説明

永久磁石の製造方法

【課題】均質で磁石特性に優れた永久磁石を提供する。
【解決手段】本発明による永久磁石の製造方法は、R−T−B系合金を用意し、900℃以上1100℃以下の温度で1時間以上の間、保持する工程と、前記R−T−B系合金に水素を吸蔵させることにより、脆化させる水素処理工程と、脆化されたR−T−B系合金を粉砕し、平均粒径10μm以上100μm以下の粉末を形成する微粉砕工程と、前記粉末を溶射することによってNd2Fe14B化合物を主相とする膜状永久磁石を形成するプラズマ溶射工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石の製造方法に関し、特に、小型モータや小型ハードディスクドライブの磁気ヘッド位置決め用ボイスコイルモータ等に好適に使用される膜状永久磁石を製造する方法に関している。
【背景技術】
【0002】
現在、各種の携帯機器に使われるモータや、小型ハードディスクドライブに使われる小型永久磁石の需要が急速に増加している。こうした小型磁石は、現在、機械加工によって製作されているため、その製品歩留まりが低いということが大きな問題となっている。
【0003】
このため、機械加工によらずとも小型化可能な膜状永久磁石の開発が望まれている。膜状永久磁石の材料として、現在市販されている永久磁石の中で最大の磁気エネルギー密度を発揮する正方晶Nd2Fe14B化合物を主相とする材料に大きな期待が寄せられている。正方晶Nd2Fe14B化合物は高い磁気異方性エネルギーと飽和磁化を併せ持つだけではなく、同じ希土類磁石材料であるSm−Co系の化合物と比較して、原料が安価で供給も比較的に安定している。
【0004】
正方晶Nd2Fe14B化合物を主相として有する膜は、これまで主にスパッタ法によって形成することが検討されてきた。しかし、スパッタ法で得られる膜の堆積速度は低い。例えば、特許文献1に開示されている例では、約10μm/hrの堆積速度である。携帯機器用のハードディスクドライブにおけるボイスコイルモータ(VCM)には、薄くとも約500μmの厚さを有する永久磁石が必要である。このような永久磁石を上記の従来方法で形成するには、2日以上の時間を要することになり、量産に適用することは事実上不可能である。
【0005】
非特許文献1は、パルスレーザデポジション法(PLD法)によるR2Fe14B膜の製造方法を開示している。この方法によれば、堆積速度が約50μm/hrに達し、前記約500μmの厚さを有する永久磁石を約10時間で製作することが可能になる。
【0006】
しかし、こうした膜状永久磁石が民生機器に用いられることを想定した場合、それでもまだ十分な生産性に達しているとはいえないばかりか、この方法の場合、大型基板に均一な膜を形成しようとすれば大型レーザーが必要となり、コストが著しく上昇する。一方、アークプラズマ溶射法をNd2Fe14B膜製作に適用した報告が非特許文献2に開示されている。非特許文献2には厚さ3mmの膜形成例が示されている。
【0007】
スパッタ法やPLD法では、原子や原子クラスターが順次堆積することによって膜が形成されるのに対して、プラズマ溶射法では、通常、成膜用粉末が溶融した液滴を基板に溶着させることにより、膜を形成する。プラズマ溶射法の堆積速度は、上記のスパッタ法やPLD法における堆積速度に比べて著しく大きく、厚さ数mmの皮膜がプラズマ溶射法によって生産されることがある。
【0008】
プラズマ溶射法では、基板および溶射ガンの一方を他方に対して相対的に移動させることにより、広い範囲に膜を形成することが可能である。このため、生産規模を拡大しても、大規模な設備投資を抑えることができる。非特許文献3には、1回で厚さ4μmの膜を堆積する走査を複数回繰り返すことにより、合計厚さが約300μmのNd−Fe−B膜を作製したことが開示されている。
【特許文献1】特開2001−237119号公報
【非特許文献1】IEEE Trans.Magn.,vol.38(2002)pp.2913−2915
【非特許文献2】J.Mater. Sci.27(1992)pp.3777−3781
【非特許文献3】J.APPL.PHYS., 87(2000)pp. 5329−5331
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように膜状永久磁石を量産する方法として、プラズマ溶射法は優れたプロセスと考えられるが、R2Fe14B系の永久磁石材料に適用するにあたっては、以下の問題点があった。
【0010】
2Fe14B系永久磁石材料の特性は、その組織構造に敏感であるため、均一組織の溶射膜を形成しなければならない。このため、原料合金粉末を熱プラズマで完全に溶融しなければならず、粉末粒子径を小さくする必要があった。
【0011】
しかしながら、酸素に対して活性な希土類金属を含んだ原料合金粉末は、粒子径が小さくなるほど、酸素と激しく反応するようになる。このため、酸化反応による発熱・発火を避けるためには、原料合金粉末を常に不活性雰囲気に置くことが必要となり、取り扱いが難しくなる。また、原料合金の粉末粒子が酸化すると、粉末の酸素含有量が増加するため、その粉末を溶射して作製した膜状永久磁石の磁気特性が低下してしまうという問題もある。
【0012】
また、平均粒子径の小さな原料合金粉末を用意し、常に低酸素雰囲気中において酸素や水蒸気との接触を断ったとしても、プラズマ溶射によって形成された膜状永久磁石の磁石特性は充分に向上しないこともわかった。
【0013】
また、平均粒子径の小さな原料合金粉末を用いると、一定量の粉末を安定して溶射ガンに供給することが難しく、膜状永久磁石を生産性良く製造することが困難であることがわかった。
【0014】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、生産性に優れ、かつ優れた磁気特性を有する永久磁石を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明による永久磁石の製造方法は、R−T−B系合金を用意し、900℃以上1100℃以下の温度で1時間以上の間、保持する工程と、前記R−T−B系合金に水素を吸蔵させることにより、脆化させる水素処理工程と、脆化されたR−T−B系合金を粉砕し、平均粒径10μm以上100μm以下の粉末を形成する微粉砕工程と、前記粉末を溶射することによってR−T−B系合金の膜を形成するプラズマ溶射工程とを含む。
【0016】
好ましい実施形態において、前記R−T−B系合金は、25質量%以上40質量%以下の希土類金属元素、50質量%以上75質量%以下の遷移金属元素、および0.5質量%以上2質量%以下のB(硼素)を含む。
【0017】
好ましい実施形態において、前記水素処理工程は、前記R−T−B系合金に水素を吸蔵させた後、350℃以上800℃以下の温度で熱処理する工程を行なう。
【0018】
好ましい実施形態において、プラズマ溶射工程は、実質的に酸素を含まない不活性ガス雰囲気中または不活性ガスに水素ガスが混在した雰囲気中で実行する。
【0019】
好ましい実施形態において、前記プラズマ溶射工程では、300℃以上700℃以下の温度に予熱された基板上に前記膜を堆積する。
【0020】
他の好ましい実施形態において、前記プラズマ溶射工程では、冷却された基板上に前記膜を堆積する。
【0021】
好ましい実施形態において、前記プラズマ溶射工程後、前記膜を、不活性ガス中または真空中で500℃以上800℃以下の温度で保持する工程をさらに含む。
【発明の効果】
【0022】
本発明では、プラズマ溶射で溶融する原料合金粉末を作製する過程で、均質化処理および水素処理を実行する。この結果得られる粉末に含まれる個々の粒子の組成は、粒子のサイズによらず均質化する。このような粉末を用いてプラズマ溶射を行うと、堆積される膜の組織構造も均質化され、優れた永久磁石特性を発揮させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
プラズマとは、原子・分子の少なくとも一部が電子およびイオンに分離した電離気体(ionized gas)を言い、プラズマ溶射法とは、高温高速のガス噴流(プラズマジェット)を用いて原料粉末を溶融、軟化、加速し、加工対象または基板などの表面に衝突、堆積させて膜を形成する方法である。
【0024】
本発明者らは、プラズマ溶射装置を用いて種々異なった条件の下でNd2Fe14B系の膜状永久磁石を作製し、製作条件と磁気特性および物理・化学的特性を詳細に調査した。その結果、従来の粉砕方法によって作製した合金粉末をプラズマ溶射の溶材として用いると、個々の粉末粒子の合金組成が粒度(粒子サイズ)に依存して変化し、そのことに起因してプラズマ溶射膜の組織も不均一化することがわかった。プラズマ溶射膜を断熱皮膜などとして用いる場合には、高性能磁石に求められるような高度の均一性は必要ない。これに対して、希土類磁石では微小な結晶組織の均一性が磁石特性に大きな影響を与える。本発明者は、原料粉末自体の組成均一性を向上させることが、膜状永久磁石の組織均一化に大きく寄与することを見出した。また、原料合金を粉末化する前、原料合金に対して均質化処理と水素処理とを行うことにより、微粉砕後における粉末組成の粒度依存性を抑制できることを見出し、そのような粉末を用いてプラズマ溶射を行えば、今まで得られなかったような均質組織構造を有する膜状永久磁石を作製できることを見出した。なお、水素処理を行うことにより、最終的に得られる粉末の自然発火や粉塵爆発の可能性を大きく低減することができるとともに、微粉末の酸素含有量の増加を抑制し、磁石特性を向上させる効果が得られることもわかった。
【0025】
本発明では、まず、R−T−B系合金を用意し、900℃以上1100℃以下の温度で1時間以上保持する。R−T−B系合金において、Rは、希土類元素(イットリウムを含む)の一種であり、NdまたはPrのいずれかが必ず含まれる。好ましくは、Nd−Pr、Nd−Dy、Nd−Tb、Nd−Pr−Dy、またはNd−Pr−Tbで示される希土類元素の組合わせを用いる。
【0026】
希土類元素のうち、DyやTbは、特に保磁力の向上に効果を発揮する。上記元素以外に少量のCeやLaなど他の希土類元素を含有してもよく、ミッシュメタルやジジムを用いることもできる。また、Rは純元素でなくてもよく、工業上入手可能な範囲で、製造上不可避な不純物を含有するものでも差し支えない。含有量は、25.0質量%未満では高磁気特性、特に高保磁力が得られず、40.0質量%を超えると残留磁束密度が低下するため、25.0質量%以上40.0質量%以下が好ましい範囲である。
【0027】
Tは、Feを必ず含み、Feの50%以下をCoで置換することができる。また、FeやCo以外の少量の遷移金属元素を含有することができる。Coは温度特性の向上、耐食性の向上に有効であり、通常は10質量%以下のCoおよび残部Feの組合わせで用いる。含有量は、50.0質量%未満では残留磁束密度が低下し、75.0質量%を超えると保磁力の低下を来たすので、50.0質量%以上75.0質量%以下が好ましい範囲である。
【0028】
Bは硼素であって、含有量は0.5質量%以上2.0質量%以下が好ましい範囲である。0.5質量%未満では軟磁性のR2Fe17相が析出し、保磁力が大幅に低下し、2.0質量%を超えるとB−rich相が増加し高い残留磁束密度を得ることができない。Bの一部はCで置換することができる。C置換は磁石の耐食性を向上させることができ有効である。B+Cとした場合の含有量は、Cの置換原子数をBの原子数で換算し、上記のB濃度の範囲内に設定されることが好ましい。
【0029】
上記R、T、Bに加え、保磁力向上のためにM元素を添加することができる。M元素は、Al、Si、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Zr、Nb、Mo、In、Sn、Hf、Ta、Wのうち少なくとも一種である。添加量は2.0質量%以下が好ましい。2.0質量%を超えると残留磁束密度が低下するためである。
【0030】
本発明では、上記元素以外に不可避的不純物を許容することができる。例えば、Feから混入するMn、Crや、Fe−B(フェロボロン)から混入するAl、Si、Cuなどや、工程中に混入する酸素、窒素、炭素、水素などである。
【0031】
次に、R−T−B系合金に水素を吸蔵させることにより、合金を脆化させる水素処理工程を行なう。この後、脆化されたR−T−B系合金を粉砕し、平均粒径10μm以上100μm以下の粉末を形成する微粉砕工程を行なう。こうして得られた粉末を溶射材として用いることにより、R−T−B系合金の膜を形成するプラズマ溶射工程を行なう。こうして、Nd2Fe14B化合物を主相とする膜状永久磁石を得ることができる。なお、プラズマ溶射工程の直後におけるR−T−B系合金の膜が、Nd2Fe14B化合物を主相とする永久磁石として機能する必要は無い。プラズマ溶射工程の直後の膜は、アモルファス状態、またはアモルファス相と結晶相とが混在した状態にあってもよい。その場合、プラズマ溶射工程の後に熱処理を行うことによって結晶化を行えば、Nd2Fe14B化合物を主相とする膜状永久磁石を形成することができる。
【0032】
以下、本発明による永久磁石の製造方法の好ましい実施形態を説明する。
【0033】
まず、R−T−B系の原料合金のインゴットを用意する。このような原料合金のインゴットは、組成元素からなる金属や合金を秤量、配合した後、高周波溶解炉やアーク溶解炉で真空中または不活性ガス雰囲気中で溶製することによって作製され得る。
【0034】
次に、原料合金のインゴットに対して、均質化(溶体化)処理を行う。具体的には、真空中または不活性ガス雰囲気中において、900℃以上1100℃以下の温度(例えば1000℃)で1時間以上の間、保持する。この均質化処理により、溶製直後において存在したFeの偏析が低減され、金属組織構造が均質化される。
【0035】
均質化処理時間は、上記のように、所定温度範囲に1時間以上保持することが好ましく、保持時間の上限は特に限定されない。ただし、量産性を考慮すると、均質化処理時間の上限は例えば48時間に設定され得る。
【0036】
次に、均質化処理を終えたR−T−B系合金に水素を吸蔵させることにより、合金を脆化させる水素処理工程を行なう。R−T−B系合金に水素を吸蔵させた後、排気しながら熱処理を行う。均質化処理後の水素吸蔵および水素排出は連続して行われることが好ましい。これらの処理は雰囲気制御が可能な構造を有する電気炉を用いて好適に実行され得る。具体的には、次のようにして行なう。すなわち、均質化処理後の合金を電気炉内に挿入し、その内部を排気する。電気炉内に水素を導入し、水素圧力を一定に保持する。短時間に多量の水素を合金に吸収させるためには、水素圧(ゲージ圧)を1気圧以上に設定することが好ましい。保持時間は、合金の組成や重量によって異なるが、例えば組成が33wt%Nd−1wt%B−bal.Feで表され、重量20kgの合金の場合、ゲージ圧で1気圧の水素雰囲気内に2時間以上保持すれば、本発明の効果を十分に発揮させることができる。合金が十分な水素を吸収した後、電気炉内を再び排気し、合金を350℃以上800℃以下の温度に保持する。
【0037】
R−T−B系合金に水素を吸収させる工程では、合金中で遊離した希土類金属(R)がRH3の化学式で表される水素化物に変化する。3つの水素を含んだこの化合物は、不安定であり、酸素と容易に反応するが、合金が排気中で熱処理される工程では、水素が1つ離脱し、酸素に対して活性のより低いRH2に変化する。このRH2は、遊離した希土類金属単体のRとの比較でも、酸素に対する活性が低く、粉末状になった場合の自然発火や粉塵爆発の危険性が低下する。
【0038】
一方、均質化処理後の合金に含まれるR2Fe14B化合物は、水素に晒されるとそれを格子間に取り込んで体積膨張を起こす。そのため、合金内部には、微細な亀裂が導入されて崩壊しやすい状態になる。R2Fe14B化合物に吸収された水素は、合金が排気中で熱処理を受ける工程で脱離するが、合金内に導入された亀裂のため、小さいエネルギーで粉砕することが可能となり、酸素含有量の少ない粉末が得られる。
【0039】
水素を吸収した合金を排気中で熱処理する際の加熱温度は、上述の希土類金属と水素との反応の化学平衡によって350℃以上800℃以下に規定される。すなわち、温度が350℃未満であると、RH3からRH2への反応が進まず、合金中に酸素に対して活性の高いRH3が残留することになり、800℃を超えるとRH2化合物から残りの水素も脱離して、やはり酸素に対して活性の高い希土類金属が、再び現われることになる。この熱処理における、より好ましい加熱温度は、RH3からRH2への反応が速やかに進行し、しかも希土類金属が遊離する危険性のない400℃以上600℃以下の温度である。
【0040】
以上の処理工程を経た合金は、続いて粉末状に粉砕される。粉砕方法は特に限定されず、スタンプミル等を用いて乾式で粉砕することも、エタノールやトルエン等の有機溶剤を媒介にしてボールミル等を用い、湿式で粉砕することもできる。乾式、湿式にかかわらず、粉砕中は粉末の酸化を防ぐため、雰囲気を窒素または不活性ガスで置換しておくことが望ましい。なお、水素処理を行うことなく、機械的粉砕のみを行った場合、平均粒子径に比べて格段に小さな超微粒子(粒径1μm以下)が形成されやすくなる。このような超微粒子は特に酸化されやすく、膜状永久磁石の特性を劣化させやすい。本発明では、均質化処理および水素処理を行うことにより、このような超微粒子の生成を抑制することもできる。水素処理とその後の微粉砕工程によって所望の粒度分布を有する粉末を作製するには、水素処理前の合金組織が重要である。原料合金のインゴットを冷却速度が相対的に低い鋳造法によって作製している。
【0041】
微粉砕工程によって得た粉末の平均粒子径は、通常のプラズマ溶射装置を用いて、粉末を完全に溶融することのできる10μm以上100μm以下に限定される。粉末の平均粒子径が100μmを超えて大きくなると、プラズマ溶射によって形成した膜の中に未溶融の粉末の組織が混入し、永久磁石の特性を劣化させる。熱プラズマによる粉末の溶融を確実にするために、粉末の平均粒子径は50μm以下にすることが好ましい。また、粉末の平均粒子径が10μm未満になると、粉末の酸化が顕著になって、この粉末を原料として形成した膜状永久磁石の磁気特性が低下するばかりでなく、一定量の粉末を安定して溶射ガンに供給することが困難になって、膜状永久磁石の生産性が極端に低下するため好ましくない。
【0042】
上記粉末を溶射材料として用いることにより、通常のプラズマ溶射装置を用いて容易に基板上に膜を堆積させることができる。プラズマ溶射装置は、直流アークプラズマ方式や高周波プラズマ方式の装置を好適に使用できる。
【0043】
溶射熱源として、熱プラズマの他に炭化水素系燃料(アセチレン、ケロシンなど)の燃焼炎を用いる方法が知られているが、この方法によれば加熱・溶融されたR−T−B合金の希土類元素が、燃焼に不可欠な酸素や、あるいは燃焼によって生成した水蒸気と反応して酸化物となって消費されてしまう。このため、永久磁石膜の最適な化学組成が維持されなくなってしまう。従って、主に不活性ガスが電離して形成した熱プラズマを熱源とするプラズマ溶射法を採用することが好ましい。
【0044】
熱プラズマの形成に直接関与がなくても、外部雰囲気から混入する酸素が希土類元素と反応して酸化物を形成し、膜の化学組成や磁気特性に悪影響を及ぼすことがある。従って、本発明の好ましい形態の一つでは、プラズマ溶射工程が、実質的に酸素を含まない不活性ガス雰囲気か、あるいは不活性ガスに水素ガスが混在した雰囲気中で行うことが好ましい。例えば、排気した容器中にアルゴンやヘリウムなどの不活性ガスを導入し、この容器の中でアルゴンかあるいはアルゴンに水素を混入させたガスによるプラズマジェットを生成し、これを熱源として溶射を行うことができる。水素ガスは、アルゴンガスなどに混入してプラズマジェットを生成することで原料粉末への入熱量が大きくなり、粉末の溶融状態をより完全なものにする効果を発揮する。
【0045】
好ましい雰囲気の圧力は、2kPa〜101kPaであり、この環境において酸化の影響をほとんど受けることなくR−T−B系合金の溶射膜を形成することができる。雰囲気圧力が2kPa未満では、プラズマジェットが伸長してその延長線上にある基板の温度を安定に保てなくなり好ましくない。雰囲気圧力が101kPaを超えると流体抵抗の増大によって粉末粒子の飛行速度が低下するとともに、プラズマ密度が高くなり過熱によって溶射材料が蒸発することがあるため好ましくない。
【0046】
基板に用いる材料は、溶滴から流入する熱で著しい変形が起こらず、また基板材料と膜による反応により膜が著しく変性するものでなければ特に限定されない。鉄鋼、ステンレス、銅などの金属材料と同様にアルミナ等のセラミック材料基板の上にも、本発明の方法で厚膜の永久磁石を形成することができる。本発明の製造方法を用いて、電磁軟鉄やパーマロイなど軟磁性材料の上に永久磁石膜を形成すると、磁気回路の組み立てに必要な工数を減らすことも可能である。
【0047】
基板の膜形成面には、必要に応じて膜の付着力を強化するための前処理を施すことができる。例えば、グリットブラスト処理によって基板の表面を粗面化することにより、アンカー効果が現われ、膜の密着強度が向上する。
【0048】
基板材料と膜状永久磁石の熱膨張率の差によって強い応力が発生するときは、基板表面に予め熱膨張率の差を緩衝する材料からなる膜を形成しておくことができる。このような緩衝膜としてチタン、銅、鉄・ニッケル合金などからなる膜が好適である。このような膜の形成方法は、特に限定されず、圧接、溶射、メッキなどの方法を用いることが可能である。
【0049】
プラズマ溶射中は基板を冷却してもよい。冷却方法は特に限定されないが、アルゴンガスなどの不活性ガスを溶射時に基板に吹き付けることで行うこともできるし、基板材を面で支持する中空構造の治具を製作し、その中に水や空気を流すことによっても好適に行うことができる。冷却基板上に形成されたR−T−B系合金の膜の一部または全部はアモルファス状態にあるため、溶射終了後に堆積膜に対して不活性ガス中あるいは真空中で800℃以下の温度で熱処理を加えることが好ましい。このようにすることにより、プラズマ溶射によって堆積された非晶質膜がその後の熱処理によって結晶化し、均質な結晶組織を有する永久磁石を製造することができる。
【0050】
プラズマ溶射中の基板を300℃以上700℃以下の温度に加熱し、保持しても良い。このようにすることにより、溶射中に堆積した膜が順次結晶化し、その後熱処理工程を挿入しなくても膜状永久磁石が得られる。また、溶射中に結晶化が基板面に接触した部分から表面に向かって一定方向に進行するため、Nd2Fe14B化合物の結晶は磁化容易方向であるc軸を基板面に対して垂直方向に向けて結晶成長し易いため、この方向に高い永久磁石特性を示す異方性の膜状永久磁石を得ることができる。基板温度が700℃を超えると結晶が粗大化して保磁力の低下が起こるため、加熱温度の上限は700℃に限定される。また、基板の加熱温度が300℃未満の場合は、結晶化が十分に起こらないため、上記膜状永久磁石の異方性化の効果が表われない。
【0051】
なお、上記のプラズマ溶射中の基板を300℃以上700℃以下の温度に加熱しても、溶射条件や温度によっては、堆積した膜の一部にアモルファス相が含まれている場合がある。その場合、不活性ガスまたは真空中で800℃以下の温度で膜に対する熱処理を行うことが好ましい。
【0052】
また、プラズマ溶射中の基板を加熱も冷却もしない場合でも、堆積した膜の一部にアモルファス相が含まれていることがあるため、溶射後の膜に対して上記熱処理と同様の熱処理を行うことが好ましい。
【0053】
上記方法に形成するR−T−B系合金膜の厚みは、5μm〜2000μm程度が好ましい。5μmより薄い膜は溶射法で均一な膜の形成が困難であり、2000μmを超えると成膜に時間を要し、生産性が低下するため好ましくない。
【実施例】
【0054】
31%Nd−3%Co−1%B−bal.Fe(質量%)の合金鋳塊を真空溶解炉で作製した後、アルゴン雰囲気の中で1100℃、8時間の均質化熱処理を行った。この合金鋳塊を挿入した気密容器内に水素ガスを導入し、合金鋳塊による水素吸蔵が飽和に達するまで水素圧力を2atmに保った。その後、真空ポンプにより気密容器を排気しながら加熱し、500℃で2時間保持した。冷却後、合金鋳塊を目開き50μmの篩を全量が通過するまで、窒素雰囲気の下でスタンプミル粉砕を行った。
【0055】
こうして得られた粉末を溶射材料として、減圧プラズマ溶射を行ない、水冷したチタン基板(寸法 幅50mm×長さ50mm×厚さ3mm)の表面に厚さ100μmの膜を形成した。本実施例における減圧プラズマ溶射は、雰囲気Arガスの圧力0.1atmに設定し、プラズマ作動ガスとしてArとH2の混合ガス(容量比95:5)を用いて行った。この後、膜形成後のサンプルに対して真空中で725℃、60分の熱処理を行った。
【0056】
得られた試料は、幅5mm×長さ5mm×厚さ3mmに外周刃切断機で切断し、膜の面に平行な方向と垂直な方向の両方に対して、試料振動型磁力計を用いて磁気特性を測定した。磁化の算出に必要な膜厚の測定は、試料振動型磁力計による磁気測定の後、サンプルの端面を鏡面研磨し、測長顕微鏡を用いて行った。
【0057】
図1および図2は、それぞれ、チタン基板上に減圧プラズマ溶射によって形成した膜状永久磁石の熱処理前および熱処理後の断面を示す光学顕微鏡写真である。なお、断面は鏡面研磨されている。
【0058】
図1および図2から、本発明による永久磁石は緻密な膜質を有していることがわかる。この理由は、プラズマ溶射を減圧中で行ったため、大気圧中で行う場合に比べ、気泡の巻き込みが少ないからである。また、本発明では、プラズマ溶射の過程で粉末が充分に溶融するため、未溶融の粉末に起因する粗大粒子の存在も認められなかった。
【0059】
図3は、得られた膜状永久磁石の表面に平行な方向における磁化(面内磁化)、および、前記表面に対して垂直な方向における磁化(垂直方向磁化)について、外部磁界との関係を示すグラフである。垂直磁化と面内磁化とを比較すると、同一の外部磁界に対して僅かな差異が観察されるが、この差異は、反磁界の大きさが方向によって異なることに起因している。この反磁界の違いを考慮すると、膜状永久磁石は等方的な磁気特性を有しており、しかも、溶湯急冷磁石に匹敵する高い磁気特性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明による永久磁石の製造方法は、機械的加工の困難な小型高性能磁石の量産に適している。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】チタン基板上に減圧プラズマ溶射によって形成した膜状永久磁石の熱処理前における断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図2】チタン基板上に減圧プラズマ溶射によって形成した膜状永久磁石の熱処理後における断面を示す光学顕微鏡写真である。
【図3】本発明による永久磁石の表面に平行な方向における磁化、および、前記表面に対して垂直な方向における磁化について、外部磁界との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−T−B系合金(Rは、イットリウムを含む希土類元素の少なくとも一種であり、NdまたはPrのいずれか一方を必ず含み、Tは、Fe、またはFeの50%以下を他の遷移金属元素で置換したものである)を用意し、900℃以上1100℃以下の温度で1時間以上の間、保持する工程と、
前記R−T−B系合金に水素を吸蔵させることにより、脆化させる水素処理工程と、
脆化したR−T−B系合金を粉砕し、平均粒径10μm以上100μm以下の粉末を形成する微粉砕工程と、
前記粉末を溶射することによってR−T−B系合金の膜を形成するプラズマ溶射工程と、
を含む永久磁石の製造方法。
【請求項2】
前記R−T−B系合金は、25質量%以上40質量%以下の希土類金属元素、50質量%以上75質量%以下の遷移金属元素、および0.5質量%以上2質量%以下のB(硼素)を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記水素処理工程は、前記R−T−B系合金に水素を吸蔵させた後、350℃以上800℃以下の温度で熱処理を行う工程を含む請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
プラズマ溶射工程は、実質的に酸素を含まない不活性ガス雰囲気中または不活性ガスに水素ガスが混在した雰囲気中で実行される請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記プラズマ溶射工程では、300℃以上700℃以下の温度に設定された基板上に前記膜を堆積する、請求項1から4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記プラズマ溶射工程では、冷却された基板上に前記膜を堆積する、請求項1から4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記プラズマ溶射工程後、前記膜を、不活性ガス中または真空中で500℃以上800℃以下の温度で保持する工程をさらに含む、請求項1から6のいずれかに記載の製造方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−165607(P2007−165607A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−360254(P2005−360254)
【出願日】平成17年12月14日(2005.12.14)
【出願人】(000183417)株式会社NEOMAX (121)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】