説明

軸肥大加工性向上のための前処理

【課題】 軸や歯車などによく用いられている中炭素鋼S35Cの軸材に対して、適正な熱処理および組織制御により、フェライトとパーライトとの2相混合組織から微細なソルバイト組織に均一化し、靱性を向上させることにより軸肥大加工における限界肥大率の向上を図ることを課題とする。
【解決手段】中炭素鋼を被加工材として軸肥大加工を行う際に、軸肥大加工を行う前処理として、被加工材がトルースタイトやソルバイトの微細な均質組織となるような調質処理を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸肥大加工性を向上させる前処理に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械部品の中には、ベアリング止めのような軸の径が一部だけ大きい部位を有するものが極めて多い。このような軸部品を加工する場合、従来は切削除去する加工方法あるいはカラー部品と軸部品を溶着する方法が用いられてきた。しかし、切削加工では材料の無駄が多過ぎ、溶着では溶着部位での強度の低下や手間がかかるなどの問題があった。
【0003】
そこで、本願発明者は金属軸材に対して適当な降伏強度以下の圧縮軸力を負荷した状態で回転曲げによる交番応力を繰り返すことにより、要望する位置に軸肥大部を形成させる新しい塑性加工技術を発明した。この塑性加工方法は、メカニカル・ラチェット現象を利用したもので、交番応力によるバウシンガー効果が発揮され、常温での低い圧縮荷重下でも容易に圧縮変形が進行し、大きな塑性加工にもかかわらず、発熱による温度上昇がないという特徴がある。そして、この加工方法を用いて、一般的な構造用圧延鋼(JIS G3101)SS400の丸棒に対する軸肥大加工を行い、被加工部(以下肥大部とする。)の軸径の肥大挙動に及ぼす諸加工条件の影響を明らかにした。軸径の依存性の検討も含めて、それらの変形挙動が統一的に評価できるパラメータの軸回転時定数を提案した(特許文献1参照)。
【0004】
また、肥大部の疲労特性ならびに疲労損傷に対する健全性も明らかにした。さらに、SS400より高強度を持つ機械構造用炭素鋼(JIS G4051)S35C・S45Cやクロムモリブデン鋼(JIS 4105)SCM415・SCM435などの丸棒に対しても、加工実験を行って軸径の肥大変形挙動に及ぼす被加工材の強度特性の影響を検討してきた。ところが、SC材の場合では、加工途中で肥大部端部に亀裂が入ってしまい、健全な軸材の得られる加工限界としての最大肥大率が小さくなり、難加工性を呈する傾向があった。
【0005】
【特許文献1】特開2003−039133号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
解決しようとする問題点は、軸や歯車などによく用いられている中炭素鋼S35Cの軸材に対して、適正な熱処理および組織制御により、フェライトとパーライトとの2相混合組織から微細なソルバイト組織に均一化し、靱性を向上させることにより軸肥大加工における限界肥大率の向上を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、中炭素鋼を被加工材として軸肥大加工を行う際に、軸肥大加工を行う前処理として、被加工材がトルースタイトやソルバイトの微細な均質組織となるような調質処理を行うことを特徴とする。
また、前記調質処理を焼入れと焼戻しによる熱処理としたことを特徴とする。
さらに、軸肥大加工方法において、肥大加工後の肥大部幅lを
【数4】

ここでlは被加工材の幅の初期値であり、εは限界肥大率(D/D)に対する軸圧縮歪み、Nは回転数、Nは実測値に対し近似して得られる回転時定数とするとともに、
肥大加工後の肥大部直径Dを
【数5】

ここでDは被加工材の直径とし、
焼入れ・焼戻しによる熱処理の影響を軸圧縮歪みεと焼戻しパラメータMとの関係式を
【数6】

とすることにより、熱処理した被加工材の軸肥大変形挙動を推測可能にしたことを特徴とする軸肥大加工方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、中炭素鋼を被加工材として軸肥大加工を行う際に、軸肥大加工を行う前処理として、被加工材がトルースタイトやソルバイトの微細な均質組織となるように調質処理を行う。この微細な均質組織とすることによって、延性は増加し、硬さや降伏強度も低下するので軸肥大加工において限界肥大率を向上させることができる。
また、前記前処理として焼入れと焼戻しによる調質処理としたので容易に前処理が行える。
【0009】
さらに、熱処理による影響を数式化することにより、焼入れ・焼戻しした被加工材における軸肥大変形挙動を推測することが容易になり、実用的となった。
【実施例1】
【0010】
まず、軸肥大加工における前処理として焼入れ・焼戻しを行い最適な組織を調べるために被加工材として、表1に示すような機械的特性を有する直径D=10mmの中炭素鋼S35C磨き丸棒を使用し、120mmの長さに切断したものを用いた。
【表1】

そして、この被加工材をオーステナイト化温度880°Cに2時間加熱・保持した後、油冷焼入れを行い、T=550℃、575℃、600℃、625℃、650℃および675℃での4.5時間加熱・保持からの空冷焼戻しを施し、6種類の熱処理材を得た。
納入状態のままの素材および前記6種類の熱処理材の合計7種類を被加工材とし、研磨による鏡面仕上げの後、3%ナイタルでの約12秒間の腐食により、光学顕微鏡にてミクロ組織観察を行った。
【0011】
また、上述した7種類の被加工材に対して、超微小硬度計を用いて室温・大気中でのビッカース硬さを測定した。さらに、これらの試験片に対し、シャルピー衝撃試験機を用いて室温・大気中でのシャルピー衝撃値を測定した。
【0012】
次に、前述の7種類の被加工材を使用して、第1図に示すような軸肥大加工装置1を用い、室温(25℃)・大気中にて加工実験を行った。実験方法を第2図に示している。
まず、第2図(a)に示すように軸回転駆動側スリーブ2と軸加圧側スリーブ3の軸が同一軸上にある状態で、被加工材Wをスリーブ2.3間隔Lで装着する。
然る後、第2図(b)に示すように加圧手段4により軸加圧側スリーブ3を軸回転駆動側スリーブに接近させるようにして設定の軸加圧力Pを先ず負荷した。この軸加圧力Pの負荷の後、スリーブ2,3間隔の変化を測定し、被加工部の幅の初期値lとした。
次いで、第2図(c)に示すように軸回転駆動側スリーブ2を面内回転させて被加工材Wに曲げ角度θを負荷させる。
そして、第2図(d)から(e)に示すように軸の回転を開始し軸肥大加工を行った。
各加工実験中における被加工部の幅lおよび最大外形Dの変化を連続自動計測し、1回転ごとの被加工部の幅lおよび最大外形Dを実測した。
さらに、第2図(f)に示すように目標の軸肥大率に達すると、曲げ角度θを0度に復帰させ、軸の回転を停止した。
【0013】
ここで、被加工部の初期設定スリーブ間隔としては、L=14mmとした。また、軸加圧力Pとしては、軸加圧応力σが各被加工材の初期降伏応力σの0.97倍になるような軸荷重を負荷した。曲げ角度θは6度とし、軸回転速度ωは14.7rpmとした。なお、スリーブ端のR部の曲率半径ρは2mmとした。
【0014】
次に、焼入れ焼戻し前後の材料組織の比較について説明する。
S35Cの標準組織は、第3図に示すようになり、白色部の初析フェライト(αFe)と黒色部のパーライトからとなる。
一方、焼入れにより得られたソルバイト組織およびトルースタイト組織を、それぞれ、第4図と第5図に示す。第4図に示すように、組織はマルテンサイトとマルテンサイトの白い素地の粒界に沿って結節状の黒い微細パーライトとの2相組織となり、共析変態点A〜約500℃間の温度範囲での冷却速度がやや遅いために生じた組織であると考えられる。第5図から分かるように、焼戻し温度T=600℃以下の場合では、その焼戻し組織は、マルテンサイト組織に過飽和に固溶していた炭素が、再結晶しているフェライト基地中にセメンタイ粒子として均一に分散析出した微細な均一トルースタイト組織となる。一方、T=600℃以上の場合では析出粒子が一層細かくなり羽毛状を呈するソルバイト組織となっているのが確認できる。
【0015】
続いて、焼入れ焼戻し前後の機械的性質の比較について説明する。
(1)焼戻しパラメータと焼戻し硬さの母曲線
焼戻しによる鋼の機械的性質の変化は拡散によって進行するマルテンサイトの分解と炭化物の析出凝集の結果であるから、焼戻し温度と同様に焼戻し時間も機械的性質を支配する重要な因子となる。そこで、この2つの支配因子が表現できる焼戻しパラメータMは次式で表せる。
【数7】

ここで、Tは焼戻し温度(K)であり、tは焼戻し時間(h)である。定数Cは炭素量(C%)によって次式のように変える。
【数8】

ここで、本実験ではS35Cを被加工材として使用しているので0.35%の炭素含有量により、定数Cは約19と決定する。焼戻し条件M(T,t)とその条件で得られた硬さHVとの関係は第6図に示すようなHV−T曲線およびHV−M曲線で示される。これを数式化すると次式のようになる。なお、HV−T曲線ではt=1.5hで得られるものである。
【数9】

【数10】

ここで、KHV−T=−0.151,HVT0=346,KHV−M=−0.008,HVM0=387とし、数式4を用いて、任意のTとtとの組み合わせ条件での焼戻し硬さが推定できる。
【0016】
次に機械的特性の変化について説明する。
Tによる機械的性質の変化を、それぞれ第7図と第8図に示す。なお、t=1.5h,Tの上昇に伴い、伸びδは大きくなるが,T=650℃以上の場合はほぼ一定になる傾向がある。
また、Tが高くなるにつれて,ビッカース硬さHV、引張強さσおよび降伏強さσは低下していく。Tが高いほど、マルテンサイトから析出した多数の微細なセメンタイト粒子は次第に数少ない粗大粒子へ凝集していき、それに伴ってセメンタイト粒子の間隔が開いて柔らかいフェライトの変形が容易になると考えられる。
また、硬さと引張強度・降伏強度との関係を第9図に示し、式4,5で表すことができる。
【数11】

【数12】

ここで、K=7.83,σB0=1181,K8.85,σ=1606とし、これらを式4から6を用いて任意の条件M(T,t)で施した焼戻し後のHV,σおよびσが推定できる。
一方、シャルピー衝撃値ρとTとの関係を第10図に示す。Tが高いほど焼戻し靱性が高くなることを認められた。
【0017】
そして、軸肥大加工限界におよぼす焼戻し条件の影響について説明する。
熱処理材において、疲労損傷を生じない限界肥大率D/Dおよびそれを納入まま材の限界肥大率D/D=1.65で基準化した(D/D)/(D/D)を第11図に示す。Tが高くなるにつれて、D/Dおよび(D/D)/(D/D)は増大しており、第10図に示した靱性向上の結果と一致している。また、焼戻しパラメータMと限界肥大率との関係は第12図に示すような線形関係があり、次式で表すことができる。
【数13】

ここで、A=3×10−3,B=0.503とする。式7を用いて各焼戻し条件M(T,t)での限界肥大率D/Dを推測することができる。
【0018】
次に、軸肥大変形挙動におよぼす焼戻し条件の影響について説明する。
まず、軸圧縮変形挙動l/lは次式で表すことができる。
【数14】

ここで、Nは回転数であり、εは限界肥大率(D/D)に対する軸圧縮ひずみである。Nは実測値に対し近似して得られる回転時定数であり、変形速度を表す係数である。
一方、肥大部の体積は不変であることから、(D/D)=(l/l)1/2となり、式8に代入すると、軸肥大変形挙動D/Dは次式で表すことができる。
【数15】

ここで、
【数16】

となり、式7を式10に代入すると、εとMとの関係を次式で表すことができる。
【数17】

一方、各熱処理材における軸肥大変形挙動D/Dを第13図に示す。Tの変化にもかかわらず軸肥大変形速度の差がほとんど見られなく、Nがほぼ一定(N=8.2)となる。また、式9,11を用いて、任意の熱処理条件による軸肥大変形挙動を予測することができる。
【0019】
これまで説明したように、軸材や歯車などによく用いられている中炭素鋼S35Cに対して、焼入れ焼戻しの熱処理および組織制御により加工性および限界肥大率の向上を図る軸肥大加工の検討を行い、焼入れ焼戻しによる材料の機械的特性や組織などの変化を調べ、軸肥大加工性に対して影響をおよぼす巨視的および微視的な組織の要因究明を通して、次のような有用な結果が得られた。
(1)800℃油焼入れ後、550℃〜675℃の6条件で1.5時間保持後空冷の焼入れ焼戻しにより、軸肥大加工に適した均質なトルースタイトやソルバイト組織が得られることを確認した。
(2)焼戻し温度シャルピー衝撃値・延性の増加および硬さ・引張り強さ・降伏強度の低下し,限界軸肥大率の向上させること明らかにした。
(3)焼戻し温度Tの上昇に伴い,限界軸肥大率は明瞭に増大していく傾向がある。
(4)被加工材の降伏強度に対する圧縮応力の比を一定とする軸荷重条件下では,軸肥大加工における変形速度としてはほぼ一定となる。
(5)軸肥大変形挙動の数式モデルに焼戻しパラメータMを導入することにより、S35Cの任意の焼入焼戻し組織材における軸肥大変形挙動を推測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】軸肥大加工装置を示す全体図
【図2】加工手順を示す説明図
【図3】S35Cの標準組織
【図4】S35Cの焼入れにより得られたマルテンサイト組織
【図5】S35Cの焼戻しで得られたソルバイト組織およびトルースタイト組織 (a)焼戻し温度 T=550℃ (b)焼戻し温度 T=575℃ (c)焼戻し温度 T=600℃ (d)焼戻し温度 T=625℃ (e)焼戻し温度 T=650℃ (f)焼戻し温度 T=675℃
【図6】焼戻し条件M(T,t)とビッカース硬さHVの関係を示すグラフ
【図7】焼戻し温度Tとビッカース硬さHVおよび伸びδとの関係を示すグラフ
【図8】焼戻し温度Tと降伏強さσおよび引張強さσとの関係を示すグラフ
【図9】ビッカース硬さHVと降伏強さσおよび引張強さσとの関係を示すグラフ
【図10】焼戻し温度Tとシャルピー衝撃値ρとの関係を示すグラフ
【図11】焼戻し温度Tと限界肥大率および基準化した限界肥大率との関係を示すグラフ
【図12】焼戻しパラメータMと基準化した限界肥大率との関係を示すグラフ
【図13】軸肥大加工における回転回数と限界肥大率との関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0021】
1 軸肥大加工装置
2 軸回転駆動側スリーブ
3 軸加圧側スリーブ
4 加圧手段
5 偏倚手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中炭素鋼を被加工材として軸肥大加工を行う際に、軸肥大加工を行う前処理として、被加工材がトルースタイトやソルバイトの微細な均質組織となるような調質処理を行うことを特徴とする軸肥大加工における最適な被加工材の前処理。
【請求項2】
請求項1に記載の調質処理を焼入れと焼戻しによる熱処理としたことを特徴とする請求項1記載の軸肥大加工における最適な被加工材の前処理。
【請求項3】
軸肥大加工方法において、肥大加工後の肥大部幅lを
【数1】

ここでlは被加工材の幅の初期値であり、εは限界肥大率(D/D)に対する軸圧縮歪み、Nは回転数、Nは実測値に対し近似して得られる回転時定数とするとともに、
肥大加工後の肥大部直径Dを
【数2】

ここでDは被加工材の直径とし、
焼入れ・焼戻しによる熱処理の影響を軸圧縮歪みεと焼戻しパラメータMとの関係式を
【数3】

とすることにより、熱処理した被加工材の軸肥大変形挙動を推測可能にしたことを特徴とする軸肥大加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−169684(P2007−169684A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−365992(P2005−365992)
【出願日】平成17年12月20日(2005.12.20)
【出願人】(394006129)株式会社いうら (63)
【Fターム(参考)】