説明

ダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置

【課題】容易に且つ膜の特性を損なうことなく特性が向上したダイヤモンド様薄膜を実現できるようにする。
【解決手段】ダイヤモンド様薄膜は、基材11の上に形成され、炭素と結合した水素を含むダイヤモンド様材料からなる第1の層13と、第1の層13の上に形成され且つ炭素と結合した水素の少なくとも一部が引き抜かれ、第1の層13と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第2の層14と、第1の層13と基材11との間に形成され、第1の層13と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第3の層15とを備えていている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置に関し、特に部分的に改質されたダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド様薄膜(DLC膜)は、硬く緻密で且つ不活性な表面を有しているため、金属やセラミックス等の無機系材料及び樹脂等の有機系材料等からなる基材の表面に形成することにより基材の表面に耐摩耗性、耐蝕性及び表面平滑性等の性質を付与することができる。
【0003】
例えば、金型や治工具の表面をDLC膜によりコーティングすることにより、耐久性を向上させたり、離型性を向上させたりすることが知られている。また、非常に平滑で不活性な表面であるため、生体物質との相互作用を嫌う医療用器具の基材を表面処理する方法としても期待されている。
【0004】
DLC膜を形成する方法としては、スパッタ法、イオン化蒸着法及び化学気相堆積(CVD)法等が知られている。中でも、プラズマCVD法は種々の基材の上に容易にDLC膜を形成することができるため、広く検討が行われている。プラズマCVD法により形成されたDLC膜は、SP2結合(グラファイト結合)した炭素とSP3結合(ダイヤモンド結合)した炭素とを含むアモルファスな膜であり、水素を含んでいる。
【0005】
近年では、DLC膜をさらに改質してより優れた特性を付与することも検討されている。例えば、DLC膜の表面に抗血栓性の材料を結合させることにより、DLC膜に抗血栓性を付与する方法が開示されている(例えば、特許文献1を参照)。しかし、DLC膜は不活性な表面を有しているため、DLC膜の表面をさらに修飾することが困難である。また、DLC膜は硬い材料であるため、基材との密着性が悪く、変形を受けた場合に剥離及びクラックが発生しやすい。このため、DLC膜を改質して表面に反応性を付与したり、密着性を向上させたりする方法が検討されている。
【0006】
例えば、DLC膜の表面を修飾する方法として、プラズマ照射等によりDLC膜の表面を活性化する方法がある(例えば、特許文献1を参照。)。プラズマ照射により、DLC膜にダングリングボンド(炭素ラジカル)を発生させ、発生した炭素ラジカルを直接用いたり、発生させた炭素ラジカルをさらに変換した反応性の官能基を用いたりすることにより、DLC膜の表面に種々の物質を結合させることが可能となる。
【0007】
また、基材との密着性を向上させる方法として、DLC膜にシリコン(Si)又はフッ素(F)等の不純物を添加する方法が知られている(例えば、特許文献2を参照。)。Siを添加することによりDLC膜の炭素−炭素結合の状態が変化する。これにより、硬度及び弾性係数が低下し、剥離及びクラックの発生が抑えられる。この場合には、表面における硬度等の特性の低下を抑えるため、基材側と表面側とでDLC膜に含まれる不純物の濃度を変化させることも検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2005/097673号パンフレット
【特許文献2】特開昭63−286334号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記従来のDLC膜の改質方法及びそれにより得られたDLC膜には以下のような問題がある。
【0010】
まず、プラズマ照射による表面の改質においては、プラズマによる表面のエッチングが生じてしまうという問題がある。これにより、DLC膜表面の平滑性が失われてしまう。
【0011】
次に、DLC膜にSi等の不純物を添加する場合には、原材料の供給の制御を厳密に行う必要がある。特に、DLC膜全体での硬度低下を抑えるために、基材側と表面側とで不純物濃度を変化させる場合には、原料組成を適切なタイミングで切り換えてやる必要がある。このため、DLC膜の製造装置には複数の原料ガスの供給系統を設ける必要がある。また、原料ガスの供給操作とDLC膜に導入される不純物の量との対応を取るためにカットアンドトライの試行が必要である。このため、製造装置及び製造工程が複雑になるという問題がある。
【0012】
本発明は、前記従来の問題を解決し、容易に且つ膜の特性を損なうことなく改質されたダイヤモンド様薄膜を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記の目的を達成するため、本発明はダイヤモンド様薄膜を水素が引き抜かれた層を備えている構成とする。
【0014】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜は、基材の上に形成され、炭素と結合した水素を含むダイヤモンド様材料からなる第1の層と、第1の層の上に形成され且つ炭素と結合した水素の少なくとも一部が引き抜かれ、第1の層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第2の層と、第1の層と基材との間に形成され、第1の層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第3の層とを備えていている。
【0015】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜によれば、第2の層により表面の化学的な修飾が容易に行えると共に、第3の層により基材との密着性を向上させることができる。
【0016】
本発明のダイヤモンド様薄膜において、第3の層は複数であり、複数の第3の層は、水素の含有率が互いに異なっていてもよい。
【0017】
本発明のダイヤモンド様薄膜において、複数の第3の層のうち下側の層における水素の含有率は、上側の層における水素の含有率よりも高くてもよい。
【0018】
本発明のダイヤモンド様薄膜は、第1の層と基材との間に形成され、水素を含まないダイヤモンド様材料からなる第4の層をさらに備えていてもよい。
【0019】
本発明のダイヤモンド様薄膜において、第3の層は水素を含まなくてもよい。
【0020】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜の製造方法は、基材の上に水素を含むダイヤモンド様材料からなる高水素含有層を形成する工程(a)と、基材を加熱した状態において高水素含有層に水素ラジカルを照射することにより高水素含有層の少なくとも上部を高水素含有層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる低水素含有層とする工程(b)とを備え、工程(b)において、水素ラジカルを形成するための水素の供給量は、浮遊電位が−1V以上且つ0V以下となるように調整している。
【0021】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法によれば、ダイヤモンド様薄膜の表面に容易にラジカル及び2重結合等を導入することができる。従って、容易に且つ膜の特性を損なうことなく改質されたダイヤモンド様薄膜を実現できる。
【0022】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法において、工程(b)において、基材の温度は200℃以上且つ300℃以下としてもよい。
【0023】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法において、工程(b)において、水素ラジカルはリモートプラズマにより供給してもよい。
【0024】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法は、工程(a)において、炭化水素を含むガスを用いたプラズマ化学気相堆積法により高水素含有層を形成してもよい。
【0025】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法において、工程(a)と工程(b)とは同一のチャンバにおいて行ってもよい。
【0026】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法は、工程(a)と工程(b)とを順次複数回繰り返してもよい。
【0027】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法において、複数回繰り返す工程(b)において、水素ラジカルの照射時間は互いに異なっていてもよい。
【0028】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法は、複数回繰り返す工程(b)において、水素ラジカルの照射時間を繰り返しに従い次第に短くしてもよい。
【0029】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法は、複数回繰り返す工程(b)のうち少なくとも最初の工程(b)において、対応する高水素含有層の全体を低水素含有層としてもよい。
【0030】
本発明のダイヤモンド様薄膜の製造方法は、工程(a)よりも前に、基板の上に水素を含まないダイヤモンド様材料からなる層を形成する工程(c)をさらに備えていてもよい。
【0031】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜の製造装置は、水素及び炭素源を切り換えて供給するガス供給部とガス供給部から供給されたガスのプラズマを発生させるプラズマ発生部と、プラズマ発生部において発生させたプラズマを導入するチャンバと、チャンバ内に基材を保持し、基材の温度を一定に保つステージとを備え、ガス供給部は、基材の表面にダイヤモンド様薄膜を堆積させる際には、炭素源を供給し、ダイヤモンド様薄膜の表面から水素を引き抜く際には、水素を供給し、水素の供給量を浮遊電位が−1V以上且つ0V以下となるように調整する。
【0032】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜の製造装置は、水素の供給量を調整することができるため、水素ラジカルを選択的にダイヤモンド様薄膜に照射することができる。従って、ダイヤモンド様薄膜の表面を荒らすことなく、ダイヤモンド様薄膜の表面を改質できる。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置によれば、容易に且つ膜の特性を損なうことなく改質されたダイヤモンド様薄膜を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の第1の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜を示す断面図である。
【図2】本発明の第1の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜の製造装置を示す模式図である。
【図3】水素ラジカルの照射時間とダイヤモンド様薄膜の表面における水素の結合状態との関係を示す赤外吸収スペクトルである。
【図4】水素ラジカルの照射時間とダイヤモンド様薄膜の表面における水素の含有率との関係を示すグラフである。
【図5】水素ラジカルの照射温度とダイヤモンド様薄膜の表面における水素の結合の減少分との関係を示す赤外吸収スペクトルである。
【図6】ダイヤモンド様薄膜の熱による劣化を示す赤外吸収スペクトルである。
【図7】ダイヤモンド様薄膜からの水素の脱離と温度との関係を示すグラフである。
【図8】(a)及び(b)は、本発明の第1の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜の表面粗度を測定した結果を示し、(a)はプラズマ照射前であり、(b)はプラズマ照射後である。
【図9】本発明の第2の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜を示す断面図である。
【図10】本発明の第3の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜を示す断面図である。
【図11】本発明の第4の実施形態に係るダイヤモンド様薄膜を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
(第1の実施形態)
本発明の第1の実施形態について図面を参照して説明する。図1は第1の実施形態に係るダイヤモンド様薄(DLC)膜の断面構成を示している。図1に示すように第1の実施形態のDLC膜12は、基材11の上に形成された第1の層13と第1の層13の上に形成された第2の層14とを備えている。
【0036】
第1の層13は、基材11の上にプラズマ化学気相堆積(CVD)法により形成された水素を含むDLC膜である。第2の層14は第1の層13に水素ラジカルを照射することにより形成した第1の層13と比べて水素の含有率が低いDLC膜である。第2の層14は、スパッタ法又はレーザアブレーション法等により形成された水素を含まないDLC膜とは異なり、一旦形成された炭素と結合した水素を含むDLC膜から炭素と結合した水素の少なくとも一部が引き抜かれたDLC膜である。水素が引き抜かれることによりDLC膜にはダングリングボンド(炭素ラジカル)が生じ、さらに炭素ラジカルから炭素=炭素(C=C)2重結合が生成する。
【0037】
以下に、本実施形態のDLC膜の製造方法について説明する。図2は、本実施形態のDLC膜の形成に用いたDLC膜製造装置を示している。本実施形態のDLC膜の製造装置は一般的なプラズマCVD装置であり、プラズマチャンバ21とプラズマ発生部22とを備えている。
【0038】
プラズマチャンバ21には、基材を載置するステージ23が設けられている。ステージ23はヒータを有し、載置された基材の温度を制御することができる。
【0039】
プラズマ発生部22は、高周波(RF)アンテナ24を有している。RFアンテナ24には高周波電源25が整合回路26を介して接続されている。また、プラズマ発生部22にガスを供給するガス供給部27が設けられており、プラズマ発生部22に供給するガスの種類、流量及び圧力を制御することができる。
【0040】
まず、ステージ23に基材11を載置する。次に、炭素源となるガスをプラズマ発生部22に供給することにより炭素プラズマを発生させ、発生したプラズマを基材11の上に固体化する。これにより、水素を含むDLC膜である第1の層13を形成する。この工程は、通常のプラズマCVD法によるDLC膜の堆積方法である。従って、炭素源には、メタン、アセチレン又はベンゼン等の炭化水素系ガスを用いればよい。
【0041】
次に、炭素源の供給を停止した後、水素ガスを供給して水素プラズマを発生させ、発生した水素プラズマのうちのラジカル成分が第1の層13を形成した基材11の表面に供給されるようにする。これにより、第1の層13の表面から水素が引き抜かれ、第1の層13と比べて水素の含有率が低く、2重結合及びラジカルの含有率が高い第2の層14が形成される。
【0042】
水素ラジカルを照射する工程においては、基材の温度が重要な因子となる。水素ラジカルによるDLC膜中の水素の引き抜きは、温度が高いほど効率が向上する。しかし、DLC膜は温度が350℃を越えると、水素の熱脱離が活発になり、DLC膜としての構造を保つことができなくなる。このため、水素ラジカルが照射された表面だけでなく、DLC膜の全体から水素が脱離してDLC膜の劣化が進行し、DLC膜としての構造を維持できなくなる。従って、水素ラジカルを照射する工程は、基材の温度を350℃以下として行うことが好ましく、水素の引き抜きの効率を考えると200℃〜300℃で行うことがさらに好ましい。
【0043】
基材の温度を高温にした場合には、水素プラズマによりDLC膜がエッチングされ、表面の平滑性が失われるおそれがある。水素プラズマによるDLC膜のエッチングは主に水素プラズマ中のイオン成分によって生じると考えられる。このため、水素プラズマ中のイオン成分が基材に到達しないようにし、ラジカル成分のみが基材に到達するようにすれば、DLC膜のエッチングを抑えDLC膜からの水素の引き抜きのみを生じさせることができると考えられる。
【0044】
水素プラズマ中のイオン成分が基材に到達することを抑え、ラジカル成分が基材に到達するようにするためには、浮遊電位が−1V〜0V程度となるようにチャンバ中へのガス供給量(圧力)を調整すればよい。また、リモートプラズマの手法を用いてもよい。このようにすることにより、基材の温度を300℃程度の高温にしても、DLC膜はほとんどエッチングされることがなく、表面の平滑性を保持することができる。
【0045】
以下に、本実施形態に係るDLC膜の具体的な製造例を示す。
【0046】
まず、基材をプラズマCVD装置のチャンバ内にセットし、メタンプラズマを発生させることにより基材の上に水素を含むDLC膜である第1の層を堆積した。本実施形態においては、基材として面方位が(100)のシリコンウェハを用いた。メタンプラズマは、チャンバ内にメタンガス(CH4)を流量が10sccm(cm3/分、但し1気圧、0℃)で、圧力が4.67Pa(35mTorr)となるように導入し、RFアンテナに40Wの高周波電力を印加することにより発生させた。第1の層の堆積は約30分行った。これにより、100nm〜200nm程度の厚さの第1の層を形成できた。
【0047】
次に、チャンバ内に水素を流量が約1sccmで、圧力が約133Pa(1Torr)となるように導入し、RFアンテナに10Wの高周波電力を印加することにより、水素プラズマを発生させた。これにより、第1の層の表面近傍の領域から水素を引き抜き、第2の層を形成した。この際に、基材の温度は300℃とし、チャンバ内の圧力は浮遊電位が−1V〜0Vの範囲となるように調整した。
【0048】
図3は、形成したDLC膜の表面について赤外線吸収スペクトルを測定した結果を示している。水素ラジカルの照射時間が長くなるにつれCHの伸縮振動に由来する2800cm-1〜3000cm-1付近のピークの強度が次第に低下している。これは、水素ラジカルの照射により、DLC膜から水素が引き抜かれていることを示している。
【0049】
このようにして、水素ラジカルにより水素を引き抜いて形成した水素含有率が少ないDLC膜は、スパッタ法又はレーザアブレーション法により形成した水素を含まないDLC膜とは異なった物性を有している。
【0050】
表1は、本実施形態のDLC膜の硬度を測定した結果を示している。硬度の測定は、Hysitron社製の高感度(0.0004nm、3nN)センサを搭載した90度三角錐のダイヤモンド圧子を用いたナノインデンテーション法により行った。圧痕状態の測定には試料表面を微小な探針で走査することによって三次元形状を高倍率で観察できる顕微鏡である株式会社島津製作所製の走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)を用いた。ナノインデンテーションによる測定条件は10μNの押し込み加重でダイヤモンド圧子を試料に押し込み、荷重-変位曲線の解析から硬度を定量した。圧子の押し込み時間は5秒間とし、また引き抜き時間も5秒間に設定して測定を行った。
【0051】
【表1】

【0052】
表1に示すように水素ラジカルを照射する前のDLC膜の硬度は1.4GPaである。しかし、水素ラジカルを30分間照射した後の硬度は、0.5GPaにまで低下している。これは、DLC膜中の水素が引き抜かれた後、水素を失った炭素同士が結合する際に、2重結合等の自由度が高い結合を形成するためであると考えられる。一方、スパッタ法等により形成したDLC膜は、プラズマCVD法により形成したDLC膜と比べて硬度が大きいことが知られており、本実施形態の水素含有率が低いDLC膜とスパッタ法等により形成した水素を含まないDLC膜とは全く異なる物性を有していることは明らかである。
【0053】
図4は、吸光度の低下量と照射時間との関係を示している。図4において横軸は水素ラジカルの照射時間を示し、縦軸は3000cm-1付近のピークにおける吸光度の低下量を示し、処理前の吸光度から処理後の吸光度を減算している。照射時間が長くなるに従い、吸光度の低下量が大きくなっており、水素ラジカルの照射時間が長くなるほど水素が引き抜かれていることが明らかである。
【0054】
なお、赤外線吸収スペクトルは、シリコン(Si)からなるプリズムを用いた全反射減衰(ATR)法により測定した。
【0055】
次に、水素ラジカル照射時の温度と、水素引き抜き量との相関を検討した結果を示す。図5は、水素ラジカルの照射前後の吸収スペクトルの差分を示している。従って、変化が大きいほど水素が引き抜かれ水素の結合が減少していることを意味する。なお、この場合の水素ラジカルの照射時間は30分とした。図5に示すように室温の場合には照射前後の吸収スペクトルにほとんど差がなく、水素の引き抜きがほとんど生じていない。温度が200℃、300℃と高くなるに従い、吸収スペクトルの差が大きくなり、水素の引き抜き量が増加していることが明らかである。
【0056】
一方、図6には水素ラジカルを照射せずに、DLC膜を400℃で熱処理した場合のFTIRの測定結果を示している。図6に示すように処理時間が長くなるに従い3000cm-1付近のピークが急激に低下し、300秒程度でピークがほとんど消失している。これは、DLC膜を高温にすると熱により水素が脱離してしまうことを示している。
【0057】
図7は、熱処理温度と水素の脱離との関係を示している。図7において縦軸は2920cm-1のピーク強度であり、横軸は処理温度である。また、熱処理時間は90分とした。図7に示すように、300℃程度までは2920cm-1のピーク強度はほとんど低下しない。しかし、しかし、処理温度が350℃を越えると吸光度の低下量が急激に大きくなり、水素が熱脱離していることがわかる。
【0058】
以上の結果から、熱による水素の脱離を抑え且つラジカルによる水素の引き抜きを行うためには、基材の温度を少なくとも350℃以下とすればよく、好ましくは200℃以上且つ300℃以下とすればよい。
【0059】
図8(a)及び(b)は、水素ラジカルの照射前後のDLC膜表面の表面粗さを測定した結果であり、(a)は照射前を示し、(b)は300℃で30分間水素ラジカルを照射した後の測定結果を示している。表面粗さは、触針式表面粗さ測定器(Mitutoyo社製SURFTEST SV-400)を用いて測定した。
【0060】
図8から明らかなように、水素ラジカルの照射はDLC膜表面の表面粗度にほとんど影響を与えていない。
【0061】
以上説明したように、本実施形態のDLC膜は、水素が引き抜かれ2重結合及びラジカル等が生成された第2の層を表面近傍に形成している。従って、DLC膜の表面において化学的な修飾を容易に行うことができる。また、水素の引き抜きはラジカルと反応する表面部分のみで生じるため、DLC膜全体としてみた場合には硬度の低下等はほとんど生じない。さらに、DLC膜の表面の平滑性もほとんど変化しない。
【0062】
本実施形態においては、DLC膜の厚さを100nm〜200nm程度としたが、堆積時間を制御することにより数nm〜数百nmの厚さのDLC膜を容易に形成することができる。DLC膜を形成する基材は、Siに代えて金属、セラミックス及び樹脂等のどのようなものであってもよい。炭素源は、メタンに代えてアセチレン及びベンゼン等を用いてもよい。
【0063】
本実施形態のDLC膜は、DLC膜の表面に2重結合及びラジカル等の反応性の部位を有しているため、DLC膜の表面を種々の材料により修飾できる。特に、抗体、抗原、DNA及びその他の分子認識機能を有する材料をDLC膜の表面に固定化すれば、非特異反応の発生が少ない分子センサが得られると期待される。この場合、DLC膜の化学的及び機械的安定性により、高温、高圧及び腐食性の環境等においても使用することができる分子センサが得られると期待される。また、抗血栓性等の生体適合性をDLC膜に付与したりすることも容易となる。
【0064】
(第2の実施形態)
以下に、本発明の第2の実施形態について図面を参照して説明する。図9は第2の実施形態に係るDLC膜の断面構成を示している。図9に示すように、第2の実施形態のDLC膜12は、基材11の上に交互に積層された第1の層13と第2の層14とを有している。第1の層13はプラズマCVDにより形成された水素を含むDLC膜であり、第2の層14は第1の層13の表面に水素ラジカルを照射して形成した第1の層13と比べて水素含有率が低いDLC膜である。
【0065】
DLC膜は硬度及びヤング率が大きい材料である。このため、膜厚を厚くすると歪みが発生しクラックが発生したり、剥離が発生したりするおそれがある。本実施形態のDLC膜は、プラズマCVDにより形成された第1の層13と、水素ラジカルの照射により形成された第2の層14とが交互に積層されている。第2の層は、水素が引き抜かれて形成された2重結合を有しているため、第1の層と比べて硬度及びヤング率が低くなり、歪みを吸収する効果を有している。このため、膜厚を厚くしても歪みによるクラック及び剥離の発生等を抑えられる。
【0066】
クラック及び剥離の発生を抑える方法としては、シリコン(Si)等の不純物を添加する方法が知られている。しかし、Si等の不純物を添加した場合にはDLC膜全体の硬度が低下してしまう。本実施形態のDLC膜は第1の層13における硬度が低下することはないため、Si等の不純物を添加した場合と比べて、硬度の低下がないDLC膜を実現することができる。
【0067】
また、DLC膜全体としての硬度の低下を抑えるために、Si等の不純物の濃度を傾斜させることも知られている。しかし、DLC膜中に含まれる不純物の濃度をコントロールするためには、プラズマチャンバに不純物の導入経路を設ける必要がある。また、不純物を添加することによる成膜レートの変動及びガス中の不純物濃度と実際にDLC膜に導入された不純物濃度とのずれ等が生じるため、複雑なコントロールが必要となる。このため、再現性良く一定の性質のDLC膜を形成することが困難である。一方、本実施形態のDLC膜は、不純物の添加を行わないため、成膜時の制御が容易である。
【0068】
第2の膜を形成する水素ラジカルの照射条件は毎回同じ条件としてもよく、異なる条件としてもよい。例えば、水素ラジカルの照射時間を下側の層では長くし、上側の層では短くすれば、下側の第2の層は上側の第2の層よりも多くの水素が引き抜かれ、硬度が低くなる。このようにすれば、下側の層の歪みの吸収効果を大きくすることができる。また、DLC膜の表面を修飾する必要がない場合には、最表面に第2の層を形成する必要はない。
【0069】
(第3の実施形態)
以下に、本発明の第3の実施形態について図面を参照して説明する。図10は第3の実施形態に係るDLC膜の断面構成を示している。図10に示すように本実施形態のDLC膜12は第1の層13と基材11との間に形成され、第1の層13と比べて水素含有率が低い第3の層15を備えている。
【0070】
プラズマCVDにより形成したDLC膜に対して水素ラジカルを照射すると、表面からラジカルが侵入する深さまでの領域において水素が引き抜かれる。従って、水素ラジカルが侵入する深さよりも薄いDLC膜を形成して、水素ラジカルを照射した場合には、DLC膜全体から水素が引き抜かれる。このため、例えば、厚さが2nm〜10nm程度のDLC膜を堆積した後、水素ラジカルを照射すれば、水素含有率が低い第3の層15を形成することができる。
【0071】
このように第1の層13と基材11との間に水素含有率が低い第3の層15を形成することにより、基材11とDLC膜12との密着性を向上させることができる。
【0072】
また、DLC膜の堆積と水素ラジカルの照射とを繰り返すことにより、第3の層15の厚さを厚くすることが可能である。また、水素ラジカルの照射時間又は温度を変化させることにより水素含有率が異なる複数の第3の層15を積層することができる。第1の層13及び第2の層14は、第2の実施形態と同様に積層されていてもよい。
【0073】
(第4の実施形態)
以下に、本発明の第4の実施形態について図面を参照して説明する。図11は第4の実施形態に係るDLC膜の断面構成を示している。図11に示すように本実施形態のDLC膜12は第1の層13と基材11との間に形成され、水素を含まない第4の層16を備えている。
【0074】
スパッタ法又はレーザアブレーション法等により形成したDLC膜は水素を含有していない。このため、SP3結合の比率が高く硬度が高い膜を得ることができる。このため、スパッタ法等により、水素を含まないDLC膜である第4の層を形成した後、プラズマCVD法を用いて水素を含む第1の層を形成し、第1の層の表面を第2の層に変換すれば、全体として硬度が高く且つ表面を容易に修飾できるDLC膜が実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明に係るダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置は、容易に且つ膜の特性を損なうことなく特性が向上したダイヤモンド様薄膜を実現でき、特に部分的に改質されたダイヤモンド様薄膜、その製造方法及び製造装置等として有用である。
【符号の説明】
【0076】
11 基材
12 DLC膜
13 第1の層
14 第2の層
15 第3の層
16 第4の層
21 プラズマチャンバ
22 プラズマ発生部
23 ステージ
24 RFアンテナ
25 高周波電源
26 整合回路
27 ガス供給部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の上に形成され、炭素と結合した水素を含むダイヤモンド様材料からなる第1の層と、
前記第1の層の上に形成され且つ炭素と結合した水素の少なくとも一部が引き抜かれ、前記第1の層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第2の層と、
前記第1の層と前記基材との間に形成され、前記第1の層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる第3の層とを備えていることを特徴とするダイヤモンド様薄膜。
【請求項2】
前記第3の層は複数であり、
前記複数の第3の層は、水素の含有率が互いに異なっていることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド様薄膜。
【請求項3】
前記複数の第3の層のうち下側の層における水素の含有率は、上側の層における水素の含有率よりも高いことを特徴とする請求項2に記載のダイヤモンド様薄膜。
【請求項4】
前記第1の層と前記基材との間に形成され、水素を含まないダイヤモンド様材料からなる第4の層をさらに備えていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜。
【請求項5】
前記第3の層は、水素を含まないことを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド様薄膜。
【請求項6】
基材の上に水素を含むダイヤモンド様材料からなる高水素含有層を形成する工程(a)と、
炭素源の供給を停止し且つ基材を加熱した状態において、前記高水素含有層に水素ラジカルを照射することにより前記高水素含有層の少なくとも上部を前記高水素含有層と比べて水素の含有率が低いダイヤモンド様材料からなる低水素含有層とする工程(b)とを備え、
前記工程(b)において、前記水素ラジカルを形成するための水素の供給量は、浮遊電位が−1V以上且つ0V以下となるように調整することを特徴とするダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項7】
前記工程(b)において、前記基材の温度は200℃以上且つ300℃以下とすることを特徴とする請求項6に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項8】
前記工程(b)において、前記水素ラジカルはリモートプラズマにより供給することを特徴とする請求項6又は7に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項9】
前記工程(a)において、炭化水素を含むガスを用いたプラズマ化学気相堆積法により前記高水素含有層を形成することを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項10】
前記工程(a)と前記工程(b)とは同一のチャンバにおいて行うことを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項11】
前記工程(a)と前記工程(b)とを順次複数回繰り返すことを特徴とする請求項6〜10のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項12】
複数回繰り返す前記工程(b)において、前記水素ラジカルの照射時間は互いに異なることを特徴とする請求項11に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項13】
複数回繰り返す前記工程(b)において、前記水素ラジカルの照射時間を、繰り返しに従い次第に短くすることを特徴とする請求項12に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項14】
複数回繰り返す前記工程(b)のうち少なくとも最初の前記工程(b)において、対応する前記高水素含有層の全体を前記低水素含有層とすることを特徴とする請求項11〜13のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項15】
前記工程(a)よりも前に、前記基板の上に水素を含まないダイヤモンド様材料からなる層を形成する工程(c)をさらに備えていることを特徴とする請求項6〜14のいずれか1項に記載のダイヤモンド様薄膜の製造方法。
【請求項16】
水素及び炭素源を切り換えて供給するガス供給部と
前記ガス供給部から供給されたガスのプラズマを発生させるプラズマ発生部と、
前記プラズマ発生部において発生させたプラズマを導入するチャンバと、
前記チャンバ内に基材を保持し、前記基材の温度を一定に保つステージとを備え、
前記ガス供給部は、前記基材の表面にダイヤモンド様薄膜を堆積させる際には、前記炭素源を供給し、前記ダイヤモンド様薄膜の表面から水素を引き抜く際には、前記水素を供給し、前記水素の供給量を浮遊電位が−1V以上且つ0V以下となるように調整することを特徴とするダイヤモンド様薄膜の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−107344(P2012−107344A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−50239(P2012−50239)
【出願日】平成24年3月7日(2012.3.7)
【分割の表示】特願2007−216823(P2007−216823)の分割
【原出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】