説明

シリコン基板の異方性エッチング方法及びインクジェット記録ヘッドの製造方法

【課題】エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行う異方性エッチングのエッチングレートを安定化し、得られる構造物の開口幅のばらつきを抑制する方法を提供すること。また、良好な吐出特性を有するインクジェット記録ヘッドの製造方法を提供すること。
【解決手段】エッチング槽2中に存在するエッチング液の、PH電極10により測定される電位差を一定にする制御を行う。また、この方法を利用してインクジェット記録ヘッドのインク供給口を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンの異方性エッチングによって、シリコン基板に溝や貫通穴を形成する製造方法に関するものである。また、液体を噴射し飛翔液滴を形成して記録を行う液体吐出ヘッド(インクジェット記録ヘッド)の基板に、液体を供給するインク供給口の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載されているインクジェット記録法は、熱エネルギーを液体に作用させて、液滴吐出の原動力を得るという特徴を有している。即ち、上述の公報に開示されている記録法は、熱エネルギーの作用を受けた液体が加熱されて気泡が発生し、この気泡発生に基づく作用力によって、記録ヘッド部先端のオリフィスから液滴が吐出され、この液滴が被記録部材に付着して情報の記録が行われるということを特徴としている。この記録法に適用される記録ヘッドは、一般に液体を吐出するために設けられたオリフィスと、このオリフィスに連通して液滴を吐出するための熱エネルギーが、液体に作用する部分である熱作用部を構成の一部とする液流路とを有する液吐出部及び熱エネルギーを発生する手段である熱変換体としての発熱抵抗層とそれをインクから保護する上部保護層と蓄熱するための下部層を具備している。また、液流路に連通する、インクを供給するインク供給口を具備している。
【0003】
ところで、特許文献2にインク供給口を異方性エッチングで形成する方法が提案されている。この異方性エッチングは、高アルカリ水溶液でシリコンをエッチングし、インク供給口を形成する方式である。
【0004】
この異方性エッチングを行う一般的な異方性エッチング装置として、図5に示されるような装置が使用される。この異方性エッチング装置13は、アルカリエッチング液を溜めて置くステンレス製のエッチング槽2、温度計3、ヒーター4、濃度計5、循環ポンプ6、純水供給口7、エッチング液供給口8、ゴミ取りフィルター9から構成される。この異方性エッチング装置13中でシリコン基板1の異方性エッチングを行う際、各構成機器は以下の(1)〜(3)のように機能する。
(1)エッチング槽2中のエッチング液の温度を規定の範囲内に管理するため、温度計3から信号を受けて、適宜液温を上昇させるヒーター4を駆動させる事が可能である。また、循環ポンプ6を使ってエッチング液全体の液温を均一化することが可能である。
(2)エッチング液の濃度を規定の範囲内に管理するため、濃度計5からの信号を受けて、適宜純水供給口7とエッチング液供給口8からそれぞれ純水とエッチング液が供給可能である。
(3)ゴミ取りフィルター9が循環ポンプ流路に設置してあり、循環するエッチング液がゴミ取りフィルター9を通過することによって、エッチング液に含まれるゴミ(異物)等を取り除くことが可能である。
【特許文献1】特開昭54−51837号公報
【特許文献2】特開平09−11479号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この方式に用いられるアルカリ水溶液としては、一般的にTMAH(テトラメチルアンモニウムハイドライド)水溶液が使用されるが、このTMAH水溶液はシリコンの溶解量に比例して、シリコンの結晶方位である<100>のエッチングレートが増加するという傾向を有している。具体的には、シリコンが全く溶解していないTMAHエッチング液でのシリコン<100>のエッチングレートは、39μm/hrである。そして、シリコンを1mol/L溶解したエッチング液の場合は、42μm/hrである。この両者を比較した場合、エッチングレートが3μm/hrも上昇する。この差は、625μm厚のシリコン基板に貫通口を形成する場合、90分もの大きなエッチング時間差となって現れる。
【0006】
このようにエッチング液へのシリコンの溶解によりエッチングレートが変化し、その溶解量は製品毎やロット毎で異なるため、エッチングレートをあらかじめ予測することは困難であった。上述のエッチング方法では、シリコンの溶解量による影響でエッチングレートが1時間当り3μmも上昇するため、エッチング処理する際同じエッチング時間では開口幅にばらつきが生じ、得られるインクジェット記録ヘッドの吐出特性に大きな影響を与えていた。
【0007】
また、ステンレス製のエッチング槽を用いると、エッチング槽の構成材料であるステンレスに含まれる鉄がイオンとして溶出し、同様にエッチングレートが上昇する傾向があることが判明した。ステンレス製エッチング槽を用いた場合の鉄イオンの溶解量は、熟成期間(エッチング槽にエッチング液を入れている期間)により異なるため、エッチングレートへの影響をあらかじめ予測することは困難であった。
【0008】
このため、実際にエッチングを行うロット毎に毎回エッチングレートを測定して、エッチング時間を決定しなければならなかった。そのため、以下(1)〜(3)に示すような課題があった。
(1)エッチングレート測定用のシリコン基板が必要となり、コストがかかっていた。
(2)エッチングレート測定用のパターニングが必要となり、コストがかかっていた。
(3)エッチングレートを測定するため装置稼働率が低下していた。
【0009】
本発明は、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行う異方性エッチングのエッチングレートを安定化し、得られる構造物の開口幅のばらつきを抑制する方法を提供することを目的とする。また、良好な吐出特性を有するインクジェット記録ヘッドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行うシリコン基板の異方性エッチング方法において、前記エッチング槽中に存在するエッチング液の、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことを特徴とするシリコン基板の異方性エッチング方法である。
【0011】
本発明は、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングしてインク供給口を形成するインクジェット記録ヘッドの製造方法において、前記エッチング槽中に存在するエッチング液の、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことを特徴とするインクジェット記録ヘッドの製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行う異方性エッチングのエッチングレートを安定化し、得られる構造物の開口幅のばらつきを抑制する方法を提供することができる。また、良好な吐出特性を有するインクジェット記録ヘッドの製造方法を提供することができる。
【0013】
すなわち、PH電極により測定される電位差を制御することでシリコンの結晶方位<100>のエッチングレートの上昇を抑制できる。さらに、PH電極により測定される電位差を高く設定することで、ステンレス製のエッチング槽を用いた場合でも鉄イオンによるシリコンの結晶方位<100>のエッチングレートへの影響も抑制できる。これにより、異方性エッチングのエッチングレートを高精度に管理することができる。
【0014】
したがって、この方法でインクジェット記録ヘッドを製造した際に、インク供給口の基板表面における開口幅を高精度に調整でき、インクジェット記録ヘッドをより高い歩留まりで製造することが可能となる。また、事前のエッチングレート測定を廃止することができることから、測定用シリコン基板や、そのパターンニングにかかる費用の削減ができ、エッチング装置の稼動率の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について適宜図面を参照して説明する。
【0016】
本発明は、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行うシリコン基板の異方性エッチング方法に関し、エッチング槽中に存在するエッチング液の、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことで、異方性エッチングのエッチングレートの安定化を図り、得られる構造物の開口幅のばらつきを抑制可能とするものである。特に、エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングしてインク供給口を形成するインクジェット記録ヘッドの製造方法に、上記の異方性エッチング方法を適用することにより、良好な吐出特性を有するインクジェット記録ヘッドを製造可能とするものである。
【0017】
これまで、シリコン基板の異方性エッチングを行うにつれ、シリコンがエッチング液に溶解しエッチングレートが変わってしまうという問題点があった。本発明者らは、同時にPH電極により測定される電位差が増加することを突き止めた。そして、この電位差を一定にする制御を行うことによりエッチングレートを安定化できることを見出した。
【0018】
例えば、エッチング槽のエッチング液の起電力を測定可能な位置にPH電極を設置する。そして、PH電極により測定される電位差が、基準値からある一定値以上変化したときに、エッチング液の一部をエッチング槽から排出する工程と、エッチング槽に新しいエッチング液を補充する工程と、により、PH電極により測定される電位差がほぼ基準値にすることができる。このようにして、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことで、エッチングレートを安定化できる。
【0019】
ここで、ステンレス製のエッチング槽を用いた場合については、前述のように、エッチング槽の構成材料であるステンレスに含まれる鉄がイオンとして溶出し、エッチングレートが上昇するという課題があった。
【0020】
ところが、PH電極により測定される電位差が−450mV以上の領域においては、その電位差とシリコンのエッチングレートに相関関係が見られ、鉄イオンの影響が抑制できることを見出した。すなわち、本発明において、ステンレス製のエッチング槽を用いた場合は、PH電極により測定される電位差を−450mV以上の値で一定にする制御を行うことが好ましい。すなわち、PH電極により測定される電位差を一定にする際に設定する上記の基準値を−450mV以上の値とすることで、鉄イオンによるエッチングレートへの影響を抑制し、エッチングレートの安定化を図ることができる。
【0021】
この効果が発現する理由としては、次のように推定できる。PH電極により測定される電位差−450mVという値は、鉄イオンが安定に存在する領域と、鉄イオンが水酸化鉄になって安定化する領域の境界付近に相当する。PH電極により測定される電位差が−450mV未満では鉄イオンが安定に存在し得るが、その電位差が−450mV以上になると、鉄イオンはそのままでは安定に存在し得ず水酸化鉄となって沈殿する。したがって、エッチング液中の鉄イオンの濃度が低くなり、エッチングレートへの影響を抑制することができるものと考えられる。
【0022】
PH電極により測定される電位差を−450mV以上の値とするには、エッチング液の濃度を低くする方法を採ることができる。例えば、エッチング液としてTMAH水溶液を用いた場合、その濃度は通常18〜22質量%とするが、ステンレス製のエッチング槽を用いた場合には、その濃度を18〜20質量%とすることが好ましい。
【0023】
上記のようなエッチングを行う際のエッチング液の温度は、80〜85℃であることが好ましい。
【0024】
異方性エッチングにより構造物を形成するためのシリコン基板としては、その表面にマスク材として熱酸化膜を有するものが好ましい。また、そのシリコン基板が、<100>または<110>の結晶方位を有するものであるときに、エッチングレートを安定化させる本発明の効果が大きい。
【0025】
図2に、本実施形態において製造するインクジェット記録ヘッドの模式図を示す。また図3(F)に、このインクジェット記録装置の一部を破断して示した図を示す。このインクジェット記録ヘッド(液体吐出ヘッド)は、インク吐出エネルギー発生素子(液体吐出エネルギー発生素子)14が所定のピッチで2列並んで形成されたシリコン基板1を有している。シリコン基板1には、シリコン熱酸化膜(SiO2膜)19をマスクとしてシリコンの異方性エッチングにより形成したインク供給口(液体供給口)17が、インク吐出エネルギー発生素子14の2つの列の間に開口されている。シリコン基板1上には、オリフィスプレート材で形成した被覆樹脂層16によって、各インク吐出エネルギー発生素子14の上方に開口するインク吐出口(液体吐出口)15と、インク供給口17から各インク吐出口15に連通するインク流路(液体流路)が形成されている。
【0026】
このインクジェット記録ヘッドは、インク吐出口15が形成された面が被記録媒体の記録面に対面するように配置される。そして、このインクジェット記録ヘッドは、インク供給口17を介してインク流路内に充填されたインク(液体)に、インク吐出エネルギー発生素子14を用いてインク吐出口17からインク液滴を吐出させるのに必要なエネルギーを加え、被記録媒体に付着させることによって記録を行う。
【0027】
次に、このインクジェット記録ヘッドを作成するための工程を、図3を用いて説明する。図3(A)〜(F)は、本発明のインクジェット記録ヘッドの基本的な製造工程中の各状態を示した断面模式図である。
【0028】
図3(A)に示されるシリコン基板1上には、発熱抵抗体等のインク吐出エネルギー発生素子14が複数個配置されている。また前記基板1の裏面はSiO2膜19を含め、複数の膜層で全面覆われている(図3(A)ではSiO2膜19上にポリシリコン膜24が形成されている状態を示す)。この表面にポジ型レジストをスピンコート等により塗布・乾燥を行い、前記基板1の裏面シリコン部に接する前記SiO2膜19以外の膜層をドライエッチング等により除去して、前記ポジ型レジストを剥離する(図3(B))。このようにして表面に露出したSiO2膜19が異方性エッチングの際のエッチングマスクとなる。
【0029】
次に、前記SiO2膜19に密着するようにSiO2膜パターニングマスク層20を形成し、これが前記SiO2膜19をパターニングする際のパターニングマスクとなる。前記SiO2膜パターニングマスク層20は、次のように形成することができる。まず、前記SiO2膜19上にスピンコート等によりSiO2膜パターニングマスク層20を全面塗布する。その後、熱硬化し、さらにポジ型レジストをスピンコート等により塗布・乾燥を行い、紫外線,DeepUV光等による露光・現像により所望のパターニングを行う。さらに、前記ポジ型レジストのパターンをマスクとして、露出した前記SiO2膜パターニングマスク層20をドライエッチング等により除去し、前記ポジ型レジストを剥離して形成する。
【0030】
次いでインク吐出エネルギー発生素子14を含む基板1上に、溶解可能な樹脂層18でインク流路部となるパターンを形成する。前記溶解可能な樹脂層18(例えば、ODUR(商品名):東京応化製)によるパターンは、スピンコート等による塗布した後、紫外線,DeepUV光等による露光・現像を行うことで形成することができる(図3(C))。
【0031】
次に、前記溶解可能な樹脂層18上に被覆樹脂層16(例えば、CR(商品名):東京応化製)をスピンコート等により形成する。前記被覆樹脂層16上には撥水層21をドライフィルムのラミネート等により形成することができる。その後、紫外線,DeepUV光等による露光・現像を行ってインク吐出口15を形成する(図3(D))。
【0032】
次に、前記溶解可能な樹脂層18および前記被覆樹脂層16等がパターン形成されている前記基板1の表面および側面をスピンコート等による塗布し、保護材22で覆う。前記保護材22は異方性エッチングを行う際に使用する強アルカリ溶液に十分耐えうる材料を用いることで、異方性エッチングを行うことによる前記撥水層21等の劣化等を防ぐことが可能となる。前記基板1の裏面のSiO2膜19は、前記SiO2膜パターニングマスク層20をマスクとしてウェットエッチング等によりパターニングされ、異方性エッチングの開始面となるシリコン面が露出される(図3(E))。
【0033】
次に前記基板1にインク供給口17を設ける。このインク供給口17は、基板1を化学的にエッチング、例えばTMAH等の強アルカリ溶液による異方性エッチングにより形成する。続いて、前記SiO2膜パターニングマスク層20および前記保護材22を除去する。さらに前記溶解可能な樹脂層18を、前記インク吐出口15および前記インク供給口17から溶出させることにより、インク流路および発泡室が形成される(図3(F))。前記溶解可能な樹脂層18の除去は、DeepUV光による全面露光を行った後、現像・乾燥を行えばよく、必要に応じて現像の際、超音波浸漬することもできる。
【0034】
以上の工程によりノズル部が形成された基板1を、ダイシングソー等により分離切断、チップ化し、インク吐出エネルギー発生素子14を駆動させるための電気的接合を行う。その後、インク供給のためのチップタンク部材を接続して、インクジェット記録ヘッドが完成する。
【0035】
このインクジェット記録ヘッドは、プリンタ、複写機、通信システムを有するファクシミリ、プリンタ部を有するワードプロセッサなどの装置、さらには各種処理装置と複合的に組み合わせた産業記録装置に搭載可能である。そして、このインクジェット記録ヘッドを用いることによって、紙、糸、繊維、布帛、皮革、金属、プラスチック、ガラス、木材、セラミックスなど種々の被記録媒体に記録を行うことができる。なお、本明細書において、『記録』とは、文字や図形などの意味を持つ画像を被記録媒体に対して付与することだけでなく、パターンなどの意味を持たない画像を付与することも意味する。
【0036】
ここで、シリコン基板1の異方性エッチングについて、より詳細に説明する。
【0037】
シリコン基板1の、結晶方位<100>である裏面から異方性エッチングを行うことによって、図4に示すように裏面に対して54.7°の角度を有するインク供給口壁面23(面方位<111>)が形成されることになる。従って、異方性エッチングを実施する際に、シリコン基板1の裏面(図4におけるシリコン基板1の下面)のSiO2膜に開口するエッチング開始部26の開口幅X2を所定の幅にすることによって、インク供給口17のシリコン基板表面(図4におけるシリコン基板1の上面)での開口幅X1を所定の幅にすることが出来る。すなわち、シリコン基板1の厚みをtとした時、
X1=X2―2t/tan54.7°
の一般式が成立する。
【0038】
一般に、実際の異方性エッチング工程では、シリコン基板1にインク供給口17が形成されるまでの時間より少し長めの時間エッチングを行う(オーバーエッチング)。これは、前記のように実際のエッチングレートがシリコンの溶解量および鉄イオンの溶解量による影響で変動することがあり、予め設定したエッチング時間ではインク供給口を形成できない可能性があるためである。
【0039】
ところが、このようにオーバーエッチングを行った場合、インク供給口が形成された後、エッチング開始開口部26よりも側方に向かって、図4の矢印25で示す方向にサイドエッチが生じる。従って、インク供給口17の、シリコン基板の表面側に開口幅はこのサイドエッチによって両側で一定量(X3)だけ広くなり、実際の表面の開口幅は(X1+2X3)となってしまう。すなわち、形成されるインク供給口の開口幅は目的値からずれたものとなり、またばらつきが生じる。この問題点を回避するために、従来、エッチングを行うたびにエッチングレートを測定する必要があった。
【0040】
本発明の方法によれば、異方性エッチング工程において、シリコン溶解量およびステンレス製エッチング槽から溶出する鉄イオンの溶解量の増加によるシリコン結晶方位<100>のエッチングレートの上昇を抑えることができ、必要なエッチング時間のばらつきが小さくなる。すなわち、オーバーエッチングをする必要がなくなり、インク供給口17のシリコン基板の表面での開口幅を高精度に調整することができ、また、ばらつきを抑えることができる。さらに、事前のエッチングレート測定を廃止することができる。
【実施例】
【0041】
以下に、ステンレス製エッチング槽でのレート安定化に関する実施例を示す。
【0042】
まず、実験装置としては図1に示すような異方性エッチング装置を使用する。この異方性エッチング装置は、強アルカリエッチング液を溜めておくステンレス製のエッチング槽2、温度計3、ヒーター4、濃度計5、循環ポンプ6、純水供給口7、エッチング液供給口8、ゴミ取りフィルター9、PH電極10、コンピューター11、廃液バルブ12から構成される。この異方性エッチング装置13中でシリコン基板1の異方性エッチングを行う際、各構成機器は、以下の(1)〜(4)のように機能する。
(1)エッチング槽2中のエッチング液の温度を規定の範囲内に管理するため、温度計3から信号を受けて、適宜液温を上昇させるヒーター4を駆動させる事が可能である。また、循環ポンプ6を使ってエッチング液全体の液温を均一化することが可能である。
(2)エッチング液の濃度を規定の範囲内に管理するため、濃度計5からの信号を受けて、適宜純水供給口7とエッチング液供給口8からそれぞれ純水とエッチング液が供給可能である。
(3)ゴミ取りフィルター9が循環ポンプ流路に設置してあり、循環するエッチング液がゴミ取りフィルター9を通過することによって、エッチング液に含まれるゴミ(異物)を取り除くことが可能である。
(4)エッチング液の電位差をPH電極10を用いて測定し、測定値をコンピューター11に取り込む。次に、電位差を調整するためコンピューター11から廃液バルブ12に信号を送り、ある一定量を廃液する。その後、廃液したエッチング液と同量のエッチング新液を供給するため、コンピューター11よりエッチング供給口8に信号を送り、エッチング新液を供給することが可能である。
【0043】
このエッチング槽にエッチング液としてTMAH水溶液を投入し、その温度を83±0.4℃に維持した。また、循環ポンプ流量は20L/minに固定した。
【0044】
そして、この装置によりシリコンの異方性エッチングを行い、結晶方位が<100>のシリコン基板を用いて、結晶方位<100>のエッチングレートの測定を行った。なお、結晶方位が<110>のシリコン基板を用いることもできる。エッチングレートの測定方法としてはシリコン基板をエッチング液に8時間浸積させ、結晶方位<100>のシリコン削れ量を膜厚測定器で測定し、1時間当たりのシリコン削れ量(エッチングレート)を算出した。
【0045】
ここで、TMAH水溶液は強アルカリ性であるため、エッチング槽の構成材料であるステンレスに含まれる鉄がイオンとして溶解してしまう。前述のように、この鉄イオンはシリコン<100>のエッチングレートに大きな影響を与えることが分かっている。そこで、鉄イオンの影響を抑制するため、エッチング液の濃度を低く設定した。こうすることで、PH電極により測定される電位差を高く設定することができ、鉄イオンの安定領域ではなく水酸化鉄の安定領域となるため、鉄イオンを水酸化鉄として沈殿させることができる。
【0046】
例えば、22質量%TMAH水溶液をエッチング液として用いると、処理枚数0枚(初期)のときの、PH電極により測定される電位差は−455.1mVであるが、18質量%TMAH水溶液をエッチング液として用いると、処理枚数0枚のときの電位差は−447.4mVとなる。このように電位差を高く設定することで、結晶方位<100>のエッチングレートの安定化が図れる。
【0047】
今回は、TMAH水溶液の初期濃度を18質量%とし、その濃度を18±0.1質量%に維持すべく、以下の実験手順にしたがってエッチングレートを測定した。
【0048】
まず、エッチング液の電位差をPH電極10を用いて測定し、コンピューター11に取り込む。測定した電位差が基準とする電位差(初期電位差、本実験では−447.4mV)より高くなっていた場合、次の制御を行う。コンピューター11より廃液バルブ12に信号を送り、廃液バルブ12から所定量のエッチング液を廃液する。同時に、廃液したエッチング液と同量の新しいエッチング液を供給するため、コンピューター11からエッチング液供給口8及び純水供給口7に信号を送り、エッチング液を補充する。エッチング液が十分循環した後、再びPH電極10を用いてエッチング液の電位差を測定する。ここで、基準とする電位差まで戻っていなければ上記の動作を繰り返す。
【0049】
上記実験の結果として、エッチングしたシリコン基板の枚数と、制御前後でのエッチング液の電位差及びシリコン<100>のエッチングレートとの関係を図6に示す。PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことで、シリコン基板の結晶方位<100>のエッチングレートが安定していることが分かる。また、ステンレス製のエッチング槽を用いても、鉄イオンによるエッチングレートへの影響も抑制できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の実施例に関わるシリコン異方性エッチング装置の模式図である。
【図2】インクジェット記録ヘッドの一部を破断した模式的斜視図である。
【図3】インクジェット記録ヘッドの各製造工程を示した模式図である。
【図4】インクジェット記録ヘッドにおける異方性エッチング時のオーバーエッチングの影響を示した模式的断面図である。
【図5】従来のシリコン異方性エッチング装置の模式図である。
【図6】ステンレス製エッチング槽で、エッチング液の廃液・供給を行ったときのSi溶解枚数とそのときの電位差およびシリコンの結晶方位である<100>のエッチングレートの関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0051】
1:シリコン基板
2:エッチング槽
3:温度計
4:ヒーター
5:濃度計
6:循環ポンプ
7:純水供給口
8:エッチング液供給口
9:ゴミ取りフィルター
10:PH電極
11:コンピューター
12:廃液バルブ
13:異方性エッチング装置
14:インク吐出エネルギー発生素子
15:インク吐出口
16:被覆樹脂層(オリフィス形成部材)
17:インク供給口
18:溶解可能な樹脂層(型材)
19:SiO2
20:SiO2膜パターニングマスク層
21:撥水層
22:保護材
23:インク供給口壁面(結晶方位<111>)
24:ポリシリコン膜
25:矢印
26:インク供給口開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングして構造物を形成する際に行うシリコン基板の異方性エッチング方法において、前記エッチング槽中に存在するエッチング液の、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことを特徴とするシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項2】
前記エッチング液の一部を前記エッチング槽から排出する工程と、前記エッチング槽にエッチング液を補充する工程と、を有することを特徴とする請求項1に記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項3】
前記エッチング槽がステンレス製であり、前記電位差を−450mV以上の値で一定にする制御を行うことを特徴とする請求項1または2に記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項4】
前記エッチング液が18〜22質量%テトラメチルアンモニウムハイドライド水溶液であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項5】
前記エッチング液の温度が80〜85℃であることを特徴とする請求項4に記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項6】
前記シリコン基板が、その表面にマスク材として熱酸化膜を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項7】
前記シリコン基板が、<100>または<110>の結晶方位を有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のシリコン基板の異方性エッチング方法。
【請求項8】
エッチング槽中でシリコン基板を異方性エッチングしてインク供給口を形成するインクジェット記録ヘッドの製造方法において、前記エッチング槽中に存在するエッチング液の、PH電極により測定される電位差を一定にする制御を行うことを特徴とするインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項9】
前記エッチング液の一部を前記エッチング槽から排出する工程と、前記エッチング槽にエッチング液を補充する工程と、を有することを特徴とする請求項8に記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項10】
前記エッチング槽としてステンレス製のエッチング槽を用い、前記電位差を−450mV以上の値で一定にする制御を行うことを特徴とする請求項8または9に記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項11】
前記エッチング液が18〜22質量%テトラメチルアンモニウムハイドライド水溶液であることを特徴とする請求項8〜10のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項12】
前記エッチング液の温度が80〜85℃であることを特徴とする請求項11に記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項13】
前記シリコン基板が、その表面にマスク材として熱酸化膜を有することを特徴とする請求項8〜12のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項14】
前記シリコン基板が、<100>または<110>の結晶方位を有することを特徴とする請求項8〜13のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−344641(P2006−344641A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−166721(P2005−166721)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】