説明

金属の冷間引抜き加工方法、及び引抜き材の製造方法

【課題】化成処理による下地を必要としない高い潤滑性を有する潤滑被膜を形成させるとともに、該潤滑被膜が形成された素材の引抜き加工性を向上させることのできる冷間引抜き方法及び引抜き材の製造方法を提供する。
【解決手段】潤滑被膜が表面に形成された金属の冷間引抜き加工方法であって、加工に供される被加工材が、素材と、素材の表面に形成された膜厚が1000μm以下の酸化スケールと、酸化スケールの上にさらに積層されて形成された前記潤滑被膜と、を有し、潤滑被膜が、樹脂と、該樹脂中に分散されたワックス粒子とを含む樹脂層を備え、樹脂が、樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%含有されるとともに、ガラス転移温度が30℃以下で、かつ典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の管、線又は棒等の金属の冷間引抜き加工方法及び該金属の管、線又は線等の引抜き材の製造方法に関する。さらに詳しくは、加工に供される被加工材に高い潤滑性を有する潤滑被膜を形成して引抜き加工し、それにより摩擦を低減し、例えば加工動力を減らしたり、摩耗や焼付きの抑制による工具の寿命延長及び製品品質を向上させたりすることのできる金属の冷間引抜き加工方法及び引抜き材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に金属管、金属線又は金属棒の冷間引抜き加工では、素材と工具との金属接触により生ずる摩擦を低減し、焼き付きやかじりを防止する目的で、液状または固体状の潤滑剤が使用されている。通常、冷間での引抜き加工に使用される潤滑剤は、被加工材及び工具の材質、加工方法、面圧、加工速度、表面粗度、作業環境等に応じて使い分けられ、大別すると二種類ある。一つは、金属表面に物理的に付着させる潤滑剤で、もう一つは化学反応により金属表面にキャリア被膜を生成させた後、滑剤を付着させる潤滑剤である。
【0003】
物理的に付着させる潤滑剤としては、例えば鉱油、植物油または合成油を基油にして極圧剤を添加したもので素材表面に付着させた後そのまま引抜き加工を行うものを挙げることができる。また、他にも、金属石けん、黒鉛又は二硫化モリブデン等の固体潤滑剤をバインダー成分と共に水に分散させたもので、被加工材表面に付着させた後乾燥して引抜き加工を行うものもある。これらの潤滑剤は塗布や浸漬により潤滑被膜を形成でき、液管理もほとんど必要がない等の利点がある。
【0004】
他方、化学反応により形成される潤滑剤による処理はいわゆる化成被膜処理と呼ばれるものであり、化学反応により素材表面にキャリアとしての役割を持つリン酸塩等の被膜を生成させた後、滑剤としてステアリン酸ナトリウムやステアリン酸カルシウム等の反応石けんまたは非反応石けん等による処理が行われる。この種の潤滑剤は、キャリアとしての化成被膜と滑剤との二層構造を持っており、高い耐焼き付き性を示す。そのため潤滑剤として伸線、伸管、鍛造などの塑性加工分野において非常に広い範囲で使用されてきた。
【0005】
しかしながら、化成被膜処理は化学反応であるため、化学反応性に乏しい物質の処理が難しく、処理可能なものについても複雑な液管理が必要である。加えて、形成される化成被膜上に滑剤を塗布するため、水洗や酸洗いまでを含めると多数の処理工程が必要である。また、処理の際に使用される洗浄水や化成被膜から多量の廃液が出ること及び化学反応を制御するため加熱が必要であることから、設備投資や操業に多額の費用がかかる。
【0006】
以上のような問題点を解決するため、例えば特許文献1には、水溶性樹脂被膜を形成する塑性加工用潤滑剤が開示され、薄鋼板に代表される被加工材表面の保護とプレス成形時の潤滑性向上のためにプレス成形用に使用できるとしている。また、特許文献2には、エチレンオキシド由来のポリエーテル部分を含むポリエーテルポリエステル又はポリエーテルポリウレタンの水溶液または有機溶剤溶液を、金属のパイプ、線、板などの加工に用いることが開示されている。
【0007】
【特許文献1】特開昭47−39965号公報
【特許文献2】特開平3−231995号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に記載の潤滑剤では、プレス成形時には、防錆も兼ねた潤滑油を別に使用するのが普通であり、もともとこのような水溶性樹脂被膜そのものには、塑性加工時に必要な十分な潤滑性を見出せなかった。また、特許文献2に記載の潤滑剤では、金属と潤滑被膜との密着性が十分ではないため、負荷が高い場合や、焼付きが発生しやすい金属材料を塑性加工する場合には、潤滑性が不足することがあった。さらには、金属管や棒線の場合、一般的な浸漬による塗布方法では、液ダレが生じ、上部は薄膜となり焼き付きを生じやすく、下部は厚膜になり過ぎて乾燥不良が生じたり、乾燥不良による焼き付きなどが生じ易い等の問題があった。
【0009】
そこで本発明は、化成処理による下地を必要としない高い潤滑性を有する潤滑被膜を形成させるとともに、該潤滑被膜が形成された素材の引抜き加工性を向上させることのできる冷間引抜き加工方法及び引抜き材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、上記課題を解決するため次のような知見等を得て本発明を完成させた。ここで、「被加工材」とは、引抜き加工される前における、金属の「素材」表面にスケールや潤滑皮膜等の「層」が形成された材料を意味するものとする。
【0011】
本発明者らは、金属の冷間引抜き加工において高い潤滑性を得るため、樹脂系被膜を用いた潤滑法について検討した。一般に、樹脂からなる潤滑被膜が高い潤滑性を有するには、滑りを与える潤滑機能と被膜を守る保護機能の両者が必要である。すなわち、金属の冷間引抜き加工では、被加工材と工具の摩擦面で、しごきを与えられながら被加工材表面積が急激に拡大されるため、潤滑剤には、これらの変化に追随して常に摩擦面を覆う展性や延性、及び圧力に耐える強度が要求される。しかしながら、これらの機能を単層の被膜に兼備させるのは実質的に困難とされていた。
【0012】
そして検討の結果、潤滑被膜に含有させる樹脂のガラス転移温度が、引抜き加工開始直後の温度より高い場合には、加工開始直後の摩擦面の変化に樹脂被膜が追随できず、脆性破壊し(粉々になり)、摩擦面より脱離してしまうことがわかった。一方、発明者らは、樹脂のガラス転移温度が引抜き加工開始直後の温度より低い場合には、樹脂が粘性流体のような挙動をするため、加工開始直後の摩擦面の変化に対しても追随できることを究明した。そして、特定のガラス転移温度を有し、さらに特定の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋させた樹脂を特定量含有させた引抜き加工用の潤滑被膜を用いることで、厳しい加工においても十分に強度が得られ、膜切れを起こすことがなく、かつ、せん断に対しては分散されたワックス粒子により潤滑機能を有する被膜となり加工時の摩擦抵抗を下げることができることがわかった。
【0013】
また、樹脂系の被膜を素材に形成する場合、密着性の観点から、脱脂により油分を除去し、さらには酸洗やショットブラストなどで酸化スケールを除去するが、冷間引抜き加工用の潤滑被膜では、酸化スケールに対しての密着性が高く、かつ酸化スケール摩擦面の変化に対しても追随性が高いことを究明した。また、酸化スケールは、それ自体が不活性な無機化合物であり工具などの金属表面との摩擦でも焼き付きを生じにくく、ある特定の膜厚で酸化スケールを表面に生成させた素材を用いて、さらにその上に、該潤滑被膜を形成して被加工材とすると、極めて過酷な条件においても、焼き付きを生じさせることなく冷間引抜き加工ができることを究明した。
【0014】
以下、本発明について説明する。
【0015】
請求項1に記載の発明は、潤滑被膜が表面に形成された金属の冷間引抜き加工方法であって、加工に供される被加工材が、素材と、素材の表面に形成された膜厚が1000μm以下の酸化スケールと、酸化スケールの上にさらに積層されて形成された潤滑被膜と、を有し、潤滑被膜が、樹脂と、該樹脂中に分散されたワックス粒子とを含む樹脂層を備え、樹脂が、樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%含有されるとともに、ガラス転移温度が30℃以下で、かつ典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることを特徴とする金属の冷間引抜き加工方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0016】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法で、素材がCrを5質量%以上、16質量%未満で含有する含クロム合金であって、酸化スケールの膜厚が0.2〜1000μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする。
【0017】
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法で、素材がCrを16質量%以上、23質量%未満で含有する含クロム合金であって、酸化スケールの膜厚が0.2〜200μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする。
【0018】
請求項4に記載の発明は、請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法で、素材がCrを23質量%以上含有する含クロム合金であって、酸化スケールの膜厚が0.1〜30μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする。
【0019】
請求項5に記載の発明は、引抜き加工工程を有する金属の引抜き材を製造する方法であって、引抜き加工工程に前に、素材表面に膜厚が1000μm以下の酸化スケールを形成する工程と、酸化スケールの上にさらに積層される潤滑被膜を形成する工程とを有し、潤滑被膜は、樹脂と、該樹脂中に分散されたワックス粒子とを含む樹脂層を備え、樹脂が、樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%含有されるとともに、ガラス転移温度が30℃以下で、かつ典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることを特徴とする金属の引抜き材の製造方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0020】
また、以上各発明において、焼付きが問題となる面や特定部分において上記条件を満たすものであれば本発明の冷間引抜き加工方法及び引抜き材製造方法とすることができる。特に、素材が管である場合にあっては管内外面共に上記条件を満たすのが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によって、金属の管、線又は棒等の被加工材の冷間引抜き加工方法及び金属の管、線又は棒等の引抜き材の製造方法において、化成処理による下地を必要としない高い潤滑性を有する潤滑被膜を形成させることができる。これにより、化成被膜に比べて設備投資、液管理等を減らすことができる。そして、加工における加工動力の低減、摩耗や焼付きの抑制による工具の寿命延長及び製品品質の向上させることも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の最良の形態、及びその好ましい範囲等について説明する。なお、本発明において、「(メタ)アクリル系」は、アクリル系及びメタクリル系を意味し、「(メタ)アクリレート」は、アクリレート及びメタクリレートを意味する。
【0023】
本発明の引抜き加工方法及び製造方法では、素材表面に形成されたスケールと、該スケールの上にさらに積層されて形成された潤滑被膜を有する被加工材を引抜き加工する方法及び、これにより管、線又は棒等である引抜き材を得る製造方法を提供するものである。以下にその内容を説明する。
【0024】
(1)素材
はじめに素材について説明する。本発明で用いられる素材としては、炭素鋼や合金鋼、ステンレス鋼、Ni基合金等の高温下で酸化スケール層が形成される鋼や合金であればよい。その中でも特に、含クロム合金であるCr含有合金鋼、ステンレス鋼、鉄−クロムーニッケル合金や含Crニッケル基合金等が好ましい。
【0025】
一般に、Cr含有率が5質量%未満の材質は焼付きにくい素材であり、酸化スケールが無くとも加工によっては焼付きを生じないことが多い。一方、Cr含有率が5質量%以上の材質では、材料の変形抵抗が高くなる傾向にあり、引抜き加工においては焼付きが生じやすい。このような材質では、後述する酸化スケール層の潤滑性と、それに対して密着性の高い後述する樹脂被膜とを組み合わせることで極めて高い耐焼付き性を得ることができる。そのため、本発明で用いられる素材の材質は、Crを5質量%以上含有する含クロム合金であって、後述のように高温下で母材表面に所定厚みの酸化スケール層を形成することのできる材質であることが好ましい。
【0026】
素材の形状は特に限定されるものではないが、通常の管、線及び棒の冷間引抜き加工における素材形状であればよい。
【0027】
また、素材に酸化スケール及び潤滑被膜を形成するに先立って、該素材にアルカリ脱脂剤等による脱脂、水洗、又は塩酸等による酸洗等の前処理を行うことができる。かかる前処理をすることによって、表面を清浄にしておくことができる。これにより、酸化スケールが適切に形成されたり、潤滑被膜の密着性が向上したりする。また、土砂等のコンタミネーションによる引抜き加工後の傷の発生を防止することもできる。また、後述の潤滑被膜を形成するための組成物を用いて潤滑被膜を形成する場合、当該組成物が均一に濡れ広がり、潤滑被膜の密着性を向上させることができる。通常は、脱脂、水洗、酸洗、再水洗の順に前処理が行われるが、その順序は特に限定されるものではない。上記前処理は常法により行えばよく、特に限定されるものではない。
【0028】
さらに、潤滑被膜の密着性を高めるために、素材の表面粗度を高めておくことが有効である。上述の酸洗にもその効果があるが、この他にも、例えば、後述するスケールの形成前に粗い研磨紙や金属ブラシ等による研削、ショットブラスト、ショットピーニング等の機械的な方法がある。さらには、リン酸マンガンやリン酸亜鉛等によるリン酸系化成処理、シュウ酸塩系化成処理等も有効である。
【0029】
(2)酸化スケール層
次に酸化スケール層について説明する。本発明において、上記素材の表面には、酸化スケール層が形成される。これにより素材と樹脂被膜との密着性が向上し、良好な耐焼付き性を発揮させることができる。
【0030】
酸化スケールの構造および組成は、材質や加熱冷却条件にもよって異なるが、炭素鋼や低合金鋼の場合、表面から順に鉄系酸化物であるFe、Fe、FeOが形成される。それぞれの厚みは条件により異なる。また、素材がCrを含有する鉄クロム合金の場合、Cr含有量が5質量%以上では、鉄系酸化スケールは少なくなり、かわりにFeCrを含む酸化スケールが生成される。Cr含有量が16質量%以上では、Crを含む酸化スケールが生成するので鉄系酸化スケールはさらに少なくなり、酸化スケール自体が薄いものになる。また、Cr含有量が23質量%以上では、酸化スケールがCr主体となり鉄系酸化スケールが極端に少なくなるので、酸化スケール自体がさらに薄くなる。酸化スケールには上記以外にもMnCr、TiO、Al、SiOなどの酸化物が含まれていてもよい。本発明における酸化スケール層の厚さとは該酸化スケール層全体の合計を意味する。
【0031】
酸化スケール層の厚さは1000μm以下である。これは、1000μmより厚い酸化スケールでは該酸化スケールが素材から剥がれて浮き上がり、剥離しやすい状態となることがあるからである。かかる場合に酸化スケール上に後述する潤滑被膜を形成しても、冷間引抜き加工中に、酸化スケール及び潤滑被膜が共に剥離してしまい、その部位で焼き付きを生じやすくなる。好ましくは500μm以下であり、より好ましくは300μm以下、さらに好ましくは200μm以下である。また、下限は特に限定されないが、好ましくは0.1μm以上である。0.1μm未満では十分な耐焼付き性能向上効果が得られないことがあるからである。より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは3μm以上である。
【0032】
さらに、素材のCr含有量が5質量%以上16質量%未満では、厚さが0.2〜1000μmのCr系酸化物を含む酸化スケールを形成させることが好ましい。これによりかかる素材においても冷間引抜き加工における耐焼付き性を向上させることができる。下限を0.2μmとしたのは、かかる素材においては、0.2μm未満では十分な耐焼付き性能向上効果が得られないことがあるからである。好ましくは1μm以上、より好ましくは3μm以上である。一方、上限値は1000μmである。これは、1000μmより厚いと酸化スケールが素材から剥がれて浮き上がり、剥離しやすい場合があるからである。かかる場合に上記潤滑被膜を形成しても、冷間引抜き加工中に、酸化スケール及び潤滑被膜が共に剥離してしまい、その部位で焼き付きを生じやすくなる。好ましくは500μm以下であり、より好ましくは300μm以下である。
【0033】
また、素材のCr含有量が16質量%以上23質量%未満では、Cr系酸化物を含む酸化スケールの厚さは0.2μm以上、200μm以下であることが好ましい。これによりかかる素材においても十分に加工時において耐焼付き性を発揮することができる。下限を0.2μmとしたのはこの素材においては、十分な耐焼付き性能向上効果が得られないことがあることによるものである。好ましくは1μm以上、より好ましくは3μm以上である。一方、上限値は200μmである。これは、200μmより厚いと、この素材においては、該素材から酸化スケールから剥がれて浮き上がり、剥離しやすいことがあるからである。かかる場合に上記潤滑被膜を形成しても、冷間引抜き加工中に、酸化スケール及び被膜が共に剥離してしまい、その部位で焼き付きを生じやすくなる。好ましくは100μm以下であり、より好ましくは50μm以下である。
【0034】
さらに、素材のCr含有量が23質量%以上では、Cr系酸化物を含む酸化スケールの厚さが0.1μm以上、30μm以下であることが好ましい。下限を0.1μmしたのはこれより小さいとかかる素材において、十分な耐焼付き性能向上の効果が得られない場合があるからである。好ましくは0.5μm以上、より好ましくは1μm以上である。一方、上限値は30μmである。これは、30μmより厚い膜厚では素材から酸化スケールから剥がれて浮き上がり、剥離しやすいからである。かかる場合に潤滑被膜を形成しても、冷間引抜き加工中に、酸化スケール及び潤滑被膜が共に剥離してしまい、その部位で焼き付きを生じやすくなる。好ましくは20μm以下であり、より好ましくは10μm以下である。上述した酸化スケールの形成方法については後述する。
【0035】
(3)潤滑被膜
次に、潤滑被膜について説明する。本発明の引抜き加工方法及び製造方法で用いられる潤滑被膜は、樹脂と該樹脂中に分散されたワックス粒子とを有して樹脂層を形成している。そして該樹脂層が素材表面に形成されたスケール上にさらに積層して形成されることにより潤滑被膜となるものである。
【0036】
このような潤滑被膜のワックス粒子により滑りが与えられ、樹脂により該潤滑被膜の保護機能が向上される。具体的には、厳しい加工においても十分に強度が得られ、膜切れを起こすことがなく、かつ、せん断に対しては分散されたワックス粒子により潤滑機能を有する被膜となり、加工時の摩擦抵抗を下げることができる。これにより例えば加工に必要な負荷を低減させることが可能となる。
【0037】
本発明において、樹脂層を構成する「樹脂」のガラス転移温度は30℃以下、好ましくは26℃以下、さらに好ましくは23℃以下、より好ましくは15℃以下、特に好ましくは10℃以下である。また、ガラス転移温度の範囲の下限については適宜設定することができ、その一例として−85℃が挙げられる。ガラス転移温度が30℃を超える場合、冷間引抜き加工開始直後の摩擦面の表面積の拡大に潤滑被膜が追随できず、脆性破壊を生じてしまい、摩擦面より脱離することが多くなる。
【0038】
上記ガラス転移温度は、JIS K7121「プラスチックの転移温度測定方法」に準じた方法、又は動的粘弾性測定で測定することができる。また、樹脂が(メタ)アクリル系樹脂の場合、重合予定の各エチレン性不飽和モノマーのホモポリマーのガラス転移温度から、FOXの式によりガラス転移温度を算出することもできる。なお、上記ガラス転移温度は、樹脂の種類等を適宜選択することにより変化させることもできる。さらには、可塑剤を使用し、外部可塑化することで低下させることも可能である。
【0039】
用いられる樹脂の種類は特に限定されるものではない。従って樹脂は、未架橋重合体であっても、架橋重合体であってもよい。後者の場合は、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂等を好ましく適用することができる。典型金属元素としては、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛等が挙げられる。これらのなかでも、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。また、遷移金属元素としては、例えば、鉄、銅等を挙げることができる。
【0040】
また、具体的な樹脂の種類としては、例えば、(メタ)アクリル系樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、酢酸ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリアミド樹脂及びフッ素系樹脂等が挙げられる。上述のようなガラス転移温度が30℃以下の樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。かかる特定の樹脂を含む樹脂層とすることにより、潤滑機能の高い被膜とすることができる。
【0041】
(メタ)アクリル系樹脂は、アクリル系モノマーの1種又は2種以上を重合して得られるものであれば、単独重合体であってもよいし、共重合体であってもよい。また、その構造及び種類について特に限定はない。アクリル系モノマーとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、及びオクチル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレート(アルキル基の炭素数は好ましくは1〜8、より好ましくは1〜6、特に好ましくは1〜4);メトキシメチル(メタ)アクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレート、エトキシメチル(メタ)アクリレート、エトキシエチル(メタ)アクリレート、及びメトキシブチル(メタ)アクリレート等の低級アルコキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のヒドロキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;アクリルアミド、メタクリルアミド;N−メチロールアクリルアミド、N−メチロールメタクリルアミド、N−ブトキシメチルアクリルアミド、及びN−ブトキシメチルメタクリルアミド等のN−非置換又は置換(特に低級アルコキシ置換)メチロール基を有する(メタ)アクリルアミド;ホスホニルオキシメチル(メタ)アクリレート、ホスホニルオキシエチル(メタ)アクリレート、及びホスホニルオキシプロピル(メタ)アクリレート等のホスホニルオキシ低級アルキル(メタ)アクリレート;アクリロニトリル;アクリル酸、メタクリル酸等の1種又は2種以上が挙げられる。なお、上記の低級アルコキシ及び低級アルキルとは、通常、それぞれ炭素数が1〜5のアルコキシ及びアルキルを意味し、好ましくは炭素数が1〜4、より好ましくは1〜3である。
【0042】
また、(メタ)アクリル系樹脂は、アクリル系モノマーの1種又は2種以上と、スチレン、メチルスチレン、酢酸ビニル、塩化ビニル、ビニルトルエン、及びエチレン等の他のエチレン性モノマーの1種又は2種以上との共重合体であってもよい。その場合には、アクリル系モノマーからなる単位を30モル%以上含有する共重合体が好ましい。この共重合体としては、典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋されたアイオノマー等が挙げられる。典型金属元素としては、例えば、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛等が挙げられる。これらのなかでも、アルカリ土類金属、アルミニウム及び亜鉛のうちの少なくとも1種であることが好ましい。また、遷移金属元素としては、例えば、鉄、銅等が挙げられる。
【0043】
ウレタン樹脂は、ウレタン結合(−NHCOO−)を有する合成樹脂であり、一般にイソシアネート基を2個以上有するポリイソシアネート化合物と活性水素基を2個以上有するポリオールとの重付加反応によって得られるものを用いることができる。上記ポリオールは、例えば、ポリエステルポリオール及び/又はポリエーテルポリオールが挙げられる。上記ウレタン樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0044】
ポリエステルポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、3−メチルペンタンジオール、ヘキサメチレングリコール、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、及びグリセリン等の低分子量ポリオールと、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバシン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸等の多塩基酸との反応によって得られる末端に水酸基を有するポリエステル化合物の1種又は2種以上が挙げられる。
【0045】
ポリエーテルポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、3−メチルペンタンジオール、ヘキサメチレングリコール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、及びグリセリン等のポリオール、又はこれらのエチレンオキシド及び/若しくはプロピレンオキシド高付加物、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレン/プロピレングリコール等のポリエーテルポリオール、ポリカプロラクトンポリオール、ポリオレフィンポリオール、並びにポリブタジエンポリオール等の1種又は2種以上が挙げられる。
【0046】
ポリイソシアネートとしては、直鎖脂肪族、分岐脂肪族、脂環式及び芳香族ポリイソシアネートの1種又は2種以上が挙げられる。具体的には、例えば、テトラメチレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネートエステル、水添キシリレンジイソシアネート、1,4−シクロヘキシレンジイソシアネート、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、2,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、3,3’−ジメトキシ−4,4’−ビフェニレンジイソシアネート、1,5−ナフタレンジイソシアネート、1,5−テトラヒドロナフタレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、2,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、及びテトラメチルキシリレンジイソシアネート等の1種又は2種以上が挙げられる。
【0047】
ポリエステル樹脂は、エステル結合を有する合成樹脂であり、一般に、カルボキシル基を2個以上有する多塩基酸とヒドロキシル基を2個以上有するポリオールとの縮合反応によって得られるものを用いることができる。ポリエステル樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。多塩基酸としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、及びヘキサヒドロフタル酸等の1種又は2種以上が挙げられる。一方、ポリオールとしては、ポリエステルポリオール及びポリエーテルポリオールが挙げられ、より具体的には、例えば、ウレタン樹脂の項で詳述したポリエステルポリオール及びポリエーテルポリオールが挙げられる。
【0048】
酢酸ビニル樹脂は、酢酸ビニルの重合によって得られる樹脂である。また、酢酸ビニル樹脂は、ポリ酢酸ビニル樹脂中の50%未満の酢酸ビニル単位が加水分解された樹脂も含む。また、酢酸ビニル樹脂は、酢酸ビニルの単独重合体だけでなく、酢酸ビニルと他のモノマー(例えば、エチレン等のオレフィン)とを共重合して得られ、酢酸ビニル単位が50モル%以上である共重合体も含む。酢酸ビニル樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0049】
ポリビニルアルコール樹脂は、通常、ポリ酢酸ビニルを加水分解して得られる。ポリビニルアルコール樹脂は、完全加水分解物のみならず50%以上の加水分解度のポリビニルアルコール樹脂も使用できる。さらに、ポリビニルアルコール樹脂は、エチレン単位を含み、このエチレン単位が50モル%以下である共重合体も含む。ポリビニルアルコール樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0050】
ポリアミド樹脂は、アミド結合を有する合成樹脂であり、一般にカルボキシル基を2個以上有する多塩基酸と、アミノ基を2個以上有するポリアミンの縮合反応によって得られるものを用いることができる。多塩基酸としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸等が挙げられる。一方、ポリアミンとしては、ヒドラジン、メチレンジアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ヘキサンジアミン、エチルアミノエチルアミン、メチルアミノプロピルアミン、イミノビスプロピルアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、ポリエチレンイミン、ジアミノベンゼン、トリアミノベンゼン、ジアミノエチルベンゼン、トリアミノエチルベンゼン、ジアミノエチルベンゼン、トリアミノエチルベンゼン、ポリアミノナフタレン、ポリアミノエチルナフタレン、及びこれらのN−アルキル誘導体、N−アシル誘導体等が挙げられる。ポリアミド樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0051】
フッ素系樹脂は、分子中にフッ素を含有する樹脂であれば、その種類には特に限定はない。フッ素系樹脂としては、例えば、分子中にフッ素を含有する(メタ)アクリル系樹脂等が挙げられる。また、フッ素系樹脂は、他の共重合可能な単量体との共重合物でもよい。フッ素系樹脂としてより具体的には、例えば、ポリフッ化ビニリデン、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合物、ポリアクリル酸トリフルオロメチル、ポリアクリル酸ペンタフルオロエチル、(メタ)アクリル酸フルオロアルキル−(メタ)アクリル酸アルキル共重合物等が挙げられる。フッ素系樹脂は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0052】
本発明の引抜き加工方法及び引抜き材の製造方法に適用される潤滑被膜において、樹脂層を構成する樹脂としては、上記各樹脂の1種又は2種以上で構成される樹脂の他、上記各樹脂の1種又は2種以上と他の樹脂とで構成される複合樹脂でもよい。この複合樹脂としては、例えば、上記各樹脂の1種又は2種以上と他の樹脂原料とを混ぜ合わせて得られる樹脂、及び各種樹脂のグラフト化、ブロック化等を行い、1分子内に異なる置換基を有する複数のモノマー由来の構造を有する複合樹脂を使用することができる。また、成膜後に有機架橋又は金属によるイオン架橋される樹脂を使用することができる。
【0053】
樹脂層におけるガラス転移温度が30℃以下の樹脂の含有割合は、樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%であり、好ましくは29.5〜90質量%、さらに好ましくは30〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%、特に好ましくは30〜60質量%である。この含有割合が25質量%未満の場合、引抜き加工時において、潤滑被膜が被加工材の表面積の拡大に十分に追随することができない。一方、この含有割合が99質量%より大きくなる場合には、耐焼付き性、成形性、及び加工性等の性質の大幅な向上は認められず、経済的な利益が認められ難い。
【0054】
また、上記樹脂には、引抜き加工時の潤滑効果をさらに向上させるため、必要に応じて極圧添加剤を含有させることもできる。かかる極圧添加剤を含有させることにより、極圧潤滑領域での潤滑性能が向上し、焼付き防止効果が一層顕著になるので好ましい。
【0055】
極圧添加剤としては、例えば、硫黄系極圧添加剤、リン系極圧添加剤、塩素系極圧添加剤等が挙げられる。なお、これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。硫黄系極圧添加剤としては、例えば、硫化オレフィン類、硫化エステル類、チオカーボネート類、ジチアゾール類、ポリチアゾール類、チオール類、チオカルボン酸類、チオコール類、硫黄、(多)硫化ナトリウム等が挙げられる。また、リン系極圧添加剤としては、例えば、トリポリリン酸ナトリウム等の縮合リン酸塩及びトリクレジルホスフェート等の(亜)リン酸エステル等が挙げられる。さらに、塩素系極圧添加剤としては、例えば、塩素化パラフィン、塩素化脂肪油、ポリ塩化ビニリデン、ポリ塩化ビニル、塩化ビニリデン−アクリル共重合物等が挙げられる。
【0056】
樹脂層における極圧添加剤の含有割合は、樹脂層を100質量%とした場合に、固形分換算で0.5〜74.5質量%であることが好ましく、より好ましくは1〜70質量%、さらに好ましくは5〜69.5質量%である。この極圧添加剤の含有割合が上記範囲である場合、極圧潤滑領域での潤滑性能をより向上させることができ、さらには、焼付き防止効果を一層向上させることができるため好ましい。
【0057】
また、本発明に適用される潤滑被膜では、引抜き加工時の潤滑効果を向上させるため、必要に応じて樹脂層に微粒子を含有させることもできる。かかる微粒子を含有させることにより、樹脂層のせん断強度および付着強度が高まる他、加工界面に微粒子が介在することにより、金属間接触が抑制され、焼付き防止効果が一層顕著になるので好ましい。
【0058】
微粒子としては、例えば、それ自体が潤滑性を有するときに、摩擦を軽減させる作用が期待できる固形潤滑剤が挙げられる。このような固形潤滑剤として具体的には、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ステアリン酸カルシウム、マイカ、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)その他の潤滑性樹脂及び酸素欠陥ペロブスカイト構造を持つ複合酸化物(SrCa1−xCuO等)等が挙げられる。その他、炭酸塩(NaCO、CaCO、MgCO等のアルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩等)、ケイ酸塩(MSiO〔M:アルカリ金属、アルカリ土類金属〕等)、金属酸化物(典型金属元素の酸化物、遷移金属元素の酸化物、及びそれらの金属元素を含む複合酸化物〔Al/MgO等〕等)、硫化物(PbS等)、フッ化物(CaF、BaF等)、炭化物(SiC、TiC)、窒化物(TiN、BN、AlN、Si等)、クラスターダイヤモンド、及びフラーレンC60又はC60とC70との混合物のように、摩擦係数を極端に低下させることなく金属間の直接接触を抑制して、焼付防止作用が期待できる微粒子等も挙げられる。上記典型金属元素の酸化物としては、例えば、Al、CaO、ZnO、SnO、SnO、CdO、PbO、Bi、LiO、KO、NaO、B、SiO、MgO及びIn等が挙げられる。これらのなかでも、典型金属元素がアルカリ土類金属、アルミニウム、亜鉛であるものが好ましい。上記遷移金属元素の酸化物としては、例えば、TiO、NiO、Cr、MnO、Mn、ZrO、Fe、Fe、Y、CeO、CuO、MoO、Nd及びH等の酸化物が挙げられる。これらのなかでも、遷移金属元素が、鉄、銅であるものが好ましい。
【0059】
なお、樹脂層中の樹脂に含まれる解離基が遊離形態(例えば、遊離カルボキシル基)である場合には、この遊離基と反応性のある微粒子(例えば、金属化合物)の使用を避けるか、又は遊離基との反応による微粒子の溶解を見越して、その分だけ過剰に微粒子を使用すればよい。また、上記微粒子は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0060】
また、微粒子の平均粒径についても特に限定はなく、必要に応じて種々の範囲とすることができる。微粒子の平均粒径は通常、10μm以下(例えば、0.001〜10μm)、好ましくは5μm以下、より好ましくは2μm以下である。微粒子がフレーク状の場合、その平均粒径は、最大粒径の平均値とする。また、微粒子の種類によっては、幅広い粒径分布を持つものもあるが、体積で微粒子全体の80%が上記範囲内に入っていれば、所望の効果が得られる。微粒子の平均粒径を0.005μm以上とすると、粒子同士が樹脂中で凝集することを抑制し、均一分散が容易になると共に、使用後に微粒子の除去処理が容易になるので好ましい。一方、微粒子の平均粒径を10μm以下とすると、付着強度が向上し、その結果、金属間接触による焼付き防止効果が向上するので好ましい。
【0061】
上記の平均粒径を有する微粒子は市販されており、一緒に使用する樹脂及び/又はワックスへの分散性等を考慮して、市販品の中から適宜選択すればよい。市販品(カッコ内は平均粒径)の例としては、シーアイ化成製の「NanoTek(登録商標)」からAl(33nm)、TiO(30nm)、Fe(21nm)、ZnO(31nm)、Y(20nm)、CeO(11nm)、Mn(38nm)、SiO(12nm)等、日本触媒製の「シーホスターKE」(非晶質シリカ)からP10(70〜130nm)、P50(0.48〜0.58μm)、P100(0.9〜1.1μm)等、エスイーシー製の「SECファインパウダーSGP」(高純度人造黒鉛3μm)、日本アエロジル製のSiOから「AEROSIL 50」(30nm)、「AEROSIL 200」(12nm)、「AEROSIL 300」(7nm)、Alから「C」(13nm)、TiOから「T805」及び「P25」(共に21nm)等、日産化学社製のSiOから「スノーテックス C」及び「スノーテックス N」(共に20nm)等、石原テクノ製の超微粒子酸化チタンから「TTO−55(B)」(30〜50nm)等、神島化学工業製の活性炭酸カルシウムから「カルシーズP」(0.10μm)、「カルシーズPL10」(0.09μm)、「PLS2301」(40nm)、軽質炭酸カルシウムから「EC」(1.0〜2.0μm)等、東京プログレスシステムから入手できる「クラスターダイヤモンド」(5nm)等、ダイキン工業製のPTEFから「ルブロンLDW−40」(0.18μm)、「L−2」(5μm)等、三井・デュポンフロロケミカルの「テフロン(登録商標)」から「TLP−10F−1」(2μm)等、住友セメント製のSiC(10nm)、ZrO(30nm)、大阪造船所製の「二硫化モリブデンCパウダー」(1.2μm)等が挙げられる。
【0062】
また、微粒子を含有させる場合、樹脂層における微粒子の含有割合は特に限定されず、必要に応じて適宜調整することができる。具体的には、樹脂層を100質量%とした場合に0.01〜10質量%であることが好ましく、より好ましくは0.01〜5質量%、さらに好ましくは0.05〜1質量%である。微粒子の含有割合を上記範囲とすることにより、乾燥した際に形成される被膜のせん断強度や付着強度を向上させることができるので好ましい。
【0063】
次にワックス粒子について説明する。樹脂層に含有される「ワックス粒子」は、潤滑被膜成分として、加工時に発生する熱により融解し、被膜の滑り性を向上させる作用を有する。ワックス粒子の構造や種類については特に限定されない。ワックス粒子としては、例えば、天然ワックス及び/又は合成ワックス等を好ましく使用することができる。より具体的には、例えば、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ペトロラクタムワックス、(酸化)ポリエチレン、(酸化)ポリプロピレン、カルナバワックス、モンタンワックス、キャンデリラワックス、ライスワックス、ラノリン等の1種又は2種以上を挙げることができる。また、本発明におけるワックス粒子には、ポリエチレン樹脂及びポリプロピレン樹脂も含む。
【0064】
また、ワックス粒子の物性については特に限定はない。例えば、ワックス粒子の平均粒径は、必要に応じて種々の範囲とすることができる。ワックス粒子の平均粒径として通常は10μm以下(例えば、0.001〜10μm)、好ましくは5μm以下、更に好ましくは3μm以下、より好ましくは1μm以下、特に好ましくは0.001〜1μmである。平均粒径を上記範囲とした場合、被膜の強度を低下させずに、被膜に滑り性を付与することができるため好ましい。また、ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上、好ましくは20mPa・s以上、さらに好ましくは100mPa・s以上である。この場合、冷間における金属の塑性加工において、さらには焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。
【0065】
さらに、樹脂層におけるワックス粒子の含有割合は、樹脂層を100質量%とした場合に、0.5〜74.5質量%であることが好ましく、より好ましくは9.5〜70質量%、さらに好ましくは19.5〜69.5質量%、より好ましくは29.5〜69.5質量%である。この含有割合が上記範囲内である場合、冷間における金属の塑性加工において、さらには焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。
【0066】
さらに、本発明に適用される潤滑被膜において、樹脂層には、本発明の目的を損なわない範囲で、樹脂、ワックス粒子、微粒子及び極圧添加剤以外にも、一般的な塑性加工油剤に添加されている添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、pH調整剤、粘度調整剤、防腐剤、及び消泡剤等が挙げられる。また、必要に応じて可塑剤、油性剤、他の極圧添加剤等を併用しても差し支えない。また、樹脂層には、他の樹脂として、ガラス転移温度が30℃を超える樹脂が含有されていてもよく、含有されていなくてもよい。なお、ここで「含有されていない」には、全く含まれない場合だけでなく、本発明の目的を損なわない範囲でガラス転移温度が30℃を超える樹脂が極微量含有されている場合も含む。
【0067】
被加工材への潤滑被膜の形成は、できるだけ均一であることが好ましい。これは、被加工材の軸方向や周方向で厚さの変化があると、該潤滑被膜を形成するための組成物を供給した後、乾燥させる際に、厚い部分では乾燥に時間がかかるためである。十分な乾燥ができないと冷間引抜きの際に潤滑被膜が剥離して焼付きが発生する虞がある。乾燥時間は特に限定されるものではないが、潤滑被膜を形成するための組成物の供給厚さに応じて適宜決めることができる。
【0068】
また、潤滑被膜の重量、厚さ等については特に限定はなく、必要に応じて種々の範囲とすることができる。例えば、上記樹脂層の被膜重量は、焼付きを防ぐ観点から1g/m以上が好ましく、また、コスト面から30g/m以下であるのが好ましい。より好ましくは3〜20g/mであり、さらに好ましくは5〜15g/mである。
【0069】
本発明では、以上のような被加工材に対して引抜き加工を行う引抜き加工方法を提供するものである。これにより被加工材と工具との接触面で生じる厳しい変形に対しても、焼付きを防止することができる。さらに詳しくは、まず引抜き加工前の被加工材は必ずしも工具に沿っていないが、引抜き開始と同時に被加工材は工具に沿うように変形される。このとき、その接触面において局部的に高面圧になる部位が発生し、従来においては潤滑皮膜が剥離して焼付きを発生していた。しかし、本発明の引抜き加工方法では高い密着性を有する潤滑被膜で摩擦面の変化に追随できるよう潤滑被膜が適正化されているので焼付きを生じることがない。
【0070】
次に、本発明の引抜き材の製造方法1つの実施形態について説明する。本発明の製造方法は、引抜き加工工程を有する金属の引抜き材の製造方法であって、該引抜き加工工程の前に、素材に酸化スケールを形成する工程と、その後、さらに酸化スケールに積層させて上述した潤滑被膜を形成する工程とを有するものである。以下各工程について説明する。
【0071】
素材に酸化スケールを形成する工程について、その方法は特に限定されるものではない。酸化スケールは、厳密には、冷間での機械加工表面にもわずかには生成している。しかし、これらは引抜き加工における焼付き防止にはほとんど寄与できない程度の厚みである。従って上述のように、焼付き防止に寄与できる所定の膜厚の酸化スケールを生成させるためには、熱処理等の高温での処理が必要となる。かかる高温での処理の方法は特に限定されない。これには例えば一般的な加熱炉での熱処理の他、高周波加熱、素材に直接電流を流す通電加熱などの方法を挙げることができる。また、酸化スケールが生成するような条件でいわゆる熱間加工が前工程にある場合には、その熱間加工がされたままの素材を用いることもできる。生成される酸化スケールの厚さは、熱処理の条件、つまり、加熱温度、時間、雰囲気、素材の材質等によって異なる。加熱温度についてみると、一般的な炭素鋼の場合は600℃付近から酸化スケールが生成し始めるが、工業的には700℃以上で素材が溶融する温度以下であることが好ましい。Cr含有量が5質量%以上の合金では、800℃以上であることが好ましい。雰囲気に関しては、酸化を促進することができるという観点から酸化雰囲気であることが好ましい。
【0072】
上記酸化スケールに積層させて潤滑被膜を形成する工程において、上述の条件を満たす潤滑被膜を形成するための方法は特に限定されるものではない。これには例えば、潤滑被膜を形成するための組成物を入れたタンク内に、酸化スケールが形成された素材を浸漬するか、又は潤滑被膜を形成するための組成物をノズルを用いて、酸化スケールが形成された素材に吹きつける等の方法を挙げることができる。組成物の態様については後で説明する。
【0073】
また、潤滑被膜の厚さの調整方法についてもその方法は特に限定されるものではない。これには例えば乾燥帯を通過させる温度及び時間の違いにより厚さを調整させることを挙げることができる。ここで乾燥の方法は特に限定されるものではない。これには例えば、自然乾燥や強制乾燥を挙げることができる。さらに強制乾燥としては、紫外線を照射する方法、熱風を当てる方法、素材や型を予熱しておく方法、高周波加熱して乾燥させる方法等、任意の方法を採用することができる。かかる強制乾燥の条件としては、上述したように60〜150℃で、10〜60分程度行うのが好ましい。
【0074】
あるいは、バッチ処理にて潤滑被膜を形成することもできる。すなわち所定の本数の素管に一度に潤滑被膜を形成する組成物を供給し、これを同時に乾燥炉等に入れて潤滑被膜を形成させることもできる。また、素材が管である場合に該管の内面については潤滑被膜を形成する組成物を入れたタンクに浸漬する、又はノズルを素管内面に入れてスプレー塗布するなどして溶液を塗布した後、60〜150℃の乾燥炉に入れる、あるいは乾燥帯を通過させる等して潤滑被膜を形成してもよい。なお、引抜き加工後に引抜き材表面に残った潤滑被膜は、後工程において溶媒、又は洗浄剤で完全に除去される。
【0075】
以上のように形成された被加工材の引抜き加工工程は特に限定されることなく、通常の引抜き加工により行われる。
【0076】
このような金属の管、線及び棒等の引抜き材の製造方法により、化成処理による下地を必要としない潤滑被膜を用いるとともに、加工条件の厳しい加工時においても焼き付きを防止することができる。
【0077】
次に、本発明の引抜き材の製造方法において上述の潤滑被膜を形成するために供給される組成物について説明する。該組成物は、溶媒中に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂と、ワックス粒子とを含有する。上述のように、従来の化成被膜処理では、形成される化成被膜上に滑剤を塗布するため、水洗や酸洗までを含めると、多数の処理工程が必要である。これに対し、組成物を用いて潤滑被膜を形成すれば、化成処理及びこれに付随する酸洗や水洗を省略することができる。その結果、簡便に潤滑被膜を形成することができ、また、従来の化成被膜処理で生じる廃棄物による環境汚染を防止でき、さらに、かかる廃棄物処理のための設備を設けることも省略することができる。
【0078】
上記「溶媒」としては、例えば、水、アルコール類、エーテル系溶媒、アセテート系溶媒、ケトン系溶媒、ヒドロキシアミン類、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。これらは、1種単独で又は2種以上を併用して使用することができる。溶媒は、強靭な樹脂層の形成に関与していると考えられる。溶媒として、水又は少なくとも水を含む溶媒を用いると、より確実に強靭な被膜を形成することができるので好ましい。少なくとも水を含む溶媒としては、例えば、水と水以外の上記溶媒とで構成される混合溶媒が挙げられる。より具体的には、例えば、水と上記アルコール類とで構成される水−アルコール系溶媒等が挙げられる。
【0079】
アルコール類としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノール、2−エチルブタノール、2−エチルヘキサノール、3−メチル−3−メトキシブタノール、ベンジルアルコール、フェノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−ブチルジオール、2−エチル−1,3−ヘキサンジオール、3−メチル−1,3−ブタンジオール、及びグリセリン等が挙げられる。
【0080】
エーテル系溶媒としては、例えば、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル等のエチレングリコールモノアルキルエーテル類、エチレングリコールジアルキルエーテル類、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールモノプロピルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル等のジエチレングリコールモノアルキル類、ジエチレングリコールジアルキルエーテル類、ポリエチレングリコールモノアルキルエーテル類、ポリエチレングリコールジアルキルエーテル類、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル等のプロピレングリコールモノアルキルエーテル類、プロピレングリコールジアルキルエーテル類、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル等のジプロピレングリコールモノアルキル類、ジプロピレングリコールジアルキルエーテル類、ポリプロピレングリコールモノアルキルエーテル類、ポリプロピレングリコールジアルキルエーテル類、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等が挙げられる。
【0081】
アセテート系溶媒としては、上述のアルコール類、あるいは水酸基を有するエーテル系溶媒のアセチル化物等が挙げられる。
【0082】
ケトン系溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、N−メチル−3メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルホルムアミド等が挙げられる。
【0083】
ヒドロキシアミン類としては、例えば、モノエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、N−n−ブチルエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、N,N−ジブチルエタノールアミン、ジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N−n−ブチルジエタノールアミン、トリエタノールアミン、イソプロパノールアミン、N−(β−アミノエチル)イソプロパノールアミン、N、N−ジエチルイソプロパノールアミン等が挙げられる。
【0084】
上記「ガラス転移温度が30℃以下の樹脂」については、上述の説明がそのまま該当する。また、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を溶媒中に懸濁又は分散させる際の形態は特に限定されない。例えば、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂の溶融液でもよく、あるいは、水、有機溶媒(アルコール、鉱油、ミネラルスピリット、メチルエチルケトン、及び「フロン」(商品名)等)、又は水と有機溶媒との混合溶媒に溶解又は分散させた溶解液又は分散液でもよい。また、樹脂層を形成する樹脂の一部を含む含有液を2種以上調製し、使用時に混合する形態でもよい。
【0085】
さらに、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を溶媒中に懸濁又は分散させる場合、必要に応じて可塑剤を用いてもよい。かかる可塑剤を用いることにより、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂を均一に懸濁又は分散させることができる。さらには、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂のガラス転移温度を低下させることもできる。可塑剤は特に限定されず、樹脂用の可塑剤として一般的に使用されている化合物を使用できる。具体的には、例えば、フタル酸エステル、アジピン酸エステル、セバシン酸エステル類、トリメリット酸トリアルキル、(亜)リン酸エステル、塩素化パラフィン等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0086】
上記「ワックス粒子」については、上述の説明がそのまま該当する。ワックス粒子を溶媒中に懸濁又は分散させる際の形態は特に限定されない。例えば、ワックス粒子の水ディスパージョンや水エマルジョンを溶媒中に含有させてもよいし、ワックス粒子をそのまま含有させてもよい。
【0087】
本発明の引抜き加工方法又は引抜き材の製造方法に適用される潤滑被膜を形成する組成物において、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂及びワックス粒子を溶媒中に懸濁又は分散させる場合、必要に応じて界面活性剤を用いることもできる。かかる界面活性剤を用いることにより、樹脂及び上記ワックス粒子を均一に懸濁又は分散させることができる。また、素材表面に形成された樹脂層は、良好な潤滑性を有し、素材と型が焼き付いてしまうことを効果的に防止することができる。
【0088】
界面活性剤としては、非イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤及び陽イオン性界面活性剤のいずれをも用いることができる。非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレン(エチレン及び/又はプロピレン)アルキルフェニルエーテル、ポリエチレングリコール(若しくはエチレンオキシド)と高級脂肪酸(例えば、炭素数12〜18の直鎖又は分岐脂肪酸)とから構成されるポリオキシエチレンアルキルエステル、並びにソルビタンとポリエチレングリコールと高級脂肪酸(例えば、炭素数12〜18の直鎖又は分岐脂肪酸)とから構成されるポリオキシエチレンソルビタンアルキルエステル等が挙げられる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、脂肪酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、リン酸エステル塩、及びジチオリン酸エステル塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、例えば、アミノ酸型及びベタイン型のカルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩、並びにリン酸エステル塩等が挙げられる。陽イオン性界面活性剤としては、例えば、脂肪族アミン塩、第四級アンモニウム塩等が挙げられる。界面活性剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0089】
また、当該組成物には、引抜き加工時の潤滑効果をさらに向上させるため、必要に応じて極圧添加剤を含有させることもできる。極圧添加剤については、上述の説明が該当する。さらに、組成物には、引抜き加工時の潤滑効果を向上させるため、必要に応じて微粒子を含有させることもできる。微粒子についても、上述の説明が該当する。
【0090】
また、微粒子を含有させる場合、樹脂層における微粒子の含有割合は特に限定されず、必要に応じて適宜調整することができる。具体的には、樹脂層を100質量%とした場合に0.01〜10質量%であることが好ましく、より好ましくは0.01〜5質量%、さらに好ましくは0.05〜1質量%である。微粒子の含有割合を上記範囲とすることにより、乾燥した際に形成される被膜のせん断強度や付着強度を向上させることができるので好ましい。
【0091】
微粒子の混合方法は、微粒子が均一に分散した組成物が得られる限り特に制限されない。例えば、微粒子が、樹脂の合成に用いる反応成分と反応性を持たない微粒子であれば、樹脂の合成時に微粒子を含有させてもよい。また、溶媒に溶解又は分散させた樹脂及びワックス粒子に固体微粒子を同時に混合する方法により行うことができる。
【0092】
なお組成物には、本発明の目的を損なわない範囲で、溶媒、樹脂、ワックス粒子、微粒子、極圧添加剤、界面活性剤及び可塑剤以外にも、一般的な塑性加工油剤に添加されている添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、pH調整剤、粘度調整剤、防腐剤、架橋剤及び消泡剤等が挙げられる。また、必要に応じて他の極圧添加剤、油性剤等を併用しても差し支えない。さらに、組成物には、ガラス転移温度が30℃を超える樹脂が含有されていてもよく、含有されていなくてもよい。なお、ここで「含有されていない」には、上記のように、全く含まれない場合だけでなく、本発明の目的を損なわない範囲でガラス転移温度が30℃を超える樹脂が極微量含有されている場合も含む。
【実施例】
【0093】
次に実施例によりさらに詳しく説明する。ただし、本発明は本実施例に限定されるものではない。本実施例では、本発明に該当する例を本発明例とし、本発明に該当しない例を比較例とし、被加工材を形成し、各条件で引抜き加工した場合における焼付きの有無について評価した。
【0094】
はじめに本実施例における条件を示す。
(i)素材
素材は、外径25.4mm×内径21.4mm×長さ800mmである鋼管を使用した。材質は、STBA25相当(Cr含有量は5.3質量%)のボイラ・熱交換器用合金鋼管、SUS304相当のステンレス鋼管、及び高合金鋼管(25質量%Cr−35質量%Ni)の3種類である。
(ii)酸化スケール
上記素材の表面は研削ままのもの(比較例)と酸化スケールを生成させたものを準備した。酸化スケールは、大気と水蒸気との混合ガス雰囲気下で生成させた。条件及び膜厚を以下に示す。
・STBA25相当鋼管1: 1000℃±30℃で40分間加熱、膜厚180μm
・STBA25相当鋼管2: 1000℃±30℃で5時間加熱、膜厚1300μm
・SUS304鋼管: 1000℃±30℃で3時間加熱、膜厚40μm
・高合金鋼管:1200℃±30℃で5時間加熱、膜厚8μm
膜厚は、各鋼管を切断してミクロ試料として埋め込みた際の断面の光学顕微鏡写真から測定した。
(iii)組成物の成分
表1に本実施例で適用される潤滑被膜形成のための組成物の成分を示した。
【0095】
【表1】

【0096】
ここで、表1中に表記した各成分の種類A〜Fは次の通りである。
Aは組成物No.1に用いられる本発明例に該当する樹脂であり、ガラス転移温度(Tg)が5℃である。具体的には次のようなものである。すなわち、撹拌機、温度計及び還流コンデンサー付のセパラブルフラスコに、水250質量部、ラウリル硫酸ナトリウム0.5質量部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル0.5質量部を仕込み、撹拌下に、窒素置換しながら80℃迄昇温した。その後、内温を80℃に保ち、重合開始剤として過硫酸カリウム0.1質量部を添加し、溶解後、メタクリル酸メチル0.45質量部、アクリル酸ブチル0.5質量部、メタクリル酸0.05質量部、及びラウリルメルカプタン0.01質量部の混合液を仕込み、1時間反応させた。次いで、反応終了後、予め、メタクリル酸メチル45質量部、アクリル酸ブチル50質量部、メタクリル酸5質量部、及びラウリルメルカプタン1質量部の混合液、並びに水20質量部に過硫酸カリウム1質量部を溶かした水溶液を、4時間かけて連続的に添加し、反応させた。添加終了後、さらに4時間の熟成を行い、このエマルションを常温まで冷却した。その後、カルシウム架橋剤32.9質量部を30分かけて滴下した。次いで、85℃で6時間加温して架橋反応を進行させた後、常温まで冷却し、固形分20質量%になるように水で調整し、樹脂溶液を調製した。なお、上記カルシウム架橋剤は、乳鉢でよくすりつぶした酸化カルシウム5質量部と、水95質量部とからなる分散液である。
【0097】
Bは、組成物No.2に用いられるTgが46℃の樹脂である。すなわち、Tgは30℃より高い。具体的には第一工業製薬株式会社製、水性ウレタン樹脂(固形分:30質量%)を適用した。
【0098】
樹脂A、Bの樹脂溶液における樹脂分のガラス転移温度は、上記のように各々5℃、46℃である。樹脂Aのガラス転移温度は、FOXの式より算出した値であり、架橋前の樹脂分のガラス転移温度である。また、樹脂Bのガラス転移温度は、当該製品パンフレットに掲載されていた値である。
【0099】
Cは、組成物No.1及びNo.2のいずれにも用いられるワックス成分である。具体的には、水75質量部、酸化ポリエチレン(軟化点:138℃、100℃での形態:固体)20質量部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5質量部、及び水酸化カリウム0.2質量部を高圧容器に加え、160℃で3時間撹拌後、常温まで冷却して、乳化されたワックス溶液(固形分:25%)を調製した。また、ワックス粒子の平均粒径は、0.05μmである。
【0100】
Dは、組成物No.1及びNo.2のいずれにも用いられる溶媒であり、具体的には水である。
【0101】
Eは、組成物No.1に用いられる溶媒である。具体的には、大日本インキ化学工業株式会社製のジエチレングリコールモノエチルエーテルを使用した。
【0102】
Fは組成物No.1のみに添加される微粒子で、酸化カルシウムである。具体的には、和光純薬工業株式会社製の酸化カルシウムをボールミルにより微粒子化したものを使用した。
【0103】
(iv)潤滑被膜の形成
潤滑被膜は、表1に示した組成物を乾燥後の平均被膜重量が20±2g/mとなるように、素材に塗布し、その後、80℃で1時間乾燥した。これにより、素材表面に樹脂層を形成し、被加工物を得た。なお、被膜の膜厚の測定は膜厚計(MiniTest3100、エレクトロ・フィジック社製)で行った。
【0104】
(v)引抜き加工
図1には引抜き加工の概要を模式的に示した。引抜き加工では、被加工材である管3、3の外側を加工するダイス1、1と内側を加工するプラグ2との間に挟み、図1に矢印Aで示した方向に引っ張ることによりその径を減ずる加工をする。従って、管3、3の径に対するダイス1、1及びプラグ2の径等によってその加工度(減面率等)が変わる。本実施例ではa〜hの8種類のダイス及びプラグの組み合わせの引抜き加工を行った。表2に具体的な値を示した。なお、引抜き速度は6m/分で行った。
【0105】
【表2】

【0106】
(vi)評価基準
焼付き性の評価は、焼付きの有無を目視により判断しておこなった。ただし、本実施例で行った3種類の素材において、その加工性に困難の違いがあるので、その評価は一律にすることはできない。そこで、次に示すような「○」評価であるための評価基準を設定した。具体的には次の通りである。
・STBA :表2に示した符号a〜hの各条件で引抜き試験を行い、減面率が47.2%(符号f)以上であっても焼付きが発生しなかった場合
・SUS304 :表2に示した符号a〜hの各条件で引抜き試験を行い、減面率が43.9%(符号e)以上であっても焼付きが発生しなかった場合
・高合金鋼 :表2に示した符号a〜hの各条件で引抜き試験を行い、減面率が42.3%(符号d)以上であっても焼付きが発生しなかった場合
【0107】
以上のような条件で試験を行った。次に結果について説明する。表3に結果を一覧で示した。
【0108】
【表3】

【0109】
表3に「本発明例」として示した結果からわかるようにいずれの場合においても、酸化スケールの膜厚及び潤滑被膜の種類を本発明に適用することによって、焼付きの発生を抑えることが可能となる。一方、「比較例」として示した他の例においては、いずれも焼付きが発生し、適切な加工ができていないことがわかる。以上より本実施例では、本発明の効果が顕著に現れている。
【0110】
以上、現時点において、最も実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う、金属の引抜き加工方法及び引抜き材の製造方法も本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】実施例における管の引抜き加工についてその概要を模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0112】
1 ダイス
2 プラグ
3 被加工材(加工後は引抜き材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑被膜が表面に形成された金属の冷間引抜き加工方法であって、
加工に供される被加工材が、
素材と、
前記素材の表面に形成された膜厚が1000μm以下の酸化スケールと、
前記酸化スケールの上にさらに積層されて形成された前記潤滑被膜と、を有し、
前記潤滑被膜が、樹脂と、該樹脂中に分散されたワックス粒子とを含む樹脂層を備え、前記樹脂が、前記樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%含有されるとともに、ガラス転移温度が30℃以下で、かつ典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることを特徴とする金属の冷間引抜き加工方法。
【請求項2】
前記素材がCrを5質量%以上、16質量%未満で含有する含クロム合金であって、
前記酸化スケールの膜厚が0.2〜1000μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法。
【請求項3】
前記素材がCrを16質量%以上、23質量%未満で含有する含クロム合金であって、前記酸化スケールの膜厚が0.2〜200μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法。
【請求項4】
前記素材がCrを23質量%以上含有する含クロム合金であって、
前記酸化スケールの膜厚が0.1〜30μmであるとともに該酸化スケールがCr系酸化物を含むことを特徴とする請求項1に記載の金属の冷間引抜き加工方法。
【請求項5】
引抜き加工工程を有する金属の引抜き材を製造する方法であって、
前記引抜き加工工程前に、
素材表面に膜厚が1000μm以下の酸化スケールを形成する工程と、
前記酸化スケールの上にさらに積層される潤滑被膜を形成する工程とを有し、
前記潤滑被膜は、樹脂と、該樹脂中に分散されたワックス粒子とを含む樹脂層を備え、前記樹脂が、前記樹脂層を100質量%とした場合に、25〜99質量%含有されるとともに、ガラス転移温度が30℃以下で、かつ典型金属元素及び遷移金属元素のうちの少なくとも1種の金属元素を含む化合物及び/又はそのイオンにより架橋された樹脂であることを特徴とする金属の引抜き材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−268587(P2007−268587A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−99303(P2006−99303)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(000115083)ユシロ化学工業株式会社 (69)
【Fターム(参考)】