説明

ダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の製造方法

【課題】高硬度から低硬度の材料まで広範囲の基材に対し、高硬度のDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を最表面側に含むDLC多層膜を約3μm以上厚く形成しても、基材およびDLC膜の双方に対して優れた密着性を備えており、耐摩耗性にも優れたDLC成形体の製造方法を提供する。
【解決手段】DLC硬質多層膜成形体10の製造方法は、基材1を用意する工程(a)と、前記基材の上に、中間層2aをスパッタリング法によって形成する工程(b)と、前記中間層の上に、第1のダイヤモンドライクカーボン系膜3aをスパッタリング法によって形成する工程(c)と、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜の上に、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜よりも表面硬度の高い第2のダイヤモンドライクカーボン系膜3bをカソード放電型アークイオンプレーティング法によって形成する工程(d)と、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドライクカーボン膜を最表層側に有する硬質多層膜形成体の製造方法に関するものである。本発明のダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体は、基材に対して優れた密着性を発揮するため、自動車部品、機械部品、精密金型、切削工具類などにおいて、特に耐摩耗性が求められる部材の表面保護膜に好適に用いられる。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン(以下、「DLC」と呼ぶ。)は、ダイヤモンドとグラファイトとの中間的な性質を有する非晶質炭素であり、硬質カーボン、硬質非晶質炭素、無定型炭素、定型炭素、i−カーボン、ダイヤモンド状炭素などと呼ばれている。DLCは、ダイヤモンドと同様、硬度が高く、耐摩耗性、固体潤滑性、熱伝導性、化学的安定性の特性に優れていることから、例えば、耐摩耗性が求められる部材の保護膜として利用されている。
【0003】
DLC膜を形成する方法としては、スパッタリング法やイオンプレーティング法などの物理的蒸着法(PVD法)、および化学的蒸着法(CVD法)などが採用されている。このうち、固体の炭素を蒸発源(カーボンターゲット)として用いるカソード放電型アークイオンプレーティング法(以下、AIP法という)によって形成されたDLC膜は、CVD法によって形成されたDLC膜に比べ、水素を含まず、ダイヤモンドに近い高い硬度を有することが可能なため、特に、耐摩耗性が要求される切削工具分野などに適用されている。しかし、高硬度のDLC膜は、極めて大きな内部応力を有し、変形能が極めて小さいため、基材との密着性が弱く、剥離し易いという欠点を抱えている。そのため、高硬度のDLC膜の厚さを0.1μm程度と非常に小さくし、基材との密着性を改善するなどしている。
【0004】
本出願人は、AIP法によって形成されたDLC膜の密着性を改善する方法として、特許文献1を開示している。特許文献1では、金属またはセラミックからなる基材の表面に、カーボンターゲットを用いてカソード放電型アークイオンプレーティング法によってDLC膜を形成すると共に、該DLC膜と基材との界面に、これら基材構成元素と皮膜構成元素とからなる厚さ10〜500Åの混合層を形成している。混合層は、DLC膜形成時の印加電圧を−400〜−5000V、真空度を10mTorr以下に制御することによって形成しており、これにより、DLC膜形成材料である炭素(C)イオンのミキシング作用を高めている。ここで、基材とDLC膜との間に、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Si及びAlよりなる群から選択される少なくとも一種の元素からなる厚さ10〜1000Åの中間層を形成し、該中間層とDLC膜との界面に、これら中間層構成元素とDLC膜構成元素とからなる厚さ10〜500Åの混合層を形成すると、DLC膜との密着性が一層高められる。従って、上記方法によれば、高硬度のDLC膜が密着性良く形成されたDLC硬質成形体(以下、DLC成形体と呼ぶ場合がある。)が得られる。
【0005】
しかしながら、上記方法は、前述したようにCイオンのミキシング作用を利用して混合層を形成しているため、混合層の厚さは、おおむね、10〜500Åと薄い範囲に限定される。そのため、このように薄い混合層を介して配置された、基材とDLC膜との間(中間層がない場合)、または中間層とDLC膜との間(中間層がある場合)には硬度差が生じてしまう。基材が、超硬合金製材料やセラミックなどのように硬度が比較的大きな材料からなる場合は、上記の硬度差は比較的小さいため、良好な密着性を発揮し得るが、基材が、機械部品などに通常用いられる鉄系基材などのように硬度が比較的小さい材料からなる場合は、DLC膜が剥離しやすくなるという問題がある。このような問題は、特に、DLC膜を最表面側に含む多層膜(中間層、およびDLC膜を含めた多層膜のこと、以下、DLC多層膜と呼ぶ場合がある。)の厚さが約3μm以上と厚くなると、DLC多層膜全体の応力が高くなるため、顕著になる。
【0006】
一方、本出願人は、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法(以下、UBMスパッタリング法、またはUBMS法と呼ぶ場合がある。)を用い、基材とDLC膜との間に所定の中間層を備えたDLC硬質多層膜成形体を開示している(特許文献2から特許文献4)。UBMスパッタリング法によれば、緻密で高硬度のDLC膜が形成されるとともに、基材およびDLC膜の両方に対して優れた密着性を発揮し得る中間層が形成される。
【0007】
図3および図4を参照しながら、通常のスパッタリング法とUBMスパッタリング法とを対比して説明する。
【0008】
図3は、通常のスパッタリング法におけるカソードの構造を示す図である。図3に示すように、通常のスパッタリング法では、丸形ターゲットの中心部および周辺部に、同じ磁気特性を有するフェライト磁石が配置されており、ターゲット材近傍に磁力線の閉ループが形成される。基板にバイアス電圧が印加されると、ターゲット材を構成する物質が基板上に形成される。図3では、フェライト磁石の例を示しているが、Sm系希土類磁石またはNd希土類磁石を用いてもよい。
【0009】
これに対し、UBMスパッタリング法では、図4に示すように、丸形ターゲットの中心部と周辺部とで、異なる磁気特性を有する磁石(図4では、中心部にフェライト磁石、周辺部にSmCo磁石)が配置されている。このように異なる磁石が配置されると、より強力な磁石によって発生する磁力線の一部が基板近傍まで達するようになる。その結果、この磁力線に沿ってスパッタリング時に発生したプラズマ(例えば、Arプラズマ)は、基板付近まで拡散するようになる。従って、UBMスパッタリング法によれば、通常のスパッタリングに比べ、基板付近まで達する上記磁力線に沿ってArイオンおよび電子が、より多く基板に到達するようになる(イオンアシスト効果)。そのため、UBMスパッタリング法を用いれば、緻密で高硬度なDLC膜を形成することが可能である。更に、UBMスパッタリング法を用いれば、均一な非晶質層を形成することができる。
【0010】
このようなUBMスパッタリング法を用い、前述した特許文献2から特許文献4には、基材とDLC膜との間に配置される中間層として、基材側から順に、基材との密着性に優れた所定の金属またはWC化合物と、当該金属またはWC化合物と炭素(C)とを含む非晶質とからなる2層構造の中間層(特許文献2および3)、あるいは4層構造の中間層(特許文献4)が開示されている。特許文献2と、特許文献3および4とは、基材の種類および中間層の構成が相違している。
【0011】
詳細には、特許文献2には、超硬合金およびSiやAl23などの絶縁材などの基材と、DLC膜との間に、基材側から順に、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属層(第1層)と、上記金属の少なくとも1種と炭素とを含む非晶質層(第2層)とからなる2層構造の中間層が記載されている。
【0012】
一方、特許文献3および4は、鉄系基材を用いた場合でも、DLC膜を密着性良く被覆するDLC成形体を提供するという観点から、なされたものである。特許文献3には、基材側から順に、Crおよび/またはAlの金属層(第1層)と、上記金属の少なくとも一種と炭素とを含む非晶質層(第2層)とからなる2層の中間層が記載されている。特許文献4には、基材側から順に、Crおよび/またはAlの金属層(第1層)と、Crおよび/またはAlの金属と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属との混合層(第2層)と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属層(第3層)と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と炭素(C)とを含む非晶質層(第4層)からなる第1の中間層、および、基材側から順に、Crおよび/またはAlの金属層(第1層)と、Crおよび/またはAlの金属と、WCを主成分とする化合物との混合層(第2層)と、WCを主成分とする化合物層(第3層)と、WCを主成分とする化合物と炭素(C)とを含む非晶質層(第4層)からなる第2の中間層が開示されている。特許文献3に記載のDLC成形体は、特に、比較的硬度の高い高速度工具鋼(HSS)などの鉄系基材との密着性に優れており、一方、特許文献4に記載のDLC成形体は、特に、比較的硬度の低い軸受鋼、ステンレス鋼、炭素鋼などの鉄系基材との密着性に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2000−87218号公報
【特許文献2】特開2000−119843号公報
【特許文献3】特開2002−256415号公報
【特許文献4】特開2003−171758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このように、特許文献2から特許文献4に記載の方法によれば、基材の種類に応じて適切な中間層が配置されているため、比較的厚いDLC多層膜を形成しても、基材およびDLC膜の双方に対して優れた密着性を発揮し得るDLC成形体が得られる。
【0015】
しかしながら、UBMスパッタリング法を含むスパッタリング法を用いた場合は、炭素イオンを原料として用いるAIP法を用いたときのような、非常に高硬度のDLC膜を形成することは原理的に困難である。そのため、スパッタリング法を用いて形成されるDLC膜は、AIP法を用いて形成されるDLC膜に比べ、耐摩耗性の点で劣っている。
【0016】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、例えば、超硬合金などの高硬度の材料から、低硬度の鉄系材料まで広範囲の基材に対し、高硬度のDLC膜を最表面側に含むDLC多層膜を約3μm以上厚く形成しても、基材およびDLC膜の双方に対して優れた密着性を備えており、耐摩耗性にも優れたDLC成形体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成することのできた本発明に係るダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の製造方法は、基材を用意する工程(a)と、前記基材の上に、中間層をスパッタリング法によって形成する工程(b)と、前記中間層の上に、第1のダイヤモンドライクカーボン系膜をスパッタリング法によって形成する工程(c)と、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜の上に、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜よりも表面硬度の高い第2のダイヤモンドライクカーボン系膜をカソード放電型アークイオンプレーティング法によって形成する工程(d)と、を包含するところに要旨が存在する。
【0018】
好ましい実施形態において、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、ナノインデンテーション試験で10GPa以上40GPa以下の範囲内にあり、前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、ナノインデンテーション試験で40GPa超90GPa以下の範囲内にある。
【0019】
好ましい実施形態において、前記基材は超硬合金製材料からなり、前記中間層は、前記基材側から順に、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属層と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と、Cとを含む非晶質層とからなり、前記第1の金属層を形成する段階では、前記基材の温度を150℃から350℃の範囲内に制御し、前記非晶質層、並びに前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜および前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する段階では、前記基材の温度を100℃から300℃の範囲内に制御する。
【0020】
好ましい実施形態において、前記基材は鉄系基材からなり、前記中間層は、前記基材側から順に、Crおよび/またはAlからなる第2の金属層と、Crおよび/またはAlの金属と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属との複合金属層と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属層と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と、Cとを含む非晶質層とからなり、前記第2の金属層、前記複合金属層、および前記1の金属層を形成する段階では、前記基材の温度を150℃から350℃の範囲内に制御し、前記非晶質層、並びに前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜および前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する段階では、前記基材の温度を100℃から300℃の範囲内に制御する。
【0021】
好ましい実施形態において、前記工程(c)において、水素を含有する第1のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成し、前記工程(d)において、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜に比べて水素を含有しない第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する。
【0022】
好ましい実施形態において、前記工程(b)と前記工程(c)は連続して行なう。
【0023】
好ましい実施形態において、前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜と前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜との界面側から、前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の最表層側に向けて、段階的または連続的に増加する。
【0024】
好ましい実施形態において、前記中間層の厚さは、前記ダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の全体の厚さに対して10%以上50%以下の範囲内にあり、前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の厚さは、前記中間層を除く前記ダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の全体の厚さに対して50%以上90%以下の範囲内にある。
【0025】
好ましい実施形態において、前記工程(b)、前記工程(c)、および前記工程(d)において、スパッタ蒸発源とカソード放電型アークイオンプレーティング蒸発源とを一つの真空チャンバ内に備えた複合型コーティング装置を用いる。
【0026】
好ましい実施形態において、前記工程(b)は、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法によって形成する工程を含む。
【0027】
好ましい実施形態において、前記工程(c)は、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法によって形成する工程を含む。
【0028】
好ましい実施形態において、前記複合型コーティング装置は、アンバランスド・マグネトロン型スパッタリング蒸発源を備えている。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係るダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の製造方法は、上記のように構成されているため、基材およびDLC膜との密着性が著しく高められ、しかも、耐摩耗性にも優れたダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体が得られる。本発明によれば、超硬合金から低硬度の鉄系材料に至るまで広範囲の基材に対し、DLC膜を最表面層に含むDLC多層膜を約3μm以上の厚さで形成しても、優れた密着性および耐摩耗性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係る第1の成形体の構成を模式的に示す概略断面図である。
【図2】本発明に係る第2の成形体の構成を模式的に示す概略断面図である。
【図3】通常のスパッタリング法におけるカソードの構造を示す概略説明図である。
【図4】UBMスパッタリング法におけるカソードの構造を示す概略説明図である。
【図5】複合型コーティング装置の上面を示す概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明者は、基材の種類にかかわらず、DLC多層膜を厚く形成しても、DLC膜および基材の両方に対する密着性に優れており、且つ、耐摩耗性にも優れたDLC成形体を提供するため、AIP法およびスパッタリング法に着目して鋭意検討してきた。
【0032】
前述したように、AIP法によれば、特に、超硬合金などの高硬度基材に対し、高硬度のDLC膜を密着性良く形成でき、良好な耐摩耗性を確保できるが、例えば、低硬度の鉄系基材などに対する密着性は不充分である。また、約3μm以上の厚いDLC多層膜を形成すると、密着性が低下するという問題を抱えている。一方、UBMスパッタリング法などのスパッタリング法を用いれば、前述した特許文献2から特許文献4に示すように、基材の種類に応じて適切な中間層を形成することによって基材およびDLC膜の双方に対して優れた密着性を発揮し得るDLC成形体が得られるが、高硬度のDLC膜を形成することが困難なため、耐摩耗性に劣るという問題を抱えている。
【0033】
本発明者は、このようなAIP法およびスパッタリング法による成膜法の特性をうまく利用して、密着性と耐摩耗性とを兼ね備えた高硬度のDLC成形体を提供するため、検討を重ねてきた。その結果、DLC膜を硬度の異なる2層構造とし、中間層および中間層側に設けられた低硬度のDLC膜(第1のDLC膜と呼ぶ。)をスパッタリング法を用いて形成し、最表層側に設けられた高硬度のDLC膜(第2のDLC膜と呼ぶ。)をAIP法を用いて形成するという複合プロセスを採用すると、所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0034】
このように、本発明のDLC成形体は、DLC膜として、硬度の低い第1のDLC膜と、硬度の高い第2のDLC膜とからなる2層のDLC膜を密着性良く設けたことに特徴がある。基材とDLC膜との間には、基材の種類に応じて、基材およびDLC膜の両方に対して優れた密着性を発揮し得る所定の中間層が設けられている。中間層としては、用いられる基材の種類に応じて、例えば、前述した特許文献2から特許文献4に記載の中間層が用いられる。
【0035】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るDLC成形体の好ましい実施形態を説明する。下記の実施形態では、特許文献2および特許文献4に記載の中間層の一例を用いて説明しているが、中間層の種類は、これに限定されない。例えば、鉄系基材のうち、比較的硬度の高い高速度工具鋼などの鉄系材料を用いる場合には、前述した特許文献3に記載の中間層を用いることが有用である。また、実施形態2において、特許文献4に記載の第2の中間層を用いることも可能である。
【0036】
(実施形態1)
図1を参照しながら、本発明に係るDLC成形体の第1の実施形態(第1のDLC成形体と呼ぶ。)を説明する。第1のDLC成形体は、例えば、超硬合金製材料のように硬度の比較的高い基材を用いた場合に有用であり、中間層としては、前述した特許文献2に記載の中間層が代表的に用いられる。
【0037】
図1に示すように、第1のDLC成形体10は、基材1と、ダイヤモンドライクカーボンを主体とするダイヤモンドライクカーボン系膜(DLC膜)3と、基材1とDLC膜3との間の中間層2(後記する第2の中間層と区別するため、第1の中間層2aと呼ぶ場合がある。)とからなる。
【0038】
DLC膜3は、基材1側から順に、第1のDLC膜3aと第2のDLC膜3bとからなり、第1のDLC膜3aの表面硬度は、ナノインデンテーション試験(実施例の欄で説明する。)で10GPa以上40GPa以下の範囲内にあり、第2のDLC膜3bの表面硬度は、ナノインデンテーション試験で40GPa超90GPa以下の範囲内にある。後に詳しく説明するように、第1のDLC膜3aはスパッタリング法(好ましくはUBMスパッタリング法)によって形成され、第2のDLC膜3bはAIP法によって形成されるため、中間層との密着性に優れた高硬度のDLC膜を最表面側に形成することができる。
【0039】
第1のDLC膜3aの表面硬度は、中間層2aとの密着性を高めるため、10GPa以上40GPa以下の範囲内に制御する。好ましくは、20GPa以上30GPa以下の範囲内である。第2のDLC膜3bの表面硬度は、所望の耐摩耗性を確保するため、40GPa超90GPa以下の範囲内に制御する。好ましくは、50GPa以上80GPa以下の範囲内である。
【0040】
第2のDLC膜3bの表面硬度は、第1のDLC膜3aと第2のDLC膜3bとの界面側から、第2のDLC膜3bの最表層側に向けて、段階的または連続的に増加していることが好ましい。これにより、第1のDLC膜3aと第2のDLC膜3bとの間の密着性が一層高められる。
【0041】
第1のDLC膜3aは、DLCのみからなる膜であってもよいが、W,Ta,Mo,Nb,Cr,およびAlよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(中間層に用いられる第1の金属と第2の金属)を含んでいてもよい。これにより、第1のDLC膜3a自体の内部応力が緩和され、靭性が更に向上すると共に、基材1の変形に対する追従性も向上するため、DLC膜3の剥離の発生が抑えられる。上記金属は、DLC膜中に5原子%以上20原子%以下の範囲内で含まれることが好ましい。上記金属を5原子%以上添加すると、応力緩和作用が有効に発揮される。ただし、上記金属を過剰に添加すると、第1のDLC膜3aの硬度が低下し過ぎるため、上限を20原子%とすることが好ましい。
【0042】
次に、中間層2aの構成を説明する。
【0043】
本実施形態に用いられる中間層2aは、基材1側から順に、以下に示す第1の金属層21(第1層)と、非晶質層22(第2層)とからなる2層構造を有している。本明細書では、便宜上、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる金属(第1の金属と呼ぶ)を含む層を「第1の金属層」と呼び、Cr/Alの金属(第2の金属と呼ぶ)を含む層を「第2の金属層」と呼ぶ。
【0044】
第1層は、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属からなる層21である。第1の金属層21は、これら第1の金属を単独で含んでいてもよいし、2種以上を含む混合層であっても良い。あるいは、第1の金属の一部が合金化された合金層であってもよい。
【0045】
第2層は、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属(第1の金属)と、Cとを含む非晶質層22である。第1の金属は、単独で含まれていてもよいし、2種以上を併用してもよい。ここで、非晶質層とは、透過型電子顕微鏡(倍率:10万倍程度)で観察したとき、結晶相や微細な析出物層を確認できないものをいう。本発明によれば、脆弱な炭化物層が形成されず、第1層を形成するWなどの第1の金属とCとからなる非晶質層が形成されているため、中間層2aの内部の剥離や破壊を防ぐことができる。更に、最表面層を形成するDLC膜3も非晶質膜のため、DLC膜3と非晶質層22との間の密着性も確保される。
【0046】
非晶質層22を形成する第1の金属の濃度(および炭素濃度)は、ほぼ、一定でもよいが、基材1側からDLC膜3側(表面層側)に向けて、第1の金属が段階的または連続的に減少している(換言すれば、炭素濃度が0%から100%に増加する)ことが好ましい。これにより、多層膜からなるDLC成形体10の機械的特性が基材1側からDLC膜3側に向けて、段階的または連続的に変化するようになるため、サーマルショックなどに伴う局所的な応力集中による剥離を有効に防止できる。
【0047】
本実施形態において、第1層および第2層を形成する金属の種類は、上記要件を満足する限り、同一であっても良いし、異なっていても良い。第1層に用いられる第1の金属はW,Ta、Mo、またはNbであるから、例えば、第1層をWの金属層21とし、第2層をTaとCとの非晶質層22としても良く、これによっても、前述した作用が発揮される。ただし、より優れた作用を発揮させるためには、第1層と第2層とは、同じ種類の金属を含むように形成されていることが好ましく、全く同じ種類の金属で形成されていることがより好ましい。例えば、第1層をWの金属層21とし、第2層をWおよびTaと、Cとの非晶質層22にすることが好ましく、後記する実施例に示すように、第1層をWの金属層21とし、第2層をWとCとの非晶質層22にすることがより好ましい。
【0048】
第1の中間層2aの厚さ(第1層および第2層の合計の厚さ)は、DLC多層膜(中間層2aとDLC膜3とからなる多層膜)の合計厚さ(総厚さ)に対して、おおむね、10%以上50%以下の範囲内であることが好ましい。これにより、中間層2aおよびDLC膜3による作用を損なうことなく、基材1およびDLC膜3との優れた密着性を確保することができる。
【0049】
第2のDLC膜3bの厚さは、中間層を除くDLC多層膜の合計厚さ(すなわち、第1のDLC膜3aと第2のDLC膜3bとの合計厚さ)に対して、おおむね、50%以上90%以下の範囲内であることが好ましい。これにより、DLC多層膜の耐摩耗性が高められる。
【0050】
本実施形態において、非晶質層22(第2層)と第1のDLC膜3aとの間は、炭素からなる応力緩和層(不図示)を有していてもよい。このような炭素からなる応力緩和層を設けることによって、非晶質層22と第1のDLC膜3aとの界面に集中する応力が緩和され、密着性がより向上する。応力緩和層による作用を有効に発揮させるため、応力緩和層の厚さは、おおむね、第1のDLC膜3aの厚さの約20%〜80%の範囲内であることが好ましい。
【0051】
応力緩和層の硬度は、第1の金属層(第1層)21からDLC膜3側に向けて、段階的または連続的に増加することが好ましい。具体的には、応力緩和層の硬度は、非晶質層22との界面では非晶質層22に近く、第1のDLC膜3aの表面層側に向かうにつれて、段階的または連続的に硬度が上昇し、第1のDLC膜3の表面硬度とほぼ同じであることが好ましい。応力緩和層と非晶質層22との界面における、両者の界面硬度の差は、おおむね、10GPa以下であることが好ましい。これにより、隣接する層界面に集中する応力を小さくできるため、密着性が更に向上する。
【0052】
第1のDLC成形体において、基材1と第1の金属層21(第1層)との間に、拡散層を更に有していることが好ましい。これにより、基材1と第1層との密着性がより向上する。
【0053】
基材1としては、例えば、超硬合金やサーメット、SiCやAl23などの絶縁材、セラミック材料(ビッカース硬度で、約1500Hv〜2000Hv)などが用いられる。
【0054】
(実施形態2)
図2を参照しながら、本発明に係るDLC成形体の第2の実施形態(第2のDLC成形体)を説明する。図2において、第1のDLC成形体と重複する部分は、図1と同じ参照符号を付している。
【0055】
第2の成形体は、以下に詳しく示すように、中間層が4層から形成されている点、基材として鉄系材料(好ましくは、比較的低硬度の軸受鋼などの材料)が用いられる点で、第1の成形体と相違する。第2の成形体に用いられる中間層としては、前述した特許文献4に記載の中間層が代表的に挙げられる。第1および第2のDLC成形体における中間層を比較すると、第2のDLC成形体における第3層(金属層)および第4層(非晶質層)は、それぞれ、第1のDLC成形体における第1層および第2層に対応する。ここでは、第1のDLC成形体と重複する部分(第3層、第4層、DLC膜3)は、詳細な説明を省略する。
【0056】
図2に示すように、本発明に係る第2のDLC成形体20は、基材1と、DLCを主体とするDLC膜3と、基材1とDLC膜3との間の中間層2b(第1のDLC成形体における中間層と区別するため、第2の中間層と呼ぶ場合がある。)とから形成されている。
【0057】
中間層2bは、Crおよび/またはAlからなる第2の金属層23(第1層)と、Crおよび/またはAlの金属と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属との複合金属層24(第2層)と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属層21(第3層)と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と、Cとを含む非晶質層22(第4層)とからなる4層構造を有している。
【0058】
本実施形態によれば、鉄系基材側には、鉄系基材との密着性に優れたCr/Alの金属層(第1層)が形成され、DLC膜側には、DLCと同じ非晶質のCを含む非晶質層(第4層)が形成されているため、鉄系基材およびDLC膜の双方に対し、優れた密着性が確保される。中間層の第2層には、第1層を形成するCr/Alの金属が含まれているため、第1層との密着性にも優れている。中間層の第3層には、第2層を形成する他の金属(W、Ta、Mo、およびNb)が更に含まれているため、第2層との密着性にも優れている。第4層には、第3層を形成する上記他の元素が更に含まれているため、第3層との密着性にも優れている。このように、本発明に用いられる中間層は、中間層を形成する各層の組成が、その上およびその下に形成される各層との密着性を確保するように規定されており、且つ、中間層の内部で剥離や破壊が生じないように規定されているため、DLC多層膜を3μm以上に厚く形成しても、優れた密着性を確保することができる。
【0059】
第1層は、Crおよび/またはAlの第2の金属層23である。第2の金属層23は、鉄系基材1と機械的特性などが類似しており、鉄系基材1に対しても良好な密着性を発揮することができる。第2の金属層23は、Cr、Alを単独で含んでいてもよいし、CrおよびAlの両方を含む混合層であっても良い。あるいは、CrおよびAlの一部が合金化された合金層であってもよい。
【0060】
第2層は、第1層を形成する第2の金属(Cr/Al)と、第3層を構成する第1の金属(W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属)とを含む複合金属層24である。第1および第2の金属は、単独で含まれていてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0061】
複合金属層24を形成する第1の金属の濃度は、ほぼ、一定でもよいが、鉄系基材1側からDLC膜3側(表面層側)に向けて、第2の金属の含有量が段階的または連続的に減少している(即ち、第2の金属の濃度が100%から0%に減少する)ことが好ましい。これにより、複合金属層24の機械的特性を、第1層側から第3層側に向けて、段階的または連続的に変化させることができ、その結果、サーマルショックなどによる局所的な応力集中による剥離を有効に防止することができる。
【0062】
第3層および第4層の説明は、省略する。
【0063】
第2の中間層2bの厚さは、第1のDLC成形体と同様に制御することが好ましい。
【0064】
第2のDLC成形体においても、第1のDLC成形体と同様、非晶質層22(第4層)とDLC膜3との間に応力緩和層(不図示)を更に形成することが好ましい。また、基材1と第2の金属層23(第1層)との間、第2の金属層23(第1層)と複合金属層(第2層)24との間、複合金属層24(第2層)と第1の金属層21(第3層)との間、第1の金属層21(第3層)と非晶質層22(第4層)との間の少なくともいずれかに拡散層(不図示)を更に有していてもよい。これらの詳細は、前述した第1のDLC成形体と実質的に同じであるため、説明を省略する。
【0065】
鉄系基材1は、鉄系材料であれば特に限定されず、例えば、高速度工具鋼のような比較的硬度が高い(ビッカース硬度が、約900Hv)鉄系材料、ビッカース硬度が約200Hvから800Hvの低硬度の鉄系材料のいずれもが挙げられる。本発明では、低硬度の鉄系材料を用いることが好ましく、例えば、高速度工具鋼よりも硬度が低い軸受鋼、ステンレス鋼、炭素鋼などが挙げられる。
【0066】
以上、本発明に係る第2のDLC成形体について説明した。
【0067】
次に、本発明に係る第1および第2のDLC成形体を製造する方法について説明する。前述したとおり、第1および第2のDLC成形体は、基材の種類および中間層の構成が相違する点を除き、同じであるため、以下では、これらの成形体を製造する方法をまとめて説明する。
【0068】
本発明のDLC成形体の製造方法は、基材1を用意する工程(a)と、基材1の上に、中間層2をスパッタリング法によって形成する工程(b)と、中間層2の上に、第1のダイヤモンドライクカーボン系膜2aをスパッタリング法によって形成する工程(c)と、第1のダイヤモンドライクカーボン系膜2aの上に、第2のダイヤモンドライクカーボン系膜2bをカソード放電型アークイオンプレーティング法によって形成する工程(d)と、を包含する。
【0069】
まず、前述した基材1を用意する(工程(a))。
次に、基材1の上に中間層2をスパッタリング法によって形成する(工程(b))。
【0070】
スパッタリング法によれば、様々な種類の金属を容易に蒸発させることができるため、例えば、前述した特許文献2から4に記載の中間層のような、種々の金属を含む中間層を容易に形成することができる。また、スパッタ電力を制御することによって金属の蒸発量を広範囲に制御できるため、DLC膜3側に、中間層に含まれる金属と炭素とを含む非晶質層(好ましくは、当該金属の濃度が連続的または段階的に変化する非晶質層)を容易に形成することができる。なお、AIP法を用いても、各種金属を蒸発させることは可能であるが、AIP法では、真空中のアーク放電を維持するための最低電流が存在するため、非常に微量の金属を蒸発させることは困難である。従って、前述した特許文献2から特許文献4に記載の中間層をAIP法によって形成することは困難である。以上の観点に基づき、本発明では、スパッタリング法を採用して中間層を形成している。
【0071】
具体的には、例えば、Cr層またはW層を形成する場合、例えば、純Ar雰囲気中でCrターゲットまたはWターゲットを用いてスパッタリングを行えばよい。
【0072】
中間層2は、UBMスパッタリング法によって形成することが好ましい。UBMスパッタリング法によれば、例えば、前述した第1のDLC成形体のように、W,Ta,MoおよびNbの第1の金属を含む非晶質層22(第2層)を形成するに当たり、炭化物形成能の高い第1の金属が炭化物を生成することなく、均一な非晶質層22が得られる。
【0073】
中間層2を形成するに当たっては、第1層(第1のDLC成形体の場合)または第1〜第3層(第2のDLC成形体の場合)を形成する段階で、基材の温度を約150℃から350℃(好ましくは、約250℃から350℃)の範囲内に制御することによって、第1層中の金属元素の基材への拡散、および各層間の拡散を促進し、第1層と基材との密着性および第1層〜第3層の各層相互間の密着性がより向上するので好ましい。ただし、非晶質層およびその後のDLC膜を形成する場合には、これらの層は熱に弱いため、基材温度を300℃〜100℃(より好ましくは、200℃〜100℃程度)の範囲内に制御することが好ましい。
【0074】
中間層2とDLC膜3との間に応力緩和層を形成するときも、スパッタリング法(好ましくは、UBMスパッタリング法)を用いる。応力緩和層の硬度を制御するためには、鉄系基材1に印加されるバイアス電圧をおおむね、−50Vから−100Vの範囲内に制御することが好ましい。
【0075】
次に、上記のようにして各層が密着性良く形成された中間層2の上に、第1のDLC膜3aをスパッタリング法(好ましくは、UBMスパッタリング法)によって形成する(工程(c))。UBMスパッタリング法によれば、緻密で高硬度な第1のDLC膜3aを形成することができる。スパッタリング法の詳細は、前述した工程(b)に記載したとおりである。
【0076】
本発明では、中間層2および第1のDLC膜3aを形成する工程(応力緩和層を形成する場合は、当該工程を含む)を、スパッタリング法を用いて連続して行うことが好ましい。これにより、中間層を形成する非晶質層と第1のDLC膜3aとの界面は不明確となり、第1のDLC膜3aも非晶質膜であるため、非晶質層と第1のDLC膜3aとの密着性も確保される。これらの工程は、すべて、UBMスパッタリング法を用いることがより好ましい。
【0077】
第1のDLC膜3aの硬度は、例えば、基材に印加されるバイアス電圧を、おおむね、−100V〜−200Vの範囲に高く設定することによって高められる。あるいは、第1のDLC膜3aの水素含有量を調節することによっても硬度を制御することができ、水素含有量を低減すれば、硬度が上昇する。第1のDLC膜3aの水素含有量は、おおむね、5%〜20%になるように制御される。
【0078】
次いで、第1のDLC膜3aの上に、第2のDLC膜3bをカソード放電型アークイオンプレーティング法(AIP法)によって形成する(工程(d))。これにより、スパッタリング法では得ることのできない高硬度(ダイヤモンドに近い非常に高い硬度)で、耐摩耗性に優れた最表層が得られる。前述したように、AIP法では、固体の炭素を蒸発源として用いているため、CVD法によって形成されたDLC膜に比べ、水素を含まない皮膜の形成が可能である。一般に、DLC膜の硬度は、皮膜中の水素量に大きく影響され、水素量が減少するほど高硬度のDLC膜が形成されることが知られている。
【0079】
上記工程(b)、工程(c)、および工程(d)は、別々のスパッタ装置とAIP装置とを用いて行うことができる。この場合、まず、中間層2および第1のDLC層3aは、スパッタ装置を用いて形成する。次に、大気に開放して、別途、AIP装置を用いて第2のDLC膜を形成する。あるいは、成膜をより効率的に行い、第1と第2のDLC膜との間の密着性をできるだけ低下させないようにするため、一つの真空チャンバ内に、スパッタ蒸発源(好ましくは、UBM型スパッタリング蒸発源)とカソード放電型アークイオンプレーティング蒸発源とを兼備した複合型コーティング装置を用いることが好ましい。これにより、中間層から、第1および第2のDLC膜に至るまでの工程を連続的に行うことができる。
【0080】
以下、実施例を挙げて本発明の構成および作用効果をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例によって制限を受けず、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施しても良く、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0081】
下記の表1に示す種々の膜構造を有するDLC成形体(No.1〜11)を、以下の要領で作製した後、DLC膜との密着性を評価した。このうち、No.2〜6、8〜11は本発明の要件を満足する本発明例であり、No.1および7は本発明の要件を満足しない比較例である。No.2〜6は2層の中間層を有し、No.8〜11は4層の中間層を有している。
【0082】
(基材)
表1に示すように、No.1〜6では、超硬合金(三菱マテリアル社製の「UT120T」)を用い、No.7〜12では、JIS規格のSUJ2を用いた。これらの基材のサイズは、12cm角、厚さ5mmであり、いずれも、表面が鏡面研磨されたもの(Ra=0.02μm程度)を用いた。
【0083】
これらの基材は、予め、アルカリ槽および純水槽を用いて超音波洗浄を行った後、乾燥した。
【0084】
(中間層およびDLC膜の形成)
(1)No.2〜6、8〜11(本発明例)
図5に示す複数の蒸発源を有する複合型コーティング装置(「AIP−S40HC」:神戸製鋼所製)を用い、以下のようにして中間層およびDLC膜を形成した。図5に示すように、複合型コーティング装置は、AIP蒸発源(ターゲットサイズφ100mm)とUMB蒸発源(ターゲットサイズ:127mm×508mm)とを備えている。
【0085】
上記の各基材を、複合型コーティング装置内の基板ステージ上にセットし、装置内の圧力を3×10-3Pa程度の真空にまで排気した後、約150℃まで基材をヒータで加熱し、基材の脱ガスを実施した。次に、Arプラズマを用いて基材の表面をエッチングした。エッチング工程中に、基材の温度は200℃から250℃に上昇する。次に、表1に示すように、UBMS法を用いて中間層および第1のDLC膜を形成した後、AIP法を用いて第2のDLC膜を形成した。
【0086】
具体的には、No.2から6の2層の中間層は、以下のようにして作製した。
【0087】
まず、純Ar雰囲気下、表1に示す第1層の金属(W、Ta,Mo,またはNb)のターゲットを用いてUBMS法によって第1層を形成した。次に、表1に示す第2層の金属(第1層の金属と同じ)および炭素(C)のターゲットを用いてUBMS法によって第2層を形成した。No.6では、Wおよび炭素(C)のタ−ゲットのスパッタ電力を、それぞれ、4kW→0.1kW、0.1kW→6kWに調整することにより、第2層に含まれるWの含有量が第1層側から第2層側に向けて連続的に減少するようにした。
【0088】
一方、No.8〜11では、4層の中間層は、以下のようにして作製した。
まず、純Ar雰囲気下、表1に示す第1層の金属(CrまたはAl)のターゲットを用いてUBMS法によって第1層を形成した。次に、表1に示す第1層の金属と第3層の金属(WまたはTa)のターゲットを用いてUBMS法によって第2層を形成した。次いで、表1に示す第3層の金属(WまたはTa)のターゲットを用いてUBMS法によって第3層を形成した。次に、表1に示す第4層の金属(第3層の金属と同じ)および炭素(C)のターゲットを用いてUBMS法によって第4層を形成した。
【0089】
このようにして中間層を形成した後、以下のようにして硬度の異なる2層構造のDLC膜を形成した。
【0090】
まず、UBMS法を用い、表1に示す低硬度の第1のDLC膜(20〜40GPa程度)を形成した。具体的には、第1のDLC膜の形成は、ターゲットへの投入電力を6kWとし、Arまたは(Ar+CH4)混合ガスを0.4Paの全圧下で行った。DCバイアスは、アース電位に対して基板(被処理体)がマイナス電位となるよう−100V〜−200Vの範囲で印加した。
【0091】
次いで、AIP法を用いて高硬度の第2のDLC膜(40GPa〜80GPa程度)を形成した。具体的には、Cターゲットへのアーク電流50A,Arガス圧力0.1Pa、およびDCバイアス電圧−100V〜200Vとした。No.11では、バイアス電圧を−50Vから−150Vに連続的に変化させることにより、第1のDLC膜との界面側から第2のDLC膜の最表層側に向けて、第2のDLC膜の硬度が増加するように制御した。
【0092】
(2)No.1および7(比較例)
表1に示すように、AIP法を用いて、中間層およびDLC膜を形成した。装置は、前記(1)と同様、複合型コーティング装置を用い、そのうちのAIP蒸発源を使用した。詳細な形成方法は、以下のとおりである。
【0093】
まず、Ar圧力0.1Pa雰囲気下、Cターゲットをアーク電流50Aで放電させながら、バイアス電圧を−800Vとして中間層(混合層)を100nm厚さで形成し、その後、バイアス電圧を−200Vとして、DLC膜を形成した。
【0094】
(硬度の測定)
中間層およびDLC膜の表面硬度は、ナノインデンテーションシステム(超微小押し込み硬さ試験機「ENT−1100a」、エリオニクス社製)を用いて測定した。試料は、測定ホルダーに瞬間接着剤を用いて固定し、加熱ステージに装着した後、26℃で30分間以上保持して装置と試料との温度差がなくなったところで、荷重200mg〜2gで圧子形状の影響を補正した硬度を測定した。
【0095】
(評価方法)
このようにして得られた表1に示す各成形体について、以下に示すように、LEVETESTスクラッチ試験を行ってDLC膜との密着性(臨界荷重)を評価した。
【0096】
(スクラッチ試験)
各成形体を移動ステージに固定し、ダイヤモンド圧子を用いて各成形体の表面に負荷速度100N/minで負荷をかけながら、移動ステージを10mm/minの速度で移動させた。各成形体に形成されたスクラッチ痕を光学顕微鏡(倍率:200倍)で観察し、DLC膜の剥離が発生するスクラッチの臨界荷重(N)を測定した。
【0097】
これらの結果を表1に併記する。
【0098】
【表1】

【0099】
表1より、以下のように考察することができる。
【0100】
まず、本発明の要件を満足するNo.2〜6、8〜11の本発明例では、高硬度のDLC膜を最表層に有するDLC多層膜を3μm程度の厚さで形成しても、優れた密着性が発揮された。詳細には、超硬合金基材を用いたNo.2〜6では、スクラッチの臨界荷重が77N以上、鉄系基材を用いたNo.8〜11では、55N以上と、非常に高い密着強度が得られた。
【0101】
これに対し、No.1および7は、DLC膜は1層のみからなり、DLC膜と基材との間は非晶質層のみが形成され、金属層を有していない比較例である。これらの比較例は、いずれも、スクラッチの臨界荷重が、超硬合金基材では60N未満、鉄系基材では40N未満であり、DLC膜との密着性に劣っている。
【符号の説明】
【0102】
1 鉄系基材
2 中間層
2a 第1の中間層
2b 第2の中間層
21、25 第1の金属層
22 非晶質層
23 第2の金属層
24 複合金属層
3 ダイヤモンドライクカーボン系膜(DLC膜)
3a 第1のダイヤモンドライクカーボン系膜
3b 第2のダイヤモンドライクカーボン系膜
10 第1の成形体
20 第2の成形体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材を用意する工程(a)と、
前記基材の上に、中間層をスパッタリング法によって形成する工程(b)と、
前記中間層の上に、第1のダイヤモンドライクカーボン系膜をスパッタリング法によって形成する工程(c)と、
前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜の上に、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜よりも表面硬度の高い第2のダイヤモンドライクカーボン系膜をカソード放電型アークイオンプレーティング法によって形成する工程(d)と、
を包含するダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の製造方法。
【請求項2】
前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、ナノインデンテーション試験で10GPa以上40GPa以下の範囲内にあり、
前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、ナノインデンテーション試験で40GPa超90GPa以下の範囲内にある請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記基材は超硬合金製材料からなり、
前記中間層は、前記基材側から順に、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属層と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と、Cとを含む非晶質層とからなり、
前記第1の金属層を形成する段階では、前記基材の温度を150℃から350℃の範囲内に制御し、
前記非晶質層、並びに前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜および前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する段階では、前記基材の温度を100℃から300℃の範囲内に制御する請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記基材は鉄系基材からなり、
前記中間層は、前記基材側から順に、Crおよび/またはAlからなる第2の金属層と、
Crおよび/またはAlの金属と、W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属との複合金属層と、
W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種からなる第1の金属層と、
W,Ta,MoおよびNbよりなる群から選択される少なくとも一種の金属と、Cとを含む非晶質層とからなり、
前記第2の金属層、前記複合金属層、および前記1の金属層を形成する段階では、前記基材の温度を150℃から350℃の範囲内に制御し、
前記非晶質層、並びに前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜および前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する段階では、前記基材の温度を100℃から300℃の範囲内に制御する請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(c)において、水素を含有する第1のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成し、
前記工程(d)において、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜に比べて水素を含有しない第2のダイヤモンドライクカーボン系膜を形成する請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程(b)と前記工程(c)は連続して行なう請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の表面硬度は、前記第1のダイヤモンドライクカーボン系膜と前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜との界面側から、前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の最表層側に向けて、段階的または連続的に増加する請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記中間層の厚さは、前記ダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の全体の厚さに対して10%以上50%以下の範囲内にあり、
前記第2のダイヤモンドライクカーボン系膜の厚さは、前記中間層を除く前記ダイヤモンドライクカーボン硬質多層膜成形体の全体の厚さに対して50%以上90%以下の範囲内にある請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記工程(b)、前記工程(c)、および前記工程(d)において、スパッタ蒸発源とカソード放電型アークイオンプレーティング蒸発源とを一つの真空チャンバ内に備えた複合型コーティング装置を用いる請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
前記工程(b)は、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法によって形成する工程を含む請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法。
【請求項11】
前記工程(c)は、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法によって形成する工程を含む請求項1〜10のいずれかに記載の製造方法。
【請求項12】
前記複合型コーティング装置は、アンバランスド・マグネトロン型スパッタリング蒸発源を備えている請求項9〜11のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−225995(P2011−225995A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96890(P2011−96890)
【出願日】平成23年4月25日(2011.4.25)
【分割の表示】特願2005−257083(P2005−257083)の分割
【原出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】