説明

燃料濃度計測装置及び燃料濃度計測方法、並びに、そのための較正曲線の準備方法

【課題】SIBSを利用して適切な計測条件で燃料濃度計測を行うことができる燃料濃度計測装置及び燃料濃度計測方法、並びに、そのための較正曲線の準備方法を提供する。
【解決手段】火花放電を発生させる放電装置104と、火花放電で生じる光を分光し予め定められた2つの波長帯域の光の強度値を得るための分光器112及び検出器113と、2つの波長帯域の光の強度比を算出する発光強度比算出部123と、予め準備された較正曲線124を用い、強度比に対応する燃料濃度を出力する換算部125と、検出器113による計測時期を制御するための時間差制御器115とを備え、時間差制御器115は、計測時期を、放電装置による放電期間内から選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学的手法を用いた燃料濃度計測装置及び燃料濃度計測方法、並びにそのための較正曲線の準備方法に関し、特に、火花誘起ブレイクダウン分光法(以下、これを「SIBS」と呼ぶ。)を用いた燃料濃度計測装置及び燃料濃度計測方法、並びに、そのための較正曲線の準備方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SIBSは、放電により試料を励起または電離させ、その結果生じる光を分光分析することにより、試料の成分等についての情報を得る計測手法である。古くからこの手法は、鉄鋼、冶金等の分野で固体試料を対象に広く適用されてきたが、近年では、ガス試料中の微量ガス成分の定性・定量分析への適用も試みられている(例えば特許文献1)。
【0003】
燃焼機関や燃焼装置など燃焼を扱う機械においては、古くから点火にスパークプラグによる火花放電が用いられている。また、点火を行う部分の燃料濃度が燃焼の成否等を大きく左右することが知られており、省燃料消費、高効率化、排気ガスの改善、出力特性、排気特性を点火プラグ近傍の燃料濃度を把握し制御する必要がある。そのため、火花放電による点火時に生じる光にSIBSを適用し、燃料濃度等について知見を得るための種々の試みがなされている。
【0004】
例えば、特許文献2には、中心電極に光ファイバを貫通させたスパークプラグを用いてSIBSを行う燃焼制御装置が開示されている。この装置は、吸気工程、排気工程または点火時にこのスパークプラグで火花放電を発生させ、その結果生じる光を光ファイバで集光する。この光を分光光度計に入射し、分光により酸素、窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素等の組成分析を行う。
【0005】
特許文献3には、点火発光のスペクトル解析を波長306nmにおけるOH band及び波長390nmにおけるCN bandについて行う局所混合気濃度計測法が開示されている。この方法では、OH band及びCN bandの発光強度から裾野部分のNO2の発光強度を除去した値を、CN強度とOH強度としてそれぞれ定義し、CN強度とOH強度との比を求めることにより、点火時期に点火プラグ周辺に存在する混合気の濃度を推定する。
【0006】
【特許文献1】特開2005−147887号公報
【特許文献2】特開平6−167240号公報
【特許文献3】特開平11−237315号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1や特許文献2に記載の装置は、放電を行う雰囲気中の化学成分について、組成分析や定性分析等を行っているが、組成分析や定性分析は、スペクトルの照合を行わなければならず、信号の演算・照合処理に時間を要する。そのため火花点火式ピストン機関のように繰返し燃焼が行われる内燃機関等に適用するには、演算量が多くなりすぎ、困難である。
【0008】
特許文献3に記載の装置では、OH band及びCN bandの2つの波長帯域成分の強度の比から混合気の濃度を推定している。しかし、特許文献3においても指摘されるとおり、火花放電中の光のスペクトルは時間の進展に従い大幅に変化する。特許文献3によれば、適切なタイミングで計測を行えばよいとしているが、具体的にどのタイミングで計測を行えばよいか、またその手段については開示されていない。
【0009】
このように、SIBSを利用した燃料濃度の計測は、計測条件の最適化が不十分である。
【0010】
本発明は、上述の実情に鑑みて提案されるものであって、SIBSを利用して適切な計測条件で燃料濃度計測を行うことができる燃料濃度計測装置及び燃料濃度計測方法、並びに、そのための較正曲線の準備方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述の課題を解決し、その目的を達成するために、本発明に係る燃料濃度計測装置は、以下のいずれか一の構成を有するものである。
【0012】
〔構成1〕
火花放電を発生させる放電装置と、火花放電で生じる光を分光し予め定められた2つの波長帯域の光の強度値を得るための計測手段と、2つの波長帯域の光の強度比を算出するための演算手段と、予め準備された較正曲線を用い、強度比に対応する燃料濃度を出力するための換算手段と、計測手段による計測時期を制御するための制御手段とを備え、制御手段は、計測手段による計測時期を、放電装置による放電期間内から選択することを特徴とするものである。
【0013】
燃料濃度(または当量比)との関係があるとされる化学種の発光に対応する波長成分の光の強度は、放電開始からの放電の時間進展に大きく依存しており、計測開始までの遅れ時間と計測を行う期間とにより、依存性は変化する。計測時期を放電装置による放電期間内から選択することにより、燃料濃度との依存性が高い時間帯を選んで計測を行うことが可能になる。
【0014】
〔構成2〕
構成1を有する燃料濃度計測装置において、放電装置は、放電開始時に容量放電を行い、制御手段は、計測の開始時刻及び終了時刻を、その間の期間中に容量放電の期間が含まれるよう選択することを特徴とするものである。
【0015】
容量放電の期間は時間当たりの印加エネルギが高いため、プラズマのエネルギ状態が高く、他原子同士の再結合が起こりやすく、発光強度が燃料濃度に大きく依存する。この容量放電の期間を含むよう計測時期を選択することにより、良好な燃料濃度の計測結果を得ることが可能になる。
【0016】
〔構成3〕
構成2を有する燃料濃度計測装置において、制御手段は、計測時期として火花放電の開始時刻から50マイクロ秒までの期間を選択することを特徴とするものである。
【0017】
容量放電は、概ね50マイクロ秒程度で終息し、誘導放電など別の放電形態に移行することが多い。容量放電での光と誘導放電での光では、そのスペクトルパタンが大きく異なる。放電開始から50マイクロ秒までを計測時期として選択することにより、燃料濃度との依存性が高い計測結果が得られる時間帯に計測を行うことが可能になる。
【0018】
〔構成4〕
構成2または構成3を有する燃料濃度計測装置において、放電手段の放電ギャップの間隔を3mm以上とすることを特徴とするものである。
【0019】
放電ギャップの間隔を3mm以上とすると、高い絶縁破壊電圧で放電が開始されることになる。これにより時間当たりの印加エネルギが高くなる。プラズマのエネルギ状態が高く、他原子同士の再結合が起こりやすくなるため、燃料濃度との依存性が高い良好な計測結果を得ることができる。
【0020】
〔構成5〕
構成1乃至構成4のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、2つの波長帯域の一方はCN発光の波長帯域を含み、他方はNH発光の波長帯域を含むことを特徴とするものである。
【0021】
CN発光とNH発光との強度比は、従来技術に係るCN発光とOH発光との強度比より、燃料濃度に対する依存性が高い。そのため、CN発光の波長帯域とNH発光の波長帯域とを燃料濃度計測に用いる波長帯域として選択すると、燃料濃度計測の精度が向上する。
【0022】
〔構成6〕
構成1乃至構成4のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、2つの波長帯域の一方は水素の原子発光の波長帯域を含み、他方は酸素の原子発光の波長帯域を含む
ことを特徴とするものである。
【0023】
放電によるプラズマ発生の結果二次的に生じるラジカル等の生成物ではなく混合気に含まれる燃料成分と空気の成分から燃料濃度計測を行うことが可能になる。これは計測精度向上に資する。また、従来レーザ誘起ブレイクダウン分光法(LIBS)などのレーザ計測を一般に用いていた原子発光の計測をSIBSで行えるため、レーザ光源等の特別な装置を用いることなく、小型、低価格で原子発光に基づく計測が可能になる。
【0024】
〔構成7〕
構成1乃至構成6のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、制御手段は、光路の遮断により計測時期を制御することを特徴とするものである。
【0025】
〔構成8〕
構成1乃至構成6のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、計測手段は、2つの波長帯域の光を光電変換する検出器により光を検出し、制御手段は、検出器の駆動時期を制御することを特徴とするものである。
【0026】
〔構成9〕
構成1乃至構成6のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、計測手段は、2つの波長帯域の光を逐次光電変換する検出器により検出し、制御手段は、検出器が出力する信号のうち、計測時期に対応するものを抽出して演算手段に与えることを特徴とするものである。
【0027】
〔構成10〕
構成1乃至構成9のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、放電装置は火花点火装置であることを特徴とするものである。
【0028】
放電装置として、火花点火装置を用いることにより、点火と燃料濃度計測とを同一位置、同一時点で行うことができる。したがって、燃焼の成否等を大きく左右する部分の燃料濃度を適切に計測することが可能になる。
【0029】
〔構成11〕
構成1乃至構成10のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、放電装置は、火花放電を計測対象の最小着火エネルギ未満のエネルギで行うことを特徴とするものである。
【0030】
最小着火エネルギ未満のエネルギで放電を行うことにより、計測対象に着火させずに燃料濃度を計測できる。これは、例えば点火前の燃料濃度計測が要求される場合等に有用である。
【0031】
〔構成12〕
構成1乃至構成11のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、さらに、火花放電の発生位置及びその付近の所定範囲からなる計測領域の外側から計測手段への光の入射を抑制するための光学系を備えることを特徴とするものである。
【0032】
光学系によって計測領域の外側から計測手段への光の入射を抑制することにより、計測の局所性が高まる。すなわち、燃焼に大きく影響を与える部位の燃料濃度を正確に計測できる。
【0033】
〔構成13〕
構成1乃至構成12のいずれか一を有する燃料濃度計測装置において、さらに、火花放電の発生位置に向けて電磁波を照射し火花放電により生じる荷電粒子にエネルギを供給するための手段を備えることを特徴とするものである。
【0034】
火花放電の発生位置に向けて電磁波を照射すると、火花放電により生じるプラズマはエネルギを受ける。その結果プラズマの領域を拡大し、広い範囲で発光が生じる。すなわち、計測範囲を拡大できる。
【0035】
また、本発明に係る燃料濃度計測方法は、以下の構成をとるものである。
【0036】
〔構成14〕
火花放電を発生させる放電装置と、火花放電で生じる光を分光し2つの波長帯域の光の強度値を得る計測手段と、2つの波長帯域の光の強度比を算出する演算手段と、予め準備された較正曲線を用い、入力された強度比に対応する燃料濃度を出力するための換算手段とを制御し燃料濃度を計測するよう動作させる方法であって、計測手段による計測時期を、放電装置による放電期間内から選択することを特徴とするものである。
【0037】
また、本発明に係る較正曲線の準備方法は、以下の構成をとるものである。
【0038】
〔構成15〕
構成1乃至構成14のいずれか一に記載の較正曲線の準備方法であって、燃料濃度既知の予混合気を放電電極の付近に導入する第1工程と、放電電極を用いて火花放電を発生させる第2工程と、火花放電で生じる光を分光し、計測時期に該火花放電の発生位置で生じる2つの波長帯域の光の強度値を得る第3工程と、2つの波長帯域の光の強度比を算出する第4工程と、第1工程における燃料濃度と第4工程における強度比とを対応させて記録する第5工程とを有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0039】
構成1によれば、制御手段は、計測手段による計測時期を放電装置による放電期間内から選択する。したがって、適切かつ高い精度での燃料濃度計測が可能になる。
【0040】
構成2によれば、容量放電の期間の発光から良好な計測結果を得ることが可能になる。
【0041】
構成3によれば、燃料濃度との依存性が高い計測結果が得られる時間帯に計測を行うことが可能になる。
【0042】
構成4によれば、高い絶縁破壊電圧で放電を開始でき、燃料濃度との依存性が高い良好な計測結果を得ることができる。
【0043】
構成5によれば、CN発光の波長帯域とNH発光の波長帯域とを波長帯域として選択することにより、燃料濃度計測の精度が向上する。
【0044】
構成6によれば、混合気に含まれる燃料成分と空気の成分から燃料濃度計測を行うことが可能になり、計測精度が向上する。また、LIBSなどのレーザ計測を一般に用いていた原子発光の計測をSIBSで行えば、レーザ光源等の特別な装置を用いることなく、小型、低価格で原子発光に基づく計測が可能になる。
【0045】
構成7によれば、光路の遮断により光学的に計測時期を選択できる。これは、信号処理系の簡素化に資する。
【0046】
構成8によれば、検出器の駆動時期の制御によって計測時期を選択できる。すなわち、信号処理系の時間分解能等に依存することなく計測時期を適切に選択できる。
【0047】
構成9によれば、検出器の出力信号から演算に用いる信号を抽出することによって計測時期を選択するため、機械式の計測時期選択に頼ることなく、電気的にまたは論理上で計測時期の選択が可能になる。
【0048】
構成10によれば、燃焼の成否等を大きく左右する部分の燃料濃度を適切に計測することが可能になる。
【0049】
構成11によれば、計測対象に着火させずに燃料濃度を計測できる。
【0050】
構成12によれば、計測の局所性が高まり、燃焼に大きく影響を与える部位の燃料濃度を正確に計測できる。
【0051】
構成13によれば、計測範囲を拡大できる。
【0052】
構成14によれば、放電装置と、火花放電で生じる光を分光し2つの波長帯域の光の強度値を得る計測手段と、2つの波長帯域の光の強度比を算出する演算手段と、予め準備された較正曲線を用い、入力された強度比に対応する燃料濃度を出力するための換算手段とをこの方法で動作させることにより、計測手段による計測時期を放電装置による放電期間内から選択し、適切かつ高い精度での燃料濃度計測が可能になる。
【0053】
構成15によれば、構成1から構成14のいずれか一に係る較正曲線を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0054】
以下、本発明を実施するための最良の形態について図面を参照しながら説明する。
【0055】
〔第1の実施形態〕
図1に、本実施形態に係る燃料濃度計測装置100の概略構成をブロック図形式で示す。この燃料濃度計測装置100は、火花放電を行うための構成を備える。すなわち、所定の外部入力150に応答して火花放電を発生させるためのエネルギの投入開始及び終了を表す点火信号151を発生する点火制御器101と、直流電源102と、直流電源102に接続された点火コイル103と、点火コイル103に接続されたスパークプラグ104とを備える。点火制御器101は例えば内燃機関におけるエンジン制御ユニット(ECU)等であってよい。直流電源は具体的には自動車用12ボルトバッテリや、20ボルト直流安定化電源等を用いることができる。点火コイル103及びスパークプラグ104いずれも、内燃機関用の一般的なものであってよい。なお、スパークプラグ104の中心電極と接地電極との間の空隙(以下、この空隙を「放電ギャップ」という)は間隔は3mm以上に設定される。このスパークプラグは、燃料と空気との存在する環境下に放電ギャップが露出するよう配置される。例えば、バーナのガス噴出孔付近、燃焼室内などに配置される。スパークプラグ104は、一般的には点火に用いられるものであり、一般的にスパークプラグが配置されるいずれの位置にこのスパークプラグ104が配置されてもよい。
【0056】
燃料濃度計測装置100はさらに、スパークプラグ104の放電ギャップを臨む位置に配置された集光光学系110と、放電ギャップから出射され集光光学系を通過した光を一方の端部から他方の端部に導く導光路111と、導光路111の他端からの入射光を波長分解して出射する分光器112と、分光器の出射光を波長帯域毎に光電変換する検出器113と、検出器による光電変換の結果得られた信号に対し増幅、A/D変換、及び波長帯域との関連付け等の処理を行い、分光器への入射光のスペクトル信号170を出力する信号処理器114とを備える。
【0057】
集光光学系110は、この集光光学系110のある物点からの光を所定の像点に集光させる。具体的にはレンズ、ミラー、またはそれらを組合せた光学系である。この集光光学系110は、カセグレン光学系、マクストフ光学系等、複数のミラーを組合せて構成されたものであってもよい。これらの光学系では、放電の発生位置以外の領域からの光の入射を抑止しつつ、特に物点と像点とを結ぶ直線の方向(光軸方向)の局所性が高い集光が可能になる。なお、複数のミラー間を透光性の媒質で充填し一体化したものであってもよい。また、スパークプラグ104の電極、碍子、または外側導体等に集光光学系を内蔵させてもよい。
【0058】
なお、この集光光学系は、短波長側が310nm程度までの紫外域まで透過特性を備えるものであることを要する。かつ、スパークプラグ104が設置されうる内燃機関の燃焼室内の高熱、高圧環境下で良好な光学特性を保つ必要がある。したがって、集光光学系110がレンズ等の透光性の部品を備える場合、それらは、例えば人工石英、サファイア等、またはそれに類する光学的・機械的特性を備えた光学ガラス等の素材からなるものであることが望ましい。
【0059】
導光路111は、具体的には光ファイバであってもよい。この導光路111もまた、集光光学系110と同様に紫外線の透過特性を備えるものであることを要する。なお導光路111の入射端部が放電の発生位置に十分近く配置できれば、導光路111の入射端部自体を集光光学系として用いてもよい。入射端部が放電の発生位置に十分近く配置するために、例えば、導光路111がスパークプラグ104の電極、碍子、または外側導体等を貫通するようにしてもよい。
【0060】
分光器112は、具体的には回折格子型の分光器であり、出射光の進行方向は、波長に応じて偏向する。検出器113は、具体的にはICCDカメラであり、露光開始時刻及び露光時間は、外部からのトリガ信号に162により制御される。ICCDカメラ自体の動作については周知であり、ここでは説明を繰返さない。なお、分光器112、検出器113及び信号処理器114については、種々の形態・方式のものがある。これら種々の形式のもののいずれのものを用いることも可能である。例えば、分光器112は、プリズムを用いるものであってもよく、干渉フィルタやダイクロイックミラー等のフィルタを用いたフィルタバンク方式のものであってもよい。また、検出器113は、ICCDに限らず、CMOS、フォトダイオード、光電子増倍管などを用いるものであってもよい。信号処理器114は、検出器114に応じたものを適宜選択すればよい。
【0061】
燃料濃度計測装置100はさらに、信号処理器114の出力信号170を受けるように接続された演算器120を備える。この演算器120は、以下の説明からも明らかなように、具体的には一般的なコンピュータハードウェアと、そのハードウェア上で動作するプログラム及びデータとにより実現される。コンピュータ自体の動作及び機能については周知であり、ここでは説明を繰返さない。
【0062】
演算器120は、以下の機能部を備える。すなわち、スペクトル信号170から第1の波長帯域の光の強度値を抽出し出力する第1の信号抽出部121と、スペクトル信号170から所定の第2の波長帯域の光の強度値を抽出し出力する第2の信号抽出部122と、入力された2つの光の強度値の比を算出し出力する発光強度比算出部123と、発光強度比と燃料濃度との対応関係を表す較正曲線を記憶する較正曲線記憶部124と、入力された発光強度比の信号に対応する燃料濃度を構成曲線記憶部124から読出し出力する換算部125とを備える。
【0063】
本実施形態においては、第1の信号抽出部121は、波長336nm付近の波長帯域の強度値を抽出する。これは、NHラジカルの発光(NH発光)に対応する波長帯域である。第2の信号抽出部122は、波長388nm付近の波長帯域の強度値を抽出する。これは、CNラジカルの発光(CN発光)に対応する波長帯域である。較正曲線は、発光強度比と燃料濃度とを一対一で対応させた情報であり、その形態は関数であってもよく、換算表またはそれに類する一群のデータであってもよい。この較正曲線の準備方法については後述する。
【0064】
燃料濃度計測装置100はさらに、点火制御器101の出力信号151を受けるように接続され、信号を受けた時刻を基点として予め設定された時間経過時に所定のゲート信号162を検出器113に与える時間差制御器115を備える。時間差制御器115は、具体的にはディレイパルスジェネレータ等であってよい。
【0065】
燃料濃度計測装置100は以下のように動作する。すなわち、計測対象となる混合気が放電ギャップ間に存在する状態で外部信号150が与えられると、点火制御器101は、点火信号151を出力する。点火信号151は、予め決められた時間のゲート信号である。点火コイル103は、この点火信号151が印加されている期間中、直流電源102からの給電を受け、点火信号151の印加終了時に昇圧を行うとともに昇圧した直流電圧をスパークプラグ104に印加する。
【0066】
スパークプラグ104が直流電圧を受けると放電ギャップにおいて放電が発生する。スパークプラグ104の放電形態は,数千〜数万ボルトを数マイクロ秒で気体へ印加する容量放電と、数百ボルトの電圧を容量放電終了後から放電完了まで印加する誘導放電により構成される。容量放電の期間と誘導放電の期間とでは、印加されるエネルギ量は異なる。
【0067】
放電が生じている期間中、放電ギャップ間には、この部分に存在する計測対象がプラズマ化し、その結果発光が生じる。この発光を集光光学系110は集光する。集光された光は、導光路111を介して分光器112に入射し、波長分解される。検出器113は、この波長分解された光161を受光する。
【0068】
一方、時間差制御器115は、点火信号151の印加終了時刻に応答して動作し、検出器にトリガ信号162を与える。このトリガ信号162は、検出器113による光電変換の開始時刻と、光電変換の終了時刻とに対応する。検出器113は、光電変換の開始時刻と終了時刻との間の期間中動作し、その期間に受光した光を波長帯域ごとに光電変換する。
【0069】
すなわち、点火信号151の印加終了時刻から光電変換の開始時刻までの時間が、放電に対する計測の遅れ時間となり、検出器113の動作している時間が計測の行われている時間となる。以下の説明では、この計測が行われている時間を「露光時間」と呼ぶことがある。本実施形態では、時間差制御器115は、遅れ時間が0マイクロ秒に、露光時間が50マイクロ秒になるよう、トリガ信号162を検出器113に与える。この光電変換で生じた信号163に対し信号処理を施し、波長別に光の強度を表すスペクトル信号170を生成する。
【0070】
スペクトル信号170を演算器120が受けると、第1の信号抽出部121は波長336nm付近の波長帯域の強度比を抽出し、第2の信号抽出部122は波長388nm付近の波長帯域の強度値を抽出する。抽出されたこれら2つの強度値は、発光強度比算出部123に与えられる。発光強度比算出部123は、強度値の比を算出し出力する。換算部125は、発光強度比に対応する燃料濃度を構成曲線記憶部124から読出し、これを計測結果180として出力する。
【0071】
容量放電の期間と誘導放電の期間とでは強度に明確な差異が見られる。この差異はプラズマのエネルギ状態が影響を及ぼしていると考えられる。容量放電の期間は数マイクロ秒に数ミリジュールのエネルギを気体へ印加して、気体分子の絶縁破壊を起こしてプラズマ化させる。この時エネルギ状態は高く、かつ絶縁破壊直後のため、高エネルギ状態で存在する原子同士の再結合であるCNラジカルの存在量は多い。対して誘導放電の場合は1ミリジュール以下の容量放電に比べ弱いエネルギを気体へ印加する。放電が続いていることを考えるとプラズマ状態であることには変わりないが、プラズマのエネルギ状態は低い。この状態ではCNラジカルを持続させることは難しく、安定な分子として励起状態を維持する。CNラジカルの発光に対応する波長帯域にはN2の発光が重複しており,そのバンドヘッドは波長391nmである。この低エネルギ状態では安定なN2が多く存在するため、低い当量比では発光強度の緩やかな増加になる。そのため、誘導放電期間においては、波長250nm〜800nmにかけて、幅広くスペクトルは分布しており、スペクトル形状は独立した線スペクトルを示す原子発光ではなく、連続したスペクトル形状の分子発光が支配的となる。誘導放電期間は長く持続するため、放電で生じるプラズマの光全体を時間方向に積算した状態で分光分析を行うと、誘導放電に起因する発光が支配的となる。
【0072】
燃料と空気との混合比を表す当量比を変化させた際の発光スペクトルをみると、310nm、340nm、及び390nm付近の波長帯域は当量比の変化を受けて発光強度やスペクトル形状が変化する。それぞれの波長帯は,OHラジカルの発光に対応する波長(307nm)、NHラジカルの発光に対応する波長(336nm)、CNラジカルの発光に対応する波長(388nm)を含む波長帯域である。当量比に対するOHラジカル、NHラジカル、CHラジカルを含む領域を積算した発光強度をみると、OHラジカル、NHラジカルは燃料濃度の増加に伴い減少傾向を示している。OHラジカルの発光は、検出器162の露光時間と遅れ時間とのいずれに関わらず当量比の増加に伴い上昇し,当量比0.6以降は減少する傾向を示す。NHラジカルは露光時間50マイクロ秒,遅れ時間0マイクロ秒の計測条件で当量比の増加に対してほぼ線形に減少しているが、他の計測条件では変化が見られない。CNラジカルは露光時間50マイクロ秒、遅れ時間0マイクロ秒以外の条件では低い当量比では強度に差が見られない。
【0073】
露光時間50マイクロ秒,遅れ時間0マイクロ秒の条件における当量比に対する強度比CNラジカルの発光とOHラジカルの発光との強度比は、特許文献3に記載のとおり当量比の増加に対する一定の強度比の増加がどちらにも見られ、当量比への強度比の依存が確認できる。CNラジカルの発光とOHラジカルの発光との強度比も同様に、当量比の増加に対する一定の強度比の増加がどちらにも見られ、当量比への強度比の依存が確認できる。ここで、前者の強度比と後者の強度比とを比較すると、後者の強度比のほうが、より当量比への依存が強く、当量比増加に伴い強く増加する。これはNHラジカルの発光が当量比の増加に対して直線的に減少していることに起因している。
【0074】
このように,露光時間50マイクロ秒、遅れ時間0マイクロ秒の容量放電が起こる期間を含む時間帯の計測では、プラズマのエネルギ状態が高く、ラジカル発光と燃料濃度に依存性を確認できる。
【0075】
なお、上述した実施形態における較正曲線は、燃料濃度既知の計測対象を調製しておき、燃料濃度計測装置100を用いてこの試料に対する計測を行い、発光強度算出部123が出力する強度比を、燃料濃度と対応させて較正曲線記憶部124に記憶させるようにすればよい。
【0076】
〔第2の実施形態〕
上述の実施形態では、NHラジカルとCNラジカルに対応する波長成分の光の強度値を抽出したが、本発明はこのようなものには限定されない。例えば、燃料濃度計測装置100において、第1の信号抽出部121が抽出の対象とする波長帯域を波長656nmを含む帯域とし、第2の信号抽出部122が抽出の対象とする波長帯域を波長777nmを含む帯域としてもよい。
【0077】
波長656nmを含む波長帯域は水素原子の発光に対応する波長帯域であり、波長帯域を波長777nmを含む波長帯域は、酸素原子の発光に対応する波長帯域である。一般に火花放電に起因する発光からこれら原子発光を確認することは困難であるが、スパークプラグ104において放電ギャップの間隔を3mm程度に開くと、絶縁破壊電圧が一般的なスパークプラグに比べ1.3倍程度に増加する。このようなスパークプラグ104を用いることにより、したがって、計測対象には多くのエネルギが印加される。その結果、原子発光を多く得られるようになる。なお、接地電極の形状を尖らせるなどし、表面の電荷密度が高く、電場強度を強くしてやると、接地電極へ衝突する陽イオンの運動エネルギは高まり、結果として二次電子放出(γ作用)が多くなり衝突電離の頻度が高まり原子の生成を促すことができる。
【0078】
このように原子発光の確認可能な放電を行うと、水素原子及び酸素原子の発光を検出できる。これらの発光に対応する波長帯域の強度比もまた、燃料濃度に対する依存性があり、当量比に対し高い相関関係を示す。したがって、この強度比を燃料濃度に換算することにより、燃料濃度計測を良好に行うことが可能になる。
【0079】
原子発光は,投入量に対する発光強度の比例関係が明確であるため燃料濃度計測に対して有効である。また、ラジカル発光に対応する波長帯域の第1の実施形態と同様の計測と、本実施形態に示す計測とを同時に計測することも可能である。この同時計測は、プラズマの生成物と物質の両者から燃料濃度計測を行える利点を有している。
【0080】
〔その他変形例〕
上述の各実施形態では、スパークプラグ104での放電は、計測対象を着火させるのに十分なエネルギを放電によって計測対象に与えるようにしてもよい。このようにすれば、点火と燃料濃度計測とを同時にかつ同一位置で行うことができる。
【0081】
また、上述の各実施形態では、スパークプラグ104での放電は、計測対象を着火させるのに満たないエネルギ(すなわち最小着火エネルギ以下のエネルギ)を放電によって計測対象に与えるようにしてもよい。このようにすれば、点火前など、点火とは直接無関係のタイミングで、計測対象を着火させることなく燃料濃度計測を行うことが可能になる。
【0082】
上述の実施形態では、計測時期は、検出器113の動作の遅れ時間及び露光時間によって制御したが、本発明はこのようなものには限定されない。例えば、放電ギャップから検出器113までの光路のいずれかにシャッタ等を設け、このシャッタの駆動により、計測時期を制御するようにしてもよい。または、検出器113に連続的にまたは逐次的に光電変換を行わせておき、信号処理時に信号に対する時間方向のゲート処理を行うことによっても、計測時期の制御を行うようにしてもよい。または、検出器113に連続的にまたは逐次的に光電変換を行わせておき、その信号を演算器120上で蓄積記憶させておき、その中から計測時期に対応する部分のみを第1の信号抽出部121及び第2の信号抽出部122に与えるようにしてもよい。
【0083】
上述の各実施形態では、演算部120が演算によって2つの波長帯域の抽出を行い、それら波長帯域の強度値を得た。しかし、本発明はこのようなものには限定されない。検出器113が、上述の2つの波長帯域の光のみを光電変換するようにしてもよい。
【0084】
上述の各実施形態では、火花放電によりプラズマを生じさせ、その光を分光したが、プラズマに向けてマイクロ波を照射し、プラズマにエネルギを供給するようにしてもよい。このようにすることにより、放電によりプラズマの生じる領域のエネルギ密度を調整できる。これにより、容量放電時のプラズマのような高エネルギ密度のプラズマを長時間持続させることも可能になる。また、プラズマ化する領域を拡大させることも可能になる。
【0085】
時間差制御器115は、点火信号115のタイミングを基準として計測時期の選択を行ったが、本発明はこのようなものには限定されない。発光が検出された最初の時刻を基準として計測時期の選択を行ってもよい。
【0086】
なお、今回開示した実施形態は単なる例示であって、本発明の範囲が前述の各実施形態のみに制限されるわけではない。本発明の範囲は、明細書及び図面の記載を参酌した上で、特許請求の範囲の各請求項によって示され、そこに記載された文言と均等の意味及び範囲内でのすべての変更を含むものである。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】本発明の実施形態に係る燃料濃度計測装置の概略構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0088】
101 点火制御器
102 直流電源
103 点火コイル
104 スパークプラグ
110 集光光学系
111 導光路
112 分光器
113 検出器
114 信号処理器
115 時間差制御器
120 演算器
121 第1の信号抽出部
122 第2の信号抽出部
123 発光強度比算出部
124 較正曲線記憶部
125 換算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
火花放電を発生させる放電装置と、
前記火花放電で生じる光を分光し予め定められた2つの波長帯域の光の強度値を得るための計測手段と、
前記2つの波長帯域の光の強度比を算出するための演算手段と、
予め準備された較正曲線を用い、前記強度比に対応する燃料濃度を出力するための換算手段と、
前記計測手段による計測時期を制御するための制御手段とを備え、
前記制御手段は、前記計測手段による計測時期を、前記放電装置による放電期間内から選択する
ことを特徴とする燃料濃度計測装置。
【請求項2】
前記放電装置は、放電開始時に容量放電を行い、
前記制御手段は、前記計測の開始時刻及び終了時刻を、その間の期間中に前記容量放電の期間が含まれるよう選択する
ことを特徴とする請求項1記載の燃料濃度計測装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記計測時期として前記火花放電の開始時刻から50マイクロ秒までの期間を選択する
ことを特徴とする請求項2記載の燃料濃度計測装置。
【請求項4】
前記放電手段の放電ギャップの間隔を3mm以上とする
ことを特徴とする請求項2、または、請求項3記載の燃料濃度計測装置。
【請求項5】
前記2つの波長帯域の一方はCN発光の波長帯域を含み、他方はNH発光の波長帯域を含む
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項6】
前記2つの波長帯域の一方は水素の原子発光の波長帯域を含み、他方は酸素の原子発光の波長帯域を含む
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項7】
前記制御手段は、光路の遮断により前記計測時期を制御する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項8】
前記計測手段は、前記2つの波長帯域の光を光電変換する検出器により光を検出し、
前記制御手段は、前記検出器の駆動時期を制御する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項9】
前記計測手段は、前記2つの波長帯域の光を逐次光電変換する検出器により検出し、
前記制御手段は、前記検出器が出力する信号のうち、前記計測時期に対応するものを抽出して前記演算手段に与える
ことを特徴とする、請求項1乃至請求項6のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項10】
前記放電装置は火花点火装置である
ことを特徴とする請求項1乃至請求項9のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項11】
前記放電装置は、前記火花放電を計測対象の最小着火エネルギ未満のエネルギで行う
ことを特徴とする請求項1乃至請求項10のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項12】
さらに、前記火花放電の発生位置及びその付近の所定範囲からなる計測領域の外側から前記計測手段への光の入射を抑制するための光学系を備える
ことを特徴とする請求項1乃至請求項11のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項13】
さらに、前記火花放電の発生位置に向けて電磁波を照射し前記火花放電により生じる荷電粒子にエネルギを供給するための手段を備える
ことを特徴とする請求項1乃至請求項12のいずれか一に記載の燃料濃度計測装置。
【請求項14】
火花放電を発生させる放電装置と、前記火花放電で生じる光を分光し2つの波長帯域の光の強度値を得る計測手段と、2つの波長帯域の光の強度比を算出する演算手段と、予め準備された較正曲線を用い、入力された強度比に対応する燃料濃度を出力するための換算手段とを制御し燃料濃度を計測するよう動作させる方法であって、
前記計測手段による計測時期を、前記放電装置による放電期間内から選択する
ことを特徴とする燃料濃度計測方法。
【請求項15】
請求項1乃至請求項14のいずれか一に記載の較正曲線の準備方法であって、
燃料濃度既知の予混合気を放電電極の付近に導入する第1工程と、
前記放電電極を用いて火花放電を発生させる第2工程と、
前記火花放電で生じる光を分光し、前記計測時期に該火花放電の発生位置で生じる2つの波長帯域の光の強度値を得る第3工程と、
2つの波長帯域の光の強度比を算出する第4工程と、
前記第1工程における燃料濃度と前記第4工程における強度比とを対応させて記録する第5工程とを有する
ことを特徴とする較正曲線の準備方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−71271(P2010−71271A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−243405(P2008−243405)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(504293528)イマジニアリング株式会社 (51)
【Fターム(参考)】