説明

シリンダブロックの製造方法及びシリンダブロック

【課題】リークテストで不合格となった溶射皮膜を備えるシリンダブロックであっても、含浸処理を行えるようにする。
【解決手段】シリンダブロック1のシリンダボア3の内面に形成してある溶射皮膜5内には、潤滑油溜まりとして機能する気孔7が形成されている。気孔7が形成されている状態で、シリンダブロック1に対し、冷却水経路や潤滑油経路の液体漏れチェックとしてリークテストを実施し、リークテストが不合格となったら、液体漏れの要因となる欠陥孔に対し含浸処理を実施して樹脂で塞ぐ。このとき、含浸処理で使用する樹脂が気孔7に入り込むが、この気孔7に入り込んだ浸透樹脂18は、熱源19により加熱して溶融させ除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダボア内面に溶射皮膜を形成するシリンダブロックの製造方法及びシリンダブロックに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の出力、燃費、排気性能向上あるいは小型、軽量化といった観点から、アルミシリンダブロックのシリンダボア部に適用しているシリンダライナを廃止することへの設計要求は極めて高く、その代替技術の一つとして、アルミシリンダボア内面に鉄系材料からなる溶射皮膜を形成する溶射技術の適用が進められている(例えば、下記特許文献1参照)。
【0003】
このようなシリンダボア内面に形成する溶射皮膜内には多数の気孔が存在しており、この気孔のシリンダボア内へ露出する部分は、エンジン駆動時での潤滑油の油溜まりとして機能する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−291336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、シリンダブロックの製造工程では、鋳造成形後に冷却水経路や潤滑油経路の液体漏れチェックとして一般的にリークテストが行われている。リークテストで不合格となったシリンダブロックは、含浸処理を行うことで、液体漏れの要因となる欠陥孔を含浸剤により塞ぐことができる。
【0006】
ところが、溶射皮膜を形成するシリンダブロックの製造工程で、加工費の無駄を排除するなどの理由で鋳造工程の直後に溶射工程を設定した場合、その後のリークテストで不合格となったシリンダブロックに対して含浸処理を行うと、含浸剤が、油溜まりとして機能する溶射皮膜の気孔に入り込み、気孔を塞いでしまう。このため、リークテストで不合格となった溶射皮膜を備えるシリンダブロックは、含浸処理を行えず廃棄することになる。
【0007】
そこで、本発明は、リークテストで不合格となった溶射皮膜を備えるシリンダブロックであっても、含浸処理を行えるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、液体漏れ検査により不合格となったシリンダブロックに対して含浸処理を行い、この際、溶射皮膜の気孔に入り込んだ含浸処理に使用した含浸剤を溶融させて除去することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶射皮膜の気孔に入り込んだ含浸剤を溶融させて除去することで、含浸処理を行った後でも、気孔を潤滑油の油溜まりとして機能させることができ、リークテストで不合格となった溶射皮膜を備えるシリンダブロックであっても、廃棄することなく含浸処理を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施形態に係わるシリンダブロックの断面図である。
【図2】図1のシリンダブロックのシリンダボア内面周辺の拡大した断面図である。
【図3】図1のシリンダブロックの製造工程図である。
【図4】(a)は図2の溶射皮膜の気孔に含浸用の樹脂が入り込んだ状態を示す作用説明図、(b)は(a)の気孔内の樹脂を加熱により溶融している状態を示す作用説明図、(c)は(b)の加熱より気孔内の樹脂が溶融して除去された状態を示す作用説明図である。
【図5】本発明の第2の実施形態に係わる、図4(b)に対応する作用説明図で、気孔内の樹脂を薬品により除去している状態を示す。
【図6】本発明の第3の実施形態に係わる作用説明図で、気孔内にエンジン駆動時の熱で溶融する充填剤を充填した状態を示す。
【図7】本発明の第4の実施形態に係わる作用説明図で、気孔を塞ぐために溶射皮膜の表面を加熱により溶融させて溶融層を形成している状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0012】
[第1の実施形態]
図1に示す自動車用V型エンジンのシリンダブロック1は、アルミニウム合金製であり、そのシリンダボア3の内面に、溶射皮膜5を形成して耐磨耗性などの特性を高めている。溶射皮膜5を形成する手法は、従来からよく知られているもので、図示しない溶射ガンをシリンダボア3内に回転させながら挿入して軸方向に往復移動させ、溶射ガンの先端のノズル部から溶滴を噴出してシリンダボア3の内面に付着させる。ノズル部には、溶射ガンの外部から溶射用材料となる鉄系材料からなるワイヤを順次供給し、このワイヤをプラズマアークなどの熱源によって溶融させて溶滴を発生させる。
【0013】
ここで、溶射皮膜5内には図2に示すように微細な気孔7が多数形成されており、この多数の気孔7のうちシリンダボア3の内面の露出するものが、エンジン駆動時での潤滑油を保持する油溜まり(オイルピット)として機能することになる。
【0014】
上記図1に示したシリンダブロック1のクランクケース8側の下面には、図示しないベアリングキャップをボルトによって締結固定する。ベアリングキャップは、シリンダブロック1との間で、それらのべアリング部によって、図示しないクランクシャフトを回転可能に支持する。
【0015】
ベアリングキャップのシリンダブロック1と反対側の下面には、図示しないオイルパンが取り付けられ、シリンダブロック1のベアリングキャップと反対側の上面には、図示しないシリンダヘッドが取り付けられる。
【0016】
このようなリンダブロック1の製造工程を図3に示す。鋳造工程9でシリンダブロック1を鋳造加工した後、溶射工程11でシリンダボア3の内面に対して溶射皮膜5を形成する。溶射工程11の後は、前加工工程13として、シリンダブロック1の外形の機械加工を行ってから、リークテスト15を実施する。
【0017】
リークテスト15は、ウォータジャケット16内の冷却水漏れと、クランクケース8内の潤滑油漏れに関する液体漏れ検査である。このリークテスト15は従来からよく知られているもので、例えばウォータジャケット16内やクランクケース8内を密閉した状態で加圧し、所定時間経過後のウォータジャケット16内やクランクケース8内の内圧が規定値以上に維持されているか否かを判断する。
【0018】
そして、リークテスト15の結果、液体漏れがあると判断して不合格となったシリンダブロック1は、含浸処理工程17で、液体漏れが発生する要因となる欠陥孔に対し、含浸剤として樹脂を充填して塞ぐ含浸処理を行う。
【0019】
含浸処理も一般的によく知られた手法で、例えば有機系樹脂であるメタアクリル酸エステルからなる含浸剤中にシリンダブロック1を浸漬し、この含浸剤を満たした容器内を真空減圧することで、含浸剤を欠陥孔に浸透させる。
【0020】
含浸処理工程17では、欠陥孔に含浸剤を浸透させる際に、図4(a)に示すように、溶射皮膜5の表面に露出している前記図2に示した気孔7、すなわち油溜まりとして機能する気孔7にも浸透して浸透樹脂18となる。このため、このままでは、シリンダボア3の内面に露出する位置にある気孔7が、油溜まりとして機能しなくなってしまう。
【0021】
そこで、本実施形態では、含浸処理を実施したシリンダブロック1について、図4(b)に示すように、熱源19を用いて加熱することで、浸透樹脂18を溶融させて除去する。これにより、図4(c)に示すように、図4(a)、(b)に示してある浸透樹脂18が除去されて、気孔7がシリンダボア3の内面に露出し油溜まりとして機能することとなる。
【0022】
上記図4(b)での熱源19を用いた加熱方法としては、シリンダボア3内にコイルを挿入して高周波加熱を行うか、あるいは、ヒータをシリンダボア3内に挿入配置して行うなどの方法がある。
【0023】
このように、本実施形態によれば、溶射皮膜5の気孔7に入り込んだ浸透樹脂18を加熱により溶融させて除去するので、気孔7を潤滑油の油溜まりとして機能させることができる。このため、リークテストで不合格となった溶射皮膜5を備えるシリンダブロック1であっても、廃棄することなく含浸処理を行うことができる。
【0024】
なお、本実施形態によるシリンダブロック1の製造工程では、鋳造工程9の直後に溶射工程11を設定している。これは、溶射工程11を後工程に設定した場合には、溶射する際に鋳造欠陥が見つかったときにシリンダブロック1を廃棄することになり、鋳造作業から溶射作業に至るまでの間の例えば前加工工程13などに要する加工費が無駄になってしまうからである。
【0025】
また、鋳造工程9の直後に溶射工程11を設定することで、その後の製造工程のライン改造部分をより少なくすることができ、設備コストの低減にも寄与することができる。後工程に溶射工程11を設定すると、溶射工程11を現行ラインの途中に組み込む必要が生じ、ラインの改造規模が大きくなってしまう。
【0026】
このようなことから、溶射工程11はできるだけ鋳造工程9の直後に設定することが望ましい。
【0027】
[第2の実施形態]
第2の実施形態は、図4に示した第1の実施形態の浸透樹脂18を除去するための熱源19による加熱に代えて、図5に示すように、溶射皮膜5の表面に対し薬品21の塗布や吹き付けによって、浸透樹脂18を化学的に溶融させて除去する。これにより、浸透樹脂18が除去されて、第1の実施形態で示した図4(c)と同様に、気孔7がシリンダボア3の内面に露出し油溜まりとして機能することになる。
【0028】
上記図5で使用する薬品21としては、例えば有機系化合物であるアセトンを溶剤として使用する。
【0029】
このように、第2の実施形態によれば、溶射皮膜5の気孔7に入り込んだ浸透樹脂18を薬品21により除去するので、気孔7を潤滑油の油溜まりとして機能させることができる。このため、リークテストで不合格となった溶射皮膜5を備えるシリンダブロックであっても、廃棄することなく含浸処理を行うことができる。
【0030】
[第3の実施形態]
第3の実施形態は、図3に示した含浸処理工程17で含浸処理を実施する前に、図6に示すように、シリンダボア3の内面に露出している気孔7に、エンジン駆動時の熱で溶融する充填剤23をあらかじめ充填しておく。充填剤23の気孔7内への充填は、例えば溶射皮膜5の表面に充填剤23を塗布することによって行う。
【0031】
そして、上記した充填剤23をシリンダボア3の内面に露出している気孔7に充填した状態で、含浸処理工程17にて含浸処理を実施する。含浸処理を行う際には、溶射後にシリンダボア3の内面に露出する位置にある気孔7は充填剤23で充填された状態となっている。このため、気孔7に含浸処理で使用する樹脂が入り込むことを抑制できる。
【0032】
気孔7に充填した充填剤23は、シリンダブロック1を使用したエンジンの駆動時の熱で溶融し、第1の実施形態で示した図4(c)と同様に、気孔7がシリンダボア3に露出し油溜まりとして機能することになる。なお、上記したエンジン駆動時とは、エンジンを車両である自動車に搭載する前の状態と搭載した後の状態とのいずれをも含むものとする。
【0033】
気孔7に充填する充填剤23としては、パラフィンや低融点樹脂などのエンジン駆動時に溶融して潤滑油に混入しても特に問題のない材料を使用する。
【0034】
このように、第3の実施形態によれば、気孔7に充填剤23を充填した状態で含浸処理を行い、充填剤23はエンジン駆動時に溶融させる。これにより、気孔7を潤滑油の油溜まりとして機能させることができ、リークテストで不合格となった溶射皮膜5を備えるシリンダブロックであっても、廃棄することなく含浸処理を行うことができる。
【0035】
[第4の実施形態]
第4の実施形態は、図3に示した含浸処理工程17で含浸処理を実施する前に、図7に示すように、加熱装置25を用いて溶射皮膜5の表面を溶融(リメルト)させて溶融層27を形成し、この溶融層27によりシリンダボア3の内面に露出している気孔7を塞ぐ。
【0036】
加熱装置25としては、放電現象で発生するアークやレーザ光を利用可能な装置を利用する。
【0037】
そして、溶射皮膜5の表面に溶融層27を形成して気孔7を塞いだ状態で含浸処理を実施する。含浸処理を行う際には、溶射後にシリンダボア3の内面に露出する位置にある気孔7は溶融層27によって塞がれた状態となっている。このため、気孔7に含浸処理で使用する樹脂が入り込むことを抑制できる。
【0038】
含浸処理を実施した後は、溶射皮膜5の表面をホーニング加工によって仕上加工する際に、溶融層27を除去することで、溶射皮膜5の表面に気孔7が新たに露出し、この露出した気孔7が油溜まりとして機能する。
【0039】
このように、第4の実施形態によれば、溶射皮膜5の表面に溶融層27を形成して気孔7を塞いだ状態で含浸処理を行い、その後のホーニング加工で溶融層27を研削して新たに気孔7を露出させるようにしている。このため、気孔7を潤滑油の油溜まりとして機能させることができ、リークテストで不合格となった溶射皮膜5を備えるシリンダブロックであっても、廃棄することなく含浸処理を行うことができる。
【0040】
なお、上記した第4の実施形態に行ったホーニング加工による仕上加工は、第1〜第3の各実施形態でも実施する。図4、図5に示した第1、第2の各実施形態では、浸透樹脂18を除去した後にホーニング加工を実施し、図6に示した第3の実施形態においては、含浸処理を行った後にホーニング加工を実施する。
【0041】
また、上記した各実施形態では、自動車用V型エンジンのシリンダブロック1を用いて説明したが、直列エンジンのシリンダブロックに対しても本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0042】
1 シリンダブロック
3 シリンダボア
5 溶射皮膜
7 気孔
18 浸透樹脂(気孔に入り込んだ含浸剤)
21 薬品
23 エンジン駆動時の熱で溶融する充填剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアの内面に溶射皮膜を形成したシリンダブロックに対し、冷却水や潤滑油の液体漏れ検査を行った後、液体漏れが発生する要因となる欠陥孔に対し、含浸剤を充填して塞ぐ含浸処理を行い、この含浸処理を行う際に前記溶射皮膜に形成されている気孔に入り込んだ前記含浸剤を溶融させて除去することを特徴とするシリンダブロックの製造方法。
【請求項2】
前記含浸処理を行う際に前記溶射皮膜に形成されている気孔に入り込んだ前記含浸剤を、加熱により溶融させて除去することを特徴とする請求項1に記載のシリンダブロックの製造方法。
【請求項3】
前記含浸処理を行う際に前記溶射皮膜に形成されている気孔に入り込んだ前記含浸剤を、薬品により溶融させて除去することを特徴とする請求項1に記載のシリンダブロックの製造方法。
【請求項4】
シリンダボアの内面に溶射皮膜を形成したシリンダブロックに対し、冷却水や潤滑油の液体漏れ検査を行った後、液体漏れが発生する要因となる欠陥孔に対し、含浸剤を充填して塞ぐ含浸処理を行う前に、前記溶射皮膜に形成されている気孔に、エンジン駆動時の熱により溶融する充填剤を充填することを特徴とするシリンダブロックの製造方法。
【請求項5】
シリンダボアの内面に溶射皮膜を形成したシリンダブロックに対し、冷却水や潤滑油の液体漏れ検査を行った後、液体漏れが発生する要因となる欠陥孔に対し、含浸剤を充填して塞ぐ含浸処理を行う前に、前記溶射皮膜に形成されている気孔を、前記溶射皮膜の表面を加熱により溶融させることで塞ぎ、その後、前記含浸処理を行ってから、前記溶射皮膜の表面を研削加工して前記気孔をシリンダボア内面に露出させることを特徴とするシリンダブロックの製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のシリンダブロックの製造方法によって製造したことを特徴とするシリンダブロック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−44359(P2013−44359A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−181370(P2011−181370)
【出願日】平成23年8月23日(2011.8.23)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】