説明

耐摩耗性コーティングの表面領域を有する複合製品の製造方法、そのような製品、およびそのコーティングを得るための鋼材の使用

粉末冶金法で生産された耐摩耗性鋼材は、下記の組成を、質量%を単位として有し、さらに、0.5から14の(V+Nb/2)を有し、ただし、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量が、前記元素の含量が垂直平面座標系の範囲A、B、G、H、A内にあるように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点の座標は、Ti、ZrおよびAlのうちの任意の一以上は最大7であり、残部は本質的に鉄および不可避不純物のみである。この鋼は、基材の鋼材の熱間等方圧プレスによって、金属材料の基材上に耐摩耗性表面領域を得るのに優れている。特に、耐摩耗性鋼がCoを含まない場合、得られた複合体は、例えば原子力発電所用の弁で使用するのに適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、必要な強度もしくは耐性(strength/resistance)を製品に与える第1の金属材料の基材(substrate)と、この基材の表面領域に付着された耐摩耗性鋼材のコーティングとを含む、複合製品(compound product)の製造方法に関する。
【0002】
本発明は、必要な強度/耐性を製品に与える第1の金属材料の基材と、この基材の表面領域に付着された耐摩耗性鋼材のコーティングとを含む、複合製品にも関する。
【0003】
さらに本発明は、ある組成を有する、粉末冶金により生成された鋼材の使用に関する。
【0004】
従来技術
当技術では、単一の材料によって満たすことのできない要求がしばしば存在する。例えば、同時発生的な相容れない要求が、延性/靭性および耐摩耗性に関してなされる可能性がある。そのような要求を満たすために、同じまたは異なる材料の2種または数種の物体(bodies)が熱間等方圧プレス(hot isostatic pressing)によって結合された、いわゆる複合製品を使用することができる。基材は、必要な強度/耐性を製品に与え、一方、基材の表面領域には、必要な耐摩耗性をもたらすコーティングが設けられる。そのような複合製品は、例えば、耐腐食性も必要とされる、オフショア工業、食品産業、加工産業、およびパルプ工業で一般に使用されており、例えば弁、ポンプ、および接続装置(attachment devices)などである。
【0005】
例えば、一般に原子力発電所で水蒸気および水の流れを制御するのに使用されている弁は、AISI 316L、即ち圧力容器用のステンレス鋼の基材構造上に合金を溶接でとりつけることによって構築された、弁構成要素(components)を含む。使用中、弁の封止面は、僅かな摩損を受け、高い表面圧力および構成要素間の相対運動、いわゆるかじり(galling)によって冷間圧接も受け、したがって、研削、補修溶接、または弁の交換といった形でメンテナンスを定期的に行うことが必要になる。
【0006】
弁の封止面を構築するための鋼合金は、
・生産可能性
・弁構成における適合性
・摩擦値
・かじり挙動
・耐摩耗性
・延性/靭性
・温度安定性
・耐腐食性
・耐押込み性(即ち、硬さ)
・機械加工性、研削性、および研摩性
・放射能
によって特徴づけられる。
【0007】
例えば、原子力産業用の弁で、合金Stellite 6(Deloro Stellite Companyの商標)は一般に、耐摩耗性材料の標準材料であった。Stellite 6は、Cが1.3%、Siが1.1%、Mnが0.1%、Crが30%、Niが2.3%、Moが0.1%、Wが4.7%、Feが2.3%、および残りがCoである、Co−Cr合金である。Stellite 6は、手作業の金属アーク溶接によって基材に付着され、マトリックス中に不均一に分配された高体積の炭化クロムを有する樹枝状オーステナイト系Coマトリックスが形成される。溶接によるStellite 6のコーティングは、既に最初からまたは運転中に、溶接プロセス中または運転中に生じる応力により、巨視的な亀裂を封止面に引き起こす可能性がある。このようにして、漏洩が生じることになり、かじりにより安定性が低下し、その結果、厳しい安全性が要求される環境でのメンテナンスに対する要求が増大する。溶接による、より最適なコーティングは、Stellite 6の粉末を用いたレーザ溶接またはプラズマ溶接の使用であり、その場合亀裂および欠陥が最小限に抑えられる。
【0008】
Stellite合金の摩擦係数は、運転中の温度および圧力に応じて変化することが証明された。約20℃の低い運転温度および60MPa未満の低圧では、摩擦係数はかなり高く、約0.55から0.60であり、一方、100を超えかつ200MPaまでの高圧、および50を超え80℃までの運転温度では、摩擦係数は著しく低く、約0.25である。これは、重負荷の第1のステップで、Stellite 6の変形硬化が生じ、そこで高い摩擦をもたらす面心立方(FFC)結晶構造から六方最密充填(HCP)結晶構造への相転移が生じることによると説明される。第2のステップでは、層の変化が表面で生じ、したがっていくつかのHCP基本層は表面に平行になり、このようにして、剪断が容易に生じる構造が生成される。より低い圧力では、この第2のステップは生じない。
【0009】
多くの点で、Stellite 6は優れた材料であるが、沸騰水型原子炉の一次回路におけるバックグラウンド放射線レベルの上昇の一因となる。これは、摩耗および腐食によって同位体59Coのイオンが放出され、このイオンは、中性子捕獲を通して、一次回路内を循環するときに、放射性同位体60Coへと放射化され、これが、59Coに分解するときに危険なγ放射線を放出するという事実に依存する。この不利益のため、摩耗および腐食に対して良好な耐性を有ししたがって放射性環境での使用に適切な、Coを含まない合金を開発するために、ここ10年の間研究が行われてきた。
【0010】
Coを含まないそのような合金は、例えばUS4,803,045に記載されており、溶接によって付着してもよく、質量%を単位とした下記の組成を有する:
【0011】
【表1】

【0012】
この合金は、主にオーステナイト系マトリックスおよび共晶合金炭化物からなるミクロ組織を有する。
【0013】
Coを含まない前記溶接可能な硬質溶接合金の別の開発は、US5,702,668に記載されており、質量%を単位とした下記の組成を有する:
【0014】
【表2】

【0015】
これらの合金も、主にオーステナイト系マトリックスおよび共晶合金炭化物からなるミクロ組織を有する。
【0016】
Coを含まない、その他の溶接可能な硬質溶接合金は、Skwanという商標でBohler Weldingから販売されており、質量%を単位とした下記の組成を有する:
【0017】
【表3】

【0018】
Coを含まない硬質溶接コーティングは、やはり溶接によって付着されるので、Stelliteのコーティングのように、溶接プロセス中または運転中に生じる応力によって、封止面の巨視的亀裂が既に最初からまたは運転中に生じる可能性がある。このようにして、かじりによる漏洩および低い安定性が生じることになり、その結果、厳しい安全性が要求される環境でのメンテナンスに対する要求が高くなる。
【0019】
さらに、WO2007/024192A1(Uddeholm Tooling Aktiebolag)は、粉末冶金により生成された鋼合金、並びにこの合金で作製された工具および構成要素について記述している。合金は、質量%で下記の組成を有する:C 0.01から2、N 0.6から10、Si 0.01から3.0、Mn 0.01から10.0、Cr 16から30、Ni 0.01から5、(Mo+W/2)0.01から5.0、Co 0.01から9、S 最大0.5、および(V+Nb/2)0.5から14、但し、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量は、これら元素の含量がA’、B’、G、H、A’の座標により定められた領域内にあるように互いに対してバランスされ、ここでこれらの点に関する[N,(V+Nb/2)]座標は、A’:[0.6,0.5];B’:[1.6,0.5];G:[9.8,14.0];H:[2.6,14.0]であり、並びにTi、Zr、およびAlのうちの任意の一以上が最大7であり、残りは本質的に鉄および通常含量の不純物のみである。鋼は、プラスチック構成要素の射出成型、圧縮成型、および押出し用の工具、並びに腐食を受ける冷間加工工具の製造に使用することが意図される。さらに、エンジニアリング用構成要素、例えばエンジン用噴射ノズル、摩耗金属構成要素、ポンプ構成要素、ベアリング構成要素なども意図される。追加の適用分野は、食品産業用のナイフを製造するための、鋼合金の使用である。
【0020】
発明の開示
本発明の目的は、溶接による硬質コーティングの付着を行わない、複合製品の製造方法を提供することである。
【0021】
この目的は、本発明による下記のステップを含む、1番目のパラグラフに記述される方法により達成される:
− 質量%を単位として、下記の組成を有する耐摩耗性鋼材を粉末冶金により製造するステップであって、
【0022】
【表4】

【0023】
および、さらに、
(V+Nb/2)が0.5から14であり、但し一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量は、これら元素の含量が垂直平面座標系の領域A’、B’、G、H、A’内にあるように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点に関する座標は下記の通りであり、
【0024】
【表5】

【0025】
Ti、Zr、およびAlのうちの任意の一以上が最大7であり、残りは本質的に鉄および不可避不純物のみであるステップ;
− 基材の前記表面領域に、耐摩耗性鋼材を付けるステップ;および
− そのコーティングと共に基材の熱間等方圧プレスを行って、完全に稠密なまたは完全に稠密な状態に少なくとも近い物体にするステップ。
【0026】
上記目的に関連した目的は、摩耗表面が、摩耗および腐食に対する耐性に関して高い要求を満たし、またある実施形態ではCoを含まず、巨視的亀裂を回避した複合製品を提供することである。
【0027】
この目的は、上記2番目のパラグラフで述べた本発明による複合製品で達成され、
− この複合製品は、摩耗表面のための基材材料を含み、この基材は第1の組成を有し、
− 摩耗表面は、第2の組成の耐摩耗鋼材を含み、この材料は、質量%を単位として下記の組成を含み、
【0028】
【表6】

【0029】
および、さらに、
(V+Nb/2)が0.5から14であり、但し一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量は、前記元素の含量が垂直平面座標系の領域A’、B’、G、H、A’内にあるように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点に関する座標は下記の通りであり、
【0030】
【表7】

【0031】
Ti、Zr、およびAlのうちの任意の一以上が最大7であり、残りは本質的に鉄および不可避不純物のみであり、
− 耐摩耗性鋼材は、最大50体積%のMX−、MX−、および/またはM23/M7C3−タイプの硬質相粒子の一様な分布を含むミクロ組織を有しており、最長伸張(longest extension)における硬質相粒子のサイズは1から10μmであり、これら硬質相粒子の含量は、最大20体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物であるように分布しており(ここでMは主にVおよびCrであり、Xは主にNである)、並びに5から40体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物であるように分布しており(ここでMは主にVであり、Xは主にNである)、これらMX−粒子の平均サイズは3μm未満であり、好ましくは2μm未満であり、さらにより好ましくは1μm未満である。
【0032】
耐摩耗性コーティングは溶接によって付着されないので、溶接プロセス中または運転中に生じる応力によって既に最初からまたは運転中に、封止面に巨視的亀裂が引き起こされることが回避される。このようにして、かじりによる漏洩および低い安定性の危険性は、最小限に抑えられ、厳しい安全性が要求される環境で費用のかかるメンテナンスを行う必要性が低くなるという利点をもたらす。耐摩耗性材料が、バナジウムおよびおそらくは生じるニオブの含量に対する窒素の含量に関してバランスが取られている上述の組成を有するという事実のおかげで、耐摩耗性表面層を、複合製品上に得ることができる。ミクロ組織は、非常に硬質の安定な硬質相粒子を高含量で有するので、抗かじりおよび抗フレッティング特性に関する非常に高い要求を容易に満足させる摩耗表面を得ることができ、同時にこの表面は、腐食に対して非常に良好な性質を有する。
【0033】
上記目的に関連した別の目的は、上記知られた粉末冶金により生成された鋼合金の、新しい用途を実現することである。
【0034】
この目的は、質量%で下記の組成を有する本発明の鋼材によって達成され、
【0035】
【表8】

【0036】
および、さらに、
(V+Nb/2)0.5から14であり、但し一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量は、これら元素の含量が垂直平面座標系の領域A’、B’、G、H、A’内にあるように互いに対してバランスされ、但しNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点に関する座標は下記の通りであり、
【0037】
【表9】

【0038】
Ti、Zr、およびAlのうちの任意の一以上が最大7であり、残りは本質的に鉄および不可避不純物のみであり;
別の第1の組成を有する金属材料の基材上に耐摩耗性表面領域を実現するのに使用され、前記表面領域は、好ましくは弁の摩耗表面であり、例えば原子力発電所の弁の、より具体的には原子力発電所の一次回路の弁の摩擦表面である。
【0039】
このように、耐腐食性、加工性、延性、機械加工性、硬度、基材および摩耗層の両方に関する高温処理応答性(hot treatment response)の要求を好ましくは満足させると同時に、製品の表面領域に非常に良好な耐摩耗性を必要とする製品に、粉末冶金により生成された鋼材を使用することが可能になる。
【0040】
本発明の種々の実施形態の追加の特徴的な特性と、それによって得られるものは、下記の詳細な説明および特許請求の範囲から明らかにされよう。
【0041】
同封の図面の簡単な説明
以下、好ましい実施形態および同封の図面を参照しながら、本発明についてより詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】熱間等方圧プレス後の、AISI 316lの基材とVanax 75の硬質コーティング(本発明による)との間の結合領域を、電子顕微鏡で撮影したミクロ組織の写真である。
【図2】熱間等方圧プレス後の、AISI 316Lの基材からニッケルのカプセル壁を介してVanax 75の硬質コーティング(本発明による)に至る経路(passage)における、複合製品中のバナジウム、クロム、ニッケル、およびマンガンの含量を示すグラフである。
【図3】熱間等方圧プレス後の、AISI 316Lの基材からニッケルのカプセル壁を介してVanax 75の硬質コーティング(本発明による)に至る経路における、複合製品中の炭素および窒素の含量を示すグラフである。
【図4】熱間等方圧プレス後の、AISI 316Lの基材からニッケルのカプセル壁を介してVanax 75の硬質コーティング(本発明による)に至る経路における、鋼材の分析された組成を示すグラフである。
【図5】座標系の形で、使用される鋼のNの含量と(V+Nb/2)の含量との間の割合を示す。
【図6】試験をした3種の合金の耐摩耗性を比較するグラフである。
【図7】試験をした3種の合金の耐腐食性を比較するグラフである。
【図8】本発明の好ましい実施形態による、熱間等方圧プレスが実施され、次いで熱処理が行われた、粉末冶金により生成された鋼材で作製された耐摩耗性層のミクロ組織を示す。
【図9】Stellite 6(参照材料)を溶接で取り付けることによって製造された、耐摩耗性層のミクロ組織を示す。
【図10】Skwam(参照材料)を溶接で取り付けることにより製造された、耐摩耗性層のミクロ組織を示す。
【図11】Stellite 6の摩擦特性を示すグラフである。
【図12】Skwamの摩擦特性を示すグラフである。
【図13】Vanax 75の摩擦特性を示すグラフである。
【図14】Stellite 6と比較した、Vanax 75の摩擦特性を示すグラフである。
【図15】本発明による耐摩耗性鋼材とStellite 6との間の、焼戻し温度に対する硬度を比較するグラフである。
【図16】本発明による耐摩耗性鋼材とStellite 6との間の、機械加工性を比較するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
好ましい実施形態の詳細な説明
複合製品の製造
複合製品を製造するための本発明の方法によれば、耐摩耗性鋼材が、第1の金属材料の基材の表面領域に付着され、基材が複合製品に必要な強度/耐性を与えることになる。このように得られた製品は、熱間等方圧プレスに供されて、完全に稠密なまたは完全に稠密な状態に少なくとも近い物体になる。
【0044】
この方法の第1の好ましい実施形態によれば、第1の金属材料、即ち基材のインサート(insert)が、カプセル内に入れられ、耐摩耗性鋼材の粉末が、このインサートの前記表面領域に付けられる。その後、カプセルを封止し、気体を排出し、その後、内容物とともにそのカプセルを熱間等方圧プレスに供して、完全に稠密なまたは完全に稠密な状態に少なくとも近い物体にする。
【0045】
この方法の第2の好ましい実施形態によれば、耐摩耗性鋼材の粉末は、第1の金属材料のインサートの表面領域に付けられる。このインサートは、少なくともある程度まで完全に機械加工され、即ち基材である。粉末が表面領域に接して(against)フード状カプセル内に包まれるようにフード状カプセルをインサートに溶接する。例えば、これは、粉末がインサートに隣接するように、インサートの表面領域に対してその開口部分が配置されるフード状カプセル内に粉末が満たされるような方法で行うことができ、その後、フード状カプセルの溶接およびフード状カプセル内の気体の排除が行われる。摩耗表面に粉末を付ける別の方法は、摩耗表面に粉末を機械的に固定することであってもよい。任意の適切な結合剤を使用することによる粉末の付着も考えられる。粉末を摩耗表面に付けることにより、粉末層を構築することができるが、この層は完全に稠密ではなく、しかし熱間等方圧プレスに関連して必要とされる処理に耐えるのに十分なほど丈夫である。次いで粉末層を熱間等方圧プレスによってプレスして、完全に稠密なまたは完全に稠密な状態に少なくとも近い状態にする。この方法では包むためのカプセルは必要ない。
【0046】
この方法の第3の好ましい実施形態によれば、耐摩耗性鋼材の中間製品が、前記粉末粒を耐摩耗性鋼材の粉末中で一緒に結合することにより製造され、この中間製品は、第1の金属材料、即ち基材のインサートに付けられる。その後、得られたユニット(unit)をカプセルで包み込む。その粉末粒を、焼結または熱間等方圧プレスによって1つに結合し、得られた物体は、ある種の熱間加工、例えば鍛造に供してもよい。適切な形状、例えばストリップ、リング、またはディスク形状を得るための追加の加工も、当然ながら可能である。
【0047】
図1は、熱間等方圧プレス後に、基材材料1と耐摩耗性鋼材2との間の結合領域を電子顕微鏡で撮影した、ミクロ組織の写真を示す。結合3は、これら2種の材料の間のほぼくっきりした線として明らかにわかる。合金元素、バナジウム、クロム、マンガン、ニッケル、炭素、および窒素の含量は、基材材料1(点1から5)から結合3(点6から8)を介してさらに耐摩耗性鋼材2(点9から20)に至る仮想線に沿って、均等な間隔で分析した。
【0048】
図2は、合金元素、バナジウム、クロム、マンガン、ニッケルの含量を示すグラフである。この測定は、全ての元素の含量が、基材材料と同じレベルであることを示す。耐摩耗性鋼材のバナジウムおよびクロムの含量のばらつきは、この材料中の硬質相粒子の発生に起因すると考えられる。
【0049】
図3は、炭素および窒素の含量が試験線に沿ってどのように変化するかを示し、炭素の含量も窒素の含量も基材中では変化しないことが明らかである。炭素および窒素は共に、格子間に固溶するときに非常に移動し易い元素であり、したがって、これらの元素は基材中に拡散するのではないかと危惧されたので、上記変化しないことは、非常に肯定的に見なされる。炭素および窒素は共に、まず最初にクロムと結合し、粒界で炭化クロムを形成するので、そのような拡散は非常に深刻になる可能性がある。このように、基材はクロムを消耗し、粒界腐食の危険性がある。
【0050】
耐摩耗性鋼材と第1の金属材料との間の有害な拡散は、熱間等方圧プレスで生じる可能性があるので、2種の鋼材は、カプセル壁の形の拡散障壁によって別々に保持することが適切である。そのようなカプセル壁は、好ましくは、少なくとも主にニッケルまたはモネルメタルからなり、1mmの厚さを有していてもよい。熱間等方圧プレスでは、基材がステンレス鋼である場合に炭素および窒素が基材中に拡散することは、このステンレス鋼が粒界腐食を受ける可能性があるので不適切である。
【0051】
図4は、熱間等方圧プレス後の、AISI 316lの基材(分析点No.1から199)からニッケルのカプセル壁(分析点No.12から19)を介して本発明によるVanax 75の硬質コーティング(分析点No.20から32)に至る経路での、あるクリティカルな(critical)合金元素の含量を示すグラフである。ニッケル相に隣接したVanax 75相の、いくらか不均等なグラフは、硬質相粒子に起因する可能性がある。
【0052】
この方法の第4の好ましい実施形態によれば、基材は、耐摩耗性コーティングを付けるのと同時に製造される。これは、必要な強度/耐性を基材に与えることになる鋼材の粉末が充填された内側カプセルによって、行ってもよい。このカプセルは、封止され、気体が排出され、耐摩耗性鋼の粉末が入れられる/入っている外側カプセル内に置かれる。それぞれの鋼材の粉末の量と、内側カプセルおよび耐摩耗性鋼材の粉末の相互位置は、それぞれ、いくつかの要因に、例えば所望の複合製品の形状、摩耗層の厚さ、基材の厚さ、およびプレス時の体積変化(収縮)に依存し、これらの要因に適合させられなければならないことが認識される。その後、外側カプセルを封止し、気体を排出し、ユニット全体を熱間等方圧プレスに供する。この第4の実施形態による代替方法は、内側カプセルを使用することなく、代わりに、様々な鋼材の粉末を共通のカプセルに充填することであり、この様々な鋼材の粉末をカプセル内の適切な場所に配置することにより、本発明による複合製品、即ち耐摩耗性鋼材を含む摩耗表面を有する基材が実現される。
【0053】
熱間等方圧プレスは、1000から1350℃で、好ましくは1100から1150℃で、かつ100MPaの圧力で、3時間にわたり行うことが適切である。
【0054】
全ての場合において、前記ステップの後に、軟化焼鈍を行い、機械加工して、所望の寸法にする。その後、熱処理が続き、この処理は好ましくは、950から1150℃のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃での2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃での2×2時間の高温焼戻しである。以下に詳細に論じられる、耐摩耗性鋼材からなる摩耗表面の所望の性質が実現されるように適切な温度が選択される。
【0055】
さらに、全ての場合において、1100から1150℃での熱間等方圧プレスに耐える基材の金属材料が選択され、さらに基材材料は、耐摩耗性鋼材に適合した(compatible)熱間加工特性を有するように選択されることが重要である。弁用の複合製品では、基材は、腐食、延性、および硬度に関して所望の性質を有しかつ必要が生じたら圧力容器の基準を満たす鋼からなることが適切である。例として、ステンレスセグメントのフェライト系、オーステナイト系、またはフェライト−オーステナイト系材料を挙げることができ、そのような材料の例は、AISI 316l、AISI 304である。例えば、AISI 316Lの基材材料は、AISI 316L材料の急冷焼なまし(quench annealing)を行う場合、温度範囲1050から1100℃での熱処理に適合性がある。その他のそれほど厳しくない用途では、その他の材料、例えば炭素鋼、圧力容器用の鋼、工具鋼、鋳鉄、および真鍮または銅を選択してもよく、ここでは例えばニッケルまたはモネルメタルの拡散障壁が、必要に応じて使用されることになる。
【0056】
本発明の範囲内で、「コーティング」という用語は、基材と比較したときにコーティングが薄い表面層であるという事実、即ち、基材の材料の厚さはコーティングの厚さをはるかに凌ぐという事実に関連する。しかし、この用語は、コーティングの厚さが基材の厚さに本質的に類似しているという事実にも関連する。例外的に、状況がそのように必要とする場合、例えば摩耗に曝される製品の部分が突出部分になりかつ基材が取着部分(attachment portion)である場合、耐摩耗性鋼材のコーティングは、複合製品の主要部分になることがわかり、したがってコーティングという用語は、基材材料の厚さよりもかなり厚い耐摩耗性鋼材の材料厚さも含む。したがって、本発明の範囲内で、コーティングは0.5から1000mmの厚さを有していてもよいが、ほとんどの用途では、その厚さはたいてい、50mmを超えることがなく、さらにおそらくその厚さは30mmを超えない。ほとんどの場合、コーティングは、0.5から10mmの厚さ、より好ましくは3から5mmの厚さを有することになる。
【0057】
本発明の特に好ましい実施形態では、複合製品が摩耗に曝される弁の構成要素でありかつ基材の材料が圧力容器用の鋼からなる場合、耐摩耗性鋼材は、意図的に添加されたコバルトを含まずかつ原子力発電所の弁の構成要素(この構成要素は摩耗に曝される)の摩耗表面を形成すること、および基材の材料はAISI 316Lに対応する組成を有することが適切である。弁は、100mmの直径および50から150mmの長さを有する。熱間等方圧プレス、機械加工、およびおそらくは必要な表面仕上げのための研削後の摩耗層の厚さは、0.5から200mm、好ましくは3から5mmである。
【0058】
耐摩耗性コーティングは溶接によって付着されないので、溶接プロセス中または運転中に生じる応力によって、封止面の巨視的亀裂が既に最初からまたは運転中に生じるのを回避することが可能である。このようにして、かじりによる漏洩および低い安定性の危険性は最小限に抑えられ、厳しい安全性が要求される環境において、費用のかかるメンテナンスの必要性が低くなるという利点がもたらされる。
【0059】
鋼材
本発明による耐摩耗性層として使用される鋼材は、粉末冶金により製造される。これは、かなりの程度まで酸化物の含有がないこと、および最大50体積%のMX−、MX−、および/またはM23/Mタイプの硬質相粒子(最長伸張におけるサイズが1から10μmである)の一様な分布を含んだミクロ組織を得ることのための、鋼の条件であり、ここで前記硬質相粒子の含量は、最大20体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物であり(ここでMは主にVおよびCrであり、Xは主にNである)、また5から40体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物である(ここでMは主にVであり、Xは主にNである)ように分布しており、ここで前記MX−粒子の平均サイズは3μm未満であり、好ましくは2μm未満であり、さらにより好ましくは1μmよりも小さい。好ましくは、粉末冶金製造は、アトマイジングガスとして窒素を用いた溶鋼のガスアトマイジングを含み、このアトマイジングによって、ある最小限の含量の窒素が鋼合金に与えられる。粉末の固相窒化により、より高い所望の窒素含量を得ることができる。
【0060】
下記の事項は、鋼の合金元素に関して有効である。
【0061】
まず第1に、炭素は、鋼のマトリックスの固溶体中の窒素と共に、その焼入れおよび焼戻し状態で最大60から62HRCの高硬度を鋼に与えるのに寄与するよう十分な量で、本発明の鋼中に存在することになる。窒素と共に、炭素は、一次析出したMX−窒化物、−炭化物、および/または−炭窒化物中に存在していてもよく(ここでMは主にVおよびCrであり、Xは主にNである)、それと共に炭素は、一次析出したMX−窒化物、−炭化物、−および/または炭窒化物中に存在していてもよく(ここでMは主にVであり、Xは主にNである)、それと共に炭素は、おそらくは生じるM23−および/またはM−炭化物中に存在していてもよい。
【0062】
炭素は、窒素と共に、所望の硬度を与えかつ鋼中に含まれる硬質相を形成することになる。鋼中の炭素、即ち鋼のマトリックスの固溶体中の炭素と炭化物および/または炭窒化物に結合した炭素との含量は、生産経済を理由に並びに鋼材のミクロ組織の所望の相を理由に動機付けられるような低いレベルで保持されることになる。鋼は、オーステナイト化可能で、焼入れ時にマルテンサイトに変態可能であろう。必要な場合には、材料を深冷処理して、オーステナイトが残るのを回避する。好ましくは、炭素含量は少なくとも0.01%、さらにより好ましくは少なくとも0.05%、最も好ましくは少なくとも0.1%になる。最大炭素含量は、最大2%まで許容できる。適用分野に応じて、鋼が最大20体積%のMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物含量、並びに5から40体積%のMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物含量を得るように、炭素含量が、まず最初に、鋼中の窒素の量に並びに鋼中の炭化物形成元素、バナジウム、モリブデン、およびクロムの総含量に適合される。M23−および/またはM−炭化物は、主に非常に高いクロム含量で、最大8から10質量%の含量で存在してもよい。しかし、鋼中のMX−、MX−、および/またはM23/M−炭化物、−窒化物、および/または炭窒化物の総含量は、50体積%を超えないであろう。さらに、鋼中の更なる追加の炭化物の存在は、オーステナイト中に固溶したクロムの含量が12%以上であるように最小限に抑えられよう。好ましくは、オーステナイトに固溶したクロムの含量は、少なくとも13%であり、さらにより好ましくは少なくとも16%であり、この量によって、鋼は確実に良好な耐腐食性を得る。
【0063】
窒素は、本発明の鋼中の本質的な合金元素である。炭素と同様に、窒素は、鋼のマトリックスの固溶体中に存在して、適切な硬度を鋼に与えかつ所望の硬質相を形成することになる。好ましくは、窒素は、金属粉末の粉末冶金製造プロセスでアトマイジングガスとして使用される。そのような粉末生成では、鋼が、最大0.2から0.3%の窒素を含有することになる。次いでこの金属粉末には、任意の公知の技法によって、例えば窒素ガス中での加圧によってまたは製造された粉末の固相窒化によって、所望の窒素含量を与えることができ、したがって鋼は、少なくとも0.6%、好ましくは少なくとも0.8%、さらにより好ましくは少なくとも1.2%の窒素を含有することが適切である。窒素ガス中での加圧または固相窒化が使用されるとき、当然ながら、別のアトマイジングガス、例えばアルゴンを用いてアトマイジングを行うことも可能である。
【0064】
脆性の問題を引き起こさずかつ残留オーステナイトをもたらさないために、窒素含量は10%に最大限にされ、好ましくは8%まで、さらにより好ましくは最大6%にされる。バナジウムは、その他の強力な窒化物/炭化物形成剤、例えばクロムおよびモリブデンも同様に、窒素および炭素と反応する傾向を有するので、炭素含量が上述の窒素含量に対して2%まで最大限にされ、適切には最大1.5%であり、好ましくは最大1.2%にされるように、炭素含量が同時に前記高窒素含量に適合されるべきである。しかしこれに関し、耐腐食性は、炭素含量が増すと共に低下し、耐かじり性も低下する可能性があることに気付くべきであるが、これはとりわけ、上述の最高含量よりも低い炭素含量が与えられている本発明の鋼に比べて、比較的大きな炭化クロム、M23および/またはM、が形成される可能性があるので、不利である。
【0065】
したがって、鋼がより低い窒素含量を有するのに十分であるような場合は、炭素含量も低下させることが望ましい。好ましくは、炭素含量は、経済的な理由で動機付けられるような低レベルに限定されるが、本発明によれば、炭素含量は、ある特定の窒素含量で様々に変えてもよく、鋼中の硬質相粒子の含量およびその硬度は、鋼が意図される適用分野に応じて適合させることができる。腐食阻害合金元素、クロムおよびモリブデンのある特定の含量で、窒素は、MX−炭窒化物の形成を促進させかつM23および/またはM(これらは好ましくない仕方で鋼の耐腐食性を低下させる)の形成を抑制するのにも寄与する。
【0066】
ケイ素は、鋼の製造の残留物として存在し、0.01%という最小限の含量で生じる可能性がある。高含量では、ケイ素は固溶硬化作用をもたらすが、いくらかの脆性ももたらす。ケイ素は、より強力なフェライト形成剤でもあり、したがって3.0%を超えた量で存在してはならない。好ましくは、鋼は、最大1.0%を超えたケイ素を含有せず、最大0.8%が適切である。公称ケイ素含量は0.3%である。
【0067】
マンガンは、鋼の良好な焼入れ性をもたらすのに寄与する。脆性の問題を回避するには、マンガンは、10.0%を超えた含量で存在してはならない。好ましくは、鋼は、最大5.0%を超えたマンガンを含有せず、適切には最大2.0%のマンガンである。焼入れ性がそれほど重要ではない実施形態では、マンガンは、鋼の生産からの残留元素として低含量で鋼中に存在し、硫化マンガンを形成することによって存在できる硫黄の量を結合する。したがってマンガンは、少なくとも0.01%の含量で存在すべきであり、適切なマンガン範囲は0.2から0.4%である。
【0068】
クロムは、所望の耐腐食性を鋼に与えるために、最小含量で16%、好ましくは17%で、さらにより好ましくは少なくとも18%で存在することになる。クロムは、重要な窒化物形成剤でもあり、この元素は、窒素と共に鋼中に存在して、所望の耐かじりおよび耐摩耗性を鋼に与えるのに寄与する量の硬質相粒子を与えることになる。前記硬質相粒子の中で、最大20体積%は、MX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物からなっていてもよく(ここでMは主にCrであるが、ある量のV、Mo、およびFeでもある)、5から40%は、MX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物からなっていてもよい(ここでMは主にVである)。しかし、クロムは強力なフェライト形成剤である。焼入れ後のフェライトを回避するために、クロム含量は33%を超えてはならず、適切には最大30%になり、好ましくは最大27%であり、さらにより好ましくは最大25%である。
【0069】
ニッケルは、任意選択の元素であり、それ自体はおそらくは、鋼中のフェライト形成元素、クロムおよびモリブデンの高含量とバランスを取るために、オーステナイト安定化元素として最大5.0%の含量で、適切には最大3.0%の含量で存在させてもよい。しかし、好ましくは、本発明の鋼は、意図的に添加された量のニッケルを含有しない。しかしニッケルは、それ自体は約0.8%程度に高くなる可能性がある不可避不純物として許容されることができる。
【0070】
コバルトも、任意選択の元素であり、それ自体はおそらくは、焼戻し応答性を改善するために、最大9%の含量で、適切には最大5%の含量で存在させてもよい。しかし、例えば原子力発電所および放射能が生じるその他の用途での弁における硬質コーティングにおいて、鋼は、コバルトを全く含有すべきでない。
【0071】
モリブデンは、所望の耐腐食性、特に良好な耐フレッティング性を鋼に与えるのに寄与するので、鋼中に存在すべきである。しかし、モリブデンは強力なフェライト形成剤であり、したがって鋼は、Moを最大5.0%を超えて、適切には最大4.0%、好ましくは最大3.5%を超えて含有してはならない。公称モリブデン含量は1.3%である。
【0072】
モリブデンは大抵、完全にまたは部分的に、タングステンにより置換されていてもよく、しかしその場合、耐腐食性の同様の改善をもたらさない。さらに、モリブデンの2倍のタングステンが必要とされ、これは不利である。さらに、スクラップ金属処理はより困難である。
【0073】
バナジウムは、窒素および存在する炭素と共に、前記MX−窒化物、−炭化物、および/または−炭窒化物を形成するために、0.5から14%の含量で、適切には1.0から13%の含量で、好ましくは2.0から12%の含量で鋼中に存在することになる。本発明の第1の好ましい実施形態によれば、バナジウム含量は0.5から1.5%の範囲にある。第2の好ましい実施形態によれば、バナジウム含量は1.5から4.0、好ましくは2.0から3.5、さらにより好ましくは2.5から3.0%の範囲にある。前記第2の好ましい実施形態による公称バナジウム含量は、2.85%である。第3の好ましい実施形態によれば、バナジウム含量は4.0から7.5、好ましくは5.0から6.5、さらにより好ましくは5.3から5.7%の範囲にある。前記第3の好ましい実施形態による公称バナジウム含量は5.5%である。第4の好ましい実施形態によれば、バナジウム含量は、7.5から11.0、好ましくは8.5から10.0、さらにより好ましくは8.8から9.2%の範囲にある。前記第4の好ましい実施形態による公称バナジウム含量は、9.0%である。本発明の範囲内で、最大約10%の窒素含量および0.1から2%の範囲の炭素含量と組み合わせてバナジウム含量を最大約14%にすることも考えられ、このようにすることによって、特に、高硬度(最大60から62HRC)および適度な延性と併せて耐腐食性に関して高い要求を有し、それと共に耐摩耗性(アブレッシブ/凝着/かじり/フレッティング)に関して極めて高い要求を有する、成型および切断工具の硬質材料コーティングとしての使用時に、所望の性質が鋼に与えられる。
【0074】
原則として、バナジウムは、MX−窒化物、−炭化物、および/または−炭窒化物を形成するためにニオブで置換することができるが、そのような場合、バナジウムに比べてより多くの量が必要とされ、これは不利である。さらにニオブは、純粋なバナジウムの窒化物、炭化物、および/または炭窒化物よりも、より鋭利な(edged)形状を得てより大きな窒化物、炭化物、および/または炭窒化物をもたらし、それによって破裂またはチッピングが生じる可能性があり、したがって材料の靭性および研摩性を低下させる可能性がある。これは、材料の機械的性質に関し、良好な延性および高硬度と併せて優れた耐摩耗性を実現するために組成が最適化されるような場合、鋼にとって特に不利と考えられる。この場合、鋼は、最大2%を超えてニオブを含有してはならず、適切には最大0.5%、好ましくは最大0.1%を超えてはならない。生産に関しては、Nb(C,N)が、アトマイジング中に杓からの出湯噴流(tapping jet)の詰まりをもたらす可能性があるので、問題もある。したがって、前記第1の実施形態によれば、鋼は、ニオブを6%を超えて含有してはならず、好ましくはニオブは最大2.5%になり、適切には最大0.5%になる。最も好ましい実施形態では、ニオブは、鋼の製造時に金属の原材料から生じる残留元素の形の不可避不純物を超えては許容されない。
【0075】
前記合金元素に加え、鋼は、有意な量でいかなる追加の合金元素も含有する必要がなく、また含有すべきではない。ある元素は、望ましくないかたちで鋼の性質に影響を及ぼすので、明らかに望ましくない。これは、例えばリンについて言えることであり、良くないかたちで鋼の靭性に影響を及ぼさないようにするために、可能な限り低いレベル、好ましくは最大0.03%で保持されるべきである。また硫黄は、ほとんどの場合に望ましくない元素であるが、とりわけ靭性に対するその悪影響は、本質的に無害な硫化マンガンを形成するマンガンを用いることによって本質的に無効にすることができ、したがって、この元素は、鋼の機械加工性を改善するために0.5%の最大含量で許容することができる。チタン、ジルコニウム、およびアルミニウムも、ほとんどの場合に望まれないが、これらは合わせて7%の最大量で許容することができ、しかし通常は、全体で0.1%未満の著しく低い含量である。
【0076】
上述のように、窒素含量は、5から40体積%の量のMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物を鋼に与えるために、材料中のバナジウムおよびことによると生じるニオブの含量に適合されることになる。Nと(V+Nb/2)との間の割合に関する状態が図1に示され、本発明の鋼に関してはNの含量が(V+Nb/2)の含量に関連することが示されている。図示される領域内の端点は、下記の表による座標を有する:
【0077】
【表10】

【0078】
本発明により使用される鋼の第1の態様によれば、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量は、これら元素の含量が図5の座標系内の座標A’、B’、G、H、A’によって定められた領域内にあるように、互いに対してバランスされることになる。
【0079】
本発明の第1の好ましい実施形態によれば、鋼中の窒素、バナジウム、およびことによると生じるニオブの含量は、これらの含量が座標A’、B’、F、I、A’によって定められた領域内にあり、より好ましくはA、B、E、J、A内にあるように、互いに対してバランスされることになる。
【0080】
本発明の第2の好ましい実施形態によれば、鋼中の窒素、バナジウム、およびことによると生じるニオブの含量は、これらの含量が座標I、F、F’、I’、Iによって定められた範囲内にあり、より好ましくはE、E’、J’、J、E内にあるように、互いに対してバランスされることになる。
【0081】
本発明の第3の好ましい実施形態によれば、鋼中の窒素、バナジウム、およびことによると生じるニオブの含量は、これらの含量が座標I’、F’、F”、I”、I’によって定められた範囲内にあり、より好ましくはE’、E”、J”、J’、E’内にあるように、互いに対してバランスされることになる。
【0082】
本発明の第4の好ましい実施形態によれば、鋼中の窒素、バナジウム、およびことによると生じるニオブの含量は、これらの含量が座標I”、F”、F’’’、I’’’、I”によって定められた範囲内にあり、より好ましくはJ”、E”、E’’’、J’’’、J”内にあるように、互いに対してバランスされることになる。
【0083】
表2は、本発明の第1の好ましい実施形態による鋼に関し、質量%を単位として組成範囲を示す。
【0084】
【表11】

【0085】
表3は、本発明の第2の好ましい実施形態による鋼に関し、質量%を単位として組成範囲を示す。
【0086】
【表12】

【0087】
好ましくは、Vの含量は2.5から3.0質量%の間であり、Nの含量は1.3から2.0質量%の間である。例示的な例として、不純物を含む、そのような鋼の完全分析は、質量%を単位として下記の組成をもたらすことができる:
【0088】
【表13】

【0089】
第2の実施形態による鋼は、高い硬度(最大60から62HRC)および良好な延性と併せた耐腐食性に対する高い要求、並びに、アブレッシブおよび凝着摩耗の両方とともにかじりおよびフレッティングに対する耐性への増大する要求が適用される場合に使用するのに適している。表による組成では、鋼は、950から1150℃のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃での2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃での2×2時間の高温焼戻しの後で、MX(式中、Mは主にCrであり、Xは主にNである)およびMX(式中、Mは主にVおよびCrであり、Xは主にNである)のそれぞれが最大約10体積%からなる硬質相量を有する、焼戻しマルテンサイトからなるマトリックスを有する。
【0090】
表5は、本発明の第3の好ましい実施形態による鋼に関し、質量%を単位として組成範囲を示す。
【0091】
【表14】

【0092】
表6は、本発明の第4の好ましい実施形態による鋼に関し、質量%を単位として組成範囲を示す。
【0093】
【表15】

【0094】
第4の実施形態による鋼は、高硬度(最大60から62HRC)および比較的良好な延性と併せて耐腐食性に関して高い要求を有し、並びに耐摩耗性(アブレッシブ/凝着/かじり/フレッティング)に対して高い要求を有する、製品の摩耗表面に使用するのに適している。表による組成では、鋼は、1080のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃での2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃での2×2時間の高温焼戻しの後で、MX(式中、Mは主にCrおよびVであり、Xは主にNである)最大約3から15体積%、およびMX(式中、Mは主にVであり、Xは主にNである)15から25%からなる硬質相量を有する、焼戻しマルテンサイトからなるマトリックスを有する。
【0095】
表7は、本発明の追加の好ましい実施形態による鋼に関し、質量%を単位として組成範囲を示す。
【0096】
【表16】

【0097】
本発明の概念の範囲内で、高硬度(最大60から62HRC)および適度な延性と併せて耐腐食性に関して高い要求を有し、並びに耐摩耗性(アブレッシブ/凝着/かじり/フレッティング)に対して極めて高い要求を有する摩耗表面で使用するときに特に所望の性質を鋼に与える、最大約14%のバナジウム含量および0.1から2%の範囲の炭素含量と組み合わせた最大約10%のバナジウム含量が可能になることも考えられる。前記実施形態による鋼は、約1100℃のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃での2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃での2×2時間の高温焼戻しの後で、MX(式中、Mは主にCrおよびVであり、Xは主にNである)が最大約2から15体積%、およびMX(式中、Mは主にVであり、Xは主にNである)が15から25%からなる硬質相量を有する、焼戻しマルテンサイトからなるマトリックスを有する。
【0098】
上述の実施形態による鋼は、凝着およびアブレッシブによる混合型の大きな摩耗、特にかじりおよびフレッティングに曝される製品の摩耗表面で使用するのに適していることが証明された。この鋼は、高硬度および良好な耐腐食性も有し、したがって、食品産業、オフショア工業用の製品、および腐食に曝されるその他の製品、例えばエンジン用噴射ノズル、ベアリングの構成要素など、製品の摩耗表面に使用するのに適している。耐摩耗性鋼材は、比較的硬質で脆いので、ねじ込み式接続で生じる負荷に比較的耐えられない。複合製品においてこの鋼材を使用することにより、摩耗材料が満たすことのできない例えば必要な延性、熱間加工性、および機械加工性などの、製品の他の要求を満たすのに基材が関与している製品が得られる。そのような製品の例は、弁、ポンプの摩耗構成要素、摩耗物体、および摩耗に曝されるその他の複合構成要素である。
【0099】
複合製品の熱間加工で、耐摩耗性材料は、950から1150℃の間、好ましくは1020から1130℃の間、最も好ましくは1050から1120℃の間の温度で、オーステナイト化される。より高いオーステナイト化温度は、原則として考えられるが、通常存在する焼入れ炉がより高い温度に適合していない点に関して適切ではない。オーステナイト化温度での適切な保持時間は10から30分である。前記オーステナイト化温度から、鋼を室温またはそれ未満、例えば−40℃に冷却する。所望の寸法安定性を製品に与えるために、残留オーステナイトを排除するには、深冷処理を実施してもよく、これは適切には、ドライアイス中で約−70から−80℃に、または液体窒素中で約−196℃で行われる。最適な耐腐食性を得るには、工具を少なくとも1回、好ましくは2回、200から300℃の低温で焼き戻す。代わりに、二次硬化を得るために鋼を最適化する場合、製品を少なくとも1回、好ましくは2回、ことによっては数回、400から560℃の間、の温度で、好ましくは450から525℃の高温で焼き戻す。製品を、そのような焼戻し処理のそれぞれの後に冷却する。好ましくは、この場合も、ことによると残っている残留オーステナイトを排除することによって所望の寸法安定性をさらに確実にするために、上述の深冷処理が使用される。焼戻し温度での保持時間は、1から10時間、好ましくは1から2時間であってもよい。耐摩耗性鋼材の組成は、非常に良好な焼戻し応答性をもたらす。
【0100】
耐摩耗性鋼材が、例えば圧縮された複合製品を形成するための熱間等方圧プレスおよび仕上げられた複合製品の焼入れに供される、様々な熱間加工に関連して、耐摩耗性鋼材中の隣接する炭化物、窒化物、および/または炭窒化物は合体して大きな凝集体を形成してもよい。したがって、仕上げられた熱処理済み製品の摩耗層の、前記硬質相粒子のサイズは、3μmを超えてもよい。体積%を単位として表された主な部分は、粒子の最長伸張において1から10μmの範囲にあり、粒子の平均サイズは1μmよりも小さい。硬質相の総量は、窒素含量および窒化物形成剤、即ち主にバナジウムおよびクロムの量に依存する。一般に、仕上げられた製品の摩耗層の、硬質相の総量は、5から40体積%の範囲にある。
【0101】
耐摩耗性鋼材の粉末は、耐摩耗性鋼材に関して窒素以外の示された組成を有する融解物の粉末化(disintegration)によって、製造される。不活性ガス、好ましくは窒素を、融解物の噴流に吹き付けると、この噴流は分割されて(split)液滴になり、凝固され、その後、得られた粉末を固相窒化に供して所望の窒素含量を得る。
【0102】
実施した実験
試験片の調製
Stellite 6およびSkwamを、4層溶接することによって、ディスク形状の基材の表面領域に付着させた。付着した層の全厚は5mmであった。次いで試験片のその表面を研削し研摩して、弁に必要な表面仕上げ、即ちRa約0.05μmにした。溶接コーティング表面は、研摩後も小さな細孔を有しており、これらを裸眼で見ることができた。
【0103】
溶接コーティング後、Stellite 6およびSkwamは、製造業者からのデータ仕様書によれば42HRCの硬度を有し、これを、実験室での測定で確認した。
【0104】
Vanax 75の試験ロッド、即ち請求項1に示される範囲内の組成を有する粉末冶金により生成された鋼を、熱間等方圧プレスがなされた物体から切断し、次いで研削および研摩を行って、前記溶接によって付着された合金と同じ表面仕上げにした。
【0105】
Vanax 75の試験バーを、急冷媒体(quenching medium)として窒素ガスを使用して、真空炉内で熱処理した。使用した熱間加工サイクルは、オーステナイト化温度T=1080℃でのオーステナイト化を30分、その後、液体窒素中での深冷処理、400℃の焼戻し温度で2時間、2回(2×2時間)の焼戻しであった。
【0106】
化学組成
試験プログラムで使用した合金の、質量%を単位とした化学組成の目標値を、表6に示す。
【0107】
【表17】

【0108】
耐摩耗性
耐摩耗性を、ピン対ディスク(pin−to−disc)試験を使用して測定した。Alを有する研削紙(1500メッシュ)を試験で使用し、その試験での圧力は0.4MPaであった。3種の試験合金の、mg/分を単位として表したアブレイジョン減量を、図6に示す。この図から、本発明の耐摩耗性鋼材、Vanax 75は、2種の比較材料Stellite 6およびSkwamよりも相当にかなり良好な耐摩耗性を有することがわかる。
【0109】
耐腐食性
AISI 316L、Vanax 75、およびSkwamの耐腐食性は、3500または35000ppmのClを含有する水溶液中での合金の酸化物層の破壊電圧を測定するために、ASTM 76による標準化サイクル分極法(a standardized cyclic polarisation method)を使用することによって試験をした。全ての試験は室温で行った。図7は、塩化物を含有する水中での、mVを単位とした破壊電圧として、耐腐食性を示す。各合金ごとに、2つのバーを並べて示す。左のバーは、Clが3500ppmの塩化物含量での結果を示し、一方、右のバーは、10倍高い含量、35000ppmのClに関する。全ての試験を室温で行い、より高い値はより良好な耐腐食性を示している。図は、Vanax 75が、Skwam よりも良好であるがAISI 316Lよりも劣る耐腐食性を有することを示す。しかし、AISI 316Lの場合、鋼のサイズおよび処理のしかたに関係があるように見える、いくらかのばらつきがあることが指摘されよう。実際の実験は、600mVまで下がる破壊電圧を示した。
【0110】
硬度
溶接によってコーティングした後、Stellite 6およびSkwamは、42HRCの硬度を有する。Vanax 75の試験バーは、上記のように焼入れおよび低温焼戻し後に、61HRCの硬度を有する。
【0111】
ミクロ組織
Vanax 75のミクロ組織は、マルテンサイト系マトリックスと、23体積%のMXタイプの硬質相とからなり、ここでMはVであり、XはNおよびCである。硬質相粒子は、3μmよりも小さい、好ましくは2μmよりも小さい、さらにより好ましくは1μmよりも小さい平均サイズを有する。硬質相粒子は、マトリックス中に一様に分布しており、図8を参照されたい。
【0112】
溶接によってコーティングした後、Stellite 6のミクロ組織は、樹枝状オーステナイト系コバルトマトリックスと、高体積率の比較的非常に粗い細長い炭化クロムとからなる。炭化クロムは、残留融解物(retained melt)の樹枝状領域に生じ、したがってマトリックス中に非常に不均等に分布しており、図9を参照されたい。
【0113】
溶接によってコーティングした後、Skwamのミクロ組織は、樹枝状晶間の(inter−dendritic)炭化クロムを有するマルテンサイト系マトリックスからなる。炭化クロムの粗い凝集体は、マトリックス中に不均等に分布しており、図10を参照されたい。
【0114】
摩擦特性
鋼材の摩擦特性は、エンジン(engines)のエネルギー消費に影響を及ぼすと共に、弁の調節手段にどのタイプのエンジンを使用できるかに関して影響を及ぼすので、ある用途、例えば弁では、重要なものである。電気エンジンは、より低い負荷を扱い、一方、より大きな負荷は、空気圧によってまたは水圧によって制御される調節手段を必要とする。これは、装置の選択に影響を及ぼす。
【0115】
摩擦特性は、鋼の抗かじり特性の影響を受け、これらはピンオンディスク(pin on disc)試験によって試験され、鋼材の試験バーは、別のまたは同じ鋼材の回転ディスクに接して配置される。試験は、温度80℃の脱イオン水中で、接触圧力=720MPa、表面仕上げ、Ra約0.02μm、相対滑り速度=0.02m/秒、試験時間/試験長さ=1000秒/20分で行った。
【0116】
Stellite 6に対するStellite 6のピンオンディスク試験の結果を、図11に示す。最初に摩擦が増大し、次いで低下し、平坦レベル、μ約0.25になって終了するが、最初に記述された種類の作用が確認される。
【0117】
図12は、Skwamの2つの面を、互いに対して試験をしたときの、摩擦特性を示す。わかるように、徐々に増大する摩擦係数が、ピンオンディスク試験中に得られるが、これは材料同士の間で冷間圧接と解放とが交互に行われることによる。
【0118】
Vanax 75の2つの面を互いに接して試験したときの摩擦特性を、図13に示す。この材料は、平坦レベル、ミュー(μ)約0.36で良好な摩擦特性を示すが、これは非常に微細で硬い硬質相粒子の均等な分布に起因すると考えられる。
【0119】
最後に、Vanax 75の表面と比較したStellite 6の表面について、試験をした。その結果を図14に示す。最初に、2つの摩耗表面がStellite 6からなる場合よりも本質的に非常に小さい、いくらかの小さな増加が摩擦係数に得られ、次いで摩擦係数は低下し、約0.22のレベルで終了し、即ちStellite 6が両方の接触表面に使用される場合よりも良好である。これは、非常に注目に値することであり、空気圧および水圧装置よりも大きなフレキシビリティをもたらす電気駆動の装置を使用することを可能とする、適切なより低いレベルで摩擦を保持できることを示している。
【0120】
焼戻し応答性
耐摩耗性鋼材、Vanax 75の焼戻し応答性について、試験をした。その結果を図15に示すが、耐摩耗性鋼材は非常に良好な焼戻し応答性を有することを証明している。深冷処理された状態のVanax 75では、60から62HRCの硬度が最大約500℃の焼戻しで得られる。その後、硬度は低下するが、それにも関わらず、焼戻し温度とは無関係に、Stellite 6で実現できる硬度、即ち約42HRCである硬度を十分に超えた硬度が得られる。非深冷処理状態のVanax 75は、良好な焼戻し応答性を示し、51から55HRCの硬度が得られる。
【0121】
高温耐性
耐摩耗性鋼材の高温耐性は、約1300℃までの種々の温度への加熱で硬質相粒子がどのような影響を受けるか研究することによって、試験をした。硬質相粒子は非常に安定であると決定することができた。原則として、硬質相粒子の成長は、使用される高温にも関わらず、全く生じないかほとんど生じない。これは、材料が高い運転温度(700から800℃)および長い運転時間で使用されることになる場合、非常に有利である。例として、電力産業における水蒸気またはガスタービンプラントを挙げることができ、その運転は、非常に高い温度で行われ、さらに極めて長い運転期間、即ちそのようなプラントでは最長60年にわたり行われる。
【0122】
機械加工性
本発明による耐摩耗性鋼材の機械加工性について試験をし、Stellite 6と比較した。引き渡し(delivery)状態、即ち熱間等方圧軟化焼鈍状態(hot isostatic soft annealed condition)(35HRC)にあり、また焼入れおよび焼戻し状態(60HRC)にある、Vanax 75の機械加工性の試験をし、一方、Stellite 6の機械加工性は、その材料の引き渡し状態(46HRC)で試験をした。引き渡し状態にあるVanax 75の機械加工性を、参照値として使用した。図16は、焼入れおよび焼戻し状態のVanax 75と、Stellite 6とが、同等の機械加工性(約0.30)を有することを示す。付着試験(application test)も、焼入れおよび焼戻し状態のVanax 75がStellite 6よりもいくらか良好な機械加工性を有することを示した。引き渡し状態のVanax 75は、最良の機械加工性(1.0)を有する。
【0123】
考察
上述の試験の結果は、基材から腐食遅延合金元素が局所的に枯渇するといういかなる危険性もなしに、請求項1に記載の組成を有する耐摩耗性表面層を、金属基材に非常に首尾良く付けることができることを示す。2種の材料の結合は、熱間等方圧プレスによって適切に行われる。熱間等方圧プレスでは、耐摩耗性鋼材および基材が、
a)それぞれ粉末およびソリッドな(solid)材料;
b)それぞれ、障壁層を持ちもしくは持たない、粉末および粉末;または
c)それぞれソリッドな材料およびソリッドな材料
からそれぞれなっていてもよい。
【0124】
得られた製品は、激しい表面圧力を受ける構成要素で使用するのに、即ち、アブレッシブ磨耗および構成要素同士の間の冷間圧接による摩耗、いわゆるかじりが特に目立つ摩耗に供される用途で使用するのに、特に適している。非常に良好な耐腐食性も有する耐摩耗性鋼材のおかげで、例えば弁、ポンプ、および接続デバイスなど、耐腐食性も必要とされるオフショア工業、食品産業、加工産業、およびパルプ工業において有利に使用することができる。本発明の製造方法によれば、原子力発電所の一次回路内の水蒸気および水の流れを調節する弁として使用するのに特に適した複合製品を生産することが可能であることが証明され、また、コバルトをベースにした合金Stellite 6の摩耗表面を含む現在の弁と、交換することが可能であるように見える。これは、別の利点を示唆している。コバルトを全く含有しない耐摩耗性鋼材のおかげで、沸騰水型原子炉の一次回路内のバックグラウンド放射線が高レベルであるという現在の問題を、回避することができる。また、本発明の鋼材は優れた摩擦特性を有することも証明され、エネルギー消費の削減に寄与し、かつ空気圧および水圧構成要素を使用しなければならない場合よりも大きなフレキシビリティをもたらす電気駆動の制御装置の使用を可能にする、製品を提供することが、可能であるように見える。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必要な強度もしくは耐性を複合製品に与える第1の金属材料の基材と、前記基材の表面領域に付けられた耐摩耗性鋼材のコーティングとを含む複合製品の製造方法であって、下記のステップ、即ち、
− 質量%を単位として、下記の組成、
【表1】

および、さらに、
0.5から14の(V+Nb/2)(ただし、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量が、前記元素の含量が垂直平面座標系の範囲A’、B’、G、H、A’内に在るように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点の座標は下記の表:
【表2】

の通りである)、
および、最大7の、Ti、Zr、およびAlのうちの任意の一以上;
残部は本質的に鉄および不可避不純物のみである;
を有する耐摩耗性鋼材を粉末冶金法で製造するステップ;
− 基材の前記表面領域に、耐摩耗性鋼材を付けるステップ;および
− 前記コーティングとともに基材を熱間等方圧プレスして、完全に稠密なまたは完全に稠密な状態に少なくとも近い物体にするステップ
を特徴とする方法。
【請求項2】
− コーティングを有する基材をカプセルに包み込むステップ;
− カプセル内の気体を排出し、その後、熱間等方圧プレスを行うステップ;
− 耐摩耗性鋼材を覆うカプセルまたはカプセルの少なくとも一部を除去するステップ
も含むことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第1の金属材料のインサートがカプセル内に配置され、耐摩耗性鋼材の粉末がインサートの前記表面領域に付けられ、その後、カプセルが封止されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
耐摩耗性鋼材の粉末が、少なくともある程度まで完全に機械加工されている第1の金属材料のインサートの表面領域に付けられ、フード状カプセルが、前記粉末を包み込むようにかつインサートの側面(sides)に向かって溶接されるように配置されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
耐摩耗性鋼材の中間製品が、耐摩耗性鋼材の粉末中の粉末粒を結合することによって製造され、この中間製品が、第1の金属材料のインサートに付けられ、その後、得られたユニットがカプセル内に包み込まれることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
中間製品が、ストリップ、リング、またはディスクの形状を有することを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
粉末粒が、熱間等方圧プレスによって結合されることを特徴とする、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記2種の鋼材が、耐摩耗性鋼材と第1の金属材料との間で容易に移動可能な合金元素、例えばCまたはNの不利益な拡散が回避されるよう、カプセル壁によって隔てられていることを特徴とする、請求項2から7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
カプセル壁が、主にニッケルまたはモネルメタルからなることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
第1の金属材料も前記カプセル内に配置された粉末からなることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項11】
前記カプセルが第1のカプセルであり、第2のカプセルに、第1の金属材料、即ち基材の粉末が充填され、第2のカプセルが封止されかつ第1のカプセル内に配置され、基材の少なくとも前記表面領域に接続されてカプセル壁に向かって配置されるように、耐摩耗性鋼材の粉末が第2のカプセルに充填され、その後、第1のカプセルが封止されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項12】
耐摩耗性鋼材の粉末が、窒素以外の耐摩耗性鋼材に関して示された前記組成を有する溶鋼の粉末化によって製造され、前記粉末化が、凝固可能な液滴に分解される溶鋼の噴流に吹き付けられる不活性ガス、好ましくは窒素によって行われ、その後、得られた粉末は、固相窒化に供されて、前記に示された窒素含量になることを特徴とする、請求項1から11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
熱間等方圧プレスが、1000から1350℃、好ましくは1100から1150℃で、100Mpaの圧力で3時間行われることを特徴とする、請求項1から12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記ステップの後、軟化焼鈍、所望の寸法への機械加工、および熱処理が行われることを特徴とする、請求項1から13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
コーティングが、0.5から1000mm、好ましくは0.5から50mm、さらにより好ましくは0.5から30mmの厚さを有することを特徴とする、請求項1から14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
コーティングが、0.5から10mm、より好ましくは3から5mmの厚さを有することを特徴とする、請求項1から14のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
前記熱処理が、950から1150℃のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃で2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃で2×2時間の高温焼戻しによって行われることを特徴とする、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
含量の単位が質量%で、下記の元素:
【表3】

が、耐摩耗性鋼材に含まれることを特徴とする、請求項1から17のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
Vの含量が2.5から3.0質量%の間であり、Nの含量が1.3から2.0質量%の間であることを特徴とする、請求項1から17のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
含量の単位が質量%で、下記の元素:
【表4】

が、耐摩耗性鋼材に含まれることを特徴とする、請求項1から17のいずれかに記載の方法。
【請求項21】
耐摩耗性鋼材中、炭素が0.1から2質量%の含量で存在し、窒素が最大約10質量%の含量で存在し、バナジウムが最大約14質量%の含量で存在することを特徴とする、請求項1から17のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
必要な強度/耐性を複合製品に与える第1の金属材料の基材と、前記基材の表面領域に付けられた耐摩耗性鋼材のコーティングとを含む、複合製品であって、
− 摩耗表面のための基材を含み、該基材は第1の組成を有し;
− 前記摩耗表面が、質量%を単位として下記を含む第2の組成の耐摩耗性鋼材を含み、
【表5】

および、さらに、
0.5から14の(V+Nb/2)(ただし、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量が、前記元素の含量が垂直平面座標系の範囲A’、B’、G、H、A’内に在るように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点の座標は下記の表:
【表6】

の通りである)、
および、最大7の、Ti、ZrおよびAlのうちの任意の一以上;
残部は本質的に鉄および不可避不純物のみであり;
− 前記鋼材は、最大50体積%のMX−、MX−、および/またはM23/M−タイプの硬質相粒子の一様な分布を含むミクロ組織を有しており、硬質相粒子の最長伸張におけるサイズは1から10μmであり、前記硬質相粒子の含量は、最大20体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物であり(ここでMは主にCrであり、Xは主にNである)、5から40体積%がMX−炭化物、−窒化物、および/または−炭窒化物であり(ここでMは主にVおよびCrであり、Xは主にNである)、前記MX−粒子の平均サイズは3μm未満であり、好ましくは2μm未満であり、さらにより好ましくは1μmよりも小さいものである
ことを特徴とする複合製品。
【請求項23】
− 耐摩耗性鋼材が、熱間等方圧プレスによって基材に付けられ、ここで圧縮された製品が得られ、
− 圧縮された製品が所望の寸法に機械加工され;
− 950から1150℃のオーステナイト化温度からの焼入れおよび200から450℃で2×2時間の低温焼戻し、または450から700℃で2×2時間の高温焼戻しによって熱処理される
ことを特徴とする、請求項22に記載の複合製品。
【請求項24】
含量の単位が質量%で、下記の元素:
【表7】

が、耐摩耗性鋼材中に含まれることを特徴とする、請求項22または23に記載の複合製品。
【請求項25】
Vの含量が2.5から3.0質量%の間であり、Nの含量が1.3から2.0質量%の間であることを特徴とする、請求項24に記載の複合製品。
【請求項26】
含量の単位が質量%で、下記の元素:
【表8】

が、耐摩耗性鋼材中に含まれることを特徴とする、請求項22または23に記載の複合製品。
【請求項27】
耐摩耗性鋼材中、炭素が0.1から2質量%の含量で存在し、窒素が最大約10質量%の含量で存在し、バナジウムが最大約14質量%の含量で存在することを特徴とする、請求項22または23に記載の複合製品。
【請求項28】
基材の金属材料が、1100から1150℃の熱間等方圧プレスに耐え、熱間加工に関して耐摩耗性鋼材に適合することを特徴とする、請求項22から24のいずれかに記載の複合製品。
【請求項29】
摩耗を受ける弁の構成要素からなり、基材の材料が圧力容器用の鋼からなることを特徴とする、請求項28に記載の複合製品。
【請求項30】
耐摩耗性鋼が、意図的に添加されたコバルトを含まず、原子力発電所の、摩耗を受ける弁の構成要素の摩耗表面を形成し、基材の材料はAISI 316Lに対応する組成を有することを特徴とする、請求項29に記載の複合製品。
【請求項31】
耐摩耗性材料の摩耗表面を有する、摩耗構成要素、ポンプ部品、エンジン構成要素、ローラ、または別の構成要素であり、そのような用途では、構成要素全体が耐摩耗性鋼材からなってはいないことを特徴とする、請求項28に記載の複合製品。
【請求項32】
コーティングが、0.5から1000mm、好ましくは0.5から50mm、さらにより好ましくは0.5から30mmの厚さを有することを特徴とする、請求項22に記載の複合製品。
【請求項33】
コーティングが、0.5から10mm、より好ましくは3から5mmの厚さを有することを特徴とする、請求項23に記載の複合製品。
【請求項34】
質量%を単位として、下記の組成を有する粉末冶金法で製造された鋼材の使用であって:
【表9】

および、さらに、
0.5から14の(V+Nb/2)(ただし、一方のNの含量および他方の(V+Nb/2)の含量が、前記元素の含量が垂直平面座標系の範囲A’、B’、G、H、A’内に在るように互いに対してバランスされ、ここでNの含量は横座標であり、V+Nb/2の含量は縦座標であり、前記点の座標は下記の表:
【表10】

の通りである)、
および、最大7の、Ti、ZrおよびAlのうちの任意の一以上;
残部は本質的に鉄および不可避不純物のみである;
別の第1の組成を有する金属材料の基材上に好ましくは弁の摩耗表面である耐摩耗性表面領域を得るための使用。
【請求項35】
前記弁が、原子力発電所内の弁であり、好ましくは原子力発電所の一次回路内の弁であることを特徴とする、請求項34に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公表番号】特表2012−507636(P2012−507636A)
【公表日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−535538(P2011−535538)
【出願日】平成21年11月3日(2009.11.3)
【国際出願番号】PCT/SE2009/051242
【国際公開番号】WO2010/053431
【国際公開日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(595026313)ウッデホルムス アーベー (8)
【氏名又は名称原語表記】UDDEHOLMS AB
【Fターム(参考)】