説明

電子顕微鏡の画像処理システム及び方法並びにスペクトル処理システム及び方法

【課題】 高分解能の電子顕微鏡の特徴であるノイズ成分を多く含む画像に対し、ノイズの低減と画像の輪郭の強調という、従来技術では相反する画像処理を同時に行うことのできる電子顕微鏡の画像処理システムを提供する。
【解決手段】 走査電子顕微鏡10は、電子銃から電子線を試料に照射し、試料から発生した二次電子を検出することによって顕微鏡画像を生成する。パーソナルコンピュータ20は電子顕微鏡10によって生成された顕微鏡画像を取得し、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す。パーソナルコンピュータ20は、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量の電子顕微鏡画像と、最大エントロピー法を用いた画像との比較に対する評価結果に基づいて前記画像処理のためのフィルタリング条件を決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡の画像処理システム及び方法並びにスペクトル処理システム及び方法に関する。詳しくは、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope:SEM)、透過電子顕微鏡(transmission electron microscope:TEM)、電子線マイクロアナライザー(electron probe micro analyzer:EPMA)、オージェ電子顕微鏡、エネルギー分散型分光計(energy dispersive spectrometer:EDS)、走査プローブ顕微鏡(scanning probe microscope:SPM)、二次電子(secondary electron:SE)製品、核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance:NMR)、質量分析装置(mass spectrometer:MAS)、電子スピン共鳴(electron spin resonance:ESR)、ESRイメージングなどによって得られた画像に適用できる画像処理システム及び方法並びにスペクトル処理システム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーの更なる進歩によって、電子顕微鏡はナノ・オーダという極微の世界を観察する為に、より試料ダメージの少ない低加速電圧、小照射電流量、短時間照射による試料観察・計測が要求されてきている。
【0003】
それによって得られる各種信号のS/N比の劣化や画像の歪みを補う為に、電子顕微鏡によって得られる二次元の画像信号に対するディジタル画像処理技術が必要とされてきている。
【0004】
つまり、ナノテクノロジーの発達と共に、対象とする試料が、(1)入射電子によるチャージ・アップを受けやすい、(2)電子線照射による試料ダメージを受けやすい、(3)画像が炭素等による汚染(コンタミネーション)の影響を受けやすい、などの特徴を持っている場合が多くある。ここで、チャージ・アップとは、試料表面上に入射電子が滞留するため、画像信号の信号レベルがオーバー・フローを起こす現象をいう。
【0005】
また、装置側の問題として、観察時間が長いと、(4)ステージのドリフトによる像ずれ、(5)外部電界・磁場の変動による入射電子ビームの揺れ、が生じ易くなる。(1)〜(5)は何れも画像や分析の分解能の低下につながる。
【0006】
上記(1)〜(5)の問題点を回避する為には、(a)電子線量を抑える、(b)電子線の照射時間を短縮する、(c)電子線の加速電圧を下げる、等で対応することが考えられるが、その結果として得られる画像及びスペクトルは非常にS/N比の悪い信号となる。
【0007】
図18はノイズを多く含む走査電子顕微鏡(SEM)像を示す図である。金の粒子像であるが、電子ビーム照射によるコンタミネーションとチャージ・アップを防ぐために、最も走査時間が早いTVレート(1画面走査時間が30ms)で電子ビームを走査して取得した二次電子像である。ここで、TVレートとは、標準テレビジョン信号が走査するレートである。また画像積算による分解能の低下を防ぐため、積算も行っていない。その結果、像は非常に多くのノイズを含んだ像になっている。
【0008】
電子顕微鏡像における従来手法のノイズフィルタは、平滑化手法が主に用いられてきた。平滑化については単純移動平均法や多項式適合法がある。以下にノイズを多く含むSEM像について、それぞれの適用例を示す。
【0009】
図19は一般的な画像処理アルゴリズムによる、電子顕微鏡画像のノイズフィルタの例を示す図である。本サンプルはノイズを多く含む金粒子のSEM像の例で、(a)が元のSEM像で、(b)(c)がそれぞれ移動平均法及び多項式適合法のアルゴリズムを用いて(a)の画像に対し、コンピュータによるディジタル画像演算処理を適用した結果である。(c)の多項式適合法は、係数が12,12,12,12,2のSavitzky Golay法の適用例である。
【0010】
(d)は同一試料に対して、SEMの電子ビームの走査速度を(a)に比較して大幅に遅くして、走査したときに得られた像で、得られる信号量の増大によるS/N比の改善が見られる。ただし視野は若干ずれている。
【0011】
(b)の移動平均では(a)のオリジル画像に比べてノイズが低減しているが、若干ぼやけているように見える。(c)の多項式適合法では滑らかな階調変化(像の内側の矩形部分)であるが、全体が(d)のスロースキャン像をぼかしたような像になっている。(b)、(c)の各種フィルタはいずれもノイズの低減に用いられるが、画像積算やローパスフィルタは分解能の低下という本質的な問題が内在されている。
【0012】
図20は同じく一般的な画像処理アルゴリズムによる、X線スペクトルのノイズフィルタの例を示す図である。EDSで得られたX線スペクトル(a)に対して、ノイズ・フィルタとして単純移動平均法を適用した例が(b)、(c)である。(b)は標準偏差が1/√2 のガウシャン・フィルタの適用結果で、(c)は単純加算平均フィルタの適用結果である。ともにノイズは低減されているがピーク強度がオリジナル・スペクトルと比べて鈍っていることが分かる。また定性分析の分析結果もオリジナル・スペクトルと若干異なってきている。
【0013】
従来技術としては、下記特許文献1のように、加重平均を用いて分光器の分光データからピーク位置をサーチする分光器のピークサーチ方法が提供されている。
【特許文献1】特開平8−31367号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、従来技術のノイズフィルタは基本的に画像信号の周波数領域において、ローパスフィルタの役割を担っているもので、ホワイトノイズを消そうとすると、画像のピーク強度も落ちるため、画像内に表示されている対象物の輪郭がボケると言う欠点を持っている。この欠点を補うため、対象物が幾何学的な模様を持っているなどの前提条件がある場合には、その輪郭に直線や2次、3次曲線を当てはめて、特定方向の特徴線だけを残すというような特殊な処理を行う場合もあるが、一般的には有効な手段が無いのが現状である。
【0015】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、特に高分解能の電子顕微鏡の特徴であるノイズ成分を多く含む画像に対し、ノイズの低減と画像の輪郭の強調という、従来技術では相反する画像処理を同時に行うことのできる電子顕微鏡の画像処理システム及び方法の提供を目的とする。
【0016】
また、本発明は、前記実情に鑑みてなされたものであり、特に高分解能のスペクトル生成部の特徴であるノイズ成分を多く含むスペクトルに対し、ノイズの低減と高精度な分析という、従来技術では相反するスペクトル処理を同時に行うことのできるスペクトル処理システム及び方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る電子顕微鏡の画像処理システム及び方法は、前記課題を解決するためになされたものであり、電子顕微鏡の電子銃から電子線を試料に照射し、試料から発生した二次電子を検出することによって生成した顕微鏡画像を制御部が取得し、最大エントロピー法を用いた画像処理を施す。
【0018】
制御部は、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量の電子顕微鏡画像と、最大エントロピー法を用いた画像との比較に対する評価結果に基づいて前記画像処理のためのフィルタリング条件を決定する。
【0019】
また、制御部は、前記比較に対する評価結果がNG(no good:不良、不合格、不可、不良品)であれば再度、装置関数のガウス分布の半値幅を変更して最大エントロピー法にかける。
【0020】
また、制御部は、前記比較に対する評価結果がOK(問題なし、合格、良品)であれば、照射電流量、照射ビーム径、加速電圧に関する電子顕微鏡の最適条件を自動的に決定し、前記電子顕微鏡を制御する。
【0021】
本発明に係るスペクトル処理システム及び方法は、前記課題を解決するためになされたものであり、スペクトル生成部によって生成されたスペクトルを制御部が取得し、スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、特に高分解能の電子顕微鏡の特徴であるノイズ成分を多く含む画像に対し、ノイズの低減と画像の輪郭の強調という、従来技術では相反する画像処理を同時に行うことができる。また、特に高分解能のスペクトル生成部の特徴であるノイズ成分を多く含むスペクトルに対し、ノイズの低減と高精度な分析という、従来技術では相反するスペクトル処理を同時に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を適用した電子顕微鏡の画像処理システム及び方法並びにスペクトル処理システム及び方法の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0024】
この実施の形態は、例えば走査電子顕微鏡(SEM)によって得られたSEM画像に対してベイズ定理に基づいた最大エントロピー法を適用して画像処理を行う走査電子顕微鏡の画像処理システムである。
【実施例1】
【0025】
図1は実施例1となる走査電子顕微鏡の画像処理システム1の構成図である。走査電子顕微鏡10のSEM画像をパーソナルコンピュータ(PC)20が取り込んで、画像処理を施すという構成である。つまり、パーソナルコンピュータ20が走査電子顕微鏡10を制御して、走査電子顕微鏡10から画像を取り込み、取り込んだ画像に対して画像処理を施す構成である。
【0026】
走査電子顕微鏡10は、電子銃から電子線を試料に照射し、試料から発生した二次電子を検出することによって顕微鏡画像を生成する。制御部であるパーソナルコンピュータ20は電子顕微鏡10によって生成された顕微鏡画像を取得し、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す。
【0027】
パーソナルコンピュータ20は、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量の電子顕微鏡画像と、最大エントロピー法を用いた画像との比較に対する評価結果に基づいて前記画像処理のためのフィルタリング条件を決定する。このフィルタリング条件の決定については後述する。
【0028】
この走査電子顕微鏡10の画像処理システム1は、短時間の走査や、少ない照射電流量で得られたSEM画像に含まれるホワイトノイズを減少させるために、ベイズ定理に基づく最大エントロビー法(BBMEM法;Bayesian Based Maximum Entropy Method)を適用する。ベイズ定理に基づく最大エントロピー法については後述する。
【0029】
このように、本実施の形態では、予め大照射電流で画像(またはスペクトル)を取得しておき、小照射電流で取得した画像(またはスペクトル)をBBMEM法のフィルタをかけたものと比較する。すなわち、予めノイズの少ない画像(またはスペクトル)を取得しておいて、ノイズの多い画像(スペクトル)をBBMEM法にかけた画像(スペクトル)と比較し、ノイズ低減を評価する。つまり、一般的な(大照射電流でもチャージアップしないで、S/N比の良い画像が得られる)試料を用いて、上記の操作により、最適なBBMEM法のフィルタリング条件を決めておけば、任意の試料でも、任意の小照射電流条件でも、最適なフィルタリングが出来る。
【0030】
図2は走査電子顕微鏡10の構成図である。走査電子顕微鏡10は真空の鏡筒内に、電子銃11と、コンデンサレンズ12と、対物絞り13と、収差補正装置Cと、偏向器14と、対物レンズ15と、試料16と、試料ステージ17と、検出器18とを備える。
【0031】
電子銃11は電子ビームを発生し、加速電圧によって電子にエネルギーを与える。コンデンサレンズ12は、電子銃11で発生した電子ビームを集束し、かつ電子ビーム電流を適当な値に制限する。収差補正装置Cは、電子銃11で発生した電子ビームの色収差と球面収差を補正する。偏向器14は、電子ビームを二次元的に偏向して走査する。対物レンズ15は、電子ビームをフォーカスして試料16に照射する。試料ステージ17は、試料16を載置して所望の場所で電子ビームが照射・走査するように試料16を任意に駆動する。検出器18は、電子ビームの照射・走査に伴って試料16から発生する二次電子などの信号を検出する。検出器18は、二次電子の量の違いを検出する。検出した画面はパーソナルコンピュータ20により画像データとして取り込まれる。
【0032】
図3はパーソナルコンピュータ20の構成図である。中央演算処理装置(CPU)21にはバス22を介してROM23、RAM24、ハードディスクドライブ(HDD)25が接続している。また、CPU21にはバス22を介して走査電子顕微鏡10とのインターフェース(I/F)26、キーボードやマウスなどの入力操作部27、CRTやLCDなどの表示部28が接続している。ROM23又はHDD25には、本発明の電子顕微鏡の画像処理方法に基づいた画像処理プログラムが格納されており、CPU21によって逐次読み出され、RAM24をワークエリアとして実行される。
【0033】
このパーソナルコンピュータ20は、画像処理結果の像に対して輝度階調の変換を行い最大ピーク値を表示可能なビット数内に収めるピーク値調整を行う。また、パーソナルコンピュータ20は、ピーク値調整によってピーク値が調整された画像のノイズ度と、輪郭のボケ具合を評価する。
【0034】
また、パーソナルコンピュータ20は、評価がNGであれば、計算の収束条件パラメータを変えたり、輝度階調の変換係数を変える。また、パーソナルコンピュータ20は、電子顕微鏡によって生成された2次元の顕微鏡画像を、x方向の1次元の輝度スペクトルの集まりとみなして、x方向の走査線ごとに同一条件で最大エントロピー法の計算を適用する。
【0035】
また、パーソナルコンピュータ20は、電子顕微鏡像によって生成された顕微鏡画像に最大エントロピーを用いた画像処理を施し、かつ輝度の補正を行うためにγ変換や、輝度の分布の平均化による輝度分布の修正を行う。
【0036】
図4は、上記画像処理プログラムのフローチャートである。この画像処理プログラムは、パーソナルコンピュータ20のCPU21が実行する。ステップS1にて、前記検出器18によって検出された二次電子の量に基づいて電子顕微鏡画像を取得する。ステップS2にて、後述の最大エントロピー法を用いて画像のフィルタリングを行う。このステップS2における最大エントロピー法を用いての画像のフィルタリング条件については後述する。ステップS3にてフィルタリングの結果の像に対して輝度階調の変換を行い最大ピーク値を表示可能なビット数内に収める。
【0037】
ステップS4にてステップS3で得られた画像のノイズ度と、輪郭のボケ具合を評価する。具体的には、目視やエントロピー量で評価する。ボケ具合の評価にあってNGであればステップS5に進み、再度最大エントロピー法にかける。計算の収束条件A値を変えたり、輝度階調の変換係数を変える。また、後述するラグランジェの未定定数α値を変えてもよい。ボケ具合の評価にあってOKであればステップS6に進み画像観察を行う。
【0038】
次に、最大エントロピー法の持つ意味とベイズの定理を説明し、ベイズ定理に基づく最大エントロピー法を導く。
【0039】
まず、最大エントロピー法について説明する。最大エントロピー法は、1967年、J.P.Burgにより地下探査の方法として提案された。その後、地球物理学の分野において、太陽の活動周期と年気温変動との相関、地震波解析、地磁気変動・地軸変動の解析などに画期的な成果を収めた。Burgによって提唱された当初の原理は、“有限な測定データから、測定不可能な大きな時間的ラグを持つ自己相関関数を、情報エントロピーが最大となるように推定することにより、スペクトル推定行うこと”であった。従って無限に続く信号の一部分だけから、スペクトル解析をするのに適していると考えられた。しかし最近では時間軸のシーケンスだけでなく、空間的やエネルギー的に拡がった信号の有効領域からのスペクト解析が行われるようになった。例えばX線CT(Computed Tomography)において、観察された投影像のみから全体像の推定などに適用されている。
【0040】
次に、ベイズ統計学について説明する。べイズ統計学は、Thomas Bayes(1702−1761)の名前から取られ、今日では統計学の最も重要な概念の一つとして考えられている。ベイズの定理は、我々の必要とする帰納的論理と我々の知っている演繹的な論理をつなぐ重要な定理となっている。(1)式にベイズの定理を示す。
【0041】
また、図5には、ベイズの定理を導くのに用いるサンプル空間と確率を示す。
【数1】

【0042】
ベイズ統計で考えるベイズの定理とは(1)式を、式はそのままでそこに含まれる意味を拡大する。観察される事象に対する科学的なモデル(仮説)を立て、それが実際の観察値と合っているかどうかを考える。その指標として尤度という概念を導入する。尤度を考える場合、事象は既におきており、観察データが得られている場合を想定する。その場合に、その仮説の下での、観察データが起きる確率を考える。これが尤度である。(1)式は次の(2)式に意味的に拡大される。
【数2】

【0043】
左辺P(f|D)を観測値Dが与えられた時の仮説fの事後確率と呼び、対する右辺のP(f)を仮説fの事前確率と呼ぶ。右辺のP(D|f)が仮説fの尤度であり、ある仮説fのもとで観察された値Dが生じる確率を意味する。分母P(D)は仮説fに依存しない定数である。ベイズの定理とは「ある仮説fの事前確率と尤度の積がfの事後確率になる」ということを意味している。ただし、事前確率は一意的に与えられず、ある程度の主観的な推定によって決める。
【0044】
次に、ベイズ定理に基づく最大エントロピー法(BBMEM法;Bayesian Based Maximum Entropy Method)法の導出について説明する。
【0045】
上記(2)式の中の尤度P(D|f)にガウス分布を仮定すると、次の(3),(4)が得られる。
【数3】

【数4】

【0046】
ここで、DiとFiはそれぞれがn次のベクトルD=(D1,D2,…Di‥Dn)とf=(f1,f2,・・・fi,fn)であることを示し、Fiはfiに対する装置関数を意味する。αiはi番目の観測値Diが装置関数Fi(fi)と誤差αiの範囲で一致する条件として導入している。
【0047】
同様に事前確率P(f)はpositive and additive distribution (positiveは事象が常に起きているので確率P(f)が負にならないこと、additiveは事象の生起が常に積算されることを示している)を仮定するとポアソン分布となり、次の(5),(6)式が得られる。
【数5】

【数6】

【0048】
ここで、mはfの初期(またはデフォルト)モデルと呼ばれ、測定結果が存在していない段階(Prior)でのfの直として想定されているものである。また、αはラグランジェの未定定数、Sは情報エントロピーと呼ばれている。
【0049】
(2)式,(3)式及び(5)式より、次の(7)式が得られる。
【数7】

【0050】
BBMEM法では、この仮説fが真値であるものを求める。真値である根拠として、観測値Dが与えられたときの新値fの確率P(f|D)が最大になることを挙げている。すなわち、P(f|D)の最大値を求めるためにαS−(1/2)xの最大値を(8)式のように求めることがBBMEMの原理となる。なお、この(8)式は(1/2)xがラグランジェ未定乗数法の拘束条件となっている。
【数8】

【0051】
一般に、逆問題を解く解法では、数値解析的に逆関数が求まらない場合がある。一方、BBMEM法では、式(4)および式(8)から明らかなように、観測値Dに対して、真値fとの間に許容範囲である誤差σを想定し、逆関数F−1でなく装置関数Fを仮定することによって真値を推定することができる。なお、式(8)のxの項が誤差σに関する拘束条件に当たっている。
【0052】
なお、BBMEM法では、共役勾配法により、非線形最適化問題の近似解を求めている。この方法は反復法でありながら、有限回のステップで厳密解に到達する特徴を持つが、数値計算に発振が生じた場合に多くの回数を繰り返しても十分な精度が得られない場合がある。したがって、以下で定義するパラメータAはこの共役勾配法の収束条件を示すものであり、Aを1に近づけるとα≒0となり、(f1,f2)が最適値となるように計算される。しかし、同時に、発振などの問題点が生じる。したがって、最適な反復計算の収束条件のパラメータ値Aを定めることが重要である。
【0053】
また、ラグランジェの未定定数αを収束条件としてもよい。つまり、概略で、α∝Aでかつ、A>>1→α=∞、A<1→α=0である。このため、Aを決めて計算するのは、αの上限値を決めて、計算結果のα値がそれ以下になったところでとめればよい。
【0054】
図6には、αの変化を示す。αの値はA<3の範囲で十分に0に近づいている。αが0に近づくということは(d1,d2)に近づいていることを示している。例えば、A=5.6,5,4,3,2,1,0.5に相当するαの値は、表1のようになるので、この値を用いることができる。
【表1】

【0055】
例えば、A=5,4,3,2,1の代わりに、α=0.067,0.05,0.015,0.005,0.001を用いる。最適な画像をα=0.005の場合とするということができる。
【0056】
次に、BBMEM法のSEM画像への適用について説明する。従来技術の欄にて述べたように、試料ダメージやコンタミネーションを少なくし、さらに絶縁体や半導体試料の場合の試料のチャージ・アップを防ぐには、電子ビームの照射電流量を極力少なく(数pA〜数100pA)し、かつ高速の走査(標準テレビ画像の一画面の走査時間と同等な、一画面512×512pixelを30msでの走査)が必要となり、1回の走査で得られる画像はノイズを多く含んだものとなる。この場合、一画面30msの走査を繰り返し、画像を積算することにより画質を改善する方法が通常用いられる。試料の一定位置に対する単位時間辺りの照射電流量を減らせるという意味で、試料ダメージ、コンタミネーション、チャージ・アップにある程度効果はあるが、例えば一画面30msの走査で64回積算の場合は全体で2秒間の照射となり、半導体試料などの場合、チャージ・アップ現象で各画素の輝度がオーバー・フローを起こし、画像は全面がハレーションにより白で覆われた画像となってしまう。チャージ・アップは試料表面上に入射電子が滞留し、試料内から発生した二次電子が電気的な反発力を受けて試料に戻らず、過剰な量の二次電子が二次電子検出器18で検出され、画像信号の信号レベルがオーバー・フローを起こす状態である。従って通常半導体試料の場合は一画面30msの走査で1回〜8回積算程度の画像を用いている。またコンタミネーションについても同様である。複数回数の画像積算を行うと、しばしば画像の積算中に、試料にコンタミネーションが発生・成長し、黒点のようなものが拡がる場合が観察される。またもう一つの問題は、一画面512×512pixelを30msで走査する場合は、帰線時間(ブランキング時間)などを考慮すると1ピクセル(pixel)の滞留時間はわずか80nsとなり、この様な高速な走査において電気的なノイズ、走査コイルの応答性、電子光学系全体の持つヒステリシス、機械的振動などを考慮すると毎回の電子ビームの走査で正確に試料上の同じ部分を照射することは非常に困難なことである。その場合、各画像上の同一画素が異なった試料上の位置となり、画像積算を行うことによって像の分解能は低下していく。
【0057】
そのため現在は上記のような繊細な試料を観察する場合には低電流で少ない回数の高速走査で画像を取得し、ノイズを多く含むが分解能の高い画像を目視観察することで微細な半導体素子中の欠陥や、結晶中の転移などを観察している。従って、この様なS/N比の悪い画像について、分解能を減ずることなく、ノイズを低減できるノイズフィルタを開発することが必要となってきている。特に今後予想される電子顕微鏡による自動観察・自動認識システムの構築には不可欠な技術となる。電子顕微鏡の自動化に伴い、人間の判断を介さずに自動的に形状を認識・分別することが必要となってきている。そのためにはノイズを含む画像から、対象となる画像の情報を正確に抽出することが必要となってきた。現在すでに半導体の欠陥検査用電子顕微鏡ではオペレーションの無人化が始まっており、その中で半導体表面の欠陥、ゴミ、傷等の自動認識が要求されているが、その完成度は低い。その主因の一つとして得られる画像のS/N比が低いことが挙げられる。本特許ではベイズ統計に基づく最大エントロピー法(BBMEM法)によるノイズフィルタのアルゴリズムをS/N比の低い半導体試料などの電子顕微鏡像に適用することにより、効果的なノイズフィルタとして機能することを特徴としている。ここで、効果的であるという点は最大エントロピー法の特徴である、(1)輝度のピークを減ずることなくノイズを減衰させる機能があること、(2)フィルタで変換後の輝度のピークが画像の各画素のデータ長を超える場合の補正機能を持つこと、(3)ベイズ統計の特徴である、測定されたデータ値が計測の課程でどの程度の分散を受けたか(どの程度分解能が落ちたか)を、初めに予測して計算できること、(4)従って、ノイズフィルタによるノイズの減衰量を評価することにより、一次電子線の照射電流量や走査スピードに対応した、最適なノイズフィルタの計算パラメータを求めて再計算することが可能となる、を生かしたノイズフィルタが可能となる。
【0058】
次に、SEM画像への適用アルゴリズムについて説明する。ベイズの定理に基づく最大エントロピー(BBMEM)法によるノイズフィルタのSEM画像への適用は、2次元の画像を図7に示すように、x方向の1次元の輝度スペクトの集まりとみなして、x方向の走査線ごとにそれぞれ同一条件でBBMEM法の計算を適用することによって行った。その根拠はSEM画像の場合は、通常電子ビームはx方向を図7の矢印方向に走査されるため、x方向にはビーム径やチャージアップの効果などによる隣接画素間での輝度の相互干渉が起こると考えられるためである。電子ビームが終端(同図矢印(1)の右端)に達して、次のラインの先頭(同図矢印(1)の左端で、y方向に一本進める)に戻る間の帰線時間は、電子ビームは試料の上方に位置する電磁偏向コイルで偏向され、試料表面に電子ビームが当たらないようになっている。テレビレートでのx方向の1画素に相当する試料位置での電子ビームの滞留時間は80nsであり、1ラインの走査時間は、最速のテレビレート時で約50μsである。y方向の各ラインの時間差は、帰線時間も入れて約60μsの遅延時間が有る。したがってx方向については隣接する画素間については電子ビームの照射時間の遅延は80ns間隔であるが、y方向で隣陵する画素間の電子ビーム照射時間の遅延は約60μsと1,000倍の遅れがある。従って、y方向にはx方向ほど隣接画素間の輝度の相互干渉が無視できると仮定する。
【0059】
次に、BBMEM法の適用方法について説明する。SEM画像の階調はわずか256階調(各画素がモノクロで8bit長の輝度情報)であるため、BBMEM法を適用すると、ピークの値が強調され、ピーク位置の画素の輝度情報が往々にして255以上となる。図8は半導体試料像にBBEME法を適用した場合に、いろいろな反復計算に伴う、画像の破線上の輝度プロファイルと元画像の同位置の輝度プロファイルを比較表示したものである。図8(a)は、元画像と破線上のプロファイルを示す。図8(b)は、A=5画像と同プロファイルを示す。図8(c)はA=4画像と同プロファイルを、図8(d)はA=3画像と同プロファイルを、図8(e)はA=2画像と同プロファイルを、図8(f)はA=1画像と同プロファイルを示す。計算パラメータAはBBMEM法の繰り返し計算の収束パラメータで、A>>1のとき繰り返し計算は少ない回数で終了し、A→1に近づくに従い繰り返し計算の回数が多くなる。この図より繰り返し計算の回数が多くなるにつれプロファイルの形は先鋭化し、ピーク位置が高くなることが分かる。
【0060】
また図9(a)はコンタクト・ホール(LSIチップ)と金試料について、それぞれのBBMEM法適用画像の持つ輝度の最大値を表にしたものである。それぞれの例では反復回数の少ない場合は最大輝度が255以下であるが、反復回数が多くなると最大輝度が255以上となっている。
【0061】
元画像は図9(b)に示すコンタクト・ホール(LSIチップ)、図9(c)に示す金試料ともに、輝度階調が0〜255の画像であるので図9(a)より、A=3から2の間で元の画像より最大輝度が大きくなることがわかる。従ってA=2でBBMEM法を適用した場合、そのままでは輝度情報が8bit長に対しオーバー・フローするため、何らかの方法でコンプレスする必要がある。実際には像として図8で表示・印刷された場合には階調は0〜255階調に圧縮されて表示される。したがって図8(e),(f)ではA=2、A=1の画像の最大輝度値が255に圧縮されるために、画像が画面全体として暗くなっており、平均輝度が低くなっていることがわかる。それと同時に元画像のラインプロファイルとA=2、A=1のラインプロファイルを比較することにより、BBMEM法の適用が、輝度のピーク値を強調しながら、かつノイズフィルタとして機能していることが分かる。更に画像の最大輝度を255階調に圧縮されることに伴う、平均輝度の低下を補正するために、γ変換(画像のルックアップ・テーブルに非線形な関数を用いる;光学的に良く用いられる手法で、視神経の感度を補正する目的で使用される場合が多い)や輝度の分布の平均化(ヒストグラム・イコライゼーション)による輝度分布の修正を行う。
【0062】
図10には、例としてはLSIチップについて、BBMEM法の適用結果(A=2)の画像にγ変換とヒストグラム・イコライゼーションを行った結果を示す。図10(a)は元のLSIチップ画像である。図10(b)はA=2の画像、図10(c)は(b)をγ変換した画像、図10(d)は(b)をヒストグラム・イコライゼーションした画像である。
【0063】
図10で示したようにγ変換やヒストグラム・イコライゼーションにより、ピーク強度を保ち、ノイズフィルタ効果のある理想的な画像フィルタが実現される。
【0064】
以上に説明したように、BBMEM法の特徴として、小さなノイズ成分を滑らかにしながら、ピーク強度を強調する特性があるが、画像の場合各画素のデータ長が一般には8bitしかなく、その階調度が0〜255階調しかないため、ピーク強度が255より大きくなると、その最大値を255に圧縮して表示されるために全体の輝度レベルが下がり、ディテールが分かりにくい像となる。従ってBBMEM法とγ補正や輝度ヒストグラムのイコライゼーションといった輝度レベルの調整(ブライトネス調整)法を使うことによりノイズ成分を滑らかにしながら、ピーク強度を強調する方法を実現した。
【実施例2】
【0065】
次に、実施例2について説明する。本発明は、二次元画像データである透過電子顕微鏡像や走査電子顕微鏡像ばかりでなく、波長分散型分光計(wavelength dispersive X-ray spectrometer:WDS)、エネルギー分散型分光計(energy dispersive X-ray spectrometer:EDS)で得られるX線スペクトルや、オージェ電子顕微鏡で得られるオージェ電子スペクトルなどの一次元スペクトル・データについても同様に適用できる。
【0066】
一般にこれらのスペクトルは高分解能での測定時には、(1)X線等の発生領域の拡大を防ぐため短時間測定(数ms〜数秒)を行う、(2)(1)と同様の理由により試料表面に照射される一次電子ビームのビーム系をなるべく小さくするために、得られる信号はS/N比の低いものとなる。
【0067】
従って、本発明の電子顕微鏡の画像処理方法のアルゴリズムをスペクトル処理システムに適用することにより、ノイズの低減とスペクトル・ピークの強調を同時に行うことができる。BBMEM法は特にノイズを多く含む場合のピーク判定に効果がある。
【0068】
つまり、スペクトル処理システムは、一次電子を試料に照射し、試料から発生したX線、オージェ電子、二次電子等を検出することによってスペクトルを生成するスペクトル生成部と、前記スペクトル生成部によって生成されたスペクトルを取得し、前記スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す制御部とを備える。
【0069】
制御部は、前記スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量のスペクトルと、最大エントロピー法を用いたスペクトルとの比較に対する評価結果に基づいて前記フィルタリング条件を決定する。
【0070】
また、制御部は、前記比較に対する評価結果がNGであれば再度、装置関数のガウス分布の半値幅を変更して最大エントロピー法にかける。
【0071】
また、制御部は、前記比較に対する評価結果がOKであれば、照射電流量、照射ビーム径、加速電圧に関する最適条件を自動的に決定し、前記スペクトル生成部を制御する。
【0072】
また、制御部は、前記フィルタリング処理結果に対してピーク最大値の正規化を行い、最大ピーク値を調整する。
【0073】
また、制御部は、ピーク値調整によってピーク値が調整されたスペクトルのノイズ度を評価する。そして、評価がNGであれば、計算の収束条件パラメータを変える。
【0074】
図11はスペクトル処理システムにて実行されるスペクトル処理方法を説明するためのフローチャートである。まず、ステップS11にて.EDS、WDS、オージェ電子スペクトルなどを取得する。次に、ステップS12にて最大エントロピー法を用いてスペクトルのフィルタリングを行う。次に、ステップS13にてフィルタリング結果の像に対しピ一ク最大直のノーマリゼイションを行い、ピーク値の最大値を元のスペクトルにあわせる。そして、ステップS14にてステップS3で得られたスペクトルのノイズ度を評価する。この場合の評価の具体例は、目視またはエントロビー量または定性分析結果などで評価することである。評価結果がNGであるとステップS15に進み、再度最大エントロピー法にかける。また、評価結果がOKであれば、ステップS16に進み、スペクトルの定性・定量分析を行う。
【0075】
以下には、図11の処理手順に基づいた結果を説明する。測定時間5sで測定した希土類含有試料のスペクトルに対して最大エントロピー法による変換を行い、測定時間30sで測定したスペクトルのS/N比との比較から、最大エントロピー法のノイズ減少能力の評価を行うものである。また、5s測定のスペクトルに対して、さらに人工的なホワイトノイズ(ランダムノイズ)を付加した後に最大エントロピー法による変換を行い、この変換が元のスペクトルをどの程度復元できるかも調べた。また、最大エントロピー法の収束条件を変更することによる計算結果への影響を調べ、妥当な収束条件を決定する方法を検討した。
【0076】
図12は希土類としてNdを含有する試料に対して、5s間のEDSスペクトルの測定を行った結果を示す図である。縦軸は比較のため、X線計数率(count/s)を対数で表示している。横軸はkeVである。加速電圧は20keV、ビーム電流は0.605nA、計測時間は5sである。
【0077】
図13は図12と同じ条件で、かつスペクトルに対して、BBMEM変換を行った結果を示す図である。図12の場合と比較すると、ピークは崩れずに、ノイズが減少していることがわかる。また従来手法の単純移動平均法を用いたノイズフィルタを適用した結果に比しても、ピークを保ったままノイズが減少している。図中に示す定性分析(ピーク位置より元素名を同定し、表示するソフトウェア)の結果も良好である。
【0078】
BBMEM計算の効果を検証するため、さらに測定時間30sのスペクトルとの比較を行った。図14は、EDSで5s間測定した結果のスペクトル(a)と、(a)にBBMEM法を適用して得たスペクトル(b)、および同一サンプルを30s測定したスペクトル(c)を比較したものである。エネルギーの表示範囲は図12の0〜3.0keVを拡大表示している。スペクトル(b)では、スペクトル(a)よりもノイズが少なく、30sの測定のスペクトル(c)のノイズとほとんど変わらないことがわかる。また、スペクトル(c)がスペクトル(b)と異なる原因としては、測定時間が長いためにホワイトノイズ以外のノイズが含まれていることが考えられる。
【0079】
図15には、同じくNd含有試料で5s測定結果と30s測定結果が大きく異なる例を示す。図14と同様に3種類のスペクトルの比較を行った。その結果、5sの測定では明瞭でなかったFeのLα線が30sの測定では主要なピークとなっていることがわかる。また、逆に5sの測定の主要なピークであるCのKα線が30sの測定には相対的に小さなピークとなっている。
【0080】
本スペクトルでは、5sec計測時では明療でなかったFeのLα線が30sec計測時には主要なピークとなっている。また逆に5sec計測時の主要なピークであるCのKα線が30sec計測時には相対的に小さなピークとなっている。
【0081】
図15における5sと30sで測定したスペクトルの変化の原因として、スペクトルの測定時間とともに照射領域が拡大し、X線の発生源が広がったことが予想される。従って、この様な場合には測定時間を短くして、しかも、ノイズの多い情報からピークを崩すことなくノイズのフィルタを掛けて正確な分析ができれば理想的である。BBMEM法は従来法のローパスフィルタのようなピークの減少をさせることがないので、理想的なノイズフィルタの一つとなる。
【0082】
次に、ノイズに対する適応性の評価について説明する。BBMEM法がどのくらいホワイトノイズの減少に有効であるかをさらにはっきりさせるために、人工的なホワイトノイズを図12のオリジナルスペクトルに重畳して検討を行った。図16はノイズに対する適応性の評価結果を示す図である。重畳したホワイトノイズの絶対値は0〜10counts/sとその倍の0〜20counts/sであり、比較のため同じノイズ波形を適用し、その振幅の絶対値を1:2とした。それぞれのノイズ重畳スペクトルに対してBBMEM法による変化を解析した。
【0083】
(b)のノイズ重畳スペクトルを用いた定性分析ソフトウェアの分析結果では、本来PのKα線が疑似ピークとして検知されているが、(c)のBBMEM法の適用結果では検知されていない。また(d)ではSのKα線およびKβ線が検知されていないが(e)では両方の線が検知されている。したがって、BBMEM法はホワイトノイズを減少させ、ホワイトノイズによる擬似ピークを消し、また、隠れていたシグナルピークを見出す効果があることがわかった。
【0084】
なお、ベイズ法では、予めP(f)に予測値mを入れることができる。オージェスペクトルやEELSスペクトルのように、スペクトルのバックグランドが特定の波形をしている場合には、予測値mに反映することができる。
【0085】
P(f|D)∝P(D|f)・P(f)
つまり、ある程度、形の決まっているスペクトルには有効である。特にオージェスペクトルやEELS(Electron Energy-Loss Spectrometer)スペクトルの場合にはバックグラウンド・スペクトルの形が予め予測できる為、デフォルト値mにこのバックグラウンドの曲線を当てはめることは有効である。
【実施例3】
【0086】
次に、実施例3について説明する。電子顕微鏡の照射電流を極端に絞った場合である。走査電子顕微鏡で照射電子ビーム量が10pAで1000×1000画素の1画面を6画面/sで走査した場合、1画素当たりの試料上の照射された電荷は1.6×10-18Cとなる。電子の電荷は1.6×10-19Cなので、1画素当たりわずか、10個の電子入射となる。このような量子的な量の世界では、2次電子の検出によるSEM像の形成は、ガウス過程でなく、ポアッソン過程による形成力が支配的であると報告されている。従って、我々のBBMEM法では尤度P(D|f)にガウス分布を仮定しているが、これが不十分な仮定である可能性がある。勿論BBMEM法は事象の発生自体は、事前確率P(f)がポアッソン分布を取ることを仮定しているが、装置関数がガウス分布の揺らぎを持つことを尤度P(D|f)の定義に組み込んでいる。
【0087】
二次電子の発生が極端に少ない場合にはこの装置関数による揺らぎが及ぼす影響が支配的でないと考えて装置関数Fのガウス分布の半値幅を変化させて、BBMEM法を適用することが考えられる。つまり、小照射電流量の照射時の電子顕微鏡像にいろいろなガウス分布の半値幅でBBMEM法を適用させる、次に電流量を増やして電子顕微鏡像を得る。何らかの方法でこれらの画像を比較し、ガウス分布の半値幅の最適値を求める。比較の方法は直接画像を比較する方法や、図8のようにラインプロファイルを用いる方法や、後述する情報のエントロピーの(12)式で述べる相互情報量を各画像間の比較に使う方法が考えられる。この場合最適な条件設定でBBMEMの適用が可能となる。従来のノイズフィルは電子光学的な条件をフィルタ定数に取り込むのは困難であったが本方法は物理的な意味を持つ形でノイズフィルタを実行できる特徴を持つ。
【0088】
また、もし、上記装置関数による揺らぎが及ぼす影響が支配的でなく、二次電子の発生が極端に少ない場合に、前記(8)式を用いたBBMEM法の解が、電子顕微鏡像の真値を求めるために有効とならない場合があるならば、尤度P(D|f)にポアッソン分布を用いるようにしてもよい。
【0089】
この場合、尤度P(D|f)は、
(D|f)=exp|-f|fD/D!
となる。
【0090】
次に、情報のエントロピーと相互情報量について説明する。まず情報のエントロピーの概念を導入する。確率変数Xが分布p(X=xi)を持つとき、これに付随する情報エントロピーHを次の(9)式で定義する。
【数9】

【0091】
上記(9)式において、底a(>1)を2としたときHの単位をビットという。Xについて事象xiが生起したということを知ったときに得られる情報量を-logap(xi)とする。上式よりXについての結果を知ったときに得られる情報量の期待値と考えられるH(X)はH(X)≧0であり、あるiについてp(xi)=1のときのみH(X)=0である。またp(xi)=1/N(i=1,2…,N)のときにH(X)= logaNとなる。
【0092】
さらに条件付確率を用いると、事象Y=yiが生起したという条件のもとでのXについてのエントロピーは次の(10)式によって定義される。
【数10】

【0093】
そのYに対する期待値をH(X|yi)と書くと次の(11)式が得られる。
【数11】

【0094】
これをYに関するXの条件付情報エントロピーという。情報量としての意味付けから明らかなように、シヤノンの不等式が次の(12)式のように成立する。
【数12】

【0095】
この(12)式により、次の(13)となる相互情報量I(Y,X)が定義される。
【数13】

【0096】
IはYについての情報を得ることにより得られるXについての情報量を与える。明らかにXとYが独立であればI(X;Y)=0である。
【0097】
次に、図4のステップS12における最大エントロピー法を用いて画像のフィルタリングを行う際や、図11のステップS12にて最大エントロピー法を用いてフィルタリングを行う際のフィルタリング条件の決定について説明する。
【0098】
図17は、フィルタリング条件の決定動作フローチャートである。ステップS11にて、あらかじめ大照射電流量の電子顕微鏡画像を取得する。ステップS12にて、小照射電流量の電子顕微鏡画像を取得する。ステップS23にて、最大エントロピー法を用いて画像のフィルタリングを行う。ステップS14にて、BBMEM法の適用結果の像と大照射電流量の電子顕微鏡像との比較を行い、フィルタ効果を評価する。評価結果がNGであれば、ステップS25に進み、再度ガウス分布の半値幅を変更し最大エントロピー法にかける。一方、評価結果がOKであれば、ステップS26に進み、照射電流量、照射ビーム径、加速電圧ごとに、最適な収束条件A値、ガウス分布の半値幅、階調変換係数を記憶する。次に、ステップS27にて、電子顕微鏡の照射電流量、照射ビーム径、加速電圧ごとに記憶された、上記最適条件を自動的に再現してフィルタリングを実行する。または、ステップS27に代わって、ステップS28にてフィルタリング条件に最も適合した電子光学条件で、再度画像を取得する。
【0099】
以上に説明したように、前記実施の形態の実施例1乃至実施例3によれば、輝度のピークを減ずることなくノイズを減衰させる機能がある。また、フィルタで変換後の輝度のピークが画像の各画素のデータ長を超える場合の補正機能を持つ。また、ベイズ統計の特徴である、測定されたデータ値が計測の課程でどの程度の分散を受けたか(どの程度分解能が落ちたか)を、初めに予測して計算できる。従って、ノイズフィルタによるノイズの減衰量を評価することにより、一次電子線の照射電流量や走査スピードに対応した、最適なノイズフィルタの計算パラメータを求めて再計算することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】走査電子顕微鏡の画像処理システムの構成図である。
【図2】走査電子顕微鏡の構成図である。
【図3】パーソナルコンピュータの構成図である。
【図4】画像処理プログラムの処理手順を示すフローチャートである。
【図5】ベイズの定理を導くのに用いるサンプル空間と確率を示す図である。
【図6】αの変化を示す図である。
【図7】SEM画像へのBBMEM法の適用を説明するための図である。
【図8】半導体試料像にBBEME法を適用した場合の画像とラインプロファイル表示図である。
【図9】画像の輝度と最大値とパラメータAの関係を示す図である。
【図10】LSIチップについて、BBMEM法の適用結果(A=2)の画像にγ変換とヒストグラム・イコライゼーションを行った結果を示す図である。
【図11】スペクトル処理システムにて実行されるスペクトル処理方法を説明するためのフローチャートである。
【図12】希土類としてNdを含有する試料に対して、5s間のEDSスペクトルの測定を行った結果を示す図である。
【図13】図12と同じ条件で、かつスペクトルに対して、BBMEM変換を行った結果を示す図である。
【図14】EDSで5s間測定した結果のスペクトル(a)と、(a)にBBMEM法を適用して得たスペクトル(b)、および同一サンプルを30s測定したスペクトル(c)を比較した図である。
【図15】Nd含有試料で5s測定結果と30s測定結果が大きく異なる例を示す図である。
【図16】ノイズに対する適応性の評価結果を示す図である。
【図17】フィルタリング条件の決定動作フローチャートである。
【図18】従来手法の各種ノイズフィルタの例を示す図である。
【図19】ノイズの多いSEM画像の例を示す図である。
【図20】従来手法によるX線スペクトルのノイズ・フィルタリング例を示す図である。
【符号の説明】
【0101】
1 走査電子顕微鏡の画像処理システム
10 走査電子顕微鏡
11 電子銃
14 偏向器
16 試料
17 試料ステージ
20 パーソナルコンピュータ
21 CPU
25 HDD
28 表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子銃から電子線を試料に照射し、試料から発生した二次電子を検出することによって顕微鏡画像を生成する電子顕微鏡と、
前記電子顕微鏡によって生成された顕微鏡画像を取得し、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す制御部と
を備えることを特徴とする電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項2】
前記制御部は、前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量の電子顕微鏡画像と、最大エントロピー法を用いた画像との比較に対する評価結果に基づいて前記画像処理のためのフィルタリング条件を決定することを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項3】
前記制御部は、前記比較に対する評価結果がNGであれば再度、装置関数のガウス分布の半値幅を変更して最大エントロピー法にかけることを特徴とする請求項2記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項4】
前記制御部は、前記比較に対する評価結果がOKであれば、照射電流量、照射ビーム径、加速電圧に関する電子顕微鏡の最適条件を自動的に決定し、前記電子顕微鏡を制御することを特徴とする請求項2記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項5】
前記制御部は、照射電流、照射ビーム径、加速電圧等の光学条件に対して、最適な装置関数のガウス分布の半値幅を外挿・内挿法により求め、自動的に最適フィルタリングを行うことを特徴とする請求項2記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項6】
前記制御部は、画像処理結果の像に対して輝度階調を変換し最大ピーク値を表示可能なビット数内に収めるピーク値調整を行うことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項7】
前記制御部は、ピーク値調整によってピーク値が調整された画像のノイズ度と、輪郭のボケ具合を評価することを特徴とする請求項6記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項8】
前記制御部は、前記評価がNGであれば、計算の収束条件パラメータを変え、輝度階調の変換係数を変えることを特徴とする請求項7記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項9】
前記制御部は、前記電子顕微鏡によって生成された2次元の顕微鏡画像を、x方向の1次元の輝度スペクトルの集まりとみなして、x方向の走査線ごとに同一条件で最大エントロピー法の計算を適用することを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項10】
前記制御部は、前記電子顕微鏡像によって生成された顕微鏡画像に最大エントロピーを用いた画像処理を施し、かつ輝度の補正を行うためにγ変換や、輝度の分布の平均化による輝度分布の修正を行うことを特徴とする請求項1記載の電子顕微鏡の画像処理システム。
【請求項11】
一次電子を試料に照射し、試料から発生したX線、オージェ電子、二次電子のいずれかを検出することによってスペクトを生成するスペクトル生成部と、
前記スペクトル生成部によって生成されたスペクトルを取得し、前記スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す制御部と
を備えることを特徴とするスペクトル処理システム。
【請求項12】
前記制御部は、前記スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す際に、あらかじめ取得された大照射電流量によって得られるスペクトルと、最大エントロピー法を用いたスペクトルとの比較に対する評価結果に基づいて前記フィルタリング条件を決定することを特徴とする請求項11記載のスペクトル処理システム。
【請求項13】
前記制御部は、前記比較に対する評価結果がNGであれば再度、装置関数のガウス分布の半値幅を変更して最大エントロピー法にかけることを特徴とする請求項12記載のスペクトル処理システム。
【請求項14】
前記制御部は、前記比較に対する評価結果がOKであれば、照射電流量、照射ビーム径、加速電圧に関する最適条件を自動的に決定し、前記スペクトル生成部を制御することを特徴とする請求項12記載のスペクトル処理システム。
【請求項15】
前記制御部は、照射電流、照射ビーム径、加速電圧等の光学条件に対して、最適な装置関数のガウス分布の半値幅を外挿・内挿法により求め、自動的に最適フィルタリングを行うことを特徴とする請求項12記載のスペクトル処理システム。
【請求項16】
前記制御部は、前記フィルタリングリング処理結果に対してピーク最大値の正規化を行い、最大ピーク値を調整することを特徴とする請求項11記載のスペクトル処理システム。
【請求項17】
前記制御部は、ピーク値調整によってピーク値が調整されたスペクトルのノイズ度を評価することを特徴とする請求項16記載のスペクトル処理システム。
【請求項18】
前記制御部は、前記評価がNGであれば、計算の収束条件パラメータを変えることを特徴とする請求項17記載のスペクトル処理システム。
【請求項19】
電子銃から電子線を試料に照射し、試料から発生した二次電子を検出することによって顕微鏡画像を生成する電子顕微鏡によって生成された顕微鏡画像を取得する工程と、
前記顕微鏡画像に最大エントロピー法を用いた画像処理を施す制御工程とからなることを特徴とする電子顕微鏡の画像処理方法。
【請求項20】
一次電子を試料に照射し、試料から発生したX線、オージェ電子、二次電子のいずれかを検出することによってスペクトを生成するスペクトル生成部によって生成されたスペクトルを取得する工程と、
前記スペクトルに最大エントロピー法を用いたフィルタリング処理を施す制御工程と
を備えることを特徴とするスペクトル処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図20】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2007−200769(P2007−200769A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−19424(P2006−19424)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】