説明

走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法

【課題】SEMにより検鏡される電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜する際に、簡易な方法により電気的絶縁試料に対して金属薄膜を高い密着度で成膜し、SEMから照射される電子線による電気的絶縁試料の帯電を低減して二次電子放出を効率的に行うと共に放出方向を一定にして電気的絶縁試料の表面を高精度、かつ鮮明に検鏡する。
【解決手段】電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜するに先立って、チャンバー内に炭化水素ガスを導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させて炭化水素成分をイオン化して電気的絶縁試料の表面に炭化水素膜を成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡(以下においては、SEMと称する。)で電気的絶縁試料の表面状態を検鏡する際に、該電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜する電子顕微鏡検鏡用試料の金属薄膜成膜方法、詳しくはSEMから放出される電子線により金属薄膜がチャージアップするのを低減して電気的絶縁試料の表面を高精度で、かつ鮮明に検鏡することを可能にする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SEM等においては、電子線照射により試料が帯電したり、熱ダメージを受けるのを低減して二次電子放出を効率化するため、試料の表面に、高純度金属薄膜を均一、かつ均質に成膜している。この種の成膜方法としては、例えば特許文献1に示すように、内部に陽極板と陰極板を対向させて配置した反応器内を真空にした後、前記金属の化合物をガス状で反応器内に導入し、前記金属化合物から金属成分のみを選択的にイオン化させるグロー放電条件下で、両電極間に直流電圧を印加して直流グロー放電を発生させて金属成分を陽イオン化せしめ、そして陰極板近傍の負グロー相内において試料上に金属薄膜を、分子レベルにおいて均一な非結晶又は結晶で堆積させて金属薄膜を成膜する方法が提案されている。
【0003】
しかし、例えばポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂等の合成樹脂材からなる電気的絶縁試料の表面をSEMで検鏡する際に、上記した従来の方法で電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜しても、電気的絶縁試料の表面に対する金属薄膜の密着性が悪く、SEMから放出される電子線により電気的絶縁試料が帯電しやすくなる傾向にある。このため、電気的絶縁試料からの二次電子の放出量が少なくなったり、放出方向が不規則になって電気的絶縁試料の表面を高精度、かつ鮮明に検鏡できない問題を有している。
【特許文献1】特開平6−331516号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
解決しようとする問題点は、従来の方法により電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜した場合には、金属薄膜の密着性が悪く、走査される電子線により電気的絶縁試料が帯電しやすくなってチャージアップが発生することにより二次電子の放出量が少なくなったり、放出方向が不規則になって電気的絶縁試料の表面を高精度、かつ鮮明に検鏡できない点にある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、内部に陽極板と陰極板を対向配置したチャンバー内を真空にした後、該チャンバー内に金属化合物をガス状で反応器内に導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させることにより金属化合物から金属成分のみを選択的にイオン化して陰極近傍に設けられた電気的絶縁試料上に非結晶又は結晶の金属被膜を成膜する方法において、電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜するに先立って、チャンバー内に炭化水素ガスを導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させて炭化水素成分をイオン化して電気的絶縁試料の表面に炭化水素膜を成膜することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、SEMにより検鏡される電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜する際に、簡易な方法により電気的絶縁試料に対して金属薄膜を高い密着度で成膜し、SEMから照射される電子線による電気的絶縁試料の帯電を低減して二次電子放出を効率的に行うと共に放出方向を一定にして電気的絶縁試料の表面を高精度、かつ鮮明に検鏡することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜するに先立って、チャンバー内に炭化水素ガスを導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させて炭化水素成分をイオン化して電気的絶縁試料の表面に炭化水素膜を成膜することを最良の形態とする。
【実施例】
【0008】
以下に実施形態を示す図に従って本発明を説明する。
図1において、金属薄膜成膜装置1のチャンバー3は、図示しない排気装置に接続された排気管5を通して内部の空気を排気し、1.332×10-4Paの高真空に形成される。また、チャンバー3の内部には、上部基盤7及び下部基盤9にそれぞれ電気的絶縁状態及び断熱状態で設けられた、例えばステンレス製の陽電極11及び陰電極13が対向するように配置される。そして上記陽電極11及び陰電極13には、1〜3kV、好ましくは1〜1.5kVでグロー放電を行なわせる直流高電圧を印加する第1ガス用直流電源装置15及び第2ガス用直流電源装置17が切換え可能に接続される。なお、上記の陰電極13は、試料台として使用する。
【0009】
また、下部基盤9には、第1ガス供給管19及び第2ガス供給管21がチャンバー3の内部と連通するように設けられる。第1ガス供給管19には、白金族の金属薄膜、具体的にオスミウム薄膜を成膜するのに必要な原料ガスとしてのオスミウムガスOsO4を供給する第1ガス供給手段23が接続される。該第1ガス供給手段23は、四酸化オスミウムからオスミウムガスを昇華させる昇華室23a及び該昇華室23aに接続された第1ガス供給管19の流路を開閉する電磁バルブ等の開閉部材23bにより構成される。また、第2ガス供給管21には、例えばポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂材の電気的絶縁試料25の表面にオスミウム薄膜を成膜するのに先立って成膜される炭化水素の原料ガスであるナフタレンガスC108を供給する第2ガス供給手段27が接続される。該第2ガス供給手段27は、ナフタレンからナフタレンガスを昇華させる昇華室27a、該昇華室27a内のナフタレンを加熱して昇華を促進させるヒータ27b及び第2ガス供給管21の流路を開閉する電磁バルブ等の開閉部材27cにより構成される。
【0010】
なお、チャンバー3内に対する各ガスの導入方法としては、例えばそれぞれのガスボンベ(図示せず)からガス流量制御器を介して導入する方法、外部の各ガス発生容器(図示せず)から昇華ガスを導入する方法、予め適量の金属化合物を、例えばアンプル等の封入細管(図示せず)に封入して直接チャンバー3内に入れて真空にした後、封入細管を破壊してガスを導入するようにした方法等のいずれであってもよい。また、図中の符号29は、リーク用配管である。
【0011】
電気的絶縁試料であるポリテトラフルオロエチレン等のフッ素樹脂試料25の表面に金属薄膜を成膜するには、電気的導電材である銅板29上に載置されたフッ素樹脂試料25を陰電極13上にセットすると共に第1ガス供給手段23の昇華室23a内に四酸化オスミウムを、また第2ガス供給手段27の昇華室27a内にナフタレンをそれぞれ封入する。昇華室27a内に投入されたナフタレンは、通電制御されるヒータ27bにより昇華してナフタレンガスに生成させる。なお、昇華室23a内に投入された四酸化オスミウムは、常温で昇華してオスミウムガスに生成される。
【0012】
次に、排気装置を駆動してチャンバー3内を排気して1.332×10-4Paの高真空状態に形成しながら開閉部材27cを開作動してチャンバー3内に、1.332〜13.32Paのガス圧になったナフタレンガスを導入した状態で、陽電極11及び陰電極13間に第2ガス用直流電源装置17からの所定の直流高電圧、1〜3kV、好ましくは1〜1.5kVを印加してグロー放電を発生させてナフタレンガスをプラズマ化させる。これによりナフタレンガス中の炭化水素成分が陽イオン化してフッ素樹脂試料25の表面に堆積し、所定膜厚の炭化水素薄膜を成膜させる。
【0013】
次に、開閉部材27cを閉鎖した状態でチャンバー3内を排気し、該チャンバー3内に残留するナフタレンガスを完全に除去した後、チャンバー3内を排気して上記と同様の真空状態に形成した状態で、開閉部材23bを開作動して昇華室23a内で昇華して所定のガス圧になったオスミウムガスをチャンバー3内に導入する。チャンバー3内の微量排気を継続しながらオスミウムガスの供給を継続してチャンバー3内を所定のガス圧にさせる。この状態にて陽電極11及び陰電極13間に第1ガス用直流電源装置15から上記と同様の所定の直流高電圧を印加してグロー放電を発生させることによりオスミウムガスをプラズマ化させる。これによりオスミウムガス中のオスミウム成分が陽イオン化してフッ素樹脂試料25上の炭化水素薄膜の表面に堆積し、所定膜厚で、非結晶状または結晶状のオスミウム薄膜を成膜させる。(図2参照、図中、炭化水素薄膜を破線、オスミウム薄膜を一点鎖線で示す。)
【0014】
フッ素樹脂試料25に対して炭化水素薄膜が、また炭化水素薄膜に対してオスミウム薄膜が高い密着度で成膜されるため、炭化水素薄膜を介してオスミウム薄膜が成膜されたフッ素樹脂試料25をSEMにより検鏡する際、SEMから放出される電子線によりフッ素樹脂試料25が帯電するのを防止し、フッ素樹脂試料25から二次電子を効率的で、かつ一定の方向へ放出させることができ、フッ素樹脂試料25の表面を高精度で、かつ鮮明に検鏡することができる。
【0015】
なお、炭化水素薄膜、オスミウム薄膜の膜厚は、チャンバー3内のガス圧、従ってナフタレンガス及びオスミウムガスの濃度と陽電極11及び陰電極13間に印加される電流とその印加時間により制御される。
【0016】
比較例
以下に、フッ素樹脂試料25の表面に炭化水素薄膜を介してオスミウム薄膜を成膜したサンプル1と、フッ素樹脂試料25の表面にオスミウム薄膜を直接成膜したサンプル4の比較例を示す。
【0017】
サンプル1:銅板(直径13mm)の表面にフッ素樹脂試料25を、カーボン両面テープにより固定する。フッ素樹脂試料25が固定された銅板をチャンバー3内の陰電極13上にセットした後、該チャンバー3内を排気しながらオスミウムガスを導入し、所定のガス圧下で陽電極11及び陰電極13間に直流高電圧を印加し、フッ素樹脂試料25の表面にオスミウム薄膜を膜厚5nmで成膜してサンプル1を形成する。
【0018】
サンプル1におけるオスミウム薄膜の成膜条件
真空圧 6〜8Pa
電圧 1.2kV
電流 2〜4mA
時間 約5秒
【0019】
サンプル4:銅板(直径13mm)の表面に電気的絶縁試料であるフッ素樹脂を、カーボン両面テープで固定する。フッ素樹脂試料25が固定された銅板をチャンバー3内の陰電極13上にセットした後、先ず、チャンバー3内を排気しながらナフタレンガスを導入して所定のガス圧下で陽電極11及び陰電極13間に直流高電圧を印加し、フッ素樹脂試料25の表面に炭化水素薄膜を膜厚2nmで成膜した後、チャンバー3内のナフタレンガスを完全に排気した状態でチャンバー3内を排気しながらオスミウムガスを導入して所定のガス圧下で陽電極11及び陰電極13間に直流高電圧を印加し、フッ素樹脂試料25の表面に成膜された炭化水素薄膜の表面にオスミウム薄膜を膜厚3nmで成膜してサンプル4を形成する。(図3参照)
【0020】
サンプル4における炭化水素薄膜及びオスミウム薄膜の成膜条件
炭化水素薄膜
真空圧 4〜6Pa
電圧 2.4kV
電流 2〜4mA
時間 約2秒
オスミウム薄膜
真空圧 6〜8Pa
電圧 1.2kV
電流 2〜4mA
時間 約3秒
【0021】
SEM検鏡結果
上記サンプル1,4の各角部をSEMにより検鏡し、サンプル1の検鏡画像を図4に、またサンプル4の検鏡画像を図5に示す。
サンプル1にあっては、図4に示すようにフッ素樹脂試料25に対して焦点を合わせることができず、フッ素樹脂試料25の表面を高精度に検鏡できない。これに対してサンプル4にあっては、図4に示すようにフッ素樹脂試料25に対して焦点を合わせることができ、フッ素樹脂試料25の表面を高精度で、かつ鮮明に検鏡することができた。
【0022】
考察
出願人は、サンプル4に付き、SEMにより高精度で、かつ鮮明に検鏡できた理由を以下のように考察する。ただし、この考察は、あくまで、出願人の私見である。
サンプル1は、フッ素樹脂試料25の表面にオスミウム薄膜を直接成膜したため、相互の密着性が悪く、相互間に微小空隙が形成され、SEMからの電子線によりフッ素樹脂試料25が帯電しやすくなる。この帯電によりフッ素樹脂試料25からの二次電子の放出量が少なくなると共に帯電した電場により二次電子の放出方向が影響されて拡散しやすくなる結果、フッ素樹脂試料25に対して焦点を正確に合わせることができず、フッ素樹脂試料25の表面を高精度で、かつ鮮明に検鏡できなかった。
【0023】
これに対してサンプル4にあっては、フッ素樹脂試料25の表面に対し、炭化水素薄膜を介してオスミウム薄膜を高い密着度で成膜し、SEMから照射される電子線によるフッ素樹脂試料25の帯電を低減すると考える。この結果、帯電による二次電子の放出量が少なくなるのを防止すると共に帯電による電場により二次電子の放出方向が影響されて拡散するのを防止し、フッ素樹脂試料25の表面を高精度で、かつ鮮明に検鏡することができた。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明方法を実施するのに使用する金属薄膜成膜装置の概略を示す説明図である。
【図2】成膜状態を示す説明図である。
【図3】サンプル1及び4を示す写真である。
【図4】SEMによるサンプル1の検鏡画像を示す電子顕微鏡写真である。
【図5】SEMによるサンプル4の検鏡画像を示す電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0025】
1 金属薄膜成膜装置
3 チャンバー
5 排気管
7 上部基盤
9 下部基盤
11 陽電極
13 陰電極
15 第1ガス用直流電源装置
17 第2ガス用直流電源装置
19 第1ガス供給管
21 第2ガス供給管
23 第1ガス供給手段
23a 昇華室
23b 開閉部材
25 電気的絶縁試料としてのフッ素樹脂試料
27 第2ガス供給手段
27a 昇華室
27b ヒータ
27c 開閉部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に陽極板と陰極板を対向配置したチャンバー内を真空にした後、該チャンバー内に金属化合物をガス状で反応器内に導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させることにより金属化合物から金属成分のみを選択的にイオン化して陰極近傍に設けられた電気的絶縁試料上に非結晶又は結晶の金属被膜を成膜する方法において、
電気的絶縁試料の表面に金属薄膜を成膜するに先立って、チャンバー内に炭化水素ガスを導入した状態で両電極間に電圧を印加してグロー放電を発生させて炭化水素成分をイオン化して電気的絶縁試料の表面に炭化水素膜を成膜することを特徴とする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法。
【請求項2】
請求項1において、電気的絶縁試料は、フッ化樹脂とする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法。
【請求項3】
請求項1において、金属化合物は、白金族とする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法。
【請求項4】
請求項3において、金属化合物は、白金族中の四酸化オスミウムとする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法。
【請求項5】
請求項1において、炭化水素ガスは、ナフタレンの昇華ガスとする走査型電子顕微鏡用検鏡試料の金属薄膜成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−2355(P2010−2355A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162706(P2008−162706)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(505016403)フィルジェン株式会社 (3)
【Fターム(参考)】