説明

内燃機関の停止位置制御装置

【課題】この発明は、内燃機関の停止位置制御装置に関し、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御が適用された内燃機関において、クランク停止位置を精度よく推定することを目的とする。
【解決手段】クランク軸周りのフリクションを算出する手段として、内燃機関のフリクションを算出するエンジンフリクションモデル64と、変速機のフリクションを算出するミッションフリクションモデル65とを備える。内燃機関と変速機との間に配置されるクラッチが継合状態にあるときは、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の双方によって算出されるフリクションに基づいて、クランク停止位置を補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、内燃機関の停止位置制御装置に係り、特に、車両が一時的に停止した際に、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御が適用された内燃機関を制御する装置として好適な内燃機関の停止位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1には、車両が一時的に停止した際に、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御(エコラン制御)を実行するエンジンの始動装置が開示されている。この従来の装置は、次回の再始動を円滑に行えるようにすべく、燃料供給を停止するエンジン回転数を制御することにより、内燃機関の自動停止時のピストン停止位置(クランク停止位置)の適正化を図るというものである。
【0003】
【特許文献1】特開2004−293444号公報
【特許文献2】特開2005−16505号公報
【特許文献3】特開平2−305342号公報
【特許文献4】特開昭58−18535号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
内燃機関を自動的に停止する際に、クランク停止位置が目標の停止位置からずれる要因としては、クランク軸への入力となるフリクションの影響が考えられる。このフリクションの影響は、内燃機関と変速機との間に配置されるクラッチの継合状態が内燃機関の自動停止時にどのようになっているかに応じて変化し得るものである。従来の手法は、この点について何らの配慮もなされておらず、上記フリクションの影響を考慮してクランク停止位置を正確に推定する装置を実現するうえで、改良の余地を残すものであった。
【0005】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御が適用された内燃機関において、クランク停止位置を精度よく推定し得る内燃機関の停止位置制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、内燃機関の停止位置制御装置であって、
内燃機関のフリクションを算出するエンジンフリクションモデルと、
前記内燃機関と組み合わされる変速機のフリクションを算出するミッションフリクションモデルと、
前記内燃機関と前記変速機との間に配置されるクラッチが継合状態にあるか否かを検知するクラッチ継合状態検知手段とを備え、
前記クラッチが継合状態にあるときは、前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの双方によって算出されるフリクションに基づいて、クランク停止位置を補正することを特徴とする。
【0007】
また、第2の発明は、第1の発明において、内燃機関のクランク角情報に基づいて、フリクションに起因するクランク停止位置の誤差に対する前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルのそれぞれの寄与度を取得する誤差寄与度取得手段と、
前記寄与度に基づいて、当該クランク停止位置の誤差を、前記エンジンフリクションモデルと前記ミッションフリクションモデルとに分配する誤差分配手段とを更に備えることを特徴とする。
【0008】
また、第3の発明は、第2の発明において、分配された前記クランク停止位置の誤差に基づいて、前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルを補正するフリクション補正手段を更に備えることを特徴とする。
【0009】
また、第4の発明は、第1乃至第3の発明の何れかにおいて、クラッチ継合状態で前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルの補正がなされたか否かの情報を取得する補正情報取得手段を更に備え、
前記誤差寄与度取得手段は、クラッチ継合状態で前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルの補正がなされた後にクラッチ非継合状態での前記クランク停止位置の算出がなされた場合において、当該クランク停止位置の誤差が比較的大きいと認められるときは、前記寄与度を修正する寄与度修正手段を含むことを特徴とする。
【0010】
また、第5の発明は、第1の発明において、前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの双方により算出される全体のフリクションから、前記変速機の対応分のフリクションに相当するミッションフリクションを分離して取得するミッションフリクション取得手段と、
前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの学習、或いは前記エンジンフリクションモデルの学習を行う第1フリクション学習手段と、
前記第1フリクション学習手段とは別に、前記ミッションフリクションに基づいて、前記ミッションフリクションモデルの学習を実行する第2フリクション学習手段と、
を更に備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
第1の発明によれば、クラッチの継合状態によるフリクションの影響の相違を考慮した停止位置制御が可能となり、その推定精度と制御の信頼性を向上させることができる。
【0012】
第2の発明によれば、クランク停止位置に対する内燃機関および変速機のそれぞれのフリクションの影響を正確に取得することができる。
【0013】
第3の発明によれば、内燃機関と変速機とで異なるオイルの劣化の進み度合い等を考慮して、より緻密にフリクションを学習することができる。
【0014】
第4の発明によれば、クラッチ継合状態でエンジンフリクションモデルおよびまたはミッションフリクションモデルの補正がなされた後に、クラッチ非継合状態でのクランク停止位置がなされた場合において、クランク停止位置の誤差が比較的大きいと認められるときは、エンジンフリクションモデルの算出値は適切であるが、取得された寄与度が適切でなかったと判断することができる。このような場合に、寄与度が修正されることで、クランク停止位置に対する内燃機関および変速機のそれぞれのフリクションの影響を正確に取得することができる。
【0015】
第5の発明によれば、エンジンフリクションの更新とミッションフリクションの更新の際に、それらの更新完了時期に相違が生ずる場合であっても、それらのフリクションモデルが個別に更新されるため、それらのフリクションモデルの学習精度および学習速度を十分に確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
実施の形態1.
[実施の形態1の装置の構成]
図1は、本発明の実施の形態1の内燃機関の停止位置制御装置が適用された内燃機関10の構成を説明するための図である。本実施形態のシステムは、内燃機関10を備えている。ここでは、内燃機関10は、直列4気筒型エンジンであるものとする。内燃機関10の筒内には、ピストン12が設けられている。ピストン12は、コンロッド14を介してクランク軸16と連結されている。また、内燃機関10の筒内には、ピストン12の頂部側に燃焼室18が形成されている。燃焼室18には、吸気通路20および排気通路22が連通している。
【0017】
吸気通路20には、スロットルバルブ24が設けられている。スロットルバルブ24は、アクセル開度と独立してスロットル開度を制御することのできる電子制御式スロットルバルブである。スロットルバルブ24の近傍には、スロットル開度TAを検出するスロットルポジションセンサ26が配置されている。スロットルバルブ24の下流には、内燃機関10の吸気ポートに燃料を噴射するための燃料噴射弁28が配置されている。また、内燃機関が備えるシリンダヘッドには、気筒毎に、燃焼室18の頂部から燃焼室18内に突出するように点火プラグ30がそれぞれ取り付けられている。吸気ポートおよび排気ポートには、それぞれ、燃焼室18と吸気通路20、或いは燃焼室18と排気通路22を導通状態または遮断状態とするための吸気弁32および排気弁34が設けられている。
【0018】
吸気弁32および排気弁34は、それぞれ吸気可変動弁(VVT)機構36および排気可変動弁(VVT)機構38により駆動される。可変動弁機構36、38は、それぞれ、クランク軸の回転と同期して吸気弁32および排気弁34を開閉させると共に、それらの開弁特性(開弁時期、作用角、リフト量など)を変更することができる。
【0019】
内燃機関10は、クランク軸の近傍にクランク角センサ40を備えている。クランク角センサ40は、クランク軸が所定回転角だけ回転する毎に、Hi出力とLo出力を反転させるセンサである。クランク角センサ40の出力によれば、クランク軸の回転位置やその回転速度(エンジン回転数Ne)を検知することができる。また、内燃機関10は、吸気カム軸の近傍にカム角センサ42を備えている。カム角センサ42は、クランク角センサ40と同様の構成を有するセンサである。カム角センサ42の出力によれば、吸気カム軸の回転位置(進角量)などを検知することができる。
【0020】
図1に示すシステムは、ECU(Electronic Control Unit)50を備えている。ECU50には、上述した各種センサに加え、排気通路22内の排気空燃比を検出するための空燃比センサ52、内燃機関10の冷却水温度を検出するための水温センサ54、および内燃機関10と変速機(図示省略)との間に設けられるクラッチ(図示省略)の継合状態を検知するためのクラッチセンサ56などが接続されている。また、ECU50には、上述した各種アクチュエータが接続されている。ECU50は、それらのセンサ出力、およびECU50内に仮想的に構成されたエンジンモデル60を用いた演算結果に基づいて、内燃機関10の運転状態を制御することができる。
【0021】
[エンジンモデルの概要]
図2は、図1に示すECU50が備えるエンジンモデル60の構成を示すブロック図である。図2に示すように、エンジンモデル60は、クランク軸周りの運動方程式演算部62と、エンジンフリクションモデル64と、ミッションフリクションモデル65と、吸気圧力推定モデル66と、筒内圧推定モデル68と、燃焼波形算出部70と、大気圧補正項算出部72と、大気温補正項算出部74とを含んでいる。以下、これらの各部の詳細な構成について説明を行う。
【0022】
(1)クランク軸周りの運動方程式演算部について
クランク軸周りの運動方程式演算部62は、クランク角度θおよびエンジン回転数Ne(クランク角回転速度dθ/dt)のそれぞれの推定値を求めるためのものである。クランク軸周りの運動方程式演算部62は、筒内圧推定モデル68または燃焼波形算出部70から内燃機関10の筒内圧力Pの入力を受け、演算開始時には、更に、初期クランク角度θ0および初期エンジン回転数Ne0の入力を受ける。
【0023】
クランク軸周りの運動方程式演算部62によって算出される推定クランク角度θおよび推定エンジン回転数Neは、図2に示すPIDコントローラ76によって、実クランク角度θおよび実エンジン回転数Neとの偏差が無くなるようにフィードバック制御される。また、クランク軸周りの運動方程式演算部62の演算結果には、エンジンフリクションモデル64によって、内燃機関10の内部のフリクションに関する影響が反映されるとともに、ミッションフリクションモデル65によって、変速機の内部のフリクション(主に軸受部の回転摺動によるフリクション)に関する影響が反映される。
【0024】
次に、クランク軸周りの運動方程式演算部62の内部で実行される具体的な演算内容について説明する。
図3は、クランク軸周りの各要素に付す記号を示す図である。図3に示すように、ここでは、筒内圧力Pを受けるピストン12の頂部の表面積をAとする。コンロッド14の長さをL、クランクの回転半径をrとする。そして、コンロッド14のピストン取り付け点とクランク軸16の軸中心とを結ぶ仮想線(シリンダの軸線)と、コンロッド14の軸線とがなす角度をφ(以下、「コンロッド角度φ」と称する)とし、シリンダの軸線とクランクピン17の軸線とがなす角度をθとする。
【0025】
4つの気筒を有する内燃機関10では、気筒間のクランク角度の位相差は180°CAであるため、それらの気筒間のクランク角度の関係は、次の(1a)式のように定義することができる。また、各気筒のクランク角回転速度dθ/dtは、それぞれ各気筒のクランク角度θの時間微分となるため、それぞれ次の(1b)式のように表すことができる。
【数1】

【0026】
ただし、上記(1a)式および(1b)式において、クランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtに付された符号1〜4は、内燃機関10の所定の爆発順序に従って燃焼が到来する気筒の順番に対応しており、また、後述する数式においては、それらの符号1〜4を「i」で代表させることがある。
【0027】
また、図3に示すピストン・クランク機構においては、クランク角度θiとコンロッド角度φiとは、次の(2)式で表される関係を有することになる。
【数2】

ただし、上記(2)式において、dXi/dtはピストン速度である。
【0028】
また、クランク軸周りの全運動エネルギTは、次の(3)式のように表すことができる。(3)式を展開すると、(3)式中の各項の諸々のパラメータを1/2(dθ/dt)2の係数としてまとめることができる。ここでは、そのようにまとめられた係数を、クランク角度θの関数f(θ)として表現している。
【数3】

【0029】
ただし、上記(3)式において、右辺第1項はクランク軸16の回転運動に関する運動エネルギに、右辺第2項はピストン12およびコンロッド14の直進運動に関する運動エネルギに、右辺第3項はコンロッド14の回転運動に関する運動エネルギに、それぞれ対応している。また、上記(3)式において、Ikはクランク軸16の軸周りの慣性モーメントであり、Iflはフライホイールの回転軸周りの慣性モーメントであり、Imiは内燃機関10と組み合わされる変速機の回転軸周りの慣性モーメントであり、Icはコンロッドに関する慣性モーメントである。また、mpはピストン12の変位であり、mcはコンロッド14の変位である。尚、変速機に関する上記の慣性モーメント(ミッション側イナーシャ)は、後述するクラッチ継合状態におけるモデル演算時にのみ使用され、クラッチ非継合状態におけるモデル演算時にはゼロとされる。
【0030】
次に、ラグラジアンLを、系の全運動エネルギTと位置エネルギUとの偏差として、次の(4a)式のように定義する。そして、クランク軸16に作用する入力トルクをTRQとすると、ラグランジュの運動方程式を用いて、ラグラジアンLとクランク角度θと入力トルクTRQとの関係を、次の(4b)式のように表すことができる。
【数4】

【0031】
ここで、上記(4a)式において、位置エネルギUの影響は運動エネルギTの影響に比して小さく、その影響を無視することができる。従って、上記(4b)式の左辺第1項は、上記(3)式をクランク角回転速度(dθ/dt)で偏微分して得られた値を時間微分することで、クランク角度θの関数として、次の(4c)式のように表すことができる。また、上記(4b)式の左辺第2項は、上記(3)式をクランク角度θで偏微分することで、クランク角度θの関数として、次の(4d)式のように表すことができる。
【0032】
従って、上記(4b)式は、次の(4e)式のようにして表すことができ、これにより、クランク角度θと入力トルクTRQとの関係を得ることができる。また、ここでは、その入力トルクTRQを、次の(5)式のように、3つのパラメータからなるものと定義する。
【数5】

【0033】
ただし、上記(5)式において、TRQeは、エンジン発生トルクであり、より具体的には、ガス圧力(筒内圧力P)を受けるピストン12からクランク軸16に作用するトルクである。TRQLは、負荷トルクであり、内燃機関10が搭載される車両の特性に応じて異なる既知の値として、ECU50に記憶されている。TRQfは、フリクショントルク、すなわち、ピストン12、クランク軸16、および変速機の摺動部分の摩擦損失に対応するトルクである。このフリクショントルクTRQfは、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65から得られる値である。より具体的には、フリクショントルクTRQfは、クラッチが継合状態にあるときはエンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の双方を用いて算出され、一方、クラッチが非継合状態にあるときはエンジンフリクションモデル64のみを用いて算出される。
【0034】
次に、エンジン発生トルクTRQeは、次の(6a)式〜(6c)式に従って算出することができる。すなわち、先ず、筒内圧力Pに基づいてコンロッド14に作用する力Fcは、ピストン12の頂部に作用する力PAのコンロッド14の軸線方向成分として、(6a)式のように表すことができる。そして、図3に示すようにコンロッド14の軸線とクランクピン17の軌跡の接線とがなす角度αが{π/2−(φ+θ)}であるため、筒内圧力Pに基づいてクランクピン17の軌跡の接線方向に作用する力Fkは、コンロッド14に作用する力Fcを用いて、(6b)式のように表すことができる。従って、エンジン発生トルクTRQeは、クランクピン17の軌跡の接線方向に作用する力Fkとクランクの回転半径rとの積であるため、(6a)式および(6b)式を用いて、(6c)式のように表すことができる。
【数6】

【0035】
以上説明したクランク軸周りの運動方程式演算部62の構成によれば、筒内圧推定モデル68または燃焼波形算出部70によって筒内圧力Pを取得することにより、(6c)式および(5)式に従って入力トルクTRQを得ることができる。そして、(4e)式を解くことにより、クランク角度θやクランク角回転速度dθ/dtを得ることが可能となる。
【0036】
(2)エンジンフリクションモデルについて
図4は、図2に示すエンジンフリクションモデル64がエンジンフリクショントルクTRQf_ENを取得するために備えているエンジンフリクションマップの一例を示している。より具体的には、図4(A)は、クランク軸16周りの回転摺動に関する第1エンジンフリクショントルクTRQf_map1とクランク角回転速度(dθ/dt)との関係を概念的に表した図であり、図4(B)は、ピストン12の並進運動に関する第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2とピストン速度(dXi/dt)との関係を概念的に表した図である。
【0037】
本実施形態のシステムにおいては、エンジンモデル60のモデル演算精度を向上させるべく、後述する図7に示すルーチンの処理では、エンジンフリクショントルクTRQfENを、上記のように第1エンジンフリクショントルクTRQf_map1と第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2に分けて考えることがある。
【0038】
図4(A)に示すように、クランク軸16周りの回転摺動に関する第1エンジンフリクショントルクTRQf_map1は、基本的にエンジン回転数 (dθ/dt)に依存する特性を有している。より具体的には、当該トルクTRQf_map1は、図4(A)に示すように、エンジン回転数(dθ/dt)がゼロに近い領域においては、最大静摩擦係数の影響で大きくなり、エンジン回転数(dθ/dt)が増加し始めると、最大静摩擦係数の影響が薄れるため一旦減少に転ずるが、その後はエンジン回転数(dθ/dt)の増大に従って増加する。
【0039】
また、図4(B)に示すように、ピストン12の並進運動に関する第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2は、ピストン12とシリンダ壁面との間のフリクションであり、これらの間の接触圧力と摩擦係数のみに依存し、ピストン速度(dXi/dt)には依存しない特性を有している。また、図4(B)におけるピストン速度(dXi/dt)がゼロに近い領域において、第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2が大きな値を示すのは、そのような領域では最大静摩擦係数の影響が大きくなるためである。
【0040】
尚、エンジンフリクショントルクTRQf_ENは、エンジン冷却水温度が低くなると大きくなる傾向を有している。このため、エンジンフリクショントルクTRQf_ENは、図4においては図示を省略しているが、エンジン回転数Ne(およびピストン速度(dXi/dt))との関係に加え、エンジン冷却水温度との関係をも考慮して定められている。また、ここでは、ECU50の計算負荷の低減のため、エンジンフリクションモデル64として、上記のようなフリクションマップを備えるようにしているが、エンジンフリクションモデルの構成は、これに限定されるものではなく、以下の(7)式のような関係式を用いるものであってもよい。この(7)式では、フリクショントルクTRQf_ENが、エンジン回転数Neと内燃機関10の潤滑油の動粘度νとをパラメータとする関数となるように構成されている。
【数7】

ただし、上記(7)式において、C1、C2、C3は、それぞれ実験等により適合される係数である。
【0041】
(3)ミッションフリクションモデルについて
図5は、図2に示すミッションフリクションモデル65がミッションフリクショントルクTRQf_MIを取得するために備えるミッションフリクションマップの一例を示している。ミッションフリクションモデル65によって算出されるミッションフリクショントルクTRQf_MIは、車両の停止中にギヤがニュートラル位置にあり、かつ、クラッチが継合された状態、すなわち、変速機のギヤが内燃機関10の動力をタイヤ側に伝達させることなく回転している状態におけるフリクショントルクである。そこで、ミッションフリクショントルクTRQf_MIは、変速機の内部のフリクション(主に軸受部の回転摺動によるフリクション)に対応する値となるように定められている。このため、図5に示すように、ミッションフリクショントルクTRQf_MIは、第1エンジンフリクショントルクTRQf_map1と同様にエンジン回転速度(dθ/dt)に依存する特性を有している。
【0042】
(4)吸気圧力推定モデルについて
吸気圧力推定モデル66は、吸気圧力を推定するための吸気圧マップ(図示省略)を備えている。この吸気圧マップは、吸気圧力を、スロットル開度TA、エンジン回転数Ne、および吸排気弁のバルブタイミングVVTとの関係で定めたものである。このような吸気圧力推定モデルの構成によれば、ECU50の計算負荷を低く抑えつつ、吸気圧力を取得することができる。尚、詳細に吸気圧力を計算する場合には、上記のような吸気圧マップを用いずに、スロットルバルブ24を通過する空気流量を推定するスロットルモデルと、吸気弁32の周囲を通過する空気流量(すなわち、筒内吸入空気流量)を推定するバルブモデルとを用いて、吸気圧力推定モデルを構成するようにしてもよい。
【0043】
(5)筒内圧推定モデルについて
筒内圧推定モデル68は、燃焼が行われない状況下で、筒内圧力Pを算出するために用いられるモデルである。この筒内圧推定モデル68では、内燃機関10の各行程における筒内圧力Pを、次の(8a)式〜(8d)式を用いて算出するようにしている。すなわち、先ず、吸気行程の経過中の筒内圧力Pは、(8a)式で示すように、上述した吸気圧力推定モデル66が有する吸気圧マップから得られる筒内圧力のマップ値Pmapから得るようにしている。
【数8】

【0044】
次に、圧縮行程の経過中の筒内圧力Pは、気体の可逆断熱変化の式に基づいて、(8b)式のように表すことができる。
ただし、上記(8b)式において、VBDCはピストン12が吸気下死点にあるときの行程容積Vであり、κは比熱比である。
【0045】
また、膨張行程の経過中の筒内圧力Pについても、圧縮行程の場合と同様にして、(8c)式のように表すことができる。
ただし、上記(8c)式において、VTDCはピストン12が圧縮上死点にあるときの行程容積Vであり、Pcは圧縮行程の終了時における筒内圧力である。
【0046】
また、排気行程の経過中の筒内圧力Pは、(8d)式で示すように、排気通路22内の圧力Pexであるものとしている。この圧力Pexは、ほぼ大気圧力Pairに等しいとみなすことができるものである。従って、ここでは、大気圧力Pairを、排気行程の経過中の筒内圧力Pに使用している。
【0047】
(6)燃焼波形算出部について
燃焼波形算出部70は、圧縮行程の途中から膨張行程の途中までの燃焼が行われている期間における筒内圧力(燃焼圧力)Pを算出するために用いられるモデルである。この燃焼波形算出部70では、Weibe関数を用いた関係式である(9a)式と、後述する(10)式とを用いて、燃焼圧力Pの推定値が算出される。
【数9】

【0048】
より具体的には、燃焼波形算出部70では、先ず、(9a)式を用いて、現在のクランク角度θに対応する熱発生率dQ/dθを算出することとしている。
ただし、上記(9a)式において、mは形状係数、kは燃焼効率、θbは着火遅れ期間、aは燃焼速度(ここでは固定値6.9)である。これらの各パラメータは、事前に適合された値が使用される。また、Qは発熱量である。
【0049】
上記(9a)式を用いて熱発生率dQ/dθを算出するには、発熱量Qを算出する必要がある。発熱量Qは、微分方程式である(9a)式を解くことにより算出することができる。そのために、先ず、(9b)式では、(9a)式におけるWeibe関数に相当する部分をg(θ)と置き換えている。そうすると、(9a)式を(9c)式のように表すことが可能となる。次いで、(9c)式の両辺をクランク角度θで積分した後に、当該(9c)式を展開することで、発熱量Qを(9d)式のように表すことができる。次いで、(9d)式に従って算出された発熱量Qを、再度(9a)式に代入することで、熱発生率dQ/dθが算出される。
【0050】
熱発生率dQ/dθと筒内圧力(燃焼圧力)Pとは、エネルギ保存則に基づく関係式を用いて(10)式のように表すことができる。従って、(9a)式に従って算出された熱発生率dQ/dθを代入して当該(10)式を解くことにより、燃焼圧力Pを算出することができる。
【数10】

【0051】
以上説明した筒内圧推定モデル68および燃焼波形算出部70によれば、筒内圧推定モデル68を用いて燃焼が行われていない状況下での筒内圧力Pを算出するととともに、燃焼波形算出部70を用いて燃焼が行われている期間中の筒内圧力Pを算出することにより、燃焼実行の有無に関係なく、内燃機関10の筒内圧力Pの履歴を取得することができる。
【0052】
尚、内燃機関10の筒内圧力Pの履歴を取得する手法は、上記の手法に限定されるものではなく、例えば、以下の図6を参照して示すような手法であってもよい。
図6は、そのような変形例の手法を説明するための図である。この手法では、上記(9a)式および(10)式を用いて、所定のクランク角度θ毎に燃焼圧力Pを計算することを行うのではなく、事前に、上記(9a)式および(10)式を用いて、図6(A)に示すような燃焼パターン、すなわち、燃焼に付されることで変化する筒内圧力Pの波形の変化分(燃焼による圧力増加分)のみを算出しておく。
【0053】
より具体的には、そのような燃焼パターンを決定する3つのパラメータである着火遅れ期間、燃焼期間、およびΔPmax(燃焼時の最大圧力Pmaxと燃焼無し時の最大圧力Pmax0との偏差)を、エンジン回転数Ne、空気充填率KL、吸排気弁のバルブタイミングVVT、および点火時期のそれぞれとの関係で定めたマップを記憶しておく。そして、燃焼による圧力増加分に対応する波形を、2次関数などの簡易な関数を組み合わせて近似させた波形として算出するために、当該近似波形の各係数を上記のエンジン回転数Neとの関係でマップ化しておく。そして、図6(B)に示すように、そのようなマップを参照して得られた燃焼による圧力増加分の波形を、筒内圧推定モデル68で算出される筒内圧力Pの値と足し合わせることで、燃焼圧力Pを取得するようにする。
【0054】
(6)大気圧補正項算出部について
大気圧補正項算出部72は、筒内に吸入される筒内充填空気量Mcを推定するモデル(ここでは「エアモデル」と称する)を含んでいる。このエアモデルでは、筒内充填空気量Mcを次の(11)式に従って算出することとしている。
【数11】

【0055】
ただし、上記(11)式において、a、bは、それぞれ運転条件(エンジン回転数NeやバルブタイミングVVTなど)に応じて適合される係数である。尚、Pmは、吸気圧力であり、例えば、上述した吸気圧力推定モデル66によって算出される値を使用することができる。
【0056】
また、大気圧補正項算出部72は、筒内に吸入される燃料量fcを推定するモデル(ここでは「燃料モデル」と称する)を含んでいる。燃料噴射弁28から噴射された後の燃料の挙動を考慮すると、すなわち、噴射された燃料の一部の吸気ポートの内壁等への付着やその付着燃料の気化という現象を考慮すると、第kサイクルにおける燃料噴射の開始時における壁面付着燃料量がfw(k)であり、第kサイクルにおける実燃料噴射量がfi(k)である場合、第kサイクルの終了後に発生している壁面付着燃料量fw(k+1)、および第kサイクルにおいて筒内に吸入される燃料量fcは、次の(12a)式および(12b)式のように表すことができる。
【数12】

【0057】
ただし、上記(12)式において、Pは、付着率、より具体的には、噴射燃料量fiのうちの吸気ポートの内壁等に付着する燃料量の割合である。Rは、残留率、より具体的には、吸気行程の実行後に付着燃料量fwが壁面等に付着したままの状態で残る割合である。
上記(12)式によれば、付着率Pおよび残留率Rをパラメータとして、個々のサイクル毎に上記燃料量fcを算出することができる。
【0058】
従って、上記のエアモデルおよび燃料モデルの算出結果を用いて、空燃比A/Fの推定値を算出することができる。大気圧補正項算出部72では、次いで、この推定空燃比A/Fと、噴射された燃料が燃焼に付された後に空燃比センサ52に到達するまでの輸送遅れを考慮したタイミングで検出する空燃比A/Fの実測値との定常偏差を算出する。そして、この定常偏差が筒内充填空気量Mcの誤差であるため、当該定常偏差が大きい場合には、大気圧がずれているものとして、大気圧補正係数kairpを算出する。具体的には、上記エアモデルより吸気圧力Pmを逆算し、その吸気圧力Pmに基づいて標準大気圧Pa0に対する補正率として大気圧補正係数kairpを算出する。この大気圧補正係数kairpは、上述した吸気圧力推定モデル66および筒内圧推定モデル68において、吸気圧力Pmapと排気圧力(大気圧Pair)の補正に用いられる。
【0059】
(7)大気温補正項算出部について
大気温補正項算出部74では、排気行程中の行程容積V、残留ガス質量(排気上死点でのすきま容積Vcに基づいて算出)m、残留ガス(既燃ガス)のガス定数R、および大気温度Tairの実測値を理想気体の状態方程式に代入することで、筒内圧力Pthを算出する。当該筒内圧力Pthと、筒内圧推定モデル68で算出される筒内圧力Pとの偏差を算出する。そして、その偏差が大きい場合には、上記偏差に基づいて補正係数を算出する。この補正係数は、上述した吸気圧力推定モデル66において、吸気圧力Pmapの補正に用いられる。
【0060】
[実施の形態1のフリクション学習]
内燃機関を備えた車両では、車両が一時的に停止した際に、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御(エコラン制御)が実行されることがある。また、内燃機関とモータとで車両を駆動するハイブリッド車両においても、車両システムの起動中(車両走行中も含む)に、内燃機関の停止および再始動を自動的に行う制御(本明細書中では、これも広い意味で「エコラン制御」と称している)が実行されることがある。
【0061】
上記のエコラン制御において、内燃機関の再始動を円滑に行えるようにするためには、内燃機関を自動停止する際のクランク軸16の停止位置(ピストン12の停止位置)を狙いの停止位置に精度良く制御したいという要求がある。そこで、本実施形態のシステムでは、以上説明したエンジンモデル60を、エコラン制御時にクランク軸16の停止位置を推定するための停止位置推定モデルとして用いることとしている。上述したエンジンモデル60によれば、クランク角回転速度dθ/dtがゼロとなる際のクランク角度θの推定値を取得することにより、内燃機関10の自動停止時のクランク軸16の停止位置を取得することができる。尚、本明細書中においては、クランク軸16の停止位置を、単に「クランク停止位置」と称することがある。
【0062】
内燃機関10を自動的に停止する際に、クランク停止位置が目標の停止位置からずれる要因としては、クランク軸16への入力となるフリクションの影響が考えられる。上記のエコラン制御は、車両停止時にクラッチが継合状態になっているか否かに関係なく実行される。この際、クラッチが継合状態にあるか否かによって、厳密には、フリクションとクランク軸16周りのイナーシャが変化する。また、内燃機関10の内部と変速機の内部とでは、オイルの劣化度合い等も異なるものとなる。従って、クラッチの継合状態に応じたフリクションとイナーシャの違いを考慮しないと、高精度なクランク停止位置の適応学習制御を実現することができなくなる。
【0063】
そこで、本実施形態のシステムでは、上記のように、エンジンフリクションモデル64とミッションフリクションモデル65とを別個に備えるようにした。そして、車両の停止時にクラッチが継合状態にあるときは、エンジンフリクションモデル64とミッションフリクションモデル65とを用いてフリクション学習を行うこととし、一方、車両の停止時にクラッチが非継合状態にあるときは、エンジンフリクションモデル64のみを用いてフリクション学習を行うこととした。
【0064】
図7は、上記の機能を実現するために、本実施の形態1においてECU50が実行するルーチンのフローチャートである。図7に示すルーチンは、車両がエコラン制御を実行する状態にあるときに、実エンジン回転数Neが所定の燃焼カット回転数に達することで内燃機関10を自動停止する条件が成立した場合に実行されるルーチンであるものとする。
【0065】
(ステップ100に関する処理)
図7に示すルーチンでは、先ず、クラッチが非継合状態にあるか否かが、クラッチセンサ56が発する信号に基づいて判別される(ステップ100)。
【0066】
1.クラッチ継合状態の処理
(ステップ102に関する処理)
上記ステップ100において、クラッチが継合状態にあると判定された場合には、次いで、エンジンフリクションモデル64とミッションフリクションモデル65の双方をフリクションモデルとして使用した状態で、エンジンモデル60によって、クランク停止位置の推定値が算出される(ステップ102)。
【0067】
具体的には、本ステップ102では、アイドル状態時に取得された燃焼圧力Pの平均値、吸気圧力Pmap、クランク角度θ0、およびエンジン回転数(燃焼カット回転数)Ne0(=クランク角回転速度dθ0/dt)を初期値として入力して、クランク軸周りの運動方程式演算部62を用いて、クランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtのそれぞれの推定値が順次算出されることになる。以下、次の(13)式および(14)式を用いて、その具体的な算出手法を説明する。尚、本明細書中においては、このような手法を用いて、上記図2中に示す矢印方向にエンジンモデル60を解くことを「順モデル演算」と称する。
【0068】
先ず、上記(4e)式で表されるクランク軸周りの運動方程式において、(∂f(θ)/∂θ)≡h(θ)とし、かつ、当該(4e)式中の入力トルクTRQに上記(5)式を代入したうえで、当該(4e)式を離散化することで、次の(13)式が得られる。
【数13】

尚、本ステップ102の処理は、クラッチ継合状態におけるモデル演算になる。このため、既述したように、クランク軸周りの全運動エネルギTの算出式である上記(3)式の右辺には、変速機に関する慣性モーメントImiが足し合わされる。また、本ステップ102の処理では、上記(5)式中のフリクショントルクTRQfは、後述する(16)式に従って算出される。
【0069】
そして、上記(13)式による順モデル演算の計算初期値として、上記の如く、クランク角度θ0、およびクランク角回転速度dθ0/dt等が与えられる。以下、ステップ数kを順次更新していくことにより、対応するクランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtのそれぞれの推定値が順次算出されることになる。上記(13)式にステップ数k=1を代入すると、次の(14a)式のように表すことができる。
【数14】

【0070】
上記(14a)式中のクランク角度θ(k)の一部を対応するクランク角回転速度dθ(k)/dtに書き直すと、上記(14b)式のように表すことができる。そして、その(14b)式を展開すると、ステップ数k=1のときのクランク角回転速度dθ(1)/dtは、上記(14c)式のように、前回、すなわち、初期値として入力されたクランク角度θ0およびクランク角回転速度dθ0/dtを用いて表すことができる。更に、上記(14c)式を積分することにより、ステップ数k=1のときのクランク角度θ(1)を、上記(14d)式のように算出することができる。
【0071】
そして、上記の処理を、ステップ数kがN回となるまで、すなわち、クランク角回転速度がdθ(N)/dt=0となるまで繰り返すと、クランク角回転速度dθ(N)/dt=0、およびクランク角度θ(N)が算出される。つまり、上記の処理によれば、内燃機関10が停止した際のエンジン回転数Ne=0と、クランク停止位置のそれぞれの推定値を算出することができる。
【0072】
(ステップ104に関する処理)
次に、上記ステップ102の処理により算出されたクランク停止位置の推定値と、クランク角センサ40によって検出されたクランク停止位置の実測値との誤差が、所定の閾値よりも大きいか否かが判別される(ステップ104)。その結果、当該誤差が所定の閾値以下であると判定された場合には、以後の本ルーチンの処理が速やかに終了される。
【0073】
(ステップ106に関する処理)
一方、上記ステップ104において、クランク停止位置の誤差が閾値よりも大きいと判定された場合には、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の学習が開始される(ステップ106)。具体的には、先ず、エンジンモデル60に、クランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtのそれぞれの実測値を代入することによって、以下の(15c)式に従って、実機フリクショントルクTRQf_jitsuが算出される。
【数15】

尚、(15c)式が得られる過程を説明すると、J(θ)を上記(15a)式のように定めることで、上記(4e)式で表されるクランク軸周りの運動方程式は、上記(15b)式のように表すことができる。そして、(15b)式の左辺が実機フリクショントルクTRQf_jitsuとなるように書き直すことで、(15c)式を得ることができる。
【0074】
本ステップ106では、次いで、フリクションモデル(エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65)によって、モデルフリクショントルクTRQf_modelが、次の(16)式に従って算出される。尚、(16)式中のTRQf_model、dθ/dtに付される記号「^」は、推定値であることを示すものであるが、本明細書の文中では、その表記は省略されている。
【数16】

ただし、上記(16)式において、R(dθ/dt)はモデルフリクショントルクTRQf_modelをエンジン側とミッション側に分配するためのフリクション分配率である。
【0075】
上記の実機フリクショントルクTRQf_jitsuおよびモデルフリクショントルクTRQf_modelは、例えば100rpm毎の所定のエンジン回転数領域毎にそれぞれ算出され、ECU50に保存される。また、これらのフリクショントルクは各回転数領域において複数点で算出され、その平均値も回転数領域毎に保存される。
【0076】
本ステップ106では、次いで、実機フリクショントルクTRQf_jitsuおよびモデルフリクショントルクTRQf_modelのそれぞれについて、今回の算出値と前回の算出値との間の差である、実機フリクション差分ΔTRQf_jitsuおよびモデルフリクション差分ΔTRQf_modelが次の(17a)、(17b)式に従って算出される。
【数17】

尚、上記(17)式における前回の算出値とは、今回のルーチン起動時の所定の計算周期における1回前の算出値を意味している。
【0077】
ピストン12の並進運動に関する第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2は、既述したように、内燃機関10の停止寸前状態を除き、ピストン速度(dXi/dt)には依存しない一定値となる。従って、上記のように、フリクション差分ΔTRQf_jitsu、ΔTRQf_modelを算出することによって、実機またはモデルのフリクショントルクTRQfから並進運動成分(並進フリクション)TRQf_map2を分離して、クランク軸16周りの回転摺動成分のフリクショントルク(回転フリクション(この段階では変速機分を含む))を取り出すことができる。
【0078】
図8は、そのフリクション差分ΔTRQfの算出手法を説明するための図である。図8において、実線は実機フリクショントルクTRQf_jitsuを、破線はモデルフリクショントルクTRQf_modelをそれぞれ示している。上記(17a)および(17b)式で算出される実機フリクション差分ΔTRQf_jitsuおよびモデルフリクション差分ΔTRQf_modelは、図8に示すように、所定の計算周期間隔におけるフリクショントルクの変化量に相当する。言い換えれば、これらの差分ΔTRQfは、並進フリクションが取り除かれた回転フリクションの変化の傾きに対応する値となる。
【0079】
(ステップ108に関する処理)
図7に示すルーチンでは、次に、ピストン速度(dXi/dt)、クランク角回転速度(dθ/dt)毎に、フリクション誤差(回転フリクション誤差および並進フリクション誤差)が算出される。そして、フリクション分配率R(dθ/dt)を用いた回転フリクション誤差のフリクション学習、または並進フリクション誤差の学習が実行される(ステップ108)。
【0080】
具体的には、先ず、実機フリクション差分ΔTRQf_jitsuとモデルフリクション差分ΔTRQf_modelとの差が、回転フリクション誤差ΔTRQf_mdlとして算出される。この回転フリクション誤差は、実機とモデルとの間での回転フリクションの傾きの誤差に相当する値となる。
【0081】
次いで、前回算出の実機フリクショントルクTRQf_jitsuと前回算出のモデルフリクショントルクTRQf_modelとの誤差A(図8参照)と、今回算出の実機フリクショントルクTRQf_jitsuと今回算出のモデルフリクショントルクTRQf_modelとの誤差B(図8参照)との間で平均値が、並進フリクション誤差として算出される。上記の回転フリクション誤差ΔTRQf_mdlがない場合であるにも関わらず、すなわち、図8に示す実線と破線との間で波形の傾きが一致している場合であるにも関わらず、誤差A、Bが存在している場合には、そのような誤差は、並進運動成分の誤差であると判断することができる。そこで、回転フリクション誤差ΔTRQf_mdlがない場合には、並進フリクション、すなわち、第2エンジンフリクショントルクTRQf_map2(図4(B)参照)の学習を行うようにしている。尚、誤差Aと誤差Bとの平均値を用いているのは、モデルの誤学習を防止するためである。
【0082】
次に、本ステップ108では、次の(18a)および(18b)式に従って、上記の回転フリクション誤差ΔTRQf_mdlが、エンジン側回転フリクション誤差ΔTRQf_map1とミッション側回転フリクション誤差ΔTRQf_mとに分配される。このような手法によれば、フリクションに起因するクランク停止位置の誤差の寄与度に基づいて、回転フリクション誤差ΔTRQf_mdlを、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65に振り分けることができる。
【数18】

【0083】
上記(18)式において用いられるフリクション分配率R(dθ/dt)は、図9に示すマップから取得される。すなわち、図9では、フリクション分配率R(dθ/dt)の値は、図4および図5に示すエンジンフリクションマップやミッションフリクションマップに対応して、例えば100rpm等の所定のクランク角回転速度(dθ/dt)毎に設定されている。図9では、分配率R(dθ/dt)は、クランク回転速度(dθ/dt)に依らず一定の場合の例を示しているが、クランク回転速度(dθ/dt)に応じた値とされるものである。
【0084】
上記のように分配された回転フリクション誤差ΔTRQf_map1、ΔTRQf_mは、それぞれ、対応するクランク回転速度(dθ/dt)におけるエンジンフリクションマップおよびミッションフリクションマップのマップ値に足し合わされる、すなわち、フリクション学習が実行される。回転フリクション誤差ΔTRQf_map1、ΔTRQf_mは、エンジンフリクションマップおよびミッションフリクションマップにおける該当するクランク回転速度領域でのマップの傾きの誤差となるため、このような処理によれば、該当するクランク回転速度領域でのマップの傾きを修正することができる。
【0085】
(ステップ110に関する処理)
図7に示すルーチンでは、次に、推定値再計算フラグがONに設定される(ステップ110)。この推定値再計算フラグは、クラッチが継合された状態において、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の学習を行ったことを示すためのフラグである。この推定値再計算フラグによれば、当該推定値再計算フラグがONになっている場合に、現時点でのフリクション分配率R(dθ/dt)を用いた状態で、実機フリクショントルクTRQf_jitsuとモデルフリクショントルクTRQf_modelとが合う状態になっていると判断することができるようになる。
【0086】
(ステップ112に関する処理)
上記推定値再計算フラグがONとされた後は、次いで、上記ステップ108の学習結果に基づいて、フリクションマップ(エンジンおよびミッションの双方)が更新される(ステップ112)。
【0087】
2.クラッチ非継合状態の処理
(ステップ114に関する処理)
また、図7に示すルーチンでは、上記ステップ100において、クラッチが非継合状態にあると判定された場合には、次いで、エンジンモデル60によって、クランク停止位置の推定値が算出される(ステップ114)。本ステップ114の処理は、エンジンフリクションモデル64のみをフリクションモデルとして使用した状態で演算を行う点、およびクランク軸周りの全運動エネルギTの算出式である上記(3)式において、変速機に関する慣性モーメントImiがゼロとされる点を除き、上述したステップ102の処理と同様である。このため、ここでの詳細な説明は省略するものとする。
【0088】
(ステップ116に関する処理)
次に、上記ステップ114の処理により算出されたクランク停止位置の推定値と、クランク角センサ40によって検出されたクランク停止位置の実測値との誤差が、所定の閾値よりも大きいか否かが判別される(ステップ116)。その結果、当該誤差が所定の閾値以下であると判定された場合には、以後の本ルーチンの処理が速やかに終了される。
【0089】
(ステップ118に関する処理)
一方、上記ステップ116において、クランク停止位置の誤差が閾値よりも大きいと判定された場合には、推定値再計算フラグがOFFとされているか否かが判別される(ステップ118)。
【0090】
(ステップ120に関する処理)
その結果、上記ステップ116において推定値再計算フラグがOFFでないと判定された場合、すなわち、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の学習が行われた後のタイミングでの算出であるにも関わらず、クランク停止位置の誤差が閾値よりも大きいと認められる場合には、フリクション分配率R(dθ/dt)が適切な値でなかったと判断することができる。そこで、この場合には、フリクション分配率R(dθ/dt)が修正される(ステップ120)。具体的には、図9に示すフリクション分配率マップの学習が実行される。
【0091】
本ステップ120では、先ず、エンジンモデル60に、クランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtのそれぞれの実測値を代入することによって、上記(15c)式に従って、クラッチ非継合状態における実機フリクショントルクTRQf_jitsuが算出される。この際、エンジン回転数領域毎に、複数点で算出した値の平均値も算出される。尚、この際の実機フリクショントルクTRQf_jitsuの算出は、変速機に関する上記の慣性モーメント(ミッション側イナーシャ)がゼロとされている点を除き、上記ステップ106の処理と同様に行われる。
【0092】
次に、このクラッチ非継合状態における実機フリクショントルクTRQf_jitsuの平均値と、上記ステップ106において算出された最新のクラッチ継合状態における実機フリクショントルクTRQf_jitsuの平均値との比率として、フリクション比率がエンジン回転数領域毎に算出される。次いで、このフリクション比率に基づいて、フリクション分配率マップが更新される。次いで、推定値再計算フラグがOFFとされる(ステップ122)。
【0093】
(ステップ124および126に関する処理)
一方、上記ステップ116において推定値再計算フラグがOFFであると判定された場合には、エンジンフリクションモデル64のフリクションの推定値が適切でなかったと判断することができる。そこで、この場合には、エンジンフリクションモデル64の学習が開始される(ステップ124)。
【0094】
次いで、ピストン速度(dXi/dt)、クランク角回転速度(dθ/dt)毎に、フリクション誤差(回転フリクション誤差および並進フリクション誤差)が算出される。そして、回転フリクション誤差または並進フリクション誤差の学習が実行される(ステップ126)。尚、これらのステップ124および126の処理は、エンジンフリクションモデル64のみをフリクションモデルとして使用した状態で演算を行う点、および変速機に関する慣性モーメントImiがゼロとされる点を除き、上述したステップ106および108の処理と同様である。このため、ここでの詳細な説明は省略するものとする。本ステップ126の処理が行われた後は、上記ステップ126の学習結果に基づいて、フリクションマップ(エンジンフリクションマップ)の更新が実行される(ステップ112)。
【0095】
以上説明した図7に示すルーチンによれば、クラッチが継合状態または非継合状態とされる際のフリクションや変速機に関するイナーシャの変化が考慮されたフリクションモデル64、65に基づいて、誤学習を防止しつつ、内燃機関10と変速機のオイル劣化の進み度合いの影響等をより精密に学習することができる。
【0096】
また、エンジンモデル60では、上記図7に示すルーチンによるフリクション学習結果に基づいて、クランク停止位置の推定値が補正される。このため、本実施形態のシステムによれば、エコラン制御時のクラッチの継合状態の相違によるフリクションの影響を考慮した停止位置制御が可能となり、その推定精度と制御の信頼性を向上させることができる。
【0097】
尚、上述した実施の形態1においては、クラッチセンサ56が前記第1の発明における「クラッチ継合状態検知手段」に相当している。また、ECU50が、上記ステップ108の処理を実行することにより前記第2の発明における「誤差寄与度取得手段」および「誤差分配手段」が、それぞれ実現されている。また、ECU50がステップ112の処理を実行することにより前記第3の発明における「フリクション補正手段」が実現されている。また、ECU50が、上記ステップ110の処理を実行することにより前記第4の発明における「補正情報取得手段」が、上記ステップ118および120の処理を実行することにより前記第4の発明における「寄与度修正手段」が、それぞれ実現されている。
【0098】
実施の形態2.
次に、図10を参照して、本発明の実施の形態2について説明する。
本実施形態のシステムは、図1に示すハードウェア構成および図2に示すエンジンモデル60を用いて、ECU50に図7のルーチンに代えて、図10のルーチンを実行させることにより実現されるものである。
【0099】
[実施の形態2のフリクション学習]
内燃機関10の劣化状態およびエンジンオイルの劣化状態と、変速機の劣化状態およびミッションオイルの劣化状態とは、必ずしも同期しないものであり、内燃機関10と変速機の劣化度合いには、ばらつきが発生し得る。そのようなばらつきの存在は、高精度なクランク停止位置の推定を行うために必要とされるエンジンフリクションおよびミッションフリクションの学習精度および学習速度に影響を与える可能性がある。
【0100】
そこで、本実施形態では、クラッチが係合状態および非継合状態の何れにあるときでも、エンジンフリクションおよびミッションフリクションの学習から、ミッションフリクションの学習を切り離して、ミッションフリクションのみの学習およびその学習値の更新を、別途行うようにした。
【0101】
図10は、上記の機能を実現するために、本実施の形態2においてECU50が実行するルーチンのフローチャートである。尚、図10において、実施の形態1における図7に示すステップと同一のステップについては、同一の符号を付してその説明を省略または簡略する。
【0102】
1.クラッチ継合状態の処理
図10に示すルーチンにおいても、上記図7に示すルーチンと同様に、ステップ100においてクラッチが継合状態にあると判定された場合には、エンジンフリクションモデル64とミッションフリクションモデル65の双方をフリクションモデルとして使用した状態で、エンジンモデル60によって、クランク停止位置の推定値が算出される(ステップ102)。
【0103】
(ステップ200および202に関する処理)
その結果、クランク停止位置の推定値と実測値との誤差が所定の閾値よりも大きいと判定された場合には(ステップ104)、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の学習が開始される(ステップ200)。具体的には、次のステップ202において、内燃機関および変速機の全体のフリクションとしての学習、すなわち、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65の学習が実行される。
【0104】
本ステップ202においては、先ず、エンジンモデル60に、クランク角度θおよびクランク角回転速度dθ/dtのそれぞれの実測値を代入することによって、上記(15c)式に従って、全体の実機フリクショントルクTRQf_jitsuが算出される。そして、エンジンフリクションモデル64およびミッションフリクションモデル65を用いて、より詳細には、これらのフリクションモデルが備えるフリクションマップ(図4および図5参照)を用いて、全体のモデルフリクショントルクTRQf_modelが算出される。尚、これらのフリクショントルクは、所定のエンジン回転数領域毎にそれぞれ算出され、ECU50に保存される。
【0105】
次いで、本ステップ202においては、実機フリクショントルクTRQf_jitsuとモデルフリクショントルクTRQf_modelの全体のフリクション誤差ΔTRQf_totalが、次の(19)式に従って算出される。
【数19】

【0106】
(ステップ204に関する処理)
次に、上記ステップ202において算出された全体のフリクション誤差ΔTRQf_totalから変速機側のフリクション誤差に相当するミッションフリクション誤差ΔTRQf_mtを分離する処理が実行される(ステップ204)。より具体的には、次の(20)式に従って、ミッションフリクション誤差ΔTRQf_mtが算出される。
【数20】

尚、上記(20)式に従ってミッションフリクション誤差ΔTRQf_mtが算出される際、エンジンフリクション誤差ΔTRQf_engineは、ステップ126において算出された最新の値が利用される。
【0107】
(ステップ206に関する処理)
次に、上記ステップ202および204の学習結果に基づいて、フリクションマップの更新が実行される(ステップ206)。具体的には、上記202の学習結果を反映させて、エンジンおよびミッションの双方のフリクションマップの更新が行われるとともに、それとは別に、上記ステップ204の学習結果を反映させて、ミッションのフリクションマップの更新が実行される。
【0108】
2.クラッチ非継合状態の処理
また、図10に示すルーチンでは、上記図7に示すルーチンと同様に、ステップ100においてクラッチが非継合状態にあると判定された場合には、エンジンフリクションモデル64のみをフリクションモデルとして使用した状態で、エンジンモデル60によって、クランク停止位置の推定値が算出される(ステップ114)。
【0109】
(ステップ208および210に関する処理)
その結果、クランク停止位置の推定値と実測値との誤差が所定の閾値よりも大きいと判定された場合には(ステップ116)、次いで、エンジンフリクションモデル64の学習が開始される(ステップ208)。具体的には、次のステップ210において、ピストン速度(dXi/dt)、クランク角回転速度(dθ/dt)毎に、エンジンフリクション誤差ΔTRQf_engineが算出される。尚、エンジンフリクション誤差ΔTRQf_engineの算出は、エンジンフリクションモデル64のみをフリクションモデルとして使用した状態で演算を行う点、および変速機に関する慣性モーメントImiがゼロとされる点を除き、上述したステップ202の処理と同様である。このため、ここでの詳細な説明は省略するものとする。
【0110】
(ステップ212に関する処理)
次に、上記ステップ208において算出されたエンジン側のフリクション誤差ΔTRQf_engineを用いて、上記(20)式に従って、変速機側のフリクション誤差に相当するミッションフリクション誤差ΔTRQf_mtを取得する処理が実行される(ステップ212)。 尚、上記(20)式に従ってミッションフリクション誤差ΔTRQf_mtが算出される際、全体のフリクション誤差ΔTRQf_totalは、ステップ202において算出された最新の値が利用される。
【0111】
次いで、上記ステップ208および210の学習結果に基づいて、フリクションマップの更新が実行される(ステップ206)。具体的には、上記ステップ208の学習結果を反映させて、エンジンフリクションマップの更新が行われるとともに、それとは別に、上記ステップ210の学習結果を反映させて、ミッションフリクションマップの更新が実行される。
【0112】
以上説明した図10に示すルーチンによれば、クラッチが係合状態および非継合状態の何れにあるときでも、エンジンフリクションおよびミッションフリクションの学習から、ミッションフリクションの学習が切り離され、ミッションフリクションのみの学習およびその学習値の更新が、別途行われる。このため、エンジンフリクションの更新とミッションフリクションの更新の際に、それらの更新完了時期に相違が生ずる場合であっても、それらのフリクションモデルが個別に更新されるため、それらのフリクションモデルの学習精度および学習速度を十分に確保することができる。
【0113】
また、以下に説明するように、上述した実施の形態1に対して優れた効果を得ることができる。
上述した実施の形態1の手法では、クラッチ継合状態でクランク停止位置の推定が行われた後は、フリクション分配率R(dθ/dt)の補正(ステップ120)およびエンジンフリクションモデル64の補正(ステップ126および112)の何れかの処理が行われる。しかしながら、ミッションフリクションが収束していない状態では、フリクション分配率R(dθ/dt)とエンジンフリクションのどちらに停止位置推定の誤差要因が含まれているか分からないため、即座に補正を行うことが困難である。
【0114】
上記の問題点が生ずる理由を説明する。ミッションフリクションが収束していない状態は、エンジン側とミッション側とで劣化状態が必ずしも同期しないことが原因で生じ得る。このような状態では、エンジン側とミッション側とで劣化度合いにばらつきが発生することとなる。このようなばらつきが生じているなかでフリクション分配率R(dθ/dt)のマップが使用されると、このマップの学習が正しく完了していない状況下では、つまり、エンジン側とミッション側にフリクション誤差を適切に分配できない状況下では、ミッション側のフリクション誤差を正しく把握していない状態でフリクション学習を続けることとなる。このため、フリクション分配率R(dθ/dt)の学習が完了しないと、エンジンフリクションの学習が終了しないこととなる。
【0115】
これに対し、本実施形態の手法によれば、クラッチが継合状態にあるか非継合状態にあるかに関わらず、ミッションフリクションのみの学習およびその学習値の更新が、エンジンフリクションの学習更新と個別に行われる。このため、エンジン側とミッション側との劣化の度合いに関係なく、迅速かつ高精度にフリクション学習を実行することが可能となる。また、本実施形態の手法によれば、エンジンオイルおよびミッションオイルの何れか一方のみが交換されることで、その何れか一方にのみフリクションを大きく変化させる要因が生じた場合であっても、上述した実施の形態1の手法のように、フリクション分配率R(dθ/dt)と、エンジンおよびミッションの双方のフリクションマップの学習を行う必要がない。この点においても、学習速度の面で有利となる。また、エンジンおよびミッションのフリクションマップに加えて、フリクション分配率R(dθ/dt)のマップを学習値として備えておく必要がない。このため、ECU50のRAM使用量を低減することも可能となる。
【0116】
尚、上述した実施の形態2においては、ECU50が、上記ステップ204または212の処理を実行することにより前記第5の発明における「ミッションフリクション取得手段」が、上記ステップ202および206、または上記ステップ210および206の処理を実行することにより前記第5の発明における「第1フリクション学習手段」が、上記ステップ204および206、または上記ステップ212および206の処理を実行することにより前記第5の発明における「第2フリクション学習手段」が、それぞれ実現されている。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】本発明の実施の形態1の内燃機関の停止位置制御装置が適用された内燃機関の構成を説明するための図である。
【図2】図1に示すECUが備えるエンジンモデルの構成を示すブロック図である。
【図3】クランク軸周りの各要素に付す記号を示す図である。
【図4】図2に示すエンジンフリクションモデルがエンジンフリクショントルクTRQf_ENを取得するために備えているエンジンフリクションマップの一例を示す図である。
【図5】図2に示すミッションフリクションモデルがミッションフリクショントルクTRQf_MIを取得するために備えるミッションフリクションマップの一例を示す図である。
【図6】筒内圧力Pの履歴取得の変形例の手法を説明するための図である。
【図7】本発明の実施の形態1において実行されるルーチンのフローチャートである。
【図8】フリクション差分ΔTRQfの算出手法を説明するための図である。
【図9】フリクション分配率R(dθ/dt)を取得するためのマップの一例である。
【図10】本発明の実施の形態1において実行されるルーチンのフローチャートである。
【符号の説明】
【0118】
10 内燃機関
12 ピストン
14 コンロッド
16 クランク軸
24 スロットルバルブ
26 スロットルポジションセンサ
40 クランク角センサ
42 カム角センサ
50 ECU(Electronic Control Unit)
52 空燃比センサ
54 水温センサ
56 クラッチセンサ
60 エンジンモデル
62 クランク軸周りの運動方程式演算部
64 エンジンフリクションモデル
65 ミッションフリクションモデル
66 吸気圧力推定モデル
68 筒内圧推定モデル
70 燃焼波形算出部
72 大気圧補正項算出部
74 大気温補正項算出部
76 PIDコントローラ
dQ/dθ 熱発生率
dθ/dt クランク角回転速度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の停止位置制御装置であって、
内燃機関のフリクションを算出するエンジンフリクションモデルと、
前記内燃機関と組み合わされる変速機のフリクションを算出するミッションフリクションモデルと、
前記内燃機関と前記変速機との間に配置されるクラッチが継合状態にあるか否かを検知するクラッチ継合状態検知手段とを備え、
前記クラッチが継合状態にあるときは、前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの双方によって算出されるフリクションに基づいて、クランク停止位置を補正することを特徴とする内燃機関の停止位置制御装置。
【請求項2】
内燃機関のクランク角情報に基づいて、フリクションに起因するクランク停止位置の誤差に対する前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルのそれぞれの寄与度を取得する誤差寄与度取得手段と、
前記寄与度に基づいて、当該クランク停止位置の誤差を、前記エンジンフリクションモデルと前記ミッションフリクションモデルとに分配する誤差分配手段とを更に備えることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の停止位置制御装置。
【請求項3】
分配された前記クランク停止位置の誤差に基づいて、前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルを補正するフリクション補正手段を更に備えることを特徴とする請求項2記載の内燃機関の停止位置制御装置。
【請求項4】
クラッチ継合状態で前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルの補正がなされたか否かの情報を取得する補正情報取得手段を更に備え、
前記誤差寄与度取得手段は、クラッチ継合状態で前記エンジンフリクションモデルおよびまたは前記ミッションフリクションモデルの補正がなされた後にクラッチ非継合状態での前記クランク停止位置の算出がなされた場合において、当該クランク停止位置の誤差が比較的大きいと認められるときは、前記寄与度を修正する寄与度修正手段を含むことを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項記載の内燃機関の停止位置制御装置。
【請求項5】
前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの双方により算出される全体のフリクションから、前記変速機の対応分のフリクションに相当するミッションフリクションを分離して取得するミッションフリクション取得手段と、
前記エンジンフリクションモデルおよび前記ミッションフリクションモデルの学習、或いは前記エンジンフリクションモデルの学習を行う第1フリクション学習手段と、
前記第1フリクション学習手段とは別に、前記ミッションフリクションに基づいて、前記ミッションフリクションモデルの学習を実行する第2フリクション学習手段と、
を更に備えることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の停止位置制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−292036(P2007−292036A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214447(P2006−214447)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】