説明

炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法

【課題】カーボンナノファイバーが均一に分散した炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体を簡便に製造する方法を提供する。
【解決手段】カーボンナノファイバーとアクリロニトリルとラジカル重合開始剤と溶剤とを含有する混合体中において、前記カーボンナノファイバーの存在下にラジカル重合を惹起せしめ、前記混合体中でアクリロニトリル系重合体を形成してカーボンナノファイバーとポリアクリロニトリル系重合体を含有する混合物を得る工程と、ラジカル重合後に前記混合物中でカーボンナノファイバーを分散させる工程とを経て得られる炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度および引張弾性率に優れた炭素繊維を与えるために適したカーボンナノファイバーを含有するポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、その優れた力学特性および電気特性から、さまざまな用途に利用されている。近年では、従来のゴルフクラブや釣竿などのスポーツ用途や航空機用途に加え、自動車部材、圧縮天然ガス(CNG)用タンク、建造物の耐震補強部材および船舶部材など、いわゆる一般産業用途への展開が進みつつある。それに伴い、更なる高性能化の要請が高い。近年、炭素繊維の性能を向上させるために、炭素繊維の前駆体であるポリアクリロニトリル繊維に、カーボンナノファイバーをフィラーとして混合させる技術が提案されている(非特許文献1と2参照。)。しかしながら、カーボンナノファイバーは種々の溶媒や重合体に分散させることが困難であり、そのために様々な技術が試みられてきた。例えば、上記の非特許文献1と2では、カーボンナノファイバーの希薄溶液を作成し、これを炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体と混合した後に、製糸可能な重合体濃度まで大幅に濃縮する必要があった。しかも、該重合体の良溶媒はジメチルスルホオキシドやジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドのような高沸点な溶媒であるために、溶媒を留去させることは高温・低圧の状態を達成するための装置が必要になることから、工業的なスケールアップには不向きであった。
【0003】
一方で、高分子化合物の分散剤を利用して、カーボンナノファイバーの炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル重合体の分散体への分散性を向上させる技術が提案されている(特許文献1参照。)。しかしながら、この提案では、分散剤を別途製造することが必要であった。
【0004】
すなわち、カーボンナノファイバーが均一に分散された炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体を簡便に提供することが望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Byung G Min.等 CARBON,2005年,vol43、p599〜604
【非特許文献2】Han Gi Chae等 Polymer,2007年,vol43、p3781〜3789
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−200114号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、カーボンナノファイバーが均一に分散した炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体を簡便に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、カーボンナノファイバー存在下においてポリアクリロニトリル系重合体をラジカル重合によって形成してカーボンナノファイバーとポリアクリロニトリル系重合体を含有する重合体組成物を製造する工程と、そのラジカル重合後に重合体組成物中でカーボンナノファイバーを分散させる工程とを経ることによって当該分散体を得ることができることを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち、本発明の炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法は、カーボンナノファイバーとアクリロニトリルとラジカル重合開始剤と溶剤とを含有する混合体中において、前記カーボンナノファイバーの存在下にラジカル重合を惹起せしめ、前記混合体中でアクリロニトリル系重合体を形成してカーボンナノファイバーとポリアクリロニトリル系重合体を含有する重合体組成物を製造する工程と、ラジカル重合後に前記重合体組成物中カーボンナノファイバーを分散させる工程とを経て得られる炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法である。
【0010】
本発明の炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法の好ましい態様によれば、前記のラジカル重合開始剤としてニトリル基を有するラジカル重合開始剤が好適に用いられる。
【0011】
また、本発明においては、前記の炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法で得られた炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体を製糸することによってカーボンナノファイバーを含有する炭素繊維前駆体繊維を製造することができ、その炭素繊維前駆体繊維を炭化することによって炭素繊維を製造することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、炭素繊維の性能向上のためのカーボンナノファイバーが分散した炭素繊維前駆体繊維用の分散体が簡便に得られ、この分散体を製糸することによって効率的に炭素繊維前駆体繊維を得ることができ、さらには得られた炭素繊維前駆体繊維を焼成炭化することにより炭素繊維も効率的に得ることができる。これによって、不要な分散剤を添加することなく、カーボンナノファイバーを短時間で分散させ、さらにはジメチルホルムアルデヒド(DMF)やジメチルアセトアミド(DMAc)やジメチルスルホオキシド(DMSO)のようなポリアクリロニトリル系重合体に適した分散媒である高沸点の溶媒を濃縮させる工程も不要になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明で用いられるカーボンナノチューブの合成用いられる反応器の系統断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、カーボンナノファイバーは通常ラジカル重合の阻害剤として作用していることが知られているのに対し、その作用機構を推定することで、この特性を逆用することを着想したのである。すなわち、アクリロニトリルを溶液ラジカル重合することによりポリアクリロニトリル系重合体を製造する際に、ラジカル重合開始剤から発生されるラジカルの一部を利用してカーボンナノファイバーの表面を化学修飾させることができれば、その結果として、ポリアクリロニトリル重合体の作成と同時にカーボンナノファイバーの溶媒やポリアクリロニトリル系重合体に対する分散性能を向上させることができるのではないかという発想に基づき鋭意検討した結果、本発明に至ったのである。すなわち、カーボンナノファイバーが存在した状態でポリアクリロニトリル系重合体をラジカル重合によって作成し、その後に分散処理を施すことが肝要なのである。
【0015】
本発明において、カーボンナノファイバーとアクリロニトリルと溶剤を含む混合液は
該混合液の任意の5箇所から10gサンプリングして直ちに1μm目開きのフィルターで濾過した際に、濾液のアクリロニトリル濃度と残さ物の質量がそれぞれの項目に対してサンプリング間で5%の誤差範囲で一致している状態であることが好ましい。誤差が大きくなるとカーボンナノファイバーが大きな凝集体を形成していることを示し、該凝集体の混合状態においてはラジカル重合時に想定しているラジカル重合開始剤由来のラジカルとカーボンナノファイバーとの相互作用率が低下する。
【0016】
本発明において用いられる溶剤は、ジメチルホルムアルデヒド(DMF)やジメチルアセトアミド(DMAc)やジメチルスルホオキシド(DMSO)などのポリアクリロニトリル系重合体をラジカル重合できると同時に、重合したポリアクリロニトリル系重合体を溶解できる溶媒であればいずれの溶媒を用いても良い。また、これらの溶剤は、高極性であることからカーボンナノファイバーとの親和性が高いため、その分散効率を高める。なかでも、ポリアクリロニトリル系重合体の分子量制御がおこないやすく、かつ該重合体の溶解性が高いジメチルスルホオキシドを用いることが好ましい。
【0017】
本発明において用いられるラジカル重合開始剤は、40度から80度の温度において分子内の開列によってラジカルが発生する化合物のことである。すなわち10時間半減期温度が、前記範囲内に属する化合物を指す。化学構造から規定すると、該当する化合物類としてアゾ系開始剤と過酸化物開始剤の2群があげられるが、このいずれに該当する開始剤を用いても構わない。
【0018】
好ましいラジカル重合開始剤の例として、2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビス(2,−メチルバレロニトリル)、1,1’−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニトリル)、1−[(シアノ−1−メチルエチル)アゾ]ホルムアミド、過酸化ベンゾイル、およびt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエートなどが挙げられる。なかでも、ニトリル基を有するラジカル開始剤を用いると、より簡便な分散工程処理によって炭素繊維前駆体繊維作成のための紡糸原液として好ましい分散体を得ることができる。その作動機構について断定はできないが、重合開始剤から発生したラジカル種がカーボンナノファイバーを化学修飾し、この修飾基にニトリル基を有することでポリアクリロニトリル重合体との親和性が向上し、後の分散工程でその分散性が向上するためであると考えられる。より好ましく用いられるニトリル基を有するラジカル開始剤として、具体的には、2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビス(2,−メチルバレロニトリル)、および1,1’−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニトリル)が例示される。
【0019】
ラジカル重合開始剤の添加量は、カーボンナノファイバーの添加量1重量部に対して2重量部から20重量部であることが好ましい。ラジカル重合開始剤の添加量が、2重量部より少ない場合にはポリアクリロニトリル系重合体の濃度が製糸に適した濃度に到達しない場合があり、一方でラジカル重合開始剤の添加量が、20重量部より多い場合には反応時間を短くすることが可能になるが、ポリアクリロニトリル系重合体の分子量を目的の範囲に制御することが難しくなることがある。ラジカル重合開始剤のより好ましい添加量は、3重量部から10重量部である。
【0020】
本発明において、ラジカル重合前の混合体中のアクリロニトリルの濃度は、重量分率で15重量%〜30重量%にすることが好ましい。アクリロニトリルの濃度が、18重量%より少ない場合には、得られるポリアクリロニトリル系重合体の濃度が低くなることによって、紡糸時に糸中にボイドが多く見られ、その結果として炭素繊維の強度を低下させる原因になる場合があるからである。一方でアクリロニトリルの濃度が、30重量%より多い場合には重合反応における徐熱が困難になり安全性の観点から好ましくない場合や、得られる分散体の粘度安定性が低下して紡糸口金近傍でゲル化して安定生産を阻害する場合があるからである。混合体中のアクリロニトリルの濃度は、より好ましくは18重量%〜25重量%である。
【0021】
本発明において、混合体中にはアクリロニトリル以外に共重合可能なモノマーを含んでも良い。共重合可能なモノマーは、アクリロニトリルと同様にラジカル重合によって共重合できることが必要である。共重合可能なモノマーとしては、耐炎化時間を短縮できるという観点から、カルボキシ基もしくはアミド基を少なくとも1つ以上有しているモノマーが好ましい。共重合可能なモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸、アクリルアミド、メタクリルアミド、ジメチルアクリルアミド、およびヒドロキシエチルアクリルアミドなどが好ましく例示される。また、アミド基とカルボキシル基の数は、1つよりも2つ以上の方が耐炎化時間短縮を短縮させることができる。その観点からは、イタコン酸、マレイン酸、メサコン酸およびシトラコン酸がより好ましく用いられ、中でも、イタコン酸が最も好ましく用いられる。
【0022】
しかしながら一方で、前記の共重合可能なモノマーの仕込割合が多くなるほど、耐炎化工程における発熱速度が大きくなり、徐熱設備が大がかりなものになる。このような理由から、前記の共重合可能なモノマーの仕込み割合は、アクリロニトリルに対して物質量比で0.01〜5mol%程度であることが好ましく、より好ましくは0.1〜3mol%である。
【0023】
ラジカル重合温度は、使用するラジカル重合開始剤の種類とアクリロニトリルの沸点から決定することができる。ラジカル重合温度は、ラジカル重合開始剤の10時間半減期温度に対して上下ともに15度の範囲に設定することが好ましい。ラジカル重合温度が、10時間半減期温度より15度よりも低い場合には重合反応がなかなか進行しない場合があり、生産性の観点から好ましくない。一方でラジカル重合温度を、10時間半減期より15度より高い温度に設定すると、反応が短時間に進行し徐熱が困難になり暴走する場合があるため、安全性の観点から好ましくない。アクリロニトリルの沸点からは、ラジカル重合温度を78度以下に設定しておくことが好ましい。ラジカル重合温度が78度を超えてもカーボンナノファイバーに付与できる分散性が低下することはない。しかしながら、重合原料であるアクリロニトリルの沸点より高い温度で反応させると、アクリロニトリルが勢いよく揮発していくためにスクラバーなどの冷却設備を設置しないと、アクリロニトリル系重合体の分子量や濃度に再現性がとりにくくなる。
【0024】
本発明において、ラジカル重合によって得られるポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量Mwは、通常の溶液ラジカル重合によってポリアクリロニトリル系重合体を作成する場合と同様の考え方で制御することができる。すなわち、ラジカル重合開始剤の添加量とモノマー量との関係に対して、連鎖移動剤の添加量を調整することにより制御できる。本発明の場合には、ラジカル開始剤の一部はカーボンナノファイバーによって失活もしくは消費されるので、従来のラジカル重合開始剤の添加量に対する系内のラジカル量の見積もりよりも、実際に系内に発生しているラジカル量は少ないと考えて調整していくことが好ましい方法である。すなわち、本発明で用いられるラジカル重合方法で得られたポリアクリロニトリル系重合体と、前記の通常の分子量制御の考えかたに基づいた組成比のもとで得られたポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量Mwを比較して、その差異に応じて連鎖移動剤の添加量を増減させれば良い。重量平均分子量Mwは上述の重合方法によらずゲルパーミエーションクロマトグラフ(以下、GPCと略記する)法を用いて、ポリスチレン換算値として得ることができる。
【0025】
ラジカル重合によって得られるポリアクリロニトリル系重合体の重量平均分子量Mwは、20万〜50万の範囲に制御することが好ましく、より好ましくは30万〜40万に制御することである。
【0026】
重量平均分子量Mwが20万より低くなると、耐炎化工程に置いて糸切れが発生しやすくなるという炭素繊維の製造プロセス性の低下や、炭素繊維の引張強度や引張弾性率などの物性の低下が起こる場合がある。一方で、重量平均分子量Mwが50万より高くなると製糸工程での延伸性が低下することで毛羽が多発し、ひいては炭素繊維の品位を向上させることが困難になる場合がある。
【0027】
本発明において、カーボンナノファイバーは、構成する元素において元素分析によって求められる炭素質量分率が90wt%以上であって、かつ平均繊維直径が1〜100nmで平均繊維長が0.01〜100μmの範囲にある物質を指す。平均繊維長が100μmより大きくなると、カーボンナノファイバーは紡糸原液中の不純物を取り除くために必要となる濾過工程において目詰まりを起こす場合があり、吐出圧が上がるため長時間の安定生産に不適合になる場合がある。一方、平均繊維直径が大きすぎたり、平均繊維長が小さすぎるカーボンナノファイバーは、特に所望の力学特性付与効果を得ることができない場合がある。これらの観点から、カーボンナノファイバーの平均繊維直径は、好ましくは1〜80nmで、さらに好ましくは1〜40nmの範囲内であり、平均繊維長は好ましくは0.03〜3μmで、より好ましくは0.05〜1μmの範囲内である。ここでいう平均繊維直径は、高分解能透過型電子顕微鏡観察などの方法により求めることができる。具体的には、紡糸原液中に含まれるカーボンナノファイバーの平均繊維直径は、繊維成形後、繊維を薄切片に加工した後、高分解能透過型電子顕微鏡などで観察する方法により求めることができる。炭素繊維の一般的な繊維径は5〜7ミクロンであり、ナノファイバーの直径は炭素繊維直径の1/10〜1/1000程度が好ましい。
【0028】
好ましいカーボンナノファイバーの具体例として、単層カーボンナノチューブ、二層カーボンナノチューブおよび多層カーボンナノチューブを挙げることができる。中でも、二層カーボンナノチューブが最も好ましく用いられる。二層のうちの外側の層を分散性向上のために化学修飾しても内側の層を無修飾のまま保持できると同時に、層数が小さいので添加量当たりの炭素繊維物性向上効果が高いからである。
【0029】
本発明において、カーボンナノファイバーは製造時に含まれるアモルファスカーボンを除去して純度を高めておくことが好ましい。アモルファスカーボンは、炭素繊維の前駆体繊維であるポリアクリロニトリル系繊維を焼成する工程において昇華してボイドを形成することにより、炭素繊維の引張強度や引張弾性率などの物理的特性に負の効果をもたらす場合が多いからである。また、アモルファスカーボンが除去され純度が高くなったカーボンナノファイバーは、溶剤に対する分散性が向上するからである。アモルファスカーボンは、酸化剤が存在する雰囲気下で酸化してアモルファスカーボンを除去することが好ましい。その方法の一例として、空気中で300〜600℃で焼成する方法が挙げられる。
【0030】
分散性において好ましくは、カーボンナノファイバー10mgとポリスチレンスルホン酸ナトリウム30mgおよびよ水10mLの混合物を超音波ホモジナイザーで20分間処理し、続いて2万Gで遠心処理したのち、上清9mLをサンプリングしたとき、上清中のカーボンナノファイバー含有量が0.3mg/mL以上となることである。この条件を満たすカーボンナノファイバーを用いると、分散に必要となる時間をさらに短くすることができる。上清中のカーボンナノファイバー含有量は、更に好ましくは、0.5mg/mL以上であり、特に好ましくは、0.6mg/mL以上である。たとえば、名城ナノカーボン社製のMeijo Arcを用いることができる。
【0031】
本発明において、カーボンナノファイバーの添加量は、アクリロニトリルに対して重量分率で0.01重量%〜5重量%の範囲であることが好ましい。カーボンナノファイバーの添加量が0.01重量%より少ない場合は、カーボンナノファイバーによる炭素繊維物性向上効果をほとんど得ることができない。一方でカーボンナノファイバーの添加量が5重量%より多くなると、重合後の重合体組成物の溶液粘度が高くなることにより、その後の分散工程において分散効率が低下する場合がある。また、製糸工程において延伸性の低下がみられる。カーボンナノファイバーの添加量のより好ましい範囲は、0.1重量%〜2重量%である。
【0032】
本発明において、ラジカル重合後の重合体組成物中におけるカーボンナノファイバーの分散工程は、一般に市販されている湿式分散が可能な分散装置を用いることで達成することができる。分散原理として、撹拌および超音波のいずれかを用いた装置であればいずれを用いても構わない。しかしながら、分散効率の観点から、超音波もしくは剪断を分散原理とする装置を用いることが好ましい。特に、超音波分散装置を用いると短時間で好ましい分散状態に到達する。
【0033】
撹拌翼によって分散させる場合には、翼の形状は特に限定しない。分散体1mに対して動力が0.1kW〜1.5kWの範囲で撹拌することが好ましい。動力が0.1kW以下であれば撹拌に長時間かかる場合があり、一方で1.5kWより大きい動力を与える場合、ポリマーが変性して得られる炭素繊維の強度が低下する場合があるからである。動力は、好ましくは0.2kW〜0.8kWの範囲である。
【0034】
また、超音波を用いる場合には、装置は特に限定しないが、例えば株式会社エスエムテー社製ULTRA SONIC HOMOGINIZER UH−600Sが例示される。この装置を用いる場合には、10W〜200Wの出力で分散させることが好ましい。出力が10Wより弱い場合は分散に長時間必要になる場合があり、一方で200Wより高いときには添加したカーボンナノファイバーおよびポリアクリロニトリル系重合体の分子量が小さくなり、得られる炭素繊維の物性が低下する場合がある。
【0035】
本発明における分散工程においては、重合体組成物の温度を30℃〜90℃で温調することが好ましい。重合体組成物の温度が30℃より低くなると、重合体組成物中のポリアクリロニトリル重合体が析出しゲル化する場合がある。一方で重合体組成物の温度が90℃より高くなると、ポリアクリロニトリル重合体が変性し重合体組成物のゲル化を引き起こす場合がある。また、溶媒として利用しているジメチルスルホオキシドやジメチルホルムアミドが酸化分解されることにより、重合体組成物の性状が変化して製糸性が低下する場合がある。重合体組成物の温度は、40℃〜60℃の範囲で温調することがより好ましい態様である。
【0036】
本発明の炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法における重合体組成物中のカーボンナノファイバーの分散状態は、次の方法によって観察することができる。すなわち、該重合体組成物を、ベーカー式アプリケーターを使用して10cm四方のガラス上に40μmの厚さにキャストしたフィルムを40℃の温度に温調したオーブンにおいて12時間乾燥させた後に、レーザー顕微鏡による観察によって測定することができる。カーボンナノファイバーが凝集している場合には、直径で20μm程度の黒色の塊として観察される。
【0037】
本発明によって得られた分散体は、紡糸する前に、異物を除くために濾過することが好ましい。濾過に用いられるフィルターの目開きのサイズは0.5〜10μmが好ましく、目開きが0.5μmより小さい場合にはフィルターの目が詰まりやすく、吐出圧が高くなり安定に紡糸できなくなる場合がある。一方で10μmより目開きが大きい場合、得られた繊維を炭化して得られる炭素繊維の物理強度が著しく低下する場合がある。フィルターの目開きのサイズは、より好ましくは1〜7μmである。
【0038】
分散体の紡糸法としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法および乾式紡糸法が挙げられるが、本発明では炭素繊維の物性値を向上させ易い乾湿式紡糸法が好ましく用いられる。
【0039】
乾湿式紡糸の紡糸工程において用いられる凝固浴には、重合体組成物に用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。
【0040】
凝固促進成分としては、ポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつ、紡糸原液に用いられる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として、水を使用することが好ましい。乾湿式紡糸では、紡糸原液をノズル孔から一旦空気中に吐出し、その後直ちに凝固浴にて凝固糸とする。凝固浴は、上記のように細径化した凝固糸を引き取るに十分余裕がある条件に設定することが好ましく、これらの要件を満たすような凝固浴濃度と温度を設定することが好ましい。凝固浴には、紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液が好適に使用され、含まれる溶剤の濃度を適宜調節する。また、凝固浴の温度は、凝固糸の緻密性の観点からは温度が低い方が好ましいが、温度を下げすぎると凝固糸の引き取り速度が低下し生産性が低下する点を考慮し、凝固浴の温度は30℃以下が好ましく、さらに好ましくは0℃以上20℃以下である。
【0041】
次に、前記のようにして得られた凝固糸を沸水中で凝固糸に含まれている溶媒を洗浄しながら延伸する湿熱延伸を行う。湿熱延伸における延伸浴温度は、単繊維同士が融着しない範囲で、できるだけ高温にすることが効果的である。この観点から、延伸浴温度は70℃以上の高温とすることが好ましい。湿熱延伸方法として、2段以上の多段延伸方法を用いることも可能である。多段延伸法で行う場合は、最終浴を80℃以上の高温にすることが好ましい。一方で最終浴温度が高くなるほど浴からの水の蒸発量が多くなったり沸騰に近い現象が起こる場合があるため、95℃以下に管理しておくことが好ましい。
【0042】
湿熱延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、繊維束にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましい。シリコーン油剤として、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有する油剤を用いることが好ましい。続く乾燥熱処理の温度は、120〜200℃であることが好ましく、より好ましくは130〜198℃であり、さらに好ましくは140〜195℃である。乾燥熱処理の温度が160℃を下回ると、得られる炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の緻密性が不十分となり、本発明の効果が得にくくなる場合がある。また、乾燥熱処理の温度が200℃を超えると、単繊維間の融着が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する場合がある。乾燥熱処理は、繊維束を加熱されたローラーに接触させて行っても、加熱された雰囲気中を走行させて行っても良いが、乾燥効率と云う観点からは、加熱されたローラーに接触させて行うのが好ましい。このようにして、炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維が得られる。
【0043】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
【0044】
本発明の炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法で製造された炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維は、好適には200〜300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化した後、好適には300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化し、好適には1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化することにより、引張強度および引張弾性率に優れた炭素繊維とすることができる。
【0045】
200〜300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化する際の延伸比は、0.80〜1.20であることが好ましく、より好ましくは0.85〜1.20であり、さらに好ましくは0.90〜1.10である。延伸比が0.80を下回ると、得られる耐炎化繊維の配向度が不十分となり、また、得られる炭素繊維のストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、延伸比が1.20を超えると、毛羽発生、糸切れ発生により、プロセス性が低下する場合がある。
【0046】
前記耐炎化の処理時間は、好適には10〜100分の範囲で適宜選択することができるが、続く予備炭化のプロセス性、および、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3〜1.4の範囲となるように設定することが好ましい。
【0047】
予備炭化および炭化は、不活性雰囲気中で行なわれるが、用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴンおよびキセノンなどが用いられる。経済的な観点からは、不活性ガスとして窒素が好ましく用いられる。
【0048】
予備炭化工程は、炉外温度から予備炭化炉内の最高温度までの温度勾配を有するが、該最高温度は、700〜800℃であることが好ましく、本工程における300℃から500℃までの温度領域では、被熱処理糸条の昇温速度が、500℃/分以下に設定されることが好ましい。
【0049】
予備炭化を行う際の延伸比は、1.00〜1.30であることが好ましく、より好ましくは1.10〜1.30であり、さらに好ましくは1.10〜1.20である。延伸比が1.00を下回ると、得られる予備炭化繊維の配向度が不十分となり、炭素繊維のストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、延伸比が1.30を超えると、毛羽発生や糸切れ発生により、プロセス性が低下する場合がある。
【0050】
炭化の温度は、1,000〜3,000℃であることが好ましく、より好ましくは1,200〜1800℃であり、さらに好ましくは1,300〜1,600℃である。炭化の最高温度が高いほど、ストランド引張弾性率は高まるものの、黒鉛化が進行し結晶サイズが高まり、その結果、圧縮強度の低下が生じる場合があるので、両者のバランスを勘案して炭化の温度を設定する。
【0051】
炭化を行う際の延伸比は、0.96〜1.05であることが好ましく、より好ましくは0.97〜1.05であるり、さらに好ましくは0.98〜1.03である。延伸比が0.96を下回ると、得られる炭素繊維の配向度や緻密性が不十分となり、ストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、延伸比が1.05を超えると、毛羽発生や糸切れ発生によりプロセス性が低下する場合がある。
【0052】
得られた炭素繊維束は、その表面を改質するために電解処理されても良い。電解処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩の水溶液を使用することができる。電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて、適宜選択することができる。
【0053】
電解処理により、得られる複合材料において、炭素繊維束とマトリックス樹脂との接着性が適正化でき、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないと云うような問題が解消され、そして得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0054】
電解処理の後、得られた炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理を施すことができる。サイジング剤としては、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0055】
本発明により得られる炭素繊維は、高い圧縮強度およびストランド引張弾性率を有する。従って、本発明の炭素繊維は、プリプレグを用いたオートクレーブ成形法、織物などのプリフォームを用いたレジントランスファーモールディング成形法、フィラメントワインディング成形法などの種々の成形法に適用可能であり、これらの成形法を用いた航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材の成形に好適に用いられる。
【実施例】
【0056】
<分散状態の確認>
カーボンナノファイバーの分散状態は、次の方法で確認した。カーボンナノファイバーを含有する分散体を、10cm四方のガラス板上にアプリケーターを用いて厚さが40μmになるように製膜した。これを40℃の温度に温調したオーブン中で12時間乾燥させてフィルム化した。このフィルムを、レーザー顕微鏡(キーエンス社製 VK−9500)を用いて観察した。カーボンナノファイバーの凝集物は黒い粒子として観察され、この黒い粒子の直径を測定した。最も大きな粒子径が直径3μm未満であれば分散状態は優◎と判断し、最も大きな粒子径が直径3μm以上6μm未満の場合は良○とし、最も大きな粒子径が直径6μm以上10μ未満であれば可△とし、最も大きな粒子径が直径10μm以上であれば不可×と判断した。◎と○と△を合格とし、×を不合格とした。
【0057】
<カーボンナノチューブの作成>
カーボンナノチューブ(CNF)として二層および多層のカーボンナノチューブを、次の参考例により調整した。
【0058】
[参考例1]CNF:二層カーボンナノチューブ(DWNT)の調製
クエン酸アンモニウム鉄(和光純薬工業社製)2.46gをメタノール(関東化学社製)500mLに溶解した。この溶液に、軽質マグネシア(岩谷社製)を100g加え、35℃の温度で60分間攪拌し、40℃から60℃の温度で攪拌しながら減圧乾燥してメタノールを除去し、軽質マグネシア粉末に金属塩が担持された触媒を得た。
【0059】
カーボンナノチューブの合成には、図1に示した反応器を用いた。図1において、反応器100は内径が32mmで、長さが1200mmの石英管で、中央部に石英焼結板101を具備し、反応器100の下方部には、不活性ガスおよび原料ガス(炭素含有ガス)を供給するための原料ガス供給ライン104を具備し、反応器100の上部には排出ライン105および触媒102を供給するための触媒供給ライン103と、反応器100を任意温度に保持できるように、反応器の周囲を取り囲む加熱器106を具備する。また、加熱器106には装置流動状態が確認できるよう点検口107が設けられている 。
【0060】
軽質マグネシア粉末に金属塩が担持された前記触媒12gを、触媒供給ライン103を通して反応器100内に供給し、石英焼結板101上に触媒をセットした。次いで、原料ガス供給ライン104から窒素ガスを1000mL/分で反応器100内に供給し、反応器内を窒素ガス雰囲気下とした後、温度を900℃に加熱した(昇温時間30分)。反応器100内の温度が900℃に到達した後、その温度を保持し、原料ガス供給ライン104の窒素流量を2000mL/分に上げ、石英焼結板101上の固体触媒を流動化させ、点検口107から流動化を確認した後、原料ガス供給ライン104にメタンを95mL/分を供給開始した(反応器100に供給される混合ガス中のメタン濃度4.5vol%)。該混合ガスを30分供給した後、窒素ガスのみの流通に切り替え、合成を終了させた。加熱を停止させ35℃の温度まで放置し、35℃の温度になってから反応器100から触媒とカーボンナノチューブの集合体108を含有する組成物を取り出した。上記操作を繰り返し、得られたカーボンナノチューブの集合体を含有する組成物を以下の工程に供した。
【0061】
カーボンナノチューブの集合体を含有する組成物30gを磁性皿(150φ)に取り、マッフル炉(ヤマト科学社製、FP41)中で大気圧下、446℃の温度まで1時間で昇温し60分保持した後、自然放冷した。さらに、上記のカーボンナノチューブの集合体から触媒を除去するため、次のように精製処理を行った。カーボンナノチューブの集合体を6Nの塩酸水溶液に添加し、80℃の温度のウォーターバス内で2時間攪拌した。孔径1μmのフィルターを用いてろ過して得られた回収物を、さらに6Nの塩酸水溶液に添加し、80℃の温度のウォーターバス内で1時間攪拌した。これを孔径1μmのフィルターを用いてろ過し、数回水洗した後、ろ過物を120℃の温度のオーブンで一晩乾燥することによりマグネシアおよび金属を除去することができ、カーボンナノチューブの集合体を精製することができた。(以降、かかる精製を経たものを<カーボンナノチューブの集合体>と記す。)
[参考例2]CNF−1:表面処理多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の調製
・K.Hernadi、A.Fonsecaらによる報告を参照(Zeolites 17:416−423、1996)し、酢酸鉄(2g)、酢酸コバルト(2g)およびY型ゼオライト(10g)を秤量し、これにメタノール(100ml)を加えて、振とう器中で1時間撹拌後、メタノール分を乾燥除去し、触媒を得た。次に、CVD反応装置を用いて、反応管内の石英ウール上に触媒1gをあらかじめセットし、窒素(30cc/分)雰囲気下で600℃の温度まで昇温後、アセチレン(6cc/分)と窒素(30cc/分)雰囲気下で600℃×5時間保持し、カーボンナノファイバーを合成した。その後、窒素(30cc/分)雰囲気下で35℃の温度まで冷却し、反応混合物を取り出した。
【0062】
前記の反応混合物を、フッ化水素酸10%水溶液中で3時間撹拌後、ろ紙(Toyo Roshi Kaisha、Filter Paper 2号 125mm)を用いてろ過し、ろ紙上の固形物を、イオン交換水とアセトン溶液で洗浄後、乾燥し、MWCNT(CNF−1)を得た。カーボンナノチューブの透過型電子顕微鏡(TEM)観察結果から、平均繊維直径が10nmであることが分かった。
【0063】
得られたカーボンナノチューブをフラスコに5g測り取り、濃硫酸150gと60%硝酸50gを加え、100℃の温度で30分加熱した。反応液を水500mlで希釈し、メンブレンフィルターで濾別後、水でよく洗浄し、表面処理MWCNT(CNF−1)を得た。
【0064】
(実施例1)
(ラジカル重合工程)
アクリロニトリル100重量部、二層カーボンナノチューブ0.5重量部、イタコン酸1重量部、オクチルメルカプタン0.1重量部、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル2.0重量部、およびジメチルスルホオキシド400重量部からなる混合体を、窒素雰囲気下において65℃の温度で4.5時間加熱撹拌し、引き続き75℃の温度で8.0時間加熱撹拌して、アクリロラジカル重合によりポリアクリロニトリル系重合体を作成し、カーボンナノチューブとポリアクリロニトリル系重合体を含有する重合体組成物を得た。
【0065】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き、得られた重合体組成物を40℃の温度で超音波分散装置(株式会社エスエムテー社製ULTRA SONIC HOMOGINIZER UH−600S)を用いて、30Wで2時間分散処理をおこない分散体を得た。得られた分散体について、上記の<分散状態の確認>に記載の方法で分散状態を確認したところ、二層カーボンナノチューブの凝集体は、最大で直径2μm以下であることが分かり、分散状態は優◎であった。
【0066】
(実施例2)
(ラジカル重合工程)
二層カーボンナノチューブの代わりに、上記の[参考例2]で得られた多層カーボンナノチューブを用いたこと以外は、実施例1と同じ方法でポリアクリロニトリル系重合体を作成した。
【0067】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き、実施例1の分散工程と同じ方法で分散処理をおこなった。得られた分散体の分散状態を確認したところ、多層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径1μm以下であることが分かり、分散状態は優◎であった。
【0068】
(実施例3)
(ラジカル重合工程)
2,2’−アゾビスイソブチロニトリルの代わりに、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)を用いたこと以外は、実施例1のラジカル重合工程と同じ方法でポリアクリロニトリル系重合体を得た。
【0069】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き、実施例1の分散工程と同じ方法で分散処理をおこなった。得られた分散体の分散状態を確認したところ、多層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径2μm以下であることが分かり、分散状態は優◎であった。
【0070】
(実施例4)
(ラジカル重合工程)
実施例1のラジカル重合と同一の方法でアクリロニトリル系重合体を作成した。
【0071】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き、60℃の温度で2段パドル翼を用いて分散体1m3に対して撹拌動力が0.4Kwの状態で6時間分散処置をおこなった。分散状態を確認したところ、二層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径5μm以下であることが分かり、分散状態は良○であった。
【0072】
(実施例5)
(ラジカル重合工程)
オクチルメルカプタンの割合を0.1重量部から0.09重量部に変更し、2,2’−アゾビスイソブチロニトリルの代わりにジメチル2,2’−アゾビス(2-メチルプロピオネート)を2.0重量部用いたこと以外は、実施例1と同じ条件でラジカル重合をおこない、ポリアクリロニトリル系重合体を作成した。
【0073】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き、実施例1の分散工程と同じ方法で分散処理をおこなった。得られた分散体の分散状態を確認したところ、二層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径5μmであり分散状態は良○であった。
【0074】
(実施例6)
(ラジカル重合工程)
オクチルメルカプタンの割合を0.1重量部から0.09重量部に変更し、2,2’−アゾビスイソブチロニトリルの代わりにジメチル2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオネート)を2.0重量部用いたこと以外は、実施例1と同じ条件でラジカル重合をおこない、ポリアクリロニトリル系重合体を作成した。
【0075】
(分散工程)
前記のラジカル重合工程に引き続き60℃の温度で2段パドル翼を用いて分散体1m3に対して撹拌動力が0.4Kwの状態で6時間分散処置をおこなった。分散状態を確認したところ二層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径8μmのものが多く確認され、分散状態は可△であった。
【0076】
(比較例1)
実施例1のラジカル重合工程と同一の条件で重合した後、分散工程をおこなわずに分散体を得た。得られた分散体の分散状態を確認したところ、二層カーボンナノチューブの凝集体は最大で20μmであり、分散性は不可×であった。
【0077】
(比較例2)
実施例2のラジカル重合工程と同一の条件で重合した後、分散工程をおこなわずに分散体を得た。得られた分散体の分散状態を確認したところ、多層カーボンナノチューブの凝集体は最大で17μmであり、分散性は不可×であった。
【0078】
(比較例3)
アクリロニトリル100重量部、イタコン酸1.0重量部、オクチルメルカプタン0.08重量部、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル0.4重量部、およびジメチルスルホオキシド400重量部からなる混合体を、窒素雰囲気下において65℃の温度で4.5時間加熱撹拌し、引き続き75℃の温度で8.0時間加熱撹拌して分散体を得た。この分散体に二層カーボンナノチューブを0.5重量部添加した後に、超音波分散装置(株式会社エスエムテー社製ULTRA SONIC HOMOGINIZER UH−600S)を用いて2時間分散処理をおこなった。得られた分散体の分散状態を確認したところ、最大直径11μmの二層カーボンナノチューブの凝集体が複数観察され、分散状態は不可×であった。
【0079】
(比較例4)
アクリロニトリル100重量部、二層カーボンナノチューブ0.5重量部、イタコン酸1重量部、オクチルメルカプタン0.1重量部、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル2.0重量部、およびジメチルスルホオキシド400重量部からなる混合体を、40℃の温度で超音波分散装置(株式会社エスエムテー社製ULTRA SONIC HOMOGINIZER UH−600S)を用いて、2時間分散処理をおこなった。引き続いて、窒素雰囲気下において65℃の温度で4.5時間加熱撹拌し、引き続き75℃の温度で8.0時間加熱撹拌して、アクリロラジカル重合によりアクリロニトリル系重合体を作成した。得られた分散体を<分散状態の確認>に記載の方法を用いたところ、二層カーボンナノチューブの凝集体は最大で直径16μmの二層カーボンナノチューブの凝集体が観察され、分散状態は不可×であった。
【0080】
結果を表1に示す。
【0081】
【表1】

【0082】
(実施例7)
実施例1で得られた分散体を、目開き2.0μmの金属焼結フィルターを通過させた後、紡糸原液の温度を40℃に維持して、吐出孔数500の紡糸口金から、紡糸原液を温度10℃にコントロールした40重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入し、凝固した繊維束を得た。このようにして得られた繊維束をさらに、60℃の温度の温水内で水洗した後、70℃の温度の温水中で2.5倍に延伸し、更に、アミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与した。得られた延伸繊維束を、温度140℃に加熱した10個のローラーに接触させて走行させ、乾燥熱処理を行うことにより炭素繊維前駆体繊維を得た。次に、上記のようにして得られた炭素繊維前駆体繊維を6本合糸して3000本の単繊維からなる繊維束を形成し、240〜260℃の温度の空気中において、延伸比1.0で延伸しながらで耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、温度300〜700℃の窒素雰囲気中において、延伸比1.05で延伸しながら予備炭化処理を行い、予備炭化繊維束を得た。得られた予備炭化繊維束を、最高温度1,400℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.97で炭化した。得られた炭素繊維束の強度は5.2GPaであり、弾性率は320GPaであった。
【0083】
(実施例8)
実施例2で得られた分散体を用いて、実施例6と同じ方法で炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束の強度は5.1GPaであり、弾性率は340GPaであった。
【0084】
(比較例5)
比較例4で得られた分散体を用いて、実施例6と同じ方法で炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束の強度は2.6GPaであり弾性率は275GPaであった。
【0085】
(比較例6)
アクリロニトリル100重量部、イタコン酸1.0重量部、オクチルメルカプタン0.08重量部、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル0.4重量部、およびメチルスルホオキシド400重量部からなる分散体を窒素雰囲気下において65℃の温度で4.5時間加熱撹拌し、引き続き75℃の温度で8.0時間加熱撹拌して分散体を得た。得られた分散体を用いて、実施例7と同じ方法で炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維を得た。得られた炭素繊維束の強度は4.1GPaであり、弾性率は290GPaであった。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によれば、ポリアクリロニトリル系重合体とカーボンナノファイバーを混合した炭素繊維用前駆体繊維の製造に好適な分散体を簡便かつ効率的に作成することが可能になる。また、カーボンナノファイバーを分散したアクリロニトリル系繊維から得られる炭素繊維は、高強度・高弾性率品である。すなわち、本発明によって高強度で高弾性率の該炭素繊維を効率的に得ることができるようになる。
【符号の説明】
【0087】
100 反応器
101 石英焼結板
102 触媒
103 触媒供給ライン
104 原料ガス供給ライン
105 排出ライン
106 加熱器
107 点検口
108 カーボンナノチューブの集合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノファイバーとアクリロニトリルとラジカル重合開始剤と溶剤とを含有する混合体中において、前記カーボンナノファイバーの存在下にラジカル重合を惹起せしめ、前記混合体中でアクリロニトリル系重合体を形成してカーボンナノファイバーとポリアクリロニトリル系重合体を含有する重合体組成物を製造する工程と、ラジカル重合後に前記重合体組成物中でカーボンナノファイバーを分散させる工程とを経て得られる炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法。
【請求項2】
ラジカル重合開始剤がニトリル基を有するラジカル重合開始剤である請求項1記載の炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2記載の製造方法によって得られた炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の分散体を製糸することによって得られるカーボンナノファイバーを含有する炭素繊維前駆体繊維。
【請求項4】
請求項3記載の炭素繊維前駆体繊維を炭化することによって得られる炭素繊維。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2010−174161(P2010−174161A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−19359(P2009−19359)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】