適化し、前記結晶を得るのが一般的である。しかしながら、前述したとおり、高分子物質については、これら結晶を得るのは非常に困難である。したがって、得られた結晶から、X線結晶構造解析に必要な大きさや形状、あるいは結晶品質の良好な部分を取り出したり、多結晶から単結晶を切り出すなどの加工を施す場合がある。
しかしながら高分子結晶は、例えば無機物質や有機低分子物質の結晶と比べて遥かに軟らかく脆いため、加工時に大きな衝撃を与えると、周辺部にひびや割れなどの損傷を生じる。また、温度変化に対しても敏感であり、熱を与えることにより容易に変性を起こすことが知られている。
このように、高分子結晶は取り扱いが非常に困難であるため、無機結晶その他の材料において普及している加工技術をそのまま適用する事は極めて困難であり、信頼性のある結晶加工技術が確立していないのが現状である。
現在用いられている高分子結晶の加工手法は、メスや針などを使用した、当該結晶との機械的接触を要する加工手法である。この方法は、顕微鏡などによる観察下において、人為的に加工するものであり、主に高分子結晶を切断するために用いられている。
しかしながら、高分子結晶は、一般の結晶に比べて機械的にもろく、メスや針による加工の際には、切断面が受ける剪断力のために、切断面が崩れてしまう可能性がある。よって、現在用いられている高分子結晶の加工手法は、運に任せた要素が多く、職人的な技術を有する者でさえ、成功確率と再現性の低い加工方法である。さらに、この手法では結晶の切断などの比較的単純な加工を行うことは可能であるが、複雑で精密な加工が要求される場合においては適応が非常に困難となる。
【発明の開示】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、高分子結晶に対して、種々の加工を、低損傷、かつ容易な操作で確実に行うことができる加工方法及び加工装置、さらには、この加工装置を組み込み、迅速に高分子結晶の観測を行うことができる高分子結晶の観測装置を提供することを目的とする。
前記目的を達成するための第1の発明は、高分子結晶を、紫外短パルスレーザ光の照射により加工することを特徴とする高分子結晶の加工方法である。
現在レーザ光は加工用ツールとして普及している。しかしながら、広く用いられている炭酸ガスレーザ(波長10.6μm)やYAGレーザ(波長1.06μm)などによる加工は熱的な加工であり、レーザ光照射時に被加工材料は温度上昇を生じる。さらに、被加工材料に照射するレーザ光は、連続光ではなく、パルス光であることが望ましい。なぜならば、連続光によるレーザ加工は基本的に熱加工だからである。したがって、熱変性を回避しなければならない高分子結晶においては、これら赤外光のレーザや可視光のレーザによる加工、連続光によるレーザ加工は不適である。
そこで、発明者等は、紫外短パルスレーザに注目した。すなわち、紫外短パルスレーザ光は、その波長が短いために光子エネルギーが高く、高分子結晶の化学結合を直接切断する加工が可能である。この加工では、通常の炭酸ガスレーザやYAGレーザを用いた加工に比べて、熱による影響が遥かに少ない高精度で平滑な加工が達成できる。
高分子の主鎖中にはC−N結合やC−C結合が存在するが、C−N結合の結合エネルギーは約70kcal/mol、C−C結合の結合エネルギーは約84kJ/molであり、例えば波長300nmの紫外短パルスレーザ光であれば、その光子エネルギーは約95kcal/molに相当するので、これらの結合を切断することができる。
この紫外短パルスレーザ光照射による加工は、基本的には分子結合を光子エネルギーにより切断し蒸散させるものであるので、加工中に切断面に剪断力が働かない。この優れた性質により、高分子結晶という非常にもろい材料を、壊すことなく切断し、きれいな切断面を得ることができる。従って、本発明は機械的加工を行った場合に加工面が損傷するような高分子結晶の加工に対して特に有効である。
前記目的を達成するための第2の発明は、前記第1の発明であって、前記高分子結晶が樹脂、タンパク質、糖類、脂質および核酸のうち、少なくとも一つの結晶であることを特徴とするものである。
これらの材料からなる高分子結晶は、とくにもろく、少しの剪断力を受けただけでも全体が破壊されやすい。よって、前記第1の発明を応用すると、特に効果のある材料である。
前記目的を達成するための第3の発明は、前記第1の発明又は第2の発明であって、加工形態が、前記高分子結晶を、それが付着している物質から剥離させるものであることを特徴とするものである。
紫外短パルスレーザ光を、高分子結晶とそれが付着している物質の界面に照射すると、レーザの集光部においてレーザアブレーションが発生し、界面において局所的な圧力上昇が発生する。特に、高分子結晶が水分を含む場合、高分子結晶に水分が付着している場合には、集光部に気泡が発生し、体積膨張による圧力上昇が発生する。この圧力上昇のために、高分子結晶が、それが付着している物質から剥離する。
高分子結晶との機械的な接触を要する手段で高分子結晶を剥離しようとすると、結晶に損傷を与えることが多いが、本発明による剥離は、局所的に僅かな衝撃を与えることにより行うことができるので、高分子結晶に重大な損傷を与えることなく実施することができる。又、物理的接触が困難な場合においても、非接触で剥離を行うことができる。
さらに、機械的に高分子結晶を剥離しようとすると、高分子結晶の周りにも損傷を与える可能性があるが、本発明の場合には、高い位置精度でレーザ光を照射することができるので、例えば、非常に微細な結晶の剥離も容易に行うことができる。また、剥離対象物の周辺に、剥離対象物以外の付着物が存在している場合でも、剥離対象物のみを確実に剥離することができる。
前記目的を達成するための第4の発明は、前記第1の発明から第3の発明のいずれかであって、加工形態が、前記高分子結晶表面からの加工であることを特徴とするものである。
パルスレーザを用いる加工形態の一つとして、対象物内部の加工が挙げられる。これは、例えばパルス尖頭値が極めて高いフェムト秒オーダ(1ピコ秒未満)のパルス光を用いることにより可能であることが知られている。フェムト秒パルス光を加工対象物の内部に集光すると、加工対象物が照射光の波長において透明(線形吸収を持たない)でも、集光点においてエネルギーが吸収されて加工を受ける。しかしながら、高分子結晶という非常に脆い材料を対象にする場合には、内部加工時における衝撃により対象物の破損を招く。したがって、加工は表面側からのみ行われるようにすることが好ましい。表面からの加工形態としては、例えば、切断、部分的除去、穿孔、改質、粉砕等や、前述の剥離が考えられる。本明細書及び特許請求の範囲において「加工」というのは、このような例を含むものである。
前記目的を達成するための第5の発明は、前記第1の発明から第4の発明のいずれかであって、前記紫外短パルスレーザ光の波長が400nm以下であることを特徴とするものである。
高分子結晶中にはC−N結合が存在することが多いので、このような場合C−N結合を確実に切断するためには、照射する紫外短パルスレーザ光の波長は、400nm以下であることが好ましい。又、C−C結合を確実に切断することを考えると波長は340nm以下であることが望ましい。エネルギー的には紫外短パルスレーザ光の波長の下限を特に制限する必要は無いが、190nm未満となると大気中の酸素による吸収が多くなるので、190nm以上であることが好ましい。又、現在、容易に入手できる光学素子は、波長150nm未満の光を透過しないため、150nm以上の紫外短パルスレーザ光を使用することが好ましい。
前記目的を達成するための第6の発明は、前記第1の発明から第5の発明のいずれかであって、前記紫外短パルスレーザ光の1パルス当たりのエネルギー密度が1mJ/cm以上であることを特徴とするものである。
紫外短パルスレーザ光による加工過程においては、照射する紫外短パルスレーザ光1パルスあたりのエネルギー密度(フルーエンス)によって加工特性が大きく左右される。一般に、紫外短パルスレーザ光1パルスあたりの加工量(加工レート)はフルーエンスに対して線形性を示さない。フルーエンスが小さすぎる場合は、たとえ化学結合を切断したとしてもその後の蒸散が不十分となり、加工を施すことができない。すなわち、加工を起こすためにはある閾値以上のフルーエンスが必要である。閾値以上のフルーエンスにおいては、フルーエンスの増加に伴って加工レートが増加していく。したがって、良好な加工特性を得るためには、照射される前記紫外短パルスレーザ光のフルーエンスを適切に調整しなければならない。
前記の好適なフルーエンスは、照射光に対する被加工材料の吸収係数に依存する。吸収係数が大きいほど単位体積あたりに多くの光子が吸収されて効率的に化学結合が切断されるため、加工可能の閾値となるフルーエンスの値は小さくなる。高分子の吸収係数は紫外領域において波長によって大きく変化するので、前記の好適なフルーエンスは照射光の波長によって異なる。400nm以下の波長範囲では1mJ/cm以上のフルーエンスを採用できる。前記適切なフルーエンスにおいて紫外短パルスレーザ照射を実施することにより、紫外短パルスレーザ光1パルスあたりに結晶表面から深さ1nm以上の領域にわたって加工の影響を及ぼすことが可能である。
前記目的を達成するための第7の発明は、高分子結晶を加工する高分子結晶の加工装置であって、紫外短パルスレーザと、前記紫外短パルスレーザから放出される紫外短パルスレーザ光を、被加工物である高分子結晶に導き、当該高分子結晶の被加工場所に集光させる光学系と、前記光学系と前記高分子結晶の相対位置を変化させる機構を有することを特徴とする高分子結晶の加工装置である。
本発明においては、光学系と高分子結晶の相対位置を変化させる機構を使用して、紫外短パルスレーザ光の集光位置を高分子結晶の被加工場所に照射し、光学系と高分子結晶の相対位置を変化させながら、所定の形状に高分子結晶を加工することが可能となる。
前記目的を達成するための第8の発明は、前記第7の発明であって、前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置を、前記高分子結晶と同時に観測する観測装置、又は測定する測定装置を有することを特徴とするものである。
本発明においては、紫外短パルスレーザ光が集光される位置を、高分子結晶と同時に観察又は測定することができるので、高分子結晶のどの場所に紫外短パルスレーザ光が照射されているのかを観察又は測定することができ、これにより、所望の加工を行うことが容易となる。
前記目的を達成するための第9の発明は、前記第8の発明であって、前記観測装置、又は測定装置が可視光を用いた光学的観測装置又は光学的測定装置であり、これら観測装置、測定装置は、前記光学系と機械的に固定された関係にあり、前記観測装置、測定装置の基準点と、前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置が一致しており、前記観測装置、測定装置の基準点位置を観測又は測定することにより、間接的に、前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置を観測又は測定する機能を有することを特徴とするものである。
照射されるレーザ光が紫外短パルスレーザ光である場合、特殊の光変換装置又は光検出器を使用しないと、その照射位置を観察又は測定することができず、高分子結晶のどの点に集光されているのかが判別できない。そこで、本発明においては、観測装置、測定装置側に基準点(通常3次元)を設け、その基準点に紫外短パルスレーザ光が集光するようにし、その基準点を高分子結晶と同時に観測するようにしている。よって、可視光により高分子結晶上の紫外短パルスレーザ照射位置を知ることができる。基準位置は、例えば、観測装置、測定装置の光軸と垂直な2次元方向には目盛り線を設けて基準位置とし、光軸方向では合焦位置を基準位置とすることができる。
前記目的を達成するための第10の発明は、前記第7の発明から第9の発明のいずれかの高分子結晶の加工装置が組み込まれていることを特徴とする高分子結晶の観測装置である。
高分子結晶を加工するためには溶液から取り出す必要がある場合があり、その場合、加工後の高分子結晶は、素早く観測しないと、高分子結晶が変質してしまうときがある。本発明においては、高分子結晶の観測手段に、本発明の高分子結晶の加工装置を組み込み、加工が終わったらすぐに観測を行うことができる。
前記目的を達成するための第11の発明は、前記第10の発明であって、観測装置がX線回折装置であることを特徴とするものである。
X線回折装置は、結晶の構造解析に最も良く用いられている観測装置の一つであり、これに、本発明の高分子結晶の加工装置を組み込み、加工が終わったらすぐに観測を行うことができ、結晶の構造解析を正確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
図1は、本発明の実施の形態の1例である高分子結晶の加工装置の概要図である。
図2は、卵白リゾチーム水溶液(1mg/ml)の紫外領域における吸収係数を示す図である。
図3は、高調波発生回路の例を示す図である。
図4は、高分子結晶の被加工物を加工する状態の例を示す図である。
図5は、高分子結晶の加工の例を示す図である。
図6は、紫外短パルスレーザシステムと光学顕微鏡と組み合わせて使用するようにした例を示す図である。
図7は、紫外短パルスレーザシステムと光学顕微鏡と組み合わせて使用するようにした例を示す図である。
図8は、X線回折装置に、高分子結晶の加工装置を組み込んだ例を示す図である。
図9は、本発明の実施の形態の1例である高分子結晶の剥離方法の概要を示す図である。
図10は、本発明の第1の実施例において高分子単結晶を切断した状態の写真を示す図である。
図11は、本発明の第1の実施例において切断した高分子単結晶のX線回折パターンを示す図である。
図12は、本発明の第2の実施例において高分子単結晶に孔を形成した状態の写真を示す図である。
図13は、本発明の第3の実施例において、高分子の多結晶を切断して単結晶を分離した状態の写真を示す図である。
図14は、本発明の第4の実施例において、高分子の結晶を切断する前と後の状態の写真を示す図である。
図15は、本発明の第5の実施例において、高分子の結晶の一部を除去する前と後の状態の写真を示す図である。
図16は、本発明の第6の実施例において、高分子の結晶の一部を除去する前と後の状態の写真を示す図である。
図17は、本発明の第7の実施例における、破損した部分を除去する前の高分子結晶の状態の写真と、そのX線回折結果を示す図である。
図18は、本発明の第7の実施例における、破損した部分を除去した後の高分子結晶の状態の写真と、そのX線回折結果を示す図である。
図19は、本発明の第8の実施例における、剥離前の結晶の付着状態を示す模式図である。
図20は、本発明の第8の実施例において、剥離したタンパク質結晶が落下していく様子を示す図である。
図21は、被加工材料として、膜タンパク質結晶であるAcrB結晶を使用して、結晶の一部をアブレーション除去した例を示す図である。
図22は、第2高調波(フルーエンス60J/cm)、第3高調波(フルーエンス7J/cm)第4高調波(フルーエンス1J/cm)、および第5高調波(フルーエンス0.5J/cm)を照射したときの加工結果を示す図である。
図23は、レーザ照射後における卵白リゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の実施の形態の例を、図を用いて説明する。図1は本発明の実施の形態の1例である高分子結晶の加工装置の概要図である。紫外短パルスレーザ光源1から放出された紫外短パルスレーザ光9は、シャッタ2、強度調整素子3、照射位置制御機構4、集光光学系5を介して、試料容器6中に入れられた高分子結晶8に集光照射される。試料容器6は、ステージ7に搭載され、光軸方向をz軸として、x−y−z直交座標系でx軸、y軸、z軸の3次元方向の移動が可能とされていると共に、z軸の周りに回転可能となっている。高分子結晶8の表面に集光照射された紫外短パルスレーザ光により、高分子結晶の加工が行われる。
高分子物質の中には、上述したようにC−N結合を有するものがあり、これらの高分子中のC−N結合を切るためには、使用するレーザ光の波長は400nm以下であることが要求される。一方、レーザ光の照射に必要となる各種光学素子は、波長150nm未満の光を効率的に透過しないため、波長150nm未満のレーザ光を用いることは好ましくない。したがって、照射するレーザ光の好ましい波長範囲は150nm以上400nm以下である。また、C−C結合を確実に切断することを考えると波長は340nm以下であることが望ましい。一方、レーザ光の波長が190nm未満となると、大気中の酸素による吸収が存在するために空気中のレーザ光の伝播が難しくなるという問題点が生じる。即ち、より好ましい紫外短パルスレーザ光の波長は190nm以上340nm以下の範囲となる。
高分子による光の吸収を、タンパク質を例に挙げて説明する。図2に代表的なタンパク質であるニワトリ卵白リゾチーム水溶液(1mg/ml)の紫外光領域における吸収係数を示す。300nm以下で吸収が増加しはじめ、まず270nm〜280nm付近にピークを持ち、一旦250nm付近でやや吸収が小さくなった後、より短波長になると急激に吸収が大きくなる。
波長が300nm以下の範囲では照射光が高分子中の結合に大きな影響を与え、しかも結晶内部まで浸透せずに表面層で効率的に吸収されるため、光の照射された表面部分でのみ分解が進み、周辺部位への影響の少ない加工が可能となる。即ち、タンパク質の加工におけるさらにより好ましい紫外レーザの波長は300nm以下となる。
紫外短パルスレーザ光の波長が被加工物である高分子結晶の短波長側の吸収端よりも短く、高分子結晶が線形吸収を有する紫外短パルスレーザ光を用いることにより、結晶表面からの加工を確実に達成することができる。高分子結晶の吸収スペクトルは、対象によってその形状が異なっており、吸収端波長を一義的に決めることはできないが、レーザ光の波長は高分子結晶の短波長側の吸収端よりも短いことが好ましい。
使用可能なガスレーザの例として、Fレーザ、ArFエキシマレーザ、KrFエキシマレーザ、XeClエキシマレーザ、XeFエキシマレーザ等が挙げられる。また、レーザ光の高調波を使用する例として、Nd:YAGレーザの第3高調波、第4高調波、第5高調波、第6高調波、Nd:YVOレーザの第3高調波、第4高調波、第5高調波、第6高調波、Ti:Sレーザの第2高調波、第3高調波、第4高調波、第5高調波、エルビウム添加ファイバーレーザの第4高調波、第5高調波、第6高調波、第7高調波、第8高調波、イットリビウム添加ファイバーレーザの第3高調波、第4高調波、第5高調波、第6高調波、Arイオンレーザの第2高調波、第3高調波なども使用できる。
これらの高調波発生回路は周知のものであるが、その一例を図3を用いて説明する。これは、波長193nmの光を発生させる固体レーザ装置であり、波長1547nmの半導体レーザの光を、ファイバーアンプや半導体アンプなどで増幅し、その増幅した1547nmの基本波を、波長変換光学系により第8高調波に波長変換し193nmの光を得るものである。半導体レーザやファイバーアンプ等の光増幅部分の説明はここでは説明しないが、例えば特開2000−200747号公報等に記載されて公知となっている。
図3では、ファイバーアンプ等で増幅された基本波が波長変換結晶101に入射し、基本波の一部の光が第2高調波に波長変換される。波長変換結晶101としては、LBO(LiB)、PPLN(Periodically Poled LiNbO)、PPKTP(Periodically Poled KTiOPO)などがある。
波長変換結晶101から射出した基本波と第2高調波は、波長変換結晶102に入射し、基本波と第2高調波の一部が第3高調波に波長変換される。波長変換結晶102としては、LBO、PPLN、PPKTPなどがある。
波長変換結晶102から射出した基本波と第2高調波と第3高調波の光は、ダイクロイックミラー331に入射し、基本波と第2高調波は透過し、第3高調波は反射される。ダイクロイックミラー331を透過した第2高調波はダイクロイックミラー332で反射され、波長変換結晶103に入射し第2高調波の一部が第4高調波に波長変換される。波長変換結晶103としては、LBO、PPLN、PPKTPなどがある。
波長変換結晶103から射出した第4高調波は、ダイクロイックミラー333で反射され、ダイクロイックミラー331およびミラー304で反射されてダイクロイックミラー333を透過した第3高調波とほぼ同軸になり、波長変換結晶104に入射し、第3高調波と第4高調波の一部が第7高調波に波長変換される。波長変換結晶104としては、BBO(β−BaB)などがある。
波長変換結晶104から射出した第7高調波はダイクロイックミラー334で反射され、ダイクロイックミラー331、332を透過してミラー301、302、303で反射されて、ダイクロイックミラー334を透過した基本波とほぼ同軸になり、波長変換結晶に105に入射する。そして、基本波と第7高調波の一部が、第8高調波である193nmの光に波長変換される。波長変換結晶105としては、LBO、CLBO(CsLiB10)、BBOなどあるが、これらに限定されない。
なお、図3に示す光学系では、レンズや波長板の記載を省略しているが、実際の光学系では所望の場所に配置されている。この光学系の一部を使用すれば、第2高調波、第3高調波、第4高調波、第7高調波をも形成することができる。第5高調波、第6高調波を形成する回路は別にあるが、公知であるので説明を省略する。又、図3に示す光学系は、図1に示す紫外短パルスレーザ光源1の一部とされている。
被加工材料に照射する紫外短パルスレーザ光は、連続光ではなく、パルス光であることが望ましい。連続光によるレーザ加工は基本的に熱加工であり、前述の理由により高分子結晶の加工に適していない。また、パルス光のパルス時間幅は短いことが好ましく、定量的に書くと、半値全幅100ns以下であることが好ましい。100nsを超えると、紫外短パルスレーザ光による加工においても発熱による悪影響を無視することができない。さらに好ましくは、10fs以上10nm以下のパルス幅であり、いわゆるナノ秒パルスレーザ、ピコ秒パルスレーザ、フェムト秒パルスレーザがこれに相当する。
紫外短パルスレーザ光による加工の過程においては、照射する紫外短パルスレーザ光1パルスあたりのエネルギー密度(フルーエンス)によって加工特性が大きく左右される。一般に、紫外短パルスレーザ光1パルスあたりの加工量(加工レート)はフルーエンスに対して線形応答を示さない。フルーエンスが小さすぎる場合は、たとえ化学結合を切断したとしてもその後の蒸散が不十分となり、加工を施すことができない。すなわち、紫外短パルスレーザ光による加工を起こすためにはある閾値以上のフルーエンスが必要である。閾値以上のフルーエンスにおいては、フルーエンスの増加に伴って加工レートが増加していく。したがって、良好な加工特性を得るためには、照射される前記紫外短パルスレーザ光のフルーエンスを適切に調整しなければならない。
前記の好適なフルーエンスは、照射光に対する被加工材料の吸収係数に依存する。吸収係数が大きいほど単位体積あたりに多くの光子が吸収されて効率的に化学結合が切断されるため、加工閾値となるフルーエンスの値は小さくなる。図2に一例を示したように、高分子の吸収係数は紫外領域において波長によって大きく変化するので、前記の好適なフルーエンスは照射光の波長によって異なる。
すなわち、150nm以上210nm未満の波長範囲における好ましいフルーエンスは、1mJ/cm以上、210nm以上240nm未満の波長範囲では10mJ/cm以上、240nm以上300nm未満の波長範囲では、100mJ/cm以上、300nm以上400nm以下の波長範囲では1J/cm以上となる。
前記適切なフルーエンスにおいて紫外短パルスレーザ光照射を実施することにより、紫外短パルスレーザ光1パルスあたりに結晶表面から深さ1nm以上の領域にわたって加工の影響を及ぼすことが可能である。
紫外短パルスレーザ光は単発で照射しても、あるいは複数発を繰り返し照射してもよい。複数発のパルスの照射を行う場合の加工速度は、パルス繰返し周波数によって変化する。繰返し周波数が小さくなりすぎると高い加工速度が得られない。一方、繰返し周波数が大きくなりすぎると発熱による悪影響が生まれる場合がある。すなわち、発熱効果が問題にならない範囲で、自由にパルス繰り返し周波数を設定することができる。レーザ光の波長、パルス幅、レーザビームのスキャニング等により、発熱の影響は変化するため、好適なパルス繰り返し周波数を一義的に決定することはできないが、例えば100MHz以下を採用できる。さらに、加工速度と加工特性の両立という観点から考えると、より好ましいパルス繰り返し周波数の範囲は10Hz以上1MHz以下である。この場合、紫外短パルスレーザ光パルスを被加工材料の同一箇所に複数発照射する際に、同一箇所に照射される光パルスの時間間隔は1μs以上となる。また、加工中に適宜パルス繰返し周波数を変化させることも可能である。
複数発のパルスレーザ光を繰返し照射する場合、照射するパルスの数は、加工目的に応じて自由に設定できる。したがって、合計の照射時間は特に制限されない。
高分子結晶への照射パルス数は紫外短パルスレーザ光源1と高分子結晶8の間に設置されたシャッタ2により制御することが可能である。各加工目的に必要となる数の光パルスのみを高分子結晶に照射することにより、より好ましい加工状態を達成できる。
高分子結晶への照射光強度は強度調整素子3により調整することが可能である。この手段としてはポラライザーと半波長板の組み合わせなどがある。複数発のパルス光を照射することによってレーザスポット径よりも大きい面積の加工を行う場合、レーザスポット位置を高分子結晶に対し相対移動させながら加工を行う。第1の方法は、ステージ7を適宜移動させることである。第2の方法は、照射位置制御機構4を用いて、高分子結晶8上におけるレーザスポット位置を光軸に垂直な方向に走査する方法であり、照射位置制御機構4は、ガルバノミラー、ポリゴンミラー、音響光学偏向器などがある。前記2つの方法を同時に採用してレーザスポット位置と高分子結晶8の位置を共に移動させることも可能である。レーザスポット位置を高分子結晶8に対し相対移動させながら加工を行う場合、その相対速度は照射光の繰返し周波数、被加工材料の吸収係数などに応じて適宜設定できる。
紫外短パルスレーザ光に対して高分子結晶を相対的に回転させながら前記加工を行う場合、ステージ7を回転させることにより、高分子結晶を回転させながら加工を行うことができる。好ましい相対回転速度は照射光の繰返し周波数、高分子結晶の吸収係数などに依存する。
紫外短パルスレーザ光9は結像光学系を用いることにより、高分子結晶上に点状あるいは線状に集光することができる。使用する集光光学系5は紫外光用の反射鏡、紫外光を効率的に透過させることのできるレンズおよびプリズム、などのいずれでもよい。
光ファイバーを用いて紫外短パルスレーザ光9を伝搬させることも可能である。光ファイバーは紫外光を効率よく透過する材料であること、導入する光により破壊されない強度を持つこと、が必要とされる。光ファイバーの形状は中空であってもよい。光ファイバーからの出力光を直接被加工材料に照射することも可能であるほか、一旦レンズなどで集光して被加工材料に照射することもできる。
高分子結晶へのレーザ光の集光形態は、被加工材料の種類や形状、加工目的によって適宜変更できる。一般に、加工対象となる高分子結晶の大きさは1cm立方以下であるため、点状に集光した場合は、好ましくは被加工材料上のレーザスポット径は1mm以下である。線状に集光した場合のレーザスポット長径は1cm以下、短径は1mm以下である。
被加工材料となる高分子の中には結晶中に水を含有する場合がある。この場合、乾燥による変性や結晶への損傷を防ぐため、加工時における好ましい結晶の状態としては、結晶育成溶液中や保存液中に配置された状態、密閉された容器中に配置された状態、冷凍された状態が採用できる。
図4に、高分子結晶の被加工物を加工する状態の例を示す。図4において、51は試料容器、52は紫外線不透過溶液、53は被加工対象物(高分子結晶)、54は紫外線透過溶液、55は溶液、56はプレート、57はキャピラリ、58はループ、59は溶液の膜を示す。又、矢印は紫外光を示す。
一般に高分子結晶はその元となる試料溶液(母液)から形成され、試料溶液中で結晶が成長する。しかし、一般に試料溶液は紫外短パルスレーザ光を透過せず、紫外短パルスレーザ光を試料溶液を介して高分子結晶に照射することができないので工夫が必要である。なお、以下の(a)〜(k)において、試料容器の材質は、紫外短パルスレーザ光の透過率が高いものであり、かつ、試料容器の面は、紫外短パルスレーザ光が効率的に透過するようにされている。
(a)では、成長した高分子結晶が試料溶液より重く、試料容器の下面に沈む場合であり、この場合には、試料容器の下側から試料容器を通して高分子結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。(b)では、成長した結晶が試料溶液より軽いか、表面張力の影響を受けるために、試料溶液の表面に浮かぶ場合であり、この場合には、試料容器上側から直接高分子結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。(c)では、成長した結晶が試料容器の側面に付着する場合であり、この場合には、試料容器の側面から試料容器を通して高分子結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。
(a)〜(c)においては、紫外光が溶液の中を透過しないので、紫外光を溶液中を通過させないように照射する。
(d)では、試料溶液の下層に、それより比重が大きく紫外短パルスレーザ光を透過する液体を追加して結晶を育成するか、結晶の育成後に、試料溶液の一部を前記試料溶液より比重が大きく紫外短パルスレーザ光を透過する液体に置換し、2液の境界面に浮遊する高分子結晶に、試料容器と紫外短パルスレーザ光を透過する液体を介して紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。(e)では、試料溶液を紫外短パルスレーザ光を透過する液体に完全に置換し(試料溶液より比重が軽い液体が好ましい)、高分子結晶を沈下させて試料容器の下面に位置させ、試料容器を通して高分子結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。(f)では、高分子結晶の表面が露出する程度に試料溶液を除去し、上部から紫外短パルスレーザ光を直接高分子結晶の表面に照射して加工を行う。
これら(a)〜(f)の加工方法を使用する場合の、高分子結晶の育成方法は、主としてシッティングドロップ法やバッチ法が用いられる。
これに対して、(g)と(h)に示すものは、ハンギングドロップ法で育成した高分子結晶の加工方法である。(g)では表面張力により液面に保持されている結晶を下方から、(h)では試料容器に付着している結晶を上方から、それぞれ紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。
(i)は、サンドウィッチ法により育成された高分子結晶を加工する方法であり、プレート間の高分子結晶に、プレートと試料溶液を介して紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う。試料溶液の厚みが厚くないので、紫外短パルスレーザ光はわずかしか吸収されず加工を行うことができる。
(j)は、試料溶液と高分子結晶をキャピラリ中に収納し、キャピラリ中で試料溶液と高分子結晶を分離し、キャピラリを通して、高分子結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う方法である。(k)は、試料溶液と高分子結晶をループで掬って表面張力により試料溶液を薄膜化し、その上で高分子結晶に直接紫外短パルスレーザ光を照射して加工を行う方法である。
図5に、高分子結晶の加工の例を示す。図5において、61は高分子結晶、62はそのうちの紫外線照射部、63は改質部で、各図における同じハッチングは同じものを示す。又、左側が加工前、右側が加工後の状態を示す。
(a)は切断であり、切断部に紫外短パルスレーザ光を照射し、結晶の化学結合を切断すると共に蒸散により切断部を飛ばして切断を行う。切断された高分子結晶は、X線回折測定やバイオデバイス用として使用できる。剪断応力をかけない状態で切断を行うことができる。(b)は除去であり、所定の形状の領域に紫外短パルスレーザ光を照射してその領域部分を蒸散させたり、その領域の境界に沿って切断を行うことにより、所定部分を除去する。残った高分子結晶は、X線回折測定やバイオデバイス用として使用できる。なお、(b)以下の図において、(a)と同じハッチングを施した部分は、それぞれ(a)と同じ、高分子結晶、紫外短パルスレーザ光照射部を示す。
(c)は穿孔であり、所定部分に紫外短パルスレーザ光を照射することにより孔開けを行う。孔の開いた高分子結晶は、バイオデバイス用として使用できる。(d)は改質であり、所定部分に紫外短パルスレーザを照射することにより、意図的に照射部分の結晶としての性質を消失させるものである。この高分子結晶はX線回折測定やバイオデバイス用に使用することができる。
ところで、高分子結晶である被加工物を加工する場合、紫外短パルスレーザ光が被加工物の何処に照射されているかを確認する必要がある。しかし、紫外短パルスレーザ光は目視することができないので、光学顕微鏡と組み合わせて使用することが好ましい。
その例を図6に示す。(a)に示す光学系においては、紫外短パルスレーザシステム11(図1の符号1〜4に対応)からの紫外短パルスレーザ光を、集光光学系5を介して所定の点に集光する。ステージ7は図1において説明したような機能を有しており、高分子結晶8の入った試料容器6がステージ7上に載置されている。照明光源12からの可視光は、反射光13で反射され、試料容器6をケーラー照明する。高分子結晶8は、光学顕微鏡の対物レンズ14、接眼レンズ15を介して眼16により目視される。
光学顕微鏡の光軸位置には、十字状のマークが形成されており、光軸位置が目視できるようになっている。そして、光学顕微鏡の焦点位置(合焦位置、すなわち、目視したときピントが合う物面)は固定とされている。集光光学系5により集光された紫外短パルスレーザ光は、光学顕微鏡の光軸位置で、かつ光学顕微鏡の焦点位置に集光されるようになっている。よって、ステージ7上に被加工物を載置し、光学顕微鏡でその像を観察した場合、ピントが合っており、かつ十字マークの中心にある位置に、紫外短パルスレーザシステム11からの紫外短パルスレーザ光が集光されるようになっている。なお、紫外短パルスレーザシステム11、集光光学系5、及び光学顕微鏡部の相対位置関係は固定されており、ステージ7のみがこれらの固定系に対して相対的に移動可能とされている。
よって、加工を行いたい場所が光学顕微鏡の光軸位置でかつ合焦位置となるようにステージ7を移動させながら加工を行うことにより、所望の場所の加工、及び所望の形状の加工を行うことができる。もし、自動的に加工を行わせたいのであれば、光学顕微鏡に自動焦点調整装置をつけてステージ7をその指令により駆動すると共に、ステージ7の予め定められた所定部分が光学顕微鏡の光軸になるように、ステージ7を駆動するようにすればよい。または、初めに基準となる位置を合わせた後、サーボ機構によりステージ7を2次元又は3次元に駆動するようにしてもよい。
図7は、紫外短パルスレーザシステムを光学顕微鏡と組み合わせた他の例を示す図である。この例においては、紫外短パルスレーザ光を、光学顕微鏡の光軸とに沿って、高分子結晶に照射するようにしている。紫外短パルスレーザシステム11から放出された紫外短パルスレーザ光9は、集光光学系5を通過した後、ビームスプリッタ17に入射して反射され、光学顕微鏡の光軸に沿って高分子結晶に照射される。光学顕微鏡そのものは、図6に示したものと同じ構成であるが、可視光はビームスプリッタ17を直進し、対物レンズ14、接眼レンズ15を介して眼16により観察される。紫外短パルスレーザ光の集光位置が、光学顕微鏡の光軸上であって、光学顕微鏡の合焦位置となっている点、紫外短パルスレーザシステム11、集光光学系5と光学顕微鏡との位置関係が固定されたものであることは、図6に示したものと同じである。
すなわち、図6に示した実施の形態では、紫外短パルスレーザ光は高分子結晶を斜めに照射しているのに対し、本実施の形態では、高分子結晶を垂直照射している点が異なり、それを実現するためにビームスプリッタ17が設けられている。これにより、加工精度が正確になり、垂直な切断が可能になる。その他の、照射位置検出等の機能は図6に示したものと同じであるのでその説明を省略する。
又、図7に示した構成の変形として、ビームスプリッタ17を、対物レンズ14と接眼レンズ15の中間におき、対物レンズ14を集光レンズとして使用し、集光光学系5を省略するような構成も考えられる。又、ステージ7の真上に紫外短パルスレーザシステム11、集光光学系5を設置して、高分子結晶を垂直照射し、ステージ7の下方から可視光により被照射物を照明すると共に、光学顕微鏡をステージ7の下方に設けるような構成も考えられる。
図8に、試料観測装置であるX線回折装置に、高分子結晶の加工装置を組み込んだ例を示す。X線回折装置本体部21には、ステージ22が設けられており、その上に測定サンプルである高分子結晶23が載置されている。X線発生装置24からのX線は、スリット25で絞られた後、高分子結晶23に照射され、照射面で回折されたX線が、検出器26で検出されてX線回折パターンが観測される。試料の位置合わせ等のために、試料監視用カメラ27が設けられている。
この実施の形態においては、X線回折装置本体部21に、紫外短パルスレーザシステム11からの紫外短パルスレーザ光が、反射ミラー28を介して集光光学系5により集光され、高分子結晶23を照射して、加工を行う。ステージ22は、図1におけるステージ7の機能を有し、その移動により、高分子結晶23を所定の形状に加工する。加工方法は、前述のようなものである。但し、試料の位置合わせは、眼によらず、試料監視用カメラ27の撮像に基づいて行われる。
加工が終了すると、その場で、加工された高分子結晶23にX線発生装置24からX線が照射され、X線回折パターンが検出される。もし、加工状態が不十分で、良好なX線回折パターンが得られなかった場合には、すぐその場で、再び高分子結晶の再加工を行うことができる。
又、高分子結晶のX線結晶構造解析を行う場合、当該結晶は通常図4(j)あるいは(k)に示すような測定用の冶具に移されてX線結晶構造解析装置にマウントされる。しかしながら、高分子結晶は育成および操作が難しいため、育成当初より存在していた欠陥や損傷などに加え、移管操作時に新たに発生する損傷も加わり、測定装置に配置された結晶は明らかに劣悪な結晶品質の部位を含むことがある。このような場合、結晶品質が高いと思われる部位だけに限定してX線を照射する措置をとることが多いが、損傷の場所によっては対応できないことがある。原理的にもっとも優れている対処法は、損傷部位を完全に除去してから測定を行うことであるが、一旦測定装置にセットした後で、従来の機械的な加工手法で処置をすることは、事実上極めて困難であった。
しかしながら、本発明によるレーザを用いた加工手法は、機械的な接触を必要としない加工を提供するものであり、本発明を適用することにより、図4(j)および(k)中に配置された結晶を再度取り出すことなく容易に加工を施すことが可能である。
図9に、本発明の実施の形態の1例である高分子結晶の剥離方法の概要を示す。図9において、(a)は不透明な物質31に、高分子結晶の剥離対象物32が付着している場合、(b)は、透明な物質35に、高分子結晶の剥離対象物32が付着している場合の剥離方法を示すものである。
(a)に示すような場合においては、不透明な物質31と剥離対象物32との境界に紫外短パルスレーザ光33を集光させて照射する。すると、レーザ照射点でレーザアブレーションが発生し、その部分の圧力が上昇する。特にアブレーションによって気化する物質がある場合には気泡34が発生し、その圧力により、剥離対象物32が剥離する。
(b)に示すような場合においては、透明な物質35を通して、剥離対象物32が付着している面と反対の面側から、透明な物質35と剥離対象物の界面に、紫外短パルスレーザ光33を集光させて照射する。すると、レーザ照射点でレーザアブレーションが発生し、その部分の圧力が上昇する。特にアブレーションによって気化する物質がある場合には気泡34が発生し、その圧力により、剥離対象物32が剥離する。
「付着」の状態は、特に限定されるものでなく、例えば、物質と剥離対象物が液体の表面張力により付着しているもの、粘性のある液体や固体の粘性力により付着しているもの、凍結により付着しているもの等が含まれ、又、高分子結晶同士が付着している場合も含まれる。
又、付着している部分の一部分のみを本発明の方法で剥離し、その後に、その剥離点を基点として別の方法で全体を剥離するようにしてもよい。則ち、本発明の「剥離」は、被剥離対象物を完全に剥離する場合のみに限定されるものではない。
照射するレーザ光の波長は、被剥離物に吸収される波長域のものであればよい。被剥離物に熱損傷を与えないようにするために、紫外光を用いるのは当然であるが、その波長は、被剥離物がタンパク質結晶の場合には、300nm以下、さらには250nm以下であることが好ましい。又、パルス幅としては1μs以下、さらには、10ns以下であることが好ましい。
照射パルス数は、剥離が行えて高分子結晶に損傷を与えない範囲であれば、特に制限はない。高分子結晶の種類によっては1パルスで剥離が可能な場合もある。又、照射エネルギー密度は、高分子結晶の種類、レーザの種類に応じて適宜選ぶことができる。
照射スポット径は特に制限されない。付着面の大きさより小さな照射スポットでも有効である。タンパク質結晶の場合には、付着面の表面積の千分の一程度の照射スポットでも有効な場合がある。又、照射スポットを走査させて広い面での剥離を行うことも可能である。
【実施例1】
本発明による加工方法の基本的な特性を調べるために、図1に示すような装置を使用して、波長193nmの紫外短パルスレーザ光をタンパク質の単結晶に照射し、それにより、結晶を2つに切断した。切断後の結晶のX線回折パターンを測定し、構造解析を行った。
モデル高分子としてタンパク質のニワトリ卵白リゾチームを選び、蒸気拡散法により本タンパク質の単結晶を試料容器中で育成した。結晶育成溶液は、6回再精製したニワトリ卵白リゾチーム試料25mg/ml溶液を作成した後、pH4.5に調整した0.1M酢酸緩衝溶液の中に塩化ナトリウムが60mg/ml濃度となるように調整した溶液を1:1の比率で混合した10μlの溶液を使用した。外液としてpH4.5に調整した0.1M酢酸緩衝溶液の中に塩化ナトリウムが60mg/ml濃度となるように調整した溶液を400μl追加した。
この試料容器を20℃の一定温度にて14日静置することにより、大きさが約0.15mm×0.35mm×0.1mmの単結晶を得た。この結晶が存在しているタンパク質溶液を取り除き、溶液による光吸収を極力避けた。また、ニワトリ卵白リゾチーム結晶が乾燥による変性を起こさないように結晶近辺に外液の液滴を残した状態で、石英ガラスにより密閉した後、XYZ3軸が移動可能であるステージ上に配置した。ステージの最大移動速度は5mm/sec、位置分解能は1μmである。紫外短パルスレーザ光照射前の結晶写真を図10(a)に示す。写真で細長の6角形をしているのがニワトリ卵白リゾチーム結晶である。
図2に卵白リゾチーム水溶液(1mg/ml)の紫外領域における吸収係数を示したように、一般にタンパク質は200nm以下の波長では非常に大きな吸収を示す。この領域では光が結晶中に侵入する深さは数μm以下であり、より周辺部位への影響の少ない所望の表面加工が可能となる。そこで、本実施例では波長200nm以下の深紫外領域の短パルスレーザを照射光として選択した。
紫外短パルスレーザ光発生手段として、波長193nmの固体紫外短パルスレーザ光源を使用した。本光源の構成は以下の通りである。縦横シングルモードのレーザダイオードを直接変調して波長1547nm、繰返し周波数1kHzのパルス光を発生させる。このパルス光を合計三段の直列に接続されたエルビウム添加ファイバー増幅器により約200万倍に増幅する。次に、ファイバー増幅器からの出力光を、図3に示すような非線形光学結晶を用いた五段階の波長変換過程により第8高調波に変換し、波長193nmの光を発生させる。
紫外短パルスレーザ光源1から発生された紫外短パルスレーザ光9を、シャッタ2を通過させた後、集光光学系5である焦点距離100mmの合成石英レンズで集光することにより、ステージ7上に配置された、卵白リゾチーム結晶(高分子結晶)8が入っている試料容器6の上面より、Z軸方向に照射した。結晶への照射位置は光学顕微鏡で観察しながら微調整した。結晶上における照射光のパルスエネルギーは0.25μJ、スポット径は25μm、フルーエンスは50mJ/cm、平均強度0.25mW、パルス時間幅は1nsであった。
ステージ7を移動速度0.5mm/sec、片道の移動距離0.5mmでXY面内において直線的に往復動作させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記往復動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続けたところ、合計約10万パルスの照射により、前記ニワトリ卵白リゾチーム結晶を切断することに成功した。本照射において加工により切除した結晶の総体積は約0.0006mmであった。図10(b)に切断後におけるニワトリ卵白リゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す。紫外短パルスレーザ光の照射により未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が可能であることを確認した。
切断した結晶を2時間放置後、室温にてX線構造回折を行った。測定には、X線発生器として理学電機社製ultraX18(電圧50kV,電流100mA)、検出器としてRAXIS IV++を用いた。結晶と検出器の距離は150mm、検出角度2°、測定時間30分/2°とした。紫外短パルスレーザで加工した結晶の回折分解能は0.19nmであり、同条件で育成した未加工の結晶の回折分解能と全く同じであった。図11に、得られたX線回折パターンを示す。図に示すようにきれいな回折パターンが得られている。このことより、紫外短パルスレーザ光照射による結晶加工において、結晶品質への悪影響は見られず、良好な加工が施せていることが証明された。
物質の硬さ(機械的強度)を定量的に表す指数の一つとしてビッカース硬度がある。表1に幾つかの結晶のビッカース硬度を示す。数値が大きいほどその物質が硬質であることを表している。無機結晶であるKTiOPOやKHPOなどは十分な機械的強度を有しているため、切断や切削、研磨などの加工技術が確立している。これに比べて有機結晶であるDASTやThienylchalconeなどは、無機結晶に比べて、その硬度は小さく、既存の汎用機による加工は困難であり、高度な技術や特殊な装置を要する。一般に、汎用の加工装置を用いる場合、ビッカース硬度は50kgf/mm以上、高価で特殊な加工装置を用いる場合、10kgf/mm以上が必要である。一方、タンパク質結晶であるニワトリ卵白リゾチーム結晶のビッカース硬度は0.2kgf/mmと極めて小さく、前記無機及び有機結晶に対する加工手法を適用することは不可能である。

【実施例2】
実施例1で説明した装置と同じ装置を使用して、穿孔加工を施し、結晶中央部に矩形状の空洞を形成した。モデル高分子としてタンパク質のニワトリ卵白リゾチームを選び、実施例1と同様の育成手法および育成条件により、被加工対象物となる本タンパク質の単結晶を試料容器中で育成した後、実施例1と同様に結晶が存在しているタンパク質溶液を取り除き、外液の液滴を残した状態で試料容器6を密閉した。レーザ光照射前の結晶写真を図12に示す。結晶の大きさは0.4mm×0.6mm×0.3mmであった。試料容器6をXYZ3軸が移動可能なステージ7上に配置し、容器上面(Z軸方向)から波長193nmの紫外短パルスレーザ光を照射した。
結晶上における照射光の繰返し周波数は1kHz、パルスエネルギーは0.25μJ、スポット径は25μm、フルーエンスは50mJ/cm、平均強度0.25mW、パルス時間幅は1nsであった。
照射部は結晶の中央部とし、照射光の光軸方向(Z軸)に対して垂直なXY面内で、ステージ7をX軸方向に0.2mm、Y軸方向に0.15mm連続的に移動させることにより、0.22mm×0.17mmの長方形状の領域に継続的に紫外短パルスレーザ光を照射した。ステージの移動速度は0.5mm/sec、隣り合ったレーザスポット間の距離を0.5μmとした。合計約50万パルスの照射を行い、矩形状の貫通した空洞を形成した。本照射により合計約0.01mmの体積をフォトアブレーションにより除去することができた。図12に照射後における本ニワトリ卵白リゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す。図12(a)が加工前の写真であり、ほぼ正6角形をしているのがニワトリ卵白リゾチーム結晶である。加工により図12(b)に示すように、中心に四角の貫通孔が形成されているのが分かる。
本実施例は、紫外短パルスレーザ光の照射により、被加工対象物の切断だけでなく、被加工対象物の所望の領域を加工により除去できること、および被加工対象物を所望の形状に整形可能なことを示している。紫外短パルスレーザ光の照射によって、照射部位のみが蒸散により除去されており、非照射部にひびや欠けなどの重大な損傷は認められなかった。メスや針を用いた従来の結晶加工方法では、本実施例のような形状の加工は非常に困難を要する。本発明における紫外短パルスレーザ光照射を用いた加工を適用することにより、従来技術では困難であった加工形状が、結晶を破損させることなく容易に達成できることを確認した。
【実施例3】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、波長193nmの紫外短パルスレーザ光をタンパク質の多結晶に照射することによって切断加工を施し、多結晶より単結晶部分を分離した。
被加工材料である卵白リゾチーム多結晶の育成条件も実施例1、実施例2と同じとした。紫外短パルスレーザ光照射前の結晶の写真を図13(a)に示す。高分子結晶8は理想的な単結晶ではなく、2つの単結晶(中央に黒く見える結晶と、その右側に重なって見える細長の6角形の結晶)が重合した多結晶の形態となっていた。
実施例1と同様の手法により、ステージ7を移動速度0.5mm/sec、片道の移動距離0.5mmで直線的に往復動作させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記往復動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回紫外短パルスレーザ光を照射した。合計約10万パルスの照射により、多結晶化した結晶より単結晶部分を切り取ることに成功した。図13(b)に切断後におけるニワトリ卵白リゾチーム結晶の実態顕微鏡写真を示す(図で2本の矢印の間が紫外短パルスレーザ光の照射部分を表しており、右側の細長の6角形の結晶が中央の結晶から完全に切り離されている)。切除された単結晶には重大な損傷は観測されなかった。
一般に、多結晶は、それを構成している複数の単結晶の方位が揃っていないため、そのままの状態ではX線結晶構造解析を実施することが困難である。本実施例の結果より、本発明を適用することでX線結晶構造解析を実施できる結晶形態の範囲が拡大できることが示された。
【実施例4】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、被加工材料として、タンパク質結晶であるヒトリゾチーム結晶を使用して、結晶を切断した。レーザ照射前の結晶の写真を図14(a)に示す。
ステージ7を移動速度0.5mm/sec、片道の移動距離0.2mmでXY面内において直線的に往復動作させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記往復動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続けたところ、合計約10万パルスの照射により、前記ヒトリゾチーム結晶を切断することに成功した。図14(b)に切断後におけるヒトリゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す。加工後の結晶表面上にはタンパク質溶液の液滴が付着しているが、結晶にはクラックなどの機械的損傷は発生しなかった。
【実施例5】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、被加工材料として、タンパク質結晶であるトウモロコシ由来ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ結晶を使用して、結晶を切断した。実施例1〜実施例3で使用した卵白リゾチーム結晶が含水率約40%であるのに対して、本結晶は含水率が約60%と高く、タンパク質結晶の中でも極めて軟らかく脆い結晶である。レーザ照射前の結晶の写真を図15(a)に示す。
前記結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して、結晶を部分的に除去する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続け、合計約20万パルスの照射によって、合計約0.003mmの体積をフォトアブレーションにより除去することに成功した。図15(b)に照射終了後のトウモロコシ由来ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ結晶の実体顕微鏡写真を示す。紫外短パルスレーザ光照射部のみ結晶が除去されており、未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が施されていることが確かめられた。
本実施例、及び実施例4により、本発明が、特定のタンパク質結晶だけに有効なものではなく、他のタンパク質結晶に対しても実施可能であることが分かった。また、非常に柔らかい部類に属する高分子結晶に対しても有効であることが実証された。
【実施例6】
実施例1に用いた装置と同じ構成の装置であって、レーザ光源のみが異なり、221nm固体紫外短パルスレーザ光源である装置を使用して高分子結晶の切断を行った。本光源の構成は以下の通りである。縦横シングルモードのレーザダイオードを直接変調して波長1547nm、繰返し周波数1kHzのパルス光を発生させる。このパルス光を合計三段の直列に接続されたエルビウム添加ファイバー増幅器により約200万倍に増幅する。次に、ファイバー増幅器からの出力光を、図3に示した非線形光学結晶による波長変換過程のうち、最終段の変換過程のみを取り除いた、合計4段階の波長変換過程により第7高調波に変換し、波長221nmの光を発生させる。
図1における紫外短パルスレーザ光源1から発生された紫外短パルスレーザ光9を、シャッタ2を通過させた後、集光光学系5である焦点距離100mmの合成石英レンズで集光することにより、ステージ7上に配置された、高分子結晶8が入っている試料容器6の上面より、ステージ7に垂直な方向から照射した。結晶への照射位置は光学顕微鏡で観察しながら微調整した。結晶上における照射光のパルスエネルギーは0.5μJ、スポット径は25μm、フルーエンスは100mJ/cm、平均強度0.5mW、パルス時間幅は1nsとした。
被加工材料として卵白リゾチーム結晶を選び、育成条件は実施例1、実施例2と同じとした。レーザ照射前の育成容器中の結晶写真を図16(a)に示す。
前記結晶に紫外短パルスレーザ光を照射して、結晶を部分的に除去する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続けたところ、合計約30万パルスの照射により、合計約0.001mmの体積をフォトアブレーションにより除去することに成功した。図16(b)に切断後における卵白リゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す。紫外短パルスレーザ光の照射により未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が可能であることを確認した。
本実施例と実施例1〜5によって、波長193nmのレーザ光、および波長221nmのレーザ光は、本発明において使用するレーザ光として、非常に好ましいことが証明された。さらに、これら2つのレーザの間の波長となるNd:YAGレーザの第5高調波(波長213nm)あるいはNd:YLFレーザの第5高調波(波長210nm)も好ましいレーザの一つである。
【実施例7】
被加工材料として卵白リゾチーム結晶を選び、育成条件は実施例1、実施例2と同じとした。育成容器中の結晶をX線結晶構造解析に用いる石英ガラスキャピラリーチューブ(Capillary tube)(図4(j))に移管した後の結晶写真を図16(a)に示す。図17(b)にはイラストを示した。結晶(Crystal)8は理想的な高品質の単結晶ではなく、上部に部分的に損傷(Damaged part)が入っていることが確かめられた。
実施例1と同様の測定手法により、X線ビーム径0.4mmでこの結晶のX線回折パターンを測定したところ、図17(c)に示した回折パターンが得られた。損傷部位の影響を受けた滲んだ回折パターンであり、詳細な構造解析には不適であった。
そこで、本結晶に193nm紫外短パルスレーザ光を照射することにより、損傷部位だけを選択的に除去した。実施例1と同様の手法により、ステージ7を移動速度0.5mm/secで直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記往復動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回紫外短パルスレーザ光を照射した。合計約80万パルスの照射により、損傷部位を完全に除去することに成功した。図18(a)に加工後におけるニワトリ卵白リゾチーム結晶の写真、図18(b)にそのイラストを示す。損傷部位(Ablated area)が完全に除去されており、新たな損傷は発生していないことが確かめられた。
この結晶に対して再度同一条件でX線回折パターンを測定したところ、図18(c)に示すように、レーザ照射前に比べて遥かに鮮明な回折パターンを得ることができた。
X線結晶構造解析用の冶具に一旦結晶がセットされた場合、従来技術ではそのままの状態で結晶の加工をすることが極めて困難であった。本発明を適用することにより、測定用の冶具に移管した後でも結晶を取り出すことなく容易に損傷部位を除去することができ、これにより構造解析の精度を向上できることが実証された。X線回折パターンの測定結果に基づいて、何度も追加工を行うことも可能である。
【実施例8】
図19に示すように、石英ガラス容器の上側の石英ガラスの下面に付着した卵白リゾチーム結晶(タンパク質結晶)の一つと石英ガラスの界面に、石英ガラスの上面側からレーザ光を照射して、付着した卵白リゾチーム結晶の一つの剥離を行った。図19において、64はレーザ光、65はタンパク質結晶、66は石英ガラス容器、67はタンパク質溶液を示す。
レーザは、図3に示したような高調波発生回路で発生した波長193nmの固体レーザを使用し、パルス幅1nsのレーザ光を1ショット照射した。スポット径は25μmであり、エネルギー密度は50mJ/cmとした。
その結果を図20に示す。各写真の中央に位置する結晶が、石英ガラスから剥離して、タンパク質溶液中を落下していくのが分かる。特に、レーザ照射後1秒経過した時点で、結晶の面が石英ガラス面と完全に分離して撮影されており、剥離された卵白リゾチーム結晶は損傷を受けていないことが分かる。1.7秒経過した時点では、カメラの焦点位置から外れて、像がぼけて見える。
【実施例9】
実施例8と同様に、石英ガラス容器の上側の石英ガラスの下面に付着した枯草菌由来YkrX結晶(タンパク質結晶)の一つと石英ガラスの界面に、石英ガラスの上面側からレーザ光を照射して、付着した枯草菌由来YkrX結晶(大きさ約0.1mm×0.1mm×0.1mm)の一つを剥離した。
レーザは、図3に示したような高調波発生回路で発生した波長193nmの固体レーザを使用し、パルス幅1ns、繰り返し周波数1kHzのレーザ光を照射した。スポット径は25μmであり、エネルギー密度は50mJ/cmとした。合計約1万パルスの照射によって付着面の全体にわたってレーザ光を照射したところ、枯草菌由来YkrX結晶が石英ガラスから剥離したことが確認された。本結晶は実施例8における卵白リゾチーム結晶に比べて、さらに強固に石英ガラスに付着しているものであったが、複数発のレーザパルスを照射することにより、結晶に対して有効な剥離操作を実施できることが示された。
【実施例10】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、被加工材料として、タンパク質結晶であるグルコース・イソメラーゼ結晶を使用して、結晶の一部をアブレーション除去した。実施例1等で使用した卵白リゾチーム結晶の分子量(14kDa)に比べて、本結晶の分子量は十倍以上大きく(173kDa)、卵白リゾチーム結晶に比べて結晶化および取り扱いが難しい。
大きさ0.2mm×0.8mm×0.1mmのグルコース・イソメラーゼ結晶に対して紫外短パルスレーザ光を照射して、結晶を部分的に除去する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続け、合計約30万パルスの照射によって、合計約0.004mmの体積をフォトアブレーションにより除去することに成功した。紫外短パルスレーザ光照射部のみ結晶が除去され、未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が施されていることが確かめられた。
本実施例により、本発明が、分子量が大きなタンパク質結晶に対しても実施可能であることが分かった。
【実施例11】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、被加工材料として、膜タンパク質結晶であるAcrB結晶を使用して、結晶の一部をアブレーション除去した。一般に膜タンパク質結晶は、水溶性タンパク質の結晶に比べて結晶化がはるかに難しく、取り扱いも難しい。レーザ照射前の結晶の写真を図21(a)に示す。
このAcrB結晶に対して紫外短パルスレーザ光を照射して、結晶を部分的に除去する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続け、合計約5千パルスの照射によって、合計約0.0001mmの体積をフォトアブレーションにより除去することに成功した。レーザ照射後の結晶写真を図21(b)に示す。紫外短パルスレーザ光照射部のみ結晶が除去され、未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が施されていることが確かめられた。
本実施例により、本発明が、膜タンパク質結晶に対しても実施可能であることが分かった。
【実施例12】
実施例1に用いた装置と同じ装置を使用して、被加工材料として、有機非線形光学材料である4−dimethylamino−N−methyl−4−stilbazolium Tosylate(DAST)結晶を使用して、紫外短パルスレーザ光を照射して結晶を切断した。本結晶は無機材料に比べて機械的強度が低いため、汎用の加工機で加工することは困難である。
大きさ1mm×1mm×0.2mmのDAST結晶に対して紫外短パルスレーザ光を照射して、結晶を切断する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を継続的に実施することにより、同一箇所に複数回、紫外短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続け、合計約20万パルスの照射によって、結晶を切断することに成功した。紫外短パルスレーザ光照射部のみ結晶が除去され、未照射部位へクラックなどの機械的損傷を与えることなく、加工が施されていることが確かめられた。
本実施例により、本発明が、有機結晶に対しても実施可能であることが分かった。
【実施例13】
実施例1に用いた装置と同じ構成の装置であって、レーザ光源のみが異なり、Qスイッチ型Nd:YAGレーザ出力光(波長1064nm)およびその高調波による装置を使用して高分子結晶の切断を行った。第2高調波(波長532nm)および第3高調波(波長355nm)の発生(基本波と第2高調波の和周波発生)にはLBO結晶を用い、第4高調波(波長266nm)の発生(第2高調波からの高調波発生)、および第5高調波(波長213nm)の発生(基本波と第4高調波の和周波発生)にはCLBO結晶を用いた。
短パルスレーザ光源から発生された短パルスレーザ光を、シャッタを通過させた後、集光光学系である焦点距離100mmの合成石英レンズで集光することにより、ステージ上に配置された、高分子結晶が入っている試料容器の上面より、ステージに垂直な方向から照射した。結晶への照射位置は光学顕微鏡で観察しながら微調整した。結晶上における照射光の繰り返し周波数は1kHz、スポット径は25μm、パルス時間幅は約10nsとした。
被加工材料として卵白リゾチーム結晶を選び、育成条件は実施例1、実施例2と同じとした。前記結晶にレーザ光を照射して、結晶を切断する加工を行った。ステージ7を移動速度0.5mm/secでXY面内において直線的に移動させることにより、結晶上のスポット位置を変化させた。上記動作を維続的に実施することにより、同一箇所に複数回、短パルスレーザ光を照射した。顕微鏡で加工の様子を観察しながら照射を続けた。
各波長のレーザ光のフルーエンスについて、基本波は0〜120J/cm、第2高調波は0〜60J/cm、第3高調波は0〜7J/cm、第4高調波は0〜6J/cm、第5高調波は0〜4J/cmの範囲で加工特性を観察した。
基本波および第2高調波を照射した場合については、結晶が照射光を吸収しないため、上記フルーエンスにおいて加工を行うことができなかった。第3高調波を照射した場合には、フルーエンスを大きくしていくと加工可能であるが、同時に損傷を伴うことが分かった。第4高調波および第5高調波を照射した場合は、良好な加工が可能であることが分かった。第2高調波(フルーエンス60J/cm)、第3高調波(フルーエンス7J/cm)第4高調波(フルーエンス1J/cm)、および第5高調波(フルーエンス0.5J/cm)を照射したときの加工結果を図22に示す。
これらの実施例より、タンパク質結晶の加工における、より好ましい波長は、タンパク質結晶が吸収を有する300nm以下であることが確かめられた。
【実施例14】
波長約780nmのフェムト秒超短パルスレーザ光源である装置を使用して高分子結晶の切断を行った。フェムト秒超短パルスレーザ光源から発生された超短パルスレーザ光を、シャッタを通過させた後、対物レンズで集光することにより、ステージ上に配置された、高分子結晶が入っている試料容器の底面より、ステージに垂直な方向から倒立照射した。結晶への照射位置は光学顕微鏡で観察しながら微調整した。結晶上における照射光のパルスエネルギーは1μJ、スポット径は5μm、繰り返し周波数1kHz、パルス時間幅は120fsとした。被加工材料として卵白リゾチーム結晶を選び、育成条件は実施例1、実施例2と同じとした。
集光されたレーザ光の焦点が前記結晶内部に存在するように対物レンズのピントを調整して、ステージ7を移動速度0.3mm/secでXY面内において直線的に移動させながら、合計約1千パルスの超短パルスレーザ光を照射して結晶の加工を行ったところ、結晶にクラックが生じて割れることが確認された。図23にレーザ照射後における卵白リゾチーム結晶の実体顕微鏡写真を示す。レーザ照射された結晶は二つに切断されているが、これはレーザ照射面に沿った切断ではなく、レーザ照射中に発生したクラックによるものである。
本実施例によって、フェムト秒超短パルスレー光を用いた結晶内部からの加工では、加工時の衝撃により対象物の破損を招くことが示された。すなわち、非常に脆い高分子結晶の加工においては、結晶表面からのみ加工が行われるようにすることが好ましい。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】

【図20】

【図21】

【図22】

【図23】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子結晶を、紫外短パルスレーザ光の照射により加工することを特徴とする高分子結晶の加工方法。
【請求項2】
前記高分子結晶が、樹脂、タンパク質、糖類、脂質および核酸のうち、少なくとも一つの結晶であることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の高分子結晶の加工方法。
【請求項3】
加工形態が、前記高分子結晶を、それが付着している物質から剥離させるものであることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の高分子結晶の加工方法。
【請求項4】
加工形態が、前記高分子結晶表面からの加工であることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の高分子結晶の加工方法。
【請求項5】
前記紫外短パルスレーザ光の波長が400nm以下であることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の高分子結晶の加工方法。
【請求項6】
前記紫外短パルスレーザ光の1パルス当たりのエネルギー密度が1mJ/cm以上であることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の高分子結晶の加工方法。
【請求項7】
高分子結晶を加工する高分子結晶の加工装置であって、紫外短パルスレーザと、前記紫外短パルスレーザから放出される紫外短パルスレーザ光を、被加工物である高分子結晶に導き、当該高分子結晶の被加工場所に集光させる光学系と、前記光学系と前記高分子結晶の相対位置を変化させる機構を有することを特徴とする高分子結晶の加工装置。
【請求項8】
前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置を、前記高分子結晶と同時に観測する観測装置、又は測定する測定装置を有することを特徴とする再旧の範囲第7項に記載の高分子結晶の加工装置。
【請求項9】
前記観測装置、又は測定装置が可視光を用いた光学的観測装置又は光学的測定装置であり、これら観測装置、測定装置は、前記光学系と機械的に固定された関係にあり、前記観測装置、測定装置の基準点と、前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置が一致しており、前記観測装置、測定装置の基準点位置を観測又は測定することにより、間接的に、前記紫外短パルスレーザ光が集光される位置を観測又は測定する機能を有することを特徴とする請求の範囲第8項に記載の高分子結晶の加工装置。
【請求項10】
請求の範囲第7項に記載の高分子結晶の加工装置が組み込まれていることを特徴とする高分子結晶の観測装置。
【請求項11】
観測装置がX線回折装置であることを特徴とする請求の範囲第10項に記載の高分子結晶の観測装置。

【国際公開番号】WO2005/026238
【国際公開日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【発行日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513970(P2005−513970)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013577
【国際出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成15年12月1日〜2日 日本結晶学会主催の「日本結晶学会年会講演要旨集」にて発表
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【出願人】(502311321)
【出願人】(592006224)
【出願人】(598058298)
【出願人】(503332569)
【出願人】(503332570)
【出願人】(503332581)
【Fターム(参考)】