説明

圧電素子及びそれを用いた液体吐出装置

【課題】良好な圧電特性を有し、簡易なプロセスにて製造可能とする圧電素子を提供する。
【解決手段】圧電素子は、プラズマを用いる気相成長法により、基板上に電極を介して圧電膜が成膜されている。圧電膜は1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(不可避不純物を含んでいてもよい)であって、基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状結晶体17からなる柱状構造膜13からなる。柱状構造膜13の表面において観測される多数の柱状結晶体17の端面17sが、端面17sの最小の外接円の径rが100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつ外接円の径rが100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含むものであり、柱状構造膜13の表面粗さRaが10nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプラズマを用いる気相成長法により、基板上に電極を介して圧電膜が成膜されてなる圧電素子及びそれを用いた液体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電膜と、圧電膜に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載されるアクチュエータ等として使用されている。各種電子部品の小型化、高性能化が求められる現在、インクジェット式記録ヘッドにおいても、より高画質化するためには圧電素子を小型化して高密度に実装可能とすることが求められている。
【0003】
圧電素子の小型化において、加工精度の関係から、圧電素子に用いられる圧電膜は、できるだけ膜厚が薄く且つ圧電性の良好なものであることが望ましいとされている。しかしながら、従来の焼結法により得られる圧電膜では、膜厚が薄くなるにつれて、圧電膜を構成する結晶粒の大きさに膜厚が近づくために結晶粒の大きさや形状による圧電性能への影響が無視できなくなり、性能のばらつきや劣化が起こりやすく、充分な性能を得ることが難しい。このような結晶粒の影響を回避するために、焼結法に代わる薄膜形成技術として、スパッタ法やPVD(物理蒸着法)等の気相成長法による圧電膜の薄型化が検討されている。
【0004】
しかしながら、気相成長法による圧電膜の薄膜化においても、結晶粒界および結晶配向性の問題から、バルク焼結体に比して圧電性能のばらつきが大きく、充分な圧電性能を有する圧電膜を得ることが難しいため、結晶構造の最適化等が試みられている。
【0005】
特許文献1には、鉛含有圧電膜を構成する結晶粒の過半数の結晶粒が柱状構造を有し、且つ膜厚方向の構成元素の組成が連続的もしくは段階的に変化している構成とした圧電素子が開示されている。
【0006】
特許文献2には、圧電膜を2層構造の圧電体積層膜とし、圧電体積層膜の下層を下部電極と密着性の良好な配向制御層とした圧電素子が開示されている。
【特許文献1】特許第3705089号公報
【特許文献2】特開2005-203725号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の圧電素子では、良好な圧電特性を有し、且つ小型化が可能であることが記載されているが、膜厚方向に圧電膜の組成を変化させるために精密な印加電圧の制御を行う等、成膜工程が複雑である。
【0008】
また、特許文献2の圧電素子は、密着性の高い配向制御層を設けたことにより大きな圧電特性と高い耐久性を有することが記載されているが、圧電膜を2層構造にしているためそれぞれの圧電膜に対応させてターゲット組成や成膜条件を変更する必要があり、プロセスが複雑である。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、プラズマを用いる気相成長法により、基板上に電極を介して圧電膜が成膜されてなる圧電素子において、良好な圧電特性を有し、簡易なプロセスにて製造することが可能な圧電素子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の圧電素子は、プラズマを用いる気相成長法により、基板上に電極を介して圧電膜が成膜されてなる圧電素子において、圧電膜が、下記一般式で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(不可避不純物を含んでいてもよい)であって基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状結晶体からなる柱状構造膜からなり、柱状構造膜の表面において観測される多数の柱状結晶体の端面が、端面の最小の外接円の径が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつその外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含むものであり、柱状構造膜の表面粗さRaが10nm以下であることを特徴とするものである。
【0011】
Pb(Ti,Zr,M)O
(上記式中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素であり、0<x<1,0<y<1,0≦z<1,x+y+z=1である。)
上記式において、PbはAサイト元素であり、Ti,Zr,MはBサイト元素である。本明細書において、Aサイト元素であるPbと酸素原子とのモル比、及びBサイト元素と酸素元素とのモル比は基本的に1:3であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内では1:3からずれてもよい。複数の元素からなるBサイトについては、酸素原子モル数を3とした時の、それぞれのBサイト元素のモル数の合計であるx+y+zは、1が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内では1からずれてもよいことを意味している。
【0012】
前記気相成長法は、成膜温度が550℃未満の条件で成膜するものであることが好ましく、また、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)が、10V以上30V以下の条件で成膜するものであることが好ましい。
本明細書において、「成膜温度」は、成膜を行う基板の中心温度を意味するものとする。
【0013】
また、前記気相成長法は、スパッタリング法、イオンプレーティング法、及びプラズマCVD法のうち、いずれかであることが好ましい。
【0014】
本発明の圧電素子において、前記柱状構造膜の膜厚は、1μm以上であることが好ましい。
【0015】
本発明の液体吐出装置は、上記本発明の圧電素子と、該圧電素子の前記基板に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材とを備え、該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものであることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の圧電素子において、圧電膜は、プラズマを用いる気相成長法により成膜され、上記一般式で表されるチタン酸ジルコン酸鉛系の1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(不可避不純物を含んでいてもよい)からなる柱状構造膜からなり、柱状構造膜の表面において観測される多数の柱状結晶体の端面が、端面の最小の外接円の径が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつその外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含むものであり、柱状構造膜の表面粗さRaが10nm以下のものとしている。
【0017】
かかる構成によれば、表面粗さRaが小さいことから電界集中を生じにくく、電界集中による圧電体の劣化を抑制することができる。また、Raが小さい方がデバイス化の際の後工程でのパターニングの精度が良いため、面内の駆動均一性が良い。
【0018】
また、本発明の圧電素子の圧電膜は、結晶粒の粒径に幅広い分布を有しており、圧電膜全体としては不定形となる。粒径が大きい結晶は、圧電性が面内応力等により制限されやすいと考えられているが、本発明では粒径の小さい結晶と混在しており、応力が緩和されやすいため、圧電性能が制限されることがない。
【0019】
更に、粒径を略均一にする必要がないため、膜厚方向に圧電膜の組成を変化させたり、配向制御層を設ける等の複雑なプロセスを必要としない。
【0020】
従って、本発明によれば、プラズマを用いる気相成長法により、素子信頼性が高く、良好な圧電特性を有し、簡易なプロセスにて製造することが可能な圧電素子を提供することできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
「圧電素子」
図1を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図1は、インクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0022】
本実施形態のインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0023】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電膜13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1を駆動する駆動回路等の制御手段15も備えられている。
【0024】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
【0025】
圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極層12と圧電膜13と上部電極層14とが順次積層された素子であり、圧電膜13は、下部電極層12と上部電極層14とにより膜厚方向に電界が印加されるようになっている。
【0026】
本実施形態の圧電素子1において、基板11としては特に制限なく、シリコン,ガラス,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),SrTiO,アルミナ,サファイヤ,及びシリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板11としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。また、基板11と下部電極層12との間に、格子整合性を良好にするためのバッファ層や、電極と基板との密着性を良好にするための密着層等を設けても構わない。
【0027】
下部電極12及び上部電極14の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物及びこれらの組合せ、また、Cr,W,Ti,Al,Fe,Mo,In,Sn,Ni,Cu,Co,Ta等の非貴金属及びこれらの合金からなる群より選ばれた少なくとも1種の金属を主成分とするもの、及びこれらの組合せ等が挙げられる。
下部電極12と上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0028】
圧電膜13は下記一般式で表されるペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい。)。
Pb(Ti,Zr,M)O
(上記式中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素であり、0<x<1,0<y<1,0≦z<1,x+y+z=1である。)
【0029】
上記一般式で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、チタン酸ジルコン酸ニオブ酸鉛等が挙げられる。
【0030】
本実施形態において、圧電膜13は、プラズマを用いる気相成長法により、基板11上に下部電極12を介して成膜されたものであり、基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状結晶体17からなる柱状構造膜である。
【0031】
図2(a)に、圧電膜13の構造を示す部分拡大斜視図(模式図)を示す。柱状構造膜(圧電膜)13は、表面13sの表面粗さRaが10nm以下であり、柱状構造膜13を形成する多数の柱状結晶体17が、表面13sにおいて観測される端面17sの最小の外接円の径r(図2(b))が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつその外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含む不定形である構成としている(実施例1の図7,図8を参照)。
【0032】
表面粗さRaは算術平均表面粗さであり、小さい方が好ましく、Raが10nmよりも大きな値となると、駆動時の電界の集中により、耐久性の劣化が生じたり、パターニングの際の精度が悪くなり、面内の駆動均一性が悪くなるなどの問題が生じる。Raは、好ましくは8nm以下であり、さらに好ましくは6nm以下である。
【0033】
一般に、ペロブスカイト型酸化物からなる膜は、膜表面を観測すると、(100)配向や(001)配向では正方形、(111)配向の場合は四角錐状、(110)配向では屋根のような形状となる(比較例1の図14を参照)。しかしながら、本実施形態の圧電膜(柱状構造膜)13の膜表面においては、上記したように多数の柱状結晶体17の端面形状は不定形であり、このような一般的なペロブスカイト酸化物膜で観測される粒形の柱状結晶体17は、全体の10%以下である。
【0034】
圧電膜13の成膜方法は、プラズマによる気相成長法であれば特に制限されず、スパッタリング法、イオンプレーティング法、及びプラズマCVD法等が挙げられる。
【0035】
上記のような気相成長法により圧電膜13を成膜する場合、例えば成膜温度は400℃以上550℃未満であることが好ましい。400℃未満ではペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが難しい。一方、上記したような多数の柱状結晶体17の端面が不定形である柱状構造膜からなる圧電膜13を得るためには、成膜温度は550℃未満であることが好ましい。550℃以上であっても、ペロブスカイト構造の圧電膜13を成膜することが可能であるが、成膜温度が高いと、その温度において安定的な構造をとる傾向にあることから、不定形とならず、粒径が揃いやすくなる。
【0036】
550℃以上で成膜する場合は、上記のように粒径が揃いやすくなるが、成膜温度が高いため表面粗さRaが大きくなりやすく、更に温度を高くするとPb抜けの問題や基板11と圧電膜13との熱膨張係数差に起因する応力により膜にクラック等が発生しやすくなる。従って特許文献1、2のように圧電膜の組成を膜厚方向で変化させるなどのプロセスを設けないと良好な圧電性能を有する膜とすることが難しい。
【0037】
圧電膜13の膜厚は特に制限されないが、薄型化という意味では薄い方が好ましく、薄すぎると基板と膜の界面からの応力の影響で十分な圧電性能を出すことができないため1μm以上であることが好ましい。
【0038】
本発明者は、スパッタ法等のプラズマを用いる気相成長法により圧電膜13を成膜する場合、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)が10〜30Vの条件で成膜することが好ましいことを見出している。
【0039】
本明細書において、「プラズマ電位Vs及びフローティング電位Vf」は、ラングミュアプローブを用い、シングルプローブ法により測定するものとする。フローティング電位Vfの測定は、プローブに成膜中の膜等が付着して誤差を含まないように、プローブの先端を基板近傍(基板から約10mm)に配し、できる限り短時間で行うものとする。
プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差Vs−Vf(V)はそのまま電子温度(eV)に変換することができる。電子温度1eV=11600K(Kは絶対温度)に相当する。
【0040】
図3は、本発明者がスパッタ法により成膜温度Ts及びVs−Vfを変えて、PZT(Pb1.3Zr0.52Ti0.48)又はNb−PZT(Pb1.3Zr0.43Ti0.44Nb0.13)のターゲットを用いて圧電膜の成膜を行い、圧電膜表面のSEM像から表面形状を観察した結果を示すものである。図3において、成膜温度Ts=525℃のプロットはNb−PZT膜であり、それ以外のプロットはPZT膜である。
【0041】
図3では、表面13sの表面粗さRaが10nm以下であり、表面13sにおいて観測される柱状結晶体17の端面17sの外接円の径が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつ外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含む不定形であるものについてのみ●のプロットを記してある。
【0042】
図3には、PZT膜又はNb−PZT膜において、Vs−Vfが10V以上30V以下、及び成膜温度Tsが400℃以上550℃未満の条件で成膜されたものは、圧電膜13の表面13sにおいて観測される、多数の柱状結晶体17の端面17sが上記のような不定形となることが示されている。
【0043】
一般的に、PZTのバルクセラミックスを焼結などの冶金学的な手法で形成する場合、その形成温度は800℃以上の高温となるが、スパッタ法などの非熱平衡なプラズマを用いることで形成温度が著しく下がることが知られている。このような低い形成温度においてはその結晶や内部の構造が従来の熱平衡状態ではなく、非熱平衡的な状態を取る可能性がある。上記のような550℃以下の温度で形成された膜は、冶金学的なバルクセラミックスとは異なる性質を持つものと思われる。
【0044】
本実施形態の圧電素子1において、圧電膜13は、プラズマを用いる気相成長法により成膜され、上記一般式で表されるチタン酸ジルコン酸鉛系の1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(不可避不純物を含んでいてもよい)からなる柱状構造膜13からなり、柱状構造膜13の表面13sにおいて観測される多数の柱状結晶体17の端面17sが、端面17sの最小の外接円の径が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつ外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを5%以上含むものであり、柱状構造膜13の表面粗さRaが10nm以下のものとしている。
【0045】
かかる構成によれば、表面粗さRaが小さいことから電界集中を生じにくく、電界集中による圧電膜の劣化を抑制することができる。また、Raが小さい方がデバイス化の際の後工程でのパターニングの精度が良いため、面内の駆動均一性が良い。
【0046】
また、圧電素子1の圧電膜13は、結晶粒の粒径に幅広い分布を有しており、圧電膜全体としては不定形となる。粒径が大きい結晶は、圧電性が面内応力等により制限されやすいと考えられているが、本発明では粒径の小さい結晶と混在しており、応力が緩和されやすいため、圧電性能が制限されることがない。
【0047】
更に、粒径を略均一する必要がないため、膜厚方向に圧電膜13の組成を変化させたり、配向制御層を設ける等の複雑なプロセスを必要としない。
【0048】
従って、本発明によれば、プラズマを用いる気相成長法により、素子信頼性が高く、良好な圧電特性を有し、簡易なプロセスにて製造することが可能な圧電素子1を提供することできる。
【0049】
「インクジェット式記録装置」
図4及び図5を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図4は装置全体図であり、図5は部分上面図である。
【0050】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0051】
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0052】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図4のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0053】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0054】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0055】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図4上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図4の左から右へと搬送される。
【0056】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0057】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図5を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0058】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0059】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0060】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0061】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【実施例】
【0062】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
(実施例1)
6インチのSOI基板上に、スパッタ法にて、10nm厚のTi密着層と150nm厚のIr下部電極を基板温度350℃の条件で成膜した。次いで真空度0.5Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率1.0%)、成膜温度480℃の条件下で、Pb1.3(Zr0.52Ti0.480.9Nb0.10のターゲットを用い、スパッタ法により4μm厚のNbドープPZTからなる圧電膜(Nb−PZT膜)の成膜を行った。このとき、基板を浮遊状態にして、ターゲットと基板との間ではない基板から離れたところにアースを配して成膜した。成膜時のプラズマ電位Vsとフローティング電位(基板近傍(=基板から約10mm)の電位)Vfを測定したところ、Vs−Vf(V)=約30であった。投入電力は500W、基板ターゲット間距離を60mmとした。
【0063】
得られた膜のX線回折(XRD)測定結果を図6に、表面SEM像を図7に示す。また、結晶粒を見やすくするために、EBSD(後方散乱電子回折パターン法)で測定した結晶粒のイメージパターンを図8に示す。図6からわかるように、得られた膜は、ペロブスカイト単相の(100)優先配向膜であった(配向率90%以上)。また、図7及び図8より、得られた膜の表面は略平滑であり、視野内の結晶粒の表面の大きさを測定したところ、結晶粒の最小の外周円の径が50nm〜1200nmのものまで広い範囲の大きさの結晶粒が観測された。外周円の径を粒径として得られた粒径分布を図9に示す。
【0064】
また、得られた膜の膜厚方向の断面SEM写真を図10に示す。また、EBSDで測定した膜断面の結晶粒のイメージパターンを図11に示す。図10及び図11より、得られた膜の結晶粒は、柱状結晶体からなることが確認された。得られた膜のRaをJIS B0601−1994にもとづいて、表面段差計にて測定した。得られた膜のRaは5.3nmであり良好なものであった。
【0065】
次いで、上記Nb−PZT圧電膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成し、リフトオフによりパターニングし、更にSOI基板の裏面側をドライエッチングして500μm角のインク室を形成し、基板自体の加工により6μm厚の振動板とインク室及びインク吐出口を有するインクノズルとを形成して、本発明のインクジェット式記録ヘッドを得た。
【0066】
これに対して電圧を印加して、バイポーラ分極−電界特性(P−Eヒステリシス特性)を測定した。周波数5Hzの条件で最大電界強度をV=170kV/cmに設定して、測定を実施した。P−Eヒステリシス曲線を図12に示す。図12より、良好な強誘電性を示していることが確認された。
次いで、圧電膜の変位をレーザドップラー振動計にて測定し、圧電定数をANSYSにて計算したところ(共振点から求めたヤング率は50MPaとした)、得られた圧電定数d31は260pm/Vと高く、良好であった。
【0067】
さらにこの膜を40℃80%RH(相対湿度)にて長時間駆動テストを行った。1000億ドットの駆動において、変位の変化は全く見られず、良好な耐久性を有していた。
【0068】
(比較例1)
成膜温度を550℃とした以外は実施例1と同様にしてNb−PZT膜を成膜し、同様に得られた膜のXRD及び表面SEM像を測定して評価を行った。
【0069】
得られた膜のX線回折(XRD)測定結果を図13に、表面SEM像を図14に示す。図13からわかるように、得られた膜はペロブスカイト単相の(100)優先配向膜であった(配向率90%以上)。また、図14のSEM像では、一般的なペロブスカイト酸化物膜表面で観測される正方形や四角錐状、屋根形状の粒形の柱状結晶体が視野内において3〜5%程度観測された。
【0070】
また、視野内の結晶粒の表面の大きさを測定したところ、結晶粒の最小の外周円の径は20nm〜300nmの範囲の大きさであり、粒径分布は比較的狭範囲であった。また実施例1と同様にRaを測定したところ11nmであり、大きなものであった。
【0071】
次いで、実施例1と同様にして、Pt上部電極を備え、6μm厚の振動板と500μm角のインク室及びインク吐出口を有するインクノズルとを形成して、本発明のインクジェット式記録ヘッドを得た。
【0072】
これに対して実施例1と同様に、バイポーラ分極−電界特性(P−Eヒステリシス特性)を測定した。P−Eヒステリシス曲線を図15に示す。図15より、良好な強誘電性を示していることが確認された。
【0073】
次いで、圧電膜の変位をレーザドップラー振動計にて測定し、圧電定数をANSYSにて計算したところ(共振点から求めたヤング率は50MPaとした)、得られた圧電定数d31は160pm/Vと実施例1に比して低いものであった。
【0074】
さらにこの膜を実施例1と同様に40℃80%RHにて駆動試験を行った。約200臆ドットから変位の低下が見られ、耐久性の低いものであった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の圧電素子は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子等に搭載される圧電アクチュエータ、及び振動板等に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明に係る実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図2】(a)は本発明に係る実施形態の圧電膜の構造を示す部分拡大斜視図、(b)は、柱状結晶体の圧電膜表面における端面の外接円の径を示す図
【図3】成膜温度Tsを横軸にし、Vs−Vfを縦軸にして、圧電膜表面形状を観測した結果をプロットした図
【図4】図1のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図5】図4のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図6】実施例1で得られた主な圧電膜のXRDパターン
【図7】図6の圧電膜の表面SEM像
【図8】図6の圧電膜表面のEBSDによる結晶粒のイメージパターン
【図9】図7の表面SEM像から解析した圧電膜表面における粒径分布を示す図
【図10】図6の圧電膜の膜厚方向の断面SEM写真
【図11】図6の圧電膜断面のEBSDによる結晶粒のイメージパターン
【図12】図6の圧電膜の分極−電界ヒステリシス曲線
【図13】比較例1で得られた主な圧電膜のXRDパターン
【図14】図13の圧電膜の表面SEM像
【図15】図13の圧電膜の分極−電界ヒステリシス曲線
【符号の説明】
【0077】
1 圧電素子
2 圧電アクチュエータ
3、3K,3C,3M,3Y 液体吐出装置(インクジェット式記録ヘッド)
12、14 電極
13 圧電体膜(柱状構造膜)
13s 圧電体膜表面
17 柱状結晶体
17s 柱状結晶体端面
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置
r 柱状結晶体の膜表面における端面の最小の外接円の径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマを用いる気相成長法により、基板上に電極を介して圧電膜が成膜されてなる圧電素子において、
前記圧電膜が、下記一般式で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物(不可避不純物を含んでいてもよい)であって前記基板面に対して非平行方向に延びる多数の柱状結晶体からなる柱状構造膜からなり、
該柱状構造膜の表面において観測される前記多数の柱状結晶体の端面が、該端面の最小の外接円の径が100nm以下から500nm以上に亘って分布する大きさを有しており、かつ該外接円の径が100nm以下のものを20%以上、500nm以上のものを 5%以上含むものであり、
前記柱状構造膜の表面粗さRaが10nm以下であることを特徴とする圧電素子。
Pb(Ti,Zr,M)O
(上記式中、Mは、Sn,Nb,Ta,Mo,W,Ir,Os,Pd,Pt,Re,Mn,Co,Ni,V,及びFeからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素であり、0<x<1,0<y<1,0≦z<1,x+y+z=1である。)
【請求項2】
前記気相成長法が、成膜温度が550℃未満の条件で成膜するものであることを特徴とする請求項1に記載の圧電素子。
【請求項3】
前記気相成長法が、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)が、10V以上30V以下の条件で成膜するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の圧電素子。
【請求項4】
前記気相成長法が、スパッタリング法、イオンプレーティング法、及びプラズマCVD法のうち、いずれかであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の圧電素子。
【請求項5】
前記柱状構造膜の膜厚が1μm以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の圧電素子。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の圧電素子と、
該圧電素子の前記基板に一体的にまたは別体として設けられた液体吐出部材とを備え、
該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有するものであることを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【図15】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−71295(P2009−71295A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209563(P2008−209563)
【出願日】平成20年8月18日(2008.8.18)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】