説明

プラントの制御装置

【課題】 プラントを制御する制御量のリミット処理を行うことによる制御性の悪化を最小限に抑制することができるプラントの制御装置を提供する。
【解決手段】 リミット処理の対象となるフィードバック制御量UMとリミット処理後フィードバック制御量UMFとの差分値dLMTの過去値に応じて、フィードバック制御量の修正値DLMが算出され、フィードバック制御量Uを修正値DLMにより修正して、修正フィードバック制御量UMが算出される。修正フィードバック制御量UMのリミット処理が行われ、リミット処理後フィードバック制御量UMFが制御入力としてプラントに入力される。修正値DLMは、プラントの応答特性を示す応答特性パラメータαに応じた値に設定される修正係数KMと、差分値dLMTの過去値とを用いて算出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラントの制御装置に関し、特にプラントを制御する制御量を所定上下限値の範囲内に制限するリミット処理を行い、リミット処理後の制御量を制御入力としてプラントに入力する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、内燃機関の空燃比制御装置を開示する。この制御装置によれば、検出される空燃比が目標空燃比と一致するように空燃比補正係数が算出され、算出された空燃比補正係数のリミット処理が行われ、リミット処理後の空燃比補正係数が、燃料供給量の算出に適用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−247426号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
リミット処理を行うことにより、実際に燃料供給量の算出に適用される空燃比補正係数は、検出空燃比を目標空燃比に一致させるための最適値からずれた値に設定される。そのため、例えば目標空燃比が急激に変化する過渡時において、目標空燃比への収束性が悪化するという課題がある。この課題は、空燃比のフィードバック制御を行う制御系にのみ存在するものではなく、同様に構成されるフィードバック制御系一般に存在し、さらに制御出力の目標値に応じてフィードフォワード制御を行う制御系、あるいはフィードバック制御とフィードフォワード制御とを組み合わせた制御系にも存在する。すなわち、制御出力の目標値に応じて制御量を算出し、さらにその制御量のリミット処理を行い、リミット処理後の制御量を制御入力として、制御対象であるプラントに入力する構成を有する制御系に必然的に存在する課題である。
【0005】
本発明は、この点に着目してなされたものであり、プラントを制御する制御量のリミット処理を行うことによる制御性の悪化を抑制することができるプラントの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため請求項1に記載の発明は、プラントの制御出力(KACT)の目標値(KCMD)に応じて制御量(KAFB)を算出する制御器と、前記制御量(KAFB)を所定上下限値(KAFLH,KAFLL)の範囲内に制限するリミット処理を行い、リミット処理後制御量(KAF)を出力するリミット処理手段とを備え、前記リミット処理後制御量(KAF)を制御入力として前記プラントに入力するプラントの制御装置において、前記リミット処理の対象となる制御量(KAFBM)と前記リミット処理後制御量(KAF)との差分値の過去値(dLMT(k-1))に応じて、前記制御量(KAFB)の修正値(DLM)を算出する修正値算出手段と、前記制御量(KAFB)を前記修正値(DLM)により修正して、修正制御量(KAFBM)を算出する修正手段とを備え、前記リミット処理手段は、前記修正制御量(KAFBM)のリミット処理を行い、前記修正値算出手段は、前記プラントの応答特性を示す応答特性パラメータ(α)に応じた値に設定される修正係数(1−α)と、前記差分値の過去値(dLMT(k-1))とを用いて前記修正値(DLM)を算出することを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のプラントの制御装置において、前記制御器は、前記プラントの制御出力が前記目標値と一致するように、フィードバック制御量を算出するフィードバック制御器であり、前記修正値算出手段は、前記プラントをモデル化することにより得られる制御対象モデルの伝達関数(P(z))に基づいて、前記プラントの制御出力の今回値(KACT(k))を前記制御出力の過去値(KACT(k-1))を含む漸化式で表した場合において、前記修正係数を前記制御出力の過去値の乗算される係数(1−α)に設定することを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載のプラントの制御装置において、前記制御対象モデルの伝達関数(P(z))は、一次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と一次遅れ要素の結合に対応する伝達関数で与えられ、前記修正値算出手段は、前記差分値の1演算周期前の値(dLMT(k-1))に、前記漸化式において1演算周期前の制御出力(KACT(k-1))に乗算される係数(1−α)を乗算することにより、前記修正値(DLM)を算出することを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載のプラントの制御装置において、前記プラントは、内燃機関(1)及び該機関の排気中の酸素濃度を検出する空燃比センサ(17)からなり、前記フィードバック制御器は、検出される空燃比(KACT)が目標空燃比(KCMD)と一致するように前記フィードバック制御量としての空燃比制御量(KAFB)を算出し、前記応答特性パラメータ(α)は、前記空燃比センサの応答時定数(τS)に応じて設定されることを特徴とする。
【0010】
請求項5に記載の発明は、請求項2に記載のプラントの制御装置において、前記制御対象モデルの伝達関数は、二次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と二次遅れ要素との結合に対応する伝達関数で与えられ、前記修正値算出手段は、前記差分値の1演算周期前の値(dLMT(k-1))に、前記漸化式において1演算周期前の制御出力(NE(k-1))に乗算される係数(2−α1−α2)を乗算することにより、第1修正項を算出する第1修正項算出手段と、前記差分値の2演算周期前の値(dLMT(k-2))に、前記漸化式において2演算周期前の制御出力(NE(k-2))に乗算される係数(−(1−α1)(1−α2))を乗算することにより、第2修正項を算出する第2修正項算出手段とを有し、前記第1及び第2修正項を加算することにより、前記修正値(DLM(k))を算出することを特徴とする。
【0011】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載のプラントの制御装置において、前記プラントは、内燃機関(1)及び該機関の出力トルクを制御するトルク制御部(45)であり、前記フィードバック制御器は、検出される前記機関の回転数(NE)が目標回転数(NOBJ)と一致するように前記制御入力である前記機関の目標トルク(TQCMD)を算出し、前記応答特性パラメータは、前記トルク制御部(45)の応答特性に応じて設定されるパラメータ(α1)であることを特徴とする。
【0012】
請求項7に記載の発明は、請求項5に記載のプラントの制御装置において、前記プラントは、内燃機関の吸気弁の作動位相を連続的に変化させる弁作動位相可変機構(56)であり、前記フィードバック制御器は、検出される前記作動位相(VPA)が目標作動位相(VPACMD)と一致するように前記制御入力である、前記弁作動位相可変機構(56)に供給する駆動信号のデューティ(DUTY)を算出し、前記応答特性パラメータは、前記弁作動位相可変機構(56)の作動油の応答特性に応じて設定されるパラメータ(α3)であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の発明によれば、リミット処理の対象となる制御量とリミット処理後制御量との差分値の過去値に応じて、制御量の修正値が算出され、制御量を修正値により修正して、修正制御量が算出される。さらに、修正制御量のリミット処理が行われ、リミット処理後の修正制御量が制御入力としてプラントに入力される。制御量の修正値は、プラントの応答特性を示す応答特性パラメータに応じた値に設定される修正係数と、差分値の過去値とを用いて算出される。
【0014】
リミット処理による制御量の変化量を示す差分値の過去値と修正係数とを用いて算出される修正値は、リミット処理による制御量の変化量に応じた値とるので、この修正値によってリミット処理前に、制御量を修正することにより、リミット処理による制御量の変化の影響を緩和する効果が得られる。その結果、特に目標値が急激に変化する過渡状態(リミット処理により実際に制御量が変更される状態)においてリミット処理による制御性の悪化を抑制することができる。またプラントの応答速度が速いほど、今回の制御出力に対する過去の制御出力の影響度合が減少するので、応答特性パラメータに応じた値の修正係数を使用することにより、良好な制御性改善効果を得ることができる。
【0015】
請求項2に記載の発明によれば、プラントの制御出力が目標値と一致するように、フィードバック制御量が算出され、プラントをモデル化することにより得られる制御対象モデルの伝達関数に基づいて、プラントの制御出力の今回値を制御出力の過去値を含む漸化式で表した場合において、修正係数は制御出力の過去値の乗算される係数に設定される。制御出力の過去値の乗算される係数は、今回の制御出力に対する過去値の影響度合を示すので、修正係数を制御出力の過去値の乗算される係数に設定することにより、差分値の過去値の影響を修正値に適切に反映させ、良好な制御性改善効果を得ることができる。
【0016】
請求項3に記載の発明によれば、制御対象モデルの伝達関数は、一次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と一次遅れ要素の結合に対応する伝達関数で与えられ、差分値の1演算周期前の値に、漸化式において1演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、修正値が算出される。制御対象モデルの伝達関数が、一次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と一次遅れ要素の結合に対応する伝達関数で与えられる場合には、漸化式に含まれる制御出力の過去値は1演算周期前の過去値のみであり、この1演算周期前の過去値に乗算される係数は、今回の制御出力に対する前回の制御出力の影響度合を示す。よって、この係数を、差分値の1演算周期前の値(前回値)に乗算することにより、プラントの伝達特性に応じた適切な修正値を得ることができ、良好な制御性改善効果が得られる。
【0017】
請求項4に記載の発明によれば、制御対象であるプラントは内燃機関及び空燃比センサであり、検出空燃比が目標空燃比と一致するように空燃比制御量が算出され、応答特性パラメータは、空燃比センサの応答時定数に応じて設定される。空燃比制御における内燃機関は、むだ時間要素で近似し、空燃比センサの応答特性は一次遅れ要素で近似することが可能であることが確認されているので、応答特性パラメータを空燃比センサの応答時定数に応じて設定することにより、良好な空燃比制御性能を得ることができる。
【0018】
請求項5に記載の発明によれば、制御対象モデルの伝達関数は、二次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と二次遅れ要素との結合に対応する伝達関数で与えられ、差分値の1演算周期前の値に、漸化式において1演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、第1修正項が算出されるとともに、差分値の2演算周期前の値に、前記漸化式において2演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、第2修正項が算出され、第1及び第2修正項を加算することにより、修正値が算出される。制御対象モデルの伝達関数が、二次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と二次遅れ要素との結合に対応する伝達関数で与えられる場合には、漸化式には1演算周期前の過去値及び2演算周期前の過去値が含まれる。したがって、差分値の1演算周期前の値及び2演算周期前の値に、それぞれ対応する係数を乗算して第1及び第2修正項を算出し、それらを加算して修正値を算出することにより、プラントの伝達特性に応じた適切な修正値を得ることができ、良好な制御性改善効果が得られる。
【0019】
請求項6に記載の発明によれば、制御対象であるプラントは、内燃機関及び該機関の出力トルクを制御するトルク制御部であり、検出される機関回転数が目標回転数と一致するように目標トルクが算出され、応答特性パラメータは、トルク制御部の応答特性に応じて設定される。回転数制御における内燃機関及びトルク制御部は、二次遅れ要素で近似でき、その応答特性は、主としてトルク制御部の応答特性に依存することが確認されているので、応答性パラメータをトルク制御部の応答特性に応じて設定することにより、良好な機関回転数制御性能を得ることができる。
【0020】
請求項7に記載の発明によれば、制御対象であるプラントは、内燃機関の吸気弁の作動位相を連続的に変化させる弁作動位相可変機構であり、検出される作動位相が目標作動位相と一致するように駆動信号デューティが算出され、応答特性パラメータは、弁作動位相可変機構の作動油の応答特性に応じて設定される。弁作動位相可変機構は、二次遅れ要素で近似でき、その応答特性は、主として作動油の応答特性に依存することが確認されているので、応答特性パラメータを作動油の応答特性に応じて設定することにより、良好な弁作動位相制御性能を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態にかかる内燃機関及びその制御装置の構成を示す図である。
【図2】一般的なフィードバック制御系の構成を示すブロック図である。
【図3】本実施形態におけるフィードバック制御系の構成を示すブロック図である。
【図4】空燃比のフィードバック制御を行う制御系の構成を示すブロック図である。
【図5】図4に示す制御系における演算処理のフローチャートである。
【図6】図5の処理で参照されるテーブルを示す図である。
【図7】リミット処理前のフィードバック制御量を修正することによる効果を説明するためのタイムチャートである。
【図8】本発明の第2の実施形態にかかる制御系の構成を示すブロック図である。
【図9】図8に示す制御系における演算処理のフローチャートである。
【図10】リミット処理前のフィードバック制御量を修正することによる効果を説明するためのタイムチャートである。
【図11】本発明の第3の実施形態にかかる制御系の構成を示すブロック図である。
【図12】弁作動特性可変機構に含まれる電磁スプール弁を構成及び動作を説明するための図である。
【図13】本発明の第4の実施形態にかかる制御系の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
[第1の実施形態]
図1は、本発明の一実施形態にかかる内燃機関(以下「エンジン」という)及びその制御装置の全体構成図であり、例えば4気筒のエンジン1の吸気管2の途中にはスロットル弁3が配されている。スロットル弁3にはスロットル弁開度THを検出するスロットル弁開度センサ4が連結されており、その検出信号が電子制御ユニット(以下「ECU」という)5に供給される。
【0023】
燃料噴射弁6はエンジン1とスロットル弁3との間かつ吸気管2の図示しない吸気弁の少し上流側に各気筒毎に設けられており、各噴射弁は図示しない燃料ポンプに接続されていると共にECU5に電気的に接続されて当該ECU5からの信号により燃料噴射弁6の開弁時間が制御される。
【0024】
スロットル弁3の上流側には吸入空気流量GAIRを検出する吸入空気流量センサ7が設けられている。またスロットル弁3の下流側には吸気圧PBAを検出する吸気圧センサ8、及び吸気温TAを検出する吸気温センサ9が設けられている。エンジン1の本体には、エンジン冷却水温TWを検出するエンジン冷却水温センサ10が装着されている。これらのセンサ8〜10の検出信号は、ECU5に供給される。
【0025】
ECU5には、エンジン1のクランク軸(図示せず)の回転角度を検出するクランク角度位置センサ11が接続されており、クランク軸の回転角度に応じた信号がECU5に供給される。クランク角度位置センサ11は、エンジン1の特定の気筒の所定クランク角度位置でパルス(以下「CYLパルス」という)を出力する気筒判別センサ、各気筒の吸入行程開始時の上死点(TDC)に関し所定クランク角度前のクランク角度位置で(4気筒エンジンではクランク角180度毎に)TDCパルスを出力するTDCセンサ及びTDCパルスより短い一定クランク角周期(例えば6度周期)で1パルス(以下「CRKパルス」という)を発生するCRKセンサから成り、CYLパルス、TDCパルス及びCRKパルスがECU5に供給される。これらのパルスは、燃料噴射時期、点火時期等の各種タイミング制御、エンジン回転数(エンジン回転速度)NEの検出に使用される。
【0026】
排気管13には排気浄化触媒14が設けられ、排気浄化触媒14の上流側には、比例型酸素濃度センサ17(以下「LAFセンサ17」という)が装着されており、このLAFセンサ17は排気中の酸素濃度(空燃比)にほぼ比例した検出信号を出力し、ECU5に供給する。
【0027】
ECU5は、各種センサからの入力信号波形を整形し、電圧レベルを所定レベルに修正し、アナログ信号値をデジタル信号値に変換する等の機能を有する入力回路、中央演算処理ユニット(以下「CPU」という)、該CPUで実行される各種演算プログラム及び演算結果等を記憶する記憶回路、燃料噴射弁6に駆動信号を供給する出力回路等から構成される。
【0028】
ECU5は、検出される空燃比が、エンジン運転状態に応じて設定される目標空燃比と一致するように、燃料噴射弁6による燃料噴射時間(燃料噴射量にほぼ比例するので、以下「燃料噴射量」という)TOUTを算出し、燃料噴射量TOUTに応じて燃料噴射弁6による燃料噴射を実行する。これにより、空燃比のフィードバック制御が行われる。
【0029】
図2は、制御対象であるプラントの制御出力Yをフィードバック制御する制御系の一般的な構成を示すブロック図であり、この制御系は、減算器21、フィードバック制御器22、リミット処理部23、及び制御対象であるプラント24からなる。
【0030】
減算器21は、目標値YTから制御出力Yを減算することにより、制御偏差DYを算出し、フィードバック制御器22は、制御偏差DYが「0」となるように、すなわち制御出力Yが目標値YTと一致するように制御入力Uを算出する。
【0031】
リミット処理部23は、制御入力Uを所定上下限値の範囲内に制限するリミット処理を行い、リミット処理後制御入力UFを出力し、プラント24に入力する。
【0032】
図3は、本実施形態における制御系の構成手法を説明するためのブロック図であり、この制御系は、図2に示す制御系に減算器25,26、遅延部27、及び乗算部28が追加されて構成されている。
【0033】
減算器25は、制御入力Uから修正値DLMを減算することにより、修正制御入力UMを算出し、リミット処理部23は修正制御入力UMについてリミット処理を行い、リミット処理後制御入力UMFを出力する。減算器26は、リミット処理後制御入力UMFから修正制御入力UMを減算することにより、差分値dLMTを算出する。修正制御入力UMが所定上下限値の範囲内であれば、差分値dLMTは「0」となり、修正制御入力UMが所定上限値より大きいときまたは所定下限値より小さいときに「0」以外の値をとる。したがって、リミット処理部23は、差分値dLMTに相当する外乱が加算される加算器とみなすことができる。以下の説明では、差分値dLMTが「0」以外の値をとるときを、「リミット外乱印加状態」という。このことを数式で表すと、下記式(1)が得られる。式(1)の「k」は、制御入力の演算周期TCで離散化した離散化時刻を示す。
UMF(k)=UM(k)+dLMT(k) (1)
【0034】
遅延部27は、1演算周期TCだけ差分値dLMTを遅延させて出力し、乗算部28は入力データに修正係数KMを乗算して出力する。したがって、修正値DLM(k)は、下記式(2)で与えられる。修正係数KMは、「0」より大きく「1」より小さい値に設定される。
DLM(k)=KM×dLMT(k-1) (2)
【0035】
また修正制御入力UM(k)は、下記式(3)で与えられ、リミット処理後制御入力UMF(k)は下記式(4)で与えられる。
UM(k)=U(k)−DLM(k)
=U(k)−KM×dLMT(k-1) (3)
UMF(k)=U(k)−DLM(k)+dLMT(k)
=U(k)−KM×dLMT(k-1)+dLMT(k) (4)
【0036】
式(4)から明らかなように、制御系を図3に示すように構成することにより、リミット外乱印加状態におけるリミット処理後制御入力UMF(k)に対する、リミット処理の影響度合を修正値DLM分だけ軽減することができる。これにより、後述するように目標値YTが急変する過渡状態における制御性の悪化を抑制することができる。
【0037】
図4は、本実施形態における制御系の構成を示すブロック図である。この制御系は、減算器31、フィードバック制御器32、減算器33、リミット処理部34、減算器35、遅延部36、乗算部37、燃料噴射制御部38、エンジン1、及びLAFセンサ17からなる。本実施形態では、エンジン1及びLAFセンサ17が、図3のプラント24に相当する。図4に示す減算器31、フィードバック制御器32、減算器33、リミット処理部34、減算器35、遅延部36、乗算部37、及び燃料噴射制御部38は、ECU5のCPUによる演算処理により実現される。本実施形態では、空燃比を示すパラメータとして当量比を用いる。当量比は、空燃比の逆数に比例し、空燃比が理論空燃比に等しいとき「1.0」をとるパラメータである。
【0038】
減算器31は、目標空燃比に相当する目標当量比KCMD(k)から検出当量比KACT(k)を減算することにより、制御偏差DAF(k)を算出する。検出当量比KACT(k)は、LAFセンサ17により検出される空燃比を当量比に変換したものである。
【0039】
フィードバック制御器32は、公知のPID(比例積分微分)制御、適応制御、スライディングモード制御などのフィードバック制御手法のうちの何れかを用いて、制御偏差DAF(k)が「0」となるように空燃比制御量である基本空燃比補正係数KAFB(k)を算出する。
【0040】
減算器33は、基本空燃比補正係数KAFB(k)から修正値DLM(k)を減算することにより、修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)を算出する。リミット処理部34は、修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)を所定上限値KAFLH以下でかつ所定下限値KAFLL以上の範囲内に制限するリミット処理を行い、空燃比補正係数KAF(k)を算出する。
【0041】
減算器35は、空燃比補正係数KAF(k)から修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)を減算することにより差分値dLMT(k)を算出する。遅延部36及び乗算部37は、上記式(2)により修正値DLM(k)を算出する。
【0042】
燃料噴射制御部38は、下記式(5)により燃料噴射量TOUTを算出する。
TOUT=TIM×KCMD×KAF×KTOTAL (5)
ここに、TIMは基本燃料量、具体的には燃料噴射弁6の基本燃料噴射時間であり、吸入空気流量GAIRに応じて設定されたTIMテーブルを検索して決定される。TIMテーブルは、エンジンに供給する混合気の空燃比がほぼ理論空燃比になるように設定されている。
【0043】
KTOTALは吸気温TA,エンジン冷却水温TWなどの運転状態を示すパラメータに応じて演算される補正係数の積であり、公知の手法で算出される。
【0044】
エンジン1の空燃比制御においては、エンジン1の伝達特性は1演算周期に相当するむだ時間要素の伝達関数で近似し、LAFセンサ17の伝達特性は一次遅れ要素の伝達関数で近似できることが、実験的に確認されている。したがって、プラントの伝達関数P(z)は、下記式(6)で与えられる。式(6)のαは、LAFセンサ17の応答特性を示す応答特性パラメータであり、LAFセンサ17の応答時定数τS及び演算周期TCを用いて下記式(7)で定義される。応答特性パラメータαは、0から1の間の値をとり、LAFセンサ17の応答速度が高くなるほど大きな値をとる。
【数1】

【0045】
この伝達関数P(z)に基づいて、プラントの制御出力である検出当量比KACT(k)を漸化式で表すと、下記式(8)が得られる。
KACT(k)=(1−α)×KACT(k-1)+α×TOUT(k-2) (8)
【0046】
この式(8)から、前回の検出当量比KACT(k-1)に影響を与えた外乱、すなわち上記差分値dLMT(k-1)が、今回の検出当量比KACT(k)には(1−α)倍となって影響を与えると考えることができる。そこで、本実施形態では、修正係数KMを係数(1−α)に設定している。これにより、LAFセンサ17の応答時定数τS、換言すれば応答特性パラメータαを算出することにより、修正係数KMを最適値に容易に設定することができる。
【0047】
図5は、空燃比補正係数KAFを算出する処理、すなわち減算器31、フィードバック制御器32、減算器33、リミット処理部34、減算器35、遅延部36、及び乗算部37による演算処理のフローチャートである。この処理は、TDCパルスに同期してECU5のCPUで実行されるため、エンジン回転数NEに依存して演算周期TCが変化する。したがって、応答特性パラメータαの算出に適用する演算周期TCは、エンジン回転数NEに応じて算出される値が使用される。
【0048】
ステップS11では、下記式(11)により、制御偏差DAF(k)を算出する。
DAF(k)=KCMD(k)−KACT(k) (11)
ステップS12では、吸入空気流量GAIRに応じて図6に示すτSテーブルを検索し、LAFセンサ17の応答時定数τSを算出する。τSテーブルは、吸入空気流量GAIRが増加するほど応答時定数τSが減少するように設定されている。
【0049】
ステップS13では、前記式(7)により応答特性パラメータαを算出し、ステップS14では、例えば適応制御により基本空燃比補正係数KAFB(k)を算出する。
【0050】
ステップS15では、式(12)により、修正値DLM(k)を算出する。
DLM(k)=(1−α)×dLMT(k-1) (12)
ステップS16では、基本空燃比補正係数KAFB(k)及び修正値DLM(k)を下記式(13)に適用し、修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)を算出する。
KAFBM(k)=KAFB(k)−DLM(k) (13)
【0051】
ステップS17では、修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)が所定上限値KAFLHより大きいか否かを判別し、その答が否定(NO)であるときは修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)が所定下限値KAFLLより小さいか否かを判別する(ステップS18)。ステップS18の答も否定(NO)であるときは、空燃比補正係数KAF(k)を修正基本空燃比補正係数KAFBM(k)に設定する(ステップS21)。
【0052】
ステップS17の答が肯定(YES)であるときは、空燃比補正係数KAF(k)を所定上限値KAFLHに設定し(ステップS19)、ステップS18の答が肯定(YES)であるときは、空燃比補正係数KAF(k)を所定下限値KAFLLに設定する(ステップS20)。
【0053】
ステップS22では、下記式(14)により、差分値dLMT(k)を算出する。
dLMT(k)=KAF(k)−KAFBM(k) (14)
【0054】
図7は、修正値DLMによる基本空燃比補正係数KAFBの修正を行うことの効果を説明するためのタイムチャートである。図7(a)〜(c)の上側の図は空燃比補正係数KAFの推移を示し、下側の図は目標当量比KCMD(破線)及び検出当量比KACT(実線)の推移を示す。すなわち、目標当量比KCMDがステップ状に変化する過渡状態での制御応答特性が示されている。このような過渡状態が、リミット外乱印加状態となる。
【0055】
図7(a)は、リミット処理を全く行わない空燃比補正係数KAFを制御入力とした例に対応し、検出当量比KACTは目標当量比KCMDとほぼ一致している。図7(b)は、修正値DLMによる修正を行わずにリミット処理を行って算出した空燃比補正係数KAFを制御入力とした例に対応し、図7(c)は、本実施形態の手法により算出した空燃比補正係数KAFを制御入力とした例に対応する。リミット処理を行うことにより、目標当量比KCMDが変化した時点の直後において、制御応答性が悪化することが示されている。
【0056】
さらに図7(b)と図7(c)を比較すれば、修正値DLMによる修正を行うことにより、リミット処理を行うことに起因する制御応答性の悪化(リミット外乱印加状態における制御性の悪化)を抑制可能であることが確認できる。
【0057】
以上のように本実施形態によれば、リミット処理の対象となるフィードバック制御量である修正基本空燃比補正係数KAFBMとリミット処理後のフィードバック制御量である空燃比補正係数KAFとの差分値の過去値dLMT(k-1)に、修正係数KM(=1−α)を乗算することにより、修正値DLMが算出され、基本空燃比補正係数KAFBを修正値DLMにより修正して修正基本空燃比補正係数KAFBMが算出される。さらに、修正基本空燃比補正係数KAFBMのリミット処理が行われ、リミット処理後の空燃比補正係数KAFを用いて燃料噴射量TOUTが算出される。リミット処理による空燃比補正係数KAFの変化量を示す差分値dLMTに修正係数KMを乗算することより算出される修正値DLMは、リミット処理による空燃比補正係数KAFの変化量に比例し、かつその変化量より小さい値を有する。この修正値DLMによってリミット処理前に、基本空燃比補正係数KAFBを修正することにより、リミット処理による空燃比補正係数の変化の影響を緩和する効果が得られる。その結果、特に目標当量比KCMDが急激に変化する過渡状態(リミット処理により実際に空燃比補正係数KAFが変更されるリミット外乱印加状態)においてリミット処理による制御性の悪化を抑制することができる。
【0058】
また修正係数KMは、LAFセンサ17の応答特性を示す応答特性パラメータαに応じた係数(1−α)に設定される。LAFセンサ17の応答速度が速いほど、空燃比補正係数の今回値KAF(k)に与える前回値KAF(k-1)の影響度合は減少すると考えられる。したがって、修正係数KMを応答特性パラメータαに応じた値の係数(1−α)に設定することにより、良好な制御性改善効果を得ることができる。
【0059】
エンジン1及びLAFセンサ17により構成されるプラントをモデル化した制御対象モデルの伝達関数P(z)に基づいて、制御出力である検出当量比KACTの今回値KACT(k)を前回値KACT(k-1)を含む漸化式で表すと式(8)が得られる。修正係数KMは、式(8)において前回値KACT(k-1)に乗算される係数(1−α)に設定される。前回値KACT(k-1)に乗算される係数(1−α)は、今回の制御出力に対する前回の制御出力の影響度合を示すので、修正係数KMをこの係数(1−α)に設定することにより、良好な制御性改善効果が得られる。
【0060】
本実施形態では、ECU5がフィードバック制御器、リミット処理手段、修正値算出手段、及び修正手段を構成する。具体的には、図5のステップS17〜S21がリミット処理手段に相当し、ステップS12,S13,S15,及びS22が修正値算出手段に相当し、ステップS16が修正手段に相当する。
【0061】
[第2の実施形態]
本実施形態は、上述したリミット処理前のフィードバック制御量の修正手法を、エンジン1のアイドル回転数のフィードバック制御を行う制御系に適用したものであり、図8は、本実施形態における制御系の構成を示す。
【0062】
図8に示す制御系は、減算器41と、フィードバック制御器42と、減算器43と、リミット処理部44と、減算器45と、修正値算出部46と、トルク制御部47と、エンジン1と、エンジン回転数センサ(第1の実施形態におけるクランク角度位置センサが対応する)11とによって構成される。
【0063】
減算器41は、目標回転数NOBJから検出エンジン回転数NEを減算することにより、制御偏差DNEを算出する。フィードバック制御器42は、制御偏差DNEが「0」となるように、すなわちエンジン回転数NEが目標回転数NOBJと一致するように、例えばPID制御を適用して、フィードバック制御項TQFBを算出する。
【0064】
減算器43は、図4の減算器33に相当するものであり、フィードバック制御項TQFB(k)から修正値DLM(k)を減算することにより、修正フィードバック制御項TQFBM(k)を算出する。リミット処理部44は、修正フィードバック制御項TQFBM(k)を所定上限値TQFBLH以下でかつ所定下限値TQFBLL以上の範囲内に制限するリミット処理を行い、目標トルクTQCMD(k)を算出する。
【0065】
減算器45は、目標トルクTQCMD(k)から修正フィードバック制御項TQFBM(k)を減算し、差分値dLMT(k)を算出する。修正値算出部46は、下記式(21)により、修正値DLM(k)を算出する。式(21)のα1及びα2は、トルク制御部45、エンジン1、及びエンジン回転数センサ11によって構成されるプラントの応答特性を示す応答特性パラメータであり、具体的には後述するプラントの伝達関数P(z)(式(26))に含まれるパラメータである。
DLM(k)=(2−α1−α2)×dLMT(k-1)
+{−(1−α1)×(1−α2)}×dLMT(k-2) (21)
【0066】
トルク制御部47は、目標トルクTQCMDが実現されるように(エンジン1の出力トルクTRQが目標トルクTQCMDと一致するように)、エンジン1のトルク制御を行う。具体的には、スロットル弁3の開度をアクチュエータ(図示せず)を用いて変更し、エンジン1の吸入空気量を制御することにより、エンジン1の出力トルクTRQを制御する。
【0067】
次にプラントの伝達関数P(z)について検討する。
トルク制御部45の伝達関数GTOD(z)は、一次遅れ特性で近似できるので、下記式(22)で与えられる。式(22)のα1は応答特性パラメータであり、吸入空気量の制御応答特性に応じて決定される。
【数2】

【0068】
またエンジン回転数NEと出力トルクTRQとの関係は、下記式(23)で与えられるので、出力トルクTRQからエンジン回転数NEまでの伝達関数GTN(z)は、下記式(24)で与えられる。式(23)のIEは、エンジン1の慣性モーメント、Kは摩擦係数である。また式(24)のα2は、下記式(25)で与えられる応答特性パラメータである。
【数3】

【0069】
式(22)及び(24)から、プラントの伝達関数P(z)は、下記式(26)で与えられる。なお、エンジン回転数センサはむだ時間要素及び積分要素は含まないもの近似している。
【数4】

【0070】
この伝達関数P(z)に基づいて、制御出力であるエンジン回転数NE(k)を漸化式で表すと、下記式(27)が得られる。
NE(k)=(2−α1−α2)×NE(k-1)−(1−α1)×(1−α2)×NE(k-2)
+(α1×α2/K)×TQCMD(k-2) (27)
【0071】
この式(27)から、1演算周期前のエンジン回転数NE(k-1)に影響を与えたリミット処理外乱、すなわち上記差分値dLMT(k-1)が、今回のエンジン回転数NE(k)には(2−α1−α2)倍となって影響を与え、2演算周期前のエンジン回転数NE(k-2)に影響を与えたリミット処理外乱、すなわち上記差分値dLMT(k-2)が、今回のエンジン回転数NE(k)には{−(1−α1)×(1−α2)}倍となって影響を与えると考えることができる。
【0072】
しがって、修正値DLM(k)を上記式(21)を用いて算出することにより、最適な修正値DLM(k)を得ることができる。
【0073】
図9は、目標トルクTQCMDを算出する処理、すなわち減算器41、フィードバック制御器42、減算器43、リミット処理部44、減算器45、及び修正値算出部46による演算処理のフローチャートである。この処理は、所定時間に設定された演算周期TC毎に実行される。
【0074】
ステップS31では、下記式(31)により、制御偏差DNE(k)を算出する。
DNE(k)=NOBJ(k)−NE(k) (31)
ステップS32では、例えばPID制御によりフィードバック制御項TQFB(k)を算出する。ステップS33では、前記式(21)により、修正値DLM(k)を算出する。
【0075】
ステップS34では、フィードバック制御項TQFB(k)及び修正値DLM(k)を下記式(32)に適用し、修正フィードバック制御項TQFBM(k)を算出する。
TQFBM(k)=TQFB(k)−DLM(k) (32)
【0076】
ステップS35では、修正フィードバック制御項TQFBM(k)が所定上限値TQFBLHより大きいか否かを判別し、その答が否定(NO)であるときは修正フィードバック制御項TQFBM(k)が所定下限値TQFBLLより小さいか否かを判別する(ステップS36)。ステップS36の答も否定(NO)であるときは、目標トルクTQCMD(k)を修正フィードバック制御項TQFBM(k)に設定する(ステップS39)。
【0077】
ステップS35の答が肯定(YES)であるときは、目標トルクTQCMD(k)を所定上限値TQFBLHに設定し(ステップS37)、ステップS36の答が肯定(YES)であるときは、目標トルクTQCMD(k)を所定下限値TQFBLLに設定する(ステップS38)。
【0078】
ステップS40では、下記式(33)により、差分値dLMT(k)を算出する。
dLMT(k)=TQCMD(k)−TQFBM(k) (33)
【0079】
図10は、本実施形態における修正値DLMのよるフィードバック制御項TQFBの修正を行うことの効果を説明するためのタイムチャートである。
図10(a)及び(b)の上側の図は目標トルクTQCMDの推移を示し、下側の図は目標回転数NOBJ(破線)及び検出エンジン回転数NE(実線)の推移を示す。すなわち、目標回転数NOBJがステップ状に変化する過渡状態での制御応答特性が示されている。
【0080】
図10(a)は、修正値DLMによる修正を行わずにリミット処理を行って算出した目標トルクTQCMDを制御入力とした例に対応し、図10(b)は、本実施形態の手法により算出した目標トルクTQCMDを制御入力とした例に対応する。リミット処理を行うことにより、目標回転数NOBJが変化した時点の直後において、制御応答性が悪化することが示されている。
【0081】
図10(a)と図10(b)を比較すれば、修正値DLMによる修正を行うことにより、リミット処理を行うことに起因する制御応答性の悪化(リミット外乱印加状態における制御性の悪化)を抑制可能であることが確認できる。
【0082】
本実施形態では、図9のステップS35〜S39がリミット処理手段に相当し、ステップS33及びS40が修正値算出手段(第1修正項算出手段及び第2修正項算出手段を含む)に相当し、ステップS34が修正手段に相当する。
【0083】
(変形例)
エンジン1における摩擦の影響をトルク制御部で補正することにより、前記式(23)の摩擦係数Kを無視できるものとすると、下記式(23a)が得られる。したがって、本変形例では、出力トルクTRQからエンジン回転数NEまでの伝達関数GTN(z)は、下記式(40)で与えられ、プラントの伝達関数P(z)は下記式(41)で与えられる。
【数5】

【0084】
したがって、エンジン回転数NE(k)は下記漸化式(42)で与えられ、修正値DLM(k)は下記式(43)で与えられる。
NE(k)=(2−α1)×NE(k-1)−(1−α1)×NE(k-2)
+(α1/IE)×TQCMD(k-2) (42)
DLM(k)=(2−α1)×dLMT(k-1)−(1−α1)×dLMT(k-1) (43)
【0085】
[第3の実施形態]
本実施形態は、上述したリミット処理前のフィードバック制御量の修正手法を、エンジンの吸気弁の作動位相を連続的に変化させる弁作動位相可変機構(以下「VTC機構」という)の制御装置に適用したものであり、図11は、本実施形態における制御系の構成を示す。
【0086】
図11に示す制御系は、減算器51と、フィードバック制御器52と、減算器53と、リミット処理部54と、減算器55と、修正値算出部56と、VTC機構57と、角度位置センサ(APS)58とによって構成される。
【0087】
減算器51は、目標作動位相VPACMD(k)から検出作動位相VPA(k)を減算することにより、制御偏差DA(k)を算出する。フィードバック制御器52は、制御偏差DA(k)が「0」となるように例えば適応制御によって、フィードバック制御項DTFB(k)を算出する。
【0088】
減算器53は、は、図4の減算器33に相当するものであり、フィードバック制御項DTFB(k)から修正値DLM(k)を減算することにより、修正フィードバック制御項DTFBM(k)を算出する。リミット処理部54は、修正フィードバック制御項DTFBM(k)を所定上限値DTFBLH以下でかつ所定下限値DTFBLL以上の範囲内に制限するリミット処理を行い、駆動信号デューティDUTY(k)を算出する。
【0089】
減算器55は、駆動信号デューティDUTY(k)から修正フィードバック制御項DTFBM(k)を減算し、差分値dLMT(k)を算出する。修正値算出部56は、下記式(51)により、修正値DLM(k)を算出する。
DLM(k)=(2−α3)×dLMT(k-1)−(1−α3)×dLMT(k-1) (51)
【0090】
式(51)のα3は、VTC機構57及び角度位置センサ58によって構成されるプラントの応答特性を示す応答特性パラメータであり、具体的には後述するプラントの伝達関数P(z)(式(52))に含まれるパラメータである。なお、角度位置センサ58はむだ時間要素及び積分要素を含まないものとして近似できる。式(51)は、第2の実施形態の変形例に示した式(43)と同形式の数式であって、式(43)のα1をα3に置換した数式に相当する。本実施形態におけるプラントの伝達関数P(z)は後述するように、第2の実施形態の変形例における伝達関数(式(41))と同形式の数式であることに基づく。
【0091】
VTC機構57における弁作動位相VPAの制御は、図12に示す電磁スプール弁を用いて行われる。この電磁スプール弁は、スプール62が嵌装されたシリンダ部材61と、スプール62を図の左方向に付勢するばね63と、ソレノイド64とを備えている。シリンダ部材61には、ドレイン65及び66が設けられている。
【0092】
ソレノイド64は、スプール62を図の右方向に付勢し、その付勢力がばね63による左方向の付勢力とつり合った位置PSでスプール62が停止する。したがって、ソレノイド64に供給する電流によってスプール62の位置PSが制御される。
【0093】
シリンダ部材61には、油路67を介してオイルポンプ(図示せず)により加圧された作動油が供給され、供給された作動油は油路68または69を介して遅角室または進角室(いずれも図示せず)に供給される。
【0094】
図12(b)は、スプール62が油路68及び69をともに閉塞する位置(以下「閉塞位置」という)PSCにある状態を示しており、この状態では、遅角室及び進角室の油圧は維持され、弁作動位相VPAは一定となる。
【0095】
図12(a)には、スプール位置PSが閉塞位置PSCより左側に移動した状態が示されており、この状態では、油路67から供給される作動油が、破線A1で示すように油路68を介して遅角室に供給されるとともに、進角室内の作動油が破線A2で示すように油路69及びドレイン66を介して排出される。したがって、弁作動位相VPAは、遅角方向へ変化する。
【0096】
図12(c)には、スプール位置PSが閉塞位置PSCより右側に移動した状態が示されており、この状態では、油路67から供給される作動油が、破線A3で示すように油路69を介して進角室に供給されるとともに、遅角室内の作動油が油路68及びドレイン65を介して排出される。したがって、弁作動位相VPAは、進角方向へ変化する。
【0097】
ここで、スプール位置PSが閉塞位置にあるときの駆動信号デューティを基準デューティDT0とし、基準デューティDT0と、実際に供給される駆動信号デューティDUTYの差分を制御デューティDOUTと定義する(進角方向をプラスとする)と、制御デューティDOUTに比例した量の作動油が流れ、その作動油量の総量によって弁作動位相VPAが決まる。
【0098】
したがって、制御デューティDOUTから弁作動位相VPAまでの伝達関数、すなわち本実施形態におけるプラントの伝達関数P(z)は、下記式(52)で与えられる。式(52)のKCは次元を合わせるための変換係数であり、α3はプラントの応答特性パラメータであり、本実施形態では主として作動油の応答性によって決定されるパラメータである。
【数6】

【0099】
この伝達関数P(z)は、第2の実施形態の変形例における伝達関数(式(41))と同形式の関数であり、したがって修正値DLM(k)は上記式(51)により算出される。
【0100】
本実施形態においては、VTC機構57が装着されるエンジンの潤滑油が、作動油として使用されるので、応答特性パラメータα3は、エンジン回転数及びエンジン冷却水温に応じて予め設定されたマップを検索することにより設定することが望ましい。
【0101】
以上のようにVTC機構を制御する制御系においても、第2の実施形態で示した修正値DLMの算出手法を適用し、修正値DLMによる修正を行うことにより、リミット処理を行うことに起因する制御応答性の悪化を抑制することができる。
【0102】
[第4の実施形態]
図13は、本実施形態における制御系の構成を示すブロック図であり、この制御系は、図8に示す制御系にフィードフォワード制御器48及び加算器49を追加したものである。以下に説明する点以外は第2の実施形態と同一である。
【0103】
フィードフォワード制御器48は、目標回転数NOBJに応じてフィードフォワード制御項TQFFを算出し、加算器49はフィードバック制御項TQFBとフィードフォワード制御項TQFFとを加算し、目標トルク制御量TQFBFを算出する。
【0104】
減算器43は、目標トルク制御量TQFBF(k)から修正値DLM(k)を減算することにより、修正目標トルク制御量TQFBFM(k)を算出し、リミット処理部44は修正目標トルク制御量TQFBFM(k)についてリミット処理を実行し、目標トルクTQCMD(k)を算出する。
【0105】
減算器45は目標トルクTQCMD(k)から修正目標トルク制御量TQFBFM(k)を減算することにより、差分値dLMT(k)を算出し、修正値算出部46は、第2の実施形態における式(21)により、修正値DLM(k)を算出する。
【0106】
式(21)は、プラントの伝達関数P(z)に基づいて導出されるものであり、制御器(フィードバック制御器及び/またはフィードフォワード制御器)の伝達関数には依存しない。したがって、本実施形態においても式(21)を用いて修正値DLM(k)を算出することにより、リミット処理を行うことに起因する制御応答性の悪化を抑制することができる。
【0107】
本実施形態では、フィードバック制御器43及びフィードフォワード制御器48が請求項1の「制御器」に相当し、目標トルク制御値TQFBFが請求項1の「制御量」に相当する。
【0108】
(変形例)
図13に示す制御系から減算器41、フィードバック制御器43、及び加算器49を削除し、フィードフォワード制御器48から出力されるフィードフォワード制御項TQFFを減算器43に直接入力する構成に変更するようにしてもよい。そのような構成の制御系、すなわちフィードフォワード制御器のみにより目標回転数NOBJに応じたトルク制御を行う制御系においても、リミット処理前のフィードフォワード制御項TQFFを修正値DLMによって修正することにより、リミット外乱印加状態が発生したときにリミット処理を行うことに起因する制御応答性の悪化を抑制することができる。
本変形例では、フィードフォワード制御器48が請求項1の「制御器」に相当し、フィードフォワード制御項TQFFが請求項1の「制御量」に相当する。
【0109】
なお本発明は上述した実施形態に限るものではなく、種々の変形が可能である。例えば、制御対象であるプラントは上述したものに限定されるものではなく、他の様々の制御対象の制御に適用することができる。
【0110】
またプラントに含まれるむだ時間要素の有無は、制御出力の今回値を算出するための漸化式に含まれる制御出力の過去値の係数には影響を与えないので、第1の実施形態における伝達関数P(z)からむだ時間要素の伝達関数(1/z)を除いた伝達関数、すなわち一次遅れ要素のみによって構成されるプラントの制御系においても、第1の実施形態と同様に修正値DLM(k)を算出することができる。
【0111】
さらに、第2及び第3の実施形態において、プラントにむだ時間要素が含まれていても、第2及び第3の実施形態と同様に修正値DLM(k)を算出することが可能である。
【符号の説明】
【0112】
1 内燃機関
5 電子制御ユニット(制御器,フィードバック制御器,リミット処理手段,修正値算出手段,修正手段,第1修正項算出手段,第2修正項算出手段)
6 燃料噴射弁
17 比例型酸素濃度センサ(空燃比センサ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラントの制御出力の目標値に応じて制御量を算出する制御器と、前記制御量を所定上下限値の範囲内に制限するリミット処理を行い、リミット処理後制御量を出力するリミット処理手段とを備え、前記リミット処理後制御量を制御入力として前記プラントに入力するプラントの制御装置において、
前記リミット処理の対象となる制御量と前記リミット処理後制御量との差分値の過去値に応じて、前記制御量の修正値を算出する修正値算出手段と、
前記制御量を前記修正値により修正して、修正制御量を算出する修正手段とを備え、
前記リミット処理手段は、前記修正制御量のリミット処理を行い、
前記修正値算出手段は、前記プラントの応答特性を示す応答特性パラメータに応じた値に設定される修正係数と、前記差分値の過去値とを用いて前記修正値を算出することを特徴とするプラントの制御装置。
【請求項2】
前記制御器は、前記プラントの制御出力が前記目標値と一致するように、フィードバック制御量を算出するフィードバック制御器であり、
前記修正値算出手段は、前記プラントをモデル化することにより得られる制御対象モデルの伝達関数に基づいて、前記プラントの制御出力の今回値を前記制御出力の過去値を含む漸化式で表した場合において、前記修正係数を前記制御出力の過去値の乗算される係数に設定することを特徴とする請求項1に記載のプラントの制御装置。
【請求項3】
前記制御対象モデルの伝達関数は、一次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と一次遅れ要素の結合に対応する伝達関数で与えられ、前記修正値算出手段は、前記差分値の1演算周期前の値に、前記漸化式において1演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、前記修正値を算出することを特徴とする請求項2に記載のプラントの制御装置。
【請求項4】
前記プラントは、内燃機関及び該機関の排気中の酸素濃度を検出する空燃比センサからなり、前記フィードバック制御器は、検出される空燃比が目標空燃比と一致するように前記フィードバック制御量としての空燃比制御量を算出し、
前記応答特性パラメータは、前記空燃比センサの応答時定数に応じて設定されることを特徴とする請求項3に記載のプラントの制御装置。
【請求項5】
前記制御対象モデルの伝達関数は、二次遅れ要素の伝達関数またはむだ時間要素と二次遅れ要素との結合に対応する伝達関数で与えられ、
前記修正値算出手段は、
前記差分値の1演算周期前の値に、前記漸化式において1演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、第1修正項を算出する第1修正項算出手段と、
前記差分値の2演算周期前の値に、前記漸化式において2演算周期前の制御出力に乗算される係数を乗算することにより、第2修正項を算出する第2修正項算出手段とを有し、
前記第1及び第2修正項を加算することにより、前記修正値を算出することを特徴とする請求項2に記載のプラントの制御装置。
【請求項6】
前記プラントは、内燃機関及び該機関の出力トルクを制御するトルク制御部であり、前記フィードバック制御器は、検出される前記機関の回転数が目標回転数と一致するように前記制御入力である前記機関の目標トルクを算出し、
前記応答特性パラメータは、前記トルク制御部の応答特性に応じて設定されるパラメータであることを特徴とする請求項5に記載のプラントの制御装置。
【請求項7】
前記プラントは、内燃機関の吸気弁の作動位相を連続的に変化させる弁作動位相可変機構であり、前記フィードバック制御器は、検出される前記作動位相が目標作動位相と一致するように前記制御入力である、前記弁作動位相可変機構に供給する制御信号のデューティを算出し、
前記応答特性パラメータは、前記弁作動位相可変機構の作動油の応答特性に応じて設定されるパラメータであることを特徴とする請求項5に記載のプラントの制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2012−97657(P2012−97657A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246034(P2010−246034)
【出願日】平成22年11月2日(2010.11.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】