情報取得方法、情報取得装置及び検出方法
【課題】 対象物の種類ごとに空間分解能の高い二次元分布像を得ることができる方法及び装置、生体組織の構成物に由来する二次イオンの生成を効率よく行え、生体組織の構成物の分布状態を高い感度で測定するための方法および装置、更には、生体組織構成物の分布状態を定量性よく測定するための方法及び装置を提供すること。
【解決手段】 対象物に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する取得する際に、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて対象物のイオン化を促進して対象物を飛翔させる。
【解決手段】 対象物に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する取得する際に、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて対象物のイオン化を促進して対象物を飛翔させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報取得方法、情報取得装置及び検出方法に関する。特に飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を用いるものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるプロテインの解析の重要性が急速にクローズアップされてきている。
【0003】
従来から、プロテインの発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。これらの手法は基本的に
(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製と、
(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出系
との組み合わせにより行われてきた。
【0004】
プロテイン解析技術の展開としては、その基盤ともいえるプロテオーム解析(細胞内プロテインの網羅的解析)によるデータベース構築と、そこで得られたデータベースに基づく診断デバイスや創薬(薬剤候補スクリーニング)デバイスに大別されるが、いずれの応用形態に対しても上記のような分析時間、スループット、感度、分解能及び柔軟性に問題のある従来方法とは異なった、小型化、高速化、自動化に適したデバイスが求められてきており、これらの要求を満たす手法としてプロテインを高密度に集積したいわゆるプロテインチップの開発が注目されている。
【0005】
プロテインチップに捕捉されたターゲット分子は以下に示す様々な検出手段により検出される。
【0006】
プロテインの質量分析(MS)法においては、高感度な質量分析手段あるいは表面分析手段として近年、飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry、以下TOF-SIMSと略す)が使われるようになってきた。TOF-SIMSとは、固体試料の最表面にどのような原子または分子が存在するかを調べるための分析方法であり、以下のような特徴を持つ。すなわち、109atoms/cm2(最表面1原子層の1/105に相当する量)の極微量成分の検出能があること、有機物、無機物のどちらにも適用できること、表面に存在するすべての元素や化合物を測定できること、試料表面に存在する物質からの二次イオンのイメージングが可能なことである。
【0007】
以下、この方法の原理を簡単に説明する。
【0008】
高真空中で、高速のパルスイオンビーム(一次イオン)を固体試料表面に照射すると、スパッタリング現象によって表面の構成成分が真空中に放出される。このとき発生する正または負の電荷を帯びたイオン(二次イオン)を電場によって一方向に収束し、一定距離だけ離れた位置で検出する。一次イオンをパルス状に固体表面に照射すると、試料表面の組成に応じて様々な質量をもった二次イオンが発生するが、軽いイオンほど速く、反対に重いイオンほど遅い速度で飛行するため、二次イオンが発生してから検出されるまでの時間(飛行時間)を測定することで、発生した二次イオンの質量を分析することができる。一次イオンが照射されると固体試料表面の最も外側で発生した二次イオンのみが、真空中へ放出されるので、試料の最表面 (深さ数ナノメートル程度)の情報を得ることができる。TOF-SIM Sでは一次イオン照射量が著しく少ないため、有機化合物は化学構造を保った状態でイオン化され、質量スペクトルから有機化合物の構造を知ることができる。ただし、ポリエチレンやポリエステルなどの人工高分子、プロテインなどの生体高分子などを通常の条件で TOF-SIMS分析した場合は、小さな分解フラグメントイオンとなってしまい、元の構造を知ることが一般的には難しい。また、固体試料が絶縁物の場合には、パルスで照射される一次イオンの間隙に電子線をパルスで照射することにより、固体表面に蓄積する正の電荷を中和できるため絶縁物を分析することも可能である。加えて、TOF-SIMSでは、一次イオンビームを走査することによって、試料表面のイオン像(マッピング)を測定することもできる。
【0009】
TOF-SIMSでプロテインを分析した例としては、特定のプロテインの一部分を15Nなどでアイソトープラベル化し、当該プロテインをC15N-のような二次イオンを用いてイメージング検出するもの(1A. M. Belu et al., Anal. Chem., 73, 143 (2001) )がある。また
、アミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からプロテインの種類を推定するもの(D. S. Mantus et al., Anal. Chem., 65, 1431 (1993) )がある。さらに、各種基板上に吸着させたプロテインについてのTOF-SIMS検出限界を調べたもの(M. S. Wagner el. Al., J. Biomater. Sci. Polymer Edn., 13, 40 7 (2002).)が知られている。
【0010】
また、プロテインを対象としたこの他の質量分析法として電界放出を利用したものがある(USP5952654)。この方法は、金属電極上に前記プロテインを、印加エネルギーに応じて分裂可能な開放基を介して共有結合または配位結合させ、強電界を印加することで前記プロテインを質量分析計へ導くというものである。
【非特許文献1】1A. M. Belu et al., Anal. Chem., 73, 143 (2001)
【非特許文献2】D. S. Mantus et al., Anal. Chem., 65, 1431 (1993)
【非特許文献3】M. S. Wagner el. Al., J. Biomater. Sci. Polymer Edn., 13, 40 7 (2002)
【特許文献1】米国特許第5952654号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の質量分析法は対象物そのものを分析するものではなく、溶出したタンパク質などを対象としているため得られる情報には制限がある。また、MALDI法や、その改良型であるSELDI法は、現在知られている中で最もソフトなイオン化法であり、分子量が大きく壊れ易いプロテインをそのままイオン化し、親イオン若しくはそれに準じるイオンを検出できるという優れた特長を有する。現在ではプロテインの質量を分析する際の標準的なイオン化法の一つとなっている。一方、これらの方法をプロテインチップの質量分析に応用する場合にはマトリクス物質の存在により、高い空間分解能を持ったプロテインの二次元分布像(質量情報を用いたイメージング)は得られ難い。すなわち、励起源であるレーザー光自体は1〜2μm径程度に容易に集光できるが、分析対象のプロテインの周辺に存在するマトリクス物質が蒸発、イオン化するため、上記の方法でプロテインの二次元分布像を計測する場合の空間分解能は一般的には100μm程度となってしまう。また、集光させたレーザーを走査するには、レンズやミラーを複雑に動作させる必要がある。つまり、上記の方法でプロテインの二次元分布像を計測する場合、レーザー光を走査させることは難しく、被分析試料を載せた試料ステージを動かす方式に限られる。空間分解能の高いプロテインの二次元分布像を得ようとする場合、試料ステージを動かす方式は一般的には好ましくない。
【0012】
上記の方法に比べ、TOF−SIMS法は一次イオンを使用するため容易に収束かつ走査させることができるため、高空間分解能の二次イオン像(二次元分布像)を得ることができ、1μm程度の空間分解能を得ることも可能である。しかしながら、基板上の対象物に対し、通常の条件でTOF−SIMS測定を行うと、先に述べたように、生成する二次イオンは小さな分解フラグメントイオンがほとんどで、元の構造を知ることは一般的には難しい。そのため、複数のプロテインが基板上に配置されたプロテインチップのような試料に対し、当該プロテインの種類を判別できる高空間分解能の二次イオン像(二次元分布像)を得るには何らかの工夫が必要となる。A. M. Beluらの方法は特定のプロテインの一部分をアイソトープラベル化するもので、TOF−SIMSの持つ高空間分解能を十分生かせる方法である。しかしながら反面、特定のプロテインを毎回、アイソトープラベル化するのは一般的ではない。また、D. S. Mantusらが示したアミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からプロテインの種類を推定する方法は、アミノ酸の構成が似たプロテインが混在する場合は判別が難しくなる。
【0013】
また、生体組織中の例えば、タンパク質分子に対して、TOF−SIMS法を応用する際、タンパク質分子を構成するペプチド鎖が「holdingされた状態」のままでは、二次イオン種の生成効率が大幅に低下する。また、TOF−SIMS法を用いる測定では、高真空中において一次イオン照射を行うため、測定対象試料は予め乾燥処理が施される。その乾燥処理の際、生体組織中に存在している、タンパク質分子と他の生体物質との間で、相互作用を起こし、分子間結合によって凝集化を起こすと、二次イオン種の生成効率がなお一層低下する。
【0014】
従って、生体組織中に存在している特定のタンパク質分子の存在量を、高い検出感度、ならびに高い定量性で分析し、生体組織の切断面上における、特定タンパク質分子の存在量分布に関して、二次元的なイメージングを行う上では、生体組織中では、「holdingされた状態」となっている、タンパク質分子を構成するペプチド鎖を解いておくことが望ましい。さらには、タンパク質分子と他の生体物質との間の相互作用を抑制して、「holding」が解かれたペプチド鎖から、二次イオン種生成が高い効率でなされる状態を維持することが望ましい。あるいは、生体組織の切断面上に存在している、タンパク質分子からの二次イオン種生成を促進、増加することが望ましい。
【0015】
一方、TOF−SIMS法においては、分析対象の分子を一次イオン照射によって、イオン・スパッタリングを行うが、その一次イオン照射を行う表面形状によって、スパッタリング効率に差違が生じる。結果として、分析対象の分子に由来する二次イオン種の生成効率にも差違が引き起こされ、定量精度のバラツキを生む要因ともなる。従って、この一次イオン照射を行う表面形状のバラツキに起因する、二次イオン種の生成効率の変動をも抑制することが望ましい。しかしながら、従来開示されているものについては、これらの点で必ずしも十分なものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の情報取得方法は、対象物に関する情報を取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0017】
本発明の情報取得装置は、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて対象物に関する情報を取得するための装置であって、
前記対象物に前記対象物のイオン化を促進する物質を接触させるための手段と、
前記対象物と前記対象物のイオン化を促進する物質との接触部にイオンビームを照射するための手段とを備え、
前記照射手段による照射により、少なくとも一部がイオン化された前記対象物の質量に関する情報を取得することを特徴とする情報取得装置である。
【0018】
本発明の第2の情報取得方法は、対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、
集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0019】
本発明にかかる第3の情報取得方法は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【0020】
本発明の第5の情報取得方法は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法である。
【0021】
本発明にかかる第2の情報取得装置は、飛行時間型質量分析計を用いて対象物を構成する構成物の質量に関する情報を取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得装置であって、
前記構成物を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる機構、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させ、該飛翔したイオン種の強度を測定する飛行時間型質量分析計、及び
前記測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得るための測定結果解析機構、とを備えたことを特徴とする情報取得装置である。
【0022】
本発明の検出方法は、疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、本発明の情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、対象物の種類ごとに空間分解能の高い二次元分布像を得る方法を提供でき、これに好適に適用できる情報取得装置を提供できる。また、本発明の情報取得方法によれば、生体組織の構成物に由来する二次イオンの生成を効率よく行え、生体組織の構成物の分布状態を高い感度で測定することが容易となる。また、生体組織構成物の分布状態を定量性よく測定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の情報取得方法及び情報取得装置に以下の各態様が含まれる。
【0025】
本発明により提供される情報取得方法は、対象物に関する情報を取得する方法であって、前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0026】
また、本発明にかかる組成分析方法は、質量分析法を用いて対象物を組成分析する方法であって、 前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の情報に基づいて前記対象物の組成を分析する工程と、を有することを特徴とする組成分析方法である。
【0027】
さらに、本発明にかかる情報取得装置は、質量分析法を用いて対象物から情報取得するための装置であって、前記対象物に化学的修飾を行う手段と、前記化学修飾によって識別できる二次イオンを前記対象物から生成させる手段と、前記二次イオンを検出する手段を備えることを特徴とする情報取得装置である。
【0028】
本発明により提供される別の情報取得方法は、対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0029】
前記の、集束し、パルス化し、かつ走査可能なイオン、中性粒子、電子、並びに、集光し、パルス化し、かつ走査可能なレーザー光の中ではイオンが好ましい。この場合は、飛行時間型二次イオン質量分析法による情報取得方法となる。
【0030】
また、前記対象物がタンパク質であることも本発明は包含する。
【0031】
また、前記対象物と、イオン化を促進するための物質のいずれか、または両者を付与する工程が、インクジェット法によることを本発明は包含する。
【0032】
さらに、本発明の情報取得方法は、前記の、対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程が、イオン化促進物質を含む水溶液を用いるものであることも包含する。また、前記の、対象物のイオン化を促進するための物質は、水溶性の物質であること、該物質は、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つを含むことを包含する。
【0033】
前記の対象物の質量に関する情報とは、
(1)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加した質量数に相当するイオン、
(2)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかの質量に関する情報であることを包含する。
【0034】
本発明はさらに、前記飛翔した対象物の検出結果に基づき、一次ビームの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態の情報を取得することを包含する。
【0035】
また、本発明は、イオンビーム照射手段と、イオンビーム偏光手段と、測定対象物からの2次イオンを検出する検出手段とを有する、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いた、測定対象物に関する情報を取得するための装置において、液滴を付与する手段を備えることを特徴とする情報取得装置を包含する。
【0036】
さらに本発明の装置は前記液滴を付与する手段が、インクジェット法を用いた手段である事を包含する。
【0037】
本発明により提供される情報取得方法の別の態様は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0038】
本発明の情報取得方法の更に別の態様は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0039】
本発明により提供される検出方法は、疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、本発明情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする。
【0040】
本発明により提供される情報取得装置の別の態様は、飛行時間型質量分析計を用いて対象物を構成する構成物の質量に関する情報を取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得装置であって、前記構成物を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる機構、前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させ、該飛翔したイオン種の強度を測定する飛行時間型質量分析計、及び前記測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得るための測定結果解析機構、とを備えたことを特徴とする。
【0041】
本願明細書においては、イオン種のイオン化を促進するための物質を、必要に応じて増感物質と表現することがある。また、本願明細書においては、生体組織の構成物を含む試料を基材表面に接触させて構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させることを、必要に応じて、転写と表現することがある。更に、情報取得に代えて分析という表現を用いることもある。
I.第一の形態に関する発明についての説明
本発明の第一の形態は、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物を飛翔させ、前記飛翔した対象物を識別できる二次イオンの質量に関する情報を得ることを特徴としている。さらに、一次イオンの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態の検出(イメージング)であることを特徴としている。
【0042】
また、本発明の対象物のイオン化を促進する物質は、
(1)基板上に対象物を配置した後に付与する、
(2)基板上に配置される対象物の特定の一種類または複数に対し、予め付与する、
(3)基板上に対象物が配置される前に、予め基板表面に付与する、
のいずれかである。付与の方法としては化学修飾が挙げられる。
【0043】
このうち、(1)の方式はあらゆる形態の対象物の解析に応用できる、即ち汎用性が高い方式である。一方で、基板上に二次元的に分布している対象物に対しイオン化を促進する物質の付与を行う際は、同処理により対象物を拡散させないことに注意する必要がある。化学的修飾などの処理で対象物の二次元分布状態が変化してしまっては、本発明の目的を達成できないからである。対象物の二次元分布状態が変化したかどうかは、例えば、化学的修飾を行わないプロテインチップに対するTOF−SIMS分析の結果との比較などから判断できる。
【0044】
次に(2)の方式は、予め特定の対象物の特定の部位に、対象物のイオン化を促進し、TOF−SIMS分析で感度が上昇する物質(増感物質)を結合させておくものだが、この方式は特定の対象物の二次元分布状態を選択的にかつ高感度で検出できるという利点を持つ。一方で、対象物ごとに予め化学的修飾処理などを行わなければならず、操作がやや煩雑になるという短所がある。なお、上記の増感物質の結合の方式としては共有結合、イオン結合、さらには増感物質として金属錯体を用いる場合の配位結合などが利用でき、特に制限はない。ただし、化学的修飾処理したタンパク質などの対象物を基板上に配置することになるので、該結合は安定であることが必要である。
【0045】
さらに(3)の方式は、対象物のイオン化を促進し、TOF−SIMS分析で感度が上昇する物質(増感物質)を予め基板表面に形成しておくものである。この方式では該増感物質の存在により新たな非特異吸着の問題が発生しないかどうかを十分調べておくことが重要である。この増感物質はTOF−SIMS分析で感度が上昇させるものであれば特に制限はなく、また対象物と直接結合しないものであってもよい(即ち、TOF−SIMS分析で二次イオンを発生させる過程で、該対象物のイオン化効率を高める効果があればよい)。さらに、この増感物質は基板の最表面に形成させることが好ましいが、非特異吸着を防止するため、該増感物質の上に単分子膜程度の別の物質を配置することも可能である。
【0046】
本発明の化学的修飾とは、上記のように、TOF−SIMS分析で二次イオンを発生させる過程で、プロテインのイオン化効率を高める効果があり、該プロテインの二次元分布状態を変化させない処理であれば特に制限はないが、化学的修飾剤として金属を含む物質を用いることが好ましい。前記金属の種類としては、本発明者らが検討した限りでは銀または金、さらにはその両者を含む場合が特に好ましかったが、上記の効果を持つものであればこれ以外の金属であってもよい。
【0047】
化学的修飾の一手法として、基板上に配置された複数のプロテイン対し、銀鏡反応を利用して銀または銀イオンを該プロテインに付加させる方法を挙げることができる。銀鏡反応とは、アンモニア性硝酸銀水溶液に試料を加え、次いでジアンミン銀(I)イオンを還元し銀を析出させる反応である。銀はイオウとの親和性が高いことから、この反応はCystei ne(Cys)を含むプロテインに対し特に有効である。また、基板上に二次元的に分布しているプロテインに対しこの反応を利用する場合は、同処理により該プロテインを拡散させないよう注意を払う必要がある。この反応に用いる試薬として、市販品(例えば、和光純薬製「銀染色IIキットワコー」など)を使用してもよい。
【0048】
しかしながら、化学的修飾の方法は上記に限られず、TOF−SIMS分析における対象物の二次イオン化効率を高める効果があり、該対象物の二次元分布状態を変化させない処理であればいかなる方法を用いてもよい。
【0049】
本発明の対象物の二次元分布状態の検出(イメージング)は、前記対象物を識別できる二次イオンを用いることを特徴としており、この二次イオンは質量/電荷比が500以上のイオンであることが好ましく、質量/電荷比が1000以上のイオンであることが特に好ましい。
【0050】
また、一次イオン種としては、イオン化効率、質量分解能等の観点からガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができ、この順で感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい形態となる。
尚、金以外の多原子イオンとして、ビスマスイオンやC60イオンなどを使用することもできる。
【0051】
さらに、一次イオンビームパルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましく、また、一次イオンビームエネルギーは、12keV〜25keVの範囲であること、さらには、一次イオンビームパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。
【0052】
また、本発明は、定量精度を向上させるために、高い質量分解能を保持し、比較的短時間で測定を完了させる必要があることから(一測定が数10秒から数10分のオーダー)、一次イオンビーム径は多少犠牲にして測定することが好ましい。具体的には、一次イオンビーム径をサブミクロンオーダーまで絞らずに、1μmから10μmの範囲に設定することが好ましい。
【0053】
さらに、本発明は、絶縁性基板上のプロテインチップに対しても適用し得る。
II.本発明の第二の形態に関する発明についての説明
本発明の第二の形態は、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物を飛翔させ、前記飛翔した対象物を識別できる二次イオンの質量に関する情報を得ることを特徴としている。さらに、一次イオンの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態を検出(イメージング)できることを特徴としている。前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させるために用いられる一次ビームとしては集束し、パルス化し、かつ走査可能であれば特に限定されない。一次ビームに使用可能な例としては、イオン、中性粒子、電子、レーザー光などが挙げられる。この中でもイオンビームを用いることが好ましい。
【0054】
また、本発明の対象物のイオン化を促進する物質は、上述のII.で述べたものと同様である
。また、付与の方法も同様とすることができる。また、その他の条件等も特に断らない限り、上述のII.と同様とすることができる。
【0055】
また、基板上に二次元的に分布しているプロテインに対し、二次元分布状態を変化させることなく前記化学的修飾を利用する場合は、該プロテインを拡散させないよう注意を払う必要があるが、基板上にプロテインが配置された部位に前記化学的修飾剤水溶液を静かに滴下することによって一回の処理工程で簡便に該プロテインの二次元分布状態を変化させることなく化学的修飾することができる。しかしながら、化学的修飾の方法は上記に限られず、TOF−SIMS分析における対象物の二次イオン化効率を高める効果があり、該対象物の二次元分布状態を変化させない処理であればいかなる方法を用いてもよい。
【0056】
本発明において分析対象となるプロテインを配置する基板としては金基板もしくは金の膜を基板表面に付した基板が好ましいが、特に限定する物ではなく、該プロテインの質量情報を得ることを妨げるような質量の二次イオンを発する物質でなければ、シリコン基板等の導電性基板および有機ポリマー、ガラスといった絶縁性基板のプロテインチップに対しても適用し得る。さらに分析対象となるプロテインを配置するための媒体としては基板の形態に限定される物ではなく、粉末状、粒状等あらゆる形態の固体物質を用いることができる。
【0057】
本発明の第二の形態が包含するものとして、対象物と、イオン化を促進するための物質のいずれか、または両者を付与する工程を、インクジェット法を用いて行うことが挙げられる。
【0058】
本発明のインクジェット法を用いた方法では、1滴あたり数〜数10plの微量の液滴を所望の位置に付与することにより、対象物の2次元分布状態を変化させることなく、付与することができる。また、基板上の広い領域の処理を行う場合でも、微量の液滴を数多く付与することにより、基板上の複数の対象物を混合することなく、分析することが可能である。
【0059】
さらに、本発明の対象物もインクジェット法により形成することにより、1基板内に複数のプロテインを高密度に配置し、分析の効率化をはかることができる。特に上記分析法のうち、一次ビームにイオンを用いたTOF−SIMS分析においては、高い空間分解能を有することから好適である。
【0060】
基板上にあらかじめ二次元的に分布している対象物に対しイオン化を促進する物質の付与を行う際は、あらかじめ光学顕微鏡、CCD等で位置を確認した後、インクジェット法により所望の領域にイオン化促進物質を付与することにより、この領域にあるプロテインの分析を行うことができる。また、基板上にインクジェット法により対象物を付与した後に、この対象物の上にイオン化促進剤を付与することもできる。
【0061】
本発明のイオン化促進物質及び、あるいは本発明の分析対象物は、水あるいは適当な有機溶媒に溶解し、更に界面活性剤の水溶液を加えた後に、インクジェット法により対象物に付与することができる。有機溶媒については特に限定するものではないが、揮発性の高いものや不安定なものは好ましくなく、また、吐出時安定性の点から、粘度を調節したものがさらに望ましい。また、イオン化促進物質及び分析対象物以外のいわゆるインク成分中には、固相で析出する物質を含まないものが更に好適である。
【0062】
また、イオン化促進物質は、イオン化を促進する効果を有し、水溶性の物質であれば限定されるものではないが、金属を含む物質が好ましい。特に銀イオンはアミノ酸およびペプチドと容易に錯形成することから、銀を含む物質は更に好適である。また前記化学的修飾剤として銀の代わりにナトリウムを含む物質を用いても良い。
【0063】
また、本発明の情報取得装置は、イオンビーム照射手段と、イオンビーム偏光手段と、測定対象物からの2次イオンを検出する検出手段とを有する、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いた、測定対象物に関する情報を取得するための装置において、液滴を付与する手段を備えることを特徴とし、前記液滴を付与するための手段が、インクジェット法を用いた手段である事を特徴とする情報取得装置である。
【0064】
本発明における情報取得装置において、イオン化促進物質、また、測定条件等については、上記情報取得方法と同様である。
【0065】
本発明における情報取得装置は、飛行時間型2次イオン質量分析装置を有する測定室と、通常の予備排気を行うための予備排気室と、液滴を付与するための吐出装置を有する前処理室からなる。
【0066】
前処理室は、液滴を付与する吐出装置と、試料の位置を確認するための確認手段、試料ホルダー、試料ステージを有し、試料ステージは位置制御プログラムによりμm単位で位置制御される。この位置制御プログラムは、測定室の試料ステージの位置制御プログラムと同一であり、例えば吐出装置によりイオン化促進物質の液滴を付与した同じ位置を、測定室内で特定し、自動試料ステージで同じ位置に持ってきた後に、測定できることが好ましい。確認手段は、特に限定されないが、例えば光学顕微鏡、実体顕微鏡、CCDカメラなどが良い。
【0067】
また、前処理室は真空排気装置を併設してもよい。この場合は真空排気時のイオン化促進物質吐出装置保護のため、前処理室と吐出装置との間にバルブなどを設けることが好適である。
【0068】
吐出装置は、インクジェット法のヘッドを有し、試料上の任意の場所に数〜数十plの液滴を吐出する。これに、前記情報取得方法で用いたプロテイン溶液もしくはイオン化促進物質溶液を導入し、吐出することにより、所望の位置にプロテインを配置したり、所望のプロテインにイオン化促進物質を付与できる。更に、インクジェットヘッドの一部に、染料溶液、または顔料溶液を導入しておくことにより、無色透明のプロテイン溶液のX,Y座標を表示したり、ナンバリングができ、所望の位置を確認できることから好適である。
III.本発明の第三の形態に関する発明についての説明
本発明の第三の形態にかかる情報取得方法は、タンパク質をはじめとする生体組織構成物の分布状態に関する情報を得るものである。本発明は、生体組織の断片について、切断面が平坦となるように切り出した薄片試料を用いて、その表面上に存在する例えばタンパク質分子の存在量分布をTOF−SIMS法によって測定することを包含する。
【0069】
生体組織中では、測定対象のタンパク質分子のペプチド鎖同士が絡み合い、TOF−SIMS法による測定の際、二次イオン種の生成効率を低下する要因となっている。そのため、本発明の第三の形態では、生体組織の薄片試料表面に対して、増感物質を含む溶液を作用させ、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成効率を向上させることができる。この増感物質は、一次イオンを照射する際、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成を促進・増加させる機能を示す物質である。増感物質を生体組織の薄片試料表面に存在するタンパク質分子に直接作用させるため、増感物質を含む溶液を薄片試料表面に付与して、表面全体を被覆する状態で保持する。例えば、増感物質を含む溶液として、希薄な硝酸銀水溶液を用いると、該水溶液中で解離している銀イオンは、タンパク質分子を構成するペプチド鎖に作用して、銀イオンとタンパク質分子間に結合が生成し、二次イオン種の生成が促進される。このように本発明の第一の形態では、増感物質自体、あるいは、増感物質の構成要素が、タンパク質分子を構成するペプチド鎖に作用して、ペプチド鎖と結合を生成することで、結果的に、タンパク質分子のペプチド鎖同士の絡み合いが解かれた状態となる。本発明の第三の形態において利用される増感物質としては、例えば、前記硝酸銀の他、炭酸ナトリウムなどの塩、金や銀などの金属を含む物質(金属錯体など)や金属コロイドなどが挙げられる。また、増感物質を含む溶液は、水溶液の形態が好ましい。
【0070】
例えば、薄片試料表面に存在する、前述の銀イオンが結合したタンパク質分子に対して一次イオン・ビームを照射すると、銀イオンが結合したタンパク質分子は、一部分解され、それに付随して、一部分解されたペプチド鎖断片に由来する二次イオン種の生成が引き起こされる。従って、一部分解されたペプチド鎖断片は、本来のタンパク質分子自体よりイオン・スパッターを受け易く、同時に、更に、断片化したフラクメント・イオンの生成効率も大幅に向上している。本発明の第三の形態では、これら二つの作用を利用することで、一次イオンを照射する際、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成を促進・増加させる効果が発揮されている。
【0071】
増感物質を含む溶液を薄片試料表面に付与して、表面全体を被覆する状態で保持して、表面に存在するタンパク質分子に作用させた後、洗浄により、増感物質を含む溶液を除去する。次いで、TOF−SIMS法による測定は、高真空中で実施するため、生体組織の薄片試料中に含まれる水分を予め除去する。この乾燥処理は、減圧乾燥法を利用することが好ましい。この減圧乾燥法では、水分の蒸散に加熱を利用しないので、タンパク質分子相互の凝集を引き起こすことなく、乾燥がなされる。これらの一連の処理、その後のTOF−SIMS測定に際して、生体組織の薄片試料は、平坦な表面を有する基材、例えば、スライドガラス、シリコン、アルミニウム、金、銀などの板状基材の表面に貼り付けた状態で取り扱うことが望ましい。その際、平坦な表面を有する基材表面上に貼り付けた、生体組織の薄片試料は、乾燥後も、基材表面上に密に付着した状態に保持される。得られる乾燥処理済み薄片試料の表面形状は、平坦な基材表面の形状を反映して、平坦性を示すものとなる。
【0072】
本発明の第三の形態にかかる情報取得方法は、先に述べた通り、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0073】
ここで、生体組織の構成物には、特定のタンパク質が包含される。この場合、特定のタンパク質に由来する二次イオン種は、特定のタンパク質を構成するペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオン、または、前記増感物質あるいは増感物質の構成成分が付加されたペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンである。
【0074】
特定のタンパク質に由来する二次イオン種のイオン強度分布として、該特定のタンパク質由来フラグメントイオンのイオン強度について、前記生体組織試料の一つの断面表面上の二次元分布を分析する態様を選択することができる。
【0075】
分析される前記生体組織試料の一つの断面は、0℃以下に冷却した状態で分析を行うことが好ましい。
【0076】
また、増感物質による処理工程において使用する、前記増感物質を含む溶液は、水溶液の形態であることが好ましい。
【0077】
以下に、本発明の第三の形態における好ましい実施態様に関して、更に説明を行う。
【0078】
本発明の第三の形態においては、測定に供する生体組織の薄片試料は、切片厚さを数100nm〜数100μm程度とすることが好ましい。生体組織から薄片を作製する方法としては、平坦な切断面が得られる限り、種々の切断方法が使用できる。前述する切片厚さを有する薄片を調製する上では、ミクロトームなどの専用の切片作製装置を利用することがより好ましい。通常、採取された生体組織は、その内部における生化学反応の進行を抑制するため、冷蔵保存されている。この薄片試料の切断工程においても、存在するタンパク質分子の変質を回避するため、切断操作は0℃以下で行うことが好ましい。一方、ミクロトームなどの専用の切片作製装置は、通常、液体窒素等の寒剤により冷凍保存された状態の生体組織を対象とする。
【0079】
本発明の第三の形態において利用する、増感物質は、予めタンパク質分子に対して、作用させておくと、TOF−SIMSの測定工程において一次イオンを照射した際、タンパク質分子由来の二次イオンの生成効率を向上する効果を発揮するものであれば、特に限定されない。例えば、金や銀などの金属やこれらの金属イオンを含む物質、すなわち、金属錯体、金属塩化合物、あるいは、金属コロイドなどが好適に利用できる。これらの金属を含む物質は、例えば、金属イオンがタンパク質分子を構成するペプチド鎖に対して、イオン結合する、金属錯体がペプチド鎖に対して、配位して固定化される、あるいは、金属コロイド粒子が、ペプチド鎖に対して固着するなどして、タンパク質分子と結合される。その状態で、一次イオンの照射を受けると、タンパク質分子に由来する二次イオン種、例えば、フラグメントイオン種の生成効率を向上する作用を有する。
【0080】
この増感物質を含む溶液を、生体組織の薄片試料の表面に付与方法としては、単位面積当たり、所望の液量を再現性よく付与できる限り、種々の塗布手段が利用できる。例えば、インクジェット法により、生体組織の薄片試料表面に、液滴として付与する方法などが挙げられる。通常、生体組織中において、注目するタンパク質分子の存在部位、存在量は不明であるので、生体組織の薄片試料表面全体に均一に付与を行う。その後、一定時間静置して、付与された溶液層中に含まれる増感物質を、表面に存在するタンパク質分子に作用させる。その結果、注目するタンパク質分子へ増感物質が付加される。利用する増感物質の種類によっては、タンパク質分子を構成するペプチド鎖が解け、TOF−SIMS分析の際、大きなフラグメントイオンが生成しやすくなるという効果もある。インクジェット法が利用可能な増感物質を含む溶液としては、例えば、金属錯体、金属塩化合物を均一に溶解した水溶液、硝酸銀水溶液などが挙げられる。増感物質を含む溶液を付与する処理を終えた後、薄片試料表面に残余する増感物質を含む溶液を洗浄除去する。その後、薄片試料全体に、凍結乾燥処理を施すことが好ましい。
【0081】
生体組織の薄片試料表面に付与される増感物質を含む溶液量について述べる。増感物質として銀イオンを例にあげると、薄片試料表面第一層に存在すると見込まれるペプチド鎖
に対し、モル比で1倍から100倍の銀イオンが付与されることが好ましく、モル比で2倍から10倍の銀イオンが付与されることが特に好ましい(即ち、ペプチド鎖長やその存在量に依存する)。一般的には、薄片試料表面に付与される増感物質の総量は、銀イオンを例にあげると、1011〜1013イオン/cm2程度となる(即ち単分子膜レベル以下)。増感物質を含む溶液における、増感物質の含有濃度は、1μmol/mL〜10μmol/mLの範囲に選択することが望ましい。
【0082】
例えば、増感物質に利用する、硝酸銀は、水溶液中において解離し、一価の銀イオンを供給する。この一価の銀イオンを、タンパク質分子に作用させると、そのペプチド鎖を構成するアミノ酸残基の側鎖上に存在しているカルボキシ基に対して、塩結合を形成することができる。一方、高い濃度の硝酸銀水溶液は、タンパク質分子を凝集させる作用を示すため、本発明の第一の形態で増感物質として利用する際には、希薄な硝酸銀水溶液を用いる。すなわち、硝酸銀濃度を、1mmol/L〜10mmol/Lの範囲に選択する、希薄な硝酸銀水溶液が好適に利用される。なお、希薄な硝酸銀水溶液を作用させた後、生体組織の薄片試料を乾燥処理する際、表面に硝酸銀水溶液が残余していると、濃縮され、高い濃度の硝酸銀水溶液となるので、水洗して除去することが好ましい。
【0083】
TOF−SIMSにおける二次イオン種の生成効率は、試料表面形状の影響を強く受けることは前述したが、生体組織の薄片試料は、平坦な基材表面上に貼り付けた状態とすることで、乾燥処理後も、薄片試料表面は平滑な面となり、TOF−SIMS測定での定量性を損なう要因の一つである試料表面の形態による影響は本質的に解消されている。
【0084】
平坦な基材表面上に貼り付けた状態の、乾燥処理済み薄片試料表面上に存在するタンパク質成分をTOF−SIMSによって測定し、イメージング測定を行う。
【0085】
そのTOF−SIMSの測定条件は、二次元的なイメージングを行うため、分析対象の生体組織の薄片試料サイズに応じて、一次イオン・ビーム径は、0.1μm〜10μmの範囲に選択することが好ましい。一次イオン種としては、一般に、金属カチオンが利用されるが、イオン化効率、質量分解能等の観点から、ガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができる。その際、Auイオン<Au2イオン<Au3イオンの順で、感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい態様となる。また、同等以上の感度が得られるBiイオンやC60などその多原子イオン等を用いてもよい。
【0086】
さらに、表面分析であるので、一次イオン・ビームのエネルギーは、12keV〜25keVの範囲に選択することが好ましい。また、測定試料表面における正電荷の蓄積(チャージアップ)を回避するため、一次イオン・ビームパルスの間に、前記正電荷を解消するための低エネルギーの電子(数10eV程度)をパルス照射する。その際、一次イオン・ビームのパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。また、パルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましい。その他、分析領域、一次イオンの走査方法、一次イオンドーズ量などは適宜設定できる。
【0087】
一方、タンパク質はペプチド鎖からなる高分子であり、多くの場合、かかるペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンを測定することが好ましい。少なくとも、測定されるフラグメントイオンは、アミノ酸残基数として概ね5以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が500以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることが好ましい。特には、アミノ酸残基数として概ね10以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が1000以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることがより好ましい。標準的なTOF−SIMS測定条件を採用する場合、質量数(M/Z)が0〜10000程度の範囲内の二次イオン種が同時に得られるが、上記のように、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500〜5000程度の特徴的なフラグメントイオンを解析対象として選択することが好ましい。
【0088】
対象のタンパク質分子を識別できるフラグメントイオンを特定できた後は、TOF−SIMS測定で得た三次元データ(XY平面におけるX×Yポイントについて、それぞれの質量スペクトルが存在する。積算測定を行った四次元データとなる。)から、当該フラグメントイオンに相当する質量スペクトルにおけるピーク(強度)をXY平面で切り出したイメージ像を、上記タンパク質の二次元分布像として表示させる。検出対象とするタンパク質分子が複数種ある場合はこの操作を繰り返せばよい。このような解析をすることで、図1に例示するように、タンパク質分子ごとに、分析対象の生体組織の薄片試料上における存在量分布として分析が可能である。さらには、別途、顕微鏡観察において測定された対応薄片試料表面のイメージと、二次イオン種のピーク強度を二次元的にイメージ表示させたものとを対照させることで、生体組織の切断面における、対象タンパク質分子の局在部位の特定を行うことが可能となる。
【0089】
なお、TOF−SIMSの測定で定量性を確保するためには通常、一次イオンドーズ量は、およそ表面の1%をスパッタする量に相当する1×1012イオン/cm2とする。この条件で測定した場合の、薄片試料表面上のタンパク質に対する検出下限は、対象とするフラグメントイオンの質量数(M/Z)が500の場合、当該フラグメントの重量換算で10pg/cm2程度である。定量性を犠牲にすれば、原理的にはその二桁の高感度化が期待できる。
【0090】
本発明の第三の形態にかかる生体組織の分析方法を適用することにより、生体組織、細胞の一断面における注目するタンパク質を直接、イメージング検出することが可能となり、新たな医療診断方法となり得る。その際、イメージングにおける空間分解能は、0.1μm〜数μm程度が期待できる。
【0091】
IV.本発明の第四の形態に関する発明についての説明
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法は、タンパク質をはじめとする生体組織構成物の分布状態に関する情報を得るものである。本発明は、生体組織の断片について、一旦、その断片表面を平坦な表面を有する基材上に接触させることで、その切断面の表面上に存在している、例えばタンパク質分子を含む液層を基材表面に転写することを包含する。その後、この基材表面に転写された、タンパク質分子を含む液層を乾燥処理して、タンパク質成分を乾燥体として、表面上に付着させた後、TOF−SIMSで分析することをできる。従って、TOF−SIMSによる測定に際して、下地となる基材表面は平坦とすることができ、測定対象の表面形状に依存する、測定精度の変動を本質的に排除できる。
【0092】
加えて、この転写を施す転写材として、その表面には、清浄な金属表面、金属酸化物表面、あるいは、化学的な処理を施された平坦な基材表面を有するものを利用することができる。生体組織中では、タンパク質分子は、その分子鎖を絡み合せた状態で存在する場合もあり、この転写材の表面に接触させ転写する際、分子鎖の絡み合いを解きつつ、タンパク質成分を含む液層として転写される。この転写材の表面に利用可能な金属表面として、例えば、金属銀、金属金などが挙げられる。また、転写材の表面に利用可能な金属酸化物表面として、例えば、酸化チタン(TiO2)表面、酸化シリコン(SiO2)表面などが挙げられる。また、化学的な処理を施された平坦な基材表面としては、化学的な処理によって、表面にマレイミド基などの官能基の導入を図ったものなどが挙げられる。
【0093】
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法は、先に述べた通り、
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0094】
ここで、生体組織の構成物には、特定のタンパク質が包含される。この場合、特定のタンパク質に由来する二次イオン種は、前記特定のタンパク質を構成するペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンである。
【0095】
特定のタンパク質に由来する二次イオン種のイオン強度分布として、該特定のタンパク質由来フラグメントイオンのイオン強度について、表面上の二次元分布を分析する態様を選択することができる。また、前記転写工程で利用される、金属表面、金属酸化物表面、あるいは基材表面は、転写される特定のタンパク質に作用し、該特定のタンパク質に由来する二次イオン種の生成効率を向上させる物質を含むことが好ましい。
【0096】
一方、前記転写工程で利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面は、前記特定のタンパク質に反応させた際、該特定のタンパク質の表面への転写効率を向上する作用を示す化学的な処理が施されていることが望ましい。
【0097】
さらには、前記転写工程に先立ち、
採取された前記生体組織試料の一つの表面上に存在している特定のタンパク質に対して、その転写効率を向上させる処理を施した後、
転写を施す表面に対して、前記生体組織試料の一つの表面を密に接触させる操作を行う態様とすることも可能である。
【0098】
例えば、前記転写工程で利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面は、
前記特定のタンパク質に対する反応性を示す官能基として、マレイミド基を表面上に導入されているものとすることができる。
【0099】
また、前記金属表面、金属酸化物表面、あるいは基材表面上に転写されている、特定のタンパク質を0℃以下に冷却した状態で分析を行うことが好ましい。
【0100】
以下に、本発明の第四の形態における好ましい実施態様に関して、更に説明を行う。
【0101】
本発明の第四の形態においては、転写板の表面に、金属銀表面またはチタン酸化物表面を用いることができる。これらは、水溶媒の存在下、タンパク質分子に接触させると、そのペプチド鎖に対する反応を誘起する効果を示す。金属銀の表面には、一般に、極薄い酸化被膜が存在しており、その酸化被膜から供給される銀イオン、あるいは、酸化銀が、細菌に作用する結果、菌体を構成する生体物質の分解、機能阻害を引き起こす。酸化銀(I)は、酸化剤として機能し、酸化的な分解反応を引き起こすこともある。
【0102】
また、チタン酸化物、特には、ルチル型構造の二酸化チタン結晶は、紫外線域に吸収を有する半導体であり、紫外光を照射することで発生する光キャリアによって、種々の触媒作用を示す。例えば、紫外光を照射した二酸化チタン表面は、水溶媒の存在下、かかる表面に付着する有機物の酸化的分解反応を促進する、光触媒としての機能を示す。
【0103】
この種の反応性を有する金属表面、あるいは、触媒作用を示す金属酸化物表面に対して、湿潤状態の生体組織断面を接触させると、その断面表面に存在するタンパク質分子に対する分解反応が誘起される。その結果、断面表面に存在するタンパク質分子のペプチド鎖は、一部分解を受け、また、他の生体分子との相互作用も失う。この状態で、当接されている転写板の表面に、生体組織に含まれる液成分とともに転写される。
【0104】
但し、転写を行う金属表面、または金属酸化物表面自体は、他のタンパク質分子で汚染されていると、分析上問題となる。従って、転写処理に先立ち、転写を行う金属表面、または金属酸化物表面自体の清浄化を行うことが望ましい。
【0105】
転写を行う金属表面としては、銀、金、シリコンなどで構成される表面を使用することができる。その表面の清浄化は、予め、イオンビームスパッタエッチングなどにより、最表面に存在する分子、原子を除去して、清浄な金属面を露出させる手法が有効である。このスパッタエッチング処理には、TOF−SIMS分析で一般的に使用されるイオン銃を利用してもよい。なお、エッチング処理により清浄化した金属面に対する転写工程は、再汚染を回避するため、可能な限り、清浄化処理後、速やかに実施することが好ましい。作業の手順上、やむを得ない場合、表面の再汚染を防止する手段を講じた上で、数分〜数10分程度大気下に曝すことは、特に問題とはならない。
【0106】
転写を行う金属酸化物表面としては、シリコン酸化物、チタン酸化物などで構成される表面を使用することができる。この金属酸化物表面の清浄化にも、上記のイオンビームスパッタエッチング法は有効である。その他、薬品に対する耐性に富む金属酸化物表面に対しては、ウエット処理による洗浄方法を使用することもできる。清浄化した金属酸化物表面に対する転写工程も、同様に、再汚染を回避するため、可能な限り、清浄化処理後、速やかに実施することが好ましい。
【0107】
転写に利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面の一例として、USP6476215で開示された、ガラス基板表面へマレイミド基を導入したものなどが挙げられる。このマレイミド基を導入された基材表面は、SH基を有するタンパク質、ペプチドの転写に特に有効である。すなわち、転写されるタンパク質、ペプチド中に存在するSH基は、基材表面に導入されているマレイミド基と反応する結果、これらペプチド鎖は基材表面に結合される。なお、平坦な表面を有する基材自体は、前記ガラス基板の代わりに、数10nm程度の厚さの酸化層を有するシリコン基板などを使用することもできる。
【0108】
さらに、転写板の表面への転写に際して、表面上に転写されるタンパク質分子は、単分子膜レベルで転写させることが望ましい。そのため、転写の際、転写板の表面に湿潤状態の生体組織断面を接触させる力、当接圧を適正な範囲に制御することが好ましいが、一般的には前記生体組織切片を転写板の表面に載せ(あるいは接触させ)、数秒放置する程度でよい。このようにして、転写板の表面には、タンパク質分子を含む液層が転写されるが、その転写量は単分子膜レベル以下となっていることが好ましい。二波長型のエリプソメトリーを用いると1nm程度の膜厚から計測できるようになるが、同エリプソメトリーで前記のタンパク質分子を含む液層が観測されるようでは転写量が多すぎるといえる。したがって、上記の転写条件は、対象とする生体組織切片に応じて適宜調整することが好ましい。なお、タンパク質分子の転写量を単分子膜レベル以下とすることで基板の露出面を共存させることができ、この状態の試料はTOF−SIMS分析で大きなフラグメントイオンを生成しやすくなる(一次イオンが、タンパク質分子そのものに衝突するのでなく、タンパク質が存在する地点から0.2〜0.5nm程度離れた地点の基板露出面に衝突した場合に最もソフトなイオン化が起こる、すなわち、タンパク質の部分構造を保ったままのフラグメントイオンが生成する、とされている)。
一方、転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布は、対応する生体組織断面におけるタンパク質分子の存在量の分布を反映している。
【0109】
本発明の第四の形態では、この転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布を、TOF−SIMS法を用いて測定する。TOF−SIMS法による測定は、高真空中で実施するため、転写板表面上に転写されているタンパク質分子を含む液層中に含まれる水分を予め除去する。この乾燥処理は、減圧乾燥法を利用することが好ましいが、TOF−SIMS分析に供する前の予備排気室でこれを実施してもよい。この減圧乾燥法では、水分の蒸散に加熱を利用しないので、タンパク質分子相互の凝集を引き起こすことなく、乾燥がなされる。また、転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布も、乾燥前の分布を保持したものとできる。得られる乾燥処理済み試料は、平坦な転写板表面に、乾燥されたタンパク質分子が付着・積層された状態となる。転写処理、その後の乾燥処理を終えた後、TOF−SIMS測定に供する間、乾燥処理済み試料は、表面への汚染物質の付着を防止する目的で、クリーンボックスまたは真空中に保管することが好ましい。
【0110】
TOF−SIMS測定では、一次イオン・ビームを照射することで、照射スポットに存在している、乾燥されたタンパク質分子がイオン・スパッタリングされ、タンパク質分子に由来する二次イオン種が生成される。TOF−SIMSにおける二次イオン種の生成効率は、試料表面形状の影響を強く受けることは前述したが、上述の平坦な金属表面、金属酸化物表面、あるいは化学的な処理を施された平坦な基材表面上に予め転写することにより、試料表面は平滑な面となり、TOF−SIMS測定での定量性を損なう要因の一つである試料表面の形態による影響は本質的に解消されている。
【0111】
平坦な転写板表面に転写されているタンパク質成分をTOF−SIMSによって測定し、イメージング測定を行う。
【0112】
そのTOF−SIMSの測定条件は、二次元的なイメージングを行うため、分析対象の生体組織の薄片試料サイズに応じて、一次イオン・ビーム径は、0.1μm〜10μmの範囲に選択することが好ましい。一次イオン種としては、一般に、金属カチオンが利用されるが、イオン化効率、質量分解能等の観点から、ガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができる。その際、Auイオン<Au2イオン<Au3イオンの順で、感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい態様となる。また、同等以上の感度が得られるBiイオンやC60などその多原子イオン等を用いてもよい。
【0113】
さらに、表面分析であるので、一次イオン・ビームのエネルギーは、12keV〜25keVの範囲に選択することが好ましい。また、測定試料表面における正電荷の蓄積(チャージアップ)を回避するため、一次イオン・ビームパルスの間に、前記正電荷を解消するための低エネルギーの電子(数10eV程度)をパルス照射する。その際、一次イオン・ビームのパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。また、パルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましい。その他、分析領域、一次イオンの走査方法、一次イオンドーズ量などは適宜設定できる。
【0114】
一方、タンパク質はペプチド鎖からなる高分子であり、多くの場合、かかるペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンを測定することが好ましい。少なくとも、測定されるフラグメントイオンは、アミノ酸残基数として概ね5以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が500以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることが好ましい。特には、アミノ酸残基数として概ね10以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が1000以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることがより好ましい。標準的なTOF−SIMS測定条件を採用する場合、質量数(M/Z)が0〜10000程度の範囲内の二次イオン種が同時に得られるが、上記のように、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500〜5000程度の特徴的なフラグメントイオンを解析対象として選択することが好ましい。
【0115】
対象のタンパク質分子を識別できるフラグメントイオンを特定できた後は、TOF−SIMS測定で得た三次元データ(XY平面におけるX×Yポイントについて、それぞれの質量スペクトルが存在する。積算測定を行った四次元データとなる。)から、当該フラグメントイオンに相当する質量スペクトルにおけるピーク(強度)をXY平面で切り出したイメージ像を、上記タンパク質の二次元分布像として表示させる。検出対象とするタンパク質分子が複数種ある場合はこの操作を繰り返せばよい。このような解析をすることで、図2に例示するように、タンパク質分子ごとに、転写板表面に転写された試料面上における存在量分布として分析が可能である。さらには、別途、顕微鏡観察において測定された対応薄片試料表面のイメージと、二次イオン種のピーク強度を二次元的にイメージ表示させたものとを対照させることで、転写板表面に転写された試料面(生体組織の切断面に相当する)における、対象タンパク質分子の局在部位の特定を行うことが可能となる。
【0116】
なお、TOF−SIMSの測定で定量性を確保するためには通常、一次イオンドーズ量は、およそ表面の1%をスパッタする量に相当する1×1012イオン/cm2とする。この条件で測定した場合の、前期転写板表面に転写された試料面上のタンパク質に対する検出下限は、対象とするフラグメントイオンの質量数(M/Z)が500の場合、当該フラグメントの重量換算で100fg〜1pg/cm2程度である。すなわち、生体組織断片を直接TOF−SIMSで分析するより一桁〜二桁程度の高感度化が期待できる。さらに定量性を犠牲にすれば、原理的にはさらにその二桁の高感度化が期待できる。
【0117】
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法用いることにより、生体組織、細胞の一断面における注目するタンパク質を直接、イメージング検出することが可能となり、新たな医療診断方法となり得る。その際、イメージングにおける空間分解能は、0.1μm〜数μm程度が期待できる。
【0118】
また、本発明の第四の形態にかかる情報取得装置は、清浄な金属表面または金属酸化物表面を形成する清浄化機構、または基材表面に化学的な処理を施す機構、採取した生体組織の断面を前記の清浄な金属表面または金属酸化物表面、若しくは化学的な処理を施した基材表面に接触させ、断面表面に存在するタンパク質成分を転写する機構、生体組織の断面から転写板の表面へと転写されたタンパク質成分をTOF−SIMSにより分析する機構、ならびに、分析結果に基づき、採取された前記生体組織試料の一つの表面上に存在している特定のタンパク質の分布状態を分析する測定結果解析機構を備えたものをも包含する。
【0119】
ここで、転写機構は、採取した生体組織の断片を固定し、転写板表面の特定の場所に、その断面上に存在するタンパク質成分の転写できるように、位置決め機能を有する設計とすることができる。さらには、タンパク質成分を転写板表面へ単分子膜レベルで転写させるため、転写の際の接触させる力を制御できる機構を有していることが好ましい。さらに、上記の採取した生体組織の断片、ならびに、転写板表面上へ転写されたタンパク質成分を取り扱う機構は、タンパク質成分の変質を防止する観点から、作業の性質上、冷却が不能な工程を除き、全て、液体窒素等の寒剤を利用して、0℃以下の温度で作業が行われるように設計されることが好ましい。
【0120】
以上、本発明を第一〜第四の形態に分けて説明した。これら各形態で説明した内容は常識的な範囲で、他の形態でも適宜採用することができ、説明したそれぞれの形態に限定されるものではない。
【0121】
また、本発明は、各形態で説明した本発明の構成要素を、別の形態で説明した構成要素と置き換えたものをも包含する。
【実施例】
【0122】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。以下に示す具体例は、本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない。
【0123】
(実施例1)
合成ペプチドをスポッティングしたチップの作製
不純物を含まないシリコン基板上にTiを5nm、次いでAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は、下記合成ペプチドをスポッティングする前に以下の処理を行った。
【0124】
過酸化水素水(30%溶液)100μlをガラス製ビーカーにとり、この中へ濃硫酸300μlをゆっくり滴下し、軽く震盪しながら撹拌した。その後、この溶液を80℃に加熱し、この溶液中で上記のAu付きシリコン基板を5分間洗浄した。続いて該基板を取り出し、丁寧に蒸留水で洗浄した後、風乾させた。次に、シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドI(ペプチド配列:GGGG CGGGGG、C21H34N10O11S (平均分子量:634.61、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:634.21)の10μM水溶液を調製した。合成ペプチドとしてCystein(Cys)を含むものを選択したのは、このアミノ酸残基に含まれるSH基が金と結合し、該ペプチドが基板に固定されることが期待されたためである。また、後述の銀鏡反応で、銀または銀イオンによりペプチドを修飾する際にも、銀とイオウの親和性が高いことからイオウを含む方が有利と判断したためである。上記の合成ペプチドIを含む水溶液をピン法により、前記Au付きシリコン基板上にスポッティングした。スポッティングの間隔は1mmとし、上記基板の中央部に計8×8点形成した。このようなチップを複数枚作製した。
【0125】
(実施例2)
実施例1で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例1で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0126】
一次イオン:25kV Ga+、0.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:2.5kHz(400μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約5μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:256
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にAuが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用い、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0127】
(実施例3)
実施例1で作製したチップの銀鏡反応処理
実施例1で作製したチップを風乾し、ほぼ水分が蒸発したところで、このチップに対し以下の処理(銀鏡反応)を行った。
【0128】
まず、硝酸銀水溶液を調製した後、アンモニア水を加えて銀をアンモニア錯体とした。アンモニア錯体としたのは薬液をアルカリ性にしたときに銀が酸化銀となって析出するのを防ぐためや、銀の酸化還元電位の値を安定化させるためである。次に、上記基板の表面に、銀のアンモニア錯体を含む水溶液を適量滴下し、10分間放置した。その後、ホルムアルデヒド水溶液に水酸化ナトリウムを加え弱アルカリ性とした水溶液を、上記基板の表面に適量滴下した。10分間放置後、丁寧に蒸留水で洗浄した後、風乾させた。
【0129】
(実施例4)
実施例3で処理したチップのTOF−SIMS分析
実施例2と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にAgが付加し、さらに、酸素が2原子付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図1(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図1(b)にそれぞれ示した。図1中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(合成ペプチドI)+(Ag)+2(O)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応している。右側の矢印を付けたピークは109Agを含むもので、そのm/z値(775.1)は、[(合成ペプチドI)+(109Ag)+2(O)]+の理論値にほぼ一致した。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0130】
(実施例5)
絶縁基板上に合成ペプチドをスポッティングしたチップの作製
まず、特開平11−187900号公報に記載の方法に準じて、石英ガラス基板の表面処理を行った。
【0131】
25.4mm×25.4mm×1mmの合成石英基板をラックに入れ、純水で10%に稀釈した超音波洗浄用洗剤(ブランソン:GPIII)に一晩浸した。その後、該洗剤中で20分間超音波洗浄を行い、その後、水洗により洗剤を除去した。純水洗浄後、純水の入った容器中でさらに超音波処理を20分間行った。次に、予め80℃に加温した1N水酸化ナトリウム水溶液に、この基板を10分間浸した。引き続き水洗、純水洗浄を行って、そのまま乾燥せず、洗浄済基板として、次工程に供した。
【0132】
アミノ基を結合したシランカップリング剤、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン KBM603(信越化学工業)の1wt%水溶液を室温下で2時間攪拌し、該シラン化合物の分子内のメトキシ基を加水分解した。この溶液に、上記(1)で得た洗浄済基板を室温で1時間浸漬した後、純水で洗浄し、窒素ガスを基板の両面に吹き付けて乾燥させた。次に、基板を120℃に加熱したオーブン中で1時間ベークして、最終的に基板表面にアミノ基を導入した。次いで、N−マレイミドカプロイロキシスクシンイミド(同仁化学研究所:以下、EMCS)2.7mgを、ジメチルスルホキシド(DMSO)/エタノールの1:1(容量比)溶液に濃度が0.3mg/mlとなる様に溶解した。前記シランカップリング処理を行った石英基板を、このEMCS溶液中に室温で2時間浸漬して、シランカップリング処理によって基板表面に導入されているアミノ基と、EMCSのスクシイミド基を反応させた。この反応に伴い、基板表面にはEMCS中のマレイミド基が存在することになる。EMCS溶液から引き上げた基板は、前記DMSO/エタノール混合溶媒、及びエタノールで順次洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて乾燥させた。続いて、実施例1と同様の方法で、上記の表面処理した石英基板に、合成ペプチドIを含む水溶液をスポッティングした。すなわち、シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドIの10μM水溶液を調製し、この水溶液をピン法により、前記の表面処理した石英基板上にスポッティングした。スポッティングの間隔は1mmとし、上記基板の中央部に計8×8点形成した。このようなチップを複数枚作製した。なお、合成ペプチドIはSH基を含むので、この置換基がマレイミド基に付加反応し、該合成ペプチドIが基板表面に固定されると考えられる。
【0133】
(実施例6)
実施例5で作製したチップの銀鏡反応処理
実施例3に示した方法と同様の方法で銀鏡反応処理を行った。この試料を以下のTOF−SIMS分析に供した。
【0134】
(実施例7)
実施例5で作製したチップおよび実施例6で処理したチップのTOF−SIMS分析
実施例2と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、実施例6の銀鏡反応処理を行ったチップの正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例4に示したものと同様のピークを観測した。合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0135】
なお、銀鏡反応処理を行わないチップ(実施例5)では、上記の親イオンに準じる二次イオンピークは観測されなかった。また、親分子に相当する質量域においても二次イオンピークは観測されなかった。
【0136】
本発明の方法により、複数のプロテインが基板上に配置されたプロテインチップに関して、該プロテインの「質量情報」を用いてイメージング測定することで、前記複数のプロテイン毎の二次元分布状態を高空間分解能(〜1μm)で可視化することが可能となる。本発明は、絶縁性基板上のプロテインチップについても適用し得る。
【0137】
(実施例8)
シリコン基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
基板としては不純物を含まないシリコン基板をアセトンおよび脱イオン水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。Phoenix Pharmaceuticals社より購入したMorphiceptin(ペプチド配列:Tyr−Pro−Phe−Pro、C28H33N4O6(平均分子量:521.58、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:521.24)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。この水溶液を、マイクロピペッターを用いて、前記シリコン基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、前記Mophiceptin水溶液をスポッティングした位置に重ねて約10μMの硝酸銀水溶液をマイクロピペッターを用いて、スポッティングした。この基板を風乾した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0138】
(実施例9)
実施例8で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例8で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0139】
一次イオン:25kV Ga+、1.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:7.5kHz(150μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:600秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、Morphiceptinの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図2(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図2(b)にそれぞれ示した。図2中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(Morphiceptin)+(Ag)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応している。右側の矢印を付けたピークは109Agを含むもので、そのm/z値は、[(Morphiceptin)+(109Ag)]+の理論値(630.15)にほぼ一致した。また、Morphiceptinの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該Morphiceptinの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。(図2(c))
(実施例10)
ガラス基板(絶縁基板)へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
25.4mm×25.4mm×1mmの合成石英基板をアセトンおよび蒸留水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。Phoenix Pharmaceuticals社より購入したMorphiceptin(ペプチド配列:Tyr−Pro−Phe−Pro、C28H33N4O6(平均分子量:521.58、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:521.24)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。これに小過剰の硝酸銀を加えた。前記の水溶液を、マイクロピペッターを用いて、前記合成石英基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0140】
(実施例11)
実施例10で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例10で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0141】
一次イオン:25kV Ga+、2.4pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10kHz(100μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:1200秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。
【0142】
その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例8および9に示したものと同様なMorphiceptinの親イオンに準じる、二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図3に示した。
【0143】
(実施例12)
Au/Si基板上へのペプチドをスポッティングおよびナトリウムイオン処理
不純物を含まないシリコン基板上にAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は下記合成ペプチドをスポッティングする直前に作成した物を用いた。
【0144】
シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドI(ペプチド配列:YYYYCYYYYY、C84H88N10O20S(平均分子量:1589.72、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:1588.59)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。この水溶液に小過剰の炭酸ナトリウムを加えた。前記水溶液をマイクロピペッターを用いて、前記基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0145】
(実施例13)
実施例12で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例12で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0146】
一次イオン:25kV Ga+、1.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:7.5kHz(150μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:64
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にNaが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図4(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図4(b)にそれぞれ示した。図5中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(合成ペプチドI)+(Na)]+に相当するもので、そのm/z値は、[(合成ペプチドI)+(Na)]+の理論値(1612.58)にほぼ一致した。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。(図4(c))
〔比較例1〕
Au/Si基板上へのペプチドのスポッティング(化学修飾処理なし)と、TOF−SIMS分析
不純物を含まないシリコン基板上にAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は下記合成ペプチドをスポッティングする直前に作成した物を用いた。
【0147】
シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドII(ペプチド配列:YYYYCYYYYY、C84H88N10O20S(平均分子量:1589.72、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:1588.59)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。前記水溶液をマイクロピペッターを用いて、前記基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。実施例13と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例13で観測されたような合成ペプチドIIの親イオンに準じるピークは観測されなかった。(図5)
(実施例14)
シリコン基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
基板としては不純物を含まないシリコン基板をアセトン、イソプロパノール、および脱イオン水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。
【0148】
次に、下記の3種類のペプチドを、脱イオン水に溶解した。
【0149】
ペプチド1):Morphiceptin(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列 Tyr−Pro−Phe−Pro−NH2;平均分子量521.58)
ペプチド2):Ghrelin(1−5)−NH2(Des−Octanoyl3)(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列:Gly−Ser−Ser−Phe−Leu−NH2、(平均分子量:508.10)
ペプチド3):合成ペプチド3(シグマジェノシスジャパン社製;(ペプチド配列:Gly−Gly−Gly−Gly−Cys−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly、(平均分子量:634.61)
また、イオン化促進物質として、硝酸銀を同様に脱イオン水に溶解した。
【0150】
次に、アセチレンアルコール(商品名:アセチレノールEH;川研ファインケミカル(株)社製)1wt%を含む水溶液を用意し、上記各ペプチド水溶液と、硝酸銀水溶液に加え、各溶液の最終濃度が40μmol/lとなるように調整した。
【0151】
これらの液体をバブルジェット(R)プリンター(商品名:BJF850;キヤノン(株)社製)用インクタンクにそれぞれ充填し、バブルジェット(R)ヘッドに装着した。なおここで用いたバブルジェット(R)プリンターは平板への印刷が可能な様に改造を施したものである。なお、スポッティング時の吐出量は4pl/dropletで、スポッティングの範囲は基板の中央部に10mm×10mmの範囲に150dpiすなわち169μmのピッチで吐出した。
【0152】
次いでこのプリンターの平板用トレーに上記シリコン基板を装着し、ペプチドを含む液体をシリコン基板上にスポッティングした。吐出した液滴の数は、12個×12列=144個とし、ペプチド1)、ペプチド2)、ペプチド3)、ペプチド1)、ペプチド2)、…のように、順番に種類の異なるペプチドを配置した。各列のペプチドは同じになるように配置した(図6)。
【0153】
このようにして作成した基板を室温で乾燥した後、上記ペプチドスポットと同じ位置に重ねて、上記硝酸銀水溶液を、スポッティングした。この基板を風乾した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0154】
(実施例15)
実施例14で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例14で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0155】
一次イオン:25kV Ga+、2.4pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10kHz
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:210秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図7にそれぞれ示した。図7中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(各ペプチド分子)+(Ag)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応していた。
【0156】
上記各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを用いて、二次元イメージを構成したところ、選択した二次イオンのm/z値に応じて図8のようなイメージが得られた。これをプリンターでの印字ファイルと比較したところ、プリンターでスポッティングした順に、各ペプチド+Agの質量に対応したイメージが得られていることが確認できた。
【0157】
これらのことから、タンパクを複数種分析する場合においても、一つの基板内に複数種をまとめて、バブルジェット(R)プリンターでスポッティングすることにより、複数のタンパクが混じったりすることなく、1度に分析を行うことができた。
【0158】
(実施例16)
シリコン基板へのペプチド・銀イオン混合溶液のスポッティング
実施例14と同様に処理したシリコン基板を用意した。また、3種類のペプチド溶液と硝酸銀溶液も実施例14と同様に用意した。更に、ペプチド1)溶液と、硝酸銀溶液、ペプチド2)溶液と硝酸銀溶液、ペプチド3)溶液と硝酸銀溶液を、それぞれ実施例14と同じバブルジェット(R)プリンターのインクタンクに充填する直前に混合し、実施例14と同様にスポッティングした分析用基板を用意した。
【0159】
このようにして作製した分析用基板を実施例15と同様にして分析したところ、同様のイメージが得られた。
【0160】
(実施例17)
シリコン基板へのペプチド、ナトリウムイオン混合溶液のスポッティング
実施例16と、イオン化促進剤を硝酸銀溶液から、炭酸ナトリウム水溶液に変えた以外は、同様にして作製した分析用基板を用意した。これを実施例15と同様にして分析した。この際各ペプチドの親分子にNaが付加した質量に相当する二次イオンを用いて、二次元イメージを構成したところ、選択した二次イオンのm/z値に応じたイメージが得られた。これをプリンターでの印字ファイルと比較したところ、プリンターでスポッティングした順に、各ペプチド+Naの質量に対応したイメージが得られていることが確認できた。
【0161】
(実施例18)
ガラス基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
1インチ角の合成石英基板を洗剤洗浄、脱イオン水洗浄した後に、アセトン、イソプロピルアルコール、および酢酸ブチルの順番で洗浄し、120℃20分乾燥させた物を用意した。
【0162】
この基板上に、実施例14と同じ3種類のペプチド溶液と、硝酸銀を、実施例14と同じ配列で、同様にしてスポッティングした基板を作製した。
【0163】
(実施例19)
実施例18で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例18で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0164】
一次イオン:25kV Ga+、0.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:2.5kHz(400μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:1200秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例15に示したものと同様な各ペプチドの親イオンに準じる、二次イオンを検出することができ、これらのイオンにより、二次イオン像を構成したところ、各ペプチドの配置位置に応じたイメージが得られた。
【0165】
即ち、絶縁基板上でも導電性基板と同様の効果が得られた。
【0166】
(実施施例20)
前処理室付情報取得装置
図9は本実施例の情報取得装置を示す簡略図である。
【0167】
本発明の装置を用いて複数のペプチドが混在する試料41を分析した実施例を下記に示す。本発明の装置は、飛行時間型質量分析計を有する分析装置であり、一次ビームとしては、Auイオン銃を用い、前処理室に有する吐出装置により、液滴を付与するものである。被測定試料41は合成石英ガラス基板上に複数のペプチドが混在するものである。試料中に存在する事が予想されるペプチドを用意し、実施例14と同様の有機溶媒を加え、ノズル42〜45に充填する。本実施例では下記の4種類のペプチドをそれぞれ異なるノズルに充填した。
【0168】
ペプチド1)〜3):実施例14と同じ
ペプチド4):CasoxinD(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列 Tyr−Val−Pro−Phe−Pro−Pro−Phe;平均分子量866.03)
更に、別のノズル46に硝酸銀溶液を加え、また別のノズル47には、通常バブルジェットプリンター用インクに用いられるマゼンタインクを充填した。
【0169】
この後、シリコン基板48を載せ、各ペプチド、マゼンタインクを200dpiのピッチでスポッティングした。更に、上記ペプチドスポット上にのみ硝酸銀溶液をスポッティングした。次に、CCD49で位置を確認しながら、被測定試料41の所望の位置に同様にして硝酸銀溶液をスポッティングした。スポッティングした位置は、試料ステージ50の位置情報として制御用コンピューター51によって記録した。このようにして作製した試料41とシリコン基板48を前処理チャンバー53内で乾燥した後、イントロチャンバー54で予備排気を行い、測定チャンバー55に試料41を移動した。その後、まずシリコン基板48を下記のような条件で正および負の二次イオン質量スペクトル分析を行った。
【0170】
一次イオン:25kV Au3+、0.05pA(パルス電流値)、ラスタースキャンモード
一次イオンのパルス周波数:5kHz(200μs/s)
一次イオンパルス幅:約1ns
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:128
その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。
【0171】
これらの各イオンを用いて、被測定試料41のイメージング分析を行った。先に記録した位置にステージを移動し、試料41の分析を行ったところ、硝酸銀をスポッティングした領域で、図10のようにペプチド1)と、ペプチド3)にAgが付加した質量に相当する二次イオンが検出され、被測定試料41はペプチド1)とペプチド3)が2次元的に分布を持って存在する試料であることが、二次イオンイメージ像から判明した。
【0172】
(実施施例21)
本例では、生体組織の試料薄片をスライドガラスの平坦な表面上に貼り付け、その試料薄片の表面に対して、下記する手順により増感物質による処理を施す例を示す。
【0173】
測定対象のタンパク質分子としては、特開2004−77268号公報に開示されている、癌組織に関連する4N1Kペプチドなどが挙げられる。分析対象の生体組織試料として、癌組織である病変切片を採取する。4N1Kペプチドを対象とする場合、この病変切片から調製した薄片試料の表面に、プロテアーゼ(マトリクスメタロプロテアーゼ3:MMP3)による消化処理を施す。次いで、薄片試料を、ガラス基板などの平坦な表面を有する基材上へ貼り付け、固定する。
【0174】
その後、該薄片試料の表面に、バブルジェット(R)法などにより、硝酸銀水溶液を付与する。この増感物質を含む溶液として利用する硝酸銀水溶液は、例えば、濃度0.5mmol/LのAgNO3水溶液が利用できる。該水溶液を、例えば、塗布量0.5μL/cm2で薄片試料表面に付与する。このAgNO3水溶液で表面を覆った状態で、10分間、 室温で放置し、薄片試料表面に存在しているタンパク質成分に、水溶液中に溶解している溶質イオン種を作用させる。その後、表面を覆っているAgNO3水溶液を純水洗浄により除去する。
【0175】
次いで、基材の平坦な表面上に貼り付けた状態で、増感物質による処理済み薄片試料を減圧乾燥器にて5分間乾燥し、その後、TOF−SIMS分析装置の予備排気室で乾燥する。
【0176】
TOF−SIMS分析では、TSP−1タンパク質(癌組織における血管新生および癌の進行に関与するタンパク質)の断片ペプチドである4N1Kペプチドに起因するフラグメントイオンとして、KRFYVVMWKKの部分構造からなるカチオン種(増感物質が付加したものを含む)を利用できる。なお、薄片試料の表面に対する、プロテアーゼ消化処理工程は、薄片試料を基材表面に貼り付け、固定した後に、実施することも可能である。この種の生体組織中では、共存している酵素タンパク質の生理活性によって、対象とするタンパク質分子が変質を受ける場合があり、一連の操作において、試料温度を0℃以下に保持することが好ましい。
【0177】
生体組織の薄片試料表面に存在しているタンパク質成分を、TOF−SIMSによって、イメージング測定を行う際、本実施態様において利用可能なTOF−SIMS分析条件の一例を以下に示す。なお、測定領域の範囲は、薄片試料自体のサイズ、また、特定のタンパク質分子において、想定される分布状態(局在部位など)を考慮の上、適宜変更することができる。
【0178】
<一次イオン>
一次イオン:25 keV Ga+、0.1 pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10 kHz(100μs/shot)
一次イオン・パルス幅:1ns (Duty比 1/100,000)
一次イオン・ビーム径:約0.5μm
電子線照射: パルス電流量 10μA; パルス幅 96μs
<二次イオン>
二次イオン検出モード:positive
二次イオン引き出し電圧:2kV
測定領域:50μm×50μm
二次イオンimageのpixel数:128×128
積算回数:256
ホルダ温度: 0℃
上記の測定条件では、二次元イメージングにおける空間分解能は、1μmに相当する。
【0179】
また、上記の一次イオン・ビームの照射条件では、スッパタリング深さは、乾燥された薄片試料の最表面から深さ約1nmの範囲内に相当する。
【0180】
一方、上記の増感物質による処理を施さず、減圧乾燥処理のみを行った、乾燥された薄片試料では、一般的には、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500以上のフラグメントイオンを高感度に検出することは難しい。
【0181】
ここに示した方法を利用すると生体組織の構成物の分布状態を把握可能となり、分布状態に基づいて、測定対象とした組織が悪性の癌であるか、良性の腫瘍であるか等判別することができる。さらに、検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することができる。これにより疾病の診断が可能となる。
【0182】
(実施施例22)
本例では、金表面に固定された牛胸腺アルブミン(BSA)を対象として、TOF−SIMS法による二次元分析能力の確認を行った。
【0183】
特開2004−085546号公報に開示された方法に準じ、牛胸腺アルブミン(BSA)を含む水溶液をバブルジェット(R)法により吐出させ、予め清浄化した金基板上にBSAからなるスポットを形成した。
【0184】
BSAは、市販品(シグマ−アルドリッチ ジャパン)を使用し、水溶液中のタンパク質濃度は約1μMとした。また、各スポット当たりの吐出量は、約4plとし、スポット径は約50μmであった。塗布されたBSAは、清浄化した金基板表面において、単分子膜レベルのスポットを形成した。なお、BSAには、システイン(Cysteine)残基が含まれており、このシステイン側鎖のSH基と表面の金原子の反応により、表面に対するペプチド鎖の結合が図られている。スポット形成後、約10分間自然乾燥させた。なお、前記スポットにおける、BSAの表面密度は、0.05pmol/cm2に相当する。その後、ION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて、TOF−SIMS分析を行った。以下に測定条件をまとめて示す。
<一次イオン>
一次イオン:25 keV Ga+、0.1 pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10 kHz(100μs/shot)
一次イオン・パルス幅:1ns (Duty比 1/100,000)
一次イオン・ビーム径:約0.5μm
電子線照射: パルス電流量 10μA; パルス幅 96μs
<二次イオン>
二次イオン検出モード:positive
二次イオン引き出し電圧:2kV
測定領域:50μm×50μm
二次イオンimageのpixel数:128×128
積算回数:256
ホルダ温度: 0℃
上記の条件で、径約50μmのスポット部分のTOF−SIMS分析を行ったところ、Pro残基由来のフラグメントイオンと考えられるC4H6N+(M/Z=68)、C4H8N+(M/Z=50)、
Arg残基由来のフラグメントイオンと考えられるCH3N+(M/Z=29)、C2H7N3+(M/Z=73)、C4H10N3+(M/Z=100)、C4H11N3+(M/Z=101)、C5H8N3+(M/Z=110)、
Trp残基由来のフラグメントイオンと考えられるC9H8N+(M/Z=130)、C10H11N+(M/Z=145)、C11H8NO+(M/Z=170)、
Cys残基由来のフラグメントイオンと考えられるC2H6NS+(M/Z=76)、CHS+(M/Z=45)
などに対応するピークが観測された。また、これらの二次イオンによる二次元分布像からは、バブルジェット(R)法で形成した、径約50μmのスポットに対応する輪郭を確認することができた。
【0185】
このように、清浄な金表面上に存在する単分子膜レベルのBSAに対し、TOF−SIMS分析を行うと、BSAを識別する上で利用可能な、アミノ酸残基に特徴的なフラグメント・イオンを、二次イオンとして検出することができている。また、これらの二次イオンのイオン強度を二次元的にプロットすることで、空間分解能〜1μm程度の二次元分布像を得ることができた。
【0186】
さらには、測定された二次イオンのイオン強度に基づき、上記の測定条件において、二次元イメージング分析が可能な、タンパク質分子の面密度下限は、およそ1pmol/cm2に相当すると見積もられる。
【0187】
なお、一次イオン・ビーム径は、0.1μm程度まで絞ることもでき、よりビーム径の小さな一次イオンを利用し、ピクセル数を増す測定条件を採用すれば、より分解能の高い二次元分布像を得ることもできる。また、BSAを識別する上で利用可能な、ペプチド鎖の部分断片に相当する特徴的な二次イオンを生成させるため、TOF−SIMS分析の前に、必要に応じて、ペプチド鎖に対して増感物質を共存させてもよい。
【0188】
(実施施例23)
本例では、下記する手順により、生体組織の試料薄片を平坦な金属表面上に接触させ、試料薄片の表面から金属表面上に転写されるタンパク質分子に関して、TOF−SIMS法を利用して、タンパク質分子の種類ごとの二次元分布解析を行う例を示す。
【0189】
採取した生体組織の切断面上に存在するタンパク質分子を金基板表面への転写し、TOF−SIMSを用いてタンパク質の種類ごとの二次元分布を解析する工程の概要について説明する。
【0190】
測定対象のタンパク質分子としては、特開2004−77268号公報に開示されている、癌組織に関連する4N1Kペプチドなどが挙げられる。分析対象の生体組織試料として、癌組織である病変切片を採取する。4N1Kペプチドを対象とする場合、この病変切片から調製した薄片試料の表面に、プロテアーゼ(マトリクスメタロプロテアーゼ3:MMP3)による消化処理を施す。次いで、薄片試料のプロテアーゼ消化処理を施した切断面を、平坦な金表面を有する基材上へ接触させる。その後、TOF−SIMS分析装置の予備排気室で乾燥させ、TOF−SIMS分析に供する。
【0191】
なお、基材表面上に転写されたタンパク質成分の二次元的分布に影響を及ぼさない場合、前記プロテアーゼ消化処理を、基材表面上への転写処理を終えた後に、実施することも可能である。具体的には、基材表面上に転写されたタンパク質成分は、そのペプチド鎖が表面に結合されている際には、その後、プロテアーゼ消化処理を施しても、その二次元的分布自体は保持される。
【0192】
また、4N1Kペプチドを識別する上で利用可能な、該ペプチド鎖のアミノ酸配列に特徴的な二次イオンを生成させるため、TOF−SIMS分析の前に、必要に応じて、ペプチド鎖に対して増感物質を共存させてもよい。この種の生体組織中に共存している酵素タンパク質の生理活性によって、対象とするタンパク質分子が変質を受ける場合があり、一連の操作において、試料温度を0℃以下に保持することが好ましい。
【0193】
TOF−SIMS分析条件は、上記実施例22で記載した条件と同様とできるが、測定領域の範囲は、転写を行う薄片試料自体のサイズ、また、分析対象のタンパク質分子において、想定される分布状態(局在部位など)を考慮の上、適宜変更することができる。
【0194】
本例では、4N1Kペプチド由来する二次イオン種として、KRFYVVMWKKの部分構造からなるカチオン種(増感物質が付加したものを含む)を利用できる。
【0195】
ここに示した方法を利用すると生体組織の構成物の分布状態を把握可能となり、分布状態に基づいて、測定対象とした組織が悪性の癌であるか、良性の腫瘍であるか等判別することができる。さらに、検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することができる。これにより疾病の診断が可能となる。
(実施例24)
本例では、実施例21に示した方法をさらに発展させた方法について述べる。実施例21と異なる点は、プロテアーゼによる消化処理を、基材上への病変切片の貼り付け後に実施する点と、上記消化処理をバブルジェット(R)法などのインクジェット法による液滴付与により実施する点である。その際、消化酵素を含む液滴を安定して吐出させるために、吐出液に界面活性剤などを加えてもよい。このように、消化酵素を用いて注目するタンパク質を限定分解する処理と、TOF−SIMS分析で左記分解物に由来するイオン種のイオン化を促進するための物質を付与する処理の両者を、ともにインクジェット法を用いて行うことで、病変組織内における上記タンパク質の初期分布状態を反映した二次元分布状態を得ることができる。なお、消化酵素で限定分解された分解物のイオン種から、分解前のタンパク質を特定するには開示されているプロテオーム解析結果(各種データベース)を利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0196】
【図1】実施例4における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図である。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを示す。
【図2】実施例9における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトル、(c)は得られた二次イオン質量スペクトルを用いたイメージング像を示す。
【図3】実施例11における実測の正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。
【図4】実施例13における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトル、(c)は得られた二次イオン質量スペクトルを用いたイメージング像を示す。
【図5】比較例1における実測の正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。
【図6】実施例14における、ペプチドの配置図である。
【図7】実施例14における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図である。(a)はペプチド1)のスペクトル、(b)はペプチド2)のスペクトル、(c)はペプチド3)のスペクトルである。
【図8】図7で示したスペクトルを用いた二次イオン像である。
【図9】実施例20における情報取得装置略図である。
【図10】実施例20における二次イオン像である。
【図11】本発明の第三の形態にかかる情報取得方法を模式的に示す図であり、例として生体組織試料の切断薄片に対し、該切断面上への増感物質を含む溶液付与により、切断面上に存在するタンパク質成分への増感物質の作用、結合、ならびに、増感物質の作用、結合処理が施された、切断面上に存在するタンパク質成分のTOF−SIMSイメージング像を概念的に示す図である。
【図12】本発明の第四の形態にかかる情報取得方法を模式的に示す図であり、例として生体組織試料の切断面上に存在するタンパク質成分の転写板への転写、ならびに、転写板への転写されたタンパク質成分のTOF−SIMSイメージング像を概念的に示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報取得方法、情報取得装置及び検出方法に関する。特に飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を用いるものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるプロテインの解析の重要性が急速にクローズアップされてきている。
【0003】
従来から、プロテインの発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。これらの手法は基本的に
(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製と、
(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出系
との組み合わせにより行われてきた。
【0004】
プロテイン解析技術の展開としては、その基盤ともいえるプロテオーム解析(細胞内プロテインの網羅的解析)によるデータベース構築と、そこで得られたデータベースに基づく診断デバイスや創薬(薬剤候補スクリーニング)デバイスに大別されるが、いずれの応用形態に対しても上記のような分析時間、スループット、感度、分解能及び柔軟性に問題のある従来方法とは異なった、小型化、高速化、自動化に適したデバイスが求められてきており、これらの要求を満たす手法としてプロテインを高密度に集積したいわゆるプロテインチップの開発が注目されている。
【0005】
プロテインチップに捕捉されたターゲット分子は以下に示す様々な検出手段により検出される。
【0006】
プロテインの質量分析(MS)法においては、高感度な質量分析手段あるいは表面分析手段として近年、飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of Flight Secondary Ion Mass Spectrometry、以下TOF-SIMSと略す)が使われるようになってきた。TOF-SIMSとは、固体試料の最表面にどのような原子または分子が存在するかを調べるための分析方法であり、以下のような特徴を持つ。すなわち、109atoms/cm2(最表面1原子層の1/105に相当する量)の極微量成分の検出能があること、有機物、無機物のどちらにも適用できること、表面に存在するすべての元素や化合物を測定できること、試料表面に存在する物質からの二次イオンのイメージングが可能なことである。
【0007】
以下、この方法の原理を簡単に説明する。
【0008】
高真空中で、高速のパルスイオンビーム(一次イオン)を固体試料表面に照射すると、スパッタリング現象によって表面の構成成分が真空中に放出される。このとき発生する正または負の電荷を帯びたイオン(二次イオン)を電場によって一方向に収束し、一定距離だけ離れた位置で検出する。一次イオンをパルス状に固体表面に照射すると、試料表面の組成に応じて様々な質量をもった二次イオンが発生するが、軽いイオンほど速く、反対に重いイオンほど遅い速度で飛行するため、二次イオンが発生してから検出されるまでの時間(飛行時間)を測定することで、発生した二次イオンの質量を分析することができる。一次イオンが照射されると固体試料表面の最も外側で発生した二次イオンのみが、真空中へ放出されるので、試料の最表面 (深さ数ナノメートル程度)の情報を得ることができる。TOF-SIM Sでは一次イオン照射量が著しく少ないため、有機化合物は化学構造を保った状態でイオン化され、質量スペクトルから有機化合物の構造を知ることができる。ただし、ポリエチレンやポリエステルなどの人工高分子、プロテインなどの生体高分子などを通常の条件で TOF-SIMS分析した場合は、小さな分解フラグメントイオンとなってしまい、元の構造を知ることが一般的には難しい。また、固体試料が絶縁物の場合には、パルスで照射される一次イオンの間隙に電子線をパルスで照射することにより、固体表面に蓄積する正の電荷を中和できるため絶縁物を分析することも可能である。加えて、TOF-SIMSでは、一次イオンビームを走査することによって、試料表面のイオン像(マッピング)を測定することもできる。
【0009】
TOF-SIMSでプロテインを分析した例としては、特定のプロテインの一部分を15Nなどでアイソトープラベル化し、当該プロテインをC15N-のような二次イオンを用いてイメージング検出するもの(1A. M. Belu et al., Anal. Chem., 73, 143 (2001) )がある。また
、アミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からプロテインの種類を推定するもの(D. S. Mantus et al., Anal. Chem., 65, 1431 (1993) )がある。さらに、各種基板上に吸着させたプロテインについてのTOF-SIMS検出限界を調べたもの(M. S. Wagner el. Al., J. Biomater. Sci. Polymer Edn., 13, 40 7 (2002).)が知られている。
【0010】
また、プロテインを対象としたこの他の質量分析法として電界放出を利用したものがある(USP5952654)。この方法は、金属電極上に前記プロテインを、印加エネルギーに応じて分裂可能な開放基を介して共有結合または配位結合させ、強電界を印加することで前記プロテインを質量分析計へ導くというものである。
【非特許文献1】1A. M. Belu et al., Anal. Chem., 73, 143 (2001)
【非特許文献2】D. S. Mantus et al., Anal. Chem., 65, 1431 (1993)
【非特許文献3】M. S. Wagner el. Al., J. Biomater. Sci. Polymer Edn., 13, 40 7 (2002)
【特許文献1】米国特許第5952654号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の質量分析法は対象物そのものを分析するものではなく、溶出したタンパク質などを対象としているため得られる情報には制限がある。また、MALDI法や、その改良型であるSELDI法は、現在知られている中で最もソフトなイオン化法であり、分子量が大きく壊れ易いプロテインをそのままイオン化し、親イオン若しくはそれに準じるイオンを検出できるという優れた特長を有する。現在ではプロテインの質量を分析する際の標準的なイオン化法の一つとなっている。一方、これらの方法をプロテインチップの質量分析に応用する場合にはマトリクス物質の存在により、高い空間分解能を持ったプロテインの二次元分布像(質量情報を用いたイメージング)は得られ難い。すなわち、励起源であるレーザー光自体は1〜2μm径程度に容易に集光できるが、分析対象のプロテインの周辺に存在するマトリクス物質が蒸発、イオン化するため、上記の方法でプロテインの二次元分布像を計測する場合の空間分解能は一般的には100μm程度となってしまう。また、集光させたレーザーを走査するには、レンズやミラーを複雑に動作させる必要がある。つまり、上記の方法でプロテインの二次元分布像を計測する場合、レーザー光を走査させることは難しく、被分析試料を載せた試料ステージを動かす方式に限られる。空間分解能の高いプロテインの二次元分布像を得ようとする場合、試料ステージを動かす方式は一般的には好ましくない。
【0012】
上記の方法に比べ、TOF−SIMS法は一次イオンを使用するため容易に収束かつ走査させることができるため、高空間分解能の二次イオン像(二次元分布像)を得ることができ、1μm程度の空間分解能を得ることも可能である。しかしながら、基板上の対象物に対し、通常の条件でTOF−SIMS測定を行うと、先に述べたように、生成する二次イオンは小さな分解フラグメントイオンがほとんどで、元の構造を知ることは一般的には難しい。そのため、複数のプロテインが基板上に配置されたプロテインチップのような試料に対し、当該プロテインの種類を判別できる高空間分解能の二次イオン像(二次元分布像)を得るには何らかの工夫が必要となる。A. M. Beluらの方法は特定のプロテインの一部分をアイソトープラベル化するもので、TOF−SIMSの持つ高空間分解能を十分生かせる方法である。しかしながら反面、特定のプロテインを毎回、アイソトープラベル化するのは一般的ではない。また、D. S. Mantusらが示したアミノ酸残基に対応するフラグメントイオン(二次イオン)の種類やその相対強度からプロテインの種類を推定する方法は、アミノ酸の構成が似たプロテインが混在する場合は判別が難しくなる。
【0013】
また、生体組織中の例えば、タンパク質分子に対して、TOF−SIMS法を応用する際、タンパク質分子を構成するペプチド鎖が「holdingされた状態」のままでは、二次イオン種の生成効率が大幅に低下する。また、TOF−SIMS法を用いる測定では、高真空中において一次イオン照射を行うため、測定対象試料は予め乾燥処理が施される。その乾燥処理の際、生体組織中に存在している、タンパク質分子と他の生体物質との間で、相互作用を起こし、分子間結合によって凝集化を起こすと、二次イオン種の生成効率がなお一層低下する。
【0014】
従って、生体組織中に存在している特定のタンパク質分子の存在量を、高い検出感度、ならびに高い定量性で分析し、生体組織の切断面上における、特定タンパク質分子の存在量分布に関して、二次元的なイメージングを行う上では、生体組織中では、「holdingされた状態」となっている、タンパク質分子を構成するペプチド鎖を解いておくことが望ましい。さらには、タンパク質分子と他の生体物質との間の相互作用を抑制して、「holding」が解かれたペプチド鎖から、二次イオン種生成が高い効率でなされる状態を維持することが望ましい。あるいは、生体組織の切断面上に存在している、タンパク質分子からの二次イオン種生成を促進、増加することが望ましい。
【0015】
一方、TOF−SIMS法においては、分析対象の分子を一次イオン照射によって、イオン・スパッタリングを行うが、その一次イオン照射を行う表面形状によって、スパッタリング効率に差違が生じる。結果として、分析対象の分子に由来する二次イオン種の生成効率にも差違が引き起こされ、定量精度のバラツキを生む要因ともなる。従って、この一次イオン照射を行う表面形状のバラツキに起因する、二次イオン種の生成効率の変動をも抑制することが望ましい。しかしながら、従来開示されているものについては、これらの点で必ずしも十分なものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の情報取得方法は、対象物に関する情報を取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0017】
本発明の情報取得装置は、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて対象物に関する情報を取得するための装置であって、
前記対象物に前記対象物のイオン化を促進する物質を接触させるための手段と、
前記対象物と前記対象物のイオン化を促進する物質との接触部にイオンビームを照射するための手段とを備え、
前記照射手段による照射により、少なくとも一部がイオン化された前記対象物の質量に関する情報を取得することを特徴とする情報取得装置である。
【0018】
本発明の第2の情報取得方法は、対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、
集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0019】
本発明にかかる第3の情報取得方法は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【0020】
本発明の第5の情報取得方法は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法である。
【0021】
本発明にかかる第2の情報取得装置は、飛行時間型質量分析計を用いて対象物を構成する構成物の質量に関する情報を取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得装置であって、
前記構成物を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる機構、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させ、該飛翔したイオン種の強度を測定する飛行時間型質量分析計、及び
前記測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得るための測定結果解析機構、とを備えたことを特徴とする情報取得装置である。
【0022】
本発明の検出方法は、疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、本発明の情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、対象物の種類ごとに空間分解能の高い二次元分布像を得る方法を提供でき、これに好適に適用できる情報取得装置を提供できる。また、本発明の情報取得方法によれば、生体組織の構成物に由来する二次イオンの生成を効率よく行え、生体組織の構成物の分布状態を高い感度で測定することが容易となる。また、生体組織構成物の分布状態を定量性よく測定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の情報取得方法及び情報取得装置に以下の各態様が含まれる。
【0025】
本発明により提供される情報取得方法は、対象物に関する情報を取得する方法であって、前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0026】
また、本発明にかかる組成分析方法は、質量分析法を用いて対象物を組成分析する方法であって、 前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の情報に基づいて前記対象物の組成を分析する工程と、を有することを特徴とする組成分析方法である。
【0027】
さらに、本発明にかかる情報取得装置は、質量分析法を用いて対象物から情報取得するための装置であって、前記対象物に化学的修飾を行う手段と、前記化学修飾によって識別できる二次イオンを前記対象物から生成させる手段と、前記二次イオンを検出する手段を備えることを特徴とする情報取得装置である。
【0028】
本発明により提供される別の情報取得方法は、対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法である。
【0029】
前記の、集束し、パルス化し、かつ走査可能なイオン、中性粒子、電子、並びに、集光し、パルス化し、かつ走査可能なレーザー光の中ではイオンが好ましい。この場合は、飛行時間型二次イオン質量分析法による情報取得方法となる。
【0030】
また、前記対象物がタンパク質であることも本発明は包含する。
【0031】
また、前記対象物と、イオン化を促進するための物質のいずれか、または両者を付与する工程が、インクジェット法によることを本発明は包含する。
【0032】
さらに、本発明の情報取得方法は、前記の、対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程が、イオン化促進物質を含む水溶液を用いるものであることも包含する。また、前記の、対象物のイオン化を促進するための物質は、水溶性の物質であること、該物質は、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つを含むことを包含する。
【0033】
前記の対象物の質量に関する情報とは、
(1)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加した質量数に相当するイオン、
(2)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、金属元素、並びに、アルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかの質量に関する情報であることを包含する。
【0034】
本発明はさらに、前記飛翔した対象物の検出結果に基づき、一次ビームの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態の情報を取得することを包含する。
【0035】
また、本発明は、イオンビーム照射手段と、イオンビーム偏光手段と、測定対象物からの2次イオンを検出する検出手段とを有する、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いた、測定対象物に関する情報を取得するための装置において、液滴を付与する手段を備えることを特徴とする情報取得装置を包含する。
【0036】
さらに本発明の装置は前記液滴を付与する手段が、インクジェット法を用いた手段である事を包含する。
【0037】
本発明により提供される情報取得方法の別の態様は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0038】
本発明の情報取得方法の更に別の態様は、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0039】
本発明により提供される検出方法は、疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、本発明情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする。
【0040】
本発明により提供される情報取得装置の別の態様は、飛行時間型質量分析計を用いて対象物を構成する構成物の質量に関する情報を取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得装置であって、前記構成物を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる機構、前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させ、該飛翔したイオン種の強度を測定する飛行時間型質量分析計、及び前記測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得るための測定結果解析機構、とを備えたことを特徴とする。
【0041】
本願明細書においては、イオン種のイオン化を促進するための物質を、必要に応じて増感物質と表現することがある。また、本願明細書においては、生体組織の構成物を含む試料を基材表面に接触させて構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させることを、必要に応じて、転写と表現することがある。更に、情報取得に代えて分析という表現を用いることもある。
I.第一の形態に関する発明についての説明
本発明の第一の形態は、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物を飛翔させ、前記飛翔した対象物を識別できる二次イオンの質量に関する情報を得ることを特徴としている。さらに、一次イオンの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態の検出(イメージング)であることを特徴としている。
【0042】
また、本発明の対象物のイオン化を促進する物質は、
(1)基板上に対象物を配置した後に付与する、
(2)基板上に配置される対象物の特定の一種類または複数に対し、予め付与する、
(3)基板上に対象物が配置される前に、予め基板表面に付与する、
のいずれかである。付与の方法としては化学修飾が挙げられる。
【0043】
このうち、(1)の方式はあらゆる形態の対象物の解析に応用できる、即ち汎用性が高い方式である。一方で、基板上に二次元的に分布している対象物に対しイオン化を促進する物質の付与を行う際は、同処理により対象物を拡散させないことに注意する必要がある。化学的修飾などの処理で対象物の二次元分布状態が変化してしまっては、本発明の目的を達成できないからである。対象物の二次元分布状態が変化したかどうかは、例えば、化学的修飾を行わないプロテインチップに対するTOF−SIMS分析の結果との比較などから判断できる。
【0044】
次に(2)の方式は、予め特定の対象物の特定の部位に、対象物のイオン化を促進し、TOF−SIMS分析で感度が上昇する物質(増感物質)を結合させておくものだが、この方式は特定の対象物の二次元分布状態を選択的にかつ高感度で検出できるという利点を持つ。一方で、対象物ごとに予め化学的修飾処理などを行わなければならず、操作がやや煩雑になるという短所がある。なお、上記の増感物質の結合の方式としては共有結合、イオン結合、さらには増感物質として金属錯体を用いる場合の配位結合などが利用でき、特に制限はない。ただし、化学的修飾処理したタンパク質などの対象物を基板上に配置することになるので、該結合は安定であることが必要である。
【0045】
さらに(3)の方式は、対象物のイオン化を促進し、TOF−SIMS分析で感度が上昇する物質(増感物質)を予め基板表面に形成しておくものである。この方式では該増感物質の存在により新たな非特異吸着の問題が発生しないかどうかを十分調べておくことが重要である。この増感物質はTOF−SIMS分析で感度が上昇させるものであれば特に制限はなく、また対象物と直接結合しないものであってもよい(即ち、TOF−SIMS分析で二次イオンを発生させる過程で、該対象物のイオン化効率を高める効果があればよい)。さらに、この増感物質は基板の最表面に形成させることが好ましいが、非特異吸着を防止するため、該増感物質の上に単分子膜程度の別の物質を配置することも可能である。
【0046】
本発明の化学的修飾とは、上記のように、TOF−SIMS分析で二次イオンを発生させる過程で、プロテインのイオン化効率を高める効果があり、該プロテインの二次元分布状態を変化させない処理であれば特に制限はないが、化学的修飾剤として金属を含む物質を用いることが好ましい。前記金属の種類としては、本発明者らが検討した限りでは銀または金、さらにはその両者を含む場合が特に好ましかったが、上記の効果を持つものであればこれ以外の金属であってもよい。
【0047】
化学的修飾の一手法として、基板上に配置された複数のプロテイン対し、銀鏡反応を利用して銀または銀イオンを該プロテインに付加させる方法を挙げることができる。銀鏡反応とは、アンモニア性硝酸銀水溶液に試料を加え、次いでジアンミン銀(I)イオンを還元し銀を析出させる反応である。銀はイオウとの親和性が高いことから、この反応はCystei ne(Cys)を含むプロテインに対し特に有効である。また、基板上に二次元的に分布しているプロテインに対しこの反応を利用する場合は、同処理により該プロテインを拡散させないよう注意を払う必要がある。この反応に用いる試薬として、市販品(例えば、和光純薬製「銀染色IIキットワコー」など)を使用してもよい。
【0048】
しかしながら、化学的修飾の方法は上記に限られず、TOF−SIMS分析における対象物の二次イオン化効率を高める効果があり、該対象物の二次元分布状態を変化させない処理であればいかなる方法を用いてもよい。
【0049】
本発明の対象物の二次元分布状態の検出(イメージング)は、前記対象物を識別できる二次イオンを用いることを特徴としており、この二次イオンは質量/電荷比が500以上のイオンであることが好ましく、質量/電荷比が1000以上のイオンであることが特に好ましい。
【0050】
また、一次イオン種としては、イオン化効率、質量分解能等の観点からガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができ、この順で感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい形態となる。
尚、金以外の多原子イオンとして、ビスマスイオンやC60イオンなどを使用することもできる。
【0051】
さらに、一次イオンビームパルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましく、また、一次イオンビームエネルギーは、12keV〜25keVの範囲であること、さらには、一次イオンビームパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。
【0052】
また、本発明は、定量精度を向上させるために、高い質量分解能を保持し、比較的短時間で測定を完了させる必要があることから(一測定が数10秒から数10分のオーダー)、一次イオンビーム径は多少犠牲にして測定することが好ましい。具体的には、一次イオンビーム径をサブミクロンオーダーまで絞らずに、1μmから10μmの範囲に設定することが好ましい。
【0053】
さらに、本発明は、絶縁性基板上のプロテインチップに対しても適用し得る。
II.本発明の第二の形態に関する発明についての説明
本発明の第二の形態は、対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物を飛翔させ、前記飛翔した対象物を識別できる二次イオンの質量に関する情報を得ることを特徴としている。さらに、一次イオンの走査により得られる前記対象物の二次元分布状態を検出(イメージング)できることを特徴としている。前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させるために用いられる一次ビームとしては集束し、パルス化し、かつ走査可能であれば特に限定されない。一次ビームに使用可能な例としては、イオン、中性粒子、電子、レーザー光などが挙げられる。この中でもイオンビームを用いることが好ましい。
【0054】
また、本発明の対象物のイオン化を促進する物質は、上述のII.で述べたものと同様である
。また、付与の方法も同様とすることができる。また、その他の条件等も特に断らない限り、上述のII.と同様とすることができる。
【0055】
また、基板上に二次元的に分布しているプロテインに対し、二次元分布状態を変化させることなく前記化学的修飾を利用する場合は、該プロテインを拡散させないよう注意を払う必要があるが、基板上にプロテインが配置された部位に前記化学的修飾剤水溶液を静かに滴下することによって一回の処理工程で簡便に該プロテインの二次元分布状態を変化させることなく化学的修飾することができる。しかしながら、化学的修飾の方法は上記に限られず、TOF−SIMS分析における対象物の二次イオン化効率を高める効果があり、該対象物の二次元分布状態を変化させない処理であればいかなる方法を用いてもよい。
【0056】
本発明において分析対象となるプロテインを配置する基板としては金基板もしくは金の膜を基板表面に付した基板が好ましいが、特に限定する物ではなく、該プロテインの質量情報を得ることを妨げるような質量の二次イオンを発する物質でなければ、シリコン基板等の導電性基板および有機ポリマー、ガラスといった絶縁性基板のプロテインチップに対しても適用し得る。さらに分析対象となるプロテインを配置するための媒体としては基板の形態に限定される物ではなく、粉末状、粒状等あらゆる形態の固体物質を用いることができる。
【0057】
本発明の第二の形態が包含するものとして、対象物と、イオン化を促進するための物質のいずれか、または両者を付与する工程を、インクジェット法を用いて行うことが挙げられる。
【0058】
本発明のインクジェット法を用いた方法では、1滴あたり数〜数10plの微量の液滴を所望の位置に付与することにより、対象物の2次元分布状態を変化させることなく、付与することができる。また、基板上の広い領域の処理を行う場合でも、微量の液滴を数多く付与することにより、基板上の複数の対象物を混合することなく、分析することが可能である。
【0059】
さらに、本発明の対象物もインクジェット法により形成することにより、1基板内に複数のプロテインを高密度に配置し、分析の効率化をはかることができる。特に上記分析法のうち、一次ビームにイオンを用いたTOF−SIMS分析においては、高い空間分解能を有することから好適である。
【0060】
基板上にあらかじめ二次元的に分布している対象物に対しイオン化を促進する物質の付与を行う際は、あらかじめ光学顕微鏡、CCD等で位置を確認した後、インクジェット法により所望の領域にイオン化促進物質を付与することにより、この領域にあるプロテインの分析を行うことができる。また、基板上にインクジェット法により対象物を付与した後に、この対象物の上にイオン化促進剤を付与することもできる。
【0061】
本発明のイオン化促進物質及び、あるいは本発明の分析対象物は、水あるいは適当な有機溶媒に溶解し、更に界面活性剤の水溶液を加えた後に、インクジェット法により対象物に付与することができる。有機溶媒については特に限定するものではないが、揮発性の高いものや不安定なものは好ましくなく、また、吐出時安定性の点から、粘度を調節したものがさらに望ましい。また、イオン化促進物質及び分析対象物以外のいわゆるインク成分中には、固相で析出する物質を含まないものが更に好適である。
【0062】
また、イオン化促進物質は、イオン化を促進する効果を有し、水溶性の物質であれば限定されるものではないが、金属を含む物質が好ましい。特に銀イオンはアミノ酸およびペプチドと容易に錯形成することから、銀を含む物質は更に好適である。また前記化学的修飾剤として銀の代わりにナトリウムを含む物質を用いても良い。
【0063】
また、本発明の情報取得装置は、イオンビーム照射手段と、イオンビーム偏光手段と、測定対象物からの2次イオンを検出する検出手段とを有する、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いた、測定対象物に関する情報を取得するための装置において、液滴を付与する手段を備えることを特徴とし、前記液滴を付与するための手段が、インクジェット法を用いた手段である事を特徴とする情報取得装置である。
【0064】
本発明における情報取得装置において、イオン化促進物質、また、測定条件等については、上記情報取得方法と同様である。
【0065】
本発明における情報取得装置は、飛行時間型2次イオン質量分析装置を有する測定室と、通常の予備排気を行うための予備排気室と、液滴を付与するための吐出装置を有する前処理室からなる。
【0066】
前処理室は、液滴を付与する吐出装置と、試料の位置を確認するための確認手段、試料ホルダー、試料ステージを有し、試料ステージは位置制御プログラムによりμm単位で位置制御される。この位置制御プログラムは、測定室の試料ステージの位置制御プログラムと同一であり、例えば吐出装置によりイオン化促進物質の液滴を付与した同じ位置を、測定室内で特定し、自動試料ステージで同じ位置に持ってきた後に、測定できることが好ましい。確認手段は、特に限定されないが、例えば光学顕微鏡、実体顕微鏡、CCDカメラなどが良い。
【0067】
また、前処理室は真空排気装置を併設してもよい。この場合は真空排気時のイオン化促進物質吐出装置保護のため、前処理室と吐出装置との間にバルブなどを設けることが好適である。
【0068】
吐出装置は、インクジェット法のヘッドを有し、試料上の任意の場所に数〜数十plの液滴を吐出する。これに、前記情報取得方法で用いたプロテイン溶液もしくはイオン化促進物質溶液を導入し、吐出することにより、所望の位置にプロテインを配置したり、所望のプロテインにイオン化促進物質を付与できる。更に、インクジェットヘッドの一部に、染料溶液、または顔料溶液を導入しておくことにより、無色透明のプロテイン溶液のX,Y座標を表示したり、ナンバリングができ、所望の位置を確認できることから好適である。
III.本発明の第三の形態に関する発明についての説明
本発明の第三の形態にかかる情報取得方法は、タンパク質をはじめとする生体組織構成物の分布状態に関する情報を得るものである。本発明は、生体組織の断片について、切断面が平坦となるように切り出した薄片試料を用いて、その表面上に存在する例えばタンパク質分子の存在量分布をTOF−SIMS法によって測定することを包含する。
【0069】
生体組織中では、測定対象のタンパク質分子のペプチド鎖同士が絡み合い、TOF−SIMS法による測定の際、二次イオン種の生成効率を低下する要因となっている。そのため、本発明の第三の形態では、生体組織の薄片試料表面に対して、増感物質を含む溶液を作用させ、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成効率を向上させることができる。この増感物質は、一次イオンを照射する際、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成を促進・増加させる機能を示す物質である。増感物質を生体組織の薄片試料表面に存在するタンパク質分子に直接作用させるため、増感物質を含む溶液を薄片試料表面に付与して、表面全体を被覆する状態で保持する。例えば、増感物質を含む溶液として、希薄な硝酸銀水溶液を用いると、該水溶液中で解離している銀イオンは、タンパク質分子を構成するペプチド鎖に作用して、銀イオンとタンパク質分子間に結合が生成し、二次イオン種の生成が促進される。このように本発明の第一の形態では、増感物質自体、あるいは、増感物質の構成要素が、タンパク質分子を構成するペプチド鎖に作用して、ペプチド鎖と結合を生成することで、結果的に、タンパク質分子のペプチド鎖同士の絡み合いが解かれた状態となる。本発明の第三の形態において利用される増感物質としては、例えば、前記硝酸銀の他、炭酸ナトリウムなどの塩、金や銀などの金属を含む物質(金属錯体など)や金属コロイドなどが挙げられる。また、増感物質を含む溶液は、水溶液の形態が好ましい。
【0070】
例えば、薄片試料表面に存在する、前述の銀イオンが結合したタンパク質分子に対して一次イオン・ビームを照射すると、銀イオンが結合したタンパク質分子は、一部分解され、それに付随して、一部分解されたペプチド鎖断片に由来する二次イオン種の生成が引き起こされる。従って、一部分解されたペプチド鎖断片は、本来のタンパク質分子自体よりイオン・スパッターを受け易く、同時に、更に、断片化したフラクメント・イオンの生成効率も大幅に向上している。本発明の第三の形態では、これら二つの作用を利用することで、一次イオンを照射する際、表面に存在するタンパク質分子に由来する二次イオン種の生成を促進・増加させる効果が発揮されている。
【0071】
増感物質を含む溶液を薄片試料表面に付与して、表面全体を被覆する状態で保持して、表面に存在するタンパク質分子に作用させた後、洗浄により、増感物質を含む溶液を除去する。次いで、TOF−SIMS法による測定は、高真空中で実施するため、生体組織の薄片試料中に含まれる水分を予め除去する。この乾燥処理は、減圧乾燥法を利用することが好ましい。この減圧乾燥法では、水分の蒸散に加熱を利用しないので、タンパク質分子相互の凝集を引き起こすことなく、乾燥がなされる。これらの一連の処理、その後のTOF−SIMS測定に際して、生体組織の薄片試料は、平坦な表面を有する基材、例えば、スライドガラス、シリコン、アルミニウム、金、銀などの板状基材の表面に貼り付けた状態で取り扱うことが望ましい。その際、平坦な表面を有する基材表面上に貼り付けた、生体組織の薄片試料は、乾燥後も、基材表面上に密に付着した状態に保持される。得られる乾燥処理済み薄片試料の表面形状は、平坦な基材表面の形状を反映して、平坦性を示すものとなる。
【0072】
本発明の第三の形態にかかる情報取得方法は、先に述べた通り、対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0073】
ここで、生体組織の構成物には、特定のタンパク質が包含される。この場合、特定のタンパク質に由来する二次イオン種は、特定のタンパク質を構成するペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオン、または、前記増感物質あるいは増感物質の構成成分が付加されたペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンである。
【0074】
特定のタンパク質に由来する二次イオン種のイオン強度分布として、該特定のタンパク質由来フラグメントイオンのイオン強度について、前記生体組織試料の一つの断面表面上の二次元分布を分析する態様を選択することができる。
【0075】
分析される前記生体組織試料の一つの断面は、0℃以下に冷却した状態で分析を行うことが好ましい。
【0076】
また、増感物質による処理工程において使用する、前記増感物質を含む溶液は、水溶液の形態であることが好ましい。
【0077】
以下に、本発明の第三の形態における好ましい実施態様に関して、更に説明を行う。
【0078】
本発明の第三の形態においては、測定に供する生体組織の薄片試料は、切片厚さを数100nm〜数100μm程度とすることが好ましい。生体組織から薄片を作製する方法としては、平坦な切断面が得られる限り、種々の切断方法が使用できる。前述する切片厚さを有する薄片を調製する上では、ミクロトームなどの専用の切片作製装置を利用することがより好ましい。通常、採取された生体組織は、その内部における生化学反応の進行を抑制するため、冷蔵保存されている。この薄片試料の切断工程においても、存在するタンパク質分子の変質を回避するため、切断操作は0℃以下で行うことが好ましい。一方、ミクロトームなどの専用の切片作製装置は、通常、液体窒素等の寒剤により冷凍保存された状態の生体組織を対象とする。
【0079】
本発明の第三の形態において利用する、増感物質は、予めタンパク質分子に対して、作用させておくと、TOF−SIMSの測定工程において一次イオンを照射した際、タンパク質分子由来の二次イオンの生成効率を向上する効果を発揮するものであれば、特に限定されない。例えば、金や銀などの金属やこれらの金属イオンを含む物質、すなわち、金属錯体、金属塩化合物、あるいは、金属コロイドなどが好適に利用できる。これらの金属を含む物質は、例えば、金属イオンがタンパク質分子を構成するペプチド鎖に対して、イオン結合する、金属錯体がペプチド鎖に対して、配位して固定化される、あるいは、金属コロイド粒子が、ペプチド鎖に対して固着するなどして、タンパク質分子と結合される。その状態で、一次イオンの照射を受けると、タンパク質分子に由来する二次イオン種、例えば、フラグメントイオン種の生成効率を向上する作用を有する。
【0080】
この増感物質を含む溶液を、生体組織の薄片試料の表面に付与方法としては、単位面積当たり、所望の液量を再現性よく付与できる限り、種々の塗布手段が利用できる。例えば、インクジェット法により、生体組織の薄片試料表面に、液滴として付与する方法などが挙げられる。通常、生体組織中において、注目するタンパク質分子の存在部位、存在量は不明であるので、生体組織の薄片試料表面全体に均一に付与を行う。その後、一定時間静置して、付与された溶液層中に含まれる増感物質を、表面に存在するタンパク質分子に作用させる。その結果、注目するタンパク質分子へ増感物質が付加される。利用する増感物質の種類によっては、タンパク質分子を構成するペプチド鎖が解け、TOF−SIMS分析の際、大きなフラグメントイオンが生成しやすくなるという効果もある。インクジェット法が利用可能な増感物質を含む溶液としては、例えば、金属錯体、金属塩化合物を均一に溶解した水溶液、硝酸銀水溶液などが挙げられる。増感物質を含む溶液を付与する処理を終えた後、薄片試料表面に残余する増感物質を含む溶液を洗浄除去する。その後、薄片試料全体に、凍結乾燥処理を施すことが好ましい。
【0081】
生体組織の薄片試料表面に付与される増感物質を含む溶液量について述べる。増感物質として銀イオンを例にあげると、薄片試料表面第一層に存在すると見込まれるペプチド鎖
に対し、モル比で1倍から100倍の銀イオンが付与されることが好ましく、モル比で2倍から10倍の銀イオンが付与されることが特に好ましい(即ち、ペプチド鎖長やその存在量に依存する)。一般的には、薄片試料表面に付与される増感物質の総量は、銀イオンを例にあげると、1011〜1013イオン/cm2程度となる(即ち単分子膜レベル以下)。増感物質を含む溶液における、増感物質の含有濃度は、1μmol/mL〜10μmol/mLの範囲に選択することが望ましい。
【0082】
例えば、増感物質に利用する、硝酸銀は、水溶液中において解離し、一価の銀イオンを供給する。この一価の銀イオンを、タンパク質分子に作用させると、そのペプチド鎖を構成するアミノ酸残基の側鎖上に存在しているカルボキシ基に対して、塩結合を形成することができる。一方、高い濃度の硝酸銀水溶液は、タンパク質分子を凝集させる作用を示すため、本発明の第一の形態で増感物質として利用する際には、希薄な硝酸銀水溶液を用いる。すなわち、硝酸銀濃度を、1mmol/L〜10mmol/Lの範囲に選択する、希薄な硝酸銀水溶液が好適に利用される。なお、希薄な硝酸銀水溶液を作用させた後、生体組織の薄片試料を乾燥処理する際、表面に硝酸銀水溶液が残余していると、濃縮され、高い濃度の硝酸銀水溶液となるので、水洗して除去することが好ましい。
【0083】
TOF−SIMSにおける二次イオン種の生成効率は、試料表面形状の影響を強く受けることは前述したが、生体組織の薄片試料は、平坦な基材表面上に貼り付けた状態とすることで、乾燥処理後も、薄片試料表面は平滑な面となり、TOF−SIMS測定での定量性を損なう要因の一つである試料表面の形態による影響は本質的に解消されている。
【0084】
平坦な基材表面上に貼り付けた状態の、乾燥処理済み薄片試料表面上に存在するタンパク質成分をTOF−SIMSによって測定し、イメージング測定を行う。
【0085】
そのTOF−SIMSの測定条件は、二次元的なイメージングを行うため、分析対象の生体組織の薄片試料サイズに応じて、一次イオン・ビーム径は、0.1μm〜10μmの範囲に選択することが好ましい。一次イオン種としては、一般に、金属カチオンが利用されるが、イオン化効率、質量分解能等の観点から、ガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができる。その際、Auイオン<Au2イオン<Au3イオンの順で、感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい態様となる。また、同等以上の感度が得られるBiイオンやC60などその多原子イオン等を用いてもよい。
【0086】
さらに、表面分析であるので、一次イオン・ビームのエネルギーは、12keV〜25keVの範囲に選択することが好ましい。また、測定試料表面における正電荷の蓄積(チャージアップ)を回避するため、一次イオン・ビームパルスの間に、前記正電荷を解消するための低エネルギーの電子(数10eV程度)をパルス照射する。その際、一次イオン・ビームのパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。また、パルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましい。その他、分析領域、一次イオンの走査方法、一次イオンドーズ量などは適宜設定できる。
【0087】
一方、タンパク質はペプチド鎖からなる高分子であり、多くの場合、かかるペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンを測定することが好ましい。少なくとも、測定されるフラグメントイオンは、アミノ酸残基数として概ね5以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が500以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることが好ましい。特には、アミノ酸残基数として概ね10以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が1000以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることがより好ましい。標準的なTOF−SIMS測定条件を採用する場合、質量数(M/Z)が0〜10000程度の範囲内の二次イオン種が同時に得られるが、上記のように、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500〜5000程度の特徴的なフラグメントイオンを解析対象として選択することが好ましい。
【0088】
対象のタンパク質分子を識別できるフラグメントイオンを特定できた後は、TOF−SIMS測定で得た三次元データ(XY平面におけるX×Yポイントについて、それぞれの質量スペクトルが存在する。積算測定を行った四次元データとなる。)から、当該フラグメントイオンに相当する質量スペクトルにおけるピーク(強度)をXY平面で切り出したイメージ像を、上記タンパク質の二次元分布像として表示させる。検出対象とするタンパク質分子が複数種ある場合はこの操作を繰り返せばよい。このような解析をすることで、図1に例示するように、タンパク質分子ごとに、分析対象の生体組織の薄片試料上における存在量分布として分析が可能である。さらには、別途、顕微鏡観察において測定された対応薄片試料表面のイメージと、二次イオン種のピーク強度を二次元的にイメージ表示させたものとを対照させることで、生体組織の切断面における、対象タンパク質分子の局在部位の特定を行うことが可能となる。
【0089】
なお、TOF−SIMSの測定で定量性を確保するためには通常、一次イオンドーズ量は、およそ表面の1%をスパッタする量に相当する1×1012イオン/cm2とする。この条件で測定した場合の、薄片試料表面上のタンパク質に対する検出下限は、対象とするフラグメントイオンの質量数(M/Z)が500の場合、当該フラグメントの重量換算で10pg/cm2程度である。定量性を犠牲にすれば、原理的にはその二桁の高感度化が期待できる。
【0090】
本発明の第三の形態にかかる生体組織の分析方法を適用することにより、生体組織、細胞の一断面における注目するタンパク質を直接、イメージング検出することが可能となり、新たな医療診断方法となり得る。その際、イメージングにおける空間分解能は、0.1μm〜数μm程度が期待できる。
【0091】
IV.本発明の第四の形態に関する発明についての説明
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法は、タンパク質をはじめとする生体組織構成物の分布状態に関する情報を得るものである。本発明は、生体組織の断片について、一旦、その断片表面を平坦な表面を有する基材上に接触させることで、その切断面の表面上に存在している、例えばタンパク質分子を含む液層を基材表面に転写することを包含する。その後、この基材表面に転写された、タンパク質分子を含む液層を乾燥処理して、タンパク質成分を乾燥体として、表面上に付着させた後、TOF−SIMSで分析することをできる。従って、TOF−SIMSによる測定に際して、下地となる基材表面は平坦とすることができ、測定対象の表面形状に依存する、測定精度の変動を本質的に排除できる。
【0092】
加えて、この転写を施す転写材として、その表面には、清浄な金属表面、金属酸化物表面、あるいは、化学的な処理を施された平坦な基材表面を有するものを利用することができる。生体組織中では、タンパク質分子は、その分子鎖を絡み合せた状態で存在する場合もあり、この転写材の表面に接触させ転写する際、分子鎖の絡み合いを解きつつ、タンパク質成分を含む液層として転写される。この転写材の表面に利用可能な金属表面として、例えば、金属銀、金属金などが挙げられる。また、転写材の表面に利用可能な金属酸化物表面として、例えば、酸化チタン(TiO2)表面、酸化シリコン(SiO2)表面などが挙げられる。また、化学的な処理を施された平坦な基材表面としては、化学的な処理によって、表面にマレイミド基などの官能基の導入を図ったものなどが挙げられる。
【0093】
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法は、先に述べた通り、
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする。
【0094】
ここで、生体組織の構成物には、特定のタンパク質が包含される。この場合、特定のタンパク質に由来する二次イオン種は、前記特定のタンパク質を構成するペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンである。
【0095】
特定のタンパク質に由来する二次イオン種のイオン強度分布として、該特定のタンパク質由来フラグメントイオンのイオン強度について、表面上の二次元分布を分析する態様を選択することができる。また、前記転写工程で利用される、金属表面、金属酸化物表面、あるいは基材表面は、転写される特定のタンパク質に作用し、該特定のタンパク質に由来する二次イオン種の生成効率を向上させる物質を含むことが好ましい。
【0096】
一方、前記転写工程で利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面は、前記特定のタンパク質に反応させた際、該特定のタンパク質の表面への転写効率を向上する作用を示す化学的な処理が施されていることが望ましい。
【0097】
さらには、前記転写工程に先立ち、
採取された前記生体組織試料の一つの表面上に存在している特定のタンパク質に対して、その転写効率を向上させる処理を施した後、
転写を施す表面に対して、前記生体組織試料の一つの表面を密に接触させる操作を行う態様とすることも可能である。
【0098】
例えば、前記転写工程で利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面は、
前記特定のタンパク質に対する反応性を示す官能基として、マレイミド基を表面上に導入されているものとすることができる。
【0099】
また、前記金属表面、金属酸化物表面、あるいは基材表面上に転写されている、特定のタンパク質を0℃以下に冷却した状態で分析を行うことが好ましい。
【0100】
以下に、本発明の第四の形態における好ましい実施態様に関して、更に説明を行う。
【0101】
本発明の第四の形態においては、転写板の表面に、金属銀表面またはチタン酸化物表面を用いることができる。これらは、水溶媒の存在下、タンパク質分子に接触させると、そのペプチド鎖に対する反応を誘起する効果を示す。金属銀の表面には、一般に、極薄い酸化被膜が存在しており、その酸化被膜から供給される銀イオン、あるいは、酸化銀が、細菌に作用する結果、菌体を構成する生体物質の分解、機能阻害を引き起こす。酸化銀(I)は、酸化剤として機能し、酸化的な分解反応を引き起こすこともある。
【0102】
また、チタン酸化物、特には、ルチル型構造の二酸化チタン結晶は、紫外線域に吸収を有する半導体であり、紫外光を照射することで発生する光キャリアによって、種々の触媒作用を示す。例えば、紫外光を照射した二酸化チタン表面は、水溶媒の存在下、かかる表面に付着する有機物の酸化的分解反応を促進する、光触媒としての機能を示す。
【0103】
この種の反応性を有する金属表面、あるいは、触媒作用を示す金属酸化物表面に対して、湿潤状態の生体組織断面を接触させると、その断面表面に存在するタンパク質分子に対する分解反応が誘起される。その結果、断面表面に存在するタンパク質分子のペプチド鎖は、一部分解を受け、また、他の生体分子との相互作用も失う。この状態で、当接されている転写板の表面に、生体組織に含まれる液成分とともに転写される。
【0104】
但し、転写を行う金属表面、または金属酸化物表面自体は、他のタンパク質分子で汚染されていると、分析上問題となる。従って、転写処理に先立ち、転写を行う金属表面、または金属酸化物表面自体の清浄化を行うことが望ましい。
【0105】
転写を行う金属表面としては、銀、金、シリコンなどで構成される表面を使用することができる。その表面の清浄化は、予め、イオンビームスパッタエッチングなどにより、最表面に存在する分子、原子を除去して、清浄な金属面を露出させる手法が有効である。このスパッタエッチング処理には、TOF−SIMS分析で一般的に使用されるイオン銃を利用してもよい。なお、エッチング処理により清浄化した金属面に対する転写工程は、再汚染を回避するため、可能な限り、清浄化処理後、速やかに実施することが好ましい。作業の手順上、やむを得ない場合、表面の再汚染を防止する手段を講じた上で、数分〜数10分程度大気下に曝すことは、特に問題とはならない。
【0106】
転写を行う金属酸化物表面としては、シリコン酸化物、チタン酸化物などで構成される表面を使用することができる。この金属酸化物表面の清浄化にも、上記のイオンビームスパッタエッチング法は有効である。その他、薬品に対する耐性に富む金属酸化物表面に対しては、ウエット処理による洗浄方法を使用することもできる。清浄化した金属酸化物表面に対する転写工程も、同様に、再汚染を回避するため、可能な限り、清浄化処理後、速やかに実施することが好ましい。
【0107】
転写に利用される、化学的な処理を施された平坦な基材表面の一例として、USP6476215で開示された、ガラス基板表面へマレイミド基を導入したものなどが挙げられる。このマレイミド基を導入された基材表面は、SH基を有するタンパク質、ペプチドの転写に特に有効である。すなわち、転写されるタンパク質、ペプチド中に存在するSH基は、基材表面に導入されているマレイミド基と反応する結果、これらペプチド鎖は基材表面に結合される。なお、平坦な表面を有する基材自体は、前記ガラス基板の代わりに、数10nm程度の厚さの酸化層を有するシリコン基板などを使用することもできる。
【0108】
さらに、転写板の表面への転写に際して、表面上に転写されるタンパク質分子は、単分子膜レベルで転写させることが望ましい。そのため、転写の際、転写板の表面に湿潤状態の生体組織断面を接触させる力、当接圧を適正な範囲に制御することが好ましいが、一般的には前記生体組織切片を転写板の表面に載せ(あるいは接触させ)、数秒放置する程度でよい。このようにして、転写板の表面には、タンパク質分子を含む液層が転写されるが、その転写量は単分子膜レベル以下となっていることが好ましい。二波長型のエリプソメトリーを用いると1nm程度の膜厚から計測できるようになるが、同エリプソメトリーで前記のタンパク質分子を含む液層が観測されるようでは転写量が多すぎるといえる。したがって、上記の転写条件は、対象とする生体組織切片に応じて適宜調整することが好ましい。なお、タンパク質分子の転写量を単分子膜レベル以下とすることで基板の露出面を共存させることができ、この状態の試料はTOF−SIMS分析で大きなフラグメントイオンを生成しやすくなる(一次イオンが、タンパク質分子そのものに衝突するのでなく、タンパク質が存在する地点から0.2〜0.5nm程度離れた地点の基板露出面に衝突した場合に最もソフトなイオン化が起こる、すなわち、タンパク質の部分構造を保ったままのフラグメントイオンが生成する、とされている)。
一方、転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布は、対応する生体組織断面におけるタンパク質分子の存在量の分布を反映している。
【0109】
本発明の第四の形態では、この転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布を、TOF−SIMS法を用いて測定する。TOF−SIMS法による測定は、高真空中で実施するため、転写板表面上に転写されているタンパク質分子を含む液層中に含まれる水分を予め除去する。この乾燥処理は、減圧乾燥法を利用することが好ましいが、TOF−SIMS分析に供する前の予備排気室でこれを実施してもよい。この減圧乾燥法では、水分の蒸散に加熱を利用しないので、タンパク質分子相互の凝集を引き起こすことなく、乾燥がなされる。また、転写板表面上に転写されているタンパク質分子の存在量の分布も、乾燥前の分布を保持したものとできる。得られる乾燥処理済み試料は、平坦な転写板表面に、乾燥されたタンパク質分子が付着・積層された状態となる。転写処理、その後の乾燥処理を終えた後、TOF−SIMS測定に供する間、乾燥処理済み試料は、表面への汚染物質の付着を防止する目的で、クリーンボックスまたは真空中に保管することが好ましい。
【0110】
TOF−SIMS測定では、一次イオン・ビームを照射することで、照射スポットに存在している、乾燥されたタンパク質分子がイオン・スパッタリングされ、タンパク質分子に由来する二次イオン種が生成される。TOF−SIMSにおける二次イオン種の生成効率は、試料表面形状の影響を強く受けることは前述したが、上述の平坦な金属表面、金属酸化物表面、あるいは化学的な処理を施された平坦な基材表面上に予め転写することにより、試料表面は平滑な面となり、TOF−SIMS測定での定量性を損なう要因の一つである試料表面の形態による影響は本質的に解消されている。
【0111】
平坦な転写板表面に転写されているタンパク質成分をTOF−SIMSによって測定し、イメージング測定を行う。
【0112】
そのTOF−SIMSの測定条件は、二次元的なイメージングを行うため、分析対象の生体組織の薄片試料サイズに応じて、一次イオン・ビーム径は、0.1μm〜10μmの範囲に選択することが好ましい。一次イオン種としては、一般に、金属カチオンが利用されるが、イオン化効率、質量分解能等の観点から、ガリウムイオン、セシウムイオン、また、場合によっては金(Au)イオン等が、好適に用いられる。なお、Auイオンを用いると、極めて高感度の分析が可能となる点で好ましい。その際、Auイオンのみならず、金の多原子イオンである、Au2イオン、Au3イオンを用いることができる。その際、Auイオン<Au2イオン<Au3イオンの順で、感度の上昇が図られる場合も多く、金の多原子イオンの利用は、さらに好ましい態様となる。また、同等以上の感度が得られるBiイオンやC60などその多原子イオン等を用いてもよい。
【0113】
さらに、表面分析であるので、一次イオン・ビームのエネルギーは、12keV〜25keVの範囲に選択することが好ましい。また、測定試料表面における正電荷の蓄積(チャージアップ)を回避するため、一次イオン・ビームパルスの間に、前記正電荷を解消するための低エネルギーの電子(数10eV程度)をパルス照射する。その際、一次イオン・ビームのパルス幅は、0.5ns〜10nsの範囲であることが望ましい。また、パルス周波数は、1kHz〜50kHzの範囲であることが望ましい。その他、分析領域、一次イオンの走査方法、一次イオンドーズ量などは適宜設定できる。
【0114】
一方、タンパク質はペプチド鎖からなる高分子であり、多くの場合、かかるペプチド鎖の部分断片に起因するフラグメントイオンを測定することが好ましい。少なくとも、測定されるフラグメントイオンは、アミノ酸残基数として概ね5以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が500以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることが好ましい。特には、アミノ酸残基数として概ね10以上の部分断片の質量情報を反映する、質量数(M/Z)が1000以上のイオン種(増感物質等が付加したものを含む)であることがより好ましい。標準的なTOF−SIMS測定条件を採用する場合、質量数(M/Z)が0〜10000程度の範囲内の二次イオン種が同時に得られるが、上記のように、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500〜5000程度の特徴的なフラグメントイオンを解析対象として選択することが好ましい。
【0115】
対象のタンパク質分子を識別できるフラグメントイオンを特定できた後は、TOF−SIMS測定で得た三次元データ(XY平面におけるX×Yポイントについて、それぞれの質量スペクトルが存在する。積算測定を行った四次元データとなる。)から、当該フラグメントイオンに相当する質量スペクトルにおけるピーク(強度)をXY平面で切り出したイメージ像を、上記タンパク質の二次元分布像として表示させる。検出対象とするタンパク質分子が複数種ある場合はこの操作を繰り返せばよい。このような解析をすることで、図2に例示するように、タンパク質分子ごとに、転写板表面に転写された試料面上における存在量分布として分析が可能である。さらには、別途、顕微鏡観察において測定された対応薄片試料表面のイメージと、二次イオン種のピーク強度を二次元的にイメージ表示させたものとを対照させることで、転写板表面に転写された試料面(生体組織の切断面に相当する)における、対象タンパク質分子の局在部位の特定を行うことが可能となる。
【0116】
なお、TOF−SIMSの測定で定量性を確保するためには通常、一次イオンドーズ量は、およそ表面の1%をスパッタする量に相当する1×1012イオン/cm2とする。この条件で測定した場合の、前期転写板表面に転写された試料面上のタンパク質に対する検出下限は、対象とするフラグメントイオンの質量数(M/Z)が500の場合、当該フラグメントの重量換算で100fg〜1pg/cm2程度である。すなわち、生体組織断片を直接TOF−SIMSで分析するより一桁〜二桁程度の高感度化が期待できる。さらに定量性を犠牲にすれば、原理的にはさらにその二桁の高感度化が期待できる。
【0117】
本発明の第四の形態にかかる情報取得方法用いることにより、生体組織、細胞の一断面における注目するタンパク質を直接、イメージング検出することが可能となり、新たな医療診断方法となり得る。その際、イメージングにおける空間分解能は、0.1μm〜数μm程度が期待できる。
【0118】
また、本発明の第四の形態にかかる情報取得装置は、清浄な金属表面または金属酸化物表面を形成する清浄化機構、または基材表面に化学的な処理を施す機構、採取した生体組織の断面を前記の清浄な金属表面または金属酸化物表面、若しくは化学的な処理を施した基材表面に接触させ、断面表面に存在するタンパク質成分を転写する機構、生体組織の断面から転写板の表面へと転写されたタンパク質成分をTOF−SIMSにより分析する機構、ならびに、分析結果に基づき、採取された前記生体組織試料の一つの表面上に存在している特定のタンパク質の分布状態を分析する測定結果解析機構を備えたものをも包含する。
【0119】
ここで、転写機構は、採取した生体組織の断片を固定し、転写板表面の特定の場所に、その断面上に存在するタンパク質成分の転写できるように、位置決め機能を有する設計とすることができる。さらには、タンパク質成分を転写板表面へ単分子膜レベルで転写させるため、転写の際の接触させる力を制御できる機構を有していることが好ましい。さらに、上記の採取した生体組織の断片、ならびに、転写板表面上へ転写されたタンパク質成分を取り扱う機構は、タンパク質成分の変質を防止する観点から、作業の性質上、冷却が不能な工程を除き、全て、液体窒素等の寒剤を利用して、0℃以下の温度で作業が行われるように設計されることが好ましい。
【0120】
以上、本発明を第一〜第四の形態に分けて説明した。これら各形態で説明した内容は常識的な範囲で、他の形態でも適宜採用することができ、説明したそれぞれの形態に限定されるものではない。
【0121】
また、本発明は、各形態で説明した本発明の構成要素を、別の形態で説明した構成要素と置き換えたものをも包含する。
【実施例】
【0122】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。以下に示す具体例は、本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない。
【0123】
(実施例1)
合成ペプチドをスポッティングしたチップの作製
不純物を含まないシリコン基板上にTiを5nm、次いでAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は、下記合成ペプチドをスポッティングする前に以下の処理を行った。
【0124】
過酸化水素水(30%溶液)100μlをガラス製ビーカーにとり、この中へ濃硫酸300μlをゆっくり滴下し、軽く震盪しながら撹拌した。その後、この溶液を80℃に加熱し、この溶液中で上記のAu付きシリコン基板を5分間洗浄した。続いて該基板を取り出し、丁寧に蒸留水で洗浄した後、風乾させた。次に、シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドI(ペプチド配列:GGGG CGGGGG、C21H34N10O11S (平均分子量:634.61、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:634.21)の10μM水溶液を調製した。合成ペプチドとしてCystein(Cys)を含むものを選択したのは、このアミノ酸残基に含まれるSH基が金と結合し、該ペプチドが基板に固定されることが期待されたためである。また、後述の銀鏡反応で、銀または銀イオンによりペプチドを修飾する際にも、銀とイオウの親和性が高いことからイオウを含む方が有利と判断したためである。上記の合成ペプチドIを含む水溶液をピン法により、前記Au付きシリコン基板上にスポッティングした。スポッティングの間隔は1mmとし、上記基板の中央部に計8×8点形成した。このようなチップを複数枚作製した。
【0125】
(実施例2)
実施例1で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例1で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0126】
一次イオン:25kV Ga+、0.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:2.5kHz(400μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約5μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:256
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にAuが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用い、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0127】
(実施例3)
実施例1で作製したチップの銀鏡反応処理
実施例1で作製したチップを風乾し、ほぼ水分が蒸発したところで、このチップに対し以下の処理(銀鏡反応)を行った。
【0128】
まず、硝酸銀水溶液を調製した後、アンモニア水を加えて銀をアンモニア錯体とした。アンモニア錯体としたのは薬液をアルカリ性にしたときに銀が酸化銀となって析出するのを防ぐためや、銀の酸化還元電位の値を安定化させるためである。次に、上記基板の表面に、銀のアンモニア錯体を含む水溶液を適量滴下し、10分間放置した。その後、ホルムアルデヒド水溶液に水酸化ナトリウムを加え弱アルカリ性とした水溶液を、上記基板の表面に適量滴下した。10分間放置後、丁寧に蒸留水で洗浄した後、風乾させた。
【0129】
(実施例4)
実施例3で処理したチップのTOF−SIMS分析
実施例2と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にAgが付加し、さらに、酸素が2原子付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図1(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図1(b)にそれぞれ示した。図1中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(合成ペプチドI)+(Ag)+2(O)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応している。右側の矢印を付けたピークは109Agを含むもので、そのm/z値(775.1)は、[(合成ペプチドI)+(109Ag)+2(O)]+の理論値にほぼ一致した。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0130】
(実施例5)
絶縁基板上に合成ペプチドをスポッティングしたチップの作製
まず、特開平11−187900号公報に記載の方法に準じて、石英ガラス基板の表面処理を行った。
【0131】
25.4mm×25.4mm×1mmの合成石英基板をラックに入れ、純水で10%に稀釈した超音波洗浄用洗剤(ブランソン:GPIII)に一晩浸した。その後、該洗剤中で20分間超音波洗浄を行い、その後、水洗により洗剤を除去した。純水洗浄後、純水の入った容器中でさらに超音波処理を20分間行った。次に、予め80℃に加温した1N水酸化ナトリウム水溶液に、この基板を10分間浸した。引き続き水洗、純水洗浄を行って、そのまま乾燥せず、洗浄済基板として、次工程に供した。
【0132】
アミノ基を結合したシランカップリング剤、N−β−(アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン KBM603(信越化学工業)の1wt%水溶液を室温下で2時間攪拌し、該シラン化合物の分子内のメトキシ基を加水分解した。この溶液に、上記(1)で得た洗浄済基板を室温で1時間浸漬した後、純水で洗浄し、窒素ガスを基板の両面に吹き付けて乾燥させた。次に、基板を120℃に加熱したオーブン中で1時間ベークして、最終的に基板表面にアミノ基を導入した。次いで、N−マレイミドカプロイロキシスクシンイミド(同仁化学研究所:以下、EMCS)2.7mgを、ジメチルスルホキシド(DMSO)/エタノールの1:1(容量比)溶液に濃度が0.3mg/mlとなる様に溶解した。前記シランカップリング処理を行った石英基板を、このEMCS溶液中に室温で2時間浸漬して、シランカップリング処理によって基板表面に導入されているアミノ基と、EMCSのスクシイミド基を反応させた。この反応に伴い、基板表面にはEMCS中のマレイミド基が存在することになる。EMCS溶液から引き上げた基板は、前記DMSO/エタノール混合溶媒、及びエタノールで順次洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて乾燥させた。続いて、実施例1と同様の方法で、上記の表面処理した石英基板に、合成ペプチドIを含む水溶液をスポッティングした。すなわち、シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドIの10μM水溶液を調製し、この水溶液をピン法により、前記の表面処理した石英基板上にスポッティングした。スポッティングの間隔は1mmとし、上記基板の中央部に計8×8点形成した。このようなチップを複数枚作製した。なお、合成ペプチドIはSH基を含むので、この置換基がマレイミド基に付加反応し、該合成ペプチドIが基板表面に固定されると考えられる。
【0133】
(実施例6)
実施例5で作製したチップの銀鏡反応処理
実施例3に示した方法と同様の方法で銀鏡反応処理を行った。この試料を以下のTOF−SIMS分析に供した。
【0134】
(実施例7)
実施例5で作製したチップおよび実施例6で処理したチップのTOF−SIMS分析
実施例2と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、実施例6の銀鏡反応処理を行ったチップの正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例4に示したものと同様のピークを観測した。合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。
【0135】
なお、銀鏡反応処理を行わないチップ(実施例5)では、上記の親イオンに準じる二次イオンピークは観測されなかった。また、親分子に相当する質量域においても二次イオンピークは観測されなかった。
【0136】
本発明の方法により、複数のプロテインが基板上に配置されたプロテインチップに関して、該プロテインの「質量情報」を用いてイメージング測定することで、前記複数のプロテイン毎の二次元分布状態を高空間分解能(〜1μm)で可視化することが可能となる。本発明は、絶縁性基板上のプロテインチップについても適用し得る。
【0137】
(実施例8)
シリコン基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
基板としては不純物を含まないシリコン基板をアセトンおよび脱イオン水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。Phoenix Pharmaceuticals社より購入したMorphiceptin(ペプチド配列:Tyr−Pro−Phe−Pro、C28H33N4O6(平均分子量:521.58、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:521.24)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。この水溶液を、マイクロピペッターを用いて、前記シリコン基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、前記Mophiceptin水溶液をスポッティングした位置に重ねて約10μMの硝酸銀水溶液をマイクロピペッターを用いて、スポッティングした。この基板を風乾した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0138】
(実施例9)
実施例8で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例8で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0139】
一次イオン:25kV Ga+、1.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:7.5kHz(150μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:600秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、Morphiceptinの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図2(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図2(b)にそれぞれ示した。図2中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(Morphiceptin)+(Ag)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応している。右側の矢印を付けたピークは109Agを含むもので、そのm/z値は、[(Morphiceptin)+(109Ag)]+の理論値(630.15)にほぼ一致した。また、Morphiceptinの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該Morphiceptinの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。(図2(c))
(実施例10)
ガラス基板(絶縁基板)へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
25.4mm×25.4mm×1mmの合成石英基板をアセトンおよび蒸留水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。Phoenix Pharmaceuticals社より購入したMorphiceptin(ペプチド配列:Tyr−Pro−Phe−Pro、C28H33N4O6(平均分子量:521.58、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:521.24)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。これに小過剰の硝酸銀を加えた。前記の水溶液を、マイクロピペッターを用いて、前記合成石英基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0140】
(実施例11)
実施例10で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例10で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0141】
一次イオン:25kV Ga+、2.4pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10kHz(100μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:1200秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。
【0142】
その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例8および9に示したものと同様なMorphiceptinの親イオンに準じる、二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図3に示した。
【0143】
(実施例12)
Au/Si基板上へのペプチドをスポッティングおよびナトリウムイオン処理
不純物を含まないシリコン基板上にAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は下記合成ペプチドをスポッティングする直前に作成した物を用いた。
【0144】
シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドI(ペプチド配列:YYYYCYYYYY、C84H88N10O20S(平均分子量:1589.72、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:1588.59)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。この水溶液に小過剰の炭酸ナトリウムを加えた。前記水溶液をマイクロピペッターを用いて、前記基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0145】
(実施例13)
実施例12で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例12で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0146】
一次イオン:25kV Ga+、1.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:7.5kHz(150μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:200μm×200μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:64
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、合成ペプチドIの親分子にNaが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図4(a)に、同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを図4(b)にそれぞれ示した。図5中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(合成ペプチドI)+(Na)]+に相当するもので、そのm/z値は、[(合成ペプチドI)+(Na)]+の理論値(1612.58)にほぼ一致した。また、合成ペプチドIの親イオンに準じる、この二次イオンを用いることで、該合成ペプチドIの二次元分布状態を反映した二次元イメージ像を得ることができた。(図4(c))
〔比較例1〕
Au/Si基板上へのペプチドのスポッティング(化学修飾処理なし)と、TOF−SIMS分析
不純物を含まないシリコン基板上にAuを100nm成膜した。このAu付きシリコン基板は下記合成ペプチドをスポッティングする直前に作成した物を用いた。
【0147】
シグマジェノシスジャパン社より購入した合成ペプチドII(ペプチド配列:YYYYCYYYYY、C84H88N10O20S(平均分子量:1589.72、同位体存在比が最も高い元素からなる分子の質量:1588.59)の10μM水溶液を脱イオン水を用いて調製した。前記水溶液をマイクロピペッターを用いて、前記基板上にスポッティングした。このようにして作成した基板を冷蔵庫内で乾燥した後、TOF−SIMS分析に用いた。実施例13と同じ条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例13で観測されたような合成ペプチドIIの親イオンに準じるピークは観測されなかった。(図5)
(実施例14)
シリコン基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
基板としては不純物を含まないシリコン基板をアセトン、イソプロパノール、および脱イオン水の順番で洗浄し、乾燥させた物を用いた。
【0148】
次に、下記の3種類のペプチドを、脱イオン水に溶解した。
【0149】
ペプチド1):Morphiceptin(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列 Tyr−Pro−Phe−Pro−NH2;平均分子量521.58)
ペプチド2):Ghrelin(1−5)−NH2(Des−Octanoyl3)(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列:Gly−Ser−Ser−Phe−Leu−NH2、(平均分子量:508.10)
ペプチド3):合成ペプチド3(シグマジェノシスジャパン社製;(ペプチド配列:Gly−Gly−Gly−Gly−Cys−Gly−Gly−Gly−Gly−Gly、(平均分子量:634.61)
また、イオン化促進物質として、硝酸銀を同様に脱イオン水に溶解した。
【0150】
次に、アセチレンアルコール(商品名:アセチレノールEH;川研ファインケミカル(株)社製)1wt%を含む水溶液を用意し、上記各ペプチド水溶液と、硝酸銀水溶液に加え、各溶液の最終濃度が40μmol/lとなるように調整した。
【0151】
これらの液体をバブルジェット(R)プリンター(商品名:BJF850;キヤノン(株)社製)用インクタンクにそれぞれ充填し、バブルジェット(R)ヘッドに装着した。なおここで用いたバブルジェット(R)プリンターは平板への印刷が可能な様に改造を施したものである。なお、スポッティング時の吐出量は4pl/dropletで、スポッティングの範囲は基板の中央部に10mm×10mmの範囲に150dpiすなわち169μmのピッチで吐出した。
【0152】
次いでこのプリンターの平板用トレーに上記シリコン基板を装着し、ペプチドを含む液体をシリコン基板上にスポッティングした。吐出した液滴の数は、12個×12列=144個とし、ペプチド1)、ペプチド2)、ペプチド3)、ペプチド1)、ペプチド2)、…のように、順番に種類の異なるペプチドを配置した。各列のペプチドは同じになるように配置した(図6)。
【0153】
このようにして作成した基板を室温で乾燥した後、上記ペプチドスポットと同じ位置に重ねて、上記硝酸銀水溶液を、スポッティングした。この基板を風乾した後、TOF−SIMS分析に用いた。
【0154】
(実施例15)
実施例14で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例14で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0155】
一次イオン:25kV Ga+、2.4pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10kHz
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:210秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。この領域のスペクトル拡大図を図7にそれぞれ示した。図7中、矢印を付けたピークは上記のイオン[(各ペプチド分子)+(Ag)]+に相当するもので、矢印二本はそれぞれ二つのAgの同位体(質量数:107,109)に対応していた。
【0156】
上記各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを用いて、二次元イメージを構成したところ、選択した二次イオンのm/z値に応じて図8のようなイメージが得られた。これをプリンターでの印字ファイルと比較したところ、プリンターでスポッティングした順に、各ペプチド+Agの質量に対応したイメージが得られていることが確認できた。
【0157】
これらのことから、タンパクを複数種分析する場合においても、一つの基板内に複数種をまとめて、バブルジェット(R)プリンターでスポッティングすることにより、複数のタンパクが混じったりすることなく、1度に分析を行うことができた。
【0158】
(実施例16)
シリコン基板へのペプチド・銀イオン混合溶液のスポッティング
実施例14と同様に処理したシリコン基板を用意した。また、3種類のペプチド溶液と硝酸銀溶液も実施例14と同様に用意した。更に、ペプチド1)溶液と、硝酸銀溶液、ペプチド2)溶液と硝酸銀溶液、ペプチド3)溶液と硝酸銀溶液を、それぞれ実施例14と同じバブルジェット(R)プリンターのインクタンクに充填する直前に混合し、実施例14と同様にスポッティングした分析用基板を用意した。
【0159】
このようにして作製した分析用基板を実施例15と同様にして分析したところ、同様のイメージが得られた。
【0160】
(実施例17)
シリコン基板へのペプチド、ナトリウムイオン混合溶液のスポッティング
実施例16と、イオン化促進剤を硝酸銀溶液から、炭酸ナトリウム水溶液に変えた以外は、同様にして作製した分析用基板を用意した。これを実施例15と同様にして分析した。この際各ペプチドの親分子にNaが付加した質量に相当する二次イオンを用いて、二次元イメージを構成したところ、選択した二次イオンのm/z値に応じたイメージが得られた。これをプリンターでの印字ファイルと比較したところ、プリンターでスポッティングした順に、各ペプチド+Naの質量に対応したイメージが得られていることが確認できた。
【0161】
(実施例18)
ガラス基板へのペプチドのスポッティングおよび銀イオン処理
1インチ角の合成石英基板を洗剤洗浄、脱イオン水洗浄した後に、アセトン、イソプロピルアルコール、および酢酸ブチルの順番で洗浄し、120℃20分乾燥させた物を用意した。
【0162】
この基板上に、実施例14と同じ3種類のペプチド溶液と、硝酸銀を、実施例14と同じ配列で、同様にしてスポッティングした基板を作製した。
【0163】
(実施例19)
実施例18で作製したチップのTOF−SIMS分析
実施例18で作製したチップを風乾し、これをION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて分析した。測定条件を以下に要約する。
【0164】
一次イオン:25kV Ga+、0.6pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:2.5kHz(400μs/shot)
一次イオンパルス幅:約1ns
一次イオンビーム直径:約3μm
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算時間:1200秒
このような条件で正および負の二次イオン質量スペクトルを測定した。その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、実施例15に示したものと同様な各ペプチドの親イオンに準じる、二次イオンを検出することができ、これらのイオンにより、二次イオン像を構成したところ、各ペプチドの配置位置に応じたイメージが得られた。
【0165】
即ち、絶縁基板上でも導電性基板と同様の効果が得られた。
【0166】
(実施施例20)
前処理室付情報取得装置
図9は本実施例の情報取得装置を示す簡略図である。
【0167】
本発明の装置を用いて複数のペプチドが混在する試料41を分析した実施例を下記に示す。本発明の装置は、飛行時間型質量分析計を有する分析装置であり、一次ビームとしては、Auイオン銃を用い、前処理室に有する吐出装置により、液滴を付与するものである。被測定試料41は合成石英ガラス基板上に複数のペプチドが混在するものである。試料中に存在する事が予想されるペプチドを用意し、実施例14と同様の有機溶媒を加え、ノズル42〜45に充填する。本実施例では下記の4種類のペプチドをそれぞれ異なるノズルに充填した。
【0168】
ペプチド1)〜3):実施例14と同じ
ペプチド4):CasoxinD(Phoenix Pharmaceuticals社製;ペプチド配列 Tyr−Val−Pro−Phe−Pro−Pro−Phe;平均分子量866.03)
更に、別のノズル46に硝酸銀溶液を加え、また別のノズル47には、通常バブルジェットプリンター用インクに用いられるマゼンタインクを充填した。
【0169】
この後、シリコン基板48を載せ、各ペプチド、マゼンタインクを200dpiのピッチでスポッティングした。更に、上記ペプチドスポット上にのみ硝酸銀溶液をスポッティングした。次に、CCD49で位置を確認しながら、被測定試料41の所望の位置に同様にして硝酸銀溶液をスポッティングした。スポッティングした位置は、試料ステージ50の位置情報として制御用コンピューター51によって記録した。このようにして作製した試料41とシリコン基板48を前処理チャンバー53内で乾燥した後、イントロチャンバー54で予備排気を行い、測定チャンバー55に試料41を移動した。その後、まずシリコン基板48を下記のような条件で正および負の二次イオン質量スペクトル分析を行った。
【0170】
一次イオン:25kV Au3+、0.05pA(パルス電流値)、ラスタースキャンモード
一次イオンのパルス周波数:5kHz(200μs/s)
一次イオンパルス幅:約1ns
測定領域:300μm×300μm
二次イオン像のpixel数:128×128
積算回数:128
その結果、正の二次イオン質量スペクトルにおいて、各ペプチドの親分子にAgが付加した質量に相当する二次イオンを検出することができた。
【0171】
これらの各イオンを用いて、被測定試料41のイメージング分析を行った。先に記録した位置にステージを移動し、試料41の分析を行ったところ、硝酸銀をスポッティングした領域で、図10のようにペプチド1)と、ペプチド3)にAgが付加した質量に相当する二次イオンが検出され、被測定試料41はペプチド1)とペプチド3)が2次元的に分布を持って存在する試料であることが、二次イオンイメージ像から判明した。
【0172】
(実施施例21)
本例では、生体組織の試料薄片をスライドガラスの平坦な表面上に貼り付け、その試料薄片の表面に対して、下記する手順により増感物質による処理を施す例を示す。
【0173】
測定対象のタンパク質分子としては、特開2004−77268号公報に開示されている、癌組織に関連する4N1Kペプチドなどが挙げられる。分析対象の生体組織試料として、癌組織である病変切片を採取する。4N1Kペプチドを対象とする場合、この病変切片から調製した薄片試料の表面に、プロテアーゼ(マトリクスメタロプロテアーゼ3:MMP3)による消化処理を施す。次いで、薄片試料を、ガラス基板などの平坦な表面を有する基材上へ貼り付け、固定する。
【0174】
その後、該薄片試料の表面に、バブルジェット(R)法などにより、硝酸銀水溶液を付与する。この増感物質を含む溶液として利用する硝酸銀水溶液は、例えば、濃度0.5mmol/LのAgNO3水溶液が利用できる。該水溶液を、例えば、塗布量0.5μL/cm2で薄片試料表面に付与する。このAgNO3水溶液で表面を覆った状態で、10分間、 室温で放置し、薄片試料表面に存在しているタンパク質成分に、水溶液中に溶解している溶質イオン種を作用させる。その後、表面を覆っているAgNO3水溶液を純水洗浄により除去する。
【0175】
次いで、基材の平坦な表面上に貼り付けた状態で、増感物質による処理済み薄片試料を減圧乾燥器にて5分間乾燥し、その後、TOF−SIMS分析装置の予備排気室で乾燥する。
【0176】
TOF−SIMS分析では、TSP−1タンパク質(癌組織における血管新生および癌の進行に関与するタンパク質)の断片ペプチドである4N1Kペプチドに起因するフラグメントイオンとして、KRFYVVMWKKの部分構造からなるカチオン種(増感物質が付加したものを含む)を利用できる。なお、薄片試料の表面に対する、プロテアーゼ消化処理工程は、薄片試料を基材表面に貼り付け、固定した後に、実施することも可能である。この種の生体組織中では、共存している酵素タンパク質の生理活性によって、対象とするタンパク質分子が変質を受ける場合があり、一連の操作において、試料温度を0℃以下に保持することが好ましい。
【0177】
生体組織の薄片試料表面に存在しているタンパク質成分を、TOF−SIMSによって、イメージング測定を行う際、本実施態様において利用可能なTOF−SIMS分析条件の一例を以下に示す。なお、測定領域の範囲は、薄片試料自体のサイズ、また、特定のタンパク質分子において、想定される分布状態(局在部位など)を考慮の上、適宜変更することができる。
【0178】
<一次イオン>
一次イオン:25 keV Ga+、0.1 pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10 kHz(100μs/shot)
一次イオン・パルス幅:1ns (Duty比 1/100,000)
一次イオン・ビーム径:約0.5μm
電子線照射: パルス電流量 10μA; パルス幅 96μs
<二次イオン>
二次イオン検出モード:positive
二次イオン引き出し電圧:2kV
測定領域:50μm×50μm
二次イオンimageのpixel数:128×128
積算回数:256
ホルダ温度: 0℃
上記の測定条件では、二次元イメージングにおける空間分解能は、1μmに相当する。
【0179】
また、上記の一次イオン・ビームの照射条件では、スッパタリング深さは、乾燥された薄片試料の最表面から深さ約1nmの範囲内に相当する。
【0180】
一方、上記の増感物質による処理を施さず、減圧乾燥処理のみを行った、乾燥された薄片試料では、一般的には、対象のタンパク質分子を識別できる質量数(M/Z)が500以上のフラグメントイオンを高感度に検出することは難しい。
【0181】
ここに示した方法を利用すると生体組織の構成物の分布状態を把握可能となり、分布状態に基づいて、測定対象とした組織が悪性の癌であるか、良性の腫瘍であるか等判別することができる。さらに、検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することができる。これにより疾病の診断が可能となる。
【0182】
(実施施例22)
本例では、金表面に固定された牛胸腺アルブミン(BSA)を対象として、TOF−SIMS法による二次元分析能力の確認を行った。
【0183】
特開2004−085546号公報に開示された方法に準じ、牛胸腺アルブミン(BSA)を含む水溶液をバブルジェット(R)法により吐出させ、予め清浄化した金基板上にBSAからなるスポットを形成した。
【0184】
BSAは、市販品(シグマ−アルドリッチ ジャパン)を使用し、水溶液中のタンパク質濃度は約1μMとした。また、各スポット当たりの吐出量は、約4plとし、スポット径は約50μmであった。塗布されたBSAは、清浄化した金基板表面において、単分子膜レベルのスポットを形成した。なお、BSAには、システイン(Cysteine)残基が含まれており、このシステイン側鎖のSH基と表面の金原子の反応により、表面に対するペプチド鎖の結合が図られている。スポット形成後、約10分間自然乾燥させた。なお、前記スポットにおける、BSAの表面密度は、0.05pmol/cm2に相当する。その後、ION TOF社製TOF−SIMS IV型装置を用いて、TOF−SIMS分析を行った。以下に測定条件をまとめて示す。
<一次イオン>
一次イオン:25 keV Ga+、0.1 pA(パルス電流値)、ランダムスキャンモード
一次イオンのパルス周波数:10 kHz(100μs/shot)
一次イオン・パルス幅:1ns (Duty比 1/100,000)
一次イオン・ビーム径:約0.5μm
電子線照射: パルス電流量 10μA; パルス幅 96μs
<二次イオン>
二次イオン検出モード:positive
二次イオン引き出し電圧:2kV
測定領域:50μm×50μm
二次イオンimageのpixel数:128×128
積算回数:256
ホルダ温度: 0℃
上記の条件で、径約50μmのスポット部分のTOF−SIMS分析を行ったところ、Pro残基由来のフラグメントイオンと考えられるC4H6N+(M/Z=68)、C4H8N+(M/Z=50)、
Arg残基由来のフラグメントイオンと考えられるCH3N+(M/Z=29)、C2H7N3+(M/Z=73)、C4H10N3+(M/Z=100)、C4H11N3+(M/Z=101)、C5H8N3+(M/Z=110)、
Trp残基由来のフラグメントイオンと考えられるC9H8N+(M/Z=130)、C10H11N+(M/Z=145)、C11H8NO+(M/Z=170)、
Cys残基由来のフラグメントイオンと考えられるC2H6NS+(M/Z=76)、CHS+(M/Z=45)
などに対応するピークが観測された。また、これらの二次イオンによる二次元分布像からは、バブルジェット(R)法で形成した、径約50μmのスポットに対応する輪郭を確認することができた。
【0185】
このように、清浄な金表面上に存在する単分子膜レベルのBSAに対し、TOF−SIMS分析を行うと、BSAを識別する上で利用可能な、アミノ酸残基に特徴的なフラグメント・イオンを、二次イオンとして検出することができている。また、これらの二次イオンのイオン強度を二次元的にプロットすることで、空間分解能〜1μm程度の二次元分布像を得ることができた。
【0186】
さらには、測定された二次イオンのイオン強度に基づき、上記の測定条件において、二次元イメージング分析が可能な、タンパク質分子の面密度下限は、およそ1pmol/cm2に相当すると見積もられる。
【0187】
なお、一次イオン・ビーム径は、0.1μm程度まで絞ることもでき、よりビーム径の小さな一次イオンを利用し、ピクセル数を増す測定条件を採用すれば、より分解能の高い二次元分布像を得ることもできる。また、BSAを識別する上で利用可能な、ペプチド鎖の部分断片に相当する特徴的な二次イオンを生成させるため、TOF−SIMS分析の前に、必要に応じて、ペプチド鎖に対して増感物質を共存させてもよい。
【0188】
(実施施例23)
本例では、下記する手順により、生体組織の試料薄片を平坦な金属表面上に接触させ、試料薄片の表面から金属表面上に転写されるタンパク質分子に関して、TOF−SIMS法を利用して、タンパク質分子の種類ごとの二次元分布解析を行う例を示す。
【0189】
採取した生体組織の切断面上に存在するタンパク質分子を金基板表面への転写し、TOF−SIMSを用いてタンパク質の種類ごとの二次元分布を解析する工程の概要について説明する。
【0190】
測定対象のタンパク質分子としては、特開2004−77268号公報に開示されている、癌組織に関連する4N1Kペプチドなどが挙げられる。分析対象の生体組織試料として、癌組織である病変切片を採取する。4N1Kペプチドを対象とする場合、この病変切片から調製した薄片試料の表面に、プロテアーゼ(マトリクスメタロプロテアーゼ3:MMP3)による消化処理を施す。次いで、薄片試料のプロテアーゼ消化処理を施した切断面を、平坦な金表面を有する基材上へ接触させる。その後、TOF−SIMS分析装置の予備排気室で乾燥させ、TOF−SIMS分析に供する。
【0191】
なお、基材表面上に転写されたタンパク質成分の二次元的分布に影響を及ぼさない場合、前記プロテアーゼ消化処理を、基材表面上への転写処理を終えた後に、実施することも可能である。具体的には、基材表面上に転写されたタンパク質成分は、そのペプチド鎖が表面に結合されている際には、その後、プロテアーゼ消化処理を施しても、その二次元的分布自体は保持される。
【0192】
また、4N1Kペプチドを識別する上で利用可能な、該ペプチド鎖のアミノ酸配列に特徴的な二次イオンを生成させるため、TOF−SIMS分析の前に、必要に応じて、ペプチド鎖に対して増感物質を共存させてもよい。この種の生体組織中に共存している酵素タンパク質の生理活性によって、対象とするタンパク質分子が変質を受ける場合があり、一連の操作において、試料温度を0℃以下に保持することが好ましい。
【0193】
TOF−SIMS分析条件は、上記実施例22で記載した条件と同様とできるが、測定領域の範囲は、転写を行う薄片試料自体のサイズ、また、分析対象のタンパク質分子において、想定される分布状態(局在部位など)を考慮の上、適宜変更することができる。
【0194】
本例では、4N1Kペプチド由来する二次イオン種として、KRFYVVMWKKの部分構造からなるカチオン種(増感物質が付加したものを含む)を利用できる。
【0195】
ここに示した方法を利用すると生体組織の構成物の分布状態を把握可能となり、分布状態に基づいて、測定対象とした組織が悪性の癌であるか、良性の腫瘍であるか等判別することができる。さらに、検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することができる。これにより疾病の診断が可能となる。
(実施例24)
本例では、実施例21に示した方法をさらに発展させた方法について述べる。実施例21と異なる点は、プロテアーゼによる消化処理を、基材上への病変切片の貼り付け後に実施する点と、上記消化処理をバブルジェット(R)法などのインクジェット法による液滴付与により実施する点である。その際、消化酵素を含む液滴を安定して吐出させるために、吐出液に界面活性剤などを加えてもよい。このように、消化酵素を用いて注目するタンパク質を限定分解する処理と、TOF−SIMS分析で左記分解物に由来するイオン種のイオン化を促進するための物質を付与する処理の両者を、ともにインクジェット法を用いて行うことで、病変組織内における上記タンパク質の初期分布状態を反映した二次元分布状態を得ることができる。なお、消化酵素で限定分解された分解物のイオン種から、分解前のタンパク質を特定するには開示されているプロテオーム解析結果(各種データベース)を利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0196】
【図1】実施例4における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図である。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトルを示す。
【図2】実施例9における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトル、(c)は得られた二次イオン質量スペクトルを用いたイメージング像を示す。
【図3】実施例11における実測の正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。
【図4】実施例13における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。(a)は実測スペクトル、(b)は同位体存在比を基に算出した理論スペクトル、(c)は得られた二次イオン質量スペクトルを用いたイメージング像を示す。
【図5】比較例1における実測の正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図を示す。
【図6】実施例14における、ペプチドの配置図である。
【図7】実施例14における正の二次イオン質量スペクトルの部分拡大図である。(a)はペプチド1)のスペクトル、(b)はペプチド2)のスペクトル、(c)はペプチド3)のスペクトルである。
【図8】図7で示したスペクトルを用いた二次イオン像である。
【図9】実施例20における情報取得装置略図である。
【図10】実施例20における二次イオン像である。
【図11】本発明の第三の形態にかかる情報取得方法を模式的に示す図であり、例として生体組織試料の切断薄片に対し、該切断面上への増感物質を含む溶液付与により、切断面上に存在するタンパク質成分への増感物質の作用、結合、ならびに、増感物質の作用、結合処理が施された、切断面上に存在するタンパク質成分のTOF−SIMSイメージング像を概念的に示す図である。
【図12】本発明の第四の形態にかかる情報取得方法を模式的に示す図であり、例として生体組織試料の切断面上に存在するタンパク質成分の転写板への転写、ならびに、転写板への転写されたタンパク質成分のTOF−SIMSイメージング像を概念的に示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物に関する情報を取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法。
【請求項2】
前記対象物がタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記飛翔した対象物が、
(1)前記対象物の親分子に相当するイオン、
(2)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(4)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1からし10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
(5)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加した質量数に相当するイオン、
(6)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(7)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記対象物のイオン化を促進する工程は、前記対象物と前記イオン化を促進するための物質とを接触させた後、前記接触させた部分に一次イオンを照射する工程であることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項5】
飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて対象物に関する情報を取得するための装置であって、
前記対象物に前記対象物のイオン化を促進する物質を接触させるための手段と、
前記対象物と前記対象物のイオン化を促進する物質との接触部にイオンビームを照射するための手段とを備え、
前記照射手段による照射により、少なくとも一部がイオン化された前記対象物の質量に関する情報を取得することを特徴とする情報取得装置。
【請求項6】
対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、
集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法。
【請求項7】
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程が、イオン化促進物質を含む水溶液を用いるものであって、かつ、一回の処理工程であることを特徴とする請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項8】
前記対象物のイオン化を促進するための物質が、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項7に記載の情報取得方法。
【請求項9】
前記対象物の質量に関する情報が、
(1)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加した質量数に相当するイオン、
(2)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1からし10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかの質量に関する情報であることを特徴とする請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項10】
前記対象物を用意する工程、前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程の少なくとも一つは、液滴を付与して行われる請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項11】
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項12】
前記イオン化を促進するための処理が、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための物質を前記構成物に付与する処理または前記構成物を消化酵素を用いて分解する処理の少なくとも一つであることを特徴とする請求項11に記載の情報取得方法。
【請求項13】
前記イオン化を促進するための物質を前記構成物に付与する処理及び前記構成物を消化酵素を用いて分解する処理を共にインクジェット法を用いて行う請求項12に記載の情報取得方法。
【請求項14】
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項15】
前記試料と接触する前記基材表面は、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進させる物質を含んでいるか、または前記構成物の前記基材側への移動を促進するための化学処理が施されていることを特徴とする請求項14に記載の情報取得方法。
【請求項16】
疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、請求項11または14に記載の情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする検出方法。
【請求項17】
前記生体組織の構成物にはタンパク質が含まれ、該タンパク質を構成する質量数500〜5000の範囲のペプチドに由来する飛翔イオン種の分布状態を利用して前記特有な物質の有無を検出する請求項16に記載の検出方法。
【請求項1】
対象物に関する情報を取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を用いて前記対象物のイオン化を促進して前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて取得する工程とを備えることを特徴とする情報取得方法。
【請求項2】
前記対象物がタンパク質であることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記飛翔した対象物が、
(1)前記対象物の親分子に相当するイオン、
(2)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(4)前記対象物の親分子に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1からし10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
(5)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加した質量数に相当するイオン、
(6)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(7)前記対象物の部分構造に、特定の金属または金属クラスターが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記対象物のイオン化を促進する工程は、前記対象物と前記イオン化を促進するための物質とを接触させた後、前記接触させた部分に一次イオンを照射する工程であることを特徴とする請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項5】
飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて対象物に関する情報を取得するための装置であって、
前記対象物に前記対象物のイオン化を促進する物質を接触させるための手段と、
前記対象物と前記対象物のイオン化を促進する物質との接触部にイオンビームを照射するための手段とを備え、
前記照射手段による照射により、少なくとも一部がイオン化された前記対象物の質量に関する情報を取得することを特徴とする情報取得装置。
【請求項6】
対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する方法であって、
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程と、
集束し、パルス化し、かつ走査可能な一次ビームを用い、前記対象物をイオン化し、前記対象物を飛翔させる工程と、
前記飛翔した対象物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得する工程を備えることを特徴とする情報取得方法。
【請求項7】
前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程が、イオン化促進物質を含む水溶液を用いるものであって、かつ、一回の処理工程であることを特徴とする請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項8】
前記対象物のイオン化を促進するための物質が、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項7に記載の情報取得方法。
【請求項9】
前記対象物の質量に関する情報が、
(1)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加した質量数に相当するイオン、
(2)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加した質量数に相当するイオン、
(3)前記対象物そのものの質量(親分子の質量)に、Ag、Auなどの金属元素、並びに、Na、Kなどのアルカリ金属元素の中の少なくとも一つが付加し、これに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1からし10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が付加し、さらに、水素、炭素、窒素、酸素の中から選ばれる1から10のいずれかの数の原子(複数元素の組み合わせを含む)が脱離した質量数に相当するイオン、
のいずれかの質量に関する情報であることを特徴とする請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項10】
前記対象物を用意する工程、前記対象物のイオン化を促進するための物質を付与する工程の少なくとも一つは、液滴を付与して行われる請求項6に記載の情報取得方法。
【請求項11】
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を前記対象物として用意する工程、
前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための処理を行う工程、
集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項12】
前記イオン化を促進するための処理が、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進するための物質を前記構成物に付与する処理または前記構成物を消化酵素を用いて分解する処理の少なくとも一つであることを特徴とする請求項11に記載の情報取得方法。
【請求項13】
前記イオン化を促進するための物質を前記構成物に付与する処理及び前記構成物を消化酵素を用いて分解する処理を共にインクジェット法を用いて行う請求項12に記載の情報取得方法。
【請求項14】
対象物を構成する構成物の質量に関する情報を飛行時間型質量分析計を用いて取得し、取得した質量情報に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る情報取得方法であって、
生体組織の構成物を含む試料を用意する工程、
前記試料を基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させる工程、
前記構成物の少なくとも一部が移動した前記基材を前記対象物として、集束したイオンビームを前記対象物に照射し、前記構成物に由来するイオン種を飛翔させる工程、及び
前記飛翔したイオン種の強度を飛行時間型質量分析計を用いて測定し、該測定値に基づいて前記構成物の分布状態に関する情報を得る工程、を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項15】
前記試料と接触する前記基材表面は、前記構成物に由来するイオン種のイオン化を促進させる物質を含んでいるか、または前記構成物の前記基材側への移動を促進するための化学処理が施されていることを特徴とする請求項14に記載の情報取得方法。
【請求項16】
疾病に特有な物質の検体中での有無を検出する方法であって、請求項11または14に記載の情報取得方法を利用して検体中における疾病に特有な物質の有無を検出することを特徴とする検出方法。
【請求項17】
前記生体組織の構成物にはタンパク質が含まれ、該タンパク質を構成する質量数500〜5000の範囲のペプチドに由来する飛翔イオン種の分布状態を利用して前記特有な物質の有無を検出する請求項16に記載の検出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2006−10658(P2006−10658A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−197265(P2004−197265)
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年7月2日(2004.7.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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