説明

燃料電池セパレータ及び燃料電池セパレータの製造方法

【課題】セパレータと電極間で発生する接触抵抗が低く、耐食性に優れており、かつ低コストの燃料電池セパレータを提供する。
【解決手段】ステンレス鋼からなる基材の表面を窒化処理することにより得られる燃料電池セパレータであって、基材の表面から深さ方向に連続して存在する窒化層を備え、窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状の析出物と、窒化層内に高沸点金属部を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池セパレータ及び燃料電池セパレータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は水素と酸素の化学反応を利用し直接電気を取り出す。燃料電池は、発電効率が高い、騒音や振動がほとんど発生しない、反応生成物は基本的に水(水蒸気)であり有害物質の放出が極めて少ないなど多くの長所を有し、電気自動車搭載用を始めとする各種用途が大いに期待されている。
【0003】
燃料電池にはリン酸形燃料電池、溶融炭酸塩形燃料電池、固体高分子形燃料電池などいくつかの種類がある。車載用途では、固体高分子形燃料電池の適用が主として検討されている。
【0004】
燃料電池の心臓部は、スタックと呼ばれる部品である。スタックは、電気化学反応を行う基本単位である単セルと呼ばれる部品を多数積層して構成される。図6に、燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す。単セル101は、固体高分子電解質膜102の両側にカソード(酸素極)103及びアノード(水素極)104を接合して一体化した膜電極接合体を有する。カソード103及びアノード104は、それぞれ反応膜105及びガス拡散層106の二層構造を有する。カソード103及びアノード104の両側には、カソード側セパレータ107及びアノード側セパレータ108が配置されている。セパレータ107と108は、固体高分子電解質膜102、カソード103及びアノード104を挟む。また、セパレータ107及び108には、ガス流路及び冷却水流路が形成されている。
【0005】
セパレータは、それ自体が導電体であることのほかに、(1)表面の接触抵抗が低いこと、(2)耐食性に優れること、が必要である。接触抵抗は、上記の通りカソード及びアノードと接触して電流を取り出していることから、接触抵抗が大きいとその部分で電気的損失が発生する。特に、自動車用途では設置空間や重量の制約があるため、単位体積・重量当りの出力密度を高めることが要求される。このため、燃料電池において、セパレータの接触抵抗が低いことは重要である。
【0006】
固体高分子電解質は一般にスルホン基を多数有する高分子から形成されており、湿潤状態においてスルホン基をプロトン交換に用いている。これにより、セパレータ表面は水素イオン濃度(pH)が2〜3程度の強酸性環境となり、耐食性が低いとセパレータが次第に腐食する。また、腐蝕によって溶け出すカチオンが、固体高分子電解質のスルホン基と結合し、固体高分子電解質が劣化する。このため、セパレータは、耐食性に優れていることが必要となる。
【0007】
耐食性を保ちつつ接触抵抗を低減する方法として、例えばセパレータの表面に金メッキ層を設ける方法が提案されている(特許文献1参照)。また、ステンレス鋼を成形して燃料電池セパレータの形状に加工した後、電極との接触により接触抵抗を生じる面の不動態皮膜を除去して、貴金属又は貴金属合金を付着させた燃料電池セパレータが提案されている(特許文献2参照)。このようにセパレータ表面を貴金属で被覆する方法は接触抵抗、耐食性の両面ともで確かに有効であるが、コストが問題となる。
【0008】
また貴金属を用いる代わりに、ステンレス鋼の表面にモリブデンなどの金属板をクラッドメタルの手法で貼り合わせ、貼り合わせた金属層を窒化やケイ化し、これを耐食性と導電性に富む層と用いる燃料電池セパレータも提案されている。(特許文献3及び4参照)。
【特許文献1】特開平10−228914号公報(第2頁、第2図)
【特許文献2】特開2001−6713号公報(第2頁)
【特許文献3】特開2000−323148号公報
【特許文献4】特開2002−373673号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、セパレータ表面を貴金属で被覆する方法は、接触抵抗及び耐食性の両面で有効な手法であるが、貴金属のコストの問題が不可避である。また、セパレータ表面全体にモリブデンなどのクラッド層を設け、窒化やケイ化などの処理を行って、接触抵抗が低くかつ耐食性に富む層として用いる方法は、表面にモリブデンなどをクラッドした特殊なステンレス鋼を用いる必要があり、その点がコスト面で不利となる。更に、クラッド層を窒化して耐食層として利用する場合には、クラッド層の厚さをある程度厚く確保する必要がある。薄すぎると成形時などにクラッド層に破れやひびが生じ、そこから基材のステンレス鋼が腐食するおそれがある。モリブデンやニオブなどの金属は産出量が限られていることもあり、市場の動向によって価格が急上昇することもある。特に、近年の価格高騰は著しい。このため、貴金属ほどではないにせよ、クラッド層のように厚いモリブデン層やニオブ層を設けることはコスト的な不利を生じる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明に係る燃料電池セパレータは、ステンレス鋼からなる基材の表面を窒化処理することにより得られる燃料電池セパレータであって、燃料電池セパレータは基材の表面から深さ方向に連続して存在する窒化層を備え、窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状析出物と、窒化層内に高沸点金属部を有することを特徴とする。
【0011】
本発明に係る燃料電池セパレータの製造方法は、ステンレス鋼を含む基材の表面に高沸点金属を堆積又は濃化し、その後に基材を窒化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、セパレータと電極間の接触抵抗が低く、耐食性にも優れかつ製造コストが安い燃料電池セパレータを提供できる。
【0013】
また、本発明によれば、上記のように接触抵抗が低く耐食性にも優れかつコストの安い燃料電池セパレータの製造が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る燃料電池セパレータ及び燃料電池セパレータの製造方法について、固体高分子型燃料電池に適用した例を挙げて説明する。
【0015】
図1は、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータ1の平面図である。燃料電池セパレータ1は、図6に示したような電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルと交互に複数個積層されて燃料電池スタックを構成する。燃料電池スタックは、例えば動力源として燃料電池電気自動車に搭載される。
【0016】
各単セルは、固体高分子型電解質膜の両面に各々酸化剤極を有するガス拡散層と燃料極を有するガス拡散層とを形成して膜電極接合体とし、膜電極接合体の両側に燃料電池セパレータ1を配置して、燃料電池セパレータ1内部にガス流路を画成する。固体高分子型電解質膜としては、スルホン酸基を有するパーフルオロカーボン重合体膜(ナフィオン1128(登録商標)、デュポン株式会社)等を使用することができる。単セルと燃料電池セパレータ1とを積層した後、両端部にエンドフランジを配置して、外周部を締結ボルトにより締結して燃料電池スタックを構成する。また、燃料電池スタックには、各単セルに水素ガス等の水素を含有する燃料ガスを供給するための水素供給ラインと、酸化剤ガスとして空気を供給する空気供給ラインと、冷却水を供給する冷却水供給ラインが設けられている。
【0017】
図1に示した燃料電池セパレータ1の詳細を説明する。燃料電池セパレータ1は、ステンレス鋼からなる基材の表面を窒化処理することにより得られる燃料電池セパレータであって、燃料電池セパレータは基材の表面から深さ方向に連続して存在する窒化層を備え、窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状析出物と、窒化層内に高沸点金属部を有する。つまり、この燃料電池セパレータ1は、ステンレス鋼を含む基材からなり、基材の表面窒化処理部としての表面部を窒化することにより得られ、基材の表面部の深さ方向に形成されている窒化層と、窒化されていない未窒化層である基層からなる。燃料電池セパレータ1には、プレス成形により断面矩形状の燃料又は酸化剤の溝状の流路2が形成されている。流路2と流路2との間には、流路2と流路2とで画成された平板部を備え、流路2及び平板部の外面に沿って窒化層が延在する。平板部は、燃料電池セパレータ1と単セルとを交互に積層した際に隣接する固体高分子膜上のガス拡散層に接触する。
【0018】
基層は、ステンレス鋼から形成される。ステンレス鋼は面心立方格子の結晶構造をとる。窒化層は、ステンレス鋼を含む基材を窒化することにより得られるものであり、立方晶のM4N型結晶構造を有する窒化物、六方晶のM2-3N型の結晶構造を有する窒化物、CrN、CrN等を含む。また、窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状析出物と、窒化層内に高沸点金属部を有する。この窒化層が存在することで、ステンレス鋼が硫酸酸性環境で腐食することが防止される。
【0019】
粒状析出物は、ステンレス鋼の窒化処理の工程で生成するものであり、Cr窒化物を含む。Cr窒化物は、CrN及びCrNを主体とし、直径10〜200nm程度の大きさであり、ほぼ球形である。この粒状の析出物は、セパレータがアノードやカソードに押し付けられた際に導電経路の役割を果たすので、窒化層表面に粒状析出物が多数存在するほど接触抵抗が下がる。この粒状析出物の量は、等価円直径で40nm以上の大きさの物が面積率で5%以上であることが好ましい。
【0020】
高沸点金属部は、粒状析出物の基部から窒化層の最深部までのいずれかの箇所に存在する。高沸点金属の存在形態は、例えばステンレス材やその窒化材の間に、高沸点金属からなるごく薄い層が挟まった形態(ここではその層を「高沸点金属層」と呼ぶ。)、ステンレス材やその窒化材の母材の中に高沸点金属原子が分散した形態(ここではその層を「高沸点金属濃化層」と呼ぶ。)、又は高沸点金属原子が粒状に集まりその高沸点金属粒が分散した形態などが可能性として考えられる。本発明における高沸点金属の存在形態は上記の例示のいずれでもよく、またそれらの組み合わせ、例えば高沸点金属濃化層中にさらに高沸点金属粒が存在する形でも構わない。高沸点金属部は、高沸点金属層、高沸点金属濃化層又は高沸点金属粒の形態で窒化層内に存在し、後述するように、ステンレス鋼を含む基材の表面に高沸点金属を堆積又は濃化し、その後に基材を窒化することによって得られるものである。
【0021】
ここにおいて、高沸点金属は、Mo、Nb及びVより選ばれる元素であり、高沸点金属部はMo、Nb及びVより選ばれる1種のみを含んでいても良く、2種以上の元素を含んでいても良い。この高沸点金属部は、ステンレス鋼を含む基材の表面に高沸点金属を堆積又は濃化することによって得られるものであるため、ステンレス鋼からなる基材は、Mo、Nb及びVのいずれの元素も実質的に含まない材料であり、Mo、Nb及びVの含有量がそれぞれ0.2原子%以下である。同様に、未窒化層である基層は、Mo、Nb及びVのいずれの元素も実質的に含まない材料であり、Mo、Nb及びVの含有量がそれぞれ0.2原子%以下である。後述するように、高沸点金属は、基材を窒化する際に窒化層表面に存在する粒状析出物の数を増やす作用を有する。
【0022】
窒化において、粒状析出物を増やす効果を及ぼしているのは主に表面30〜100nm程度までの窒化層表面の近傍に存在する高沸点金属原子と考えられる。このため、基材の表面近傍に集中して高沸点金属原子を配置すれば、少ない添加量で粒状析出物を効率的に増やすことができる。基材表面近傍でこれら高沸点金属原子の存在量を多くするためには、基材表面にスパッタリングで高沸点金属を付着させる方法、CVD(化学気相堆積)で高沸点金属を付着させる方法、イオンビームで高沸点金属を打ち込む方法などがある。高沸点金属を基材表面近傍に配置する方法はこれらに限定されないが、スパッタリングが簡便であり、その後の窒化工程との整合の面でも有利である。
【0023】
高沸点金属を表面近傍に存在させる効果として、現時点では次のことが考えられる。粒状析出物はMo、Nb又はVではなく、先に述べたようにクロムの窒化物(CrN、CrN)を主体としている。このことより、Mo、Nb又はVの添加効果は粒状析出物の生成・成長を促進する点にあると考えられる。つまり、高沸点金属は、窒化工程において、結晶成長学で言う「成長核」として作用していると推定される。
【0024】
固相(本実施の形態においては基材。)の表面に稀薄相(本実施の形態においてはプラズマにより励起された金属蒸気。)から結晶が析出する場合、成長の端緒として成長核の生成が必要である。安定して成長できる成長核の臨界半径は、析出する物質の平衡蒸気圧と関連しており、平衡蒸気圧の低い物質ほど成長核の臨界半径は小さい(電子情報通信学会 編 西永頌 著 電子情報通信学会 大学シリーズ D−7 電子デバイスプロセス P.50〜57、コロナ社、1983年)。一般的な傾向として言えば、臨界半径が小さいほど成長核は発生しやすい。そして、平衡蒸気圧の低い物質ほど臨界半径が小さく、これにより成長核も発生しやすいと推定される。高沸点金属としてあげたMo、Nb、Vの沸点は、それぞれ4612℃、4742℃、3377℃と高い。これに対し、ステンレスの主成分であるFe、Ni、Crの沸点は、それぞれ2750℃、2732℃、2671℃であり、Mo、Nb、Vに比べると相対的に低い。金属は一般に沸点が高いほど蒸気圧は低く、Mo、Nb、Vの蒸気圧はFe、Ni、Crに比べて低いと言える。
【0025】
ステンレス鋼を窒化する場合、一般にはプラズマ窒化の手法が用いられる。ステンレス鋼表面には緻密な酸化層が存在し、この酸化層を除去しないと内部を窒化できないためである。プラズマ窒化は、主に表面酸化層を除去するスパッタクリーニング工程と、主に内部に窒素を侵入させる窒化工程とを含む。
【0026】
スパッタクリーニング工程では、通常、基材ステンレス鋼の表面をスパッタリングすることで酸化層を除去する。スパッタリングに使用するガスとして、例えば、アルゴンと水素の混合物を用いることができる。アルゴンは原子量が大きいためステンレス鋼表面の金属元素を叩き出す役割を、水素はその還元力により酸化層中の金属元素を還元する役割を果たす。スパッタクリーニング工程において、基材表面にMo、Nb、Vを付着又は濃化させたステンレス鋼に対してスパッタクリーニングを行うと、ステンレス鋼の主成分であるFe、Ni、Cr及び付着させたMo、Nb、Vは、アルゴン原子の衝突により叩き出される。叩き出された金属原子の一部は、ステンレス鋼の表面に再析出する。
【0027】
アルゴン原子1個の衝突で叩き出される金属原子の数は、「スパッタ率」と呼ばれる。スパッタ率は元素の種類やその結合の状態、スパッタの条件により異なるが、上記の金属元素であれば通常は0.5〜2.0程度で極端な差はない。一方、析出の割合については元素により違いがある。これは上記したように、ステンレス鋼表面で安定して存在できる臨界半径が元素ごとにより異なるからである。臨界半径は、蒸気圧が低いほど小さい。金属では高沸点の元素ほど一般に蒸気圧が低いことが知られており、このために臨界半径も小さい。高沸点元素、ここでは具体的にはMo、Nb、Vであるが、これらの元素は臨界半径に容易に達するのでステンレス鋼表面に再析出して残留し易く、Fe、Ni、Crの原子はいったん表面に付着しても臨界半径に達しにくいため再蒸発し易い。従って、スパッタクリーニング工程中、及びスパッタクリーニング工程後のステンレス鋼表面は、酸化層が除去された状態で、かつ、Mo、Nb、Vが濃化していると推測できる。
【0028】
スパッタクリーニング工程において、高沸点金属のクラスターが基材表面に安定して存在するようになれば、それ以外のFe、Ni、Cr等の元素もそのクラスター上に析出することが容易となる。ここで言うクラスターとは、臨界半径を超えて表面に安定している、数十原子程度、又はそれ以上の数の原子の集まりを指す。高沸点金属のクラスターが基材表面に安定して存在するようになれば、これらクラスターの上にFe、Ni、Crが次第に析出して成長し、さらに窒化工程においては析出と同時に粒自体の窒化も進行し、最終的に直径10〜200nmの粒状析出物へと発達する。もし、高沸点金属を基材表面に付着も濃化もさせない状態で、上記と同様にスパッタクリーニング工程と窒化工程で処理すると、スパッタクリーニング工程において高沸点金属のクラスターは実質的に生成しない。この場合に粒状析出物が生成するためには、Fe、Ni、Crのみで臨界半径に達する必要があるが、その形成頻度は上述したようにMo、Nb、Vが存在する場合に比べると低い。従って、最終的に粒状析出物の数も少なくなると解釈できる。このように、高沸点金属のクラスターが基材表面に安定して存在するようにした場合には、基材表面に析出する粒状析出物を効率良く得ることが可能となる。
【0029】
なお、粒状析出物はCrN、CrN等のクロム窒化物を主たる構成成分とすると述べたが、これらのクロムはステンレス鋼に由来するものである。成長核となるMo、Nb、Vを主成分とするクラスターが基材表面に存在しても、粒状析出物の原材料となるクロムが少ないと粒状析出物の数は最終的に多くならない。このため、基材として用いるステンレス鋼は、クロム含有量が高めのものが適している。このため、ステンレス鋼は、クロムを少なくとも22質量%以上、好ましくは25質量%以上含有しているものを用いることが好ましい。この例としては、例えば日本工業規格G4304、又はG4305に規定されるSUS310S材などを利用することができる。
【0030】
粒状析出物の量は、窒化層の表面を電子顕微鏡で観察して、円相当径40nm以上の粒状析出物が、面積比で表面の5%以上存在することが好ましい。円相当径はここでは、2次元平面上の閉図形に対しそれと同面積を有する円の直径として定義する。種々の検討の結果、接触抵抗の低減に特に効果を有する粒状析出物は円相当径が40nm以上のものとの知見を得た。これは、実際に燃料電池として組み上げた際に接触するガス拡散層の表面粗さと関係しているものと推測される。粒状析出物は、表面から観察した際に円相当径が小さい粒は三次元的な球体としても小さく、接触するガス拡散層との接触面積が小さくなるため、接触抵抗低減の効果が小さいと考えられる。そこで、円相当径40nmの粒子が燃料セパレータ表面で占める面積率について着目すると、この面積率が5%以上であると接触抵抗低減効果が大きくなることが考えられる。接触抵抗が低減するのは、粒状析出物が導電経路として働くためである。粒状析出物が表面で占める面積率は大きいほどよく、10%以上であることがより好ましい。なお、上限は特にないが、本発明の方法で得られる燃料電池セパレータにおいて、実際に観察される面積率は40%程度である。
【0031】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータでは、高価なMo、Nb、Vはステンレス鋼の全面を覆ったり厚く覆ったりするのではなく、窒化層表面に形成された粒状析出物を形成する際の成長核形成にのみ寄与すればよいので、使用量は微量で足りる。また、基材ステンレスは汎用のステンレス鋼でよく、クラッド材のような特殊材を使わなくてよい。このことから、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータでは、従来のようにステンレス鋼表面にMo、Nb又はVのクラッド層を設け、更にMo、Nb又はVのクラッド層を窒化して耐食性を確保する方法に比べて安価であり、従来法と比べてコスト的な優位性がある。
【0032】
上述したように、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法では、基材であるステンレス鋼の表面に高沸点金属を堆積させること、又は濃化させることが重要な点である。この場合、プラズマ窒化に用いる真空炉に、高沸点金属を基材の表面に堆積又は濃化させる機能も併せて持たせることもできる。このようにして、一つの真空炉内で、高沸点金属の堆積又は濃化と、プラズマ窒化を同時に行うようにすれば、全体の処理時間(サイクルタイム)を短くすることができ、かつ設備も小型に設計できて有利である。高沸点金属の堆積又は濃化の方法としてはスパッタリング法などを用いることができる。もちろん、単一の真空炉を用いる構成の装置によらずに、ステンレス鋼表面に高沸点金属を堆積又は濃化させ、これを別の真空炉に移して改めて窒化処理をする方法も本発明の範疇である。
【0033】
図2を参照して、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法について更に説明する。図2は、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法に用いるスパッタリング装置10の模式的側面図である。スパッタリング装置10は、ステンレス鋼表面に高沸点金属を堆積又は濃化させるために用いる。スパッタリング装置10は、中に被処理物(燃料電池セパレータ素材)12を収めた真空容器11を有する。さらに、真空容器11の側壁に接続されたスパッタリングターゲット13を有し、スパッタリングターゲット13にはスパッタリングターゲット13に電圧を供給する高周波電源14が接続されている。また、真空容器11の側壁には管を介して真空容器11内を真空排気する真空ポンプ15が接続されている。被処理物12は、試料台17の上に載置されており、試料台17と被処理物12との間は電気的に接続されている。試料台17は、真空容器11の外に設けた電源16と接続されている。電源16は、試料台17にバイアス電圧を加える。真空容器11の中にはヒータ18が設置されており、被処理物12を加熱する。さらに、真空容器11には真空計19が接続されている。さらに、真空容器11の側壁には、真空容器11内にガスを導入するガス導入管21が接続されている。高周波電源14、電源16、ヒータ18、真空計19及びガス導入管21は、制御盤20によって統合的に制御される。
【0034】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法は、(1)ステンレス鋼板のプレス成形と酸洗、(2)ステンレス鋼板表面への高沸点金属の堆積又は濃化と、それに先立つスパッタクリーニング、(3)窒化工程に先立つスパッタクリーニング工程、(4)窒化工程の4つの工程を含む。この4つの工程の順に行うのが一般的であるが、一部工程を入れ替えたり省略したりした変形も実施の態様によって可能である。この4つの工程のうち、(1)のプレス成形及び酸洗に関しては本発明固有の特殊な処理はなく、適宜の公知の方法を用いれば足りる。
【0035】
工程(2)では、ステンレス鋼板表面への高沸点金属の堆積又は濃化と、それに先立つスパッタクリーニングを行う。この高沸点金属の堆積又は濃化を行う際には、スパッタリング、イオン注入、化学気相堆積等を用いることができ、この中では、スパッタリングが簡便な方法である。スパッタリングは、用いる電源により直流式(DCスパッタリング)と高周波式(RFスパッタリング)等の種別があるが、ステンレス鋼表面に堆積又は濃化させるのは導電体としての金属であるため、DC及びRFのどちらの方式でも利用可能である。なお、高沸点金属を堆積又は濃化させた後で、ステンレス鋼の表面を再度スパッタクリーニングするため、高沸点金属堆積後の高沸点金属の結晶性や密着性は特に問わない。
【0036】
実際の処理においては真空容器11内をまず10−4Pa程度まで真空排気し、続いてガス導入管21を通じ、真空容器11内にアルゴンガスなどのスパッタリング用ガスを導入する。真空計19で真空度を監視しながら、ガスの供給量を調節し、真空容器11内を0.1〜10Pa程度の圧力に保つ。その上で、高周波電源14から真空容器11内に高周波電力を供給してプラズマ22を生起させ、スパッタリングターゲット13から原子(分子、クラスター)を飛び出させ、これを被処理物12の表面に堆積させる。当然ながらスパッタリングターゲット13は上記の高沸点金属で構成する。
【0037】
被処理物12の表面に堆積させる高沸点金属の量は、厚さで4nm以上、250nm以下とするとよい。厚さが4nmを下回ると粒状析出物を増やす効果が小さい。厚さが250nmを超えて厚く堆積させると、高沸点金属がステンレス鋼の表面全体を覆い、粒状析出物の主たる構成物質であるCrがステンレス鋼側から供給されなくなるため、粒状析出物は却って減る。また、厚く堆積させることは、同時に、プロセスの所要時間を長くし、かつ高沸点金属の使用量を増すため、コスト的不利も生じる。なお、高沸点金属をイオンビームで打ち込んで濃化層を形成する場合、単位面積当たりに供給される高沸点金属の量(原子数)は、上記の堆積時の厚さ(4nm以上250nm以下)と同等になるように設定すればよい。
【0038】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法、すなわち、ステンレス鋼表面に高沸点金属の堆積又は濃化を行ってから窒化する方法において、当該のステンレス鋼としてMo、Nb、Vのいずれをも含まないステンレス鋼を用いることが好ましい。これは、技術的要請というよりコスト的要請に基づくものである。前述のように、粒状析出物の生成促進に寄与するのは主に表面近傍の高沸点金属であり、ステンレス鋼の合金成分として内部にまで高沸点金属を配置することはコスト的な不利を招く。基材ステンレス鋼の高沸点金属含有量について特段の上限は設けられないが、ステンレス鋼を作る際、溶解時に原材料として高沸点金属を特に加えなければコスト的に有利である。その場合、通常、得られるステンレス鋼中の高沸点金属成分はXPSの検出限界以下にとどまる。XPSの検出限界は対象元素や試料の表面状態にもよるが通常は0.1〜0.2原子%程度である。そこで、ここではXPSで分析して、高沸点金属元素(Mo、V及びNb)のいずれも0.2原子%以下(検出限界以下の場合を含む)であるステンレス鋼を「高沸点金属元素(Mo、V及びNb)を実質的に含まないステンレス鋼(材料)」と定義する。本発明の実施の形態においては、このような高沸点金属元素を実質的に含まないステンレス鋼を基材として用いることが好ましい。高沸点金属元素の含有量を0.2原子%以下とすることは前述のようにコスト的要請による部分が大きいので、仮に高沸点金属元素の含有量が0.2原子%を超えたとしても本発明の効果が即損なわれるわけではない。しかし、仮に何らかの事情でMo、V及びNbのいずれかの元素を基材ステンレス鋼に0.2原子%含有させるにしても、その量はなるべく少なく留めることが好ましい。
【0039】
被処理物12の表面への高沸点金属の堆積又は濃化が完了したステンレス鋼(燃料電池セパレータ素材)に対して、次に(3)のスパッタクリーニングと(4)の窒化処理を行う。スパッタクリーニング及び窒化処理を行う窒化装置の例を図3に示す。図3に示す窒化装置30は、真空容器31と、被処理物41を加熱するためのヒータ32と、真空容器31内を排気するための真空ポンプ33と、真空ポンプ33と真空容器31とを接続する排気管34をと有する。さらに、被処理物41に電圧を加える電源35と、被処理物41を載せる試料台36を有し、電源35と試料台36とは電気的に接続されており、もちろん、被処理物41が試料台36とは電気的に接続されている。また、試料台36に加える電源35により、被処理物41に対して1〜1000μ秒程度の周期で電圧をパルス的に加えることができる。その他、窒化装置30は、真空計37、導入ガスの流量を調節する流量調節計38a〜38c、ガス導入管39a〜39cを有する。これらの要素は、制御盤40によって統合的に制御される。
【0040】
窒化を行う際には、被処理物41を試料台36に載せ、真空容器31内部を真空に排気した後、ガス導入管39a〜39cからガスを供給する。供給するガスの組成は流量調節計38a〜38cで調節される。スパッタクリーニング工程では水素を、窒化工程では窒素をそれぞれ主成分として供給する。次に、真空容器31内に所望の組成の混合ガスを導入した後、100Pa〜2000Paの真空度で、被処理物41を陰極、真空容器31の炉壁を陽極として電圧を印加する。この際に被処理物41上にグロー放電が発生し、炉内のガスが励起されてプラズマ42が生じる。このガスプラズマは炉壁と被処理物41との間の電界により加速されて被処理物41表面に到達する。これにより、被処理物41表面の酸化物除去や窒化などのプロセスが進行する。
【0041】
このように、被処理物であるステンレス鋼表面の酸化層をいったん除去してからMo、Nb、Vを付着又は濃化させた場合においても、これらの高沸点金属層を酸素が拡散し、ステンレス鋼の表面に酸化層が形成されている可能性があるので、スパッタクリーニング工程を省略することは好ましくない。酸化層ごと表面をスパッタリングしたとしても、上述したように、Mo、Nb、Vは表面に残り易いので、スパッタクリーニング工程終了後はMo、Nb、Vが濃化した状態に至る。
【0042】
スパッタクリーニング工程の後、窒化工程に移る。窒化工程もスパッタクリーニング工程と同様に、グロー放電により表面の処理を行う。スパッタクリーニング工程と窒化工程では、窒化炉である真空容器31内に導入するガスの組成、炉内圧力、被処理物温度、印加電圧などの設定が異なる。この違いにより、スパッタリング工程では主に表面の酸化膜の除去プロセスが、窒化工程では表面からの窒素の侵入プロセスが進行する。
【0043】
このように、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法によれば、貴金属やクラッド層で表面を覆うことなく、代わりにステンレス鋼を直接窒化することで耐食性を確保した燃料電池セパレータが得られる。これにより、一般的なステンレス鋼をそのまま使うことができ、また、高価なMo、Nb及びVを多量に添加することなく性能の良いセパレータが得られることから、基材コストを大幅に低減でき、簡便な操作により低コストの燃料電池用セパレータ製造することが可能となる。また、セパレータの成形工程において表面の貴金属層やクラッド層に割れが生じる懸念もない。さらに本発明に関る燃料電池セパレータでは、接触抵抗を低減するため表面に導電経路となる粒状析出物を設けている。特に、多数の粒状析出物が生成する構成としているから、接触抵抗を効率よく低減することができる。
【0044】
本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータを適用した燃料電池スタックは、発電性能に優れる。また、この燃料電池スタックを自動車等の車両に搭載することにより、燃料電池車両の燃費向上を図ることができる。また、燃料電池車両だけではなく、電気エネルギーが要求される航空機その他の機関や静置型燃料電池に適用することも可能である。
【実施例】
【0045】
次に、実施例1〜実施例9及び比較例1〜比較例3について説明する。各実施例は、本発明に係る燃料電池セパレータの有効性を調べたもので、原材料に対して異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0046】
<試料の調製>
各実施例及び比較例では、日本工業規格G4305に規定されるステンレス鋼SUS310Sの真空焼鈍材薄板(厚さ0.1mm)を、10cm角に切り出して、図1に示す燃料電池セパレータ形状にプレス成形した。ガス流路の断面は波型である。波型の山−谷の1周期の長さは約4mm、谷から山までの高さは約1.5mmである。プレス後、酸洗処理を行った。続いて、この成形された燃料電池セパレータ素材の表面に高沸点金属を付着させる処理を行った。高沸点金属をRFスパッタリング法によって燃料電池セパレータ素材の片面に堆積させた。高沸点金属を堆積するに先立っては、燃料電池セパレータ素材の表面をアルゴンと水素の混合ガスでスパッタクリーニングした。これはステンレス鋼表面に存在する酸化層を除去するための処理である。ただし、後の窒化の際に、堆積させた高沸点金属層をもう一度スパッタクリーニングで掘り返して攪拌するので、この段階での酸化層除去はそれほど厳密でなくてよい。スパッタリングにより表面に高沸点金属を堆積した後、スパッタクリーニング工程とそれに引き続いて窒化工程とを施した。
【0047】
各工程の詳細は前述の通りである。
【0048】
<スパッタクリーニング>
スパッタクリーニング時の処理条件は以下の通りとした。
【0049】
処理時間 30分
バイアス電圧 700V
バイアス電圧印加パターン
オン時間100μ秒 オフ時間500μ秒(パルス状供給)
ガス組成 水素:窒素:アルゴン=40:2:1
ヒータ温度 350℃
内圧 1.0hPa
<窒化工程>
窒化工程の処理条件は以下の通りとした。
【0050】
処理時間 60分
バイアス電圧 520V
バイアス電圧印加パターン
オン時間80μ秒 オフ時間400μ秒(パルス状供給)
ガス組成 水素:窒素:アルゴン=7:3:0
ヒータ温度 350℃
内圧 2.0hPa
窒化工程まで終了した素材は、炉内で徐冷した後に取り出した。上記の一連の工程を経て得られたセパレータに対し、(1)電子顕微鏡観察と粒状析出物の定量、(2)X線光電子分光による元素の深さプロファイル、(3)接触抵抗測定、を行った。
【0051】
<電子顕微鏡観察と粒状析出物の定量>
窒化により得られたセパレータの表面を電子顕微鏡で観察した。この観察には電界放射型走査電子顕微鏡(株式会社日立製作所製 S−4000型)を用いた。セパレータの中央近傍から5mm角程度の大きさの試料を切り出し、表面をエタノールで洗滌してから観察した。観察倍率は1万倍とした。電子顕微鏡像は2080画素×1650画素のディジタルデータとして得た。この視野は実際の寸法で12μm×7.5μmの範囲に相当する。
【0052】
この電子顕微鏡像に対して画像分析の手法により、粒状析出物の大きさの分布の定量を試みた。解析には画像解析ソフトウェア「A像くん」(旭化成エンジニアリング株式会社)を用いた。
【0053】
まず、画像のサイズをいったん半分の1040画素×825画素に縮小した。さらにこの縮小した画像から1040画素×764画素の範囲を切り取った。これは元の電子顕微鏡像に含まれるスケールや注記などの文字を定量範囲から外すための操作である。
【0054】
1040画素×764画素の画像に対して「A像くん」の「粒子解析」の操作により、抽出される領域の「円相当径」と「面積」を出力した。粒状析出物は表面から突出していることから、電子顕微鏡写真ではいわゆるエッジ効果により背景に比べて明るく映る。よって画像処理の際には明度の違いにより粒状析出物部分を抽出することができる。解析におけるパラメータ設定は以下の通りである。円相当径とは名前の通りであるが、ある面積を有する図形に対し定義される量で、同じ面積を有する円の直径を意味する。
【0055】
<解析におけるパラメータ>
粒子の明度 明
2値化の方法 自動
範囲指定 なし
外縁補正 なし
穴埋め なし
小図形除去 500 nm(これ以下の面積の粒子はカウントしない)
補正方法 収縮
収縮分離 回数100 小図形10 接触度1000
雑音除去フィルタ あり
シェーディング あり
シェーディングサイズ 20
結果表示 nm
得られたデータは表計算ソフトウェアにより統計処理した。各抽出領域(粒状析出物に相当)の面積×円相当径を求め、全抽出領域に対して面積×円相当径の総和をとり、これを抽出領域の個数で除して「平均径」とした。つまり、面積で重み付けして平均した直径ということである。またこれとは別に、円相当径が40nm以上であった各領域について面積の総和をとり、解析した全視野の面積との比(面積率)を求めた。
【0056】
<X線光電子分光による元素の深さプロファイル>
セパレータの表面およびその直下における高沸点金属を定量するため、X線光電子分光(XPS)による分析を行った。試料はセパレータの中央近傍から5mm角程度の大きさに切り出したものを供した。分析に用いた装置はPHI社製 Quantum2000で、X線源にはAl−Kα線を用いた。光電子の取り出し角度は45°とした。また深さプロファイルを調べるためArガスでのスパッタリングを行った。スパッタリングレートは12nm/min(SiO換算値)とした。測定領域の直径は約200μmである。
【0057】
XPSによる検出限界は対象元素にもよるが0.1原子%ほどである。これを踏まえて、高沸点元素が0.5原子%以上検出された測定点を「高沸点金属あり」と見なし、高沸点金属ありの測定点のうち表面から最も浅い点、最も深い点のそれぞれ深さを記録した。この2つの測定点の間を、ここでは高沸点金属が存在する層と考える。測定深さは表面から2.5nm、5nm、10nm、15nm、20nmとし、それ以降は20nm刻みで300nmまで測定を行った。なお、XPSの深さ方向の分解能は2〜3nmであり、またX線照射領域は直径200μm程度と広い。このため、XPSの結果から高沸点金属の存在形態を直接突き止めることは難しい。そこで、透過型電子顕微鏡(TEM)観察を併せて行った。また、高沸点金属の深さプロファイルのほか、窒素の深さプロファイルも同時にXPSで測定した。ここでは、窒素濃度が20原子%以上の部分を「窒化層」と定義する。
【0058】
<接触抵抗値の測定>
一連の工程により得られたセパレータについて、その中央近傍から30mm×30mmの大きさに試料を切り出し、この試料の接触抵抗を測定した。測定装置にはアルバック理工株式会社製 圧力負荷接触電気抵抗測定装置TRS−2000SS型を用いた。図4(a)に示すように、電極51とサンプル52との間にカーボンペーパ53を介在させて、図4(b)に示すように、電極51a/カーボンペーパ53a/サンプル52/カーボンペーパ53b/電極51bの構成とした。この組み立て品一式に電流計、電圧計及び直流電源を接続した。測定面圧0.8MPaにて1A/cmの電流を流した際の電気抵抗を2回測定し、各電気抵抗の平均値を求めて接触抵抗値とした。なお、接触抵抗値は、後述する耐食試験の前後で2回測定を行い、耐食試験後の接触抵抗値は、燃料電池スタック内で燃料電池用セパレータが曝される環境を模擬して、酸化環境下での耐食性を評価したものである。カーボンペーパは、カーボンブラックで担持した白金触媒を塗布したカーボンペーパ(東レ株式会社製カーボンペーパTGP−H−090 厚さ0.26mm、かさ密度0.49g/cm、厚さ方向体積抵抗率0.07Ω・cm)を用いた。電極は、直径φ20のCu製電極を用いた。
【0059】
<結果>
実施例1〜実施例9及び比較例1〜比較例3で得られた結果について説明する。
【0060】
実施例1
実施例1では、モリブデンをRFスパッタリング法によって燃料電池セパレータ素材の片面に堆積させた。スパッタリングのターゲットには、金属モリブデンを用いた。高沸点金属を堆積するに先立っては、燃料電池セパレータ素材の表面をアルゴンと水素の混合ガスでスパッタクリーニングした。予備実験から成膜レートを毎分6nmと見積もり、これに従って15分間のスパッタリングを行ってステンレス鋼表面にMoを堆積させた。換言すれば、膜厚狙い値は90nmである。Mo層は、燃料電池セパレータ素材の表面全体を覆ってもよいが、一部に穴があったり、あるいはMoが斑状に分布したりしていてもよい。上述のように窒化工程に先立つスパッタクリーニング工程で攪拌されて均されるためである。スパッタリングにより表面にMoを堆積した後、スパッタクリーニング工程とそれに引き続いて窒化工程とを施した。
【0061】
高沸点金属種 モリブデン
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 22%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜220nm
高沸点金属の最高濃度 3.4原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 7.1mΩ・cm
XPSの深さ方向の分解能は2〜3nmであり、X線照射領域は直径200μm程度と広い。このためXPSの結果から高沸点金属の存在形態を直接突き止めることは難しい。実施例1では透過型電子顕微鏡(TEM)観察を併せて行い、高沸点金属(実施例1ではモリブデン)の層や粒は特段見られなかったので、高沸点金属はステンレスの窒化材中に分散して存在しているものと推定された。このTEM観察により、表面の粒状析出物の主成分はCrNおよびCrNであることも確認された。
【0062】
また、高沸点金属の深さプロファイルのほか、窒素の深さプロファイルも同時にXPSで測定した。窒素濃度が20原子%以上の部分をここでは「窒化層」と定義することとする。高沸点金属が存在する位置は、粒状析出物の発生および成長に寄与する機構から考えて表面に近いほどよい。少なくとも窒化層内中になくてはならない。ただし実際問題として、表面に高沸点金属を堆積させたステンレス材を表面から窒化処理した場合、処理後のセパレータでその高沸点金属が窒化層よりさらに内部側(未窒化部分)に移動していることは、現実的な可能性としては低い。
【0063】
図5に、実施例1における窒素及びモリブデンの深さプロファイルを示す。5Aは窒素の、5Bはモリブデンの量を示している。図5より、窒素は窒化層表面に多く存在しており、モリブデンは5Cで示す深さ220nmまでは存在するものの、それ以下ではほとんど存在していないことがわかる。なお、検出限界以下であった場合には、便宜的に「0原子%」としてプロットしている。また、原料ステンレス鋼(SUS310S)についても高沸点金属(Mo、V、Nb)の定量を行った。その結果、いずれも含有量も0.2原子%以下であった。
【0064】
実施例2
実施例2では、バナジウム(V)を堆積させた。予備実験から成膜レートを毎分5nmと見積もり、これに従って15分間のスパッタリングを行った。それ以外のスパッタリング、スパッタクリーニング、窒化及び得られたセパレータの評価は実施例1と同様に行った。原料ステンレス鋼は実施例1と同じSUS310Sなので高沸点金属の含有量は実質同等、すなわち含有しないものと判断し、XPSで改めて定量することは行っていない。これは実施例3以下についても同じである。
【0065】
高沸点金属種 バナジウム
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 16%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜160nm
高沸点金属の最高濃度 2.9原子%(深さ15nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 8.1mΩ・cm
【0066】
実施例3
実施例3では、ニオブ(Nb)を堆積させた。予備実験から成膜レートを毎分6nmと見積もり、これに従って15分間のスパッタリングを行った。それ以外のスパッタリング、スパッタクリーニング、窒化および得られたセパレータの評価は実施例1と同様に行った。
【0067】
高沸点金属種 ニオブ
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 19%
高沸点金属濃化層 深さ10nm〜200nm
高沸点金属の最高濃度 3.1原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 9.0mΩ・cm
【0068】
実施例4
実施例4では、実施例1の条件を基本に、Moを堆積させる際のスパッタリング時間を1分とし、セパレータ素材表面にMoを薄くつけた。Mo膜厚の狙い値は6nmである。それ以外の条件は実施例1と同様に処理した。
【0069】
高沸点金属種 モリブデン
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 7%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜60nm
高沸点金属の最高濃度 1.4原子%(深さ10nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 11.4mΩ・cm
【0070】
実施例5
実施例5では、実施例4とは反対に、Moを堆積させる際のスパッタリング時間を40分とし、セパレータ素材表面にMoを厚くつけた。Mo膜厚の狙い値は240nmである。それ以外の条件は実施例1と同様に処理した。
【0071】
高沸点金属種 モリブデン
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 11%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜260nm
高沸点金属の最高濃度 5.5原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 9.3mΩ・cm
【0072】
実施例6
実施例6では、実施例5から、Moを堆積させる際のスパッタリング時間を60分とし、さらにMoを厚く堆積させた。Mo膜厚の狙い値は360nmである。それ以外の条件は実施例1と同様に処理した。
【0073】
高沸点金属種 モリブデン
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 6%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜280nm
高沸点金属の最高濃度 6.1原子%(深さ40nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 12.3mΩ・cm
実施例5と比べると、スパッタリング時間は長くなる一方で接触抵抗値は高くなっている。燃料電池セパレータ素材にMoをあまり厚くつけることは得策でないことが示唆される。
【0074】
実施例7
実施例7はVを厚くつけた例である。ステンレス鋼製のセパレータ素材にVを堆積させる際、スパッタリング時間を30分とした。V膜厚の狙い値は150nmである。それ以外の条件は実施例1と同様に処理した。
【0075】
高沸点金属種 バナジウム
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 21%
高沸点金属濃化層 深さ5nm〜200nm
高沸点金属の最高濃度 2.8原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 7.9mΩ・cm
【0076】
実施例8
実施例8は、実施例3よりもNbを薄くつけた例である。ステンレス鋼製のセパレータ素材にVを堆積させる際、スパッタリング時間を5分とした。Nb膜厚の狙い値は30nmである。それ以外のスパッタリング、スパッタクリーニング、窒化及び得られたセパレータの評価は実施例3と同様に行った。
【0077】
高沸点金属種 ニオブ
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 19%
高沸点金属濃化層 深さ10nm〜200nm
高沸点金属の最高濃度 3.1原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 8.5mΩ・cm
【0078】
実施例9
実施例9は、実施例1を基本に、MoとNbの双方を堆積させた例である。ステンレス鋼製のセパレータ素材に高沸点金属を堆積させる際、ターゲットの半分をMoに、残り半分をNbとした。スパッタリング時間は15分とした。高沸点金属(Mo+Nb)の膜厚の狙い値は90nmである。それ以外のスパッタリング、スパッタクリーニング、窒化及び得られたセパレータの評価は実施例1と同様に行った。ここで、「高沸点金属濃化層」とは、モリブデンとニオブの合計量が0.5原子%以上の部分を指す。同様に「高沸点金属の最高濃度」も、モリブデンとニオブの合計量を指す。
【0079】
高沸点金属種 モリブデン+ニオブ
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 15%
高沸点金属濃化層 深さ10nm〜220nm
高沸点金属の最高濃度 2.4原子%(深さ20nmにて)
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 9.5mΩ・cm
【0080】
比較例1
比較例1では、ステンレス鋼製のセパレータ素材に高沸点金属を一切つけず、すなわちスパッタリング処理を行わずに、そのままスパッタクリーニング工程と窒化工程により処理した。当然ながら高沸点金属層や高沸点金属濃化層は窒化層中に検出されなかった。また高沸点金属による粒状析出物増加効果が望めず、粒状析出物の面積率も4%と低く留まった。これにより接触抵抗値は高い値を示した。
【0081】
高沸点金属種 なし
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 1%
高沸点金属濃化層 検出されず
高沸点金属の最高濃度 検出限界以下
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 37.7mΩ・cm
【0082】
比較例2
比較例2ではステンレス鋼製のセパレータ素材に、モリブデン/バナジウム/ニオブ以外の金属を堆積させてから窒化処理した例である。ここではステンレス鋼製のセパレータ素材表面にスズ(Sn)を堆積させた。スパッタリングターゲットには金属スズを用いた。予備実験で求められたスパッタリングレートは9nm/minであったので、10分間のスパッタリングを行ってセパレータ素材表面にスズを付着させた。それ以降のスパッタクリーニング工程および窒化工程は実施例1に準じて行った。
【0083】
高沸点金属種 なし
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 2%
高沸点金属濃化層 検出されず
スズ濃化層 深さ10nm〜60nm(濃度0.5原子%以上の部分)
高沸点金属の最高濃度 検出限界以下
スズの最高濃度 1.3原子%
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 48.4mΩ・cm
【0084】
比較例3
比較例3では、ステンレス鋼製のセパレータ素材に、モリブデン/バナジウム/ニオブ以外の金属を堆積させてから窒化処理した。ここではコバルト(Co)を堆積させた。スパッタリングターゲットには金属コバルトを用いた。予備実験で求められたスパッタリングレートは4nm/minであったので、20分間のスパッタリングを行ってセパレータ素材表面にコバルトを付着させた。それ以降のスパッタクリーニング工程および窒化工程は実施例1に準じて行った。
【0085】
高沸点金属種 なし
円相当径40nm以上の粒状析出物の面積率 4%
高沸点金属濃化層 検出されず
コバルト濃化層 深さ10nm〜140nm(濃度0.5原子%以上の部分)
高沸点金属の最高濃度 検出限界以下
コバルトの最高濃度 3.3原子%
窒化層深さ 300nm以上
接触抵抗値 32.2mΩ・cm
【0086】
自動車のような移動体用途では、単位体積・重量当りの出力密度を大きくしたいことから、定置用より高電流密度側の条件で用いられることが多い。その点において、実施例で得られた試料を用いた燃料電池では、表面の接触抵抗に起因する電圧降下が抑えられ、自動車のような移動体用途にはより好適である。
【0087】
以上述べたように、本発明の実施の形態に係るセパレータの製造方法、すなわちステンレス鋼製のセパレータ素材表面に高沸点金属を堆積させてから窒化処理を行うと、表面にクロム窒化物を主体とする粒状析出物が多数生成し、これら粒状析出物が導電経路として働くために接触抵抗が低いセパレータが得られる。また、例えば特開2008−103136号公報に開示されているように、これまでの知見により、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータのように、ステンレス鋼からなる基材の表面を窒化処理することにより得られ、基材の表面から深さ方向に連続して存在する窒化層を備え、窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状の析出物を有する燃料電池セパレータは耐食性を有することから、本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータも耐食性を有するものと考えられる。これらのことから、実施例1〜実施例9で得られたセパレータは、低接触抵抗を示し、また、耐食性に優れると考えられることから、低接触抵抗と耐食性の両方を同時に兼ね備えることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータを示す平面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法に用いるスパッタリング装置の模式的側面図である。
【図3】本発明の他の実施の形態に係る燃料電池セパレータの製造方法に用いる窒化装置の模式的側面図である。
【図4】(a)各実施例で得られた試料の接触抵抗の測定方法を説明する模式図である。(b)接触抵抗の測定に使用する装置を説明する模式図である。
【図5】実施例1のXPSによる分析結果を示す図である。
【図6】燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0089】
1…燃料電池セパレータ
2…流路
10…スパッタリング装置
11…真空容器
12…被処理物
13…スパッタリングターゲット
14…高周波電源
15…真空ポンプ
16…電源
17…試料台
18…ヒータ
19…真空計
20…制御盤
21…ガス導入管
22…プラズマ
30…窒化装置
31…真空容器
32…ヒータ
33…真空ポンプ
34…排気管
35…電源
36…試料台
37…真空計
38a〜38c…流量調節計
39a〜39c…ガス導入管
40…制御盤
41…被処理物
42…プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる基材の表面を窒化処理することにより得られる燃料電池セパレータであって、
前記燃料電池用セパレータは前記基材の表面から深さ方向に連続して存在する窒化層を備え、前記窒化層は、最表面に外部方向に突出する粒状析出物と、前記窒化層内に高沸点金属部を有することを特徴とする燃料電池セパレータ。
【請求項2】
前記高沸点金属部は、Mo、Nb及びVより選ばれる元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池セパレータ。
【請求項3】
前記粒状析出物は、Cr窒化物を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の燃料電池セパレータ。
【請求項4】
前記ステンレス鋼からなる基材は、Mo、Nb及びVの含有量がそれぞれ0.2原子%以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータ。
【請求項5】
前記粒状析出物の量は、等価円直径で40nm以上の大きさの粒状析出物が面積率で5%以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータ。
【請求項6】
ステンレス鋼を含む基材の表面に高沸点金属を堆積又は濃化し、
その後に前記基材を窒化することを特徴とする燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項7】
前記高沸点金属は、Mo、Nb及びVより選ばれる元素であることを特徴とする請求項6に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項8】
前記ステンレス鋼からなる基材は、Mo、Nb及びVの含有量がそれぞれ0.2原子%以下であることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項9】
前記堆積又は前記濃化をスパッタリング法により行うことを特徴とする請求項6乃至請求項8のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項10】
前記窒化はプラズマ窒化であることを特徴とする請求項6乃至請求項9のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータの製造方法。
【請求項11】
前記堆積又は前記濃化と、前記窒化を同一炉内で連続して行うことを特徴とする請求項6乃至請求項10のいずれか一項に記載の燃料電池セパレータの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−49980(P2010−49980A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−214170(P2008−214170)
【出願日】平成20年8月22日(2008.8.22)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】