説明

規範応答演算装置およびそれを用いた車両用制駆動力制御装置

【課題】 規範応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できる規範応答演算装置およびそれを用いた車両用制駆動力制御装置を提供する。
【解決手段】 入力信号uに進み遅れ要素を与えて規範加速度応答のベース値を演算する線形フィルタ14と、入力信号uの微分値du/dtを出力する微分器15と、入力信号uの微分値du/dtに基づいて第1および第2ゲインy1,y2を演算する第1および第2非線形フィルタ17,18と、規範応答ベース値にゲインy1,y2を乗算して規範加速度応答を演算する乗算器19と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、規範応答演算装置およびそれを用いた車両用制駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、アクセル操作量に応じた車両の前後加速度の規範応答と実際の前後加速度との差に応じて駆動トルクを補正する駆動力制御装置についての開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−056703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術にあっては、低次の伝達関数を用いてアクセル操作量から規範応答を演算しているため、規範応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できないという問題があった。
【0005】
本発明の目的は、規範応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できる規範応答演算装置およびそれを用いた車両用制駆動力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明では、入力信号に応じた規範応答ベース値に対し、入力信号の微分値に基づいて演算したゲインを乗算して規範応答を演算する。
【発明の効果】
【0007】
よって、入力信号の変化速度(微分入力信号)に応じてベース値のゲインのみを修正できるため、規範応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の車両用制駆動力制御装置の構成図である。
【図2】実施例1のコントローラ8の制駆動力制御ブロック図である。
【図3】実施例1のコントローラ8で実行される制駆動力制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】実施例1の規範加速度応答演算部11のブロック線図である。
【図5】実施例1の非線形フィルタ17の第1ゲインy1の設定方法を示す図である。
【図6】実施例1の非線形フィルタ18の第2ゲインy2の設定方法を示す図である。
【図7】一次遅れ要素の周波数特性図である。
【図8】実施例1の規範加速度応答演算部11における入力信号および出力信号の時系列波形である。
【図9】実施例1のベース値に第1ゲインy1を乗算したときの周波数特性図である。
【図10】従来の車両用制駆動力制御装置を搭載した車両において、ステップ状のアクセル操作を行ったときの駆動トルクおよび前後加速度の時系列波形である。
【図11】実施例1の車両用制駆動力制御装置を搭載した車両において、ステップ状のアクセル操作を行ったときの駆動トルクおよび前後加速度の時系列波形である。
【図12】ゲインに対してローパスフィルタ処理した場合としない場合の出力応答の時系列波形である。
【図13】実施例2の規範加速度応答演算部11のブロック線図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の規範応答演算装置およびそれを用いた車両用制駆動力制御装置を実施するための形態を、図面に示す実施例に基づいて説明する。
〔実施例1〕
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の車両用制駆動力制御装置の構成図である。
実施例1の車両用制駆動力制御装置は、アクセルペダル1と、アクセルセンサ(制駆動操作計測手段)2と、駆動モータ(制駆動力発生手段)3と、ギヤ4と、ドライブシャフト5と、タイヤ6と、加速度センサ7と、コントローラ8とを備える。
駆動モータ3は、ギヤ4を介してドライブシャフト5を連結されている。
コントローラ8は、アクセルセンサ2により検出されたアクセルペダル1の操作量と、加速度センサ7により検出された車両の前後加速度とに基づいて、駆動モータ3を駆動する。
【0010】
図2は、実施例1のコントローラ8の制駆動力制御ブロック図である。
規範加速度応答演算部(規範応答演算手段、規範応答演算装置)11は、むだ時間による制御性能の悪化を補正し、所望のゲインおよび位相の特性を実現するためのもので、後述するむだ時間を考慮しつつ、アクセルセンサ2からの入力信号、すなわち、アクセルペダル1の操作量に応じた車両の前後加速度の規範応答(規範加速度応答)を演算する。規範加速度応答の演算方法については後述する。
むだ時間計測器12は、アクセルセンサ2からの入力信号に対して車両が反応するまでのむだ時間を計測する。
制駆動力指令値演算部13は、規範加速度応答と加速度センサ7により検出された実際の前後加速度(実加速度)との差分に基づいて制駆動力指令値を演算する。制駆動力指令値の演算は、公知のPID制御、操舵系や車両の動特性を含むような制御系を用いればよい。
モータ駆動部(制駆動力制御手段)10は、制駆動力指令値に応じた電流指令値を演算し、駆動モータ3を駆動する。
【0011】
[制駆動力制御処理]
図3は、実施例1のコントローラ8で実行される制駆動力制御処理の流れを示すフローチャートで、以下、各ステップについて説明する。
ステップS1では、規範加速度応答演算部11においてアクセル操作量を読み込み、制駆動力指令値演算部13において加速度を読み込む。
ステップS2では、むだ時間計測器12において、むだ時間を計測する。
ステップS3では、規範加速度応答演算部11において、アクセル操作量に基づいて規範加速度応答を演算する。
ステップS4では、制駆動力指令値演算部13において、ステップS3で演算された規範加速度応答と実加速度との偏差を算出する。
ステップS5では、制駆動力指令値演算部13において、ステップS4で算出した偏差に基づいて制駆動力指令値を演算する。
ステップS6では、モータ駆動部10において、ステップS5で演算された制駆動力指令値に応じた電流指令値を演算し、駆動モータ3を駆動する。
【0012】
[規範加速度応答演算]
図4は、実施例1の規範加速度応答演算部11のブロック線図である。
線形フィルタ(規範応答ベース値演算部)14は、1次進み時定数τ1の進みフィルタと1次遅れ時定数τ2の遅れフィルタとを有し、入力信号に1次進み遅れ要素を与える線形フィルタであって、出力信号として規範加速度応答のベース値を演算する。ここで、sはラプラス演算子を意味する。
微分器15は、入力信号を微分処理した微分入力信号を出力する。
絶対値演算器16は、微分入力信号の絶対値を出力する。
【0013】
第1非線形フィルタ(ゲイン演算部、進み補正ゲイン演算部)17は、微分入力信号の絶対値に基づいて第1ゲイン(進み補正ゲイン)を演算する。第1ゲインは、線形フィルタ14の進みフィルタによる入力信号のゲイン特性の変化を補正するためのものである。第1非線形フィルタ17は、演算した第1ゲインをローパスフィルタ処理した値を出力する。
第2非線形フィルタ(ゲイン演算部、遅れ補正ゲイン演算部)18は、微分入力信号の絶対値に基づいて第2ゲイン(遅れ補正ゲイン)を演算する。第2ゲインは、線形フィルタ14の遅れフィルタによる入力信号のゲイン特性の変化を補正するためのものである。第2非線形フィルタ18は、演算した第2ゲインをローパスフィルタ処理した値を出力する。
乗算器19は、規範加速度応答のベース値と第1ゲインと第2ゲインとを乗算して規範加速度応答を演算する。
【0014】
[規範加速度応答演算方法]
まず、線形フィルタ14の1次進み時定数τ1は、アクセル操作に対する車両の応答を改善するために、むだ時間計測器12で計測されたむだ時間Tとする。
線形フィルタ14の進みフィルタのゲインは、以下の式(1)とする。
|k1(jω)| = |τ2jω+1| …(1)
なお、ωは周波数(角周波数)であり、ω=[ωminmin+Δω,…,ωmax]とする。
【0015】
図5は、第1非線形フィルタ17の一例であり、第1非線形フィルタ17は、入力信号uの微分値du/dtの絶対値|du/dt|の関数として、第1ゲインy1を下記の式(2)の通り出力する。以下の説明では、入力信号uの微分値du/dtは、絶対値|du/dt|を示すものとする。
y1 = g1(du/dt) …(2)
ここで、入力信号uの微分値du/dtは、下記の式(3)の通り定める。
du/dt = A(ω)ω …(3)
ここで、A(ω)は、各周波数における入力信号uの振幅を意味する。A(ω)は一定値としてもよいし、周波数に応じて可変としてもよいため、振幅は周波数の関数とする。
【0016】
線形フィルタ14の進みフィルタ、第1非線形フィルタ17のゲイン特性は、下記の式(4)で表す関係が成立する。
|k1(jω)| × g1{A(ω)ω} = 1 …(4)
したがって、第1非線形フィルタ17は、下記の式(5)となる。
g1{A(ω)ω} = 1/|k1(jω)| …(5)
以上により、むだ時間Tによる位相の遅れを補正し、ゲイン特性を1にすることが可能な第1非線形フィルタ17を導出できる。
【0017】
次に、第2非線形フィルタ18および線形フィルタ14の遅れフィルタを導出する。
第1非線形フィルタ17および線形フィルタ14の進みフィルタを上記のように設定した後であれば、第2非線形フィルタ18および線形フィルタ14の遅れフィルタのみの設定で、規範加速度応答演算部11で実現したいゲインおよび位相の特性を容易に実現できる。
【0018】
まず、規範加速度応答演算部11のゲイン|h(ω)|、位相∠{h(ω)}を、下記の式(6),(7)の通りあらかじめ設定する。
|h(ω)| := [Gωmin … Gωmax] …(6)
∠{h(ω)} := [Pωmin … Pωmax] …(7)
規範加速度応答演算部11は、線形フィルタではないため、各周波数におけるゲイン、位相の値を任意に設定することが可能となり、図6(b)のような線形フィルタでは、ゲインと位相が独立に設定できないが、本発明を用いることで図6(a)のように位相を固定として、ゲインを所望の特性にするような設計が可能である。
【0019】
線形フィルタ14の遅れフィルタは、図6(b)に示すように、式(7)に示した位相特性を実現するフィルタ特性とする。ここでは、簡単のために規範加速度応答演算部11が1次遅れで表現可能な場合の例を示す。線形フィルタ14の遅れフィルタの周波数伝達関数k2(jω)を時定数τ2の1次遅れとすると、ゲイン|k2(jω)|、位相∠{k2(jω)}は、下記の式(8),(9)となる。
|k2(jω)| = 1/|τ2jω+1| …(8)
∠{k2(jω)} = ∠{1/(τ2jω+1)} …(9)
なお、jは虚数である。
ここで、式(9)は式(7)と等しくなる、もしくは差異が小さくなるように、時定数τ2を決定する。また、式(8)により求められる線形フィルタ14の遅れフィルタのゲイン特性は、第2非線形フィルタ18により補正され、規範加速度応答演算部11のゲイン特性を実現する。
【0020】
第2非線形フィルタ18は、入力信号uの微分値du/dtの関数として、第2ゲインy2を下記の式(10)の通りとする。
y2 = g2(du/dt) …(10)
ここで、入力信号uの微分値du/dtは、上記の式(3)の通り定める。
線形フィルタ14の遅れフィルタ、第2非線形フィルタ18および規範加速度応答演算部11のゲイン特性は、下記の式(11)で表す関係が成立する。
|k2(jω)| × g2{A(ω)ω} = |H(ω)| …(11)
したがって、規範加速度応答演算部11は、下記の式(12)のように導出することができる。
g2{A(ω)ω} = |H(ω)|/ |k2(jω)| …(12)
式(12)は、式(3)を用いて入力信号uの微分値du/dtと第2ゲインy2に対して整理する。
【0021】
ここで、入力信号uの微分値du/dtが第1所定値a以下の場合はy2=1とすることで、周波数が低い領域における規範加速度応答演算部11のゲインを線形フィルタ14の遅れフィルタのゲイン特性とすることができる。ここで、第1所定値aは下記の式(13)により求めることができる。
a = A(ωaa …(13)
なお、ωaは、y2=1を実現したい周波数である。
【0022】
さらに、実施例1では、入力信号uの微分値du/dtが第2所定値b(>a)以上の場合はy2=0.5とすることで、周波数が高い領域における規範加速度応答演算部11のゲインを線形フィルタ14の遅れフィルタのゲイン特性の0.5とすることができる。なお、y2=0.5よりも小さくすることは可能であるが、ゼロよりも小さい値にすると位相が逆転する(位相が180度変わる)ため、ゼロよりも大きくする必要がある。ここで、第2所定値bは下記の式(14)により求めることができる。
b = A(ωbb …(14)
なお、ωbは、y2=0.5を実現したい周波数である。
また、第2非線形フィルタ18の出力信号である第2ゲインy2は、入力信号uの微分値du/dtに対して滑らかに変化する特性に設定することで、入力信号uの波形が急激に変化した場合に対しても、出力波形が滑らかに設定することが可能となる。
【0023】
図6(c)の実線は、上記の要領で設定した非線形フィルタ17の特性図であり、図6(c)に示すように、第2ゲインy2は、入力信号uの微分値du/dtが大きいほど小さな値となる特性を有する。第2ゲインy2は、入力信号uの微分値du/dtが大きいとき最小値(0.5)となる。
ここで、微分値du/dtが大きいときのゲインの低下を抑えたい場合は一点鎖線の特性とし、逆にゲインを下げたい場合は破線の特性とする。
【0024】
次に、作用を説明する。
従来の車両用制駆動力制御装置では、少ない次数の伝達関数を用いて入力(アクセル操作量)に応じた規範加速度応答を演算しているため、入力に対するゲインおよび位相の特性は、伝達関数の分子、分母のラプラス演算子の各項の係数や、ラプラス演算子の次数により決まる。したがって、ゲインおよび位相の特性を独立に設定できないため、所望の応答を設定することは困難である。
【0025】
図7は、一次遅れ要素の周波数特性図(ゲイン特性図、位相特性図)であり、定常状態(極低周波)のゲインに対してゲインが3dB小さくなる(位相が45度遅れる)カットオフ周波数を0.3Hzに設定した仕様がL1、同周波数を1.5Hzに設定した仕様がL2である。カットオフ周波数を変更した場合、ゲインと位相は図6のように一意に決まるため、このような線形な1次遅れ要素のみを用いた場合、ゲインおよび位相の特性をそれぞれ独立に設定することはできない。
なお、規範加速度応答を演算する伝達関数の次数を増やすことで、ゲインおよび位相の特性の設計自由度を広くする手法は考えられるが、具体的に所望の特性を設計することは非常に困難である。
【0026】
これに対し、実施例1の規範加速度応答演算部11は、ドライバ操作による入力信号uに応じた規範応答ベース値を演算する線形フィルタ14と、入力信号uの微分値du/dtに基づいて第1ゲインy1を演算する第1非線形フィルタ17と、入力信号uの微分値du/dtに基づいて第2ゲインy2を演算する第2非線形フィルタ18と、ベース値に第1および第2ゲインy1,y2を掛け合わせて規範加速度応答を演算する乗算器19とを備える。
【0027】
すなわち、線形フィルタ14の遅れフィルタにより規範加速度応答の位相特性と一致する位相特性を有するベース値を求め、第2ゲインy2でベース値のゲイン特性を規範加速度応答のゲイン特性に修正している。第2非線形フィルタ18は、ドライバ操作の速さ(入力信号uの微分値du/dt)に基づいてベース値のゲイン特性(振幅)のみを修正できるため、規範加速度応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できる。
ゲインと位相の特性を独立に設定可能になると、高周波でゲインが小さく、位相遅れの少ない規範加速度応答の設定が可能となり、速い入力に対しても遅れのない応答を実現できる。すなわち、所望の加減速応答を実現できる。
【0028】
図8は、実施例1の規範加速度応答演算部11における入力信号および出力信号の時系列波形であり、入力信号は0.0001Hz〜20Hzの範囲でサインスイープさせている。規範加速度応答演算部11の出力信号を実線、1次遅れフィルタを作用させた比較例を破線で示す。
図8を見れば明らかなように、比較例では、周波数が上がるに連れてゲインが小さくなり、入力信号に対して位相遅れが生じている。一方、実施例1では、位相遅れは比較例と同じであるが、ゲインは比較例よりも小さくすることができる。
【0029】
また、実施例1では、線形フィルタ14の進みフィルタにより系のむだ時間による位相遅れを解消し、第1ゲインy1で進みフィルタにより変化したゲイン特性を修正している。進みフィルタの影響によってベース値のゲイン特性が変化し、高周波のゲイン上昇が生じるが、第1非線形フィルタ17は、ドライバ操作の速さに基づいてベース値のゲイン特性のみを修正できるため、ベース値を第1ゲインy1で補正することにより、高周波のゲイン上昇を抑えつつ、むだ時間による位相遅れを解消し得る規範加速度応答を実現できる。
【0030】
図9は、実施例1のベース値に第1ゲインy1を乗算したときの周波数特性図である。ベース値に第1ゲインy1を掛けたもののゲインおよび位相特性を実線、ローパスフィルタ(LPF)の特性に対しむだ時間が作用した比較例1を一点鎖線、比較例1に対してハイパスフィルタで位相を改善した比較例2を破線で示す。
比較例1のようにローパスフィルタにむだ時間が作用すると、ローパスフィルタに対してゲインは変化しないが、位相が遅れる。すなわち、むだ時間のある系において、ローパスフィルタを規範応答の導出に用いると、位相が所望応答にならない。また、位相の改善をするために、比較例1に対してハイパスフィルタで位相を進めると位相の遅れは改善されるが、高周波のゲインが大きくなり、所望の応答を実現することができない。
これに対し、実施例1では、線形フィルタ14の進みフィルタによりむだ時間に伴う位相の遅れを改善し、当該進みフィルタによるゲインの影響を第1非線形フィルタ17により補正することで、位相の遅れを低減しつつ、高周波のゲインが高くなるのを防止できる。
【0031】
図10は、従来の車両用制駆動力制御装置を搭載した車両において、ステップ状のアクセル操作を行ったときの駆動トルクおよび前後加速度の時系列波形である。
従来の車両用制駆動力制御装置では、アクセル操作に対して、アクセルの遊びや通信遅れ等により、規範応答の導出までにむだ時間T1が経過し、駆動トルクの導出までにむだ時間T2、さらに車両が応答するまでにむだ時間T3を要する。従来装置では、規範応答を1次遅れで導出し、車両が加速する。
一方、同シーンを実施例1に適用した場合を図11に示す。むだ時間分の位相遅れを補うように規範加速度応答演算部11によって規範応答を導出し、車両が加速する。これにより、駆動トルクを、上記従来装置と比較してより急峻に立ち上げることができる。よって、むだ時間による遅れの影響を補正でき、所望の加減速応答を実現できる。
【0032】
実施例1では、線形フィルタ14の進みフィルタによる入力信号uのゲイン特性の変化と、遅れフィルタによる入力信号uのゲイン特性の変化を、2つの非線形フィルタ17,18によってそれぞれ補正している。仮に、進みフィルタと遅れフィルタによるゲイン特性の変化を1つのゲイン演算部で補正する場合、トータル設計の複雑化を招くが、2つの非線形フィルタ17,18を設けたことで、ゲイン演算部のトータル設計を容易化できる。
【0033】
図12は、非線形フィルタ17および非線形フィルタ18において、演算した第1および第2ゲインに対してローパスフィルタ処理をした場合(実線)と、しない場合(破線)の出力応答(時系列応答)である。入力信号に基づいて演算した第1および第2ゲインに対して、ローパスフィルタ処理を行わない場合、出力信号がピークとなる位置近傍(同図中の一点鎖線の円)において、高周波の凸が生じてしまい滑らかな信号を出力することができない。一方、ローパスフィルタ処理を行うと、出力信号は滑らかな出力となる。すなわち、実装の観点からは非線形フィルタにおいてローパスフィルタ処理を行うことが大変重要である。
【0034】
次に、効果を説明する。
実施例1の規範加速度応答演算部11および車両用制駆動力制御装置にあっては、以下に列挙する効果を奏する。
(1) 規範加速度応答演算部11は、入力信号uに進み遅れ要素を与えて規範加速度応答のベース値を演算する線形フィルタ14と、入力信号uの微分値du/dtを出力する微分器15と、入力信号uの微分値du/dtに基づいてゲイン(y1×y2)を演算するゲイン演算部(第1および第2非線形フィルタ17,18)と、規範応答ベース値にゲインy1,y2を乗算して規範加速度応答を演算する乗算器19と、を備える。
よって、入力信号uの変化速度に応じてベース値のゲインのみを修正できるため、規範加速度応答のゲインおよび位相の特性を独立に設定できる。
【0035】
(2) 線形フィルタ14は、1次進みフィルタを有する。
よって、1次進みフィルタによってアクセル操作に対する車両の応答を改善する規範加速度応答を算出できる。
【0036】
(3) 入力信号uの微分値du/dtとゲイン(y1×y2)との関係を非線形とした。
よって、ドライバの操作入力に対して算出する規範加速度応答のゲイン特性を所望の特性に調整できる。
【0037】
(4) ゲイン演算部は、入力信号uの微分値du/dtが大きくなるほどゲイン(y1×y2)を小さくする。
すなわち、アクセル操作速度が高い場合はベース値のゲインを小さくし、アクセル操作速度が低い場合はベース値のゲインを大きくすることで、ベース値の位相特性は修正せず、ゲイン特性のみを修正できる。
【0038】
(5) 入力信号に対して車両が反応するまでのむだ時間Tを計測するむだ時間計測器12を設け、線形フィルタ14は、線形フィルタ14の1次進みフィルタの時定数τ1をむだ時間Tとする。
よって、系のむだ時間Tに伴う制御性能の悪化を抑制できる。
【0039】
(6) 線形フィルタ14の遅れフィルタは、ベース値の位相特性を規範加速度応答の位相特性とする。
よって、ゲイン演算部は、ベース値のゲインのみを補正すればよいため、非線形フィルタの特性設定が容易となる。
【0040】
(7) ゲイン演算部は、ベース値のゲイン特性を規範加速度応答のゲイン特性とするゲイン(y1×y2)を演算する。
よって、ベース値のゲイン特性を規範加速度応答に補正できる。
【0041】
(8) ゲイン演算部は、線形フィルタ14の進みフィルタによる入力信号uのゲイン特性の変化を補正する第1ゲインy1を演算する第1非線形フィルタ17と、線形フィルタ14の遅れフィルタによる入力信号uのゲイン特性の変化を補正する第2ゲインy2を演算する遅れ第2非線形フィルタ18と、を有し、第1ゲインy1と第2ゲインy2とを乗算してゲインを算出する。
よって、ゲイン演算部のトータル設計を容易化できる。
【0042】
(9) 第2非線形フィルタ18は、入力信号uの微分値du/dtが第1所定値a以下である場合には、第2ゲインy2を1とする。
よって、アクセル操作速度が低い場合は規範加速度応答のゲイン特性をベース値のゲイン特性とすることができる。
【0043】
(10) 第2非線形フィルタ18は、規範加速度応答のゲイン特性をベース値のゲイン特性と一致させたい入力信号uの周波数の最大値に基づいて第1所定値aを設定する。
よって、入力信号uの周波数が低い場合は規範加速度応答のゲイン特性をベース値のゲイン特性とすることができる。
【0044】
(11) 第2非線形フィルタ18は、第2ゲインy2をゼロよりも大きな値とする。
よって、規範加速度応答の位相が反転するのを防止できる。
【0045】
(12) 第2非線形フィルタ18は、入力信号uの微分値du/dtが第2所定値b以上である場合には、第2ゲインy2を一定値(0.5)とする。
よって、アクセル操作速度が高い場合は規範加速度応答のゲイン特性を一定以上変化させないことが可能である。
【0046】
(13) 第2非線形フィルタ18は、入力信号uの微分値du/dtの変化に対して第2ゲインy2を滑らかに変化させる。
よって、アクセル操作量の周波数変化に伴う規範加速度応答のゲイン特性の急変により、車両挙動が急激に変化するのを抑制できる。
【0047】
(14) 非線形フィルタ17および非線形フィルタ18は、入力信号uの微分値du/dtの変化に応じてゲイン特性を決定し、そのゲイン特性に対して、ローパスフィルタ処理して第1および第2ゲインを出力する。
よって、出力信号の大きさがピークとなる場合の波形変化を抑えて滑らかな波形(ゲイン)を出力することができる。
【0048】
(15) 車両用制駆動力制御装置は、車両に制駆動力を発生させる駆動モータ3と、アクセル操作またはブレーキ操作に応じた入力信号uを出力するアクセルセンサ2と、入力信号uに応じた車両の前後加速度の規範加速度応答を演算する規範加速度応答演算部11と、規範加速度応答に基づいて駆動モータ3を制御するモータ駆動部10と、を備える。
よって、車両の前後加速度をドライバのアクセル操作に対応した規範加速度応答に追従させることができ、所望の加減速応答を実現できる。
【0049】
〔実施例2〕
まず、構成を説明する。
図13は、実施例2の規範加速度応答演算部11のブロック線図であり、実施例2では、図4に示した実施例1の第1および第2非線形フィルタ17,18を1つの非線形フィルタ(ゲイン演算部)20とした点で実施例1と異なる。
非線形フィルタ20は、微分入力信号の微分値に基づいてゲインyを演算する。ゲインyは、線形フィルタ14の進みフィルタによる入力信号のゲイン特性の変化と、遅れフィルタによる入力信号のゲイン特性の変化とを補正するためのもので、設定方法は実施例1の手法に準じる。よって、ゲインyは、実施例1の第1ゲインy1と第2ゲインy2とを掛け合わせた値となる。
実施例2の規範加速度応答演算部11および車両用制駆動力制御装置にあっては、上記のように構成したため、実施例1と同様の効果を得られる。
【0050】
(他の実施例)
以上、本発明を実施するための形態を実施例に基づき説明したが、本発明の具体的な構成は、実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、実施例では、アクセル操作に対する規範加速度応答について説明したが、本発明の規範応答演算装置は、ブレーキ操作に対する規範加速度(減速度)応答にも適用できる。
実施例では、規範応答ベース値演算部を1次進み遅れの線形フィルタとしたが、2次遅れ等のより高次な線形フィルタを用いてもよい。
【符号の説明】
【0051】
1 アクセルペダル
2 アクセルセンサ(制駆動操作計測手段)
3 駆動モータ(制駆動力発生手段)
4 ギヤ
5 ドライブシャフト
6 タイヤ
7 加速度センサ
8 コントローラ
10 モータ駆動部(制駆動力制御手段)
11 規範加速度応答演算部(規範応答演算手段、規範応答演算装置)
12 時間計測器
13 制駆動力指令値演算部
14 線形フィルタ(規範応答ベース値演算部)
15 微分器
16 絶対値演算器
17 非線形フィルタ(ゲイン演算部、進み補正ゲイン演算部)
18 非線形フィルタ(ゲイン演算部、遅れ補正ゲイン演算部)
19 乗算器
20 非線形フィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号に応じた制御対象の規範応答を演算する規範応答演算装置であって、
前記入力信号に進み遅れ要素を与えて前記規範応答のベース値を演算する規範応答ベース値演算部と、
前記入力信号を微分した微分入力信号を出力する微分器と、
前記微分入力信号に基づいてゲインを演算するゲイン演算部と、
前記規範応答ベース値に前記ゲインを乗算して前記規範応答を演算する乗算器と、
を備えたことを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項2】
請求項1に記載の規範応答演算装置において、
前記規範応答ベース値演算部は、1次進みのフィルタを有することを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の規範応答演算装置において、
前記微分入力信号と前記ゲインとの関係を非線形としたことを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のフィルタにおいて、
前記ゲイン演算部は、前記微分入力信号が大きくなるほど前記ゲインを小さくすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記入力信号に対して前記制御対象が反応するまでのむだ時間を計測するむだ時間計測器を設け、
前記規範応答ベース値演算部は、前記進み要素の時定数を前記むだ時間とすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記規範応答ベース値演算部は、前記ベース値の位相特性を前記規範応答の位相特性とすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記ゲイン演算部は、前記ベース値のゲイン特性を前記規範応答のゲイン特性とする前記ゲインを演算することを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記ゲイン演算部は、
前記進み要素による前記入力信号のゲイン特性の変化を補正する進み補正ゲインを演算する進み補正ゲイン演算部と、
前記遅れ要素による前記入力信号のゲイン特性の変化を補正する遅れ補正ゲインを演算する遅れ補正ゲイン演算部と、
を有し、
前記進み補正ゲインと前記遅れ補正ゲインとを乗算して前記ゲインを算出することを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項9】
請求項8に記載の規範応答演算装置において、
前記遅れ補正ゲイン演算部は、前記微分入力信号が第1所定値以下である場合には、前記遅れ補正ゲインを1とすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の規範応答演算装置において、
前記遅れ補正ゲイン演算部は、前記規範応答のゲイン特性を前記ベース値のゲイン特性と一致させたい前記入力信号の周波数の最大値に基づいて前記第1所定値を設定することを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項11】
請求項8ないし請求項10のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記遅れ補正ゲイン演算部は、前記遅れ補正ゲインをゼロ以上とすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項12】
請求項8ないし請求項11のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記遅れ補正ゲイン演算部は、前記微分入力信号が第2所定値以上である場合には、前記遅れ補正ゲインを一定値とすることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項13】
請求項8ないし請求項12のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記遅れゲイン演算部は、前記微分入力信号の変化に対して前記遅れ補正ゲインを滑らかに変化させることを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項14】
請求項1ないし請求項13のいずれか1項に記載の規範応答演算装置において、
前記ゲイン演算部は、前記微分入力信号の変化に応じて前記ゲイン特性を決定し、そのゲイン特性に対して、ローパスフィルタ処理してゲインを出力することを特徴とする規範応答演算装置。
【請求項15】
車両に制駆動力を発生させる制駆動力発生手段と、
アクセル操作またはブレーキ操作に応じた入力信号を出力する制駆動操作計測手段と、
前記入力信号に応じた車両の前後加速度の規範応答を演算する規範応答演算手段と、
前記規範応答に基づいて前記制駆動力発生手段を制御する制駆動力制御手段と、
を備えた車両用制駆動力制御装置において、
前記規範応答演算手段として、請求項1ないし請求項14のいずれか1項に記載の規範応答演算装置を用いたことを特徴とする車両用制駆動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−54671(P2013−54671A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194021(P2011−194021)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】