説明

摺動機能を有するめっき皮膜とその被覆物品

本発明は、Hv値が60以上の合金層又は単体金属層を下層とし、Hv値が40以下の合金層又は単体金属層を上層とすることを特徴とし、鉛を実質的に含有しないめっき皮膜である。このめっき皮膜は人体及び環境に無害で、摺動特性に優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、耐焼付性と耐摩耗性に優れた摺動部品用めっき皮膜並びにそのめっき皮膜で被覆された摺動用部品に関する。
【背景技術】
現在摺動用部品は、例えば航空機、船舶、自動車等の運送機をはじめとして、発電所、工場等の一般産業機器の軸受部材として、あらゆる技術分野で用いられている。その摺動用部品の材料には、例えば耐焼付性に優れたCu−Zn−Mn−Si−Pb系黄銅材(DIN17660 CuZn40Al2)やCu−Zn−Sn−Pb系青銅材(JIS H5120 CAC406)等の銅合金が知られており、銅合金製の一体型摺動用部品又は鉄系の基材に前記黄銅材や青銅材等の銅合金からなる皮膜を基材に焼結または溶射することによって得られるバイメタルの摺動用部品等が広く用いられている。
上述したように、銅合金は耐焼付性、耐摩耗性等に良好な摺動特性を有し、摺動部用の材料として好適であるが、一般に良好な摺動特性を示す銅合金には鉛が添加されている。
近年鉛の有毒性が問題となり、環境及び人体に及ぼす悪影響が懸念され、世界的に鉛の使用に対する規制が厳しくなっている。摺動部用部品の材料についても同様で、その使用材料の無鉛化が要望されている。鉛が添加されている銅合金は、必ずしも昨今の環境対策に配慮した材料とは言えないものの、その良好な摺動特性の故に利用されてきたいきさつがある。つまり無鉛化と良好な摺動特性との両立は極めて困難とされている。
また、摺動用部品の成型には、経済的な面から精密鍛造等の塑性加工が用いられる事があるが、銅合金として良好な摺動特性を示す青銅材は、形成される際の塑性加工工程において割れを生じ易いという難点があり、精密鍛造により複雑な形状の摺動用部品に成形するのは困難である。よって現状では、青銅材を用いて複雑な形状の摺動用部品を製造する場合には、まず摺動用部品の形状を、それを構成する単純な形状からなるパーツに分割し、切削加工し、それぞれのパーツを機械的に結合させて製造している。従って複雑な形状の青銅材製摺動用部品の製造においては、その製造工程が極めて煩雑となり、経済的にも好ましいものではない。
さらに、一般的に鉛を含有する銅合金は鉄鋼材料に比べて強度が低く、又比重が大きいという別の問題もある。それ故、鉄鋼材料を基材として、銅合金の皮膜を溶射法や焼結法等で基材に被覆することにより、高強度で軽量化を図った摺動用部品を製造することも可能であるが、溶射法では溶射効率の悪さに基づく材料ロスがあり、焼結法では高温を要する等の特有の問題がある。しかもこれらの方法は、形状精度確保を目的とした研磨・切削等の後加工を必須としており、このようにして製造される摺動用部品が、銅合金のみからなる一体品よりも相対的に高価となるのは避けがたい。
上記の課題を解決すべく、鉛を含有せず、かつ良好な摺動特性を有する摺動用部材の開発、例えばスズ、インジウム又は銀のうちの一種とビスマスとの合金単層皮膜を基材に被覆した摺動用部材や、銅とスズの合金層を予めライニングにより基材に被覆した上に上記合金単体層を被覆した摺動用部材(特許文献1〜4参照)がこれまでに開示されているが、これらの摺動特性は必ずしも鉛含有の銅合金に匹敵するものでなく、しかもライニングによって薄い層を形成することは、はなはだ困難であって、得られた層を一様にすることが困難である等の問題点を有する。
これらの問題点に鑑み、従来の鉛を含有する銅合金単体の摺動用部品や基材に銅合金の皮膜を被覆した摺動用部品に代わる、摺動特性に優れ、しかも製造が容易な摺動用材料の開発が求められている。本発明のめっき皮膜は良好な摺動機能を具備するだけでなく、構成成分に全く鉛を含有しないため、このめっき皮膜を被覆した摺動用部品は良好な摺動特性を有し、かつ製造工程において産業廃棄物として廃棄された場合においても人体や環境に無害であり、しかも基材に銅合金を用いない場合では、銅合金一体型の摺動用部品に比べて軽量化及び/又は高強度化を図ることができる。
本発明のめっき皮膜は、特別煩雑な加工工程を経ずとも容易に基材に被覆でき、更に複雑な形状を有する摺動用部品にも対応が可能である。また基材へ熱的影響がなく、表面平坦性、形状精度の維持に優れているため、研磨・切削等の後加工を不要としうるので、経済的にも優れた材料と言える。
【特許文献1】 特開平10−330871号公報
【特許文献2】 特開平11−257355号公報
【特許文献3】 特許第324977号
【特許文献4】 特開平11−50296号公報
【発明の開示】
本発明は、上述の通り人体及び環境に無害で、工業的に有利に実施でき、摺動特性に優れためっき皮膜並びにそのめっき皮膜が被覆された摺動用部品を提供することを目的とする。
本発明者らは、まず基材の表面を単層の皮膜で被覆することを着想し、単層で良好な摺動特性を発揮できる皮膜を得るべく鋭意検討したが満足すべきものが得られなかった。耐摩耗性、なじみ性及び潤滑性を有する元素又は合金の種類や合金比率等について検討し、硬い皮膜を下層に、柔らかい皮膜を上層にした2層からなる種々の複層皮膜を作製し、摺動特性の評価を行った。その結果、本発明者らは、Hv値が60以上の合金層又は単体金属層を下層とし、その上にHv値が40以下の合金層又は単体金属層を有する多層めっき皮膜を創製するとともに、それが従来技術の問題点を解決しうることを見出した。
更に本発明者らは、下層を(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層とし、上層を(g)スズ単体層、(h)スズと銅又は/及び銀との合金層、(i)インジウム単体層又は(j)インジウムと銀との合金層とする2層から成るめっき皮膜が好ましく、この皮膜が耐焼付性及び耐摩耗性等の摺動特性において、従来より用いられている銅合金と同等若しくはそれ以上で、従来品の持つ環境上並びに製造上の問題が解決できることを見出した。
すなわち、本発明は、
(1) Hv値が60以上の合金層又は単体金属層を下層とし、Hv値が40以下の合金層又は単体金属層を上層とすることを特徴とするめっき皮膜、
(2) (a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層を下層とし、(g)スズ単体層、(h)スズと銅又は/及び銀との合金層、(i)インジウム単体層又は(j)インジウムと銀との合金層を上層とすることを特徴とするめっき皮膜、
(3) 上層が(h)スズと銅又は/及び銀との合金層である場合、上層に含まれるスズの量が、上層に対して90〜100重量%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のめっき皮膜、
(4) 上層が(j)インジウムと銀との合金層である場合、上層に含まれるインジウムの量が、上層に対して60〜100重量%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のめっき皮膜、
(5) 下層が(b)銀とアンチモンとの合金層である場合、下層に含まれる銀の量が、下層に対して90〜100重量%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のめっき皮膜、
(6) 下層が(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層又は(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層である場合、下層に含まれる銅の量が、下層に対して50〜99重量%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のめっき皮膜、
(7) 下層が(f)亜鉛と銅との合金層である場合、下層に含まれる亜鉛の量が、下層に対して60〜100重量%であることを特徴とする前記(1)又は(2)に記載のめっき皮膜
(8) 下層が1〜1000μm、上層が1〜200μmの厚みを有することを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれかに記載のめっき皮膜、
(9) 基材の表面が、前記(1)〜(8)のいずれかに記載のめっき皮膜で被覆されていることを特徴とする摺動用部品、
(10) 基材が、鉄鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン、チタン合金、銅、銅合金及びセラミックスから選ばれる一種以上であることを特徴とする前記(9)に記載の摺動用部品、
に関する。
【図面の簡単な説明】
第1図は、スラスト摩耗試験装置の概略を示す図である。
第2図は、スラスト摩耗試験に供する試験片の詳細図である。
第3図は、スラスト摩耗試験で用いる相手材の詳細図である。
図中の符号1は相手材を、符号2は熱電対を、符号3は潤滑油を、符号4は試験片を、符号5は試験片固定ジグを、符号6は潤滑油オーバーフロー出口を、符号7は潤滑油供給口を、符号8は回転軸を表わす。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明における下層は、軸受合金又は軸受合金の主成分(例えば銅、銀、亜鉛等)とそれを硬化させる等の他の元素を添加した成分を有する硬い合金層又は金属単体層であって、そのHv値は60以上である。本発明における上層は、なじみ性と潤滑性の良い合金層又は金属単体層であって、そのHv値は40以下である。Hv値はビッカース硬度を示す。更に上層及び下層の好ましい例を以下に述べる。
本発明のめっき皮膜は、下層と上層とからなる2層構成の皮膜であって、その下層が(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層であって、上層が(g)スズ単体層、(h)スズと銅又は/及び銀との合金層、(i)インジウム単体層又は(j)インジウムと銀との合金層であることを特徴とするめっき皮膜であるのが好ましい。
以下に本発明の優れた摺動特性を示すめっき皮膜について詳細に述べる。尚、通常スズと銅とをその構成成分とする合金において、スズの合金比率が高いもの、例えば重量比率でSn:Cu=約98:約2の合金はスズと銅との合金(Sn−Cu)と称し、銅の合金比率が高いもの、例えば重量比率でSn:Cu=約10:約90の合金は銅とスズとの合金又はブロンズ(Cu−Sn)と称し、区別している。また同様に、銅と亜鉛との合金において、銅の合金比率が高いものは銅と亜鉛との合金(Cu−Zn)、亜鉛の合金比率が高いものは亜鉛と銅との合金(Zn−Cu)と称して区別しているが、本発明においてもこれに従う。また銅とスズと亜鉛との3元合金(Cu−Sn−Zn)又はスズと銅と銀との3元合金(Sn−Cu−Ag)とは、それぞれ銅又はスズの重量比率が最も高い3元合金を言う。これ以降、本明細書においては、銅の合金比率が高い合金をブロンズと称することとする。
本発明のめっき皮膜の下層が(b)銀とアンチモンとの合金層である場合の下層における銀の含有率は約90〜100重量%、(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層又は(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層である場合の下層における銅の含有率は約50〜99重量%、(f)亜鉛と銅との合金層である場合の下層における亜鉛の含有率は約60〜100重量%であることが好ましい。
また本発明のめっき皮膜の上層にスズ又はインジウムが含まれる場合、上層におけるスズ又はインジウムの含有率は、それぞれ約90〜100重量%又は約60〜100重量%であることが好ましい。
下層を(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c−1)、銅とスズとの合金(ブロンズ)層、(c−2)銅と亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層及び(f)亜鉛と銅との合金層から選ばれる一種とし、上層を(g)スズ単体層、(h−1)スズと銅の合金層、(h−2)スズと銀との合金層、(h−3)スズと銅と銀との3元合金層、(i)インジウム単体層及び(j)インジウムと銀との合金層より選ばれる一種として、その上層と下層とを組み合わせて複層構成にすることにより、本発明のめっき皮膜は、はじめて耐焼付け性及び耐摩耗性に優れた良好な摺動特性を示す皮膜となる。しかもめっき技術を用いることから、研磨・切削等の後加工が無くても容易に膜の平坦性や表面形状精度が得られ、工法的にも極めて有利である。
更に本発明のめっき皮膜は、その構成成分に鉛を含有しないことから、人や環境への安全性に非常に配慮したものである。
本発明のめっき皮膜には、本発明のめっき皮膜の必須構成元素、例えば銅、スズ、銀、アンチモン、亜鉛、インジウム等の他に、ニッケル、珪素、アルミニウム、鉄、酸素、マグネシウム、マンガン等の元素が含まれていても良い。これらの元素の一部は、電気めっき等に用いられるめっき液を構成する使用薬剤中に予め不可避的に含まれ、皮膜を基材上に形成する際に共析して、不可避的不純物等になることもある。これらの不可避的不純物の全含有量は、本発明のめっき皮膜の必須構成元素である銅、スズ、銀、アンチモン、亜鉛、インジウム等の含有量を所定範囲に維持できる範囲内であって、本発明の目的を阻害しない範囲内である。またこれらの不純物には、実質的に鉛は含まれない。
本発明の皮膜は、通常は基材をめっき処理に付すことによって、まず基材の表面を上記した下層で被覆し、次いで下層表面を上記した上層で被覆することにより形成される。
被覆される基材の材質は、摺動用部品の基材として用いられうる材料であればどのようなものでもよく、特に限定されないが、具体的には、例えば炭素鋼(例えばS35C等)、合金鋼等の鉄鋼、或いはアルミニウム、アルミニウム合金、チタン、チタン合金、銅、銅合金、ステンレス鋼、セラミックス等が挙げられる。通常摺動用部品の基材は、鋳造、精密鍛造、機械加工、プレス加工等の手段を用いて所望の形状に成形されて製造されるが、本発明に用いられる基材も、これらの公知の手段を用いて製造されて良い。また基材が複雑な形状をしていても、本発明の皮膜を基材の素材に対応しためっき技術を用いて被覆すれば、煩雑な製造工程を経ることなく、あらゆる形状の摺動用部品を容易に製造することができる。
めっき皮膜を基材上に被覆するめっき手法は特に限定がなく、例えば電気めっき、乾式めっき、無電解めっき、溶融めっき等が挙げられるが、本発明においては電気めっき法を用いるのが特に好ましい。本発明において、好ましい電気めっきのより具体的な実施態様を以下に述べる。
本発明のめっき皮膜は下層及び上層からなる2層構成となっており、下層を基材に被覆する前に、予め基材の素材に対応した前処理、例えば脱脂、電解脱脂、酸洗浄、例えば銀や銅等によるストライクめっき等を行うことが好ましい。本発明において下層を(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層とする場合には、下層を基材に電気めっきする際に用いる浴としては、シアン浴、硝酸銀浴、リン酸塩浴等が利用できるが、液の安定性やめっき操作の容易さから、特にシアン浴が好ましい。また下層を(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層とする場合には、シアン浴、ピロリン酸塩浴等が好ましく、皮膜の安定性、合金比率の安定性等から、やはりシアン浴が好ましい。上層を(g)スズ単体層又は(h)スズと銅又は/及び銀との合金層とする場合には、上層を電気めっきする際に用いる浴としては、硫酸浴、有機酸浴、アルカリ浴のいずれもが便宜に使用され、特に硫酸浴又は有機酸浴が好ましく、(i)インジウム単体層とする場合には有機酸浴、(j)インジウムと銀との合金層とする場合にはシアン浴、硝酸銀浴、リン酸塩浴等が利用できるが、特にシアン浴が好ましい。
さらに形成される合金層の合金比率、例えば銀とアンチモンとの合金における銀とアンチモンとの合金比率、ブロンズにおける銅とスズとの合金比率等の制御方法は従来十分確立されており、本発明においてもそれに従ってよい。例えば下記第1表〜第13表に示した例の様に、電流密度、温度、めっき液組成によって合金比率を制御する。
まためっき液の組成中には、めっき皮膜に平滑性、光沢性、安定性を付与する目的で、ノニオン型又はカチオン系界面活性剤等の添加剤が含まれていても良い。これら添加剤の種類又は浴中の含有量は、用いられる浴の種類等により異なる。
電気めっきの陰極には被覆される基材、陽極には基本的に皮膜の主要構成元素である金属を用いることが好ましい。例えば、(a)銀単体層や(b)銀とアンチモンとの合金層を形成する場合には、陰極には銀を用いるのが好ましい。めっき液の温度は皮膜の合金比率、電流密度、皮膜の物性等により適切に定めるが、通常約10℃〜80℃である。また電流密度も所望の合金皮膜の合金比率、作業効率等を勘案して適切に定めるが、通常約0.1〜10A/cmの範囲である。目的とする皮膜の厚みは、電流密度、浴温度、めっき時間等により制御できる。
下層を(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c−1)ブロンズ層、(c−2)銅と亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層とする場合の好ましいめっき液の組成例及びめっき条件例をそれぞれ第1表〜第7表に示す。また上層を(g)スズ単体層、(h−1)スズと銅との合金層、(h−2)スズと銀との合金層、(h−3)スズと銅と銀との3元合金層(i)インジウム単体層又は(j)インジウムと銀との合金層とする場合の好ましいめっき液の組成例及びめっき条件例をそれぞれ第8表〜第13表に示す。上記めっき液組成及びめっき条件等は、これらの例に限定されないことは言うまでもない。













本発明の皮膜厚は、既に言及したように、それが被覆される摺動用部品の用途、求められる摺動機能の特性等により定められて良く、特に限定されないが、本発明の目的を阻害しない範囲で設定されるのが好ましい。具体的には、下層の厚みは好ましくは約1〜1000μm、より好ましくは約10〜500μmであり、上層の厚みは好ましくは約1〜200μm、より好ましくは約5〜30μmである。
尚、摺動用部品の摺動特性、例えば耐焼付性、耐摩耗性等については、第1図に示す装置を用いたスラスト摩耗試験方法等により評価した。本発明の皮膜を被覆した基材の評価方法の例を以下に記載する。
第3図に示すリング形状の浸炭焼入れ材であるSCM420H製の相手材を、第1図中の回転軸(8)に、また第2図に示す形状を有する本発明の皮膜が被覆された基材(試験片)を、第1図の試験片固定ジグ(5)に固定する。試験中は、第1図の装置内を予め潤滑油で満たし、潤滑油供給口(7)から一定速度で潤滑油を供給し、潤滑油オーバーフロー出口(6)から潤滑油をオーバーフローさせることにより潤滑油を循環させている。そして回転軸(8)を回転させ、A方向に押付荷重を増加させながら、相手材と試験片とを摺動させるが、押付荷重(N)はプログラムにより制御する。
そして試験中の押付荷重、回転数、試験片の温度、摩擦力の変化を連続的に計測し、試験片の耐焼付性と耐摩耗性とを評価する。
耐焼付性については、具体的には押付荷重をプログラムによって傾斜的に増加させ、試験片に焼付きが発生した時点の押付荷重値から、試験片の摺動部分の単位面積当たりにかかる圧力(P)を算出し、このP値に摺動速度(V)をかけて得られるPV値で評価した。この時PV値が大きいほど、耐焼付性が良いと評価した。尚、焼付きが発生する時点というのは、▲1▼試験片温度が250℃に達した時点又は▲2▼摩擦力が50N・cmに達した時点のいずれかを指す。
また耐摩耗性については、一定荷重で一定時間、相手材と試験片とを摺動させた後、試験片に残った摺動痕の深さを測定し、評価した。摺動痕の深さが浅いほど、耐摩耗性はよいと評価した。
また本発明のめっき皮膜の摺動特性の良否については、従来優れた摺動用材料として知られている銅合金を比較材料として判断した。
本発明のめっき皮膜は、一般機械の軸受に用いられるブッシュやスラストプレート、カーエアコン等の空調や冷凍機用の圧縮機に使用される斜板、油圧ユニットに組み込まれるシリンダーブロックやピストンシュー、バルブプレート、オートマチックトランスミッション用プレート、自動車・バイクの精密部品等の高い摺動特性を必要とするあらゆる摺動用部品に応用することができる。
【実施例】
以下に本発明において好ましい実施例、比較例及びその試験例について述べるが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。尚比較例及び実施例で用いられる基材は全て炭素鋼S35Cであり、予め第2図に示す形状に成形されている基材に実施例等の皮膜を被覆し、それらを以降の試験例において試験片として用いた。
以下の比較例1〜10及び実施例1〜18に記載する単層皮膜及び2層皮膜を作製した。
<比較例1> スズと銀との合金(Sn−Ag)の単層皮膜
予め基材を常法により脱脂し、電解脱脂し、酸洗いすることにより前処理した。基材を陰極、スズ板を陽極として、メタンスルホン酸スズ40g/L、メタンスルホン酸銀1g/L、ロッシェル塩200g/L及びコハク酸誘導体10g/Lからなる有機酸浴中で、室温、電流密度2A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜の銀の合金比率は、分析したところ5重量%であった。
<比較例2> スズと銅との合金(Sn−Cu)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、スズ板を陽極として、メタンスルホン酸スズ30g/L、メタンスルホン酸銅2g/L、メタンスルホン酸150g/L、チオ尿素誘導体2g/L及びノニオン型界面活性剤5g/Lからなる有機酸浴中で、室温、電流密度3A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜の銅の合金比率は、分析したところ2重量%であった。
<比較例3> スズ単体(Sn)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、スズ板を陽極として、メタンスルホン酸スズ30g/L、メタンスルホン酸150g/L、チオ尿素誘導体2g/L及びノニオン型界面活性剤5g/Lからなる有機酸浴中で、室温、電流密度3A/dmの条件で基材に電気めっきした。
<比較例4> 銀とアンチモンの合金(Ag−Sb)の単層皮膜
予め基材を常法により脱脂し、電解脱脂し、酸洗いし、次いでやはり常法により基材に銀のストライクめっきをして前処理した。基材を陰極、銀板を陽極として、シアン化銀40g/L、シアン化カリウム70g/L、塩化アンチモン5g/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度1A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜のアンチモンの合金比率は、分析したところ1重量%であった。
<比較例5> ブロンズ(Cu−Sn)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、銅板を陽極として、シアン化銅30g/L、シアン化カリウム50g/L、スズ酸カリウム35g/L、水酸化カリウム10g/L及びロッシェル塩50g/Lからなるシアン浴中で、60℃、電流密度3A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜のスズの合金比率は、分析したところ10重量%であった。
<比較例6> 銅と亜鉛との合金(Cu−Zn)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、銅板を陽極として、シアン化銅30g/L、シアン化亜鉛10g/L、シアン化ナトリウム40g/L、炭酸ナトリウム10g/L及びアンモニア水2ml/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度1A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜の亜鉛の合金比率は、分析したところ28重量%であった。
<比較例7> 銀単体(Ag)の単層皮膜
比較例4と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、銀板を陽極として、シアン化銀40g/L及びシアン化カリウム70g/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度0.5A/dmの条件で基材に電気めっきした。
<比較例8> 亜鉛と銅との合金(Zn−Cu)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、亜鉛板を陽極として、シアン化銅10g/L、シアン化亜鉛60g/L、シアン化ナトリウム50g/L及び水酸化ナトリウム20g/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度5A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜の銅の合金比率は、分析したところ35重量%であった。
<比較例9> 亜鉛単体(Zn)の単層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、亜鉛板を陽極として、シアン化亜鉛50g/L、シアン化ナトリウム100g/L及び水酸化ナトリウム80g/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度5A/dmの条件で基材に電気めっきした。
<比較例10> 下層:ブロンズ(Cu−Sn)、上層:PTFE(テフロン(登録商標))を分散させたニッケル(Ni/PTFE)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例5に従い基材に下層をめっきした。次に下層が被覆された該基材を陰極、ニッケル板を陽極として、スルファミン酸ニッケル300g/L、塩化ニッケル10g/L、ホウ酸30g/L、PTFE粒子30g/L及びカチオン系界面活性剤3ml/Lからなるスルファミン酸浴中で、50℃、電流密度3A/dmの条件で基材に電気めっきした。上層のPTFEの分散比率は、分析したところ7重量%であった。
<実施例1> 下層:ブロンズ(Cu−Sn)、上層:インジウム単体(In)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例5に従い基材に下層をめっきした。次に下層が被覆された該試験片を陰極、インジウム板を陽極として、メタンスルホン酸インジウム100g/L、メタンスルホン酸ナトリウム20g/L及びカチオン系界面活性剤1ml/Lからなる有機酸浴中で、室温、電流密度3A/dmの条件で基材に電気めっきした。
<実施例2> 下層:ブロンズ(Cu−Sn)、上層:インジウムと銀の合金(In−Ag)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例5に従い基材に下層をめっきした。次に下層が被覆された該試験片を陰極、インジウム板を陽極として、塩化インジウム70g/L、シアン化銀5g/L、シアン化カリウム35g/L、ブドウ糖15g/Lからなるシアン浴中で、室温、電流密度0.3A/dmの条件で基材に電気めっきした。皮膜のインジウムの合金比率は、分析したところ63重量%であった。
<実施例3、実施例13及び実施例14> 下層:銀とアンチモンとの合金(Ag−Sb)、上層:スズと銅との合金(Sn−Cu)との2層皮膜
比較例4に従い、基材に前処理後下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例4、実施例15及び実施例16> 下層:ブロンズ(Cu−Sn)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例5に従い基材に下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例5> 下層:銅と亜鉛との合金(Cu−Zn)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例6に従い基材に下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例6> 下層:銅とスズと亜鉛との3元合金(Cu−Sn−Zn)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、基材を陰極、銅板を陽極として、シアン化銅35g/L、シアン化ナトリウム70g/L、スズ酸カリウム25g/L、シアン化亜鉛5g/L、水酸化カリウム10g/L及びロッシェル塩50g/Lからなるシアン浴中で、60℃、電流密度2A/dmの条件で基材に電下層を気めっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例7> 下層:銀単体(Ag)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例4と同様の前処理を基材に施した後、比較例7に従い基材に下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例8> 下層:亜鉛と銅との合金(Zn−Cu)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例8に従い基材に下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例9> 下層:亜鉛単体(Zn)、上層:スズと銅の合金(Sn−Cu)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例9に従い基材に下層をめっきした。次に比較例2に従い上層をめっきした。
<実施例10及び実施例17> 下層:銀とアンチモンとの合金(Ag−Sb)、上層:スズ単体(Sn)の2層皮膜
比較例4に従い、基材に前処理後下層をめっきした。次に比較例3に従い上層をめっきした。
<実施例11及び実施例18> 下層:ブロンズ(Cu−Sn)、上層:スズ単体(Sn)の2層皮膜
比較例1と同様の前処理を基材に施した後、比較例5に従い基材に下層をめっきした。次に比較例3に従い上層をめっきした。
<実施例12> 下層:銀とアンチモンとの合金(Ag−Sb)、上層:スズと銀との合金(Sn−Ag)の2層皮膜
比較例4に従い、基材に前処理後下層をめっきした。次に比較例1に従い上層をめっきした。
<試験例> 摺動特性評価試験
比較例1〜10又は実施例1〜18の皮膜を被覆した試験片をそれぞれ第1図のスラスト摩耗試験装置の試験片固定ジグ(5)に固定し、第15表の条件でそれぞれの皮膜の摺動特性評価試験(n=2)を行った。試験結果(耐焼付性、耐摩耗性、膜厚、硬度、総合評価)を第17表に示した。尚、耐焼付性及び耐摩耗性については、従来から優れた摺動用材料として用いられている銅合金A及びBを比較用材料として同様に試験し、特に銅合金Aを試験した場合に得られたPV値又は摺動痕深さをそれぞれ1として、これに対する相対値(PV値の相対値:pv、摺動痕深さの相対値:d)で示した。具体的には、pvが1より大きいほど皮膜の耐焼付性が良いと評価し、dが1より小さいほど皮膜の耐摩耗性がよいと評価した。銅合金A及び銅合金Bの構成元素の含有重量%を第14表に示す。第14表中Bal.は残部を表す。尚、第17表においてそれぞれの皮膜の総合評価を記号で表したが、これらは第16表に示すpv及びdの評価基準に従った。




比較例1〜9の単層皮膜は、いずれも総合評価が不可(×)となり、単層では良好な摺動特性を示す皮膜が得られないことが分かった。これに対し、下層と上層とからなる2層構成の皮膜(実施例1〜18)は、比較例10を除いて、比較用銅合金Aと同等若しくはそれ以上の良好な値を示した。この結果より、実施例1〜18の皮膜は、銅合金Aと同等若しくはそれ以上の摺動特性を有し、しかも鉛を含まないことから環境等に安全である点において、銅合金Aよりも優れた摺動用材料であることが明らかとなった。特に、実施例3、4、6、13〜16の皮膜は、耐焼付性及び耐摩耗性ともに比較用銅合金Aよりも優れており、その良好な摺動特性は膜厚に関係なくこれら全ての皮膜に同等に見られたことから、非常に優れた摺動用材料であることが分かった。
基材をアルミニウム、アルミニウム合金、チタン、チタン合金、銅、銅合金、ステンレス鋼又はセラミックスとして、上記実施例1〜18の皮膜を被覆した試験片を作製し、上記試験例の摺動特性評価試験を行ったところ、これらの皮膜はいずれも、基材がS35Cである場合と同様の耐焼付性、耐摩耗性を示した、よって上記皮膜は、あらゆる基材上においても優れた摺動特性を示すことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
本発明のめっき皮膜は耐焼付性及び耐摩耗性に優れているため、このめっき皮膜が被覆された摺動用部品は、良好な摺動特性を有する。また本発明のめっき皮膜は電気めっき法により被覆できるため、基材への被覆が容易であり、あらゆる形状の摺動用部品にも対応が可能である。また基材への熱的影響もなく、優れた平滑面が得られるため、特別な後加工の必要が無く、経済的な面でも優れた材料と言える。更に本発明のめっき皮膜はその組成物中に鉛を含有しないため、人体や環境に無害な摺動用部品を提供することができる。
【図1】

【図2】

【図3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Hv値が60以上の合金層又は単体金属層を下層とし、Hv値が40以下の合金層又は単体金属層を上層とすることを特徴とするめっき皮膜。
【請求項2】
(a)銀単体層、(b)銀とアンチモンとの合金層、(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層、(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層、(e)亜鉛単体層又は(f)亜鉛と銅との合金層を下層とし、(g)スズ単体層、(h)スズと銅又は/及び銀との合金層、(i)インジウム単体層又は(j)インジウムと銀との合金層を上層とすることを特徴とするめっき皮膜。
【請求項3】
上層が(h)スズと銅又は/及び銀との合金層である場合、上層に含まれるスズの量が、上層に対して90〜100重量%であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載のめっき皮膜。
【請求項4】
上層が(j)インジウムと銀との合金層である場合、上層に含まれるインジウムの量が、上層に対して60〜100重量%であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載のめっき皮膜。
【請求項5】
下層が(b)銀とアンチモンとの合金層である場合、下層に含まれる銀の量が、下層に対して90〜100重量%であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載のめっき皮膜。
【請求項6】
下層が(c)銅とスズ又は亜鉛との合金層又は(d)銅とスズと亜鉛との3元合金層である場合、下層に含まれる銅の量が、下層に対して50〜99重量%であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載のめっき皮膜。
【請求項7】
下層が(f)亜鉛と銅との合金層である場合、下層に含まれる亜鉛の量が、下層に対して60〜100重量%であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載のめっき皮膜。
【請求項8】
下層が1〜1000μm、上層が1〜200μmの厚みを有することを特徴とする請求の範囲第1項〜第7項のいずれかに記載のめっき皮膜。
【請求項9】
基材の表面が、請求の範囲第1項〜第8項のいずれかに記載のめっき皮膜で被覆されていることを特徴とする摺動用部品。
【請求項10】
基材が、鉄鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン、チタン合金、銅、銅合金又はセラミックスであることを特徴とする請求の範囲第9項に記載の摺動用部品。

【国際公開番号】WO2004/063426
【国際公開日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【発行日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−508006(P2005−508006)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000211
【国際出願日】平成16年1月14日(2004.1.14)
【出願人】(390036593)中越合金鋳工株式会社 (7)
【出願人】(000155470)株式会社野村鍍金 (11)
【Fターム(参考)】