説明

樹脂成形方法

【課題】溶融樹脂の射出前に、金型のキャビティ面を高温の気体で暖める樹脂成形方法において、キャビティの末端まで高温の気体を供給することができる技術を提供することを課題とする。
【解決手段】金型のキャビティを減圧する減圧工程(ST03〜ST05)と、減圧状態のキャビティへ金型の温度より高温の気体を充填させる気体充填工程(ST06〜ST07)と、高温の気体で暖めたキャビティへ溶融樹脂を射出して充填する樹脂充填工程(ST09〜ST10)とからなることを特徴とする。
【効果】減圧状態のキャビティへ高温の気体を充填させるため、キャビティの末端まで高温の気体を充填することができる。この結果、金型のキャビティ面を隅々まで昇温することができ、成形不良の発生を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄肉成形に好適な樹脂成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金型のキャビティへ溶融樹脂を射出し、充填することで樹脂成形品を得ることは広く実施されている。
低温の金型へ高温の溶融樹脂を射出すると、充填開始直後に溶融樹脂が急激に凝固し、後の充填に支障をきたす場合や、成形品に大きな歪が残ることがある。
そこで、金型のキャビティ面を暖め、そこへ溶融樹脂を射出することで、凝固を遅らせる成形技術が提案されている(例えば、特許文献1、2参照。)。
【特許文献1】特開平4−201306号公報(特許請求の範囲第1項)
【特許文献2】特開平10−58453号公報(請求項1)
【0003】
特許文献1の特許請求の範囲第1項には「・・・おいて、前記キャビティ(4)内に溶融樹脂を充填する前に、前記キャビティ(4)内に高温気体を供給することを特徴とする合成樹脂の成形方法。」の記載がある。
【0004】
特許文献2の請求項1には「・・・おいて、前記金型のキャビティ内へ高温気体を流動させてキャビティ表面を原料の成形適温まで昇温させ、昇温すると上記キャビティ内へ上記高温気体を排出しながら溶融樹脂を充填して、・・・」の記載がある。
【0005】
特許文献1、2の発明は、いずれも金型のキャビティ面を暖め、そこへ溶融樹脂を射出することで、凝固を遅らせる成形技術に関する。
【0006】
一方、近年、成形品形状の複雑化や成形品の極薄肉化の要求が高まり、キャビティの形状を複雑にすることやキャビティギャップを微小にする必要が出てきた。
キャビティの形状を複雑にすることやキャビティギャップを微小にすると、高温気体が流れにくくなり、キャビティの末端まで到達しないか、到達しても高温気体の量が少な過ぎることが判明した。
この結果、キャビティの末端まで溶融樹脂が回らないか、回ってもその量が不足し、成形品の品質が低下する。
【0007】
薄肉成形において、キャビティの末端まで高温の気体を供給することができる技術が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、キャビティの末端まで高温の気体を供給することができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に係る発明は、金型のキャビティを減圧する減圧工程と、減圧状態のキャビティへ前記金型の温度より高温の気体を充填させる気体充填工程と、高温の気体で暖めたキャビティへ溶融樹脂を射出して充填する樹脂充填工程とからなることを特徴とする。
【0010】
請求項2に係る発明では、高温の気体は、空気より比熱が大きな気体であることを特徴とする。
【0011】
請求項3に係る発明では、空気より比熱が大きな気体は、ヘリウムガスであることを特徴とする。
【0012】
請求項4に係る発明では、高温の気体は、空気とヘリウムガスの混合気体であることを特徴とする。
【0013】
請求項5に係る発明では、減圧工程と気体充填工程とは、この順で少なくとも2回実施し、その後に樹脂充填工程を実施することを特徴とする。
【0014】
請求項6に係る発明では、気体充填工程で用いる高温の気体は、樹脂の軟化点以上の高温であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明では、減圧状態のキャビティへ高温の気体を充填させるため、キャビティの末端まで高温の気体を充填することができる。この結果、金型のキャビティの隅々まで昇温することができ、成形不良の発生を抑制することができる。
【0016】
請求項2に係る発明では、高温の気体は、空気より比熱が大きな気体とした。比熱と量との積が熱量となるため、比熱が大きな気体は大きな熱量を金型に与える。この結果、金型のキャビティ面を十分に暖めることができる。
【0017】
請求項3に係る発明では、空気より比熱が大きな気体は、ヘリウムガスである。ヘリウムは爆発の心配がない安全な気体であり、作業環境を良好に保つことができる。
【0018】
請求項4に係る発明では、高温の気体は、空気とヘリウムガスの混合気体である。ヘリウムガスは高価なガスであるため、空気と混ぜることにより使用量を抑えて、ガスの調達費用を抑える。
【0019】
請求項5に係る発明では、減圧工程と気体充填工程とは、この順で少なくとも2回実施し、その後に樹脂充填工程を実施する。高温の気体は金型へ熱を与えると自身は温度が低下する。この低温になった気体を2回目の減圧工程で排除し、2回目の気体充填工程で高温の気体を充填すれば、金型のキャビティ面を十分に暖めることができる。
【0020】
請求項6に係る発明では、気体充填工程で用いる高温の気体は、樹脂の軟化点以上の高温である。溶融樹脂の凝固を十分に遅らせることができ、キャビティの細部まで樹脂を回すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明を実施するための最良の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
図1は本発明に係る樹脂成形装置の原理図であり、樹脂成形装置10は、固定型11と可動型12とからなる金型13と、この金型13のキャビティ14へゲート15を介して溶融樹脂を射出する射出機16と、キャビティ14の末端を外へ連通するガス抜きスリット18と、このガス抜きスリット18から延ばした共用管19と、この共用管19から分岐させたガス抜き管21、真空排気管22及び気体供給管23と、ガス抜き管21に介在させたガス抜き弁24と、真空排気管22に介在させた排気弁25及び真空ポンプ26と、気体供給管23に介在させた気体供給弁27、気体を暖めるヒータ28及び気体供給源29と、金型13を適温に保つ金型温度調節器31と、射出機16、ガス抜き弁24、排気弁25及び気体供給弁27を一括して制御する制御部32とを備える。
【0022】
射出機16は、計量、射出、保圧などの一連の動作が行える充填装置であればよく、形式や種類は問わない。ただし、高圧で且つ高速充填が可能なスクリュー式射出機が好適である。
真空ポンプ26は、ロータリーポンプ、油拡散真空ポンプ、ターボ分子ポンプなどポンプであればよく、形式や種類は問わない。ただし、価格や性能の面からロータリーポンプが好適である。
気体供給源29は、気体が空気であればコンプレッサー又はエアポンプ、気体がヘリウムガスや水素ガスであればガスボンベであればよい。
【0023】
以上の構成からなる樹脂成形装置を用いて実施する樹脂成形方法を次に説明する。
図2は本発明に係る樹脂成形の工程図である。
ステップ番号(以下、STと略す。)01で、型締めを実施する。すなわち、図1で固定型11に可動型12を押圧して、型締め状態にする。
ST02でガス抜き弁及び気体供給弁を閉じ、ST03で真空ポンプを運転状態にする。
【0024】
ST04で排気弁を開く。これで、キャビティが減圧される。一定時間が経過して減圧が完了したら、ST05で排気弁を閉じる。次に、ST06で気体供給弁を開く。すると、所定の温度に加熱された高温の気体(空気やヘリウムガス)が、キャビティに吹き込まれる。
【0025】
キャビティは大気圧より十分に低いため、高温の気体は膨張してキャビティの隅々まで到達し、キャビティ面を暖める。この暖め作用が終わった頃に、気体供給弁を閉じる(st07)。排気及び気体の供給を繰り返す場合には、ST08を介してST04に戻る。
【0026】
ST08で繰り返す必要がないと判断したときには、ST09でガス抜き弁を開く。ST09と同時又はST09の直後にST10で溶融樹脂の射出を行う。溶融樹脂は高圧であるため、キャビティに残存する高温の気体を押し、ガス抜き管を通じて外へ放出させながら、キャビティに充満する。キャビティ面が高温であるため、樹脂の凝固が遅くなり、溶融樹脂は固まることなく、キャビティの末端や細部まで進入する。
【0027】
樹脂が固まったら、ST11で型を開き、ST12で成形品を取出す。これで、1チャージ分の樹脂成形工程が終了した。
以上の工程説明から明らかなように、本発明に係る樹脂成形方法は、金型のキャビティを減圧する減圧工程(ST03〜ST05)と、減圧状態のキャビティへ金型の温度より高温の気体を充填させる気体充填工程(ST06〜ST07)と、高温の気体で暖めたキャビティへ溶融樹脂を射出して充填する樹脂充填工程(ST09〜ST10)とからなることを特徴とする。
【0028】
次に本発明方法と従来の方法との比較実験について説明する。
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
【0029】
共通条件:
・射出機:日精樹脂工業株式会社製UH1000−180
・射出圧力:200kgf/cm
・樹脂材料:ポリプレピレン樹脂(エラストマー、タルク、他添加剤を含む。)
・キャビティ:厚さ(図1のT)が3mm、幅(図1で表裏方向の幅)が50mm。
【0030】
・ガス抜きスリット:厚さ(図1のt)が50μm
・金型の温度:30℃
・気体:空気又はヘリウムガス
・気体の温度:100℃又は300℃
以上の条件で実施した実施例、及びこの実施例のための比較例を次表に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
比較例1は、減圧工程及び気体充填工程が無い、普通の射出成形法を試した。図1において、ゲート15から成形品の末端までの距離を、成形品毎に計測し、得られた計測値を「樹脂流動距離」とした。比較例1では、樹脂流動距離は120mmであった。
比較例2は、気体充填工程を実施した。すなわち、特許文献1の技術を試した。樹脂流動距離は128mmであった。
【0033】
実施例1は、減圧工程及び気体充填工程を含む、本発明の射出成形法を試した。気体の温度は100℃で、気体の種類は空気とした。そして、1回の減圧と1回の気体充填を実施した後に、樹脂の射出を行った。樹脂流動距離は157mmであった。
実施例2では、気体の種類を空気からヘリウムガスに変え、他の条件は実施例1と同一にした。樹脂流動距離は168mmであった。
実施例3では、空気の温度を100℃から300℃に変え、他の条件は実施例1と同一にした。樹脂流動距離は165mmであった。
【0034】
実施例4では、気体の種類を空気からヘリウムガスに変え、ヘリウムガスの温度を100℃から300℃に変え、他の条件は実施例1と同一にした。樹脂流動距離は173mmであった。
実施例5では、減圧の回数を2回に変え、気体充填の回数を2回に変え、他の条件は実施例1と同一にした。樹脂流動距離は170mmであった。
【0035】
以上の結果を、グラフで比較する。
図3は樹脂流動距離のグラフ図である。
(a)では、従来技術と本発明とを比較するために、比較例2と実施例1とを対比した。比較例2は減圧工程が無く、実施例1は減圧工程が有る。その他の条件に差はない。樹脂流動距離は各々128mmと157mmであるから、(157−128)/128=0.23の計算により、実施例1は比較例2の23%増しであった。したがって、減圧工程の効果は著しいことが分かった。
【0036】
(b)では、空気とヘリウムガスとを比較するために、実施例1と実施例2とを対比した。実施例1は空気を用い、実施例2はヘリウムガスを使用した。その他の条件に差はない。樹脂流動距離は各々157mmと168mmであるから、(168−157)/157=0.07の計算により、実施例2は実施例1の7%増しであった。したがって、ヘリウムガスの効果が認められた。
【0037】
(c)では、減圧・気体充填の回数を比較するために、実施例1と実施例5とを対比した。実施例1は減圧・気体充填が1回であり、実施例2は減圧・気体充填が2回である。その他の条件に差はない。樹脂流動距離は各々157mmと170mmであるから、(170−157)/157=0.08の計算により、実施例5は実施例1の8%増しであった。したがって、複数回の効果が認められた。
【0038】
以上の比較実験から次の事柄が確認できた。
まず、減圧工程が無い従来技術と減圧工程が有る本発明とでは、樹脂流れの点で本発明が大きく勝っている。減圧状態のキャビティへ高温の気体を充填させるため、キャビティの末端まで高温の気体を充填することができたためと考えられる。
【0039】
次に、高温の気体に空気より比熱の大きなヘリウムガスを用いると、樹脂流れの点でヘリウムが勝っている。比熱と量との積が熱量となるため、比熱が大きな気体は大きな熱量を金型に与える。この結果、金型のキャビティ面を十分に暖めることができたと考えられる。
【0040】
また、減圧・気体充填の回数が1回と2回とを比較すると、樹脂流れの点で1回より2回が勝っていた。高温の気体は金型へ熱を与えると自身は温度が低下する。この低温になった気体を2回目の減圧工程で排除し、2回目の気体充填工程で高温の気体を充填すれば、金型のキャビティ面を十分に暖めることができと考えられる。
【0041】
なお、空気の400K(127℃)における定圧比熱は、1.015kJであり、ヘリウムの400Kにおける定圧比熱は、5.193kJであり、水素ガスの400Kにおける定圧比熱は、14.48kJであり、水蒸気の400Kにおける定圧比熱は、2.00kJである。空気より比熱の大きな気体としてヘリウム、水素、水蒸気が適用可能である。しかし、水蒸気は空気の2倍に留まり、値が比較的小さい。また、水素は爆発に注意する必要がある。その点、ヘリウムガスは爆発の心配がない安全な気体であり、作業環境を良好に保つことができる。
なお、ヘリウムガスは高価なガスであるため、空気と混ぜることにより使用量を抑えて、ガスの調達費用を抑えることは差し支えない。
【0042】
尚、本発明では、減圧や気体充填にガス抜きスリットを利用したが、減圧や気体充填のために別の口を金型に設けてもよい。
また、図2で説明した工程フローは、ステップを増減することや、入れ替えることで、適宜変更することは差し支えない。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、薄肉成形品を対象とする樹脂成形方法に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明に係る樹脂成形装置の原理図である。
【図2】本発明に係る樹脂成形の工程図である。
【図3】樹脂流動距離のグラフ図である。
【符号の説明】
【0045】
10…樹脂成形装置、13…金型、14…キャビティ、18…ガス抜きスリット、26…真空ポンプ、27…気体供給弁、28…ヒータ、29…気体供給源。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型のキャビティを減圧する減圧工程と、減圧状態のキャビティへ前記金型の温度より高温の気体を充填させる気体充填工程と、高温の気体で暖めたキャビティへ溶融樹脂を射出して充填する樹脂充填工程とからなることを特徴とする樹脂成形方法。
【請求項2】
前記高温の気体は、空気より比熱が大きな気体であることを特徴とする請求項1記載の樹脂成形方法。
【請求項3】
前記空気より比熱が大きな気体は、ヘリウムガスであることを特徴とする請求項2記載の樹脂成形方法。
【請求項4】
前記高温の気体は、空気とヘリウムガスの混合気体であることを特徴とする請求項1記載の樹脂成形方法。
【請求項5】
前記減圧工程と前記気体充填工程とは、この順で少なくとも2回実施し、その後に前記樹脂充填工程を実施することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の樹脂成形方法。
【請求項6】
前記気体充填工程で用いる高温の気体は、樹脂の軟化点以上の高温であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の樹脂成形方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−253553(P2007−253553A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−83624(P2006−83624)
【出願日】平成18年3月24日(2006.3.24)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】