説明

車両用無段変速機の変速制御装置

【課題】走行レンジから非走行レンジへの切替時におけるユニットの揺れに伴う回転ハンチングを抑制できる車両用無段変速機の変速制御装置を提供する。
【解決手段】目標入力回転数と実際の入力回転数との偏差に応じて油圧アクチュエータをフィードバック制御する無段変速機の変速制御において、走行レンジから非走行レンジへ切り替えられた時点から所定時間の間、フィードバックゲインKpを切替直前の走行レンジにおけるゲインK0よりも小さいゲインK1とすることで、フィードバック制御を鈍感化させ、回転ハンチングを抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両用無段変速機の変速制御装置、特に走行レンジから非走行レンジに切り替えた時の変速制御に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンジン等の駆動源の動力をベルト式無段変速装置を介して駆動輪に伝達する車両用無段変速機が知られている。この無段変速機は、プライマリプーリ及びセカンダリプーリへの供給油量/供給油圧を制御することにより、変速比を可変する油圧アクチュエータを備えており、この油圧アクチュエータを電子制御装置によって制御することにより、運転状態に応じて無段変速装置を目標変速比又は目標入力回転数へ制御することができる。電子制御装置は、運転状態に応じて無段変速装置の目標変速比又は目標入力回転数を決定し、無段変速装置の実際の変速比又は入力回転数を検出し、目標変速比又は目標入力回転数と実際の変速比又は入力回転数との偏差に応じて、油圧アクチュエータをフィードバック制御している。そのため、運転状態が変化しても、変速比又は入力回転数を目標値へと精度よく追従させることができる。
【0003】
ところで、エンジン及び無段変速機を含むユニット200は、図7に示すように、車体201に対して複数のマウントゴム202を介して弾性的に支持されている。Dレンジのような走行レンジにおいては、図7の(a)のように、ドライブ軸203が矢印A方向に回転しており、ユニット200にはドライブ軸203の回転方向と逆方向の駆動反力Bが作用し、その反力を個々のマウントゴム202で受けている。
【0004】
Dレンジで低速(例えば20km/h以下)で惰性走行している時に、シフトレバーをNレンジに切り替えると、エンジンから無段変速機に加わる駆動力が抜けるため、図7の(b)のように、駆動反力Bと逆方向のマウント反力Cがユニット200に作用する。つまり、駆動力が解放された時、ユニット200はマウントゴム202の反発力によりN位置に戻ろうとし、揺れが発生する。
【0005】
一般に無段変速機には、プライマリプーリやセカンダリプーリの回転速度を検出するため、回転センサ204が無段変速機のハウジングに固定されている。前述のようなユニット200の揺れが発生した場合、ハウジングと共に回転センサ204も同一方向に揺れるが、ドライブ軸203に直結されたプライマリプーリ又はセカンダリプーリの回転は、ハウジングの揺り返しのために、回転センサ204から見ると回転速度が変化したように見える。その結果、回転センサ204が検出する出力信号にハンチングが発生してしまう。
【0006】
図4(a)は、D→N切替時における変速ゲイン、プライマリ回転数、車両加速度の時間変化を示したものである。時刻t1でD→Nに切り替えると、ユニットの揺れに起因した回転ハンチングが発生する。この回転速度の変化に応じて変速制御が実施されるが、変速制御のフィードバックゲインはDレンジとNレンジとで同じであり、一旦プライマリ回転数にハンチングが発生すると、それを抑制しようとしてプライマリプーリの油室へ作動油を急速に給排するため、かえって回転ハンチングが収束しなくなる。その結果、車体振動が発生するという問題がある。
【0007】
特許文献1には、ベルト式無段変速機を搭載した車両において、コースティング状態(ブレーキによる減速状態など)のような非駆動状態からの再加速時のベルト滑りを防止するため、非駆動状態の時にそれ以外の場合よりも変速制御のためのフィードバックゲインをそれ以外の場合よりも大きくするものが開示されている。非駆動状態は、例えばアイドルスイッチONやブレーキ作動等によって検出している。
【0008】
特許文献2には、パワーオンダウンシフトの際に、変速比が目標変速比に達した変速終了時に、プロペラシャフト等の動力伝達系統に捩りトルクや慣性トルクが原因となって、駆動トルクの突き上げ及び車両の前後振動が発生するのを防止するため、目標変速比に達する前の所定時点で、車両前後振動を抑制するために変速速度を設定するものが開示されている。なお、フィードバック制御は目標変速比に達した後で実施される。
【0009】
特許文献1の場合、コースティング状態のような非駆動状態においてフィードバックゲインをそれ以外の場合よりも大きくするものであり、この制御をD→N切替時に適用すると、かえって回転ハンチングが拡大し、発散してしまう可能性がある。
【0010】
特許文献2では、パワーオンダウンシフトのようにエンジン動力が伝達された状態での変速時に、フィードバック制御を開始する前に、車両前後振動抑制のための変速速度に制御するものであり、D→N切替時のようなフィードバック制御中における振動抑制には効果がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭63−43837号公報
【特許文献2】特開平11−294573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、走行レンジから非走行レンジへの切替時におけるユニットの揺れに伴う回転ハンチングを抑制できる車両用無段変速機の変速制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するため、本発明は、変速比を無段階に変更可能なベルト式無段変速装置と、駆動源の動力を前記無段変速装置へ伝達する走行レンジと、前記動力を前記無段変速装置へ伝達しない非走行レンジとに切替可能なレンジ切替手段と、前記無段変速装置への供給油圧を制御することにより、変速比を可変する油圧アクチュエータと、運転状態に応じて無段変速装置の目標変速比又は目標入力回転数を決定する目標値決定手段と、無段変速装置の実際の変速比又は入力回転数を検出する実際値検出手段と、前記目標値決定手段によって決定された目標変速比又は目標入力回転数と、前記実際値検出手段によって検出された実際の変速比又は入力回転数との偏差に応じて、前記油圧アクチュエータをフィードバック制御するフィードバック制御手段と、を備えた車両用無段変速機において、前記フィードバック制御手段は、前記レンジ切替手段によって走行レンジから非走行レンジへ切り替えられた時点から所定時間の間、切替直前の前記走行レンジにおけるフィードバック制御よりも追従性を鈍感化した制御モードとすることを特徴とする車両用無段変速機の変速制御装置を提供する。
【0014】
例えばDレンジで低速で惰性走行している時に、シフトレバーをNレンジに切り替えると、エンジンから無段変速機に伝達される駆動力が抜けるため、ユニットに揺れが発生する。ユニットの揺れに起因して回転センサから出力される回転速度信号にもハンチングが発生する。一方、無段変速機はLow戻りのために、プライマリプーリへ作動油を急速に供給しようとするが、Dレンジと同じ方法でフィードバック制御を実施すると、回転ハンチングが収束しなくなる可能性がある。そこで、ユニットの揺れが収束するまでの所定時間は、Dレンジにおけるフィードバック制御よりも追従性を鈍感化させることで、ユニットの揺れに起因する回転ハンチングを抑制でき、ひいては車体振動を解消できる。
【0015】
追従性を鈍感化した制御モードとしては、例えば回転センサの検出信号の変動分に鈍感化処理を施す方法、フィードバックゲインを小さくする方法などがある。前者の場合には、検出された回転速度の変動自体を小さくするので、ハンチングを簡単に抑制できると共に、変速を迅速に完了できる。後者の場合には、ゲインを変更することにより、その状況に応じた自在な変速制御を実施できる。例えば、D→Nへの切替時においてLowへ戻っていない場合、D→Nへの切替直後だけハンチング抑制のためにフィードバックゲインを小さくし、その後はフィードバックゲインを戻すことで、速やかにLowへ戻すことができる。
【0016】
フィードバック制御には、PI制御、PID制御のような旧来の制御方法の他、フィードフォワード制御を組み合わせた制御方法など、種々の制御方法が知られているが、本発明はどのようなフィードバック制御にも適用できる。特に、本発明のフィードバックゲインは、偏差に比例して操作量を変化させる比例ゲインに適用するのが効果的である。
【0017】
走行レンジにおけるフィードバックゲインをK0、走行レンジから非走行レンジへ切り替えられた直後の所定時間におけるフィードバックゲインをK1、走行レンジから非走行レンジへ切り替えられてから所定時間以後におけるフィードバックゲインをK2としたとき、K0>K2>K1に設定するのが望ましい。フィードバックゲインK1=K2としてもよいが、回転ハンチングを抑制する期間は、通常1秒未満の短時間であるため、その期間だけゲインを小さくし(K1)、それ以後のNレンジではゲインを中間値K2(K0>K2>K1)とすることで、上述のようにLow戻りを促進できると共に、Nレンジでの微振動防止に有効である。フィードバックゲインをK1からK2へ変化させるとき、スイープさせるようにすれば、その遷移時における違和感を解消できる。
【0018】
本発明の制御は、車速が20km/hのような低速時であって、Lowへ戻る直前に実施するのが効果的である。このような低速時にはトルクコンバータのロックアップクラッチが解放しているため、エンジントルクがトルクコンバータにより増幅されて無段変速機に伝達され、D→N時のユニットの揺れに起因する回転ハンチングも大きいので、本発明が有効である。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、走行レンジから非走行レンジへの切替時に、ユニットの揺れが収束するまでの所定時間は、走行レンジにおけるフィードバック制御よりも追従性を鈍感化させるようにしたので、ユニットの揺れに起因する回転ハンチングを短時間で抑制でき、ひいては車体振動を解消できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る車両の全体システムを示す図である。
【図2】無段変速機の構造の一例を示すスケルトン図である。
【図3】プライマリプーリ、セカンダリプーリ、前進クラッチ及び後進クラッチを制御するための油圧制御回路の一例の概略図である。
【図4】D→N時の従来及び本発明に係る制御方法の一例のタイムチャート図である。
【図5】本発明に係る制御モード判定のためのフローチャート図である。
【図6】本発明に係るハンチング抑制制御のためのフローチャート図である。
【図7】ユニットに作用する力関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は本発明にかかる無段変速機を搭載した車両システムの一例を示す。エンジン1の出力軸1aは、無段変速機2を介してドライブ軸32に接続されている。無段変速機2には、トルクコンバータ3、変速機構4、油圧制御装置5及びエンジン1により駆動されるオイルポンプ6などが設けられている。
【0022】
無段変速機2は電子制御装置100によって制御される。電子制御装置100には各種センサ101〜107から運転信号が入力されている。入力信号には、エンジン回転数、車速(又はセカンダリプーリ回転数)、スロットル開度(又はアクセル開度)、シフト位置、プライマリプーリ回転数(又はタービン回転数)、ブレーキ信号、CVT油温などがある。そのほか、アイドル信号、スタート信号、エンジン水温、吸入空気量、エアコン信号、イグニッション信号などを入力してもよい。プライマリ回転数センサ105は、図7と同様に無段変速機2のハウジングに固定されている。
【0023】
電子制御装置100は、無段変速装置4の変速制御を実施している。すなわち、車速とスロットル開度とに応じて、予め設定された変速マップに従って目標プライマリ回転数を決定し、油圧制御装置5に内蔵されたソレノイドバルブを制御することによって、無段変速機2のプライマリ回転数を目標値へとフィードバック制御する。また、油圧制御装置5は、後述するようにベルト滑りを抑制するためのセカンダリプーリ21の挟圧制御や、直結クラッチ86及び逆転ブレーキ85への供給油圧を制御する機能も有する。
【0024】
図2は無段変速機2の内部構造の一例を示す。無段変速機2は、トルクコンバータ3と前後進切替装置8と無段変速装置4とを備える。トルクコンバータ3のタービン軸7は前後進切替装置8を介してプライマリ軸10に連結されている。前後進切替装置8は、タービン軸7の回転を正逆切り替えてプライマリ軸10に伝達するものである。無段変速装置4は、プライマリプーリ11、セカンダリプーリ21及び両プーリ間に巻き掛けられたVベルト15を備えている。ここで用いられるVベルト15は、例えば一対の無端状張力帯とこれら張力帯に支持された多数のブロックとで構成された公知の金属ベルトである。無段変速機2は、さらに無段変速機装置4のセカンダリ軸20の動力をドライブ軸32に伝達するデファレンシャル装置30を備えている。タービン軸7とプライマリ軸10とは同一軸線上に配置され、セカンダリ軸20とドライブ軸32とがタービン軸7に対して平行でかつ非同軸に配置されている。したがって、この無段変速機2は全体として3軸構成とされている。
【0025】
前後進切替装置8は、遊星歯車機構80と逆転ブレーキ85と直結クラッチ86とで構成され、逆転ブレーキ85が前進クラッチ、直結クラッチ86が後進クラッチに相当する。逆転ブレーキ85と直結クラッチ86は、それぞれ湿式多板式のブレーキ及びクラッチである。遊星歯車機構80のサンギヤ81が入力部材であるタービン軸7に連結され、リングギヤ82が出力部材であるプライマリ軸10に連結されている。遊星歯車機構80はシングルピニオン方式であり、逆転ブレーキ85はピニオンギヤ83を支えるキャリア84とハウジングとの間に設けられ、直結クラッチ86はキャリア84とサンギヤ81との間に設けられている。直結クラッチ86を解放して逆転ブレーキ85を締結すると、タービン軸7の回転が逆転され、かつ減速されてプライマリ軸10へ伝えられる。そして、セカンダリ軸20を経てドライブ軸32がエンジン回転方向と同方向に回転するため、前進走行状態となる。逆に、逆転ブレーキ85を解放して直結クラッチ86を締結すると、キャリア84とサンギヤ81とが一体に回転するので、タービン軸7とプライマリ軸10とが直結される。そして、セカンダリ軸20を経てドライブ軸32がエンジン回転方向と逆方向に回転するため、後進走行状態となる。
【0026】
プライマリプーリ11は、プライマリ軸10上に一体に固定された固定シーブ11aと、プライマリ軸10上に軸方向移動自在に、かつ一体回転可能に支持された可動シーブ11bとを備えている。可動シーブ11bの背後には、プライマリ軸10に固定されたシリンダ12が設けられ、可動シーブ11bとシリンダ12との間に油室13が形成されている。この油室13への作動油を後述する変速制御バルブによって流量制御することにより、変速制御が実施される。
【0027】
セカンダリプーリ21は、セカンダリ軸20上に一体に固定された固定シーブ21aと、セカンダリ軸20上に軸方向移動自在に、かつ一体回転可能に支持された可動シーブ21bとを備えている。可動シーブ21bの背後には、セカンダリ軸20に固定されたピストン22が設けられ、可動シーブ21bとピストン22との間に油室23が形成されている。この油室23の油圧を後述する挟圧制御バルブによって圧力制御することにより、トルク伝達に必要なベルト挟圧力が与えられる。なお、油室23には初期挟圧力を発生させるバイアススプリング24が配置されている。
【0028】
セカンダリ軸20の一方の端部はエンジン側に向かって延び、この端部に出力ギヤ27が固定されている。出力ギヤ27はデファレンシャル装置30のリングギヤ31に噛み合っており、デファレンシャル装置30から左右に延びるドライブ軸32に動力が伝達され、車輪が駆動される。
【0029】
図3は、油圧制御装置5において、プライマリプーリ11の油室13、セカンダリプーリ21の油室23、前進クラッチ85及び後進クラッチ86を制御するための油圧回路の概略を示す。図3では、説明を簡単にするため、各種モジュレータバルブやロックアップクラッチ制御バルブ等の本発明の制御と直接関係のないバルブは省略し、概略回路構成だけを示してある。
【0030】
オイルポンプ6によって吐出された油圧は、レギュレータバルブ51によって所定のライン圧に調圧された後、変速制御バルブ52を介してプライマリプーリ11の油室13へ作動油が供給され、挟圧力制御バルブ53を介してセカンダリプーリ21の油室23へ作動油が供給される。変速制御バルブ52は流量制御バルブであり、挟圧力制御バルブ53は圧力制御バルブである。変速制御バルブ52及び挟圧力制御バルブ53にはそれぞれソレノイドバルブ5a,5bから信号圧が供給されており、これらソレノイドバルブ5a,5bを電子制御装置100により制御することで、油室13への供給油量及び油室23への供給油圧を電気信号に対して比例的に制御し、変速制御と挟圧制御とを実施できる。
【0031】
また、ライン圧はクラッチ圧制御バルブ54にも供給され、調圧された油圧がマニュアルバルブ55を介して前進クラッチ85又は後進クラッチ86へ供給されている。クラッチ圧制御バルブ54にはソレノイドバルブ5cから信号圧が供給されており、このソレノイドバルブ5cを電子制御装置100により制御することで、前進クラッチ85又は後進クラッチ86の係合制御が実施される。マニュアルバルブ55はシフトレバーに連動して動作する切替弁であり、P,R,N,D等の各レンジ位置に位置決めされる。例えばシフトレバーをD→Nレンジへ切り替えると、前進クラッチ85に供給されていた油圧がマニュアルバルブ55を介してドレーンされ、前進クラッチ85が解放される。同様に、シフトレバーをR→Nレンジへ切り替えると、後進クラッチ86に供給されていた油圧がマニュアルバルブ55を介してドレーンされ、後進クラッチ86が解放される。
【0032】
図3では、挟圧制御バルブ53に信号圧を供給するソレノイドバルブ5bと、クラッチ圧制御バルブ54に信号圧を供給するソレノイドバルブ5cとを個別に設けたが、両ソレノイドバルブはエンジンからの入力トルクに応じて変化する信号圧を発生する点で共通するので、単一のソレノイドバルブで兼用することも可能である。
【0033】
無段変速機2の変速制御方法は従来方法と同様である。即ち、車速とスロットル開度とから目標プライマリ回転数を決定し、プライマリ回転数センサ105によって実際のプライマリ回転数を検出し、目標プライマリ回転数と実際のプライマリ回転数との偏差を求め、この偏差が減少するように油圧アクチュエータ(ここでは変速制御用ソレノイドバルブ5a)をフィードバック制御する。なお、目標値及び実際値としてプライマリ回転数に代えて変速比を用いてもよい。変速制御(フィードバック制御)のロジックとしては、PI制御やPID制御のほか、各種現代制御も存在するが、ここではPID制御を例にして説明する。次式は、目標値と実際値との偏差をe、比例ゲインをKp、積分時間をTi、微分時間をTdとした場合の、油圧アクチュエータへの操作信号gの演算式である。なお、次式は操作信号の演算式の一般例に過ぎず、これに限定されないことは言うまでもない。
【数1】

【0034】
次に、低速走行中にD→Nレンジへ切り替えた場合のユニットの揺れに起因した回転ハンチングの抑制方法について説明する。図4(a)で説明した通り、Dレンジで低速(例えば20km/h以下)で惰性走行している時に、シフトレバーをNレンジに切り替えると、エンジンから無段変速機に加わる駆動力が抜けるため、ユニットに揺れが発生する。無段変速機のハウジングには、プライマリプーリ11の回転速度を検出するための回転センサ105が固定されており、ユニットに揺れが発生した時、回転センサ105もハウジングと共に揺れるので、回転センサ105から見るとプライマリプーリ11の回転速度が変化したように見える。その結果、回転センサ105が検出する出力信号にハンチングが発生し、このハンチングに応じてプライマリプーリ11の油室13へ作動油を急速に給排すると、車体振動が発生してしまう。
【0035】
そこで、本発明ではD→Nレンジへの切替直後から所定時間だけ比例ゲインKpを低くし、変速制御を鈍感化することで、回転ハンチングを早期に収束させ、車体振動を抑制しようとするものである。図4(b)に本発明の制御方法の一例のタイムチャートを示す。時刻t1でシフトレバーをD→Nに切り替えると、ユニットの揺れに起因して回転センサ105が検出するプライマリ回転数にハンチングが発生する。しかし、ゲインKpをそれまでのDレンジにおけるゲインK0より低いK1に変更することで、目標値に向かって低速で変速することができ、回転ハンチングを短時間で収束させることができる。切替からの経過時間がT1以下であれば、ゲインをK1に保持し、経過時間がT1〜T2までの間にゲインをK1からK2へスイープし、経過時間がT2以上になれば、ゲインをK2で保持する。ゲインK0,K1,K2の関係は次の通りに設定されている。
K0>K2>K1
なお、ゲインをK1からK2へスイープする理由は、T1〜T2の遷移時に急速なゲインの変化による違和感を防止するためであり、スイープは必要に応じて実施すればよい。
【0036】
このように、D→Nへの切替直後の所定時間T1の間だけ、比例ゲインKpをDレンジ時のゲインK0より低い値K1に設定することにより、プライマリプーリ11の油室13への作動油の給排が鈍感化され、回転ハンチングを短時間で収束させることができる。回転ハンチングが収束した後もゲインK1に保持してもよいが、無段変速機の変速比がLowに戻りきっていない場合には、Low方向への変速制御を継続する必要があるため、ゲインをK1より大きなK2に設定することにより、Low戻りを促進させるのが望ましい。但し、ゲインK2はDレンジにおけるゲインK0より低くするのがよい。その理由は、NレンジではDレンジほど急速な変速を必要とせず、Dレンジと同じゲインK0にすると、かえって微振動が発生する可能性があるからである。なお、D→N切替時におけるゲイン設定は、K0>K2>K1に限らないことは言うまでもない。
【0037】
図5,図6は本発明に係る変速制御方法の流れを示す。図5は制御モード判定フローであり、まず車速が20km/h以下であるかどうかを判定する(ステップS1)。この判定は、車両が低速走行時であって、ロックアップクラッチが解放されている状況を判定するためである。もし、20km/hより高車速であれば、ロックアップクラッチが締結されており、エンジントルクが低く、D→Nへの切替があってもユニットの揺れが少ないと考えられるので、通常の変速制御モードで変速制御を実施する(ステップS3)。もし、車速が20km/h以下の場合には、次にD→N又はR→Nへの切替があったか否かを判定する(ステップS2)。切替がないと判定された場合には、通常の変速制御モードで変速制御を実施し(ステップS3)、切替があった場合には、本発明のハンチング抑制のための制御モードを実施する(ステップS4)。
【0038】
図6はハンチング抑制制御モードのフローであり、まず最初に、運転状態に応じた目標値を決定し(ステップS5)、次に実際値を検出し、目標値と実際値との偏差eを計算する(ステップS6)。次に、D→N又はR→Nへの切替からの経過時間Tを比較する(ステップS7)。即ち、T<T1であれば、比例ゲインKp=K1とし(ステップS8)、この比例ゲインK1を使用して操作信号gを演算し(ステップS11)、その操作信号gをソレノイドバルブ5aに出力する(ステップS12)。これにより、変速制御の鈍感化処理が実施され、ユニットの揺れに起因する回転ハンチングを速やかに抑制できる。一方、T1≦T≦T2であれば、比例ゲインKpをK1からK2に向かってスイープさせ(ステップS9)、T>T2になれば、比例ゲインKp=K2とし(ステップS10)、この比例ゲインKpを使用してステップS11,S12を実施することで、NレンジにおけるLow戻り制御を実施できる。
【0039】
前記実施形態では、D→N切替時に比例ゲインをK0→K1→K2のように3段階で変化させたが、K0→K1への2段階の変化だけでもよいし、K0→K1→K0のように、所定時間後にDレンジと同じゲインに戻してもよい。また、鈍感化処理方法として、比例ゲインを変化させる方法以外にも種々の処理方法が考えられる。例えば、回転センサの検出信号の変動分に鈍感化処理を施し、回転センサによって検出された回転速度の変動自体を小さくする方法や、D→N切替直後の所定時間の間だけフィードバック制御を中止し、スイープ制御のような時間制御によって目標値へ制御する方法もある。
【0040】
本発明に係る無段変速機とは、図2に記載のような構造の無段変速機に限るものではない。図2では、前後進切替装置としてシングルピニオン方式の遊星歯車機構を使用したため、逆転ブレーキが前進クラッチに相当するが、ダブルピニオン方式の遊星歯車機構を使用した場合には、直結クラッチが前進クラッチに相当する。
【符号の説明】
【0041】
1 エンジン
2 無段変速機
3 トルクコンバータ
4 無段変速装置
6 オイルポンプ
5 油圧制御装置
5a〜5c ソレノイドバルブ
8 前後進切替装置
11 プライマリプーリ
13 油室
21 セカンダリプーリ
23 油室
52 変速制御バルブ
53 挟圧制御バルブ
54 クラッチ圧制御バルブ
55 マニュアルバルブ
85 逆転ブレーキ(前進クラッチ)
86 直結クラッチ(後進クラッチ)
100 電子制御装置
101 エンジン回転数センサ
102 車速センサ
103 スロットル開度センサ
104 シフト位置センサ
105 プライマリプーリ回転数センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変速比を無段階に変更可能なベルト式無段変速装置と、
駆動源の動力を前記無段変速装置へ伝達する走行レンジと、前記動力を前記無段変速装置へ伝達しない非走行レンジとに切替可能なレンジ切替手段と、
前記無段変速装置への供給油圧を制御することにより、変速比を可変する油圧アクチュエータと、
運転状態に応じて無段変速装置の目標変速比又は目標入力回転数を決定する目標値決定手段と、
無段変速装置の実際の変速比又は入力回転数を検出する実際値検出手段と、
前記目標値決定手段によって決定された目標変速比又は目標入力回転数と、前記実際値検出手段によって検出された実際の変速比又は入力回転数との偏差に応じて、前記油圧アクチュエータをフィードバック制御するフィードバック制御手段と、を備えた車両用無段変速機において、
前記フィードバック制御手段は、前記レンジ切替手段によって走行レンジから非走行レンジへ切り替えられた時点から所定時間の間、切替直前の前記走行レンジにおけるフィードバック制御よりも追従性を鈍感化した制御モードとすることを特徴とする車両用無段変速機の変速制御装置。
【請求項2】
前記追従性を鈍感化した制御モードは、前記フィードバック制御におけるフィードバックゲインを、前記走行レンジにおけるフィードバックゲインよりも小さくすることを特徴とする、請求項1に記載の車両用無段変速機の変速制御装置。
【請求項3】
前記走行レンジにおけるフィードバックゲインをK0、前記走行レンジから非走行レンジへ切り替えられた直後の所定時間におけるフィードバックゲインをK1、前記走行レンジから非走行レンジへ切り替えられてから所定時間以後におけるフィードバックゲインをK2としたとき、
K0>K2>K1
に設定したことを特徴とする、請求項2に記載の車両用無段変速機の変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−33114(P2011−33114A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−179461(P2009−179461)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【Fターム(参考)】