説明

内燃機関の点火制御装置

【課題】点火出力直前の機関回転速度と比較されるべき所定値を適切に設定することでケッチンが発生するか否かを精度良く判断し、ケッチンの発生をより効果的に防止するようにした内燃機関の点火制御装置を提供する。
【解決手段】点火出力直前のクランク角信号間時間TCがケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であるとき、点火指令の出力を禁止する内燃機関の点火制御装置において、ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKを下死点近傍のクランク角信号間時間TCに基づいて設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は内燃機関の点火制御装置に関し、より詳しくは内燃機関が所定の運転状態にあるとき、点火をカットすることでクランクシャフトが逆転する現象を防止する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関がアイドル回転数などの低回転数域で運転されている場合、吸気路のスロットルバルブが急開されたり、発進時にクラッチが急に接続されると、機関回転数がさらに低下し、点火指令が出力された後、ピストンが圧縮上死点を超える前に混合気が燃焼・膨張する結果、クランクシャフトが逆転する現象(以下、「ケッチン」という)が発生することがある。従来、ケッチンの発生を防止するための技術が種々知られている。
【0003】
例えば、下記特許文献1記載の内燃機関の点火制御装置にあっては、点火指令が出力される直前の機関回転速度が機関1サイクル以上にわたる平均機関回転速度に対して所定値以上低下したとき、ケッチンが発生するおそれがあると判断し、点火時期を遅角する、あるいは点火指令の出力を禁止することでケッチンの発生を防止するように構成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−274998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1記載の技術にあっては、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべき所定値が、機関1サイクル以上にわたる平均機関回転速度に基づいて設定されるものであるため、ケッチンが発生するか否かを精度良く判断する上で改善の余地を残していた。
【0006】
即ち、点火指令が出力される直前の機関回転速度の低下の度合いは、機関1サイクル以上にわたる平均機関回転速度を基準とするよりも、機関回転速度の低下の始点である下死点近傍の機関回転速度を基準とした方がより良く表されることから、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべき所定値が平均機関回転速度に基づいて設定されるものでは、ケッチンが発生するか否かを精度良く判断することができなかった。
【0007】
従って、この発明の目的は上記した課題を解決し、点火出力直前の機関回転速度と比較されるべき所定値を適切に設定することでケッチンが発生するか否かを精度良く判断し、ケッチンの発生をより効果的に防止するようにした内燃機関の点火制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、請求項1にあっては、内燃機関のクランクシャフトの回転に伴って所定回転角毎にピストンの位置を示すクランク角信号を順次出力するクランク角信号出力手段と、前記順次出力されるクランク角信号の間の時間を計測するクランク角信号時間間隔計測手段と、前記出力されるクランク角信号の内の所定のクランク角信号に応じて前記内燃機関の点火装置に点火指令を出力する点火指令出力手段と、前記所定のクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定値以上であるとき、前記点火指令の出力を禁止する点火指令出力禁止手段とを備える内燃機関の点火制御装置において、前記所定値は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間に基づいて設定される如く構成した。
【0009】
請求項2に係る内燃機関の点火制御装置にあっては、前記所定値は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が長くなるに従って増加するように設定される如く構成した。
【0010】
請求項3に係る内燃機関の点火制御装置にあっては、前記点火指令出力禁止手段は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定の時間を超えるとき、前記点火指令の出力の禁止を中止する如く構成した。
【発明の効果】
【0011】
請求項1にあっては、内燃機関の点火装置に点火指令を出力する所定のクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定値以上であるとき、点火指令の出力を禁止する内燃機関の点火制御装置において、所定値は、ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間に基づいて設定されるように構成した、換言すれば、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべきしきい値を、機関回転速度の低下の始点である下死点近傍の機関回転速度に基づいて設定するように構成したので、機関回転速度の低下の度合いを正確に反映した判定に基づいてケッチンが発生するか否かを判断することができる。これにより、ケッチンが発生するか否かを精度良く判断でき、結果としてケッチンの発生をより効果的に防止することができる。
【0012】
請求項2に係る内燃機関の点火制御装置にあっては、所定値は、ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が長くなるに従って増加するように設定される如く構成した、換言すれば、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべきしきい値を、下死点近傍の機関回転速度が遅くなるに従って増加するように設定したので、上記と同様の効果を得ることができる。
【0013】
請求項3に係る内燃機関の点火制御装置にあっては、ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定の時間を超えるとき、点火指令の出力の禁止を中止するように構成した、換言すれば、下死点近傍の機関回転速度が所定より遅いとき、点火指令の出力の禁止を中止するように構成したので、上記した効果に加え、例えば、機関始動時、下死点近傍の機関回転速度が完爆回転数相当に至るまでは通常どおり点火指令が出力されるため、機関始動性を悪化させることがない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】この発明の実施例に係る内燃機関の点火制御装置を全体的に示す概略図である。
【図2】図1に示すクランク角センサのクランク角度の検出について説明する説明図である。
【図3】図1に示す電子制御ユニット(ECU)の構成を全体的に示すブロック図である。
【図4】図1に示す内燃機関の点火制御装置の動作を示すフロー・チャートである。
【図5】図4のケッチン防止許可判断処理のサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【図6】図5のケッチン防止点火カット上限値を下死点近傍のクランク角信号間時間に対して示すグラフである。
【図7】図4のケッチン防止処理のサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【図8】図3のCPUによって実行されるパラメータリセット処理を示すフロー・チャートである。
【図9】図4、図5および図7のフロー・チャートの処理を説明するタイム・チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面に即してこの発明に係る内燃機関の点火制御装置を実施するための形態について説明する。
【実施例】
【0016】
図1は、この発明の実施例に係る内燃機関の点火制御装置を全体的に示す概略図である。
【0017】
図1において符号10は、図示しない車両(例えば自動二輪車)に搭載された内燃機関(以下「エンジン」という)を示す。エンジン10は4サイクル単気筒の水冷式で、排気量250cc程度のガソリン・エンジンからなる。尚、符号10aはエンジン10のクランクケースを示す。
【0018】
エンジン10の吸気路12にはスロットルバルブ14が配置される。スロットルバルブ14は、車両のハンドルバーに運転者の手動操作自在に設けられたアクセラレータ(スロットルグリップ)にスロットルワイヤ(共に図示せず)を介して機械的に接続され、アクセラレータの操作量に応じて開閉され、エアクリーナ16から吸気路12を通ってエンジン10に吸入される空気の量を調整する。尚、スロットルバルブ14は、アクセラレータが操作されないとき、アイドル開度(全閉付近)となるように設定される。
【0019】
吸気路12には、スロットルバルブ14の上流側と下流側とを連通してスロットルバルブ14をバイパスするバイパス路20が接続される。バイパス路20の途中にはバイパス路20の空気量を調整してエンジン10のアイドル回転数を調整するアイドル回転数制御バルブ(以下「ISCバルブ」という)22が設けられる。ISCバルブ22はステッピングモータ24によって駆動される。
【0020】
吸気路12においてスロットルバルブ14の下流側の吸気ポート付近にはインジェクタ26が配置され、スロットルバルブ14およびISCバルブ22で調整された吸入空気にガソリン燃料を噴射する。噴射された燃料は吸入空気と混合して混合気を形成し、混合気は、吸気バルブ30が開弁されるとき、燃焼室32に流入する。
【0021】
燃焼室32に流入した混合気は、点火コイル34から供給された高電圧で点火プラグ36が火花放電されるときに点火されて燃焼し、ピストン40を図1において下方に駆動してクランクシャフト42を回転させる。燃焼によって生じた排ガスは、排気バルブ44が開弁されるとき、排気管46を流れる。排気管46には触媒装置50が配置され、排ガス中の有害成分を除去する。触媒装置50で浄化された排ガスはさらに下流に流れ、エンジン10の外部に排出される。
【0022】
スロットルバルブ14の付近にはポテンショメータからなるスロットル開度センサ52が設けられ、スロットルバルブ14の開度THを示す出力を生じる。吸気路12のスロットルバルブ14の上流側には吸気温センサ54が設けられて吸入空気の温度TAを示す出力を生じると共に、下流側には絶対圧センサ56が設けられ、吸気路内絶対圧(吸気圧)PMBを示す出力を生じる。
【0023】
エンジン10のシリンダブロックの冷却水通路10bには水温センサ60が取り付けられ、エンジン10の温度(エンジン冷却水温)TWに応じた出力を生じる。エンジン10のクランクシャフト42の付近にはクランク角センサ62が取り付けられ、ピストン40の位置を示すクランク角度信号を出力する。
【0024】
図2は、クランク角センサのクランク角度の検出について説明する説明図である。
【0025】
図2に示すように、クランク角センサ62は、クランクシャフト42に接続されてそれと連動して回転するタイミングロータ64に対向して配置される。クランク角センサ62は電磁ピックアップ式のセンサであると共に、クランクケース壁面に固定される。タイミングロータ64の円周上には、磁性体からなる複数個(18個)の突起が所定距離をおいて配置される。具体的には、18個の突起は、タイミングロータ64の回転方向において各突起の後端位置が等角度(20°)の間隔となるように配置される。18個の突起の内の1つは基準角度位置検出用の突起であり、前端位置から後端位置までの長さが他の突起に比べて長く形成されると共に、その後端位置は上死点前10°(BTDC10°)となるように設定される。クランク角センサ62はタイミングロータ64の回転に伴って順次出力される、18個の突起に対応したクランク角信号を検出(出力)する。
【0026】
クランクシャフト1回転(360°CA)に対し、上死点後10°(ATDC10°)を0番として17番までの18個のクランク角度位置(ピストン位置)を示す番号(CALSTG)が与えられる。即ち、番号(CALSTG)を参照することにより、クランク角度位置(ピストン位置)を特定することができる。
【0027】
また、エンジン行程を判別した後においては、クランクシャフト2回転(720°CA)に対し、圧縮行程の下死点後10°(ABDC10°)を0番として35番までの36個のクランク角度位置を示す番号(STAGE)が与えられる。即ち、番号(STAGE)を参照することにより、吸気行程、圧縮行程、膨張行程および排気行程を特定することができる。具体的には、26番から35番までが吸気行程、0番から8番までが圧縮行程、9番から17番までが膨張行程、18番から25番までが排気行程に対応する。
【0028】
図1の説明に戻ると、上記したスロットル開度センサ52などの各センサの出力は、電子制御ユニット(Electronic Control Unit。以下「ECU」という)66に入力される。
【0029】
図3は、そのECUの構成を全体的に示すブロック図である。
【0030】
ECU66はマイクロコンピュータからなり、図3に示すように、波形整形回路66aと、回転数カウンタ66bと、A/D変換回路66cと、CPU66dと、点火回路66eと、2個の駆動回路66f,66gと、ROM66hと、RAM66iおよびタイマ66jを備える。
【0031】
波形整形回路66aは、クランク角センサ62の出力(クランク角信号波形)をパルス信号に波形整形し、回転数カウンタ66bに出力する。回転数カウンタ66bは入力されたパルス信号をカウントしてクランク角度位置(ピストン位置)を示す前記した番号(CALSTG,STAGE)をCPU66dに出力する。また、CPU66dには、クランク角信号も直接入力される。A/D変換回路66cは、スロットル開度センサ52などの各センサの出力が入力され、アナログ信号値をデジタル信号値に変換してCPU66dに出力する。
【0032】
CPU66dは、入力された各種信号に基づき、ROM66hに格納されているプログラムに従って演算を実行し、点火回路66eに点火出力信号を送出することで、点火コイル34の通電を制御し、点火プラグ36を動作させ、エンジン10の点火時期を制御する。具体的には、CPU66dは点火回路66eを介して点火コイル34の一次側に電流を供給させると共に、点火出力信号を送出することによって一次側の電流が遮断されるときに点火コイル34の二次側で発生される高電圧で点火プラグ36を動作させ、エンジン10の点火時期を制御する。また、同様にCPU66dは、入力された各種信号に基づき、ROM66hに格納されているプログラムに従って演算を実行し、各駆動回路66f,66gに制御信号を送出してインジェクタ26やステッピングモータ24の駆動を制御する。
【0033】
RAM66iは、スロットル開度THやエンジン回転数NEなどの各種パラメータのバッファリングなどに利用される。タイマ66jは、プログラム中の時間計測処理に利用される。
【0034】
図4はこの実施例に係る内燃機関の点火制御装置の動作を示すフロー・チャートである。このフロー・チャートのプログラムはCPU66dが起動された後、CPU66dによってクランク角信号が入力される毎に実行される。
【0035】
以下説明すると、S10において、クランク角信号初回入力フラグF_CRKPを参照し、今回のクランク角信号の入力が初回であるか否か判断する。初回であれば否定されてS12に進み、このクランク角信号初回入力フラグF_CRKPを1にセットする。
【0036】
次いでS14に進み、クランク角信号間時間計測処理を開始する。具体的には、今回のクランク角信号の入力から次回のクランク角信号の入力までの時間を計測するため、タイマ66jをスタートさせ、プログラムを終了する。次のクランク角信号が入力されると、S10において肯定されてS16に進む。
【0037】
S16においては、クランク角信号間時間計測処理を終了する。具体的には、タイマ66jを停止させる。
【0038】
次いでS18に進み、前回入力されたクランク角信号と今回入力されたクランク角信号の間の時間TCとしてタイマ値をセットする。
【0039】
次いでS20に進み、S14と同様、次のクランク角信号との間の時間を計測するため、クランク角信号間時間計測処理を開始する。このように、順次出力されるクランク角信号の間の時間(以下、「クランク角信号間時間」という)TCが順次計測される。
【0040】
次いでS22に進み、クランク角信号と共にCPU66dに入力される前記した番号(CALSTG)を参照し、番号が「11」であるか否か、即ち、今回のプログラムループにおいて11ステージを示すクランク角信号が入力されたか否か判断する。11ステージは、ピストン位置で言えば、下死点近傍にあたる。
【0041】
S22において肯定される場合はS24に進み、ケッチン防止許可判断処理を実行する。
【0042】
図5は、その処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【0043】
以下説明すると、S100においてクランク角信号間時間TCが所定値TCKICKBKJD以下であるか否か判断する。S22において肯定される場合であるため、ここでのクランク角信号間時間TCは、下死点近傍のクランク角信号間時間である。所定値TCKICKBKJDは、エンジン始動時の完爆回転数(750rpm)に相当する値、例えば4.4msecに設定される。換言すれば、S100においては下死点近傍の機関回転速度がしきい値(完爆回転数相当値)以上であるか否か判断される。
【0044】
S100において否定される場合(下死点近傍の機関回転速度が遅い場合)、S102に進んでケッチン防止判断フラグF_KICKBKJDを0にリセットし、このサブ・ルーチン・プログラムを終了する。
【0045】
一方、S100において肯定される場合(下死点近傍の機関回転速度がある程度速い場合)、S104に進んでケッチン防止判断フラグF_KICKBKJDを1にセットする。
【0046】
次いでS106に進み、下死点近傍のクランク角信号間時間TCに応じて後述のケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKを算出する。ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKは、ROM66hに格納されたマップ(ケッチン防止点火カット上限値マップ)を下死点近傍のクランク角信号間時間TCで検索することで算出される。
【0047】
図6は、そのケッチン防止点火カット上限値マップ示すグラフである。
【0048】
図のように、ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKは下死点近傍のクランク角信号間時間TCが長くなるに従って増加するように設定される。換言すれば、下死点近傍の機関回転速度が遅くなるほど増加するように設定される。
【0049】
図4のフロー・チャートの説明に戻ると、次いでS26に進み、エンジン回転数NE(rpm)を算出する。具体的に、エンジン回転数NEは、クランク360°CAにわたるクランク角信号間時間TCの合計値に基づいて算出される。
【0050】
次いでS28に進み、スロットル開度THを算出する。これは、前述したスロットル開度センサ52から出力される信号から算出する。
【0051】
次いでS30に進み、算出されたエンジン回転数NEとスロットル開度THに基づいて点火時期を算出する。具体的には、エンジン回転数NEとスロットル開度THからROM66hに格納されたマップを参照し、点火時期として点火タイマのセットタイミングおよび点火タイマ値を求める。尚、この実施例にあっては、点火タイマのセットタイミングは上死点前30°(BTDC30°)に固定され、点火タイマ値が種々用意される。また、ここで用いられるスロットル開度THは、今回のプログラムループにおいて算出されたスロットル開度THであっても、所定周期分の平均値であっても良い。
【0052】
次いでS32に進み、エンジン回転数NEがハード点火上限回転数NEHARDIGH以下であるか否か判断する。ハード点火上限回転数NEHARDIGHは、エンジン回転数NEがアイドル回転数などの低回転数であることを示すに足る値、例えば1700rpmに設定される。ハード点火とは、所定のクランク角度(例えば、上死点前10°(BTDC10°))で点火出力を実施するものであり、点火タイマを用いて点火出力を実施する演算点火(ソフト点火)に対する点火出力手法である。
【0053】
S32において肯定される場合はS34に進み、スロットル開度THがハード点火下限開度THHARDIGL以上であるか否か判断する。ハード点火下限開度THHARDIGLは、ハード点火を行うに適したスロットル開度値、例えば10°に設定される。
【0054】
S34において肯定される場合はS36に進み、ハード点火実施フラグF_HARDIGを1にセットする。尚、ハード点火実施フラグF_HARDIGの初期値は0である。
【0055】
一方、S32やS34において否定される場合はS38に進み、ハード点火実施フラグF_HARDIGを0にリセットする。尚、ハード点火実施フラグF_HARDIGが0であると、後述のように演算点火が実行される。
【0056】
次いで(S22で否定される場合も)S40に進み、ハード点火実施フラグF_HARDIGを参照する。ハード点火実施フラグF_HARDIGが1にセットされており、ハード点火による点火出力を実行する場合にはS42に進み、ハード点火タイミングであるか否か判断する。具体的には、今回のプログラムループにおいて所定のクランク角信号(上死点前10°(BTDC10°)を示すクランク角信号)が入力されたか否か判断する。
【0057】
S42において否定される場合は、以降のステップをスキップしてプログラムを終了する。
【0058】
S42において肯定される場合はS44に進み、ケッチン防止処理を実行する。
【0059】
図7は、その処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
【0060】
以下説明すると、S200において前記したケッチン防止判断フラグF_KICKBKJDを参照し、ケッチン防止のための点火カットが許可されているか否か判断する。
【0061】
S200において肯定される場合はS202に進み、クランク角信号間時間TCが前記したケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であるか否か判断する。S42で肯定される場合であるため、ここでのクランク角信号間時間TCは、ハード点火指令が出力される直前のクランク角信号間時間である。換言すれば、S202においてはハード点火指令が出力される直前の機関回転速度がしきい値(ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK相当値)以下であるか否か判断される。
【0062】
S202において肯定される場合(ハード点火指令が出力される直前の機関回転速度が遅い場合)、S204に進んでケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKを1にセットする。
【0063】
一方、S202において否定される場合(ハード点火指令が出力される直前の機関回転速度がある程度速い場合)、S206に進んでケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKを0にリセットする。
【0064】
図4のフロー・チャートの説明に戻ると、次いでS46に進み、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKを参照し、0であれば、S48に進んでハード点火指令を点火回路66eに出力する。一方、1であれば、S50に進んでハード点火指令の点火回路66eへの出力を禁止する。
【0065】
一方、S40において否定される場合はS52に進み、S30で算出された点火タイマセットタイミングであるか否か判断する。具体的には、今回のプログラムループにおいて所定のクランク角信号(上死点前30°(BTDC30°)を示すクランク角信号)が入力されたか否か判断する。
【0066】
S52において否定される場合は、以降のステップをスキップしてプログラムを終了する。
【0067】
S52において肯定される場合はS54に進み、S44と同様のケッチン防止処理を実行する。
【0068】
S44と同様であるため、詳説しないが、このケッチン防止処理におけるクランク角信号間時間TCは、演算点火(ソフト点火)のタイマセットタイミング直前のクランク角信号間時間であり、これがケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であれば、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKが1にセットされる一方、然らざれば、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKが0にリセットされる。即ち、タイマセットタイミング直前の機関回転速度が遅い場合、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKが1にセットされる一方、タイマセットタイミング直前の機関回転速度がある程度速ければ、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKは0にリセットされる。
【0069】
次いでS56に進み、ケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKを参照し、0であれば、S58に進んで点火タイマにS30で算出された点火タイマ値をセットする。点火タイマはダウンカウンタであり、点火タイマ値が0になると、点火タイマセットタイミングでセットされた点火指令が実際に点火回路66eに出力される。
【0070】
一方、S56においてケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKフラグが1であれば、S50に進む。ここでS50に進むことは、点火タイマに点火タイマ値がセットされることがないことを意味し、結果として点火回路66eへの点火指令の出力が禁止される。即ち、点火出力手法として演算点火(ソフト点火)が選択された場合でも、点火カットされる。
【0071】
図8は、CPU66dによって図4のプログラムと平行して実行されるパラメータリセット処理を示すフロー・チャートである。このプログラムは、CPU66dが起動されたとき、クランク角信号の入力とは関係なく、5msec毎に実行される。
【0072】
以下説明すると、先ずS300において、クランク角信号が入力されたか否か判断する。クランク角信号の入力がない場合、S302に進んでエンジン10がストール(停止)しているか否か判断する。具体的には、タイマ66jを用いてクランク角信号の入力がない時間を計測し、所定時間(例えば200msec)経過した場合、エンジン10がストールしたと判断する。即ち、所定時間が経過するまでは、S300とS302の処理が繰り返される。
【0073】
S302において肯定される場合はS304に進み、クランク角信号初回入力フラグF_CRKPを0にリセットする。次いでS306に進み、ケッチン防止判断フラグF_KICKBKJDおよびケッチン防止点火カットフラグF_KICKBACKも0にリセットする。
【0074】
図9は、図4、図5および図7のフロー・チャートの処理を説明するタイム・チャートである。
【0075】
時刻T1においては、下死点近傍のクランク角信号間時間TC1が算出される。そして、上述したように、このTC1に基づいてケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKが算出される。
【0076】
時刻T2においては、ハード点火出力直前のクランク角信号間時間TC2が算出されると共に、TC2がケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK未満であり(ハード点火出力直前の機関回転速度が速く)、ケッチンが発生するおそれがないため、点火カットされることなく、点火出力信号が点火回路66eに送出される。
【0077】
時刻T3においては、時刻T1と同様、下死点近傍のクランク角信号間時間TC3が算出されると共に、TC3に基づいてケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKが算出される。
【0078】
時刻T4においては、ハード点火出力直前のクランク角信号間時間TC4が算出されると共に、TC4とケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKとの比較が行われる。しかしながら、他のプログラムにおいて排気行程であると判別されるため、本来的に点火出力信号は送出されない。
【0079】
時刻T5においては、時刻T1と同様、下死点近傍のクランク角信号間時間TC5が算出されると共に、TC5に基づいてケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKが算出される。
【0080】
時刻T6においては、ハード点火出力直前のクランク角信号間時間TC6が算出されると共に、TC6がケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であり(ハード点火出力直前の機関回転速度が遅く)、ケッチンが発生するおそれが高いため、点火出力信号の送出が禁止される(点火カットされる)。
【0081】
尚、図9ではハード点火の場合を示したが、演算点火(ソフト点火)の場合でも同様である。即ち、エンジン回転数NEおよびスロットル開度THに基づいて点火出力方法としてハード点火あるいは演算点火(ソフト点火)のいずれが選択されたとしても、ケッチンが発生するのを防止すべく、点火カットされる。
【0082】
このように、点火回路66eに点火指令を出力する直前のクランク角信号間時間TCがケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であるとき、点火指令の出力を禁止すると共に、ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKを下死点近傍のクランク角信号間時間TCに基づいて設定した、換言すれば、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべきしきい値を機関回転速度の低下の始点である下死点近傍の機関回転速度に基づいて設定したので、機関回転速度の低下の度合いを正確に反映した判定に基づいてケッチンが発生するか否かを判断することができる。これにより、ケッチンが発生するか否かを精度良く判断でき、結果としてケッチンの発生をより効果的に防止することができる。
【0083】
また、ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKを下死点近傍のクランク角信号間時間TCが長くなるに従って増加するように設定した、換言すれば、点火指令が出力される直前の機関回転速度と比較されるべきしきい値を下死点近傍の機関回転速度が遅くなるに従って増加するように設定したので、上記と同様の効果を得ることができる。
【0084】
また、下死点近傍のクランク角信号間時間TCが所定値TCKICKBKJDを超えるとき、点火指令の出力の禁止を中止する、換言すれば、下死点近傍の機関回転速度が所定より遅いとき、点火指令の出力の禁止を中止するようにしたので、例えば、機関始動時、下死点近傍の機関回転速度が完爆回転数相当に至るまでは通常どおり点火指令が出力されるため、機関始動性を悪化させることがない。
【0085】
以上の如く、この発明の実施例にあっては、内燃機関(エンジン10)のクランクシャフト42の回転に伴って所定回転角毎にピストン40の位置を示すクランク角信号を順次出力するクランク角信号出力手段(クランク角センサ62)と、前記順次出力されるクランク角信号の間の時間(クランク角信号間時間TC)を計測するクランク角信号時間間隔計測手段(CPU66d、S14からS20)と、前記出力されるクランク角信号の内の所定のクランク角信号(ハード点火における上死点前10°(BTDC10°)あるいは演算点火における点火タイマセットタイミング上死点前30°(BTDC30°)のクランク角信号)に応じて前記内燃機関の点火装置(点火コイル34、点火回路66e)に点火指令を出力する点火指令出力手段(CPU66d、S42、S48、S52、S58)と、前記所定のクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間(クランク角信号間時間TC6)が所定値(ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK)以上であるとき、前記点火指令の出力を禁止する点火指令出力禁止手段(CPU66d、S50)とを備える内燃機関の点火制御装置において、前記所定値は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間(クランク角信号間時間TC5)に基づいて設定される如く構成した。
【0086】
また、前記所定値(ケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK)は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間(クランク角信号間時間TC5)が長くなるに従って増加するように設定される如く構成した。
【0087】
また、前記点火指令出力禁止手段は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定の時間(所定値TCKICKBKJD)を超えるとき、前記点火指令の出力の禁止を中止する(CPU66d、S100、S102)如く構成した。
【0088】
尚、上記において、図7のS202およびS204のように、点火指令が出力される直前のクランク角信号間時間TCがケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACK以上であると判断されるとき、点火カットするように構成したが、それに加え、点火指令が出力される直前のクランク角信号間時間TCがケッチン防止点火カット上限値TCKICKBACKよりも大きく設定された第2の上限値以上であると判断されるとき、点火コイル34の一次側への電流供給自体を停止するように構成しても良い。
【0089】
また、点火指令が出力される直前のクランク角信号間時間TCに基づいて点火指令の出力を禁止するように構成したが、直前でなくても点火指令が出力される近傍のクランク角信号間時間TCであれば良い。
【0090】
また、図9のように、下死点近傍のクランク角信号間時間TCとしてステージ10におけるものを選択したが、ステージ6からステージ9のいずれかにおけるものを選択しても良く、またステージ6からステージ10の内の複数のステージにおけるものの平均であっても良い。
【0091】
また、車両の例として自動二輪車を挙げたが、それに限られるものではなく、四輪自動車であっても良い。
【符号の説明】
【0092】
10:エンジン(内燃機関)、34:点火コイル、36:点火プラグ、40:ピストン、42:クランクシャフト、62:クランク角センサ、66:ECU、66d:CPU、66e:点火回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のクランクシャフトの回転に伴って所定回転角毎にピストンの位置を示すクランク角信号を順次出力するクランク角信号出力手段と、前記順次出力されるクランク角信号の間の時間を計測するクランク角信号時間間隔計測手段と、前記出力されるクランク角信号の内の所定のクランク角信号に応じて前記内燃機関の点火装置に点火指令を出力する点火指令出力手段と、前記所定のクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定値以上であるとき、前記点火指令の出力を禁止する点火指令出力禁止手段とを備える内燃機関の点火制御装置において、前記所定値は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間に基づいて設定されることを特徴とする内燃機関の点火制御装置。
【請求項2】
前記所定値は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が長くなるに従って増加するように設定されることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の点火制御装置。
【請求項3】
前記点火指令出力禁止手段は、前記ピストンが下死点あるいはその近傍に位置するときに出力されるクランク角信号とその直前に出力されるクランク角信号の間の時間が所定の時間を超えるとき、前記点火指令の出力の禁止を中止することを特徴とする請求項1または2記載の内燃機関の点火制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−190171(P2010−190171A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37461(P2009−37461)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(000141901)株式会社ケーヒン (1,140)
【Fターム(参考)】