説明

油圧クラッチの初期制御値学習装置および車両

【課題】 油圧クラッチのトルク点を吸気負圧に基づいて検出して該油圧クラッチの初期制御値を学習する際に、トルク点の誤検出による誤学習を防止する。
【解決手段】 油圧クラッチ28の油圧指令値を減少あるいは増加させる過程でのエンジンの吸気負圧の変動に基づいて、油圧クラッチ28の初期制御値を学習する。仮に、油圧クラッチ28がトルク点に達したことによるエンジンEの負荷の変化をエンジン回転数により検出すると、エンジンEや動力伝達経路の慣性の影響を受けて検出精度が低下するが、エンジンEの負荷の変化を吸気負圧PBにより検出することで検出精度が向上する。学習禁止手段は2階微分値算出手段が算出した吸気負圧の2階微分値に基づいて初期制御値学習手段による学習を禁止するので、エンジン単体の負荷の変動以外の要因で吸気負圧が変動した場合に誤った学習が行われるのを未然に防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの駆動力を駆動輪に伝達する駆動力伝達経路上に配置された油圧クラッチと、前記油圧クラッチの油圧指令値を変更することで係合力を制御する係合力制御手段と、前記油圧クラッチが係合がトルク点にあるときの前記油圧指令値を初期制御値として学習する初期制御値学習手段とを備える油圧クラッチの初期制御値学習装置と、その油圧クラッチの初期制御値学習装置を装備した車両とに関する。
【背景技術】
【0002】
油圧により係合および係合解除を制御する発進クラッチを備えたトランスミッションでは、所定の変速段を確立した状態で発進クラッチを係合することでエンジンの駆動力を駆動輪に伝達して車両を発進させるが、発進クラッチの係合タイミングが早すぎるとショックが発生する問題があり、発進クラッチの係合タイミングが遅すぎると発進がもたつく問題がある。そこで発進クラッチを適切なタイミングで係合する必要があるが、そのためには発進クラッチの係合タイミング(トルク点)を正確に把握する必要がある。しかしながら、発進クラッチが係合あるいは係合解除するときのトルク点は、発進クラッチの個体毎にばらつきがあるため、個々の発進クラッチについてトルク点を学習して記憶する必要がある。
【0003】
発進クラッチのトルク点を学習するために、発進クラッチに供給する油圧を漸減しながらエンジン回転数およびトルクコンバータのタービン回転数(つまりトルクコンバータの出力回転数)を検出し、エンジン回転数およびトルクコンバータのタービン回転数の差が所定値以上になったときの発進クラッチの油圧指令値をトルク点として学習するものが、下記特許文献1により公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−286055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載されたものは、発進クラッチがトルク点に達したことをエンジン回転数およびトルクコンバータのタービン回転数の差に基づいて検出するので、エンジン回転数やトルクコンバータのタービン回転数がエンジンやトランスミッションの慣性の影響を受けてしまい、トルク点の検出精度が低下する問題がある。
【0006】
そこで、発進クラッチがトルク点に達したことをエンジンの吸気負圧が安定したことにより検出することが考えられ、このようにすれば、エンジンやトランスミッションの慣性の影響を受け難くなってトルク点の検出精度が向上する。
【0007】
しかしながら、発進クラッチがトルク点に達したことをエンジンの吸気負圧に基づいて検出すると、発進クラッチがトルク点に達したこと以外の要因でエンジンの負荷が変動した場合に、トルク点を誤検出して誤学習が行われてしまう可能性がある。例えば、油圧クラッチの初期制御値の学習はブレーキを作動させて駆動輪の回転を拘束した状態で行われるが、学習中にブレーキが緩むと駆動輪が回転可能になるため、エンジンの負荷が変動して吸気負圧が変動してしまい、トルク点を精度良く検出できなくなる問題がある。
【0008】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、油圧クラッチのトルク点を吸気負圧に基づいて検出して該油圧クラッチの初期制御値を学習する際に、トルク点の誤検出による誤学習を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、エンジンの駆動力を駆動輪に伝達する駆動力伝達経路上に配置された油圧クラッチと、前記油圧クラッチの油圧指令値を変更することで係合力を制御する係合力制御手段と、前記油圧クラッチがトルク点にあるときの前記油圧指令値を初期制御値として学習する初期制御値学習手段と、前記エンジンの吸気負圧を検出する吸気負圧検出手段とを備え、前記初期制御値学習手段は、前記係合力制御手段により前記油圧指令値を減少させることで前記油圧クラッチを係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧指令値を増加させることで前記油圧クラッチを係合解除状態から係合状態へと移行させ、前記吸気負圧の変動に基づいて前記初期制御値を学習する油圧クラッチの初期制御値学習装置であって、前記吸気負圧の2階微分値を算出する2階微分値算出手段と、前記油圧クラッチを係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧クラッチを係合解除状態から係合状態へと移行させるときの前記2階微分値に基づいて前記初期制御値学習手段による学習を禁止する学習禁止手段とを備えることを特徴とする油圧クラッチの初期制御値学習装置が提案される。
【0010】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記学習禁止手段は、前記油圧クラッチを係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧クラッチを係合解除状態から係合状態へと移行させるときの前記2階微分値の最大値および最小値の差分が所定値以上のときに前記初期制御値学習手段による学習を禁止することを特徴とする油圧クラッチの初期制御値学習装置が提案される。
【0011】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1または請求項2に記載の油圧クラッチの初期制御値学習装置を装備した車両であって、前記吸気負圧を用いて制動力を発生するブレーキ装置を備えることを特徴とする車両が提案される。
【0012】
尚、実施の形態の発進クラッチ28は本発明の油圧クラッチに対応する。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の構成によれば、係合力制御手段が油圧指令値を減少あるいは増加させると、油圧クラッチが係合状態から係合解除状態へと、あるいは係合解除状態から係合状態へと移行する過程で、エンジンの負荷が一定の値になることで吸気負圧が安定する。吸気負圧が安定すると、そのときの吸気負圧に基づいて初期制御値学習手段が油圧指令値である初期制御値を学習することができる。仮にエンジンの負荷の変化をエンジン回転数により検出すると、エンジンや動力伝達経路の慣性の影響を受けて検出精度が低下するが、エンジンの負荷の変化を吸気負圧により検出することで検出精度が向上する。そして学習禁止手段は、2階微分値算出手段が算出した吸気負圧の2階微分値に基づいて初期制御値学習手段による学習を禁止するので、エンジン単体の負荷の変動以外の要因で吸気負圧が変動した場合に誤った学習が行われるのを未然に防止することができる。
【0014】
また請求項2の構成によれば、学習禁止手段は、吸気負圧の2階微分値の最大値および最小値の差分が所定値以上のときに初期制御値学習手段による学習を禁止するので、2階微分値そのものが小さくても、その最大値および最小値の差分は大きな値になることで、吸気負圧の変動を確実に検出することができる。
【0015】
また請求項3の構成によれば、油圧クラッチの初期制御値学習装置を装備した車両が吸気負圧を用いて制動力を発生するブレーキ装置を備える場合、初期制御値の学習中に吸気負圧が大きく変動すると、ブレーキ装置が発生する制動力が減少して車両が予期せず発進してしまう可能性があるが、このような場合に学習禁止手段が学習を禁止することで前記制動力の減少を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ベルト式無段変速機を搭載した車両の動力伝達系のスケルトン図。
【図2】発進クラッチの制御系のブロック図。
【図3】学習処理ルーチンのフローチャート。
【図4】NE、PB安定判断ルーチンのフローチャート。
【図5】ブレーキ緩み判断ルーチンのフローチャート。
【図6】学習値算出ルーチンのフローチャート。
【図7】学習処理を説明するタイムチャート。
【図8】PB、DPBおよびDDPBの変化特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図1〜図8に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0018】
図1に示すように、車両用のベルト式無段変速機Tは平行に配置されたドライブシャフト11およびドリブンシャフト12を備えており、エンジンEのクランクシャフト13はダンパー14を介してドライブシャフト11に接続される。
【0019】
ドライブシャフト11に支持されたドライブプーリ15は、ドライブシャフト11に対して相対回転自在な固定側プーリ半体15aと、この固定側プーリ半体15aに対して軸方向摺動自在な可動側プーリ半体15bとを備える。可動側プーリ半体15bは、作動油室16に作用する油圧により固定側プーリ半体15aとの間の溝幅が可変である。ドリブンシャフト12に支持されたドリブンプーリ17は、ドリブンシャフト12に固設された固定側プーリ半体17aと、この固定側プーリ半体17aに対して軸方向摺動自在な可動側プーリ半体17bとを備える。可動側プーリ半体17bは、作動油室18に作用する油圧により固定側プーリ半体17aとの間の溝幅が可変である。そしてドライブプーリ15とドリブンプーリ17との間に、2本の金属リング集合体に多数の金属エレメントを装着した金属ベルト19が巻き掛けられる。
【0020】
ドライブシャフト11の軸端に、前進変速段を確立する際に係合してドライブシャフト11の回転をドライブプーリ15に同方向に伝達するフォワードクラッチ20と、後進変速段を確立する際に係合してドライブシャフト11の回転を逆回転にしてドライブプーリ15に伝達するリバースブレーキ21とを備えた、シングルピニオン式の遊星歯車機構よりなる前後進切換機構22が設けられる。前後進切換機構22のサンギヤ23はドライブシャフト11に固設され、キャリヤ24はリバースブレーキ21によりケーシング25に拘束可能であり、リングギヤ26はフォワードクラッチ20によりドライブプーリ15に結合可能である。そしてキャリヤ24に支持された複数のピニオン27…がサンギヤ23およびリングギヤ26に同時に噛合する。
【0021】
ドリブンシャフト12の軸端に設けられた発進クラッチ28は、ドリブンシャフト12に相対回転自在に支持した第1減速ギヤ29を該ドリブンシャフト12に結合する。ドリブンシャフト12と平行に配置された減速軸30に、第1減速ギヤ29に噛合する第2減速ギヤ31が固設される。ディファレンシャルギヤDのデフケース32に固設したファイナルドリブンギヤ33に、減速軸30に固設したファイナルドライブギヤ34が噛合する。デフケース32にピニオンシャフト35,35を介して支持した一対のピニオン36,36に、デフケース32に相対回転自在に支持した左右の車軸37,38に固設したサイドギヤ39,39が噛合する。左右の車軸37,38の先端にそれぞれ駆動輪W,Wが接続される。
【0022】
従って、セレクトレバーでフォワードレンジを選択すると、先ずフォワードクラッチ20が係合し、ドライブシャフト11がドライブプーリ15に一体に結合される。続いて発進クラッチ28が係合し、エンジンEのトルクがドライブシャフト11→前後進切換機構22→ドライブプーリ15→金属ベルト19→ドリブンプーリ17→ドリブンシャフト12→発進クラッチ28→第1減速ギヤ29→第2減速ギヤ31→減速軸30→ファイナルドライブギヤ34→ファイナルドリブンギヤ33→ディファレンシャルギヤD→車軸37,38の経路で駆動輪W,Wに伝達され、車両は前進発進する。セレクトレバーでリバースレンジを選択すると、リバースブレーキ21が係合してドライブプーリ15がドライブシャフト11の回転方向と逆方向に駆動されるため、発進クラッチ28の係合により車両は後進発進する。
【0023】
このようにして車両が発進すると、ドライブプーリ15の作動油室16に供給される油圧が増加し、ドライブプーリ15の可動側プーリ半体15bが固定側プーリ半体15aに接近して有効半径が増加するとともに、ドリブンプーリ17の作動油室18に供給される油圧が減少し、ドリブンプーリ17の可動側プーリ半体17bが固定側プーリ半体17aから離反して有効半径が減少することにより、ベルト式無段変速機Tの変速比がLOW側からOD側に向けて連続的に変化する。
【0024】
図2に示すように、発進クラッチ28の係合および係合解除を制御するとともに、発進クラッチ28のトルク点、つまり発進クラッチ28が係合あるいは係合解除するときの油圧指令値PCCMDに基づいて発進クラッチ28の初期制御値PCCMD* を算出する電子制御ユニットUは、係合力制御手段M1と、初期制御値学習手段M2と、補正手段M3と、2階微分値算出手段M4と、学習禁止手段M5とを備える。
【0025】
係合力制御手段M1には、エンジン回転数NEを検出するエンジン回転数検出手段Saと、車速Vを検出する車速検出手段Sdと、アクセルペダル開度APを検出するアクセルペダル開度検出手段Seとが接続されるとともに発進クラッチ28が接続される。補正手段M3には、発進クラッチ28の油温、つまりベルト式無段変速機Tの油温TOを検出する油温検出手段Scが接続され、2階微分値算出手段M4にはエンジンEの吸気負圧PBを検出する吸気負圧検出手段Sbが接続される。そして前記学習禁止手段M5には前記2階微分値算出手段M4が接続され、初期制御値学習手段M2には、前記エンジン回転数検出手段Saと、前記吸気負圧検出手段Sbと、前記係合力制御手段M1と、前記補正手段M3と、前記学習禁止手段M5とが接続される。
【0026】
次に、電子制御ユニットUによる発進クラッチ28の初期制御値PCCMD* の学習手法の概略を、図2のブロック図および図7のタイムチャートを参照しながら説明する。
【0027】
エンジン回転数NEが所定値以上であり、車速Vが所定値以下(ほぼ停止)であり、アクセルペダル開度APがゼロであり、ブレーキペダルが踏まれており、かつセレクトレバーが走行ポジション(「D」ポジションあるいは「R」ポジション)にあるとき、係合力制御手段M1は初期制御値PCCMD* の学習を行うための所定の車両条件が成立したと判断し、初期制御値PCCMD* の学習を開始する。
【0028】
学習の開始と同時にエンジンEのスロットルバルブが僅かに開かれ、そのスロットル開度が学習終了まで維持される。スロットルバルブが開かれても、ブレーキペダルが踏まれて駆動輪W,Wが回転不能に制動されており、かつ発進クラッチ28は油圧指令値PCCMDが所定圧に維持されて所定の係合力(例えば、強クリープを発生させる係合力)を発生しながらスリップする状態にあるため、エンジンEが負荷を受けて吸気負圧PBが増加する。
【0029】
この状態から、係合力制御手段M1は油圧指令値PCCMDを前記所定圧からゼロに向けて漸減する減圧スイープを実行する。減圧スイープにより発進クラッチ28の係合力が次第に低下してスリップが増加することで、エンジン回転数NEが次第に増加するとともに、吸気負圧PBが次第に減少する。減圧スイープの過程で発進クラッチ28がトルク点に達して完全に係合解除すると吸気負圧PBは一定値に安定するため、初期制御値学習手段M2は、吸気負圧PBが一定値に安定したときの値を求め、その吸気負圧PBに所定圧(発進クラッチ28が確実にミートポイントになるための予め設定された吸気負圧PBのΔ量に相当する所定圧。例えば、10〜50mmHg)を加算した値に対応する油圧指令値PCCMDを初期制御値PCCMD* として学習する。
【0030】
また発進クラッチ28の油温が変化すると、作動油の粘性が変化して初期制御値PCCMD* の学習に誤差が発生するため、補正手段M3は、油温検出手段Scで検出した油温TOに基づいて補正量を算出し、この補正量で初期制御値PCCMD* を補正する。
【0031】
また学習中に運転者がブレーキペダルを踏む踏力が緩むと、駆動輪W,Wの制動が一時的に解除されて車両が移動し、エンジンEの負荷が減少して吸気負圧PBが減少するため、初期制御値PCCMD* の正確な学習が不可能になる。そこで2階微分値算出手段M4は、吸気負圧PBの2階微分値DDPBを算出し、この2階微分値DDPBの変動量が所定値以上になったとき、ブレーキペダルの踏力が緩んだと判断して学習禁止手段M5が初期制御値学習手段M2による学習を禁止する。
【0032】
次に、上記作用を図3〜図6のフローチャートに基づいて更に具体的に説明する。
【0033】
先ず、図3のフローチャートのステップS1で学習の実行条件が成立したか否かを判定する。即ち、エンジン回転数NEが所定値以上であり、車速Vが所定値以下(ほぼ停止)であり、アクセルペダル開度APがゼロであり、ブレーキペダルが踏まれており、かつセレクトレバーが走行ポジションにあるとき、所定の車両条件が成立したと判断して初期制御値PCCMD* の学習を開始する。
【0034】
続くステップS2で発進クラッチ28の油圧指令値PCCMDを減圧スイープしながらエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定したか否かを、つまり減圧スイープにより発進クラッチ28がトルク点に達して完全に係合解除したか否かを判断する。ステップS3でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定しておらず、依然として変化している場合には、ステップS8で油圧指令値PCCMDを下限値になるまで所定の減算量ずつループ毎に減算して減圧スイープを継続する。
【0035】
前記ステップS3で発進クラッチ28がトルク点に達してエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定した場合には、ステップS4で運転者がブレーキペダルを踏む踏力が緩んで制動力が低下したか否かを、エンジンEの負荷に相当する吸気負圧PBに基づいて判断する。ステップS5でブレーキの緩みが発生した場合には、誤学習が行われるのを防止するために、ステップS7で学習値である初期制御値PCCMD* の学習を禁止する。前記ステップS5でブレーキの緩みが発生していない場合には、ステップS6で学習値である初期制御値PCCMD* を算出する。
【0036】
次に、前記ステップS2の「NE、PB安定判断」のサブルーチンを、図4のフローチャートに基づいて説明する。
【0037】
先ずステップS11で減圧スイープが開始されると、ステップS12でエンジン回転数検出手段Saにより検出したエンジン回転数NEと、吸気負圧検出手段Sbにより検出した吸気負圧PBと、減圧スイープ中の油圧指令値PCCMDとをループ毎にバッファに格納する。尚、ノイズの影響等により吸気負圧PBの今回値として前回値に対して極端に異なる異常データが検出された場合には、それまでのデータから逐次最小自乗法により算出した推定データで前記異常データを置き換える処理が行われる。
【0038】
続くステップS13でバッファに所定数のデータ(例えば、NE、PBおよびPCCMDが各5個)が揃うと、ステップS14でバッファに格納された所定個数の吸気負圧PBの平均値を算出するとともに、ステップS15バッファに格納された所定個数のエンジン回転数NEのバラツキ量および所定個数の吸気負圧PBのバラツキ量を算出した後に、ステップS16でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBのバラツキ量が共に所定値以下であれば、ステップS17でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定したと判断する。前記バラツキ量は、所定個数のデータの最大値および最小値の差分である。
【0039】
一方、前記ステップS13でバッファに未だ所定数のデータが揃っていないときは、ステップS18で吸気負圧PBの平均値をリセットするとともに、ステップS19でエンジン回転数NEおよび所定個数の吸気負圧PBのバラツキ量をリセットし、ステップS20でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定していないと判断して安定判断をリセットする。前記ステップS16でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBのバラツキ量の少なくとも一方が所定値を超えていれば、やはり前記ステップS20でエンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが安定していないと判断して安定判断をリセットする。
【0040】
前記ステップS16のバラツキ量および所定値の比較は、前記ステップS13でバッファに新たな所定個数のデータが揃う毎に実行され、前記ステップS16でバラツキ量が所定値以下になって前記ステップS17で安定したと判断されるまで継続される。エンジン回転数NEのバラツキ量および吸気負圧PBのバラツキ量が共に所定値以下になったときは、減圧スイープにより発進クラッチ28がトルク点に達して完全に係合解除し、エンジン回転数NEおよび吸気負圧PBが一定値に収束したと判断される。従って、前記ステップS14で算出した吸気負圧PBの平均値は、前記一定値に収束した吸気負圧PBに相当する。
【0041】
次に、前記ステップS4の「ブレーキ緩み判断」のサブルーチンを、図5のフローチャートに基づいて説明する。
【0042】
先ずステップS21でバッファに吸気負圧PBのデータが所定数揃うと、ステップS22で吸気負圧PBの今回値から前回値を減算して吸気負圧PBの1階微分値DPBを算出し、それをバッファに格納する。続くステップS23でバッファに吸気負圧PBの1階微分値DPBのデータが所定個数揃うと、ステップS24で吸気負圧PBの1階微分値DPBの今回値から前回値を減算して吸気負圧PBの2階微分値DDPBを算出し、それをバッファに格納する。吸気負圧PBの1階微分値DPBの算出時にIIRフィルタを通すことで、吸気負圧PBの2階微分値DDPBのノイズを軽減することができる。
【0043】
続くステップS25でバッファに吸気負圧PBの2階微分値DDPBのデータが所定個数揃い、ステップS26で2階微分値DDPBの今回値が前回値と不一致であれば、つまり2階微分値DDPBが変化した場合には、ステップS27で2階微分値DDPBの前前回値、前回値、今回値のうちの最大値および最小値を抽出する。続くステップS28で最大値あるいは最小値が更新されていれば、ステップS29で最大値および最小値の差分を算出し、ステップS30で前記差分が所定値以上であれば、ステップS31でブレーキが緩んだと判断する。
【0044】
前記ステップS21でバッファに吸気負圧PBのデータが所定数揃わない場合、前記ステップS23でバッファに吸気負圧PBの1階微分値DPBのデータが所定個数揃わない場合、前記ステップS25でバッファに吸気負圧PBの2階微分値DDPBのデータが所定個数揃わない場合、あるいは前記ステップS28で最大値あるいは最小値が更新されない場合には、ステップS32でブレーキが緩んだとの判断をリセットする。
【0045】
油圧指令値PCCMDの減圧スイープ中に運転者がブレーキペダルに加える踏力が減少すると、ホイールシリンダに供給されるブレーキ液圧が減少して制動力が一時的に低下する。制動力が低下すると駆動輪W,Wが回転可能になり、発進クラッチ28の係合が緩んだ場合と同様にエンジンEの負荷が減少するため、吸気負圧PBが一時的に変動する。
【0046】
また車両のブレーキ装置が、ブレーキペダルの踏力をエンジンEの吸気負圧PBで倍力してマスタシリンダに伝達する負圧ブースタを備えている場合、初期制御値PCCMD* の学習を行う過程で吸気負圧PBが急激に変動すると、負圧ブースタが安定した倍力機能を発揮できなくなり、マスタシリンダが発生するブレーキ油圧が低下して車両が意図せぬ発進を行ったりする可能性がある。しかしながら、本実施の形態によれば、学習を行う過程で吸気負圧PBが変動すると学習が禁止されるので、上記問題が未然に回避される。
【0047】
図8に示すように、一般にブレーキペダルが緩んだことによる吸気負圧PBの変化は小さいために検出が困難であり、その1階微分値DPBである吸気負圧PBの変動量の変化も小さいために検出が困難であるが、その2階微分値DDPBである吸気負圧PBの変動速度の変化は大きいために容易に検出することができる。よって、吸気負圧PBの2階微分値DDPBを監視することで、ブレーキペダルが緩んだことを確実に検出して学習の実行を的確に禁止することができる。このとき、2階微分値DDPBの最大値および最小値の差分を閾値と比較することで、2階微分値DDPBの値そのものが小さい場合であっても、ブレーキペダルの緩みの検出精度を高めることができる。
【0048】
次に、前記ステップS6の「学習値算出」のサブルーチンを、図6のフローチャートに基づいて説明する。
【0049】
先ずステップS41で減圧スイープを開始時および終了時の吸気負圧PBの差分ΔPBを算出し、ステップS42で前記差分ΔPBが所定値以上であれば、ステップS43で学習目標吸気負圧PB* を設定する。学習目標吸気負圧PB* は、前記ステップS14で算出した吸気負圧PBの平均値に所定値(発進クラッチ28が確実にトルク点になるための予め設定された吸気負圧PBのΔ量に相当する所定圧。例えば、10〜50mmHg)を加算した値である。続くステップS44で学習目標吸気負圧PB* ±α(発進の商品性に影響の出ないレベルを予め決めたバラツキ許容値。例えば、3〜10mmHg)の範囲に入る吸気負圧PBのデータを、バッファに格納された吸気負圧PBのデータから抽出し、ステップS45で抽出された吸気負圧PBのデータの個数が1個以上であれば、その抽出された吸気負圧PBに対応する油圧指令値PCCMDの平均値を算出する。即ち、前記ステップS12ではエンジン回転数NE、吸気負圧PBおよび油圧指令値PCCMDがセットになって記憶されているが、ステップS46で前記抽出された吸気負圧PBに対応する油圧指令値PCCMDをバッファから読み出して加算し、その加算値をデータ数で除算して平均値を算出し、それを初期制御値のベース値PCCMD′とする。
【0050】
尚、初期制御値のベース値PCCMD′を前記ステップS44〜S46の手法で算出する代わりに、Newton-Raphson法を用いて算出することも可能である。
【0051】
一方、前記ステップS45で吸気負圧PBのデータが1個も存在しなければ、通常の学習ができないため、ステップS47で学習開始時の吸気負圧PBおよび差分ΔPB(前記ステップS41参照)をマップに適用し、固定の初期制御値のベース値PCCMD′を検索する。
【0052】
続くステップS48で油温検出手段Scにより検出した発進クラッチ28の油温TOから補正量を求め、ステップS49で前記補正量で前記初期制御値のベース値PCCMD′を補正して初期制御値PCCMD* を算出する。このように、油温TOに基づいて初期制御値のベース値PCCMD′を補正して初期制御値PCCMD* を算出するので、作動油の粘度の変化を補償して更に精度の高い学習を可能にすることができる。
【0053】
以上のように、本実施の形態によれば、発進クラッチ28の油圧指令値PCCMDを漸減する過程でトルク点に達すると、エンジンEが駆動輪W,Wから切り離され、エンジンEの負荷が減少して一定の値になることで吸気負圧PBが安定することに着目し、このときの吸気負圧PBに基づいて発進クラッチ28の初期制御値PCCMD* を求めて学習するので、油圧指令値PCCMDを漸増しながら発進クラッチ28の初期制御値PCCMD* を学習する場合に比べて学習精度が向上する。なぜならば、発進クラッチ28が係合解除状態から係合状態に移行する場合には、発進クラッチ28がトルク点に達するまでの作動油の流入量が大きくなるため、応答遅れや作動油の温度による粘性差の影響を受け易くなって初期制御値PCCMD* の学習精度が低くなるが、発進クラッチ28が係合状態から係合解除状態に移行する場合には、発進クラッチ28がトルク点に達するまでの作動油の流出量が小さくなるため、応答遅れや作動油の温度による粘性差の影響を受け難くなって初期制御値PCCMD* の学習精度が高くなるためである。
【0054】
また発進クラッチ28がトルク点に達したことによるエンジンEの負荷の変化を吸気負圧PBに基づいて検出するので、トルク点の検出精度が向上する。なぜならば、発進クラッチ28がトルク点に達したことをエンジン回転数に基づいて検出すると、エンジンEや動力伝達経路の慣性の影響を受けて検出精度が低下する問題があるが、それを吸気負圧PBに基づいて検出することで上記問題を解決することができる。
【0055】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0056】
例えば、実施の形態ではベルト式無段変速機Tを搭載した車両を例示したが、変速機の形態は任意であり、また本発明の油圧クラッチは発進クラッチ28に限定されるものでもない。
【0057】
また実施の形態では油圧指令値PCCMDを減圧スイープしながら学習を実行しているが、油圧指令値PCCMDを増圧スイープしながら学習を実行することも可能である。
【0058】
また実施の形態では吸気負圧の2階微分値の最大値および最小値の差分が閾値以上のときに初期制御値学習手段による学習を禁止しているが、前記2階微分値が閾値以上のときに初期制御値学習手段による学習を禁止することも可能である。
【符号の説明】
【0059】
28 発進クラッチ(油圧クラッチ)
DDPB エンジンの吸気負圧の2階微分値
E エンジン
M1 係合力制御手段
M2 初期制御値学習手段
M4 2階微分値算出手段
M5 学習禁止手段
PB エンジンの吸気負圧
PCCMD 油圧クラッチの油圧指令値
PCCMD* 初期制御値
Sb 吸気負圧検出手段
W 駆動輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン(E)の駆動力を駆動輪(W)に伝達する駆動力伝達経路上に配置された油圧クラッチ(28)と、前記油圧クラッチ(28)の油圧指令値(PCCMD)を変更することで係合力を制御する係合力制御手段(M1)と、前記油圧クラッチ(28)がトルク点にあるときの前記油圧指令値(PCCMD)を初期制御値(PCCMD* )として学習する初期制御値学習手段(M2)と、前記エンジン(E)の吸気負圧(PB)を検出する吸気負圧検出手段(Sb)とを備え、
前記初期制御値学習手段(M2)は、前記係合力制御手段(M1)により前記油圧指令値(PCCMD)を減少させることで前記油圧クラッチ(28)を係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧指令値(PCCMD)を増加させることで前記油圧クラッチ(28)を係合解除状態から係合状態へと移行させ、前記吸気負圧(PB)の変動に基づいて前記初期制御値(PCCMD* )を学習する油圧クラッチの初期制御値学習装置であって、
前記吸気負圧(PB)の2階微分値(DDPB)を算出する2階微分値算出手段(M4)と、前記油圧クラッチ(28)を係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧クラッチ(28)を係合解除状態から係合状態へと移行させるときの前記2階微分値(DDPB)に基づいて前記初期制御値学習手段(M2)による学習を禁止する学習禁止手段(M5)とを備えることを特徴とする油圧クラッチの初期制御値学習装置。
【請求項2】
前記学習禁止手段(M5)は、前記油圧クラッチ(28)を係合状態から係合解除状態へと移行させ、または前記油圧クラッチ(28)を係合解除状態から係合状態へと移行させるときの前記2階微分値(DDPB)の最大値および最小値の差分が所定値以上のときに前記初期制御値学習手段(M2)による学習を禁止することを特徴とする、請求項1に記載の油圧クラッチの初期制御値学習装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の油圧クラッチの初期制御値学習装置を装備した車両であって、
前記吸気負圧(PB)を用いて制動力を発生するブレーキ装置を備えることを特徴とする車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−72517(P2013−72517A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−213132(P2011−213132)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】