説明

車両運動制御システム

【課題】制動力配分制御の制御性を向上させることにより車両運動制御を好適に行い得る車両運動制御システムを提供すること。
【解決手段】この車両運動制御システム1は、各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御する制動力制御装置3を備える。そして、車両制動時にて、制動力制御装置3が減圧、保持あるいは増圧のいずれか一つの制御モードにて各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御することにより、各車輪11FR〜11RLに対する制動力配分が制御される(制動力配分制御)。このとき、車両制動時における前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化と後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて、制動力配分制御の開始条件が判定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両運動制御システムに関し、さらに詳しくは、制動力配分制御の制御性を向上させることにより車両運動制御を好適に行い得る車両運動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年の車両運動制御システムは、各車輪に対する制動力を制御する制動力制御装置を備えている。そして、車両制動時にて、この制動力制御装置が減圧、保持あるいは増圧のいずれか一つの制御モードにて各車輪に対する制動力を制御することにより、各車輪に対する制動力配分が制御されて、車両の運動が安定化されている(制動力配分制御)。
【0003】
かかる構成を採用する従来の車両運動制御システムには、特許文献1に記載される技術が知られている。
【0004】
【特許文献1】特開2007−8343号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明は、制動力配分制御の制御性を向上させることにより車両運動制御を好適に行い得る車両運動制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、この発明にかかる車両運動制御システムは、各車輪に対する制動力を制御する制動力制御装置を備えると共に、車両制動時にて、前記制動力制御装置が減圧、保持あるいは増圧のいずれか一つの制御モードにて各車輪に対する制動力を制御することにより各車輪に対する制動力配分が制御(以下、制動力配分制御という。)される車両運動制御システムであって、車両制動時における前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて前記制動力配分制御の開始条件が判定されることを特徴とする。
【0007】
この車両運動制御システムでは、車両制動時における前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて制動力配分制御の開始条件が判定される。かかる構成では、前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化とを比較するための閾値を変更することにより、制動力配分制御の開始時期を任意に選択できる。これにより、制動力配分制御の制御性が向上して車両運動制御が好適に行われる利点がある。
【0008】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記車輪のスリップ率の時間変化として車輪加速度が用いられて前記制動力配分制御の開始条件の判定が行われる。
【0009】
この車両運動制御システムでは、車輪加速度を車輪速度に基づいて容易に演算できるので、制動力配分制御の開始条件の判定が容易となる利点がある。
【0010】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、左右の前輪の車輪加速度dvwFR、dvwFLおよび左右の後輪の車輪加速度dvwRR,dvwRLが演算されると共に、Max(dvwFR,dvwFL)とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果、(dvwFR+dvwFL)/2とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果あるいは(dvwFR+dvwFL)/2と(dvwRR+dvwRL)/2との比較結果のうちの少なくとも一つが用いられて前記制動力配分制御の開始条件の判定が行われる。
【0011】
この車両運動制御システムでは、制動力配分制御の開始条件の判定が適正に行われる利点がある。
【0012】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前輪のスリップ率の時間変化に対する後輪のスリップ率の時間変化の割合が所定の閾値よりも大きく、且つ、前輪のスリップ率に対する後輪のスリップ率の割合が所定の閾値よりも大きいときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される。
【0013】
この車両運動制御システムでは、制動力配分制御の開始条件の判定がより適正に行われる利点がある。
【発明の効果】
【0014】
この発明にかかる車両運動制御システムによれば、車両制動時における前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて制動力配分制御の開始条件が判定される。かかる構成では、前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化とを比較するための閾値を変更することにより、制動力配分制御の開始時期を任意に選択できる。これにより、制動力配分制御の制御性が向上して車両運動制御が好適に行われる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。また、この実施例の構成要素には、当業者が置換可能かつ容易なもの、或いは実質的同一のものが含まれる。また、この実施例に記載された複数の変形例は、当業者自明の範囲内にて任意に組み合わせが可能である。
【実施例】
【0016】
図1は、この発明の実施例にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。図2〜図4は、図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャート(図2〜図4)である。図5は、制動力配分制御における理想制動力配分を示す説明図である。
【0017】
[車両運動制御システム]
車両運動制御システム1は、車両10の運動あるいは挙動を制御することにより、車両10のスピンやドリフトアウト、車輪11FR〜11RLのスリップなどを抑制するシステムである(図1参照)。この車両運動制御システム1は、各種センサ21FR〜26と、制動力制御装置3と、制御ユニット4とを有する。この車両運動制御システム1では、各種センサ21FR〜26の出力信号に基づいて制御ユニット4が制動力制御装置3を駆動することにより、各車輪11FR〜11RLに対する制動力が制御される。これにより、例えば、車両のABS(Antilock Brake System)制御および制動力前後配分(EBD:Electronic Brake force distribution)制御が実現されて、車両の運動あるいは挙動が制御される。以下、この車両運動制御システム1の構成および作用について詳細に説明する。
【0018】
各種センサ21FR〜25は、各車輪11FR〜11RLの車輪速度を検出する車輪速度センサ21FR〜21RLと、操舵角を検出する操舵角センサ22と、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ23と、前後加速度を検出する前後加速度センサ24と、横加速度を検出する横加速度センサ25とにより構成される。
【0019】
制動力制御装置3は、各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御する装置であり、油圧回路31と、ホイールシリンダ32FR〜32RLと、ブレーキペダル33と、マスタシリンダ34とを有する。油圧回路31は、リザーバ、オイルポンプ、種々のバルブなどにより構成される(図示省略)。この制動力制御装置3では、運転者によりブレーキペダル33が踏み込まれると、マスタシリンダ34の油圧が上昇して油圧回路31を介して各ホイールシリンダ32FR〜32RLに伝達される。これにより、各ホイールシリンダ32FR〜32RLが駆動されて、車輪11FR〜11RLに制動力が付与される。また、制動力制御装置3は、減圧、保持あるいは増圧のいずれか一つの制御モードにて各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御することにより各車輪11FR〜11RLに対する制動力の配分を制御できる(制動力配分制御)。この制動力配分制御では、車両制動時にて、決定された制御モード(減圧、保持あるいは増圧)に応じて油圧回路31が駆動される。そして、各ホイールシリンダ32FR〜32RLの流体圧が減圧、保持あるいは増圧されて、前輪11FR、11FLに対する制動力と後輪11RR、11RLに対する制動力とが所定の関係に調整される。これにより、前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率とが均一化されて、車両の運動あるいは挙動が安定化する。
【0020】
制御ユニット4は、例えば、ECU(Electrical Control Unit)により構成される。この制御ユニット4は、各種センサ21FL〜26の出力信号に基づいて制動力制御装置3を駆動することにより、各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御する。これにより、車両のABS制御および制動力前後配分制御が実現される。
【0021】
[制動力実配分と理想制動力配分]
一般的な車両では、前輪に対する制動力と後輪に対する制動力とが比例関係となるように、各ホイールシリンダの制動力が設定されている(制動力実配分)(図5参照)。一方、車両制動時には、前輪に対する制動力と後輪に対する制動力とが図5に示す理想制動力配分の関係を有することが好ましい。この理想制動力配分の関係では、前輪のスリップ率と後輪のスリップ率とが均一化されて、四輪が同時にロックする制動力配分が実現される。これにより、各車輪に対する制動力が効率的に活用されて、車両の運動あるいは挙動が安定化される。
【0022】
ここで、制動力実配分による各車輪の制動力と理想制動力配分による各車輪の制動力とが一致する点(制動力実配分の関係を示すグラフと理想制動力配分の関係を示すグラフとの交点)をクロスポイントPと呼ぶ。
【0023】
一般に、車両の減速度G(各車輪の制動力)がクロスポイントPよりも大きいときは、制動力実配分における後輪の制動力が理想制動力配分における後輪の制動力よりも高くなる。このため、前輪のスリップ率よりも後輪のスリップ率の方が高くなり、車両の運動が不安定となり易い。一方、車両の減速度GがクロスポイントPよりも小さいときは、車両の重心移動により、制動力実配分における後輪の制動力が理想制動力配分における後輪の制動力よりも低くなる。このため、前輪のスリップ率よりも後輪のスリップ率の方が低くなり車両の運動が安定するが、減速度Gがあまりにも小さい段階では制動力実配分と理想制動力配分との差が大きいため、効率的な制動力配分が得られない。
【0024】
したがって、車両制動時には、車両の減速度GがクロスポイントPの位置にあるときに、制動力配分制御が開始されることが好ましい。具体的には、車両制動時にて、車両の減速度Gが増加してクロスポイントPの位置に到達する直前にて、制動力配分制御が開始されることが好ましい。これにより、車両の運動の安定化と効率的な制動力配分との両立が実現される。
【0025】
[制動力配分制御]
以上の観点から、この車両運動制御システム1では、車両制動時にて、次のような制動力配分制御が行われる(図2参照)。まず、各車輪11FR〜11RLの車輪速度vwFR〜vwRLの演算が行われる(ST1)。この演算ステップST1では、制御ユニット4が各車輪速度センサ21FR〜21RLの出力信号に基づいて車輪速度vwFR〜vwRLを演算する。次に、各車輪11FR〜11RLの車輪加速度dvwFR〜dvwRLの演算が行われる(ST2)。この演算ステップST2では、制御ユニット4が車輪速度vwFR〜vwRL(ST1)に基づいて車輪加速度dvwFR〜dvwRLを演算する。
【0026】
次に、制動力配分制御の終了判定が行われる(終了判定ステップST3)。この判定ステップST3では、例えば、車両が停止しているとき或いはブレーキペダル33がOFF操作されているときに制動力配分制御を終了すべき旨の判定(肯定判定)が行われる。
【0027】
この終了判定ステップST3にて制動力配分制御を終了すべき旨の判定が行われた場合には、制動力配分制御が現在実行されているか否かの判定が行われる(ST4)。そして、この判定ステップST4にて制動力配分制御の実行中である旨の判定が行われた場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが増圧モードに設定されて(ST5)制動力配分制御が終了される(駆動力配分制御の実行中フラグが倒される)(ST6)。一方、判定ステップST4にて制動力配分制御の実行中でない旨の判定が行われた場合には、制動力配分制御の処理が終了される。
【0028】
一方、終了判定ステップST3にて制動力配分制御を終了しない旨の判定が行われた場合には、制動力配分制御が現在実行されているか否かの判定が行われる(ST7)。そして、この判定ステップST7にて制動力配分制御の実行中でない旨の判定が行われた場合には、次のような制動力配分制御が行われる(ST8)(図3参照)。
【0029】
まず、早踏み時の制動力配分制御の実行中か否かの判定が行われる(ST801)。具体的には、後述する早踏み時の制動力配分制御の実行中のフラグ(ST811)が起てられているか否かが判定される。そして、この判定ステップST801にて早踏み時の制動力配分制御の実行中である旨の判定が行われた場合には、前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率との比較により制動力配分制御の開始条件の判定が行われる(ST802)。すなわち、前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率とが比較されることにより、現在の車両の減速度GとクロスポイントP(前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率とが等しくなる点)との位置関係が判定されて、制動力配分制御の開始条件が判定される。例えば、この実施例では、前輪11FR、11FLのスリップ率ΔvwFrと後輪11RR、11RLのスリップ率ΔvwRrとがΔvwFr≧ΔvwRrの関係を有するときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される。なお、各車輪11FR〜11RLのスリップ率ΔvwFR〜ΔvwRLは、各種センサ21FR〜26の出力信号に基づいて制御ユニット4により演算される。
【0030】
そして、この判定ステップST802にて制動力配分制御の開始条件が満たされる場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが減圧モードに設定される(ST803)。また、この減圧モードの設定時間(減圧時間)が設定される(ST804)。これにより、車両の運動が安定化される。
【0031】
その後に、早踏み時の制動力配分制御が終了されて、その実行中フラグ(ST811)が倒される(ST805)。また、制動力配分制御の実行中のフラグが起てられる(ST806)。
【0032】
一方、判定ステップST802にて制動力配分制御の開始条件は満たされない場合には、前輪の車輪速度vwFrと後輪の車輪速度vwRrとがvwRr>vwFr+C2の関係を有するか否かが判定される(ST807)。なお、C2は、所定の適合試験により決定される定数である。そして、vwRr>vwFr+C2の場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが増圧モードに設定されて(ST808)、上記のステップST805、ST806が行われる。一方、vwRr≦vwFr+C2の場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが維持されたまま、処理が終了される(図2および図3参照)。
【0033】
次に、上記の判定ステップST801にて早踏み制動力配分制御の実行中(ST811)でない旨の判定が行われた場合には、前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化と後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化との比較により制動力配分制御の開始条件の判定が行われる(ST809)。例えば、この実施例では、スリップ率の時間変化として各車輪加速度dvwFR〜dvwRLが代用される。そして、前輪車輪加速度dvwFR、dvwFLのスリップ率の時間変化が後輪11RR、11RLの車輪加速度dvwFR、dvwFLの時間変化と所定の閾値K0〜K2との積以下であり、且つ、車輪加速度dvwFR〜dvwRLが所定の閾値以上GThであるときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される。具体的には、次の数式(1)〜(3)のいずれか一つが満たされ、且つ、数式(4)〜(7)のいずれか一つが満たされるときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される。なお、K0〜K2およびGThは、所定の適合試験により決定される。
【0034】
Max(dvwFR,dvwFL)≦Max(dvwRR,dvwRL)×K0…(1)
(dvwFR+dvwFL)/2≦Max(dvwRR,dvwRL)×K1 …(2)
(dvwFR+dvwFL)/2≦(dvwRR+dvwRL)/2×K2 …(3)
【0035】
dvwFR≧GTh …(4)
dvwFL≧GTh …(5)
dvwRR≧GTh …(6)
dvwRL≧GTh …(7)
【0036】
すなわち、車両制動時であって制動力配分制御が未だ行われていないときに(ST7)、前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化が後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化と所定の閾値との積以下(数式(1)〜(3)参照)であり、且つ、いずれかの車輪11FR〜11RLにてスリップ率の時間変化が所定の閾値以上(数式(4)〜(7)参照)である場合には、車両の減速度GがクロスポイントPよりも小さい側の領域にある点QとクロスポイントPとの間にあることが分かる(図5参照)。したがって、このときを基準として制動力配分制御の開始条件が判定されることにより、制動力配分制御の開始時期の遅れやバラつきが防止される。
【0037】
そして、上記の判定ステップST809にて制動力配分制御の開始条件が満たされる旨の判定が行われた場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定される(ST810)(高速早踏み時の制動力配分制御)。その後に、早踏み時の制動力配分制御の実行中のフラグが起てられて(ST811)、処理が終了される(図2および図3参照)。
【0038】
一方、上記の判定ステップST809にて制動力配分制御の開始条件が満たされない旨の判定が行われた場合には、前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率との比較により制動力配分制御の開始条件の判定が行われる(ST812)。すなわち、前輪11FR、11FLのスリップ率と後輪11RR、11RLのスリップ率とが比較されることにより、現在の車両の減速度GとクロスポイントPとの位置関係が判定されて、制動力配分制御の開始条件が判定される。例えば、この実施例では、前輪11FR、11FLのスリップ率ΔvwFrと後輪11RR、11RLのスリップ率ΔvwRrとがΔvwFr≧ΔvwRrの関係を有するときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される。なお、各車輪11FR〜11RLのスリップ率ΔvwFR〜ΔvwRLは、各種センサ21FR〜26の出力信号に基づいて制御ユニット4により演算される。
【0039】
そして、この判定ステップST812にて制動力配分制御の開始条件が満たされる場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定される(ST813)(制動力配分制御)。その後に、制動力配分制御の実行中のフラグが起てられて(ST814)、処理が終了される(図2および図3参照)。一方、判定ステップST812にて制動力配分制御の開始条件が満たされない場合には、そのまま処理が終了される(図2および図3参照)。
【0040】
次に、判定ステップST7にて制動力配分制御の実行中である旨の判定が行われた場合には、次のような制動力配分制御が行われる(ST9)(図4参照)。
【0041】
まず、後輪後輪11RR、11RLの制御モードが減圧モードに設定されているか否かが判定される(ST901)。この判定ステップST901にて後輪11RR、11RLの制御モードが減圧モードに設定されていると判定された場合には、減圧時間(ST804)のディクリメントが行われる(ST902)。そして、減圧時間の残り時間が0になった場合になると、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに変更される(ST903およびST904)。
【0042】
一方、判定ステップST901にて後輪11RR、11RLの制御モードが減圧モードに設定されていないと判定された場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定されているか否かの判定が行われる(ST905)。この判定ステップST905にて後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定されていると判定された場合には、前輪の車輪速度vwFrと後輪の車輪速度vwRrとがvwRr>vwFr+C2の関係を有するか否かが判定される(ST906)。なお、C2は、所定の適合試験により決定される定数である。そして、vwRr>vwFr+C2の場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが増圧モードに変更されて(ST907)、処理が終了される(図2および図4参照)。一方、vwRr≦vwFr+C2の場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに維持されたまま、処理が終了される。
【0043】
また、判定ステップST905にて後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定されていないと判定された場合には、前輪の車輪速度vwFrと後輪の車輪速度vwRrとがvwRr≦vwFr+C1の関係を有するか否かが判定される(ST908)。なお、C1は、所定の適合試験により決定される定数である。そして、vwRr≦vwFr+C1の場合には、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定されて(ST909)、処理が終了される(図2および図4参照)。一方、vwRr>vwFr+C1の場合には、そのまま処理が終了される。
【0044】
[効果]
以上説明したように、この車両運動制御システム1では、車両制動時における前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化と後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて制動力配分制御の開始条件が判定される(図2および図3参照)。かかる構成では、前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化と後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化とを比較するための閾値(例えば、数式(1)〜数式(7)におけるK0〜K2、GTh)を変更することにより、制動力配分制御の開始時期を任意に選択できる。これにより、制動力配分制御の制御性が向上して車両運動制御が好適に行われる利点がある。例えば、車両制動時における前輪のスリップ率と後輪のスリップ率との比較結果のみに基づいて制動力配分制御の開始条件が判定される構成(図示省略)では、ドライバーの早踏み操作等に対して各車輪のホイールシリンダの油圧やタイヤの動特性が考慮され難い。また、例えば、推定車体減速度の変化率に基づいて制動力配分制御の開始条件が判定される構成(図示省略)では、推定車体減速度が四輪の最大車輪速度により構成されるため各車輪の制動状態に依存し易い。このため、これらの構成では、制動力配分制御の開始時期に遅れやバラつきが生じるおそれがある。
【0045】
例えば、この実施例では、車両制動時にて制動力配分制御を開始するときに(ST8)、前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化と後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化との比較による開始条件(数式(1)〜数式(7))が判定される(ST809)(図3参照)。このとき、開始条件にかかる数式(1)〜数式(7)の閾値K0〜K2、GThが適正化されることにより、クロスポイントP(図5参照)に対する制動力配分制御の開始時期が適正化される。そして、この開始条件が満たされるときに、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定される(ST810)。これにより、高速早踏み時にて制動力配分制御が適正に開始されて、車両の運動が安定化される。
【0046】
また、この車両運動制御システム1では、制動力配分制御の開始条件の判定にあたり、車輪11FR〜11RLのスリップ率の時間変化として車輪加速度(車輪速度の時間微分値)dvwFR〜dvwFLが用いられて、制動力配分制御の開始条件が判定される(ST809)(図3参照)。かかる構成では、車輪加速度dvwFR〜FLを車輪速度vwFR〜vwFLに基づいて容易に演算できるので、制動力配分制御の開始条件の判定が容易となる利点がある。
【0047】
また、上記の構成では、左右の前輪の車輪加速度dvwFR、dvwFLおよび左右の後輪の車輪加速度dvwRR,dvwRLが演算され(ST2)、Max(dvwFR,dvwFL)とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果(数式(1))、(dvwFR+dvwFL)/2とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果(数式(2))、あるいは、(dvwFR+dvwFL)/2と(dvwRR+dvwRL)/2との比較結果(数式(3))のうちの少なくとも一つが用いられて制動力配分制御の開始条件の判定(ST809)が行われることが好ましい。これにより、制動力配分制御の開始条件の判定が適正に行われる利点がある。
【0048】
また、上記の構成では、Max(dvwFR,dvwFL)とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果(数式(1))、(dvwFR+dvwFL)/2とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果(数式(2))、あるいは、(dvwFR+dvwFL)/2と(dvwRR+dvwRL)/2との比較結果(数式(3))のすべてが用いられて制動力配分制御の開始条件の判定(ST809)が行われることが好ましい。これにより、制動力配分制御の開始条件の判定がより適正に行われる利点がある。
【0049】
また、この車両運動制御システム1では、前輪11FR、11FLのスリップ率の時間変化に対する後輪11RR、11RLのスリップ率の時間変化の割合が所定の閾値よりも大きく、且つ、前輪11FR、11FLのスリップ率に対する後輪11RR、11RLのスリップ率の割合が所定の閾値よりも大きいときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定されることが好ましい。これにより、制動力配分制御の開始条件の判定がより適正に行われる利点がある。
【0050】
例えば、この実施例では、各車輪11FR〜11RLのスリップ率の時間変化として各車輪11FR〜11RLの車輪加速度dvwFR〜dvwRL(ST2)が用いられ、且つ、前輪11FR、11FLの車輪加速度dvwFR、dvwFLに対する後輪11RR、11RLの車輪加速度dvwRR、dvwRLが数式(1)〜(3)のいずれか一つの条件を満たすときに、後輪11RR、11RLの制御モードが保持モードに設定される(ST809〜ST811)。これにより、車両の運動が安定化される。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上のように、本発明にかかる車両運動制御システムは、制動力配分制御の制御性を向上させることにより車両運動制御を好適に行い得る点で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、この発明の実施例にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。
【図2】図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図3】図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図4】図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図5】制動力配分制御における理想制動力配分を示す説明図である。
【符号の説明】
【0053】
1 車両運動制御システム
21FL〜21RL 車輪速度センサ
22 操舵角センサ
23 ヨーレートセンサ
24 前後加速度センサ
25 横加速度センサ
26 車速センサ
3 制動力制御装置
31 油圧回路
32FR〜32RL ホイールシリンダ
33 ブレーキペダル
34 マスタシリンダ
4 制御ユニット
10 車両
11FR、11FL 前輪
11RR、11RL 後輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各車輪に対する制動力を制御する制動力制御装置を備えると共に、車両制動時にて、前記制動力制御装置が減圧、保持あるいは増圧のいずれか一つの制御モードにて各車輪に対する制動力を制御することにより各車輪に対する制動力配分が制御(以下、制動力配分制御という。)される車両運動制御システムであって、
車両制動時における前輪のスリップ率の時間変化と後輪のスリップ率の時間変化との比較結果に基づいて前記制動力配分制御の開始条件が判定されることを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項2】
前記車輪のスリップ率の時間変化として車輪加速度が用いられて前記制動力配分制御の開始条件の判定が行われる請求項1に記載の車両運動制御システム。
【請求項3】
左右の前輪の車輪加速度dvwFR、dvwFLおよび左右の後輪の車輪加速度dvwRR,dvwRLが演算されると共に、Max(dvwFR,dvwFL)とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果、(dvwFR+dvwFL)/2とMax(dvwRR,dvwRL)との比較結果あるいは(dvwFR+dvwFL)/2と(dvwRR+dvwRL)/2との比較結果のうちの少なくとも一つが用いられて前記制動力配分制御の開始条件の判定が行われる請求項2に記載の車両運動制御システム。
【請求項4】
前輪のスリップ率の時間変化に対する後輪のスリップ率の時間変化の割合が所定の閾値よりも大きく、且つ、前輪のスリップ率に対する後輪のスリップ率の割合が所定の閾値よりも大きいときに、制動力配分制御の開始条件が満たされると判定される請求項1〜3のいずれか一つに記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−234486(P2009−234486A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−84926(P2008−84926)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】