説明

内燃機関の燃料噴射制御装置

【課題】始動時にバルブオーバーラップ期間を設ける構成において、水温と油温が異なる冷機始動時における燃焼室内のリーン化を抑制することを目的とする。
【解決手段】油圧式の可変動弁機構105と、油温検出手段220と、冷機始動中に油温に応じた速度で、バルブオーバーラップが付くように機関弁の開閉タイミングを変更する冷機時可変動弁制御手段201と、開閉タイミング変更時に壁流量の変化によるリッチ化を低減するために、開閉タイミングと冷却水温に応じて燃料噴射量を減量補正する燃料噴射制御手段201を備え、燃料噴射制御手段201は、冷機時の開閉タイミングの変更速度が速いことが想定される水温では、バルブオーバーラップが付く前に燃料噴射量の減量補正を行うと共に、冷機始動時において油温と冷却水温が異なる場合には、バルブオーバーラップ期間が生じる前の燃料噴射量の減量補正を禁止、または補正量を低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変動弁機構を備える内燃機関の、冷機始動時における燃料噴射制御に関する。
【背景技術】
【0002】
吸気通路に燃料を噴射する内燃機関では、噴射した燃料の一部は吸気通路の壁面や吸気バルブに付着していわゆる壁流となり、当該サイクルにおいて燃焼室内に流入しない。そこで、壁流量の分だけ余分に噴射することで、燃焼室内に流入する燃料量を確保する技術が知られている。
【0003】
ところで、壁流量は吸気通路の壁面等の温度によって変動する。そこで、特許文献1では、吸気通路壁面等の温度に相関のある冷却水温に応じて壁流量を予測し、この予測値に基づいて燃料噴射量の補正を行っている。すなわち、冷却水温に基づいて燃料噴射量の補正を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−99030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
出願人は油圧で作動する可変動弁機構を備え、冷機始動後に積極的に可変動弁機構作動させることでバルブオーバーラップ期間を設ける内燃機関を開発中である。バルブオーバーラップ期間を設けるのは、バルブオーバーラップ期間中に燃焼室から吸気通路へ吹き返す排気の熱を利用して、始動時に発生した壁流を気化させるためである。これにより、排気性能の向上を図っている。
【0006】
しかし、冷機始動時にバルブオーバーラップ期間が無い状態からバルブオーバーラップ期間を付ける過渡時には、急激に壁流が気化することに伴い、燃焼室内の空燃比がリッチ側に変化してしまう。
【0007】
そこで、上記の原因によるリッチ化を防止するために、過渡時のバルブオーバーラップ期間の変化に応じて壁流が気化する分だけ燃料噴射量を減量補正するように、実際のバルブオーバーラップ期間に応じた壁流補正を行うこととしている。これにより、冷機始動時に例えば、最遅角状態(マイナスオーバーラップ)から所定のオーバーラップ期間へ移行する過渡時に、実バルブオーバーラップ期間に応じて減量補正を行うので過渡時の壁流変化によるリッチ化を抑制できる。
【0008】
ところで、冷機始動であっても、可変動弁機構の駆動源となる油温が低い場合(例えば−10℃)には、制御性の悪化を考慮してバルブオーバーラップ期間の変更速度を遅くし、油温が比較的高い場合(例えば25℃程度)はバルブオーバーラップ期間の変更速度を低温時に比して速くしている。
油温が低い場合は、バルブオーバラップ期間の変化速度が遅いので、実バルブオーバーラップに基いて過渡時の壁流補正を行えば良い。しかしながら、変化速度が速い場合には、オーバラップが実際に付いてから減量補正を行うのでは、燃料の輸送遅れにより減量補正が間に合わない。このためバルブオーバーラップ期間が0以下の値に対し、過渡時の減量補正が行われるようにしている。これにより、バルブオーバーラップの変化が早くても、実際にバルブオーバーラップが付く前から減量補正が行われるようになるため、壁流の急激な変化に対して過渡時の減量補正が適切に行われる。
実際には、過渡時の壁流補正は水温に基づいて実施するのであるが、油温が低いときと高いときとで始動時のバルブオーバーラップ制御の制御速度が異なるので、水温が低い始動時には、バルブオーバーラップ期間が実際に付いた領域で減量補正が行われるようになっており、水温が比較的高い始動時には、バルブオーバーラップ制御の制御速度に対する燃料の輸送遅れを考慮してバルブオーバーラップ期間が実際に付かない領域にも減量補正が行われるようになっている。
【0009】
このように水温に応じて壁流補正を行うことを前提とした場合、通常の始動時であれば水温と油温は同じになっているので、燃料噴射量の減量補正は、特許文献1のように水温に基づいて行えば足りる。
【0010】
しかし、例えば、暖機運転中に機関停止し、その後すぐに再始動する場合などは、比熱が小さな冷却水は温度が高い状態で、冷却水よりも比熱が大きな作動油は温度が低い状態で再始動することになる。
【0011】
このように油温と水温が異なる状況で上述した冷却水温に基づく燃料噴射量の減量補正を行うと、冷却水温が25℃付近での過渡時の減量補正では、バルブオーバーラップ制御の応答速度に対する燃料の輸送遅れを考慮して実際にバルブオーバーラップが付いていないところで減量補正を実施するのにも関わらず、油温に基づいて制御される可変動弁機構では実際にはバルブオーバーラップが付いていない状態に停滞する時間が長くなり、不必要な減量補正が行われて、要求される空燃比よりリーン化してしまう可能性がある。
【0012】
そこで、本発明では、始動時にバルブオーバーラップ期間を設ける構成において、水温と油温が異なる冷機始動時における燃焼室内のリーン化を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の内燃機関の燃料噴射制御装置は、作動油により機関弁の開閉タイミングを変更し得る可変動弁機構と、作動油の油温を検出する油温検出手段と、冷機始動中に油温に応じた速度で、初期状態から所定のバルブオーバーラップが付くように機関弁の開閉タイミングを変更する冷機時可変動弁制御手段とを備え、機関弁の開閉タイミングの変更時に、壁流量の変化によるリッチ化を低減するために、機関弁の開閉タイミングと冷却水温に応じて燃料噴射量を減量補正する燃料噴射制御手段と、を備える。そして、燃料噴射制御手段は、冷機時の機関弁の開閉タイミングの変更速度が速いことが想定される水温では、バルブオーバーラップが付く前に燃料噴射量の減量補正を行うと共に、冷機始動時において油温と冷却水温が異なる場合には、バルブオーバーラップ期間が生じる前の燃料噴射量の減量補正を禁止、または補正量を低減する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、燃料噴射制御手段は、冷機時の機関弁の開閉タイミングの変更速度が速いことが想定される水温では、バルブオーバーラップが付く前に燃料噴射量の減量補正を行うと共に、冷機始動時において油温と冷却水温が異なる場合には、バルブオーバーラップ期間が生じる前の燃料噴射量の減量補正を禁止、または補正量を低減する。したがって、可変動弁機構の作動中に燃料不足になることがなくなり、その結果、燃焼室内がリーン化することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態を適用するエンジンシステムの構成図である。
【図2】吸気側可変動弁機構の構成の一例を示す図である。
【図3】燃料噴射量の減量補正を実行した場合のタイムチャートである。
【図4】燃料噴射量の減量補正を実行しない場合のタイムチャートである。
【図5】エンジンコントローラに格納されたバルブタイミング補正係数マップの一例である。
【図6】本発明が解決する課題を説明するためのタイムチャートである。
【図7】エンジンコントローラが実行する吸気側可変動弁機構の作動角制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。
【図8】エンジンコントローラが実行する燃料噴射量制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0017】
図1は、本発明の実施形態を適用するエンジンシステムの構成図である。
【0018】
内燃機関1の吸気通路101には、スロットル弁102が設置されている。また、吸気通路101には、燃料供給用のインジェクタ103が設置されている。このインジェクタ103は、所定の当量比を達成するべく吸入空気量に応じて必要な量の燃料を噴射する。
【0019】
吸気通路101のポート部101aには、吸気弁104が設置され、後述する吸気カム軸により開閉駆動され、吸気弁104が開いている期間中に筒内に混合気が導入される。そして、吸気カム軸には吸気弁104の開閉タイミングを連続的に変更し得る吸気側可変動弁機構105が接続されている。
【0020】
内燃機関1において、シリンダヘッドHには、燃焼室の上部略中央に点火プラグ106が設置され、筒内に導入された混合気に対し点火が行われる。
【0021】
燃焼後、発生した排気は、排気通路107に送り出される。排気通路107のポート部107aには排気弁108が設置され、後述する排気カム軸により開閉駆動される。そして、排気カム軸には、排気弁108の開閉タイミングを連続的に変更し得る排気側可変動弁機構109が接続されている。そして、この排気弁108が開いている期間に、排気の送出が行われる。
【0022】
ここで説明した吸気側可変動弁機構105、排気側可変動弁機構109及びスロットル弁102等の動作は、電子制御ユニットとして構成されるエンジンコントローラ(以下「ECU」という。)201により制御される。
【0023】
ECU201は、CPU、ROM、RAM及びI/Oインタフェースを有する。そして、アクセルペダルの踏込量(アクセル開度APOを示す。)を検出するアクセル開度センサ211の検出信号、及びクランクシャフトの回転位置を検出するクランク角センサ212の検出信号が入力される。また、吸気通路101内の圧力(以下「吸気圧力」という。)Pmを検出する吸気圧力センサ213の検出信号、吸気通路101内の温度Tmを検出する吸気温度センサ214の検出信号、排気通路107内の圧力(以下「排気圧力」という。)Peを検出する排気圧力センサ215の検出信号が入力される。さらに、排気通路107内の温度Teを検出する排気温度センサ216の検出信号、吸入空気量を検出するエアフローメータ217の検出信号、冷却水温を検出する水温センサ218の検出信号、カム軸の回転角を検出するカム角センサ219の検出信号、油温を検出する油温センサ220の検出値等が入力される。
【0024】
ECU201は、入力した各種検出信号に基づいて、吸気側可変動弁機構105と、排気側可変動弁機構109と、スロットル弁102の動作の制御を行い、この他に筒内の残留ガス率を算出する。
【0025】
図2は、吸気側可変動弁機構105の構成の一例を示す図である。なお、排気側可変動弁機構109も同様の構成である。
【0026】
吸気側可変動弁機構105は、ソレノイドバルブ310を有し、ソレノイドバルブ310によって油路を切り替えて吸気側可変動弁機構105に供給される作動油量を調整して作動角θを制御する。
【0027】
吸気側可変動弁機構105は、吸気カム軸301と、吸気カム軸301と同軸であってベルト又はチェーンを介して内燃機関1のクランク軸と同期回転するカム軸駆動用スプロケット(以下、「スプロケット」という)303と、を有し、油圧によってカム軸301とスプロケット303との相対位相角(作動角と言い、最遅角を0とし、進角側になるほど作動角が大となる)を変更することで、吸気弁104の開閉タイミングを進角または遅角制御する。
【0028】
吸気カム軸301は、吸気カム軸301と一体回転する複数枚(図1中では3枚)のベーン302を備える。なお、機関運転時における吸気カム軸301の回転方向は、図1中で時計回り方向とする。
【0029】
スプロケット303には、ベーン302の回転を許容する空間が設けられる。この空間がベーン302によって進角油圧室303A及び遅角油圧室303Bに区画されている。
【0030】
進角油圧室303Aは進角油路403Aを介して通路切り換え用のソレノイドバルブ400に接続される。遅角油圧室303Bは遅角油路403Bを介して通路切り換え用のソレノイドバルブ400に接続される。
【0031】
また、ソレノイドバルブ400には、進角油路403A及び遅角油路403Bの他に、途中にオイルパン405の作動油を圧送するオイルポンプ401を設けたオイル供給路402と、オイルパン405に作動油を戻すドレン通路404と、が接続される。
【0032】
上記のような構成の吸気側可変動弁機構105では、ソレノイドバルブ400への通電量を制御して油路を切り替えることで、進角油圧室303A及び遅角油圧室303Bへの油圧を適宜変更、保持し、作動角を変更、保持する。これにより、吸気側可変動弁機構105は、吸気弁104の開閉タイミング、つまりバルブタイミングを進角または遅角制御する。
【0033】
なお、初期状態のバルブタイミングは最遅角の状態であり、図示しない捩じりスプリングによって初期状態を維持するための力が加わっている。すなわち、エンジンを停止する際には、油圧制御を停止させても捩じりスプリングによって最遅角の状態に戻るような力が加わる。
【0034】
進角または遅角制御は、具体的には、ソレノイドバルブ400への通電量を増大させると、通路Aに切り替わり、オイルパン405の作動油が進角油路403Aを通って進角油圧室303Aに供給される。一方で、遅角油圧室303Bの作動油が、遅角油路403B及びドレン通路404を通ってオイルパン405に排出される。これにより、進角油圧室303Aの油圧が相対的に高くなり、かつ、捩じりスプリングのばね力に抗してベーン302が回転することでバルブタイミングが進角する。
【0035】
また、ソレノイドバルブ400への通電量を減少させると、通路Bに切り替わり、オイルパン405内の作動油が、遅角油路403Bを通って遅角油圧室303Bに供給される。一方で、進角油圧室303Aの作動油が、進角油路403A及びドレン通路404を通ってオイルパン405に排出される。これにより、遅角油圧室303Bの油圧が高くなり、バルブタイミングが遅角する。
【0036】
ソレノイドバルブ400への通電量の制御は、ECU201によって実行される。
【0037】
ECU201は、クランク角センサ212及びカム角センサ219に基づいてクランク角に対する進角量を算出し、この進角量を吸気側可変動弁機構105の現在の作動角(以下、「実バルブタイミング」という)θとしている。
【0038】
具体的には、吸気カム軸301またはカム軸301に連結された部材に凸部または凹部の被検出部を設け、この被検出部をカム角センサ219で検出して吸気カム軸301の回転信号を出力し、このカム軸回転位置信号と、クランク角センサ212からの基準クランク角位置信号との位相差に基づいて実際の進角量を検出している。この進角量は、吸気カム軸301の回転がメカストッパで規制される基準位置(ここでは最遅角側の規制位置を基準位置とする)に対する進角量として検出するため、この基準位置の位相ズレを学習することで、バルブタイミング制御中は、学習された基準位置に対して実際の進角量(実作動角θnow、若しくは、実バルブタイミングθnow)を検出することとなる。そして、この実バルブタイミングθnowが、エンジンの運転条件に基づいて設定される目標バルブタイミングθcomに追従するように、ソレノイドバルブ400への通電量を制御する。
【0039】
なお、作動速度と作動油の油温には相関があり、油温が低いほど作動速度は遅い。油温が低くなると、目標バルブタイミングθcomに収束させるための制御性が悪化する。そこで、例えば−10℃以下のような低油温時には、制御性を確保するために、例えば25℃程度の常温時に比べて作動速度を遅くしている。
【0040】
上記メカストッパとは、クランクシャフトに対する吸気カム軸301の相対位相角を機械的に規制するための機構である。つまり、バルブタイミングの最進角状態及び最遅角状態は、いずれも吸気カム軸301がメカストッパに当たった状態である。なお、図2は最遅角状態を示している。
【0041】
次に、機関始動時における吸気側可変動弁機構105の動作及び燃料噴射制御について説明する。
【0042】
吸気側可変動弁機構105は、機関始動後に後述する作動許可条件が成立したら、所定のバルブオーバーラップ期間となるように進角を開始する。これは、排気行程中に燃焼室から吸気通路101へ排気を吹き返させ、排気の熱によって吸気通路101の壁面や吸気弁104に付着した燃料、つまり壁流を気化させるためである。機関始動時には壁流となる分だけ余分に燃料噴射しており、特に冷機始動時には壁流量が多くなるので、意図せずに壁流となった燃料が機関運転中に壁面を伝って燃焼室に流入すると、燃焼室内の空燃比は壁流の分だけリッチになり、排気性能が悪化する。しかし、流入する量や流入のタイミング等を正確に推定することは困難である。
【0043】
このため、上記のようにバルブオーバーラップ期間を付けて壁流量を低減させることで不意の空燃比変動を抑制することができる。
【0044】
しかしながら、バルブオーバーラップが付いていない状態からバルブオーバーラップを付けていく過渡時には、吸気通路101への排気の吹き返しが開始され、壁流の気化が急激に促進される。これにより、気化した壁流の分だけ燃焼室内の空燃比がリッチ方向に変化するので、本実施の形態では、バルブオーバーラップ期間が発生する過渡時のタイミングに合わせて、燃料噴射量を壁流の気化分だけ減量補正する。
【0045】
図3は、上述した燃料噴射量の減量補正を実行した場合の、機関始動時における機関回転速度、吸気側可変動弁機構105の実バルブタイミングθnow、燃焼室内の空燃比、燃料噴射の噴射パルス、についてのタイムチャートである。図4は、比較のための図であり、上述した減量補正を実施しない場合について示すタイムチャートである。いずれのタイムチャートも、冷却水温が25℃程度、つまり常温で機関始動した場合について示している。
【0046】
図4では、t21で機関始動すると、空燃比A/Fは一旦ストイキよりリッチになったあとほぼストイキとなる。t22で吸気側可変動弁機構105の進角側への作動を開始すると、その後、空燃比A/Fはストイキよりリッチ化して、約11となっている。これは、吸気弁104の開弁タイミングが進角してバルブオーバーラップ期間が生じ、排気の一部が吸気通路101へ吹き返し、吹き返した排気の熱で吸気通路101や吸気弁104に付着した壁流が気化して燃焼室へ流入したからである。進角量が最大となるt23でリッチ化のピークを迎え、その後は徐々にストイキに近づき、t24でほぼストイキに戻っている。
【0047】
これに対して、図3では、t12で吸気側可変動弁機構105の作動を開始し、リッチ化するまでは図4と同様であるが、空燃比は約12.5までしかリッチ化していない。そして、図4のt24より早いt14でほぼストイキに戻っている。これは、バルブオーバーラップ期間が生じるタイミングに合わせて燃料噴射量を減量補正しているからである。
【0048】
通常であれば、吸気側可変動弁機構105の過渡時にのみ燃料噴射量を減量補正する演算で対応することが可能である。
ここでは、定常状態で用いられる吸気側可変動弁機構105の作動角に応じた補正量を設定したテーブルをECU201に格納しておき、検出した実際のバルブタイミングを用いてテーブル検索することで補正量を決定する。定常状態で用いられるテーブルにより過渡時のリッチ化を防止するのであるが、冷機始動時ではバルブタイミングが主に最遅角の値と排気の吹き返しが利用できる所望のバルブオーバーラップ設定しかとらず、その間のバルブタイミングは冷機時の定常ではとらないことを前提としている。
【0049】
まず、簡単に燃料噴射量の演算について記載する。
本実施の形態において、燃料噴射パルス幅は、シリンダ内空気量相当のパルス幅(理論空燃比相当14.7)をベースに、その時々の運転状態に応じた目標当量比を乗算することで算出される。この目標当量比は、水温補正、エンジン回転速度補正、負荷補正等の各補正項が乗算され、基準となる1に加算される。
冷機始動時は、主に水温補正項が設定され燃料噴射量が増量される。
図5は減量補正用のテーブルの一例であり、冷機始動時であれば水温補正による補正項に対し、乗算される値である。
なお、このテーブルは機関始動時において、最遅角状態からバルブタイミングが進角し、吹き返しが生ずるオーバーラップ期間となる過渡時のリッチ化を効果的に抑制できる補正量を実験等により求めたものである。なお、図5において、1>A1>A2>A4>A3≒A5であり、1未満の値によって水温補正による増量分を減量することになる。
【0050】
前述したように、吸気側可変動弁機構105は、冷機始動時に作動角0degCAから37.5degCAまで進角する。その間の作動角については定常では取らないことが前提である。また、吸気側可変動弁機構105の作動角変更速度は油温に応じて変更され、油温0℃以下では制御の安定性を考慮して25℃での変更速度よりも遅くなるように設定される。
【0051】
このため、水温0℃以下では作動角の変更速度が遅いため作動角変更による過渡時のリッチ化の問題がおこらず、減量補正は行われない。
一方、水温20℃では、作動角が0degCAから10degCAまでは補正量1、作動角15degCAではA3、作動角17.5degCAから35degCAでは0、作動角37.5degCAではA5となっている。なお、作動角37.5degCAで減量補正量を設定しているのは、0degCAに比して壁流が小さくなるため、壁流による不意の空燃比変化が小さくなり、増量分を削っても安定した空燃比制御ができるからである。
【0052】
特に本実施形態では、水温10℃以上の領域において、バルブオーバーラップ期間が生じるのは作動角が25degCA以降であるにも関わらず、15degCAから補正量が1未満となり、冷機時の水温増量補正がキャンセルされるようにしている。これは、可変動弁機構の作動速度に対する減量補正の遅れ(燃料の輸送遅れ)を考慮したものであり、吹き返しが生じる前の作動角から減量補正を行うことで実際に吹き返しによるリッチ化が生じるタイミングに燃料の減量補正のタイミングあわせることを狙ったものである。
【0053】
図3と図4を比較すると明らかなように、吸気側可変動弁機構105の作動角に応じて燃料噴射量の減量補正を行うことで、バルブオーバーラップ期間が生じたときのリッチ化のピークを抑制でき、さらに、リッチ化した状態からストイキに戻るまでの時間も短縮できている。したがって、空燃比がストイキよりリッチ化することによる排気性能の悪化を抑制できている。
【0054】
ところで、このように冷機始動時の吸気側可変動弁機構105の作動角制御速度を考慮して作成した図5のテーブルを用いて燃料噴射の減量補正を行うと、例えば、油温が−10℃で、水温が常温での冷機始動時にリーン失火が生じるおそれがあることがわかった。
【0055】
図6は冷却水温が常温付近で、油温が−10℃の状態で始動した場合について、図3、図4と同様に示したタイムチャートである。
【0056】
t31で機関始動すると、空燃比はストイキより大幅にリッチ側に振れてから約14まで戻り、その後再び、徐々にリッチ方向に変化している。徐々にリッチ方向に変化するのは、一般的に行われている冷機始動時の水温補正により目標空燃比がストイキよりリッチになっているからである。
【0057】
t33で吸気側可変動弁機構105が作動を開始し、t34で作動角が12.5degCAに達した後は、図5のテーブルにしたがって燃料噴射量が減量補正される。
そして、t34から空燃比は急激にリーン方向に変化し、t35で機関回転速度が低下し始めている。図6では機関回転速度の低下に応じてt36で燃料噴射量が増量されているので、機関回転速度は再び上昇しているが、増量補正をしなければリーン失火により機関は停止に至る。
【0058】
通常は、冷却水温が−10℃となる環境での始動時には、油温も−10℃になっている。機関停止していれば、冷却水温及び油温はいずれも雰囲気温度に収束するからである。このため、燃料の減量補正は、−10℃での補正量が選択される。この補正量は、−10℃での作動角制御の変更速度を考慮した値であり、上述の不都合は生じない。
しかしながら、暖機途中でエンジンを停止し、その後、短時間で再始動したときは、水温が高く、油温が低い状態で始動することになる。
【0059】
低油温時には、作動角制御性が悪化するとの理由から、作動速度を常温時に比べて大幅に低下させている。つまり、低温始動時には常温時に比べて吸気側可変動弁機構105の作動速度は大幅に遅くなり、目標作動角に到達するまでに要する時間が長くなっている。この状態で、常温時の速い作動速度を前提として、過渡的な応答遅れを考慮した図5のテーブルを用いて燃料噴射量を補正すると、定常的には排気の吹き返しが発生していないバルブオーバーラップが付いていない作動角では、設定した減量補正が長期に渡り働いてしまい、その結果、壁流変化が生じていないタイミングで燃料の減量補正を実施してしまい、リーン化することになる。
【0060】
そこで、本実施形態では、吸気側可変動弁機構105が作動してバルブオーバーラップ期間が生じたときの空燃比のリーン化を抑制するために、ECU201が以下に説明する制御を実行する。
【0061】
図5のテーブルに加えて油温をパラメータとして追加し、更に詳細なマップを作成することも可能であるが、必要なメモリ容量と適合工数が大きくなってしまう。
【0062】
そこで、例えば図5の補正係数マップを1種類だけ準備し、温度に関する軸に対して、始動時の水温と油温の関係から、マップ検索に用いる温度として油温と冷却水温のどちらを採用するかを決定することとする。これによりマップ格納に要するメモリ容量を低減することができる。
【0063】
図11は、ECU201が実行する吸気側可変動弁機構105の作動角制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0064】
ステップS100で、ECU201は油温センサ220の検出値を読み込む。
【0065】
ステップS110で、ECU201は、吸気側可変動弁機構105の作動許可条件が成立しているか否かを判定する。作動許可条件は、例えば、油温が所定温度以上であり、機関始動から所定時間が経過していること、である。
【0066】
作動許可条件が成立しているか否かの判定は、すなわち吸気側可変動弁機構105の作動油が、所望の制御性を確保できる状態であるか否かを判定するものである。例えば、所定温度は−10℃、所定時間は、冷却水温が0℃の場合は4秒、−10℃の場合は10秒というように設定する。
【0067】
作動許可条件が成立していない場合はステップS140の処理を実行する。ステップS140では、ECU201は作動角を初期作動角、つまり最遅角状態のままとして本制御ルーチンを終了する。
【0068】
一方、作動許可条件が成立している場合はステップS120の処理を実行する。ステップS120では、ECU201は目標作動角を演算する。一般的な可変動弁機構と同様に、マップ検索等によって機関負荷や機関回転速度に応じた作動角を演算する。ここでは、バルブオーバーラップ期間が生じる作動角を設定する。これは、バルブオーバーラップ期間中に吸気通路101へ吹き返した排気の熱によって、壁流を気化させるためである。
【0069】
ステップS130で、ECU201はステップS120で演算した目標作動角となるように、吸気側可変動弁機構105を作動させる。具体的には、実作動角が目標作動角に収束するようフィードバック制御を行う。なお、フィードバック制御のゲインは、例えば0℃から25℃のように低温から常温までの範囲では、油温が高いほどゲインを大きくすることで油温が高いときの作動角変化を速くしている。
【0070】
次に、主に、冷機始動時の壁流補正に関する燃料噴射量制御について説明する。
【0071】
バルブオーバーラップ期間中に気化する壁流の気化特性は、吸気通路101の壁温、吸気弁104の温度であり、これらは冷却水温と相関があるため、基本的には冷却水温に基づいて燃料噴射量を減量補正する。つまり、上述した補正用マップの温度として冷却水温を選択する。ただし、水温と油温が異なり、吸気可変動弁機構105の作動速度が遅いことによるリーン失火が懸念される状況では、上述した補正用マップの温度として油温を選択する。
【0072】
図8は、ECU201が実行する燃料噴射量制御の制御ルーチンを示すフローチャートである。
【0073】
ステップS200で、ECU201は機関回転速度NE、負荷Q、冷却水温Tw、油温Toを読み込む。
【0074】
ステップS210で、ECU201は冷却水温と油温の差が所定値1より大きく、かつ冷却水温が所定値2より低いか否か、つまり水温と油温が異なり、吸気可変動弁機構105の作動速度が遅いことによるリーン失火が懸念される状況であるか否かを判定する。
【0075】
判定の結果、上記以外の状況であると判定されると、ステップS230へ進み、ECU201はバルブタイミング補正係数マップの温度軸として冷却水温を選択する。
一方、水温と油温が異なり、吸気可変動弁機構105の作動速度が遅いことによるリーン失火が懸念される状況であればECU201はステップS220の処理を実行し、ECU201はバルブタイミング補正係数マップの温度軸として油温を選択する。
【0076】
ステップS240で、ECU201はステップS220またはステップS230で選択した温度を用いてバルブタイミング補正係数マップを検索して、バルブタイミング補正係数を設定する。
【0077】
ステップS250で、ECU201はステップS240で求めたバルブタイミング補正係数を用いて燃料噴射量を演算する。具体的な演算式は式(1)〜(3)の通りである。
【0078】
燃料噴射量=シリンダ内空気量相当噴射パルス×目標当量比 ・・・(1)
目標当量比=1+(水温補正×回転速度補正×負荷補正×バルブタイミング補正)・・・(2)
バルブタイミング補正=バルブタイミング補正係数 ・・・(3)
【0079】
なお、シリンダ内空気量相当噴射パルスは、シリンダ近傍の空気量に比例した噴射パルス幅であり、理論空燃比狙いの値である。また、水温補正は冷機時の増量補正、回転速度補正、負荷補正は、高負荷時の排気系部品の保護やノッキング対策のために設定される増量である。
【0080】
冷機始動時は水温に応じて増量補正がなされているが、上記制御ルーチンにより燃料噴射量を減量補正することで、吸気側可変動弁機構105の作動角の変更に伴う過渡的な空燃比のリッチを抑制することができる。しかも、冷機始動時の水温と油温が異なることで発生するリーン失火も、吸気側可変動弁機構105の作動速度に対する減量補正の遅れをなくす目的でバルブオーバーラップ期間が生じる直前から行われる燃料噴射量の減量補正が禁止、または減量補正量が低減するので解決できる。
【0081】
なお、本実施形態では、0℃の場合にも図5のバルブタイミング補正係数マップを検索し、式(1)−(3)を用いて燃料噴射量を演算している。しかし、0℃の場合にはバルブタイミング補正係数は作動角によらず1であって、結果的には減量補正を行わない。また、5℃の場合には、バルブオーバーラップ期間が生じる前の減量補正が行われない。
本実施の形態では、吸気側可変動弁機構105の作動角変更時に発生する過渡時のリッチ化を定常のマップ(特に、過渡時にしか使われないバルブタイミングに減量補正を設定したもの)で対応した。これに代えて、全て演算で減量補正を行っても過渡時のリッチかを防止できる。特に、油温と水温が異なり、リッチ失火が生じてしまうことに対しては、水温に代えて油温に基づく減量補正演算を適用することで同様の効果が得られる。
【0082】
なお、本発明は上記の実施の形態に限定されるわけではなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内で様々な変更を成し得ることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0083】
1 内燃機関
101 吸気通路
102 スロットル弁
103 インジェクタ
104 吸気弁
105 吸気側可変動弁機構
106 点火プラグ
107 排気通路
108 排気弁
109 排気側可変動弁機構
201 エンジンコントローラ(ECU)
211 アクセル開度センサ
212 クランク角センサ
213 吸気圧力センサ
214 吸気温度センサ
215 排気圧力センサ
216 排気温度センサ
217 エアフローメータ
218 水温センサ
219 カム角センサ
220 油温センサ
301 吸気カム軸
302 ベーン
303 カム軸駆動用スプロケット(スプロケット)
303A 進角油圧室
303B 遅角油圧室
400 ソレノイドバルブ
401 オイルポンプ
402 オイル供給路
403A 進角油路
403B 遅角油路
404 ドレン通路
405 オイルパン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
作動油により機関弁の開閉タイミングを変更し得る可変動弁機構と、
前記可変動弁機構の作動油の油温を検出する油温検出手段と、
冷機始動中に油温に応じた速度で、初期状態から所定のバルブオーバーラップが付くように前記機関弁の開閉タイミングを変更する冷機時可変動弁制御手段と、
前記機関弁の開閉タイミングの変更時に、壁流量の変化によるリッチ化を低減するために、前記機関弁の開閉タイミングと冷却水温に応じて燃料噴射量を減量補正する燃料噴射制御手段と、を備えた内燃機関の燃料噴射制御において
前記燃料噴射制御手段は、冷機時の前記機関弁の開閉タイミングの変更速度が速いことが想定される水温では、バルブオーバーラップが付く前に燃料噴射量の減量補正を行うと共に、冷機始動時において油温と冷却水温が異なる場合には、バルブオーバーラップ期間が生じる前の燃料噴射量の減量補正を禁止、または補正量を低減することを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。
【請求項2】
作動油により機関弁の開閉タイミングを変更し得る可変動弁機構と、
前記可変動弁機構の作動油の油温を検出する油温検出手段と、
冷機始動中に油温が常温で速く、それ以下の温度では遅い速度で、初期状態から所定のバルブオーバーラップ期間が生じるように前記機関弁の開閉タイミングを変更する冷機時可変動弁制御手段と、
前記機関弁の開閉タイミングがバルブオーバーラップが付く領域で燃料噴射量を減量補正する噴射量減量補正マップを有すると共に、水温が常温付近ではバルブオーバーラップが付く前の領域で減量補正を行うように設定され、前記機関弁の開閉タイミングと冷却水温に基づいて前記噴射量減量補正マップから燃料噴射量を減量補正する燃料噴射制御手段を備えた内燃機関の燃料噴射制御において、
冷機始動時において油温と冷却水温が異なる場合には、前記水温に代えて油温を用いて前記噴射量減量補正マップから燃料噴射量を減量補正することを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−77669(P2012−77669A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−222673(P2010−222673)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】