説明

強誘電体薄膜の製造方法、圧電素子、及び強誘電体メモリ

【課題】 非晶質の強誘電体層またはその前駆体層を良好に結晶化し、これによって良好な強誘電体特性を有する強誘電体薄膜を得ることができ、さらには結晶粒径の精密な制御をも可能にする強誘電体薄膜の製造方法と、この製造方法によって得られた強誘電体薄膜を有する圧電素子、及び強誘電体メモリを提供する。
【解決手段】 基体上に非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層5aを形成する工程と、非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層5aの所望位置に電子線を照射し、結晶核7を形成する工程と、非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層5aを加熱して結晶核7を成長させ、多結晶の強誘電体薄膜5を形成する工程と、を備えた強誘電体薄膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電体薄膜の製造方法と、この製造方法によって得られた強誘電体薄膜を有する圧電素子、及び強誘電体メモリに関する。
【背景技術】
【0002】
強誘電体メモリや圧電素子は、一対の電極間に、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)等の強誘電体材料からなる強誘電体薄膜を挟持した構造となっている。この強誘電体薄膜を製造する場合、PZT等の強誘電体材料をペロブスカイト型の多結晶構造とするため、通常は700℃以上の高温熱処理を必要としている。
【0003】
しかし、PZTはこれを構成するPbOの蒸気圧が(10mmHg/1085℃)と高いため、結晶化の際の前記高温熱処理によってPbOの蒸発が起こり易くなっている。そして、熱処理によってPbOの一部蒸発が起こると、得られる強誘電体薄膜にピンホール等の欠陥が形成されてしまい、その結果強誘電体特性が低下してしまう。
また、強誘電体薄膜全体が一度に熱処理されるため、強誘電体特性に強い相関がある結晶粒径を、精密に制御することが困難である。
【0004】
そこで、熱的ダメージを与えることなく、しかもピンホール等の欠陥ができにくい強誘電体薄膜を形成する方法として、電子線を利用した方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。この方法は、上部電極に電子線を照射し、その熱伝導を利用して下層の強誘電体膜を結晶化させる方法である。
【特許文献1】特開平6−151761号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このように上部電極に電子線を照射する方法も、熱伝導によって強誘電体薄膜全体を熱処理する方法であるため、強誘電体薄膜全体を高温熱処理することには変わりがなく、したがってPbOの蒸発に起因する強誘電体特性の低下を抑えるのは困難であった。
また、熱伝導によって種結晶となる結晶核の形成が不規則に起こることから、結晶核の形成位置が不規則になり、したがって結晶粒径を精密に制御することができず、結果として強誘電体特性の良好な強誘電体膜を得ることが困難であった。
【0006】
本発明は前記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、非晶質の強誘電体層またはその前駆体層を良好に結晶化し、これによって良好な強誘電体特性を有する強誘電体薄膜を得ることができ、さらには結晶粒径の精密な制御をも可能にする強誘電体薄膜の製造方法と、この製造方法によって得られた強誘電体薄膜を有する圧電素子、及び強誘電体メモリを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため本発明の強誘電体薄膜の製造方法は、基体上に非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層を形成する工程と、
前記非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層の所望位置に電子線を照射し、結晶核を形成する工程と、
前記非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層を加熱して前記結晶核を成長させ、多結晶の強誘電体薄膜を形成する工程と、を備えたことを特徴としている。
【0008】
この強誘電体薄膜の製造方法によれば、非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層の所望位置に電子線を照射して結晶核を形成し、その後、非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層を加熱して前記結晶核を成長させ、多結晶の強誘電体薄膜を形成するので、加熱により多結晶の強誘電体薄膜を形成する際、すでに結晶核が形成されていることにより、従来のように新たに結晶核を形成して結晶化を行う場合に比べ、加熱温度を低くすることが可能になる。そして、このように結晶化の際の加熱温度を低くすることにより、例えばPbOの蒸発に起因する強誘電体特性の低下が抑えられ、したがって得られる強誘電体薄膜が良好な強誘電体特性を有するものとなる。
【0009】
また、前記強誘電体薄膜の製造方法においては、前記電子線照射によって形成する結晶核を、形成する多結晶の強誘電体薄膜における所望の結晶粒径とほぼ同じ間隔で規則的に配置するのが好ましい。
このようにすれば、結晶核をほぼ同じ間隔で規則的に形成配置するので、多結晶化して得られる薄膜中の結晶の粒径が結晶核間の間隔とほぼ同じに揃えられ、したがって結晶粒径の精密な制御が可能になる。そして、このように結晶粒径が所望の大きさでほぼ同じに揃えられることから、得られた強誘電体薄膜はその強誘電体特性がより良好なものとなる。
【0010】
また、前記強誘電体薄膜の製造方法においては、前記強誘電体が、鉛を含有したペロブスカイト型のものであるのが好ましい。
このような材料からなることにより、特にPbOの蒸発に起因する強誘電体特性の低下が抑えられることから、得られる強誘電体薄膜は良好な強誘電体特性を有するものとなる。
【0011】
本発明の圧電素子は、一対の電極間に圧電体膜を有してなり、該圧電体膜が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の強誘電体薄膜の製造方法によって得られた強誘電体薄膜からなるものであることを特徴としている。
この圧電素子によれば、前述したように良好な強誘電体特性を有し、したがって良好な圧電特性を有する強誘電体薄膜を圧電体膜としてなるので、この圧電素子自体も良好な圧電特性を有するものとなる。
【0012】
本発明の強誘電体メモリは、一対の電極間に強誘電体薄膜を有してなり、前記強誘電体薄膜が前記の強誘電体薄膜の製造方法によって得られたものであることを特徴としている。
この強誘電体メモリによれば、前述したように良好な強誘電体特性を有する強誘電体薄膜を有してなるので、この強誘電体メモリ自体も良好なメモリ特性を有するものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を詳しく説明する。
(圧電素子)
まず、本発明の強誘電体薄膜の製造方法を、圧電素子の強誘電体薄膜の製造に適用した場合の実施形態について説明する。
図1は、本発明における圧電素子の一実施形態の概略構成を示す要部側断面図であり、図1中符号1は圧電素子である。
【0014】
この圧電素子1は、シリコン(Si)からなる基板2上に形成されたもので、基板2上に形成された酸化膜(SiO膜)3と、酸化膜3上に形成された下部電極4と、下部電極4上に形成された圧電体膜5と、圧電体膜5上に形成された上部電極6とを備えて構成されたものである。ここで、本実施形態においては、基板2から下部電極4までを基体と称している。
【0015】
基板2としては、(100)配向の単結晶シリコン基板や(111)配向の単結晶シリコン基板、さらには、(110)配向のSi基板等が好適に用いられる。また、酸化膜3は、この基板2の表面に熱酸化膜や自然酸化膜などのアモルファスの酸化シリコン膜によって形成されたものである。
下部電極4は、圧電体膜5に電圧を印加するための一方の電極となるもので、Pt(白金)やIr(イリジウム)、IrOx(酸化イリジウム)、Ti(チタン)等からなり、厚さが例えば50nm〜200nm程度に形成されたものである。
【0016】
圧電体膜5としては、特に鉛を含有したペロブスカイト型の強誘電体材料が好適に用いられる。具体的には、PZTや、以下の式で示されるリラクサー材料を挙げることができる。そして、これらのうちから選択された一種あるいは複数種が、後述するように液相法等で成膜され、さらに熱処理により結晶化されて、多結晶の圧電体膜5となる。
・(1−x)Pb(Sc1/2Nb1/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.10<x<0.42)
・(1−x)Pb(In1/2Nb1/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.10<x<0.37)
・(1−x)Pb(Ga1/2Nb1/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.10<x<0.50)
・(1−x)Pb(Sc1/2Ta1/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.10<x<0.45)
・(1−x)Pb(Mg1/3Nb2/3)O−xPbTiO
(ただし、xは0.20<x<0.5)
・(1−x)Pb(Fe1/2Nb1/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.01<x<0.10)
・(1−x)Pb(Zn1/3Nb2/3)O−xPbTiO
(ただし、xは0.01<x<0.11)
・(1−x)Pb(Ni1/3Nb2/3)O−xPbTiO
(ただし、xは0.08<x<0.3)
・(1−x)Pb(Co1/21/2)O−xPbTiO
(ただし、xは0.10<x<0.42)
【0017】
ここで、リラクサー材料とは、図2(a)に示すように誘電率の温度依存がブロードな(幅が広い)ピークを示す材料を示し、誘電率が極大となる温度が周波数測定によりシフトする材料をいう。また、同時に圧電定数の温度依存がブロードな(幅が広い)ピークを示す。なお、x組成域は2つの結晶相を分けるモルフォトロピック相境界を含んでおり、PZT等と比較して巨大な圧電特性を示す。これに対し、PZT等の非リラクサー材料である圧電体材料は、図2(b)に示すように誘電率、および圧電定数の温度依存が非常に鋭いピークを示すものとなっている。したがって、圧電体膜5としてリラクサー材料を用いることにより、得られた圧電素子1は広い温度範囲で良好な圧電特性を発揮し、これにより信頼性が高く特性が安定したものとなる。
【0018】
上部電極6は、圧電体膜5に電圧を印加するための他方の電極となるもので、下部電極4と同様、例えばPt(白金)やIr(イリジウム)、IrOx(酸化イリジウム)、Ti(チタン)、SrRuO等からなり、厚さが例えば50nm程度に形成されたものである。
【0019】
次に、このような構成からなる圧電素子1の製造方法を説明する。
まず、図3(a)に示すように酸化膜3を形成した基板2を用意し、この酸化膜3上に、例えばPtからなる下部電極4を形成する。このPtは、比較的容易に(111)優先配向となるものであるから、例えばスパッタ法等の比較的簡易な方法を採用することで、酸化膜3上に容易に配向成長させることができる。
【0020】
次いで、この下部電極4上に圧電体膜5を形成する。本発明に係る圧電体膜5の形成方法(強誘電体薄膜の製造方法)としては、例えば前記PZTの前駆体溶液、あるいはリラクサー材料の前駆体溶液を用いるゾルゲル法等の液相法が採用される。本実施形態では、特にPb(Zr,Ti)O(ただし、Zr/Ti=1.2〜1.5)[PZT]、あるいは(1−x)Pb(Mg1/3Nb2/3)O−xPbTiO(ただし、xは0.20<x<0.5)の前駆体溶液が好適に用いられる。
【0021】
ここで、圧電体膜5の形成材料である前駆体溶液については、この圧電体膜5となる圧電体材料(強誘電体材料)あるいはリラクサー材料の構成金属をそれぞれ含んでなる有機金属、すなわち金属アルコキシドや有機酸塩といった有機金属を、各金属が所望のモル比となるように混合し、さらにアルコールなどの有機溶媒を用いてこれらを溶解しあるいは分散させることにより、作製する。なお、この前駆体溶液には、必要に応じて安定化剤等の各種添加剤を添加してもよく、さらに、溶液に加水分解・重縮合を起こさせる場合には、適当な量の水とともに、触媒として酸あるいは塩基を添加してもよい。
この液相法では、まず、スピンコート法、液滴吐出法等の公知の塗布法で前記の前駆体溶液を下部電極4上に配し、続いて、乾燥処理を行うことにより、図3(b)に示すように非晶質である圧電体膜5の前駆体層5aを例えば100nm以下の厚さに形成する。
【0022】
次いで、この前駆体層5aに対し、その所望位置に電子線(e)を照射して核形成(種結晶化)を行い、図3(c)に示すように直径が5nm以下程度の結晶核7を規則的に形成配置する。用いる電子線については、特に限定されないものの、光学系によって収束させ、微小な径でスポット照射するのが好ましい。また、電子線の照射量については、例えば約1.1(C/cm)とするのが好ましい。これは、電子線の照射を、特に電子顕微鏡を用いて行う場合を例にして求めた以下の計算に基づく。
【0023】
「計算」
電子線照射の電流量I(A)は、電子顕微鏡の装置定数を含めて以下のように表される。そして、ファラディーカップの露光時間Tを30secとすると、電流量Iは以下のようになる。
I=(1875×10−12×2.81×1.3)/T=約6.8(nA)
次に、電子線照射面積S(cm)は以下のように表される。そして、電子顕微鏡の倍率を10万倍、その際のファラディーカップ面上の電子線照射径rを1.5mm(電子線スポット径:30nm)とすると、照射面積Sは以下のようになる。
S=πr×M=π×0.75×100000=1767(cm
ファラディーカップ面上の電流密度Aは以下のようになる。
A=I/S=6.8/1767=3.8(pA/cm
ここで、指定部位への電子線照射時間tを30secとすると、電子線照射量Gは以下のようになる。
G=A×t×M=(3.8×10−12)×30×100000
=約1.1(C/cm
【0024】
なお、前記の計算では、電子線の照射を、特に電子顕微鏡を用いて行う場合を例にして求めたが、本発明においては、電子線の照射については電子顕微鏡を用いる場合に限定されることなく、従来知られている種々の電子線照射装置を用いることができる。
また、前記の「計算」に基づく手法により、電子顕微鏡を用いて前駆体層5aに電子線を照射し、その照射前後の状態を高分解能エネルギーフィルタTEM像で調べたところ、電子線照射前では認められなかった結晶の格子が、電子線照射後では認められ、したがって電子線照射によって結晶核7が形成することが確認された。
【0025】
ここで、結晶核7の規則的な形成配置とは、具体的には、結晶核7を平面視した状態で格子状に縦横に形成し、あるいは千鳥状に形成するとともに、隣り合う結晶核7、7間の距離(間隔)を、所望する結晶粒径とほぼ同じにすることで行う。すなわち、形成する強誘電体薄膜からなる圧電体膜5は多結晶のものとなるので、このような多結晶を構成する各結晶粒子として望ましい粒径を設定し、この粒径の結晶粒子が均一に配列した状態となるよう、前述したように結晶核7を形成配置するのである。ここで、本実施形態において望ましい結晶粒径は、下部電極4や上部電極6との間で剥離が起きないような粒径とされ、さらに、後述する結晶成長のための熱処理の際に、新たに結晶核が形成されないような間隔に相当する粒径とされる。具体的には、所望する結晶粒径を50〜100nm程度とし、したがって隣り合う結晶核7の間隔を50〜100nm程度で規則的に形成配置するのが好ましい。本実施形態では、間隔が50nm程度となるようにして、多数の結晶核7を規則的に形成配置した。
【0026】
その後、これら結晶核7を形成した前駆体層5aを加熱炉で加熱焼成し、前記結晶核7を成長させて前記前駆体層5aを、図3(d)に示すように多結晶の圧電体膜5(強誘電体薄膜)にする。加熱炉での加熱焼成については、従来では700℃以上の高温熱処理を必要としていたが、本発明では先に結晶核7を形成しているので、この加熱工程ではこれら結晶核7から結晶を成長させるだけでよく、したがって700℃より低い温度、例えば500〜650℃程度の温度の加熱処理で良好に結晶成長させることが可能になる。
【0027】
このようにして前駆体層5aを加熱焼成すると、先に形成した多数の結晶核7がそれぞれに結晶成長し、すなわち、これら結晶核7を基にそれぞれでペロブスカイト型の結晶化が起こり、結晶粒8が形成されるとともに、これら多数の結晶粒8からなる多結晶の圧電体膜5(強誘電体薄膜)が形成される。ここで、結晶粒8は、前記したように規則的に配置された結晶核7が結晶成長することで形成されていることから、全てがほぼ同じ粒径となり、さらに結晶核7、7間の間隔にほぼ等しい粒径のものとなる。
【0028】
すなわち、全ての結晶核7でほぼ同時に結晶成長が起こると、これらはほぼ同じ速度で成長を続ける。すると、隣り合う結晶核7、7間では、そのほぼ中央部にそれぞれで成長した結晶粒間の界面が形成されるようになる。このような結晶核7、7間での結晶粒の界面の形成は、隣り合う結晶核7、7間の間隔がほぼ同一になっていることから、結晶核7からの距離がほぼ均一な位置に形成されるようになる。その結果、結晶粒8は、前述したように全てがほぼ同じ粒径となり、かつ、結晶核7、7間の間隔にほぼ等しい粒径のものとなる。したがって、このように形成された圧電体膜5は、その結晶粒径が精密に制御されたものとなるのである。
【0029】
なお、隣り合う結晶核7、7間の間隔が広すぎると、この加熱焼成の際に結晶核7、7間で新たな結晶核が不規則に形成されてしまい、その結果、この新たな結晶核からも結晶成長が起きてしまうおそれがある。そして、予め規則的に形成配置した結晶核7だけでなく、不規則に形成された新たな結晶核からも結晶成長が起こると、結晶粒子が形成され多結晶化されて得られる圧電体膜5は、これを構成する各結晶粒子の粒径が一定とならず、良好な圧電特性が得られなくなるおそれがある。そこで、隣り合う結晶核7、7間の間隔、すなわち形成する各結晶の粒径については、過大にならないよう、例えば前述したように100nm程度以下とするのが好ましい。
【0030】
その後、圧電体膜5上に例えばPtからなる上部電極6を形成し、図1に示した圧電素子1を得る。この上部電極6の形成については、前記下部電極4と同様に、スパッタ法等によって行うことができる。
【0031】
このような圧電素子1の製造方法において、特に圧電体膜5の製造方法にあっては、前駆体層5aの所望位置に電子線を照射して結晶核7を形成し、その後、前駆体層5aを加熱して前記結晶核7を成長させ、多結晶の圧電体膜5(強誘電体薄膜)を形成するので、加熱により多結晶の圧電体膜5を形成する際、すでに結晶核7が形成されていることにより、従来のように新たに結晶核を形成して結晶化を行う場合に比べ、加熱温度を低くすることができる。そして、このように結晶化の際の加熱温度を低くすることにより、例えばPbOの蒸発に起因する圧電特性(強誘電体特性)の低下を抑えることができ、これにより良好な圧電特性を有する圧電体膜5を得ることができる。
【0032】
また、結晶核7をほぼ同じ間隔で規則的に形成配置し、多結晶化して得られる圧電体膜5(薄膜)中の結晶の粒径を結晶核7、7間の間隔とほぼ同じに揃えるようにしたので、結晶粒径を精密に制御することができる。そして、このように結晶粒径を所望の大きさでほぼ同じに揃えることにより、得られた圧電体膜5の圧電特性をより良好なものにすることができる。
よって、得られた圧電素子1にあっては、良好な圧電特性を有する圧電体膜5を備えてなるので、この圧電素子1自体も良好な圧電特性を有するものとなる。
【0033】
なお、前記実施形態では、圧電体膜5(強誘電体薄膜)の形成材料である前駆体溶液からなる前駆体層5aに、電子線を照射して結晶核7を形成するようにしたが、本発明はこれに限定されることなく、例えば気相法によって非晶質の圧電体層(強誘電体層)を形成し、この圧電体層(強誘電体層)に電子線を照射して結晶核7を形成し、さらに熱処理することで多結晶の圧電体膜(強誘電体薄膜)を形成するようにしてもよい。
【0034】
また、本発明の圧電体素子としては、例えば図1において下部電極4と圧電体膜5との間にZrO等からなる弾性膜を形成し、インクジェット式記録ヘッド用のヘッドアクチュエーターとして用いることができ、さらには、他の圧電アクチェーターとしても用いることができる。
【0035】
(強誘電体メモリ)
次に、本発明の強誘電体薄膜の製造方法を、強誘電体メモリの強誘電体薄膜の製造に適用した場合の実施形態について説明する。
図4は、本発明の強誘電体メモリを備えた装置の概略構成を示す平面図であり、図1中符号1000は強誘電体メモリ装置である。強誘電体メモリ装置1000は、強誘電体メモリ(メモリ素子)をマトリクス状に配列したメモリセルアレイ100と、周辺回路部200とを備えて構成されたものである。周辺回路部200は、後述する本発明の強誘電体メモリ(メモリ素子)に対し、選択的に情報の書き込みもしくは読み出しを行うための各種回路を有したもので、例えば、下部電極12を選択的に制御するための第1駆動回路50と、上部電極16を選択的に制御するための第2駆動回路52と、センスアンプなどの信号検出回路(図示せず)とを有したものである。このような周辺回路部200の具体例としては、Yゲート、センスアンプ、入出力バッファ、Xアドレスデコーダ、Yアドレスデコーダまたはアドレスバッファを上げることができる。
【0036】
図5は、図1のA−A線に沿ってメモリセルアレイ100の一部を模式的に示した断面図であり、図5中符号15は強誘電体メモリである。図4に示したメモリセルアレイ100では、行選択のための複数の下部電極(ワード線)12と、列選択のための複数の上部電極(ビット線)16とが互いに直交するように形成されている。なお、下部電極12をビット線、上部電極16をワード線とすることもできる。
【0037】
図5に示した強誘電体メモリ15において、基板10上には下部電極12が並列した状態に形成されている。下部電極12は、Pt、Ir、Ru等の金属の単体、またはこれら金属を主体とした複合材料によって形成されたものである。なお、本実施形態では、下部電極12は白金(Pt)からなっており、その側壁面12aが、基板10側に行くに連れて漸次幅が広くなるよう、適宜なテーパ角を有するテーパ形状に形成されている。
【0038】
この下部電極12を覆って基板10上には強誘電体層14(強誘電体薄膜)が形成されている。この強誘電体層14は、例えば鉛を含有する強誘電体材料によって形成されたもので、具体的には、先の実施形態における圧電体膜5の形成材料である、PZTやリラクサー材料、さらにはPLZT[(Pb、La)(Zr、Ti)O]等やこれら材料にニオブ(Nb)等の金属が加えられたものなどが好適に用いられている。
【0039】
この強誘電体層14上には、図5に示したように下部電極12に直交して上部電極16が形成されている。上部電極16は、下部電極12と同様、Pt、Ir、Ru等の金属の単体、またはこれら金属を主体とした複合材料によって形成されたものである。そして、このような下部電極12、強誘電体層14、上部電極16によって強誘電体キャパシタが形成されており、さらに、この強誘電体キャパシタを備えることにより、本発明の強誘電体メモリ15が構成されている。
【0040】
このような構成の強誘電体メモリ15を備えた強誘電体メモリ装置1000を製造するに際し、特に強誘電体層14を形成するには、圧電素子に係る先の実施形態において、図3(b)〜図3(d)に示した工程とほぼ同様にして行うことができる。
すなわち、基板10と下部電極12とからなる基体上に、例えば強誘電体層14の前駆体層を形成し、次いでこの強誘電体層14の前駆体層の所望位置に電子線を照射し、結晶核を形成する。その後、前記強誘電体層14の前駆体層を加熱して前記結晶核を成長させ、多結晶の強誘電体層14(強誘電体薄膜)を形成する。
【0041】
このような強誘電体層14の製造方法にあっても、加熱により多結晶の強誘電体層14を形成する際、すでに結晶核が形成されていることにより、従来のように新たに結晶核を形成して結晶化を行う場合に比べ、加熱温度を低くすることができる。そして、このように結晶化の際の加熱温度を低くすることにより、例えばPbOの蒸発に起因する強誘電体特性の低下を抑えることができ、これにより良好な強誘電体特性を有する強誘電体層14(強誘電体薄膜)を得ることができる。
【0042】
また、結晶核をほぼ同じ間隔で規則的に形成配置し、多結晶化して得られる強誘電体層14(強誘電体薄膜)中の結晶の粒径を結晶核間の間隔とほぼ同じに揃えるようにしたので、結晶粒径を精密に制御することができる。そして、このように結晶粒径を所望の大きさでほぼ同じに揃えることにより、得られた強誘電体層14の強誘電体特性をより良好なものにすることができる。
よって、得られた強誘電体メモリ15、あるいはこれを備えた強誘電体メモリ装置1000にあっては、良好な強誘電体特性を有する強誘電体層14(強誘電体薄膜)を有してなるので、この強誘電体メモリ15あるいは強誘電体メモリ装置1000自体も良好なメモリ特性を有するものとなる。
【0043】
なお、前記実施形態では、本発明の強誘電体メモリとして、これをマトリクス状に配列したメモリセルアレイ100について示したが、本発明はこれに限定されることなく、従来公知の1T1C型や2T2C型などの強誘電体メモリにも適用可能である。
また、このような強誘電体メモリは、各種の電子機器における構成要素として好適に用いられる。具体的には、携帯電話、パーソナルコンピュータ、液晶装置、電子手帳、ページャ、POS端末、ICカード、ミニディスクプレーヤ、液晶プロジェクタ、およびエンジニアリング・ワークステーション(EWS)、ワードプロセッサ、テレビ、ビューファイダ型またはモニタ直視型のビデオテープレコーダ、電子卓上計算機、カーナビゲーション装置、タッチパネルを備えた装置、時計、ゲーム機器、電気泳動装置など、様々なものに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の圧電素子の一実施形態を示す側断面図である。
【図2】(a)、(b)はリラクサー材料を説明するためのグラフである。
【図3】(a)〜(d)は圧電素子の製造工程図である。
【図4】本発明の強誘電体メモリを備えた装置の概略構成を示す平面図である。
【図5】本発明の強誘電体メモリの一実施形態の要部を示す側断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1…圧電素子、4…下部電極、5…圧電体膜(強誘電体薄膜)、5a…前駆体層、
6…上部電極、7…結晶核、8…結晶粒、12…下部電極、
14…強誘電体層(強誘電体薄膜)、15…強誘電体メモリ、16…上部電極、
100…メモリセル、1000…強誘電体メモリ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層を形成する工程と、
前記非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層の所望位置に電子線を照射し、結晶核を形成する工程と、
前記非晶質の強誘電体層または強誘電体薄膜の前駆体層を加熱して前記結晶核を成長させ、多結晶の強誘電体薄膜を形成する工程と、を備えたことを特徴とする強誘電体薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記電子線照射によって形成する結晶核を、形成する多結晶の強誘電体薄膜における所望の結晶粒径とほぼ同じ間隔で規則的に配置することを特徴とする請求項1記載の強誘電体薄膜の製造方法。
【請求項3】
前記強誘電体が、鉛を含有したペロブスカイト型のものであることを特徴とする請求項1記載の強誘電体薄膜の製造方法。
【請求項4】
一対の電極間に圧電体膜を有してなり、該圧電体膜が、請求項1〜3のいずれか一項に記載の強誘電体薄膜の製造方法によって得られた強誘電体薄膜からなるものであることを特徴とする圧電素子。
【請求項5】
一対の電極間に強誘電体薄膜を有してなり、前記強誘電体薄膜が請求項1〜3のいずれか一項に記載の強誘電体薄膜の製造方法によって得られたものであることを特徴とする強誘電体メモリ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−216584(P2006−216584A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24859(P2005−24859)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】