説明

常温磁性強誘電性超格子およびその製造方法

【課題】常温で磁性と強誘電性とを同時に示す超格子およびその製造方法を提供する。
【解決手段】基板上に、少なくとも2種類の強誘電性酸化物薄膜が積層されてなり、各層の前記酸化物薄膜が奇数枚の原子層からなる常温磁性強誘電性超格子とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、常温において強誘電性と磁性とを同時に示す常温磁性強誘電性超格子とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
BaTiOやPZTなどの強誘電性を示す物質(強誘電体)は、FeRAMなどの強誘電体メモリーとして利用され、CoCr合金などの磁性を示す物質は磁気メモリー/デバイスとしてハードディスクなどの磁気記録装置で使われている。ただし、強誘電性と磁性は全く別の物理的性質と考えられ、強誘電体と磁性体も異なる物質群から構成されてきたため、強誘電体記録材料と磁性体記録材料とは独立した製品・技術として発達してきた。
【0003】
Mn酸化物などでは、同一物質中で強誘電性と磁性が共存し得ることが1960年代から知られている。このような物質としてこれまでに有力な候補とされてきたものは、おもにペロブスカイト型酸化物であり、具体的には、BiMO(MはFe、Mnなどの遷移金属)、PbMO(MはFe、Mnなど)、REMO(ただしREはY、Tmなど)である。
【0004】
しかし、これらの物質が磁性と強誘電性を同時に発現するのは低温においてのみであり、常温において大きな磁化と電気分極を有するものは見つかっていない。例えば、BiMnOは強誘電性と強磁性を示すものの、強磁性転移温度が100Kと極めて低い。また、BiFeOやREMOは強誘電体であるものの、磁気的には反強磁性を示し、大きな磁化を示さない、さらに、PbMOにいたっては、磁性や誘電性がほとんど調べられていない。
【0005】
近年、BiFeOの薄膜が常温で強誘電性と強磁性を同時に示すことが報告され、磁性強誘電体が実用化されるのではないかという期待が高まった(特許文献1、非特許文献1)。しかし、その後の追試によっても結果の再現性は得られず、現在ではBiFeO薄膜にすることで強誘電性は増強されるものの、磁気的には反強磁性でわずかな磁化しか示さないことが定説になっている(例えば非特許文献2〜4)。
【0006】
ところで、複数の種類の酸化物薄膜を積層して超格子を作成することによって、強誘電性や磁性などの物性を制御する試みがなされている。例えば、特許文献2には、異なるイオン種のG型反強磁性体酸化物を原子層単位で(111)面上にエピタキシー成長させて全てのBサイト金属イオンのスピンを強磁性的に配列させ、強磁性を実現することが提案されている。この中では、実施例として2種類のペロブスカイト型酸化物LaCrO、LaFeOを1原子層ずつ基板に対して(111)配向させることで超格子を作製し、実際に強磁性が発現していることを確かめている(同文献実施例1)。さらに、LaCrO、LaFeOなどのG型反強磁性体酸化物薄膜を基板に対して(100)あるいは(110)配向させて超格子を作製し、それぞれA型反強磁性体酸化物薄膜あるいはC型反強磁性体酸化物薄膜よりなる超格子を作製している(同文献実施例2、3)。
【0007】
また、特許文献3、4においては、強誘電性を有するペロブスカイト型酸化物薄膜を積層して超格子を作ることにより、強誘電性ペロブスカイト型酸化物のバルク結晶や薄膜よりも誘電特性(比誘電率など)を向上させ得ることが示されている。
【0008】
しかし、これらの特許文献では強誘電性と磁性のいずれか一方だけを問題にしており、常温で磁性と強誘電性を同時に有するものではなかった。
【0009】
一方、特許文献5では、多層膜を構成する2種類以上の酸化物薄膜のあるものに強誘電性を持たせ、別の酸化物薄膜に強磁性を持たせることによって多層膜が全体として磁性と強誘電性を示すようにすることが提案されている。しかし、強誘電体として知られている酸化物と磁性体として知られている酸化物とでは、一般的には結晶構造が異なるため、実際に積層することは困難である。また、仮にこのような超格子が作成できたとしても、磁性層と強誘電層が別の層とされているこのような構成では、磁性誘電性材料に期待される電気磁気効果を発現させることは不可能である。
【0010】
さらに、非特許文献5では、BiFeOとBiCrOを(111)に配向させて1原子層ずつ積層し、超格子を作製した場合に予想される誘電性ならびに磁性をシミュレーション計算で求めている。この文献によると、超格子はフェリ磁性を示すが、110K程度以上で自発磁化を完全に消失し、常磁性体として振る舞うため、常温において自発磁化は持たないと予測されている。
【0011】
このように、常温において磁性と強誘電性を併せ持つ超格子は、実際に得られていないどころかその存在も予測されていないのが現状である。
【特許文献1】特開平11―286774号公報
【特許文献2】特開2000―154100号公報
【特許文献3】特開2001―302400号公報
【特許文献4】特開平7―82097号公報
【特許文献5】特開2001―36155号公報
【非特許文献1】サイエンス(Science)、299号、2003年、p.1719
【非特許文献2】サイエンス(Science)、307号、2005年、p.1203
【非特許文献3】アプライドフィジックスレターズ(Applied Physics Letters)、87号、2005年、p.72508
【非特許文献4】ジャーナルオブアプライドフィジックス(Journal of Applied Physics)、96号、2004年、p.3399
【非特許文献5】フィジカルレビュー(Physical Review)、B72号、2005年、p.214105
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる現状に鑑みてなされたものであって、その目的は、常温で磁性と強誘電性とを同時に示す超格子およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、超格子の層構成を工夫することで、超格子が常温において磁性と強磁性とを有し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち本発明の第一の態様は、基板上に、少なくとも2種類の酸化物薄膜が積層されてなり、−50〜50℃において15emu/cc以上の自発磁化と、1μC/cm以上の自発分極とを同時に示すことを特徴とする常温磁性強誘電性超格子を提供して前記課題を解決するものである。
【0015】
本発明の第二の態様は、基板上に、少なくとも2種類の強誘電性酸化物薄膜が積層されてなる超格子であって、各層の前記酸化物薄膜が奇数枚の原子層からなることを特徴とする、常温磁性強誘電性超格子を提供して前記課題を解決するものである。
【0016】
これらの態様において、酸化物薄膜は、一般式ABOで表わされるペロブスカイト型酸化物(A、Bは互いに異なる元素を表す。)よりなるものであることが好ましく、この場合、Aで表わされる元素がBiまたはPbであり、Bで表わされる元素がTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuのいずれかであることがより好ましい。また、異なる種類の酸化物薄膜が接合する界面において、隣接する酸化物薄膜のうちの一方のBがTi、V、Cr、Mnのいずれかであり、他方のBがFe、Co、Ni、Cuのいずれかであることも好ましい。
【0017】
また、これらの態様において、酸化物がG型反強磁性体であり、基板に対して(111)方向に配向しているか、酸化物がA型反強磁性体であり、基板に対して(100)方向に配向しているか、酸化物がC型反強磁性体であり、基板に対して(110)方向に配向していることも好ましい。
【0018】
また、これらの態様において、基板は、酸化物単結晶であることが好ましく、その基板表面はステップ−テラス構造で構成されており、テラス幅の平均が50nm以上であることがより好ましい。
【0019】
また、これらの態様において、基板は、ペロブスカイト型酸化物単結晶であることがより好ましく、基板がペロブスカイト型酸化物単結晶である場合、酸化物薄膜の配向方向と同じ面指数を有していることがさらに好ましい。
【0020】
本発明の第二の態様は、酸化物薄膜を気相成長または塗布成長によって製膜することを特徴とする、本発明の第一の態様(各好ましい態様も含む。)の常温磁性強誘電性超格子の製造方法を提供して前記課題を解決するものである。
【0021】
本発明の第三の態様は、本発明の第一および第二の態様(各好ましい態様も含む。)の酸化物超格子の常温での使用を提供して前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の超格子は、常温で強誘電性のみならず、大きな磁性も有する。そのため、大容量のメモリー/デバイスとして有用であるほか、電場によって磁化を、磁場によって電気分極を制御(電気磁気効果)することができるため、多くの応用が期待される新規な材料である。
【0023】
本発明のこのような作用および利得は、次に説明する発明を実施するための最良の形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の磁性強誘電性超格子体は、少なくとも2種類の、奇数枚の原子層により構成されてなる強誘電性酸化物薄膜(単に酸化物薄膜ともいう。)が、基板上に積層されてなることを特徴とし、常温(本明細書においては、−50〜50℃の温度をいう。)で磁性と強誘電性とを併せ持つものである。以下、本発明について詳述する。
【0025】
本発明に薄膜として用いられる強誘電性酸化物(単に酸化物ともいう。)は、強誘電転移温度が50℃以上である強誘電体である。このような強誘電性酸化物としては、ABOで表されるペロブスカイト型の酸化物が好ましく、Aで表わされる元素がBiまたはPbであり、Bで表わされる元素(以下Bサイト金属イオンという。)がTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuのいずれかである酸化物が好ましく挙げられる。本発明においては、後述する磁性発現のために、少なくとも2種類以上の酸化物を用いる。
【0026】
これまで、このような強誘電性酸化物の中で、常温付近で磁性をも併せ持つものは見出されていない。例えば、ペロブスカイト型結晶構造をとる物質群の多くは、強誘電転移温度が十分に高く(例えばBiFOで約1100K、BiMnOで約450K)、常温で強誘電性を有している。しかしながら、大きな磁性は示さない。その理由は、一般的にKanamori−Goodenough則(以下K−G則と略す。)によって説明されている。すなわちこれらの物質では酸素イオンを介した超交換相互作用が働き、隣接するBサイト金属イオンの持つスピンが反対方向を向く、つまりペロブスカイト型物質が一般にG型の反強磁性体となることが理論的に説明されている。本発明では、逆にK−G則を利用することで超格子に磁性を発現させる。
【0027】
図1はG型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のBサイト金属イオンのスピン配列を示す図である。矢印はBサイト金属イオンが存在する位置であり、矢印の方向はそのスピンの向きである。この構造においては、Bサイト金属イオンのスピンが(111)面で全て同じ方向に揃うため、基板に対して垂直に(111)配向した原子層では、全てのBサイト金属イオンのスピンが同じ方向を向く。ところが、隣接する(111)原子層におけるBサイト金属イオンのスピンは、K−G則によって逆を向いてしまう。したがって、G型反強磁性体の場合、酸化物薄膜を奇数枚の(111)原子層からなる構成とすれば、酸化物薄膜に0でない磁化を付与することができる。
【0028】
図2および図3は、(111)配向した原子層からなる2種類のG型反強磁性体酸化物薄膜を交互に積層し、超格子を作成したときのスピン配列を示す模式図である。図2は一方の酸化物薄膜のBサイト金属イオンがTi、V、Cr、Mnのいずれか(以下dε金属と称す。)で、他方の酸化物薄膜のBサイト金属イオンがFe、Co、Ni、Cuのいずれか(以下dγ金属と称す。)である場合であり、図3は、2種類のBサイト金属イオンが、共にdε金属、または共にdγ金属の場合である。各原子層は横長の長方形で示されており、それぞれの原子層のスピンの向きは矢印で示されている。ただし、スピンの向きは必ずしも基板に平行であるとは限らない。
【0029】
上述のように、酸化物薄膜は、奇数枚の原子層で成り立っている場合、0でない磁化を有する。図2および図3においては、各層の酸化物薄膜は、3枚の原子層により構成されているため、全ての酸化物薄膜は磁化を有している。
【0030】
一方の酸化物のBサイト金属イオンがdε金属であり、他方の酸化物のBサイト金属イオンがdγ金属である場合、図2に示されるように、互いの酸化物薄膜の界面においては、K−G則により、Bサイト金属イオンのスピンが同じ向きを向くことが期待される。したがって、図2に示されるような超格子の場合には、全ての層の酸化物薄膜の0でないスピンが強磁性的に揃うため、全体として超格子は大きな磁化を有する。
【0031】
図2のようにBサイト金属イオンとしてdε金属とdγ金属を用いる場合、各酸化物薄膜の原子層が奇数枚である限り、dε金属とdγ金属はそれぞれ1種類である必要はない。例えば、dε金属とdγ金属とを交互に積層する場合、1番目、3番目、5番目・・・の酸化物薄膜のdε金属は互いに同じでも異なっていてもよく、同様に、2番目、4番目、6番目・・・の酸化物薄膜のdγ金属も互いに同じでも異なっていてもよい。dε金属とdγ金属とを交互に積層する限り、金属の種類に関係なくスピンの方向が揃うため、超格子に大きな磁化を付与することができる。
【0032】
特に、それぞれの酸化物薄膜が1枚の(111)原子層でできている場合には、結果的に全ての層のBサイト金属イオンのスピンが同じ向きに揃い、原子層単位でもスピンが強磁性的に揃う。そのため、より大きな磁化が期待できる。例えば、2種類のBサイト金属イオンが+3価のFeイオンと+3価のCrイオンである場合、1イオンあたり最大で4μ(μはボーア磁子、単位体積当たりに直すとおよそ600emu/ccに相当する。)の磁化が期待できる。
【0033】
一方、2種類の酸化物のBサイトイオンが、共にdε金属、または共にdγ金属の場合に、超格子を作成したときのスピン配列を示す図3では、上述のとおり、各酸化物薄膜は0でない磁化を有しているが、隣接する酸化物薄膜のBサイト金属イオンのスピンの向きは反対になるため、スピンは互いの磁化を打ち消し合う方向に働く。しかし、本発明においては、異なる種類の酸化物を用いて超格子を作成するため、各層の酸化物薄膜のスピンの大きさが異なる。したがって、スピンは完全に打ち合うことなく差分のスピンが残り、これによって超格子はフェリ磁性を示すため、この場合においても超格子は常温で大きな磁化を持つことができる。
【0034】
本発明においては、超格子への磁化の付与は、酸化物のBサイト金属イオンの組み合わせを限定することなしに実現することができる。図3では2種類のBサイト金属イオンの積層例が示されているが、各酸化物薄膜の原子層が奇数枚である限り、金属の種類は2種類に限定されず、3種類以上の酸化物薄膜を任意の順序で積層することによって超格子を作ることができ、超格子に磁化を付与することができる。例えば、図3における2種類のBサイト金属イオンが+3価のFeイオンと+3価のNiイオンである場合、1イオンあたり最大で1μ(μはボーア磁子、単位体積当たりに直すとおよそ150emu/ccに相当する。)の磁化が期待できる。
【0035】
これまでG型反強磁性体を例にとって説明してきたが、本発明は、G型反強磁性体に限らず、スピンの方向が揃った原子層を得られる強誘電性酸化物ならば、その構造は限定されることなく常温磁性強誘電性超格子を得ることができる。図4は、A型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のスピン配列を示す図であり、図5はC型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のスピン配列を示す図である。図1と同様、矢印はBサイト金属イオンが存在する位置であり、矢印の方向はそのスピンの向きである。これらの構造においても、A型反強磁性体の場合には(100)面で、C型反強磁性体の場合には(110)面で、それぞれBサイト金属イオンのスピンが全て同じ方向に揃う。つまり、A型反強磁性体の場合には奇数枚の(100)配向した原子層からなる酸化物薄膜、C型反強磁性体の場合には奇数枚の(110)配向した原子層からなる酸化物薄膜とすれば、0でない磁化を有する酸化物薄膜を得ることができ、これを、G型反強磁性体で説明してきた図2や図3と同様な構成に積層することによって、常温磁性強誘電性超格子を得ることができる。
【0036】
本発明の超格子を作成するための基板としては、酸化物薄膜と同じ結晶構造の酸化物単結晶基板を選択する必要がある。特に、ペロブスカイト型酸化物薄膜である場合には、酸化物薄膜と同じペロブスカイト型結晶構造を持つ酸化物単結晶基板であることが望ましい。さらに、酸化物薄膜が基板に対して(111)、(100)、(110)配向している場合には、それぞれ基板も同じ面指数(111)、(100)、(110)を有することが望ましい。また、本発明においては、膜厚を1原子層単位で任意に制御した酸化物薄膜を作成する必要があることから、基板表面も原子層単位で平坦でなければならない。すなわち、基板としては、テラス幅の平均が50nm以上であるステップ−テラス構造で構成されている平坦な表面を持つ基板を使用することが好ましい。例えば、基板としてSrTiO基板を用いる場合、その表面を平坦化するには、フッ素系酸性溶液によるウエットエッチングと熱処理を行うことが好ましい(例えば特開平7―267800号公報、特開平8―092000号公報参照。)。なお、本明細書において「テラス幅の平均が50nm以上」とは、基板表面全体からまんべんなく一辺が1μmの正方形の領域を10箇所以上選び、さらにそれらの領域から合計で少なくとも50箇所以上のテラスの幅を無作為に選んで、これらの幅についてAFM(原子間力顕微鏡)で測定した値の平均が50nm以上あることをいう。
【0037】
また、基板上に酸化物薄膜を作成する前に、基板や酸化物薄膜と結晶構造や格子定数が近く、導電性を有する薄膜をバッファー層として成長させることもできる。これは、基板表面に垂直な方向の自発分極を超格子に発生させるために、垂直方向に電圧をかけるための下部電極として用いる。下部電極としてのバッファー層は、さらにその上に酸化物超格子を層状に成長させなければならないため、これも基板に層状に成長させる必要がある。材質としては、LaNiOなどが適当である。一方、上部電極としては、超格子の上に成長させたAuやPtなどの金属の薄膜を用いる。
【0038】
酸化物薄膜の作成には、半導体や金属の薄膜や超格子の作成に実績のある、気相成長法や塗布成長法が好ましく用いられる。本発明においては、酸化物薄膜間の界面が急峻でしかも各酸化物薄膜が層状に成長し、それらの膜厚が1原子層単位で任意に制御できる手段で酸化物薄膜を製造すべきであることから、気相成長法や塗布成長法としては、レーザーアブレーション法(PLD)法、分子線エピタキシー(MBE)法、有機金属化学気相成長(MOC)法、スパッタリング法、液相成長(LPE)法、ゾルゲル法などが適している。
【0039】
本発明においては、これらの中でも、超高真空装置内で酸化物をターゲットとしてそれにレーザー光を照射して酸化物を蒸発または昇華させ、基板上に堆積させるものである、レーザーアブレーション法が特に好ましく用いられる。
【0040】
レーザーアブレーション法におけるレーザー光としては、エキシマ―レーザーあるいはYAGレーザーからの紫外線出力光を用いる。ターゲットは、積層する酸化物薄膜と同じ組成のものを焼結によって作成する。例えば、BiCrOのターゲットは、以下のようにして作成することができる。
【0041】
BiとCrの粉末をそれぞれ3.86g、1.14g計量し、完全に混合する。これを炉内で750℃12時間空気中で反応させる。焼結体は一度メノウで粉砕し、プレス機で直径約1cm、厚さ約5mmのペレットを作る。そしてそれを再び750℃12時間空気中で焼結させる。
【0042】
BiFeOとBiCrOを積層して超格子を作るとすれば、BiFeOのターゲットも同様に作成し、2種類のターゲットを用意する。作成したターゲットを超高真空装置内に設置し、それに紫外線レーザー光を照射することによって、ターゲットを蒸発または昇華させる。蒸発または昇華した分子は、ターゲットに対向する位置に保持された基板上に堆積する。決められた膜厚まで酸化物薄膜を成長させた後、いったん蒸着を中断し、その上に成長させるべき異なる種類のターゲットに、同様にレーザー光をあてて成長を再開する。これを所定回数繰り返すことによって、あらかじめ定められた膜厚を備えた酸化物薄膜が決められた順番と回数で積層された、目的の酸化物超格子を作成することができる。
【0043】
レーザーアブレーション法で超格子を作成する場合、酸化物薄膜間の界面が急峻でしかも各酸化物薄膜が層状に成長し、それらの膜厚を1原子層単位で任意に制御するためには、各酸化物薄膜を成長させるときの成長パラメーターが厳密に制御されていなければならない。具体的には、レーザーパワー、基板温度、成長中の酸素分圧、成長時間、基板とターゲット間の距離、レーザーの周波数、堆積すべき酸化物薄膜であり、この順に重要な因子となる。
【0044】
このうち、成長時間についてはあらかじめ目標の膜厚を決めておき、それに要するおおよその時間を水晶振動子式膜厚計で実測することによって決定する。酸化物薄膜の界面を急峻にするためには、さらに特定の原子層の成長が終わった時点で薄膜の成長を停止させる必要がある。そのために、成長中基板の反射高速電子回折(RHEED)像を常にモニターし、特定の回折点の成長時間に対する振動強度変化(RHEED振動)を観察して成長を停止する。
【0045】
以上説明した構成および製造方法によって、常温で強誘電性のみならず、大きな磁性も有する超格子を得ることができる。通常、本発明の構成の超格子は、−50〜50℃の常温で15emu/cc以上の自発磁化と1μC/cm以上の自発分極を同時に示すことが可能である。このような常温で強誘電性と磁性を示す超格子は、多くの応用が期待される材料である。
【0046】
具体的には、記録材料の分野で、従来の磁気メモリー/デバイス、誘電体メモリー/デバイスに代わるものとしての、超高密度な磁性強誘電性メモリー/デバイスへの応用が期待できる。また、電場によって磁化を、あるいは磁場によって電気分極を制御できるという電気磁気効果を利用すれば、既存のメモリー/デバイスの高性能化が可能となる。例えば、磁気メモリー/デバイスを電場で制御することにより、これらを高速化・高密度化できる。また、電子デバイスを磁場で制御することにより消費電力の格段に低いデバイスを設計することも可能となる。さらに、新しい磁気光学効果材料や、磁場制御型光デバイス・スイッチなどへの応用も考えられる。加えて、トンネル磁気抵抗素子やスピンフィルターなどのスピンエレクトロニクス(スピントロニクス)材料を電気的に駆動することも考えられ、圧電アクチュエーターなどの圧電・磁歪材料や、圧力センサー、温度センサーなどのセンサー材料への応用も可能である。
【実施例】
【0047】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。なお、以下の実施例は本発明を詳細に説明するために示すものであり、本発明はその趣旨に反しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)
ペロブスカイト型酸化物であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO)の単結晶(111)基板上に、レーザーアブレーション法を用いてBiFeOとBiTiOを1原子層ずつ交互に成長させた。まず、表面が50nm以上のステップ−テラス構造で構成される基板とするために、フッ素系酸性溶液によるウエットエッチングと熱処理による基板前処理を行った。すなわち、室温のバッファードフッ酸溶液に基板を10〜200秒浸してエッチングを行った。次に、溶液から基板を取り出して純水でよく洗浄し乾燥器で乾燥させ、さらにアセトンに浸し、最後に沸騰したエタノール中で処理して素早く引き上げ空気中で乾燥させた。そして、800〜1200℃の不活性ガス中で3〜12時間熱処理した。以上によって、テラス幅が平均50nm以上のステップ−テラス構造を持つ基板を得た(図6)。
製膜のための紫外線源としてはエキシマレーザーを用いた。始めにBiFeOとBiTiOのペレット状ターゲットを用意し、RHEED振動を見ながら1原子層ずつ上記処理を施した基板上に7周期堆積させた(以下、(BiFeO/BiTiOと称す)。図7はそのときのRHEED振動である。明瞭に強度振動が確認され、BiFeOとBiTiOが(111)に平行に1原子層ずつ成長していることがわかる。図8は(BiFeO/BiTiOから得られた、常温におけるP−E曲線である。ヒステリシスを示し、この超格子が常温で強誘電性を持つことがわかる。一方、図9は(BiFeO/BiTiOの常温におけるM−H曲線である。同様にヒステリシスを示し、この超格子が常温で磁性を有することがわかる。また、常温における自発分極はおよそ12μC/cmで、自発磁化はおよそ150emu/ccである。
【0049】
(実施例2)
(実施例1)と同様の方法で作成した、テラス幅が平均50nm以上のステップ−テラス構造を持つSrTiOの単結晶(111)基板上に、レーザーアブレーション法を用いてBiFeOとBiCrOを1原子層ずつ、3周期成長させた(以下、(BiFeO/BiCrOと称す。)。図10はそのときのRHEED振動である。この場合も明瞭に強度振動が確認され、BiFeOとBiCrOが(111)に平行に1原子層ずつ成長していることがわかる。図11は(BiFeO/BiCrOの、常温におけるP−E曲線である。図12は、(BiFeO/BiCrOの、常温におけるM−H曲線である。この超格子が常温で強誘電性と磁性を有することがわかる。常温における自発分極はおよそ16μC/cmで、自発磁化はおよそ250emu/ccである。
【0050】
以上、現時点において、最も実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う常温磁性強誘電性超格子もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】G型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のBサイト金属イオンのスピン配列を表す模式図である。
【図2】G型反強磁性体である2種類の酸化物を用いて、(111)配向させた原子層よりなる薄膜を交互に積層し、超格子を作成したときのスピン配列を示す模式図である。
【図3】G型反強磁性体である2種類の酸化物を用いて、(111)配向させた原子層よりなる薄膜を交互に積層し、超格子を作成したときのスピン配列を示す模式図である。
【図4】A型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のBサイト金属イオンのスピン配列を表す模式図である。
【図5】C型反強磁性体であるペロブスカイト型酸化物のBサイト金属イオンのスピン配列を表す模式図である。
【図6】実施例1で用いた基板の原子間力顕微鏡像である。
【図7】実施例1において超格子作成中に観測されたRHEED振動である。
【図8】実施例1で得られた超格子(BiFeO/BiTiOの、常温におけるP−E曲線である。
【図9】実施例1で得られた超格子(BiFeO/BiTiOの、常温におけるM−H曲線である。
【図10】実施例2において超格子作成中に観測されたRHEED振動である。
【図11】実施例2で得られた超格子(BiFeO/BiCrOの、常温におけるP−E曲線である。
【図12】実施例2で得られた超格子(BiFeO/BiCrOの、常温におけるM−H曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、少なくとも2種類の酸化物薄膜が積層されてなり、−50〜50℃において15emu/cc以上の自発磁化と、1μC/cm以上の自発分極とを同時に示すことを特徴とする常温磁性強誘電性超格子。
【請求項2】
基板上に、少なくとも2種類の強誘電性酸化物薄膜が積層されてなる超格子であって、各層の前記酸化物薄膜が奇数枚の原子層からなることを特徴とする、常温磁性強誘電性超格子。
【請求項3】
前記酸化物薄膜が、一般式ABOで表わされるペロブスカイト型酸化物(A、Bは互いに異なる元素を表す。)よりなるものであることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項4】
前記Aで表わされる元素がBiまたはPbであり、前記Bで表わされる元素がTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuのいずれかであることを特徴とする請求項3に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項5】
異なる種類の前記酸化物薄膜が接合する界面において、隣接する前記酸化物薄膜のうちの一方の前記BがTi、V、Cr、Mnのいずれかであり、他方の前記BがFe、Co、Ni、Cuのいずれかであることを特徴とする請求項3または4に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項6】
前記酸化物がG型反強磁性体であり、基板に対して(111)方向に配向していることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項7】
前記酸化物がA型反強磁性体であり、基板に対して(100)方向に配向していることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項8】
前記酸化物がC型反強磁性体であり、基板に対して(110)方向に配向していることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項9】
前記基板が酸化物単結晶であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項10】
前記基板表面がステップ−テラス構造で構成されており、そのテラス幅の平均が50nm以上であることを特徴とする請求項9に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項11】
前記酸化物単結晶がペロブスカイト型酸化物単結晶であることを特徴とする請求項9または10に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項12】
前記ペロブスカイト型酸化物単結晶が、前記酸化物薄膜の配向方向と同じ面指数を有していることを特徴とする請求項11に記載の磁性強誘電性超格子。
【請求項13】
前記酸化物薄膜を気相成長または塗布成長によって製膜することを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の磁性強誘電性超格子の製造方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載の酸化物超格子の常温での使用。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−285350(P2008−285350A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−130252(P2007−130252)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(502350504)学校法人上智学院 (50)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】