説明

金属とポリアミド樹脂組成物の複合体及びその製造方法

【課題】金属との接合部分に関してはナイロン610を主体としつつ、樹脂成形品全体としてはナイロン610の使用量を低減させたポリアミド樹脂組成物と金属の複合体を提供する。
【解決手段】金属合金に表面処理を施してNATの3条件を満たすようにする。次いで金属合金を第1の射出成形金型にインサートし、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物を射出し、第1の複合体を得る。第1の複合体を第2の射出成形金型にインサートし、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物を射出し、最終成形品を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属とポリアミド樹脂組成物の複合体とその製造方法に関する。特に、各種機械加工で作られた金属製の部品と、ポリアミド樹脂組成物の成形品を強固に接合することを可能とするものであり、モバイル用の各種電子機器の筐体、家電機器の筐体、及び機械部品等に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
本発明者等は、予め射出成形金型内にインサートしていた金属部品に、溶融したエンジニアリング樹脂を射出して樹脂部分を成形すると同時に、その成形品と金属部品とを接合する方法(以下、略称して「射出接合」という。)を開発した。特許文献1には、アルミニウム合金に対し、ポリブチレンテレフタレート樹脂(以下、「PBT」という。)を射出接合させる技術、特許文献2には、アルミニウム合金に対し、ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下、「PPS」という。)を射出接合させる技術を開示している。特許文献1及び特許文献2における射出接合の原理を簡単に説明すると以下のとおりである。
【0003】
アルミニウム合金を水溶性アミン系化合物の希薄水溶液に浸漬させ、アルミニウム合金を水溶液の弱い塩基性によって微細エッチングする。この浸漬処理では、アルミニウム合金表面に超微細凹凸が形成されると共に、アルミニウム合金表面へのアミン系化合物分子の吸着が同時に起こる。この表面処理がなされたアルミニウム合金を射出成形金型にインサートし、溶融した熱可塑性樹脂を高圧で射出させる。このとき、熱可塑性樹脂と、アルミニウム合金表面に吸着していたアミン系化合物分子が遭遇することで化学反応する。この化学反応は、この熱可塑性樹脂が低温の金型温度に保たれたアルミニウム合金に接して急冷されて結晶化し固化せんとする物理反応を抑制する。その結果、樹脂は、結晶化や固化が遅れ、その間にアルミニウム合金表面の超微細凹凸に浸入する。このことにより、熱可塑性樹脂は外力を受けてもアルミニウム合金表面から剥がれ難くなる。即ち、アルミニウム合金と形成された樹脂成形品は強固に接合する。別の言い方で、化学反応と物理反応が競争反応の関係になり、この場合は化学反応が優先されるため強固な射出接合が生じると言える。実際、アミン系化合物と化学反応できるPBTやPPSがこのアルミニウム合金と射出接合ができることを確認している。この射出接合のメカニズムを発明者らは「NMT(Nano molding technologyの略)」と称した。
【0004】
また、本発明者らは、特許文献3、4、5、6、及び7に示すように、アミン系化合物の金属合金表面への化学吸着なしに、要するに特段の発熱反応や何らかの化学反応の助力を得ることなしに、射出接合が可能な条件を発見した。即ち、アルミニウム合金以外の金属合金についても、その金属合金と熱可塑性樹脂を射出接合によって強固に接合することができる条件を発見し、この条件に基づく射出接合のメカニズムを「新NMT」と称した。
【0005】
これらの発明は全て本発明者らによる。本発明者らは前述の様に、アルミニウム合金に関する接合理論を「NMT」理論と称し、金属合金全般の射出接合に関しては「新NMT」理論と称している。より広く使用できる「新NMT」の理論仮説は本発明に関係があるので以下詳細に述べる。即ち、強烈な接合力ある射出接合を得るために、金属合金側と射出樹脂側の双方に各々条件があり、まず金属合金側については以下に示す3条件が必要である。
【0006】
[新NMT理論での金属合金側の条件]
第1の条件は、金属合金表面が、化学エッチング手法によって1〜10μm周期の凹凸で、その凹凸高低差がその周期の半分程度まで、即ち0.5〜5μmまでの粗い粗面になっていることである。ただし、実際には、前記粗面で正確に全表面を覆うことはバラツキがあり、一定しない化学反応では難しく、具体的には、粗度計で見た場合に0.2〜20μm範囲の不定期な周期の凹凸で、且つその最大高低差が0.2〜5μmの範囲である粗度曲線が描けることを要する。また、最新型のダイナミックモード型の走査型プローブ顕微鏡で金属合金表面を走査したときには、RSmが0.8〜10μmであり、Rzが0.2〜5μmである粗度面であれば前述した粗度条件を実質的に満たしたものとしている。ここでRSmは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される輪郭曲線要素の平均長さであり、Rzは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される最大高さである。本発明者等は、理想とする粗面の凹凸周期が前述したように、ほぼ1〜10μmであるので、分かり易い言葉として「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と称した。
【0007】
第2の条件は、上記ミクロンオーダーの粗度を有する金属合金表面に、さらに5nm周期以上の超微細凹凸が形成されていることである。言い換えると、ミクロの目で見てザラザラ面であることを要する。当該条件を具備するために、上記金属合金表面に、微細エッチングを行い、前述のミクロンオーダーの粗度をなす凹部内壁面に5〜500nm、好ましくは10〜300nm、より好ましくは30〜100nm(最適値は50〜70nm)周期の超微細凹凸を形成する。
【0008】
この超微細凹凸について述べると、その凹凸周期が10nm以下の周期であると樹脂分の進入が明らかに難しくなる。また、この場合には通常、凹凸高低差も小さくなるので、樹脂側から見て円滑面となる。その結果、スパイクの役目を為さなくなる。又、周期が300〜500nm程度又はこれよりよりも大きな周期なら(その場合、ミクロンオーダーの粗度をなす凹部の直径や周期は10μm近くになると推定される)、ミクロンオーダーの凹部内でのスパイクの数が激減するので効果が効き難くなる。よって、原則としては、超微細凹凸の周期が10〜300nmの範囲であることを要する。しかしながら、超微細凹凸の形状によっては、5nm〜10nm周期のものでも、樹脂がその間に侵入する場合がある。例えば、5〜10nm直径の棒状結晶が錯綜している場合等がこれに該当する。また、300nm〜500nm周期のものでも、超微細凹凸の形状がアンカー効果を生じやすい場合がある。例えば、高さ及び奥行きが数十〜500nmで、幅が数百〜数千nmの階段が無限に連続したパーライト構造のような形状がこれに該当する。このような場合も含め、要求される超微細凹凸の周期を5nm〜500nmと規定した。
【0009】
ここで、従来は上記第1の条件に関して、RSmの範囲を1〜10μm、Rzの範囲を0.5〜5μmと規定していたが、RSmが0.8〜1μm、Rzが0.2〜0.5μmの範囲であっても、超微細凹凸の凹凸周期が、特に好ましい範囲(概ね30〜100nm)に有れば、接合力が高く維持できる。それ故に、RSmの範囲を小さい方にやや広げることとした。即ち、RSmが0.8〜10μm、Rzが0.2〜5μmの範囲とした。
【0010】
さらに、第3の条件は、上記金属合金の表層がセラミック質であることである。具体的には、元来耐食性のある金属合金種に関しては、その表層が自然酸化層レベルかそれ以上の厚さの金属酸化物層であることを要し、耐食性が比較的低い金属合金種(例えばマグネシウム合金や一般鋼材等)では、その表層が化成処理等によって生成した金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であることが第3の条件となる。
【0011】
但し、アルミニウム合金を対象としたNMT理論においては、上記第1の条件〜第3の条件を具備するものに限られない。これら第1の条件〜第3の条件に代えて、アルミニウム合金表面が20〜80nm周期の超微細凹凸で覆われたものであり、且つ、その表面にアミン系化合物が化学吸着しているという条件を満たしたものでもよい。
【0012】
これらを模式的に図にすると図9のようになる。金属合金40の表面にはミクロンオーダーの粗度を成している凹部(C)が形成され、さらにその凹部内壁には超微細凹凸(A)が形成され、表層はセラミック質層41となっており、この超微細凹凸に樹脂組成物42の一部が浸入している。このようにした金属合金表面に液状の樹脂組成物が侵入し、侵入後に硬化すると、金属合金と硬化した樹脂組成物は非常に強固に接合するという簡潔な考え方である。
【0013】
[新NMT理論での樹脂側の条件]
一方、前記表面処理を施した各種金属合金の表面に強い力で射出接合できる樹脂組成物は、前述のようにPBT、PPSに各々異種の高分子をコンパウンドして改良した樹脂組成物と、芳香族ポリアミドを含むポリアミド樹脂混合物の樹脂組成物である(特許文献3〜7)。又、金属合金と熱可塑性樹脂の接合状態を長期間安定的に維持するには両者の線膨張率が近いことが必要である。熱可塑性樹脂組成物の線膨張率はガラス繊維や炭素繊維等の強化繊維を、即ち充填剤を大量に含有させることでかなり低くすることができ、その限界は(2〜3)×10−5−1である。常温付近でこの数値に近い金属はアルミニウム、マグネシウム、銅、銀であり、鋼材やチタン合金等は更に線膨張率が小さい。それでも樹脂側の線膨張率を小さくすることは両者間の線膨張率の差異を小さくして接合力の長期維持に効果的であるから、充填材の添加は重要である。
【0014】
新NMT理論に従って、例えばマグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼等に、PBTやPPS系樹脂を射出接合して得た複合体は、せん断破断力で20〜30MPa(約200〜300kgf/cm)となり、強固な複合体であることが確認されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】WO 03/064150 A1(アルミニウム合金)
【特許文献2】WO 2004/041532 A1(アルミニウム合金)
【特許文献3】WO 2008/069252 A1(マグネシウム合金)
【特許文献4】WO 2008/047811 A1(銅合金)
【特許文献5】WO 2008/078714 A1(チタン合金)
【特許文献6】WO 2008/081933 A1(ステンレス鋼)
【特許文献7】WO 2009/011398 A1(一般鋼材)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明者らは金属合金との射出接合に使用可能な樹脂として、前述のようにPBT及びPPSと、芳香族ポリアミドを含むポリアミド樹脂混合物の系を既に開示している。しかしながら、金属合金との射出接合に使用する樹脂としては、必ずしもポリアミド樹脂自体は適したものとはいえない。エンジニアリングプラスチックとして扱いやすい脂肪族ポリアミド樹脂(いわゆるナイロン樹脂)のナイロン6、ナイロン66等の安価で汎用性のあるポリアミド樹脂は、前記したアルミニウム合金に一応射出接合するが、その接合力は弱いものであったからである。
【0017】
また、ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド樹脂は、高い吸水性に起因する膨張収縮によって、金属合金と一旦接合した場合であっても実際の使用環境下で破壊され易い。本発明者らは、このようなポリアミド樹脂を芳香族ポリアミド樹脂を含むポリアミド樹脂同士の混合コンパウンドとすることで射出接合による接合力は向上し、射出接合に使用可能な樹脂としてPBT、PPSに次いで使用できるようになった。しかしながら、混合コンパウンドとした場合にも前述したように吸水性がPBT、PPSより高いことから、本発明者らは実用化研究に積極的ではなかった。エンジニアリングプラスチックとして適している脂肪族ポリアミド樹脂を金属合金に射出成形して得られる複合体が強力な接合力を示し、かつその接合力が維持できるのであれば、上記脂肪族ポリアミド樹脂の汎用性、コスト性により広範な技術分野に応用することができる。
【0018】
本発明は以上の技術背景のもとになされたものであり、その目的は、脂肪族ポリアミド樹脂を主な樹脂分として含むポリアミド樹脂組成物と金属合金とが射出成形によって強固に一体化した複合体、及びその製造技術を提供することにある。
【0019】
また、電子機器メーカーでは、環境問題の先取りとして電子機器の内部部品等に、耐熱性があって且つハロゲンフリーの樹脂を使用したいとの要望がある。しかし、最も接合力が高く、かつ安定しているPPSは元々ジクロルベンゼンから合成されるので、完全なハロゲンフリーとすることは非常に困難である。それに加えて、PPS等の従来の射出接合用樹脂は、線膨張率を金属並みに近づけるためにガラス繊維等のフィラーを30〜50質量%含めたものにする必要があった。それ故、例えば射出接合で電子機器のシャーシーを作成し、樹脂組成物の成形品を機器内部側のネジ止めボスとした場合、大量の無機フィラーを含む硬いネジ止めボスとなるため、特殊ネジの使用が必要となった。通常の木ネジ型のネジを締め込むとボスが割れるからである。
【0020】
これに対して、紫外線を吸収し易い芳香族ポリアミド樹脂を全く含まない脂肪族ポリアミド樹脂は、難燃剤を使用する場合であってもハロゲンフリーのものが使用でき、その調整が容易である。加えて迅性があってネジ止めボス等に使用し易い脂肪族ポリアミド樹脂の使用は需要側の要請に合っている。また、脂肪族ポリアミド樹脂は柔軟性があるため、ネジ止めボスとした場合、フィラーを多少含んでいても通常の木ネジ型のネジが締め込める。
【0021】
本発明は以上の技術背景もとになされたものであり、その目的は、金属合金に対して射出成形されることで強力に接合し、樹脂分が全て脂肪族ポリアミド樹脂であるポリアミド樹脂組成物を提供すると共に、そのポリアミド樹脂組成物と金属合金との複合体、及びその製造技術を提供することにある。
【0022】
ここで前述した課題を解決すべく本発明者らが、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン610を混合したポリアミド樹脂組成物を使用した射出接合実験を行った結果、後述するように、ナイロン610を使用することで高い接合力を発揮することが確認された。ナイロン610を含んだポリアミド樹脂組成物のうち、射出接合による接合力が最大となったものは、樹脂分中のナイロン610を45質量%前後、ナイロン66又はナイロン6を55質量%前後としたものであった。このポリアミド樹脂組成物は、35.8MPaという極めて高いせん断破断力を示した。そして、ナイロン610のみを樹脂分とするポリアミド樹脂組成物であってガラス繊維を含まないものが20MPa以上のせん断破断力を示した。このような結果から、本発明者らは、ナイロン610に射出接合に関する特別な適性を見いだした。
【0023】
しかしながらナイロン610の主用途は歯ブラシのブラシ部であり、市場流通量はそれほど多くない。それ故に汎用性のあるナイロン6、ナイロン66と比較して、価格は2〜2.5倍と非常に高価である。本発明はこのような課題をも解決するためになされたものであり、その目的は、金属との接合部分に関してはナイロン610を主体としつつ、樹脂成形品全体としてはナイロン610の使用量を低減させたポリアミド樹脂組成物と金属の複合体とその製造技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明者らは、脂肪族ポリアミド樹脂としてナイロン610を選択して、これを樹脂分として含むポリアミド樹脂組成物を射出成形用樹脂として用いた。これにより、金属合金との強固な射出接合が可能となった。ナイロン610を含んだポリアミド樹脂組成物のうちA5052アルミニウム合金との接合力が最大となったのは、表1に示すようにナイロン610を樹脂分の約45質量%、ナイロン66又はナイロン6を約55質量%含むものであり、ガラス繊維を樹脂組成物全体の約30質量%含むものであった。
【0025】
【表1】

【0026】
また、過去に行った実験では、単一の樹脂(即ちPBT樹脂のみ、PPS樹脂のみ、又は芳香族ポリアミド樹脂のみ)のみからなる樹脂組成物を、表面処理したアルミニウム合金に射出成形しても、20MPa以上のせん断破断力を示すことは無かった。しかしながら、本発明者らが行った実験において、ナイロン610のみを樹脂分とするポリアミド樹脂組成物であって、ガラス繊維等の無機充填材を全く含まないものが20MPa以上のせん断破断力を示した。これは従来の樹脂には見られなかった特徴である。
【0027】
脂肪族ポリアミド樹脂の中でナイロン610が金属合金との射出成形に適している理由について推論した結果を示す。ナイロン610は、炭素数6のヘキサメチレンジアミンと炭素数10のセバシン酸の共縮重合反応によって得られる。ペプチド結合の密度は、ナイロン6、ナイロン66に比較して明らかに低いものの、周辺に影響を与える力が強いペプチド結合であるので、平衡時の結晶化率がナイロン610で大きく低下するということは想定できない。その一方で、ナイロン6がε-カプロラクタム(炭素数6)の重縮合反応、ナイロン66がヘキサメチレンジアミン(炭素数6)+アジピン酸(炭素数6)共縮重合反応によって得られる、即ち単位としての炭素数が同一である。これに対し、ナイロン610は炭素数6のヘキサメチレンジアミンと炭素数10のセバシン酸の共縮重合反応によって得られる。即ち双方の炭素数が大きく異なる。従って、ナイロン610が溶融状態から冷えて整列(結晶化)しようとする時に、ナイロン6、ナイロン66と比較して時間を要するであろうことは予想ができる。
【0028】
要するに、ナイロン610の急冷時の結晶化速度はナイロン6、ナイロン66に比較して著しく遅いと推測できるので、射出接合に適した物性を単独でも有しているということになる。これはヘキサメチレンジアミンと炭素数9、11等の末端ジカルボン酸からなるポリアミドを合成したものを射出接合する実験で確認できると考えられる。
【0029】
更に、本発明の射出接合は本発明者らが今までに行ってきた射出接合と異なる点がある。これは複合体を強い力で破断した場合の破断形式の違いである。即ち、過去の射出接合によって得られた金属合金と樹脂(PBT又はPPS等)の複合体では、強い力で複合体を破断した場合、金属合金表面の凹部に食い込んでいた樹脂部分はその凹部入り口付近で引き千切れており、金属合金表面の凹部に侵入していた樹脂部分は金属合金部に居残ることが多かった。ところがナイロン610を使用した射出接合によって得られた複合体を破断した場合、破壊後の金属合金表面に残っている樹脂部分は殆ど観察されなかった。即ち、樹脂成形品は破断するというよりも変形して金属合金表面の凹部から抜け出る形で金属合金表面から剥がれると考えられる。
【0030】
ナイロン610は、硬度がナイロン6、ナイロン66、ナイロン6I(ヘキサメチレンジアミンとイソフタル酸の縮合重合物)、及びナイロン6T(ヘキサメチレンジアミンとテレフタル酸の縮合重合物)等に比較して低い(柔らかい)。柔軟性の根源が炭素数10のセバシン酸部にあることは明らかであるが、結晶化率が低いからかそれとも十分に結晶化はしているが結晶自体が軟質であるかの追求は今後の課題である。ただし、ナイロン610単独でも比較的高いせん断破断力を示すことから、平衡時の結晶化率は低くはないと想定できる。非晶質の高分子ではどのような操作をしても20MPa近傍のせん断破断力を示さなかった。それ故、本発明者らは、ナイロン610の結晶化率は高く、射出接合を確保するだけの十分な硬度又は迅性を有すると推定した。ただし、それでもその硬度はPPSやPBTの結晶に比較すれば軟質であり、強い力で剥がし方向の力を与えた場合、金属合金表面上の凹部から切断することなく変形して抜け落ちるのではないかと推定した。
【0031】
この点は、ポリアミド樹脂の吸湿性に基づく複合体での問題点を解決する可能性を予期させた。一般的には、吸湿したポリアミド樹脂は吸湿分だけ膨張するために金属とポリアミド樹脂の複合体ではその接合面に強い内部歪を生じせしめて、吸湿量が多いと接合は破断に至るのである。ところが、ナイロン610では吸湿性がナイロン66に比較して半分程度であり、吸湿速度は半分以下である。その上、前記したように基本的に迅性があってやや軟質である。この迅性が、吸湿時も含めた内部歪の拡大を抑制できる可能性がある。
【0032】
即ち、前述したナイロン6及びナイロン66等の脂肪族ポリアミド樹脂は、射出成形した場合に金属合金との接合力が弱いのみならず、高い吸湿性に起因する膨張収縮により、一旦、金属合金と接合したものであっても現実の環境下で破壊され易いという問題があった。金属合金との接合力は、上記脂肪族ポリアミド樹脂に芳香族ポリアミド樹脂を混合させたポリアミド樹脂同士の混合コンパウンドを用いることで向上が見込めるが、それでも吸湿性、吸水性はPBT、PPSより高くなっていたため、接合力を維持することは困難である。また、あくまで芳香族ポリアミド樹脂との混合を要するという制限があり、工程の簡素化、低コスト化にも反する。これに対して、ナイロン610は他の脂肪族ポリアミド樹脂と比較して吸湿性自体が低く、かつ迅性があってやや軟質であるため、この迅性が、吸湿時も含めた内部歪の拡大を抑制し、金属合金との接合力維持に寄与すると考えられる。
【0033】
ここでナイロン610の主用途は歯ブラシのブラシ部であり、市場流通量はそれほど多くない。それ故に汎用性のあるナイロン6、ナイロン66と比較して、価格は2〜2.5倍と非常に高価である。本発明者らは、金属との射出接合に直接供される部分にはナイロン610を主体としたポリアミド樹脂組成物を使用し、樹脂成形品中の当該部分以外の部分に関しては、ナイロン6又はナイロン66を主体としたポリアミド樹脂組成物で構成することにより樹脂成形品全体としてのナイロン610の使用量を低減させた。
【0034】
本発明は、前記目的を達成するために次の手段をとる。
本発明の金属合金とポリアミド樹脂組成物の複合体を製造するにあたり、金属合金の表面に、(1)走査型プローブ顕微鏡観察で解析したときに、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を生じさせ、(2)且つ、その粗度を有する面内に、10万倍電子顕微鏡で観察した際に5〜500nm周期の超微細凹凸を形成し、(3)且つ、表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理を行う。この表面処理を施した金属合金を射出成形金型にインサートする。射出成形において、本発明者らは2種のポリアミド樹脂組成物を使用した2色成形法を適用した。
【0035】
[1次成形]
まず1次成形において、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物を、金型にインサートした金属合金に射出接合させる。射出された第1のポリアミド樹脂組成物が前記超微細凹凸に侵入した後に固化することによって前記金属合金と当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品が接合される。ここで使用する金属合金は、アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、及び鉄鋼材から選択されるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
ここで上記第1のポリアミド樹脂組成物は、樹脂分が全て脂肪族ポリアミド樹脂であっても良い。ナイロン610が樹脂分の20〜70質量%を占め、残分はナイロン66又はナイロン6であるポリアミド樹脂組成物を使用したときに強い接合力を発揮した。ナイロン610が樹脂分の30〜50質量%を占め、残分はナイロン66又はナイロン6であるポリアミド樹脂組成物を使用したときに特に強い接合力を発揮した。最も高い接合力を発揮したのは、ナイロン610が樹脂分の約45質量%を占め、残分はナイロン66又はナイロン6であるポリアミド樹脂組成物を使用した場合であった。第1のポリアミド樹脂組成物(ナイロン610が樹脂分の20〜70質量%を占めるもの)は、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の30〜50質量%含むことが好ましい。これにより硬度と接合強度の双方を有する成形品となる。
【0037】
また、第1のポリアミド樹脂組成物として、樹脂分が全て脂肪族ポリアミド樹脂であって、ナイロン610が当該樹脂分の80〜100質量%を占めるものも使用することができる。例えば、ナイロン610が樹脂分の80〜100質量%を占め、残分はナイロン66又はナイロン6であるポリアミド樹脂組成物を使用することができる。さらには、ナイロン610が樹脂分の100質量%を占めるポリアミド樹脂組成物を使用することもできる。第1のポリアミド樹脂組成物(ナイロン610が樹脂分の80〜100質量%を占めるもの)は、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の0〜20質量%含むことが好ましい。
【0038】
なお表1に示すように、樹脂組成物として、ガラス繊維入りナイロン66、ガラス繊維を含まないナイロン610、及び別途追加したガラス繊維が互いによく分散し混ざり合ったコンパウンドペレットを使用した樹脂組成物(5)に比し、ガラス繊維入りナイロン66とガラス繊維を含まないナイロン610をドライブレンドした樹脂組成物(1)の方が、高い射出接合力を示した。これは高分子物理学から言えば特異な現象である。
【0039】
表1に示す樹脂組成物(2)〜(8)の中では、樹脂組成物(5)のせん断破断力が最も高かった(29.8MPa)が、樹脂組成物全体としてはドライブレンドである樹脂組成物(1)のせん断破断力が最高値(35.8MPa)を占めた。樹脂組成物(1)と(5)は樹脂分組成としては同じでありガラス繊維比も大差ない。しかしながら、せん断破断力では6MPaの差が生じた。この現象は、その後に繰り返した試験でも再現しており、熱可塑性樹脂に添加する充填材の分布密度の均一性、別の言い方で充填材密度の分布模様、で樹脂組成物の物性が変化することを示している。
【0040】
その要因として、ドライブレンドからの成形品では1種の海島構造になっていると推定できる。即ち、より硬質なナイロン66とガラス繊維が高濃度同士で集まっている一種のハードセグメント部(島の部分)と、ナイロン66、ナイロン610及びガラス繊維が混ざり合った硬度がやや低いその他の部分(海の部分)が出来たとの想定である。もっと単純化して言えば、ガラス繊維の存在密度が全体で完全均一でなく、全体としてみればガラス繊維添加率の割に硬度が低くなりこれが迅性向上に効いたのではないかとも考えられる。
【0041】
射出成形技術の一般論からすれば、強化繊維や無機粉体等の充填材の添加率は、熱可塑性樹脂の硬度、強度、線膨張率、及び成形収縮率等に直結する。しかし充填材分布が完全均一分散でなく充填材存在密度の濃淡ある部分を島とする海島型均一分散であれば、各種高分子物性への充填材添加率の影響度は変わると予想できる。ここで島部が強化繊維存在密度の高いものなれば、おそらく、硬度、引っ張り弾性率、曲げ弾性率は下り、線膨張率や成形収縮率や吸水率は影響は比較的小さく、引っ張り破断伸びは向上するだろうと推論できる。
【0042】
[2次成形]
次に、2次成形では、第1のポリアミド樹脂組成物の成形品に対して、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物を射出して、第1のポリアミド樹脂組成物と第2のポリアミド樹脂組成物、即ちナイロン同士を直接融着接合させた。第2のポリアミド樹脂組成物として、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含むものであって、充填材を含まないものも使用することができるが、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の10〜50質量%含むことが好ましい。
【0043】
また、第2のポリアミド樹脂組成物として、上記のもの意外にも、脂肪族ポリアミド樹脂と芳香族ポリアミド樹脂の混合物を使用することができる。例えば、ナイロン6Iやナイロン6T等の芳香族ポリアミド樹脂を5〜80質量%含む、脂肪族ポリアミド樹脂と芳香族ポリアミド樹脂の混合型樹脂が多数市販されている。その特徴は高強度で低吸湿ということにあるが、これらも好ましく使用できる。さらには、ナイロン6又はナイロン12が主成分の樹脂組成物であって、粉体磁石を樹脂組成物全体の50〜90質量%含むものも使用することが可能である。これはプラスチックマグネット用の射出成形材料となる。
【0044】
[射出接合の方法]
第1のポリアミド樹脂組成物及び第2のポリアミド樹脂組成物を射出成形する際、2色成形機を使用するのが合理的である。当然、2台射出成形機を使用して、1台で1次成形を行い、もう1台で2次成形を行うようにしても良い。以下では2台の射出成形機を使用して1次成形及び2次成形を行う場合の成形方法について説明する。図10は1次成形を行うための射出成形金型10の断面図であり、図11(a)は1次成形によって得られる複合体30aの平面図、図11(b)は同側面図である。図12は2次成形を行うための射出成形金型20の断面図であり、図13(a)は2次成形によって得られる最終成形品である複合体30bの平面図、図13(b)は同側面図である。
【0045】
最終成形品である複合体30bの成形は次のようにして行う。図10に示す1次成形を行うための射出成形金型10において、先ず可動側型板11を開いて、固定側型板12との間に形成されるキャビティに、所定の表面処理を行った金属合金片31をインサートする。インサートした後、可動側型板11を閉じて図10の樹脂射出前の状態とする。次に、溶融したナイロン610を含む第1のポリアミド樹脂組成物を、ゲートを介して金属合金片31のインサートされたキャビティに射出する。射出されると第1のポリアミド樹脂組成物は金属合金片31と接合しつつキャビティを埋めて成形され、図11に示す金属合金片31と樹脂成形品32が一体化した複合体30aが得られる。複合体30aは、金属合金片31と樹脂成形品32との接合面を有しており、本例では接合面積は約0.5cm(5mm×10mm)である。
【0046】
このようにして得られた複合体30aを、図12に示す2次成形を行うための射出成形金型20の可動側型板21を開いて、固定側型板22との間に形成されるキャビティにインサートする。インサートした後、可動側型板21を閉じて図12の樹脂射出前の状態とする。次に溶融した第2のポリアミド樹脂組成物を、ゲートを介して複合体30aのインサートされたキャビティに射出する。射出されると第2のポリアミド樹脂組成物は樹脂成形品32と融着しつつキャビティを埋めて成形され、図13に示す第1のポリアミド樹脂組成物からなる樹脂成形品32と、第2のポリアミド樹脂組成物からなる樹脂成形品33が直接的に融着した最終複合体30bが得られる。
【0047】
後述する実験例においては、1次成形と2次成形を上述したように異なる射出成形機により行っている。しかしながら、1次成形及び2次成形を2色成形機を使用して行うことも当然に可能である。具体的には同一の固定側型板に複数の形状(ここでは成形品32の形状と成形品33の形状)の型(ここでは第1の型と第2の型とする)を設けておく。そして、可動側型板に金属合金をインサートした状態で第1の型の位置に合わせて、当該金属合金と第1の型により形成される第1のキャビティに対して樹脂を射出して1次成形を行って複合体30aを得る。その後、可動側型板内に複合体30aを残したまま、可動側型板を回転運動させて複合体30aを第2の型の位置に合わせ、当該複合体30a(特に成形品32)と第2の型により形成される第2のキャビティに対して樹脂を射出して2次成形を行う。このような2色成形方法は多く用いられており、これを本発明に適用することも可能である。
【発明の効果】
【0048】
本発明によれば、エンジニアリングプラスチックとして適している脂肪族ポリアミド樹脂を主な樹脂分として含むポリアミド樹脂組成物と金属合金とが射出成形によって強固に一体化した複合体を得ることが可能となる。本発明の複合体は、金属合金とナイロン610を含むポリアミド樹脂組成物が強く接合し一体化したものである。例えば、電子機器のシャーシーとして金属合金を用いる場合、その内部にポリアミド樹脂組成物を射出成形し、その成形品であるボス又はリブ等をシャーシーと強固に接合することが可能である。
【0049】
過去の本発明者らの発明によって、金属合金部品とPPS系樹脂、金属合金部品とPBT系樹脂、金属合金部品と芳香族ポリアミド樹脂含有のポリアミド樹脂を強く射出接合させることが可能となった。これに対して、本発明は全脂肪族ポリアミド樹脂からなるポリアミド樹脂組成物を使用しても、前述した樹脂を使用した場合と同等の接合力が得られることを特徴とするものである。
【0050】
また、紫外線を吸収し易い芳香族ポリアミド樹脂を全く含まず、樹脂分が全て脂肪族ポリアミド樹脂であるポリアミド樹脂組成物と金属合金とを射出成形によって強固に一体化することも可能であるため、完全にハロゲンフリーの複合体を製造することができ、環境対策に寄与することとなる。また、脂肪族ポリアミド樹脂は柔軟性があるため、ネジ止めボスとした場合、フィラーを多少含んでいても通常の木ネジ型のネジが締め込める等、需要者の要請に合致する。
【0051】
さらに、ナイロン610は他の脂肪族ポリアミド樹脂と比較して吸湿性自体が低く、かつ迅性があってやや軟質であるため、この迅性が、吸湿時も含めた内部歪の拡大を抑制し、金属合金との接合力維持に寄与する。ナイロン610が樹脂分の100質量%を占め、且つ無機充填材を含まぬ、全くのナイロン610樹脂そのものでも、乾燥条件下では20MPaのせん断破断力を示した。即ち、他の樹脂と混合する必要もなく、充填材も用いることなく、高い接合力を示したことから、製造工程の短縮化、低コスト化に多大に寄与するものである。本発明によって得られる金属合金形状物と脂肪族ポリアミド樹脂の成形品からなる複合体は、特にモバイル用電子機器、家電製品、機械部品等に用いることが好適で、ハロゲンフリーの複合体である。
【0052】
本発明では、上述したように金属合金との強固な接合力を発揮するナイロン610の特性を応用し、ナイロン610を含む第1のポリアミド樹脂組成物と金属合金を射出接合により一体化した。さらに接合部分以外にはナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を主として含む第2のポリアミド樹脂組成物を使用することにより、成形品全体としての高価なナイロン610の使用比率を低減し、製造コストの低減を図ることができた。
【0053】
本発明によって、例えば、アルミニウム合金製のケースやシャーシーの接合部分にはナイロン610を使用し、接合部分以外にナイロン66を使用したボスを作成することが可能となる。即ち、ナイロン66の成形品が、接合力の高いナイロン610の成形品を介して、ケースやシャーシーと接合していることになる。ナイロン樹脂製のネジ止めボスは、極めて使い勝手がよい。過去に本発明者らはPPS系樹脂を各種金属合金材に射出接合する技術を多数開発した。アルミニウム合金やステンレス鋼では本発明者らの射出接合技術が実用化されており、金属合金製シャーシーにネジ止めボスを射出接合するケースが多くある。このときにPPS系樹脂を使用することによる問題が生ずる場合がある。
【0054】
即ち、射出接合に使用するPPS系樹脂は、PPSの他に急冷時の結晶化速度を遅くする目的で加えた樹脂を含んでおり、更に固化後の線膨張率を金属合金に近づける為に20〜40質量%のガラス繊維を含ませている。これにより、固化したPPS系樹脂は硬く、この樹脂で作成した穴あきボスに通常の家電組み立て用ネジをねじ込むとボスが割れる等のトラブルが起こり易い。それ故切り込み型のネジ山を持った特定のネジのみしか使用できないという制約があった。
【0055】
これと比較してナイロン6、ナイロン66で構成したネジ止めボスは極めて使い勝手がよい。結晶化率が高く、相当の硬度がありながら靭性が高いというポリアミド樹脂自体の特徴はこのような用途に適している。結晶性樹脂といえども結晶化しているのは全体の半分以下の比率であり、ミクロンレベルの種々の形状をした無数の結晶粒とその結晶間の隙間に残された結晶化出来なかった非晶部で樹脂部が成り立っている。結晶粒そのものは硬質と見られるから含有されたガラス繊維も含めて樹脂組成物を硬質にするが、非晶質の部分は結合力も互いの親和力も強いペプチド結合製高分子が交錯しており、これが強い靭性の要因になると推定される。このようなことから、ナイロン6やナイロン66製の穴あきボスは家電、電子機器等に多用されている。
【0056】
さらに本発明をプラスチックマグネットの製造に応用することが可能である。プラスチックマグネットは高い磁力を得るため、通常はマグネットの含有量が80質量%以上ある。従って熱伝導率が高い為に固化が早く、射出接合した場合に高い接合力を得ることが出来なかった。しかしながら、プラスチックマグネットの中にはベース樹脂にナイロン6、ナイロン12を使用している物もあり、これらの樹脂とナイロン610を含むポリアミド樹脂との融着強度が得られれば、ナイロン610を介した金属とプラスチックマグネットの複合体を得ることができる。プラスチックマグネットは家電製品の小型モーターやコンプレッサーの電磁弁、自動車のスライドドアセンサー等に使用されており、用途は広い。金属との接合は以前から求められていた分野であり、本発明の接合技術を使用することによって上記問題が解決可能である。
【0057】
このように、本発明は、従来は吸湿性が高く、吸湿や乾燥による膨張収縮が激しいために実用化できなかった金属合金へのナイロン6、ナイロン66の射出接合を、ナイロン610を介在することにより可能としたものである。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、苛性ソーダ水溶液でエッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチング処理したA5052アルミニウム合金片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図2】図2は、苛性ソーダ水溶液でエッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチング処理したA7075アルミニウム合金片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図3】図3は、有機カルボン酸水溶液でエッチングし、過マンガン酸カリ水溶液で化成処理したAZ31Bマグネシウム合金片の10万倍電子顕微鏡写真である。
【図4】図4は、硫酸・過酸化水素水溶液でエッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で酸化処理したKFC銅合金片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図5】図5は、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングした純チタン系チタン合金KS−40片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図6】図6は、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングしたα−β型チタン合金KSTI−9片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図7】図7は、硫酸水溶液でエッチングしたステンレス鋼SUS304片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図8】図8は、硫酸水溶液でエッチングし、過マンガン酸カリ系水溶液で化成処理した冷間圧延鋼材SPCC鋼材片の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真である。
【図9】図9は、新NMTの条件に適合する金属合金と樹脂組成物が射出接合したときの表面構造を示す断面図である。
【図10】図10は1次成形を行うための射出成形金型の断面図である。
【図11】図11(a)は1次成形によって得られる複合体の平面図、図11(b)は同側面図である。
【図12】図12は2次成形を行うための射出成形金型の断面図である。
【図13】図13(a)は2次成形によって得られる最終成形品である複合体の平面図、図13(b)は同側面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0059】
[金属合金]
前述の「新NMT」に基づく表面構造を具備する金属合金としては、理論上特にその種類に制限はない。しかし、実際に「新NMT」を適用できるのは、硬質で実用的な金属合金である。本発明者等は、アルミニウム、マグネシウム、銅、チタン、及び鉄を主成分とする金属合金種に関して「新NMT」が適用可能であることを確認した。特許文献1及び2にアルミニウム合金に関する記載をした。特許文献3にマグネシウム合金に関する記載をした。特許文献4に銅合金に関する記載をした。特許文献5にチタン合金に関する記載をした。特許文献6にステンレス鋼に関する記載をした。特許文献7に一般鋼材に関する記載をした。しかし、「新NMT」ではアンカー効果により接合力の向上を図っているので、少なくともこれらの金属合金種に限定されるものではない。以下、金属合金表面を「新NMT」の条件に適合する表面構造とするための表面処理工程について述べる。
【0060】
(化学エッチング)
この表面処理工程における化学エッチングは、金属合金表面にミクロンオーダーの粗度を生じさせることを目的とする。腐食には全面腐食、孔食、疲労腐食など種類があるが、その金属合金に対して全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。文献記録(例えば「化学工学便覧(化学工学協会編集)」)によれば、アルミニウム合金は塩基性水溶液、マグネシウム合金は酸性水溶液、ステンレス鋼や一般鋼材全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、これらの塩、等の水溶液で全面腐食するとの記録がある。
【0061】
又、耐食性の強い銅合金は、高濃度の硝酸水溶液や強酸性とした過酸化水素などの酸化性酸や酸化剤配合液によって全面腐食させられるし、チタン合金は蓚酸や弗化水素酸系の特殊な酸で全面腐食させられることが専門書や特許文献から散見される。実際に市場で販売されている金属合金類は、純銅系銅合金や純チタン系チタン合金のように純度が99.9%以上で合金とは言い難い物もあるが、これらも本発明の金属合金に含まれる。実際に使用されている金属合金の殆どは、特徴的な物性を求めて多種多用な元素が混合されて純金属系の物は少なく、実質的にも合金である。
【0062】
即ち、金属合金の殆どは、元々の金属物性を低下させることなく耐食性を向上させることを目的として純金属から合金化されたものである。それ故、金属合金によっては、前記酸・塩基類や特定の化学物質を使っても、目標とする化学エッチングができない場合もよくある。実際には使用する酸・塩基水溶液の濃度、液温度、浸漬時間、場合によっては添加物を工夫しつつ試行錯誤して適正な化学エッチングを行うことになる。
【0063】
化学エッチング法については、特許文献1及び2にアルミニウム合金に関する記載、特許文献3にマグネシウム合金に関する記載、特許文献4に銅合金に関する記載、特許文献5にチタン合金に関する記載、特許文献6にステンレス鋼に関する記載、特許文献7に一般鋼材に関する記載をした。
【0064】
実際に行う作業として全般的に共通する点を説明する。金属合金を所定の形状に形状化した後、当該金属合金用の脱脂剤を溶かした水溶液に浸漬して脱脂し、水洗する。この工程は、金属合金を形状化する工程で付着した機械油や指脂の大部分を除くための処理であり、常に行うことが好ましい。次いで、薄く希釈した酸・塩基水溶液に浸漬して水洗するのが好ましい。これは本発明者等が予備酸洗浄や予備塩基洗浄と称している工程である。一般鋼材のように酸で腐食するような金属合金では、塩基性水溶液に浸漬し水洗する。また、アルミニウム合金のように塩基性水溶液で特に腐食が早い金属合金では、希薄酸水溶液に浸漬し水洗する。これらは、化学エッチングに使用する水溶液と逆性のものを前もって金属合金に付着(吸着)させる工程であり、その後の化学エッチングが誘導期間なしに始まることになって処理の再現性が著しく向上する。それ故にこの予備酸洗浄、予備塩基洗浄工程は本質的なものではないが、実務上、採用することが好ましい。これらの工程の後に化学エッチング工程を行う。
【0065】
(微細エッチング・表面硬化処理)
また上記表面処理工程における微細エッチングは、金属合金表面に超微細凹凸を形成することを目的とする。また本発明における表面硬化処理は、金属合金の表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とすることを目的とする。金属合金種によっては前記化学エッチングを行っただけで同時にナノオーダーの微細エッチングもなされ、超微細凹凸が形成される場合がある。さらに、金属合金種によっては表面の自然酸化層が元よりも厚くなって表面硬化処理も完了している場合もある。例えば、純チタン系のチタン合金は化学エッチングだけを行うことで、表面がミクロンオーダーの粗度を有し、且つ超微細凹凸も形成される。即ち、化学エッチングと併せて微細エッチングもなされる。しかし、多くは化学エッチングによりミクロンオーダーの大きな凹凸面を作った後で微細エッチングや表面硬化処理を行う必要がある。
【0066】
この時でも予測できない化学現象に見舞われることが多い。即ち、表面硬化処理や表面安定化処理を目的に化学エッチング後の金属合金に酸化剤等を反応させたり化成処理をしたとき、得られる表面に偶然ながら超微細凹凸が形成される場合がある。マグネシウム合金を過マンガン酸カリ系水溶液で化成処理した場合に生じた酸化マンガンとみられる表面層は10万倍電子顕微鏡でようやく判別つく5〜10nm直径の棒状結晶が錯綜したものである。この試料をXRD(X線回折計)で分析したが、酸化マンガン類由来の回折線は検出できなかったが、表面が酸化マンガンで覆われていることはXPS分析で明らかである。XRDで検出できなかった理由は、結晶が検出限界を超えた薄い層であったからである。要するに、マグネシウム合金では表面硬化処理としての化成処理を施したことで、微細エッチングも併せて完了していたことになった。
【0067】
銅合金でも同様で、塩基性下の酸化で表面を酸化第2銅に変化させる表面硬化処理を行ったところ、純銅系銅合金では、その表面は楕円形の穴開口部で覆われた特有の超微細凹凸面になる。一方、純銅系でない銅合金では凹部型でなく10〜150nm径の粒径物又は不定多角形状物が連なり、一部融け合って積み重なった形の超微細凹凸面になる。この場合でも表面の殆どは酸化第2銅で覆われており、表面の硬化と超微細凹凸の形成が同時に起こる。
【0068】
一般鋼材に関しては、更なる検証が必要ではあるものの、ミクロンオーダーの粗度を形成するための化学エッチングだけで超微細凹凸も併せて形成されていることが多く、元来表層(自然酸化層)が硬いこともあって、表面硬化処理や微細エッチング処理を改めて行わずとも、「新NMT」の条件を備える場合があった。その際の問題は、自然酸化層の耐食性が十分でないために射出接合工程までに腐食が開始してしまうこと、また、接合後の環境如何では短時間で接合力が低下することであった。これらは化成処理によって防ぐことができる。
【0069】
また、本発明者らは、一般に、化成処理によって金属合金表面に形成された被膜(化成被膜)の膜厚が厚いと、接合力が低下することが多いことを確認している。前記のマグネシウム合金に付着した酸化マンガン薄層のように、XRDで回折線が検出されないような薄層である方が、強い接合力が得られる。一般鋼材でも、化成処理時間を更に長くして化成処理層を厚くすれば、接合力は長期間低下しないと考えられる。しかしながら化成皮膜を厚くすれば、接合力自体が低下する。従って、どの程度でバランスを取るかは、使用目的、用途等にもよる。以下各種金属合金の表面処理方法について詳述する。
【0070】
[表面処理の具体例]
(アルミニウム合金の表面処理)
アルミニウム合金の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。本発明に特有な脱脂処理は必要なく、市販のアルミニウム合金用脱脂材の水溶液を使用する。即ち、アルミニウム合金で常用されている脱脂処理で良い。脱脂材によって異なるが、一般的な市販品では、濃度5〜10%として液温を50〜80℃とし、これにアルミニウム合金を5〜10分間浸漬する。
【0071】
これ以降の工程は、アルミニウム合金に珪素が比較的多く含まれる合金と、これらの成分が少ない合金とでは処理方法が異なる。ここでは珪素分が少ないアルミニウム合金の処理方法に関して説明する。即ち、A1050、A1100、A2014、A2024、A3003、A5052、A7075等の展伸用アルミニウム合金では、以下のような処理方法が好ましい。即ち、アルミニウム合金を、酸性水溶液に短時間浸漬して水洗し、アルミニウム合金の表層に酸成分を吸着させるのが、次の化学エッチングを再現性良く進める上で好ましい。この処理を予備酸洗工程といい、使用液は、硝酸、塩酸、硫酸等、安価な鉱酸の1%〜数%濃度の希薄水溶液が使用できる。次いで、強塩基性水溶液に浸漬する化学エッチングを行った後、水洗する。この化学エッチングでは、1%〜数%濃度の苛性ソーダ水溶液を30〜40℃にして、これにアルミニウム合金を数分浸漬するのが好ましい。
【0072】
この化学エッチングにより、アルミニウム合金表面に残っていた油脂や汚れがアルミニウム合金表層と共に剥がされる。この剥がれと同時に、この表面にはミクロンオーダーの粗度を有するようになる。即ち、RSmが0.8〜10μm、Rzが0.2〜5.0μmの凹凸面となる。次に、再度酸性水溶液に浸漬し、水洗することでナトリウムイオンを除くのが好ましい。本発明者等はこれを中和工程と呼んでいる。この酸性水溶液として数%濃度の硝酸水溶液が特に好ましい。
【0073】
中和工程を経たアルミニウム合金に最終処理である微細エッチングを行う。微細エッチングでは、アルミニウム合金を、水和ヒドラジン、アンモニア、及び水溶性アミン化合物のいずれか1つ以上を含む水溶液に浸漬する。その後水洗し、70℃以下で乾燥するのが好ましい。これは、中和工程で行う脱ナトリウムイオン処理によって表面がやや変化し、粗度は保たれるがその表面がやや円滑になったことに対する粗面の復活策でもある。水和ヒドラジン水溶液等の弱塩基性水溶液に、短時間浸漬して微細エッチングする。ミクロンオーダーの粗度に係る凹部内壁面に、40〜50nm周期の超微細凹凸を多数形成させることが特に好ましい。
【0074】
ここで、水洗後の乾燥温度を例えば100℃以上の高温にすると、仮に乾燥機内が密閉的であると、沸騰水とアルミニウム間で水酸化反応が生じ、表面が変化してベーマイト層が形成される。これは丈夫な表層といえないため好ましくない。表面のベーマイト化を防ぐには、90℃以下、好ましくは70℃以下で温風乾燥するのが好ましい。70℃以下で乾燥した場合、XPSによる表面元素分析でアルミニウムのピークからアルミニウム(3価)しか検出できず、市販のA5052、A7075アルミニウム合金板材等のXPS分析では検出できるアルミニウム(0価)は消える。XPS分析は、金属表面から1〜2nm深さまでに存在する元素が検出できるので、この結果から、水和ヒドラジンやアミン系化合物の水溶液に浸漬し、その後水洗して温風乾燥することで、アルミニウム合金が持っていた本来の自然酸化層(1nm厚さ程度の酸化アルミニウム薄層)が微細エッチングでより厚くなったことが確認された。少なくとも自然酸化層と異なって、2nm以上の厚さであることが確認された。
【0075】
(アルミニウム合金の表面処理(NMT))
上記の処理は「新NMT」における第1の条件〜第3の条件を具備するようにするための処理である。前述したように、アルミニウム合金を対象とした「NMT」においては、第1の条件〜第3の条件に代えて、アルミニウム合金表面が20〜80nm周期の超微細凹凸で覆われたものであり、且つ、その表面にアミン系化合物が化学吸着しているというの条件を満たしたものでもよい。この条件に適合させる場合、上記化学エッチングは必須の処理ではなく、上記微細エッチングのみでも良い。しかしながら、化学エッチングを行うことで熱可塑性樹脂組成物との接合力をさらに向上させる効果がある。特に1000番系アルミニウム合金(純アルミニウム合金系)以外のアルミニウム合金では有効である。
【0076】
(マグネシウム合金の表面処理)
マグネシウム合金の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。具体的には、市販のマグネシウム合金用脱脂材の水溶液を使用する。一般的な市販品では、濃度5〜10%、液温を50〜80℃とし、これにマグネシウム合金を5〜10分浸漬する。
【0077】
次に、マグネシウム合金を酸性水溶液に短時間浸漬する化学エッチングを行い、水洗する。脱脂工程で除き切れなかった汚れを含めマグネシウム合金表層が剥がされ、同時にミクロンオーダーの粗度が生じる。即ち、走査型プローブ顕微鏡で走査したときに、RSmが0.8〜10μm、Rzが0.2〜5μmの凹凸が検出される。上記化学エッチング用の水溶液としては、1%〜数%濃度のカルボン酸又は鉱酸の水溶液を使用することができる。特にクエン酸、マロン酸、酢酸、硝酸等の水溶液が好ましい。化学エッチングでは、通常マグネシウム合金に含まれるアルミニウムや亜鉛は、溶解せず黒色のスマットとしてマグネシウム合金表面に付着残存するから、次に弱塩基性水溶液に浸漬してアルミニウムスマットを溶解して除き、次に強塩基水溶液に浸漬して亜鉛スマットを溶解して除くのが好ましい。
【0078】
このようにしてスマットを溶解排除したマグネシウム合金を化成処理する。即ち、マグネシウムは、イオン化傾向の非常に高い金属であるから空気中の湿気と酸素による酸化速度が他の金属に比べて速い。マグネシウム合金には、自然酸化膜があるが耐食性の点から見て十分強いものではなく、通常の環境下でも容易に酸化腐食が進行する。それ故、一般的には、マグネシウム合金は、クロム酸や重クロム酸カリウム等の水溶液に浸漬して酸化クロムの薄層で全面を覆う(クロメート処理と呼ばれる)か、又はリン酸を含むマンガン塩の水溶液に浸漬して、リン酸マンガン系化合物で全面を覆う処理を行って、腐食防止処置を行う。これらの処置をマグネシウム業界では化成処理と呼んでいる。
【0079】
要するに、マグネシウム合金に行う化成処理とは、金属塩を含む水溶液にマグネシウム合金を浸漬して、その表面を金属酸化物及び/又は金属リン酸化物の薄層で覆う処置を言う。現在では、6価のクロム化合物を使用するクロメート型の化成処理は環境汚染の観点から忌避されており、ノンクロメート処理と言われるクロム以外の金属塩を使用した化成処理、実際には、前記したリン酸マンガン系化成処理、又は珪素系化成処理が行われる。本発明ではこれらの方法と相違して、弱酸性とした過マンガン酸カリの水溶液を、化成処理用水溶液として使用するのが特に好ましい。この場合、表面を覆う皮膜(化成皮膜という)は、二酸化マンガンとなる。
【0080】
具体的な処理法としては、上述したようにスマットを除いたマグネシウム合金を非常に希薄な酸性水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗し、表層の塩基性成分を除く。その後に化成処理用水溶液に浸漬して水洗し、乾燥する方法が好ましい。前記の希薄な酸性水溶液として、0.1〜0.3%濃度のクエン酸又はマロン酸水溶液を使用する。この水溶液に常温付近で1分程度浸漬するのが好ましい。化成処理用水溶液としては、過マンガン酸カリを1.5〜3%、酢酸を1%前後、及び酢酸ナトリウムを0.5%前後含む水溶液を、温度40〜50℃で使用するのが好ましく、この水溶液では浸漬時間は1分程度が好ましい。これらの操作により、マグネシウム合金はニ酸化マンガンの化成皮膜で覆われたものとなり、その表面は、ミクロンオーダーの粗度を有し、且つナノオーダーの超微細凹凸が形成されたものとなる。
【0081】
図3は、上記処理を施したマグネシウム合金表面の10万倍の電子顕微鏡写真である。これらの超微細凹凸形状を、文章で表現するのは困難であるが、敢えて言えば、この超微細凹凸形状は、5〜20nm径で10〜30nm長さの棒状又は球状突起が無数に生えた直径80〜120nmの球状物が、不規則に積み重なった形状であるといえる。約10nm径の棒状(針状)物質は、電子顕微鏡観察の結果からは、完全に結晶であるといえるものであるが、X線回折装置(XRD)による分析ではマンガン酸化物で見られる回折線は認められなかった。
【0082】
X線回折装置(XRD)は、結晶の量が少ないと検出できないので、今のところこれらが結晶であるか否かの判断はできない。少なくとも、これらをアモルファス(非結晶)というには形が整い過ぎているため、アモルファスではないと判断される。なお、XPS分析からは、マンガン(イオンであり0価のマンガンではない)と酸素の大きなピークが認められ、表層はマンガン酸化物であることは間違いない。この表面は、色調が暗色であり、二酸化マンガンが主体のマンガン酸化物である。
【0083】
(銅合金の表面処理)
銅合金の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。具体的には、市販の銅合金用脱脂材の水溶液を使用する。また、市販の鉄用、ステンレス用、又はアルミニウム合金用の脱脂剤も使用できる。更には工業用又は一般家庭用の中性洗剤を溶解した水溶液も使用できる。通常は、市販の脱脂剤又は中性洗剤を水に溶解して数%〜5%濃度とし、この水溶液の温度を50〜70℃とし、これに銅合金を5〜10分浸漬し、水洗する。
【0084】
次に、銅合金を40℃前後に保った数%濃度の苛性ソーダ水溶液に浸漬した後に水洗する予備塩基洗浄をするのが好ましい。更に、銅合金を過酸化水素と硫酸を含む水溶液に浸漬する化学エッチングを行い、水洗する。この化学エッチングは、20℃〜常温付近の、硫酸、過酸化水素の両方を共に数%含む水溶液を使用するのが好ましい。このときの浸漬時間は、合金種によって異なるが、数分〜20分である。この化学エッチング工程で、殆どの銅合金でミクロンオーダーの粗度が獲得される。即ち走査型プローブ顕微鏡で解析して、RSmが0.8〜10μm、Rzが0.2〜5μmとなる、
【0085】
次に、上記化学エッチング工程を経た銅合金の表面を酸化させる表面硬化処理を行う。電子部品業界では黒化処理と呼ばれている方法が知られているが、本発明で実施する表面効果処理は、その目的と酸化程度が黒化処理とは異なるものの、処理の内容自体は同じである。化学的に言えば、銅合金の表面層を強塩基性下で酸化剤によって酸化する。銅原子を酸化剤でイオン化した場合に、周りが強塩基性であると水溶液に溶解せず黒色の酸化第2銅になる。銅合金製部品をヒートシンクや発熱材部品として使用する場合、表面を黒色化して輻射熱の放熱や吸熱での効率を向上させている。この処理を、銅を使用する電子部品業界では黒化処理と呼んでいる。本発明の表面硬化処理にもこの黒化処理が利用できる。但し、本発明における表面硬化処理の目的は、一定の粗さを有する銅合金の表面にナノオーダーの超微細凹凸を形成し 且つ表層を硬質とすることにある(即ち微細エッチング及び表面硬化処理を行うこと)であるから、文字通り黒色化することではない。
【0086】
本発明においても黒化処理と同様に、市販の黒化剤を、市販メーカーの指示する濃度、温度で使用する。但し、本発明における浸漬時間は、上記電子部品業界における黒化処理と比較して極めて短時間である。浸漬時間を異ならせて表面硬化処理を行い、各表面硬化処理後の銅合金表面を電子顕微鏡観察し、適した浸漬時間を特定した。具体的な条件としては、亜塩素酸ナトリウムを5%前後、苛性ソーダを5〜10%含む水溶液を60〜70℃として使用するのが好ましく、その場合の浸漬時間は0.5〜1.0分程度が好ましい。これらの操作により、銅合金は酸化第2銅の薄層で覆われたものとなる。そして表面を電子顕微鏡で観察すると、ミクロンオーダーの粗度を有し、その表面には直径が10〜150nmの円状の穴及び長径又は短径が10〜150nmの楕円状の穴が形成される。そして、この円状の穴及び楕円状の穴が、30〜300nm周期で全面に存在する超微細凹凸形状となる。要するに、この表面硬化処理を行うと、超微細凹凸と表面硬化層の双方が同時に得られることになる。なお、表面硬化処理において、処理液への浸漬時間を2〜3分にすると却って樹脂組成物との接合力が低下した。このことから、表面硬化処理を長時間行うことは、却って接合力を弱くし、好ましくないことが確認された。
【0087】
ここで、純銅系の銅合金(例えばC1020)では、前述した化学エッチングの結果で得られる粗面は、RSmが10μmを超えることが多い。また、RSmが10μm以下であっても、当該RSmは純銅系以外の銅合金と比較して明らかに大きかった。そして、そのRSmが大きい割りにはRzが明らかに小さい(例えばRSmが8μmに対してRzが0.4μm等)。特に、銅分が高純度であるC1020(無酸素銅)等の金属結晶粒径の大きいものでは、前述したようにRSmが大きくなることが明らかに多く、凹凸周期と金属結晶粒径の大きさに直接的な相関関係があると推定された。純銅系銅合金の化学エッチングでは、金属結晶粒界から銅の侵食が起こっていることを観察結果から特定することができた。何れにせよ、RSmの範囲が10μmより大きければ本発明の第1の条件を満たさない。また、RSmの範囲が10μm以下であっても、当該RSmとの比較でRzが明らかに小さければアンカー効果が生じにくく、本発明の効果が発揮されにくい。実際に接合実験を行った場合でも、結晶粒径の特に大きいもの、例えば無酸素銅(例えばC1020)では、前述した化学エッチングと表面硬化処理を行っただけでは強い接合力を発揮できなかった。
【0088】
そこで本発明者らは、一旦表面硬化処理まで終えた純銅系銅合金について、Rzが比較的小さいと判断したものに関しては、再度の化学エッチング及び再度の表面硬化処理を行った。当該再度の化学エッチングは最初の化学エッチングより短時間で良い。その結果、RSmは10μm以下となり、Rzは数μ以上となった。また、電子顕微鏡観察によると、超微細凹凸は繰り返し処理をしない場合と変わらない。
【0089】
(チタン合金の表面処理)
チタン合金の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。特殊なものは必要なく、具体的には、市販の鉄用脱脂剤、ステンレス用脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂材、マグネシウム合金用脱脂剤等の一般的な脱脂剤を使用することができる。また、市販されている工業用の中性洗剤を溶解した水溶液も使用できる。通常は、市販の脱脂剤又は中性洗剤を水に溶解して数%濃度とし、この水溶液の温度を60℃前後とし、これにチタン合金を浸漬した後、水洗する。その後、塩基性水溶液に浸漬して水洗し、予備塩基洗浄することが好ましい。
【0090】
次に、還元性の酸の水溶液に浸漬して化学エッチングするのが好ましい。具体的には、チタン合金を全面腐食させ得る還元性酸として、蓚酸、硫酸、弗化水素酸等を使用できる。このうちエッチング速度が速いのは弗化水素酸である。故に効率を重視する場合には弗化水素酸を使用する。ただし弗化水素酸は、人間の肌に触れると侵入して骨に至り、痛みが数日続くことがある。要するに塩酸等とは異なる問題があり、労働環境面からは弗化水素酸の使用を避けるほうが好ましい。
【0091】
好ましいのは、弗化水素酸より遥かに安全な扱いができる弗化水素酸の半中和物の1水素2弗化アンモニウムである。1水素2弗化アンモニウムの1%前後の水溶液を、温度50〜60℃として、これに数分浸漬した後、水洗する処理方法が好ましい。1水素2弗化アンモニウム水溶液による化学エッチングは、ミクロンオーダーの粗度を得るために行ったが、電子顕微鏡観察や最新分析機器による観察では、化学エッチング後の水洗と乾燥により、チタン合金表面は、不思議な形状の超微細凹凸形状となり、且つ、表面は酸化チタン薄層で覆われたものとなることが分かった。要するに、別途の微細エッチング及び表面硬化処理は不要であった。
【0092】
1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングし、水洗し、更にこれを乾燥したチタン合金の分析例を示す。まず走査型プローブ顕微鏡による走査解析結果を得た。ここでは20μm角の正方形面積内を走査して、RSmが1.8μm、Rzが0.9μという結果だった。又、同じ処理をした物の1万倍、10万倍電子顕微鏡写真の例を図5(上:1万倍,下:10万倍)に示した。ここでは、高さ及び幅が10〜300nm、長さが10nm以上の山状又は連山(山脈)状凸部が10〜350nm周期で全面に存在する非常にユニークで不思議な超微細凹凸形状が示された。
【0093】
又、XPS分析によると、大きな酸素、チタンのピークが得られ表面の化合物は明らかに酸化チタンであることが分かった。ただし表面色調は暗褐色であり、チタン(3価)酸化物か、又はチタン(3価)とチタン(4価)の混合酸化物の薄膜とみられた。即ち、エッチング前は金属色であり、この表面はチタンの自然酸化層であるが、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングした後は、自然酸化層でない暗色の酸化チタン層に変化した。この酸化チタン層をアルゴンイオンビームで十〜数十nmエッチングし、エッチング後の面をXPS分析した。このXPS分析で、チタン酸化物層の厚さが判明したが、この厚さは明らかに自然酸化層の厚さより厚く、1水素2弗化アンモニウム水溶液によって純チタン系チタン合金をエッチングした場合で、50nm以上とみられた。
【0094】
しかも表面から内部に向かってチタンイオンの価数が減少しており、表面の4価又は3価と4価の混合状態から内部に向かって2価が増え、更に2価が減って0価の金属に至ることが分かった。要するに、チタン酸化物である酸化膜は単純なチタン酸化物層でなく、チタン価数が表面から連続的に減ってゼロ価に達したような連続変化層であり、別の表現では、まるで酸素が表面から染み込んだように、表面は濃く内部に向かって薄くなる連続変化層であった。このような金属酸化膜と金属合金との間には明確な境界がないため、酸化膜層と金属合金層の接合力は極めて強固である。故に両者を引き剥がす力に対して充分な耐性を有しているといえる。
【0095】
なお、純チタン系チタン合金以外のチタン合金の具体的な処理法は、前述した処理法と同様であるが、還元性の強酸水溶液によるエッチング時に生じる発生期の水素ガスによって、少量添加物として含まれている他金属が還元されて不溶物、いわゆるスマットを生じることがある。スマットの多くは、その後に数%濃度の硝酸水溶液に浸漬することで溶解除去することができる。但し、合金によっては硝酸水溶液に溶解しないスマットも生じるので、その場合は水洗時に超音波をかけて洗浄するのが好ましい。
【0096】
純チタン系チタン合金以外の合金を、一水素二弗化アンモニウムでエッチングし、スマット除去したものの表面形状は、前述した図5の写真に比較し、その表面形状を言語表現することが難しい表面形状になる。アルミニウムを含有するα−β型チタン合金の例を、図6(上:1万倍,下:10万倍)の写真に示す。ここにはチタン合金らしい(図5に似た)超微細凹凸がない円滑なドーム状部分が観察されるが、植物の枯葉のような形状の不思議な形状が観察された。この表面全体は、前述した第2の条件として好ましい10〜300nm周期の超微細凹凸で覆われているというものではなく、より周期の大きいもの(「微細凹凸」と呼ぶ)が観察され、この微細凹凸自体が滑らかであった。
【0097】
しかしながら、この表面中の、円滑なドーム状部分は別として、枯葉形状部は薄くて湾曲しており、これに硬度があれば強力なスパイク形状となる。α−β型チタン合金表面は、前述した新NMTにおける第2の条件(5nm〜500nm周期の超微細凹凸)に合致しない部分が殆どだが、このスパイク形状によって第2の条件で求めている超微細凹凸の役割を果たしうると考えられる。この表面のスパイク形状は大きいため、むしろ新NMTで求めている第1の条件で要求するミクロンオーダーの粗度(表面粗さ)にも関係してくる。このスパイク形状によって、走査型プローブ顕微鏡で見て、第1の条件(RSmが0.8〜10μm,Rzが0.2〜5μm)を満たす粗度面が形成されている。なお、第2の条件からやや外れて凹凸周期が大きいので、10万倍の電子顕微鏡写真では表面の全体像を掴むことができない。表面観察は、1万倍以下の倍率写真を撮って観察した。即ち、図6(上)のように1万倍の電子顕微鏡で見て、少なくとも10μm角以上の面積を見ることである。そうすれば、円滑なドーム形状と湾曲した枯葉形状の双方が存在する微細凹凸形状が観察される。またXPSによる分析から、表層はチタンとアルミニウムを含む金属酸化物の薄層であることが確認された。
【0098】
(ステンレス鋼の表面処理)
ステンレス鋼の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。特殊な脱脂剤は必要なく、市販されている一般的なステンレス鋼用の脱脂剤、鉄用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、又は市販の一般向け中性洗剤を使用できる。通常は、市販の脱脂剤又は中性洗剤を水に溶解して数%濃度とし、この水溶液の温度を40〜70℃とし、これにステンレス鋼を5〜10分浸漬した後、水洗する。次に、このステンレス鋼を数%濃度の苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後に、水洗し、この表面に塩基性イオンを吸着させるのが好ましい。この予備塩基洗浄によって、次の化学エッチングの再現性がよくなるからである。
【0099】
ステンレス鋼は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、ハロゲン化金属塩等の水溶液で全面腐食する。化学エッチングを行う場合、ステンレス鋼の種類によって、その浸漬条件を変化させればよい。ここで、焼き鈍し等で硬度を下げて構造的に金属結晶粒径を大きくした物では、結晶粒界が少なくなっており、全面腐食させてミクロンオーダーの粗度を得るのが困難である。このような場合、単に腐食が進行する浸漬条件にするだけでは、化学エッチングが意図したレベルまで進まず、何らかの添加剤を加えるなどの工夫が必要である。何れにせよ、ミクロンオーダーの粗度を有する部分が大くを占める表面を獲得するように化学エッチングを行う。
【0100】
SUS304であれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として、これに数分間浸漬する方法が好ましく、この処理方法により、本発明で要求するミクロンオーダーの粗度が得られる。また、SUS316では、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として、これに5〜10分間浸漬するのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液も化学エッチングに適しているが、この水溶液を高温化すると酸の一部が揮発し、周囲の鉄製構造物を腐食する恐れがあるほか、局所排気しても排気ガスに何らかの処理が必要になる。その意味で硫酸水溶液の使用がコスト面で好ましい。ただし、鋼材によっては、硫酸単独の水溶液では全面腐食の進行が遅すぎる場合がある。このような場合、硫酸水溶液にハロゲン化水素酸を添加することが効果的である。そしてステンレス鋼では、化学エッチングを行うことで微細エッチングも同時に達成される。
【0101】
前記の化学エッチングの後に、十分水洗することでステンレス鋼の表面は自然酸化し、腐食に耐える表層に再度戻るため、特に表面硬化処理は行う必要がない。しかし、ステンレス鋼表面の金属酸化物層をより厚く強固なものにするべく、酸化性の酸、例えば硝酸等の酸化剤、即ち、硝酸、過酸化水素、過マンガン酸カリ、塩素酸ナトリウム等の水溶液に浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。
【0102】
実際に、ステンレス鋼を硫酸水溶液で化学エッチングした例を図7に示す。表面には適切なエッチングによりミクロンオーダーの粗度が形成される。その表面を電子顕微鏡観察すると超微細凹凸で覆われていることが分かる。要するに、ステンレス鋼では、化学エッチングだけで微細エッチングも同時に達成される。図7では、直径20〜70nmの粒径物、不定多角形状物等が積み重なった形状が認められ、この1万倍写真(図7(上))、及び10万倍写真(図7(下))のいずれも、火山周辺で溶岩が流れて形成される溶岩台地の斜面のガラ場に酷似していた。超微細凹凸で覆われたステンレス鋼表面をXPS分析すると、酸素、鉄の大きなピークと、ニッケル、クロム、炭素、モリブデンの小さなピークが認められた。要するに、表面は通常のステンレス鋼と全く同じ組成の金属の酸化物であり、同様の耐食面で覆われている。
【0103】
(鉄鋼材の表面処理)
鉄鋼材の表面処理に際して、まず脱脂処理を行う。SPCC、SPHC、SAPH、SPFH、SS材等のように市販されている鉄鋼材では、これら鉄鋼材用として市販されている脱脂剤、ステンレス鋼用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、又は市販の一般向け中性洗剤を使用できる。通常は、市販の脱脂剤又は中性洗剤を水に溶解して数%濃度とし、この水溶液の温度を40〜70℃とし、これに鉄鋼材を5〜10分浸漬した後、水洗する。次に、希薄な苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。この予備塩基洗浄によって、次の化学エッチングの再現性がよくなるからである。
【0104】
鉄鋼材全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、これらの塩、等の水溶液で全面腐食する。化学エッチングを行う場合、鉄鋼材の種類によって、その浸漬条件を変化させればよい。SPCCであれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を50℃として、これに数分間浸漬することが好ましい。これは、ミクロンオーダーの粗度を得るための化学エッチング工程である。SPHC、SAPH、SPFH、SS材では、前者より硫酸水溶液の温度を10〜20℃上げて化学エッチングするのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液も化学エッチングに適しているが、前述した問題がある。それ故に硫酸水溶液の使用がコスト面で好ましい。
【0105】
〈表面処理方法I:化学エッチングのみ〉
前述した化学エッチングの後に水洗して乾燥し、電子顕微鏡写真で観察すると、高さ及び奥行きが50〜500nmで、幅が数百〜数千nmの階段が無限段に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが多い。これは鉄鋼材が一般に有するパーライト構造が露出したものとみられる。具体的には、前記の化学エッチング工程で硫酸水溶液を適当な条件で使用したとき、ミクロンオーダーの粗度を成す凹凸面が得られると同時に、階段状の超微細凹凸も同時に形成されることが多い。このようにミクロンオーダーの粗度と超微細凹凸の形成が一挙に為される場合、前記化学エッチング後に十分水洗してから水を切り、温度90〜100℃以上の高温で急速乾燥させたものは、そのまま使用できる。表面に変色した錆は出ず、綺麗な自然酸化層となる。
【0106】
但し、自然酸化層のみでは一般環境下での耐食性は不十分と考えられる。乾燥状態で保管することが必要である上に、当該鉄鋼材と樹脂組成物の複合体も長期間にわたって接合力を維持できない。化学エッチング後の鉄鋼材同士を1液性エポキシ接着剤で接着した接合体を1ヶ月放置した後、破断試験をしたところ、接着当初と比較して接着力が低下していた。このことから、表面安定化処理が必要であることを確認した。
【0107】
〈表面処理方法II:アミン系分子の吸着〉
前述した化学エッチングの後で水洗し、アンモニア、ヒドラジン、又は水溶性アミン系化合物の水溶液に浸漬し、水洗し、乾燥する。そしてアンモニア等の広義のアミン系物質は、鉄鋼材に残存する。乾燥後の鉄鋼材をXPSで分析すると窒素原子が確認される。それ故に、アンモニアやヒドラジンを含む広義のアミン類が鉄鋼材表面に化学吸着していると推定した。10万倍電子顕微鏡での観察結果では、表面に薄い膜状の異物質が付着しているので、鉄のアミン系錯体が生じている可能性がある。
【0108】
何れにせよ、これらアミン系分子の吸着又は反応は、水分子の吸着や鉄の水酸化物生成反応より優先しているようである。その意味で、少なくとも射出接合を行うまでの数日〜数週間は、水分の吸着とその反応による錆の発生を抑えられる。加えて、接合力の維持に関しても、「表面処理方法I」より優れており、接合体を4週間放置したものでは接合力の低下はなかった。
【0109】
使用するアンモニア水、ヒドラジン水溶液、又は水溶性アミンの水溶液の濃度や温度は、厳密な条件設定が殆ど必要ない。具体的には、0.5〜数%濃度の水溶液を常温下で用い、0.5〜数分浸漬し、水洗し、乾燥することで効果が得られる。工業的には、若干臭気があるが安価な1%程度濃度のアンモニア水か、又は臭気が小さく効果が安定的な水和ヒドラジンの1%〜数%の水溶液が好ましい。
【0110】
〈表面処理方法III:化成処理〉
化学エッチングを経た鉄鋼材又は化学エッチング及び上記アミン系分子の吸着を行った鉄鋼材を水洗した後、6価クロム化合物、過マンガン酸塩、又はリン酸亜鉛系化合物等を含む水溶液に浸漬して水洗する。この化成処理により、鉄鋼材表面がクロム酸化物、マンガン酸化物、亜鉛リン酸化物等の金属酸化物や金属リン酸化物で覆われて耐食性が向上する。これは、鉄鋼材の耐食性向上方法としてよく知られている方法である。ただし、本発明における化成処理の目的は、完全な耐食性の確保ではなく、射出接合が行われるまでに少なくとも充分な耐食性を有しており、接合後も接合部分に経時的な支障が起こりにくくすることである。要するに、化成皮膜を厚くした場合には、耐食性の観点からは好ましいが、接合力という観点からは好ましくないのである。化成皮膜は必要であるが、硬いが脆いという性質があるので、厚過ぎると接合力は逆に弱くなる。
【0111】
三酸化クロムの希薄水溶液に鉄鋼材を浸漬して水洗し、乾燥した場合、表面は酸化クロム(III)で覆われる。その表面は均一な膜状物で覆われるのではなく、10〜30nm径で同等高さの突起状物もほぼ100nm程度の距離を置いて生じていた。また、弱酸性に調整した数%濃度の過マンガン酸カリの水溶液も好ましく使用できた。鉄鋼材の表面が高い接合力を獲得するには、化成皮膜を薄くすることが必要である。そのための条件を探索した結果、いずれの水溶液を使用する場合であっても、概ね数%濃度の水溶液を温度45〜60℃にして、これに鉄鋼材を0.5〜数分浸漬することであった。
【0112】
[接合実験]
以下、脂肪族ポリアミド樹脂を使用した射出接合実験の結果を示す。
(a)X線表面観察(XPS観察)
数μm径の表面を深さ1〜2nmまでの範囲で構成元素を観察する形式のESCA「AXIS−Nova(クレイトス(米国)/株式会社 島津製作所(日本国京都府)製)」を使用した。
(b)電子顕微鏡観察
SEM型の電子顕微鏡「S−4800(株式会社 日立製作所製)」及び「JSM−6700F(日本電子株式会社(日本国東京都)製)」を使用し1〜2KVにて観察した。
(c)走査型プローブ顕微鏡観察
ダイナミックフォース型の走査型プローブ顕微鏡「SPM−9600(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(d)X線回折分析(XRD分析)
「XRD−6100(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(e)複合体の接合強度の測定
引っ張り試験機で複合体を引っ張ってせん断力を付加し、複合体が破断するときの破断力をせん断破断力として測定した。引っ張り試験機として「MODEL−1323(アイコーエンジニアリング株式会社(日本国)製)」を使用し、引っ張り速度10mm/分でせん断破断力を測定した。
【0113】
[実験例1](A5052アルミニウム合金片の表面処理)
市販の厚さ1.6mmのアルミニウム合金板材「A5052」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のA5052片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を投入して濃度7.5%の水溶液(60℃)とした。これに前記A5052片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の塩酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬し、水洗した。次いで前記A5052片を、67℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0114】
前記と同じ処理をしたA5052片を電子顕微鏡観察したところ、30〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図1に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによるとRSmは1.8〜2.6μm、Rzは0.3〜0.5μmであった。
【0115】
[実験例2](A7075アルミニウム合金片の表面処理)
市販の厚さ3mmのアルミニウム合金板材「A7075」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のA7075片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス株式会社(日本国東京都)製)」を投入して濃度7.5%の水溶液(60℃)とした。これに前記A7075片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の塩酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を4分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に3%濃度の硝酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記A7075片を2分浸漬し、水洗した。次いで5%濃度の過酸化水素水溶液(40℃)を用意し、これに前記A7075片を5分浸漬し、水洗した。次いで前記A7075片を、67℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0116】
前記と同じ処理をしたA7075片を電子顕微鏡観察したところ、40〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図2に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによるとRSmは3〜4μm、Rzは1〜2μmであった。
【0117】
[実験例3](AZ31Bマグネシウム合金片の表面処理)
市販の厚さ1mmのマグネシウム合金板材「AZ31B」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のAZ31B片を多数作成した。槽の水に市販のマグネシウム合金用脱脂剤「クリーナー160(メルテックス株式会社製)」を投入して濃度7.5%の水溶液(65℃)とした。これに前記AZ31B片を5分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に1%濃度の水和クエン酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記AZ31B片を6分浸漬してよく水洗した。次いで別の槽に1%濃度の炭酸ナトリウムと1%濃度の炭酸水素ナトリウムを含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬してよく水洗した。続いて別の槽に15%濃度の苛性ソーダ水溶液(65℃)を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に0.25%濃度の水和クエン酸水溶液(40℃)を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬して水洗した。次いで過マンガン酸カリを2%、酢酸を1%、水和酢酸ナトリウムを0.5%含む水溶液(45℃)を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬し、15秒水洗した。次いで前記AZ31B片を、90℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0118】
前記と同じ処理をしたAZ31B片を電子顕微鏡観察したところ、5〜20nm径の棒状結晶が複雑に絡み合って100nm径程度の塊となり、その塊が面を作っている超微細凹凸形状で覆われている箇所があった。電子顕微鏡を10万倍として観察したときの写真を図3(a)及び(b)に示した。又、走査型プローブ顕微鏡で走査して粗度観測を行ったところRSmが2〜3μm、Rzが1〜1.5μmであった。
【0119】
[実験例4](KFC銅合金片の表面処理)
市販の厚さ1.5mmの鉄含有銅合金板材「KFC(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のKFC片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KFC片を5分浸漬し、水洗した。次いで1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液(40℃)に前記KFC片を1分浸漬して水洗することで予備塩基洗浄した。次いで銅合金用エッチング材「CB5002」を20%分、30%過酸化水素水を18%分含む水溶液(25℃)をエッチング用水溶液として用意し、これに前記KFC片を8分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記KFC片を1分浸漬してよく水洗した。次いで、前記KFC片を再び前記エッチング用水溶液に1分浸漬して水洗した後、前記酸化用水溶液に1分浸漬してよく水洗した。その後、前記KFC片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0120】
前記と同じ処理をしたKFC片を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、RSmは1.5〜2μm、Rzは0.2〜0.5μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図4に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在する超微細凹凸形状で全面が覆われていた。
【0121】
[実験例5](KS40チタン合金片の表面処理)
市販の厚さ1mmの純チタン型チタン合金板材「KS40(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のKS40片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KS40片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に1水素2弗化アンモニウムを40%含む万能エッチング材「KA−3(株式会社 金属化工技術研究所(日本国東京都)製)」を2%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KS40片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで前記KS40片を3%濃度の硝酸水溶液に1分浸漬し、水洗した。その後、前記KS40片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0122】
前記と同じ処理をしたKS40片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。その結果、RSmは3〜4μm、Rzは1〜2μmであった。個々の凹凸の高低差は0.5〜1.5μmのものが大部分であった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図5に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。電子顕微鏡での観察から、幅と高さが10〜数百nmで長さが数百〜数μmの湾曲した連山状突起が間隔周期10〜数百nmで面上に林立している超微細凹凸形状であることが分かった。さらに、XPSによる分析から、表面には酸素とチタンが大量に観察され、少量の炭素が観察された。これらから表層は酸化チタンが主成分であることが分かり、しかも暗色であることから3価のチタンの酸化物と推定された。
【0123】
[実験例6](KSTi−9チタン合金片の表面処理)
市販の厚さ1mmのα−β型チタン合金板材「KSTi−9(株式会社 神戸製鋼所製)」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のKSTi−9片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KSTi−9片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダ1.5%濃度の水溶液(40℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に、市販汎用エッチング試薬「KA−3」を2重量%溶解した水溶液(60℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。KSTi−9片に黒色のスマットが付着していたので、3%濃度の硝酸水溶液(40℃)に3分浸漬し、次いで超音波を効かしたイオン交換水に5分浸漬してスマットを落とした。その後、再び3%濃度の硝酸水溶液に0.5分浸漬し、水洗した。次いで前記KSTi−9片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。乾燥後のKSTi−9片に金属光沢はなく暗褐色であった。
【0124】
上記処理をしたKSTi−9片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によるとRSmは4〜6μm、Rzは1〜2μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図6に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。その様子は実験例5の図5に酷似した部分に加え、表現が難しい枯葉状の部分が多く見られた。
【0125】
[実験例7](SUS304ステンレス鋼片の表面処理)
市販の厚さ1mmのステンレス鋼板材「SUS304」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のSUS304片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記SUS304片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。続いて別の槽に98%硫酸を10%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SUS304片を5分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで、前記SUS304片を、5%濃度の過酸化水素水溶液(40℃)に5分浸漬して水洗した。次いで前記SUS304片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0126】
前記と同じ処理をしたSUS304片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると、山谷間隔は2〜6μm、RSmは4μm前後であり、Rzは0.2〜1μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図7に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。電子顕微鏡による観察から、表面が直径20〜70nmの粒径物や不定多角形状物が積み重なった形状、言わば溶岩台地斜面ガラ場状の超微細凹凸形状で覆われており、且つその被覆率は約90%であった。更に別の1個をXPS分析にかけた。このXPS分析から、表面には酸素と鉄が大量に、又、少量のニッケル、クロム、炭素、ごく少量のモリブデン、珪素が観察された。これらから表層は金属酸化物が主成分であることが分かった。この分析パターンはエッチング前のSUS304と殆ど同じであった。
【0127】
[実験例8](SPCC鋼材片の表面処理)
市販の厚さ1.6mmの冷間圧延鋼板材「SPCC」を入手し、切断して45mm×18mmの長方形のSPCC片を多数作成した。槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SPCC片を5分浸漬して水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に1.5%苛性ソーダ水溶液(40℃)を用意し、これに前記SPCC片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に98%硫酸を10%含む水溶液(50℃)を用意し、これに前記SPCC片を6分浸漬し、イオン交換水で十分に水洗した。次いで前記SPCC片を、1%濃度のアンモニア水(25℃)に1分浸漬して水洗した。次いで前記SPCC片を、2%濃度の過マンガン酸カリ、1%濃度の酢酸、及び0.5%濃度の水和酢酸ナトリウムを含む水溶液(45℃)に1分浸漬して十分に水洗した。その後、前記SPCC片を、90℃とした温風乾燥機内に15分入れて乾燥した。
【0128】
前記と同じ処理をしたSPCC片を走査型プローブ顕微鏡で観察した。走査解析によると、RSmが1〜3μm、Rzが0.3〜1.0μmであった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図8に示した((a):1万倍,(b):10万倍)。10万倍電子顕微鏡による観察結果から、高さ及び奥行きが50〜500nmで幅が数百〜数千nmの階段が無限に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが分かる。パーライト構造が剥き出しになった様子であり化成処理層はごく薄いことが分かる。
【0129】
[実験例9](樹脂組成物(1)の調整)
市販のガラス繊維45%入りのナイロン66樹脂「アミランCM3001G45(東レ株式会社製)」とガラス繊維不含のナイロン610樹脂「アミラン2001(東レ株式会社製)」を入手した。ヘンシェルミキサーに「アミランCM3001G45」70質量部、「アミラン2001」30質量部を取って混合した。これで樹脂分組成としてナイロン66が56質量%、ナイロン610が44質量%を占めており、ガラス繊維を全体の31.5質量%含む樹脂組成物が得られた。但し、ドライブレンドであるからナイロン同士、及びガラス繊維が何処まで均一に混合するかは射出成形機の運転法にも影響されることが予期された。これを樹脂組成物(1)とした。
【0130】
[実験例10](A5052アルミニウム合金との射出接合試験)
図10に示すように、実験例1の表面処理を施したA5052片を140℃に加熱した1次成形用の射出成形金型にインサートし、このA5052片に対して実験例9で作成した樹脂組成物(1)を射出温度280℃で射出した。これにより、図11に示すA5052片31と樹脂組成物(1)の成形品32が接合された複合体30aを得た。この複合体30aの接合面積は0.5cmであった。
【0131】
次に図12に示すように、この複合体30aを1次成形後から1時間以内に2次成形用の射出成形金型にインサートし、この樹脂成形品部分32に対してガラス繊維45%入りのナイロン66樹脂「アミランCM3001G45(東レ株式会社製)」を射出温度280℃で射出した。これにより、図13に示す樹脂組成物(1)の成形品32にナイロン66樹脂の成形品33が接合された複合体30bを得た。ここで樹脂組成物(1)の成形品32とナイロン66樹脂の成形品33との接合面積は、0.15cm(幅5mm×高さ3mm)となる。
【0132】
2次成形から4時間以内に、最終成形品である複合体30bを150℃とした熱風乾燥機に1時間入れてエージングし、放冷した。このエージングは射出接合時によく行われる操作であり、その目的は、射出接合後に生じる各材料の成形収縮や放冷による収縮で起こる接合面の内部歪を除くことである。2次成形から3日後に、3個の複合体30bを引っ張り試験機で破壊して、引っ張り断破断力を測定した。その結果、3個平均で18MPaの引っ張り破断力を示した。全ての複合体30bに関して、破断は樹脂組成物(1)の成形品32とナイロン66樹脂の成形品33との接合部分で生じていた。
【0133】
[実験例11〜17](各種金属合金との射出接合試験)
A5052片に換えて、実験例2〜8の表面処理を施したA7075片、AZ31B片、KFC片、KS40片、KSTi−9片、SUS304片、及びSPCC片を用いて、実験例10と同様の実験を行った。その結果を表2に示す。全ての実験において、破断は樹脂組成物(1)の成形品32とナイロン66樹脂の成形品33との接合部分で生じていた。これは樹脂融着の接合面積が0.15cmに過ぎず、金属合金片31と樹脂組成物(1)の成形品32との接合面積0.5cmと比較して小さかったことによる。即ち、全ての複合体について、2種の樹脂成形品間の熱融着力を測定するのと同様の結果となった。表2に示すように、引っ張り破断力は17.2〜19.3MPaの範囲であり、バラつきは小さかった。
【0134】
【表2】

【0135】
本発明では、前述した表1に示すように各種金属合金とナイロン610を含む第1のポリアミド樹脂組成物を強固に接合させることができる。これはナイロン610の特性を活用したことによるものであり、両者の強固な接合が達成されている結果として、第1のポリアミド樹脂組成物とナイロン66の接合力が問題となる。この表2に示す結果では、いずれもの複合体においても18MPa前後の高い破断力を示していることから、金属合金との接合部分のみをナイロン610で構成し、他の樹脂部分をナイロン6又はナイロン66で構成した複合体は多くの用途に使用可能である。
【0136】
[実験例18](アルミニウム合金との射出接合試験)
図10に示すように、実験例1の表面処理を施したA5052片を140℃に加熱した1次成形用の射出成形金型にインサートし、このA5052片に対して実験例9で作成した樹脂組成物(1)を射出温度280℃で射出した。これにより、図11に示すA5052片31と樹脂組成物(1)の成形品32が接合された複合体30aを得た。この複合体30aの接合面積は0.5cmであった。
【0137】
次に図12に示すように、この複合体30aを1次成形後から1時間以内に2次成形用の射出成形金型にインサートし、この樹脂成形品部分32に対してマグネットを80質量%含むナイロン12を射出温度280℃で射出した。これにより、図13に示す樹脂組成物(1)の成形品32にナイロン12樹脂の成形品33が接合された複合体30bを得た。ここで樹脂組成物(1)の成形品32とナイロン12樹脂の成形品33との接合面積は、0.15cm(幅5mm×高さ3mm)となる。
【0138】
2次成形から4時間以内に、最終成形品である複合体30bを150℃とした熱風乾燥機に1時間入れてエージングし、放冷した。このエージングは射出接合時によく行われる操作であり、その目的は、射出接合後に生じる各材料の成形収縮や放冷による収縮で起こる接合面の内部歪を除くことである。2次成形から3日後に、3個の複合体30bを引っ張り試験機で破壊して、引っ張り断破断力を測定した。その結果、3個平均で15MPaの引っ張り破断力を示した。全ての複合体30bに関して、破断は樹脂組成物(1)の成形品32とプラスチックマグネット成形品33との接合部分で生じていた。
【0139】
[実験例19〜25](各種金属合金との射出接合試験)
A5052片に換えて、実験例2〜8の表面処理を施したA7075片、AZ31B片、KFC片、KS40片、KSTi−9片、SUS304片、及びSPCC片を用いて、実験例18と同様の実験を行った。その結果を表3に示す。全ての実験において、破断は樹脂組成物(1)の成形品32とプラスチックマグネット成形品33との接合部分で生じていた。これは樹脂融着の接合面積が0.15cmに過ぎず、金属合金片31と樹脂組成物(1)の成形品32との接合面積0.5cmと比較して小さかったことによる。即ち、全ての複合体について、2種の樹脂成形品間の熱融着力を測定するのと同様の結果となった。表3に示すように、引っ張り破断力は13.2〜16.8MPaの範囲であり、バラつきは小さかった。
【0140】
【表3】

【0141】
本発明では、前述した表1に示すように各種金属合金とナイロン610を含む第1のポリアミド樹脂組成物を強固に接合させることができる。これはナイロン610の特性を活用したことによるものであり、両者の強固な接合が達成されている結果として、第1のポリアミド樹脂組成物とナイロン12樹脂の接合力が問題となる。この表2に示す結果では、いずれもの複合体においても15MPa前後の高い破断力を示していることから、金属合金との接合部分のみをナイロン610で構成し、他の樹脂部分をプラスチックマグネットで構成した複合体は多くの用途に使用可能である。
【符号の説明】
【0142】
10:射出成形金型(1次成形用)
20:射出成形金型(2次成形用)
30a:複合体
30b:最終複合体
31:金属合金片
32:第1のポリアミド樹脂組成物
33:第2のポリアミド樹脂組成物
40:金属合金
41:セラミック質層
42:樹脂組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属とポリアミド樹脂組成物の複合体であって、
前記金属の表面は、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、その粗度を有する面内には5〜500nm周期の超微細凹凸が形成され、且つ、表層が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であり、
前記ポリアミド樹脂組成物は、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物の成形品から構成され、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は前記超微細凹凸に侵入した状態で固化していることによって当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と前記金属が強固に接合しており、前記第2のポリアミド樹脂組成物の成形品は、当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品に接合されていることを特徴とする前記複合体。
【請求項2】
請求項1に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記金属は、アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、及び鉄鋼材から選択されるいずれか1種であることを特徴とする前記複合体。
【請求項3】
金属とポリアミド樹脂組成物の複合体であって、
前記金属はアルミニウム合金であって、
その表面は、20〜80nm周期の超微細凹凸で覆われたものであり、且つ、当該表面には窒素元素が吸着しており、
前記ポリアミド樹脂組成物は、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物の成形品から構成され、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は前記超微細凹凸に侵入した状態で固化していることによって当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と前記金属が強固に接合しており、前記第2のポリアミド樹脂組成物の成形品は、当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品に接合されていることを特徴とする前記複合体。
【請求項4】
金属とポリアミド樹脂組成物の複合体であって、
前記金属はα−β型チタン合金であって、
その表面は、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、10μm角の面積内に円滑なドーム形状と湾曲した枯葉形状の双方が存在する微細凹凸が形成され、且つ、表層が、主としてチタン及びアルミニウムを含む金属酸化物の薄層であり、
前記ポリアミド樹脂組成物は、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物の成形品から構成され、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は前記微細凹凸に侵入した状態で固化していることによって当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と前記金属が強固に接合しており、前記第2のポリアミド樹脂組成物の成形品は、当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品に接合されていることを特徴とする前記複合体。
【請求項5】
請求項1ないし4から選択される1項に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は、樹脂分が全て脂肪族ポリアミド樹脂であることを特徴とする前記複合体。
【請求項6】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の10〜70質量%を占め、残分はナイロン66及びナイロン6から選択される1種以上からなることを特徴とする前記複合体。
【請求項7】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の20〜70質量%を占め、残分はナイロン66及びナイロン6から選択される1種以上からなることを特徴とする前記複合体。
【請求項8】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の30〜50質量%を占め、残分はナイロン66及びナイロン6から選択される1種以上からなることを特徴とする前記複合体。
【請求項9】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の80〜100質量%を占めることを特徴とする前記複合体。
【請求項10】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の80〜100質量%を占め、残分はナイロン66及びナイロン6から選択される1種以上かならることを特徴とする前記複合体。
【請求項11】
請求項5に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物中の樹脂分は、ナイロン610が当該樹脂分の100質量%を占め、且つ、当該第1のポリアミド樹脂組成物中には充填材が含まれないことを特徴とする前記複合体。
【請求項12】
請求項6に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の30〜50質量%含むことを特徴とする前記複合体。
【請求項13】
請求項9に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第1のポリアミド樹脂組成物は、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の0〜20質量%含むことを特徴とする前記複合体。
【請求項14】
請求項1ないし4から選択される1項に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第2のポリアミド樹脂組成物は、充填材として炭素繊維、ガラス繊維、ボロン繊維、炭酸カルシウム、ドロマイト、タルク、ガラス粉、及びクレーから選択される1種以上を樹脂組成物全体の10〜50質量%含むことを特徴とする前記複合体。
【請求項15】
請求項1ないし4から選択される1項に記載した金属とポリアミド樹脂組成物の複合体において、
前記第2のポリアミド樹脂組成物は、ナイロン6及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含み、粉体磁石を樹脂組成物全体の50〜90質量%含むことを特徴とする前記複合体。
【請求項16】
金属の表面に、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を生じさせ、且つ、その粗度を有する面内に、5〜500nm周期の超微細凹凸を形成し、且つ、表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理を行う表面処理工程と、
前記表面処理工程を経た金属を第1の射出成形金型にインサートする第1のインサート工程と、
インサートされた前記金属の表面に、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物を射出し、当該射出された第1のポリアミド樹脂組成物が前記超微細凹凸に侵入した後に固化することによって、前記金属と当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品が接合された第1の複合体が得られる第1の接合工程と、
前記第1の複合体を第2の射出成形金型にインサートする第2のインサート工程と、
インサートされた第1の複合体を構成する前記第1のポリアミド樹脂組成物の成形品に対して、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物を射出し、前記成形品と融着させる第2の接合工程と、
を含むことを特徴とする金属とポリアミド樹脂組成物の複合体の製造方法。
【請求項17】
金属の表面に、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を生じさせ、且つ、その粗度を有する面内に、5〜500nm周期の超微細凹凸を形成し、且つ、表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理を行う表面処理工程と、
前記表面処理工程を経た金属を射出成形金型の可動側型板にインサートするインサート工程と、
インサートされた前記金属と前記射出成形金型の固定側型板に設けられた第1の型との組み合わせにより形成される第1のキャビティに、ナイロン610を樹脂分の10〜100質量%含む第1のポリアミド樹脂組成物を射出し、当該射出されたポリアミド樹脂組成物が前記超微細凹凸に侵入した後に固化することによって前記金属と当該第1のポリアミド樹脂組成物の成形品が接合され、第1の複合体が得られる第1の接合工程と、
前記第1の接合工程後、前記可動側型板に前記第1の複合体を固定した状態で当該第1の複合体を前記固定側型板に設けられた第2の型の位置に移動させる移動工程と、
前記移動工程後、第1のポリアミド樹脂組成物の成形品と前記第2の型との組み合わせにより形成される第2のキャビティに、ナイロン6、ナイロン66、及びナイロン12から選択される1種以上を樹脂分の90〜100質量%含む第2のポリアミド樹脂組成物を射出し、前記成形品と融着させる第2の接合工程と、
を含むことを特徴とする金属とポリアミド樹脂組成物の複合体の製造方法。

【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−156764(P2011−156764A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−20634(P2010−20634)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】