説明

高血圧患者の利尿薬感受性予測方法

【課題】利尿薬を有効成分とする血糖降下剤の有効性に関わる遺伝子多型をもとにして、当該利尿薬が有効に奏効する高血圧患者を選別し決定する方法を提供する。また当該方法を簡便に実施するために有用な試薬および試薬キットを提供する。
【解決手段】高血圧患者が(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記の遺伝子型を有していることを指標とする:(1)Glutamate-cystein ligase(C588T):遺伝子型1、(2)CD18(C1323T):遺伝子型23、(3)Cytochrome P450 2J2*7(G-50T):遺伝子型1、(4)Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A)):遺伝子型1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固有の遺伝子多型を有する特定の高血圧患者に対して用いられる利尿薬を有効成分とする血圧降下剤に関する。また本発明は、個々の高血圧患者に対する利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の有効性を、当該高血圧患者の遺伝子情報に基づいて検出する方法、およびその方法の実施に使用する材料に関する。
【0002】
本発明の方法は、高血圧症を治療し改善するための有効且つ的確な治療指針を高血圧患者並びに医療従事者に与えるものであり、個々の患者に適した治療薬が選択できる結果、当該患者に有効かつ的確な治療を行うことができるとともに、無効な治療による精神的、肉体的および経済的負担が回避できる点で有用なものである。
【背景技術】
【0003】
高血圧およびこれに起因する疾患は、全世界で第1位の死因となっており、全世界で約10億人に相当する成人の4人に1人がこれらの疾患に罹患していると言われている。特に糖尿病患者の高血圧に起因する心血管系合併症のリスクは、糖尿病に罹患していない患者に比べて2倍から4倍高く、国際糖尿病連盟では厳格な血圧コントロールの必要性を唱えている。
【0004】
しかしながら、様々な治療が行われているにもかかわらず、高血圧患者の約70%、また糖尿病と高血圧とを併発している患者については90%近くが目標値までの降圧を達成できていないのが実情である。高血圧が、脳卒中や心筋梗塞等の心血管疾患の主要な危険因子であることは認知されているものの、血圧が十分にコントロールできていない場合(特に仮面高血圧)のほうがより危険であることはあまり知られていない。事実、脳梗塞を発症した高血圧患者の約9割が発症前に血圧治療をしていたという報告があるが、これはまさしく降圧治療が不十分であったために脳卒中を引き起こしたことを示している。また臨床試験の結果からも、収縮期血圧を10mmHg下げると脳卒中の発症を約40%低減できることが明らかになっており、このことからも血圧が「10mmHg高い」ということが非常に大きなリスクになることがわかる。
【0005】
こうした高血圧に起因する心血管系合併症を予防するためにも、早い時期から定期的な検査を行い、患者と医療従事者が高血圧症のケアについて正確な知識をもち、的確かつ有効な治療(非薬物療法、薬物療法)を施すことが必要である。
【0006】
現在高血圧の薬物治療には、その作用メカニズムに応じて大きく下記の6種類の薬物が使用されている:
(A)利尿薬、
(B)カルシウム拮抗薬、
(C)アンジオテンシン受容体拮抗薬、
(D)アンジオテンシン変換酵素阻害薬、
(E)β遮断薬、
(F)α遮断薬。
【0007】
しかしながら、これらの高血圧治療薬(血圧降下剤)を高血圧患者に投与した場合、高い有効性を示す者(good responder)、有効性が低い者(poor responder)、または全く効果を示さない者(non responder)など、患者の応答はさまざまであり、個々の患者に適した薬剤を的確に選択し処方する必要性が認識されている。しかしながら、これらの薬物の種類ならびに投与量の決定には客観的な選択基準が無く、医師の経験的な判断に大きく依存している。また薬物の種類によっては種々の副作用も指摘されている。したがって患者に応じて適切な高血圧治療薬(血圧降下剤)を処方するためのシステムの確立は医療において極めて重要である。特に、近年は、Evidence Based Medicine (EBM)という理念のもと、医師の専門知識、経験および技術に加えて、科学的方法で確かめられた最新、最良の医療技術の関するエビデンス(証拠)をもとに、個々の患者に対して最も効果的で且つ安全な医療を施すことが求められるようになっているため、各種の高血圧治療薬の投与に対して有効な患者群を科学的根拠に基づいて明らかにすることは重要なことである。またそうすることによって、患者の服薬コンプライアンスを高め、有効な治療効果が得られるとともに、医療費の効率的な運用にもつながる。
【0008】
最近、高血圧症の発症には食事や肥満を含む生活習慣等の非遺伝的因子のみならず、いくつかの遺伝的因子が関わっていることが報告されている(例えば、非特許文献1〜4)。例えば、高血圧と関連する遺伝子(高血圧関連遺伝子)として、beta2 bradykinin receptor(C-58T)(非特許文献1)、endothelin-1(Lys198Asn)(非特許文献)、antiotensinogen(M235T)(非特許文献3)、UCP2( -866 G/A)(非特許文献4)などが同定され、それらの遺伝子多型〔例えば、SNPs(single nucleotide polymorphisms:単一塩基多型)〕と高血圧症との関連が報告されている。
【0009】
また、特定の薬効の作用機序に直接的に関与する遺伝子多型の違いによって、薬効発現に個人差と副作用の違いがあるということが報告されているが(例えば非特許文献5−6)、これらで報告されている高血圧関連遺伝子以外の遺伝子の遺伝子多型が、各種の血圧降下剤の有効性を評価する選別指標になることについては知られておらず、個々の高血圧患者の遺伝子情報に基づいて、当該患者に適した有効な血圧降下剤を選択するという発想はまだない。
【非特許文献1】Wang B, et al. Genetic variation in the promoter region of the beta2 bradykinin receptor gene is associated with essential hypertension in a Chinese Han population. Hypertens Res. 2001 May;24(3):299-302.
【非特許文献2】Jin JJ, et al. Association of endothelin-1 gene variant with hypertension. Hypertension. 2003 Jan;41(1):163-7.
【非特許文献3】Hunt SC, et al. Angiotensinogen genotype, sodium reduction, weight loss, and prevention of hypertension: trials of hypertension prevention, phase II. Hypertension. 1998 Sep;32(3):393-401.
【非特許文献4】Ji Q, et al. A common polymorphism of uncoupling protein 2 gene is associated with hypertension. J Hypertens. 2004 Jan;22(1):97-102.
【非特許文献5】Schelleman H, et al. Drug-gene interaction between the insertion/deletion polymorphism of the angiotensin-converting enzyme gene and antihypertensive therapy.Ann Pharmacother. 2006 Feb;40(2):212-8.
【非特許文献6】Bleumink GS, et al. Mortality in patients with hypertension on angiotensin-I converting enzyme (ACE)-inhibitor treatment is influenced by the ACE insertion/deletion polymorphism. Pharmacogenet Genomics. 2005 Feb;15(2):75-81.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の有効性に関わる遺伝子多型を提供し、この情報をもとにして当該利尿薬が有効に奏効する高血圧患者を選別し決定することを目的とする。また本発明は、当該方法を簡便に実施するために有用な試薬および試薬キットを提供することを目的とする。
【0011】
さらに本発明は、利尿薬が有効に奏効する高血圧患者を予め選別し、当該患者を有効に治療ないしは改善する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を進めていたところ、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者について薬剤応答性を規定している遺伝子多型、特に利尿薬に対する応答性を規定する遺伝子多型を特定することに成功した。具体的には、本発明者らは、糖尿病を有する高血圧患者のうち、(1)Glutamate-cystein ligase遺伝子の588位にC(シトシン)をホモ接合体(CC)として有する患者; (2)CD18遺伝子の1323位にT(チミン)をヘテロ接合体(TCまたはCT)またはホモ接合体(TT)として有する患者;(3)Cytochrome P450 2J2*7遺伝子の-50位にG(グアニン)をホモ接合体(GG)として有する患者;および(4)Alcohol dehydrogenase 2の47番目のアミノ酸が、His(ヒスチジン)のホモである患者はいずれも利尿薬によって有意に血圧降下が得られることを見出した。
【0013】
かかる知見から、個々の高血圧病患者について、上記(1)〜(4)のいずれかの遺伝子(遺伝子多型)の遺伝子型を調べることによって、事前に利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を判断することができ、当該患者に対する有効な血圧降下剤として当該薬剤を選択決定することができること(言い換えれば、高血圧患者に対して、当該患者が利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効者であるか否かを判定できること)、そして投与有効性が判断された患者(投与有効者)に対して選択的に当該薬剤を投与することによって、有効でしかも的確な高血圧治療が可能になることを確信して、本発明を完成するにいたった。
【0014】
すなわち、本発明は下記の態様を有するものである。
I.利尿薬を有効成分とする血圧降下剤
I-1.(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記の遺伝子型(genotype)を有することが確認された高血圧患者を対象として投与されることを特徴とする、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤:
遺伝子(遺伝子多型) 遺伝子型(genotype)
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T) : 1
(2) CD18(C1323T) : 23
(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T) : 1
(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A)) : 1。
【0015】
I-2.上記高血圧患者が糖尿病を有する患者であるI-1記載の血圧降下剤。
【0016】
I-3.上記利尿薬が、サイアザイド系利尿薬、サイアザイド系類似利尿薬、ループ利尿薬およびK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、I-1またはI-2に記載する血圧降下剤。
【0017】
I-4.上記サイアザイド系利尿薬がトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、インダパミド、クロルタリドン、およびこれらの薬学的に許容される塩;サイアザイド系類似利尿薬がトリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩;ループ利尿薬がフロセミド、およびこの薬学的に許容される塩;K保持性利尿薬がスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩である、I-3に記載する血圧降下剤。
【0018】
II.高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出する方法
II-1.高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出する方法であって、当該高血圧患者が(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記の遺伝子型(genotype)を有していることを指標とする方法:
遺伝子(遺伝子多型) 遺伝子型(genotype)
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T) : 1
(2) CD18(C1323T) : 23
(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T) : 1
(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A)) : 1。
【0019】
II-2.下記の工程を有する、II-1に記載する方法:
(a)高血圧患者の生体試料を対象として、上記(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型を検出する工程、
(b)上記(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型が、上記II-1に記載する遺伝子型であるかを識別する工程。
【0020】
II-3.さらに下記の工程(c)を有する、II-2に記載する方法:
(c)上記(b)の結果に基づいて、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型が、上記II-1に記載する遺伝子型と一致する場合に、当該高血圧患者の治療には利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与が有効であると判定する工程。
【0021】
II-4.上記高血圧患者が糖尿病を有する患者であるII-1乃至II-3のいずれかに記載する方法。
【0022】
II-5.上記利尿薬が、サイアザイド系利尿薬、サイアザイド系類似利尿薬、ループ利尿薬およびK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、II-1乃至II-4のいずれかに記載する方法。
【0023】
II-6.上記サイアザイド系利尿薬がトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩;サイアザイド系類似利尿薬がインダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩;ループ利尿薬がフロセミド、およびこの薬学的に許容される塩;K保持性利尿薬がスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩である、II-5に記載する方法。
【0024】
III.高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するためのツール
III-1.(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、および(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の遺伝子多型を検出するプローブを有する、高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するためのアレイ。
【0025】
III-2.上記高血圧患者が糖尿病を有する患者であるIII-1に記載するアレイ。
【0026】
III-3.上記利尿薬が、サイアザイド系利尿薬、サイアザイド系類似利尿薬、ループ利尿薬およびK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、III-1またはIII-2に記載するアレイ。
【0027】
III-4.上記サイアザイド系利尿薬がトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩;サイアザイド系類似利尿薬がインダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩;ループ利尿薬がフロセミド、およびこの薬学的に許容される塩;K保持性利尿薬がスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩である、III-3に記載するアレイ。
【0028】
III-5.(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、および(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の遺伝子多型を有する領域を特異的に増幅し得るプライマー対、または/および当該遺伝子若しくはその増幅産物に特異的にハイブリダイズする核酸プローブを含む、高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するための試薬キット。
【0029】
III-6.上記高血圧患者が糖尿病を併発している患者であるIII-5に記載する試薬キット。
【0030】
III-7.III-1乃至III-4のいずれかに記載するアレイを有する、III-5またはIII-6に記載する試薬キット。
【0031】
III-8.上記利尿薬が、サイアザイド系利尿薬、サイアザイド系類似利尿薬、ループ利尿薬およびK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、III-5乃至III-7のいずれかに記載する試薬キット。
【0032】
III-9.上記サイアザイド系利尿薬がトリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩;サイアザイド系類似利尿薬がインダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩;ループ利尿薬がフロセミド、およびこの薬学的に許容される塩;K保持性利尿薬がスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩である、III-8に記載する試薬キット。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、高血圧患者、特に糖尿病を有する高圧患者について、(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、または(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))のいずれか少なくとも1つの遺伝子の遺伝子型を調べることで、当該高血圧患者の利尿薬に対する有効性を評価することができる。そして、当該薬物が有効であると判断された患者に対しては、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与することにより、個々の患者に応じた的確かつ有効な高血圧症の治療が可能となる。これは反面、その患者に適さない不必要な(有効でない)治療を行うことによって生じる治療の費用(医療費)の負担増を低減するとともに、有効でない治療によって生じ得る副作用などによる肉体的・精神的苦痛を低減し、また治療の遅れによる高血圧症の進行や合併症を防止するという面においても有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
(1)用語の説明
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)、核酸などの略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAc-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0035】
本明細書中において「遺伝子」は、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、及び1本鎖DNA(センス鎖)、並びに当該センス鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(アンチセンス鎖)、及びそれらの断片のいずれもが含まれる、また、本明細書で「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0036】
本明細書に記載する(1)Glutamate-cystein ligase遺伝子、(2)CD18遺伝子、(3)Cytochrome P450 2J2*7遺伝子、および(4)Alcohol dehydrogenase 2遺伝子に関する遺伝子情報(塩基配列や染色体位置など)ならびに遺伝子多型に関する位置情報は、おのおの図1に示す文献に基づく。
【0037】
本明細書において、(1)「Glutamate-cystein ligase(C588T)」とは、Glutamate-cystein ligase遺伝子がその塩基配列の588番目の塩基がCまたはTである遺伝子多型を有することを意味する。同様に、(2)「CD18(C1323T)」とは、CD18遺伝子がその塩基配列の1323番目の塩基がCまたはTである遺伝子多型を有すること:(3)「Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)」とは、Cytochrome P450 2J2*7遺伝子がその塩基配列の-50番目の塩基がGまたはTである遺伝子多型を有すること:および(4) 「Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))」とは、Alcohol dehydrogenase 2(タンパク質)の47番目のアミノ酸がArgまたはHisとなるように、Alcohol dehydrogenase 2遺伝子が、その塩基配列中にG(コドン「CGC」を形成)またはA(コドン「CAC」を形成する)の遺伝子多型を有することを、各々意味する。
【0038】
「遺伝子多型」とは、同一集団内において、一つの遺伝子座に2種類以上の対立遺伝子(アレル)が存在する遺伝子の多様性を意味する。具体的には、ある集団において一定の頻度以上で存在する遺伝子の変異を示す。ここでいう遺伝子の変異は、RNAとして転写される領域に限定されるものではなく、プロモーター、エンハンサー等の制御領域などを含むヒトゲノム上で特定しうるすべてのDNAにおける変異を含むものである。ヒトゲノムDNAの99.9%は各個人間で共通しており、残る0.1%がこのような多様性の原因となり、特定の疾患に対する感受性、薬物や環境因子に対する反応性の個人差として関与し得る。遺伝子多型があっても表現型に差が出るとは限らない。なお、SNP(一塩基多型)も遺伝子多型の一種であるが、本発明が対象とする遺伝子多型はこれに限られない。
【0039】
本明細書で示す遺伝子型(genotype)は、「1」は置換塩基のうち塩基のアルファベット順(A、C、G、T)で前にくる塩基を有する多型のホモを、「2」はヘテロを、「3」は、置換塩基のうち塩基のアルファベット順で後にくる塩基を有する多型のホモを表す。例えば対象とする遺伝子(遺伝子多型)がGlutamate-cystein ligase(C588T)である場合、その遺伝子型(genotype)がCCのホモである場合を遺伝子型1、CTまたはTCのヘテロである場合を遺伝子型2、TTのホモである場合を遺伝子型3という。また別の例として遺伝子(遺伝子多型)がAlcohol dehydrogenase 2(G/A)である場合、その遺伝子型(genotype)がAAのホモである場合を遺伝子型1、AGまたはGAのヘテロである場合を遺伝子型2、GGのホモである場合を遺伝子型3という。なお、「12」は前記1と2の遺伝子型(genotype)の両方の遺伝子型、「23」は前記2と3の遺伝子型(genotype)の両方の遺伝子型を表す。
【0040】
また、本明細書中において、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は、核酸と同義であって、DNAおよびRNAの両方を含むものとする。また、これらは2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。さらに、「ヌクレオチド」(または「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」)がRNAである場合、配列表に示される塩基記号「T」は「U」と読み替えられるものとする。
【0041】
日本高血圧学会およびWHO/ISHで規定する高血圧分類を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
本発明が対象とする高血圧患者には、上記高血圧分類における軽症高血圧、中等症高血圧、重症高血圧、および収縮期高血圧に属する患者が含まれる。
【0044】
また本発明でいう「糖尿病」には、2型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)および1型糖尿病(インスリン依存型糖尿病)の両方が含まれる。日本糖尿病学会の指針(1999)によると、随時血糖値が200mg/dL以上、空腹時血糖値が126mg/dL以上、75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値が200mg/dL以上のいずれかに該当する場合には、糖尿病と判断することができる。また、違う日の検査で上記基準に2回該当した場合、または1回の確認でも糖尿病の特徴的な症状がある場合、HbA1c(ヘモグロビンA1c)が6.5%以上の場合、若しくは糖尿病網膜症がある場合、糖尿病と判断することができる。なお本発明が対象とする糖尿病患者には、境界域にある患者(境界型糖尿病患者)も含まれる。なお、空腹時血糖値が110〜125mg/dlの間であるか、またはブドウ糖負荷試験2時間値が140〜199mg/dlの間にある場合に、境界型糖尿病と判断することができる。
【0045】
(2)利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の決定方法
本発明に係る利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の決定方法は、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者が有する遺伝子多型(遺伝子型(genotype)を考慮した遺伝子)に応じて、その患者に対して利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与することによって血圧を降下させることができるか否かを決定する方法である。本発明の実施の形態に係る利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の決定方法を図2に示したフローチャートに従って説明する。以下に説明する各処理は、CPU、メモリ、記録装置(例えばハードディスク)、入力装置(例えば、キーボード、マウス、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ)、表示装置(例えば、液晶ディスプレイ)、通信装置(例えば、ネットワークボード)などを備えたコンピュータを用いて行うこととして説明する。即ち、処理対象データは、入力装置、通信装置を介して入力されて記録装置に記録され、CPUが、メモリをワーク領域として使用して記録装置から読み出したデータに対して処理を実行する。処理の途中結果、最終結果は、必要に応じて記録部の所定領域に記録される。
【0046】
まず、ステップS1において、高血圧患者の遺伝子情報の入力を受け付けて、入力されたデータを記録装置に記録する。ここで、遺伝子情報は遺伝子型(genotype)の情報を含んでおり、例えば、SNP名称を表すテキストデータと遺伝子型を表すテキストデータとの対である。また、遺伝子情報は、コードで入力されてもよい。例えば、SNP名称毎、遺伝子型毎に付与したコード(テキストデータ)で入力されてもよい。遺伝子情報は、キーボードを介して入力されても、記録媒体に記録された状態から読み出しドライブを介して入力されても、通信回線を介して入力されてもよい。さらに遺伝子情報は、表示装置に表示された複数の候補の中から選択されることで入力されてもよく、その他の公知の方法を用いて入力されてもよい。
【0047】
ステップS2において、遺伝子多型情報のテーブルを記録部から読み出す。予め記録装置に記録されたテーブルの一例を、図3に示す。これは、後述するように、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者について、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を示す遺伝子多型情報のテーブルである。図3のテーブルでは、SNPの名称(SNP NAME)、遺伝子型(GENOTYPE)(上記の用語の説明で示した数字表記に従う)が記載されている。この場合、SNPの名称(SNP NAME)及び遺伝子型(GENOTYPE)が遺伝子多型情報に該当する。即ち、記録装置には、図3に示した各情報及びそれらの対応関係を表すデータが、例えばテキストデータとして記録されているとする。
【0048】
ステップS3において、ステップS2で読み出したテーブル中の遺伝子多型情報が、ステップS1で入力された患者の遺伝子情報に含まれているか否かを判断し、その結果をメモリの所定領域に一時的に記録する。例えば、図3の場合、第1行の“Glutamate-cysteine ligase(C588T)”および“1”を読み出し、SNP名称が“Glutamate-cysteine ligase(C588T)”であり遺伝子型が“1”である遺伝子多型情報が、患者の遺伝子情報に含まれている否かを判断する。含まれている場合、例えば、第1行の遺伝子多型情報に対応するフラグ(初期値を“0”としてメモリ上に設定されているとする)に“1”をセットする。含まれていない場合、同フラグに対しては何もせずに、第2行の“CD18(C1323T)”および“23”を読み出し、同様にそれらが患者の遺伝子情報に含まれている否かを判断し、含まれていれば第2行の遺伝子多型情報に対応するフラグ(初期値を“0”としてメモリ上に設定されているとする)に“1”をセットする。含まれていない場合、さらに次の遺伝子多型情報について同様に処理する。このようにして、図3のテーブル中の4つの遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれているか否かを、例えばメモリ上の4つのフラグに設定されたデータとして、一時的に保持する。
【0049】
ここで、テーブル中の全ての遺伝子多型情報について、患者の遺伝子情報に含まれているか否かを判断してもよいが、少なくとも1つの遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれていれば、残りの遺伝子多型情報に関して処理することなく、ステップS4に移行してもよい。
【0050】
ステップS4において、ステップS3での判断の結果に応じて、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤がその患者にとって有効であるか否かを提示(例えば表示装置に表示)する。例えば、上記した4つのフラグのデータのうち少なくとも1つが“1”であれば有効であることを提示し、全てのフラグのデータが“0”であれば有効でないことを提示する。
【0051】
以上の処理によって、特定の高血圧患者が持つ遺伝子情報に応じて、その患者に対して利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与する場合の有効性、即ち、その患者の血圧を降下させることが可能か否かを決定することができる。従って、患者毎のオーダーメイド治療が可能となる。
【0052】
決定に用いるテーブルは、図3に示したテーブルに限定されず、図3に示したSNPの名称(SNP NAME)及び遺伝子型(GENOTYPE)の情報を含むテーブルであればよい。
【0053】
また、本発明の実施の形態を、コンピュータが、図2に示したフローチャートに従って図3に対応する電子データを用いて行なう処理として説明したが、これに限定されない。図3に示したテーブル又はこれと同等の遺伝子多型情報を含むテーブル(何れも電子データに限定されない)を用いさえすればよく、医師などが、高血圧患者の遺伝子情報中に図3のテーブルに記載されたSNPの名称(SNP NAME)及び遺伝子型(GENOTYPE)が含まれているか否かを判断し、その患者に対して利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の有効性を決定することもできる。
【0054】
(3)Genotypeに応じた投与有効性を有する血圧降下剤
図3に示したテーブルは、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の判断に利用する遺伝子多型情報を示すテーブルである。即ち、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤は、図3のテーブルに記載された遺伝子多型の少なくとも1つを有する糖尿病を有する高血圧患者の血圧を降下させるのに有効である。
【0055】
より具体的に説明すれば、図3に示したテーブルは、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤が投与された糖尿病患者の集合を対象として、患者の血圧値を統計処理して得られた。先ず、2005年1月から2006年5月までの間に大阪大学を含む全国8施設で受診した糖尿病患者のうち、同意の得られた3939例に関してcross-sectional調査を行った。調査項目は、糖尿病合併症の程度、及び糖尿病合併症に関連すると考えられる環境要因と遺伝要因とした。そして、cross-sectional調査によって得られたデータを用いて、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与状況と遺伝子多型について統計的解析を行った。より具体的には、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤が投与された151人の糖尿病を有する高血圧患者の集合に対して、収縮期血圧(Systolic Blood Pressure:SBPとも記す)及び拡張期血圧(Diastolic Blood Pressure:DBPとも記す)を統計的に評価した。その結果、後述するように、特定の遺伝子において特定の遺伝子型(genotype)を有する患者が、それと異なる遺伝子型(genotype)を有する患者と比べて有意にSBPおよびDBPを低下させていたことがわかり、このことから、図3のテーブルが得られた。
【0056】
上記のデータを用いて、図3に示したテーブルの各遺伝子多型情報が患者の遺伝子情報に含まれているか否かに応じて、患者を2つの集合に分類し、p<0.05(有意水準5%)でt検定を行なった結果を図4、5に示す。図4、5は、それぞれSBP、DBPに関する結果である。
【0057】
図4、5において、SNP NAMEはSNP名称であり、n1は遺伝子型GENOTYPE(1)のSNPを有する集合(以下、第1集合と記す)の患者数であり、mean1およびSD1はそれぞれ第1集合の平均値および標準偏差である。n2は遺伝子型GENOTYPE(1)のSNPを有さない(即ち、GENOTYPE(2)のSNPを有する)集合(以下、第2集合と記す)の患者数であり、mean2およびSD2はそれぞれ第2集合の平均値および標準偏差である。遺伝子型GENOTYPE(1)、GENOTYPE(2)は、上記で定義した数字で表記している。T-test P valueは、t検定のp値である。
【0058】
図4において、t検定のt値が全て0.05未満であることから、第1および第2集合に有意差があることが分かる。そして、第1および第2集合の各々のSBPの平均値を比較すると、第1集合では131.4〜134.0の範囲、第2集合では137.7〜151.0の範囲であり、第1集合の平均値の方が第2集合の平均値よりも小さい。このことは、第1集合の患者に関しては、投与した利尿薬を有効成分とする血圧降下剤が有効に働いたことを意味する。また、第2集合の患者に関しては、投与した利尿薬を有効成分とする血圧降下剤はそれ程有効に働かなかったことを意味する。
【0059】
図5に関しても図4と同様のことが分かる。即ち、図5において、t検定のt値が全て0.05未満であることから、第1および第2集合に有意差があることが分かる。そして、第1および第2集合の各々のDBPの平均値を比較すると、第1集合では72.7〜74.9の範囲、第2集合では77.6〜87.2の範囲であり、第1集合の平均値の方が第2集合の平均値よりも小さい。このことは、第1集合の患者に関しては、投与した利尿薬を有効成分とする血圧降下剤が有効に働いたことを意味する。また、第2集合の患者に関しては、投与した利尿薬を有効成分とする血圧降下剤はそれ程有効に働かなかったことを意味する。
【0060】
以上のことから、図3に示した遺伝子型GENOTYPE(1)のSNPを有する糖尿病を有する高血圧患者に対して、この利尿薬を有効成分とする血圧降下剤は血圧降下剤として有効に働くといえる。逆に、図3に示した遺伝子型GENOTYPE(1)のSNPを有しない糖尿病を有する高血圧患者に対して、この利尿薬を有効成分とする血圧降下剤は血圧降下剤としてはそれ程有効では無いといえる。
【0061】
ここで、利尿薬とは、後述するようにサイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩)、サイアザイド系類似利尿薬(インダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩)、ループ利尿薬(フロセミド、およびこの薬学的に許容される塩)、またはK保持性利尿薬(スピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩)である。
【0062】
(4)利尿薬を有効成分とする血圧降下剤
本発明が提供する血圧降下剤は、下記の(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子(遺伝子多型)が下記の遺伝子型(genotype)である高血圧患者に対して有効な、利尿薬を有効成分とする薬剤である。当該薬剤は、下記の(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子が下記の遺伝子型(genotype)を有していることが確認された高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者に対して投与されることを特徴とする。
【0063】
【表2】

【0064】
本発明の血圧降下剤が治療対象とする高血圧患者は、上記(1)〜(4)のうち少なくとも1つの遺伝子について上記の遺伝子型を有する者であればよいが、これら任意の2以上の遺伝子について上記の遺伝子型を有する者であってもよい。
【0065】
本発明の血圧降下剤の有効成分となる利尿薬は、大きく分けて(a)サイアザイド系利尿薬、(b)サイアザイド系類似利尿薬、(c)ループ利尿薬、および(d)K保持性利尿薬の4種類に分類することができる。
【0066】
(a)サイアザイド系利尿薬および(b)サイアザイド系類似利尿薬は、主として遠位尿細管に作用する利尿薬であり、Naの排泄作用と関連して血圧降下作用を発揮する。(a)サイアザイド系利尿薬としては、ヒドロクロロチアジド(hydrochlorothiazide)〔商品名「ダイクロトライド」(万有製薬)等〕、トリクロルメチアジド(trichlormethiazide)〔商品名「フルイトラン」(塩野義製薬)等〕、ベンチルヒドロクロロチアジド(benzylhydrochlorothiazide)〔商品名「ベハイド」(杏林製薬)等〕を挙げることができる。また、(b)サイアザイド系類似利尿薬としては、メチクラン(meticrane)〔商品名「アレステン」(日本新薬)等〕、インダパミド(indapamide)〔商品名「ナトリックス」(京都薬品)、「テナキシル」(アリフレッサ)等〕、トリパミド(tripamide)〔商品名「ノルモナール」(エーザイ)等〕、クロルタリドン(chlortalidone)〔商品名「ハイグロトン」(ノバルティスファーマ)等〕、メフルシド(mefruside)〔商品名「バイカロン」(三菱ウエルファーマ)等〕を挙げることができる。
【0067】
(c)ループ利尿薬は、ヘンレ係上行脚髄質部に作用する利尿薬である。当該ループ利尿薬は上記サイアザイド系利尿薬とは異なり、腎血流量、糸球体濾過値を減少させないため腎障害時にも使用できるという利点を有している。かかるループ利尿薬としては、フロセミド(furosemide)〔商品名「ラシックス」、「オイテンシン」(アベンティスファーマ)等〕を挙げることができる。
【0068】
(d)K保持性利尿薬は、主として遠位尿細管に作用する利尿薬である。かかるK保持性利尿薬としては、アルドステロン受容体拮抗作用により遠位尿細管のNa水排泄を促進しK排泄を抑制する作用を有するスピロノラクトン(spironolactone)〔商品名「アルダクトンA」(ファイザー)等〕、アルドステロンとは無関係に遠位尿細管と皮質部尿細管に直接作用してK保持作用を発揮するトリアムテレン(triamterene)〔商品名「トリテレン」(京都薬品)等〕を挙げることができる。
【0069】
本発明の血圧降下剤は、これらの利尿薬を、血圧降下作用を発揮する有効量含有するものであればよく、その限りにおいて他の成分、例えば薬学的に許容される担体や添加剤を含有していてもよい。本発明の血圧降下剤は、通常経口的または非経口的(例えば、静注投与)に投与することができ、それらの投与に適した形態〔例えば、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤などの経口投与剤;液剤などの静注剤または注射剤〕をとることができる。
【0070】
当該血圧降下剤に配合できる薬学的に許容される担体としては、上記各種の投与形態に応じて、当業界で通常使用されるものを広く挙げることができる。例えば、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤、緩衝剤、キレート剤、pH調整剤、界面活性剤、等張化剤、無痛化剤等を挙げることができる。また、本発明の血圧降下剤には、必要に応じて安定剤、殺菌剤、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味料等を配合することもできる。
【0071】
なお、本発明の血圧降下剤は、公知の方法に従って利尿薬を有効成分とする徐放性製剤または持続性製剤の形態として調製することもできる。
【0072】
本発明の血圧降下剤中に含有されるべき利尿薬の量としては、特に限定されず広範囲から適宜選択されるが、通常約1〜70重量% とするのがよい。
【0073】
本発明の血圧降下剤の投与量および投与形態は特に制限はなく、例えば有効成分として配合する利尿薬の種類、各種製剤形態、患者の年齢、性別その他の条件、疾患の程度に応じた方法で投与される。例えば、ヒドロクロロチアジドは1回10〜100mg程度を1日1回または複数回;トリクロルメチアジドは1日1〜8mg程度を1回または複数回に分けて;メチクランは1回150mg程度を1日1回または複数回;インダパミドは1日1〜2mg程度を1回または複数に分けて;トリパミドは1日15mg程度を1回または複数に分けて;クロルタリドンは1日10〜100mg程度を1回または複数に分けて(毎日または隔日投与);メフルシドは1日25〜50mg程度を1回または複数に分けて;フルセミドは1日40〜80mg程度を1回または複数に分けて;スピロノラクトンは1日50〜100mg程度を1回または複数に分けて;トリアムテレンは1日90〜200mg程度を1回または複数に分けて投与することが推奨される。
【0074】
(5)高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出する方法
本発明は、高血圧患者について、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出する方法を提供する。
【0075】
当該方法は、高血圧患者の生体試料を対象として、下記の(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型を検出することによって実施することができる。
【0076】
【表3】

【0077】
上記(1)〜(4)に示す遺伝子のうち(1)Glutamate-cystein ligase遺伝子を例にして、本発明をより詳細に説明すれば、本発明の方法は、高血圧患者のGlutamate-cystein ligase遺伝子の588位〔Glutamate-cystein ligase(C588T)〕の遺伝子型を検出して、CCのホモ接合体(遺伝子型:1)、CTまたはTCのヘテロ接合体(遺伝子型:2)、またはTTのホモ接合体(遺伝子型:3)の別を同定する方法であり、上記表3の記載に基づいて、CCのホモ接合体(遺伝子型:1)である場合に、当該高血圧患者の治療には利尿薬の投与が有効であると判定することができる。逆に、Glutamate-cystein ligase(C588T)が CCのホモ接合体(遺伝子型:1)でない場合は、当該高血圧患者の治療に利尿薬の投与は有効でないと判定することができる。同様に(2)〜(4)の遺伝子を対象とする場合も、上記表3に記載する遺伝子型に基づいて、高血圧患者について利尿薬の投与有効性(逆の観点からは投与非有効性)を検出することができる。
【0078】
表3に示す遺伝子(遺伝子多型)は、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者について利尿薬の有効性(利尿薬に対する感受性)を示す遺伝子マーカーである。当該遺伝子マーカーは、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者について、高血圧の治療(降圧治療)に利尿薬の投与が有効であるかを判定するために好適に用いることができる。対象とする患者の遺伝子(遺伝子多型)が、表3に示す遺伝子型(genotype)と一致する場合、当該患者は利尿薬に応答性(感受性)であること、すなわち、利尿薬が当該患者の降圧治療に奏効することを意味する。
【0079】
遺伝子型の検出は、具体的には、(i)被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域でPCRを行い、SSCP法で検出する方法、(ii)被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域でPCRを行い、PCR産物に対する制限酵素の切断様式から検出する方法、(iii)同PCR産物を直接シーケンシングして、配列を決定する方法、(iv) 被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用し、個体のDNAとハイブリダイズさせるASO(allele specific oligonucleotide)法、(v) 被験者のゲノムDNAを対象として、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型を含む領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプローブとして使用して、質量分析装置等で検出する方法など、公知の方法を用いることにより行うことができる。
【0080】
本発明の方法は、より具体的には、以下の工程(a)及び(b)を行うことによって実施することができる:
(a)高血圧患者の生体試料を対象として、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型を検出する工程、
(b)上記(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型が、上記表3に記載する遺伝子型であるかを識別する工程。
【0081】
なお、(a)の工程は、具体的には高血圧患者の生体試料から抽出したゲノムDNAを対象として行うことができる。
【0082】
これらの工程によって、上記(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型が、上記表3に記載する遺伝子型に一致した場合、当該ゲノムDNA試料を提供した高血圧患者の高血圧治療には、利尿薬の投与が有効であると判断することができる。逆に、表3に記載する遺伝子型に一致しない場合は、利尿薬はこの治療に有効でなく、これ以外の血圧降下剤の投与を検討するという選択肢を与えることができる。
【0083】
かかる判断工程は本発明の方法の必須工程ではないが、かかる判断工程を、下記工程(c)として任意に有することもできる:
(c)上記(b)の結果に基づいて、(1)〜(4)に記載する少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型における遺伝子型が、表3に記載する遺伝子型と一致する場合に、当該高血圧の治療には利尿薬の投与が有効であると判断し、逆に表3に記載する遺伝子型と一致しない場合に、当該高血圧患者の治療には利尿薬の投与は有効でないと判断する工程。
【0084】
すなわち、本発明の方法によれば、高血圧患者に対する利尿薬の投与有効性の有無を決定することができる。これらの決定は、高血圧患者の上記(1)〜(4)遺伝子の遺伝子多型が表3に示す遺伝子型であるか否かを判断基準(判断指標)とすることにより、投与前に専門医でも極めて困難な判断を自動的/機械的に行なうことができる。
【0085】
なお、上記工程(a)と工程(b)は、公知の方法〔例えば、Bruce, et al., Geneme Analysis/A laboratory Manual (vol.4), Cold Spring Harbor Laboratory, NY., (1999)〕を用いて行うことができる。
【0086】
工程(a)で対象とする生体試料としては、前述するように具体的にはゲノムDNAを挙げることができる。かかるゲノムDNAは、高血圧患者から単離されたあらゆる細胞(培養細胞を含む。但し生殖細胞は除く)、組織(培養組織を含む)、または体液(例えば、血液、唾液、リンパ液、気道粘膜、精液、汗、尿等)などの生体試料を材料として調製することができる。好ましくは血液または尿である。なお、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook J. et. al., “Molecular Cloning: A Laboratry Manual (2nd Ed.)”Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行なうことができる。
【0087】
工程(b)において、上記のようにして得られたヒトゲノムDNAを含む抽出物から、(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子の遺伝子多型部位に位置する塩基を識別する。目的の塩基を識別する方法としては、該当領域の遺伝子配列を直接決定する方法の他に、多型配列が制限酵素認識部位である場合は、制限酵素切断パターンの相違を利用して、遺伝子型を決定する方法(以下、RFLPという)、多型特異的なプローブを用いハイブリダイゼーションを基本とする方法(例えば、チップやガラススライド、ナイロン膜上に特定なプローブを張り付け、それらのプローブに対するハイブリダイゼーション強度の差を検出することによって、多型の種類を決定する、または、特異的なプローブのハイブリダイゼーションの効率を、鋳型2本鎖増幅時にポリメレースが分解するプローブの量を検出することにより遺伝子型を特定する方法、ある種の2本鎖特異的な蛍光色素が発する蛍光を、温度変化を追うことにより2本鎖融解の温度差を検出し、これにより多型を特定する方法、多型部位特異的なオリゴプローブの両端に相補的な配列を付け、温度によって該当プローブが自己分子内で2次構造をつくるか、ターゲット領域にハイブリダイズするかの差を利用して遺伝子型を特定する方法など)がある。また、さらに鋳型特異的なプライマーからポリメレースによって塩基伸長反応を行わせ、その際に多型部位に取り込まれる塩基を特定する方法(ダイデオキシヌクレオタイドを用い、それぞれを蛍光標識し、それぞれの蛍光を検出する方法、取り込まれたダイデオキシヌクレオタイドをマススペクトロメトリーにより検出する方法)、さらに鋳型特異的なプライマーに続いて変異部位に相補的な塩基対または非相補的な塩基対の有無を酵素によって認識させる方法などがある。
【0088】
以下、従来公知の代表的な遺伝子多型の検出方法を列記するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0089】
(a)RFLP(制限酵素切断断片長多型)法、(b)PCR-SSCP法(一本鎖DNA高次構造多型解析)〔Biotechniques, 16, 296-297 (1994)、及びBiotechniques, 21, 510-514 (1996)〕、(c)ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189, 153-157 (1990)〕、(d)ダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11, 246-249 (1991)〕、(e)ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nuc. Acids. Res., 19, 3561-3567 (1991);Nuc. Acids. Res., 20, 4831-4837 (1992)〕、(f)変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis;DGGE)法〔Biotechniques, 27, 1016-1018 (1999)〕、(g)RNase A切断法〔DNA Cell. Biol., 14, 87-94 (1995)〕、(h)化学切断法〔Biotechniques, 21, 216-218 (1996)〕、(i)DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8, 549-556 (1998)〕、(j)TaqMan-PCR法〔Genet. Anal., 14, 143-149 (1999);J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996)〕、(k)インベーダー法〔Science, 5109, 778-783 (1993);J.Biol.Chem., 30,21387-21394 (1999);Nat. Biotechnol., 17, 292-296 (1999)〕、(l)MALDI-TOF/MS法(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7, 378-388 (1997);Eur.J.Clin.Chem.Clin.Biochem., 35, 545-548 (1997)〕、(m)TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 10756-10761 (1997)〕、(n)モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol., 1, p49-53 (1998);遺伝子医学、4, p46-48 (2000)〕、(o)ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション(Dynamic Allele-Specific Hybridization;DASH)法〔Nat.Biotechnol.,1.p.87-88 (1999);遺伝子医学,4, 47-48 (2000)〕、(p)パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet.,3,p225-232 (1998) ;遺伝子医学,4, p50-51 (2000)〕、(q)UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームぺージ(http://www.takara.co.jp)参照〕、(r)DNAチップまたはDNAマイクロアレイ(「SNP遺伝子多型の戦略」松原謙一・榊佳之、中山書店、p128-135)、(s)ECA法〔Anal. Chem., 72, 1334-1341, (2000)〕。
【0090】
以上は代表的な遺伝子多型検出方法であるが、本発明の方法には、これらに限定されず、他の公知または将来開発される遺伝子多型検出方法を広く用いることができる。また、本発明の遺伝子多型検出に際して、これらの遺伝子多型検出方法を単独で使用してもよいし、また2以上を組み合わせて使用することもできる。
【0091】
なお、 (1)〜(4)の遺伝子多型の違いに基づいてコードするアミノ酸に変異が生じる場合は、本発明の方法は、当該遺伝子の遺伝子型を直接検出し識別する方法に限らず、当該遺伝子の発現産物であるタンパク質のアミノ酸配列を検出し、アミノ酸の変異の有無を識別する方法を採用することもできる。
【0092】
以下に説明するように、上記(1)〜(4)遺伝子の遺伝子多型を検出し識別するための例えばプローブやプライマーは、各高血圧患者について、当該患者が利尿薬の投与有効者であるか否かを選別するためのツールとして、使用することができる。
【0093】
(6)高血圧患者について、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するためのツール
(6-1)プローブ、当該プローブを有するアレイ
目的とする遺伝子多型並びに当該塩基を含むオリゴまたはポリヌクレオチドの検出には、上記表3に記載する(1)〜(4)の遺伝子の塩基配列において、当該遺伝子の遺伝子多型〔(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、または(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))〕を含むオリゴまたはポリヌクレオチド、またはそれらの相補物に特異的にハイブリダイズし、当該遺伝子多型部位の塩基を識別することができるオリゴまたはポリヌクレオチドが用いられる。
【0094】
かかるオリゴまたはポリヌクレオチドは、上記(1)〜(4)遺伝子の塩基配列において、上記遺伝子多型を含む16〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長の連続した遺伝子領域(またはその相補領域)と特異的にハイブリダイズするように、上記塩基長(16〜500塩基長、好ましくは20〜200塩基長、より好ましくは20〜50塩基長)を有するオリゴまたはポリヌクレオチドとして設計される。
【0095】
ここで「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら、Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, USA, 第2版、1989に記載の条件)において、他のDNAとクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。好適には当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、上記検出する遺伝子多型を含む遺伝子領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列を有することが望ましいが、かかる特異的なハイブリダイゼーションが可能であれば、完全に相補的である必要はない。
【0096】
当該オリゴまたはポリヌクレオチドは、上記(1)〜(4)遺伝子の遺伝子多型を検出し、高血圧患者に対する利尿薬の有効性を判定するための「プローブ」として、言い換えれば高血圧患者について利尿薬の投与有効性を検出するための「プローブ」として設計される。なお、これらのオリゴまたはポリヌクレオチドは、(1)〜(4)遺伝子の遺伝子多型を含む領域の塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0097】
さらに好ましくは、当該プローブは、(1)〜(4)遺伝子の遺伝子多型を含むオリゴまたはポリヌクレオチドが検出できるように、放射性物質、蛍光物質、化学発光物質、または酵素等で標識される(後述)。
【0098】
また当該プローブ(オリゴまたはポリヌクレオチド)は任意の固相に固定化して用いることもでき、本発明が対象とするプローブには、当該固定化プローブ(例えばプローブを固定化した遺伝子チップ、cDNAマイクロアレイ、オリゴDNAアレイ、メンブレンフィルター等)も含まれる。当該プローブは、好適には利尿薬投与有効性検出用(または利尿薬感受性判定用)のDNAチップまたはDNAアレイとして利用することができる。
【0099】
固定化に使用される固相は、オリゴまたはポリヌクレオチドを固定化できるものであれば特に制限されることなく、例えばガラス板、ナイロンメンブレン、マイクロビーズ、シリコンチップ、キャピラリーまたはその他の基板等を挙げることができる。固相へのオリゴまたはポリヌクレオチドの固定は、予め合成したオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上に載せる方法であっても、また目的とするオリゴまたはポリヌクレオチドを固相上で合成する方法であってもよい。固定方法は、例えばDNAマイクロアレイであれば、市販のスポッター(Amersham社製など)を利用するなど、固定化プローブの種類に応じて当該技術分野で周知である〔例えば、photolithographic技術(Affymetrix社)、インクジェット技術(Rosetta Inpharmatics社)によるオリゴヌクレオチドのin situ合成等〕。例えば、ASO法の一例であるTaqMan PCR法〔Livak KJ. Gene Anal 14, 143 (1999), Morris T et al., J Clin Microbiol 34, 2933 (1996)〕の場合、遺伝子多型を含む領域に対して相補的な20塩基長程度のオリゴヌクレオチドが、プローブとして設計される。当該プローブは、5’末端を蛍光色素、3’末端を消光物質により標識され、検体DNAと特異的にハイブリダイズするが、そのままでは発光せず、別に加えられたPCRプライマーの上流からの伸長反応により5’側の蛍光色素結合が切断され、遊離した蛍光色素により検出される。
【0100】
(6-2)プライマー
本発明は、また表3に記載する(1)〜(4)遺伝子の塩基配列において、当該遺伝子の遺伝子多型〔(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、または(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))〕を含む配列領域を特異的に増幅するためのプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドを提供する。このようなプライマー(オリゴヌクレオチド)は、(1)〜(4)の遺伝子の塩基配列において、各遺伝子多型部位のヌクレオチドを含む連続したオリゴまたはポリヌクレオチドの1部に特異的にハイブリダイズし、当該オリゴまたはポリヌクレオチドを特異的に増幅するための15〜35塩基長、好ましくは18〜30塩基長程度のオリゴヌクレオチドとして設計される。増幅するオリゴまたはポリヌクレオチドの長さは、用いられる検出方法に応じて適宜設定されるが、一般的には15〜1000塩基長、好ましくは20〜500塩基長、より好ましくは20〜200塩基長である。
【0101】
なお、これらのオリゴヌクレオチドは、(1)〜(4)の遺伝子の遺伝子多型を含む塩基配列に基づいて、例えば市販のヌクレオチド合成機によって常法に従って作成することができる。
【0102】
(6-3)標識物
上記本発明のプローブまたはプライマーには、遺伝子多型検出のための適当な標識物、例えば蛍光色素、酵素、タンパク質、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等が付加されたものが含まれる。
【0103】
なお、本発明において用いられる蛍光色素としては、一般にヌクレオチドを標識して、核酸の検出や定量に用いられるものが好適に使用でき、例えば、HEX(4,7,2’,4’,5’,7’-hexachloro-6-carboxylfluorescein、緑色蛍光色素)、フルオレセイン(fluorescein)、NED(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄色蛍光色素)、あるいは、6−FAM(商品名、アプライドバイオシステムズ社製、黄緑色蛍光色素)、ローダミン(rhodamin)またはその誘導体〔例えば、テトラメチルローダミン(TMR)〕を挙げることができるが、これらに限定されない。蛍光色素でヌクレオチドを標識する方法は、公知の標識法のうち適当なものを使用することができる〔Nature Biotechnology, 14, 303-308 (1996)参照〕。また、市販の蛍光標識キットを使用することもできる(例えば、アマシャム・ファルマシア社製、オリゴヌクレオチドECL 3’−オリゴラベリングシステム等)。
【0104】
また、本発明のプライマーには、その末端に多型検出のためのリンカー配列が付加されたものも含まれる。このようなリンカー配列としては、例えば、前述したインベーダー法で用いられるオリゴヌクレオチド5’末端に付加される、フラップ(多型近傍の配列とは全く無関係な配列)等が挙げられる。
【0105】
以上説明するプローブ(標識または固定化されていてもよい)またはプライマー(標識されていてもよい)は、高血圧患者を対象として当該患者の治療に利尿薬が有効であるか否かを判定するための試薬、言い換えると、高血圧患者を対象として利尿薬の投与有効者と投与非有効者の別を検出する(選別する)ための試薬として利用することができる。
【0106】
(6-4)利尿薬投与有効性検出用試薬キット
本発明はまた、上記する試薬を、高血圧患者、特に糖尿病を有する高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するための試薬キットとして提供するものである。
【0107】
具体的には、本発明の試薬キットは、表3に記載する(1)〜(4)の少なくとも一つの遺伝子の遺伝子多型を有する領域を特異的に増幅し得るプライマー対、または/および当該遺伝子若しくはその増幅産物に特異的にハイブリダイズする核酸プローブを含むものである。なお、これらは標識されていても、また固相に固定化されていてもよい。
【0108】
本発明のキットは上記プローブまたはプライマーの他、必要に応じてハイブリダイゼーション用の試薬、プローブの標識、ラベル体の検出剤、緩衝液など、本発明の方法の実施に必要な他の試薬、器具などを適宜含んでいてもよい。さらに本発明の試薬キットには、プライマーやプローブなどの試薬の使用方法や、それを用いた利尿薬の投与有効性の判定方法(判定基準)について説明する書面が含まれていても良い。
【実施例】
【0109】
以下、本発明の実施例により本発明をより具体的に説明する。糖尿病を有する高血圧患者の遺伝子を分析し、図3に示す遺伝子(SNP)及び遺伝子型(genotype)の何れかを有する患者を選別し、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与した。また、図3に示す遺伝子(SNP)を有するが、その遺伝子型(genotype)が図3に示すものと異なる患者を選別し、同剤を投与した。
【0110】
図6および図7は、遺伝子多型とSBPおよびDBPとの対応を整理したものである。SNP NAME、GENOTYPEの意味及び表記方法は、上記と同じである。DATA1〜DATA3に示した値は、SNP NAME及びGENOTYPEで表される遺伝子多型を有する各患者のSBPまたはDBPの測定値である。AVERAGEは、各行のDATA1〜DATA3の平均値である。なお、“−”のセルは該当するデータが存在しないことを意味し、その行のAVERAGEはDATA1及びDATA2の平均値である。また、各SNP NAMEに関して2行のデータを示しており、上の行に、図3に示した遺伝子型を有する患者に関するデータを示し、下の行に、図3に示した遺伝子型と異なる遺伝子型を有する患者に関するデータを示す。
【0111】
図6から分かるように、図3に示す遺伝子(SNP)及び遺伝子型(genotype)の何れかを有する患者に関してはSBPの測定値が比較的低い。一方、図3に示す遺伝子(SNP)を有するが、その遺伝子型(genotype)が図3に示すものと異なる患者に関しては、SBPの測定値は比較的高い。同様に図7から分かるように、図3に示す遺伝子(SNP)及び遺伝子型(genotype)の何れかを有する患者に関してはDBPの測定値が比較的低く、図3に示す遺伝子(SNP)を有するが、その遺伝子型(genotype)が図3に示すものと異なる患者に関しては、DBPの測定値は比較的高い。このことは、図3に示す遺伝子(SNP)及び遺伝子型(genotype)の何れかを有する患者に関しては、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与が有効であり、一方、図3に示す遺伝子(SNP)を有するが、その遺伝子型(genotype)が図3に示すものと異なる患者に関しては、同剤の投与が有効ではないと言える。このように、糖尿病を有する高血圧患者が図3に示す遺伝子(SNP)及び遺伝子型(genotype)の何れかを有するか否かによって、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与効果に明らかな差が見られた。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】(1)Glutamate-cystein ligase遺伝子、(2)CD18遺伝子、(3)Cytochrome P450 2J2*7遺伝子、および(4)Alcohol dehydrogenase 2遺伝子に関する遺伝子情報ならびに遺伝子多型に関する位置情報を開示する代表的な文献を示す。
【図2】本発明の実施の形態に係る利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の決定方法を示すフローチャートである。
【図3】利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性の判断に利用する遺伝子多型情報を示すテーブルである。
【図4】利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を、糖尿病を有する高血圧患者に投与して測定した収縮期血圧(SBP)に関して、遺伝子多型の有無に応じて患者を2つの集合に分類し、t検定を行なった結果を示す表である。
【図5】利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を、糖尿病を有する高血圧患者に投与して測定した拡張期血圧(DBP)に関して、遺伝子多型の有無に応じて患者を2つの集合に分類し、t検定を行なった結果を示す表である。
【図6】本発明の実施例を示す図であり、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与した糖尿病を有する高血圧患者について、遺伝子多型とSBPとの対応を示している。
【図7】本発明の実施例を示す図であり、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤を投与した糖尿病を有する高血圧患者について、遺伝子多型とDBPとの対応を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記の遺伝子型(genotype)を有することが確認された糖尿病を有する高血圧患者を対象として投与されることを特徴とする、利尿薬を有効成分とする血圧降下剤:
遺伝子(遺伝子多型) 遺伝子型(genotype)
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T) : 1
(2) CD18(C1323T) : 23
(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T) : 1
(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A)) : 1
【請求項2】
上記利尿薬が、トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系利尿薬;インダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系類似利尿薬;フロセミド、およびこの薬学的に許容される塩からなるループ利尿薬;ならびにスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、請求項1に記載する血圧降下剤。
【請求項3】
糖尿病を有する高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出する方法であって、当該高血圧患者が(1)〜(4)のいずれか少なくとも1つの遺伝子について下記の遺伝子型(genotype)を有していることを指標とする方法:
遺伝子(遺伝子多型) 遺伝子型(genotype)
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T) : 1
(2) CD18(C1323T) : 23
(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T) : 1
(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A)) : 1
【請求項4】
上記利尿薬が、トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系利尿薬;インダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系類似利尿薬;フロセミド、およびこの薬学的に許容される塩からなるループ利尿薬;ならびにスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、請求項3に記載する方法。
【請求項5】
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、および(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の遺伝子多型を検出するプローブを有する、糖尿病を有する高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するためのアレイ。
【請求項6】
上記利尿薬が、トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系利尿薬;インダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系類似利尿薬;フロセミド、およびこの薬学的に許容される塩からなるループ利尿薬;ならびにスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、請求項5に記載するアレイ。
【請求項7】
(1) Glutamate-cystein ligase(C588T)、(2) CD18(C1323T)、(3) Cytochrome P450 2J2*7(G-50T)、および(4) Alcohol dehydrogenase 2(Arg47His(G/A))からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の遺伝子多型を有する領域を特異的に増幅し得るプライマー対、または/および当該遺伝子若しくはその増幅産物に特異的にハイブリダイズする核酸プローブを含む、糖尿病を有する高血圧患者について利尿薬を有効成分とする血圧降下剤の投与有効性を検出するための試薬キット。
【請求項8】
請求項5または6に記載するアレイを有する、請求項7に記載する試薬キット。
【請求項9】
上記利尿薬が、トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系利尿薬;インダパミド、クロルタリドン、トリパミド、メチクラン、メフルシド、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるサイアザイド系類似利尿薬;フロセミド、およびこの薬学的に許容される塩からなるループ利尿薬;ならびにスピロノラクトン、トリアムテレン、およびこれらの薬学的に許容される塩からなるK保持性利尿薬よりなる群から選択される少なくとも1つの薬物である、請求項7または8に記載する試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−143848(P2008−143848A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−333742(P2006−333742)
【出願日】平成18年12月11日(2006.12.11)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】