説明

立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法。

【課題】基材上に配線を形成した立体配線形成体において、配線の基材に対する追従性を向上させ、また、配線と基材との密着性を向上させることのできる立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る立体配線形成体は、樹脂からなる基材と、前記基材の非平坦面上に設けられる配線とを備える立体配線形成体であって、前記配線は、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、加工前の結晶組織が、表面から内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子・電気機器及び自動車部品に用いられているプリント基板は、ガラスエポキシ等の熱硬化性樹脂を用いて構成される積層板であり、形状が平板に限られる。また、熱硬化性樹脂を平板に成形した後に、エッチング処理、めっき処理、穴開け処理、面取り処理、打ち抜き処理等の後工程を経ることによりプリント基板は作製される。
【0003】
一方、配線合理化、及び省スペース化を目的とし、プラスチックの射出成形体又はセラミックス成形体を用いて三次元の立体的な形状を形成し、形成した成形体の表面に導電性の配線部品を設けたMolded Interconnect Device(MID)と呼ばれる立体回路基板が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
特許文献1に記載の立体回路基板の導体形成の方法においては、樹脂基板上にめっきを施す方法の他に、10〜30μmの厚さを有する銅箔を、加熱及び加圧、又は加熱及び接着材の併用により樹脂に一体化させた後、エッチング処理により予め定められたパターンを有する導電回路を形成している。なお、その他の配線部品として、銅又は銅に錫めっきを施した導体に絶縁被覆層を設け、更に、立体的な構造に加工したパワーサプライボード(PSB)、バスバー等の配線合理化製品も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−307904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の配線部品に用いられる導体は一般に銅系材料で構成される。そして、配線の線幅の狭小化、電力の供給による発熱量の低減を目的として、より導電率の高い材料が要求される。また、例えば、立体回路基板の導体形成にめっき法を適用した場合、樹脂基板へのめっき触媒の塗布、めっき前後の化学薬品処理、洗浄等、作業工程が複雑であり、各工程の実施に伴う設備投資も必要で、高コストの製品にならざるを得ない。また、樹脂上への直接めっきは、めっきの密着性を向上させるために樹脂表面を粗化させることが必要であるが、粗化によりめっきの平坦性が損なわれたり、めっき膜厚の均一性も不安定になる。
【0007】
一方、導体部分を銅箔から形成する場合、立体的な樹脂基板の形状へ銅箔をより密着させるため、軟質で、かつ、導電率の高い銅(6N、純度99.9999%)を用いると、樹脂基板が複雑な立体構造の場合はその形状に追従できなく、加工部に破断が生じる。また、材料コストが極めて高くなる。そこで、導体の破断防止、及び材料コストの低減のためにCu(タフピッチ銅)を適用すると、単純な樹脂基板の形状では、樹脂基板と銅導体との密着加工が可能だが、より複雑な形状あるいは小型の製品になると銅の変形が樹脂基板の形状に追従できない。又は、密着性を確保するため、より高い加工負荷やエネルギーを加える必要がある。また、タフピッチ銅は6N銅と比較して導電率が劣る。
【0008】
同様に、PSBやバスバーへ導電率及び複雑な立体形状にも対応可能な、優れた加工性を有する6N銅を適用すると、加工負荷が高い場所では、クラックあるいは破断が生じ、かつ、材料コストが高い製品となり、タフピッチ銅を適用した場合は、特性(導電率、加工性)を十分に満たすことができない。そこで、立体形状を有する配線部材製品では、導電率が高く、かつ、加工性に優れ、低コストの材料が求められていた。
【0009】
したがって、本発明の目的は、基材上に配線を形成した立体配線形成体において、配線の基材に対する追従性を向上させ、また、配線と基材との密着性を向上させることのできる立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、樹脂からなる基材と、前記基材の非平坦面上に設けられる配線とを備える立体配線形成体であって、前記配線は、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、加工前の結晶組織が、表面から内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である立体配線形成体が提供される。
【0011】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、銅線に絶縁被覆層を設けた絶縁被覆線を立体的な形状に加工した立体配線形成体であって、前記銅線が、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、前記銅線の表面から前記銅線の内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である立体配線形成体が提供される。
【0012】
また、上記立体配線形成体において、前記添加元素がTiであり、前記軟質希薄銅合金材料が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含んでもよい。
【0013】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、樹脂材料を用いて射出成形体を形成する工程と、不可避的不純物と、純銅と、2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含む軟質希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯にし、前記溶湯から板状体を熱間圧延で作製する工程と、前記射出成形体の凹凸面の上に金型により前記板状体を圧着する工程と備える立体配線形成体の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明は、上記課題を解決することを目的として、不可避的不純物と、純銅と、2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含む軟質希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯にし、前記溶湯から荒引線を熱間圧延で作製する工程と、前記荒引線に伸線加工を施し、伸線材を作製する工程と、前記伸線材の上に絶縁被覆を形成し、絶縁被覆線を作製する工程と、前記絶縁被覆線を立体的な形状に加工する工程とを備える立体配線形成体の製造方法が提供される。
【0015】
また、上記立体配線形成体の製造方法において、前記熱間圧延が、最初の圧延ロールでの温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御して実施されてもよい。
【0016】
また、上記立体配線形成体の製造方法において、前記添加元素がTiであり、前記軟質希薄銅合金材料が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含んでもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法は、基材上に配線を形成した立体配線形成体において、配線の基材に対する追従性を向上させ、また、配線と基材との密着性を向上させることのできる立体配線形成体、及び立体配線形成体の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】TiS粒子のSEM像である。
【図2】図1の分析結果を示す図である。
【図3】TiO粒子のSEM像である。
【図4】図3の分析結果を示す図である。
【図5】Ti−O−S粒子のSEM像である。
【図6】図5の分析結果を示す図である。
【図7】屈曲疲労試験の概要を示す図である。
【図8】400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較例13に係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施例7に係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す図である。
【図9】600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較例14に係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施例8に係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す図である。
【図10】比較例14に係る試料の幅方向の断面組織を示す図である。
【図11】実施例8に係る試料の幅方向の断面組織を示す図である。
【図12】表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
【図13】MID用の樹脂を射出成型した立体基板を示す図である。
【図14】バスバーを示す図である。
【図15】実施例12と比較例21(OFC)との焼鈍条件と線材の伸びとの関係を明確にしたものである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[実施の形態]
(立体配線形成体の構成)
本実施の形態に係る立体配線形成体は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成される。
【0020】
また、本実施の形態に係る立体配線形成体は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能で、加工度90%(例えば、φ8mmからφ2.6mmのワイヤへの加工)での軟化温度が148℃以下の材料を用いて構成される。
【0021】
具体的に、本実施の形態に係る立体配線形成体は、樹脂からなる基材と、基材の非平坦面上に設けられる配線とを備え、配線は、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、加工前の結晶組織が、表面から内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である。添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化することができるためである。添加元素は1種以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2を超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2を超え400mass ppmを含むことができる。
【0022】
また、本実施の他の形態に係る立体配線形成体は、銅線に絶縁被覆層を設けた絶縁被覆線を立体的な形状に加工した立体配線形成体であって、銅線が銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、銅線の表面から銅線の内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である。
【0023】
また、本実施の形態及び本実施の他の形態に係る立体配線形成体は、添加元素がTiである場合、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppm以上30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む。更に、硫黄(S)及びチタン(Ti)は、TiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として立体配線形成体に含まれ、残部のTi及びSは、固溶体として立体配線形成体に含まれる。2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0024】
また、TiO、TiO、TiS、Ti−O−Sの形の化合物又は凝集物は立体配線形成体を構成する結晶粒の内部に分布しており、TiOは、200nm以下のサイズを有し、TiOは、1000nm以下のサイズを有し、TiSは、200nm以下のサイズを有し、Ti−O−Sの形の化合物又は凝集物は、300nm以下のサイズを有する。「結晶粒」とは、銅の結晶組織のことを意味する。
【0025】
(立体配線形成体の製造方法)
本実施の形態に係る立体配線形成体の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。まず、樹脂材料を用いて射出成形体を形成する。次に、不可避的不純物と、純銅と、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にし、溶湯から板状体を熱間圧延で作製する。そして、射出成形体の凹凸面の上に金型により板状体を圧着する。これにより、立体配線形成体が製造される。
【0026】
また、本実施の他の形態に係る立体配線形成体の製造方法は以下のとおりである。まず、不可避的不純物と、純銅と、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppm以上30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にし、溶湯から荒引線を熱間圧延で作製する。
【0027】
次に、荒引線に伸線加工を施し、伸線材を作製する。続いて、伸線材の上に絶縁被覆を形成し、絶縁被覆線を作製する。そして、絶縁被覆線を立体的な形状に加工する。これにより、立体配線形成体が製造される。
【0028】
なお、上記立体配線形成体の製造において、熱間圧延は、最初の圧延ロールでの温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御して実施される。
【0029】
以下、本実施の形態に係る立体配線形成体の実現において、本発明者が検討した内容を説明する。
【0030】
まず、純度が6N(つまり、99.9999%)の高純度銅は、加工度90%における軟化温度は130℃である。したがって、本発明者は、安定生産することができる130℃以上148℃以下の軟化温度で軟質材の導電率が98%IACS以上、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上である軟質銅を安定して製造することができる軟質希薄銅合金材料と、この軟質希薄銅合金材料の製造方法について検討した。
【0031】
ここで、酸素濃度が1〜2mass ppmである高純度銅(4N)を準備して、実験室に設置した小型連続鋳造機(小型連鋳機)を用い、このCuをCuの溶湯にした。そして、この溶湯にチタンを数mass ppm添加した。続いて、チタンを添加した溶湯からφ8mmのワイヤロッドを製造した。次に、φ8mmのワイヤロッドをφ2.6mmに加工した(つまり、加工度が90%である)。このφ2.6mmのワイヤロッドの軟化温度は160℃〜168℃であり、この温度より低い軟化温度にはならなかった。また、このφ2.6mmのワイヤロッドの導電率は、101.7%IACS程度であった。つまり、ワイヤロッドに含まれる酸素濃度を低下させ、チタンを溶湯に添加してもワイヤロッドの軟化温度を低下させることができないと共に、高純度銅(6N)の導電率102.8%IACSよりも導電率が低いという知見を本発明者は得た。
【0032】
軟化温度を低下させることができず、導電率が6Nの高純度銅より低くなった原因は、溶湯の製造中に不可避的不純物としての数mass ppm以上の硫黄(S)が含まれることに起因すると推測された。すなわち、溶湯に含まれている硫黄とチタンとの間でTiS等の硫化物が十分に形成されないことに起因して、ワイヤロッドの軟化温度が低下しないものと推測された。
【0033】
そこで、本発明者は、立体配線形成体の軟化温度の低下と、立体配線形成体の導電率の向上とを実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本実施の形態に係る立体配線形成体を得た。
【0034】
図1は、TiS粒子のSEM像であり、図2は、図1の分析結果を示す。また、図3は、TiO粒子のSEM像であり、図4は、図3の分析結果を示す。更に、図5は、Ti−O−S粒子のSEM像であり、図6は、図5の分析結果を示す。なお、SEM像において、中央付近に各粒子が撮像されている。図1〜6は、表1の実施例1の上から三段目に示す酸素濃度、硫黄濃度、Ti濃度をもつφ8mmの銅線(ワイヤロッド)の横断面をSEM観察及びEDX分析にて評価したものである。観察条件は、加速電圧15keV、エミッション電流10μAとした。
【0035】
まず、第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量のCuに、チタン(Ti)を添加した状態で、Cuの溶湯を作製することである。この溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。これは、図1のSEM像と図2の分析結果、図3のSEM像と図4の分析結果からの考察である。なお、図2、図4、及び図6において、Pt及びPdはSEM観察する際に観察対象物に蒸着する金属元素である。
【0036】
次に、第2の方策は、銅中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO)を核としてSを析出させることができる。一例として、図5及び図6のように、溶銅と共にTi−O−S粒子等が形成される。
【0037】
以上の第1の方策及び第2の方策により、銅に含まれる硫黄が晶出すると共に析出するので、冷間伸線加工後に所望の軟化温度と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを得ることができる。
【0038】
また、本実施の形態に係る立体配線形成体は、SCR連続鋳造圧延設備を用いて製造する。ここで、SCR連続鋳造圧延設備を用いる場合における製造条件の制限として、以下の3つの条件を設けた。
【0039】
(1)組成について
導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜55mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0040】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、2〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜37mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。また、導電率が102%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3〜12mass ppmの硫黄と、2を超え30mass ppm以下の酸素と、4〜25mass ppmのチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0041】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0042】
酸素濃度が低い場合、立体配線形成体の軟化温度が低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で立体配線形成体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
【0043】
(2)分散している物質について
立体配線形成体内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、立体配線形成体内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求されるからである。
【0044】
立体配線形成体に含まれる硫黄及びチタンは、TiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。立体配線形成体の原料である軟質希薄銅合金材料としては、TiOが200nm以下のサイズを有し、TiOが1000nm以下のサイズを有し、TiSが200nm以下のサイズを有し、Ti−O−Sの形の化合物が300nm以下のサイズを有しており、これらが結晶粒内に分布している軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0045】
なお、鋳造時の溶銅の保持時間及び冷却条件に応じて結晶粒内に形成される粒子サイズが変動するので、鋳造条件も適切に設定する。
【0046】
(3)鋳造条件について
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。以下、鋳造条件(a)〜(b)について説明する。
【0047】
[鋳造条件(a)]
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御する。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0048】
[鋳造条件(b)]
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御する。
【0049】
通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的として、溶銅温度及び熱間圧延加工の温度を「鋳造条件(a)」及び「鋳造条件(b)」において説明した条件に設定することが好ましい。
【0050】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本実施の形態では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定する。
【0051】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される立体配線形成体を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、立体配線形成体の軟化温度(φ8〜φ2.6mmに加工した後の軟化温度)を、6Nの高純度銅の軟化温度(つまり、130℃)に近づけることができる。
【0052】
無酸素銅の導電率は101.7%IACS程度であり、6Nの高純度銅の導電率は102.8%IACSである。本実施の形態においては、直径φ8mmサイズのワイヤロッドの導電率が98%IACS以上、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上である。また、本実施の形態においては、冷間伸線加工後の線材(例えば、φ2.6mm)のワイヤロッドの軟化温度が130℃以上148℃である軟質希薄銅合金を製造し、この軟質希薄銅合金を立体配線形成体の製造に用いる。
【0053】
工業的に用いるためには、電気銅から製造した工業的に利用される純度の軟質銅線の導電率として、98%IACS以上の導電率が要求される。また、軟化温度は工業的価値から判断して148℃以下である。6Nの高純度銅の軟化温度は127℃〜130℃であるので、得られたデータから軟化温度の上限値を130℃に設定する。このわずかな違いは、6Nの高純度銅には含まれていない不可避的不純物の存在に起因する。
【0054】
ベース材の銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、CO)雰囲気シールド等の還元システム下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度、及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される立体配線形成体の品質を低下させる。
【0055】
ここで、立体配線形成体にチタンを添加物として添加した理由は次のとおりである。すなわち、(a)チタンは溶融銅の中で硫黄と結合することにより化合物になりやすく、(b)Zr等の他の添加金属に比べて加工が容易で扱いやすく、(c)Nb等に比べて安価であり、(d)酸化物を核として析出しやすいからである。
【0056】
以上より、生産性が高く、導電率、軟化温度、表面品質に優れた実用的な軟質希薄銅合金材料を、本実施の形態に係る立体配線形成体の原料として得ることができる。なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。めっき層は、例えば、錫、ニッケル、銀を主成分とする材料、又はPbフリーめっきを用いることができる。
【0057】
また、軟質希薄銅合金線の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、平角導体等の形状にすることができる。
【0058】
また、本実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製したが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【0059】
(実施の形態の効果)
本実施の形態に係る立体配線形成体を構成する銅材料は、添加したTiが不純物であるSをトラップするので、銅母相(マトリックス)が高純度化して軟らかくなる。したがって、MID等の立体的な配線基板に適用した場合、この銅材料は、基板の複雑な形状に追従し、厳しい曲げ加工が要求されるエッジ部での銅と基板との密着性を向上させることができる。また、この銅材料は、表面の結晶粒径が細かいので、厳しい曲げ加工部においても、クラックの発生や材料破断は生じない。更に、めっきで形成された樹脂上の配線と比較して、平坦性と厚さ均一性とに優れるので、電気あるいは信号伝達の信頼性が高い。
【0060】
また、この銅材料を用いて形成される丸線若しくは平角線の導体に絶縁樹脂を被覆した後、立体的な加工を加えるPSBやバスバーにおいては、タフピッチ銅等と比べてこの銅材料は軟らかいので、複雑な加工形状に耐えうる柔軟性と耐クラック性とを兼ね備えさせることができる。更に、この銅材料は、優れた柔軟性を有するので、加工負荷を低減することができ、加工エネルギーも低減できる。また、スプリングバック等の加工不具合の程度も低減できる。
【0061】
また、この銅材料は、高い導電率を有するので、導電回路の細線化若しくは導体の細径化に寄与することができる。更に、同一サイズの導体の場合、抵抗による発熱量を低下できる。そして、これらの加工容易性と高い導電率とは、銅の高純度化(6N以上)処理を要せず、安価な連続鋳造圧延法を用いることができるので、低コスト化に資することができる。
【実施例】
【0062】
表1は実験条件と結果とを示す。
【0063】
【表1】

【0064】
まず、実験材として、表1に示した酸素濃度、硫黄濃度、チタン濃度を有するφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鍛造圧延により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成したものである。次に、各実験材に冷間伸線加工を施した。これにより、φ2.6mmサイズの銅線を作製した。そして、φ2.6mmサイズの銅線の半軟化温度と導電率とを測定すると共に、φ8mmの銅線における分散粒子サイズを評価した。
【0065】
酸素濃度は、酸素分析器(レコ(Leco(登録商標)酸素分析器)で測定した。硫黄、チタンの各濃度はICP発光分光分析で分析した。
【0066】
φ2.6mmサイズにおける半軟化温度の測定は、400℃以下で各温度1時間の保持後、水中急冷し、引張試験を実施し、その結果から求めた。室温での引張試験の結果と400℃で1時間のオイルバス熱処理した軟質銅線の引張試験の結果を用いて求め、この2つの引張試験の引張強さを足して2で割った値を示す強度に対応する温度を半軟化温度と定義して求めた。
【0067】
実施の形態で述べたとおり、立体配線形成体内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、立体配線形成体内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。したがって、直径500nm以下の分散粒子が90%以上である場合を合格とした。ここに「サイズ」とは化合物のサイズであり、化合物の形状の長径と短径のうちの長径のサイズを意味する。また、「粒子」とは、前記TiO、TiO、TiS、Ti−O−Sのことを示す。また、「90%」とは、全体の粒子数に対しての該当粒子数の割合を示すものである。
【0068】
表1において比較例1は、実験室でAr雰囲気において直径φ8mmの銅線を試作した結果であり、銅溶湯にTiを0〜18mass ppm添加した。Tiを添加していない銅線の半軟化温度が215℃であったのに対し、13mass ppmのTiを添加した銅線の軟化温度は160℃まで低下した(実験した中では最小温度である。)。表1に示す通り、Ti濃度が15mass ppm、18mass ppmに増加するにつれ、半軟化温度も上昇しており、要求されている軟化温度である148℃以下を実現することはできなかった。また、工業的に要求されている導電率は98%IACS以上であったものの、総合評価は不合格(以下、不合格を「×」と表す)であった。
【0069】
そこで、比較例2として、SCR連続鋳造圧延法を用い、酸素濃度を7〜8mass ppmに調整したφ8mm銅線(ワイヤロッド)を試作した。
【0070】
比較例2においては、SCR連続鋳造圧延法で試作した中でTi濃度が最小(つまり、0mass ppm、2mass ppm)の銅線であり、導電率は102%IACS以上であったものの、半軟化温度が164℃、157℃であり、要求されている148℃以下ではなかったことから、総合評価は「×」であった。
【0071】
実施例1においては、酸素濃度と硫黄濃度とが略一致(つまり、酸素濃度:7〜8mass ppm、硫黄濃度:5mass ppm)すると共に、Ti濃度が4〜55mass ppmの範囲内で異なる銅線を試作した。
【0072】
Ti濃度が4〜55mass ppmの範囲では、軟化温度が148℃以下であり、導電率も98%IACS以上102%IACS以上であり、分散粒子サイズは500nm以下の粒子が90%以上であり良好であった。また、ワイヤロッドの表面もきれいであり、いずれも製品性能を満たしていたので、総合評価は合格(以下、合格を「○」と表す)であった。
【0073】
ここで、導電率100%IACS以上を満たす銅線は、Ti濃度が4〜37mass ppmの場合であり、102%IACS以上を満たす銅線は、Ti濃度が4〜25mass ppmの場合であった。Ti濃度が13mass ppmの場合に導電率は最大値である102.4%IACSを示し、この濃度の周辺では、導電率はわずかに低い値であった。これは、Ti濃度が13mass ppmの場合に、銅の中の硫黄分を化合物として捕捉することで、高純度銅(6N)に近い導電率を示すためである。
【0074】
よって、酸素濃度を高くし、Tiを添加することで、半軟化温度と導電率との双方を満足させることができる。
【0075】
比較例3においては、Ti濃度を60mass ppmにした銅線を試作した。比較例3に係る銅線は、導電率は要求を満たすものの、半軟化温度は148℃以上であり、製品性能を満たしていなかった。更に、ワイヤロッドの表面の傷も多く、製品として採用することは困難であった。よって、Tiの添加量は60mass ppm未満が好ましいことが示された。
【0076】
実施例2に係る銅線おいては、硫黄濃度を5mass ppmに設定すると共に、Ti濃度を13〜10mass ppmの範囲で制御して、酸素濃度を変更することにより酸素濃度の影響を検討した。
【0077】
酸素濃度に関しては、2mass ppmを超え30mass ppm以下まで、大きく濃度が異なる銅線をそれぞれ作製した。ただし、酸素濃度が2mass ppm未満の銅線は生産が困難で安定的に製造できないので、総合評価は「△」とした(なお、「△」は「○」と「×」との中間の評価である。)。また、酸素濃度を30mass ppmにしても半軟化温度及び導電率の双方とも、要求を満たした。
【0078】
比較例4においては、酸素濃度が40mass ppmの場合に、ワイヤロッドの表面の傷が多く、製品として採用することができない状態であった。
【0079】
よって、酸素濃度を2を超え30mass ppm以下の範囲にすることで、半軟化温度、導電率102%IACS以上、分散粒子サイズのいずれの特性も満足させることができ、また、ワイヤロッドの表面もきれいであり、製品性能を満足させることができることが示された。
【0080】
実施例3は、酸素濃度とTi濃度とを互いに近づけた濃度に設定すると共に、硫黄濃度を4〜20mass ppmの範囲内で変更した銅線である。実施例3においては、硫黄濃度が2mass ppmより小さい銅線については、原料の制約上、実現できなかった。しかしながら、Ti濃度と硫黄濃度とをそれぞれ制御することで、半軟化温度及び導電率の双方とも、要求を満たすことができた。
【0081】
比較例5においては、硫黄濃度が18mass ppmであり、Ti濃度が13mass ppmである場合には、半軟化温度が162℃と高く、要求される特性を満足しなかった。また、特に、ワイヤロッドの表面品質が悪く、製品化は困難であった。
【0082】
以上より、硫黄濃度が2〜12mass ppmの範囲の場合には、半軟化温度、導電率102%IACS以上、分散粒子サイズのいずれの特性も満足させることができ、また、ワイヤロッドの表面もきれいであり、製品性能を満足させることができることが示された。
【0083】
比較例6は、6Nの高純度銅を用いた銅線である。比較例6に係る銅線においては、半軟化温度が127℃〜130℃であり、導電率が102.8%IACSであり、分散粒子サイズも500μm以下の粒子は全く認められなかった。
【0084】
表2には、製造条件としての溶融銅の温度と圧延温度とを示す。
【0085】
【表2】

【0086】
比較例7においては、溶銅温度が1330℃〜1350℃で、かつ、圧延温度が950〜600℃でφ8mmのワイヤロッドを作製した。比較例7に係るワイヤロッドは、半軟化温度及び導電率は要求を満たすものの、分散粒子サイズに関しては1000nm程度の粒子が存在しており、500nm以上の粒子も10%を超えて存在していた。よって、実施例7に係るワイヤロッドは不適と判定した。
【0087】
実施例4においては、溶銅温度を1200℃〜1320℃の温度範囲で制御すると共に、圧延温度を880℃〜550℃の温度範囲に制御してφ8mmのワイヤロッドを作製した。実施例4に係るワイヤロッドは、ワイヤロッド表面の品質、分散粒子サイズが良好であり、総合評価は「○」であった。
【0088】
比較例8においては、溶銅温度を1100℃に制御すると共に、圧延温度を880℃〜550℃の温度範囲に制御してφ8mmのワイヤロッドを作製した。比較例8に係るワイヤロッドは、溶銅温度が低いことからワイヤロッドの表面の傷が多く製品としては適さなかった。これは、溶銅温度が低いことから、圧延時に傷が発生しやすいことに起因するからである。
【0089】
比較例9においては、溶銅温度を1300℃に制御すると共に、圧延温度を950℃〜600℃の温度範囲に制御してφ8mmのワイヤロッドを作製した。比較例9に係るワイヤロッドは、熱間圧延工程における温度が高いことからワイヤロッドの表面の品質は良好であるものの、分散粒子サイズには大きいサイズが含まれ、総合評価は「×」になった。
【0090】
比較例10においては、溶銅温度を1350℃に制御すると共に、圧延温度を880℃〜550℃の温度範囲に制御してφ8mmのワイヤロッドを作製した。比較例10に係るワイヤロッドは、溶銅温度が高いことに起因して分散粒子サイズに大きなサイズが含まれ、総合評価は「×」になった。
【0091】
(軟質希薄銅合金線の軟質特性)
表3は、無酸素銅線を用いた比較例11に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施例5に係るワイヤロッドとについて、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施した後のビッカース硬さ(Hv)を測定した結果を示す。
【0092】
【表3】

【0093】
実施例5に係るワイヤロッドは、表1の実施例1に記載した合金組成と同一の合金組成を有する。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。表3を参照すると、焼鈍温度が400℃の場合及び600℃の場合に、比較例11に係るワイヤロッドと実施例5に係るワイヤロッドとのビッカース硬さは同等レベルであることが示された。したがって、実施例5に係るワイヤロッドは十分な軟質特性を有すると共に、無酸素銅線との比較においても、特に焼鈍温度が400℃を超える温度範囲においては優れた軟質特性を発揮することが示された。
【0094】
(軟質希薄銅合金線の耐力、及び屈曲寿命についての検討)
表4は、無酸素銅線を用いた比較例12に係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施例6に係るワイヤロッドとについて、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施した後の0.2%耐力値の推移を測定した結果を示す。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。また、実施例6に係るワイヤロッドは、表1の実施例1に記載した合金組成と同一の合金組成を有する。
【0095】
【表4】

【0096】
表4を参照すると、焼鈍温度が400℃及び600℃の場合に、比較例12に係るワイヤロッドと実施例6に係るワイヤロッドとの0.2%耐力値が同等レベルであることが示された。
【0097】
図7は、屈曲疲労試験の概要を示し、図8は、400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較例13に係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施例7に係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す。
【0098】
試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施した試料を用い、比較例13に係るワイヤロッドは比較例11に係るワイヤロッドと同一の成分組成を有し、実施例7に係るワイヤロッドは実施例5に係るワイヤロッドと同一の成分組成を有する。
【0099】
屈曲寿命の測定は、屈曲疲労試験を用いて実施した。屈曲疲労試験は、試料に荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮との繰り返し曲げひずみを与える試験である。具体的には、まず、図7の(A)に示すように、屈曲ヘッド14が備えるクランプ12に試料20を固定すると共に曲げ冶具(つまり、リング10)の間に試料20をセットする。そして、試料20に対し、錘16により荷重を負荷する。次に、図7の(B)に示すようにリング10を90度回転させることにより試料20に曲げを与える。この操作で、リング10に接している試料20の表面には圧縮ひずみが発生し、圧縮ひずみが発生している表面の反対側の表面には引張ひずみが発生する。
【0100】
その後、再び図7の(A)の状態(つまり、試料20に曲げが加えられていない状態)に試料20は戻る。続いて、図7の(C)に示すように、図7の(B)における場合と反対方向にリング10を90度回転させることにより試料20に曲げを与える。この操作で、リング10に接している試料20の表面には圧縮ひずみが発生し、圧縮ひずみが発生している表面の反対側の表面には引張ひずみが発生する。そして、再び図7の(A)の状態に試料20は戻る。この屈曲疲労の1サイクル(なお、図7の(A)の状態から(B)の状態になり、(B)の状態から(A)の状態に戻り、(A)の状態から(C)の状態になり、(C)の状態から(A)の状態に戻るサイクルを1サイクルとする。)に要する時間は4秒である。
【0101】
表面曲げひずみは、「表面曲げひずみ(%)=r/(R+r)×100(%)」から算出される。なお、「R」は、素線曲げ半径(30mm)であり、「r」は、素線半径である。
【0102】
図8に示すように、実施例7に係るワイヤロッドは、比較例13に係るワイヤロッドに比べて高い屈曲寿命特性を示した。
【0103】
図9は、600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較例14に係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施例8に係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す。
【0104】
試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施した試料を用い、比較例14に係るワイヤロッドは比較例11に係るワイヤロッドと同一の成分組成を有し、実施例8に係るワイヤロッドは実施例5に係るワイヤロッドと同一の成分組成を有する。また、屈曲寿命の測定は、図8に示す測定方法と同様に実施した。その結果、実施例8に係るワイヤロッドは、比較例14に係るワイヤロッドに比べて高い屈曲寿命特性を示した。
【0105】
実施例7、実施例8、比較例13、及び比較例14に係るワイヤロッドの屈曲寿命測定の結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施例7及び実施例8に係るワイヤロッドの方が、比較例13及び比較例14に係るワイヤロッドに比べて0.2%耐力値が大きい値を示すことに起因と理解できる。
【0106】
(軟質希薄銅合金線の結晶構造についての検討)
図10は、比較例14に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図11は、実施例8に係る試料の幅方向の断面組織を示す。
【0107】
図10を参照すると、比較例14の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、実施例8の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0108】
本発明者は、比較例14には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が実施例8の屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0109】
通常、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を実行すれば、比較例14のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施例においては、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、本実施例では、軟質銅材でありながら屈曲特性に優れた軟質希薄銅合金材料が得られたと考えられる。
【0110】
また、図10及び図11に示す結晶構造の断面写真を基に、実施例8及び比較例14に係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0111】
図12は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。
【0112】
図12に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでの長さ1mmの線上の範囲で、結晶粒サイズを測定した。そして、各測定値(実測値)から平均値を求め、この平均値を平均結晶粒サイズにした。
【0113】
測定の結果、比較例14の表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施例8の表層における平均結晶粒サイズは、10μmであり、大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことにより、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる(なお、結晶粒サイズが大きいと、結晶粒界に沿って亀裂が進展する。しかし、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展方向が変わるので、進展が抑制される。)。このことが、上述のとおり、比較例と実施例との屈曲特性の面で大きな相違が生じた理由であると考えられる。
【0114】
また、2.6mm径である実施例6及び比較例12の表層における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0115】
測定の結果、比較例12の表層における平均結晶粒サイズは100μmであったのに対し、実施例6の表層における平均結晶粒サイズは20μmであった。
【0116】
本実施例の効果を奏するには、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては20μm以下が好ましい。また、製造上の限界値を考慮すると、5μm以上の平均結晶粒サイズであることが好ましい。
【0117】
表5は、SCR連続鋳造圧延により溶銅温度と圧延温度とを変化させ、幅200mm×8mmの板材を作製した時の製造条件と溶融銅の温度と圧延温度とを示す。半軟化温度及び導電率は、厚さ8mmから0.8mmまで冷間圧延した材料を試料として評価した。
【0118】
【表5】

【0119】
比較例15においては、溶銅温度を1330〜1350℃に制御すると共に、圧延温度を950〜600℃に制御して平板を作製した。比較例13に係る平板は、半軟化温度と導電率とは予め定められた基準を満たすものの、分散粒子のサイズについては、1000nm程度の粒子が存在しており、500nm以上の粒子も10%を超えていた。したがって、比較例15の総合評価は「×」とした。
【0120】
実施例9においては、溶銅温度を1200〜1320℃に制御すると共に、圧延温度を880〜550℃に制御して幅20mm×厚さ1.0mmの平板を作製した。実施例9に係る平板は、板材の表面品質、分散粒子サイズが良好であり、総合評価は「○」であった。
【0121】
比較例16においては、溶銅温度を1100℃に制御すると共に、圧延温度を880〜550℃に制御して幅20mm×厚さ1.0mmの平板を作製した。比較例16に係る平板は、溶銅温度が低いことから板材の表面傷が多く、製品には適さなかった。これは、溶銅温度が低いことから、圧延時に傷が発生しやすいことに起因する。
【0122】
比較例17においては、溶銅温度を1300℃に制御すると共に、圧延温度を950〜600℃に制御して幅20mm×厚さ1.0mmの平板を作製した。比較例17に係る平板は、熱間圧延の温度が高いことから板材の表面品質は良好であるものの、分散粒子サイズが大きく、総合評価は「×」であった。
【0123】
比較例18においては、溶銅温度を1350℃に制御すると共に、圧延温度を880〜550℃に制御して幅20mm×厚さ1.0mmの平板を作製した。比較例18に係る平板は、溶銅温度が高いことから分散粒子サイズが大きく、総合評価は「×」であった。
【0124】
表5に示す実施例9において半軟化温度を測定した上から2番目の素材からなる厚さ0.8mmtの材料に、更に冷間圧延加工を施し、厚さ20μmの箔形状に加工し、実施例10に係る箔を作製した。実施例10に係る箔と接着材シートとを、図13に示す立体形状に射出成型した樹脂基板30の凹凸表面30aに配置して、金型による加熱及び加圧により一体化させた。その後、導体表面にレジストを塗布して配線パターンを形成し、レジストで被覆されていない領域の銅をエッチングで取り除き、更にレジストを除去することで回路を形成した。
【0125】
その他、実施例9の上から2番目の組成からなる素材を加工して幅20mm×厚さ1.0mmの平角形状の導体40を作成し、これに絶縁樹脂からなる樹脂層50を被覆し、図14に示すような90°曲げを含む立体形状を有するバスバーを作製した。実施例7における厚さ0.8mmの材料、及び実施例9における幅20mm×厚さ1.0mmの平角形状の導体においても実施例6と同等の表層における結晶粒サイズが確認された。
【0126】
表6に、実施例10及び実施例11と同サイズであり、高純度銅(6N)から形成したMID及びバスバー(比較例19)と、タフピッチ銅(TPC)から形成したMID及びバスバー(比較例20)との特性を示す。
【0127】
【表6】

【0128】
加工性は、図13及び図14に示すような形状を有するMID及びバスバーのそれぞれに実施例10、11、及び比較例19に係る材料と比較例20に係る材料とを加工した後、曲げ加工部の導体表面及び断面観察をし、長さ1μm以上のクラックの発生が一つ以上確認された材料、あるいは、加工前と比較して導体の断面積減少率が20%以上の材料について不合格「×」とし、クラックの発生がなく、断面積減少率が20%未満の材料を合格「○」とした。
【0129】
また、加工精度に関しては、スプリングバック(成形後の浮き)等の発生により、設計した形状、寸法から加工後の形状が5%以上ずれた材料を不合格「×」とし、5%未満の材料を合格「○」とした。
【0130】
加工性(加工精度)、導電性、コスト、及びこれらの特性を含め、総合的に判断すると、実施例10及び実施例11に係る材料は最も優れた特性を示すことが明らかになった。図15は、φ2.6mmの線径の実施例12と比較例21(OFC)との焼鈍条件と線材の伸びとの関係を明確にしたものである。グラフ中「◇」は、比較例21を表し、「○」は実施例12を表している。この実施例12は、上記実施例7と同様の導体を用いたものである。実施例10、11の加工性が比較例に比べて優れているのは、焼鈍温度100℃から900℃の広い範囲で優れた伸び特性を示すことによると判断できる。
【0131】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0132】
10 リング
12 クランプ
14 屈曲ヘッド
16 錘
20 試料
30 樹脂基板
30a 凹凸形状
40 導体
50 樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂からなる基材と、前記基材の非平坦面上に設けられる配線とを備える立体配線形成体であって、
前記配線は、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、
加工前の結晶組織が、表面から内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である立体配線形成体。
【請求項2】
銅線に絶縁被覆層を設けた絶縁被覆線を立体的な形状に加工した立体配線形成体であって、
前記銅線が、銅と2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含み、残部が不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料からなり、
前記銅線の表面から前記銅線の内部に向けて50μmの深さまでの表層における平均結晶粒サイズが20μm以下である立体配線形成体。
【請求項3】
前記添加元素がTiであり、前記軟質希薄銅合金材料が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含む請求項1又は2に記載の立体配線形成体。
【請求項4】
樹脂材料を用いて射出成形体を形成する工程と、
不可避的不純物と、純銅と、2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含む軟質希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯にし、前記溶湯から板状体を熱間圧延で作製する工程と、
前記射出成形体の凹凸面の上に金型により前記板状体を圧着する工程と
を備える立体配線形成体の製造方法。
【請求項5】
不可避的不純物と、純銅と、2mass ppmを超える量の酸素と、Ti、Mg、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素とを含む軟質希薄銅合金材料をSCR連続鋳造圧延により、1100℃以上1320℃以下の鋳造温度で溶湯にし、前記溶湯から荒引線を熱間圧延で作製する工程と、
前記荒引線に伸線加工を施し、伸線材を作製する工程と、
前記伸線材の上に絶縁被覆を形成し、絶縁被覆線を作製する工程と、
前記絶縁被覆線を立体的な形状に加工する工程と
を備える立体配線形成体の製造方法。
【請求項6】
前記熱間圧延が、最初の圧延ロールでの温度を880℃以下、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御して実施される請求項4又は5に記載の立体配線形成体の製造方法。
【請求項7】
前記添加元素がTiであり、前記軟質希薄銅合金材料が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含む請求項4又は5に記載の立体配線形成体の製造方法。

【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−89686(P2012−89686A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235266(P2010−235266)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】