説明

眼内観察用レンズ及びその製造方法

【課題】反射率を低減するのみならず、優れた防曇性が付与された眼内観察用レンズ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ上面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観察用レンズにおいて、前記眼内観察用レンズが疎水性ポリマーを含む高分子物質からなり、前記レンズ上面は疎水性を有し、かつ180nm以下のピッチの微細突起を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、角膜上に保持しつつ眼内を観察するための眼内観察用レンズ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
失明原因の上位に挙げられる糖尿病網膜症や黄斑色素変性症、あるいは硝子体出血を起こした患者の眼に対して行われる硝子体手術は、手術用顕微鏡下で眼内をクリアに観察するために、眼科用粘弾性物質を介して角膜上に硝子体手術用コンタクトレンズまたは眼内観察用レンズ(以降、両者をまとめて眼内観察用レンズともいう)を載置する。そして、術者が利き手に硝子体カッターあるいは垂直剪刀等の眼内処置用器具を持ち、利き手と反対の手には、光源装置に光ファイバーにより接続された眼内照明ガイドを持って行われる。このように、通常、眼内処置には片手しか使えない(以下、一手法と記す)ため、熟練が必要であると共に、処置に長時間を要する。
【0003】
例えば、網膜剥離の要因の一つである増殖膜を網膜から剥離する処置や、網膜最表層の内境界膜剥離処置においては、術者は長時間に渡り、極めて高い集中力を持続する必要がある。また、眼内の周辺部眼底から最周辺部眼底の処置を行う場合、虹彩が邪魔になって瞳孔から処置部を見通すことができない。そのため、圧迫子を使って眼球の外側から眼球内に向かって、手術助手が処置部を押すことが必要であり、術者の望むように圧迫できない場合には、術者及び助手双方にとってストレスとなってしまう。
【0004】
術者が両手で眼内の処置を行えるようにするために(以下、二手法と記す)、眼内挿入するファイバー照明に替えて、手術用顕微鏡に取り付けられた照明装置(眼外照明)により眼の外から、眼内観察用レンズ及び角膜を通して眼内を照らす方法が検討されているが、照明光の一部がレンズ表面で反射して術者が眩しさを感じると共に、反射光によって眼底像のクオリティーが低下するという問題が発生した。
【0005】
上述の眼外照明によって眼内を照らす光量は、眼内照明のそれと比較して小さいため、レンズ表面の反射損失を少なくして、眼内観察用レンズの光線透過率を少しでも高めることにより、より明瞭な眼底像を得ることが必要である。
【0006】
そのため、従来の観察用レンズにおいては、その表面に反射防止膜などの多層膜を設けたものが使用されてきた(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
その一方で、眼内の術位に対して接触し悪影響を及ぼすおそれがある物質の種類を減らすのが好ましいという観点から、反射防止層などの多層膜を設けなくとも済むような観察用レンズについて要請されるようになった。
【0008】
関連技術ではあるが、反射防止という目的のために、多層膜ではなくサブ波長構造を対象表面に施すことにより、屈折率の変化を連続的に緩やかなものにして、対象表面を低反射にするという技術が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
また、患者の眼内に埋め込まれる眼内レンズにおいては、モスアイと呼ばれる構造を眼内レンズに施すことにより、反射率を低減するという技術が知られている(例えば、特許文献2および3参照)。
【0010】
さらに関連技術として、車のフロントガラスに対してこのフロントガラスとは異なる物
質により親水処理を施した後、低反射機能および防曇性を発揮するために微細突起を形成するという技術が知られている(例えば、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開2006/038501号公報
【特許文献2】特開2003−275230号公報
【特許文献3】特開2005−173457号公報
【特許文献4】特開2008−158293号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】OPTICS LETTERS Vol.24,No.20 October 15,1999
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
実際には、上述のような従来の眼内観察用レンズは何度も繰り返し使用されており、使用の度に洗浄・滅菌を行っていた。そのため、滅菌の面倒を無くすという観点から、使い捨てを可能とした眼内観察用レンズが要請されるようになった。
【0014】
上述のような使い捨て眼内観察用レンズの材料としては透明樹脂が挙げられる。その透明樹脂の中には親水性または疎水性ポリマーが存在するが、外科用手術レンズとしては疎水性のものが好ましい。なぜなら、外科用手術レンズを用いて行われる硝子体手術においては、生食水を術位にかけながら手術を行うのが通常であり、眼内観察用レンズから水を早急にレンズ表面から除外したいためである。しかしながら、仮に、疎水性の眼内観察用レンズに水が付着すると、レンズ上面に細かな水滴が付着することにより、レンズ上面に曇りを与えてしまう。疎水性の眼内観察用レンズ表面と空気との間の屈折率の差がただでさえ生じている上に、さらに細かな水滴が介在することによりその差が大きくなってしまうことになる。その結果、術者が観察用レンズを介して術位を観察する際、この屈折率の差異により不必要な光散乱が生じてしまい、手術に支障をきたすおそれがある。
【0015】
本発明の目的は、上述の事情を考慮してなされたものであり、反射率を低減するのみならず、優れた防曇性が付与された眼内観察用レンズ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第一の態様は、レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ下面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観察用レンズにおいて、前記眼内観察用レンズが疎水性ポリマーを含む高分子物質からなり、前記レンズ上面は疎水性を有し、かつ180nm以下のピッチの微細突起を有することを特徴とする。
本発明の第二の態様は、第一の態様に記載の発明において、前記疎水性ポリマーはPMMAであり、前記眼内観察用レンズはPMMAのみからなることを特徴とする。
本発明の第三の態様は、第一または第二の態様に記載の発明において、前記レンズ上面は180nm以下のピッチの微細突起を有することを特徴とする。
本発明の第四の態様は、第一ないし第三のいずれかの態様に記載の発明において、前記微細突起の最大外径が100nm以上130nm未満であり、前記微細突起の高さが50nm以上であり、アスペクト比が0.3以上20以下であることを特徴とする。
本発明の第五の態様は、レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ下面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観
察用レンズの製造方法において、基板に180nm以下のピッチの微細突起用パターンを形成してマスターモールドを作製する工程と、熱インプリントまたは光インプリントにより前記マスターモールドから樹脂モールドを作製する工程と、前記樹脂モールドに金属めっきを施すことにより金属モールドを作製する工程と、射出成型用金型に前記金属モールドを貼り付ける工程と、前記射出成型用金型に貼り付けられた前記金属モールドが眼内観察用レンズ上面に対応するように射出成型用金型を配置することにより、疎水性ポリマーを含む高分子物質からなる眼内観察用レンズの射出成型を行う工程と、を有する眼内観察用レンズの製造方法である。
本発明の第六の態様は、レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ下面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観察用レンズの製造方法において、基板に180nm以下のピッチの微細突起用パターンを形成してマスターモールドを作製する工程と、熱インプリントまたは光インプリントにより前記マスターモールドから樹脂モールドを作製する工程と、射出成型用金型にアモルファスカーボン層を設け、前記樹脂モールドにより微細突起用パターンを前記アモルファスカーボン層に施す工程と、前記アモルファスカーボン層が眼内観察用レンズ上面に対応するように射出成型用金型を配置することにより、疎水性ポリマーを含む樹脂からなる眼内観察用レンズの射出成型を行う工程と、を有する眼内観察用レンズの製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、反射率を低減するのみならず、優れた防曇性が付与された眼内観察用レンズ及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係る眼内観察用レンズを示す概略斜視図である。
【図2】本実施形態に係る石英マスターモールドの表面反射率に関する説明図であり、(a)は、各パターンサイズの微細突起を有するマスターモールドの表面の様子を表した写真であり、(b)は、各パターンサイズの微細突起を有するマスターモールドの波長と表面反射率との関係を示したグラフである。
【図3】本実施形態に係る眼内観察用レンズの製造方法を示す概略図である。
【図4】別の一実施形態に係る、アモルファスカーボンを用いた眼内観察用レンズの製造方法を示す概略図である。
【図5】本実施例に係るマスターモールドにおける、微細突起のピッチおよび深さと、入射光の波長と、表面反射率との関係を示したグラフである。
【図6】本実施例に係るマスターモールドにおける、微細突起のピッチと表面反射との関係を示した写真である。
【図7】本実施例に係るマスターモールドにおける、微細突起のピッチと、入射光の波長と、表面反射率との関係を示したグラフである。
【図8】本実施例および比較例に係る眼内観察用レンズにおける、液滴滴下後の様子を示す図であり、(a)は実施例(微細突起あり)、(b)は比較例(微細突起なし)を示す。
【図9】本実施例における防曇性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
反射防止膜などの多層膜を設けず、使い捨てを可能とする眼内観察用レンズについての要請がある。その一方で、水滴の付着そのものを防止し、不要な光散乱を防止するという観点からも、眼内観察用レンズは疎水性物質からなることが好ましい。ただ、その眼内観察用レンズにおいては、疎水性物質にて通常発生する曇りを防止する必要がある。
【0020】
このような条件下において本発明者は、以下のことを見出した。
眼内観察用レンズに疎水性ポリマーを用いた場合、眼内観察用レンズの観察面(以降、
レンズ上面ともいう)にナノオーダーの微細突起を設けることによって水滴が観察面に接触する面積が増大する。そのため、水滴表面に対する疎水性が更に向上してしまうことが考えられる。これにより径がより細かくなった無数の水滴がレンズ上面に形成されることになる。故に、微細突起による反射防止というメリットを超えるくらい、レンズ上面に曇りが生じるというデメリットが生じてしまうと通常では考えられていた。
しかしながら本発明者は、通常の考えとは逆に、あえて眼内観察用レンズの観察面に疎水性ポリマーを用い、その上に微細突起を設けることにより、眼内観察用レンズの防曇性を劇的に向上させることができることを見出した。
【0021】
(実施の形態1)
以下、本発明を実施するための形態を、図1に基づき説明する。
眼球における硝子体手術は、硝子体または眼底を観察しながら施術されるため、本実施形態に係る眼内観察用レンズ1は角膜20上に保持されて、この眼内観察用レンズ1及び手術用顕微鏡を通して前記硝子体または眼底が観察される。この眼内観察用レンズ1のレンズ本体部10は、角膜20の曲率に合わせた凹曲面を備える保護面(以降、レンズ下面12ともいう)と、プリズムレンズを形成するレンズ上面11と、円柱形であるレンズ本体部10を有して構成される。このレンズ本体部10における上面全体にナノオーダーの微細突起が形成されるのが好ましい。ただし、眼内観察において用いられる領域にのみ微細突起が形成されていても良い。なお、レンズ本体部10は円柱形である場合を述べたが、眼内観察用レンズ1の機能を発揮できるのならば、立方体形や直方体形、テーパ型の円柱形や直方体形であってもよく、上面および下面が多角形状であっても構わない。
【0022】
この眼内観察用レンズ1は、レンズ下面12の角膜20に対する接平面に対してレンズ上面11が平行でもよいし、所定角度に傾斜させてもよい。この傾斜角度がプリズム角度となる。このプリズム角度は、観察を所望する部位によって決定されるが、その部位が中間周辺部眼底から周辺部眼底にかけた範囲である場合には、5〜70度、好ましくは10〜60度が適切な範囲となる。5度以上の場合だとプリズムの効果を十分に得ることができる。また、70度以下の場合だとレンズの有効光学部を広く保つことができるとともに、観察像の歪みを抑えることができる。また、レンズ下面12の角膜20に対する接平面に対してレンズ上面11が平行な場合、レンズ上面11の一部を所定角度に傾斜させてもよい。眼内観察用レンズ1にプリズムを付加することができる上、予めプリズムが付加された様々な形状の眼内観察用レンズ1を用意することにより、術者の視野を任意に変更することができるためである。
【0023】
それに加え、プラス度数に働く角膜20に対して、レンズ上面11がマイナス度数に働くようにレンズ上面11を凹型としてもよい。さらに、レンズ下面12の角膜20に対する接平面に対してレンズ上面11が平行な場合、レンズ上面11の一部を所定角度に傾斜させつつ、その傾斜面を凹型としてもよい。またその逆に、レンズ上面11を凸型としつつもレンズ下面12をレンズ上面11よりも急カーブを有する凹型とし、レンズ全体としてはマイナス度数のレンズを作製してもよい。
【0024】
また、レンズ本体部10の外径は前記散瞳径よりも大きくする必要があり、10〜14mm程度が好ましい。硝子体手術では、散瞳剤の投与により瞳孔を拡瞳させ、そこから眼底を観察する際、散瞳径が最大9mm程度になるためである。
【0025】
また、眼内観察用レンズ1は、眼科用粘弾性物質(ヒアルロン酸等)を介して角膜20上に載せられる。その際に、レンズ下面12の曲率はその角膜20の曲率に沿う必要がある。通常、成人の角膜20曲率半径が8mm前後であることから、レンズ本体部10のレンズ下面12の凹面曲率半径は8mm前後が好ましい。ただし、小児用ではこれよりも小さくする。
【0026】
次に眼内観察用レンズ1の素材についてであるが、ここで本実施形態では、使い捨て可能な眼内観察用レンズ1を製造するために、さらには外科手術中に防曇性および低反射性を有するレンズを製造するために、レンズ材料として疎水性ポリマーを含む樹脂を用いる。
なお、本実施形態において「疎水性物質」とは、水分子となじみにくい物質のことであり、好ましくはポリメチルメタクリレート(以降、PMMAともいう)に水滴が接触したときの接触角以上で、水滴が接触する物質のことをいうものとする。
【0027】
この疎水性ポリマーとしては低反射率および高透過率を達成するために、熱可塑性および非晶性高分子物質が好ましい。本実施形態においては、ポリメチルメタクリレート(以降、PMMAともいう)を用いた場合について述べる。なお、他の材料としては、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリサルホン(ユニオン・カーバイト社)、ポリフェニルサルホン(レーデル社)、ポリエーテルポリエーテルエーテルケトン、ポリカーボネート、変性ポリフェニルサルホン(アキュデル社)、スチレンアクリロニトリル、CR−39(ジエチレングリコールビスアリルカーボネート)、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、軟質アクリル樹脂、シリコーン樹脂およびフッ素系プラスチック等の透明体などを使用することも可能であるが、低反射・透明性・費用面からPMMAがより好ましい。
【0028】
このとき、眼内観察用レンズ1の上面が疎水性を有するならば、疎水性ポリマーを含む樹脂として、上記の高分子をブレンドしたものを用いてもよいし、上記のいずれかの高分子単体を用いてもよい。後で詳述するように、低反射・透明性・費用面のみならず、眼内観察用レンズ1を射出成型にて製造する際に使い勝手のよいものであればよい。なお、レンズ上面11が疎水性を有する限り、疎水性ポリマーに対してさらに親水性ポリマーを加えてもよい。この親水性ポリマーとしては例えば(メタ)アクリレート系親水性モノマー、アクリルアミド系親水性モノマー、スルホン系親水性モノマーなどが挙げられる。
【0029】
また屈折率については、周辺部眼底をより良く観察するためには、レンズ本体部10の材質の屈折率を1.35以上、好ましくは1.45以上とするのがよい。
【0030】
その上で本実施形態においては、眼内観察用レンズ上面11に180nm以下の周期構造(以降、ピッチともいう)の微細突起構造が設けられている。眼内観察用レンズ1において微細突起を180nm以下の周期構造として設けることにより、反射率を低減することができる。
【0031】
前記微細突起構造は、使用光波長以下の周期で設けられた複数の微細な凹凸からなっている。凸部の大きさは使用波長以下の微細なものであり、その断面形状としては、1次元周期構造の場合、三角、台形、四角等が挙げられる。2次元周期構造の場合、微細突起の形状は、正確な円錐(母線が直線)や角錐(稜線が直線)のみならず、先細りとなっている限り、母線や稜線形状が曲線をなし、側面が外側に膨らんだ曲面であるものであってもよい。具体的な形状としては、釣り鐘、円錐、円錐台、円柱等が挙げられる。このような構造により、レンズと生体組織の間の屈折率差を傾斜化し、レンズと生体組織との間で生ずる反射を抑制することが可能となる。
さらには、成形性や耐破損性を考慮して、先端部を平坦にしたり、丸みをつけたりしてもよい。さらに、この微細突起は一方向に対して連続的な微細突起を作製してもよい。
【0032】
本実施形態においては、このような微細構造を周期的に有することにより、反射率低減という効果だけではなく、後述する図9に示されるように、疎水性ポリマーにおいて不可避と考えられていた「曇り」の問題を解消することができる。理由については鋭意検討中
であるが、「曇り」の原因となる微細な液滴に対してミクロおよびマクロな効果が発揮されているものと推測される。
【0033】
すなわち、レンズ上面11におけるナノオーダーの微細パターンによって、液滴そのものが形成されにくくなるというミクロな効果と、このミクロな効果が液滴毎に発揮され、レンズ上面11において液滴が形成されにくくなり液体がレンズ上面11外に排出されるというマクロな効果が発揮されているのではないか、と推測される。
【0034】
ミクロな効果についてであるが、元々疎水性を有しているレンズ上面11に微細突起が設けられることから、液滴がレンズ上面11に付着すると、曇りの原因となる水滴と微細突起との接触面積が増大することになる。それが故にレンズ上面11において疎水性による撥水性があまりにも発揮されすぎて、液滴とレンズ上面11との接触角が180°手前まで増加してしまう。そうなると、液滴は自らの重みに耐えかねて、略球形を維持できなくなり、扁平形へと変形することになる。ある液滴が扁平形となってレンズ上面11との接触面積が増加することにより、他の液滴を巻き込むことになり、レンズ上面11との接触面積がさらに増加していく。また、ミクロの効果としては他にも、液滴とレンズ上面11との接触角が180°手前まで増加することにより液滴がレンズ上面11を転がりやすくなり、他の液滴を巻き込んで一体となって大きな液滴を形成しやすくなる。そうなると、上述のように液滴は自らの重みに耐えかねて、略球形を維持できなくなり、扁平形へと変形することになる、ということも考えられる。
【0035】
なお、この微細突起の周期構造が180nm以下よりもさらに微細な130nm以下であれば、より顕著な防曇効果を発揮することができる。
また、微細突起の最大外径(パターンサイズ)は必ずしも一定でなくともよいが、本実施形態に係る石英マスターモールドの表面反射率に関する説明図である図2(a)(b)に示すように、100nm以上130nm未満の範囲にあることが好ましい。特に図2(b)に示すように、微細突起の最大外径がこの範囲にあれば、反射率がより低減されるためである。同様に、微細突起の上下方向の高さ(以降、微細突起の深さともいう)50nm以上、アスペクト比(微細突起の上下方向の高さ/微細突起の最大外径)は0.3〜20であるのが好ましい。さらには、微細突起の周期構造において、隣接する微細突起間が平坦部である場合、その微細突起間距離は20nm以下であるのが好ましい。屈折率の傾斜化を妨げてしまう平坦部が小さくなれば、光反射が低減されるためである。
【0036】
なお、この微細突起は、眼内観察用レンズ1を平面から見たときに、最密充填するように配列されていてもよいし、縦横方向に配列されていてもよいし、微細突起が一定のうねりを有するように配列されていてもよいが、最密充填するように配列されているのが好ましい。微細突起が最密充填されることにより、屈折率の緩やかな傾斜化を実現することができ、反射率低減に最も寄与するためである。
【0037】
また、後述する射出成型により本実施形態の眼内観察用レンズ1が作製されることから、射出成型後の引き抜き方向に対して平行方向に微細突起が突出していればよい。眼内観察用レンズ1が円柱形かつレンズ上面11およびレンズ下面12が平行の場合、眼内観察用レンズ1における円柱形レンズ本体部10の長手方向に対して平行方向、それと同時にレンズ上面11に対して垂直方向に微細突起が突出しているのが好ましい。この向きに突出しているならば、射出成型が容易であることに加え、射出成型の際に眼内観察用レンズ1を容易に金型から容易に取り出すことができるためである。
その一方で、後述するように製造過程においてせん断を加えることにより、微細突起の突出方向を傾斜させることもできる。これにより、例えば眼内観察用レンズ1を決まった一方向から見たときに、特に反射率が低減する特徴を付与することができる。
【0038】
本実施形態の眼内観察用レンズ1の効果についてまとめると、以下の通りである。すなわち、疎水性ポリマーからなる眼内観察用レンズ1は、レンズ自体の反射率もさることながら水滴付着のための曇りに起因する光散乱が従来では問題となっていた。しかしながら本実施形態に係る眼内観察用レンズ1においては、通常の考えとは真逆に、疎水性ポリマーに対してさらに曇りが増大すると思われる方法、すなわちレンズ上面11が水滴と接触する面積を増大させることにより、眼内観察用レンズ1に防曇性を付与させることができる(後述する図8(a)および図9参照)。
【0039】
しかも、その防曇性の付与には、反射防止層などの多層膜を設ける必要がないことから、使い捨て眼内観察用レンズ1を作製する際のコスト・歩留まりを向上させることができる上に、手術中に眼内観察用レンズ1以外の物質が術位に与える影響について考慮しなくともよくなる。さらには、レンズ全体を熱可塑性樹脂の一体成形で構成しているので、容易に低コストで大量生産することができる。従って、使い捨ての使用が可能となり、滅菌処理を不要として、大量の使用要求に応えることができる。
【0040】
なお、親水性レンズにおいても同様の効果を得ることができる。具体的には、微細突起が130nmの周期構造となっている眼内観察用レンズ1上面が親水性ポリマーからなる場合、レンズ上面11への水滴の接触角が劇的に減少し、ひいては水滴による屈折率の変化を緩やかにすることができ、反射率を低減することができる。
【0041】
次に、本実施形態における眼内観察用レンズ1の製造方法について説明する。
図3は、本実施形態における眼内観察用レンズ1の製造工程を概略的に示す図である。図3(a)は所望の転写パターンに対して反転したパターンが設けられたマスターモールド100を示し、図3(b)は転写パターンを有する樹脂モールド102をマスターモールド100から作製する様子を示し、図3(c)は作製された樹脂モールド102を示す。さらに、図3(d)は転写パターンに対して反転したパターンが設けられたNiモールド103を樹脂モールド102から作製する様子を示し、図3(e)は射出成型用金型105上に接着剤層104を設け、さらにその上に、Niモールド103と樹脂モールド102とが一体となったものを載置した様子を示し、図3(f)はその一体となったものから樹脂モールド102を除去した様子を示している。そして図3(g)はNiモールド103付き射出成型用金型105を用いて眼内観察用レンズ1を射出成型法にて作製する様子を示している。そのように作製された本実施形態に係る眼内観察用レンズ1を図1に示している。
【0042】
<マスターモールド作製工程>
マスターモールド100の材料としては光を透過するものを用いればよく、例えばガラス基板、特に石英基板を好適に用いることができる。本実施形態においては石英基板を用いた場合について述べる。
【0043】
本実施形態においては、石英基板の上にレジストを設け、レジストに対して微細パターンを描画することによりマスターモールド100を作製する場合について説明する。
まず、図3(a)に示されるように、石英基板上に青色半導体レーザー露光用のレジストを塗布する。青色半導体レーザーのレジストとしては、熱変化によって状態変化する感熱材料であって、その後のエッチング工程に適するものであればよい。
【0044】
さらに本実施形態のレジストでは、レジストの解像性を高める機能を有するレジストの特性を、レジストの深さ方向に連続的に変化させてもよい。具体的には、熱伝導率、屈折率、光吸収係数などのレジスト特性を、深さ方向に連続的に変化するようにしてもよい。レジストに局所的にレーザーを照射した時に一定温度に達する領域の異方性が高められ解像性能が向上するためである。
【0045】
前記レジスト材料は、Ti、V、Cr、Mn、Cu、Zn、Ge、Se、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Sb、Te、Hf、Ir、Pt、W、Au、Biのうちの少なくとも1つ以上の元素と、酸素または窒素との組合せから構成されるのが好ましい。レジストの深さ方向に対して上述の各元素の組成比を連続的に変化させることにより、機能傾斜型無機レジストを得ることができる。ひいては、このレジストの特性をレジストの上下方向(深さ方向)に連続的に傾斜させることができ、レジストの解像性を高めることができる。なお、機能傾斜型無機レジスト以外であっても、感光性樹脂組成物レジストを用いてもよい。この感光性樹脂組成物は、高分子化合物、光重合性化合物、及び、光重合性開始剤を含有するものであり、具体的な高分子化合物としては、露光前、あるいは露光によるパターニングが失敗した場合に、アルカリ性溶液でパターンの除去が可能であるという点や、基材との密着性などの点、さらにはアルカリ溶液による残渣除去の点から、側鎖にカルボキシル基を有する単量体とアクリル系単量体とを共重合していることが好ましい。側鎖にカルボキシル基を有する単量体とは、例えば、アクリル酸、フマル酸、ケイ皮酸、クロトン酸、イタコン酸、シトラコン酸、マレイン酸無水物、マレイン酸半エステルが挙げられる。
【0046】
本実施形態においては、タングステン(W)と酸素(O)を用いて機能傾斜型無機レジストの製法を説明する。
まず、母材として石英基板を用い、この石英基板上に一般的なタングステンターゲットとスパッタガスおよび酸素ガスを用いた反応性スパッタ法により酸化タングステンの成膜を行う。ここで、例えば成膜中のスパッタガス中の酸素分圧を連続的に変化することによりレジスト膜中の酸素濃度、即ちタングステン(W)と酸素(O)の組成比を連続的に変化させる。成膜時の酸素分圧の増加に伴い、膜中の酸素比率は増加し、膜中のタングステン比率は減少する。
【0047】
レジスト深さ方向への傾斜組成の適正化を、W/O系無機レジストの組成比(W:O)が(4:1)〜(1:2.5)の範囲で行うのが好ましい。適切な組成になるように成膜条件を調整しながら機能傾斜型無機レジストを石英基板上に形成することができるためである。
【0048】
続いて、本実施形態では機能傾斜型無機レジストを形成した石英基板(以降、レジスト基板ともいう)を、青色レーザー描画装置のステージ上にセットして描画を行う。この際、レジストヘのレーザー照射時に、対物レンズの高さ制御を常に行うことによりレジストに対してフォーカス調整しながら描画するのが好ましい。こうすることにより、描画パターンの寸法安定性が優れるためである。微細突起の形状に合わせた描画を行ってもよく、例えば、平基板に直線やドットパターンを描画する場合にはX一Yステージから構成される描画装置を使用する。また、例えばディスクリートトラックメディア用の同心円バターンを目的とした描画の場合には、回転ステージ上に高解像レジスト基板を位置精度良くセットし、回転した状態で描画を行うことにより同心円パターン形成のためのレジスト描画を実施することができる。なお、青色レーザー描画装置のレーザー発振方法は、一般にはパルス発振法と連続発振法があるが、描画に対する制限はなく目的に合わせてレーザー発振方法を選定することができる。
【0049】
次に、描画済みのレジスト基板に対して露光・現像を行うことにより、所望の微細パターン(すなわち最終的に得られる微細突起構造とは反転したパターン)を有するレジスト基板が得られる。現像終了後、上述のようにレジストにパターン形成を施し、このレジストをエッチングマスクとしてエッチング加工を行うことにより、石英基板に対して微細パターンを形成することができる。
その後、レジスト除去、洗浄、イソプロピルアルコールによる蒸気乾燥を行うことによ
り、石英基板に所望の微細パターンが転写されたマスターモールド100を作製することができる。
【0050】
<樹脂モールド作製工程>
図3(b)(c)に示すように、上述のように作製したマスターモールド100に対して、光ナノインプリント法や熱プレス法などの転写成形工程を経て2次モールド、3次モールドを作製することができる。
【0051】
この転写成形工程を行う際には、転写を行う度に、形状の劣化及び破損を引き起こしてしまう可能性があるため、適切な転写成形工程の条件を選択する必要がある。例えば、マスターモールド100からの1次の転写段階において2次モールドの硬度が高いと微細突起パターンに損傷が生じてしまうおそれがある。このため、複数の転写工程を設けることが望ましい。また、各モールドの材料についても、強度、硬度・柔軟性、剥離性等から各転写工程に適した材料を選択する必要がある。
【0052】
上記転写成形工程の具体例を以下に述べる。
まず光インプリントの場合についてであるが、前述のマスターモールド100に対して、光硬化性樹脂101を押圧した後に露光処理を行うことで、樹脂を硬化させる。この硬化処理の後、樹脂をマスターモールド100より剥離させ、2次モールドを作製する(以降、樹脂モールド102ともいう)。この2次モールドの形状はマスターモールド100を反転したもの、すなわち最終的に微細突起が設けられた眼内観察用レンズ1上面形状を有している。
【0053】
この光硬化性樹脂101としてはUV硬化樹脂シートなどが挙げられる。好ましくは、ラジカル重合性フッ素樹脂、所定の波長に吸収ピークを持つ光重合開始剤、光触媒活性を有する光触媒を含む樹脂が挙げられる。
【0054】
次に熱インプリントの場合についてであるが、前述のマスターモールド100に対して、シリコーンやアクリルなどの熱硬化性樹脂101を充填した後に加熱処理を行うことで、樹脂を硬化させる。この硬化処理の後、樹脂をマスターモールド100より剥離させ、樹脂モールド102を作製する。
【0055】
なお、上記手順にて作製された樹脂モールド102に対して、同様に熱硬化性樹脂101を充填した後に加熱処理を行い硬化させ、3次モールドを作製してもよい。この3次モールドは、2次モールドの反転したもの、つまりマスターモールド100と同一表面形状を有するものであり、凹部が複数個形成されている。3次モールドを構成する材料としては、2次モールドから形状の劣化及び損傷なく転写でき、また最終的に形成する微細突起を適切に形成することができる材料であることが好ましい。
【0056】
<Niモールド作製工程>
図3(d)に示すように、上述のように作製した樹脂モールド102または3次モールドに対して、ニッケルめっき工程を経て、射出成型用金型105の一部として使用されるNiモールド103を作製することができる。なお、ニッケル以外にも、金属モールドの材料としては、金、銀、銅、パラジウム、白金、ロジウム、すず、クロムなどが挙げられる。
【0057】
Niモールド作製においては、樹脂モールド102上に直接Ni無電解メッキを行う。めっき液の成分としては、樹脂モールド102上にNi被膜を設けることができ、通常Niめっきにおいて用いられるものであればよく、例えば硫酸ニッケルと次亜リン酸ソーダが挙げられる。このようにして、樹脂モールド102上に無電解めっきによるNiモール
ド103を形成する。
【0058】
なお、前記樹脂モールド102上にNiモールド103離型用の離型剤を塗布し、離型剤層を設け、この離型剤層に対して無電解Niめっきを施しても良い。
この離型剤としては、転写性の点からもシリコーン系樹脂及び含フッ素化合物からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を含有するものが好ましい。含フッ素化合物としては、アモルファスフッ素樹脂、パーフルオロアルキル基含有アクリレートまたはメタクリレートを含有する共重合オリゴマー、フッ素系コーティング剤、電子線または紫外線硬化成分を含有するフッ素系表面処理剤、熱硬化成分を含有するフッ素系表面処理剤、フッ素系界面活性剤などが好ましい。
【0059】
離型剤層の形成方法としては、離型剤を前述の有機ポリマーフィルムに公知の塗布方法、例えば、メイヤーコーティング、グラビアコーティング、ドクターコーティング、エアーナイフコーティングを利用して塗布した後、加熱処理や紫外線照射などの離型剤に適合する公知の方法で乾燥、あるいは硬化する方法が挙げられる。
【0060】
また、樹脂モールド作製工程で述べた方法により最終的に眼内観察用レンズ1の微細突起の突出方向を所望に傾斜させることもできる。なおこの場合、微細パターンが傾斜していることからNiモールド103を樹脂モールド102から離型することが困難なおそれがある。そのため、後述するNiモールド103貼付工程において、樹脂モールド102を離型するのではなく薬剤により溶解させて樹脂モールド102を除去するのが好ましい。
【0061】
なお、本実施形態では無電解めっきによるNiモールドの作製方法について述べたが、Niシード層を用いた電解めっきによりNiモールドを作製してもよい。具体的には、樹脂モールド102上に、蒸着・スパッタ法等によりNiシード層を形成する。そして、Niシード層をめっき電極にして電解Niめっきを行い、樹脂モールド102を埋め尽くすようにNiの層を形成することにより、Niモールド103を樹脂モールド102上に形成してもよい。
【0062】
<Niモールド貼付工程>
Niモールド貼付工程においては、まず、樹脂モールド102付きNiモールド103におけるNiモールド103側表面に接着剤層104を設ける。次に、上面凸形状の箔押し用パッド106(以降、単にパッド106ともいう)と円柱形の射出成型用金型105との間に、前記接着剤層104が設けられた樹脂モールド102付きNiモールド103を配置する(図3(e))。このとき、接着剤層104側が射出成型用金型105と対向し、樹脂モールド102側がパッド106と対向するように配置する。そして、パッド106と射出成型用金型105とで樹脂モールド102付きNiモールド103を挟んで加熱プレスを行う。すると、樹脂モールド102とNiモールド103との界面に存在する接着剤層104が熱により溶融することにより、射出成型用金型105にNiモールド103が接着剤層104を介して箔押しされる(図3(f))。
【0063】
図3(f)に示すように、射出成型用金型105は、例えば円柱形状の銅合金から形成されている。
この射出成型用金型105は複数列になるように設けられていてもよく、その場合はパッド106が複数個設けられているのが好ましい。パッド106を複数個設ける場合は、射出成型用金型105に対しパッド106の1回のプレスにつき同時に複数行又は複数列で箔押しすることができ、箔押し製品の生産性が向上する。パッド106は具体的にはインダクションモータにより駆動されるが、サーボモータ、パルスモータ等他のモータにより駆動することも可能である。インダクションモータの回転は制御部により制御される。
【0064】
パッド106の内部には図示しないヒータが組み込まれており、このヒータによりパッド106が加熱される。ヒータはパッド106の周面に倣うようにパッド106の外部に配置してもよい。パッド106は樹脂モールド102付きNiモールド103の接着剤層104を融着し、加熱温度は例えば200℃程度である。なお、樹脂モールド102付きNiモールド103に対して、前記加熱を行う前に予熱を行ってもよい。予熱手段は具体的には加熱用のハロゲンランプ、電熱線、熱風等であり、予熱手段が射出成型用金型105と樹脂モールド102付きNiモールド103の各供給路上に配置されるのがよく、予熱手段が樹脂モールド102付きNiモールド103側に対向していてもよいし、接着剤層104側に対向させてもよい。樹脂モールド102付きNiモールド103側の予熱手段による加熱で樹脂モールド102付きNiモールド103の接着剤層104は転写可能な程度まで軟化し、射出成型用金型側のハロゲンランプによる加熱で射出成型用金型も樹脂モールド102付きNiモールド103と同程度の温度まで加熱される。このように、予熱により樹脂モールド102付きNiモールド103の熱融着性接着剤が予め融解し、射出成型用金型も熱融着性接着剤の融着に都合が良いように加熱されたうえで射出成型用金型の上面に貼り付けされるのが好ましい。
【0065】
前記接着剤層104としては、加熱すると溶融して、Niモールド103と共に射出成型用金型105に付着するものであればよいが、エポキシ樹脂や合金からなる無機融着剤が好ましい。具体的にはスズと金の合金層の上に金層を設けた無機融着剤が好ましい。この無機融着剤に熱を加えると、金層の金が合金層に拡散することによってSn:Auの組成比が変化し、接着後の融点が上がり、射出成型時の金型熱耐性が向上できる。これは使い捨て眼内観察用レンズ1を大量生産する場合には特に有効である。
【0066】
そして、パッド106は加熱されており、樹脂モールド102付きNiモールド103は加熱状態でパッド106により加圧される。パッド106が加圧部から離れると、射出成型用金型105と樹脂モールド102付きNiモールド103が相互に離反する。その際、図3(f)に示すように樹脂モールド102付きNiモールド103からNiモールド103のみが、パッド106と同形を成して射出成型用金型105の上面に転写される。
【0067】
以後、上記サイクルが必要に応じて繰り返され、射出成型用金型105へのNiモールド103の貼り付けが繰り返し行われる。
【0068】
なお、本実施形態においては射出成型用金型105の上面が水平面である場合を挙げたが、凹面であっても凸面であってもよい。さらには傾斜面であってもよい。凹面の場合、微細構造が一定方向に向かない可能性があるが、この場合でも十分な防曇性および低反射を実現できる。Niモールド103の肉厚を薄くし、内部応力をできるだけ低減するためにも、射出成型用金型105上にNiモールド103を正確に配置するのが好ましい。
【0069】
また、接着剤層104を射出成型用金型105に設けてもよい。また、接着剤層104を射出成型用金型105に設けた上で、樹脂モールド102を取り除いたNiモールド103を、この接着剤層104の上に貼り付けてもよい。
【0070】
<射出成型工程>
図3(g)に示すように、本実施形態における射出成形では、微細突起用の凹部が設けられたNiモールド103付き射出成型用金型105及びレンズ本体部用金型108(以降、単に金型105,108ともいう)を組み合わせ、眼内観察用レンズ1の型を有する空隙を設ける。そして、この金型105,108を射出成形機に取り付け、この空隙内に高温で流動性をもった熱可塑性樹脂(本実施形態ではPMMA)を注入する。金型108
には、樹脂を注入する部分すなわち金型樹脂注入部が設けられており、この部分から熱可塑性樹脂を注入し、その後冷却する。
【0071】
次に、前記金型から、成形品である仕上げ前眼内観察用レンズ1を取り出し、ゲート部を熱したニッパにより切断除去して、眼内観察用レンズ1を作製する。この際、上述のように、微細突起の突出方向に対して平行方向に眼内観察用レンズ1を射出成型用金型105から取り出すのが好ましい。このように取り出すことにより、眼内観察用レンズ1上面の微細突起構造を毀すことなく完成品を得ることができるためである。
【0072】
以上のように構成されたことから、上記実施の形態によれば、次の効果を奏する。
レンズ上面11に微細突起が設けられたことから、可視光領域において良好な反射防止効果を奏することに加えて、疎水性を有しているにもかかわらず優れた防曇性を有する眼内観察用レンズ1を得ることができる。そのため、レンズ表面での散乱が低減されて、術者は、手術用顕微鏡に付属のスリット光などの眼外照射の強い散乱光に悩まされることなく、眼底像を明瞭に観察できる。このため、硝子体手術時に術者が眼内照明を片手に持つ必要がなくなるので、両手での眼内処置を実施でき、ストレスの少ない手術を施術できる。
【0073】
(実施の形態2)
本実施形態においては、レジスト利用によりマスターモールド100を作製する実施の形態1の方法とは別に、石英基板に対する直接描画によりマスターモールド100を作製する方法について述べる。この方法においては、眼内観察用レンズ1に最終的に微細突起(凸部)が設けられるように、マスターモールド100に対しては凹部を設けるべく、レーザー描画装置などで所定の微細パターンを描画する。
【0074】
実際にマスターモールド100を作製する手順としては、集光レンズまたは石英基板を移動させ、石英基板表面にレーザーの焦点を合わせた状態でレーザーを照射し、レンズ表面の微細突起用の未貫通穴である凹部の加工を行う。これにより、最終的には眼内観察用レンズ1表面の微細突起となる凹部を作製することができる。それに加え、アスペクト比の高い針状体を作製する場合には、凹部の底部にレーザーの焦点位置が一致するように、集光レンズと被石英基板表面との位置を相対的に移動させ、あるいは凹部の底部に固定し、焦点距離の異なる集光レンズを用いて再度レーザーを照射し加工を行ってもよい。このように、焦点位置を変更し、2段階の加工を行うことで、より穴の深さと径とのアスペクト比が高い順テーパ形状の凹部を作製することができる。
さらに、レーザーを照射した際に石英基板表面に付着する石英のカケラを除去するために洗浄を行うのが好ましい。
【0075】
(実施の形態3)
本実施形態においては、レンズ下面12の角膜20に対する接平面に対してレンズ上面11が平行な眼内観察用レンズ1を作製する実施の形態1の方法とは別に、レンズ上面11が凹面または凸面を有する場合の眼内観察用レンズ1の製造方法について述べる。この方法においては、マスターモールド100作製工程からNiモールド103作製工程までは実施の形態1と同様に行う。本実施形態においては、Niモールド103貼付工程において、レンズ上面11が凹面を有する場合は凸型の射出成型用金型105を準備する。そして実施の形態1のNiモールド103貼付工程と同様の操作を行うことにより、Niモールド103付き凸型射出成型用金型105を作製する。
【0076】
この際、射出成型用金型105が凸型であることから、Niモールド103を貼り付けると凸面に合わせて微細突起が放射状に広がる可能性がある。しかしながら、微細突起が一方向に向いていなくとも、光低反射性および防曇性を得ることができる。なお、レンズ
上面11が凸面を有する場合は凹型の射出成型用金型105を準備して同様のNiモールド103貼付工程を行う。このようにして得られた眼内観察用レンズ1においても、レンズ上面11が凹面の場合そしてレンズ下面12の角膜20に対する接平面に対してレンズ上面11が平行な場合と同等の光低反射性および防曇性を得ることができる。
【0077】
なお、レンズ上面11の一部を所定角度に傾斜させた場合であっても、射出成型後に眼内観察用レンズ1の抜き取り方向が微細突起の突出方向と平行になるように金型を配置すればよい。
【0078】
(実施の形態4)
本実施形態においては、予め作製しておいたNiモールド103を射出成型用金型105の上に載置する実施の形態1の方法とは別に、図4に示すように、射出成型用金型105の上でアモルファスカーボン107からなるモールドを作製する場合について述べる。この方法においては、射出成型用金型105上にアモルファスカーボン107やSiCなどを設ける(図4(a))。なおこの際に、射出成型用金型105とアモルファスカーボン107との間に別途接着剤層104を設けてもよい。
【0079】
次に、このアモルファスカーボン107の上に、樹脂モールド102の微細パターンを転写するための樹脂を塗布する(図4(b))。この樹脂は、光ナノインプリントを用いる場合は先述のような光硬化性樹脂101が好ましく、熱ナノインプリントを用いる場合は先述のような熱硬化性樹脂101が好ましい。
【0080】
この樹脂に対して樹脂モールド102の微細パターンを転写し、光照射または加熱処理する(図4(c))。その後、樹脂モールド102を取り除き、アモルファスカーボン107上に樹脂からなる微細パターンを設ける(図4(d))。
【0081】
その後、このアモルファスカーボン107に対してドライエッチングを行い、アモルファスカーボン107に微細パターンを形成する(図4(e))。最後に樹脂を除去し、射出成型用金型105を作製する(図4(f))。
【0082】
(実施の形態5)
実施の形態1においては平面型のマスターモールド100の作製方法について挙げたが、その方法とは別に、外側側面に微細パターンが設けられた円柱型、または内部が中空の円筒型でありマスターモールド100を作製する方法について述べる。本実施形態においては内部が中空である円筒型のマスターモールド100について述べる。
【0083】
この方法においては、まず円筒型のアルミニウム(Al)基板を用意し、その円筒型基板に対して実施の形態1や3の方法で微細パターンとなる凹部を形成する。この微細パターンの形成には陽極酸化法を用いてもよく、これによりAl表面に緻密な酸化被膜を作製し、電解液によりこの酸化被膜を一部溶解して微細パターンを作製してもよい。このとき、円筒型マスターモールド100には眼内観察用レンズ1の1個分のみならず、複数個分の微細パタ―ンが設けられているのが好ましい。
また、円筒型または円柱型の石英基板を用意し、その円筒型石英基板に対して実施の形態1や3の方法で微細パターンとなる凹部を形成してもよい。
一方、円筒型または円柱型基板に対して、微細パターンを有する金属泊などを貼り付けてマスターモールドとしてもよい。
【0084】
次に、円筒型マスターモールド100を光インプリント用ローラーとして自転させながら、この円筒型マスターモールド100に隣接する押圧ロ―ラーとこの円筒型マスターモールド100との間に光硬化性樹脂101を搬送する。そして、この押圧ロ―ラーにより
光硬化性樹脂101を円筒型マスターモールド100に直接プレスして光硬化性樹脂101に微細パターンを転写する。その後に露光処理を行うことにより、好ましくは眼内観察用レンズ1の複数個分の樹脂モールド102を作製することができる。その後、眼内観察用レンズ1複数個分の樹脂モールド102をそのままNiめっきを行い、その後、眼内観察用レンズ1の1個分の微細パターン毎に射出成型用金型105の上面に貼り付けを行ってもよい。また、この樹脂モールド102を眼内観察用レンズ1の1個分毎に切り取った後、各々の樹脂モールド102に対してNiめっきを行ってもよい。それ以降については実施の形態1〜4と同様の手法で眼内観察用レンズ1を作製する。
この手法により、ステップ&リピート法よりも一度に大量に樹脂モールド102を作製することができ、ひいてはNiモールド103そして眼内観察用レンズ1を効率よく生産することができる。
【実施例】
【0085】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。もちろんこの発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0086】
平板状の石英基板(厚さ0.5mm)に対して、組成傾斜させた酸化タングステン(WOx)からなるレジスト(深さ方向への組成変化については、石英基板側x=0.95、レジスト最表面側x=1.60の傾斜組成)を20nmの厚さになるように成膜した。なお、無機レジストの形成にはイオンビームスパッタ法を用いて、成膜中の酸素濃度を連続的に変化させて無機レジスト中の酸素濃度を傾斜させた。また、無機レジスト中の組成分析にはラザフォード後方散乱分光法(Rutherford Back Scattering Spectroscopy:RBS)を使用した。
【0087】
この無機レジスト上に青色レーザー描画装置(波長405nm、出力12mW)を用いて微細パターンを描画した。描画後、エッチング処理・洗浄処理を行い、所望の転写パターンとは逆のパターンが設けられたマスターモールド100を作製した。
【0088】
このマスターモールド100から、転写パターンを有する樹脂モールド102を作製した。この樹脂モールド102作製には光インプリントを採用した。具体的には、マスターモールド100に対して光重合剤および光触媒を塗布したPETフィルム50μmを押圧し、紫外線により露光した。条件としては、UV照射出力1500mJ、転写圧力0.3MPaとした。
【0089】
次に、樹脂モールド102上に非電解Niめっきを施し、Niモールド103を形成した。ここで、非電解Niめっきに用いためっき液の組成は硫酸ニッケル20g/L、次亜リン酸ソーダ25g/Lとし、液の温度を80℃とし、液のpH値を4.5とし、触媒にはパラジウムを用いた。
【0090】
その後、円柱型の銅合金からなる射出成型用金型105(直径13mm、高さ20mm)上に、エポキシ樹脂からなる接着剤層104を設けた。この接着剤層104付き射出成型用金型105の上方に200℃まで加熱したパッド106を設置し、射出成型用金型105とパッド106との間にNiモールド103と樹脂モールド102とが一体となったものを配置した。その後、射出成型用金型105とパッド106でNiモールド103と樹脂モールド102とが一体となったものを押圧し、射出成型用金型105の上面にNiモールド103のみを箔押しした。
【0091】
最後に、前記Niモールド103が貼り付けられた射出成型用金型105の曲面が眼内観察用レンズ1上面に対応するように射出成型用金型105を配置し、そしてレンズ本体部10部分用の金型を設置して眼内観察用レンズ1用の空隙を作製した。そしてその空隙
にPMMAを射出し、その後冷却した。このような射出成型法により、本実施例に係る眼内観察用レンズ1を作製した。
【0092】
(表面反射率)
本実施例にて用いたマスターモールド100について表面反射率を測定した。その結果を図5に示す。なお本測定にはオリンパス製USPM−RUを用い、入射角度90°、スポット直径40μmにて測定した。図5に示すように、微細突起のピッチが130nmかつ微細突起の深さが270nmの時には0.3%以下の反射率を達成することができた。
【0093】
(パターンピッチ毎の回折状況依存性)
また、本実施例にて用いたマスターモールド100についてパターンピッチ毎の回折状況依存性について調べた。その結果を図6に示す。図6(a)〜(d)には円板状の石英基板に130〜180nmピッチの微細突起用パターン(石英基板上では凹型のパターン)を設けた場合の光回折の様子を示し、図6(e)には円板状の石英基板に300nmピッチの微細突起用パターン(凹型)を設けた場合の光回折の様子を示した。図6に示すように、130nmピッチの微細突起用パターンが設けられている図6(a)では光反射が殆ど起こっていないのに対し、300nmピッチの微細突起用パターンが設けられている図6(e)では光反射が明瞭に生じていた。
【0094】
(パターンピッチ反射率依存性)
さらに、本実施例にて用いたマスターモールド100について、微細突起用パターンのピッチに対する光波長および反射率の関係について測定した。その結果を図7に示す。図7に示すように、180nmピッチの微細突起用パターンが設けられたマスターモールド100においては反射率0.3%以下を達成することができ、さらには130nmピッチにおいては可視光領域である400〜680nm波長領域において0.1%以下の反射率を達成することができた。
【0095】
(疎水性評価)
さらに、疎水性評価においては、疎水性ポリマーであるPMMAからなるフィルム上に微細突起を有した場合(図8(a))、微細突起を有さない場合(図8(b))の各々の場合において、1μLの水滴一滴が付着した様子について調べた。更に、円環状領域に微細突起を有するPMMAからなるフィルムに多量の水滴を付着させた様子についても調査した。その結果を図9に示す。微細突起を有する場合、図8(a)では接触角度が90°以上あったにも関わらず、図9における微細突起を有する円環状領域においては、背景の景色が認識できるくらいに良好な防曇性が得られた。一方、微細突起を有さない円環状以外の領域においては防曇性が得られなかった。また、疎水性ポリマーと同様に、親水性ポリマーを用いたフィルムに水滴一滴が付着した場合についても調べたが、微細突起を有した場合は接触角度がより小さくなり、より親水性を示し、良好な防曇性が得られた。
【符号の説明】
【0096】
1 眼内観察用レンズ
10 レンズ本体部
11 レンズ上面
12 レンズ下面
100 マスターモールド
101 熱/光硬化性樹脂
102 樹脂モールド
103 Niモールド
104 接着剤層
105 射出成型用金型
106 シリコンパッド
107 アモルファスカーボン
108 レンズ本体部用金型

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ本体部と、
角膜上に保持されるレンズ下面と、
前記レンズ下面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面と
を有する眼内観察用レンズにおいて、
前記眼内観察用レンズが疎水性ポリマーを含む高分子物質からなり、
前記レンズ上面は疎水性を有し、かつ180nm以下のピッチの微細突起を有することを特徴とする眼内観察用レンズ。
【請求項2】
前記疎水性ポリマーはPMMAであり、前記眼内観察用レンズはPMMAのみからなることを特徴とする請求項1に記載の眼内観察用レンズ。
【請求項3】
前記レンズ上面は130nm以下のピッチの微細突起を有することを特徴とする請求項1または2に記載の眼内観察用レンズ。
【請求項4】
前記微細突起の最大外径が100nm以上130nm未満であり、前記微細突起の高さが50nm以上であり、アスペクト比が0.3以上20以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の眼内観察用レンズ。
【請求項5】
レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ上面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観察用レンズの製造方法において、
基板に180nm以下のピッチの微細突起用パターンを形成してマスターモールドを作製する工程と、
熱インプリントまたは光インプリントにより前記マスターモールドから樹脂モールドを作製する工程と、
前記樹脂モールドに金属めっきを施すことにより金属モールドを作製する工程と、
射出成型用金型に前記金属モールドを貼り付ける工程と、
前記射出成型用金型に貼り付けられた前記金型モールドが眼内観察用レンズ上面に対応するように射出成型用金型を配置することにより、疎水性ポリマーを含む高分子物質からなる眼内観察用レンズの射出成型を行う工程と、
を有する眼内観察用レンズの製造方法。
【請求項6】
レンズ本体部と、角膜上に保持されるレンズ下面と、前記レンズ下面及び前記レンズ本体部を介して眼内を観察するためのレンズ上面とを有する眼内観察用レンズの製造方法において、
基板に180nm以下のピッチの微細突起用パターンを形成してマスターモールドを作製する工程と、
熱インプリントまたは光インプリントにより前記マスターモールドから樹脂モールドを作製する工程と、
射出成型用金型にアモルファスカーボン層を設け、前記樹脂モールドにより微細突起用パターンを前記アモルファスカーボン層に施す工程と、
前記アモルファスカーボン層が眼内観察用レンズ上面に対応するように射出成型用金型を配置することにより、疎水性ポリマーを含む樹脂からなる眼内観察用レンズの射出成型を行う工程と、
を有する眼内観察用レンズの製造方法。


【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図2】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−76717(P2013−76717A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19660(P2010−19660)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】