YBCO系高温超電導体成膜用複合基材およびYBCO系高温超電導体膜の作製方法
【課題】成膜条件の変化に依存せずに、配向性に優れるYBCO系高温超電導体膜を成膜することができる、配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を提供するとともに、優れた配向性を有するYBCO系高温超電導体膜の作製方法を提供する。
【解決手段】結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴とする配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材、および、該YBCO系高温超電導体成膜用複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とする配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜の作製方法。
【解決手段】結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴とする配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材、および、該YBCO系高温超電導体成膜用複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とする配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、YBCO系高温超電導体成膜用複合基材に関し、特に、YBCO系高温超電導体を膜状の形態で応用する電子デバイスや線材等の製品を製造する際に有用な、配向再現性に優れた高温超電導体成膜用複合基材に関するものである。また、本発明は、YBCO系高温超電導体膜の作製方法に関し、特に、上記高温超電導体成膜用複合基材を用いて、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を作製する作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導体は、1) 電気抵抗がゼロである、2) 完全反磁性である、3) ジョセフソン効果があるなど、他の物質にない特異な特性を持っており、電力輸送、発電機、核融合プラズマ閉じ込め、磁気浮上列車、磁気シールド、高速コンピュータなどへの幅広い応用が期待されている。
【0003】
1986年に、ベドノルツ (Bednorz) とミュラー (Mueller) により、約 30 Kの超電導転移温度Tc をもつ銅酸化物超電導体 (La1-xBax)2CuO4 が発見された。それ以後、 YBa2Cu3O7-δ (Tc = 90 K)、Bi2Sr2Ca2Cu3Oy (Tc = 110 K)、Tl2Ba2Ca2Cu3Oy (Tc = 125 K)、HgBa2Ca2Cu3Oy (Tc = 135 K) などの銅酸化物で、相次いで、高い温度での超電導転移が報告された。
【0004】
現在、これらの物質の作製方法、物性、応用などに関して多くの研究がなされている。なかでも YBa2Cu3O7-δ 超電導体は、Yを希土類元素(La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu)に置換しても、90K級の超電導を示すことが知られている(非特許文献1、参照)。YBa2Cu3O7-δ 超電導体において、Yの全部または一部を、La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luで置換した超電導体や、YやBaの一部を、La、Nd、Sm、Eu、Sr、Ca で置換した超電導体など、基本的に、YBa2Cu3O7-δ と同様の結晶構造を有する超電導体(以下「YBCO系超電導体」という。)は、 Tl や Hg のような有害元素を含まず、比較的異方性の小さい超電導体であることから、電子デバイスや線材の実用材料として最も有望視されている。
【0005】
ここで、YBCO系超電導体の実用化を考える場合、該超電導体に、用途に応じた形状を付与しなければならないから、電子デバイスや線材等の実用化のためには、適切な成膜技術の開発が必要不可欠である。そして、成膜手法として、原料粉末を基材上に付着させる手法、化学的な手法で緻密に並べる手法、さらには、物理的な手法で擬似単結晶を成長させる手法など、目的に応じて種々の手法が検討されている(非特許文献2、参照)。
【0006】
しかしながら、信頼性の高い電子デバイスや線材への応用を実現するためには、スパッタ法やレーザー蒸着法という物理的な手法による、高度な材料制御が必要不可欠である。スパッタ法やレーザー蒸着法は、原料であるターゲット材を、プラズマまたはレーザーに曝すことでエネルギーを付与し、飛び出して来た粒子を基材上に堆積させる成膜手法である。ターゲット材としては、目的組成のセラミックス材料を用いることが、一般的である。そして、雰囲気ガス、基板温度、付与するエネルギー、ターゲット−基板間の距離などの条件を変化させて、所望の膜が得られる成膜条件を探しだす。
【0007】
実用化の観点から特に重要なのは、結晶方位の揃ったc軸配向膜を再現性良く作製する技術である。通常、結晶方位の揃った表面を有する基材が超電導膜の下地材料として用いられる。基材表面には、該表面の結晶方位を反映して配向した超電導体膜が成長することになる。基材としては、単結晶が用いられることが多い。また、配向性に優れた超電導体が直接成長し難い基材の場合には、基材表面に、配向性を確保するのに適切なバッファ層や中間層と呼ばれる層を形成し、該層の上に、超電導体を成膜することもよく行われている(特許文献1〜7、参照)。
【0008】
基材表面に成膜される超電導体膜の配向性を決定する要因は多くあるが、中でも、成膜初期に起きる結晶成長が、配向性の良し悪しに極めて重要な役割を果たしていることが解っている。超電導体膜の成長時に、何らかの原因で、結晶方位の乱れた部分が生じると、その上には、その乱れた部分を起点として、結晶配向の乱れた超電導体膜が成長してしまうからである。超電導体膜における結晶配向の乱れは、異なる物質同士の界面を形成する成膜初期に起き易い。
【0009】
基材とその上に成膜する超電導体は、同じ物質ではないので、その界面に、結晶整合性の悪い部分が存在すると、該部分は、超電導体膜の結晶方位に乱れを引き起こす要因となる。また、基材表面の欠陥や異物等も、超電導体膜の結晶方位を乱す要因となる。超電導体膜に生じる単一配向性の欠如は、デバイスや線材等の製品の性能に悪影響を与えてしまう。
【0010】
さらに、たとえ、成膜時に、配向性が最も良好となるように成膜条件を最適化しても、ターゲットの損耗や成膜チャンバー内壁からのガス放出等の成膜環境の変化によって、成膜条件は徐々に変化してしまう。この成膜条件の微妙な変化も、また、単一配向性の欠如をもたらす要因となる。
【0011】
これまで、超電導体膜の配向性欠如を回避する有効な対処方法が確立されておらず、当業者の間で、超電導体膜の配向性欠如を有効に回避する手法の開発が期待されているのが実情である。
【特許文献1】特開平11-53967号公報
【特許文献2】特開2000-86239号公報
【特許文献3】特開2001-110255号公報
【特許文献4】特開2002-150855号公報
【特許文献5】特開2003-36743号公報
【特許文献6】特開2005-1935号公報
【特許文献7】特開2005-5089号公報
【非特許文献1】J.M. Tarascon et al.、 Phys. Rev. B 36(1987)226.
【非特許文献2】内藤方夫、「高温超伝導体(上)-物質と物理-」(JSAP Catalog Number: AP042312; 応用物理学会 超伝導分科会スクールテキスト、2004) p.101.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明は、上記実情を踏まえ、(i)成膜条件の変化に依存せずに、配向性に優れるYBCO系高温超電導体膜を成膜することができる、配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を提供するとともに、(ii)優れた配向性を有するYBCO系高温超電導体膜の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、YBCO系高温超電導体のc軸配向膜を物理的手法により作製する研究を鋭意行っている過程で、結晶方位が揃い、かつ、その表面にZr またはZr酸化物が存在する複合基材を用いると、YBCO系高温超電導体膜のc軸配向再現性が飛躍的に向上することを見いだした。尚、ここで、c軸とは結晶の長軸方向のことであり、YBCOの結晶を直方体に見立てたとき、一番長い方向のことである。
【0014】
即ち、上記課題を解決する本発明のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材(以下「本発明複合基材」ということがある。)は、上記知見に基づいてなされたものであり、結晶方位の揃った基材表面に、ZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴としている。
【0015】
なお、本明細書においては、YBCO系高温超電導体を、Yの全部または一部を、La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luで置換した超電導体や、YやBaの一部を、La、Nd、Sm、Eu、Sr、Ca で置換した超電導体など、基本的にYBa2Cu3O7-δと同様の結晶構造を有する超電導体として定義する。
【0016】
本発明複合基材の一実施形態においては、該基材が、単結晶である。
【0017】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材が、基板および基板上の薄膜で構成されている。
【0018】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、上記薄膜が、ZrまたはZr酸化物を含む酸化物複合体である。
【0019】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材の表面に、MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が露出している。
【0020】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材の表面に、BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が露出している。
【0021】
さらに、本発明複合基材においては、上記薄膜が BaZrO3 とZr酸化物との複合体であり、かつ、下記組成比を満たしている。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【0022】
次に、上記課題を解決する本発明のYBCO系高温超電導体膜の作製方法(以下「本発明作製方法」ということがる)は、本発明複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とする。
【0023】
本発明複合基材を用いて作製したYBCO系高温超電導体膜は、優れた配向性を有しているので、電子デバイスや線材等の製品を製造に好適な超電導体膜とである。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性よく成膜できる複合基材を提供するものである。YBCO系高温超電導体膜の成膜初期に、ZrまたはZr酸化物が、結晶成長に介在することにより、c軸配向粒子の成長が促進される。また、本発明によれば、配向粒子の基材表面に沿った横方向の結晶成長も促進されるので、基材の結晶方位と揃った縦方向の膜成長に好都合な土台となる高温超電導体の結晶基盤を形成できる。
【0025】
したがって、本発明によれば、a軸配向粒子の混在がほとんどなく、略c軸配向粒子のみからなるとともに、基材の結晶方位に揃った結晶方位を有する配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性良く作製することができる。
【0026】
また、本発明においては、膜成長初期に、Zr の介在によって、基材表面で起きる反応を積極的に利用することにより、上記効果を得ることができるので、本発明は、YBCO系高温超電導体と結晶格子の整合性が多少悪い材料からなる基材にも適用することができる。さらに、本発明においては、実際のYBCO系高温超電導体膜の作製において、成膜条件が多少ズレでも、該ズレに影響されず、配向の再現性を極めて良好に維持することができるので、多種多様な基材材料を用いて、高品質のYBCO系高温超電導体膜を確実に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
初めに、本発明の特徴を理解し易くするために、従来の高温超電導体膜の成膜について、模式図を用いて説明し、問題点を明確にする。
【0028】
一般に、YBCO系高温超電導体の成膜において、結晶粒の配向は、マイグレーションモデルで定性的に理解できる(H. Izumi et al.、 Jpn. J. Appl. Phys. 30(1991)1956.、参照)。基本的な配向は、降り積もった粒子が、基材表面で十分に移動できるだけのエネルギーを持っているかどうかで決定される。
【0029】
基材上に降り積もった粒子が十分な運動エネルギーを持ち、基材表面上を長い距離運動することができる場合には、表面エネルギーを下げるために、膜は、a軸配向膜よりもc軸配向膜となる。しかしながら、運動エネルギーが不足している場合は、移動距離が短くて済むa軸配向粒子が形成されるので、膜は、a軸配向膜となる。
【0030】
このように、降り積もった粒子の移動距離の長短が膜の配向性に大きく影響するが、降り積もった粒子の移動を妨げる要因として、下地結晶の欠陥や乱れも挙げることができる。特に、膜成長の初期段階において、下地結晶の欠陥や乱れは、降り積もった粒子の移動を大きく妨げ、膜の配向性を左右する。したがって、膜成長の初期段階は、膜の配向性を高める上で、特に重要なステップである。
【0031】
図11A〜図11Eに、従来基材の上に超電導体膜を形成する場合の結晶粒子の成長態様を示す。
【0032】
図11Aに、表面に欠陥部位101がある単結晶基材100を示すが、この単結晶基材100の表面に膜を形成すると、図11Bに示すように、欠陥部位101がない基材表面の上には、該表面の結晶方位に揃った超電導体のc軸配向粒子105が生成する。
【0033】
しかしながら、図11B〜図11Dに示すように、欠陥部位101では、該欠陥により堆積粒子の移動が妨げられ、配向の異なる結晶粒子が生成し(図11B、参照)、成膜が続行されるに従って、この配向の異なる結晶粒子が、途中で方向を変えることなく次第に成長し続け(図11Cと図11D、参照)、結局、図11Eに示すように、アウトグロースと呼ばれる配向の揃っていない結晶粒104が残留する。
【0034】
高温超電導体は、電気輸送特性に強い異方性を有しており、c軸と垂直方向に超電導電流が流れることによって、良好な超電導特性が得られるものであるが、高温超電導体膜中に、上記のアウトグロース結晶粒が残留すると、超電導の臨界電流密度が低下して、超電導特性が低下する。このことは、高温超電導体膜において優れた超電導特性を確保する上で、当業者間で大きな問題として認識されている。
【0035】
基材表面における堆積粒子の移動(マイグレーション)を疎害するのは、結晶欠陥だけではない。例え、基材表面の結晶が完全であっても、基材とその上に成膜する超電導体とは同じ物質ではないことに起因して、その界面には、結晶の整合性の悪い部分が生じてしまう。この不整合が、膜の結晶方位に乱れを引き起こす場合もある。
【0036】
実際の高温超電導体の成膜においては、初めに予備実験を行い、配向性が最も良好となる成膜条件を探りだし、成膜条件の最適化を行うが、ターゲットの損耗や成膜チャンバー内壁からのガス放出等の成膜環境の変化により成膜条件は徐々に変化する。この成膜条件の微妙な変化も、結晶粒子の単一配向性の欠如を引き起こす要因になる。
【0037】
上記のように発生した超電導膜の単一配向性の欠如は、超電導体膜において、臨界電流密度の低下を招き、結果として、デバイスや線材等の製品の性能に悪影響を与えることとなる。このように、超電導膜の単一配向性の欠如が、従来の高温超電導体膜における問題点であり、より一層の超電導特性の向上を目指すには、上記単一配向性の欠如を解消する手法を開発する必要がある。
【0038】
次に、上記単一配向性の欠如を解消する本発明を、模式図に基づいて詳細に説明する。
【0039】
本発明者は、YBCO系高温超電導体のc軸配向膜をスパッタ法やレーザー蒸着法などの物理的手法により作製する研究を鋭意行っている過程で、超電導膜を成膜する基材として、結晶方位が揃い、かつ、その表面にZrまたはZr酸化物が存在する複合基材を用いると、成膜される超電導体膜の配向再現性が飛躍的に向上することを見いだした。
【0040】
詳細には、本発明者は、基材表面にZr またはZr酸化物が存在させると、成膜初期に降り積もった粒子の移動動を促進することができ、多少の下地結晶の乱れや、結晶格子の不整合性や、さらには、成膜条件のズレにも敏感に影響されることなく、長期にわたって、安定的に再現性良く、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を作製することができることを見いだした。
【0041】
即ち、本発明者は、YBCO系高温超電導体膜の成膜初期において、ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、結晶粒子の成長過程に導入すれば、成膜される超電導体膜の配向性を格段に高めることができることを突き止めた。
【0042】
ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、結晶粒子の成長過程に導入すると、成膜される超電導体膜の配向性が格段に向上する理由は、現時点で明確ではないが、一応、次のように推測される。
【0043】
多結晶試料を使った研究により、YBCO系高温超電導体とZrまたはZr酸化物が接した状態で温度が上昇すると、超電導体の融点よりも低い温度で分解反応が起こり、CuO、Y2Cu2O5、BaZrO3 等が生成することが知られている(S.W. Filipczuk、 Physica C 173(1991)1.、T. Oka et al.、 Jpn. J. Appl. Phys. 31(1992)1760.)。
【0044】
この反応は、単純な固体反応のみで完結するのではなく、中間生成物として、Ba-Cu-O 系の液相を生じて進行する。一般に、液相を介した物質移動は非常に速く進行する。また、Ba-Cu-O 系の液相は、YBCO単結晶を育成する際のフラックスとしても使われる(Y. Hidaka et al.、 J. Cryst. Growth 85(1987)581.)。本発明は、ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、YBCO系高温超電導体膜の成長初期において積極的に利用するものであると推測される。
【0045】
図1A〜図1Eは、本発明複合基材を使用した超電導体膜の成膜過程を説明する模式図である。以下に、図1A〜図1Eを使用して、本発明作成方法について説明する。
【0046】
まず、表面に欠陥部位1が存在する単結晶基材2の表面に、Zr またはZr酸化物3を付着させて、図1Aに示す本発明複合基材の一実施形態の基材4を形成する。
【0047】
次に、図1Bに示すように、ZrまたはZr酸化物3が付着した基材4の表面5に、超電導体膜を成膜する。詳しくは、先ず、表面5に、この表面5の結晶方位に揃った超電導体のc軸配向粒子8を形成する。ここで、図1Bに示すように、表面5のZまたはZr酸化物3が存在する箇所においては、Zrの存在により超電導相の分解反応が進行して、Ba-Cu-O 系の液相10が生じる。
【0048】
この液相10は、図1Cに示すように、基材4の表面5の結晶方位に揃って粒成長した超電導体膜のc軸配向粒子8と接触するが、この接触は、基材4の表面5に次々に堆積する粒子の移動(マイグレーション)を助け、図1Dに示すように、c軸配向粒子の横方向の成長を促進する。
【0049】
その結果、超電導体の扁平なc軸配向粒子が基材表面上に成長し、図1Eに示すように、基材表面上に、極めて高度にc軸配向した超電導体膜11を形成することができる。ここで、液相10によるマイグレーション促進効果により、表面5に欠陥1が多少存在しても、この欠陥1は、アウトグロース結晶粒の生成の原因にならないことが確かめられた。
【0050】
図2は、極めて高度にc軸配向した超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。詳細には、図2(A)は、表面にZrまたはZr酸化物が存在しない単結晶基材に超電導体膜を成膜した場合におけるc軸配向超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。また、図2(B)は、表面にZrまたはZr酸化物を付着させた単結晶基材(本発明複合基材)に、図2(A)に示す表面組織を得た成膜条件と同じ成膜条件で、超電導体膜を成膜した場合におけるc軸配向超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。
【0051】
図2(A)において、21は、超電導体結晶粒を示し、図2(B)において、24は、超電導体結晶粒を示している。なお、図2は、後述する実施例(調査)におけるデータに基づいて作成したものである(図10、参照)。
【0052】
図2(A)と図2(B)に示すように、いずれの場合の表面組織も、YBCO系高温超電導体が有する正方晶系の結晶格子を反映して、方向の揃った略四角形の結晶粒で敷きつめられた表面構造になっている。しかし、両図を詳細に比較すると、(i)図2(B)に示す超電導体結晶粒24の粒子サイズは、図2(A)に示す超電導体結晶粒21の粒子サイズよりも大きく、かつ、(ii)図2(B)に示す超電導体結晶粒24の粒子形状は、図2(A)に示す超電導体結晶粒21の粒子形状よりも、より角状となっていることが解る。
【0053】
図2(A)と図2(B)の比較から、図2(B)に示す本発明複合基材を用いた場合の方が、表面に存在するZrまたはZr酸化物により生成する液相に起因する横方向(基材表面に沿う方向)の結晶粒成長が顕著に発現したことが解る。このことから、ZrまたはZr酸化物が表面に存在する複合基材を使用すれば、横方向(基材表面に沿う方向)における超電導体結晶の粒成長を促進することができ、基材表面に、略均一な大きさの結晶粒を有し、かつ、極めて高度にc軸配向した超電導体膜を形成することができる。
【0054】
図3は、図2に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図である。詳細には、図3(A)は、図2(A)に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図であり、図3(B)は、図2(B)に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図である。
【0055】
なお、図3(A)において、30は基材を示し、図3(B)において、31は基材を示す。また、図3(A)と図3(B)において、矢印9は、それぞれの結晶粒のc軸方向を示す。矢印9の同一方向性の良し悪しは、主に、基材と超電導体膜の界面における格子不整合や格子欠陥等に影響される。
【0056】
超電導体膜の作製において、優れたc軸配向性を実現しさらに再現するためには、基材と超電導体膜の界面近傍において形成され、c軸方向の結晶成長の土台となる結晶基盤において、c軸配向性を乱す不結晶整合や格子欠陥等の影響を、極力緩和する必要があるが、そのためには、横方向に結晶成長を促進して結晶基盤を形成することは極めて好都合である。以下、このことについて説明する。
【0057】
図4(A)および図4(B)は、基材表面の結晶方位の揃った部分に、原子層レベルの段差41,42が存在し、その段差41,42が、超電導体結晶粒43,44のc軸方向における原子層間隔よりも大きい場合の超電導体膜47,48と基材45,46の界面近傍の態様を模式的に示す図である。
【0058】
図4(A)に示すように、超電導体結晶粒43の粒子サイズが小さい場合、超電導体結晶粒43が基材45における原子層レベルの段差41に接した部分は、縦方向に引き延ばされて歪んでしまうが、一方、該段差に接していない側面は、超電導体結晶粒43の本来の原子層間隔を維持しようとする。この結果、超電導体結晶粒43のc軸方向が、基材45の表面の法線から傾くことになる。
【0059】
図4(B)に示すように、超電導体結晶粒44の粒子サイズが大きい場合、超電導体結晶粒44が基材46の原子層レベルの段差42に接した部分には、図4(A)に示した場合と同様に歪みが生じるが、図4(B)に示すように、該段差42から十分離れた部分においては、基材46の上記段差42による影響を受けずに、超電導体結晶本来の原子層間隔を有するので、c軸方向が、基材46の表面の法線から傾くことがない。そして、このc軸が傾いていない部分は、上記段差42に近い部分における歪みに起因する結晶粒子の傾きを矯正する役割を果たす。
【0060】
したがって、結晶粒が横方向(基材表面に沿う方向)に成長した結晶基盤が、基材表面に形成されると、超電導体膜48のc軸が極めて高度に一方向に揃い、超電導体膜48のc軸配向性が極めて優れたものとなる。
【0061】
以上、説明したように、超電導膜の成膜初期における結晶基盤の形成は、最終的に得られる超電導膜のc軸配向性の良否を決定する大きな要因となる。そして、基材表面で生成したc軸配向超電導体結晶粒の横方向の成長を促進することにより、c軸配向性に優れた超電導体膜を作製することができる。
【0062】
結晶方位の揃った基材表面に存在し、超電導体膜の成膜初期に、超電導体との反応で液相を生成するZrまたはZr酸化物は、基材表面に沿う方向における結晶基盤の形成を促進する作用効果を発現し、その結果として、超電導体膜のc軸配向性を乱す格子不整合や格子欠陥等の影響を受けることなく、上記結晶基盤上に、c軸が極めて高度に配向した超電導体膜を作製することができるのである。このZrまたはZr酸化物の作用効果は、本発明者が、初めて見いだしたものである。
【0063】
以上のように、本発明複合基材は、結晶方位の揃った基材表面に、ZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴としている。なお、図1Aに示す単結晶基材の表面にZrまたはZr酸化物が部分的に付着した複合基材は、本発明の一実施形態である。
【0064】
図5A〜図5Dは、本発明複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【0065】
上記実施形態では、表面の結晶方位の揃った単結晶基材の表面に、ZrまたはZr酸化物を付着して本発明複合基材を形成した。しかし、図5Aに示すように、本発明複合基材は、基板50および基板50上に形成に形成された結晶方位の略揃った薄膜51で構成されたものでもよい。上記薄膜51の表面にZrまたはZr酸化物52を付着させて成る複合基材は、本発明の一実施形態である。
【0066】
また、図5Bに示すように、本発明複合基材は、基板53と、基板53上に形成したZrまたはZr酸化物55が分散する酸化物複合体薄膜54から構成されたものでもよい。酸化物複合体薄膜54がZrまたはZr酸化物55を分散して含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した表面が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0067】
また、図5Cに示すように、本発明複合基材は、基板56と、基板56上に形成したZrまたはZr酸化物が析出した粒界57を有する酸化物複合体薄膜58から構成してもよい。酸化物複合体薄膜58が、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界57を含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した形態が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0068】
また、図5Dに示すように、本発明複合基材は、無配向材料から成る基板59と、この基板59上に形成した配向性を有する中間層60と、配向性を有する中間層60上に形成した酸化物複合体薄膜61とから構成してもよい。
【0069】
図5Dに示すように、中間層60上に形成した酸化物複合体薄膜61が、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界62を含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した形態が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0070】
ここで、上記中間層60は、例えば、イオンビームアシスト堆積法(Ion-Beam-Assisted Deposition Method)等により無配向材料の上に形成したものでよい。また、無配向材料から成る基板を用いる場合、酸化物複合体薄膜61は、図5Cに示す酸化物複合体薄膜58と同様に、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界を有しているが、図5Bに示す酸化物複合体薄膜54と同様に、ZrまたはZr酸化物が分散した形態を併用していてもよい。
【0071】
本発明複合基材は、超電導体膜の成膜初期において、c軸配向した超電導体の結晶が生成し易いものが好適である。これを実現するために、結晶学的に類似した構造を有し、かつ、格子整合性の良い物質、例えば、複合酸化物が、基材表面に存在するか、または、露出していることが望ましい。
【0072】
具体的には、MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2のいずれか一つまたは二つ以上から成る複合酸化物が、基材表面に存在するか、または、露出していることが望ましい。特に、BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6は、結晶中に、YBCO系酸化物超電導体と界面において共有できるBa-O から成る原子層があり、両者の馴染みは非常に良い(長谷川勝哉ほか,日本金属学会誌 67(2003)295.参照)ので、ZrまたはZr酸化物と併用する複合酸化物として好ましい。
【0073】
薄膜を有する本発明複合基材の場合、薄膜を、BaZrO3-Zr酸化物複合体で形成することが、超電導体膜の更なる配向性向上の点でさらに好ましい。BaZrO3薄膜の成膜時に、その組成を、化学量論組成から少しずれたZr過剰の組成にすることにより、Zr酸化物が粒界等に分散したBaZrO3-Zr酸化物複合体の薄膜を成膜することができる。
【0074】
本発明者が、化学量論組成からのZr過剰の程度を種々変えて、本発明複合基材の配向再現性を調査した結果、BaZrO3-Zr酸化物複合体において、Ba/Zrを下記組成比を満足させると、配向再現性が著しく向上することが判明した。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【0075】
Ba/Zrが0.65未満、および、Ba/Zrが0.98超のいずれ場合においても、YBCO系超電導体の成膜初期に、結晶基盤の形成を促進する液相を生成するが、Ba/Zrを上記組成比の範囲内に維持すると、c軸配向促進機能の優れた液相を基材表面上に形成することができる。したがって、Ba/Zrは、0.65 以上 0.98以下が好ましい。
【0076】
なお、BaZrO3-Zr酸化物複合体の薄膜を備えた本発明複合基材は、超電導体の成膜前に表面にZrまたはZr酸化物を部分的に付着する工程を必要としないので、基材作製プロセスを簡略化でき、工業的に有用である。
【実施例】
【0077】
本発明者は、本発明複合基材の超電導体膜の配向性に及ぼす効果、および、超電導体膜の配向再現性の良否について調査した。以下に、その結果について説明する。なお、以下に示す方法で採用した条件は、本発明の実施可能性および再現性を実証するために採用した一条件であり、本発明が、これらの条件により限定されるものではない。
【0078】
I.本発明複合基材の超電導体膜の配向性に及ぼす効果に係る調査
レーザー蒸着法により、La0.3Sr1.7AlTaO6(LSAT)(100) 単結晶の基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。ここで、LSATは、LaAlO3とSr2AlTaO6を3:7で固溶させた材料であり、高温超電導体膜用の基材として開発されたものである(S.C. Tidrow et al.、 IEEE Trans. Appl. Supercond. 7(1997)1766)。
【0079】
成膜装置として、成膜室内に複数のターゲットホルダーを擁したものを使用する。ターゲットホルダーに、ターゲットとして、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体、および、Zr板を設置する。ターゲットホルダーは、回転機構を有しており、適宜必要に応じて成膜室を大気開放することなく換えることができるようになっている。
【0080】
モーターで駆動する光学系ミラーによって、レーザー光は、適宜、ターゲット上を走査し、また、同時に、ターゲットが回転運動するようになっている。それ故、ターゲット上の同じ位置だけにレーザーが照射されることがなく、ターゲット表面に、略均一に、レーザーを照射することができる。
【0081】
成膜室に酸素を導入しながら排気量を制御してチャンバー内圧力を100 mTorr とし、基板温度を650℃まで上げ、基材-ターゲット間距離を80mmとし、Zr板をターゲット材として表面にエネルギー密度1.5 J/cm2のKrFレーザーを1 Hzで照射する。照射の回数は、0(照射なし)、10パルス、および、30パルスの三つを選択して実験を行った。
【0082】
次いで、ターゲットを、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体に換えて、基材−ターゲット間距離を50 mmとし、レーザーを5 Hzで2時間照射した。成膜後は、ヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した。
【0083】
ここで、予備実験として、Zr板をターゲットとしてレーザー光を30パルス照射した後に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜をせずに、ヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した試料を作製した。得られた試料を、大気中に取り出すことなく、その表面構造を反射高速電子線回折で調べたところ、LSATの構造を示す強い回折パターンが観測された。これは、基材表面に結晶方位が揃ったLSATが露出していることを示している。
【0084】
また、同試料を大気中に取り出して光学顕微鏡で表面を観察したところ、平坦な基材上に、一様に分散した島状の粒が多数観察された。これらの粒は、ZrあるいはZr酸化物である。このようにして、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前に、Zr板をターゲット材として、レーザー光を10または30パルス照射して得られる基材が、結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在している複合基材であることを確認した。
【0085】
得られた超電導体膜の膜厚は、いずれの試料も180 nm であった。X線回折(Cu-Kα 線を用いた2θ-θ スキャン;XRD)で配向性を調べたところ、基材のLSATからのピークに加えて、c軸配向を示すYBCO系超電導体の00L反射の強いピークを確認することができた。
【0086】
しかしながら、ZrまたはZr酸化物を付着させていない試料には、僅かながらa軸配向した粒子の混在を示す200と300のピークも見られた。また、これらのピークは、ZrまたはZr酸化物を付着させるためのレーザーのパルス数、即ち、付着量を増すと消失した。このことから、基材の表面にZrまたはZr酸化物を付着させると、優れたc軸配向を有するYBCO系超電導体膜を作製できることが解る。
【0087】
図6は、作製した3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜のXRDパターンを示す図であり、006と200ピークの部分を拡大したXRDパターンを示す図である。
【0088】
図6に示すように、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の006ピークは、LSATの400ピークと部分的に重なっている。一方、200ピークは、3つの曲線で重なりがなく、検出できる。図6に示すように、パルス数がゼロおよび10回の場合は、200ピークが存在する。一方、30パルスの場合には、200ピークが消失している。
【0089】
このことから、結晶方位の揃ったLSAT基材表面に、ZrまたはZr酸化物を部分的に付着させた本発明複合基材を使用することにより、極めて高度にc軸配向した超電導体膜を作製できることが解る。
【0090】
図7は、作製した3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。a軸配向した結晶粒子がc軸配向した結晶粒子中に混在すると、超電導電流の流れを疎害し、臨界電流密度を低下させる。図7に示すように、同じ電流を流して測定した電気抵抗率の温度依存性に見られる臨界温度Tcは、a軸配向粒子が多い程低下している。
【0091】
これはTcよりも少し低い温度領域において、a軸配向粒子が多く混在している試料ほど、臨界電流密度が低下していることを示している。なお、電気抵抗率の温度依存性を調べる測定を、四端子法により行い、臨界温度Tcを、3mm幅の超電導膜に0.1mAの電流を流すことにより測定した。
【0092】
II.本発明複合基材と超電導体膜の配向再現性との関係に係る調査1
前記調査で用いた装置と同じ装置を用いて、レーザー蒸着法により、LSAT (100) 単結晶からなる基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。LSAT基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させることなく、基板温度を高めの690℃とする。チャンバー内は酸素100mTorr とし、基材-ターゲット間距離は50 mmとし、レーザー照射(ターゲット上のエネルギー密度1.5 J/cm2)は5 Hzで2時間とし、膜厚180nmの超電導体膜を形成する。
【0093】
XRDよりc軸配向膜であることを確認する。次に、同じ成膜条件で、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を数週間にわたって継続的に作製する。20回目の成膜からa軸配向粒子の混在が認められるようになった。この配向再現性の欠如は、成膜回数が増えていくにつれて、少しずつ成膜条件が変化していくことが原因であると推察される。配向再現性の欠如の要因としては、ターゲット表面の損耗や変質、レーザー導入窓の汚れなどが考えられる。
【0094】
次に、31回目の成膜から、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前に、基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行った。付着させる条件は、上記調査で行った30パルスの場合と同じ条件である。得られた超電導膜はc軸配向膜であり、a軸配向粒子の混在は認められなかった。このことから、超電導体膜の形成前に、基材の表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行うと、その基材上に、極めて配向再現性の優れる超電導体膜を形成できることが解る。
【0095】
III.本発明複合基材と超電導膜の配向再現性との関係に係る調査2)
上記調査で用いた装置と同じ装置を用いて、レーザー蒸着法により、LSAT (100) 単結晶からなる基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。基板温度を650℃とし、チャンバー内は、酸素100mTorr とし、基材−ターゲット間距離を50mmとし、レーザー照射(ターゲット上のエネルギー密度1.5 J/cm2)は5Hzで2時間とした。
【0096】
なお、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前には、調査Iで行った30パルスの場合と同じ条件で、基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行った。
【0097】
上記のようにして得られた超電導体膜は、c軸配向膜であり、a軸配向粒子の混在は認められなかった。
【0098】
同じ成膜条件で、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を数週間にわたって継続的に作製した。20回目の成膜を過ぎても、a軸配向粒子の混在は認められなかった。a軸配向粒子の混在が認められ始めたのは、50回目の成膜あたりからであり、配向再現性は極めて良好であった。
【0099】
IV.本発明複合基材として、単結晶基板およびその上に成膜した酸化物複合体薄膜を使用した場合における超電導体膜の配向再現性に係る調査
MgO (100) 単結晶を基板とし、その上に、スパッタ法により、BaZrO3(以下BZO)およびZr酸化物の複合体薄膜を成膜して複合基材を作製し、その後、SmBa2Cu3O7膜を成膜する。
【0100】
成膜装置としては、基材表面の法線とスパッタターゲット表面の法線とが直行するオフアクシス型スパッタ装置を使用する。スパッタターゲットとしては、BaZrO3焼結体およびSmBa2Cu3O7焼結体を用いる。成膜装置としては、成膜室内に複数のスパッタカソードを擁しているものを使用するが、このような装置においては、適宜、必要に応じて成膜室を大気開放することなく、スパッタターゲットを換えて成膜することができる。
【0101】
初めに、BZOおよびZr酸化物の酸化物複合体薄膜を成膜する。詳細には、アルゴンと酸素を9:1の比で混合したガスを成膜室内に導入しながら、排気量を制御して、チャンバー内圧力を70 mTorr とし、基板温度を780℃とし、100Wの高周波プラズマをターゲット表面近傍で発生させる。
【0102】
また、基材ホルダーとスパッタカソードの位置関係を系統的に変化させて、BaとZrが所望の比で基材上に付着して薄膜が形成される条件を検討した。そして、Ba/Zrを1.10から0.55まで制御して、薄膜が作製できる成膜条件を求めた。このとき、XRD測定から確認できるのは、MgOとBZOのピークであった。
【0103】
BZOについては、MgO基板の方位に揃っていることも、X線回折のφスキャン測定から確認された。BZOは、化学的に非常に安定な物質であり、構成元素の不定比性がない物質である。したがって、膜の組成が化学量論(Ba/Zr=1)からずれている場合には、BaまたはZrの酸化物が、膜中の結晶粒界等に存在する薄膜が得られる。この場合は、BaまたはZrの酸化物の結晶性が非常に悪いことや、微粒で無配向である等の理由で、BaまたはZrの酸化物のXRDピークは、ほとんど検出できない。
【0104】
このようにして、Ba/Zrが、1.00、0.90、および、0.75の3種類のBa-Zr-O薄膜を10nm堆積した。
【0105】
次に、SmBa2Cu3O7膜を200nm成膜した。詳細には、アルゴン-酸素比を11:1とし、チャンバー内圧力を120 mTorr とし、基板温度を750℃とし、さらに、ターゲットとその周囲に設置したアース電位のシールド材の間に電圧を印加してターゲット表面近傍で直流プラズマを発生させた。電流、電圧の値は、それぞれ0.70A, 140Vとした。成膜後はヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した。
【0106】
図8は、作製した3つのSmBa2Cu3O7膜のXRDパターンを示す図である。図8に示すように、化学量論組成(Ba/Zr=1.00)の場合は、強いk00反射ピークが観測され、a軸配向粒子が支配的に成長していることが解る。一方、Zrが過剰の組成では、様相は劇的に変化しており、c軸配向粒子が支配的となっている。そして、Ba/Zr=0.75の場合は、完全にc軸配向膜になっている。このことから、Ba/Zr=0.75に設定すると、超電導体膜を、所望のc軸配向膜にすることができる。
【0107】
図9は、作製した3つのSmBa2Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。a軸配向した粒子の混在は、超電導電流の流れを疎害するので、臨界電流密度を低下させる。したがって、同じ電流を流して測定した電気抵抗率の温度依存性に見られるTcは、a軸配向膜においては低くなる。一方、Tcは、c軸配向膜においては高くなる。なお、電気温度依存性を調査するにあたって、測定を四端子法により行い、3mm幅の超電導膜に0.1mAの電流を流して測定を行った。
【0108】
Ba/Zr=0.75の膜の厚みを100,10,3 nmと変化させて、同様のSmBa2Cu3O7膜を成膜したところ、得られた超電導体膜のXRDパターンにおいて、有為の差は認められなかった。これは、Ba-Zr-O膜の膜厚によらず、表面に露出しているZr酸化物の量が、略一定であることの現れであるといえる。このことから、Zr酸化物は、Ba-Zr-O膜において、膜の厚さ方向に均一に分布していると考えられる。これを実現できる形態としては、例えば、Zr酸化物が膜中に均一分散しているか、または、BZO粒界に析出している場合等が考えられる。
【0109】
V.本発明複合基材上に形成した超電導体膜のc軸配向性に係る調査
MgO (100) 単結晶を基板とし、その上に、スパッタ法により、BZO薄膜またはBZOおよびZr酸化物の複合体薄膜を成膜して複合基材を作製した後に、その複合基材上に、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜した。成膜装置には、調査IVと同じオフアクシス型スパッタ装置を使用した。スパッタターゲットとしては、BaZrO3焼結体およびY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体を用いた。そして、基板上に堆積するBa-Zr-O薄膜の組成比Ba/Zrが1.00および0.75の2種類の複合基材を作製した。
【0110】
上記組成比のBa-Zr-O薄膜を10nm堆積した後に、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を200nm成膜した。アルゴン-酸素比を12:1とし、チャンバー内圧力を120 mTorr とした。また、基板温度を730℃とし、直流プラズマによってターゲット材をスパッタし、成膜を行った。電流、電圧の値としては、それぞれ、0.70A、125Vを使用した。また、成膜後はヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して、急冷した。
【0111】
XRD回折より作製した超電導体膜は、いずれも、c軸配向膜であることが解った。005回折ピークのロッキングカーブの半値幅を測定したところ、Ba/Zr=1.00および0.75の試料について、それぞれ、0.830°と0.261°であった。この結果は、後者の方が、c軸方向がより揃った結晶粒子で構成されている超電導体膜であることを示している。
【0112】
図10は、上記二つのY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の超電導体膜表面の原子間力顕微鏡像を示す図であり、一辺が2μmの領域について得られた像を示す図である。
【0113】
図10に示すように、両者ともに、超電導体が有する正方晶の結晶系を反映した四角い結晶粒が並んだ組織を有している。また、Ba/Zr=1.00の試料よりも、 Ba/Zr=0.75の試料の方が、超電導体の結晶粒のサイズが大きくなっている。これは、Ba/Zr=0.75の試料において、基材表面に存在していたZr酸化物の作用により液相が生成したために、基材上における横方向の結晶成長が促進されたためであると考えられる。
【0114】
超電導体結晶粒の結晶成長の初期において、基材表面に沿った横方向の粒成長が促進されることは、c軸方向がより一層揃った結晶粒の縦方向の成長に好都合な結晶基盤の形成を促すことになる。この結果、ロッキングカーブの半値幅に見られるような配向性の向上が得られるのである。
【0115】
これら2つの試料について抵抗率の温度依存性を測定したところ、Tcは両者とも88Kであった。また、77Kにおける臨界電流密度Jcは、Ba/Zr=1.00およびBa/Zr=0.75の試料で、それぞれ、6.0×104A/cm2、および、2.2×105A/cm2であり、c軸方向がより揃った結晶粒で構成された超電導体膜である後者の方が、高い値を示した。
【0116】
Ba/Zr=1.00またはBa/Zr=0.75として、同一のスパッタターゲットを使用してY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を3ヶ月間にわたって継続的に作製した。Ba/Zr=1.00の場合は、13回目の成膜からa軸配向粒子の混在が認められるようになった。この配向再現性の欠如は、成膜回数が増えていくにつれて、少しずつ成膜条件が変化していくことが原因しているものと考えられる。成膜条件の変化を引き起こす要因としては、ターゲット表面の損耗や変質が第一に考えられる。一方、Ba/Zr=0.75の場合は、20回目を超えても、なお配向再現性の良いc軸配向膜が得られている。
【0117】
以下に示す表1は、同一のスパッタターゲットを使用してY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を3ヶ月間にわたって継続的に作製した際に得られる超電導体膜の配向性を調べた結果である。使用頻度にもよるが、本発明者が定常的に行っている実験サイクルでは、約3ヶ月で急激に超電導体膜の膜質が低下し、ターゲットを交換している。
【0118】
新品のスパッタターゲットを使用し始めてから1、5、および、10週目に、Ba-Zr-O膜の組成を変えて、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜(膜厚100nm)を成膜し、XRDパターンの200および006ピークの強度比を調べた。
【0119】
[表1]
【0120】
表1に示すように、Ba/Zrの値が0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98の範囲の時、10週目を経過してもなおa軸配向粒子の混在を示す200ピークが観測されなかった。したがって、Ba/Zrの値を0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98に設定すると、極めて優れたc軸配向を有する超電導体膜を作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0121】
前述したように、本発明によれば、a軸配向粒子の混在がほとんどなく、略c軸配向粒子のみからなるとともに、基材の結晶方位に揃った結晶方位を有する配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性良く作製することができる。また、本発明は、YBCO系高温超電導体と結晶格子の整合性が多少悪い材料からなる基材にも適用することができる。さらに、本発明においては、多種多様な基材材料を用いて、高品質のYBCO系高温超電導体膜を確実に製造することができる。よって、本発明は、超電導体膜を素材とする産業において、利用可能性が大きいものである。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1A】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1B】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1C】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1D】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1E】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図2】超電導体c軸配向膜の表面組織の模式図である。
【図3】図2に示す超電導体c軸配向膜を横方向から見た組織の模式断面図である。
【図4】基材表面の結晶方位の揃った部分に原子層レベルの段差があり、その段差が超電導体のc軸方向の原子層間隔よりも大きい場合の超電導体膜と基材の界面近傍を示した模式図である。
【図5A】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5B】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5C】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5D】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図6】3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜のXRDパターンを示す図であり、006と200ピークの部分を拡大したXRDパターンを示す図である。
【図7】3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【図8】3つのSmBa2Cu3O7膜のXRDパターンを示す図である。
【図9】3つのSmBa2Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【図10】2つの試料の超電導体膜表面の原子間力顕微鏡像を示す図であり、一辺が2μmの領域について得られた像を示す図である。
【図11A】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11B】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11C】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11D】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11E】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【符号の説明】
【0123】
1 欠陥部位
2 単結晶基材
3、52、55 ZrまたはZr酸化物
4、30、31、45、46 基材
5 表面
8、105 c軸配向粒子
9 c軸方向
10 液相
11、47、48 超電導体膜
21、24、43、44 超電導体結晶粒
41、42 原子層レベルの段差
50、53、56、59 基板
51 薄膜
54、58、61 酸化物複合体薄膜
57、62 粒界
60 中間層
100 単結晶基材
101 欠陥部位
104 アウトグロース結晶粒
【技術分野】
【0001】
本発明は、YBCO系高温超電導体成膜用複合基材に関し、特に、YBCO系高温超電導体を膜状の形態で応用する電子デバイスや線材等の製品を製造する際に有用な、配向再現性に優れた高温超電導体成膜用複合基材に関するものである。また、本発明は、YBCO系高温超電導体膜の作製方法に関し、特に、上記高温超電導体成膜用複合基材を用いて、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を作製する作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導体は、1) 電気抵抗がゼロである、2) 完全反磁性である、3) ジョセフソン効果があるなど、他の物質にない特異な特性を持っており、電力輸送、発電機、核融合プラズマ閉じ込め、磁気浮上列車、磁気シールド、高速コンピュータなどへの幅広い応用が期待されている。
【0003】
1986年に、ベドノルツ (Bednorz) とミュラー (Mueller) により、約 30 Kの超電導転移温度Tc をもつ銅酸化物超電導体 (La1-xBax)2CuO4 が発見された。それ以後、 YBa2Cu3O7-δ (Tc = 90 K)、Bi2Sr2Ca2Cu3Oy (Tc = 110 K)、Tl2Ba2Ca2Cu3Oy (Tc = 125 K)、HgBa2Ca2Cu3Oy (Tc = 135 K) などの銅酸化物で、相次いで、高い温度での超電導転移が報告された。
【0004】
現在、これらの物質の作製方法、物性、応用などに関して多くの研究がなされている。なかでも YBa2Cu3O7-δ 超電導体は、Yを希土類元素(La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu)に置換しても、90K級の超電導を示すことが知られている(非特許文献1、参照)。YBa2Cu3O7-δ 超電導体において、Yの全部または一部を、La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luで置換した超電導体や、YやBaの一部を、La、Nd、Sm、Eu、Sr、Ca で置換した超電導体など、基本的に、YBa2Cu3O7-δ と同様の結晶構造を有する超電導体(以下「YBCO系超電導体」という。)は、 Tl や Hg のような有害元素を含まず、比較的異方性の小さい超電導体であることから、電子デバイスや線材の実用材料として最も有望視されている。
【0005】
ここで、YBCO系超電導体の実用化を考える場合、該超電導体に、用途に応じた形状を付与しなければならないから、電子デバイスや線材等の実用化のためには、適切な成膜技術の開発が必要不可欠である。そして、成膜手法として、原料粉末を基材上に付着させる手法、化学的な手法で緻密に並べる手法、さらには、物理的な手法で擬似単結晶を成長させる手法など、目的に応じて種々の手法が検討されている(非特許文献2、参照)。
【0006】
しかしながら、信頼性の高い電子デバイスや線材への応用を実現するためには、スパッタ法やレーザー蒸着法という物理的な手法による、高度な材料制御が必要不可欠である。スパッタ法やレーザー蒸着法は、原料であるターゲット材を、プラズマまたはレーザーに曝すことでエネルギーを付与し、飛び出して来た粒子を基材上に堆積させる成膜手法である。ターゲット材としては、目的組成のセラミックス材料を用いることが、一般的である。そして、雰囲気ガス、基板温度、付与するエネルギー、ターゲット−基板間の距離などの条件を変化させて、所望の膜が得られる成膜条件を探しだす。
【0007】
実用化の観点から特に重要なのは、結晶方位の揃ったc軸配向膜を再現性良く作製する技術である。通常、結晶方位の揃った表面を有する基材が超電導膜の下地材料として用いられる。基材表面には、該表面の結晶方位を反映して配向した超電導体膜が成長することになる。基材としては、単結晶が用いられることが多い。また、配向性に優れた超電導体が直接成長し難い基材の場合には、基材表面に、配向性を確保するのに適切なバッファ層や中間層と呼ばれる層を形成し、該層の上に、超電導体を成膜することもよく行われている(特許文献1〜7、参照)。
【0008】
基材表面に成膜される超電導体膜の配向性を決定する要因は多くあるが、中でも、成膜初期に起きる結晶成長が、配向性の良し悪しに極めて重要な役割を果たしていることが解っている。超電導体膜の成長時に、何らかの原因で、結晶方位の乱れた部分が生じると、その上には、その乱れた部分を起点として、結晶配向の乱れた超電導体膜が成長してしまうからである。超電導体膜における結晶配向の乱れは、異なる物質同士の界面を形成する成膜初期に起き易い。
【0009】
基材とその上に成膜する超電導体は、同じ物質ではないので、その界面に、結晶整合性の悪い部分が存在すると、該部分は、超電導体膜の結晶方位に乱れを引き起こす要因となる。また、基材表面の欠陥や異物等も、超電導体膜の結晶方位を乱す要因となる。超電導体膜に生じる単一配向性の欠如は、デバイスや線材等の製品の性能に悪影響を与えてしまう。
【0010】
さらに、たとえ、成膜時に、配向性が最も良好となるように成膜条件を最適化しても、ターゲットの損耗や成膜チャンバー内壁からのガス放出等の成膜環境の変化によって、成膜条件は徐々に変化してしまう。この成膜条件の微妙な変化も、また、単一配向性の欠如をもたらす要因となる。
【0011】
これまで、超電導体膜の配向性欠如を回避する有効な対処方法が確立されておらず、当業者の間で、超電導体膜の配向性欠如を有効に回避する手法の開発が期待されているのが実情である。
【特許文献1】特開平11-53967号公報
【特許文献2】特開2000-86239号公報
【特許文献3】特開2001-110255号公報
【特許文献4】特開2002-150855号公報
【特許文献5】特開2003-36743号公報
【特許文献6】特開2005-1935号公報
【特許文献7】特開2005-5089号公報
【非特許文献1】J.M. Tarascon et al.、 Phys. Rev. B 36(1987)226.
【非特許文献2】内藤方夫、「高温超伝導体(上)-物質と物理-」(JSAP Catalog Number: AP042312; 応用物理学会 超伝導分科会スクールテキスト、2004) p.101.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明は、上記実情を踏まえ、(i)成膜条件の変化に依存せずに、配向性に優れるYBCO系高温超電導体膜を成膜することができる、配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を提供するとともに、(ii)優れた配向性を有するYBCO系高温超電導体膜の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、YBCO系高温超電導体のc軸配向膜を物理的手法により作製する研究を鋭意行っている過程で、結晶方位が揃い、かつ、その表面にZr またはZr酸化物が存在する複合基材を用いると、YBCO系高温超電導体膜のc軸配向再現性が飛躍的に向上することを見いだした。尚、ここで、c軸とは結晶の長軸方向のことであり、YBCOの結晶を直方体に見立てたとき、一番長い方向のことである。
【0014】
即ち、上記課題を解決する本発明のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材(以下「本発明複合基材」ということがある。)は、上記知見に基づいてなされたものであり、結晶方位の揃った基材表面に、ZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴としている。
【0015】
なお、本明細書においては、YBCO系高温超電導体を、Yの全部または一部を、La、Nd、Sm、Eu、Gd、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luで置換した超電導体や、YやBaの一部を、La、Nd、Sm、Eu、Sr、Ca で置換した超電導体など、基本的にYBa2Cu3O7-δと同様の結晶構造を有する超電導体として定義する。
【0016】
本発明複合基材の一実施形態においては、該基材が、単結晶である。
【0017】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材が、基板および基板上の薄膜で構成されている。
【0018】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、上記薄膜が、ZrまたはZr酸化物を含む酸化物複合体である。
【0019】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材の表面に、MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が露出している。
【0020】
また、本発明複合基材の一実施形態においては、該基材の表面に、BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が露出している。
【0021】
さらに、本発明複合基材においては、上記薄膜が BaZrO3 とZr酸化物との複合体であり、かつ、下記組成比を満たしている。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【0022】
次に、上記課題を解決する本発明のYBCO系高温超電導体膜の作製方法(以下「本発明作製方法」ということがる)は、本発明複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とする。
【0023】
本発明複合基材を用いて作製したYBCO系高温超電導体膜は、優れた配向性を有しているので、電子デバイスや線材等の製品を製造に好適な超電導体膜とである。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性よく成膜できる複合基材を提供するものである。YBCO系高温超電導体膜の成膜初期に、ZrまたはZr酸化物が、結晶成長に介在することにより、c軸配向粒子の成長が促進される。また、本発明によれば、配向粒子の基材表面に沿った横方向の結晶成長も促進されるので、基材の結晶方位と揃った縦方向の膜成長に好都合な土台となる高温超電導体の結晶基盤を形成できる。
【0025】
したがって、本発明によれば、a軸配向粒子の混在がほとんどなく、略c軸配向粒子のみからなるとともに、基材の結晶方位に揃った結晶方位を有する配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性良く作製することができる。
【0026】
また、本発明においては、膜成長初期に、Zr の介在によって、基材表面で起きる反応を積極的に利用することにより、上記効果を得ることができるので、本発明は、YBCO系高温超電導体と結晶格子の整合性が多少悪い材料からなる基材にも適用することができる。さらに、本発明においては、実際のYBCO系高温超電導体膜の作製において、成膜条件が多少ズレでも、該ズレに影響されず、配向の再現性を極めて良好に維持することができるので、多種多様な基材材料を用いて、高品質のYBCO系高温超電導体膜を確実に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
初めに、本発明の特徴を理解し易くするために、従来の高温超電導体膜の成膜について、模式図を用いて説明し、問題点を明確にする。
【0028】
一般に、YBCO系高温超電導体の成膜において、結晶粒の配向は、マイグレーションモデルで定性的に理解できる(H. Izumi et al.、 Jpn. J. Appl. Phys. 30(1991)1956.、参照)。基本的な配向は、降り積もった粒子が、基材表面で十分に移動できるだけのエネルギーを持っているかどうかで決定される。
【0029】
基材上に降り積もった粒子が十分な運動エネルギーを持ち、基材表面上を長い距離運動することができる場合には、表面エネルギーを下げるために、膜は、a軸配向膜よりもc軸配向膜となる。しかしながら、運動エネルギーが不足している場合は、移動距離が短くて済むa軸配向粒子が形成されるので、膜は、a軸配向膜となる。
【0030】
このように、降り積もった粒子の移動距離の長短が膜の配向性に大きく影響するが、降り積もった粒子の移動を妨げる要因として、下地結晶の欠陥や乱れも挙げることができる。特に、膜成長の初期段階において、下地結晶の欠陥や乱れは、降り積もった粒子の移動を大きく妨げ、膜の配向性を左右する。したがって、膜成長の初期段階は、膜の配向性を高める上で、特に重要なステップである。
【0031】
図11A〜図11Eに、従来基材の上に超電導体膜を形成する場合の結晶粒子の成長態様を示す。
【0032】
図11Aに、表面に欠陥部位101がある単結晶基材100を示すが、この単結晶基材100の表面に膜を形成すると、図11Bに示すように、欠陥部位101がない基材表面の上には、該表面の結晶方位に揃った超電導体のc軸配向粒子105が生成する。
【0033】
しかしながら、図11B〜図11Dに示すように、欠陥部位101では、該欠陥により堆積粒子の移動が妨げられ、配向の異なる結晶粒子が生成し(図11B、参照)、成膜が続行されるに従って、この配向の異なる結晶粒子が、途中で方向を変えることなく次第に成長し続け(図11Cと図11D、参照)、結局、図11Eに示すように、アウトグロースと呼ばれる配向の揃っていない結晶粒104が残留する。
【0034】
高温超電導体は、電気輸送特性に強い異方性を有しており、c軸と垂直方向に超電導電流が流れることによって、良好な超電導特性が得られるものであるが、高温超電導体膜中に、上記のアウトグロース結晶粒が残留すると、超電導の臨界電流密度が低下して、超電導特性が低下する。このことは、高温超電導体膜において優れた超電導特性を確保する上で、当業者間で大きな問題として認識されている。
【0035】
基材表面における堆積粒子の移動(マイグレーション)を疎害するのは、結晶欠陥だけではない。例え、基材表面の結晶が完全であっても、基材とその上に成膜する超電導体とは同じ物質ではないことに起因して、その界面には、結晶の整合性の悪い部分が生じてしまう。この不整合が、膜の結晶方位に乱れを引き起こす場合もある。
【0036】
実際の高温超電導体の成膜においては、初めに予備実験を行い、配向性が最も良好となる成膜条件を探りだし、成膜条件の最適化を行うが、ターゲットの損耗や成膜チャンバー内壁からのガス放出等の成膜環境の変化により成膜条件は徐々に変化する。この成膜条件の微妙な変化も、結晶粒子の単一配向性の欠如を引き起こす要因になる。
【0037】
上記のように発生した超電導膜の単一配向性の欠如は、超電導体膜において、臨界電流密度の低下を招き、結果として、デバイスや線材等の製品の性能に悪影響を与えることとなる。このように、超電導膜の単一配向性の欠如が、従来の高温超電導体膜における問題点であり、より一層の超電導特性の向上を目指すには、上記単一配向性の欠如を解消する手法を開発する必要がある。
【0038】
次に、上記単一配向性の欠如を解消する本発明を、模式図に基づいて詳細に説明する。
【0039】
本発明者は、YBCO系高温超電導体のc軸配向膜をスパッタ法やレーザー蒸着法などの物理的手法により作製する研究を鋭意行っている過程で、超電導膜を成膜する基材として、結晶方位が揃い、かつ、その表面にZrまたはZr酸化物が存在する複合基材を用いると、成膜される超電導体膜の配向再現性が飛躍的に向上することを見いだした。
【0040】
詳細には、本発明者は、基材表面にZr またはZr酸化物が存在させると、成膜初期に降り積もった粒子の移動動を促進することができ、多少の下地結晶の乱れや、結晶格子の不整合性や、さらには、成膜条件のズレにも敏感に影響されることなく、長期にわたって、安定的に再現性良く、配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を作製することができることを見いだした。
【0041】
即ち、本発明者は、YBCO系高温超電導体膜の成膜初期において、ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、結晶粒子の成長過程に導入すれば、成膜される超電導体膜の配向性を格段に高めることができることを突き止めた。
【0042】
ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、結晶粒子の成長過程に導入すると、成膜される超電導体膜の配向性が格段に向上する理由は、現時点で明確ではないが、一応、次のように推測される。
【0043】
多結晶試料を使った研究により、YBCO系高温超電導体とZrまたはZr酸化物が接した状態で温度が上昇すると、超電導体の融点よりも低い温度で分解反応が起こり、CuO、Y2Cu2O5、BaZrO3 等が生成することが知られている(S.W. Filipczuk、 Physica C 173(1991)1.、T. Oka et al.、 Jpn. J. Appl. Phys. 31(1992)1760.)。
【0044】
この反応は、単純な固体反応のみで完結するのではなく、中間生成物として、Ba-Cu-O 系の液相を生じて進行する。一般に、液相を介した物質移動は非常に速く進行する。また、Ba-Cu-O 系の液相は、YBCO単結晶を育成する際のフラックスとしても使われる(Y. Hidaka et al.、 J. Cryst. Growth 85(1987)581.)。本発明は、ZrまたはZr酸化物の存在によって生じる液相を、YBCO系高温超電導体膜の成長初期において積極的に利用するものであると推測される。
【0045】
図1A〜図1Eは、本発明複合基材を使用した超電導体膜の成膜過程を説明する模式図である。以下に、図1A〜図1Eを使用して、本発明作成方法について説明する。
【0046】
まず、表面に欠陥部位1が存在する単結晶基材2の表面に、Zr またはZr酸化物3を付着させて、図1Aに示す本発明複合基材の一実施形態の基材4を形成する。
【0047】
次に、図1Bに示すように、ZrまたはZr酸化物3が付着した基材4の表面5に、超電導体膜を成膜する。詳しくは、先ず、表面5に、この表面5の結晶方位に揃った超電導体のc軸配向粒子8を形成する。ここで、図1Bに示すように、表面5のZまたはZr酸化物3が存在する箇所においては、Zrの存在により超電導相の分解反応が進行して、Ba-Cu-O 系の液相10が生じる。
【0048】
この液相10は、図1Cに示すように、基材4の表面5の結晶方位に揃って粒成長した超電導体膜のc軸配向粒子8と接触するが、この接触は、基材4の表面5に次々に堆積する粒子の移動(マイグレーション)を助け、図1Dに示すように、c軸配向粒子の横方向の成長を促進する。
【0049】
その結果、超電導体の扁平なc軸配向粒子が基材表面上に成長し、図1Eに示すように、基材表面上に、極めて高度にc軸配向した超電導体膜11を形成することができる。ここで、液相10によるマイグレーション促進効果により、表面5に欠陥1が多少存在しても、この欠陥1は、アウトグロース結晶粒の生成の原因にならないことが確かめられた。
【0050】
図2は、極めて高度にc軸配向した超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。詳細には、図2(A)は、表面にZrまたはZr酸化物が存在しない単結晶基材に超電導体膜を成膜した場合におけるc軸配向超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。また、図2(B)は、表面にZrまたはZr酸化物を付着させた単結晶基材(本発明複合基材)に、図2(A)に示す表面組織を得た成膜条件と同じ成膜条件で、超電導体膜を成膜した場合におけるc軸配向超電導体膜の表面組織を模式的に示す図である。
【0051】
図2(A)において、21は、超電導体結晶粒を示し、図2(B)において、24は、超電導体結晶粒を示している。なお、図2は、後述する実施例(調査)におけるデータに基づいて作成したものである(図10、参照)。
【0052】
図2(A)と図2(B)に示すように、いずれの場合の表面組織も、YBCO系高温超電導体が有する正方晶系の結晶格子を反映して、方向の揃った略四角形の結晶粒で敷きつめられた表面構造になっている。しかし、両図を詳細に比較すると、(i)図2(B)に示す超電導体結晶粒24の粒子サイズは、図2(A)に示す超電導体結晶粒21の粒子サイズよりも大きく、かつ、(ii)図2(B)に示す超電導体結晶粒24の粒子形状は、図2(A)に示す超電導体結晶粒21の粒子形状よりも、より角状となっていることが解る。
【0053】
図2(A)と図2(B)の比較から、図2(B)に示す本発明複合基材を用いた場合の方が、表面に存在するZrまたはZr酸化物により生成する液相に起因する横方向(基材表面に沿う方向)の結晶粒成長が顕著に発現したことが解る。このことから、ZrまたはZr酸化物が表面に存在する複合基材を使用すれば、横方向(基材表面に沿う方向)における超電導体結晶の粒成長を促進することができ、基材表面に、略均一な大きさの結晶粒を有し、かつ、極めて高度にc軸配向した超電導体膜を形成することができる。
【0054】
図3は、図2に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図である。詳細には、図3(A)は、図2(A)に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図であり、図3(B)は、図2(B)に示すc軸配向超電導体膜を横方向から見た場合の膜断面組織を模式的に示す図である。
【0055】
なお、図3(A)において、30は基材を示し、図3(B)において、31は基材を示す。また、図3(A)と図3(B)において、矢印9は、それぞれの結晶粒のc軸方向を示す。矢印9の同一方向性の良し悪しは、主に、基材と超電導体膜の界面における格子不整合や格子欠陥等に影響される。
【0056】
超電導体膜の作製において、優れたc軸配向性を実現しさらに再現するためには、基材と超電導体膜の界面近傍において形成され、c軸方向の結晶成長の土台となる結晶基盤において、c軸配向性を乱す不結晶整合や格子欠陥等の影響を、極力緩和する必要があるが、そのためには、横方向に結晶成長を促進して結晶基盤を形成することは極めて好都合である。以下、このことについて説明する。
【0057】
図4(A)および図4(B)は、基材表面の結晶方位の揃った部分に、原子層レベルの段差41,42が存在し、その段差41,42が、超電導体結晶粒43,44のc軸方向における原子層間隔よりも大きい場合の超電導体膜47,48と基材45,46の界面近傍の態様を模式的に示す図である。
【0058】
図4(A)に示すように、超電導体結晶粒43の粒子サイズが小さい場合、超電導体結晶粒43が基材45における原子層レベルの段差41に接した部分は、縦方向に引き延ばされて歪んでしまうが、一方、該段差に接していない側面は、超電導体結晶粒43の本来の原子層間隔を維持しようとする。この結果、超電導体結晶粒43のc軸方向が、基材45の表面の法線から傾くことになる。
【0059】
図4(B)に示すように、超電導体結晶粒44の粒子サイズが大きい場合、超電導体結晶粒44が基材46の原子層レベルの段差42に接した部分には、図4(A)に示した場合と同様に歪みが生じるが、図4(B)に示すように、該段差42から十分離れた部分においては、基材46の上記段差42による影響を受けずに、超電導体結晶本来の原子層間隔を有するので、c軸方向が、基材46の表面の法線から傾くことがない。そして、このc軸が傾いていない部分は、上記段差42に近い部分における歪みに起因する結晶粒子の傾きを矯正する役割を果たす。
【0060】
したがって、結晶粒が横方向(基材表面に沿う方向)に成長した結晶基盤が、基材表面に形成されると、超電導体膜48のc軸が極めて高度に一方向に揃い、超電導体膜48のc軸配向性が極めて優れたものとなる。
【0061】
以上、説明したように、超電導膜の成膜初期における結晶基盤の形成は、最終的に得られる超電導膜のc軸配向性の良否を決定する大きな要因となる。そして、基材表面で生成したc軸配向超電導体結晶粒の横方向の成長を促進することにより、c軸配向性に優れた超電導体膜を作製することができる。
【0062】
結晶方位の揃った基材表面に存在し、超電導体膜の成膜初期に、超電導体との反応で液相を生成するZrまたはZr酸化物は、基材表面に沿う方向における結晶基盤の形成を促進する作用効果を発現し、その結果として、超電導体膜のc軸配向性を乱す格子不整合や格子欠陥等の影響を受けることなく、上記結晶基盤上に、c軸が極めて高度に配向した超電導体膜を作製することができるのである。このZrまたはZr酸化物の作用効果は、本発明者が、初めて見いだしたものである。
【0063】
以上のように、本発明複合基材は、結晶方位の揃った基材表面に、ZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴としている。なお、図1Aに示す単結晶基材の表面にZrまたはZr酸化物が部分的に付着した複合基材は、本発明の一実施形態である。
【0064】
図5A〜図5Dは、本発明複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【0065】
上記実施形態では、表面の結晶方位の揃った単結晶基材の表面に、ZrまたはZr酸化物を付着して本発明複合基材を形成した。しかし、図5Aに示すように、本発明複合基材は、基板50および基板50上に形成に形成された結晶方位の略揃った薄膜51で構成されたものでもよい。上記薄膜51の表面にZrまたはZr酸化物52を付着させて成る複合基材は、本発明の一実施形態である。
【0066】
また、図5Bに示すように、本発明複合基材は、基板53と、基板53上に形成したZrまたはZr酸化物55が分散する酸化物複合体薄膜54から構成されたものでもよい。酸化物複合体薄膜54がZrまたはZr酸化物55を分散して含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した表面が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0067】
また、図5Cに示すように、本発明複合基材は、基板56と、基板56上に形成したZrまたはZr酸化物が析出した粒界57を有する酸化物複合体薄膜58から構成してもよい。酸化物複合体薄膜58が、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界57を含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した形態が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0068】
また、図5Dに示すように、本発明複合基材は、無配向材料から成る基板59と、この基板59上に形成した配向性を有する中間層60と、配向性を有する中間層60上に形成した酸化物複合体薄膜61とから構成してもよい。
【0069】
図5Dに示すように、中間層60上に形成した酸化物複合体薄膜61が、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界62を含んでいるので、故意に表面にZrまたはZr酸化物を付着させることなく、表面にZrまたはZr酸化物が露出した形態が得られ、その露出したZrまたはZr酸化物が、YBCO系超電導体の成膜初期に、複合基材表面に液相を生成し、結晶基盤の形成を促進するように機能する。
【0070】
ここで、上記中間層60は、例えば、イオンビームアシスト堆積法(Ion-Beam-Assisted Deposition Method)等により無配向材料の上に形成したものでよい。また、無配向材料から成る基板を用いる場合、酸化物複合体薄膜61は、図5Cに示す酸化物複合体薄膜58と同様に、ZrまたはZr酸化物が析出した粒界を有しているが、図5Bに示す酸化物複合体薄膜54と同様に、ZrまたはZr酸化物が分散した形態を併用していてもよい。
【0071】
本発明複合基材は、超電導体膜の成膜初期において、c軸配向した超電導体の結晶が生成し易いものが好適である。これを実現するために、結晶学的に類似した構造を有し、かつ、格子整合性の良い物質、例えば、複合酸化物が、基材表面に存在するか、または、露出していることが望ましい。
【0072】
具体的には、MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2のいずれか一つまたは二つ以上から成る複合酸化物が、基材表面に存在するか、または、露出していることが望ましい。特に、BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6は、結晶中に、YBCO系酸化物超電導体と界面において共有できるBa-O から成る原子層があり、両者の馴染みは非常に良い(長谷川勝哉ほか,日本金属学会誌 67(2003)295.参照)ので、ZrまたはZr酸化物と併用する複合酸化物として好ましい。
【0073】
薄膜を有する本発明複合基材の場合、薄膜を、BaZrO3-Zr酸化物複合体で形成することが、超電導体膜の更なる配向性向上の点でさらに好ましい。BaZrO3薄膜の成膜時に、その組成を、化学量論組成から少しずれたZr過剰の組成にすることにより、Zr酸化物が粒界等に分散したBaZrO3-Zr酸化物複合体の薄膜を成膜することができる。
【0074】
本発明者が、化学量論組成からのZr過剰の程度を種々変えて、本発明複合基材の配向再現性を調査した結果、BaZrO3-Zr酸化物複合体において、Ba/Zrを下記組成比を満足させると、配向再現性が著しく向上することが判明した。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【0075】
Ba/Zrが0.65未満、および、Ba/Zrが0.98超のいずれ場合においても、YBCO系超電導体の成膜初期に、結晶基盤の形成を促進する液相を生成するが、Ba/Zrを上記組成比の範囲内に維持すると、c軸配向促進機能の優れた液相を基材表面上に形成することができる。したがって、Ba/Zrは、0.65 以上 0.98以下が好ましい。
【0076】
なお、BaZrO3-Zr酸化物複合体の薄膜を備えた本発明複合基材は、超電導体の成膜前に表面にZrまたはZr酸化物を部分的に付着する工程を必要としないので、基材作製プロセスを簡略化でき、工業的に有用である。
【実施例】
【0077】
本発明者は、本発明複合基材の超電導体膜の配向性に及ぼす効果、および、超電導体膜の配向再現性の良否について調査した。以下に、その結果について説明する。なお、以下に示す方法で採用した条件は、本発明の実施可能性および再現性を実証するために採用した一条件であり、本発明が、これらの条件により限定されるものではない。
【0078】
I.本発明複合基材の超電導体膜の配向性に及ぼす効果に係る調査
レーザー蒸着法により、La0.3Sr1.7AlTaO6(LSAT)(100) 単結晶の基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。ここで、LSATは、LaAlO3とSr2AlTaO6を3:7で固溶させた材料であり、高温超電導体膜用の基材として開発されたものである(S.C. Tidrow et al.、 IEEE Trans. Appl. Supercond. 7(1997)1766)。
【0079】
成膜装置として、成膜室内に複数のターゲットホルダーを擁したものを使用する。ターゲットホルダーに、ターゲットとして、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体、および、Zr板を設置する。ターゲットホルダーは、回転機構を有しており、適宜必要に応じて成膜室を大気開放することなく換えることができるようになっている。
【0080】
モーターで駆動する光学系ミラーによって、レーザー光は、適宜、ターゲット上を走査し、また、同時に、ターゲットが回転運動するようになっている。それ故、ターゲット上の同じ位置だけにレーザーが照射されることがなく、ターゲット表面に、略均一に、レーザーを照射することができる。
【0081】
成膜室に酸素を導入しながら排気量を制御してチャンバー内圧力を100 mTorr とし、基板温度を650℃まで上げ、基材-ターゲット間距離を80mmとし、Zr板をターゲット材として表面にエネルギー密度1.5 J/cm2のKrFレーザーを1 Hzで照射する。照射の回数は、0(照射なし)、10パルス、および、30パルスの三つを選択して実験を行った。
【0082】
次いで、ターゲットを、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体に換えて、基材−ターゲット間距離を50 mmとし、レーザーを5 Hzで2時間照射した。成膜後は、ヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した。
【0083】
ここで、予備実験として、Zr板をターゲットとしてレーザー光を30パルス照射した後に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜をせずに、ヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した試料を作製した。得られた試料を、大気中に取り出すことなく、その表面構造を反射高速電子線回折で調べたところ、LSATの構造を示す強い回折パターンが観測された。これは、基材表面に結晶方位が揃ったLSATが露出していることを示している。
【0084】
また、同試料を大気中に取り出して光学顕微鏡で表面を観察したところ、平坦な基材上に、一様に分散した島状の粒が多数観察された。これらの粒は、ZrあるいはZr酸化物である。このようにして、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前に、Zr板をターゲット材として、レーザー光を10または30パルス照射して得られる基材が、結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在している複合基材であることを確認した。
【0085】
得られた超電導体膜の膜厚は、いずれの試料も180 nm であった。X線回折(Cu-Kα 線を用いた2θ-θ スキャン;XRD)で配向性を調べたところ、基材のLSATからのピークに加えて、c軸配向を示すYBCO系超電導体の00L反射の強いピークを確認することができた。
【0086】
しかしながら、ZrまたはZr酸化物を付着させていない試料には、僅かながらa軸配向した粒子の混在を示す200と300のピークも見られた。また、これらのピークは、ZrまたはZr酸化物を付着させるためのレーザーのパルス数、即ち、付着量を増すと消失した。このことから、基材の表面にZrまたはZr酸化物を付着させると、優れたc軸配向を有するYBCO系超電導体膜を作製できることが解る。
【0087】
図6は、作製した3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜のXRDパターンを示す図であり、006と200ピークの部分を拡大したXRDパターンを示す図である。
【0088】
図6に示すように、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の006ピークは、LSATの400ピークと部分的に重なっている。一方、200ピークは、3つの曲線で重なりがなく、検出できる。図6に示すように、パルス数がゼロおよび10回の場合は、200ピークが存在する。一方、30パルスの場合には、200ピークが消失している。
【0089】
このことから、結晶方位の揃ったLSAT基材表面に、ZrまたはZr酸化物を部分的に付着させた本発明複合基材を使用することにより、極めて高度にc軸配向した超電導体膜を作製できることが解る。
【0090】
図7は、作製した3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。a軸配向した結晶粒子がc軸配向した結晶粒子中に混在すると、超電導電流の流れを疎害し、臨界電流密度を低下させる。図7に示すように、同じ電流を流して測定した電気抵抗率の温度依存性に見られる臨界温度Tcは、a軸配向粒子が多い程低下している。
【0091】
これはTcよりも少し低い温度領域において、a軸配向粒子が多く混在している試料ほど、臨界電流密度が低下していることを示している。なお、電気抵抗率の温度依存性を調べる測定を、四端子法により行い、臨界温度Tcを、3mm幅の超電導膜に0.1mAの電流を流すことにより測定した。
【0092】
II.本発明複合基材と超電導体膜の配向再現性との関係に係る調査1
前記調査で用いた装置と同じ装置を用いて、レーザー蒸着法により、LSAT (100) 単結晶からなる基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。LSAT基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させることなく、基板温度を高めの690℃とする。チャンバー内は酸素100mTorr とし、基材-ターゲット間距離は50 mmとし、レーザー照射(ターゲット上のエネルギー密度1.5 J/cm2)は5 Hzで2時間とし、膜厚180nmの超電導体膜を形成する。
【0093】
XRDよりc軸配向膜であることを確認する。次に、同じ成膜条件で、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を数週間にわたって継続的に作製する。20回目の成膜からa軸配向粒子の混在が認められるようになった。この配向再現性の欠如は、成膜回数が増えていくにつれて、少しずつ成膜条件が変化していくことが原因であると推察される。配向再現性の欠如の要因としては、ターゲット表面の損耗や変質、レーザー導入窓の汚れなどが考えられる。
【0094】
次に、31回目の成膜から、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前に、基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行った。付着させる条件は、上記調査で行った30パルスの場合と同じ条件である。得られた超電導膜はc軸配向膜であり、a軸配向粒子の混在は認められなかった。このことから、超電導体膜の形成前に、基材の表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行うと、その基材上に、極めて配向再現性の優れる超電導体膜を形成できることが解る。
【0095】
III.本発明複合基材と超電導膜の配向再現性との関係に係る調査2)
上記調査で用いた装置と同じ装置を用いて、レーザー蒸着法により、LSAT (100) 単結晶からなる基材に、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜する。基板温度を650℃とし、チャンバー内は、酸素100mTorr とし、基材−ターゲット間距離を50mmとし、レーザー照射(ターゲット上のエネルギー密度1.5 J/cm2)は5Hzで2時間とした。
【0096】
なお、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の成膜前には、調査Iで行った30パルスの場合と同じ条件で、基材表面に、ZrまたはZr酸化物を付着させる操作を行った。
【0097】
上記のようにして得られた超電導体膜は、c軸配向膜であり、a軸配向粒子の混在は認められなかった。
【0098】
同じ成膜条件で、Yb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を数週間にわたって継続的に作製した。20回目の成膜を過ぎても、a軸配向粒子の混在は認められなかった。a軸配向粒子の混在が認められ始めたのは、50回目の成膜あたりからであり、配向再現性は極めて良好であった。
【0099】
IV.本発明複合基材として、単結晶基板およびその上に成膜した酸化物複合体薄膜を使用した場合における超電導体膜の配向再現性に係る調査
MgO (100) 単結晶を基板とし、その上に、スパッタ法により、BaZrO3(以下BZO)およびZr酸化物の複合体薄膜を成膜して複合基材を作製し、その後、SmBa2Cu3O7膜を成膜する。
【0100】
成膜装置としては、基材表面の法線とスパッタターゲット表面の法線とが直行するオフアクシス型スパッタ装置を使用する。スパッタターゲットとしては、BaZrO3焼結体およびSmBa2Cu3O7焼結体を用いる。成膜装置としては、成膜室内に複数のスパッタカソードを擁しているものを使用するが、このような装置においては、適宜、必要に応じて成膜室を大気開放することなく、スパッタターゲットを換えて成膜することができる。
【0101】
初めに、BZOおよびZr酸化物の酸化物複合体薄膜を成膜する。詳細には、アルゴンと酸素を9:1の比で混合したガスを成膜室内に導入しながら、排気量を制御して、チャンバー内圧力を70 mTorr とし、基板温度を780℃とし、100Wの高周波プラズマをターゲット表面近傍で発生させる。
【0102】
また、基材ホルダーとスパッタカソードの位置関係を系統的に変化させて、BaとZrが所望の比で基材上に付着して薄膜が形成される条件を検討した。そして、Ba/Zrを1.10から0.55まで制御して、薄膜が作製できる成膜条件を求めた。このとき、XRD測定から確認できるのは、MgOとBZOのピークであった。
【0103】
BZOについては、MgO基板の方位に揃っていることも、X線回折のφスキャン測定から確認された。BZOは、化学的に非常に安定な物質であり、構成元素の不定比性がない物質である。したがって、膜の組成が化学量論(Ba/Zr=1)からずれている場合には、BaまたはZrの酸化物が、膜中の結晶粒界等に存在する薄膜が得られる。この場合は、BaまたはZrの酸化物の結晶性が非常に悪いことや、微粒で無配向である等の理由で、BaまたはZrの酸化物のXRDピークは、ほとんど検出できない。
【0104】
このようにして、Ba/Zrが、1.00、0.90、および、0.75の3種類のBa-Zr-O薄膜を10nm堆積した。
【0105】
次に、SmBa2Cu3O7膜を200nm成膜した。詳細には、アルゴン-酸素比を11:1とし、チャンバー内圧力を120 mTorr とし、基板温度を750℃とし、さらに、ターゲットとその周囲に設置したアース電位のシールド材の間に電圧を印加してターゲット表面近傍で直流プラズマを発生させた。電流、電圧の値は、それぞれ0.70A, 140Vとした。成膜後はヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して急冷した。
【0106】
図8は、作製した3つのSmBa2Cu3O7膜のXRDパターンを示す図である。図8に示すように、化学量論組成(Ba/Zr=1.00)の場合は、強いk00反射ピークが観測され、a軸配向粒子が支配的に成長していることが解る。一方、Zrが過剰の組成では、様相は劇的に変化しており、c軸配向粒子が支配的となっている。そして、Ba/Zr=0.75の場合は、完全にc軸配向膜になっている。このことから、Ba/Zr=0.75に設定すると、超電導体膜を、所望のc軸配向膜にすることができる。
【0107】
図9は、作製した3つのSmBa2Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。a軸配向した粒子の混在は、超電導電流の流れを疎害するので、臨界電流密度を低下させる。したがって、同じ電流を流して測定した電気抵抗率の温度依存性に見られるTcは、a軸配向膜においては低くなる。一方、Tcは、c軸配向膜においては高くなる。なお、電気温度依存性を調査するにあたって、測定を四端子法により行い、3mm幅の超電導膜に0.1mAの電流を流して測定を行った。
【0108】
Ba/Zr=0.75の膜の厚みを100,10,3 nmと変化させて、同様のSmBa2Cu3O7膜を成膜したところ、得られた超電導体膜のXRDパターンにおいて、有為の差は認められなかった。これは、Ba-Zr-O膜の膜厚によらず、表面に露出しているZr酸化物の量が、略一定であることの現れであるといえる。このことから、Zr酸化物は、Ba-Zr-O膜において、膜の厚さ方向に均一に分布していると考えられる。これを実現できる形態としては、例えば、Zr酸化物が膜中に均一分散しているか、または、BZO粒界に析出している場合等が考えられる。
【0109】
V.本発明複合基材上に形成した超電導体膜のc軸配向性に係る調査
MgO (100) 単結晶を基板とし、その上に、スパッタ法により、BZO薄膜またはBZOおよびZr酸化物の複合体薄膜を成膜して複合基材を作製した後に、その複合基材上に、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を成膜した。成膜装置には、調査IVと同じオフアクシス型スパッタ装置を使用した。スパッタターゲットとしては、BaZrO3焼結体およびY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7焼結体を用いた。そして、基板上に堆積するBa-Zr-O薄膜の組成比Ba/Zrが1.00および0.75の2種類の複合基材を作製した。
【0110】
上記組成比のBa-Zr-O薄膜を10nm堆積した後に、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を200nm成膜した。アルゴン-酸素比を12:1とし、チャンバー内圧力を120 mTorr とした。また、基板温度を730℃とし、直流プラズマによってターゲット材をスパッタし、成膜を行った。電流、電圧の値としては、それぞれ、0.70A、125Vを使用した。また、成膜後はヒーターを切り、酸素を300 Torr まで導入して、急冷した。
【0111】
XRD回折より作製した超電導体膜は、いずれも、c軸配向膜であることが解った。005回折ピークのロッキングカーブの半値幅を測定したところ、Ba/Zr=1.00および0.75の試料について、それぞれ、0.830°と0.261°であった。この結果は、後者の方が、c軸方向がより揃った結晶粒子で構成されている超電導体膜であることを示している。
【0112】
図10は、上記二つのY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の超電導体膜表面の原子間力顕微鏡像を示す図であり、一辺が2μmの領域について得られた像を示す図である。
【0113】
図10に示すように、両者ともに、超電導体が有する正方晶の結晶系を反映した四角い結晶粒が並んだ組織を有している。また、Ba/Zr=1.00の試料よりも、 Ba/Zr=0.75の試料の方が、超電導体の結晶粒のサイズが大きくなっている。これは、Ba/Zr=0.75の試料において、基材表面に存在していたZr酸化物の作用により液相が生成したために、基材上における横方向の結晶成長が促進されたためであると考えられる。
【0114】
超電導体結晶粒の結晶成長の初期において、基材表面に沿った横方向の粒成長が促進されることは、c軸方向がより一層揃った結晶粒の縦方向の成長に好都合な結晶基盤の形成を促すことになる。この結果、ロッキングカーブの半値幅に見られるような配向性の向上が得られるのである。
【0115】
これら2つの試料について抵抗率の温度依存性を測定したところ、Tcは両者とも88Kであった。また、77Kにおける臨界電流密度Jcは、Ba/Zr=1.00およびBa/Zr=0.75の試料で、それぞれ、6.0×104A/cm2、および、2.2×105A/cm2であり、c軸方向がより揃った結晶粒で構成された超電導体膜である後者の方が、高い値を示した。
【0116】
Ba/Zr=1.00またはBa/Zr=0.75として、同一のスパッタターゲットを使用してY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を3ヶ月間にわたって継続的に作製した。Ba/Zr=1.00の場合は、13回目の成膜からa軸配向粒子の混在が認められるようになった。この配向再現性の欠如は、成膜回数が増えていくにつれて、少しずつ成膜条件が変化していくことが原因しているものと考えられる。成膜条件の変化を引き起こす要因としては、ターゲット表面の損耗や変質が第一に考えられる。一方、Ba/Zr=0.75の場合は、20回目を超えても、なお配向再現性の良いc軸配向膜が得られている。
【0117】
以下に示す表1は、同一のスパッタターゲットを使用してY0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜を3ヶ月間にわたって継続的に作製した際に得られる超電導体膜の配向性を調べた結果である。使用頻度にもよるが、本発明者が定常的に行っている実験サイクルでは、約3ヶ月で急激に超電導体膜の膜質が低下し、ターゲットを交換している。
【0118】
新品のスパッタターゲットを使用し始めてから1、5、および、10週目に、Ba-Zr-O膜の組成を変えて、Y0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜(膜厚100nm)を成膜し、XRDパターンの200および006ピークの強度比を調べた。
【0119】
[表1]
【0120】
表1に示すように、Ba/Zrの値が0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98の範囲の時、10週目を経過してもなおa軸配向粒子の混在を示す200ピークが観測されなかった。したがって、Ba/Zrの値を0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98に設定すると、極めて優れたc軸配向を有する超電導体膜を作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0121】
前述したように、本発明によれば、a軸配向粒子の混在がほとんどなく、略c軸配向粒子のみからなるとともに、基材の結晶方位に揃った結晶方位を有する配向性に優れたYBCO系高温超電導体膜を再現性良く作製することができる。また、本発明は、YBCO系高温超電導体と結晶格子の整合性が多少悪い材料からなる基材にも適用することができる。さらに、本発明においては、多種多様な基材材料を用いて、高品質のYBCO系高温超電導体膜を確実に製造することができる。よって、本発明は、超電導体膜を素材とする産業において、利用可能性が大きいものである。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1A】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1B】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1C】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1D】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図1E】本発明の一実施形態の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を使用した成膜過程を説明する模式図である。
【図2】超電導体c軸配向膜の表面組織の模式図である。
【図3】図2に示す超電導体c軸配向膜を横方向から見た組織の模式断面図である。
【図4】基材表面の結晶方位の揃った部分に原子層レベルの段差があり、その段差が超電導体のc軸方向の原子層間隔よりも大きい場合の超電導体膜と基材の界面近傍を示した模式図である。
【図5A】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5B】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5C】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図5D】本発明の配向再現性に優れたYBCO系高温超電導体成膜用複合基材の他の実施形態を示す断面図である。
【図6】3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜のXRDパターンを示す図であり、006と200ピークの部分を拡大したXRDパターンを示す図である。
【図7】3つのYb0.9La0.2Ba1.9Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【図8】3つのSmBa2Cu3O7膜のXRDパターンを示す図である。
【図9】3つのSmBa2Cu3O7膜の電気抵抗率の温度依存性を示す図である。
【図10】2つの試料の超電導体膜表面の原子間力顕微鏡像を示す図であり、一辺が2μmの領域について得られた像を示す図である。
【図11A】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11B】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11C】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11D】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【図11E】従来の超電導体膜の成膜方法および問題点を説明する模式図である。
【符号の説明】
【0123】
1 欠陥部位
2 単結晶基材
3、52、55 ZrまたはZr酸化物
4、30、31、45、46 基材
5 表面
8、105 c軸配向粒子
9 c軸方向
10 液相
11、47、48 超電導体膜
21、24、43、44 超電導体結晶粒
41、42 原子層レベルの段差
50、53、56、59 基板
51 薄膜
54、58、61 酸化物複合体薄膜
57、62 粒界
60 中間層
100 単結晶基材
101 欠陥部位
104 アウトグロース結晶粒
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴とするYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項2】
前記基材が単結晶であることを特徴とする請求項1に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項3】
前記基材が基板および基板上の薄膜で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項4】
前記薄膜がZrまたはZr酸化物を含む酸化物複合体であることを特徴とする請求項3に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項5】
前記基材において MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が表面に露出していることを特徴とする請求項1、2、3または4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項6】
前記基材において BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が表面に露出していることを特徴とする請求項1、2、3または4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項7】
前記基板上の薄膜がBaZrO3 とZr酸化物との複合体であり、下記組成比を満たすことを特徴とする請求項1、2、3、および、4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とするYBCO系高温超電導体膜の作製方法。
【請求項1】
結晶方位の揃った基材表面にZrまたはZr酸化物が部分的に存在することを特徴とするYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項2】
前記基材が単結晶であることを特徴とする請求項1に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項3】
前記基材が基板および基板上の薄膜で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項4】
前記薄膜がZrまたはZr酸化物を含む酸化物複合体であることを特徴とする請求項3に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項5】
前記基材において MgO、SrTiO3、LaAlO3、Sr2AlTaO6、YSZ、LaGaO3、NdGaO3、PrGaO3、YAlO3、BaSnO3、BaZrO3、Ba2NdTaO6、SrSnO3、CaSnO3、LaSrGaO4、LaSrAlO4 および CeO2 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が表面に露出していることを特徴とする請求項1、2、3または4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項6】
前記基材において BaSnO3、BaZrO3 および Ba2NdTaO6 のいずれか一つまたは二つ以上からなる複合酸化物が表面に露出していることを特徴とする請求項1、2、3または4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
【請求項7】
前記基板上の薄膜がBaZrO3 とZr酸化物との複合体であり、下記組成比を満たすことを特徴とする請求項1、2、3、および、4に記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材。
0.65 ≦ Ba/Zr ≦ 0.98
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のYBCO系高温超電導体成膜用複合基材を用いて超電導体膜を作製することを特徴とするYBCO系高温超電導体膜の作製方法。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図1E】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11A】
【図11B】
【図11C】
【図11D】
【図11E】
【図10】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図1E】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11A】
【図11B】
【図11C】
【図11D】
【図11E】
【図10】
【公開番号】特開2007−257872(P2007−257872A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−77138(P2006−77138)
【出願日】平成18年3月20日(2006.3.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「低消費電力型超電導ネットワークデバイスの開発」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月20日(2006.3.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「低消費電力型超電導ネットワークデバイスの開発」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】
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