説明

拡声通話装置

【課題】音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチの動作を安定させて通話の途切れを防ぐ。
【解決手段】第1及び第2の音声信号処理部50,51の音声信号処理に起因した遅延時間を第1及び第2の遅延手段60,61による遅延時間で相殺する。故に、第1及び第2の音声信号処理部50,51が音声信号処理を行っている場合においても音声スイッチVSの通話状態推定処理に誤りが生じにくくなり、音声スイッチVSのブロッキングによる通話音声の途切れを防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、住宅、事務所、工場等で用いられる拡声通話装置(インターホン、電話機、PHS等)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、通話時にハンドセットを持つ必要がなく、通話端末から離れた通話者に対して相手側の通話端末から伝送されてくる音声信号をスピーカにより送出し、かつ、上記通話者の発する音声をマイクロホンにより集音して相手側通話端末へ伝送することで半二重通話を可能とする拡声通話装置が提供されている。このような拡声通話装置においては、その構成要素であるスピーカ−マイクロホン間の音響結合や、音声信号の伝送路が2線の形態で構成される場合に必要となる2線−4線変換ハイブリッド回路におけるインピーダンスの不整合により生じる送話信号路から受話信号路への回り込み、及び相手側の通話端末におけるスピーカ−マイクロホン間の音響結合等によって通話路上に閉ループが形成され、この閉ループの一巡利得が1倍以上になるとハウリングが生じ、ハウリングが生じた場合には通話を継続することができないため、これを抑圧する手段が必要となる。
【0003】
そこで従来の拡声通話装置においては、送話信号及び受話信号を監視することにより通話状態が受話状態または送話状態の何れであるかを判別し、判別された通話状態に応じて送話信号路又は受話信号路の少なくとも一方に減衰手段を挿入することにより、閉ループの一巡利得を低減させてハウリングを防止する音声スイッチが広く用いられてきた。音声スイッチの基本的な動作は、送話信号及び受話信号のパワーを推定し、これらの大小関係を比較して瞬時パワーの小さい側に対して所定の損失量を挿入するというものである。また、周囲騒音のレベルが高い環境下での使用が予想される場合には、送話信号及び受話信号が音声/非音声の何れであるかを判定するための手段が必要となる。さらに、音声スイッチからみたときの音響結合利得及び回線帰還利得が大きく、送話信号及び受話信号が近端側音声信号、遠端側音声信号のみならず音響結合成分、回線回り込み成分を多く含む場合には、送話信号及び受話信号のパワーを単純に比較するだけでは通話状態を精度よく推定することが不可能であるため、音響結合成分及び回線回り込み成分による影響を低減するためのアルゴリズムが必要となる。
【0004】
上述のような高周囲騒音レベル下での使用並びに音響結合利得及び回線回り込み帰還利得が大きい系への適用を考慮した音声スイッチを搭載する拡声通話装置として、特許文献1に記載されているものがある。
【0005】
図5は、特許文献1の拡声通話装置(親機M)と、親機Mに2線の伝送路で接続された通話端末(子器S)とから成る拡声通話システムを示すブロック図であり、図6は、親機Mに搭載された音声スイッチVSの詳細な構成を示すブロック図である。親機Mは、マイクロホン1、スピーカ2、2線−4線変換ハイブリッド回路3、マイクロホン1からの送話信号を増幅するマイクロホンアンプG2、送話側減衰器4の出力側に設けられた回線出力アンプG1、回線からの受話信号を増幅する回線入力アンプG3、スピーカアンプG4並びに音声スイッチVSで構成される。また、子器Sはマイクロホン1′、スピーカ2′、2線−4線変換ハイブリッド回路3′、マイクロホンアンプG2′並びにスピーカアンプG4′で構成される。
【0006】
音声スイッチVSは、マイクロホン1で集音する音声信号(送話信号)を回線へ伝送するための送話信号線上に挿入される送話側減衰器4と、回線から受信した音声信号(受話信号)をスピーカ2へ伝送するための受話信号線上に挿入される受話側減衰器5と、通話状態に応じて送話側減衰器4並びに受話側減衰器5の利得を制御する挿入損失量制御部6とを備える。また、挿入損失量制御部6は、送話側減衰器4への入力信号(点Bの信号)の瞬時パワーを推定する第1の瞬時パワー推定部7と、受話側減衰器5への入力信号(点Cの信号)の瞬時パワーを推定する第2の瞬時パワー推定部8と、送話側減衰器4への入力点Bから送話側減衰器4並びに回線側での回り込みを経て受話側減衰器5への入力点Cへ帰還する系の利得に応じて決定される値を係数にもつ回線帰還利得乗算手段9と、受話側減衰器5への入力点Cから受話側減衰器5並びに音響側での回り込みを経て送話側減衰器4への入力点Bへ到る経路の利得に応じて決定される値を係数にもつ音響結合利得乗算手段10と、第2の瞬時パワー推定部8の出力信号PCを音響結合利得乗算手段10へ入力して得られる出力信号PD′と第1の瞬時パワー推定部7の出力信号PBとの大小関係を比較する第1の比較器11と、第1の瞬時パワー推定部7の出力信号PBを回線帰還利得乗算手段9へ入力して得られる出力信号PA′と第2の瞬時パワー推定部8の出力信号PCとの大小関係を比較する第2の比較器12と、第1の比較器11及び第2の比較器12の出力信号C1,C2に基づいて通話状態を判定するとともに送話側減衰器4及び受話側減衰器5の利得を制御する挿入損失量分配処理部13とを具備する。
【0007】
ここで、第1及び第2の瞬時パワー推定部7,8は、立ち上がりが急峻で立ち下がりが緩やかな特性を有する包絡線検波器や積分回路等によって実現され、それぞれ送話側減衰器4への入力信号及び受話側減衰器5への入力信号の瞬時パワーPB,PCを推定するものである。
【0008】
また回線帰還利得乗算手段9は、送話側減衰器4の利得と等しい値Gtを係数にもつ可変係数乗算器9aと、予め測定された送話側減衰器4の出力点から回線側での回り込みを経て受話側減衰器5の入力点Cへ到る経路の利得に所定(2〜3倍程度)の余裕値を乗じた値ηtを係数にもつ固定係数乗算器9bとを有する。さらに、音響結合利得乗算手段10は、受話側減衰器5の利得と等しい値Grを係数にもつ可変係数乗算器10aと、予め測定された受話側減衰器5の出力点からスピーカアンプG4−スピーカ2−マイクロホン1への音響伝達系及びマイクロホン1からマイクロホンアンプG2を経て送話側減衰器5の入力点Bへ到る経路の利得に所定(2〜3倍程度)の余裕値を乗じた値ηrを係数にもつ固定係数乗算器10bとを有する。ここで、各固定係数乗算器9b,10bの係数ηt,ηrを設定する際に余裕値を用いるのは、スピーカ2及びマイクロホン1前方の反射条件の変化による音響結合利得の変動や、2線−4線変換ハイブリッド回路3から相手側通話端末(子器S)をみたときのインピーダンスの変化による回線側回り込み利得の変動を吸収するためである。
【0009】
次に上記音声スイッチVSの動作を説明する。
【0010】
第1の比較器11では、第1の瞬時パワー推定部7からの出力信号PBと第2の瞬時パワー推定部8からの出力信号PCを音響結合利得乗算手段10へ入力して得られる出力信号PD′とを比較しており、PB≧PD′の場合に出力信号C1が“1”となり、PB<PD′の場合に出力信号C1が“0”となる。また、第2の比較器12では、第1の瞬時パワー推定部7の出力信号PBを回線帰還利得乗算手段9へ入力して得られる出力信号PA′と第2の瞬時パワー推定部8の出力信号PCとを比較しており、PA′≧PCの場合に出力信号C2が“1”となり、PA′<PCの場合に出力信号C2が“0”となる。
【0011】
一方、挿入損失量分配処理部13では、第1及び第2の比較器11,12より出力される2値信号C1,C2に基づいて通話状態を判定し、その判定結果に応じて送話側減衰器4並びに受話側減衰器5の利得を決定する。ここで、通話状態の判定規則は、C1=C2=1のときに送話状態、C1=C2=0のときに受話状態、C1≠C2のときにアイドル状態とする。そして、判定結果が送話状態である場合には、挿入損失量分配処理部13が送話側減衰器4の利得を最大値とするとともに、受話側減衰器5の利得を最小値とし、反対に判定結果が受話状態である場合には、送話側減衰器4の利得を最小値とするとともに、受話側減衰器5の利得を最大値とし、さらに判定結果がアイドル状態である場合には、送話側減衰器4及び受話側減衰器5の利得を互いに等しい値(総合利得の平方根値)に設定する。
【0012】
而して上記音声スイッチVSによれば、固定係数乗算器9b,10bの係数ηt,ηrを適当に設定することで音響結合利得及び回線帰還利得が大きい拡声通話系においても確実に送話ブロッキング並びに受話ブロッキングを防止することができる。
【特許文献1】特許第3709739号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ところで、従来の拡声通話装置においてはマイクロホンで集音した音声信号に音声信号処理を行うことで音声に特殊な効果、例えば、話者の声色や速度(話速)を実際の音声と異ならせる効果を施すことが行われる場合がある。このような場合においては、音声信号に対する音声信号処理に要する時間だけ回線帰還や音響結合による回り込み成分が音声スイッチVSに入力するタイミングに大きな遅延(例えば、数百ミリ秒〜数秒)が生じてしまうため、音声スイッチにおける通話状態の推定処理に誤りが生じやすくなり、その結果として通話音声が途切れてしまう虞がある。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、その目的は、音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチの動作を安定させて通話の途切れを防ぐことができる拡声通話装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1の発明は、上記目的を達成するために、マイクロホン及びスピーカと、相手側の通話端末から送られてくる受話信号をスピーカに伝送する受話側信号経路並びにマイクロホンで集音された送話信号を伝送して相手側の通話端末へ送る送話側信号経路に損失を挿入することで通話状態を受話及び送話に切り換える音声スイッチとを備え、音声スイッチは、送話側信号経路上に挿入される送話側減衰手段と、受話側信号経路上に挿入される受話側減衰手段と、通話状態に応じて上記送話側減衰手段並びに受話側減衰手段の利得を制御する挿入損失量制御部とを具備し、挿入損失量制御部は、送話側減衰手段への入力信号の瞬時パワーを推定する第1の瞬時パワー推定部と、受話側減衰手段への入力信号の瞬時パワーを推定する第2の瞬時パワー推定部と、送話側減衰手段への入力点から送話側減衰手段並びに回線側での回り込みを経て受話側減衰手段への入力点へ帰還する系の利得に応じて決定される値を係数にもつ回線帰還利得乗算手段と、受話側減衰手段への入力点から受話側減衰手段並びに音響側での回り込みを経て送話側減衰手段への入力点へ到る経路の利得に応じて決定される値を係数にもつ音響結合利得乗算手段と、第2の瞬時パワー推定部の出力信号を音響結合利得乗算手段へ入力して得られる出力信号と第1の瞬時パワー推定部の出力信号との大小関係を比較する第1の比較器と、第1の瞬時パワー推定部の出力信号を回線結合利得乗算手段へ入力して得られる出力信号と第2の瞬時パワー推定部の出力信号との大小関係を比較する第2の比較器と、第1の比較器及び第2の比較器の出力信号に基づいて通話状態を判定するとともに送話側減衰手段及び受話側減衰手段の利得を制御する挿入損失量分配処理部とを具備し、回線帰還利得乗算手段は、送話側減衰手段の利得と略等しい係数をもつ可変係数乗算器と、送話側減衰手段の出力点から回線側での回り込みを経て受話側減衰手段の入力点へ到る経路の利得に所定の余裕値を乗じた値を係数にもつ固定係数乗算器とを有し、音響結合利得乗算手段は、受話側減衰手段の利得と略等しい係数をもつ可変係数乗算器と、受話側減衰手段の出力点から音響結合系を経て送話側減衰手段の入力点へ到る経路の利得に所定の余裕値を乗じた値を係数にもつ固定係数乗算器とを有するものであって、回線帰還利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第1の遅延手段を回線帰還利得乗算手段の前段又は後段に設けるとともに、音響結合利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第2の遅延手段を音響結合利得乗算手段の前段又は後段に設けたことを特徴とする。
【0016】
請求項1の発明によれば、回線帰還利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第1の遅延手段を回線帰還利得乗算手段の前段又は後段に設けるとともに、音響結合利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第2の遅延手段を音響結合利得乗算手段の前段又は後段に設けているので、例えば、マイクロホンから入力する送話信号に伝送路上で遅れ(群遅延)が生じる状況においても、第1の遅延手段によって当該遅れ(群遅延)に相当する時間だけ相手側の通話端末から受け取る受話信号を遅延させることで受話信号と送話信号の相対的な時間差を相殺することができ、その結果、音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチの動作を安定させて通話の途切れを防ぐことができる。
【0017】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、音声スイッチに入力する送話信号又は受話信号の少なくとも何れか一方に対して遅延を伴う音声信号処理を行うとともに当該音声信号処理の有無が択一的に切換可能である音声信号処理手段を備え、第1又は第2の遅延手段の少なくとも何れか一方は、音声信号処理手段が音声信号処理を行うときにのみ入力信号を遅延させることを特徴とする。
【0018】
請求項2の発明によれば、音声信号に遅れが生じるときにだけ遅延手段で遅延させることにより、不要な遅延による音声スイッチの誤動作を防ぐことができる。
【0019】
請求項3の発明は、請求項1又は2の発明において、適応フィルタを有するエコーキャンセラが音声スイッチの前段又は後段の少なくとも何れか一方に設けられ、第1及び第2の遅延手段は、エコーキャンセラが有する適応フィルタのフィルタ係数に応じて遅延時間を調整することを特徴とする。
【0020】
請求項3の発明によれば、第1及び第2の遅延手段は、エコーキャンセラが有する適応フィルタのフィルタ係数に応じて遅延時間を調整するので、遅延時間を精度よく推定して音声スイッチの動作を確実に安定させることができるとともに事前に群遅延に対応した遅延時間を求めておく手間が不要となる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、例えば、マイクロホンから入力する送話信号に伝送路上で遅れ(群遅延)が生じる状況においても、第1の遅延手段によって当該遅れ(群遅延)に相当する時間だけ相手側の通話端末から受け取る受話信号を遅延させることで受話信号と送話信号の相対的な時間差を相殺することができ、その結果、音声信号に伝送路上で遅れが生じる状況においても音声スイッチの動作を安定させて通話の途切れを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
(実施形態1)
以下、図面を参照して本発明の実施形態について詳細に説明する。但し、本実施形態の拡声通話装置の基本構成は特許文献1に記載されている従来例(親機M)と共通であるから、共通の構成要素については同一の符号を付して適宜図示並びに説明を省略する。
【0023】
図1は本実施形態の拡声通話装置(親機M)の要部を示すブロック図である。本実施形態は、図1に示すように音声スイッチVSに入力する送話信号に対して遅延を伴う音声信号処理を行う第1の音声信号処理部50と、音声スイッチVSに入力する受話信号に対して遅延を伴う音声信号処理を行う第2の音声信号処理部51と、回線帰還利得乗算手段9の後段に設けられた第1の遅延手段60と、音響結合利得乗算手段10の後段に設けられた第2の遅延手段61とを備えている点に特徴がある。
【0024】
第1及び第2の音声信号処理部50,51は、音声の周波数(声色)を変換する音声周波数変換処理や、音声の速度を変換する話速変換処理などを行うものであって、図示しない操作入力受付手段において受け付ける操作入力に応じて当該音声信号処理の有無が択一的に切換可能である。例えば、第1の音声信号処理部50で音声周波数変換処理を行う場合であれば、女性や子供の比較的に高い声を男性のように比較的に低い声に変換することで押し売りなどへの応対が安心して行える。あるいは、第2の音声信号処理部51で話速変換処理を行えば、聴覚障害者や高齢者等にとって音声聴取に好適なゆっくりとした速度でスピーカ2から音声を鳴動させることが可能となる。但し、音声周波数変換処理並びに話速変換処理の何れの音声信号処理も従来周知の技術(例えば、話速変換処理においてはTDHS<Time Domain Harmonic Scaling>アルゴリズムなど)で実現できるものであるから詳細な説明は省略する。
【0025】
ここで、第1及び第2の音声信号処理部50,51においては、一旦バッファに保存した音声信号に対して音声周波数変換処理や話速変換処理などの遅延を伴う音声信号処理を施すため、音声信号処理を施すときと施さないときとで回線帰還や音響結合による回り込み成分が音声スイッチVSに入力するタイミングに大きな遅延(例えば、数百ミリ秒〜数秒)が生じることになる。そして、このような大きな遅延が生じた場合、音声スイッチVSにおける通話状態の推定処理が不安定となって誤動作を起こす虞がある。
【0026】
そこで本実施形態では、音声スイッチVSの回線帰還利得乗算手段9の後段に第1の遅延手段60を設けるとともに、音響結合利得乗算手段10の後段に第2の遅延手段61を設け、第1の音声信号処理部50が音声信号処理を行っているときは第1の遅延手段60が所定の遅延時間(第1の遅延時間)だけ音声スイッチVSに入力する受話信号を遅延させ、第2の音声信号処理部51が音声信号処理を行っているときは第2の遅延手段61が所定の遅延時間(第2の遅延時間)だけ音声スイッチVSに入力する送話信号を遅延させている。但し、第1の遅延時間は音響結合利得における群遅延に相当する時間(第1の音声信号処理部50の音声信号処理によって生じる遅れ時間)に設定され、第2の遅延時間は回線帰還利得における群遅延に相当する時間(第2の音声信号処理部51の音声信号処理によって生じる遅れ時間)に設定される。
【0027】
而して、第1の音声信号処理部50が音声信号処理を行っている場合、音響結合による回り込み成分の音声スイッチVSへの入力が遅延するが、その遅延時間に相当する時間だけ回線帰還利得乗算手段9の出力信号PA′が第2の比較器12に入力するタイミングを第1の遅延手段60で遅延させることにより、第1の音声信号処理部50の音声信号処理による遅延が第1の遅延手段60による遅延で相殺され、第2の比較器12で比較される2つの信号PA′,PCの入力タイミングの時間的なずれがなくなる。同様に、第2の音声信号処理部51が音声信号処理を行っている場合、回線帰還による回り込み成分の音声スイッチVSへの入力が遅延するが、その遅延時間に相当する時間だけ音響結合利得乗算手段10の出力信号PD′が第1の比較器11に入力するタイミングを第2の遅延手段61で遅延させることにより、第2の音声信号処理部51の音声信号処理による遅延が第2の遅延手段61による遅延で相殺され、第1の比較器11で比較される2つの信号PD′,PBの入力タイミングの時間的なずれがなくなる。故に、第1及び第2の音声信号処理部50,51が音声信号処理を行っている場合においても音声スイッチVSの通話状態推定処理に誤りが生じにくくなり、音声スイッチVSのブロッキングによる通話音声の途切れを防ぐことができる。但し、第1及び第2の音声信号処理部50,51が音声信号処理を行わないときは、第1及び第2の遅延手段60,61も音声信号を遅延させないようにして不要な遅延による音声スイッチVSの誤動作を防ぐことが望ましい。尚、本実施形態では第1及び第2の遅延手段60,61を回線帰還利得乗算手段9,音響結合利得乗算手段10のそれぞれ後段に設けているが、各手段9,10の前段に設けても構わない。
【0028】
(実施形態2)
本実施形態は、図2に示すようにマイクロホン1とスピーカ2の音響結合によって生じる音響エコーを抑圧する音響側エコーキャンセラ(図示せず)と、相手側の通話端末における音響結合又は伝送系における信号の回り込みによって生じる回線エコーを抑圧する回線側エコーキャンセラ30と、回線側エコーキャンセラ30が有する適応フィルタ31のフィルタ係数に応じて遅延時間を推定する遅延時間推定部62とを備え、音響側及び回線側エコーキャンセラ30の間に音声スイッチVSが配置されて構成されている。但し、本実施形態の基本構成は実施形態1と共通であるから、共通の構成要素については適宜図示並びに説明を省略する。
【0029】
回線側エコーキャンセラ30は、図3に示すように2線−4線変換ハイブリッド回路3と伝送路との間のインピーダンスの不整合による反射およびドアホン子機Sにおけるスピーカ2’−マイクロホン1’間の音響結合とにより形成される帰還経路(回線エコー経路)HLINのインパルス応答を適応的に同定する適応フィルタ31と、参照信号(送話信号)から推定したエコー成分(回線エコー)を受話信号から減算する減算器32とを備えている。適応フィルタ31では、所定のアルゴリズム(例えば、学習同定法等)に基づいてフィルタ係数を更新する。尚、図示しない音響側エコーキャンセラも回線側エコーキャンセラ30と同一の構成を有している。
【0030】
ここで、適応フィルタ31におけるタップ番号とフィルタ係数(計数値)の関係を図4に示すが、図4におけるD個のタップはエコー経路における群遅延τに対応しており、適応フィルタ31におけるサンプリング周期をTsとすると、次式の関係が成立する。
【0031】
τ=D・Ts
故に、遅延時間推定部62では回線側エコーキャンセラ30が収束状態となった際に上記式に基づいて群遅延τを演算し、かかる群遅延τを第1の遅延手段60における遅延時間に設定する。
【0032】
上述のように本実施形態では、回線側エコーキャンセラ30が有する適応フィルタ31のフィルタ係数に応じて第1の遅延手段60の遅延時間を調整するので、遅延時間を精度よく推定して音声スイッチVSの動作を確実に安定させることができるとともに事前に群遅延に対応した遅延時間を求めておく手間が不要となる。但し、本実施形態では回線側のエコーキャンセラ(回線側エコーキャンセラ30)についてのみ説明したが、音響側のエコーキャンセラ(音響側エコーキャンセラ)についても同様に構成し、音響側エコーキャンセラの適応フィルタのフィルタ係数に応じて第2の遅延手段61の遅延時間を調整することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施形態1を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施形態2を示す要部のブロック図である。
【図3】同上における回線側エコーキャンセラ30を示すブロック図である。
【図4】同上における遅延時間推定部の動作説明図である。
【図5】従来例を示すブロック図である。
【図6】同上における音声スイッチを示すブロック図である。
【符号の説明】
【0034】
M 親機(拡声通話装置)
VS 音声スイッチ
50 第1の音声信号処理部
51 第2の音声信号処理部
60 第1の遅延手段
61 第2の遅延手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロホン及びスピーカと、相手側の通話端末から送られてくる受話信号をスピーカに伝送する受話側信号経路並びにマイクロホンで集音された送話信号を伝送して相手側の通話端末へ送る送話側信号経路に損失を挿入することで通話状態を受話及び送話に切り換える音声スイッチとを備え、
音声スイッチは、送話側信号経路上に挿入される送話側減衰手段と、受話側信号経路上に挿入される受話側減衰手段と、通話状態に応じて上記送話側減衰手段並びに受話側減衰手段の利得を制御する挿入損失量制御部とを具備し、
挿入損失量制御部は、送話側減衰手段への入力信号の瞬時パワーを推定する第1の瞬時パワー推定部と、受話側減衰手段への入力信号の瞬時パワーを推定する第2の瞬時パワー推定部と、送話側減衰手段への入力点から送話側減衰手段並びに回線側での回り込みを経て受話側減衰手段への入力点へ帰還する系の利得に応じて決定される値を係数にもつ回線帰還利得乗算手段と、受話側減衰手段への入力点から受話側減衰手段並びに音響側での回り込みを経て送話側減衰手段への入力点へ到る経路の利得に応じて決定される値を係数にもつ音響結合利得乗算手段と、第2の瞬時パワー推定部の出力信号を音響結合利得乗算手段へ入力して得られる出力信号と第1の瞬時パワー推定部の出力信号との大小関係を比較する第1の比較器と、第1の瞬時パワー推定部の出力信号を回線結合利得乗算手段へ入力して得られる出力信号と第2の瞬時パワー推定部の出力信号との大小関係を比較する第2の比較器と、第1の比較器及び第2の比較器の出力信号に基づいて通話状態を判定するとともに送話側減衰手段及び受話側減衰手段の利得を制御する挿入損失量分配処理部とを具備し、
回線帰還利得乗算手段は、送話側減衰手段の利得と略等しい係数をもつ可変係数乗算器と、送話側減衰手段の出力点から回線側での回り込みを経て受話側減衰手段の入力点へ到る経路の利得に所定の余裕値を乗じた値を係数にもつ固定係数乗算器とを有し、
音響結合利得乗算手段は、受話側減衰手段の利得と略等しい係数をもつ可変係数乗算器と、受話側減衰手段の出力点から音響結合系を経て送話側減衰手段の入力点へ到る経路の利得に所定の余裕値を乗じた値を係数にもつ固定係数乗算器とを有するものであって、
回線帰還利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第1の遅延手段を回線帰還利得乗算手段の前段又は後段に設けるとともに、音響結合利得における群遅延に相当する時間だけ入力信号を遅延させる第2の遅延手段を音響結合利得乗算手段の前段又は後段に設けたことを特徴とする拡声通話装置。
【請求項2】
音声スイッチに入力する送話信号又は受話信号の少なくとも何れか一方に対して遅延を伴う音声信号処理を行うとともに当該音声信号処理の有無が択一的に切換可能である音声信号処理手段を備え、
第1又は第2の遅延手段の少なくとも何れか一方は、音声信号処理手段が音声信号処理を行うときにのみ入力信号を遅延させることを特徴とする請求項1記載の拡声通話装置。
【請求項3】
適応フィルタを有するエコーキャンセラが音声スイッチの前段又は後段の少なくとも何れか一方に設けられ、
第1及び第2の遅延手段は、エコーキャンセラが有する適応フィルタのフィルタ係数に応じて遅延時間を調整することを特徴とする請求項1又は2記載の拡声通話装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−100181(P2009−100181A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−269010(P2007−269010)
【出願日】平成19年10月16日(2007.10.16)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】