説明

転がり軸受

【課題】異物混入潤滑環境下で使用されても長寿命で、且つ生産性が高く安価な転がり軸受を提供する。
【解決手段】円筒ころ軸受の内輪1,外輪2,及び転動体3は、SUJ3等の鋼で構成されている。内輪1及び外輪2には高周波焼入れが施されていて、軌道面1a,2aに焼入れ硬化層が形成されている。この焼入れ硬化層の硬さはHv700以上で、焼入れ硬化層の内側の硬化されていない芯部の硬さはHv600以下である。また、この焼入れ硬化層の残留応力は−200MPa以下である。転動体3には浸炭窒化処理が施されていて、転動面3aに窒化層が形成されている。この窒化層の表面硬さはHv750以上で、窒素濃度は0.2質量%以上2質量%以下である。また、窒化層にはケイ素とマンガンとを含有する窒化物が析出しており、該窒化物の量は面積率で1%以上20%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑剤中に混入している金属の切粉,削り屑,バリ,及び摩耗粉等の異物が転がり軸受の軌道輪や転動体に損傷を与え、転がり軸受の寿命の大幅な低下をもたらすことはよく知られている。そこで、軌道輪や転動体に浸炭窒化処理を施して残留オーステナイト量を増加させ、異物により生じる圧痕縁における応力集中を緩和し、クラックの発生を抑えることにより、潤滑剤に異物が混入している環境下(以降は異物混入潤滑環境下と記すこともある)で使用する場合でも転がり軸受の寿命を向上する技術が提案されている(特許文献1を参照)。
また、軌道輪や転動体に高濃度の浸炭窒化処理を施し軌道面や転動面の表面硬さを高くして、圧痕が生じにくくすることにより、異物混入潤滑環境下で使用しても転がり軸受を長寿命とする技術が提案されている(特許文献2を参照)。
【特許文献1】特開昭64−55423号公報
【特許文献2】特開平7−41934号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このような特許文献1,2に記載の従来技術は、いずれも軌道輪や転動体をそれぞれ強化することによって長寿命化を図っているものである。しかしながら、近年の機械部品の小型化の影響から転がり軸受も小型化しており、使用環境がより厳しくなっているため、さらに長寿命な転がり軸受が求められていた。特に、自動調心ころ軸受は、その特殊な構造のために他種の転がり軸受よりも短寿命となりやすいので、長寿命な自動調心ころ軸受が求められていた。
【0004】
前述した従来技術の考え方をそのまま適用して長寿命化を図る場合は、軸受材料として特殊な組成の鋼を使用したり、特殊な熱処理を施したりする必要があるため、生産性やコストの点で改善すべき点があった。また、自動調心ころ軸受は使用時の寸法変化が特に問題となるので、寸法変化の原因となる残留オーステナイトを増加させるという特許文献1の長寿命化方法は、採用が難しかった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、例えば異物混入潤滑環境下のような厳しい条件下で使用されても長寿命であることに加えて、生産性が高く安価な転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転がり軸受は、軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、下記の7つの条件を満足することを特徴とする。
条件A:前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、炭素含有量が0.6質量%以上の鋼で構成されており、その軌道面には、高周波焼入れを含む熱処理により硬化されてなる焼入れ硬化層が形成されている。
【0006】
条件B:前記焼入れ硬化層の硬さはHv700以上であるとともに、前記焼入れ硬化層の内側の硬化されていない芯部の硬さはHv600以下である。
条件C:前記焼入れ硬化層の残留応力は−200MPa以下である。
条件D:前記転動体は鋼で構成されており、その転動面には、浸炭窒化処理又は窒化処理を含む熱処理により硬化されてなる窒化層が形成されている。
【0007】
条件E:前記窒化層の窒素濃度は0.2質量%以上2質量%以下である。
条件F:前記窒化層には、ケイ素とマンガンとを含有する窒化物が析出しており、析出している前記窒化物の量は面積率で1%以上20%以下である。
条件G:前記窒化層の表面硬さはHv750以上である。
また、本発明に係る請求項2の転がり軸受は、請求項1に記載の転がり軸受において、自動調心ころ軸受であることを特徴とする。
【0008】
本発明者らは、低コスト且つ高い生産性で製造可能であるとともに、厳しい条件下(例えば異物混入潤滑環境下)で使用されても長寿命な転がり軸受を得るべく鋭意検討した結果、軌道輪の軌道面に大きな残留圧縮応力を付与して剥離に至る亀裂の発生を抑制するとともに、転動体の転動面を高硬度としてたとえ異物混入潤滑環境下でも表面形状を良好に維持すれば、両者の相乗効果によって長寿命となることを見出し、本発明を完成するに至った。以下に詳細に説明する。
【0009】
まず、本発明者らは、転がり軸受の破損形態に着目した。転動体の表面粗さ及び表面形状が悪いと、接線力が高まって軌道面に損傷を与えることから、転動体の表面粗さが軌道輪の寿命を大きく支配していることが分かり、転動体を改良するのみでも軌道輪の寿命が大きく向上した。そして、その寿命の向上は、浸炭窒化処理等により強化された軌道輪を用いた場合に匹敵することが分かった。つまり、圧痕等の生成を防いで転動体の表面形状をできるだけ良好に維持すれば、転動体の寿命が向上するとともに軌道輪の寿命も向上するので、結果として軸受寿命が向上する。
【0010】
また、異物混入潤滑環境下等で使用されることによる異物の噛み込みに対しては、軌道輪と転動体との耐圧痕性が同一ではなく軌道輪及び転動体のいずれか一方に優先的に圧痕が形成される方が、転がり軸受が長寿命化されることを見出した。そして、軌道輪と転動体のどちらに優先的に圧痕が形成される方が好ましいかを検討したところ、軌道輪の方であることが分かった(すなわち、軌道輪よりも転動体の方が耐圧痕性が高いことが好ましい)。前述したように、表面形状が悪いと接線力が高まり、摺動する相手部材に損傷を与えるが、このとき、周速が遅い側(従動側)の部材の表面形状よりも周速が速い側(駆動側)の部材の表面形状の方が寿命に顕著な影響を及ぼすことが分かった。転がり軸受の場合は、面圧の高い領域では概ね転動体が駆動側となるので、転動体の耐圧痕性を高くする方が有利となる。
【0011】
転動体の耐圧痕性を向上する手段としては、残留オーステナイト量を少なくするとともに、表面に微細な窒化物を析出させて表面硬さを高くする方法がある。一方、圧痕生成による転動体自体の寿命低下を抑制するためには、残留オーステナイト量が多い方が有利となる。転がり軸受の寿命は、軌道輪と転動体との剥離時間のうち短い方の剥離時間で決定するため、転動体の残留オーステナイト量は、軌道輪の熱処理品質によって最適値が存在する。したがって、軌道輪の異物混入潤滑環境下での寿命が良くなるほど、異物混入潤滑環境下での寿命が良い転動体を使用することができるようになる。
【0012】
軌道輪の寿命を向上させる手段としては、亀裂の発生及び進展を抑制する目的で表面に圧縮の残留応力を付与する方法が考えられる。残留圧縮応力を付与する方法としては、転動疲労を受けるとともに耐摩耗性が必要な表面部分のみを高周波焼入れにより硬化させ焼入れ硬化層とし、その内側に硬化されていない部分(芯部)を残存させる方法があげられる。なお、軌道輪の寿命を向上させる手段として、残留オーステナイト量を制御する前述の方法も知られているが、長時間の熱処理が必要であるので、製造コストの観点から好ましくない。
【0013】
次に、軌道輪や転動体の素材である鋼について説明する。軸受を構成する素材としては、できるだけ入手しやすい一般的な鋼材が好ましく、なおかつモリブデンやニッケルといった高価な元素を含まない鋼材が好ましい。
まず、軌道輪の素材については、焼入れにより転がり疲労に耐えるだけの硬さとなることが必要であるので、鋼の炭素含有量は0.6質量%以上である必要がある。ただし、軌道輪には転動体よりも優先的に圧痕が形成され、そのような状態においても長寿命である必要があるので、焼入れ後に残留オーステナイトが存在するように炭素含有量は0.8質量%以上であることがより好ましい。ただし、炭素含有量が多すぎると、巨大な炭化物が生成しやすく、転動寿命や加工性の低下を招くので、炭素含有量は1.2質量%以下であることが好ましい。
【0014】
次に、転動体の素材については、浸炭窒化処理又は窒化処理によって硬質の窒化物を析出させる必要があるので、ケイ素とマンガンとを含有する鋼である必要がある。鋼に含まれている合金元素の中で一般的且つ安価なものとしてはケイ素,マンガン,クロムがあげられ、これらの元素はいずれも窒素との親和性が強く窒化物を形成する可能性がある。ただし、クロムは鉄炭化物(セメンタイト)に濃化しやすい性質を有しており、炭化物として固着されるので、窒化物を形成しにくい。これに対して、マンガンはクロムに比べて炭化物に濃化する傾向が低く、特にケイ素はセメンタイトに濃化せず基地中に固溶するので、硬質の窒化物を形成しやすい。
さらに、窒化物は鋼中のセメンタイトとは異なる結晶構造を有するために微細に分散するので、これにより硬さの向上も期待できる。鋼の種類は特に限定されるものではないが、軸受鋼の中でもケイ素,マンガンを比較的多量に含有しているSUJ3,SUJ5が好ましく、より安価で市場流通性の高いSUJ3がより好ましい。
【0015】
次に、自動調心ころ軸受について説明する。転がり軸受の寿命は剥離によって決定する。玉軸受は、剥離の形態が内部起点型の剥離であるため、鋼を高清浄度化して非金属介在物の量を少なくすることによって著しく長寿命化できるが、自動調心ころ軸受は剥離の形態が玉軸受とは異なり、潤滑条件が良好な場合であっても表面起点型の剥離であるため、鋼の高清浄度化の効果が低い。これは、転動体が樽形であることに起因しており、駆動輪と転動体の回転軸が平行でなく角度を有することによって生じるスピン滑りと、転動体が樽形であるために生じる差動滑りと、が大きいことが原因であると考えられている。さらに、異物混入潤滑環境下では、転動体と軌道輪との間の大きな接線力の影響から、潤滑剤に混入している異物の量が少量であっても短寿命となる傾向があった。
【0016】
自動調心ころ軸受の長寿命化の手段(異物混入潤滑環境下、良好な潤滑条件下ともに)としては、前述した特許文献1に記載の技術、すなわち圧痕縁における応力集中を緩和するために残留オーステナイト量を増加させる手法が多く用いられる。しかしながら、前述したように、生産性やコストの点で改善すべき点があった。また、自動調心ころ軸受は使用時の寸法変化が特に問題となるので、寸法変化の原因となる残留オーステナイトを増加させるという特許文献1の長寿命化方法は、採用が難しかった。
【0017】
本発明者らは、上記のような自動調心ころ軸受についても、前述と同様に、軌道輪の軌道面に大きな残留圧縮応力を付与して剥離に至る亀裂の発生を抑制するとともに、転動体の転動面を高硬度として表面形状を良好とすれば、両者の相乗効果によって長寿命となることを見出した。
すなわち、前述したように、転動体の転動面を高硬度とし耐圧痕性を向上させることによって、転動体及び軌道輪の寿命を向上させるとともに、軌道輪の軌道面に圧縮の残留応力を付与して亀裂の発生及び進展を抑制することによって、軌道輪の寿命を向上させれば、両者の相乗効果によって自動調心ころ軸受の寿命を向上させることができる。高周波焼入れにより表面部分のみを硬化させ焼入れ硬化層とし、その内側に硬化されていない部分(芯部)を残存させるが、全体の50%以上の体積を占める芯部は残留オーステナイトを全く含まないので、焼入れ硬化層に残留オーステナイトを多量に残存させたとしても、全体としての残留オーステナイト量を低く抑えることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の転がり軸受は、例えば異物混入潤滑環境下のような厳しい条件で使用されても長寿命であることに加えて、生産性が高く安価である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明に係る転がり軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
〔第一実施形態〕
図1は、本発明に係る転がり軸受の一実施形態である円筒ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。この円筒ころ軸受は、軌道面1aを外周面に有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体(円筒ころ)3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、を備えていて、両軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑が、グリース,潤滑油等の潤滑剤(図示せず)により行われている。なお、保持器4は備えていなくてもよい。また、シール,シールド等の密封装置を備えていてもよい。
【0020】
この円筒ころ軸受においては、内輪1及び外輪2は、炭素の含有量が0.6質量%以上である鋼で構成されており、転動体3はSUJ3等の軸受鋼で構成されいる。
内輪1及び外輪2には高周波焼入れを含む熱処理が施されていて、該熱処理により硬化されてなる焼入れ硬化層(図示せず)が軌道面1a,2aに形成されている。十分な寿命を達成するため、軌道面1a,2aに形成された焼入れ硬化層の硬さはHv700以上とされているとともに、この焼入れ硬化層の内側の硬化されていない芯部(図示せず)の硬さはHv600以下とされている。さらに、亀裂の発生及び進展を抑制するため、この焼入れ硬化層の残留応力は−200MPa以下(残留圧縮応力が200MPa以上)とされている。
【0021】
一方、転動体3には浸炭窒化処理又は窒化処理を含む熱処理が施されていて、該熱処理により硬化されてなる窒化層(図示せず)が転動面3aに形成されている。この窒化層の表面硬さをHv750以上として耐圧痕性を向上させるために、この窒化層の窒素濃度は0.2質量%以上とされている。また、この窒化層には、ケイ素とマンガンとを含有する窒化物(以降はSi−Mn系窒化物と記すこともある)が析出しており、析出しているSi−Mn系窒化物の量は面積率で1%以上である。ただし、窒化層の窒素濃度やSi−Mn系窒化物の量が多すぎると靱性が低下するので、窒素濃度は2質量%以下、Si−Mn系窒化物の量は面積率で20%以下とされている。
【0022】
このような本実施形態の円筒ころ軸受は、内輪1及び外輪2の軌道面1a,2aに大きな残留圧縮応力が付与され亀裂の発生が抑制されているとともに、転動体3の転動面3aが高硬度とされ表面形状が良好とされているので、両者の相乗効果によって、例えば異物混入潤滑環境下のような厳しい条件で使用されても長寿命である。また、本実施形態の円筒ころ軸受は、軸受材料として特殊な組成の鋼を使用したり、特殊な熱処理を施したりする必要がないので、生産性が高く安価である。よって、本実施形態の円筒ころ軸受は、農業機械,鉄鋼機械等の産業用軸受として好適に使用可能である。
【0023】
〔実施例〕
上記第一実施形態の円筒ころ軸受とほぼ同様の構成の円筒ころ軸受(呼び番号NU308)を用意して、その寿命を評価した。まず、試験に用いた円筒ころ軸受の製造方法について説明する。
転動体は、SUJ3製の線材をヘッダー加工,粗研削加工によって所定の形状に成形した後、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを施し、さらに仕上げ加工等の後加工を施すことにより製造した。浸炭窒化焼入れの条件は、RXガス,エンリッチガス,アンモニアガスからなる雰囲気中において830℃で5〜20時間保持した後に急冷するというものである。また、焼戻しの条件は、180〜270℃に保持した後に放冷するというものである。
【0024】
内輪及び外輪は、SUJ3製の球状化焼鈍し材を粗加工によって所定の形状に成形した後、粗加工後焼準処理又は調質処理に続いて高周波焼入れ及び焼戻しを施し、さらに後加工を施すことにより製造した。粗加工後焼準処理の条件は、850℃で0.5〜1時間保持した後に空冷するというものである。また、調質処理の条件は、850℃で0.5〜1時間保持した後に急冷し、続いて500℃で1〜3時間保持した後に放冷する焼戻しを行うというものである。
【0025】
さらに、高周波焼入れの条件は、周波数100〜200kHz、加熱時間2〜7秒、ワーク回転速度20〜60min-1である。この条件を種々変えることにより、残留応力の大きさを変化させている。さらに、高周波焼入れの後の焼戻しの条件は、170〜240℃に保持した後に放冷するというものである。この条件を種々変えることにより、残留オーステナイト量を変化させており、結果として残留圧縮応力も同様に変化する。一方、高周波焼入れされていない芯部は、フェライトとセメンタイトとの混合組織となり、芯部の硬さHvは600以下となる。
【0026】
得られた転動体の表面(転動面)を分析し、その表面硬さ、窒素濃度、及びSi−Mn系窒化物の量を測定した。なお、窒化層の窒素濃度は電子線マイクロアナライザー(EPMA)で測定した。また、窒化層のSi−Mn系窒化物の量は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定した。すなわち、加圧電圧10kVで表面を観察し、5000倍に拡大した写真を3視野撮影し、その写真を2値化してから画像解析装置にてSi−Mn系窒化物の量を面積率で算出した。さらに、同様の手法により、面積375μm2 中に存在するSi−Mn系窒化物の個数を測定した。測定結果を表1に示す。
一方、得られた内輪及び外輪の表面(軌道面)を分析し、その表面硬さ、焼入れ硬化層の残留オーステナイト量、及び円周方向の残留圧縮応力を測定した。なお、残留オーステナイト量はX線回折法により測定した。測定結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
このような円筒ころ軸受の回転試験を異物混入潤滑環境下で行い、剥離が生じるまでの時間を測定した。そして、ワイブルプロットを作成し、ワイブル分布の結果からL10寿命を求め、これを寿命とした。結果を表1に示す。なお、表1の寿命は、最も短寿命であった比較例1の寿命を1とした場合の相対値で示してある。回転試験の条件は下記の通りである。
ラジアル荷重:25kN
回転速度 :3000min-1
潤滑剤 :ISO粘度グレードがISO VG68である潤滑油
なお、潤滑剤中には、硬さHv870、粒径74〜134μmの微粉を異物として200ppm混入してある。
【0029】
実施例1〜7及び実施例8〜14は、異なる水準の浸炭窒化処理が施されて良好な耐圧痕性を有する転動体に、種々の条件で高周波焼入れを施した軌道輪を組み合わせた円筒ころ軸受である。実施例8〜14の方が実施例1〜7よりも転動体の硬さが高く、且つ、焼戻し温度が低いため転動体が異物混入潤滑環境下で長寿命である。
一方、軌道輪の残留圧縮応力が200MPa以上であると、円筒ころ軸受が長寿命であることが分かる。また、実施例8〜14のように転動体自身が異物混入潤滑環境下で長寿命である場合には、軌道輪自身が異物混入潤滑環境下で長寿命となる条件を満たすもの、すなわち残留応力が高く且つ残留オーステナイト量が多い実施例8〜10が特に長寿命であることが分かる。
【0030】
〔第二実施形態〕
図2は、本発明に係る転がり軸受の別の実施形態である自動調心ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。なお、図2においては、図1と同一又は相当する部分には、図1と同一の符号を付してある。
この自動調心ころ軸受は、2列の軌道面1a,1aを外周面に有する内輪1と、内輪1の軌道面1a,1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された2列の転動体(球面ころ)3,3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、を備えていて、両軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑が、グリース,潤滑油等の潤滑剤(図示せず)により行われている。
【0031】
内輪1の外周面には2列の軌道面1a,1aが形成されていて、内輪1の外径は幅方向両端部よりも中央部の方が大きく形成されている。また、外輪2の内周面は、2列一体の球面軌道面2aとされている。なお、保持器4は備えていなくてもよい。また、シール,シールド等の密封装置を備えていてもよい。
この自動調心ころ軸受においては、内輪1及び外輪2は、炭素の含有量が0.6質量%以上である鋼で構成されており、転動体3はSUJ3等の軸受鋼で構成されいる。
【0032】
内輪1及び外輪2には高周波焼入れを含む熱処理が施されていて、該熱処理により硬化されてなる焼入れ硬化層(図示せず)が軌道面1a,2aに形成されている。十分な寿命を達成するため、軌道面1a,2aに形成された焼入れ硬化層の硬さはHv700以上とされているとともに、この焼入れ硬化層の内側の硬化されていない芯部(図示せず)の硬さはHv600以下とされている。さらに、亀裂の発生及び進展を抑制するため、この焼入れ硬化層の残留応力は−200MPa以下(残留圧縮応力が200MPa以上)とされている。
【0033】
一方、転動体3には浸炭窒化処理又は窒化処理を含む熱処理が施されていて、該熱処理により硬化されてなる窒化層(図示せず)が転動面3aに形成されている。この窒化層の表面硬さをHv750以上として耐圧痕性を向上させるために、この窒化層の窒素濃度は0.2質量%以上とされている。また、この窒化層には、Si−Mn系窒化物が析出しており、析出しているSi−Mn系窒化物の量は面積率で1%以上である。ただし、窒化層の窒素濃度やSi−Mn系窒化物の量が多すぎると靱性が低下するので、窒素濃度は2質量%以下、Si−Mn系窒化物の量は面積率で20%以下とされている。
【0034】
このような本実施形態の自動調心ころ軸受は、内輪1及び外輪2の軌道面1a,2aに大きな残留圧縮応力が付与され亀裂の発生が抑制されているとともに、転動体3の転動面3aが高硬度とされ表面形状が良好とされているので、両者の相乗効果によって、異物混入のない清浄な潤滑環境下では勿論のこと、例えば異物混入潤滑環境下のような厳しい条件で使用されても長寿命である。また、本実施形態の自動調心ころ軸受は、軸受材料として特殊な組成の鋼を使用したり、特殊な熱処理を施したりする必要がないので、生産性が高く安価である。よって、本実施形態の自動調心ころ軸受は、農業機械,鉄鋼機械等の産業用軸受として好適に使用可能である。
【0035】
〔実施例〕
上記第二実施形態の自動調心ころ軸受とほぼ同様の構成の自動調心ころ軸受(呼び番号22211)を用意して、その寿命を評価した。まず、試験に用いた自動調心ころ軸受の製造方法について説明する。
転動体は、SUJ3製の線材をヘッダー加工,粗研削加工によって所定の形状に成形した後、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを施し、さらに仕上げ加工等の後加工を施すことにより製造した。浸炭窒化焼入れの条件は、RXガス,エンリッチガス,アンモニアガスからなる雰囲気中において830℃で5〜20時間保持した後に急冷するというものである。また、焼戻しの条件は、180〜270℃に保持した後に放冷するというものである。
【0036】
内輪及び外輪は、SUJ3製の球状化焼鈍し材を粗加工によって所定の形状に成形した後、粗加工後焼準処理又は調質処理に続いて高周波焼入れ及び焼戻しを施し、さらに後加工を施すことにより製造した。粗加工後焼準処理の条件は、850℃で0.5〜1時間保持した後に空冷するというものである。また、調質処理の条件は、850℃で0.5〜1時間保持した後に急冷し、続いて500℃で1〜3時間保持した後に放冷する焼戻しを行うというものである。
【0037】
さらに、高周波焼入れの条件は、周波数100〜200kHz、加熱時間2〜7秒、ワーク回転速度20〜60min-1である。この条件を種々変えることにより、残留応力の大きさを変化させている。さらに、高周波焼入れの後の焼戻しの条件は、170〜240℃に保持した後に放冷するというものである。この条件を種々変えることにより、残留オーステナイト量を変化させており、結果として残留圧縮応力も同様に変化する。一方、高周波焼入れされていない芯部は、フェライトとセメンタイトとの混合組織となり、芯部の硬さHvは600以下となる。
なお、比較例21,31については、浸炭窒化焼入れの代わりにズブ焼入れを施して転動体を製造し、粗加工後焼準処理又は調質処理の代わりにズブ焼入れを施して内輪及び外輪を製造している。
【0038】
得られた転動体の表面(転動面)を分析し、その表面硬さ、窒素濃度、及びSi−Mn系窒化物の量を測定した。なお、これらの測定方法は、第一実施形態において説明した方法と同一である。測定結果を表2,3に示す。
一方、得られた内輪及び外輪の表面(軌道面)を分析し、その表面硬さ、焼入れ硬化層の残留オーステナイト量、及び円周方向の残留圧縮応力を測定した。なお、これらの分析は、表面の加工層を取り除いた後に行った。また、残留オーステナイト量はX線回折法により測定した。測定結果を表2,3に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
このような自動調心ころ軸受の回転試験を、異物混入のない清浄な潤滑環境下及び異物混入潤滑環境下のそれぞれで行い、剥離が生じるまでの時間を測定した。そして、ワイブルプロットを作成し、ワイブル分布の結果からL10寿命を求め、これを寿命とした。結果を表2,3に示す。なお、表2,3の寿命は、それぞれの潤滑環境下において最も短寿命であった比較例21及び比較例31の寿命を1とした場合の相対値で示してある。すなわち、実施例21〜27及び比較例22,23は比較例21を基準とし、実施例31〜39及び比較例32は比較例31を基準としている。回転試験の条件は下記の通りである。
ラジアル荷重:45kN
回転速度 :1500min-1
潤滑剤 :ISO粘度グレードがISO VG68である潤滑油
【0042】
なお、異物混入潤滑環境下の回転試験の場合は、潤滑剤中に、硬さHv500以下、粒径200μmの微粉を異物として200ppm混入してある。
実施例21〜27及び比較例21〜23は、異物混入のない清浄な潤滑環境下で回転試験を行ったものであるが、実施例21〜27は残留圧縮応力が200MPa以上と大きいため、比較例21〜23よりも長寿命である(図3のグラフを参照)。
【0043】
次に、実施例31〜39及び比較例31,32は、異物混入潤滑環境下で回転試験を行ったものである。実施例31〜39は、実施例21〜27よりも耐圧痕性に優れる転動体を使用していることに加えて、残留圧縮応力が200MPa以上と大きいため、比較例31,32よりも長寿命である(図4のグラフを参照)。また、実施例31,32は、熱処理条件の設定により軌道輪の軌道面の残留オーステナイト量が多くなっているため、圧痕縁における応力集中が緩和されて、特に長寿命となっている。
【0044】
なお、第一及び第二実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は第一及び第二実施形態に限定されるものではない。例えば、第一及び第二実施形態においては転がり軸受の例として円筒ころ軸受及び自動調心ころ軸受をあげて説明したが、本発明は、他の種類の様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、深溝玉軸受,アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】第一実施形態の円筒ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図2】第二実施形態の自動調心ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図3】軌道輪の残留圧縮応力と清浄な潤滑環境下での寿命との関係を示すグラフである。
【図4】軌道輪の残留圧縮応力と異物混入潤滑環境下での寿命との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0046】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
3a 転動面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道面を有する内輪と、前記内輪の軌道面に対向する軌道面を有する外輪と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、下記の7つの条件を満足することを特徴とする転がり軸受。
条件A:前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、炭素含有量が0.6質量%以上の鋼で構成されており、その軌道面には、高周波焼入れを含む熱処理により硬化されてなる焼入れ硬化層が形成されている。
条件B:前記焼入れ硬化層の硬さはHv700以上であるとともに、前記焼入れ硬化層の内側の硬化されていない芯部の硬さはHv600以下である。
条件C:前記焼入れ硬化層の残留応力は−200MPa以下である。
条件D:前記転動体は鋼で構成されており、その転動面には、浸炭窒化処理又は窒化処理を含む熱処理により硬化されてなる窒化層が形成されている。
条件E:前記窒化層の窒素濃度は0.2質量%以上2質量%以下である。
条件F:前記窒化層には、ケイ素とマンガンとを含有する窒化物が析出しており、析出している前記窒化物の量は面積率で1%以上20%以下である。
条件G:前記窒化層の表面硬さはHv750以上である。
【請求項2】
自動調心ころ軸受であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−174656(P2009−174656A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−14886(P2008−14886)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】