説明

単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法

【課題】単結晶ダイヤモンド基板の表面損傷を除去するために有効な新規な方法および表面損傷が除去された単結晶タイヤモンドを基板としたCVD法による単結晶ダイヤモンドの製造方法を提供する。
【解決手段】単結晶ダイヤモンドにイオン注入を行って表面近傍に非ダイヤモンド層を形成し、該非ダイヤモンド層をグラファイト化させた後、エッチングして表面層を除去する。この様にして得られた単結晶ダイヤモンドは、表面粗さを増加させることなく、切断、研磨などによって生じた表面損傷部がほぼ完全に除去され、また、表面と交差する転位もほとんど存在しないものとなるので、処理された単結晶ダイヤモンドを基板として、CVD法によってダイヤモンドを成長させることによって、転位の伝播や新たな転位の発生を著しく抑制することができ、形成される単結晶ダイヤモンドの結晶性を著しく改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に電子デバイス用基板として用いられる単結晶ダイヤモンドの表面損傷を除去または低減させるための表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
単結晶ダイヤモンドは、その優れた半導体特性により、パワーデバイスなどの電子デバイス用材料としての実用化が期待されている。このようなデバイス作製には、他の半導体材料と同様、大型かつ高品質な単結晶基板が要求される。
【0003】
基板サイズに関しては、主要な合成法として知られている高温高圧合成法では、10 mm
角程度が限界と見られている。しかし近年、気相合成(CVD)法による単結晶ダイヤモン
ド合成技術が急速に進展し、高温高圧合成と同等の10 mm角の基板合成が実現し、さらに
原理的にはそれ以上の大型化も可能な状況になっている。
【0004】
また、品質に関しては、基板自体のバルクの結晶性の他に、基板表面の平坦性や、切断や研磨などに伴う表面加工損傷が少ないことなどが要求される。その理由は、一般にデバイス製造過程において、基板上へのエピタキシャル成長によって、伝導性を制御した単結晶膜が成長されるが、基板内部や基板表面に存在する欠陥は、その上に成長するエピタキシャル成長膜に引き継がれ、これらの膜の結晶品質を劣化させる原因となるからである。したがって、基板内部の欠陥の低減あるいは制御、表面の平坦化や表面損傷の低減あるいは除去が高品質化への課題となっており、様々な観点からその解決法が提案されている。
【0005】
欠陥制御の観点では、CVD法によって合成された単結晶ダイヤモンドの特徴、すなわち
、転位が概ね成長方向に向かって伝播する性質を利用して、CVDダイヤモンドをもともと
の成長方向が面内に含まれるように切断して基板(プレート)を切り出し、実質的に表面に欠陥のない基板を製造できることが示されている(下記特許文献1参照)。しかし、切り出された基板(プレート)は切断・研磨により導入される一定の表面損傷を含んでおり、これらを低減あるいは除去する方法については開示されていない。
【0006】
また、基板表面の平坦化に関しては、注意深く機械研磨を行うことにより、ある程度の平坦度(表面粗さRaで10 nm以下)は達成される。さらに平坦な表面を得る方法として、
斜め方向からのイオン注入によってダイヤモンド表層の凹凸の範囲内の深さに非ダイヤモンド層を形成し、これを電気化学的エッチングにより除去することによる表面平坦化方法(下記特許文献2参照)が提案されている。しかし、いずれの方法でも、通常凹凸の深さを超えて導入さている加工損傷を取り除くことは困難である。
【0007】
表面損傷の低減あるいは除去の観点では、基板表面を反応性イオンエッチングによりエッチングする方法が開示されている(下記特許文献3参照)。しかし、表面損傷が深い場合、エッチング深さを厚くすると、エッチングに時間を要するだけでなく、エッチングによる表面荒れが拡大する場合があり、この後の単結晶成長では、表面荒れに起因した結晶性の悪化が認められるとされている。また、CVD装置内において、水素と少量の酸素ガス
等を含む混合気体中で生成したプラズマを用いてエッチングが行われる場合がある(下記特許文献4参照)。この方法は、特にダイヤモンド成長に移行する直前、すなわち、その場で行われる場合には、表面汚染を除去するにも有効とされている。しかし、エッチング後の基板には、エッチピットと呼ばれる窪みが多数形成され、この後の単結晶ダイヤモンドの成長において、これらが異常成長の起点となり、基板と成長層の界面から新たな転位が発生する問題がある。
【0008】
以上のように、単結晶ダイヤモンド基板の高品質化に要求される課題は個別には解決されようとしているものの、そのすべての課題を同時に解決できる手法はいまだ確立されていないのが現状である。
【特許文献1】特表2006−508881
【特許文献2】特表2001−509839
【特許文献3】特開2005−225746
【特許文献4】特表2004−503460
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、単結晶ダイヤモンドの表面粗さを増加させることなく、表面損傷を除去あるいは低減させるために有効な新規な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねてきた。その結果、単結晶ダイヤモンド中にイオン注入によって非ダイヤモンド層を形成した後、高温アニーリング等の方法で非ダイヤモンド層をグラファイト化させ、これを表面層とともにエッチングにより取り除くことによって、単結晶ダイヤモンドの表面粗さを増加させることなく、研磨や切削等によって生じた表面部分の損傷を取り除くことが可能になることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、下記の単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法を提供するものである。
1. 単結晶ダイヤモンドにイオン注入を行って表面近傍に非ダイヤモンド層を形成し、該非ダイヤモンド層をグラファイト化させた後、エッチングして表面層を除去することを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法。
2. 上記項1における非ダイヤモンド層の形成及びグラファイト化処理と、エッチングによる表面層の除去処理を2回以上繰り返すことを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法。
3. 被処理物とする単結晶ダイヤモンドが、CVD法によって合成された単結晶ダイヤモ
ンドであって、単結晶ダイヤモンドの転位線にほぼ平行な表面を有するものである上記項1又は2に記載の方法。
4. 上記項1〜3のいずれかの方法によって単結晶ダイヤモンドの表面損傷を除去した後、表面損傷が除去された単結晶タイヤモンドを基板として、CVD法によって単結晶ダイ
ヤモンドを成長させることを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの製造方法。
【0012】
本発明の単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法では、イオン注入法によって単結晶ダイヤモンドの表面近傍に非ダイヤモンド層を形成し、形成された非ダイヤモンド層をグラファイト化させた後、エッチングして表面部分を除去する。これによって、非ダイヤモンド層より表面側にある損傷を除去することができる。そして、必要に応じて、この処理を繰り返すことによって、単結晶ダイヤモンドの表面損傷層をほぼ完全に除去することができる。
【0013】
以下、本発明の単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法について具体的に説明する。
【0014】
処理対象
本発明方法の処理対象は、表面層、即ち、表面又は表面付近の内部に損傷部分を有する単結晶ダイヤモンドである。
【0015】
本発明方法によって除去することを目的とする単結晶ダイヤモンドの表面層の損傷とは、ダイヤモンドの表面層近傍に存在する結晶構造の乱れやクラック等であり、主として、切断して必要な大きさの単結晶ダイヤモンドを切り出す際や、単結晶ダイヤモンドの表面をスカイフ研磨などの方法で機械的に研磨する際に単結晶ダイヤモンドの表面近傍に生じるものである。この様な損傷部分の厚さは、切断条件や研磨条件によって異なるが、通常、表面から10μm程度までの深さまでに存在することが多い。
【0016】
単結晶ダイヤモンドの表面層に存在する上記した損傷は、この単結晶ダイヤモンドを基板として、エピタキシャル成長によって単結晶ダイヤモンド膜を成長させる際に、その上に成長するエピタキシャル成長膜に結晶欠陥として引き継がれ、これらの膜の結晶品質を劣化させる原因となる。
【0017】
処理対象となる単結晶ダイヤモンドの種類については特に限定はなく、天然ダイヤモンド、人工合成ダイヤモンド等、絶縁性を有する任意の単結晶ダイヤモンドを処理対象とすることができる。人工合成ダイヤモンドの製造方法についても特に限定はなく、例えば、高温高圧合成法、CVD法等の公知の方法によって得られた各種の単結晶ダイヤモンドを処
理対象とすることができる。
【0018】
処理対象とする単結晶ダイヤモンド表面の結晶面についても特に限定はなく、例えば、(100)面、(111)面、(110)面等の任意の結晶面を表面とする単結晶ダイヤモンドを処理対象とすることができる。また、単結晶ダイヤモンドの表面が、特定の結晶面に対して任意のオフ角を有してもよい。
【0019】
単結晶ダイヤモンド中への非ダイヤモンド層の形成
本発明方法では、まず、処理対象の単結晶ダイヤモンドにイオン注入を行って該ダイヤモンドの表面近傍に非ダイヤモンド層を形成する。この工程では、ダイヤモンドの一方の表面からイオン注入することによって、ダイヤモンドの表面近傍に結晶構造が変質した非ダイヤモンド層が形成される。
【0020】
図1は、本発明による表面損傷層の除去方法を示す概略図であり、図1(a)は、イオン注入層が形成された状態を模式的に示す図面である。
【0021】
イオン注入法は、試料に高速のイオンを照射する方法であり、一般的には所望の元素をイオン化して取り出し、これに電圧を印加して電界により加速した後、質量分離して所定のエネルギーを持ったイオンを試料に照射することにより行うが、プラズマの中に試料を浸漬し、試料に負の高電圧パルスを加えることによりプラズマ中の正イオンを誘引するプラズマイオン注入法により行ってもよい。注入イオンとしては、例えば炭素、酸素、アルゴン、ヘリウム、プロトンなどを用いることができる。
【0022】
イオンの注入エネルギーは、一般的なイオン注入で用いられる10 keV〜10 MeV程度の範囲でよい。注入イオンは、イオンの種類とエネルギー、および試料の種類によって決まる注入深さ(飛程)を中心に一定の幅を持って分布する。試料の損傷はイオンが停止する飛程近傍が最大になるが、飛程近傍より表面側でもイオンが通過することにより一定程度の損傷を受ける。これら飛程や損傷の度合いは、SRIMコードのようなモンテカルロシミュレーションコードによって計算・予測することができる。
【0023】
基板にイオン注入を行うことにより、照射量がある一定量を超えると、イオンの飛程近傍より表面側で結晶構造が変質し、ダイヤモンド構造が破壊されて、この部分より表層部分での分離が容易となる。
【0024】
形成すべき変質部分の深さは、予想される表面損傷の深さに応じて決めればよい。具体的には、損傷部分より深い位置に非ダイヤモンド層が形成されるようにイオンの飛程を選べばよい。また、損傷部分が表面から深い位置にまで存在する場合には、損傷部分の途中に非ダイヤモンド層を形成し、その後、後述する方法でエッチングして表面部分を除去した後、再度、非ダイヤモンド層の形成及びグラファイト化と、表面部分の除去処理を必要な回数繰り返してもよい。これにより、損傷部分をほぼ完全に除去することができる。後者の方法は、利用できるイオンのエネルギーが限られているとき有効であるほか、偏光顕微鏡像や、X線回折等を利用して表面損傷の有無の評価を同時に行うことにより、除去さ
れる表面層の厚さを最小化することができる利点がある。
【0025】
変質部分の厚さやその程度は、使用するイオンの種類、注入エネルギー、照射量などによって異なるので、これらの条件については、イオンの飛程近傍において分離可能な変質層が形成されるように決めればよい。具体的には、注入されたイオンの原子濃度が最も高い部分について、原子濃度が1x1020 atoms/cm3程度以上であることが好ましく、確実に非ダイヤモンド層を形成するためには1x1021 atoms/cm3程度、すなわちはじき出し損傷量で1 dpa以上であることが好ましい。
【0026】
例えば、表面から深さ1.6μmまでの表面層を除去したい場合、炭素イオンを注入エネ
ルギー3 MeVで注入し、イオンの照射量を、1x1016 ions/cm2以上程度とすればよい。この場合、照射量が少なすぎると、非ダイヤモンド層が十分に形成されず、損傷層の分離が困難となる。
【0027】
次いで、イオン注入後、ダイヤモンドを真空中、還元性雰囲気、酸素を含まない不活性ガス雰囲気等の非酸化性雰囲気中で600℃以上の温度で熱処理することによって、非ダイヤモンド層のグラファイト化を進行させる、これにより、次工程でのエッチングが速く進行する。熱処理温度の上限はダイヤモンドがグラファイト化しはじめる温度となるが、通常、1500℃程度とすればよい。熱処理時間については、熱処理温度などの処理条件により異なるが、例えば、5分〜10時間程度とすればよい。
【0028】
この熱処理は、例えば、ダイヤモンド成長用の気相合成装置を使って行うこともできる。この場合、例えば、ダイヤモンドの合成に通常用いられる水素ガス雰囲気中で、上記条件に従って熱処理を行えばよい。
【0029】
非ダイヤモンド層のエッチング
上記した方法でイオン注入によって単結晶ダイヤモンド中に非ダイヤモンド層を形成し、これをグラファイト化させた後、図1(b)に示すように、非ダイヤモンド層をエッチングすることにより、非ダイヤモンド層の部分から、表面損傷を含んだ表面層が除去される。
【0030】
表面層を除去する方法については、特に限定的ではないが、例えば、電気化学エッチング、熱酸化、放電加工などの方法を適用できる。
【0031】
電気化学エッチングによって非ダイヤモンド層を取り除く方法としては、例えば、電解液の中に2個の電極を一定間隔を置いて設置し、非ダイヤモンド層を形成した単結晶ダイヤモンドを電解液中の電極間に置き、電極間に直流電圧を印加する方法を採用できる。電解液としては、純水が望ましい。電極材料は導電性を有するものであれば特に制限はないが、化学的に安定な白金、グラファイトなどの電極が望ましい。電極間隔隔および印加電圧は、最もエッチングが速く進むように設定すればよい。電解液の中の電界強度は通常100〜300 V/cm程度であればよい。
【0032】
また、電気化学エッチングによって非ダイヤモンド層を取り除く方法において、交流電圧を印加してエッチングを行う方法によれば、大型の単結晶ダイヤモンドであっても、非ダイヤモンド層においてエッチングが結晶の内部にまで極めて速く進行し、非ダイヤモンド層より表面側のダイヤモンドを短時間に分離することが可能となる。
【0033】
交流電圧を印加する方法についても、電極間隔および印加電圧は、最もエッチングが速く進むように設定すればよいが、通常、印加電圧を電極間隔で割った電解液の中の電界強度は通常50〜10000V/cm程度とすることが好ましく、500〜10000V/cm程度とすることがよ
り好ましい。
【0034】
交流としては、商用の周波数60または50Hzの正弦波交流を用いるのが簡単であるが、同様の周波数成分をもてば、波形は特に正弦波に限るものではない。
【0035】
電解液として用いる純水は、比抵抗が高い(即ち、導電率が低い)ほうが高電圧を印加できるので都合がよい。一般の超純水装置を用いて得られる超純水は、18MΩ・cm程度と
いう十分に高い比抵抗を有するので、電解液として好適に使用できる。
【0036】
また、熱酸化で非ダイヤモンド層を取り除く方法としては、例えば、酸素雰囲気中で、オフ基板を500〜900℃程度の高温に加熱し、酸化によって非ダイヤモンド層をエッチングすればよい。この際、エッチングが基板内部まで進むと、結晶の外周から酸素が透過しにくくなるため、非ダイヤモンド層を形成するためのイオンとして酸素イオンを選択し、かつエッチングが起こるのに必要な照射量より十分に多量の酸素イオンを注入しておけば、エッチング時に酸素が非ダイヤモンド層の内部からも供給され、非ダイヤモンド層のエッチングをより速く進行させることができる。
【0037】
さらに、グラファイト化が進んだ非ダイヤモンド層は導電性があるため、放電加工により切断(エッチング)することもできる。
【0038】
以上の方法に従って、非ダイヤモンド層の形成及びグラファイト化と、形成された非ダイヤモンド層のエッチングを行うことによって、非ダイヤモンド層より表面側の損傷部分を除去することができる。この場合、図1(c)及び(d)に示すように、必要に応じて、上記した処理を繰り返し行い、注入イオンの飛程(注入イオンの深さ)の総和が、単結晶ダイヤモンドの表面損傷層の深さと一致するか、或いは、これを上回るまで表面損傷部分の除去を行うことによって、単結晶ダイヤモンドの表面損傷層をほぼ完全に除去することができる。
【0039】
本発明の好ましい実施態様
本発明では、特に、処理対象の単結晶ダイヤモンドとして、CVD法で合成した単結晶ダ
イヤモンドであって、成長した単結晶ダイヤモンドの転位線にほぼ平行な表面を有する単結晶ダイヤモンドを用いることが好ましい。
【0040】
CVD法によるホモエピタキシャル成長で合成された単結晶ダイヤモンドには、成長方向
と平行な向きに転位(束)が入ることが知られている。この転位は、CVDダイヤモンドを
合成するために用いた単結晶ダイヤモンド基板中の欠陥、あるいは基板表面に存在する欠陥等に起因するものであり、CVD法によって単結晶ダイヤモンドを形成する際に、成長し
た単結晶ダイヤモンドに欠陥が複製されることによって生じるものである。この様な転位は、CVD法で形成された単結晶ダイヤモンドの基板面にほぼ垂直に伝搬するために、この
方法で得られた単結晶ダイヤモンドについて、そのまま上記した方法で表面損傷を除去しても、単結晶ダイヤモンドの表面に現れる転位の数を減少させることはできない。
【0041】
本発明では、この様なCVD法で形成された単結晶ダイヤモンドについて、転位線とほぼ
平行方向に表面が形成されるように単結晶ダイヤモンドを切断し、切り出された単結晶ダイヤモンドを処理対象として、上記した方法で表面損傷を除去することが好ましい。この様な方法で切り出された単結晶ダイヤモンドは、転位線が表面にほぼ平行に存在するために、表面に現れる転位は皆無であるか、或いは表面に交差する転位の数は非常に少量となる。このため、この単結晶ダイヤモンドについて、上述した方法で、表面損傷層を除去することによって、表面に欠陥部分がほとんどない良好な単結晶ダイヤモンドが得られる。
【0042】
転位線にほぼ平行な表面を有する単結晶ダイヤモンドは、例えば、上記した特許文献1(特表2005−508881号公報)に記載されている方法に従って得ることができる。
【0043】
即ち、図2(a)に示す様に、ダイヤモンド基板の表面から起こるダイヤモンドのホモエピタキシャル成長において、基板表面の転位又は欠陥は、基板面に対してほぼ垂直に伝搬する。この様な転位を含んで成長した単結晶ダイヤモンドについて、図2(a)において破線で示す様に、基板面に対して実質的に垂直となるように、単結晶ダイヤモンドを切り出せばよい。
【0044】
図2(b)に示されているように、切り離された単結晶ダイヤモンドでは、切断によって表面に損傷層が存在するが、転位線は単結晶ダイヤモンド表面に対してほぼ平行にとなる。このため、単結晶ダイヤモンドの表面と交差する転位は、実質的に全く存在しないか、或いは非常に少量となる。
【0045】
この場合、切り出される単結晶ダイヤモンドの表面は、基板面に対して完全に垂直である必要はなく、単結晶ダイヤモンドの成長層に存在する転位線の状態に応じて、表面に現れる転位ができるだけ少なくなるように切り出せばよい。
【0046】
この様にして切り出された単結晶ダイヤモンドでは、切断の際に表面層に損傷部分が生じる。この様な単結晶ダイヤモンドをそのまま基板として、CVD法によってダイヤモンド
成長を行うと、基板と成長層との界面から新たに多数の転位が発生することになる。
【0047】
本発明の方法では、転位線とほぼ平行方向に表面が形成されるように切り出された単結晶ダイヤモンドに対して、図2(c)に示すようにイオン注入を行って非ダイヤモンド層を形成し、グラファイト化させた後、図 2(d)に示す様に、非ダイヤモンド層をエッ
チングして表面部分を除去し、必要に応じて、この操作を繰り返すことによって、単結晶ダイヤモンドの表面損傷層をほぼ完全に除去することができる。
【0048】
この様にして得られた単結晶ダイヤモンドは、切断、研磨などによって生じた表面損傷部がほぼ完全に除去され、また、表面と公差する転位もほとんど存在しないものとなる。よって、このようにして処理された単結晶ダイヤモンドを基板として、CVD法によってダ
イヤモンドを成長させることによって、転位の伝播や新たな転位の発生を著しく抑制することができ、形成される単結晶ダイヤモンドの結晶性を著しく改善することができる。
【発明の効果】
【0049】
本発明方法によれば、単結晶ダイヤモンドの表層に存在する欠陥をほぼ完全に除去することができる。
【0050】
特に、処理対象とする単結晶ダイヤモンドがCVD法によって合成されたものであり、か
つ転位線が基板面と平行に走っている場合には、上記方法により損傷を取り除くことによ
って、表面損傷部がほぼ完全に除去され、しかも表面と公差する転位もほとんど存在しない良好な単結晶ダイヤモンドとなる。このような単結晶ダイヤモンドを基板としてCVD法
によってダイヤモンドを成長させることによって、形成される単結晶ダイヤモンドの結晶性が著しく改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0052】
実施例1
機械研磨された大きさが9.3×9.5×1.05 mm3の高温高圧合成Ib単結晶ダイヤモンド(100)基板を被処理物として、以下の方法で、表面損層の除去を行った。
【0053】
まず、1.5 MVタンデム型加速器を用いて、注入エネルギー3 MeV、照射量2× 1016ions/cm2で、上記した単結晶ダイヤモンド基板に炭素イオンを注入した。注入イオンの注入深
さの計算値は約1.6μmであった。この照射により、ダイヤモンド基板の色は薄い黄色か
ら黒色に変化し、非ダイヤモンド層が形成されていることが確認できた。
【0054】
次いで、市販のマイクロ波プラズマCVD装置を用いて、上記した単結晶ダイヤモンド基板の熱処理を行い、非ダイヤモンド層のグラファイト化を進行させた。熱処理条件は、基板温度1130℃、圧力24 kPa、水素ガス流量500 sccmで、処理時間は25分間とした。この熱処理後、メタンガスおよび窒素ガスをそれぞれ流量60sccmおよび0.6 sccm導入し、数時間単結晶ダイヤモンド膜の成長を行った。このダイヤモンド膜は、処理対象とする単結晶ダイヤモンド基板の表面層を除去するとともに、表面層の損傷の程度を、該基板上に成長するエピタキシャル成長膜の結晶性によって評価するためのものである。
【0055】
一方、純水を入れたビーカの中に2本の離れた白金電極を約1cmの間隔を隔てて設置し、その電極間に、上記した方法で単結晶ダイヤモンド膜を成長させた単結晶ダイヤモンド基板を置いた。電極間に実効値5.6 kV、周波数60 Hzの交流電圧を印加して15時間放置し
たところ、目視では黒色のグラファイト化した非ダイヤモンド層がなくなった。目視できない非ダイヤモンド層が残存している恐れがあるため、更に引き続き、同様の条件で交流電流を24時間印加した。その結果、損傷層を含む基板表面層が、CVD法による単結晶ダイヤモンド膜とともに単結晶ダイヤモンド基板から除去された。
【0056】
上記した方法で表面層を除去した単結晶ダイヤモンド基板に対して、再度、上記した方法と同様にして、炭素イオンの注入および熱処理、単結晶ダイヤモンド膜の成長、並びに電気化学エッチングによる表面層の除去を行った。分離後の単結晶ダイヤモンド基板の表面形状を原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価したところ、表面平均粗さ(Ra)は分離を
繰り返しても2 nm程度であり変化しなかった。
【0057】
以上の方法で単結晶ダイヤモンド基板から分離された表面層は、単結晶ダイヤモンド基板の表面層とその表面に形成されたCVD法による単結晶ダイヤモンド膜を含むものである。上記した2回の処理工程で分離されたダイヤモンド成長層を含む表面層について、偏光顕微鏡像によって、成長したダイヤモンド膜の結晶性を評価した。その結果、1回目の処理で得られたダイヤモンド成長膜と比較して、2回目に処理で得られたダイヤモンド成長膜では転位の数が大きく減少していることが確認できた。この結果は、1回目の表面層の除去処理によって、単結晶ダイヤモンド基板の表面に存在する損傷部分が大きく除去されたことを示すものである。
【0058】
実施例2
約6mm角の高温高圧合成Ibダイヤモンド(100)基板上にマイクロ波プラズマCVD法によっ
てCVDダイヤモンドを厚さ8.7mmまで成長させた。この結晶を成長方向と平行な{100}面で
切り出し、表面を研磨して7×8.5×1 mm3の台形状の単結晶ダイヤモンド基板を作製した
。この基板を透過X線トポグラフィで観察したところ、成長方向とほぼ平行な方向に向か
って多数の転位線が入っているのが確認できた。
【0059】
この単結晶ダイヤモンド基板の成長方向と平行な{100}面に対して、実施例1と同様の
方法によって、炭素イオンの注入および熱処理、表面損傷の評価を目的とした単結晶ダイヤモンド膜の成長、並びに電気化学エッチングによる表面層の除去を行い、これらの処理を4回繰り返した。この処理によって、1回につき約1.6μmの表面層が除去され、厚さ
約200μmのダイヤモンド成長膜を含む表面層が4枚分離された。成長条件は同一なので
、各々のダイヤモンド成長膜の結晶性はそれぞれ0〜3回表面層を除去したときの基板表面損傷の程度を示している。
【0060】
得られた各表面層に形成されているダイヤモンド成長膜の結晶性を偏光顕微鏡像およびGe(440)四結晶モノクロメーターを用いた高分解能X線ロッキングカーブの半値幅に
よって評価した。
【0061】
ダイヤモンド成長膜の偏光顕微鏡像については、上記した処理回数の増加とともに転位の数が減少し、2回以上表面層の除去を行うと転位の数が一定となった。
【0062】
また、高分解能X線ロッキングカーブ測定で得られた半値幅を下記表1に示す。X線ロッキングカーブ半値幅も同様の傾向となり、最終的に10秒以下の非常に良好な結果が得られた。
【0063】
【表1】

【0064】
以上の結果から、本発明の方法に従って、イオン注入による非ダイヤモンド層の形成及びグラファイト化と、形成された非ダイヤモンド層のエッチングによる除去を繰り返し行うことによって、単結晶ダイヤモンドの表面に存在する損傷部分をほぼ完全に除去できることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明による表面損傷層の除去方法を示す概略図である。
【図2】本発明の一実施態様を示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶ダイヤモンドにイオン注入を行って表面近傍に非ダイヤモンド層を形成し、該非ダイヤモンド層をグラファイト化させた後、エッチングして表面層を除去することを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法。
【請求項2】
請求項1における非ダイヤモンド層の形成及びグラファイト化処理と、エッチングによる表面層の除去処理を2回以上繰り返すことを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの表面損傷の除去方法。
【請求項3】
被処理物とする単結晶ダイヤモンドが、CVD法によって合成された単結晶ダイヤモンドで
あって、単結晶ダイヤモンドの転位線にほぼ平行な表面を有するものである請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの方法によって単結晶ダイヤモンドの表面損傷を除去した後、表面損傷が除去された単結晶タイヤモンドを基板として、CVD法によって単結晶ダイヤモン
ドを成長させることを特徴とする、単結晶ダイヤモンドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−13322(P2010−13322A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−175183(P2008−175183)
【出願日】平成20年7月4日(2008.7.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載年月日 平成20年1月12日 掲載アドレス http://www.sciencedirect.com/science/journal/09259635
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】