説明

マグネシウム合金部材、エアコン用圧縮機及びマグネシウム合金部材の製造方法

【課題】自動車エアコン用圧縮機の機構部品に適用可能な機械的強度及び高温での疲労強度を出現できる、マグネシウム合金部材及びマグネシウム合金部材の製造方法を提供し、更に、必要な機械的強度及び高温での疲労強度を備えたマグネシウム合金を機構部品に使用したエアコン用圧縮機を提供する。
【解決手段】質量%で、カルシウムCaを0.3〜10%、アルミニウムAlを0.2〜15%、マンガンMnを0.05〜1.5%含有し、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウムMg及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材を、250〜500℃で塑性加工(押出し加工)してマグネシウム合金部材を形成する。これにより、マグネシウム合金部材において、室温における0.2%耐力が300MPa以上、150℃における疲労強度が100MPa以上を出現でき、自動車エアコン用圧縮機の機構部品をマグネシウム合金部材で形成して、圧縮機の重量を軽減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム、カルシウム、マンガンを含有するマグネシウム合金部材、当該マグネシウム合金部材を機構部品に使用したエアコン用圧縮機、及び、前記マグネシウム合金部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品において、軽量化のために、低比重であるマグネシウム合金を用いる場合があり、従来、マグネシウム合金の適用部品は、高強度や耐熱性が要求されないケーシングやカバーなどの部品が主であったが、強度や耐熱性を向上させたマグネシウム合金が開発されている。
例えば、特許文献1〜3には、鋳造性及び耐熱性を向上させたマグネシウム合金が開示され、特許文献4には、高温での強度及び鍛造性を向上させたマグネシウム合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−232060号公報
【特許文献2】特開2007−197796号公報
【特許文献3】特開2004−162090号公報
【特許文献4】特開2000−104137号公報
【特許文献5】特開2000−109963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、自動車部品の中でも、自動車エアコン用圧縮機は、エンジン近傍に設置され、暴露温度が100〜150℃程度になるため、圧縮機の部品素材には耐熱性が求められ、更に、圧縮機における圧縮を担う機構部品では、高温での高い疲労強度が求められる。
しかし、特許文献1〜3に開示されるマグネシウム合金は鋳造用であるため、機械的強度が不十分であり、圧縮機のような高温での高強度が要求される部品には適用できないという問題があった。
【0005】
また、特許文献4,5に開示されるマグネシウム合金は、強度及び鍛造性に優れているとしても、高温疲労強度に関する検証がなく、圧縮機の機構部品への適用可能性が不確かであった。
更に、マグネシウム合金に高価な希少金属を添加すれば、マグネシウム合金の強度を上げることができるが、この場合、コスト高となってしまい、圧縮機の機構部品の素材としては不向きである。
そこで、本発明は、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に適用可能な機械的強度及び高温での疲労強度を出現できる、マグネシウム合金部材及びマグネシウム合金部材の製造方法を提供し、更に、必要な機械的強度及び高温での疲労強度を備えたマグネシウム合金製の機構部品を備えたエアコン用圧縮機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は、質量%で、カルシウムを0.3〜10%、アルミニウムを0.2〜15%、マンガンを0.05〜1.5%含有し、カルシウム/アルミニウムの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウム及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材を、250〜500℃で塑性加工することを特徴とする。
【0007】
カルシウムCaとアルミニウムAlとの双方を添加することで、Mg‐Ca系化合物と、Mg‐Al‐Ca系化合物が粒界に晶出し、室温での機械的強度及び耐熱性が向上する。
これらの晶出物は、Ca/Alの質量比が変わることで変化し、特に、Ca/Alの質量比を0.6〜1.7とした場合、Mg‐Ca系化合物であるMg2Caと、Mg‐Al‐Ca系化合物である(Mg,Al)2Caとが同時に晶出し、機械的強度と耐熱性の向上に大きな効果がある。
【0008】
一方、Ca/Alの質量比が1.7よりも大きくなると、Mg2Caのみ、若しくは、僅かな(Mg,Al)2Caが晶出する程度で、機械的強度の向上効果は期待できず、Ca/Alの質量比が0.6よりも小さくなると、Mg‐Al系化合物であるβ‐Mg17Al12が晶出し、耐熱性に悪影響を及ぼす。
また、マンガンMnを少量添加することで、結晶粒径が微細化し、機械的強度が向上する。マンガンMnの添加量は、0.05〜1.5%の範囲が適切であり、この範囲を外れると、結晶粒径の微細化の効果が低くなって、機械的強度の向上効果は期待できない。
【0009】
そして、上記組成のマグネシウム合金からなる鋳造素材に、250〜500℃で塑性加工を施すと、高温での高い疲労強度を出現でき、250〜500℃での塑性加工後のマグネシウム合金部材は、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に要求される機械的強度及び高温での疲労強度である、室温における0.2%耐力が300MPa以上、150℃における疲労強度が100MPa以上を出現する。
尚、塑性加工の温度が250℃を下回ると、充分な歪み量を確保できないために成形ができず、割れなどが発生し、また、500℃を上回ると、高温酸化や部分的な溶解が発生し、疲労強度の向上効果は期待できない。
【0010】
ここで、前記塑性加工後に、溶体化処理及び人工時効処理を施すことができ、好ましくは、塑性加工後に、450〜510℃の処理温度に0.08時間以上保持する溶体化処理を施した後、150〜250℃の処理温度に0.3時間以上保持する人工時効処理を施すことが好ましい。
溶体化加熱の処理温度が450〜510℃の範囲であると、粒界及び粒内が微細な析出物によって強化され、局所変形が抑えられ、均一変形領域が大きくなるために、高温での加工軟化が起こり難くなり、高温疲労強度が向上する。
【0011】
溶体化加熱の処理温度が450℃を下回ると、固溶体が形成し難くなり、粒界及び粒内の析出物の量が低下し、適正な状態とならず、高温疲労強度の向上は期待できない。一方、溶体化加熱の処理温度が510℃を上回ると、合金の一部が溶融するバーニングが生じ、気孔欠陥が生じる。
また、溶体化加熱の処理時間は、0.08時間を下回ると、十分な溶体化処理ができないので、保持時間は0.08時間よりも長いことが好ましい。
【0012】
また、焼入れに使用する冷却は、温水であってもよいし、なんらかの添加剤を加えたものでもよく、公知の焼入れ用の冷却であれば様々なものを適用できる。
人工時効処理における処理温度が150℃を下回ると、適正な硬さに向上させるために処理時間が長くなり、処理温度が250℃を上回ると、硬さ及び強度が低下してしまうので、人工時効処理における処理温度は、150〜250℃の範囲とすることが好ましい。
【0013】
また、人工時効処理の保持時間が0.3時間を下回ると、十分な時効硬化が得られないので、人工時効処理における保持時間は、0.3時間以上とすることが好ましい。
前記塑性加工として、押出し加工を施すことができ、押出し加工を250〜500℃で行えば、割れや表面酸化を抑制しつつ、疲労強度を向上させることができる。
また、上記のマグネシウム合金部材を、エアコン用圧縮機の機構部品に使用することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に適用可能な機械的強度及び高温での疲労強度、具体的には、室温の0.2%耐力が300MPa以上、150℃の疲労強度が100MPa以上を出現できるマグネシウム合金部材を提供でき、更に、係るマグネシウム合金部材を機構部品に使用したエアコン用圧縮機を提供できる。
従来、自動車エアコン用圧縮機の機構部品には、高強度アルミニウム合金が用いられているが、本発明によると、高強度アルミニウム合金と略同等の機械的強度(引張強度)及び高温疲労強度をマグネシウム合金部材において出現できるから、高強度アルミニウム合金に比べて低比重であるマグネシウム合金部材への置き換えが可能となり、自動車エアコン用圧縮機の大幅な重量低減を実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
表1は、マグネシウム合金におけるアルミニウムAl、カルシウムCa、マンガンMnの含有率(質量%)を変更した複数種の試料それぞれにおける室温(例えば10〜35℃)での引張強度(MPa)及び0.2%耐力(MPa)を示す。
表1の「判定」は、0.2%耐力が、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に要求される値である300MPa以上であることを○印で示し、0.2%耐力が300MPa未満であることを×印で示すものである。
【0016】
0.2%耐力の要求値としての300MPaは、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に用いられているアルミニウム合金鍛造材(T6処理:溶体化処理後、人工時効処理)の0.2%耐力を基準として設定した。
表1の結果を得た試料は、表中の含有率としたマグネシウム合金の鋳造品を作成し、この鋳造素材に塑性加工(熱間間接押出加工)を施したものであり、熱処理(T6処理)を施していないものである。
【0017】
より詳細には、合金溶製は電気抵抗炉を用いて大気中で行い、溶湯の酸化防止には、SF6とCO2の混合ガスを用いた。そして、攪拌後に、Ca添加時の酸化物除去のためArガスを流してバブリングを行い、300℃に加熱したビレット用金型に鋳込んで、鋳造素材を作製した。
また、間接押出加工には油圧プレス機を用い、350℃に加熱した金型の中に、押出し加工用の試料を投入し、10分間保持してから、押出し比を20とした押出し加工を開始した。尚、押出し比とは、塑性加工前の断面積/塑性加工後の断面積である。
【0018】
また、押出し材の引張特性を評価するための引張試験においては、万能試験機を用いる一方、押出し方向と荷重負荷方向とが平行になるように試験片を採取し、試験部直径4mm、評点距離20mmのJIS14A号試験片を作製し、試験速度は、初期ひずみ速度1×10−3−1の条件で行った。
表1の最下段は、JIS規定素材であるAl合金鍛造材(A4032−T6)での引張強度(MPa)及び0.2%耐力(MPa)を参考値として示してあり、表中の「判定」は、このAl合金鍛造材(A4032−T6)の0.2%耐力である300MPa以上であるか否かを示す。
【0019】
表1において、実施例1〜11の試料は、カルシウムCaを0.3〜10%、アルミニウムAlを0.2〜15%、マンガンMnを0.05〜1.5%含有し、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウムMg及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材に、350℃の塑性加工(押出し加工)を施したものである。
一方、比較例1〜7の試料は、カルシウムCaの含有率、アルミニウムAlの含有率、マンガンMnの含有率、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比のうちの少なくとも1つが、前記範囲から外れているマグネシウム合金の鋳造素材に、350℃の塑性加工(押出し加工)を施したものである。
【0020】
尚、表1における「Ca+Al」は、カルシウムCaとアルミニウムAlとの合計の質量%を示す。
表1に示すように、カルシウムCaの含有率=0.3〜10%、アルミニウムAlの含有率=0.2〜15%、マンガンMnの含有率=0.05〜1.5%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比0.6〜1.7を満たす実施例1〜7の試料は、いずれも0.2%耐力が要求値である300MPa以上であり、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に要求される機械的強度を満たしており、圧縮機の機構部品として用いることができることを示している。
【0021】
これに対し、カルシウムCaの含有率が0.3〜10%の範囲を外れる比較例1及び比較例4、また、アルミニウムAlの含有率が0.2〜15%の範囲を外れる比較例2及び比較例3では、0.2%耐力が要求値である300MPaを下回り、圧縮機の機構部品として用いることができないことを示している。
また、カルシウムCaの含有率及びアルミニウムAlの含有率が、0.2〜15%の範囲内であっても、比較例5及び比較例6のように、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.6〜1.7の範囲を外れると、0.2%耐力が要求値である300MPaを下回り、圧縮機の機構部品として用いることができないことを示している。
【0022】
更に、カルシウムCaの含有率及びアルミニウムAlの含有率が0.3〜10%の範囲内であり、かつ、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.6〜1.7の範囲内であっても、マンガンMnを含有しない比較例7では、0.2%耐力が要求値である300MPaを下回り、圧縮機の機構部品として用いることができないことを示している。
即ち、上記引張試験の結果から、カルシウムCaの含有率=0.3〜10%、アルミニウムAlの含有率=0.2〜15%、マンガンMnの含有率=0.05〜1.5%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比=0.6〜1.7を満足するマグネシウム合金であることが、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に要求される機械的強度(0.2%耐力が300MPa以上)を得るための条件となることが分かる。
【0023】
カルシウムCaとアルミニウムAlとの双方を添加することで、Mg‐Ca系化合物と、Mg‐Al‐Ca系化合物が粒界に晶出し、室温での機械的強度及び耐熱性が向上するが、実施例1〜11のように、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比を0.6〜1.7とした場合、Mg‐Ca系化合物であるMg2Caと、Mg‐Al‐Ca系化合物である(Mg,Al)2Caとが同時に晶出し、機械的強度と耐熱性とが向上したものと推察される。
これに対し、比較例6のように、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が1.7よりも大きくなると、Mg2Caのみ、若しくは、僅かな(Mg,Al)2Caが晶出する程度となることで、機械的強度を十分に向上させることができず、また、比較例5のように、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.6よりも小さくなると、Mg‐Al系化合物であるβ‐Mg17Al12が晶出し、耐熱性に悪影響を及ぼしたものと推察される。
【0024】
また、比較例7のように、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比を0.6〜1.7の範囲内としても、マンガンMnを添加しない場合には機械的強度が不足するのに対し、実施例1〜11のように、マンガンMnを少量添加することで、0.2%耐力を300MPa以上とすることができる。これは、マンガンMnを少量添加することで、結晶粒径が微細化し、機械的強度が向上したものと推定される。マンガンMnの添加量は、0.05〜1.5%の範囲が適切であり、この範囲を外れると、結晶粒径の微細化の効果が低くなって、機械的強度の向上効果は期待できない。
【0025】
【表1】

【0026】
表2は、表1に示した実施例3の含有率、即ち、カルシウムCaを3.3%、アルミニウムAlを3.7%、マンガンMnを0.33%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.89、カルシウムCaとアルミニウムAlとの合計を7%としたマグネシウム合金の鋳造素材を試料とし、この鋳造素材に施す押出し加工(塑性加工)における押出比及び押出温度を複数種に異ならせ、押出し加工後の試料それぞれにおける0.2%耐力を求めた試験結果を示す。
表2に示す試験では、押出し比を10,20,40,60の4種類に設定したが、それぞれの押出し比における押出し温度が、250〜500℃の範囲内であれば、割れや表面酸化が発生することなく、0.2%耐力が要求値である300MPaを上回った。
【0027】
これに対し、押出し比を20としたときに、押出し温度を250〜500℃の範囲を下回る230℃とすると割れが発生して機械的強度が得られず、また、押出し温度を250〜500℃の範囲を上回る517℃とすると、表面酸化が発生して、0.2%耐力が要求値である300MPaを下回った。
即ち、塑性加工(押出し加工)の温度を、250〜500℃の範囲内とすることで、300MPa以上の0.2%耐力を出現できることが分かる。塑性加工の温度が250℃を下回る場合には、充分な歪み量を確保できないために成形ができず、割れなどが発生し、また、500℃を上回る場合には、高温酸化や部分的な溶解が発生することで、疲労強度の向上効果は期待できない。
【0028】
【表2】

【0029】
表3は、250〜500℃の塑性加工後(押出し加工後)に、熱処理(T6処理)を施した場合と、熱処理(T6処理)を施さなかった場合とで、それぞれに150℃疲労強度(高温疲労強度)を計測した結果を示す。
尚、試料としては、表1に示した実施例3の含有率、即ち、カルシウムCaを3.3%、アルミニウムAlを3.7%、マンガンMnを0.33%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比が0.89、カルシウムCaとアルミニウムAlとの合計を7%としたマグネシウム合金の鋳造素材を、押出し比20、押出し温度350℃で押出し加工したものを用いた。
【0030】
更に、表3には、比較対象として、JIS規定素材であるAl合金鍛造材(A4032−T6)における150℃疲労強度を示してある。前述のように、Al合金鍛造材(A4032−T6)は、自動車エアコン用圧縮機に用いられているから、このA4032−T6の150℃疲労強度(100MPa)以上の150℃疲労強度を出現できれば、A4032−T6に代わる部材として用いることができることになる。
表3の疲労強度を得た疲労試験(回転曲げ試験)及び疲労強度の算出は、日本機械学会編「日本機械学会基準 統計的疲労試験方法(改訂版)JSME S−002−1994」に準じて行い、試験温度150℃、回転数3000rpm、周波数50Hz、応力比R=−1で行った。表3の疲労強度は、107回での結果である。
【0031】
疲労試験に用いた試験片は、丸棒型試験片であって、チャック部の径を8.5mm、破断部の径を4mmとし、押出し方向と荷重負荷方向とが垂直になるように採取し、破断部は、切削による条痕の影響を無くすため、耐水研磨紙にて研磨した後、仕上げにバフ研磨した。
また、T6処理として、横型管状炉を用いて500℃のArガス気流中に30分(0.5時間)保持する溶体化処理後、180℃のオイルバスを用いて2時間の人工時効処理を施した。尚、熱処理時間(保持時間)は、試料を投入してからの時間である。
【0032】
表3に示したように、A4032−T6の150℃疲労強度が100MPaであるのに対し、250〜500℃の温度で塑性加工(350℃での押出し加工)を行った後、熱処理(T6処理)を施さなかったマグネシウム合金部材の150℃疲労強度は117MPaであるのに対し、同じ素材で同じ塑性加工を施した後に、更に熱処理(T6処理)を施したマグネシウム合金部材の150℃疲労強度は132MPaであった。
【0033】
即ち、カルシウムCaの含有率=0.3〜10%、アルミニウムAlの含有率=0.2〜15%、マンガンMnの含有率=0.05〜1.5%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比=0.6〜1.7であるマグネシウム合金の鋳造素材に対し、250〜500℃の塑性加工を施せば、熱処理(T6処理)を施さなくてもA4032−T6を上回る150℃疲労強度を出現できる。そして、熱処理(T6処理)を施せば、熱処理(T6処理)を施さなかった場合に比べて更に150℃疲労強度を向上させることができる。
【0034】
換言すれば、カルシウムCaの含有率=0.3〜10%、アルミニウムAlの含有率=0.2〜15%、マンガンMnの含有率=0.05〜1.5%、カルシウムCa/アルミニウムAlの質量比=0.6〜1.7であるマグネシウム合金の鋳造素材に対し、250〜500℃の塑性加工を施して形成したマグネシウム合金部材は、熱処理(T6処理)を施さなくても、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に用いることができる室温での0.2%耐力及び高温での疲労強度、具体的には、300MPa以上の室温0.2%耐力及び100MPa以上の150℃疲労強度を出現でき、更に、熱処理(T6処理)を施せば、高温での疲労強度がより強くなる。
従って、高強度アルミニウム合金を用いていた自動車エアコン用圧縮機の機構部品を、マグネシウム合金部材で形成することができ、これによって圧縮機の大幅な重量低減を実現できる。
【0035】
【表3】

【0036】
ところで、熱処理(T6処理)では、塑性加工(押出し加工)後に行う溶体化処理において、450〜510℃の処理温度に0.08時間以上保持することが好ましく、また、焼入れ処理後に行う人工時効処理において、150〜250℃の処理温度に0.3時間以上保持することが好ましい。
溶体化加熱の処理温度が450〜510℃の範囲であると、粒界及び粒内が微細な析出物によって強化され、局所変形が抑えられ、均一変形領域が大きくなるために、高温での加工軟化が起こり難くなり、高温疲労強度を向上させることができる。
【0037】
これに対し、溶体化加熱の処理温度が450℃を下回ると、固溶体が形成し難くなり、粒界及び粒内の析出物が低下し、適正な状態とならず、高温疲労強度の向上は期待できない。一方、溶体化加熱の処理温度が510℃を上回ると、合金の一部が溶融するバーニングが生じ、気孔欠陥が生じてしまう。
また、溶体化加熱の処理時間は、0.08時間を下回ると、十分な溶体化処理ができないので、保持時間は0.08時間よりも長いことが好ましい。
【0038】
また、人工時効処理における処理温度が150℃を下回ると、適正な硬さに向上させるために処理時間が長くなり、処理温度が250℃を上回ると、硬さ及び強度が低下してしまうので、人工時効処理における処理温度は、150〜250℃の範囲とすることが好ましい。
また、人工時効処理の保持時間が0.3時間を下回ると、十分な時効硬化が得られないので、人工時効処理における保持時間は、0.3時間以上とすることが好ましい。
表3の結果を得た熱処理(T6処理)における温度及び保持時間は、前述の温度範囲及び時間範囲を満たしている。
【0039】
以上説明したように、本発明に係るマグネシウム合金部材及びマグネシウム合金部材の製造方法によると、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に要求される、室温における0.2%耐力が300MPa以上、150℃における疲労強度が100MPa以上を出現でき、従来使用していたAl合金鍛造材A4032に置き換えて用いることができる。
そして、マグネシウム合金部材の比重は、Al合金鍛造材A4032よりも小さいので、自動車エアコン用圧縮機の機構部品を、マグネシウム合金で形成すれば、圧縮機の重量を大きく低減でき、車両の軽量化、引いては燃費性能の改善に寄与できる。
【0040】
本発明に係るマグネシウム合金部材及びマグネシウム合金部材を適用する自動車エアコン用圧縮機の機構部品としては、斜板式圧縮機用シューやピストン、及び、スクロール式圧縮機用うず巻体などがある。
尚、本発明に係るマグネシウム合金部材及びマグネシウム合金部材の製造方法は、自動車エアコン用圧縮機の機構部品に適用することを前提として開発されたものであるが、適用対象を自動車エアコン用圧縮機の機構部品に限定するものではなく、定置式エアコン圧縮機の機構部品に適用することも可能である。
また、塑性加工を押出し加工に限定するものでもなく、鍛造加工、圧延加工、引き抜き加工などであってもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、カルシウムを0.3〜10%、アルミニウムを0.2〜15%、マンガンを0.05〜1.5%含有し、カルシウム/アルミニウムの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウム及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材を、250〜500℃で塑性加工して形成したマグネシウム合金部材。
【請求項2】
前記塑性加工後に、溶体化処理及び人工時効処理を施した請求項1記載のマグネシウム合金部材。
【請求項3】
前記塑性加工後に、450〜510℃の処理温度に0.08時間以上保持する溶体化処理を施した後、150〜250℃の処理温度に0.3時間以上保持する人工時効処理を施した請求項2記載のマグネシウム合金部材。
【請求項4】
質量%で、カルシウムを0.3〜10%、アルミニウムを0.2〜15%、マンガンを0.05〜1.5%含有し、カルシウム/アルミニウムの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウム及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材を塑性加工してなり、室温における0.2%耐力が300MPa以上、150℃における疲労強度が100MPa以上であるマグネシウム合金部材。
【請求項5】
前記塑性加工が押出し加工である請求項1〜4のいずれか1つに記載のマグネシウム合金部材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1つに記載のマグネシウム合金部材を機構部品に使用したエアコン用圧縮機。
【請求項7】
質量%で、カルシウムを0.3〜10%、アルミニウムを0.2〜15%、マンガンを0.05〜1.5%含有し、カルシウム/アルミニウムの質量比が0.6〜1.7であり、残部がマグネシウム及び不可避不純物からなるマグネシウム合金の鋳造素材を、250〜500℃で塑性加工に付すマグネシウム合金部材の製造方法。
【請求項8】
前記塑性加工後に、溶体化処理及び人工時効処理に付す請求項7記載のマグネシウム合金部材の製造方法。
【請求項9】
前記塑性加工後に、450〜510℃の処理温度に0.08時間以上保持する溶体化処理に付した後、150〜250℃の処理温度に0.3時間以上保持する人工時効処理に付す請求項8記載のマグネシウム合金部材の製造方法。
【請求項10】
前記塑性加工が押出し加工である請求項7〜9のいずれか1つに記載のマグネシウム合金部材の製造方法。

【公開番号】特開2012−97309(P2012−97309A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244816(P2010−244816)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】