説明

微細中空構造体ダイアフラムおよびその応用素子

【課題】構造を複雑にすることなく、大きな変位量を発生させることができるダイアフラムを提供し、このダイアフラムを用いて、大きな変位量を有するマイクロアクチュエータなどの素子を構成できるようにする。
【解決手段】微小ダイアフラムの可撓部を微細中空構造体形状にすることにより、大きなたわみを発生させ、大きな変位量を得る。この微細中空構造体の形状を円環状にすることや、中央の微細中空構造体とこの中央の微細中空構造体を囲む円環状の微細中空構造体からなる微細二重中空構造体形状にすることにより、微小ダイアフラムの変位量を高めることができる。こうした上記微細中空構造体形状の可撓部を金属ガラスの膜で構成することにより、弾性変形範囲を大きくすることができ、しかも工程をあまり複雑にすることなく、製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細中空構造体を可撓部に有する微小ダイアフラムおよびその応用素子に関する。
【背景技術】
【0002】
平面円板形のダイアフラムは、流体の圧力によって円板に生じるたわみを出力変位とする流体アクチュエータや、圧電素子などによって円板にたわみを発生させて円板より内側の空間を体積変化させて流体を押し出すポンプ、あるいは密閉構造で弾性支持要素を有するバルブなどに多用されている。
【0003】
近年、マイクロマシニングの発達に伴い、微小寸法でより高性能を有する微小ダイアフラムが求められるようになっている。平面円板形の通常のダイアフラムは、円板における面内の引っ張り力のために、たわみによる大きな変位量を得ることはできない。このため、このようなダイアフラムを用いて、アクチュエータの出力変位を大きくすることや、ポンプの吐出量を大きくすること、あるいはバルブの弁体のストロークを大きくすることは困難であった。
【0004】
そこで撓みによる変位量を大きくする方法として、平面円板に軸対称の波形を形成したダイアフラムが提案されている(非特許文献1)。しかし、微小ダイアフラムに波形を形成するには、例えば特許文献1に示されているような微細加工技術を用いるため、工程数が多く複雑になるため、高い歩留りを得ることが難しいことや、これによって製造されるダイアフラムの構造が複雑になってしまうという問題点があった。
【特許文献1】特開平5−1669号公報
【非特許文献1】I. Chakraborty, W. G. Tan, D. P. Bame, and T. K, Tang, MEMS Micro-valve applications, Sensors aaaand Actuators, Vol. 83, pp. 188-193, (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述した従来のダイアフラムの問題点を解決し、構造を複雑にすることなく、大きな変位量を発生させることができるダイアフラムを提供し、このダイアフラムを用い、流体の圧力により大きな出力変位を得ることのできる流体アクチュエータや、圧電素子などの駆動により流体を押し出すポンプとして大きな吐出量を得ることや、バルブとしてバルブの弁体の大きなストロークを構成することを可能にすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、微小ダイアフラムの撓み量を大きくする方法として、可撓部を微細中空構造体形状(いわゆるドーム形状)にすることにより、大きなたわみを発生させることができることを見出した。微細中空構造体の形状としては、平面図が円形の軸対称構造に形成されており、円形の周辺部にふくらみを持つ円環状の構造にすることにより、さらに撓み量を大きくできることを見出した。また、このような微細中空構造体形状は、金属ガラスによって形成することが好ましいことを見出した。また、このような微小ダイアフラムを流体アクチュエータに用いることにより、大きな変位を得ることができることを見出し、本発明をなすに至った。
【0007】
本発明の微小ダイアフラムは、基板上に微細中空構造体形状の可撓部を形成したことを特徴とする。
【0008】
可撓部を微細中空構造体形状にすることにより、構造を複雑にすることなく、大きな変位量を発生させることができることがわかった。
【0009】
本発明において、上記可撓部を円環状の微細中空構造体形状にすることができる。ここに、円環状の微細中空構造体形状とは、平面が円形状を有するダイアフラムの可撓部が円周に沿って環状に形成されている形状である。また上記の可撓部を、中央の微細中空構造体とこの中央の微細中空構造体を囲む円環状の微細中空構造体からなる微細二重中空構造体形状にすることもできる。さらに上記可撓部を、中央の微細中空構造体と、この中央の微細中空構造体を囲む複数の円環状の微細中空構造体からなる微細多重中空構造体形状にすることもできる。しかしながら、本発明の微小ダイアフラムでは、あまり複雑な多重構造にはしなくてもよい。
【0010】
このような比較的単純な微細中空構造体形状によって、ダイアフラムとして大きな変位量を発生させることができることがわかった。
【0011】
こうした上記微細中空構造体形状の可撓部は、金属ガラスで形成することが望ましい。可撓部の微細中空構造体を金属ガラスの膜で構成することにより、結晶質の金属合金膜に比べ、弾性変形範囲を大きくすることができ、またダイアフラムとしてより大きな変位量が得られることがわかった。
【0012】
また、本発明の上記微小ダイアフラムを流体の圧力によって駆動することにより、流体アクチュエータを構成することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、微小ダイアフラムの可撓部を微細中空構造体形状にすることにより、大きな変位量を発生させることができる。このような微細中空構造体形状は、金属ガラスを用いれば製造工程を複雑にすることなく形成することができる。また、本発明の微小ダイアフラムを流体アクチュエータに用いることにより、大きな出力変位の得られる流体アクチュエータ、大きな吐出量の得られる流体ポンプ、あるいは弁体の大きなストロークの得られるバルブが構成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に本発明の実施の形態について説明することにより、本発明のさらなる詳細を述べる。
【0015】
図1〜図3は、本発明のダイアフラムの可撓部に用いる微細中空構造体形状について、その実施形態を模式的に示した図であって、図1は単一な微細中空構造体形状、図2は円環状微細中空構造体形状、そして図3が二重微細中空構造体形状であり、各図において(a)はそれぞれの模式的平面図、(b)はそれぞれの模式的断面図である。
【0016】
図1においては、ダイアフラム10の可撓部の単一な微細中空構造体形状11が、平面基板12上に形成されている。また図2においては、ダイアフラム10の可撓部の円周に沿って環状微細中空構造体形状13が平面基板12上に形成されている。さらに図3においては、ダイアフラム10の可撓部の円周に沿った環状微細中空構造体形状13と中央部の微細中空構造体14とが平面基板12上に形成されている。
【0017】
このような微細中空構造体形状は、例えば金属ガラスを用い、特開2004−58261に記載された方法を用いることによって、あまり複雑な工程を経ることなく、製作することができる。
【0018】
まずシリコンなどの基板上に犠牲層を形成する。次に熱によって軟化する金属ガラスの薄膜層をこの上に形成し、犠牲層を覆う。但し犠牲層を除くことによって形成される中空部に対する開口部となる部分の犠牲層は薄膜で覆わずに残しておく。続いて犠牲層をエッチングによって除去し、基板と薄膜層との間に中空部を形成する。薄膜で覆わずに残した犠牲層の個所を開口部とし、この開口部を通じて犠牲層をエッチングにより除去する。この開口部は例えば開口部を閉じるための膜を形成して閉じ、閉空間の内包部を形成する。この開口部を閉じるための薄膜形成を、所定の圧力の希ガスを用いたスパッタリングによって行えば、閉空間にこの希ガスをそのまま内包させることができる。
【0019】
このようにして気体を内包した内包部の形成された微細平面構造体を加熱し、金属ガラス薄膜を軟化させ、気体を内包した閉空間の気圧よりも外部の気圧を低くすることによって、薄膜を膨張変形させることにより、内包部が膨張して立体化した微小中空立体構造体が形成される。
【0020】
金属ガラス薄膜をガラス転移点と結晶化温度との間の過冷却液体域に加熱し、この領域の粘性流動を利用することにより、薄膜の膨張変形により、微細中空構造体形状を形成することができる。このような薄膜を形成するための金属ガラスとしては、Zr基金属ガラス(Zr−Cu−Alなど)、Pd基金属ガラス(Pd−Cu−Siなど)を用いることができ、このほかの金属ガラスとして、Cu基、Fe基、Au基など、各基の金属ガラスの薄膜が利用可能である。なお、本発明の目的に適合した良質の金属ガラス薄膜を得るための成膜条件については、精密工学会誌67巻1708〜1713(2001)に詳述されている。
【0021】
ここで用いる犠牲層としては、エッチング液によって犠牲層だけを選択的にエッチング除去できるものであればよく、クロムなどの金属や、酸化シリコン、ガラス、レジストなどが利用できる。
【0022】
また上記犠牲層の代わりに、加熱処理によって気体を発生することのできる気体発生剤を用いることができる。即ち、基板上に気体発生剤のパターンを形成し、次に熱によって軟化する薄膜層をこの上に形成し、この薄膜層により気体発生剤を覆うことによって気体発生剤を内包した微細平面構造体を形成し、これを微細中空構造体形状の形成に用いることができる。気体発生剤を用いると、犠牲層を設けた場合のように、薄膜を形成した後にエッチングによって除去する必要がないので、製造工程が簡易化され、また比較的高い圧力を得ることも可能である。薄膜を膨張させて微細中空構造体の形成を行わせるための中空部に封入する気体としては、窒素ガスや希ガスなど、腐食性を持たないものが好ましい。すでに述べたように、膜形成の際のスパッタリングに用いるアルゴンなどの希ガスをそのまま封入して用いることができる。薄膜を加熱し膨張させ成形する際に、封入する気体の圧力値は、薄膜を加熱し膨張させ成形する際に、外部に対し膜の膨張に必要な圧力差を有するものであればよい。
【0023】
図1に示した単一の微細中空構造体は、上記の技術を用いて製作することができる。図2の円環状微細中空構造体は、中央の可撓部の位置に犠牲層を設け、その上に円板状の金属ガラス薄膜を成膜し、この円板状金属ガラス薄膜の犠牲層の外側に当たる部分を上記の技術により膨張させた後、犠牲層を除去することで製作できる。また、図3の二重微細中空構造体形状は、中央の微細中空構造体とこれを囲む円環状微細中空構造体の間の円環状の平面部分の位置に犠牲層を設け、その上に円板状の金属ガラス薄膜を成膜し、この円板状金属ガラス薄膜の犠牲層の外側および内側部分を上記の技術により膨張させた後、犠牲層を除去することで製作できる。
【0024】
本発明において、加熱によって軟化する薄膜を成型する成形型(いわゆる金型)として、シリコンなど各種の平面基板に微細加工技術によって所定の形状のエッチングを施したものを用いることができる。この成形型を用いることにより、微細中空構造体の形状としてさまざまな形のものを製作することが可能になる。例えば図2に示した円環状微細中空構造体は、円板状の金属ガラス薄膜を、この円板より小さな円板状の面を有するこうした金型を同心円状に配置して、円板状の金属ガラス薄膜の中心付近の膨張を抑えることにより、円板状の金属ガラス薄膜の中央付近は膨張変形させず、外周に近い部分をドーム状に膨張させることによって形成できる。また、図3の二重微細中空構造体形状は、円板状の金属ガラス薄膜に対し、こうした金型を同心円環状に配置し、この金型の配置された部分の膨張を抑え、その内側と外側をドーム状に膨脹させることによって形成できる。
【0025】
次に本発明の実施形態のダイアフラムの可撓部に対し、面内の応力が許容応力以下となる一様な圧力を面に垂直に印加した場合の中心部のたわみを、有限要素法を用いて求めた。ダイアフラム直径は2mm、板厚は1μmとした。材料の定数は薄膜金属ガラスの縦弾性係数57.9GPa、ポアソン比0.41、許容応力1.1GPaとした。この条件で図2に示した円環微細中空構造体形状のダイアフラムについて、その寸法を直径2mmとし、円環微細中空構造体を外周から内側に0.45mm、0.50mmおよび0.55mmの幅にし、高さをいずれもその幅の15%にし、許容応力1.1GPaまでの変位量を求め、平面円板形状の可撓部を持つダイアフラムおよび直径方向に9周期で高さ18μmの方形波の断面を有する軸対称波形の可撓部を持つダイアフラムと比較した。この許容応力までの変位量が最大変位量であり、ダイアフラムを評価するためのパラメータとなる。
【0026】
その結果、円環微細中空構造体の幅を0.50mmとしたとき、平面円板形の場合の65μmに対し、193μm と3.0倍、軸対称波形の場合の226μm に対しても0.85倍のたわみが得られ、従来に比べて大きなたわみが得られること、そして複雑な形状の軸対称波状形状に比べ、15%たわみが小さいだけであることがわかった。この結果を図4に示す。
【0027】
比較のために、平面円板形状の可撓部を持つダイアフラムについて、許容応力1.1GPaまでの変位量を求めた結果を図5に示す。また、直径方向に9周期で高さ18μmの方形波の断面を有する軸対称波形の可撓部を持つダイアフラムについて、同様にして許容応力1.1GPaまでの変位量を求めた結果を図6に示す。
【0028】
さらにこの円環微細中空構造体形状を基本として、中心部の初期高さを0.2mmとして屈曲時の干渉を防止し、外周に幅0.3mm、高さ45μmの円環微細中空構造体を設けた二重微細中空構造体形状の可撓部を持つダイアフラムについて、許容応力1.1GPaまでの変位量を求めた結果を図7に示す。この場合には、許容応力までの最大変位として137μmを得た。
【0029】
この二重微細中空構造体形状のダイアフラム10を3個、図8に示したように、一辺が2.5mmの正三角形の頂点位置にそれぞれ配置し、平面板81および82ではさんでユニットを形成した。このユニットを30個積層することによって、最大変位4.1mm、曲率半径7mm以下で最大屈曲角90°と、大きな変位と大きな屈曲角が得られることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、従来比べ、高い変位量の得られる微小ダイアフラムが構成できるようになり、しかもあまり工程数を多くすることなく、本発明の微小ダイアフラムの製作が可能になった。このため、マイクロマシニングをはじめとする産業の各分野において、本発明の微小ダイアフラムの利用可能性は大きい.
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明のダイアフラムの可撓部に用いる単一な微細中空構造体形状について、その一実施形態を模式的に示した図であって、(a)はその模式的平面図、(b)はその模式的断面図である。
【図2】本発明のダイアフラムの可撓部に用いる円環状微細中空構造体形状について、その一実施形態を模式的に示した図であって、(a)はその模式的平面図、(b)はその模式的断面図である。
【図3】本発明のダイアフラムの可撓部に用いる二重微細中空構造体形状について、その一実施形態を模式的に示した図であって、(a)はその模式的平面図、(b)はその模式的断面図である。
【図4】本発明の一実施形態における円環状微細中空構造体形状のダイアフラム可撓部に対し、面内の応力が許容応力以下となる一様な圧力を面に垂直に印加した場合の中心部のたわみを示した図である。
【図5】本発明の実施形態のダイアフラムとの比較のために、平面円板形状の可撓部を持つダイアフラムについて、許容応力までの変位量を求めた結果を示す。
【図6】本発明の実施形態のダイアフラムとの比較のために、径方向に9周期で高さ18μmの方形波の断面を有する軸対称波形の可撓部を持つダイアフラムについて、許容応力までの変位量を求めた結果を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態における二重微細中空構造体形状のダイアフラム可撓部に対し、面内の応力が許容応力以下となる一様な圧力を面に垂直に印加した場合の中心部のたわみを示した図である。
【図8】二重微細中空構造体形状のダイアフラム3個を、一辺が2.5mmの正三角形の頂点位置に配置したアクチュエータ素子を示す図である。
【符号の説明】
【0032】
10…ダイアフラム、11…単一な微細中空構造体形状、12…平面基板、13…環状微細中空構造体形状、14…中央部の微細中空構造体、81,82…点平面板。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に微細中空構造体形状の可撓部を形成してなることを特徴とする微小ダイアフラム。
【請求項2】
前記可撓部が、円環状の微細中空構造体形状であることを特徴とする請求項1記載の微小ダイアフラム。
【請求項3】
前記可撓部が、中央の微細中空構造体とこの中央の微細中空構造体を囲む円環状の微細中空構造体からなる微細二重中空構造体形状であることを特徴とする請求項1記載の微小ダイアフラム。
【請求項4】
前記可撓部が、中央の微細中空構造体と、この中央の微細中空構造体を囲む複数の円環状の微細中空構造体とからなる微細多重中空構造体形状であることを特徴とする請求項1記載の微小ダイアフラム。
【請求項5】
前記微細中空構造体形状の可撓部が、金属ガラスで形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の微小ダイアフラム。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の微小ダイアフラムを流体の圧力によって駆動する流体マイクロアクチュエータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−113654(P2007−113654A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−304912(P2005−304912)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】