説明

自動変速機システム

【課題】摩擦クラッチの強制解放の頻度を低下させ、減速中または減速後にアクセルペダルが踏み込まれたら速やかに加速を開始し得る制御装置を提供する。
【解決手段】内燃機関1と変速機入力軸5の間に介装された摩擦クラッチ2と、摩擦クラッチ2の締結、解放を制御する変速機コントローラ31とを備え、変速機コントローラ31が、車両の運転状態に応じて摩擦クラッチ2の入力側と出力側で差回転が生じるスリップ制御、及びエンジンストール防止のために車両の減速度に応じて摩擦クラッチ2を強制解放するクラッチ強制解放制御を実行する自動変速機システムにおいて、変速機コントローラ31は、スリップ制御実行中の減速時には、クラッチ強制解放制御を実行するか否かを判断するための減速度閾値をスリップ制御非実行時よりも緩和する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関と変速機との間に設けた摩擦クラッチの締結・解放を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関と変速機との間に摩擦クラッチを備え、摩擦クラッチの締結・解放の操作をコントローラにより制御する車両が知られている。
【0003】
例えば特許文献1では、発進時には摩擦クラッチを完全に締結させずにスリップさせる、いわゆるスリップ制御を行うことで、内燃機関のトルクを変速機へ滑らかに伝達し、減速時には車速や減速度等に応じてクラッチを強制解放することでエンジンストールを回避する制御が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平05−126251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、減速度が同じ大きさであっても、摩擦クラッチが締結状態であればエンジンストールに至るが、スリップ制御中であればエンジンストールに至ることはない、という状況が生じ得る。しかし、特許文献1ではスリップ制御中であっても締結状態と同様の制御を行うので、エンジンストールに至ることがないのに摩擦クラッチを強制解放する場合がある。
【0006】
摩擦クラッチを解放状態から締結状態またはスリップ状態、つまりトルク伝達可能な状態へ切り替えるには遅れ時間が生じる。したがって、例えば、摩擦クラッチが強制解放される程度の減速度で減速した直後に加速をする場合には、摩擦クラッチがトルク伝達可能な状態になるまではエンジン回転速度が吹け上がるだけで車両は加速しない。また、エンジン回転速度の吹け上がりを防止するためにトルク伝達可能な状態になるまでエンジン回転速度上昇を抑制すると、アクセルペダルを踏みこんでいるにもかかわらずエンジン回転速度が上昇せず、運転者にもたつき感を与えることになる。
【0007】
すなわち、特許文献1の制御では、エンジンストールに至るおそれがないにもかかわらず摩擦クラッチを強制解放してしまい、再加速を行う場合にエンジン回転速度が吹け上がったり、運転者にもたつき感を与えたりするおそれがある。
【0008】
また、スリップ制御は、車両発進時だけの制御ではなく、摩擦クラッチが締結された状態からの減速時にも、燃料カット領域の拡大等を目的として実行される場合がある。したがって、エンジンストールに至るおそれが無いにもかかわらず摩擦クラッチを強制解放してしまう状況は、減速時にも起こり得る。
【0009】
そこで、本発明では、摩擦クラッチの強制解放の頻度を低下させ、減速中または減速後にアクセルペダルが踏み込まれたら速やかに加速を開始し得る制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の自動変速機システムは、内燃機関と変速機入力軸の間に介装された摩擦クラッチと、摩擦クラッチの締結、解放を制御する変速機コントローラと、を備える。そして、変速機コントローラが、車両の運転状態に応じて摩擦クラッチの入力側と出力側で差回転が生じるスリップ制御、及びエンジンストール防止のために車両の減速度に応じて摩擦クラッチを強制解放するクラッチ強制解放制御を実行する。さらに、変速機コントローラは、スリップ制御実行中の減速時にはクラッチ強制解放制御を実行するか否かを判断するための減速度閾値を摩擦クラッチのクラッチ容量に応じてスリップ制御非実行時よりも緩和する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、スリップ制御実行中の減速時には、スリップ制御非実行時に比べて減速度閾値を緩和するので、クラッチが強制解放される機会が低減する。これにより、減速中または減速後にアクセルペダルが踏み込まれた際に、速やかに加速することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明を適用するシステムの構成図である。
【図2】運転領域と第1クラッチの制御状態との関係を示す図である。
【図3】車速及び減速度と減速度閾値との関係の一例を示す図である。
【図4】第1実施形態でTCUが実行する減速度閾値の変更制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図5】TCUに格納されている減速度閾値マップである。
【図6】TCUが第1実施形態の制御ルーチンを実行した場合の減速度閾値及び解除ディレイ時間についてまとめた表である。
【図7】TCUが減速度閾値を緩和しない場合のタイムチャートである。
【図8】TCUが減速度閾値を緩和した場合のタイムチャートである。
【図9】第2実施形態でTCUが実行する減速度閾値の変更制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図10】摩擦係数と差回転の関係を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態を適用するシステムの構成を、模式的に示した図である。
【0015】
まず、自動変速機4の構成及び制御システムについて説明する。
【0016】
自動変速機4は、入力軸1aから出力軸11に至るまでの経路を2つ有する、いわゆるツインクラッチ式変速機である。
【0017】
一方の経路は、内燃機関1の入力軸1aと、第1変速機入力軸5と、入力軸1aと第1変速機入力軸5との断接を行う第1クラッチ2と、第1変速機入力軸5と変速機出力軸9との間に介装された第1ギア列8と、を有する。第1ギア列8は、1速、3速、5速、リバースの4組みである。
【0018】
他方の経路は、内燃機関1の入力軸1aと、第2変速機入力軸6と、入力軸1aと第2変速機入力軸6との断接を行う第2クラッチ3と、第2変速機入力軸6と変速機出力軸9との間に介装された第2ギア列7と、を有する。第2ギア列7は、2速、4速、6速の3組である。
【0019】
変速機出力軸9の出力端部は、ファイナルギア10を介して出力軸11に接続されている。したがって、変速機出力軸9の回転は、ファイナルギア10のギア比に応じた回転速度に変更されて伝達される。
【0020】
第1クラッチ2及び第2クラッチ3は、変速機コントローラ(TCU)31がソレノイドバルブ20を用いて可変制御する油圧によって作動する。
【0021】
TCU31は、コントローラ・エリア・ネットワーク(CAN)を介してエンジンコントローラー(ECM)30からエンジン回転速度を読み込み、その他にブレーキスイッチ32、変速機4のレンジ信号33、及び変速機4の作動油温センサ34からの情報も読み込む。そして、これらの情報に基づいて、第1クラッチ2及び第2クラッチ3の締結、解放を決定し、それに応じた油圧となるようソレノイドバルブ20を作動させる。
【0022】
ECM30及びTCU31は、いずれも中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたマイクロコンピュータで構成される。なお、ECM30及びTCU31を複数のマイクロコンピュータで構成することも可能である。
【0023】
次に、自動変速機4の変速動作について説明する。
【0024】
自動変速機4は、第1変速機入力軸5に1速、3速、5速のギアを有する第1ギア列8が、第2変速機入力軸6に2速、4速、6速、のギアを有する第2ギア列7が設けられているので、変速時には第1クラッチ2と第2クラッチ3を交互に締結、解放することになる。例えば、1速から2速への変速する場合には、第1ギア列8の1速ギアが係合し第1クラッチ2が締結され、かつ第2ギア列7の2速ギアが係合し第2クラッチ3が解放された状態から、第1クラッチ2を解放し、第2クラッチを締結する。2速から3速へ変速する場合には、第1ギア列8の3速ギアが係合し第1クラッチ2が解放され、第2ギア列7の2速ギアが係合し第2クラッチ3が締結された状態から、第2クラッチ3を解放し第1クラッチ2を締結する。以降、3速−6速の各変速についても同様に第1クラッチ2と第2クラッチ3の締結と解放を交互に繰り返す。
【0025】
なお、隣り合う変速段のギアが異なるギア列に配置されているので、次の変速段のギアを予め係合させておくことができ、これにより変速動作は第1クラッチ2と第2クラッチ3の締結と解放を切り替えるだけで終了する。すなわち、一のギア列と一のクラッチでは、クラッチ解放、現在の変速段のギアの係合解除、次の変速段のギア係合、クラッチ締結、という行程が必要になるのに比べて、変速に要する時間を大幅に短縮することができる。
【0026】
次に、第1クラッチ2の制御状態と運転領域との関係について説明する。
【0027】
図2は、運転領域と第1クラッチ2の制御状態との関係を示す図である。
【0028】
図2のA領域は車両発進時を含む低速領域であり、TCU31は、第1クラッチ2をトルク伝達可能だが完全には締結していない状態、つまり第1クラッチ2の入力側と出力側とで差回転が生じている状態とするスリップ制御を実行する。これにより、伝達されるトルクの急激な増大を防止して滑らかな発進を実現する。
【0029】
車速が上昇して図2のB領域に入ると、TCU31は第1クラッチ2が完全締結状態になるまで徐々に第1クラッチ2のトルク容量を増大させる。ここでもトルク容量を徐々に増大させることで伝達トルクの急激な増大を防止している。なお、ここでいう完全締結状態とは第1クラッチ2の差回転が無い状態のことをいうが、差回転が無視し得る程度の大きさであれば完全締結状態に含めてもよい。
【0030】
車速がさらに上昇して図2の発進強制抜け車速を越えてC領域に入ると、TCU31は第1クラッチ2が未だスリップ状態であっても直ちに完全締結状態にする。発進強制抜け車速は、運転者等に対して、第1クラッチ2を完全締結状態に切り替えたときの伝達トルクの急変による違和感を与えない程度の車速を設定する。したがって、発進強制抜け車速線を超えるときに、TCU31は第1クラッチ2の差回転の大きさによらず、ただちに完全締結状態にする。
【0031】
そして1−2変速線を超えるときには1速から2速への変速の為、第1クラッチ2を解放して第2クラッチ3を締結する。
【0032】
上記のように、第1クラッチ2は、A領域ではスリップ状態であり、B領域では締結状態によってスリップ状態又は完全締結状態であり、C領域では完全締結状態または解放状態となる。以下の説明において、適宜、A領域とB領域を併せて発進領域、C領域を定常または変速領域という。
【0033】
なお、1−2変速線より高車速側には、2−3変速線、3−4変速線、4−5変速線、5−6変速線があるが、図2では省略している。
【0034】
一方、減速時には、ブレーキペダルを踏んでいなければ、TCU31はA領域に突入したら第1クラッチ2を徐々に解放するスリップ制御を行う。つまり、上述した発進時の制御と逆の制御を行う。ブレーキペダルを踏んでいる場合は、A領域とB領域の境界線よりも高車速側からスリップ制御を開始する。
【0035】
これは、第1クラッチ2を解放しないと、内燃機関1の回転速度が駆動輪の回転に引きこまれて低下し、自律運転可能な回転速度を下回ってエンジンストールしてしまうからである。
【0036】
また、減速度の大きさによっては、図2の運転領域によらず第1クラッチ2または第2クラッチ3を強制解放する。減速度が大きくなるほどエンジン回転速度の低下速度も速くなり、また、油圧制御により駆動される第1クラッチ2又は第2クラッチ3は制御信号入力から油圧が変化するまでの応答遅れがあるので、早期に解放動作を開始しないと自律運転可能な回転速度以下になるまでに間に合わなくなるからである。なお、減速度は車速センサの検出値を用いて算出する。
【0037】
第1クラッチ2を強制解放するのは、ブレーキスイッチ32がオン、つまり運転者によってブレーキペダルが踏み込まれていること、及び、減速度が予め設定した減速度閾値以上であること、の2つの条件が揃った場合である。減速時にこの2つの条件が揃ったら、その減速は急減速であると判断する。
【0038】
また、いったん急減速であると判断された場合には、減速度が予め設定した減速度閾値より小さい状態が所定時間以上継続するまで、TCU31は第1クラッチ2の解放状態を維持するこの所定時間を「解除ディレイ時間」という。これにより、減速度閾値付近の減速度となったときに第1クラッチ2の締結、解放が頻繁に行われて運転性を損なうことを防止できる。
【0039】
ここで、減速度閾値について説明する。
【0040】
図3は、第1クラッチ2が完全締結状態の場合における、車速及び減速度と減速度閾値との関係の一例を示す図である。縦軸の減速度は、図中下側に行くほど減速度が大きい、つまり急激に減速することになる。
【0041】
図3の実線は減速度閾値、一点鎖線は油圧応答遅れを考慮して算出されたエンジンストール回避可能限界線である。図3の2点鎖線は、無段変速機の低車速域でのクラッチ解放閾値を基に適合により求めた、低車速領域用のクラッチ解放閾値である。エンジンストール回避可能限界線によれば、低車速領域ではクラッチ解放の閾値となる減速度も小さくなり、頻繁にクラッチ解放が行われることとなるので、これを回避するために、低車速領域では車速によらず一定の閾値とする。具体的には、本実施形態と同様に低回転速度域でクラッチ解放の頻発が問題となる無段変速機のクラッチ解放閾値を基にして、適合により求める。また、図3の斜線を付した領域は、理論上発生し得ない大きさの減速度である。
【0042】
図3に示すように、減速度閾値は、理論上発生し得ない減速度領域の境界線と、エンジンストール回避可能限界線と、低回転速度域でのクラッチ解放の頻発を防止するためのクラッチ解放閾値とを組み合わせたものである。すなわち、減速度閾値は、車速がゼロからV1までの領域はクラッチ解放の頻発を防止するためのクラッチ解放閾値、車速V1からV2までの領域はエンスト回避可能限界線、車速V2以上は理論上発生し得ない減速度領域との境界線となる。
【0043】
減速度が上記のような減速度閾値より大きい場合には、第1クラッチ2を強制解放するが、図3においては車速V2以上であれば第1クラッチ2が強制解放されることはない。
【0044】
ところで、図3は第1クラッチ2が完全締結状態であることを前提としているが、スリップ制御中であれば、図3の減速度閾値より大きな減速度であっても、エンジンストールに至らない場合もあり得る。第1クラッチ2がスリップする分だけ、内燃機関1の回転速度が駆動輪の回転に引き込まれにくくなるからである。
【0045】
しかしながら、従来はスリップ制御中か否かによらず、完全締結状態を前提とした減速度閾値を用いてクラッチ解放の要否を決定していたので、クラッチを解放する必要が無い状況であっても解放する場合があった。そして、いったんクラッチ解放すると、上述したように再締結までには所定の時間を要するので、その間はアクセルペダルを踏み込んでも再加速ができないという問題が生じていた。
【0046】
そこで、TCU31は、第1クラッチ2を強制解放するか否かの判断に用いる減速度閾値を、第1クラッチ2が完全締結状態かスリップ状態かによって変化させることとする。
【0047】
なお、スリップ制御中における第1クラッチ2の内燃機関側の部材の運動方程式は式(1)のように表される。
【0048】
Ie×d(Ne)/dt=Te−Tcl ・・・(1)
Ie:内燃機関1のクランクシャフトの回転慣性モーメント
Ne:内燃機関1の回転速度
Te:内燃機関1のトルク
Tcl:第1クラッチ2のクラッチ容量
【0049】
すなわち、スリップ制御中に内燃機関1の回転速度を引き下げる力は、車両の減速度には依らず、クラッチ容量にのみ依存し、クラッチ容量が小さいほど内燃機関1の回転速度を引き下げる力が小さくなる。
【0050】
したがって、例えば図3の楕円で囲んだ領域のように、車速が低いためにクラッチ容量が小さい領域であれば、完全締結している場合に比べて大きな減速度まで第1クラッチ2を強制解放しなくても、エンジンストールに至らない場合がある。すなわち、クラッチ強制解放するか否かの判断用の減速度閾値を、完全締結時よりも緩和してもエンジンストールに至らない場合がある。
【0051】
そこで、以下に説明するように、クラッチ強制解放するか否かの判断用の減速度閾値を緩和できるか否かを判定し、緩和できる場合には減速度閾値を変更することで、不必要なクラッチ強制解放を防止し、上述した再加速性が悪化するという問題を解決する。
【0052】
図4は、TCU31が実行する減速度閾値の変更制御ルーチンを示すフローチャートである。本制御ルーチンは、一定の間隔、例えば10ミリ秒間隔、で繰り返し実行される。
【0053】
ステップS110で、TCU31は運転状態を読み込む。ここでいう運転状態とは、車速、アクセル開度、自動変速機4の変速段、第1クラッチ2の差回転である。
【0054】
ステップS120で、TCU31は車速、アクセル開度、差回転に基づいて、現在スリップ制御中であるか否かを判断する。具体的には、車速とアクセル開度に基づいて、現在、図2のいずれの領域にいるかを判断し、A領域であればスリップ状態であると判断する。B領域の場合は、さらに第1クラッチ2の差回転に基づいてスリップ制御中か否かを判断する。C領域の場合はスリップ制御中ではないと判断する。
【0055】
ステップS130で、TCU31は現在の車速が予め設定した所定速度以上であるか否かを判定する。ここで用いる所定速度は、図2のA領域とB領域の境界となる車速であり、例えば、内燃機関1がアイドル回転速度で運転している場合の車速である。すなわち、TCU31は、現在アイドル回転速度より低回転速度のA領域なのかアイドル回転速度以上のB領域なのかを判定する。B領域の場合はステップS140の処理を実行し、A領域の場合はステップS170の処理を実行する。なお、内燃機関1がアイドル回転速度か否かを車速から判断するのは、一般的な自動変速機の変速線を設定する際の考え方と同様である。
【0056】
ステップS140で、TCU31は第1クラッチ2のクラッチ容量の変化速度が閾値以下であるか否かを判定する。クラッチ容量の変化速度は、TCU31が内燃機関1の回転速度に応じて設定するクラッチ油圧指示値を時間微分して求める。なお、クラッチ油圧指示値は内燃機関1の回転速度をパラメータとし、回転速度が高くなるほど大きな値になる。
【0057】
閾値は、内燃機関1の回転速度変化が上昇から低下に転じることで、クラッチ油圧指示値も上昇から低下に転じた場合の、実際のクラッチ締結油圧のオーバーシュート量に基づいて設定する。すなわち、オーバーシュートしても第1クラッチ2が完全締結状態にならない程度のクラッチ容量の変化速度を閾値として設定する。
【0058】
TCU31は、ステップS140の判定の結果、クラッチ容量が閾値より小さければ、後述するステップS150で減速度閾値を緩和し、大きければ後述するステップS160で減速度閾値の緩和を禁止する。
【0059】
すなわち、例えば高回転速度域での加速中に急減速を開始する場合のように、クラッチ油圧指示値が大きく、かつ上昇している状態から低下に転じると、実際のクラッチ締結油圧がオーバーシュートして第1クラッチ2が完全締結状態になるおそれがある。そして、オーバーシュートにより完全締結状態になると、内燃機関1の回転速度は急減速する駆動輪の回転に引き込まれてエンジンストールに至るおそれがある。そこで、クラッチ容量変化速度が閾値より小さい、すなわち実際のクラッチ締結油圧がオーバーシュートしてもエンジンストールに至るおそれが無い場合のみ減速度閾値の緩和を許可する。
【0060】
ステップS150で、TCU31は、第1クラッチ2を強制解放するか否かの閾値である減速度閾値を、図5に示すマップに基づいて緩和する。さらに、解除ディレイ時間を完全締結状態の場合より短縮する。
【0061】
図5は、TCU31に格納されている減速度閾値マップである。横軸はクラッチ容量変化量、縦軸は減速度閾値である。図5に示すように、クラッチ容量変化速度が小さくなるほど、減速度閾値は大きくなっている。つまり、クラッチ容量変化速度が小さくなるほど、第1クラッチ2は、より大きな減速度まで強制解放されなくなる。
【0062】
ステップS160で、TCU31は減速度閾値の緩和を禁止する。つまり、TCU31は、第1クラッチ2が完全締結状態の場合と同様の減速度閾値に基づいて、第1クラッチ2を強制解放するか否かを判断する。そして、解除ディレイ時間の短縮も禁止する。
【0063】
一方、ステップS170で、TCU31はステップS140と同様にクラッチ容量変化速度が閾値以下であるか否かの判定を行い、閾値以下の場合はステップS180の処理を実行し、閾値より大きい場合はステップS160の処理を実行する。
【0064】
ステップS180で、TCU31はステップS150と同様に第1クラッチ2の減速度閾値を緩和し、かつ、解除ディレイ時間を短縮する。
【0065】
なお、ステップS180では、減速度閾値をクリアして、強制解放しないようにしてもよい。ステップS170、S180は、必ずスリップ制御を行い、かつクラッチ油圧指示値が小さいA領域の場合の処理なので、強制解放しなくてもエンジンストールに至ることがないためである。また、同様の理由により、ステップS170を省略して、A領域であれば常に減速度閾値を緩和またはクリアするようにしてもよい。
【0066】
図6は、上記制御ルーチンを実行後の減速度閾値及び解除ディレイ時間についてまとめたものである。なお、図6は、スリップ制御領域の各境界部分にヒステリシスを設けて、そこでは処理を行わないものとした場合について示している。
【0067】
図6に示すように、スリップ制御中の場合には、クラッチ容量変化速度が閾値より小さければ減速度閾値を緩和し、かつ解除ディレイ時間を短縮するが、閾値より大きい場合及びスリップ制御中でない場合には、減速度閾値及び解除ディレイ時間は完全締結状態のままのままとなる。
【0068】
次に、上記制御ルーチンを実行して減速度閾値を緩和した場合の効果について説明する。
【0069】
図7は減速度閾値を緩和しない場合についてのタイムチャート、図8は上記制御ルーチンによって減速度閾値が緩和される場合についてのタームチャートである。
【0070】
いずれも、時刻t1でブレーキペダルが踏み込んで減速を開始し、時刻t3でブレーキペダルを離し、時刻t4でアクセルペダルを踏み込んでいる。
【0071】
図7では、時刻t1でブレーキペダルを踏み込むと、第1クラッチ2の回転速度及び車速が低下し始め、ブレーキスイッチオンかつ減速度が所定以上というクラッチ強制解放の条件が成立した時刻t2で、第1クラッチ2を強制解放する。その後、時刻t3でブレーキスイッチがオフになって減速度が小さくなっても、解除ディレイ時間が経過するまでは第1クラッチ2は解放されたままである。このため、解除ディレイ時間中の時刻t4でアクセルペダルを踏み込んでも、クラッチ回転速度及び車速は低下し続け、解除ディレイ時間が経過してから加速を始めている。
【0072】
これに対して図8では、減速度閾値が緩和されたことにより、第1クラッチ2は時刻t2で強制解放されない。したがって、時刻t4でアクセルペダルが踏み込まれたら、直ちに加速を開始している。
【0073】
このように、クラッチ強制解放をしなくてもエンジンストールに至らない場合には減速度閾値を緩和することで、減速状態から加速状態へ移行する際に、速やかに加速を開始することができる。
【0074】
以上説明したように、本実施形態によれば次の効果が得られる。
【0075】
(1)TCU31は、スリップ制御実行中の減速時には、クラッチ強制解放制御を実行するか否かを判断するための減速度閾値をスリップ制御非実行時よりも緩和、またはクラッチ強制解放を禁止するので、不必要にクラッチを強制解放する機会を低減できる。これによりアクセルを踏み込まれた際に速やかに加速を開始できる。
【0076】
(2)TCU31は、減速度閾値を第1クラッチ2のクラッチ容量に応じて緩和する。スリップ制御中に内燃機関1の回転速度を引き下げる力は、クラッチ容量にのみ依存するので、クラッチ容量に応じて減速度閾値を緩和することで、的確な減速度閾値を設定することができる。
【0077】
(3)TCU31は、第1クラッチ2の回転速度が内燃機関1のアイドル回転速度相当以下の必ずスリップ制御を実行する領域では、減速度閾値を緩和するので、不必要に第1クラッチ2を強制解放する機会を確実に低減することができる。
【0078】
(4)TCU31は、第1クラッチ2の回転速度を車速に基づいて検知する。具体的には自動変速機4の変速制御に用いる変速線と同様の考え方で、車速から第1クラッチ2の回転速度を推定する。これにより、簡便な方法で第1クラッチ2の回転速度を検知することができる。
【0079】
(第2実施形態)
本実施形態は、適用するシステムは第1実施形態と同様であり、クラッチを強制解放しなくてもエンジンストールに至るおそれが無い場合に減速度閾値を緩和することも同様である。ただし、減速度閾値を緩和するか否かを判定する制御ルーチンの一部が異なる。以下、フローチャートを参照して具体的に説明する。
【0080】
図9は、本実施形態でTCU31が実行する減速度閾値の変更制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0081】
ステップS240及びステップS270以外は図4のフローチャートと同様なので説明を省略する。
【0082】
ステップS240及びステップS270では、第1クラッチ2の入力側と出力側の回転速度の差、つまり差回転が予め設定した閾値より大きいか否かを判定し、閾値より大きい場合は減速度閾値を緩和し、閾値より小さい場合は減速度閾値の緩和を禁止している。ここで用いる閾値は、第1クラッチ2の摩擦係数が差回転によらず一定となる範囲内で設定する。図10は摩擦係数と差回転との関係を示す図であり、縦軸は摩擦係数、横軸は差回転である。摩擦係数は、差回転が小さい領域では差回転に比例して増大するが、所定の差回転を超えると差回転によらずほぼ一定となる特性がある。そこで、例えば、摩擦係数がほぼ一定となる差回転の下限付近の値を閾値として設定する。
【0083】
クラッチ容量は摩擦係数に依存し、摩擦係数は図10に示すように差回転に応じて変化するので、図4のステップS140及びS170におけるクラッチ容量の変化速度に代えて、差回転を用いて判定しても、同様の効果が得られる。
【0084】
なお、クラッチ容量の変化速度を用いて判定する場合には、クラッチ油圧指示値の変化量を演算し、さらにそれを時間微分する必要があるので、演算が複雑化するおそれがある。これに対して、差回転を用いて判定する場合には、第1クラッチ2の入力側と出力側の回転速度を検出し、その差分を求めるだけで済むので、演算を簡略化できる。
【0085】
以上により本実施形態では、第1実施形態と同様の効果に加えて、さらに、第1クラッチ2の差回転を用いて、減速判定閾値を緩和するか否か、及び緩和量を決定するので、演算負荷を軽減できるという効果も得られる。
【0086】
なお、上述した説明では、自動変速機4として、いわゆるツインクラッチ式変速機を挙げて説明したが、これに限られるわけではない。クラッチの断接動作を、油圧アクチュエータ等を用いて行うものであれば適用可能である。
【0087】
また、本発明は上記の実施の形態に限定されるわけではなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内で様々な変更を成し得ることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0088】
1 内燃機関
2 第1クラッチ
3 第2クラッチ
4 自動変速機
5 第1変速機入力軸
6 第2変速機入力軸
7 第2ギア列
8 第1ギア列
9 変速機出力軸
10 ファイナルギア
11 出力軸
20 ソレノイドバルブ
30 エンジンコントローラー(ECM)
31 変速機コントローラ(TCU)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関と変速機入力軸の間に介装された摩擦クラッチと、
前記摩擦クラッチの締結、解放を制御する変速機コントローラと、
を備え、
前記変速機コントローラが、車両の運転状態に応じて前記摩擦クラッチの入力側と出力側で差回転が生じるスリップ制御、及びエンジンストール防止のために車両の減速度に応じて前記摩擦クラッチを強制解放するクラッチ強制解放制御を実行する自動変速機システムにおいて、
前記変速機コントローラは、前記スリップ制御実行中の減速時には、前記クラッチ強制解放制御を実行するか否かを判断するための減速度閾値を前記摩擦クラッチのクラッチ容量に応じて前記スリップ制御非実行時よりも緩和することを特徴とする自動変速機システム。
【請求項2】
前記変速機コントローラは、前記減速度閾値を緩和することで前記クラッチ強制解放制御を禁止する請求項1に記載の自動変速機システム。
【請求項3】
前記変速機コントローラは、前記減速度閾値を前記摩擦クラッチのクラッチ容量に応じて緩和する請求項1または2に記載の自動変速機システム。
【請求項4】
前記変速機コントローラは、前記減速度閾値を前記摩擦クラッチの差回転に応じて緩和する請求項1または2に記載の自動変速機システム。
【請求項5】
前記変速機コントローラは、前記摩擦クラッチの回転速度が内燃機関のアイドル回転速度相当以下の必ず前記スリップ制御を実行する領域では、前記減速度閾値を緩和する請求項1から4のいずれかに記載の自動変速機システム。
【請求項6】
前記変速機コントローラは、前記摩擦クラッチの回転速度を車速に基づいて検知する請求項5に記載の自動変速機システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−52575(P2012−52575A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193930(P2010−193930)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】