説明

圧電体素子の製造方法

【課題】
密着膜を備え、配向の揃った圧電体膜を製造する。
【解決手段】
(a)基板上方に、Ti層、その上にPt層を堆積し、(b)Ti層、Pt層を堆積した基板をプラズマ気相堆積装置に搬入し、(c)プラズマ気相堆積装置内において、酸素を含む雰囲気中で、基板を圧電体膜堆積温度まで加熱し、(d)プラズマ気相堆積装置内において、加熱した前記基板上に、プラズマ気相堆積により、酸化物圧電体膜を堆積する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ光等の光ビームを走査する装置(光スキャナ)が、バーコードリーダ、レーザプリンタ、レーザアニール装置等の光学機器に用いられている。現在、光スキャナの小型化、より正確な動作等が求められている。
【0003】
特開2005−148459号公報は、下地単結晶Si基板上に酸化シリコン膜を介して薄い単結晶Si層を結合したSOI基板を用い、ミラー部を第1の枠に結合した第1の軸で支持し、第1の枠を第1の軸と交差する第2の軸で支持し、第2の軸を外枠で支持し、第1の軸、第2の軸を梁とその上に形成された圧電薄膜素子を含む圧電アクチュエータで揺動させて二次元走査する光スキャナを提案している。
【0004】
このような圧電薄膜素子の圧電材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PbZr1−xTi、PZT)等のペロブスカイト型酸化物圧電材料が用いられる。チタン酸ジルコン酸鉛(PbZr1−xTi、PZT)は、高い圧電率、高い強誘電率を有し、電圧(電界)−変位変換素子、メモリ等として利用されている。
【0005】
マイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)における圧電素子は、一般的にアモルファス相や多結晶相の絶縁膜の上に形成される。絶縁膜上に、電極を介して形成される圧電材料の多くは結晶粒子の集合体からなる多結晶体であり、各結晶粒子の結晶軸方向はランダムな方向を向いている。従って、自発分極の方向もランダムに配列している。電界を印加すると、各結晶粒子は、電界と平行方向に分極軸を向けようとする。圧電特性は電圧依存性を示し、バラツキが大きくなったり、経時変化が生じたりする。信頼性に問題が生じうる。PZT膜の配向が制御できれば、応答を大きくでき、信頼性の向上にもなる。
【0006】
圧電薄膜素子は、基本的に圧電材料膜を上下の電極で挟んだ構成を有する。下部電極上に酸化物圧電材料膜を堆積するため、下部電極は酸化性雰囲気に曝される。下部電極としては、酸化しないか、酸化しても導電性である貴金属が用いられる。例えば、Pt/PZT/Ptの積層構造である。Pt層は酸化シリコン膜に対して密着性が弱い。酸化シリコン膜上に圧電薄膜素子を形成する場合には、酸化シリコン膜とPt下部電極との間にTi密着層を形成することも多い。
【0007】
上下電極層は、電子ビーム蒸着、スパッタリングなどで成膜できる。PZT膜の成膜方法としては、ゾルゲル法、蒸着、スパッタリング、化学気相堆積(CVD)等が知られている。
【0008】
特開2001−234331号公報、特開2002−177765号公報、特開2003−234331号公報は、それらの実施の態様の欄で、圧力勾配型アーク放電プラズマガンで生成した高密度プラズマで、蒸発源から蒸発したソースガスを活性化し、酸素雰囲気中で下地基板上に薄膜を形成する、アーク放電反応式イオンプレーティング法を提案している。アーク放電反応式イオンプレーティング法は、比較的低い成膜温度においても、高速に強誘電体(圧電体)膜を形成できる方法である。
【0009】
酸化膜を形成したSi基板(SiO2/Si)上にPt/Ti下部電極層をスパッタ蒸着したものを下地基板として、その上に強誘電体薄膜を成膜すると、強誘電体薄膜の結晶構造は、下地であるPt/Ti層の結晶構造に大きく依存する。
【0010】
上記のような強誘電体薄膜にあっては、通常Pt層は(111)面に優先配向した多結晶薄膜層であることが多く、その上に成長させた強誘電体薄膜層は、全く優先配向のない膜か、成膜プロセスの工夫によってPt層と同じ(111)優先配向した薄膜になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−148459号公報
【特許文献2】特開2001−234331号公報
【特許文献3】特開2002−177765号公報
【特許文献4】特開2003−234331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
密着膜を備え、配向の揃った圧電体膜を製造する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の1観点によれば、
(a)基板上方に、Ti層、その上にPt層を堆積する工程と、
(b)前記Ti層、Pt層を堆積した基板をプラズマ気相堆積装置に搬入する工程と、
(c)前記プラズマ気相堆積装置内において、前記基板を酸素を含む雰囲気中で、圧電体膜堆積温度まで加熱する工程と、
(d)前記プラズマ気相堆積装置内において、加熱した前記基板上に、プラズマ気相堆積により、酸化物圧電体膜を堆積する工程と、
を含む圧電体素子の製造方法
が提供される。
【発明の効果】
【0014】
(111)配向した圧電体膜が得られる。
【0015】
均一性が向上する。
再現性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1Aは、圧電体薄膜素子製造工程中の基板断面図、図1Bは、Ti層上に成膜したPt層をX線回折により測定した結果を示すグラフである。
【図2−1】図2Aは、圧電体薄膜堆積に用いるアーク放電反応性イオンプレーティング装置を示す概略側面図、 図2Bは、PZT圧電体膜を形成した基板の概略断面図である。
【図2−2】図2Cは、PZT圧電体膜18表面を観察したスケッチ、図2Dは、真空中で加熱処理したPt膜に生じたと考えられうる結晶性の分布を示す概念図、図2Eは、真空中で加熱処理したPt膜表面をX線回折で測定した結果を示すグラフである。
【図3】図3Aは、基板加熱処理工程におけるアーク放電反応性イオンプレーティング装置を示す概略側面図、図3Bは、PZT圧電体膜成膜後のX線回折測定の結果を示すグラフである。
【図4】図4Aは、酸素(O)を含む雰囲気中で加熱したサンプルのXPS測定結果を示すグラフ、図4Bは,真空中で加熱したサンプルのXPS測定結果を示すグラフである。
【図5−1】図5A−5Cは、真空中加熱サンプルの配向度測定結果を示すグラフである。
【図5−2】図5D−5Fは、(Ar+He+O)雰囲気中加熱サンプルの配向度測定結果を示すグラフである。
【図6】図6は、2次元光スキャナの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者は、圧電薄膜素子を製造する技術を開発している。まず、予備実験に沿って説明する。MEMS用の圧電薄膜素子はSOI基板上に形成するが、研究用の圧電薄膜素子は、(100)面Si基板上に形成した。
【0018】
図1Aに示すように、Si基板11表面に熱酸化により厚さ約500nmの酸化シリコン膜12を形成し、酸化シリコン膜12上にスパッタリングで、厚さ約50nmのTi密着層14、厚さ約150nmのPt主電極層16を形成した。Ti密着層14とPt主電極層16が下部電極を構成する。
【0019】
図1Bは、Pt主電極層16を形成した基板をX線回折により測定した結果を示すグラフである。横軸が回折角2θを単位、度(deg)で示し、縦軸が回折強度を任意単位で示す。回折角2θ:30度−50度の範囲では、Ptの(111)面ピークのみが明瞭に認められる。Pt層16は、主として(111)配向していると考えられる。Pt層16を堆積した基板11をアーク放電反応性イオンプレーティング装置に装荷し、PZT圧電体膜を堆積した。
【0020】
図2Aは、圧電体薄膜を堆積するのに用いたアーク放電反応性イオンプレーティング装置を示す概略側面図である。反応チャンバ101は真空排気装置に接続され、高真空(1x10−4Pa以上の真空度、圧力としては1x10−4Pa以下)に排気可能である。なお、真空度(圧力)の計器はTorrを単位としており、圧力の数値はほぼ有効数字1桁で扱っているため、本願においては100Pa=1Torrで換算している。
【0021】
反応チャンバ101の上面を貫通して回転軸102が設けられており、背面に輻射加熱方式のヒータ103を備えた基板ホルダ104が接続されている。基板ホルダ104は、複数の基板105を支持できる構成である。反応チャンバ101底部には、Pb蒸発源106、Zr蒸発源107、Ti蒸発源108が備えられ、Pbビーム、Zrビーム、Tiビームを発生できる。反応チャンバ101上面を貫通して、ガス供給機構109が設けられている。
【0022】
反応チャンバ101の側面には、陽極114、陰極112、磁場発生コイル116を備えたプラズマガン110が設けられている。プラズマガン110には、プラズマ発生ガス供給機構120が設けられ、Ar、He等の不活性ガス(放電ガス)が供給される。プラズマ発生ガス供給機構120から供給された不活性ガス(放電ガス)がアーク放電により電離・活性化し、磁場・放電ガスの圧力勾配によって誘導されて反応チャンバ101内にプラズマ118が導出される。蒸発源106,107,108から蒸発したソースガスは、プラズマ118を通過する際に活性化され、基板105に到達する。ガス供給機構109からは酸素が導入されることによって高密度の酸素プラズマ及び酸素の活性種を生成され、基板近傍でソースガスと反応して酸化物を形成する。
【0023】
Ti密着層14とPt主電極層16の積層からなる下部電極を形成したSi基板11が、基板105として、反応チャンバ101内に装荷され、反応チャンバ101内は、1x10−4Pa以上の高真空に排気され、ヒータ103により基板105を500℃程度まで加熱する。基板105が約500℃に達した後、プラズマ発生ガス供給機構120からArガスを1sccm〜100sccm、Heガスを5sccm〜300sccm導入し、プラズマガン110の陰極112と陽極114との間に直流電圧を印加することによりアーク放電プラズマ118を発生させる。そしてガス供給機構109から酸素ガスを50sccm〜400sccm導入して高密度の酸素プラズマ及び酸素の活性種を生成し、蒸発源106,107,108からPb、Zr、Tiを蒸発させる。このときの放電電圧は50V〜120V、放電電流は15A〜80Aの間で制御を行なった。
ガス供給機構109から酸素ガスを導入することによって反応チャンバ101内に生成された酸素活性種の存在下で、輻射加熱方式のヒータ103によって500℃程度に加熱された基板105上にPZT薄膜の成膜をおこなった。
また水晶振動子式膜厚モニタにて、Pb蒸発量がZrとTiの蒸発量の合計に対して10倍までの範囲になるように、かつZrとTiの蒸発量がほぼ同等になるように、蒸発源106,107,108のパワーを制御することにより、ペロブスカイト型結晶構造を有するPZT圧電体薄膜を形成した。
上記薄膜形成時の真空容器内圧力は0.1Pa前後であり、PZT膜の堆積速度は約15Å/sec程度であった。
この膜の誘電率・誘電損を測定したところ、それぞれ800〜1200、0.03程度のものが得られた。
【0024】
図2Bは、PZT圧電体膜を形成した基板の概略断面図である。Si基板11の上に、酸化シリコンの絶縁膜12が形成され、その上にTi層14、Pt層16によって下部電極が形成され、その上にPZT圧電体膜18が形成される。
【0025】
図2Cは、PZT圧電体膜18表面を観察したスケッチである。矩形状のPZT圧電体膜18に、例えば図に示すような大きな三角形状の不均一(ムラ)が観察される。
膜の様子はPt電極の影響を受けてグレーに見えるが、ムラの部分は図に示すように他の部分と比較して若干黒みがかった色をしている。
ともに光沢は見られるが、顕微鏡などで表面を拡大して観察すると、黒みがかった部分のほうは若干平坦性が無かった。
そして誘電率は、黒みがかった部分のほうが大きいという傾向が見られた。
このような不均一な膜を用いて圧電薄膜素子を形成すると歩留まりは悪い。基板内の温度分布を無くすために長時間温度を保持した後に、圧電体膜を成膜しても、ムラは発生した。繰り返し成膜をおこなってもムラの発生のしかたが変化するので、基板ホルダに何らかの原因がある可能性は小さいと考えられる。どのような現象が生じているか検討する為に、Ti膜・Pt膜を成膜した基板を真空中で成膜基板温度で加熱処理を行なった後、取り出して分析をおこなった。
【0026】
図2Eは、真空中で加熱処理したPt膜表面をX線回折で測定した結果である。横軸が回折角2θを単位、度(deg)で示し、縦軸が回折強度を任意単位で示す。図1Bの(111)ピークと同じ位置に、回折強度が著しく減衰したピークが観察された。このことより、真空中で基板を加熱することによって、(111)配向していたPt膜の結晶性が大きく変化したものと考えられる。
この結晶性の変化の仕方が基板内で大きく異なり、例えば図2Dの色の濃淡で示すように結晶性に分布が出来たとすると、その上に成膜したPZT膜の結晶性等もそれによって大きな影響を受け、図2Cに示すような膜ムラになったものと考えられる。
本発明者は、真空中での加熱に代え、酸素を含む雰囲気中で加熱を行なうことを考えた。例えば、酸素を含む雰囲気として、不活性ガスである(Ar+He)に酸素Oを混合する。化学的に活性なガスは酸素であり、不活性ガスの第1の役割は酸素を希釈することである。Heは熱伝導特性を改良する役割も有する。
【0027】
図1Aに示すように、Si基板11表面に厚さ約500nmの熱酸化シリコン膜12を形成し、その上に厚さ約50nmのTi密着層14、厚さ約150nmのPt主電極層16をスパッタリング法を用いて形成する。
【0028】
図3Aに示すように、この基板をアーク放電反応性イオンプレーティング装置の反応チャンバ101内に導入し、基板ホルダ104上に装荷する。反応チャンバ101内を1x10−4Pa以上の高真空に排気した後、ガス導入機構109から(Ar+He+O)ガス(流速比2:2:1)を供給し、雰囲気圧力を10Pa〜10−2Pa、例えば10−1Pa程度に維持する。この圧力下でSi基板11を輻射加熱ヒータ103で裏面側から加熱し、Si基板11の温度が500℃程度になるまで昇温させる。昇温時間としては、80分を目安に昇温させている。
そして輻射加熱ヒータ103の温度の変化に対するSi基板11の温度変化には時間的なズレ(遅れて変化する)があるので、一定の時間をおいてから成膜をおこなう。一定の時間の例として、ヒータの温度が一定となってから60分程度経てから成膜を実施している。500℃程度に昇温する1例において、雰囲気圧力は、1x10−1Paであった。
【0029】
PZT薄膜を成膜する際には、ガス供給機構109から供給するガスを(Ar+He+O)ガスからOガスに切り換え、流量を50sccm〜400sccmに設定する。
【0030】
プラズマ発生ガス供給機構120からArガスを1sccm〜150sccm、Heガスを50sccm〜200sccm導入して、直流バイアス電圧を印加することによりプラズマガン110を駆動させアーク放電プラズマ118を発生させる。この際の放電電圧は50V〜120V、放電電流は40A〜100Aで制御を行なった。
このプラズマガン110で生成した高密度プラズマをプラズマ制御用磁場発生源116により発生した磁場によって反応チャンバ101内に導いた。この状態で、ガス供給機構109から反応ガスとして酸素を、例えば100sccm〜300sccm、導入することにより、反応チャンバ101内に高密度の酸素プラズマ及び酸素の活性種を生成した。
このアーク放電プラズマ118の中で蒸発源106,107,108からPb、Zr、Tiを蒸発させ、Pt膜16上にPZT膜18を堆積する。
【0031】
図3Bは、Pt層を形成した基板を(Ar+He+O)ガス雰囲気中で加熱し、その上にPZT膜18を成膜した基板のX線回折結果を示すグラフである。横軸が回折角2θを単位、度(deg)で示し、縦軸が回折強度を任意単位で示す。Pt層の(111)配向のピークと、PZT膜の(111)配向のピークが明瞭に示されている。真空中加熱の場合、図2Eに示されるようにPt層の(111)配向が著しく減衰した。加熱を(Ar+He+O)ガス雰囲気中で行なうことにより、Pt層の結晶性の低下が回避され、その結果、Pt層の影響を受けて(111)に配向したPZT膜が形成されていると考えることができよう。
【0032】
真空中加熱を(Ar+He+O)雰囲気中加熱に切り換えたことにより、以下のような変化が観察された:
1)上述のように<111>方向に高配向したPZT膜が得られる。X線回折のピーク強度比を算出すると、(111)/(001)=52/1、(111)/(110)=41/1であった。
2)PZT圧電体膜において、膜ムラが見られなくなった、
3)再現性が向上した、
4)膜厚分布が、±6.7%から±4.8%に減少した、
5)基板面内において誘電率の分布が±9.7%から±4.2%に減少し、誘電損が±25%から±5.3%に減少した(誘電特性のばらつきが減少した)。
【0033】
なお、(Ar+He+O)混合ガスに換え、酸素ガスのみを供給して、酸素ガス雰囲気中で昇温を行なった場合も、ほぼ同様の結果が得られた。酸素を含む雰囲気中で加熱することで、これらの効果が生じると考えられる。
【0034】
真空加熱と酸素を含む雰囲気中加熱の差を確認する為、真空中で加熱を行った下部電極付き基板と酸素を含む雰囲気で加熱を行なった下部電極付き基板の深さ方向の組成分析をX線光電子分光分析(XPS)で行なった。
【0035】
図4Aが酸素を含む雰囲気中で加熱を行なったサンプル、図4Bが真空中で加熱したサンプルの分析結果である。横軸がPt膜表面からの深さを単位nmで示し、縦軸が元素濃度を単位at%で示す。図4Aにおいて、Siは深さ約220nmより深い領域に分布する。Tiの分布は深さ約230nm程度から増加し、約120nmの深さまで20at%近い値を示し、その後表面に向かって漸減し、深さ約20nm以下では5at%未満である。Oの分布は表面で20at%以上であるが深さ約10nm近くで7at%程度まで急激に減少し、その後深さと共に増大し、深さ約130nm程度で60at%を超える値となり、深さ150nm付近でピーク値を取り、その後Ti領域内では減少している。Ptの濃度分布はOの濃度分布と相補的な動きを示している。Oが膜に取り込まれた分、組成としては減少していると考えられる。
【0036】
これに対して真空中で加熱したサンプルの分析結果であるの図4Bにおいては、Siの濃度分布が深さ約150nm付近から上昇している。図4Aの(Ar+He+O)ガス雰囲気中で加熱したサンプルと比較して浅い深さからSi濃度が上昇しているのは、深さ方向分析をおこなう際のエッチングレートの違いによるものであると思われる。
酸素の濃度は深さ80nm程度から深い領域で上昇しており、深さ約80nm以下の領域では表面層を除いて殆ど観察されなかった。Tiの濃度分布は、深さ約150nm程度から深さ約100nm程度まで20at%近い値で推移し、それより浅い領域では漸減しているが5at%以上の値は維持し、表面に達している。Ptの分布は、大まかに100%からOとTiの濃度を引いた分といえよう。
【0037】
図4Aと4Bの濃度分布を比較すると、真空中で基板加熱をおこなうとTiが基板表面まで拡散しているのに対し酸素を含む雰囲気中で加熱した場合では表面まではほとんど達していないこと、真空中で加熱したサンプルは酸素がPt膜中にほとんど分布していないのに対し、酸素を含む雰囲気中で加熱したサンプルでは酸素がPt膜表面からTi膜中にかけて次第に増加していることが観察された。
【0038】
これらの分析結果から、酸素を含む雰囲気中で基板を加熱することにより、Tiが酸素と反応して酸化物となり、結果としてTiがPt膜表面まで拡散するのを妨げたものと考えることができよう。
【0039】
こうした現象が起こることによって下部電極であるPt層表面の結晶性は、Pt層成膜時の状態を維持できるものと考えられる。そしてこの上に成膜する圧電体層(PZT)も成長表面である下部電極の表面状態の影響を受けて(111)に配向して成長すると推測される。その結果、(111)に高配向したPZT膜を得ることができるのであろう。
【0040】
またそれに伴ってPt層の面内均一性も維持されるので、下部電極と基板・圧電体層との密着性などにばらつきが少なくなり、圧電素子の性能のばらつきが少なくなるものと思われる。
【0041】
Pt膜上に形成したPZT膜のX線回折測定の結果より、成膜したPZT膜の配向性の評価をおこなった。
【0042】
成膜した膜の配向性を、下記の式
α(xyz)=I(xyz)/ΣI(abc)
で定義した配向度で評価した。
【0043】
ここでI(xyz)は(xyz)面の回折強度、ΣI(abc)は全回折強度の総和で、配向度α(xyz)は全回折強度の総和に対する(xyz)面の回折強度の割合を示したものである。ただし(002)は、(001)面と等価な面であるため、回折強度の総和には含めなかった。
図5A−5Cは真空中で基板加熱をおこなって成膜したサンプルの結果、図5D−5Fは(Ar+He+O2)雰囲気中で基板加熱をおこなって成膜したサンプルの結果を示す。
横軸は、図5A、5Dが(001)配向度分布、図5B、5Eが(110)配向度分布、図5C、5Fが(111)配向度分布を示す。縦軸は作製したサンプルのうち、配向度を満たすサンプルの割合を示している。
【0044】
真空中で基板加熱をおこなったサンプルにおいては、どちらかといえば(001)に配向したサンプルが多いが、(001)の回折強度がX線回折強度の総和の8割以上に達したサンプルの割合は、4割に留まっている。回折強度の割合を6割以上に下げても、占めるサンプルの割合は高々7割程度である。また(001)の回折強度がX線回折強度の総和の8割以上に達したサンプルの割合も1割あることより、真空中で基板加熱をおこなって成膜したサンプルは(001)に配向しやすい傾向は見られるが、配向度のばらつきが大きいと言えよう。
ところが(Ar+He+O)雰囲気中で基板加熱をおこなったサンプルにおいては、図5D−5Fに示すように(001)、(110)の回折強度がX線回折強度の総和の1割以下のサンプルの割合がそれぞれ8割以上であり、(111)の回折強度がX線回折強度の総和の8割以上に達したサンプルの割合も8割を超えている。
このことより、酸素を含有した雰囲気中で基板加熱をおこなうと(111)に強く配向する傾向が見られると言えよう。
チタンの拡散が関与するとすれば、低温では変化は少なく、閾値温度以上で変化が大きくなると考えられる。
【0045】
基板温度の昇温直後に(Ar+He+O)ガスを供給しても程度は小さくなるものの同様な効果が観察された。
このことより基板温度が所定温度以上となった段階で、酸素を含む雰囲気を形成することでも配向性向上の効果が得られる可能性が期待される。
絶縁膜上に、Ti密着膜、Pt主電極膜を積層した基板を圧電体膜堆積装置に搬入し、酸素を含む雰囲気中で昇温し、プラズマを用いる堆積法で圧電体膜を堆積することにより、配向の揃った圧電体膜が得られることが判明した。配向の揃った圧電体膜を用いることにより、特性の優れた圧電体素子が形成できる。
【0046】
図6は、2次元光スキャナ201の斜視図を示す。2次元スキャナ201には、中央に矩形のミラー部が形成されている。ミラー部は、表面に酸化膜が形成されたシリコン(Si)層からなる可動基板203と、その上部に形成された金(Au)やアルミニウム(Al)等の金属薄膜による反射膜203mとを含んで構成されている。反射膜203mは、入射光の反射率を高める。
【0047】
一対の第1のトーションバー204a、204bが、ミラー部を通過するひとつの軸上に配置され、可動基板203を各々の一端で軸支する。第1のトーションバー204a、204bの他端には、ミラー部を囲む矩形枠状の内部可動枠202が接続されている。
【0048】
第1の圧電振動板205a、205d(および205b、205c)が、内部可動枠202の第1のトーションバーと平行な辺202Lと第1のトーションバー204a(および204b)とを接続する。第1の振動板205a、205d(および205b、205c)の表面上で、第1のトーションバー204a(および204b)の両側には、圧電素子208a、208d(および208b、208c)がそれぞれ積層されている。圧電素子208a〜208dは、第1の圧電振動板の表面から内部可動枠202の表面の一部にかけて形成されており、内部可動枠202の表面上に引き出し電極を有している。圧電素子208a〜208dは、上述の実施例に従って作成する。
【0049】
第1のトーションバー204a、204bと軸方向が交差する一対の第2のトーションバー206a、206bが、各々の一端で内部可動枠202を軸支する。第1のトーションバーと第2のトーションバーは直交する。矩形開口を有する支持体201が、第2のトーションバー206a、206bの他端に接続され、内部可動枠202を囲む。
【0050】
第2の圧電振動板207a、207d(および207b、207c)が、支持体201の第2のトーションバーと平行な辺201Lと第2のトーションバー206a(および206b)とを接続する。第2の圧電振動板207a(および207b)の表面上で、第2のトーションバー206a(および206b)の両側には、圧電素子209a、209d(および209b、209c)がそれぞれ積層されている。圧電素子209a〜209dは、第2の圧電振動板の表面から支持体201の表面の一部にかけて形成されており、支持体201の表面上に引き出し電極を有している。圧電素子209a〜209dは、上述の実施例に従って作成する。
【0051】
これらの、内部可動枠202、可動基板203、第1のトーションバー204a、204b、第1の圧電振動板205a、205b、205c、205d、第2のトーションバー206a、206b、第2の圧電振動板207a、207b、207c、207dは、表面に酸化膜を有するシリコンからなる共通基板をエッチング加工することにより形成されている。また、この加工の際に、ミラー部および内部可動枠202が所定の角度で揺動するのに支障のないような空隙も形成される。上記の各構成要素202、203、204a、204b、205a、205b、205c、205d、206a、206b、207a、207b、207c、207dは、支持体201の厚さに比べて薄くなっており、曲げ変形及び捩れ変形が容易にできる構造になっている。ただし、内部可動枠202は、活性基板の下にSiからなる支持構造体202Mが形成されており、機械的な剛性を向上させている。この構造体202Mは厚さの調整が可能である。このような構造体は、例えばSOI基板を用いて作成できる。
【0052】
以上実施例に沿って、本発明を説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。圧電体は、PZTに限らない。チタン酸鉛(PT),チタン酸ジルコン酸鉛ランタン(PLZT)等他のペロブスカイト型酸化物圧電体(強誘電体)も可能であろう。
【0053】
圧電体膜の成膜方法は、アーク放電反応性イオンプレーティングに限らない。プラズマ励起を利用し、真空中で気相堆積するプラズマ気相堆積に適用可能であろう。このような堆積方法は公知であり、公知の堆積装置、公知の堆積方法を用いることが可能であろう。
【0054】
その他、種々の変更、置換、改良、組み合わせ等が可能なことは、当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0055】
11 基板、
12 酸化シリコン膜、
14 Ti層、
16 Pt層、
18 PZT膜、
20 Pt層、
101 反応チャンバ、
103 ヒータ、
104 基板ホルダ、
109 ガス供給機構、
120 プラズマ発生ガス供給機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)基板上方に、Ti層、その上にPt層を堆積する工程と、
(b)前記Ti層、Pt層を堆積した基板をプラズマ気相堆積装置に搬入する工程と、
(c)前記プラズマ気相堆積装置内において、酸素を含む雰囲気中で、前記基板を圧電体膜堆積温度まで加熱する工程と、
(d)前記プラズマ気相堆積装置内において、加熱した前記基板上に、プラズマ気相堆積により、酸化物圧電体膜を堆積する工程と、
を含む圧電体素子の製造方法。
【請求項2】
前記酸素を含む雰囲気が、不活性ガスと酸素を含む、請求項1記載の圧電体素子の製造方法。
【請求項3】
前記不活性ガスが、(Ar+He)の混合ガスである、請求項3に記載の圧電体素子の製造方法。
【請求項4】
前記工程(c)の雰囲気圧力が、10−0Pa〜10−2Paの範囲内である請求項1〜3のいずれか1項記載の圧電体素子の製造方法。
【請求項5】
前記工程(a)がスパッタリング又は蒸着で行なわれ、前記工程(d)がアーク放電反応性イオンプレーティングで行なわれ、前記酸化物圧電体が、PZTである請求項1〜4のいずれか1項記載の圧電体素子の製造方法。

【図1】
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【図2−1】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図6】
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【図2−2】
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【公開番号】特開2011−204777(P2011−204777A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−68487(P2010−68487)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】