説明

防錆処理方法及び転動装置

【課題】母材の腐食や機械的強度の低下が生じにくい防錆処理方法を提供する。また、発錆が生じにくく長寿命な転動装置を提供する。
【解決手段】自動調心ころ軸受は、内輪1と、外輪2と、内輪1の軌道面1aと外輪2の軌道面2aとの間に転動自在に配された複数の転動体3と、を備えている。そして、内輪1,外輪2及び転動体3のうち少なくとも一つは、その表面の少なくとも一部に、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有する防錆被膜を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の防錆処理方法に関する。また、本発明は、転がり軸受,リニアガイド装置,ボールねじ,直動ベアリング等のような転動装置に係り、特に、発錆が生じにくい転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材の表面に防錆性を付与する技術としては、電気メッキや化学メッキがあった。例えば、合金電気メッキは耐食性,加工性,ハンダ付け性に優れているため、自動車部品や電子部品等に対する工業用メッキとして広く使用されてきた。また、錫鉛合金メッキに代わる鉛フリーの低融点の錫合金メッキとしては、安価な錫銅合金メッキが、コネクター部品等の耐食性を有する接合材料として使用されている。
【0003】
一方、歯車や軸受等の機械部品においては、前述の電子部品の場合とは異なり応力が金属材の表面に集中するため、疲労により機械的強度が低下するが、従来の電気メッキにより機械部品の表面に合金被膜を被覆すると、水素の侵入により機械的強度がさらに低下するという問題があった。よって、防錆性が必要な鉄鋼設備用軸受や車両用軸受には、電気メッキにより合金被膜を被覆することができないので、化成処理被膜を施した上に防錆油を使用することにより、防錆を行ってきた。
【特許文献1】特開2000−282255号公報
【特許文献2】特開平6−228786号公報
【特許文献3】特開2005−307227号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、リン酸マンガン被膜等の化成処理被膜は、母材を若干腐食させた上で、あるいは、腐食させながら施す腐食被膜である。そのため、軸受の軌道面に化成処理を施した場合は、腐食の程度によってはその部分を起点とした剥離が生じ、化成処理を施していない場合の発錆寿命よりも短い時間で寿命に至る場合があった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、母材の腐食や機械的強度の低下が生じにくい防錆処理方法を提供することを課題とする。また、発錆が生じにくく長寿命な転動装置を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の防錆処理方法は、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有する防錆被膜を、鋼材の表面に被覆することを特徴とする。
また、本発明に係る請求項2の防錆処理方法は、請求項1に記載の防錆処理方法において、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを前記鋼材の表面に噴射するショットピーニングによって前記防錆被膜を被覆することを特徴とする。
【0006】
さらに、本発明に係る請求項3の防錆処理方法は、請求項1又は請求項2に記載の防錆処理方法において、前記防錆被膜中の酸素量が5質量%以上であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項4の防錆処理方法は、請求項3に記載の防錆処理方法において、前記酸素量は、蛍光X線分光分析法による測定値をZAF法により補正した値であることを特徴とする。
【0007】
さらに、本発明に係る請求項5の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも一つは、その表面の少なくとも一部に、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有する防錆被膜を備えていることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項6の転動装置は、請求項5に記載の転動装置において、前記防錆被膜は、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを前記表面に噴射するショットピーニングによって形成されたものであることを特徴とする。
【0008】
さらに、本発明に係る請求項7の転動装置は、請求項5又は請求項6に記載の転動装置において、前記防錆被膜中の酸素量が5質量%以上であることを特徴とする。
さらに、本発明に係る請求項8の転動装置は、請求項7に記載の転動装置において、前記酸素量は、蛍光X線分光分析法による測定値をZAF法により補正した値であることを特徴とする。
【0009】
なお、本発明は種々の転動装置に適用することができる。例えば、転がり軸受,ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。また、本発明における内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には内輪、同じくボールねじの場合にはねじ軸、同じくリニアガイド装置の場合には案内レール、同じく直動ベアリングの場合には軸をそれぞれ意味する。また、外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合には外輪、同じくボールねじの場合にはナット、同じくリニアガイド装置の場合にはスライダ、同じく直動ベアリングの場合には外筒をそれぞれ意味する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の防錆処理方法によれば、母材の腐食や機械的強度の低下を生じることなく、鋼材に防錆処理を施すことができる。また、本発明の転動装置は、発錆が生じにくく長寿命である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係る転動装置の一実施形態である自動調心ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。
この自動調心ころ軸受は、内輪1(内方部材)と、外輪2(外方部材)と、内輪1と外輪2との間に転動自在に配された2列の球面ころ3と、内輪1と外輪2との間に球面ころ3を保持する保持器4と、を備えており、内輪1と外輪2との間に形成される空間には図示しない潤滑剤が配されている。そして、内輪1の外周面には2列の球面ころ3の軌道面1a,1aが形成され、内輪1の外周面のうち軌道面1a,1aが形成された部分については、その外径は幅方向両端部よりも中央部の方が大きく形成されている。また、外輪2の内周面は、2列一体の球面軌道面2aとされている。なお、内輪1,外輪2,及び球面ころ3は、同種又は異種の鋼で構成されている。
【0012】
そして、内輪1,外輪2,及び転動体3のうち少なくとも一つは、その表面の少なくとも一部に、防錆被膜(図示せず)を備えている。この防錆被膜は、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有している。
鋼の酸化還元電位は−0.44Vであるが、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属(すなわち、鋼よりも卑な金属)と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属(すなわち、鋼よりも貴な金属)と、が鋼材の表面に被覆されていると、異種金属間の局部電池作用によって、酸化還元電位が小さい前記第一の金属が選択的に酸化されることとなる。すなわち、自己犠牲的防食作用によって、鋼で構成された内輪1,外輪2,転動体3の腐食が抑制される。
【0013】
さらに、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方が、防錆被膜に含有されているので(すなわち、防錆被膜を構成する金属の一部が不働態化されているので)、局部電池作用が緩慢となる。その結果、防食作用が長期間にわたって持続される。
防錆被膜に含有されている金属酸化物の量によって防錆性が変化するが、十分な防錆性を得るためには、防錆被膜中の酸素量は5質量%以上であることが好ましく、6質量%以上であることがより好ましい。この酸素量は、蛍光X線分光分析法による測定値をZAF法により補正した値である。ZAF法とは、試料の蛍光X線の測定値に、原子番号効果補正(Z),吸収補正(A),蛍光励起補正(F)を施して真の値を求める方法である。
【0014】
前記第一の金属としては、例えばマグネシウム,アルミニウム,マンガン等があげられる。また、前記第二の金属としては、例えばニッケル,コバルト,チタン,銅,銀等があげられる。なお、本発明における前記第一の金属は、一種の金属からなるものに限定されず、酸化還元電位が−0.44V未満であるならば、複数の金属からなる混合物や合金であってもよい。前記第二の金属についても同様である。
【0015】
防錆被膜を形成する箇所は、内輪1,外輪2,及び転動体3の表面であれば特に限定されるものではなく、防錆被膜を形成した箇所の発錆を抑制することができるが、内輪1の軌道面1a,外輪2の軌道面2a,及び転動体3の転動面3aのうち少なくとも一つに防錆被膜を形成すれば、これらの面の発錆を抑制することができるので、自動調心ころ軸受を長寿命とすることができる。また、防錆被膜は潤滑性を有しているので、自動調心ころ軸受の潤滑性を向上させてより長寿命とすることができる。
【0016】
防錆被膜を形成する方法は特に限定されるものではないが、ショットピーニングが好ましい。すなわち、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを内輪1,外輪2,転動体3の表面に噴射して、防錆被膜を形成するとよい。ショットピーニングにより防錆被膜を形成すれば、電気化学的な方法を用いないため、水素の侵入に伴う機械的強度の低下が生じることがない。
【0017】
ショットピーニングを施す際には、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを別々に噴射してもよいし、同時に噴射してもよい。ただし、前記第一の金属の粉末を噴射して前記第一の金属の被膜を形成した後に、その被膜に前記第二の金属の粉末を噴射して前記第二の金属の被膜を形成し、2層構造の防錆被膜を形成すれば、前記第一の金属の酸化反応速度を遅くすることが可能である。また、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを混合して噴射すれば、前記第一の金属と前記第二の金属との合金からなる防錆被膜を形成することができる。より均一な合金被膜を形成するためには、前記第一の金属と前記第二の金属との合金の粉末を噴射することが好ましい。
【0018】
なお、本実施形態においては、転動装置の例として自動調心ころ軸受をあげて説明したが、転がり軸受の種類は自動調心ころ軸受に限定されるものではなく、本発明は様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、深溝玉軸受,アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,針状ころ軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。さらに、本発明は、転がり軸受に限らず、他の種類の様々な転動装置に対して適用することができる。例えば、ボールねじ,リニアガイド装置,直動ベアリング等である。
【0019】
〔実施例〕
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。図1の自動調心ころ軸受とほぼ同様の構成であり、内輪,外輪,及びころの各全面に、亜鉛(酸化還元電位は−0.7268V),錫(酸化還元電位は0.15V),酸化亜鉛,及び酸化錫で構成された防錆被膜をショットピーニングにより被覆した軸受(呼び番号24036、内径100mm、外径280mm、幅100mm)を用意して、その防錆性を評価した。
なお、内輪,外輪,及びころは、SCM420製で浸炭窒化処理が施されている。ただし、SCM420の代わりにSCr420で構成してもよいし、浸炭窒化処理の代わりに浸炭処理を施してもよい。また、SUJ2製でズブ焼入れ又は高周波焼入れを施したものでもよい。
【0020】
また、ショットピーニングは、図2に示すようなショットピーニング装置20を用いて、平均粒径30μm(JIS R6001の規定による)の亜鉛粉末と錫粉末との混合粉末を、噴射圧力0.5MPaで10分間吹き付けることにより行った。すなわち、タンク32内の投射材(混合粉末)35を、圧縮された気体34によって金属管33の先端のノズル33aから噴射し、内輪,外輪,及びころ(図2では内輪を図示してある)に吹き付けて、表面に防錆被膜を被覆した。
【0021】
混合粉末中の亜鉛粉末と錫粉末との混合比率は、亜鉛粉末が20〜80質量%(すなわち、錫粉末は80〜20質量%)となるように設定した。また、気体34には、空気又は空気と窒素とを混合したものを用いた。ショットピーニングに用いる気体34に酸素が含まれているため、混合粉末の一部が酸化され酸化亜鉛及び酸化錫が生成する(不働態化する)。生成した酸化亜鉛及び酸化錫の量によって防錆被膜の酸素量が決定するが、この酸素量は気体34中の空気の比率(分圧)によって調整することができる。
【0022】
【表1】

【0023】
表1に、混合粉末中の亜鉛粉末と錫粉末との混合比率と、気体34中の空気と窒素との比率(分圧)と、防錆被膜の酸素量と、を示す。酸素量の測定には、日本電子株式会社製の二次電子顕微鏡(SEM)「JSM−5610」と、これに付帯した米国EDAX社製のエネルギー分散型X線分光装置「Phoenix/Falcon」とを用いた。15kVの加速電圧を印加したタングステンフィラメントから発せられる電子線を試料に照射し、発生する蛍光X線を分析することにより、試料に含まれる亜鉛,錫,酸素の量を測定した。そして、その測定値をZAF法により補正した。その他の測定条件は、下記の通りである。
視野(倍率):300倍
取出し角度 :30°
チルト角 :0°
積算時間 :60秒
【0024】
次に、防錆性の評価方法について説明する。防錆被膜が被覆された自動調心ころ軸受を、温度80℃,湿度95%の環境下に放置して、発錆の状況を目視により観察した。そして、発錆の状況を、下記のようにランク付けした。
発錆が全くない場合を「0ランク」、酸化亜鉛や酸化錫からなる白錆が全面の20%未満の部分に見られた場合を「1ランク」、白錆が全面の20%以上100%以下の部分に見られた場合を「2ランク」とした。また、錆がさらに進行し、酸化鉄からなる赤錆が全面の20%未満の部分に見られた場合を「3ランク」、赤錆が全面の20%以上50%未満の部分に見られた場合を「4ランク」、赤錆が全面の50%以上100%以下の部分に見られた場合を「5ランク」とした。赤錆がさらに進行し、盛り上がった層状錆となった場合を「6ランク」、孔あき,折損等の損傷が生じた場合を「7ランク」とした。
【0025】
結果を図3のグラフに示す。実施例1〜3は、防錆被膜の酸素量が5質量%以上であるので、亜鉛の自己犠牲的防食作用により、長期間にわたって優れた防錆性が発揮されている。これに対して比較例1,2は、防錆被膜の酸素量が5質量%未満あるので、不働態化の効果が現れておらず、亜鉛の酸化速度が速く防錆性が低い。その結果、300〜400時間という短時間で赤錆が発生した。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態である自動調心ころ軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図2】ショットピーニング装置の説明図である。
【図3】防錆性の評価結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0027】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
3a 転動面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有する防錆被膜を、鋼材の表面に被覆することを特徴とする防錆処理方法。
【請求項2】
前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを前記鋼材の表面に噴射するショットピーニングによって前記防錆被膜を被覆することを特徴とする請求項1に記載の防錆処理方法。
【請求項3】
前記防錆被膜中の酸素量が5質量%以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の防錆処理方法。
【請求項4】
前記酸素量は、蛍光X線分光分析法による測定値をZAF法により補正した値であることを特徴とする請求項3に記載の防錆処理方法。
【請求項5】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を有し前記内方部材の外方に配された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転動装置において、
前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも一つは、その表面の少なくとも一部に、酸化還元電位が−0.44V未満である第一の金属と、酸化還元電位が−0.43V以上である第二の金属と、前記第一の金属の酸化物及び前記第二の金属の酸化物の少なくとも一方と、を含有する防錆被膜を備えていることを特徴とする転動装置。
【請求項6】
前記防錆被膜は、前記第一の金属の粉末と前記第二の金属の粉末とを前記表面に噴射するショットピーニングによって形成されたものであることを特徴とする請求項5に記載の転動装置。
【請求項7】
前記防錆被膜中の酸素量が5質量%以上であることを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の転動装置。
【請求項8】
前記酸素量は、蛍光X線分光分析法による測定値をZAF法により補正した値であることを特徴とする請求項7に記載の転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−7602(P2009−7602A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−167953(P2007−167953)
【出願日】平成19年6月26日(2007.6.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】