説明

風力発電装置用転がり軸受

【課題】風力発電装置のような低速から高速まで広い範囲の運転条件においても摩擦が小さく、焼付き難い、また、保持器や軌道輪から発生する摩耗粉に起因した潤滑剤劣化が小さく、故障の少ない風力発電装置用転がり軸受を提供する。
【解決手段】軌道輪である内輪11および外輪12と、この内輪11および外輪間12に介在する転動体13と、転動体13を回転自在に保持する保持器14とを備えてなり、風力発電装置においてブレードが取り付けられた主軸3を支持するための主軸支持用転がり軸受5であって、上記保持器14の表面を直接被覆する第1層と、第(n−1)層を被覆する第n層(ただし、nは2以上の整数)とからなる複層被膜が形成されてなり、上記第1層は充填材が配合された合成樹脂で構成され、上記第2層以降の層は無充填の合成樹脂または固体潤滑剤が配合された合成樹脂で形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、風力発電装置においてブレードが取り付けられた主軸、または該主軸の回転を受けて回転する回転部材を、回転自在に支持する風力発電装置用転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
大型の風力発電機における風車主軸用軸受には、転がり軸受、特に図3に示すような大型の複列自動調心ころ軸受が用いられることが多い。主軸3は、ブレードが取り付けられた軸であり、風力を受けることによって回転し、その回転を増速機(図示せず)で増速して発電機を回転させ、発電する。風を受けて発電している際に、ブレードを支える主軸3は、ブレードにかかる風力による軸方向荷重(軸受アキシアル荷重)と、軸径方向(軸受ラジアル荷重)が負荷される。複列自動調心ころ軸受は、ラジアル荷重とアキシアル荷重を同時に負荷することができ、調心性を持つため、軸受ハウジングの精度誤差や、取り付け誤差による主軸3の傾きを吸収でき、かつ、運転中の主軸3の撓みを吸収できる。そのため、風力発電用主軸軸受に適した軸受であり、利用されている(非特許文献1参照)。また、風向きに合わせて主軸の向きを調節するため、転がり軸受はナセルの旋回座軸受として用いられている。さらに効率よく風を受けるためにブレードの角度を調節するが、このブレードの付け根にも転がり軸受が使用されている。
【0003】
転がり軸受は、内部に封入されたグリースの基油や、あるいは油浴または外部循環装置から供給された油によって潤滑される。軌道輪や保持器ポケット面、ないしは保持器案内面に適切に油膜が形成され、金属接触を防ぐことにより、安定的に運転される。特に、保持器のポケット面や案内面は滑り条件であるため、油膜が十分でないと発熱が大きく、容易に凝着が生じ摩耗や焼付きを起こしやすい。一般の転がり軸受では回転速度がある程度速いため、油膜が十分となって長寿命が実現されている。
【0004】
一般に、風力発電装置においては、風力により回転するブレードに接続された主軸の回転が増速機において増速されて出力軸に伝達される。そして、当該出力軸の回転を受けて発電機のロータが回転し、発電が行なわれる。ここで、風力発電用の風車の主軸を支持する主軸用軸受、または主軸の回転を受けて回転する回転部材、たとえば発電機のロータに接続されたロータ軸を、当該ロータ軸に対向するように配置される部材に対して回転自在に支持する発電機用軸受や、増速機の内部において回転する回転軸を、当該回転軸に対向するように配置される部材に対して回転自在に支持する増速機用軸受などを含む風力発電用転がり軸受においては、風力の増減に合わせて動作するため、回転速度の増減が大きく、潤滑状態が不十分となりやすい。特に、主軸用軸受は、風力が弱い時には極めて低い回転数で回転するため、この主軸を支える軸受の油膜は比較的薄く、不安定である。このような状態で運転が継続されると、前述のように滑り条件である保持器のポケット面や案内面では発熱により温度上昇が生じ、潤滑油の低粘度化によりますます油膜が薄くなって、摩耗や焼付きが生じることになる。これらの摩耗粉はグリース等の潤滑性能を劣化させ、軸受の早期損傷を助長するものである。
【0005】
このような軸受内部の摩耗を抑制する方法としては、極圧性に優れる特殊な添加剤を配合したグリースを封入する方法が提案されている(特許文献1参照)。また、ころ軸受の保持器表面に四ふっ化エチレン樹脂と二硫化モリブデンを配合した樹脂被膜を形成することにより軸受の焼付きを防止する方法も提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
上述したグリースの添加剤による耐焼付き性の向上では、添加剤が保持器や軌道輪の材料と反応し、極圧性に優れた被膜を形成する。この被膜が金属接触を防止し、摩擦を低減する。この反応にはある程度の高温状態が必要であるが、風力発電装置の主軸のような低回転では反応に十分な温度が得られにくく、効果が得られないまま摩耗や焼付きが発生するという問題がある。
一方、保持器表面に四ふっ化エチレン樹脂と二硫化モリブデンを配合した樹脂被膜を形成する方法では、運動中の反応に頼らず、最初から被膜を設けておく方法であるため確実に効果が得られるが、大型軸受で荷重が大きく、案内面で繰り返しの荷重負荷を受けると剥離したり、風力発電装置のように低速回転で油膜が形成されにくいような条件では摩滅するなどの問題があった。また、風力が強く回転数が高くなると、被膜に作用する繰返し応力の負荷回数が大きくなり、被膜が剥離しやすくなるという問題もあった。
【非特許文献1】NTN社カタログ「新世代風車用軸受」A65. CAT. No.8 404/4/JE、2003年5月1日発行
【特許文献1】特開2006−161624号公報
【特許文献2】特許第3567942号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、風力発電装置のような低速から高速まで広い範囲の運転条件においても摩擦が小さく、焼付き難い、また、保持器や軌道輪から発生する摩耗粉に起因した潤滑剤劣化が小さく、故障の少ない風力発電装置用転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の風力発電装置用転がり軸受は、風力発電装置においてブレードが取り付けられた主軸、または該主軸の回転を受けて回転する回転部材を、回転自在に支持する風力発電装置用転がり軸受であって、上記転がり軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体と、上記転動体を回転自在に保持する保持器とを備えてなり、上記保持器の表面を直接被覆する第1層と、第(n−1)層を被覆する第n層(ただし、nは2以上の整数)とからなる複層被膜が形成されてなり、上記第1層は充填材が配合された合成樹脂で構成され、上記第2層以降の層は無充填の合成樹脂または固体潤滑剤が配合された合成樹脂で形成されることを特徴とする。
【0009】
上記合成樹脂がポリイミド系樹脂であることを特徴とする。
また、上記ポリイミド系樹脂が、伸び率が 60%〜120%であるポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする。
【0010】
上記第1層を形成する合成樹脂に配合される充填材が、フラーレン、炭化ケイ素および酸化ケイ素から選ばれる少なくとも一つであることを特徴とする。
また、上記第2層以降の層を形成する合成樹脂に配合される固体潤滑剤が、二硫化モリブデン、二硫化タングステンおよびポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれる少なくとも一つであることを特徴とする。
また、上記複層被膜の厚みが 1μm〜100μm であることを特徴とする。
【0011】
上記保持器の表面は上記複層被膜を形成する前において表面粗さRaが 0.3μm〜2.0μm であることを特徴とする。
また、上記保持器と接触する軌道輪の表面粗さRaが 0.6μm 以下であることを特徴とする。
また、上記複層被膜が保持器表面の少なくとも軌道輪と接触する部位およびポケット面に形成されたことを特徴とする。
【0012】
上記複層被膜が軌道輪の保持器案内面に形成され、該複層被膜の上記第1層が軌道輪の保持器案内面に直接被覆されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の風力発電装置用転がり軸受は、保持器の表面に所定の複層被膜を形成しているので、潤滑油に対する馴染み性に優れる。このため、低速回転で油膜が形成されにくい条件でも、摩擦摩耗を低減でき、焼付かず、使用中に複層被膜が摩滅しない。また、摩耗低減により、保持器や軌道輪から発生する摩耗粉に起因した潤滑剤劣化も小さい。これらの結果、長期間にわたり優れた潤滑特性を維持でき、故障が少なく高い信頼性を有する。
【0014】
特に、複層被膜を形成する合成樹脂がポリイミド系樹脂であり、第1層を形成する合成樹脂に配合される充填材が、フラーレン、炭化ケイ素および酸化ケイ素から選ばれる少なくとも一つであり、第2層以降の層は合成樹脂、または所定の固体潤滑剤が配合された合成樹脂によって形成されるので、第1層が基材である保持器等との密着性に優れ、第2層以降が下地層との馴染み性に優れるとともに、耐剥離性や耐摩耗性に優れる。また、上記被膜は、極圧剤などの硫黄系添加剤を含有する潤滑油やグリースと接触しても、被膜の剥離や潤滑油等への被膜成分の溶出を抑えることができる。
以上より、軽荷重から突風時の重荷重まで幅広い荷重域で、かつ風向の変化が絶えず生じる状態で運転される風力発電装置用転がり軸受においても、被膜の摩滅や剥離を防止でき、長期間にわたり上記の優れた摺動性能を維持できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態を説明する。
本発明の風力発電装置用転がり軸受を図1および図2より説明する。図1は風力発電装置全体の模式図であり、図2は本発明の風力発電装置用転がり軸受を示す斜視図である。
図1または図2に示すように、風力発電装置1は、風車となる羽根(ブレード)2が取り付けられた主軸3を、ナセル4内の軸受ハウジング15に設置された主軸支持用転がり軸受5により回転自在に支持し、さらにナセル4内に増速機6および発電機7を設置したものである。増速機6は、主軸3の回転を増速して発電機7の入力軸に伝達するものである。増速機6は主軸3の回転を受けて回転する回転軸を当該回転軸に対向するように配置される部材に対して回転自在に支持する増速機用転がり軸受(図示せず)を内蔵している。また、発電機7は増速機6により増速されたロータ軸を、当該ロータ軸に対向するように配置される部材に対して回転自在に支持する発電機用転がり軸受(図示せず)を内蔵している。主軸支持用転がり軸受5は本発明の風力発電装置用転がり軸受の一実施形態であり、増速機用転がり軸受および発電機用転がり軸受は本発明の風力発電装置用転がり軸受の他の実施形態である。
【0016】
ナセル4は、支持台8上に旋回座軸受17を介して旋回自在に設置され、図2の旋回用のモータ9の駆動により、減速機10を介して旋回させられる。ナセル4の旋回は、風向きに羽根2の方向を対向させるために行なわれる。主軸支持用転がり軸受5は、図2の例では2個設けているが、1個であってもよい。
また、本発明の風力発電装置用転がり軸受は、上記旋回座軸受17としても利用できる。
【0017】
本発明の風力発電装置用転がり軸受の一例として主軸支持用転がり軸受5を図3により説明する。図3は本発明の一実施例である主軸支持用転がり軸受の設置構造を示す図である。
主軸支持用転がり軸受5は、一対の軌道輪となる内輪11および外輪12と、これら内外輪11、12間に介在した複数の転動体13とを有する複列の自動調心ころ軸受である。軸受5の外輪12は軌道面12aが球面状とされ、各転動体13は外周面が外輪軌道面12aに沿う球面状のころとされている。内輪11は各列の軌道面11a、11aを個別に有するつば付きの構造とされている。転動体13は、各列毎に保持器14で保持されている。軸受5内部には、潤滑油やグリースが封入される。
外輪12は軸受ハウジング15の内径面に嵌合して設置され、内輪11は主軸3の外周に嵌合して主軸3を支持している。軸受ハウジング15は、軸受5の両端を覆う側壁部15aと主軸3との間にラビリンスシール等のシール16が構成されている。軸受ハウジング15で密封性が得られるため、軸受5にはシールなしの構造が用いられている。
【0018】
本発明の風力発電装置用転がり軸受の一実施例である主軸支持用転がり軸受5では、上記保持器14の表面に所定の複層被膜が形成されている。この複層被膜は、保持器14の表面を直接被覆する第1層が充填材を配合した合成樹脂で構成され、第2層以降の層は無充填の合成樹脂または固体潤滑剤を配合した合成樹脂で形成されることで得られる複層被膜である。
なお、この複層被膜は、保持器14の表面の少なくとも軌道輪と接触する部位およびポケット面に形成されていればよい。また、該複層被膜は、軌道輪の保持器案内面にそれぞれ形成することも可能である。
【0019】
上記主軸支持用転がり軸受5は、アキシアル負荷が可能なラジアル軸受であればよく、上記図3で示した自動調心ころ軸受の他に、アンギュラ玉軸受や、円すいころ軸受、深溝玉軸受等であってもよい。これらの中で、軽荷重から突風時の重荷重まで幅広い荷重域で、かつ風向の変化が絶えず生じる状態で運転される風力発電装置用転がり軸受としては、運転に伴なう主軸の撓みを吸収できる自動調心ころ軸受が好ましい。
【0020】
本発明において複層被膜に使用できる合成樹脂としては、耐油性を有し、被膜としたときに被膜強度が強く、耐摩耗性に優れた材料であれは、特に限定されない。そのような例としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、フラン樹脂、ビスマレイミドトリアジン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミノビスマレイミド樹脂、芳香族ポリイミド樹脂等の熱硬化性樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリサルフォン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、芳香族ポリアミドイミド樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルニトリル樹脂、フッ素樹脂、芳香族ポリエステル樹脂等の熱可塑性樹脂等があげられる。これらの中でも好ましいものとして、芳香族ポリアミドイミド樹脂、芳香族ポリイミド樹脂、エポキン樹脂、フェノール樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂等があげられる。これらの合成樹脂は、必要に応じて、繊維状や粒子状の各種充填材を配合することができる。
【0021】
本発明において、特に好ましい合成樹脂は被膜形成能に優れるポリイミド系樹脂である。ポリイミド系樹脂は分子内にイミド結合を有するポリイミド樹脂、分子内にイミド結合とアミド結合とを有するポリアミドイミド樹脂等が挙げられる。ポリイミド系樹脂を用いることで、被膜の保持器表面との密着性および耐熱性に優れる。
【0022】
ポリイミド樹脂の中でも、芳香族ポリイミド樹脂が好ましい。芳香族ポリイミド樹脂は、化1で示す繰返し単位を有する樹脂であり、化1で示す繰返し単位を有する樹脂の前駆体であるポリアミック酸も使用できる。R1 は芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体の残基であり、R2 は芳香族ジアミンまたはその誘導体の残基である。そのようなR1 またはR2 としては、フェニル基、ナフチル基、ジフェニル基、およびこれらがメチレン基、エーテル基、カルボニル基、スルホン基等の連結基で連結されている芳香族基が挙げられる。
【化1】

【0023】
芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体の例としては、ピロメリット酸二無水物、2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、ビス(2,3-ジカルボキシフェニル)メタン酸二無水物等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して用いられる。
【0024】
芳香族ジアミンまたはその誘導体の例としては、4,4’-ジアミノジフェニルエ-テル、3,3’-ジアミノジフェニルスルホン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、メタフェニレンジアミン、パラフェニレンジアミン、4,4'-ビス(3-アミノフェノキシ)ビフェニルエーテルなどのジアミン類またはジイソシアネート類が挙げられる。
【0025】
上記芳香族テトラカルボン酸またはその誘導体と、芳香族ジアミンまたはその誘導体との組み合わせで得られる芳香族ポリイミド樹脂の例としては、表1に示す繰返し単位を有するものが挙げられる。これらはR1 およびR2 にヘテロ原子を有しない樹脂である。
【0026】
表1中の芳香族ポリイミド樹脂において、分子中に占める芳香環の比率が高いポリイミドCおよびポリイミドDが好ましく、特にポリイミドDが本発明に好適である。芳香族ポリイミド樹脂ワニスの市販品としては、例えば宇部興産社製:Uワニスが挙げられる。
【表1】

【0027】
本発明に使用できるポリアミドイミド樹脂は高分子主鎖内にアミド結合とイミド結合とを有する樹脂であり、ポリカルボン酸またはその誘導体とジアミンまたはその誘導体との反応により得ることができる。
ポリカルボン酸としてはジカルボン酸、トリカルボン酸、およびテトラカルボン酸が挙げられ、ポリアミドイミド樹脂は、(1)ジカルボン酸およびトリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(2)ジカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(3)トリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(4)トリカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせにより得られる。ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ誘導体であってもよい。ポリカルボン酸の誘導体としては酸無水物、酸塩化物が挙げられ、ジアミンの誘導体としてはジイソシアネートが挙げられる。ジイソシアネートはイソシアネート基の経日変化を避けるために必要なブロック剤で安定化したものを使用してもよい。ブロック剤としては、アルコール、フェノール、オキシム等が挙げられる。
また、ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ芳香族および脂肪族化合物を用いることができる。本発明に使用できるポリアミドイミド樹脂は伸び率に優れたものが好ましく、芳香族化合物に脂肪族化合物を併用することが好ましい。
また、エポキシ化合物で変性することができる。
【0028】
トリカルボン酸またはその誘導体の例としては、トリメリット酸無水物、2,2’,3-ビフェニルトリカルボン酸無水物、3,3’,4-ビフェニルトリカルボン酸無水物、3,3’,4-ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、1,2,5-ナフタレントリカルボン酸無水物、2,3-ジカルボキシフェニルメチル安息香酸無水物等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して用いられる。
これらの中で量産化されており、工業的利用のしやすさからトリメリット酸無水物が好ましい。
【0029】
テトラカルボン酸またはその誘導体の例としては、ピロメリット酸二無水物、3,3',4,4'-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、3,3',4,4'-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、1,2,5,6-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、2,3,5,6-ピリジンテトラカルボン酸二無水物、1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、3,4,9,10-ペリレンテトラカルボン酸二無水物、4,4'-スルホニルジフタル酸二無水物、m-タ−フェニル-3,3',4,4'-テトラカルボン酸二無水物、4,4'-オキシジフタル酸二無水物、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2,2-ビス(2,3-または3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス(2,3-または3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン二無水物、2,2-ビス[4-(2,3-または3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン二無水物、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2,2-ビス[4-(2,3-または3,4-ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン二無水物、1,3-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)-1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン二無水物、ブタンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ-[2,2,2]-オクト-7-エン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。
【0030】
ジカルボンまたはその誘導体の例としては、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、アゼライン酸、スベリン酸、セバシン酸、デカン二酸、ドデカン二酸、ダイマー酸、イソフタル酸、テレフタル酸、フタル酸、ナフタレンジカルボン酸、オキシジ安息香酸、ポリブタジエン系オリゴマーの両末端をカルボキシル基とした脂肪族ジカルボン酸(日本曹達社製:Nisso−PB、Cシリーズ、宇部興産社製:Hycar−RLP,CTシリーズ、Thiokol社製:HC−polymerシリーズ、General Tire社製:Telagenシリーズ、Phillips Petroleum社製:Butaretzシリーズ等)、カーボネートジオール類(ダイセル化学社製:PLACCEL、CD-205、205PL、205HL、210、210PL、210HL、220、220PL、220HL)の水酸基当量以上のカルボキシル当量となるジカルボン酸を反応させて得られるエステルジカルボン酸等が挙げられる。
【0031】
芳香族ジアミンまたはその誘導体の例として、ジイソシアネートとしては、4,4'-ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、4,4'-ジフェニルエーテルジイソシアネート、4,4'-[2,2-ビス(4-フェノキシフェニル)プロパン]ジイソシアネート、ビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、ビフェニル-3,3'-ジイソシアネート、ビフェニル-3,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジメチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジエチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジエチルビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、3,3'-ジメトキシビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、2,2'-ジメトキシビフェニル-4,4'-ジイソシアネート、ナフタレン-1,5-ジイソシアネート、ナフタレン-2,6-ジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、4,4'-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、トランスシクロヘキサン-1,4-ジイソシアネート、水添m-キシリレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、カーボネートジオール類(ダイセル化学社製:PLACCEL、CD-205、205PL、205HL、210、210PL、210HL、220、220PL、220HL)の水酸基当量以上のイソシアネート当量となるジイソシアネートを反応させて得られるウレタンジイソシアネート等のジイソシアネート類が挙げられる。
【0032】
ジアミン類としては、ジメチルシロキサンの両末端にアミノ基が結合したシロキサンジアミン(シリコーンオイルX-22-161AS(アミン当量450)、X-22-161A(アミン当量840)、X-22-161B(アミン当量1500)、X-22-9409(アミン当量700)、X-22-1660B-3(アミン当量2200)(以上、信越化学工業社製)、BY16-853(アミン当量650)、BY16-853B(アミン当量2200)、(以上、東レダウコーニングシリコーン社製))、両末端アミノ化ポリエチレン、両末端アミノ化ポリプロピレン等の両末端アミノ化オリゴマーや両末端アミノ化ポリマー、オキシアルキレン基を有するジアミン(ジェファーミンDシリーズ、ジェファーミンEDシリーズ、ジェファーミンXTJ-511、ジェファーミンXTJ-512、いずれもサンテクノケミカル社製)等が挙げられる。
【0033】
芳香族ポリイミド樹脂と異なり、前駆体を経ることなく樹脂溶液の状態でアミド結合とイミド結合との繰返し単位を有するポリアミドイミド樹脂が本発明において特に好ましい。また、ポリアミドイミド樹脂のジイソシアネート変性、BPDA変性、スルホン変性、ゴム変性樹脂を使用できる。ポリアミドイミド樹脂ワニスの市販品としては、例えば日立化成社製:HPC5020、HPC7200等が挙げられる。
【0034】
本発明においてポリアミドイミド樹脂は、樹脂被膜の伸び率が 60〜120%のポリアミドイミド樹脂が好ましい。伸び率が 60%未満であると基材となる保持器等との密着性に劣り剥離しやすくなり、硫黄系添加剤を含有する潤滑油に接触する環境下において被膜剥離等が生じやすくなる。伸び率が 120%をこえると耐熱性が低下したり潤滑油に膨潤しやすくなったりする。樹脂被膜の伸び率が 60〜120%のポリアミドイミド樹脂の市販品としては、例えば日立化成社製:HPC5020、HPC7200-30が挙げられる。
【0035】
本発明においてポリアミドイミド樹脂被膜の伸び率は以下の方法で測定される。
ポリアミドイミド樹脂溶液を、アセトン脱脂後窒素ガスブローにより表面清浄化されたガラス基板上に塗布し、80℃で 30分、その後 150℃で 10分予備乾燥を行ない、最後にポリアミドイミド樹脂の分子構造に適した硬化温度で 30分乾燥する。硬化塗膜をガラス基板より剥離して 80 ± 8μm 厚さの樹脂フィルムを得て、このフィルムを 10 mm×60 mm の短冊状の試験片とし、チャック間距離 20 mm 、引張速度 5 mm/分で室温にて引張試験機により伸び率(%)を測定する。
【0036】
本発明において複層被膜の第1層は充填材を配合することが必須であり、第2層以降は必要に応じて充填材を配合できる。複層被膜に対する充填材の配合割合は、各層の被膜全体に対して、0.1〜20 体積%であることが好ましく、より好ましくは 1〜10 体積%である。0.1 体積%未満では十分な被膜強化を得られないため耐剥離性を付与できず、また 20 体積%をこえると、逆に密着力が低下する。ここでいう充填材とはフラーレンや炭化ケイ素、酸化ケイ素などの無機微粒子等であり、粉末状のものを用いることができ、分散性や被膜の表面平滑性から、粒子径は 10μm 以下、好ましくは 5μm 以下である。
【0037】
充填材として用いることができるフラーレンは、炭素五員環と六員環から構成され、球状に閉じた多様な多面体構造を有する炭素分子である。60 個の炭素原子が 12 個の五員環と 20 個の六員環とからなる球状の切頭正二十面体を構成する、いわゆるサッカーボール状の構造のC60 が挙げられ、同様に 70 個の炭素原子からなるC70 を含めた両者が代表的なフラーレンである。また、これらを反応させて多量体が得られる。本発明においては、フラーレンであれば球状、あるいは多量体のいずれも充填材として使用できる。
【0038】
本発明において複層被膜の2層目以降は、無充填の合成樹脂または固体潤滑剤を配合した合成樹脂で形成する。摩擦係数の安定化や初期馴染み性を向上させる等必要に応じて配合される固体潤滑剤としては、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン樹脂などが挙げられ、それぞれ粉末状のものを用いることができる。分散性や被膜の表面平滑性から、粒子径は 10μm 以下であることが好ましく、より好ましくは 5μm 以下である。複層被膜に対する固体潤滑剤の配合割合は、各層の被膜全体に対して、0.5〜30 体積%であることが好ましく、より好ましくは 0.5〜20 体積%であり、さらに好ましくは 10〜20 体積%である。0.1 体積%未満では十分な摩擦摩耗特性を得ることができず、30 体積%をこえると被膜強度が極端に低下し、剥離や異常摩耗が発生する。
【0039】
本発明において用いられる複層被膜の構成を図面に基づいて説明する。図5は複層被膜が2層である例を示す模式図である。図5に示すように複層被膜は保持器または軌道輪26を被覆し、充填材が配合された合成樹脂被膜である第1層27と、第1層27を被覆し、無充填の合成樹脂被膜または固体潤滑剤のみが配合された合成樹脂被膜である最表層28とからなる2層で構成される。
図6は複層被膜が3層である例を示す模式図である。複層被膜は2層での構成に限定されるものではなく、図6に示すように例えば保持器または軌道輪26を被覆する第1層27と、最表層28との間に最表層28よりも固体潤滑剤の配合量が少ない中間層29を形成し、固体潤滑剤の配合量を傾斜させることも可能である。
【0040】
本発明の風力発電装置用転がり軸受に用いる保持器の材料としては、特に限定されるものでなく、鉄系金属材料、銅系金属材料、アルミニウム系金属材料、樹脂材料を使用することができる。
鉄系金属材料としては、肌焼き鋼(SNCM、SCM)、冷間圧延鋼(SPCC)、熱間圧延鋼(SPHC)、炭素鋼(S25C〜S55C)、ステンレス鋼(SUS304〜SUS316)、軟鋼(SS400)、耐熱鋼(M50、M50Nilなど)等を使用できる。
保持器本体としては、軸受鋼、浸炭鋼、または機械構造用炭素鋼、を用いることができ、これらの中で安価で加工が容易な炭素鋼を用いることが好ましい。炭素鋼としては例えばS30C、またこれらの切削性を改良した快削鋼S35CBN、S35CSなどを挙げることができる。
【0041】
また、銅系金属材料としては、銅−亜鉛合金(CAC301、鉄−シリコン−ブロンズ、HBsC1、HBsBE1、BSP1〜3)、銅−アルミニウム−鉄合金(AlBC1)等、アルミニウム系金属としてはアルミ−シリコン合金(ADC12)、ジュラルミン(A2017)等を使用できる。
また、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン等の樹脂材料を使用することができる。樹脂材料に補強材としてガラス繊維や炭素繊維等を含有したものも使用できる。
【0042】
本発明において複層被膜を、転がり軸受保持器用の被膜とする場合は、以下の2層からなる複層被膜を形成させる方法を例示できる。
まず、鉄系金属材料で形成された基材となる保持器を十分に洗浄し、表面の汚染を除去する。この洗浄方法としては、有機溶剤による浸漬洗浄、超音波洗浄、蒸気洗浄、酸・アルカリ洗浄等による方法が挙げられる。
1層目の被膜の密着性を向上させる目的で、基材に前処理としてショットブラスト(ショットピーニング、WPC等を含む)、化学的エッチング、りん酸塩被膜処理を施すことも可能である。基材の表面粗さはRa= 0.3〜2.0μm の範囲で設定することが好ましく、より好ましくはRa= 0.5〜2.0μm である。Ra= 0.3μm 未満であると、十分なアンカー効果を得ることができず、密着性を向上することができない。一方、基材の表面粗さが大きい場合は仕上がり表面が粗くなるが、研磨などの機械加工により表面粗さを小さく調整すれば保持器として使用可能となる。また、Ra= 0.5〜2.0μm であれば十分な密着性と機械加工を施すことなく小さな表面粗さを得ることが可能である。
【0043】
次いで、スプレーコーティング法、ディップ(浸漬)コーティング法、静電塗装法、タンブラーコーティング法、電着塗装法等によって、第1層を保持器表面や軌道輪の保持器案内面に形成させた後、第2層を第1層の表面に形成する。複層被膜の厚さは、第1層が 0.5〜90μm であることが好ましく、より好ましくは 0.5〜20μm である。第2層は 0.5〜50μm であることが好ましく、より好ましくは 0.5〜10μm である。また、複層被膜全体として好ましい被膜の厚さは、1〜100μm であり、より好ましくは 1〜50μm、さらに好ましくは 1〜30μm である。
また、各層の被膜形成の過程で、余分に付着したワニスはふき取り、遠心分離、エアーブロー等の物理的、化学的方法により除去し、所望の厚さに調整することもできる。
2層目の被膜形成後は、加熱処理によって溶媒除去、乾燥、融解、架橋等を行ない、表面に複層被膜が形成された保持器を完成させる。膜厚を増す場合には、重ね塗りをしてもよい。また、複層被膜完成後に機械加工やタンブラー処理等を行なうことも可能である。
【0044】
さらに、これら保持器や軌道輪の保持器案内面に施された複層被膜と接触する表面の粗さは小さいほうが好ましい。好ましい範囲はRa 0.6μm 以下であり、この範囲とすることにより複層被膜の耐久性を向上させることが可能となる。表面粗さを小さくする方法としてはラッピング、タンブラ、エアロラッピングなどをあげることができる。
【実施例】
【0045】
本発明の実施例と比較例に用いた材料を一括して示すと次のとおりである。[ ]内は表2に示す略称である。
(1)ポリアミドイミド樹脂ワニス[PAI]
日立化成工業社製:HPC-5020、伸び率:70%
(2)芳香族ポリイミド樹脂ワニス[PI]
宇部興産社製:Uワニス-A
(3)混合フラーレン[ミックスフラーレン]
フロンティアカーボン社製:混合フラーレン、C60(直径:0.71 nm )が約 60 質量%、C70(長軸径:0.796 nm、短軸径:0.712 nm )が約 25 質量%で残部が高次フラーレンの混合物である。
(4)炭化ケイ素[SiC]
添川理化学社製:試薬、平均粒子径:1μm
(5)酸化ケイ素[SiO2
アドマテックス社製:アドマファインSO−C5、平均粒子径:1.6μm
(6)二硫化モリブデン粉末[MoS2
日本モリブデン社製:M5、平均粒子径:0.5μm
(7)二硫化タングステン粉末[WS2
日本潤滑剤社製:WS2 A、平均粒子径 1μm
(8)ポリテトラフルオロエチレン粉末[PTFE]
喜多村社製:KD-1000ASディスパージョン(溶媒:N-メチル-2-ピロリドン)、平均粒子径:0.3μm
(9)黒鉛粉末[黒鉛]
ロンザ社製:KS-6、平均粒子径:6μm
【0046】
実施例1〜実施例5、実施例7〜実施例9、比較例2および比較例10 [複層被膜]
ポリアミドイミド樹脂ワニス(溶剤:N-メチル-2-ピロリドン)の固形分に対し各種充填材、固体潤滑剤を表2に記載の割合でボールミルで十分に均一分散するまで混合して、混合液を摩擦試験用SUJ2リング〔外径 40 mm×内径 20 mm×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )、ショットブラストにより表面粗さRa 0.7 μm :図4の18〕の外径面にスプレー法にて2層からなる複層被膜をコーティングした。また、潤滑油浸漬試験用としてSPCC角棒( 3 mm×3 mm×20 mm )の表面にディッピング法により2層からなる複層被膜をコーティングした。
上記各試験片は1層目をコーティング後 100℃で 1 時間乾燥し、さらにその上に2層目をコーティングし、100℃で 1 時間、さらに 150℃で 1 時間乾燥し、250℃で 1 時間焼成した。なお、表2に記載の各成分の配合割合は固形分での割合でありすべて体積%である。
なお、フラーレンを配合したコーティング液は、トルエンとN-メチル-2-ピロリドンとの混合溶媒(混合質量比率 50:50 )にフラーレンを 5 質量%濃度で溶解させた濃縮液をあらかじめ用意し、これをポリアミドイミド樹脂ワニスに所定濃度となるよう添加し調製した。
得られたリング状試験片を以下に示す摩擦試験に供し、摩擦係数、試験後の被膜の状態を評価した。結果を表2に併記する。
【0047】
実施例6 [複層被膜]
芳香族ポリイミド樹脂ワニス(溶剤:N-メチル-2-ピロリドン)を用いて、表2に示す割合で1層目にはフラーレンを配合した被膜、2層目には二硫化モリブデンを配合した被膜をコーティングし、コーティング後の焼成温度を 350℃としたこと以外は実施例1と同様の方法でリング状試験片を作製し、実施例1と同様に評価した。結果を表2に併記する。
【0048】
比較例1 [被膜なし]
摩擦試験用SUJ2リング〔外径 40 mm×内径 20 mm×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )〕を無処理のままリング状試験片として使用し、摩擦係数のみ測定した。結果を表2に併記する。
【0049】
比較例3〜比較例9 [単層被膜]
ポリアミドイミド樹脂ワニス(溶剤:N-メチル-2-ピロリドン)の固形分に対し各種充填材、固体潤滑剤を表2に記載の割合でボールミルで十分に均一分散するまで混合して、コーティング液を得た。得られたコーティング液を摩擦試験用SUJ2リング〔外径 40 mm×内径 20 mm×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )、ショットブラストにより表面粗さRa 0.7μm:図4の18〕の外径面にスプレー法にて塗布した。コーティング後 100℃で 1 時間、さらに 150℃で 1 時間乾燥し、250℃で 1 時間焼成し、被膜を形成したリング状試験片を得た。被膜厚みはスプレー回数を変化させ、調整した。なお、フラーレンを配合したコーティング液は、トルエンとN-メチル-2-ピロリドンの混合溶媒(混合質量比率 50:50 )にフラーレンを 5 質量%濃度で溶解させた濃縮液をあらかじめ用意し、これをポリアミドイミド樹脂ワニスに所定濃度となるよう添加し調製した。なお、表2に記載の各成分の配合割合は固形分での割合であり、すべて体積%である。得られたリング状試験片を実施例1と同様に評価した。結果を表2に併記する。
【0050】
比較例11 [複層被膜]
摩擦試験用SUJ2リング〔外径 40 mm×内径 20 mm×厚さ 10 mm (副曲率R 60 )の表面粗さをRa 0.08μm に調整し、実施例4と同様の複層被膜を形成して、得られたリング状試験片を実施例1と同様に評価した。結果を表2に併記する。
【0051】
比較例12 [複層被膜]
実施例4で得たリング状試験片に対し、鋼鈑21〔SCM415浸炭焼入れ焼戻し処理品(Hv 700)〕の表面粗さをRa 3.0μm とし、実施例1と同様に評価した。結果を表2に併記する。
【0052】
<摩擦試験>
得られたリング状試験片を用いて摩擦試験を行なった。図4は摩擦試験機を示す図である。図4(a)は正面図を、図4(b)は側面図をそれぞれ表す。
回転軸19にリング状試験片18を取り付け、アーム部20のエアスライダー22に鋼鈑21を固定する。リング状試験片18は所定の荷重23( 50 N )を図面上方から印加されながら鋼鈑21〔SCM415浸炭焼入れ焼戻し処理品(Hv 700 、表面粗さRa 0.1μm )〕に回転接触する。リング状試験片18を回転させたときに発生する摩擦力はロードセル24により検出される。リング状試験片18と鋼鈑21との滑り速度は毎秒 0.05 m、および毎秒 5 m の 2 条件とした。
潤滑油モービルベロシティオイルNo.3(エクソンモービル社製:VG2)をフェルトパッド25に含浸し、フェルトパッド25をリング状試験片18に接触させることにより潤滑油を摺動面に供給した。なお、試験時間は上記滑り速度が毎秒 0.05 m の時は 60分、毎秒 5 m の時は 30分とした。
試験終了前 10分間の摩擦係数の平均値を比較した。また、リング状試験片18の外径面に形成された被膜の試験後の状態を、目視により観察し、顕著な摩耗および剥離ともにないものを合格と評価して「○」を、顕著な摩耗はないが剥離あるものを不合格と評価して「△」を、摩耗大のものも不合格と評価して「×」を、それぞれ表記する。
【0053】
【表2】

【0054】
表2に示すように、複層被膜とした実施例1〜実施例9では、1層目に充填材で補強した層を形成しているため剥離が発生せず、また、2層目により低摩擦係数であり、優れた耐久性を有していた。
【0055】
一方、表2から明らかなように、無処理の比較例1はいずれの滑り速度においても摩擦係数が高かった。合成樹脂を母材とする単層被膜を形成した比較例2〜比較例10では、特に高速条件において被膜が剥離、または摩耗するものが多い。比較例3および比較例9は高速条件でも試験後も被膜は正常な状態を保っていたが、これらは低速条件での摩擦係数が高い。比較例10においては、実施例4と同じ組成の複層被膜を形成した場合でも、被膜が薄いため、剥離に至った。さらに、実施例4と同じ組成の複層被膜を形成した比較例11および比較例12でも、基材の表面粗さが小さかったり、相手鋼鈑の粗さが粗い場合には剥離や摩耗により短寿命となった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の風力発電装置用転がり軸受は、所定の複層被膜を表面に形成した保持器を使用している。この複層被膜は保持器との密着性に優れ、かつ、広い速度条件下、保持器と軌道輪との接触による摩擦が小さく摩耗や剥離もないため、焼付きが発生しがたく、長寿命、高信頼性が得られる。そのため、比較的低速回転で運転され、またメインテナンスが容易でない用途の転がり軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明における風力発電装置全体の模式図である。
【図2】本発明の風力発電装置用転がり軸受を示す斜視図である。
【図3】本発明の一実施例である主軸支持用転がり軸受の設置構造を示す図である。
【図4】摩擦試験機を示す図である。
【図5】複層被膜が2層である例を示す模式図である。
【図6】複層被膜が3層である例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0058】
1 風力発電装置
2 羽根(ブレード)
3 主軸
4 ナセル
5 主軸支持用転がり軸受
6 増速機
7 発電機
8 支持台
9 モータ
10 減速機
11 内輪
12 外輪
13 転動体
14 保持器
15 軸受ハウジング
16 シール
17 旋回座軸受
18 リング状試験片
19 回転軸
20 アーム部
21 鋼鈑
22 エアスライダー
23 荷重
24 ロードセル
25 フェルトパッド
26 保持器または軌道輪
27 第1層
28 最表層
29 中間層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
風力発電装置において、ブレードが取り付けられた主軸、または該主軸の回転を受けて回転する回転部材を、回転自在に支持する風力発電装置用転がり軸受であって、
前記転がり軸受は、軌道輪である内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体と、前記転動体を回転自在に保持する保持器とを備えてなり、
前記保持器の表面を直接被覆する第1層と、第(n−1)層を被覆する第n層(ただし、nは2以上の整数)とからなる複層被膜が形成されてなり、
前記第1層は充填材が配合された合成樹脂で構成され、前記第2層以降の層は無充填の合成樹脂または固体潤滑剤が配合された合成樹脂で形成されることを特徴とする風力発電装置用転がり軸受。
【請求項2】
前記合成樹脂がポリイミド系樹脂であることを特徴とする請求項1記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項3】
前記ポリイミド系樹脂が、伸び率が 60〜120%であるポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項2記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項4】
前記第1層を形成する合成樹脂に配合される充填材が、フラーレン、炭化ケイ素および酸化ケイ素から選ばれる少なくとも一つであることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項5】
前記第2層以降の層を形成する合成樹脂に配合される固体潤滑剤が、二硫化モリブデン、二硫化タングステンおよびポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれる少なくとも一つであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項6】
前記複層被膜の厚みが 1〜100μm であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項7】
前記保持器の表面は前記複層被膜を形成する前において表面粗さRaが 0.3〜2.0μm であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項8】
前記保持器と接触する軌道輪の表面粗さRaが 0.6μm 以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項9】
前記複層被膜が保持器表面の少なくとも軌道輪と接触する部位およびポケット面に形成されたことを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。
【請求項10】
前記複層被膜が軌道輪の保持器案内面に形成され、該複層被膜の前記第1層が軌道輪の保持器案内面に直接被覆されることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか一項記載の風力発電装置用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−156295(P2009−156295A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−332398(P2007−332398)
【出願日】平成19年12月25日(2007.12.25)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】